【オリジナル】 少女「私を…殺して……」魔族少年「……………」 (882)


「ふぁ?あ……今日も良い天気だ……」?

森の中を1人の少年が歩いていた

漆黒のローブを纏い、こちらもまた漆黒の毛を腰まで伸ばしている

その様子には紛れもなく気品が漂っており、ある国の貴族だと説明されれば誰もが信じてしまうだろう

しかしそれは、男が森を1人で歩いていなければの話だが…………?

「……………ん?」?

ここで男は眉をひそめる

どうやら何かの気配を感じ取ったようだ?

男は辺りを警戒しながら静かに目を閉じ、精神を集中させる
?
「…………なるほど、少数では敵わないとみて人海戦術で来たか……」?

少年はさらに精神を集中させる

「50人か。ったく、何度挑んでくれば気が済むんだか」?

少年は面倒臭そうに呟くとそのまま歩を進める

恐らく後10歩歩いた所で何者かに襲われるであろう事を知りつつ

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文字化けしとる

ちょっと確認してみます 〜

「ふぁ〜あ……今日も良い天気だ……」

森の中を1人の少年が歩いていた

漆黒のローブを纏い、こちらもまた漆黒の毛を腰まで伸ばしている

その様子には紛れもなく気品が漂っており、ある国の貴族だと説明されれば誰もが信じてしまうだろう

男が森を1人で歩いていなければの話だが…………

「……………ん?」

ここで男は眉をひそめる

どうやら何かの気配を感じ取ったようだ

男は辺りを警戒しながら静かに目を閉じ、精神を集中させる

「…………なるほど、少数では敵わないとみて人海戦術で来たか……」

少年はさらに精神を集中させる

「50人か。ったく、何度挑んでくれば気が済むんだか」

少年は面倒臭そうに呟くとそのまま歩を進める

恐らく後10歩歩いた所で何者かに襲われるであろう事を知りつつ


「……来るぞ。全員準備は良いか?」

「はい、我ら精鋭部隊48名。全員準備は整っております」

「よし。あと5歩、4、3、2、1……」

ヒュッ! ドス! ドス!

案の定、少年は10歩進んだ所で何者かの奇襲を受けた

少年はそれを予め察知していたので悠々と躱す

「…ッ! 矢を躱されたぞ! 第二部隊! 放て!」

今度は少年の背後から数十本の矢が飛んで来た

少年からは全くの死角となっている

隠れ潜んでいたほとんどの者は、誰しも絶対に命中すると確信したに違いない攻撃……

しかし………

「よっと」

少年は背後から飛んで来た矢を見る事はせずに、そのまま高くジャンプした

足裏に魔力を使用したので常人離れの跳躍だった

「良し! 空中では身動きは取れん! 火炎魔術だ! 急げ!!」

そう、指揮をとっていた男は最初からこれが狙いだった

如何に魔族といえども空中では身動きがとれないと踏んでいたのだ


少年が眼下の森を見下ろすと、魔術師5人が自分に向け呪術を唱えているのが見えた

「شضغب:٥!」

男に向かって火炎魔術が発射される

直径5mはあろうかという大きな火炎球が、決して遅くはないスピードで少年に直撃し爆風と煙を起こす

「やったか!?」

指揮を取っていた男が木陰から身を乗り出して空中で起こった煙を見る

精鋭魔術師5人がかりでやっと出せる魔術が直撃したのだ。いくらかは手傷を負わせているハズ

「どうした、そんなに身を乗り出して?」

その肩に手がポンッと置かれる

指揮を取っていた男は飛び退きざま腰の刀を抜きその手に切りかかった

「おっと! アブッ!」

少年はサッと手を引き、二、三歩ほど後ろに下がる

その目には言葉とは裏腹に余裕が見て取れた

そんな少年を男は殺気のこもった目で睨みつける

「貴様ァ! よくもその薄汚い手でこの俺に触りやがったなッ!!」

男はいきり立ち、少年に切りかかった


「うぉ!? バカッ! 危ねえだろ!」

少年は次々繰り出される剣技を次から次へと躱していく

全てを紙一重で躱す余裕を見せつけているので男の怒りは最高潮に達した

「貴様! 俺をなめやがって! これでも喰らえ!! نضحهغشح!」

詠唱と共に剣に電流が走る

「死にやがれ! この化け物おぉおぉぉッ!!」

男は眩しいほどの閃光を剣に走らせ、力の限りに斬りかかった

今までこれを受けて生き残った魔族がいない一撃を……

「うおっ! 眩しッ!」

如何に今まで余裕を見せていた少年と言えども、この一撃を喰らう事は避けなくてはならない

「よっと」

「なっ!?」

そこで少年は、先程と同様に足裏に魔力を使って思いっきり飛びず去った

男は驚愕の表情を見せていた

恐らく今まで躱された事無かったのだろう………

しかし少年が飛びず去った方向にはもう一人の人間が罠を張っていた

「今だ! 全員で仕留めろ!!」

女性の声が響き渡る


年の頃は恐らく10代後半から20代前半であろう

その声に呼応して、十数人の詠唱が森に響き渡った

「سضحكل١٥!」

詠唱の瞬間、眩い光が少年を包み込む

魔族にとって最も効果があると言われている呪術……光呪術だった

この聖なる光の魔術は使用者が限られるものの、ほとんどの魔族に対して絶大な効果があるのだ

「それではな、とっとと地獄に行け」

魔物を覆っていた光が一瞬の内に収束したかと思った次の瞬間、それがさらに大きな力で圧縮されて行く

噂に違わぬ素晴らしい威力だった

「グッ!ぐうぅ……」

そして、今まで余裕を見せつけていた少年は明らかにもがいていた

手足を振り回しなんとか光から逃れようとしているが、聖なる力が働いているのでどうしようも無いようだ

「姉さん! 奴は!?」

男が走って女の元へとやって来た

どうやらこの二人は姉弟らしい

呼ばれた女は静かに指を差す

その方向にはこれ以上無いくらいに圧縮された光とそれによって苦しんでいる少年がいた

「よっしゃ! 姉さん、早くトドメを刺しちまえよ!」

「言われなくとも。全員保護魔術をかけろ!」

そう言うとパールと呼ばれた女は開いた手を前に伸ばし、力を込めてグッと握る

その瞬間、光が空間を支配した

凄まじい勢いでの破裂、拡散、そして訪れる静寂……

後には大きな穴がぽっかりと一つ空いているだけだった

「これで終わりだな。引き上げるぞ」

女はまるで小さな虫を一匹潰したに過ぎないとでも言わんばかりの態度で指示を出す

しかし、他の精鋭たちは喜びを隠せないらしい

5度目にしてようやくあの魔物を葬り去る事が出来たのだから

早速仲間同士で飲み会の相談をしたりしている

「なぁ、姉さん。俺も皆と一緒に飲みに行って良いか?」

「お前はまだ未成年だろう。あと半月待て」

「で、でもさぁ……せっかくあの野郎を殺せたんだし今日くらいは……」

女は剣に手をかける

「いい加減にしろ。お前は我が伝統あるローズ家の名を穢すつもりか?」

男はまだ未練があるようだったが、姉から出る殺気を感じ取り口を慎んだ

「そうだそうだ! あと半月なんだから我慢しなさい」

「なっ!?」

「え!?」

葉っぱがヒラヒラと落ちて来たかと思った次の瞬間、2人の目の前に人が降ってきた

いや、正確には魔物が……たった今仕留めたと思っていた男が降ってきたのだ



ーー


ふぅ、なんとか逃げられたみたいだな……少し焦ったぞ

どうやら二人とも完璧に俺を仕留めたと思っていたらしい。馬がニンジン砲喰らったような顔をしてやがる

このままじゃ気まずいので俺はにこやかや笑いながら二人に話しかけた

「全く……なんだかんだで危なかったんだぞ。危うく死にかける所だ……っと!? おほぅ!?」

と、次の瞬間! またしても急に切りかかって来やがった! しかも今度は2人同時に!

「شضغب:!」

ちょっとお姉さん!? その火炎魔術は危ないですよ!?

こんな森の中でそれは余りにも危険ですってば! ……って、熱ッ! かすったぞ!

「うおおぉぉおぉ! نضحهغشح!!」

「شضغب:!」

今度は挟み撃ちかよ!

流石姉弟! 息がぴったし!

体勢を大きく崩した俺に思いっきり飛び込んで来やがった

……でも

「勢いを付けすぎだぜ?俺が躱したらどうするつもりだ? كعلم!」

そう言って俺は転移魔術を唱えて近くの木の枝に転移した

さっきもこれで脱出したんだよね

「な!? うわっ!?」

「う…ぐ……」

やっぱり鉢合わせだ

辛うじて剣は当たらなかったみたいだが、俺の目から見てもかなりの衝撃だ

「パール様!? ソモン様!?」

精鋭たちが激突した2人に慌てて駆け寄って行く

うーん……どうやら2人とも頭から血を流して気絶しているみたいだな

「き、貴様! よくもこの御二方をッ! شضغب:٢」

精鋭たちがそれぞれ火炎呪術や光呪術を唱えてくる

しかし俺には当たらない。全員頭に血が登っているから命中精度が低すぎる

「おまえらなぁ、なにも考えずに火炎呪術を打つんじゃねぇ! ここら辺をハゲ山にする気か!?」

なにせ48人が一斉に呪術を放つのだ……環境破壊にも程がある!

しばらくは我慢していたが限界だ……もう付き合ってられるか!

「كعلم!」 


ーー


突然男が音もなく消え去った

転移魔術を使ったのだ

そして森は再び静寂を取り戻す

呆然としている精鋭たちと気絶している姉弟をその胸に抱いて………



ーー


「このッ! この恥晒しどもめ!! たかが一匹の魔物相手にこのザマだと!?」

屋敷の大広間にお父様の怒声が響き渡る

またお姉様とお兄様、失敗したんだ………

「申し訳ありません、お父様……返す言葉もございません」

「ち、違うんです父上! あの野郎、転移の魔術を使いやがって………」

「なんだと? もう一度言ってみろッ!!」

「ぅ………」

「言い訳なぞ聞きたく無い! 俺が聞きたいのはあの魔物を殺したという報告だけだッ! わかったらとっとと俺の前から消えろ!!」

「………はい、次こそ必ず」

「………………」

あ、お兄様とお姉様がこっちに来ちゃう

急いで掃除を続けないと………

私は咄嗟にテーブルに置いてあった花瓶を手に取って磨き始める

これならお兄様もお姉様も何も言えないハズ

そう思っていた……

「おい、イリス。満足か?」

背後から急にお兄様に話しかけられた

明らかにむしゃくしゃしているらしく、とても怖い……

「ま、満足って何がですか? ソモンお兄様?」


「俺らが怒られんのを見てほくそ笑んでんだろうが!」

「そ、そんな事ないです! 私は……」

そこまで言った瞬間左頬に激痛が走った

お兄様に剣の柄で殴られたのだ

そのまま私は倒れてしまう

「うるせぇよ! てめぇいい気になりやがって!」

そのまま何度も何度も踏みつけられ、蹴飛ばされ、髪を掴まれて壁に叩きつけられた

「ぅ……ぐ…」

あまりの激痛に体がバラバラになってしまったかのような錯覚を覚えた。息を吸うたびにあばら骨がずきずきと痛む

「チッ、そのツラ二度と見せんな!!」

お兄様はそのまま階段を上がって行ってしまう

やっと終わった……そう思って壁に手をつき、必死に立ち上がろうとした

「痛いッ!」

すると唐突に髪の毛を引っ張られた

そうだ! まだパールお姉様がいたんだ!!

「イリス、貴方も我がローズ家の一員のくせになんの役にも立たなくて……申し訳ないと思わないのか?」

「痛い! や、やめて下さい!」

あまりにも強く引っ張られたせいで涙が出てくる

「ん? 泣けば全てが解決すると思ってるのか? ふーん…」


「ち、違います! お願いですからやめて下さい!」

「ああ、わかった」

「え!? きゃっ!」

私はそのまま突き飛ばされて床を惨めに転がった

そしてなんとか身体を起こそうとしたら……

ガチャン!

何か食器のような物が割れる音が屋敷内に響く

後ろを見るとさっきまで私が磨いていた花瓶が割れていた

「何事ですか?」

「ええ、イビスお母様。この子がまた花瓶を割ったんです」

「え? ち、違ッ……ヒッ!」

お母様は私を睨んで

「また貴方ですか……やっぱりもう一度お仕置き部屋にいく必要があるみたいですね」

お仕置き部屋という単語を聞いただけで全身がすくみ上がる

そんな名前からは想像も出来ないほどに残酷な事をされるのだ

そしてお母様はそれを楽しんでいる

「ち、違いますッ! 私じゃありません! 割ったのはお姉様です!」

声を張り上げて反論する

それでも声の震えを止める事は出来なかった

「貴方って子は…どうして、そう平気で嘘をつくのかしら。パールがそのような事をするハズが無いでしょう? やはりお仕置き部屋ですね」

そう言うとお母様は手のひらをかざして何かを唱えた

その瞬間、私は何も身動きが取れなくなった……拘束魔術だ

「それでは行きましょうか? 今日は面白いゲームがあるんですから」

にこやかに残酷な笑みを浮かべながら、お母様は私を引きずって行く

口さえも動かせない私は、お姉様の薄ら笑いを見ながらただ引きずられて行くしかなかった



ーー


私の名前はローズ・イリシュテン。皆からはイリスと呼ばれています

長い伝統を持つローズ家の末娘なんです

ローズ家とはこのバームステンという街を代々治めていて、数多くの偉大な魔術師が生まれたという偉大な家系

実際、お父様のローズ・オルタンシャ

お母様のローズ・イビス

お姉様のローズ・パール

そしてお兄様のローズ・ソモン

この4人は幼い頃から既に魔術師としての才能を発揮し、現在ではこのバームステン内での実力が他の人とは格段に違う

お父様はほとんどの属性の魔術を扱えるし、お母様も拘束魔術のエキスパート

お姉様とお兄様はまだ若いにも関わらずその実力はかなり高い

この様な家系だからこそ、ローズ家は代々魔物討伐を請け負っている

自分たちの治める街を魔物から守っているんです

そのような伝統ある家系に私は生まれてしまった

全く魔術が使えないにも関わらずに………

だから私は家族全員にローズ家の出来損ない、汚点、などと言われながらこの14年間育った

毎日理不尽な暴力を受け、まるで奴隷のような扱いを受けながら

ある時は技の実験台にされ、ある時は憂さ晴らしの対象として殴られたり蹴られたりした

特にお母様は私の失敗を見つけるや否や、すぐにお仕置きという名目で拷問をする

それは今も例外では無い



ーー


屋敷の地下にある鉄の扉。普段使用人たちが立ち入り禁止のこの部屋から、うめき声が聞こえてくる

「う……あぁ…」

「フフフ、どうしたのかしら? まだゲームは続けるというのに。楽しいでしょう?」

「もぅ、やめて…下さい。お願い…します……うぐっ!」

「嫌よ、せっかくコツが掴めて来たのですから。なかなかに面白いですね、このダーツというゲームは」

なんとイビスはイリスを裸のまま壁に貼り付けにし、その裸体に向かってダーツの矢を延々と投げ続けているのだ

既にイリスの身体には無数の矢が刺さっており、全身が血まみれになっている

「痛い……んです。お願い……もう許して………」

「顔には当たってないから大丈夫です。この程度の事ローズ家の者なら当然の様に耐えられます」

イビスは全くの荒唐無稽な理論を展開して取り合おうともしない

そしてまた一本矢を取っては投げる。

「イッ! ぅ…うぅ……ぅぐ…」

「フフフ、大丈夫ですよ。死にはしません。どれ、もう一本………」

矢を手に取って狙いを定めている最中で扉をノックする音が聞こえて来た

恐らくメイドの誰かだろう

「何事です?」

「イビス様! オルタンシャ様がお呼びでございます。どうかおいでください!」

「オルトさんが?」

イビスは名残惜しいようだったが、この様に自分が呼ばれるのはよほどの事だと思い直したようだ

「わかりました。すぐ行きますーーーーーイリス、わかってますね?ちゃんと良い子にして待っているのですよ?」

そしてイビスはイリスの拘束魔術を解いて出て行き、部屋にはイリスが残された


苦痛から逃れられた少しの間イリスは1人で考えていた

自分が生まれて来た意味を

父にはいない者として扱われ、母、兄、姉には虐められる毎日

メイドもこの事は全員知っているがただ傍観しているだけ

こんな風に毎日苦痛を強いられて身体は傷だらけ

そして心にはそれ以上の苦痛がある

こんな所でただ毎日生きているだけ

なんの目標、楽しみも無い

誰からも必要とされていない


そしてイリスはついに…たどり着く

自分の存在が無意味である事に………


ーー


「ハァ、ハァ」

私は森の中を走っている

あの部屋から逃げ出した時点で、口に出す事さえ憚られる恐ろしい拷問を受けるのは目に見えている

それならばいっそ………死んで楽になろう

森は魔物の住処となっていて、人間が1人で入る事は自殺行為に他ならない

お父様でさえ無闇に1人で入る事はしないのだ

そんな中に私は今1人でいる

もし今魔物と遭遇したら……死ぬ

うん、それがいい

最後の最後で魔物に殺されるという役目を果たす事が出来るんだ!

このつまらない人生の最後が誰かの役に立つのならこれほど嬉しい事は無い

もうどのくらいの距離を走ったんだろう?


いずれにしてももう戻れない

私には既に魔物に殺される運命しか無い


その時、背後の草むらがガサリと音を立てた

私が振り向くとそこには1人の人物がいた

人間? いや、あり得ない

人間が1人で森の中を歩くなど考えられない

だとするとこの人も………魔物

しかし今の私に恐怖感は無い

あるのは安堵だけ……もう辛い思いをしなくて済むのだ、ようやく死ねるのだという気持ちで溢れている

「………………」

ほら、魔物が近づいて来た……


あの手で絞め殺されるのかな……

魔術で身体を焼かれるのかな……

もう、どうでもいいや…………死ねるならそれで良い、他には何も望まない

今こそ心の底から懇願しよう……





「私を…殺して……」



「……………」


これから来るであろう痛みに耐える為ぎゅっと目を瞑る

さぁ、早く……私をコロシテ……


「酷い格好してるな……これでも羽織れ」

「…………え?」

恐る恐る目を開けると魔物が私に向かってローブを差し出している

それよりも、今この人はなんと言った?

「あの……?」

「話は後だ。取り敢えずこのローブを羽織れ。俺の魔力で作った即席の物だが今の格好よりは大分増しになる」

「あ、はい……ありがとうございます…」

私は言われた通りにローブを羽織ってみる

……温かい

「よし! なかなか似合っているな。その真っ白な髪の毛と漆黒のローブはなかなか相性がいい!」

目の前の人は腕を組んで満足そうに頷いている

………いや、そうじゃなくて!

「あのっ! 貴方は……その……魔物…なんですよね?」

勇気を出して聞いてみる

さっきは魔物だと信じて疑わなかったが、よくよく考えれば私だって1人で森にいるのだ

この人が人間だったとしても何もおかしくない気がして来た

「ん? そうだぞ。世間一般で人間は俺の事を魔物と呼んでいるな」

あっさりと認めた! やっぱりこの人も魔物なんだ!

でもそれにしてはなんか不自然と言うか、人間っぽいと言うか………


「失礼な話だとは思わないか? 俺をスライムやグール、挙げ句の果てには大イモリと同じグループに分類してるんだぜ? 」

「人間だって犬や猫と同じ分類にしたらブチ切れるだろ? そのくせ俺はどこ行っても魔物だー魔物だー! って言われてよ……俺は魔物じゃなくて魔族だっての! 」

これは……私に愚痴を言っているの………?

「その点エルフは良いよな、人間に混じって生活してもなんらお咎め無しだぜ? 外見が美しいってのはそこまで人の認識を変えるのかよ! 君はどう思う?」

いきなり話を振られた!? え? 何て答えれば良いの?

その、外見の話をしてたんだよね?

「その………、貴方は…充分に格好良いと…思います」

アレ? なんか目を丸くしてじーっとこっちを見てる?

……私何か失礼な事を!?

「ご、ごめんなさい! 私何か失礼な事を…言っちゃいましたか?」

今は怖くないが仮にも相手は魔物……

何か気に障る事を言ってしまったら怒って襲いかかってくるかも………

って、私はそれを望んでいるんじゃないの!

恐る恐る相手を見ると、魔物はお腹を押さえて俯いている

まさか、何かの魔術を唱えているの?

「くっ…ふふっ……」

何か声が聞こえた

これは……笑い声?

「くっくく…あはははッ! そうか? 俺は格好良いのか……、そんな事を言われたのは初めてだ!」

魔物はお腹を抱えながら大きな声で笑い始めた

最初は呆気に取られていたが、心の底から楽しそうなその声を聞いているとなんだかこっちまで楽しくなって来た

「ふふっ、笑いすぎですよ」

「いや、だって……真面目な顔で貴方は格好良いって………プッ……クク……ゴホッゴホッ!」

あ、最終的にむせ始めた。こういう人よくいるよね!

「ゴホッ、ゲホッ……すぅーはぁー……よし、落ち着いた………ぶふっ!…」

魔物は深呼吸して呼吸を整えている

その仕草がますます人間っぽくてとっても可笑しい!

もっとたくさんの事をこの魔物さんと話したいと思ったので、私は思い切って質問をした

「あ、あのッ! 私、イリス。ローズ・イリシュテンです。貴方のお名前をお聞きしても良いですか?」

「ローズ・イリシュテン……イリス……とても綺麗な名前だな。名前は顔を表すとよく言うが本当にその通りだ」

初めて名前を褒められた! 綺麗な名前って……

今まで自己紹介するとみんなローズ家である事にしか注目してくれなかったから……

それが凄く嬉しい

「俺の名前はカルディナルだ。よろしくな、イリス!」

そして私に向けられた笑顔は……初めての笑顔は、魔物のものとは思えない優しさと慈愛に満ちていた


今回はここまでです

寝ます

乙す

これは期待できる


「いやぁ、久々に大笑いしたなぁ。まだお腹が痛いぜ」

お互いの自己紹介を済ませた後、私たちは時間も忘れて雑談をしていた

カルディナルさんは様々な地域を旅しているらしく、海外の話などもたくさん聞けた!

「もぅ…いい加減忘れてくださいよぅ………恥ずかしいです…」

「おぅおぅ! 顔を赤くしちゃってよ! 可愛いねぇ!」

カルディナルさんは私の一挙一動を細かく観察して褒めてくれる

お世辞かもしれないけどそれでも嬉しい……

「よし、そのお礼に家まで送ってやるよ。バームステンだろ? もう日もすっかり暮れちまったしな

    ……それにしてもこの森に1人で入るなんて……勇気があると言うべきか、無謀と言うべきか……」

苦笑しながらそんな事を言ってくる

あ、そっか。私、連れ戻されちゃうんだ……カルディナルさんに

でも……戻ったところで何になると言うのだろう

もし戻ったとして、私を待っているのはお母様からの『お仕置き』そして家族から虐待される日々……

それなら……と、私は意を決してこの方に全てを話す事にした

家庭では奴隷として扱われていた事、母から拷問を受けていた事、死のうと思って森に入った事

……全てを包み隠さずに

カルディナルさんはしばらくの間、私の話を優しく聞いてくれた

辛い事を思い出して泣きそうになった時は慰めてくれて、お母様の拷問やお兄様とお姉様のイジメの件についてはまるで自分の事の様に怒ってくれた

全てを話し終えたら身体が軽くなった気がする

これも全て目の前にいるカルディナルさんのおかげだ



「なるほどなぁ………とんでもない家に生まれちまったな。魔術はからっきし駄目なのか? なにか隠された力があるとかは? 物語の定番だろ?」

「はい、全くありません。昔訓練した時にお父様に言われたんです。才能が無い、ゴミ以下だと……」

「とんでもない野郎だ。周りを自分のものさしでしか測ろうとしてねぇ……」

また、私の事を自分の事の様に怒ってくれた。この優しさが私にはとても嬉しい


「それと拷問の事なんだが……傷を見せてくれるか? 薬草があるから少しは楽になるかも知れない」

カルディナルさんは懐から薬草の入った小瓶を取り出して見せてくれた

既に私はカルディナルさんを完全に信頼していたので、言われた通りに傷を見せる事にした

「わかりました、お願いします」

ローブをスルスルと脱いで最初に着ていた布の服の状態になる。そこから服の裾を……

「ストップ! 待て! 止まれ! 時よ止まれぇ!」

裾を掴んだ所でカルディナルさんが慌てて停止を呼びかけた。どうしたんだろう?

「あ、あの……何か問題でも?」

「問題大アリだ! なに服を脱ごうと………あッ!」

顔が一気に紅潮して行く。一体どうしたんだろう?

「あの、脱いでも良いですか?」

恐る恐る聞くと、まるで私の事を信じられないような顔で見てくる。少しショックだ……

「あ、あー…いや、その、なんと言うか、うぐぅ……よ、よし! 脱げ!」

だから脱ごうとしてるのに……止めたのはそっちじゃないですか!

そう思ったが口には出さないで黙って服を脱ぐ。服が地面に落ちた時にパサッと軽い音がした

「脱ぎました」

「お、おう……えっと……切り傷が多いのか、後は打撲と刺し傷………よし、それじゃあ少し待ってれくらよ…」

あ、噛んだ……

「خضحفلنل」

カルディナルさんが手のひらを上に向けて何かの詠唱をすると、水球が手のひらに出現した

凄い……水魔術だ

次にカルディナルさんは小瓶から薬草を取り出し水球に埋め込み、そのままミキサーの要領で混ぜ始めた

三分経つと透明だった水は緑色に濁り、薬草は完全に混ざってしまっていた

「これを小瓶に詰めてっと。これで塗り薬の完成だ。かなり協力だからな、大抵の傷に効果覿面なこと請け合いだ」

「ありがとうございます。カルディナルさん!」

そう言って小瓶を受け取ろうとしたらサッと手を引かれてしまった

……な、何か気に障る事をしてしまったの?

不安になってカルディナルさんをそーっと見上げると、カルディナルさんは笑いながら

「俺の事はルディと呼んでくれ。それとこの薬はかなりしみるから気を付けろよ?」

と言って私に小瓶を差し出してくれた

私は頷きながら瓶を受け取り、試しに薬を薬を手で掬ってみると、かなりの粘りがある事がわかった

私はそれを恐る恐る腕の傷に塗る

「…………たしかにしみますね」

かなりの痛みが腕を走る

恥ずかしいけど少し涙目になっちゃうくらいに

「それが効いてる証拠だ。少しずつでいいから満遍なく塗っていけ」

私は少しづつ薬を塗っていった。

両腕、両脚、胸とお腹、背中はカルディナルさんに手伝ってもらい、30分かけてようやく塗り終わった

「こんなもので良いだろう。早い者で3日もあれば傷は全て塞がる。それと早く服を着てくれないか?」



瓶を懐にしまいながら私に声をかけてくれる

でも正直今はそれどころでは無い! 身体中が痛くてしょうがない!

「少しの間我慢だ。痛みは20分くらいで止む。現に今、腕は痛くないだろ?」

……確かに意識してみると腕の痛みが引いている事を確認出来た

これなら我慢すれば服を着れかな?

「はい、痛くないです。それじゃあ今服を着ますね」

私が服を着終わると、カルディナルさんは一安心したように頷き森を歩き始める

私は慌ててその後を追って行く

「ひとまずバームステンの近くまで行くぞ。夜は街に近ければ近いほど魔物の数は減って行くんだ。

ここら辺にいるといつ襲われるかわかったもんじゃない。イリスの今後の事はそこに行ってから考えよう」


ーー


私達は一定の間隔を保ったまま歩き続けた

途中魔物の恐ろしい遠吠えが聞こえて、思わず悲鳴を上げてしまった時、カルディナルさんはそっと手を繋いでくれた

……そのさり気ない優しさが、とても嬉しかった

私たちはしばらくの間無言で森を進んでいたけれど、私はふと疑問に思っていた事を尋ねたい衝動に駆られて口を開いた



「あの、ルディさんはどうしてこんな私にここまで親切にして下さるんですか?」

ずっと疑問に思っていた

所詮私は人間でカルディナルさんは魔族。決して相入れない存在のはずなのに………

「………あのさ、俺って何歳に見える?」

唐突に何を言うのだろう? 私の質問とカルディナルさんの年齢になんの関係が?

「えっと、大体17歳………いや、20歳くらいですか?」

正直外見だけで見ると私と同年代か少し上のような気がする

しかし、様々な国を渡り歩いた経験や口調の割に落ち着いた雰囲気からもう少し上と予想した

「外見はそう見えるだろ? でも実際はもっと長く生きてるんだよ。歳はもう忘れちまったけど、旅は50年以上続けてる

とは言っても魔族と人間の成長には大きな隔たりがあるから、一概に俺の方が年上とは言えないかもしれないけどな」

50年!? いきなりの現実離れした年月に意識を持って行かれそうになった。



「まぁともかくだ。それだけ続けていれば良い事や悪い事も沢山あったと思うだろ? それは半分だけ正解でな、実際はほとんど嫌な思い出しか無いんだよ。

どこに行ってもやれ悪魔、やれ魔物。人間と会話した事なんか数えられるくらいしか無くてさ。

しかもそのほとんどが会話と言えるものじゃないんだ。金を払うからあいつを殺してくれ、呪ってくれ、とかそんな感じ。

魔族である事を隠して人間と共存したこともあった。その数ヶ月間は魔術師と偽ってて過ごしたんだけどよ、本当に楽しかった。みんなが俺に笑いかけてくれたんだ。

でもひょんな事で俺が魔族だとバレちまってな。危うく殺されかけたんだよ……

前日まで笑いあっていた人達が…手のひらを返した様に俺を殺そうとして来た……」

心なしかカルディナルさんの声は震えているように感じた

もしかしたら私は聞いてはいけない事を聞いてしまったのではないだろうか?

「ご、ごめんなさい! そんな辛い事を思い出させてしまって!」



私は深く頭を下げる。こんな……無神経にも程がある! しかし、カルディナルさんは微笑みながら首を横に振ってくれた

「だからさ、俺が魔族だとわかっても、イリスが態度を変えなかった事が凄く嬉しくてな。しかも笑いながら会話してくれてさ……魔族の俺なんかと。

本当にこの50年、ずっと独りで生きてきたから。だから……だから俺はーーーッ!?」



それは本当に一瞬の事だった



カルディナルさんが急に私に飛び付き、抱きかかえて飛びず去った

次の瞬間今まで私たちが立っていた地面が大きな音を立てて陥没するのを私は辛うじて理解出来た

「大丈夫か!?」

カルディナルさんが焦ったような口調で私に聞いて来た

「は、はい。い、一体…何が?」

「食人樹が巣を張ってたんだ。ほら、この下を見てみろよ」

カルディナルさんに言われて陥没した大穴を覗いて見る


……そして私はそれをすぐに後悔した


「ひ、ヒッ!」

陥没した大穴の底には無数の木の根が蠢いているのが見えた

しかも毒々しい紫色の棘がびっしりと生えていて、まるで巨大なムカデが数十匹狭い穴に押し込まれてもがいているみたい

さらによく見ると何か動物の毛皮らしきものが根に絡みついている

その中には人間の衣服のような布切れもあった



「食人樹という名前だが実際は何でも喰いやがる……この様に地中に根を張り巡らせて落とし穴を作り、そこに落ちる動物の体液や引き裂いた肉を養分として生きている奴だ。

一度落ちたら最後、余程の強者でない限り一人で抜け出す事は出来ない。世界中の森に生息しているから、森を歩く時に最も注意しなくちゃならない最大級植物型のバケモノだ。

世界で確認されている行方不明や失踪の犯人の95%以上は十中八九コイツだとさえ言われているんだぞ」

そ、そんな恐ろしい植物がこの森に存在していたなんて………

………って!! わ、私はさっきまでこの森を…1人で……ふらふらと………もしその時に落ちていたとしたら……

「もし落ちていたらとんでもない事になっていたぞ。棘に全身を引き裂かれ、生き血や体液を啜られ、それでいてなかなか死ねずにこの中で一夜を過ごす羽目になったな」

私はようやく森の本当の恐ろしさを知った。なぜお父様ほどの強者でさえ1人で森に立ち入らないのか……その理由がやっとわかった

「ぅ……ぅあ………あぁ…」

「……怖いか?」

身体が震える、歯がカタカタ音を立てる、恐怖で全ての感覚が麻痺してもう立つ事も出来ない。私はどうしてこんな森に来てしまったの!?

「この森に来た事を後悔してるか?」

何とか首を縦に振って返事をする。とてもじゃないが声なんか出せない……

「それでいい。これでわかっただろ? この森がどれ程に危険かが。だから二度と1人で入ろうとするんじゃねえぞ?」

「は、は…い………」

今度は声を出して返事をする。しかしその声は自分自身で驚いてしまうほどに弱々しく、そして震えていた


それから20分ほどカルディナルさんは私が落ち着くのを待っていてくれたけれど、とてもじゃないが先ほど感じた死の恐怖から立ち直れそうにはなかった


「イリス、大丈夫か?」

「ご、ごめんなさい……いま立ちますから……」

震える脚に力を入れて立とうとするものの、地面に手を付くまでがやっとだ……

「無理に立とうとしなくていい…俺がいるからな」

そう言うとカルディナルさんは徐に私を抱きかかえた

「ひぁ! ちょ、ちょっと、ルディさん!」

あ、大きな声が出た……

「また、いつ襲われるかわからないからな ……魔族なんかに抱えられて嫌かもしれないけど少し我慢してくれ」



そう言うカルディナルさんの顔は少し寂しそうだった。違います! 私が声を上げたのは驚いたからなんです!

「いえ、違います!声を上げちゃったのは少し驚いたからだけで、全然嫌じゃありません!むしろ私の事を想ってくれるルディさんの優しさが…とっても嬉しいです」

「………そ、そう? あー、それなら良いんだ、うん」

また顔を赤く染めてしどろもどろに返事をするカルディナルさん……あっ?! もしかして……

「ルディさん。もしかして照れてるんですか? さっき私が服を脱ごうとした時止めたのも……」

あっ、また赤くなった!

「……魔族でも人間の女の子相手に恥ずかしがるんですね」

その反応が面白くて、ついクスリと笑ってしまう

「し、仕方ねぇだろ!イリスはもっと自分の魅力に自信を持て!」

「でも私、顔は全然綺麗じゃないし、スタイルだってあんまり良くないし…」

いつも鏡で見てるからわかる。私は全然可愛くない。胸だってないし、完全に幼児体型だし……カルディナルさん? なんでため息なんか?

「自覚がねぇってのは恐ろしい……いや、今まで誰にも言われた事が無かったのか…………

それなら俺が言ってやる。よーく聞いてろよ?」

そう言うとカルディナルさんは大きく深呼吸した

「イリスは間違い無く美人の分類に入ってる。さっきの笑った顔なんかとっても可愛くて、正直ドキッとさせられた。一回微笑んだ自分の顔を見てみろ、絶対に可愛いから!

スタイル? そんなものは関係無い! 大体イリスはまだ若いだろうが! その歳でそれだけの胸があれば将来有望にも程があり過ぎだ!」

私の方を一切見ないで一気にまくし立てた。そっぽを向いていてもその耳が赤くなっているのがわかった。



「あの、ルディさん………」

「ん……なに?」

そっぽを向いたまま素っ気なく応えてくる。やっぱり恥ずかしいんだ

「えい!」

「〜〜〜〜!!」

私はカルディナルさんに思いっきり抱き付いた。もともと抱きかかえられていたから、首に手を回して身体を押し付けただけなんだけどね

それでもさっきまでとは全然違って、ローブを通していてもカルディナルさんの体温が感じられる………

もうさっきまでの恐怖なんかカケラも残ってない

「い、イリス!? い、いった、なにっして!?」

ふふっ、慌ててる慌ててる♪

「とっても嬉しくて、思わず抱き付いちゃったんです。それとも、私なんかに抱き付かれては……迷惑ですか………?」

少し声を落としてみるとカルディナルさんは慌てた様で

「べ、別に迷惑じゃ……いや、俺としては嬉しいと言うかなんと言うか………う、うおぉおおぉ!!」

「え? きゃああぁあぁ!!」


次の瞬間私達は空を飛んでいた


森の木々が遥か眼前に広がっているのがチラッと見えたが、カルディナルさんにガシッとしがみ付くのに必死でそれ以上のことはわからなかった

「しっかりと掴まってろよ!! こっからは飛ばすぜッ!!」

もう飛んでるじゃないですかー!! ……って!

「きゃあぁぁあぁぁ!!」

今度は浮遊感が私を襲う。どうやらカルディナルさんは空を飛んだのでは無く思いっきりジャンプしただけだったみたい

この浮遊感は落下している時のものだ!

「よっと!」

私達は無事に地面に着地したみたい。するとカルディナルさんは走り出した

いや、走ると言うよりは……跳ねている? 私は恐る恐る目を開けてみた



「!! ルディさん、ここは木の上ですか!?」

「ああ、木の枝を移動中だ! 少しの間喋らない方がいい。舌噛むぞ」

私達は枝の上を渡りながら移動していた。猛スピードで周りの風景が変わっていく事からかなりのスピードが出ている事だけはわかる

「後1分以内でバームステンまで着くぞ。かなりの高速移動だろ?」

あと1分!? そんな……

私とカルディナルさんが出会った場所は、私が30分かけて走った地点だと言うのに……

そこから食人樹と遭遇した場所だってほとんど離れてないはず

「本気を出せはあと5〜10倍早くできるぞ。やってみるか? ーーーと思ったら……着いちまった」

本当だ……あの白くて高さ5m程ある巨大な壁は紛れも無くバームステンだ


ーー


カルディナルさんは壁のすぐ側にに着地し私を降ろした

「着いたぞ、バームステン。ここならほぼ魔物と遭遇する事は無い。それと…座るか?」

カルディナルさんが地面に手をついて何かを唱えると、何やら布のような物が出現した

「俺の魔力はなかなか便利だろ? ローブを作れたり布を作れたり。まぁ色は黒色だけなんだけどな。ほら座れよ」

私とカルディナルさんは2人で壁にもたれ掛かるようにして座った。ふと空を見上げると満天の星空が広がっていた

「綺麗………」

私は柄にもなく浸ってしまった。今まで私にとって夜とは恐怖の対象でしか無かった

狭くて暗い部屋に押し込められ、粗末なベッドでビクビクしながら一夜を過ごす……ただそれだけだった



「イリス……泣いてるのか?」

私の頬を涙が伝う。なぜ泣いているのか自分でもわからないけど、それでも涙が止まらない

「あれ、私……何で…泣いて……」

この14年間泣いた事なんて一度も無かった。どんなに辛い時もどんなに悲しい時も決して泣かなかったのに………

「…………………」

カルディナルさんが私を見つめている。もしかしたら心配させてしまったかもしれない。でも………

「ごめんなさい……でも…止まらない……涙が…止まらないんです……」

「謝んなくていい。泣きたい時は力いっぱい泣けばいいんだ。今までの辛い事とか悲しい事とか……全部涙と一緒に吐き出せばいい」

「ルディさん………」

あぁ、そっか。今までは私が泣いても誰も慰めてくれないから……だから泣かなかったんだ……

本当は泣きたかったのに…誰も私を支えてくれないから…だから…泣けなかったんだ………

「ルディ……さ…ん…」

でも今は違う。私を慰めてくれる人が…支えてくれる人がいる。だから……だから私は………

「ル…ディ……う…ぅ…ぁ……ふ、ふわあぁあああぁん!!」

もう我慢できなかった。カルディナルさんに抱き付いて力いっぱい泣いた

14年間心に溜めて来た負の感情を全て吐き出すために……

「ん……よしよし。もう大丈夫だからな、今までよく耐えた。偉いぞ……」

カルディナルさんは私の頭を撫でてくれた。その手付きは少し乱暴でお世辞にも上手とは言えないもの

だけどカルディナルさんの優しさが強く感じられるとても温かいものだった



ーー


そして私は全てを理解した


私が生まれてきた意味を……


「ルディさん」


だから…


「お願いがあります」


私は……


「どうか……」


決意した………


「どうか私を……貴方の旅にお供させて下さい」









私はルディさんと出会う為に生まれてきたんだ…………


投下終了です


いいっすねぇ

おつ


俺は今までずっと1人で生きてきた


人間からは忌み嫌われ、他の魔族からは避けられる。魔物とは話すら通じず、いきなり襲い掛かられるだけ

そんな風だから、俺はこれからも永遠に独りで生きていくのだと思っていた。誰からも必要とされず、後ろ指をさされ、孤独のままに死んで行くのだと……そう思っていた

「どうか私を……貴方の旅にお供させてください」


しかし違った


この人間の少女は俺が魔族であると知っていながら、それでもなお俺を必要としてくれている

その事が……この上なく嬉しい。だが………

「イリス、本気か? もう二度とバームステンには帰って来れないかもしれないんだぞ」

「はい、この街に未練なんか無いです。私は貴方について行きたいです」

確かにイリスにとってこの街は嫌な思い出しかないだろう。何せ家族全員に虐げられて来たのだから

「もしかしたら死ぬかもしれないんだぞ。いつ魔物に襲われるかもわかんねぇし……

大体俺は魔族だ。俺についてくる事は人間に敵とみなされる事になる。それでもいいのか?」

「全然だいじょうぶですよ。ルディさんと一緒ならどんな事にも耐えられます」

俺の不安をイリスは次々と吹き飛ばして行く。その笑顔が……俺には眩しすぎる


「夜は野宿だぞ? こんな危険な森の中で。しかも、かなり粗末な寝床だし………女の子にはキツイんじゃ……」

「今までずっと独りで夜を過ごして来たんです。それに…………あ、貴方と一緒に過ごせるのなら……」

顔を赤く染めるな! なんか恥ずかしいだろッ!!

「んっ……でもな……」

それでもまだ踏ん切りがつかない。俺と共にくる事が本当にイリスの幸福に繋がっているのか……?

険しい道を歩ませる事になっちまうんじゃないか……?

「もしかして……迷惑…ですか?」

なぜそうなる!? そんな事は微塵たりともあり得ねぇ! 俺はお前を心配して………

「心配いりません。貴方について行く事が私の幸せなんです。だから……どうか……」

イリス……………ん?

「お前、俺の心を読んだのか?」

「えっ?私の事を心配してるって、今言ってくれたじゃないですか」


どうやら俺は無意識に声を出していたようだ。かなり恥ずかしい……

「む…………」

しかしどうするか………

俺としても旅に連れが出来るのはとてつもなく嬉しい。それがイリスだというならこれ以上の喜びは無い

「むむ……」

でもな、俺と来るというのは魔族の仲間になるという事で………イリスにそんな事をさせるのは気が引ける……

「ぬぬぬ………」

いやでもついてきて欲しいしッ! …でもイリスが……いや、でも………くそっ!

「イリス…最後にもう一度だけ聞くぞ。本当に俺について来るのか?

旅は危険なんだ。食人樹よりも数段危険な魔物だって数え切れない程いる。いつ死ぬかもわからない。それでも本当に俺と行きたいのか?」

これが最終警告だ。これでもまだ俺と行きたいと言うのなら……連れて行こう

「はい、私は貴方と共に行きたい……生きたいんです。私の命は貴方だけの物。たとえ死ぬ事になっても…後悔なんかありません」

「イリス……」


俺が今まで向けられてきた人間の顔は憎しみ、怒り、恐怖、絶望、懇願…負の感情だけだった


「なぁ、イリス」


でも……今俺が向けられている顔は……


「やっぱりお前の笑ってる顔は綺麗だ」



…………満面の笑顔だった



ありがとうございます、と俺に礼を言って来るイリスは少し恥ずかしそうで……それでいて誇らしげな表情で、俺を見つめてきた





あぁ、そうか………そうだったのか









俺はイリスと出会う為に生まれてきたんだ………


「……わかったよ、俺の負けだ。俺なんかで良いのなら……イリスを連れてってやるよ」

「ほ、本当に……? 本当ですか!?」

ずいっと俺の方に身を乗り出して来た。つーか、顔が近い!

「あ…ああ、本当、本当だって! だから離れてくれ!」

恥ずかしいから!

「ご、ごめんなさい」

素直にさっと離れてくれた。ふぅ、助かった………


さて、これからどうしよう? ……一先ずは……


「なぁ、何かやり残した事とかは無いか? 家に何かを置いて来たとか」

これは基本だな。女の子なんだし……

「いえ、特に何も。と言うより、あの家に私の物なんか一つもありません」

何も無いって……本当にどんな家族なんだ!? たとえ魔術が使えないとは言っても実の家族だろ!?

「この服だって、家に勤めているメイドさんから頂いた物なんです。それ以前は着るものすら…………」

「なっ!?…………信じられねぇ。本当にクズだっ! どうしようも無いクズ野郎共だっ!!」

怒りでどうにかなりそうだ! 人間にもそんな非道を働く奴がいやがるのかっ!!

「一発ぶん殴る! 今からぱっと行って鉄拳叩き込んでやる!!」

さっきからずっと家族の事を黙って聞いていたが…………もう我慢の限界だっ!!


「ル、ルディさん! 落ち着いてください!!」

「これが落ち着いていられるかっ! イリスをそんな酷い目にあわせやがって!」

人間も魔族も怒りによって冷静さを失うのは同じ事だ。俺だってたまにはブチ切れたっていいハズ!

「ダメですって。ルディさんがお父様に殺されてしまいます!!」

ん? イリスもなかなかに物騒な言葉を使うな……

しかも俺が殺されるだって?

「ふーん、そんなに強いのか? そいつの名前は?」

「オルタンシャです。皆さんからはオルトと呼ばれています」

オルタンシャ? なんかどっかで聞いた事のあるような………あ

「もしかしてイリスの兄と姉の名前ってソモンとパールとかいう奴らか?」

二度目の襲撃の時にあの2人が自分の父親の事を話していた。たしかその時に聞いた名前だ

「は、はい……そうです。知ってるんですか?」

「まあな。五回も命を狙われたからな………まぁ逃げられたけどよ」

2人ともなかなかスジは良かったが、まだまだ俺からすればひよっこだ

「ええっ!? それじゃあ最近お兄様とお姉様が連続して負け続けてる相手って………」

「俺の事だな。だがな…俺はただ攻撃を躱しただけで一切攻撃はしていないぞ」

なにせ弱かったからな。こっちから仕掛けるまでもない

つーか、万一攻撃当たっちゃって死なれたら目覚め悪いし……


「そうだったんですか………でもお父様はあの2人よりも全然強いんです。バームステンで1番の実力者ですし……」

なんとしても俺を止めたいんだな…

まさか人間に命の心配をされる日が来るなんて………あぁ、嬉しさのあまり泣きそうに…………てか泣いてる……

「ル…ルディさん!? どうしたんですか!?」

「ど、どうもしねーよ!」

魔族云々は関係ない! 男が泣いてるのを女に見られるなんて恥ずかし過ぎるだろ! …………ッ!!





……その時俺は確かに聞いた


バームステンの重々しい巨大な門が軋みながら開く音を


「イリス、こっちだ!」

「え……ひゃあ!?」

俺はイリスを抱きかかえて壁ぎわを走り出す。多分こっちで合っている

「ど、どうしたんですか!?一体何が……」

「たった今、バームステンの門から数人が外に出て来た! こんな夜に外に出るなんて自殺志願者か、よっぽどの実力者しかあり得ない!」

イリスが目を見開く。俺の言いたい事が伝わったらしい。誰が外に出たかを………

「まさか……お父様たちが」

「多分な。幸いにもまだこっちには気付いてないみたいだが………どうする? 距離は時間にして1分」


イリスがどうしたいのか、それが重要だ。会いたくないならこのまま離れるし、一度会いたいと言うならそこに行ってやる

「わ、私は………」

何か言い淀んでるな。これは多分……

「最後に一度会っておきたいのか?」

イリスは少し言い難そうにしていたが俺が先を促すと小さく頷いた

「はい。確かに私は凄く酷い目にあわされて来ました。でも、今まで育ててくれた事には感謝してるんです。だから最後のお別れくらいは言いたい……」



……イリスは優しいな。本当に優しすぎる………



俺には眩しいくらいに……



「わかった。すぐに向かおう」

俺は方向転換して門へと向かう。近づくにつれて物音や会話から人数は把握出来た……4人か

「どうやらイリスの家族4人だけらしい。あの馬鹿姉弟と白い髪の男と黒い髪の女」

「はい、多分お父様とお母様です」

だんだんと緊張して来たのか、イリスの声は震え鼓動も早くなって来ている。このまま会うのは止めた方がいいな……

「少し森から様子を伺おう。木の上に向かうぞ」

イリスが頷くのを待って、大きくジャンプして木の枝に登った。そのまま枝を渡って行くと……いたいた、あれがイリスの家族か……



「いいか、失敗は許さんぞ」

「はい。今度こそ必ずしとめて見せます」

「ふん、何度その言葉を聞いたことか……」

「…………………」

小さいながらもこの様な会話が聞こえて来た。つまり………

「奴らは俺を殺すつもりらしいな。装備品もかなり充実している。殺気も申し分無い」

「そんな!?」

父に怒られて汚名を返上しようとしている姉と不貞腐れている兄。そして付き添いの母親、と言った所か

「逃げましょう! 私なんかの為に命の危険を冒すなんて………」

「静かに! ……奴ら森の中に入ってくるぞ」

ぞろぞろとこっちに向かって歩いて来やがる。どうやらまだ気付かれた訳ではなさそうだ

ツンツン……

全員であちこち見渡しやがって……なかなか出て行く機会が……

ツンツン……

……そしてさっきから俺のわき腹をツンツン突ついてくるイリスが可愛い! ……ってそうじゃなくて!!

「お願いですから無茶は止めてください! ルディさんに死なれたら…私、もう……生きて…いけなく……」

出会ってからまだ一日も経ってないのにここまで俺のことを………くそっ可愛いな……

「わかったから泣くなって、俺はそんな簡単に死なねーよ」

涙を魔力布で拭ってやりながら笑いかけてやる。………俺はこの愛くるしい少女を悲しませることだけはしたくない




瞬間、こっちを見る4つの視線を感じた。ヤバイ、気付かれたみたいだ



「イリス、相手に気付かれた」

「えぇ!?」

「明らかに奴らの気配が変わった。今はこちらを観察しているから大丈夫だが……そのうちしかけて来る」

感知タイプがいるな……俺が布を生成した時の魔力を嗅ぎ取られたか

恐らくあの女だ……イリスの母の……イビスとかいったか?

「ここから少し離れる。森の奥へ行けば、あいつらもそう簡単には追ってこれないだろう」

俺はイリスを抱きしめるように抱えて森の奥へ向かう事にした。幸い、木の枝を渡れば危険は少ない

「で、でも……」

「わかってる。向こうもかなりの手練れなんだろ? ほぼ確実に追って来るだろうな」

そうなったら戦いは避けられない。果たして俺はイリスを守り切れるだろうか………


ーー


「……逃げたか」

「ええ、森の奥へ向かったみたいですね」

「……!?」


「なんだと!? 逃がすか!」

「待て、ソモン、パール。死ぬ気か?」

「なにを言うんですか!?早く追わないと逃げられてしまいます!!」

「かと言ってお前らのような未熟者が夜の森に入っても死ぬだけだ」

「そうですよ。貴方は私達の自慢の息子と娘なんですよ? こんな所で死なせるわけにはいかないんです」

「俺が先頭を行く。お前らは俺の後をついて来い。離れたら……死ぬぞ」


ーー


「チッ! やっぱり追って来やがった。意外と速度が早いな………」

「…お父様………」

イリスの事を考えるとこれ以上速度を上げるわけにはいかない。そのうち追い付かれてしまう


となれば、取るべき手段は一つ…………


「仕方がない、迎え撃つ」

イリスにそう告げ俺は立ち止まった。一度追い払えば確実に逃げ切れるだろう

「危険です!あっちは4人もいるのにーームグッ!?」

「静かに。 ……俺の事は心配しなくていい、イリスは何を話したいか考えてあるか?」

俺はイリスの口を手で塞ぐ。もちろん優しくだからな! 決して荒っぽくは無いッ!!

そしてイリスはというと……こくこく首を縦に振ってる。話したい事は決まってんのか……


「それなら問題ない」



久々に手練れの者と対峙するのか……腕が鳴るぜ


終わりです


キャラのセリフは

イリス「」

などとした方がいいのでしょうか……



今のところセリフが誰のものかは問題なく分かるので、
特に必要とは思わない

今のままでいいんでないか?

おつ
試しにやって見たらどうかね?

乙ん

投下します
寝落ちするかも

それと今のところキャラのセリフは問題ないようなのでこのまま進めてみます
実際に書いてみたら地の文と重なっちゃって分かりにくかったのもあるし……

「……止まれ」

「…………」

「え、どうして!?」

「気付かんのか? ……いるぞ」

「ええ、あの枝上に隠れてます。愚かな魔物がね」


「愚かとはなんだ愚かとは!」

俺は木の影から姿を見せてやる。おーおー、皆一斉に俺見上げちまって………

「出やがったなッ! 俺たちを見下ろしやがって! 今度こそブッ殺してやる!!」

「………………」

「クスクス」

俺は枝の上にいるから全員を見下ろす形なんだが……それすら気に入らないみたいだな、あの馬鹿男は

姉の方はただじっと俺を見つめ、母親はクスクスと笑っている。正直不気味だ……

「貴様が最近こいつらを返り討ちにした魔物か?」

「返り討ちって……俺はただ、そいつらの攻撃を躱してるだけだ。特に攻撃はしてねーよ」

この男は何を考えてんだ? こんな会話するくらいなら切りかかって来りゃいいのに

「同じ事………貴様はここで終わりだ」

おーおー剣なんか抜いちまって。闘る気満々じゃねーか。あれは……鋼じゃないのか……?

「あ、そう? こっちにはあんた達を殺す気なんて全くないんだけど?」

「うるせえッ! いつもいつもそんな余裕見せやがって!殺す!殺すッ!」

うるさいのはお前だろ。そんなにツバを撒き散らしやがって……



「はいはい、御託はいいからかかって来いよ。4人まとめて相手してやる」

「そうか……ところで私達の勝ちだが?」

「はぁ? 何言って……ん?」

体が動かない………これは……

「クスクス、私の拘束魔術です。これで貴方はもう動けません」

「ちっくしょう! なんかうだうだ喋ってると思ってたらそういう事かよ! ……いや待てよ?」

俺は試しに全身の力を抜いて目を瞑ってみると、体は全く動かないままだった

「おお、こいつはいい! 念願の立ったまま寝るという偉業が達成できるぞ!!」

拘束魔術にはこんな利点があったのか……今度からはこうして寝よう

「て……てめぇ!」

「……………………」

目を開けると顔を真っ赤にして俺を睨んで来る兄と、対象的に顔を真っ青にしている姉の姿が見えた

母さんの方はっと………唇が引きつってるとこを見るとぶち切れてんな

そんな中1人冷静なのはこいつだけか。えっと……オルタンシャだっけ?

「随分と余裕だな。貴様はもう指一本動かせんのだぞ? つまり………」

剣を槍のように持ち替えやがった。 ……まさか………

「これで……終わりだ」

俺の顔面めがけて剣を投げてきやがった! こいつ馬鹿だな…… 武器手放してどうすんだ?



俺はその剣をギリギリまで引きつけてから首だけ動かして躱すと、剣は俺のすぐ後ろの木に刺さって止まった。


「む?」

「そんな馬鹿な! 私は完璧に拘束していたはず。なぜ動けるのです!?」

完璧って………おいお〜いツッコミ待ちか?

「どこが完璧なんだよ? この程度の拘束、外そうと思えば簡単に外せるっつーの! 魔族ナメんなこのクソババア!」

この程度の拘束魔術を使って毎回イリスを拷問していたのかと思うと腹が立って仕方ない

軽い挑発位にしかならないが思いっきり貶してやったぜ!! ざまぁみろ!

「な……な!?」

口を金魚みたいにパクパクさせやがって……もう一度言ってやる。ざま〜みろ!

「弱いくせにプライドだけは一人前か?」

我ながら呆れてしまう位にボキャブラリーが少ない。もうちょっと……こう、グサッ! と心に刺さる暴言は吐けないものか………

「貴様ァッ!نضحهغشح٦!」

今度は兄の電撃魔術の中級か……だからナメんな!!

「نضحهغشح٩」

俺の魔術詠唱によって空間を電撃が覆い尽くし、それによってガキの中級は簡単に霧散する。中級の中では最高位の魔術だ。

「んなッ?!」

「何をそんなに驚いてんだ? 電撃を電撃で相殺しただけじゃねーか。それともまさか、俺がこの程度の魔術すら使えないとでも?」

4人に向かって手をかざす。少しはこっちからも………

「下がれソモン!」

攻撃しないとな♪

「شضغب:٨」

火炎の中級を放つ。この程度なら簡単に躱されるだろうが………目くらましにはなる。そんじゃ撤退するか

「どこに行くつもりだ?」

不意に斜め後ろから男の声が……… そんな事を考える間もなく俺は思いっきり飛びずさった

「う、お……」

ギリギリの所で剣撃を躱す。さっき投げつけて、木に刺さった剣を抜いたのか!

鋒が首筋を少しかすめた様な気がしたが……まぁ気のせいと思っておこう

「躱したか……」



あっぶねぇ〜! もうちょいで首チョンパだ! かつて先人には頭を化け物に喰われて首チョンパした少女がいたと聞くが……その二の舞はゴメンだ!!

「今だ……やれ」

「え?」

俺は今、振り返った所を後ろに飛びずさった訳で……つまりガキと小娘とババアの方に飛んだって事で……ヤバくない?


「شضغب:٨!」
「شضغب:٥!」
「شضغب:٩!」


下から呪術詠唱が聞こえてくる。それぞれの威力は火炎の中級だがそれがそれが集まると………

「死にやがれ! このバケモノッ!」

上級に昇華される。この場合は شضغب:٢٢ と同程度か

……それならば

迫り来る火炎球に手を向けて詠唱する。一つ上の上級火炎魔術をな

「شضغب:٢٣」

俺の手のひらから巨大な火炎球が発生。それを相手の火炎球にぶつけて相殺させる

互いの火炎球がぶつかり轟音と強烈な爆風が発生し、俺は思いっきり吹き飛ばされた





やれやれ、やっと逃げられる………




ーー


私は木の枝の上でカルディナルさんが帰って来るのをひたすら待ち続けている。それと言うのも……

『まずは俺が1人であいつらと対峙して来る。イリスはしばらくここにいろ』

『そんなっ!?なんでですか!?』

『まぁ念のために相手の実力を測っておこうと思ってな。もしキツそうならすぐに逃げて来るから大丈夫』

『そんな…笑ってる場合じゃないです! もしかしたら死んじゃうかもしれないんですよ!?』

『大丈夫。俺は強いから。信じて待ってろ!』

『あっ!?ルディさんッ!!!』


カルディナルさんは言った。信じて待ってろ! と。だから私はひたすら待ち続ける、貴方が帰って来るまで



ドォン!



「きゃっ!?今の音……なに!?」

今のは確実に爆発の音だった。少し遠くからだったけど確実に聞こえた。そんな……まさか!?

「ルディ…さん?」

まさか! そんなハズない!! カルディナルさんは言ったんだ、必ず帰って来るって! そんなハズない……絶対にないッ!

「ルディさん……」

私は手を合わせて神に祈りを捧げる。こんな事しか出来ない自分が腹ただしいけど……でも…でもッ!

「神様…お願いします。どうかルディさんをお護り下さい……どうか…」

私はこれからカルディナルさんと一緒に旅をするんだッ! 一緒に笑って一緒に楽しんで……一緒に生きるんだッ! 今までの不幸を帳消しにする位にッ!!

「だからお願いしますッ! 神様、どうか私の初めての願いを叶えて下さい!!」

目を瞑りひたすら祈る。どうかあの笑顔を私にもう一度だけ………


「その願い、叶えてしんぜよう」

「え……」


目を開けると目の前には私の愛しい人が……あの笑顔を私に向けていた。ちょっと申し訳ないような、恥ずかしいような表情をして………

「ルディ…さん?」

「ゴメンな、心配させちまって。ほら、この通りピンピンしてるから」

自分の胸を軽く叩いて元気な事を表しているカルディナルさん。でも私の目は涙で滲んで良く見えなかった

……もうダメ………

「ルディさんッ!」

「うおっ?!」

私はおもいっきり抱きついた。愛しい人の胸に……

「イ、イリス……? その、本当に悪かった! 心配だったんだよな……不安だったんだよな……」

不器用に私の背中をポンポンと叩いてくれる。私を気遣ってくれる。私の心が……優しさで満たされていく

「本当に…ほんと…に、心配…して…でっかい…ばくは…つの音が…して。ルディさんが…し……死んじゃった…んじゃ……ないかってえぇぇ……」



「大丈夫だ、俺は死なないよ。絶対にイリスを独りぼっちになんかしないから……」

こうして私はしばらくの間、カルディナルさんの胸の中でわんわん泣いた


ーー


「落ち着いたか?」

「……はい」

10分は泣き続けたかもしれないが、ようやく落ち着くことができた

「今の所は追っ手の心配はない。絶対にな」

カルディナルさんは自信満々に言う

「それでな、あいつらの実力を見て来たけど……正直に言うと相手にならない」

「え……」

やっぱりルディさんでも全然敵わなかったんだ……

「あいつら弱すぎだ。殺さないように加減するのが難しいくらいだよ。まぁ父親は及第点だったけど」

「はい?」

い、今ルディさんはなんて?

「お母様もですか!? だってお母様は拘束魔術を……」

「全然平気だったぞ。簡単に解術できたし」

なんでもないように笑うカルディナルさん。そんな馬鹿なことが………

「まぁ、民家のヤモリ大豪邸を知らず だな。それでどうする?最後に家族に会って行くか?」

「え……その……」

私としてはこれ以上カルディナルさんを危険な目に遭わせたくない

でも元はと言えば私が家族に会いたいと言ったからこのような事をさせてしまった訳で………

ここで断ったらこれまでのカルディナルさんの危険を無にしてしまうことになるし……

「どうした?」

「いえ、その……」

いつまでもグズグズして……私はまたカルディナルさんに迷惑を掛けてる……

「イリス」

「は、はいっ!?」

カルディナルさん怒ってる!?私がいつまでももたもたしてるから……

「会いたくないなら会わなくてもいいんだぞ?」

「え……?」

「イリスはな、もうあいつらに縛られる必要なんか無いんだ。今まで育ててもらったからって礼をしなくちゃいけないなんて誰が決めた?」

「え………でも……」

「………………」

私は未だに決断できない。そんな私の様子をじっと見つめていたカルデイナルさんは、不意にフッと笑うと……



「しっかり捕まってろ」

「ル、ルディさんッ!?」

私を抱きかかえて移動していた。さっき音がした方向へと

「今の俺の問いに言い淀んだ時点でイリスの答えは決まってるんだよ」

笑いながら私にそう言って来るカルディナルさんの顔はとても嬉しそうだった

「一言……挨拶をしに行こう。それが終われば……イリスは晴れて自由の身だ。俺が新しい世界へお前を連れて行ってやる」

「は……はいッ! よろしくお願いします!」

私も笑顔でカルディナルさんに返事をするとカルディナルさんはニッと笑って前を向いた

どうやらもうすぐ着くらしい………お父様、お母様、そしてお姉様とお兄様の元へ

決別しよう。全員に言ってやるんだ……私はこの方に一生ついて行くと、ローズ家の名前を捨てると、貴方たちとはもう会わないと


ーー


枝上を進み草をかき分け、やっと辿り着いた決別の地は少し小さめの広場だった

周りは木で覆われているのに、この直径15mくらいの範囲だけ全くの更地であることを疑問に思ったけど、そんな事はどうでもよかった

カルディナルさんは私を枝上に置くと広場に入って行った。どうやら私はまた待機しなくてはいけないみたい

そして狭い広場にいるのはカルディナルさん。そして…お父様………

「貴様か………」

お父様がカルディナルさんに剣先を向けて睨みつける

その目は素人目にも殺気を感じ取れる物で、ほとんどの生物は見られただけで恐怖するに違いない

しかしカルディナルさんは……

「ん〜? なにむすっとしてんだよ? 少しは笑ったらどうだ?」

お父様を馬鹿にするように笑っていた。全く怯えていないみたい

「ところで……あの馬鹿男と小娘とババアがいないが……どこだ?」

相変わらず笑いながら、まるで雑談をするかのような朗らかさでカルディナルさんがお父様にそう尋ねると、お父様の表情が明らかに怒りに変わった

「خضحفلنل١٧!」

刹那、お父様の剣の切先から直径3mはあるかという巨大な水球が猛スピードで飛び出した

「おっと」

カルディナルさんに躱された水球はそのまま細い木々を薙ぎ倒しながら森の奥へと消えて行く……

「貴様が一番よく知っているだろう!よくも小癪なマネをしてくれたなッ!」

カルディナルさんはその言葉を聞くとニヤッと笑う

「俺はお前たちを罠に嵌めただけだぞ? それだけで小癪と言われちゃ堪らないな」

罠に嵌めた? カルディナルさんは一体何をしたの?



「それにアンタがここに来ていると言う事は大事には至らなかったんだろ? 良かったじゃないか」

「私が瞬時に救い出したんだ。しかし一人は間に合わず落下したぞ…………食人樹の巣にな」

食人樹………? そ、そんな!!

「ふーん……誰かは知らないけれど痛いだろうなぁ……… でも二人もいれば簡単に助けられるだろ? 苦労はするだろうけどな」

その言葉を聞いて私はホッと胸を撫で下ろした。良かった……死ななくて

「まぁ確かに罠に嵌めたのは卑怯だったかもな。その詫びに先手は譲ってやるよ」

カルディナルさんがゆっくりと構えを取る。それでも笑みは崩さない

「光栄に思えよ? 俺が人間と真面目に戦うのなんか随分と久しぶりなんだからな。もちろん殺さないでやるからよ…安心してかかってこい」

「…………………………」

お父様は静かに剣先をカルディナルさんに向ける。見られただけで竦み上がってしまいそうな表情に溢れる殺気を添えて………


そしてカルディナルさんとお父様の闘いは幕を開けた……


ーー


先手はオルトが取った。もっとも、これは譲られた先手。宣言通り、オルトが動くまでルディは微動だにしなかった

それはオルトにとって最大級の屈辱。だから、この魔物を殺す事によってその溜飲を下げようと思っていた。自分にはその実力があると信じて……

「ふんッ!」

掛け声と共にローブの下から数十本の投げナイフを取り出し、空間を埋め尽くすかのように投げつける

しかしながら、この程度の攻撃、ルディは簡単に避ける

ルディに避けられたナイフは当然木に刺さり、あるいは地面に散らばる

するとオルトは今度は取り出したナイフの内、数本を自分の足元に落とし、残りを四方の木目掛けて投げつけていく

やがて2人を無数の投げナイフが取り囲む。それが月の光を浴びて白銀に輝き、その光景は夜空に輝く満点の星を連想させた


「خضحفلنل٦؟٨!」

次にオルトは水球を放つ。先ほどの物よりは威力も大きさも小さいが、その分スピードが速く、しかも八つ連続で放つ

「中級水魔術で水球の8連弾か……面白い技だな。でも……」

ルディには当たらない。後ろに下がりつつ、巧みなステップと柔軟な体を使って全てを躱し切る

この時点でルディとオルトとの距離はルディの目算で7m弱。ルディは、ほぼ広場の端に移動していた




「なかなか面白い家系だな。あんたは水、ババアは無属、馬鹿男は電撃、小娘は火炎と光。一通り揃っているのか」

相変わらず不敵な笑みを浮かべながら、客観的に相手を分析する。これで相手の大体の得意な属性を把握する事が出来た

「ほら、どうしたんだ?俺はまだ死んでないぞ? まさかこれで終わりとか言う訳ないだろ?」


「……当然」


瞬間、ルディはオルトの姿を見失った。そう……消えたのだ。転移魔術を使ったわけでもないのに忽然と

先ほども一瞬にして自分の後ろに回り込んでいたオルトの技。ルディはそれを転移魔術だと思い、詠唱を見逃すような隙は見せなかったつもりだ

しかしそれにも関わらずオルトが消えたという事実に多少の動揺を覚える

そして、その時ルディが見せた一瞬の隙をオルトは見逃さなかった



次の瞬間、ルディは斜め後ろからの殺気を感じ反射的に伏せる……と同時に、たった今自分が立っていた空間を何かが通過するのを感じ取った

ルディは足裏に魔力を集結させ、力一杯地面を蹴る。いつものように大きくジャンプするのでは無く、地面スレスレをほぼ水平に飛ぶ

その間に身体の向きを仰向けに変えて、今自分を襲った物の正体を確認しようとしたが、それは叶わなかった

「死ね」

またしても斜め後ろから殺気を感じる。仰向けのまま背後を見ると、オルトが大剣を構え今まさに振り下ろそうとしている事が確認できた

「…チッ」

ルディは軽く舌打ちをする。この攻撃は躱せない

「صضننحغنو」

大剣が振り下ろされる寸前に詠唱した障壁魔術によって、ルディの両腕が赤い靄のような物に包まれる

ルディが振り上げた右腕とオルトの大剣がぶつかった瞬間、まるで金属同士が激しくぶつかったかのような甲高い音が森に響き渡る

「ぬんっ ! ……ふんっ!」

気合を込めたオルトの剣技は一発ずつがとても重くそれでいて素早い

流石のルディも防戦一方を強いられている。そもそもルディは接近戦は得意ではないのだ

「سضحكل」

「むっ?」

そこでルディは下級光魔術を目眩まし代りに使い、一旦距離を置く



「なるほど……面白い技を覚えてるな。条件が必要とはいえ無詠唱で転移出来るとはな……」

通常、転移魔術を使う際は必ず詠唱をする必要がある

火炎や電撃は努力次第で無詠唱で放つ事も可能だが、転移魔術はそれが不可能なのだ

しかしオルトはそれを無詠唱かつ瞬間的に行える。いくつかの条件さえ満たせば……

「まぁ、タネさえ分かれば全く怖くないな。今までは文字通り瞬殺してきたんだろ? まさか魔物風情にタネがバレるとは夢にも思わなかったんだろ?」

ルディはケラケラ笑いながらオルトを挑発する

確かにオルトは、今までタネがバレる間も無く魔物を瞬殺してきた。だからこそ堂々と敵の目の前でナイフを投げたのだ

「…あんなに堂々とナイフをばら撒けばそりゃ簡単にわかる。あんたは自分の魔力を宿させた武器に瞬時に転移できるんだろ?」

「……………………」

オルトは押し黙った。それはすなわちルディの推測を認めたも同然

そう、オルトは自らの魔力を目印として転移魔術を無詠唱で行えるのだ

「もう少しそれとなくナイフをばら撒けばよかったのに ……お前って見た目によらず馬鹿?」

「………………」

オルトはまたも転移する。彼もやっと気付いたのだ。この魔物は今まで自分が瞬殺してきたものとは違う事に

今度は連続で転移をし、フェイントを入れて切りかかった。常人にはもちろん、かなりの手練れでも追いきれない程のスピードで

しかし………

「صضننحغنو」

ルディの唱えた障壁魔術であっさりと防がれる。今度はオルトを見もしなかった

「言っただろ、怖くないって」

「くっ……」

「あんたの転移魔術は自分の目に見えている目印にしか転移できないんじゃないのか? どっかの黄色い閃光の劣化バージョンだな。

だから俺の真後ろには転移できなかったんだろ? 斜め後ろからの攻撃を好んでする馬鹿なんかいないもんな」

今度こそオルトは愕然とする。その事にまで気付かれているのならもはや転移する意味がなくなる

「万策尽きたか それともスタミナ切れか? まぁ、どっちにしろ……」

ルディは右腕を天に向ける

「そろそろ攻撃するぜ? 上手く躱せよ、さもないと……死ぬぞ?」

そしてルディが唱えた呪術は……

「كغياغمك」



オルトをまるでゴミのように吹き飛ばした




ーー


「ようイリス、待たせたな」

戦いを終えたカルディナルさんが私の前に転移して来た

「ルディさん!お怪我は……」

「無いよ。ずっと見てただろ? 俺の大活躍を」

親指を立ててニッと笑うカルディナルさん

「はいッ! とっても格好よかったです!」

あのお父様を相手にほとんど苦戦せずに勝利するなんて……興奮が冷めやらない

「最後に使った呪術は何なんですか? 私、あんなもの見た事も聞いた事もありません」

最後にカルディナルさんが唱えた呪術は凄かった。カルディナルさんを中心に竜巻が発生して、周りの物全てを吹き飛ばしてしまったのだ

「あれは消滅の呪術と呼ばれてるモノだ。かなりレアな呪術なんだぞ」

聞いた事がある。遥か昔作られた呪術の中にはあまりに高度、もしくは危険すぎて使い手が居なく、時代と共に忘れられて行った呪術があると

現在では使える人はほとんどいない、文字通り幻の呪術と呼ばれている。その一つが……消滅の呪術

「さて、あまり長話をしている暇も無い。どっかに飛んで行ったあの男を持ってこないと」

そう言うとカルディナルさんは何やら糸を手繰るような仕草をする

「あの……ルディさん、何をしているんですか?」

「あの男を手繰り寄せてる。これでな」

そう言ってカルディナルさんは自分の腕を私に見せてくれた。よく目を凝らして見ると、なにか糸のような物が絡みついている

「さっき剣を防いだ時にササッと巻きつけといたんだ。ほとんど感触が無いように作ったから戦闘中じゃ絶対に気付けない」

「あ……それって…」

「そ、俺特製の魔力布。限界まで細くすれば糸としても使える。強度も申し分無い……っと、来たぞ」

カルディナルさんが指差す方を見ると、茂みがガサガサと音を立てて誰かが引きずられて来たのが見えた。

少し遠いのと夜で薄暗い事もあってよく見えないけど……

「それじゃあご対面といくか。降りるぞ」

「あ…はい。あの、ルディさん……」

「なに?」

「まさか…死んでないですよね……お父様…」

私はさっきの竜巻でかなり派手に吹き飛ばされて行ったお父様を見たから……少しだけだけど不安になった

「う〜ん……多分大丈夫…のハズ…だけど…一応最下級使ったし…………ちょっと確認するか」

カルディナルさんは私を抱えると地上に降り立った。そして茂みに倒れているのは、紛れも無く……お父様………

「一応唱えとくか。えっと……نغمكنضحبك」

カルディナルさんが唱えた呪術により、お父様の身体が一瞬ビクンッと痙攣した。カルディナルさんは一体何を……

「拘束呪術の詠唱有りだ。こっちの方が効果が段違いに高いんだよ。戦闘中には滅多に詠唱出来ないけどな。簡単に避けられちまう」

「な、なるほど……」

「それでな、この呪術は生物しか対象に出来ない。つまりあいつは生きてるって事だ」



そう言ってカルディナルさんは私を降ろすと、小枝を摘まんでお父様の方へ歩いて行き……

「おーい、起きろー」

お父様をツンツン突っついた

「おーい、おーいってば……あぁ! めんどくさい! خضحفلنل」

カルディナルさんの詠唱で小さい水球が空中に出現した。カルディナルさんはその水球を………

「これでとっとと起きろ!」

「………!? むぐぉ…ふがッ!? は、鼻が……」

うわぁ……痛そう。あの鼻に水が入るツーンとした痛みって耐え難いモノがあるよね

「おー! 寝顔に水とはよく聞くが寝鼻に水の方が効果的なんじゃねーか?」

「き、貴様……うぐ!?か…身体が……」

「少しの間黙って話を聞いてもらいたくてな。無理に解こうとしない方が良いぞ。つーかあんたじゃ解術出来ないだろうケド」

遠目からもお父様が拘束を解こうともがいているのが見える

「う……ぐッ…クソッ………」

「だからあまり無茶するなって。別に痛めつけようとか殺そうとか考えてないから。ただちょいと話を聞いて欲しいだけなんだって」

「話だと!? ふざけるなッ!! こんなもの……、うぐぐ…ぐおおぉぉおぉ!」

お父様は大量の魔力を放出して拘束を無理矢理外そうと躍起になっているけど……

「うぐぐ……く…そ……なぜ…だ……なぜ解けんッ!?」

「あーもー、うるさいな!俺が拘束呪術を唱えたんだぞ!あんた如きに解術されてたまるか」

唸っているお父様を尻目に掛けながらカルディナルさんが私に向かって手招きする



私は頷き、ゆっくりと2人の元へ歩いて行く。今こそ…決別の時………


ーー


イリスがこっちに歩いて来た事を確認して俺はスッと横に移動した。とうとう親子のご対面だ

「な!?……イ…イリス!?」

「お父様…………」

流石のこいつも馬が人参砲喰らった顔してやがる。ま、当然か

なんせ本来なら家にいるハズの娘がここに、しかも魔族と一緒にいるんだからな……

「なぜ貴様がここにいるんだ! 貴様は今頃……」

「イビスの部屋で拷問を受けているハズ……ですか?」

「……………………………」

「逃げたんです。あの部屋から……森に。お母様が出て行った隙に」

「あの馬鹿者……あれ程気を付けろと言ったのに……」

「そしてこの方に出会ったんです。私が出会った中で一番優しい……この方に」

イリスは俺の裾を掴みながら言う。でもな、イリス……それは違うんだよ。俺が優しいんじゃない






こいつらがクズなだけだ



「私は生まれて初めて優しさに触れました。それがとっても嬉しくて……本当に…嬉しくて……」

「イリス………」

あークソッ! 俺まで泣きそうになって来た…… どんな隔世遺伝すればこんなやつの娘がこうなるってんだ!

「だから…私はこの方について行きます。もう二度とローズ家には戻りません」

「な!?」

今度こそこいつは言葉を失ったようだ

「何を驚いているんだ? 今まであんた達がイリスにしてきた仕打ちを考えればごく当然の事だと思うが?」

だってそうだろう? 姉兄からは虐められ母親からは拷問され父からは無視され続けてきたんだ。こんな奴らと一緒にいたいなんて思える訳が無い

「貴様はローズ家の誇りと伝統を穢す気か!? そんな事は絶対にさせん!」

まさに鬼のような形相でイリスを睨むこの男は……どこまで愚かなんだ…………

「わ、私は……あなた達なんかと一緒にいたくない! 私の事を誰よりも気遣ってくれる人と一緒に行きたいんです!」

「貴様……今まで殺さずにいてやった恩を忘れてよくもそんな事を……」

おーおー、あの馬鹿男の父親だけはある。言ってる事が滅裂支離すぎる

こりゃあイリスも礼をする必要なんて無いな。むしろ一発引っ叩いてもいいくらいだ

……とは思ったものの、恐らくイリスの性格では引っ叩く事なんか出来ないだろうな

………………さっきの呪術……もう2段階くらい階級上げてもよかったかなぁ…………

まぁそれはともかくとして、もうそろそろ引き際かな

これ以上ここにいるとこいつがどんな酷い事を言うかも分からないし………

「イリス。これ以上は時間の無駄だ。出て行く事も告げたんだしそろそろ行こう」

「……………………………」

「イリス?」

イリスは俺の呼びかけにも反応せず、目の前に転がっている男の顔をジッと見つめている

「お父様………」

イリスは何をする気だ? 本当に引っ叩くんなら俺も協力するぜ?





しかしイリスのとった行動は俺の予想の範疇を超えていた



「今まで出来損ないの私を殺さずにいてくれて、本当にありがとうございました」

イリスなんと頭を下げたんだよ! 目の前の男に向かってだ

この行動には俺はもちろんの事、この男も言葉をなくした

「私はローズ家に生まれたにも関わらず全く魔術が使えなくて、剣技のセンスや体力も全くない本当の出来損ないでした。

本来ならローズ家の恥という名目でいつ殺されてもおかしくなかったんです」

イリスはふぅと息をつく。その表情に憎しみの感情は感じられない

「そして、皆が私の事を生かしてくれたから…私はルディさんに出会う事が出来たんです

私の全てを受け入れてくれる人に………」

イリス………

「だから私はお父様、お母様、お姉様、お兄様、全員に感謝します。こんな私を殺さないでいてくれて……ありがとうございました」

もう一度言うが……一体どこをどう間違ったらこんな奴らからこんな娘が生まれてくるんだ……?


ん? この音はまさか……


「イリス、今こっちに3人が向かってきている。多分姉、兄、母の3人だと思うけど……どうする?」

「…………もういいです。これで心残りはありません」

「そうか……」

俺はイリスを抱き上げて木の枝に飛び上がった。後は逃げるだけだ

「…………お父様」

静かな、それでいてよく澄み渡る声でイリスが最後の別れを告げる

「今までありがとうございました。 さようなら……どうかお元気で…………」





ーー


俺は今、眠るイリスを抱きかかえて木の枝を転々と渡り飛んでいる

別れを告げた後、イリスはすぐに眠りについてしまった。それも当然だろう、なんせ色々な事があったからなぁ

俺とイリスが出会ったのが、たった4時間前。それから沢山話をして薬を塗って、森を駆け回り食人樹に喰われかけ、俺の身を心配して親父に別れを告げ………凄い密度だな

これだけの事を一気にしたんだ。人間、しかも少女には少しハードだったに違いない。と言うか魔族の俺でも疲れるてんだけどな

「………ルディ…さん…」

ふいに名前を呼ばれた。起こしてしまったのかと思って顔を見てみるが、イリスはスヤスヤと眠っている。どうやら寝言のようだ

それにしても夢の中にも俺がいるのか……頑張れ夢の中の俺! イリスを辛い目に遭わせるんじゃねーぞ!

「…ルディ……さん……」

「どうしたんだ?」

「……だいすき…です…」

「…………………」

「ずっと…ずぅっと……いっしょに………ふふっ…」

「………………………」

………………………………


「……………………実は起きてるんじゃないのか? ………コイツ」



誓おう


俺がいる限りこいつを泣かせない


俺がいる限りこいつを苦しませない


俺がいる限りこいつを辛い目に遭わせない


だからイリス……安らかに眠れ


俺がお前を……幸せにしてやるから


お前を苦しめるモノなんか……俺が取り除いてやるから


お前を辛い目に遭わせる奴なんか……俺が殺してやるから


俺がお前を……愛してやるから…


だからお前は何も心配しなくていい




俺たちはいつまでも………永遠に一緒だ……


と、まぁ……タイトル部分のお話は以上で終了だったりします

読んでくださった方ありがとうございました

おつ

旅の様子とかも書いていいんだよ?チラッ

乙乙

とても良いプロローグだった
本編はよ

次から本編が始まると思うとワクワクしますねぇヾ(@⌒ー⌒@)ノ

私、本編が気になります!

そろそろ魔法の表記について知りたいところ
火力の中級と言われた????:?を翻訳したら
Hdgb:8
ってなったんだが意味がわからん

大抵数字があることはわかったが…

>>81
何語から何語に?

読んでくださった方、レスなどありがとうございます。想像してたよりも多くの方が読んで下さっていたみたいで結構驚いてます


>>81

呪術ですが、今回登場させたのは


火           
شضغب


خضحفلنل


سضحكل


نضحهغشح

転移
كعلم

拘束
نغمكنضحبك

物理障壁
صضننحغنو


申し訳ないですが、単語自体には意味はありません。強いて言うなら、ある法則を自分で決めてそれを基に作った造語です


また、火炎の「شضغب」に「:」をつけて数字を入れてあるのは(「شضغب:٨」など) その威力を表しており、数字が大きければ大きいほど威力を高いと設定してます

ほんにしても読み返してみると結構「:」を入れ忘れてた………ってか火炎以外全部つけてねぇorz


ちなみに数字は1から9まで左から順に

١٢٣٤٥٦٧٨٩

となってます

>>83
本編はよ

本編が楽しみだなあ

>>1

つかみは、出来ていると思う。

続きを、期待。

すこしお聞きしたいことが
>>32より
� 今まで通り

そう言うカルディナルさんの顔は少し寂しそうだった。違います! 私が声を上げたのは驚いたからなんです!

「いえ、違います!声を上げちゃったのは少し驚いたからだけで、全然嫌じゃありません!むしろ私の事を想ってくれるルディさんの優しさが…とっても嬉しいです」

「………そ、そう? あー、それなら良いんだ、うん」

また顔を赤く染めてしどろもどろに返事をするカルディナルさん……あっ?! もしかして……

「ルディさん。もしかして照れてるんですか? さっき私が服を脱ごうとした時止めたのも……」

あっ、また赤くなった!

「……魔族でも人間の女の子相手に恥ずかしがるんですね」

その反応が面白くて、ついクスリと笑ってしまう

「し、仕方ねぇだろ!イリスはもっと自分の魅力に自信を持て!」

「でも私、顔は全然綺麗じゃないし、スタイルだってあんまり良くないし…」

いつも鏡で見てるからわかる。私は全然可愛くない。胸だってないし、完全に幼児体型だし……カルディナルさん? なんでため息なんか?

「自覚がねぇってのは恐ろしい……いや、今まで誰にも言われた事が無かったのか…………

それなら俺が言ってやる。よーく聞いてろよ?」

そう言うとカルディナルさんは大きく深呼吸した

「イリスは間違い無く美人の分類に入ってる。さっきの笑った顔なんかとっても可愛くて、正直ドキッとさせられた。一回微笑んだ自分の顔を見てみろ、絶対に可愛いから!

スタイル? そんなものは関係無い! 大体イリスはまだ若いだろうが! その歳でそれだけの胸があれば将来有望にも程があり過ぎだ!」

私の方を一切見ないで一気にまくし立てた。そっぽを向いていてもその耳が赤くなっているのがわかった



� 改行多用+行間詰め

そう言うカルディナルさんの顔は少し寂しそうだった
違います! 私が声を上げたのは驚いたからなんです!

「いえ、違います!声を上げちゃったのは少し驚いたからだけで、全然嫌じゃありません!
むしろ私の事を想ってくれるルディさんの優しさが…とっても嬉しいです」

「………そ、そう? あー、それなら良いんだ、うん」

また顔を赤く染めてしどろもどろに返事をするカルディナルさん……あっ?! もしかして……

「ルディさん。もしかして照れてるんですか? さっき私が服を脱ごうとした時止めたのも……」

あっ、また赤くなった!

「……魔族でも人間の女の子相手に恥ずかしがるんですね」

その反応が面白くて、ついクスリと笑ってしまう

「し、仕方ねぇだろ!イリスはもっと自分の魅力に自信を持て!」

「でも私、顔は全然綺麗じゃないし、スタイルだってあんまり良くないし…」

いつも鏡で見てるからわかる。私は全然可愛くない……
胸だってないし、完全に幼児体型だし……カルディナルさん? なんでため息なんか?

「自覚がねぇってのは恐ろしい……いや、今まで誰にも言われた事が無かったのか…………
それなら俺が言ってやる。よーく聞いてろよ?」

そう言うとカルディナルさんは大きく深呼吸した

「イリスは間違い無く美人の分類に入ってる。さっきの笑った顔なんかとっても可愛くて、正直ドキッとさせられた
一回微笑んだ自分の顔を見てみろ、絶対に可愛いから!
スタイル? そんなものは関係無い!
大体イリスはまだ若いだろうが! その歳でそれだけの胸があれば将来有望にも程があり過ぎだ!」


私の方を一切見ないで一気にまくし立てた
そっぽを向いていてもその耳が赤くなっているのがわかった

�と�ではどちらの方が読みやすいですか?
iPhoneで書いてると改行のタイミングが掴み辛いので……

俺は�

�だな

ガラもしもしだと、
違いがほとんどわからないから、
どっちでもいーよー

えっ?本編クル━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ ??????

今日中に投下したい

ところで皆さん、R18はここでアリ?
ナシ?
それによって今後の展開を変えようと思っているので……

R18はスレが荒れる原因になりやすいからなー...
他の人は分からんけど、俺は好ましくはないな

>>94
ソレに触っちゃダメ!

ありか…な?

ありあり

投下再開


「ふぅ〜こんなもんでいいかな……イリス〜そっちはどうだー?」

「はい、大丈夫ですー! あっ! でも、もうそろそろ危ないかも」

「どれどれ? んー……もうちょっとかもな。あと一分くらいでもう一回ひっくり返せばいい」

「わかりました!」

気付いたやつもいると思うが、今俺たちは昼食の準備中だ

石で作ったかまどの周りに串刺しにした魚などを立てて焼く、旅やキャンプでは見慣れた光景だ

現在イリスが魚を焼く係り、俺が草を使って皿を作りその上に盛り付ける係りを担っている



「ルディさん、ひっくり返しました。あと何分くらいで焼けますか?」

「ん〜、どうだろうな…… 俺はいつも適当に確認してるからな。時間なんか今まで測った事ないんだよな」

男の料理ってのはそんなもんだろ?

まぁ中には湯を入れて3分で出来る物もあるが、あんなものは身体に悪いし



「えぇ〜! それじゃあ困りますよ! どうすれば良いんですか………」

「適当で良いんだよ適当で。目安として表面が少し焦げたら一回かじればいい」

「かじるって……生だったらお腹壊しちゃいますよ?」

「大丈夫だ! 俺は今まで腹を壊した事はあんまり無い。安心してかじれる」

「それってルディさんが魔族だからじゃないですか? 私は一応人間で、身体も魔族とは比べられないくらい弱いんですけど……」

「おいおい……イリスにかじらせるわけないだろ? もちろんかじるのは俺だ」

俺の大切なイリスにそんな事をさせるわけない。万一お腹を壊されたり妙な病気になられたらたまったもんじゃない!

「えっ? えっ!? そ、それって……」

「一番大きいのを確認するから一つだけで十分だしな」

全部の魚をかじっちまうと見栄えも悪くなるし

「あっ……そうですか…… でもそれって大丈夫なんですか? ルディさんのお身体が心配なんですけど……」

なぜかがっかりした様子を見せるイリスに俺は笑いながら答えた



「俺は魔族だからな。さっきイリスが言った通り身体が丈夫に出来てるから問題ない」

そうこう言ってるうちに魚の表面が少しずつ黒くなってくる、そろそろかな?

それじゃあ確認するか………うん、これなら大丈夫だ!

「よし、ちゃんと焼けてる。それじゃあ盛り付けるぞ。今日はキノコや木の実もあるからな」



あの日から10日ほど過ぎた

あの日ってのはイリスの決別の日……早い話が前回からってこと

現在地はバームステンから9日ほどの距離って所か………

俺一人ならこのくらいの距離1日もあれば移動できるんだが、イリスを連れているとそうもいかない


言っとくが迷惑とは一欠片も思ってないぞ?

むしろあれからの旅路が楽しくて仕方がない


イリスは今までバームステンから一歩も出た事がなかったらしく、全てが初めての経験らしかった

木の実や野草を摘んだりするのはもちろんの事、釣りや水遊びなどもイリスにとっては新鮮だった


なかでも一番楽しかったらしい事は小動物との触れ合いらしく、リスやムササビなどを見かけるとすぐに近寄って撫でたりしている

そしてそんなイリスの笑顔を見るのが俺の密かな楽しみとなっている



もちろん楽しい事ばかりではなくほどほどに危険な目にも遭った

つい昨日も、運悪くテールモンキーの群れに出くわして酷い目に遭ったところだ


テールモンキーは長い尻尾で木の枝に宙吊りになっている白い小型のサルで、集団で狩りを行う魔物だ

その狩りの方法というのが非常にウザったく、集団で一斉に石を投げてくるというもの

石と言っても人間の子供の握り拳くらいの大きさだけど、それでも当たるとかなり痛い

イリスを守るために、身体を覆うように抱きしめて一気に駆け抜けたんだが………その結果が悲惨なモノで、俺に石がぼかすか当たったわけだ

イリスには大して痛くないから大丈夫だと伝えてあるが、実は…………ローブの下は痣だらけだったりする………

イリスが寝静まった後、こっそり薬を塗って悶絶したのはここだけの話だ……


でもそんな事はイリスの無事を考えたら大した問題ではない




俺は……この数日で改めて実感した事がある


長い孤独を生きた者も、ひとたび人に触れてしまうと途端に孤独を耐えられなくなる事をだ……


以前人々と共存した時も同じような感覚を味わい……そして全てが破綻した

つい前日まで共に笑いあった人々に殺されかけ追い出され……一瞬にして全てを失った




俺は思う。人の繋がりとは非常に強い中毒性があるのではないだろうかと……


一度味わってしまうとそれ無しでは生きて行く事が非常に困難になり、最悪の場合は自ら死を選ぶ事すらある


愛する者との繋がりが切れ絶望し死ぬ


大切な者と死別し、その後を追うように死ぬ


死後の世界も共に過ごしたいと願うがゆえの心中、もしくは無理心中


このような事など珍しくないだろう?




「ふーふー……熱い…」

ふと前を見ると、イリスが串の両先端を持ち、くるくると回しながら必死に魚を冷ましていた

「イリスって犬舌なのか?」

「ふーふー、犬舌ってなんですか?」

イリスはキョトンとした目でこっちを向いて聞いてくる。うん、やっぱり可愛い



「熱い物が苦手だって事だ。さっきからそれ冷ましてるだろ?」

「あー、確かに昔から熱い物は苦手です。温かいものとか飲むのに苦労しちゃうんですよ」

「なんだ、そうならそうともっと早めに言ってくれれば良いのに。今度からお茶とかの温度は低めにしとくからな」

「い、いえッ! そんな迷惑をかけるわけには行きません。私は全然大丈夫ですから……」

おいおい……全然迷惑じゃないよ、そのくらいの事………

「別に迷惑でもなんでもないって。ちょいと早めに湯を火からどかせば良いだけだろ?」

俺がこう言ってもまだイリスは何かを言いたそうにしている。まぁ、なんとなく理由はわかるけど……


なんたってあんなクズ家族に囲まれて育ったんだもんな、いつも迷惑をかけないようにビクビクしていたに違いない

だからこんなにも敏感なんだろう、迷惑をかけるとすぐに罰を受けてたんだろうからな


「イリスはもっと自分の意見を人に伝えた方がいいと思うぞ。特にこれからずっと旅を続ける俺に対してはな」

俺はイリスに遠慮をして欲しくなんか無い……むしろどんどんわがままを言って欲しいくらいだ

ありありあれ服どっか行った



「遠慮なんかする必要はないだろ? なんたって俺とイリスの仲なんだから。どんな仲かって聞かれるとちょっと返答に困るけどな」

なにせまだ会ってから10日しか経ってないし………

「わ、分かりました。頑張ってみます」

特に頑張る事でもないと思うが……まぁいいか

「それじゃあ早速なにか俺に願いを言ってみろよ」

「ふぇっ!? い、今ですか!?」

「ああ、急ぐは善って言うだろ?」

こういうのは早いうちに慣れとかないと後に厄介な事になりかねないからな

「練習みたいな物だと思って気軽に言ってくれ。どんな事でも良いぞ。できる限りは叶えてやるから」

するとイリスは下を向いてモジモジし始めた……うん、可愛い

「えっと………ん〜っと……」

悩んでるイリスも可愛いなぁ……本当に庇護欲をそそられる奴だ


ーー


結局イリスは願い事を決められなかったので、あの話題は適当に切り上げ今俺たちは食事の後片付けをしている

「う〜ん…………ん〜っと………」

その間もイリスはずっとシワを眉間に寄せて悩んでいる

「無理に考えなくても良いんだぞ?」

なんたって練習なんだからな、そこまで大きく考える必要も無い

「で、でもせっかくルディさんが私のダメな所を指摘してくれたのに治さないのは……」

「イリスがダメってわけじゃ無くて、俺が遠慮して欲しく無いだけなんだよ。つまりは俺のわがままだ。

ついでに言っとくと、恩人だからって引け目を感じる必要も無いからな。イリスを助けたのだって俺が助けたかっただけだし」

とまぁ、そうこう言ってるうちに片付けも終わったしそろそろ出発するか



なんかイリスは泣きそうな顔してるし………そんなに気にする事ないのに

でもそんなイリスを見るのは俺だって本意じゃない。よし、ここはいっちょ元気良くいくか!!

「片付け完了ッ! そろそろ行こうぜッ! 多分今日中にこの街にたどり着けるぞ!」

その声に反応して顔を上げたイリスに、この前落ちていたここら一帯の地図を見せて一点を指差す

ここから時間にして30分ほど離れた場所にある大きく栄えた街、名前は……ウィスタリアかな?

「なんか凄く大きな街ですね。どんな所なんでしょうか…」

「さぁな、俺も初めて行くから分からなねぇけど……良い所だと思うぞ」

勘だけど……

イリスは少しの間何かを考えていたみたいだが、やがて物憑きが落ちたような表情になり

「はい、そうだと良いですね! 今から楽しみです!」

そしてワクワクしているのが見て取れる程の笑顔を携えて返事をしてきた


………やっぱりイリスには笑顔が似合う


その笑顔を見せられると俺もつられて笑顔になっちまうぐらいだ


それによくよく考えてみれば、イリスは今までバームステンから出た事が無かったって言うし、やっぱり楽しみなんだろうな



おっと、ここで一つ重大発表があったんだった



「あのな、ちょっと大事な話がある」

「はい、なんですか?」



「これから街に近づくにあたって注意しなくてはならない事がある。なんだか分かるか?」

イリスは横に首を振る。まぁ当然だな

「それは魔物の数が段違いに増えるという事だ」

人が集まる場所は必然的に魔物の餌となる物も多くなるという事だ

それは木の実だったり魚だったり家畜だったり穀物だったり、あるいは……人間だったりする

だから街の周りは魔物の格好の狩場となっているわけだ

もっともそれは昼間だけで、夜になると人の出入りもなくなるし、魔物も眠るために巣に戻るのでばったりと静かになる


「つまり今までみたいに離れて移動ができないという事ですか?」

「そう。今までは俺の目に付く場所なら平気だったけど、これからはそうもいかなくなる」

とは言っても3m以上は離れないように気を付けてたけどな

「それからもう一つあってだな、この先いつ魔物が出て来るか分からない事を念頭に入れておいてほしい。

俺がいる限り危険なことは無いけど、それでも用心するに越した事はないからな」

一番の心配はイリスがパニックを起こしてしまい、どうにもならなくなる事だ

なにせあいつらいきなり出て来るからな…俺もたまにギョッとするし……


この前だって…………いや、やめておこう。アレは………早く忘れよう……………


「………………」



そしてイリスはというと緊張した表情で下を向いている。やっぱり不安なんだろうな………

「大丈夫だって! 俺がついてるんだし危なくも何ともないって。安心しろ!」


まぁ初日に食人樹に出くわしたからな、怖がるのも無理ないか


あれは反則的に厄介な奴だし……

「ル、ルディさん!!」

「おぇ!?」

急に大声で名前を呼ばれて変な返事をしちまった…恥ずかしい………

そんな事より大丈夫かよイリス!? 顔真っ赤だぜ!?

「そ、そのっ……お、お願いが…ありますッ!!」

今回はここまでです

ちなみに>>93の質問の補足ですが
主人公2人のシーンは絶対 (99.9%以上) 書きませんのであしからず
今回の章に、とある魔族を出演させようとしてふと思いついただけです

おつ

つまりイリスがレイプされるってこと?

>>112
そんな事はありえません
それだけは今から断言しときます




>>113
ありがとうありがとう

ルディさんイリスが泣くような事を考えたやつはこいつです

今回長いです

…………ので途中で区切ります
唐突に終わるかもですがよろしくお願いします


「つ、着きましたね。ルディさん」

「お、おうッ! やっとだな」

「それで…あの、どうします?」

「えっと…まずは入り口に向かって、えっと…それでだな…中に入って…それで…なんだっけ?」

「ル、ルディさん落ち着いて下さい……… 大丈夫ですか……?」

「大丈夫だ、問題ない!」


嘘です…問題ありまくりです


大体想像出来てる奴もいるかもしれないけど念の為に解説

イリスが俺にしてきたお願いの内容、それが全ての始まりだった

できる限りは叶えてやると言った手前断れなかったし、何よりも簡単なことだったから断る道理がなかった


精神的な疲労は半端ないけど……


「で、でも顔が真っ赤ですよ!?」

「イリスもな……」

「え? 本当ですか!?」

「うん」

見てもわかるし熱気も伝わってくるもん。だがなイリスよ、その気持は痛いほどわかる


恥ずかしいよな、こんなに顔が近いと……


うん、分かったよな?

今俺はイリスを仰向けの体制に抱きかかえていて、イリスは腕を俺の首に回している……



早い話がお姫様抱っこだ




女の子はいつの時代も夢に憧れる生き物だろ?

絵本の王子様とお姫様の物語とかでこんなシーンがあると、自分もやってみたくなるのは女の子の性だ

だからイリスにこんな願望があっても全く可笑しくはない、むしろ可愛らしいじゃないか!


でもな、絵本で見るのと実際にやって見るので相違点がいくつかあるのもこの世の真理


たとえば………



「あったぞ! 街への入り口だ!」

こんな風に少しテンションが上がって軽く走ろうとすると………


「きゃッ!!」「ッ!!」


こうやってしがみついてくるんだよね、揺れるから

しかも、首に手を回された状態でしがみ付かれるって事はだな………

「ルディさんッ! ご、ごめんなさい!」

「い、いや全然気にしてないぞ!?」

瞬間的に顔と顔が急接近するんだよ! ウルウルした目をして、さらに真っ赤な顔がだッ!

この顔を見ちまうと…色々意識しちまってだな……その、イリスの事を………



体温を
華奢な身体を
柔らかい身体を
柔らかそうな唇を
少し汗ばんでる額を
髪から漂ういい匂いを
全身から漂う女の子の匂いを


……………………………………………














俺は変態かッッ!!!



すみませんが、急用が入りましたのでいったん中断します

おいこの気持ちをどうしてくれる

投下は明日(4日)に持ち越します

時間は多分24時くらいだと思います

舞ってる


再開します

>>118の続きから




あーもー! こんな邪な考えイリスに抱くなんてアホなのか俺は!?

     いやでも、男としてはごく当たり前な反応な訳で……別に悪いってわけじゃ………

悪いわアホッ! 出会って一月も経ってないのに何考えてやがんだこのバカッ!!

     ふっふっふ…男が変態で何が悪いッ!

格好悪いわッ! しょうがない、脳内で歌を歌って気を紛らわせよう。

     もっと自分に素直になれよ……



こんな脳内のやり取りが森を抜けるまでに幾度となく繰り返されてんだよ。もう本当に疲れた………


「ーーーさん? ルディさんッ!」

「は、はいッ!?」

やべっ! 凄くぼーっとしてた!

「大丈夫ですか? なんか心ここにあらずって感じでしたけど……」

実際に無かったからな……



「ああ、大丈夫。少し考え事をしてただけだから。それよりも街だ! やっとゆっくりと休めるぞ。うおぉぉぉ!」

「ちょ、ちょっとルディさん!?」

もうこうなったらヤケだ! 門まで突っ走る!

「ちょっとぉ!? 怖い、怖いですって!」

「大丈夫だって、あの夜もこれくらいのスピードだったんだぞ? しかも森の中を」

「そんなの関係ないですって! きゃーっ!」

イリスは痛いくらいにガッシリと俺にしがみ付いてくる。なんか信じられない位に柔らかいなコイツ…………



病みつきになりそうだ…………








………だから変態か俺はッ!!










「ル、ルディさんッ!! 前! 前を見て下さいぃぃ!」

イリスは何やら慌てた様子で前を指差す。ハッとして前を見ると、少し離れた所に、地を埋め尽くすほどの魔物がいた


「あちゃー、レッドジェリーかよ。門の前にウヨウヨと湧きやがって、本当に面倒くさい……」


レッドジェリーとはその名の通り赤いゲル状の魔物で、この世界では結構有名な魔物だ

あんた達の世界で言えばスライムとは行かないまでもドラキーくらいかな?

ゲル状でありながら大福の様な固有の形を持ちアメーバの様に移動をする

捕食の際は獲物を体内に取り入れ、三日三晩かけて溶かすという結構危険な奴だ

大きさも万別千差で、小さい物は人間の握り拳、大きな物は高さが5mを超える個体もいる

こう言えば恐ろしい奴だが、移動のスピードはかなり遅いので、人間は滅多に被害に遭わない

それどころか新人の魔術師や剣士などの練習相手になっているくらいだ

さらにあの赤い身体は炎の魔力が含まれており、物を燃やす際の燃料としても重宝されている

もっとも、加工せずに火をつけるととんでもない事になるけどな

まぁ、加工前も結構高値で取引されてるし、冒険者の財産源と言っても過言では無い


ーー


「ーーーーーーーと、こんな奴だ」

群れから10mくらい離れた所で立ち止まり、レッドジェリーの説明をイリスにした



「そ、そうですか…… でもなんか気持ち悪いですね」

イリスは青い顔をしてレッドジェリーから顔をそむけ、心なしか身体も少し震えている

確かに見た目は気持ち悪いな…… テールモンキーの方は危険だけど可愛いし

「まぁ確かに気持ち悪いな。でも意外と触り心地は良いんだぜ? 触って……みないよな」

イリスは首をブンブンと振って拒絶する。ここまで嫌われればレッドジェリーも本望(?)だろう………


さて、どうしようか………魔術で一気に吹っ飛ばすって手もあるけど、街の真ん前であまりそんな事はしたくないし……………

かと言ってコイツらが移動するのを待つならば、優に一日は待たなくてはいけないし…………

うん……やっぱり吹っ飛ばそう、しょうがないから。 それじゃあまずはイリスを降ろしてっと……

「ぁ………」

「今からあいつら吹っ飛ばすから少し待っててくれ」

残念そうにするイリスを横目で見ながら、レッドジェリーの群れに向けて手のひらをかざす

何にしようかな……うーん…電撃にするか水撃にするか……… それとも光……いや凍結? 消滅で一掃するのもアリだな


その時、街の大門の横にある小さな扉がギギギィ……と軋む音を立てて開き、中から数人の魔術師と剣士が出てきた

「ルディさん、あれは……?」

「多分討伐隊だ。門の真ん前に魔物がいれば邪魔以外の何ものでもないからな」

これで俺が呪術を使う必要もなくなった訳だ…と思ったのも束の間、安心するのはまだ早いかもしれない

ざっと見る限りではこれは新人の演習の様な気がする

もちろん実力者も見張りについていて危険は無いだろうが、これを全部討伐するのにはどれくらい時間がかかるのやら………




「おーい!お前ら何者だー!」


遠くから声が聞こえる。どうやら先頭にいた研修生が俺達に気付いたみたいだ



「俺達は旅の者だ。街に入ろうと思ったらコイツらに阻まれちまっててな」

それを聞くと先頭の男は「待っていてくれ」と言い残し街中に入って行った

恐らく責任者へ指示を仰ぎに行ったんだろう

「大丈夫ですかね……?」

イリスは不安そうな表情で俺を見上げて来た

「多分大丈夫だろ。いざとなったら俺が吹き飛ばせばいいんだし」



マ モ ノ ダ ロ ウ ト ニ ン ゲ ン ダ ロ ウ ト ナ




ーー


しばらくすると、見るからに身分の高そうな50歳位の男が出て来た

胸の徽章(バッジ)から察するに、魔術と剣技を両方極めたかなり位の高い者みたいだ

短い茶髪、貫禄のある口髭、全身を纏う明らかに高価な鎧、そして背中にさした大剣が印象的な男だ

「お前たち無事か?」

男はハリのある大きな声で俺たちに呼びかけて来た

「ああ、無事だ。だがツレはあまり身体が強くなくてな。出来るだけ早く休ませたい」

「え!? ルデ…ムグッ!?」

「こう言った方がとっとと片付けてくれるんだよ。これ、暮らしの知恵な」

イリスの口を手で優しく塞ぎながら、頭を指差しイタズラっぽく笑う

他にも風邪に罹った時とかに、少し症状を大袈裟に申告すると良く効く薬を処方してくれるぞ

「分かった! すぐに片付ける。皆の者かかれ!」

まさに鷺の一声、男の合図と共に一斉にレッドジェリーの討伐が始まった

レッドジェリー討伐のセオリーとしては、まず魔術でダメージを与えその後剣で切り刻むのが一般的だ

斬って良し、凍結させてバラバラにするも良し、水流で流すもよし、光で消滅させるもよし、本当に弱点だらけな奴だ

「凄いですね……皆どんどんやっつけてますよ」

「弱いからな。それに上司であるあの男がいるから士気も高まったんだろう」

先ほどあの男が出て来た時、全員が一斉に尊敬の眼差しを向けていたのを見逃さなかった。かなりの人望があると見て間違いないだろう

「あの、ルディさん」

討伐の風景をしみじみしながら見ていると、不意にイリスにローブの裾をクイクイ引っ張られた



「その……もう一度私を抱えてくれませんか?」

「ん? どうしたんだ? どこか具合でも悪いのか?」

正直恥ずかしいんだけど……

「あの、なんかアレを見てたら怖くなっちゃって……だから…」

ああ、確かに普通の女の子には耐え難い光景かもな。レッドジェリーの残骸がグチャグチャと音を立てて飛び散るあの光景は………

「分かったよ、でもさっきのじゃなくて普通の抱っこにするぞ」

腕を広げてイリスを抱っこする。
あぁ〜やっぱり軽いなぁ…それに柔らけ〜、良い香りもするし………



だから変態か俺はッ!!


ーー


「おらっ! おらぁ!」
「خضحفلنل!」
「ぬんっ!」
「سضحكل!」
「خضحفلنل!」
「نضحهغشح!」


なんだがんだで10分くらい経過したが……レッドジェリーの討伐もそろそろ終わりそうだな

見た限り全員そこそこ優秀だし、よほどの事が無い限りこのまま押し切れる

早い所イリスに街の見学もさせたいしな

頼むからよほどの事よ……起こってくれるなよ…………




ーー


ふむ、この短時間でここまでやれるとは今年の訓練生はなかなかに筋が良いようだな

この調子で行けばそう遠くない未来に、全員がこの街の自警団として働く事が出来そうだ


それにしてもまさかこの時期に旅人が来るとは思わなかった。しかも子供がたった二人きりでとはな

一方は漆黒の髪を腰近くまで伸ばしている少年。もう一方は銀髪を肩の少し下辺りまで伸ばした少女

どちらも漆黒のローブを身体にまとっており、恐らく同じ店で買ったものではないかと思われる


しかし、この森をたった2人で抜けるとは正直恐れ入った。恐らく彼らはかなりの実力者なのだろう

特にあの黒髪の少年。彼からは、ただならぬ雰囲気が漂っているように感じる

私の直感だが、彼は私と同程度……もしくは私以上の実力者かもしれないな。後でいろいろ話でもしたいものだ


ーー


この時点ではルディ、この男を含め全員が危険はないだろうと安心し切っていた

もちろんそれは当然の事で、高々レッドジェリー程度の討伐に危険性などあるわけがない


だから既にレッドジェリーがほとんど討伐されていて、ルディとイリスが通れる道が出来ているにも関わらず訓練を続行したレゼダの判断も頷ける

しかしこの時、既に忍び寄っていたのだ。ウィスタリア地方で最も危険とされている魔物が



…………………そして



「…………ん?」

「これはっ!」


ルディと男はこの異変に同時に気付いた

瞬間、ルディはイリスを強く抱きしめ直してから門に向かって全力で走り、男は逆にルディ目掛けて走る




「全員退却!! 街中に避難しろっ!!」

男は大声で退却を呼びかける。これから来る魔物は訓練生にはとても太刀打ちできるような物では無いのだ

「レ、レゼダ様…」

「早く退却しろ! 死にたいのかっ」

「は、はいッ!」

本来ならこの時点でこの男、レゼダも街に退却しなくてはならないのだが、不幸にもここには旅人が二人いる


彼には街を護る者として、二人の救出は義務なのだ



ーー



クッ…油断した

まさか最後の最後にこのような事態になるとは……私の失態だ…
だがあの二人は自分の命に代えてでも守って見せる

「おい、君たち大丈夫か!?」

「俺は全然平気だ。しかしこいつが……」

少年の腕の中で一人の少女が泣きそうな表情で震えていた。 少年よりも一か二つくらい年下だろうか、綺麗な銀髪……いや、白髪の少女だ


「早く戻らなくては! 二人とも、私について来てくれ!」

とにかくこのような場所で話している暇はない。時は一刻を争うのだ。二人を街まで連れて行き安全を確保しなくてはならない

一刻も早く! とにかく今は逃げる事だけに専念しなくては!

「おい、来るぞ」

「なに!?」

少年の声に反応して後ろを向くと木々がガサガサと揺れ………そして奴が姿を表した



名前はグレーンスネーク…………その名の通り巨大な蛇だ

全長9〜10mはあろうという巨体が、今まさに獲物を仕留めんと滑るようにこっちにやって来る

「マズイぞ……このままじゃ追いつかれる」

少年は冷静に私に話しかけて来た。確かにこのままでは追いつかれてしまうだろう……迎え撃つしかない!

「分かった! 君たちはこのまま街に逃げろ。私がこいつの相手をする」

背中から大剣を引き抜きグレーンスネークに対して構える。 正直、私一人ではこいつを倒す事は出来ないだろう………

せいぜいこの二人が街へつくまでの足止めにしかならない

「おい、あんた一人でコイツに勝てんのか?」

「わからん、しかしやるしかない! 君たちは早く避難しろ!」



嘘だ……分かっている



私はここで死ぬ……



グレーンスネークは既に狩りの体勢にはいっていた。 身体を起こして私たちを見据えおり、その高さは優に5mを超えている

目が合った瞬間私目掛けて、その巨体からは考えられないほどの俊敏な動きで飛びかかってきた

大きな口を裂けるくらいに広げ、獲物を丸呑みにせんとばかりに……


「グオッ……」


初撃はなんとか躱せた…が、頭部に何か硬いものがぶつかり膝をついてしまった

恐らくグレーンスネークの攻撃によって地面が抉れた際、飛び散った石が直撃したのだろう

私が倒れた隙を見逃すハズもなく、その巨体が大きな口を広げ、私目掛けて突進を………


「صضننحغنو:٥」


死を覚悟したその時、私の周りを赤い靄のような物が覆った

これは……障壁の魔術!?


ドンッ! と大きな音がしてグレーンスネークの巨体が宙を舞い、数メートル離れた場所に土煙を巻き上げながら墜落する

「おい、無事か?」

少年が慌てた様子で私の元へ走って来た


い、今のはこの少年が?!



「ああ…かたじけない」

差し伸べられた手を掴み起き上がる。この巨体を簡単に弾き返すほどの魔術を使うとは……やはりこの少年只者では無い………

「あんたはコイツを連れて街に行け。この蛇は俺がどうにかする」

少年は抱えていた少女を私に押しやるとグレーンスネークに向き直った


先ほど弾き返されたせいで、グレーンスネークはシューッシューッと怒りの声をあげている



「そんな……危険だ! 君がこの少女を抱えて街に逃げるんだ!」

「それはあんたをみすみす死なせる事になる。俺なんかに構ってないでとっとと行け」

「そんな事は出来ん! 私には君たちをーーー」



「黙れよ」



少年の静かな一言

しかしそのたった一言で、私は何も言い返せなくなってしまった

その少年は明らかに威圧感……いや、溢れんばかりの殺気を纏っていたのだ

私の身体を駆け抜けたこの久しぶりの感情は、紛れもなく…………恐怖………



「弱いくせに格好つけてんじゃねぇ! 俺らを護りたいってんなら俺の言う事を黙って聞きやがれッ!」



たかが齢(よわい)16程度の少年の言葉に、私は一言も言い返せなかった

本能が告げている…この少年には決して逆らってはいけないと……

だから私は………


ーー


「レゼタ様ッ、ご無事ですか!?」

「ああ、問題ない! お前たちは自警団を連れて来いッ! 私は……」

ガタッ……ガチャッ…ガチャガチャッ!

「何だこれは!? 扉が開かんぞ!?」

普段街を出入りする時は大門ではなく横の小さな扉を使っている。大門は他の街や国の身分の高い者を迎える時にしか開かないのだ

「ぐっ! うおぉおおッ!」



どんなに力をいれても開かない。これは一体!?

「あ、あのレゼダ様……実は先ほど上からの命令で、レゼタ様がこちらに来たら扉を封印せよとの命令が………」

「なんだとッ!」


なぜそんな馬鹿な事を!


「早く開けろ! まだ外には少年が一人いるんだ!」

「そ、それが……この封印術は時間が過ぎない限り解けないようになっておりまして……大体1時間ほどお待ちを…」


な……に………?


「ふざけるなッ! なぜそんな勝手な真似をした!!」

新人に怒鳴っても仕方が無いとは思いつつ止められなかった

「う、上からの命令でして…」

「お前たちは上とは違って二人の旅人がいた事を知っていただろう! もっと応変臨機に行動しろッ!」

くそっ! こうなったら………

「この大門を開けろ! 今すぐにだ!」

「は…しかし……」

「急いで門の管理所に連絡するんだッ! 急げ!!」

「は、はいっ!」


くそっ!クソッ!!

私はなんという事を……少女を置いてすぐに応援に行こうなどと楽観的に考えた結果が……この有様だ……

……そうだッ! 少女は!? 一体どこに!?


「き、君っ! 何をやってるんだ!?」

「やめなさい! 爪が剥がれ落ちてしまいます!」


開かずの扉の前が何やら騒がしい……まさか!?

急いで扉に向かうとそこには扉に爪を立てて必死に扉を開けようとしている少女と、それを止めようとしている新人の姿があった

「だからやめなさい! 本当に爪が剥がれて……」

「いやッ! 離してっ! 離してッ!!」

取り押さえている新人に対して必死に抵抗するも、力の弱い少女が訓練を積んだ者に敵うハズもない



「死んじゃうッ! ルディさんがっ! ルディさんが死んじゃう!」

少女は綺麗な白髪を振り乱しながら必死に叫んでいる

「おい、離してやれ」

それを見た私は堪らずに命令する

「しかし………」

「二度は言わんぞ」

新人は渋々といった様子だったがおとなしく少女を離した

少女は自らを阻む者がいなくなったと知るやいなや一目散に扉へと走って行く

しかし、私としても少女の行動を許すわけにもいかない

「君、止めなさい」

少女に後ろから声をかける

「止めませんッ! ルディさんッ! ルディさんッッ!!」

「君が何をしようともその扉は開かない。封印の魔術が施されているんだ。壊す事もできん」

辛い事だが事実を伝えなくてはならない

「そんな……どうして…!? どうしてルディさんがまだ外にいるのに封印の魔術なんかしたんですかッ!」

少女の視線が私に突き刺さる……

私は何も言い返せず

「……すまない」


ただ謝る事しか出来ない


「うぅ…ルディさん………どうして……う…うわぁあああッ!!」

少女は扉を叩きながら泣き出してしまった

その背中に…私は何も声をかける事が出来なかーーー




「おい…イリスッ! どうしたっ! なんで泣いてるんだ!!」



「えっ…………?」

「なっ!?」



い、今の声は……?


「ルディ…さん……?」

「おいっ! まさか…そいつらになんか変な事されでもしたのか!?」

「ルディさん!? 本当に…本当にルディさんなんですかッ!?」

「むしろ俺以外の誰に聞こえるんだよ? まだ10日しか旅してないとはいえそれはあんまりだぜ……」

「よかった…本当に…本当によかったよぉ……」

「あぁもう泣かないでくれ! それとな、ちょっと扉の前からどいてくれよ、開けたいから」

「グスッ……わかりました」

「サンキュ! ん…? あれ……? 開かない?」


…………まさか…グレーンスネーク相手に一人で生還するとは……


「君ッ! 無事か!」

「あ、あんたはさっきの!? なんで扉が開かねぇんだよっ! ま、まさかこの隙にイリスに変な事をしようとしてんじゃねぇだろうな!!」

「すまない、この扉には封印の魔術が施されているんだ。開くには1時間かかる」

「ハァ!? ふざけんなッ! じゃあ俺は1時間外にいなきゃいけねぇのかよ! 寂しいッ!」

「今街の大門を開けるように命令を出している! すまないがもう少し待っていてくれ」

「チッ……仕方ない。一体どの位かかるんだよ?」

「五分以内には必ず開けさせる。怪我はないか?」

「全然。ピンピンしてるぜ?」

「グレーンスネークはどうなった? 追い払ったのか?」

「可哀想だけど殺した」

「こ、殺したのか? あのグレーンスネークをか!?」

「ああ、すぐそこに転がってるよ。後で皮とか肉とかを買い取ってもらう場所を紹介してくれ」




そんなバカな…信じられない……たった一人の少年があのグレーンスネークを簡単に殺すなんて……

「レゼダ様! 大門を開く準備が整いました。自警団も集合済みです」

「ん? ああ、ご苦労。それでは早速門を開けろ」

ギシギシと軋みながら、ゆっくりと大門が開いて行く

少しずつ見えてくる外の風景の中に、ポツンと一人佇む少年の姿が確認出来た

「ルディさんッ!」

少女が、いの一番に街の外に飛び出し、我々も慌ててその後に続いく


「ルディさん! お怪我は……」

「ねぇよ、この通りピンピンしてる。そんな事よりもほら、街に行くぞ」

少年は少女の手を引いて街の中に向かって歩いて行く

「君、ちょっと待ってくれ!」

慌ててその後ろ姿に声をかけると少年は面倒臭そうに振り返った

「なんだよ? そいつの処理は後でする。今は宿に行かせてくれ」

「一つだけ……名前を聞かせてくれ」

少年は少し意外そうな顔をして私を真正面から見据えたが、フッと表情を緩めた

「俺の名前はカルディナル、こいつはイリスだ。また、後でな」

今度こそ少年と少年は街の中へと入って行った………


ーー


グレーンスネークは、その巨体を門から10mほど離れた場所に横たわらせていた

血のように真っ赤だった目は赤黒く濁り、すでにその生命を散らした事を語っている

その傍らでは、私の上司である自警団団長とその他の自警団員が数十名が既に解析に入っていた


私は団長の背中に声をかける



「団長、これは一体どのような呪術を……」

「……わからん。グレーンスネークの硬い皮をこうも容易く貫くとは……」

「大体グレーンスネークを一人で始末する事など可能なのですか?」

「前例は無い。その少年に実際に聞くしか無いだろうな………」


そう、グレーンスネークの討伐は言葉通り命懸けで、一匹討伐するには自警団員の精鋭30名ほどの戦力が必要となるはず

過去には自警団員50名で討伐に向かうも、全員が殉職した事すらあるのだ

そのような魔物をたった一人で始末する事などまさに未聞前代である

「レゼダ、お前はこの戦いを実際に見なかったのか?」

何時の間にか私の隣に移動していた団長が私にそう聞いて来た

「はい、私は何も……」

「そうか……… 使った呪術が一体どのような物なのかも見ていない訳か?」

「はい」

グレーンスネークの屍体はそれは酷い有様だった

胴の部分はほぼ無傷だが、頭部はもはや原型をとどめていないくらいにグシャグシャになっている

例えるならばそう……まるで無数の杭を、一気に打ち込んだかのようだ


「火、水、光、風、氷、電、闇、その他もろもろ、どれも当てはまらんな…」

「ええ、こんな事が出来る人間などこの世に………っ!?」




…………人間にはデキナイ?




それなら誰だったらデキル?



こんな事がデキルのは…………


グレーンスネークを一人でコロセるのは……


まさかあの少年の正体は………



もし、もしそうだったならば……










私はとんでもない過ちを犯したのでは………?

以上です

前回よりは2倍くらい文字量が多くなってますね………


おつ


あんまり鬱展開にならないと良いなあ

ところで文中、慣用句やことわざ、熟語などにあきらかな間違いがあるけど、
あれは「異世界だから微妙に言い方が違う」っつー演出と思って良いんだよね?
こまけぇことでスマンけど。

乙ん

それだけじゃなくて文法がおかしいところもちょいちょいある。異世界だから補正でなんとかなってるけど…

内容:>>140 慣用句に関してはその通りです 鬱展開に関しては今はまだなんとも……出来るだけハッピーにはしたいとおもってます

>>143 マジですか……?まぁファンタジー補正が効いてるならいっか













とは思えませんので、具体的にどこがおかしいのか指摘お願いします! 自分で見直しても先入観とかあるのか、よく分からないので…………(-ω-;)

最後さえハッピーならどんなに鬱な過程でも構わない
>>110のエロ描写についてだって、恋愛が主軸にある物語ならいずれは通る自然な行為なんだから、
18禁もOKな場所なんだし描いてくれていいのよ?

こんにちは
珍しく昼間に投下です

とりあえず投下する前に何度か見直してますので、これで文法がおかしかったら私の国語力がないだけです



「えぇ、先ほどいらっしゃいましたよ。部屋は410号室ですね」

「そうか…ありがとう。よし、いくぞ」

レゼダは部下を数人引き連れて宿屋の奥へと進んで行った。宿泊客の何人かは好奇の目で彼らを見るが、それすらも今のレゼダには眼中に入らなかった


その理由というのは………


ーー



「しかしレゼダ様。本当にあの少年は何者なんでしょうか?

グレーンスネークを1人であの様な状態にする事など本当に可能なのですか? もしくはレゼダ様のお考え通り、あの少年はーー」

「今からそれを確認しに行くのだ。少し静かにしていろ」

もし、私の仮説が正しければ……我々はあの少年を討伐せねばなくなるかもしれん

そう…彼が魔族だったとしたら……全ての辻褄が合うのだ………

あの時の溢れんばかりの殺気

グレーンスネークを1人で始末できるほどの魔力


そして………謎の呪術


しかし我々に倒せるだろうか……? グレーンスネークをも簡単に殺すあの少年を……

…………いや、出来る出来ないの問題ではない。やらなくてはならないのだ

我々が…街を守る自警団が……


この命に代えてでも………


魔族は悪

街の中に入れてはならない

絶対に殺さなくてはならない存在……



「レゼダ様、ここですね」

「ああ」


階段で向かった4階の一番奥にその部屋はあった

扉をノックしようと手を上げたものの、その手は空中で停止し動かす事が出来なくなってしまった

「レゼダ様?如何なさいましたか?」

部下が不審そうな目で私を覗き込んでくる

それもそうだろう

私の手はドアを叩く寸前でピタリと静止したのだから………

しかし私自身もなぜ手が止まってしまったのか全く分からない

それは恐怖ゆえか、緊張ゆえか、はたまた命を救ってもらった事から来る負い目ゆえなのか………


…………私にも分からない


「あぁ、すまない。少し考え事をしただけだ」

私はドアを叩いた

コンッコンッ

木製のドアは小気味良い音を立てて室内の人物に来客を告げる

「……………」

ノックからホンの数秒間、しかし私にとっては永遠とも思える時間が流れる

相手がどの様な反応をするのか…… もしいきなり攻撃して来たらどう対処すればいいのか……

たった数秒間で、50を超える様々な思いが私の中を駆け巡った

私も部下も一言を発する事無く、只々相手の反応を待つという緊張に満ち満ちた時が流れる。

しかしその時はとても呆気ないありふれた音で終わりを迎える事となった


ガチャ……キィィ………


鍵が開く音とドアが軋みながら開く音。そして開いたドアの先には1人の少年ーーカルディナルと名乗った少年が立っていた

少年は私の後ろにいる4人の自警団に驚いた様子を見せる事も無く、ドアを大きく開き我々を中へと招き入れた

………それはまるで、我々がやって来る事を覚悟していたかの様にも見える


やはりこの少年は魔族なのだろうか?


それからお互いが椅子に座るまでの間、私は少年の一動一挙をつぶさに観察した

…が、なにも不審な点や動きは見受けられなかった

しかし油断は出来ない。この少年は何を思っているかなど我々に知る術は無いのだから…………



ここから逃げる手段?

我々を始末する手段?

それともなにも考えていない?

この少年が魔族であるというのは我々の思い違い?


……よそう、考えるだけ無駄な事だ


そして私はここに来る前に用意しておいたセリフを口に出した


ーー


予想はしていた

あの蛇を1人で始末できるほどの人間など今まで存在した事は無い

そんな事が出来るのは魔族くらいだ。そう、俺の様に………


必ず怪しまれると思った


だから怪しまれない様に蛇を倒す事はせず、ただ逃げ回って時間を潰そう。そう思っていた

そうすればその内助けが来る。俺の事を怪しまれる事もなかった

しかし出来なかった……

イリスをレゼダという男に託して蛇と対峙した瞬間、おれの身体中を何かが駆け巡った

それはまるで蛇の様に脚へと絡みつき、まるで水の様に俺を満たしていった

最初その『何か』の正体は分からなかったが、辺りを見渡した瞬間その正体は鮮明に俺の脳を支配した


誰もいない……

俺以外誰も………


さっきまでいた見習い達も………


その責任者のレゼダという男も…………


今まで片時も離れずに過ごした……イリスも……………


途端に脚が竦んだ

息が詰まり呼吸が出来なくなった

この胸が痛いくらいに早鐘を打ち始めた





恐怖





蛇が怖かったのではない

『独り』が怖かったのだ

ほんの10日前までは長き時を『独り』でいたにも関わらず俺は『独り』に恐怖した


そしてそれを自覚した瞬間、俺の中をイリスが支配した

イリスの声が…
イリスの笑顔が……
イリスの温かさが………
イリスとの食事が…………
イリスと共に過ごした時が……………



そして………




ーーーーー

ーーー






砂煙が周りを満たし、そこを突き抜けて鼻腔を蹂躙する血の匂い


それもそうだろう


俺の半径1m以内を除き、周りの大地は血を吸い紅で満たされていた

無意識の内に障壁の魔術を張っていたのだろうか、返り血は一滴たりとも身を穢してはいない

やがて砂塵が治まり、この大地を赤く染めた生物の正体が現れた

先ほどまで獰猛な唸り声をあげていた生物は、既に物言わぬ塊に成り果てていた


その巨大な頭をグシャグシャに潰されて…………


俺はその光景を呆然と見つめていたが、ハッと我に帰った

どれほどの時間が過ぎ去った頃だろうか、俺は門に向かって走った


後の事も先の事も考えずひたすら走った


やがて門の内側からイリスの声が……泣き声が聞こえてきた時、俺は不謹慎ながらも安堵した


街の大門が開き中からイリスが一目散に駆け寄ってきて抱きついてくれて本当に嬉しかった



本当なら俺もイリスを抱きしめ返して……泣きたかったのかもしれない



でも俺にはそんな事は出来ない

俺は…イリスにとっての支えにならなくてはならないから……

どんなことがあっても、イリスの前で弱い所を見せることは出来ない


俺に出来るのはせいぜいイリスを安心させるために道化を演じることだけ………

どんなに怖いことがあっても、悲しいことがあっても……明るく振る舞う事しか出来ない


そしてそれは……今も同じ事だ。
魔族である事を疑われるのは慣れている

でも、その時に感じる胸に突き刺さる痛みにはいつまで経っても慣れる事はない

でもその痛みをイリスに見せるわけにはいかない


俺は……イリスの支えだから…………


ーー


「先ほどの失態を詫びにきた」

レゼダは俺の前に立ち上がるなり深く頭を下げ、それに倣って部下の面々も頭を下げた

「旅人がいながら未熟な訓練生の訓練を実施したことは、完全に私の失態だった。

一歩間違えれば取り返しのつかない事態になっていたかもしれん。本当に済まなかった

私に出来る償いがあーーー」

「構わない」

俺はレゼダの謝罪を途中で遮った

「確かにアンタには大きな失態があった。だがそれを俺に謝罪するくらいなら二度とこの様な事が起こらない様にしろ

今回は幸いにも怪我人はいな……アンタは頭に怪我したんだっけか……重傷人はいなかったんだ。

その幸運に感謝して次に生かす事だけを考えろ」


少し長い説教になったがまぁいい

どうせこのくらいに高い地位になると、他人からの説教なんて滅多に受けないだろうからな。いい薬になるだろう。


「それでだ。あのグレーンスネークを売却したいんだが頼めるか?」

俺にとってはこっちの話題の方が重要だ。なにせグレーンスネークは高く売れる

皮は丈夫な鎧や盾、鞄などに加工され肉は食用になり、牙はナイフに、目や肝は漢方薬になる


「分かった。せめてもの償いにこの街1番の商会に案内しよう。出来るだけ高く買い取る様にさせる」

そんな必要はないんだけどなぁ……まぁいいか、好意には甘えよう


「ところで連れの少女の姿が無いが、どうしたんだ? 出来れば彼女にも謝罪させて欲しいんだが」

「あぁ、イリスならーーー」

「ルディさ〜ん。上がりましたよ〜♪」

どうやら答える前に答えが来たようだな

「そうか、湯加減はどう…だ…っ………」




………………一刻停止






……………………………………ふぅ、落ち着いた……

いや、別に賢者がどうとかじゃなくて……俺魔族だし。うん、もうちょっと頑張ろう!


「イリス。俺、もうちょっと頑張るよ………」

「? はいっ! 私も頑張ります!」

にっこりとした笑顔で応えてくれる

なにこの子は……天使の生まれ変わりなんじゃないのか?

白い肌、美しい裸体、上気して赤らんだ顔、………美しすぎる



……………じゃなくてっ!!



「きゃっ!?」

急いでイリスに毛布を投げつけ体を隠す

「ど、どうしたんですか? この毛布はーー」

「いいからしばらくそのままにしてなさい! それでお前達は……」

振り向いた先には顔をそらしてイリスを見ようとしないでいるレゼダと………

「てめぇらポケーっとしてんじゃねぇっ! とっとと出てけぇええっ!!」

仄かに殺気を込めて怒鳴ってやると、部下共は怯えたように逃げて行き、レゼダの方も

「あぁ…その、部屋の外で待つ。私もついて行った方が商会の面々の印象も良いだろう」

そう言い残して部屋を出て行った

「たくっ! あの野郎共め…」

「あの? ルディさーー」

「イリスは早く浴衣を直してくれっ!」


風呂上りのイリスの格好は、この宿に置いてある瑠璃色の浴衣姿でサイズもピッタリだ

ただ一つほど問題があって……

「……えっとこうかな? あれ?」

全く着こなせてないんだよ! ほとんど開けた(はだけた)格好だったからな?

本人は軽く逆上せてたみたいで、それに全く気付いてなかったようだ

ま、まぁぎりぎりで下の大事な所と上のお山の頂点は隠れてたけどな!!

「あっ! 帯落としちゃいました」

「お、おい!?」



イリスは落とした帯を前屈みになって拾おうとすると、前でクロスしてある部分がバッサリと開いて……

「止まれえぇえぇぇ!!」

大声で静止を呼びかけてイリスを止める

「ど、どうしたんですか? その、何か私失礼な事を……?」

うん。俺の理性に対してかなり失礼な事を……

「い、いやそうじゃなくてよ………ああそうだイリスは帯結べないんじゃないのか俺が結んでやるよ!」


一気に喋り切ってから答えを聞くよりも早く帯を拾い上げイリスの後ろに回る

その間わずか1秒、もちろん目は瞑ったままだ!

「本当ですか? お願いします。実は難しくて結べなかったんです!」


この数日で分かったことがある

イリスはとんでもなく不器用だ……

その度合いは、話し方や生い立ちからは考えられない

服を一人で上手に着れない

食事も結構危なっかしい

料理も出来ない

恐らく掃除とかも出来ない


また、自分の事に無頓着であり、俺に対して大ダメージを与えてくる事も少なくない

今から考えてみれば、最初に会った時も薬を塗るって言った途端に服を脱ぎ始めたからな………

恥じらいがないって事はないんだろうけど……… この10日間一体俺の理性をどれ程までに摩耗させて来たか………



「結べたぞ。キツくないか?」

「はい、大丈夫です!」

「よし、ひとまずこれで安心だな」

元気良く返事してくれるイリスの頭を撫でつつ俺は事のいきさつを手短に伝えた

外に自警団が来ている事やイリスに謝罪したいこと、さっきの蛇を売りに行く事などだ

「イリスはどうする? 多分暇だろうし別行動でもーーー」

「行きます! ついて行きます! ルディさんと一緒にいられるなら退屈なんてありえませんっ!!」

食い気味に返事をして来た……

「そうか? それじゃあ行くぞ」

イリスを連れて部屋のドアを開けると、そこにはレゼダが立っていた

「待たせてすまなかった、ちょっと準備しててな。ところで部下達の姿が見えないけど?」

「部下は帰らせた。あまり大勢で向かっても邪魔だからな。それよりも……」

レゼダは先ほど俺にした通りの謝罪をイリスにもした

イリスはそれをムスッとしながら黙って聞いていたが、謝罪が終わると『いえ、別に気にしてません』とぶっきらぼうに返事をした

レゼダは少し気まずそうにしていたが、『商会まで案内する』と言うと先を歩き始めた

「なぁどうしたんだ? そんなにムスッとして」

歩きながらイリスに小声で聞く

「さっきあの人はルディさんを外においたまま扉を封印しました。そんな人なんか許したくないです」

イリスはムスッとしたまま小声で返事をした

まぁ厳密にはアイツの部下が封印したんだけどな

「……そうか。…………ありがとう」

「え? 何か言いましたか?」

「いや、別になんでもない」


俺なんかの為に心から怒ってくれるイリスに感謝をしつつ、宿屋の外へ出た

この街は大通りが二つ存在し、それが街の中心で直角に交わっている

その中心は大きな広場となっていて、男と女が泣きながら抱きしめあっている銅像が置かれていた

人通りもそれなりに多く、あちこちで物の売り買いが盛んに行われているようだ

たまに見かける狭い小道は恐らく住宅街などに繋がっているのだろう

つまり俺たちは、この大通りから外れなければ迷子にはならないという事だ

銅像という目印もあるので、そう簡単には迷子にならないだろうな


「この街は随分と賑わっているんだな。周りが森に囲まれているにも関わらず……結構珍しいな」

店の中には魚介類の専門店もある。ここから海までは一体どれ程あるんだろう?



「確かに凄く賑やかですね。さっきのケーキ屋さんなんかたくさん人が並んでましたよ」

さすが女の子だけはあってそういう店には敏感みたいだな。後で買って行こうかな……… 俺も甘いものは嫌いじゃない

そんな会話を2人でしていると前方にいたレゼダが説明をしてくれた

「この街はここから北に関所を設けていてな。そこで様々な物を売買しているんだ」

「魔物がいるこの御時世に関所なんか通る奴いるのか?」

「当たり前だろう? 魔物を狩って生活しているハンターや鉱山目当ての団体などたくさんいる」

そ、そうなのか…… 今まで関所なんか通らずに森を一直線に突き進んでいたから知らなかった………

「特にここは経済の中心を担う街バームステンから最も近い街だからな。立ち寄る人間も多い」

「あぁ…なるほど………」

イリスの方をちらっと見ると複雑な表情で俯いている。どうやらまだ完全には吹っ切れてないみたいだな…………


ーー


「それにしてもお腹空きましたね」

「そうだな。前にご飯食べたの随分昔な気がするよな。まだ4時間位しか経ってないのに……」

「ならば商会に行く前に腹拵え(はらごしらえ)でもしてはどうだ?」


そう言ってレゼダはすぐそばにあった一軒の店を指差した

「これは何の店だ? ええ〜っと……あれはキノコの絵か?」

「採れたての山菜や野菜が美味しい店だ。味は私が保証する」

「どうする? ここでいいか?」

「はいっ!」

満場一致で店に入ると、なるほど……野菜独特の香りがする。そして店員からメニューを受け取りイリスと一緒に眺める

「これが美味しそうだな」

「ルディさん! こっちも美味しそうですよ!」

「そうだなぁ………迷うな……」


結局俺とイリスはサラダと山菜の揚げ物のセットを、レゼダはフルーツジュースを注文した

「いいのか? 飲み物だけで?」

「一応私はまだ仕事中だからな。食事を取ったり酒を飲むわけにもいかない」

なるほど。それは悪い事をしたかな……………


ーー


「あの……ルディさん……少しおトイレに行ってきます……」

料理待ちの最中、ほんのりと顔を染めてイリスが席を立った。別にいちいち報告しなくてもいいのに…律儀と言うかなんと言うか……



そんな事を思いながらボーッと注文を待つ体勢に戻る

するとこの機をずっと待っていたのであろう、レゼダが話しかけてきた

「…少しいいだろうか? 聞きたい事があるのだが……」

その表情はかなり強張っていて、口に出す言葉を一句一言吟味しているようだった

ここまで腫れ物扱いされると流石に少し悲しい……

でもそれも仕方のない事か……俺はこくんと頷いて先を促す事にする

「かたじけない。早速だが…旅はどの位続けているんだ?」

「もうかなり長いこと続けている。生まれた時から親に連れられて国々を転々としていたからな」


大嘘だがな………


「親はどうしたんだ?」

俺は黙って首を横に降った。これで恐らく通じるだろう


……大嘘だけど


案の定、レゼダは小さくすまない、と詫びをして次の質問に移った

「歳は幾つだ?」

「俺は17、イリスは14」

大嘘だけどな…実際は50超えてるし………本当は何歳だっけ?

「旅の目的はなんだ?」

「特にない」


これは本当の事だ


「ふむ……」

レゼダはなにやら考え込む仕草をしながら次の質問に移る

「どうやら呪術を得意としているようだが何が使えるんだ?」

「一通りは使える。火 水 雷 氷 風 光 その他諸々だ」

「その歳それ程までにか………」

「これ位出来ないと生きていけないような環境で育ったからな……

だからグレーンスネークも簡単に始末出来るわけだ」

「っ!?」




友人が攻め込んできたので一旦休止です…

18時頃から再開します

わっふるわっふる


少し早いですが再開を

少し>>157とかぶせて投下します



「ふむ……」

レゼダはなにやら考え込む仕草をしながら次の質問に移る

「どうやら呪術を得意としているようだが何が使えるんだ?」

「一通りは使える。火 水 雷 氷 風 光 その他諸々だ」

「その歳それ程までにか………」

「これ位出来ないと生きていけないような環境で育ったからな……

だからグレーンスネークも簡単に始末出来るわけだ」

「っ!?」

レゼダは案の定驚いた様子を見せる。そりゃそうだろうな

どのように聞こうかと思っていたデリケートな話題を相手から出してくれたんだから


「俺は実践経験だけで言えば恐らくアンタの数十倍はある。物心ついた時から戦ってるからな」

実際は数十倍じゃきかないだろうけど

「だから分かるんだよ。アンタが何を考えているかがな。今までもそうだったし」

「……どういう意味だ?」

「別に白を切る必要なんかないよ」

「………分かった。それでは率直に聞こう」

「どうぞ?」

「君は一体何者なんだ?」

「何者とは……魔族なのかそうではないかという事か?」

「……………………」

「別に黙る必要なんかない。それに俺も慣れてるからな」


嘘だ



人間から半ば恐れられ疑われる事には、何年経っても慣れる事はない

「そしてその問いに対する答えだが……」

ここで一旦区切って溜めを作り……そして一気に吐き出す

「仮にここで俺が魔族ではないと言ったところでアンタはそれを信じないだろ?」

「………」

「だからそれについては保留しとく。強いて言うなら旅人だとでも言うさ」

「……分かった。不快にさせてしまったならばすまない」

「不快にならないと言えば嘘になるけどよ。まぁいいさ、この位で怒る程、器は小さくないつもりだ」

自分ではカラカラ笑いながら言えたとは思うが…向こうはどう受け取っただろう………

どっちにしろ空気は気まずいけどな


ーー


「旅は楽しいか?」

向こうもそれを思ったらしく、俺に対して話題を振ってきた


そうだな………少しからかってやろうかな



「まぁな。何度か死にかけたけど楽しい事も多い」

「君程の実力者でも危険な事があるのか? 例えばどういう事が?」

「最近じゃ…そうだな………サキュバスに会った時かな」

「サキュっ!?」

「ああ、アンタが想像した通りのサキュバスだ。あいつらはマジでやばい……」

「き、君! あまりそういう話はーーー」

「森を歩いてたらいきなり飛びかかって来てよ。しかもいきなり全裸で。

よっぽど腹を空かせてたのか知らねぇが一瞬でローブを捲られてーーー」

「分かった! もういい! 君がそんな辛い目に遭っていたなんて知らなかったんだ!」

「………何か勘違いしてるようだが、俺は微塵も精気を吸われてねーぞ?」

「……む? それでは何故危険な目に遭ったと言うのだ?」

「何とか逃げる事は出来たんだが、それから三晩三日追い回されたんだよ……全くの不休不眠で。

後ろを振り向くと真っ裸の女が血走った目で俺を追いかけて来ててな。その形相が死ぬ程怖かった」

今思い出しても悪寒が走る……あの時は本当に死ぬかと思った………

「なまじ美人だから対処に困るんだよ。人型でさらに美人。始末するのも心が痛むし……」



ちなみにこのサキュバスからはイリスに出会う数日前、バームステン近辺の森辺りでやっと振り切ったんだけどな………

その時運悪く、近くに人間がいたんだよ

それがあの馬鹿姉弟って訳で………俺もやっと逃げ切って油断してたんだな



全く気付かないまま独り言でこう言ったんだ

『魔族じゃなきゃ逃げきれんかったぞ! あの変態女!』ってな………

それから何度も命を狙われる羽目に……一体どこまで俺を苦しめやがるんだあのサキュバスは!

……いや、あいつのおかげで俺はイリスと出会えたんだから……結果オーライかな?


「それは……凄まじい体験だな………」

俺のゲンナリした表情から如何に酷い目に遭ったのか察してくれたのだろう。レゼダの目は気の毒な少年を見るものになっていた………


ーー


「ルディさん! お料理来ましたよっ!」

「分かったから……あんまりはしゃがない」

それから10分もした頃ようやく料理が運ばれて来た。 既にトイレから戻っていたイリスはワクワクしながら俺の裾を引っ張る

わっふるわっふる



料理がテーブルに置かれいよいよ食事が始まる。俺も結構楽しみにしてたりするんだよ………


いいだろ? 魔族でも…それくらいはな……


「それではいただきますっ!」

「いただきます」

イリスに倣い手を合わせ食前の挨拶を行う。しかしそこでイリスの動きはピタリと止まり、俺もサラダを口に入れる直前で止まる

「どうしたんだ? 食べないのか?」

さっきまでの元気はどこへやら……何故か神妙な顔をしてピタリと停止しちまってる

イリスはそのまま恐る恐るといった体(てい)で俺の方を見つめてきた

その目を見る事約5秒、俺はイリスの言わんとしている事を理解した

イリスは一応名門の家で育ったが、食事などはいつも独りぼっちだった

もちろんそんなイリスにテーブルマナーを教えてくれる人間などいる訳も無い

だからナイフ、フォーク、スプーン、ハシなどの使い方が分からない訳だ

今までは野外での食事だったので、串に刺した魚や木の実が主な食事だったから困りはしなかったが………

ふぅ、仕方が無い

「ほら、口開けな」

自分の口元まで運んだサラダをイリスに食べさせてやる

イリスはそれをもきゅもきゅと必死に食べている

ちょっと量が多すぎたか? 次は半分くらいにしとくかな………


「どうだ?美味いか?」

イリスは口を動かしながらコクコクと頷いて返事をしてくる

そのあまりにも可愛らしい仕草に自然と笑みが零れてしまう

娘を持った父の気持ちの片鱗を味わった気分だな…………


「君はハシの使い方が上手だな。この大陸には最近伝わったばかりの物なのだが」

片手で自分、片手でイリスの食事を器用に行う俺を見て、レゼダが感心したように声をかけてきた

「俺はもともとハシが主流の大陸生まれだからな」

「ほう! それではここから遥か南の地から海を渡ってここまで来たのか! 是非そちらの話を聞かせてもらいたい!」

「いいぜ、どんな事から聞き……ちょっと待ってくれ。

イリス。口元のドレッシング拭き取るぞ」

「んっ…ぷはっ……ありがとうございます!」


ーー


とまぁこんな感じで和やかに食事は終わった

イリスに関しては、何故か飲み物すら俺が飲ませることになったんだが……細かいことは気にしない



その後俺たちはレゼダの紹介でウィスタリアで最も大きい商会に蛇を売り付けに行った

そこで買取額を聞いた時は度肝を抜かれたね。なんせあんな大物を人間に売り付けた事なんて初めてだったからな

なんと値段は7000万エカ

(エカてのは単位で円と同じくらいだと思ってくれ。つまり7000万円だ)


もちろん旅人の俺たちにとって、それ程の大金は邪魔以外の何物でもない

1万エカの紙幣にしても7000枚必要になるのだから……


そこで支払いは全世界で共通して使える小切手にしてもらう事にした

6990万エカの小切手を一枚、1万エカの紙幣を10枚、合計7000万エカだ

(この世界は小切手を1万単位で切れるから6990万みたいな半端な額でも構わないんだよな)


その後はレゼダに礼を言い、イリスの手を引き宿に戻った。もちろん途中のケーキ屋でケーキを買うのも忘れずにな


ーー


そして部屋に入った所で

「صضننحغنة」

「ルディさん?」

イリスの手を掴んだまま小さく障壁の魔術を唱えると、俺たちの周りを黒い靄が覆う

「どうしたんですか? それに……これ………」

「障壁の魔術だ。これは主に内から外への音を遮断する。つまりこれから内緒話をするんだ」

口元に指を当ててそう言う。なにせさっきから尾行されてるしな

「内緒話ってーーー」

「俺の正体に疑いを持たれている」

「え……?」


ここで俺はイリスにこれまでの経緯をすべて話した


「そんな……だってルディさんはあの人を助けたんですよ!? なのになんでっ!!」

「そういうものなんだよ。魔族の扱いってのはな。恩とかそういう事は関係なく悪と決めつけられる」

「そんな……そんなのってぇ………ひど…すぎます………」

イリスの声はだんだんとか細くなっていき最後には嗚咽に変わった

「わ、私は…悔しい………グスッ…です……なん、で…ルディさん…みたいな…いい人がこんな目に遭わなくちゃ……」

「仕方ないんだよ。……これも俺の運命だ。受け入れてる」



頭を撫で、柔らかい口調で安心させるようにそう言う

「だから早い所この街を出る事にしようと思うんだ。あと2、3日くーーー」

「明日出ましょう!」

「え?」

「明日の朝出来るだけ早く出ましょう! その方がいいです! こんな街なんかっ!」

涙を湛えた瞳に強い意思を込めて俺にそう言ってきた


しかし………


「それで良いのか? 今日来たばっかりなんだぞ? イリスだって色んな店とかを見て回りたいだろうに……」

人間の、しかも少女にとって旅とは決して楽なものじゃない

食事は粗末なものだし寝る場所などの確保も大変だし、他にも色々と不便な事ばかり

しかしイリスは首を横に振る


「そんな事はどうでもいいんです! 私は、私はイヤです! こんな街っ!」

「イリス………」

「ルディさんは言いましたよね? 私はもっと自分の意見を伝えた方が良いって

だから言えるんです! 私はこんな街早く出たいんですっ!!」

自分のために心から怒ってくれる少女にこれ以上何が言えるってんだ………

俺は頷く事しか出来なかった


「わかった、明日この街を出よう。 ………ごめんな……イリス」


俺はそう言って俺の胸に顔をうずめて泣きじゃくるイリスの頭を優しく撫でる


明日出よう。この街を



よほどの事が起こらない限りは…………


まだ続きはあるんですがここからちょっとだけR18なので一旦終了

続きはまた24時頃から再開します

それともう一言





























期待しない方が吉

えぇー
鬱ぎゃなければいいけど…

エロのクオリティに期待すんなって事だと読めたんだけど・・・・・・


ひっそりと投下 

R18で、特に読まなくてもストーリー上全く関係ないので飛ばしたい人は飛ばしましょう


あと読む前に>>166を良く読むこと!



ーーーーー

ーーー



夜の帳も落ちた頃、その音は静かに響いていた。

ウィスタリアのとある一軒家

そこはこの一年ほど入居者もこず電気も通っていないはずだった

しかし今は現にその家からは明かりが漏れ中から音が漏れて来る

そらは若い女の嬌声と肉と肉を打ち付け合う音。そしてネチャッ、ネチャッ、という粘り気のある音



「あっ!! あっんっ! いいっ! もっとっ! もっと頂戴っ!!」

その中のベッドには一組の男女がいた

そこ行われていたのは最も原始的で最も美しい行為。女は男の腹に手を付き、騎乗位の体勢で一心不乱に腰を上下に動かしている


雪のように白く透き通っている肌に滴る汗

女なら誰もが羨むような豊満、それでいて整ったバストは大きく揺れ、ほっそりとした身体のラインは優雅な曲線を描いており、それ自体が芸術の域に達している

そして真っ赤な目とそれに負けないくらいに真っ赤な、背中の半分まで伸びた長髪


「も、もう…やめてくれ………これ以上は…」

男は女に行為を辞めるように嘆願をする。それを聞いた女は上下運動させていた腰を止めた

「フフッ何言ってるの? んっ♪ まだ貴方は4回しか…うふっ♪ 出してないでしょう?」

「そ、そんな事を言われーーんっ!?」

「ん…ちゅっ…ちゅむ…じゅるるぅ♪」

女は男の口を自らの口で塞ぐ。唇を合わせるだけのような甘いものじゃない

自らの舌を男の舌に絡め相手の唾液をじゅるじゅる音を立て啜る官能的なもの……

その舌使いはこの世のものとは思えない官能を男に与えた




「きゃあ、あ、あ、あ、あぁんっ♪ 中で、大っきく♪

フフフッ♪ キスがそんなに気持ちよかったの? それじゃあこれはどうか し ら♪」

「な…あ、あ、あ! ま、待っ…!」

女はそう言うと下半身にぎゅうっと力を込めて男の肉棒を締め付けた
「ひぅっ!? く あ、あ、あ………がっ……」

男はそのあまりの官能に声なき悲鳴をあげる。ただ締め付けられただけではない

女の膣壁は常人のものとは全く違い、まるでそれ自体が意思を持っているかのように絡みついて来るのだ

その刺激により、男の中で快感が背筋を駆け上がる。既に男の脳はショート寸前で、目は虚空を見つめ口からはだらしなくヨダレを垂らしていた

「ふふっ♪ …もっともっと、してあげるよ…♪」

だというのに女は腰を使って上下運動を始めた

「あんっ、あんっ、あんっ…! …いい…、凄くいいわぁ♪…、人間の性器がこんなにイイなんて…」

「う、あ……あ、あ………」

「どうっ!? あっはっ♪ 気持ちいいでしょう!? あんっ♪ あ、はあぁ♪ いい♪ すっごくイイわぁ♪

内側っ! 感じるのぉっ♪ ゴリゴリされてっ! 腰、止まらないわぁ♪」

女は返事がない男に構わずとにかく腰を振る。強く、強く、ひたすら強く

自らの欲求を満たすためにひたすら強く……

腰を打ち付けるたびにぱんっ! ぱんっ! と乾いた音、そして陰部からはネチャッ… ネチャッ… と卑猥な音がする

その音は女にとって、何にも変え難い興奮材料となるのだ

やがて女はその快楽に耐えきれずにベッドに四つん這いになった

しかしそれでも依然として腰を振り続け少しでも多くの快楽を得ようとしていた

女の大きな胸は男の眼前でたゆんたゆんと揺れるが、男はそれにすら気付かないようでされるがままになっている


「あっ! あっ! ああっ!! いいっ! いいのぉ♪ 気持ちいいのぉ!」

とうとう女は自らの手で体重を支えきれなくなり男の胸に倒れかかってしまう



そして、その豊満な胸の先端を男の胸板に押し付けてこすり始めた

先端が男の胸板にこすられるたびに、女の胸に痺れるような快楽が訪れ視界内を火花が散る

「あはぁっ!はぅあっ!ぁあ♪ おっぱい、こすれて、すごっ⁉ くはぁう♪」


そのまま女は腰の運動に前後左右の運動を加えた。女の中を肉棒が縦横無尽に暴れまわり、女の中を余すところなくかき回して行く

最初はメチャクチャに、次に規則正しく八の字に、そしてまたメチャクチャに

とにかく掻き回す。自らの官能に従って掻き回して行く


「あはっ♪ あははっ♪ 分かるわぁ! 私の中でピクピクしてるのっ♪ もう出るんでしょっ♪」

男には既に意識がない。それでも身体は無意識に快楽を受け入れ、射精を脳に促す

「あんっ! あんっ! あんっ♪ お早くっ! 早く私に頂戴っ!!ザーメンをっ♪

びゅるびゅるって出しなさい! 私のナカにっ!!

あんっ! あっ、あっ、あっ、あっ! さぁっ!しゃせーしなさいっ♪」

最後の追い込みとばかりに今まで以上に腰を強く打ち付ける

腰に力を入れ強く締め付け、打ち付けながら横方向への動きも忘れずに行う


そして



コリュッ


強く打ち付けた肉棒の先端が女の子宮口に到達した瞬間…

びゅるるっ!! どくっ、どくっ、どぷっ、どぷっ、どぷっ!

男は性を女の中へと解き放った。

「あ、あぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁっっっっ!!!」

それと同時に叫ぶような嬌声を女が上げた。どうやら男の射精と同時に彼女も達したようだ

一瞬のうちに背筋をピンと伸ばし、仰け反る様に叫びながらその快楽を楽しむ

「あはぁ…精液ぃ…あっつうい…♪ ♪ お腹のなかで、動いてぇるよぉ…♪」


そこから数分間の余韻を楽しんだ女は、快楽の波が去った事を確認すると静かに立ち上がった



陰部からグチャッ と空気が抜ける卑猥な音を立てて肉棒が抜ける

「ありがとう。とっても良かったわぁ♪」

女は男の頬にキスをした。彼女なりのお礼の印なのだ

「ねぇ、もう一回お願いできるかしらぁ?」

男は答えない

それもそうだろう、男は肉体的にも精神的にも疲れ果ててしまい気絶しているのだから

「ねぇ、どうなの?」

女は男をゆさゆさと揺するが男は一向に目を覚ます気配がない

「はぁ…ダメみたいねぇ………それじゃあ…」

男の周りを何か黒い縄の様なものが絡みつき、そしてーーー

ズガァンッ!!

次の瞬間、男の身体は家の壁に叩きつけられていた


「貴方はもういらない」


先ほどまでの情事からは考えられないほどの冷酷な表情で彼女はそう言い放った

その真っ赤な瞳からは既に男への興味は消え失せている


「だって私にはまたまだ餌があるものね♪」

そう言って向き直った先には……

「んぐっ!! んぐぐっ……!!」

猿轡を噛まされロープでぐるぐる巻にされている3人の男がいた

「あらあら〜 そんなに怖がる事なんかないのにぃ♪ 今それ外してあげるわね♪」

女は一人の男の猿轡を外す

「ぐっ! げほっ! ごほっ!! き、貴様ァ! よくも。よくもおぉぉぉっ!」

猿轡を外された瞬間、男は女に食ってかかった

「どうしたのよぉ? そんな怖い顔しちゃって」



女は男をなだめるかの様に話しかける。しかしそれは男をさらに腹ただせる

「煩い! 何故貴様の様な魔族がここにいるんだっ!」

「あら? バレちゃってたの?…って当たり前よね。この格好じゃあねぇ〜」


女は一見普通の人間に見えなくもない。ただしそれは、女の腰辺りから一本の黒い尻尾が生えていなければの話だ

その尻尾は俗にいう悪魔の尻尾そのもので、先端が三角形になっている典型的なものだ

さっきの男はこの尻尾で投げ飛ばされたのだ

「貴様一体何が目的なんだ!」

「あらぁ♪ 私はサキュバスなのよ? 目的なんか一つだけでしょ?」


女はそう言うと自らの顔を男の顔に近づけて行く

「ひ、ひぃっ! く、来るなぁっ!! 寄るんじゃないっ!!」

「フフッ♪ そんなに怖がらないでよ。大丈夫♪ すぐに貴方も気持ち良くなるから♪」


女は至近距離で男の目を見つめる。その血の様に真っ赤な目は不思議な魔力を秘めていて男は目を逸らすに逸らせなかった


そして………



「قخضني♡」



女は呪術を詠唱した

その途端、男の怯えが止んだ。男の鼓動は先ほどまでとは比べ物にならないほどに速く脈打ちはじめる

男の息が荒くなる

男の肉棒がだんだんとその本性を現わし始める………



女がかけたのは魅了の魔術


至近距離で目を合わせたまま詠唱しない限り無意味な魔術。しかし、一度かかってしまったら男だろうと女だろうと抗う事は至難の技だ

女はさらに横にいる2人にも魅了の魔術をかけた

「フフッ♪ どう? これでもまだ私の事が怖いかしらぁ?」

女の艶やかな笑みは男たちのわずかに残っている理性を着実に剥ぎ取って行く



「どう? 私の事メチャクチャにしたいでしょ?」

男たちの鼻息が荒くなる。それもそうだろう、何せ目の前には魔族とはいえ全裸の美女がいるのだから

女はその反応を満足気に眺めながらベッドに横たわった。そこから尻尾を操って男たちを縛っていたロープを切り落とす

立ち上がった男たちは皆、横たわる美女を見て喉を鳴らす


「フフッ……いいわよ?」


まだ残っている理性を打ち壊すために最後の言葉を投げかける。



「私を…メチャクチャにして……♪」





こうして出来上がった三匹の獣は、一目散にサキュバスに襲いかかった………

まず一匹目はベッドに横たわるサキュバスを持ち上げて、自らが仰向けにベッドに横たわる

そして自分の上に女をうつ伏せに寝かせ、陰部を一気に貫いた

「はぁっ!! うぁっ!!! あっはぁっ!!!」

流石にその衝撃はサキュバスにも耐えられるものではなかったらしく、彼女は目を限界まで見開いて仰け反る

何せ肉棒が一気に子宮の入り口まで達したのだ、その快感は計り知れない

そのあまりの刺激に、女の膣壁からは大量の愛液が溢れ出し、股を伝ってベッドに大きなシミを作った

だがここまではさっきと同じ騎乗位の体勢だ。しかし違うのはここから………


二匹目の獣は仰け反る女の髪の毛を鷲掴み、無理やり前に倒した。
そしてその小さくも魅力的な口に自らの物を無理やり突き込んだ

「むぐぅっ!? う、ぐ……」

一気に突き込まれた肉棒は喉の奥をコツンとノックする。それはサキュバスとは言えども生理的に吐き気を催すものだ

しかし男はそんな事を気にする事もなく乱暴なピストンを開始した。

生理反応により口腔を大量の分泌液が満たし、それが円滑液の代わりになる

「むっ!? む、ぐ、ぐっ!? んふっ♪」

しかしその乱暴なイマラチオも生理的な吐き気も、一度山を越えればサキュバスにとっては快感以外の何物でもない

すぐに順応し、舌を使って奉仕する余裕まで見せる

「んふっ♪ ちゅっ、ちゅううっ…れろっっ…! はぁっ♪ フフフッ♪ 美味しいーーーんふうぅぅぅぅっっ!?」

突如彼女を襲ったのは新たなる快楽。三匹目の獣の滾った肉棒は、その熱を処理するために穴を欲した



しかし、既に陰部と口の二箇所は他の獣に取られてしまって使えない。

「そ、こ、……む、ぐ、ちゅっ…れろっ…お、しりの、…はうぁっ♪」

本来なら排泄のみに使うための穴。肛門を押し広げられ、無理矢理肉棒を尻穴の奥まで挿入されることによる強烈な排泄の欲求……

それが彼女の尻穴の中でどんどん増幅し、背筋を震わせて脳を痺れさせて行く

「んんっ……うく、ぐ、ぐ、れろっ♪ んんんっっ!? んんんんっ!!! んんんっ♪♪」

アナルに肉棒が突き刺された瞬間、今まで動いていなかった陰部とアナルへの激しいピストンが始まった

下から腰を抑えられて力任せに突き刺さる肉棒

後ろから両手を掴まれ、立ちバックの体勢でアナルに突き刺さる肉棒

そして頭を抑えられ乱暴に口腔に出入りする肉棒

肉棒が肛門を大きく広げて肛肉を引き摺り、異物が肛門の外へと排出されていく生理的快感

それと同時に子宮の入り口へ何度もコリュッ… コリュッ…とノックを繰り返す官能

そして口腔に広がる精の味を心ゆくまで堪能出来る幸福。その快感、官能、幸福は筆舌に尽くし難いものであった


しかしそれは三匹の獣たちも同様だったようだ


サキュバスは口、膣、アナルにそれぞれ突き刺さる肉棒がピクピクと痙攣しているのを感じ取っていた

(いいわぁ♪ 出してっ! 早く、早くだしてぇっ♪ しゃせーしてせーえき私に飲ませてぇぇぇっっ♪)

それぞれの肉棒がそれぞれの穴の最奥に突き込まれた瞬間…

ぶびゅるっ! びゅるるるぅぅぅっ!!

それぞれの肉棒から、吐き出すと言うよりは叩きつけると言う方が適切だと思うくらいの勢いで精が噴出する

それは口腔、子宮、腸内をそれぞれ犯し、サキュバスにこれ以上ない官能を与えた




(あぁああぁぁっっ♪ 三穴同時に中出しされてるぅ♪ あっ、あはっ♪ )

しかし三匹の獣たちはこれでは満足できない。魅了の魔術はかかった者の性欲を際限なく高めるのだ



自分の身体の限界すらを越すほどに……

そんな中サキュバスは考える

(この子達は一体何回目で魅了が解けるかしら? さっきの子は三回目で既に逆レイプ状態だったからなぁ♪ んっ♪

私も楽に魔力回復したいから出来るだけ長くレイプしてくれるといいなぁ♪

それにしても人間がここまで頑張れるなんて凄いかも…少し食わず嫌いを治さなきゃかも。

でもとにかくこの前逃げられた魔族のボーヤ。あの子を絶対に食べてやる!すっごく美味しそうだったもの♪

この前は魔力がすっからかんだったから逃げられたけど今回はそうは行かないわよ!

だってこんなに精を吸ったんだもの♪ 今なら誰にも負ける気がしないわ! この街で絶対に食べてやるんだから!!)



終わらない宴は続く

いつまでもいつまでも……



三匹の獣達の精が尽きるまで

いつまでもいつまでも……



以上です


それと一応ageときます

投下した時はageた方がいいですよね?



>>171-178 までR18注意

>>180
ほぼ全部じゃねーかwwwwwwww

ちょっと>>1さん濃厚すぎんよー





いいぞもっとやれ

>>181


あれ?おかしいな

PCではちゃんと>>171から>>178 の範囲指定になってるのに、iPhoneで確認したら>>1から>>178になってる……

念の為もう一度言っておきますが>>171から>>178がR18です

期待すんなって言うから期待しないで読んだのに
どエロすぎんじゃねーか!w

こっちは範囲安価できてる
http://i.imgur.com/YbSgU.jpg


暫らく賢者モードになってた(恥ずかしさで)…………

今回から一回の投下量を少なくしてみる



一体何があったんだろう………?


私は今ウィスタリア街道をトボトボ一人で歩いている

と言うのも今朝私たちが旅支度をしていた時、急に昨日の人がやって来てルディさんを連れて行っちゃったせいなんです

レゼダという人だったけど、昨日なんかとは全然違う表情をしていて怖かった

なんか……こう………親の仇を見るような目だった

ルディさんは笑いながら『心配するな。しばらく街でも見学してな』と言ってたけど……やっぱり心配です

少しの間宿屋でルディさんの帰りを待っていたけど、ジッとしてる事に耐えられなくなったので少し散歩する事にしたんです

道行く人はみんな楽しそうな表情をしていたけど、それを見るたびに私の心はどんどん沈んで行く

なにかとても嫌な予感がする……… この街で一体何が起こっているんだろう………………

「ん? なんだろ……あれ?」

道を歩いていたら、大きな建物が目に入って来た。なんか神々しい感じがして思わず足を止めちゃったけど………

どうやら出入りは無料で出来るらしい。私は何かに操られるかのようにフラフラとその建物に入りました



「あら? こんにちはお嬢ちゃん」

「あっ……こんにちは」

中に入ると、お姉さんが私に声をかけて来た。白い髪をたなびかせ、とても清楚な感じのする綺麗な人だった



「貴女、この街の人じゃないでしょ? 大聖堂は初めてかしら?」

お姉さんは人懐っこい笑顔を見せながら私に話しかけて来る。ここは大聖堂だったんだ……

「はい。私、この街には昨日来たばっかりなんです」

「へぇ、そうなの? 団体旅行で来たのかしら?」

「いえ、二人で来ました」

「へぇ〜 たった二人でここまで来たのね。一番近い街のシェーヌからでも5日ぐらいかかるのに」

お姉さんは驚いたように私を見てくる。やっぱり普通じゃないのかな、二人だけの旅って………

「私の連れの方が凄い実力の方なので」

「ふーん………」

それきりお姉さんは、なにも言わずに私を見つめて来た。な、なんだか恥ずかしい………


「あ、あの。この大聖堂にある大っきな像はなんですか?」

女の人の視線をズラすために咄嗟に出た言葉にしては、なかなかいいものだと思う

多分、街の広場にあった像を大きくした物だと思う



男の人と女の人が抱きしめあっている銅像……


女の人は涙を流しつつも満面の笑みを、男の人は優しい笑みを浮かべつつも悲しそうな表情をしていた



「これはこのウィスタリアに伝わる神話をモチーフにした銅像よ。

女性は美の象徴である『ウィスタリア』男性は武神エカルラートの息子『フィセル』を表してるの」





神話


それはどの街にも必ず一つはある壮大な伝承の事

事実か作り話かの論争が未だ絶えない分野であり、それぞれが独立または繋がり合った物語になっているという事を聞いた事がある



「貴女は知ってる? この街の神話 『美しき少女の贖い』という物語を」

「いえ、全然知らないです。神話自体ほとんど聞いた事がなくて………」

「あら、もし良かったらお話しましょうか? 一人の少女の贖いの物語を」

「い、いえ、私は……その……」

最初は断ろうと思っていた私だったけど、にっこりと優しく微笑むお姉さんの顔を見ると、なんだか断ってはいけないような気になって来た

ここで断ったら、私はきっと……いや、絶対に後悔すると思う

「………聞かせて下さい。お願いします」

「フフッ、別に頭を下げる必要なんでないわよ。私が話したいから話すんだもの。さ、そこの椅子に座って」

そう言ってお姉さんは私を椅子に座らせると語り始めました

ウィスタリアに伝わる一人の少女の神話を



ーー



「だから俺はなにもしてないつってんだろ!」

ルディはドンッ! と机を力任せに叩く。その目には明らかに苛立ちが込められていた

「そういきりたたないでくれ。私もこうして君を疑いたくはないんだ」


ルディとレゼダはウィスタリア自警団本部の取調室で、机を挟んで座っている

この狭い密室で、二人はかれこれ2時間近く会話をしているのだ


いや、会話というのは適切ではない




ルディはレゼダに尋問されているのだ



その尋問の内容というのは、昨日発生した自警団員四人の失踪事件についてである


昨日、レゼダがルディとイリスに謝罪に来た時に連れていた四人の部下達

彼らが全員失踪したのだ

レゼダは商会に行く際、彼らを『帰らせた』とルディに説明をしたが、それは全くの嘘であった

本当は隠れながらルディとイリスを尾行していたのである

それはルディ達がレゼダと別れた後もずっと続いていたのだ

本来ならば今日の早朝、四人とも自警団本部で待機しているレゼダの元に報告へ戻る手はずであった

しかしいつまで経っても四人が戻る事は無かった。もちろん徽章(バッジ)についているトランシーバーで呼びかけもしたが反応はついに無かった

そしてレゼダはこの失踪事件の犯人として最も疑わしいルディを呼び出したのだ

しかもレゼダが訪れた時、二人が旅支度をしていたのも疑われる要因になっている

これはルディにとって運が悪かったとしか言いようがないが、とにかくこれはレゼダに良い印象を与えるものではなかった

こうしてルディは、半ば強制的に連行されてしまったのだ



ーー



「だいたいなんで俺が自警団員四人を連れ去る必要があるんだよ! 別にんな事しても利点が俺には無いだろ!」

「う……む…」

もちろんレゼダは密かにルディを監視していた事を本人には言っていない

そして同時に、ルディも監視に気づいていたという事をレゼダには言っていない

つまりこの尋問は、ルディが主導権を握っているのだ。レゼダには攻め手が少ない

いや、それどころか本来ならばルディをここで尋問する事さえ出来ないはずなのである


しかしレゼダもここで、はいそうですか と済ませる事は出来ない

あの四人はレゼダが特に目をかけて育ててきた大事な愛弟子なのだから



「しかしそれならば、何故あんなにも早い時間に旅支度をしていたんだ? 昨日の昼過ぎに来て今日の早朝に発つ事など普通ではないだろう」

この疑問は尤もである。ルディは昨日レゼダに“旅に目的は無い”と答えているのだから

ルディもこの質問には適当に答える事は出来ない

「別に構わないだろ。俺とイリスがいつこの街を出発しようとアンタ達には関係がない!」

「あからさまに不自然な行動をしたのだから無関係ではないだろう。特にこのような事件の直後はな!」

「ったく……察しろよ。自分の事を魔族と疑う自警団のいる街に、長く滞在したいと思う人間なんかいるわけねぇだろ」

その言葉を聞いてレゼダは押し黙る。ルディの語った理由は誰もが納得できるものだったからだ

ルディはその沈黙をレゼダの投了と見なし席を立った

「これでもういいだろう? 俺だってこんな事を言いたくないから今まで黙ってたんだ」

「ま、待て!」

レゼダはルディの腕を掴むが、ルディはそれを乱暴に振り払う

「いい加減にしろ! 俺をここに留めたいのなら俺がこの事件に関与してる証拠を持って来い!」

ルディも苛立っているのである。折角イリスが自分のためを思っての提案を、事件に関与しているのではと疑問の要因にされている事に



「すまないが……もうしばらく待ってくれないだろうか……? まだ私の部下達が見つかってないのだ。この通りだ」

レゼダの頭を下げての懇願に、ルディの動きがピタリと止まる。イリスも感じた事だが彼はとても心優しい魔族なのだ

だから困ったり泣いたりしている人間を見ると、彼は手を差し伸べずにはいられない





あの夜、イリスに対してそうであったように





ルディはふぅっと息を吐き出して

「街からは出ない。だから俺をこの部屋から出してくれ」

このようにポツリと呟く。その声に反応しレゼダは顔を上げる

「俺もアンタの部下の捜索を手伝う。もちろん門には俺を出すなと連絡を入れてくれて構わない」

「いや、しかしだな………」

「俺はいち早く次の街へ行きたいだけだ。だからとっととあいつらを見つけたいだけだ」

ルディはさも面倒臭そうな表情を見せて部屋から出る

自警団本部を歩いている団員達にはあからさまに避けられたが、そんな事を一々気にする事も、ルディにとっては無駄な時間であった



ーー



本部の外に出てからルディは足裏に魔力を集中させて

「ふっ!」

思い切りジャンプをする

そのまま本部の屋根に飛び乗ると、そのまま建物の屋根伝いに街を捜索し始めた

街の中心、工場地域、民家街、裏道や農業地。全てを上から見下ろして観察をする



そんな事を30分程続けた頃、ルディはある一軒家に目を付けた

それはあまりにもボロボロで、恐らく長い間誰も住み着いた事が無いと思われる一軒家

「………妙だな、電灯が点いてる。誰かいるのか?」

ルディは屋根から地上に降り立ち、静かにその一軒家へと歩を進める


そして





コンッコンッ



ノックをする。しかし中から返事はない

念のためもう一度ノックをしたが結果は変わらない。ルディはゆっくりとドアノブに手をかける

「すみません。お邪魔します」

キイィィ……… と軋む音を立ててドアがゆっくりと開く。ルディはその中に足を踏み入れて………絶句した

家の中には簡易的なベッドと生活感を全く感じさせない、腐り切った木製の家具

そして人間が倒れていた。1、2、3………4、全部で四人。失踪した人数と一致する

そしてそのいずれもが、服を着ていなかった………

ルディは一番近くの男の元へ駆け寄り抱き起こす

「おい、何があった!? 返事をしろ!」

何度揺さぶっても全く反応がない。そしてルディは首に何か細いロープのような物が巻き付いた跡を見つけた

「もう死んでるか………絞殺されたんだな」

念の為他の三人も確認したが、全員その瞳に生は宿っていなかった

ルディはレゼダにこの事を伝える事を考えて頭を抱える。ルディもまさか死者が出ているとは思っていなかったのだ


そのような心境だったからルディは気付かなかった。自分の後ろに誰かが歩み寄って来ている事を


「仕方ない。レゼダを呼んで来るか……… 嫌な仕事だぜ全く……」



「あら? それなら私が呼んできましょうか?」



「っ!? 誰ーーー」

振り向いたルディが見たのは血のように真っ赤な瞳。ずっと見つめていると、まるで吸い込まれてしまうような錯覚に陥るだろう魔性の瞳


「しまっーーー」


「ウフフ、つーかまえた♡」




















「قخضني♡」


投下終了

>>185
一体何が原因だったんですかねぇ……?

>>1
楽しみにしてる

おつ


投下します



「これでこの神話は終わりよ。どうだった?」

ルディが一軒家で襲われているのと同時刻、イリスは神話を聞き終えたところであった

「……その、とてもいいお話だったと思います。私も……見習わなくちゃと思いました」

女性は物語の余韻に浸っているイリスを微笑ましそうに眺めている。その目はまるで愛娘に向けるかのような、愛情の溢れるものだった

「ううん、見習う必要なんで無いと思うわよ。だって貴女はもう“持っている”んだもの」

そう言うと女性は椅子から立ち上がり、大きく伸びをするとイリスに別れを告げる

「それじゃあねイリスちゃん。またいつかご縁があったら会いましょう」

「は、はい! ありがとうございました!」

イリスはその後ろ姿にペコリとお辞儀をして女性を見送った

そしてもう一度ストンと椅子に腰を下ろし、目の前にある巨大な銅像を見上げた



「…………………………」

像は外からの光によってキラキラ輝き、その神々しさをさらに際立たせていた

「………………他の街にも……神話ってあるのかな……」

今聞いた一つの神話。それがイリスの心に深く響いたのだ。できる事ならたくさんの神話を聞いて回りたい。イリスの心にはそんな気持ちが生まれていた

「ルディさんに頼んでみようかな…………」

そんな事を考えながら立ち上がり、大聖堂を出た瞬間だった



ウオォォォォン…………



文字で表現するならばこうであろうか、大きなサイレンが街中に鳴り響いた

『只今、街に魔族が入り込みました。皆様直ちにお近くの建物内に避難して下さい! 繰り返します。只今ーーー』

「え…………? 魔族が……? そんなっ!? もしかしてルディさんが!?」

最悪のシチュエーションがイリスの脳を支配する。まさかルディが自警団から追われる身になったのでは!?

そう思うと居ても立っても居られなくなり、イリスは避難警報も無視して走り出した

途中イリスの耳には、沢山の人が自身を呼び止める声が聞こえる。しかしイリスはそれを無視してただ突き進む

どこに? それはイリス自身も分からない。でもイリスの本能が告げている。こっちの方向へ走れと


…………ズドォン……


「い、今のは!?」

遠くの方で爆発音が聞こえた。まさか既に戦闘が始まっているのだろうか?

イリスは心の不安を押さえ付けて、音のした方向へと向かったのだった



そしてその五分程前には………



ーー



「はぁ、はぁ………まだ追ってきやがる」



ギリギリで……本当にギリギリであの女の魅了の呪術を回避した俺は、街の屋根伝いに逃げていた

魅了の呪術は対象者と至近距離で見つめ合って詠唱しなければならない呪術であるが、その効力は絶大だ

例え俺でも男である以上はそれに抗う事は出来ない。もしやられていたらと思うと………ゾッとする

一応さっき、捜索部隊の自警団員がいたから一軒家の場所とその犯人を教えておいた

さっきサイレンも鳴り響いたし、これで一般市民には被害は出ないだろう

「ねぇ! まってよぉ〜♪ 私と一緒にイイことしましょ♡」

後ろからは俺を追って来るサキュバス。俺のように屋根伝いを走るのではなく背中の羽で飛んでいるのでかなり厄介だ

スピードもかなり早く、俺も全力で逃げているわけだが油断すると追いつかれちまう!


仕方ない……迎え撃つ


はぁ………つい最近もこんな事言ったばっかりなのに…………いつから俺はこんなに狙われる立場になったんだか



ま、嘆いても仕方ない。一二の……三!


「ふっ!」

「え!? きゃっ!」

屋根から屋根に飛び移ると見せかけての急速転回、そのままサキュバスに思い切り体当たりをかます。もちろん目は見ないようにだ

ふにょんと柔らかい感触を感じながら、地面へと落下。その際に後ろから首を思い切り掴んで、顔面を地に叩きつけにかかる

「こらっ! 離しなさい!」

しかし予想外の力で逃げられてしまった。女に力負けするのは屈辱だぜ…… 自分の非力が嫌になる

そのまま砂煙を巻き上げながら地面に着地をする。サキュバスの方は、俺から5mほど離れた場所で、地上10cmあたりを浮かんでいる

ここで俺はとうとう敵の全貌を見る事になった。真っ赤な瞳、そして真っ赤な髪

淫魔にはとても相応しいと言えない長袖のセーターと裾の長いスカートを着こなし…………え?


「全くもう! か弱いレディーの顔を叩きつけようだなんて、なんて酷い男なのよ! そんなんじゃモテないわよ?」

な、なあ…… このサキュバス…………もしかして…………

「はぁ……まぁいいわ。ねぇ」

「な、なんだよ……」

「精気吸わせて♡」

「断る!!」

間違いない! この馬鹿女……

「せっかくバームステンの近くからここまで追って来たのに! ご褒美くれたっていいでしょ!!」

「やっぱりテメェかぁあぁぁあ!!!」



ふざけんなよマジで!! こいつは一体どこまで俺を困らせるんだ!!

「お前! 俺がお前のせいでどれだけ酷い目にあったと思ってやがる! お前だけは許さねぇ!」

俺があの森でどれだけ怖い思いをしたと思ってやがる! 実に三日間、食わず飲まず、さらに寝ずで逃げたんだぞ!

「フフフ、あの時の貴方の怯えた顔、最高だったわぁ……… とっても可愛くて♡」

う、ウットリしてやがる………こいつ…………真性の変態だ……

「ねぇ……そんな嫌がっちゃっても、本当は興味あるんじゃなぁい? 男の精を啜る事に特化したアタシの、テ・ク♡」

右手で何かを……うん、ほんとうにナニかを優しく擦るような仕草を俺に見せて来る

顔には淫らとしか言いようのない笑みを浮かべてやがる。それにドキッとしてしまう自分に嫌気が刺すぜ………

いやいや!! 俺にはイリスがいるだろ!! そういう関係では無いけどな!!!

俺はゴホンと咳払いをしてからサキュバスに語りかける

「まぁ全く興味がないと言えば嘘になる。俺も一応男だしな」

そう言うと目の前の女は一瞬呆気に取られた様子を見せたが、次の瞬間には、ぱあっと純粋な笑顔を見せた

その笑みはどこか幼く、それでいてどこか可愛くて………こいつもイリスと同じく、一人の女の子なんだなと感じさせるものだった

「本当に?! 本当の本当!? ねぇ! それならーーー」

「でも俺はお前の餌にはなるつもりはねぇよ」

ピョンピョン嬉しそうに跳ねているサキュバスにこう言い放つ

「好奇心は蛇もを殺す。ほんの少しの興味でお前と交わろうだなんてとても思えねぇよ」

それに今は一人の人間の少女が連れにいるんだ。俺の大事なイリスがな



「そんなっ!? なんでよ!? 人間ならまだしも貴方は魔族でしょ!? そう簡単には死なないでしょ!

私は精気を吸わせて貰えるし貴方は至福の時を味わえるのよ!? 悪い取引じゃないでしょ!!」

「残念だけどな、俺はそんな事を出来ない理由があるんだよ! もし初めて会った時そんな風に頼んで来たら分からなかったけどな」

これは……まぁ、な。俺も一応男だし誘惑には弱いんだよね

サキュバスは俺の言葉を聞いて俯いてしまった。俺はさらに言葉を投げかける

「だから俺の事は諦めてくれよ。お前だってここで四人の精気を吸えたんだ。それで満足とけ」

レゼダと犠牲になった部下には悪いが、俺はサキュバスがあの四人を殺した事を悪い事とは思っていない

鳥が虫を喰うように、人が牛を喰うように、サキュバスが人間を喰べる事も自然の摂理だからな

どのような生物も生きる糧を得るために他の生物を犠牲にしているんだ。そう考えると、このサキュバスを責める事は出来ないだろ?

試しに自分の食事の時、食べる食材一つ一つに謝りながら食べてみろ。絶対にアホらしくなるから

「今ならまだ自警団も来ていない。逃げるなら今の内だぜ?」

俯いていたサキュバスは徐に顔をあげる。そして俺を指差す………いや、爪を俺の方に向けているのか?

さっきまではあんなに長くなかったと思うんだけどな………


「ねぇ? 本当にダメなの………?」


恐ろしい程に無機質な声色だった。さっきまでとは明らかに様子が違う



さて、胸を括るか…………





「ああ、だからお前はとっととこの街から出てーー」

「شضغب:٧!」

瞬間、サキュバスの爪先から巨大な火炎球が俺向けて迫って来る


……身構えておいて良かったぜ


俺が避けた火炎球はそのまま後ろの壁に激突し、ズドォン! と大きな音をたてて爆発した

「交渉は決裂か?」

「吸う………絶対に吸ってやる!! 貴方を私の物にするんだから!! 貴方の脳を私で彩ってやるんだから!!!」

その瞳に狂気と涙を添えてサキュバスが俺を睨みつける。この距離なら魅了の呪術は効かない

人間の場合なら最低でも3m接近されなければ大丈夫。俺なら50cm位までなら耐えられるはずだ


「へぇ、面白い。やれるもんならやってみろよ」

余裕である風を装って答える。しかしこれはあくまで“装っている”だけだ

久々の魔族との対決だ。しかもこの女は、強靭な男の精を吸ったばかりでかなり力を付けている。馬鹿一族やグレーンスネークとは比べものにならない位にな………

「……ねぇ、貴方の名前は?」

台風の前の静寂か、サキュバスが静かに訪ねて来る

「なんでこのタイミングで聞く………?」

「だって今聞かないともう二度と聞けないじゃないの。ウフフ……♡ 私の玩具にしちゃうんだもの、理性が一欠片でも残ると思ってるのぉ?」

ハハッ……成る程な、それは道理だ…………クックック……



「俺の名前はカルディナル。ルディと呼べ。お前の名前は?」

「え? 私の………名前……?」

「なんだ? 長らく名乗ってなく忘れたのか? クククッ」

実際、魔族は自分の名前を名乗る機会なんかほぼ皆無だからな。俺だってイリスに名乗ったのは随分と久々だったからな

「私の………私の名前…………」

サキュバスは暫くフラフラとしながら考え事をしていたが、それは次の瞬間殺気に代わり………


「はっ!!」

「صضننحغنو!」


障壁を纏った俺の腕から甲高い金属音が響く

一瞬で5mはあった間を詰め、その5cmはあろうかという鋭利な爪で俺を切りつけてきた

もし障壁の魔術を唱えてなければ俺の腕はスライスされていた………怖ぇーよ!

「私の名前はグロゼイユ! ロゼよ! 覚悟しなさい……貴方の……ルディの理性を全て剥ぎ取って私の事しか考えられない肉人形にしてやるんだから!!」

「クククッ……やれる物ならやってみろ、ロゼ。俺はお前なんかにゃ負けてられねーんだよ!!」

「言われなくても犯ってやるわよぉ! 貴方を本能丸出しでッ! 犯してッ! 犯されてッ! 腰を振ってッ!! 腰を振られてッ!! ひたすら快感をッ! 貪るだけのッ! 私専属のッ!! 肉奴隷にしてやるんだから!!!」

「へっ! 面白い………やってみろ!」




4人の自警団員の性を吸った直後のサキュバスの個体との戦闘…………

ローズ家の連中やグレーンスネークのような知能の無い魔物とは違う……命を賭けた戦いになるのは必須だ



俺は再び……イリスの笑顔を見る事が出来るのだろうか……


投下終了です

次回は2〜4日後の24時位に投下予定です

乙ん



怖え。サキュバス怖え。
本来サキュバスてのはこれくらい怖いもんなんだろうね

ついにルディの本気が見れるか

やっぱり魔族はこうでないと


投下します

極々微量なR18要素込み



ルディとロゼの闘いは文字通り激戦となった

「شضغب:٦♡」

「خضحفلنل:٦」

一方が呪術を放てば、もう一方もそれを打ち消すために呪術を放つ

呪術の相殺の回数は、既に50回にもなろうとしていた。これも魔族同士の闘い故である

人間であったならばとっくにガス欠になっているだろう

「もう! まだダメなの!?」

「甘くみるなよ、サキュバス風情が。“まだ”じゃない。“永遠に”だ」


サキュバスという種族は普通に暮らしていれば、戦闘をする事は少ない。それはロゼにとっても同様であった

男の性を誘惑し、精を啜り、そして精が尽きたところで生を終わらせる。これが出来れば生きて行く上で困る事はないのだ

「まだまだ! خضحفلنل:٧♡」

「نضحهغشح:٩」

ロゼはもう一度水撃の呪術を放つ。それに対しルディは、階級が二つ上の雷撃呪術で迎え撃った。その結果………


「ひぐっ!? ぁあああ!!」

自身の水撃呪術で威力を増した雷撃呪術がロゼを襲う事になった。ロゼはそのまま地面にうつ伏せに倒れる

「お前みたいな焼き付け刃の呪術で、本職の俺に叶うわけがないだろ」

「…………………………」

「どうした? その程度で気絶するような種族じゃないだろ、お前達サキュバスは」

ルディは魅了の呪術を警戒しながら、ゆっくりとロゼに近付く。しかしルディは、それをすぐに後悔した



クチュッ……グチャッ………

ロゼから3m程の位置まで近づいた時、ルディは確かにその音を聞いた

なにか粘り気のある水音……… ルディはハッとしてピタッとその場に止まる


「お、おい……お前、なに……してるんだ……?」

ルディは恐る恐る声を掛ける。自分の予想が外れている事を祈って…………

「………んん……ふぅ…んふぅ………」

「ふぅ…ん…あふぁ…あっ♡ ふあぁッ!」

「おいテメェ! なにやってやがるんだ!!」

ルディは大きな声でロゼを怒鳴りつける。それは怒りからではない……恐怖からであった


「で……でんりゅうが、ビリビリってぇ♡ わた、わたひ……ふぁあ…はっ…ふにゃあああああっ!!」

「な、なっ…………」

そのロゼの痴態を見せつけられたルディ真っ青な顔をして震えていた。いわゆる“ドン引き”状態である

「ハァ……ハァ………………あはぁ♡」

「ひっ!?」


ロゼは地面に伏せていた顔を上げ、息を切らしながらもルディに微笑む

舌はだらしなく垂れ、口からは一筋の涎が流れ地面にシミを作っていた

そしてその真っ赤な瞳は、更なる快感を求めてルディを見つめている

(ヤバイ! これは……マジでヤバイッ!!)

ロゼは既に発情していた。サキュバスとしての本能がただひたすら雄を求めている

ロゼはフラフラとしながらも立ち上がる。しかしながら俯いているためその表情は分からない



「……………………っ!!」

ルディは怯えながらもロゼの出方を静かに見る。本当は今にも逃げ出したい位なのだが



………そして



「アハッ♡」

「!?」

「あははっ…………あははははっ♡」




















「あはっ! あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッッッッ!!! きゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッッッッ!!!! キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

「っ!!」

その狂気的な笑いを受けルディは10m以上飛びず去った。この女は危険であると本能が告げているのだ

「خضحفلنل:٩!!」

そして滞空中に唱えたのは水撃呪術。鉛以上の硬度を持ったサッカーボール台の水球を、ロゼの鼻っ面目掛けて撃ち込んだ

バキッ…… と鈍い音を立てて水球がロゼの顔で破裂する。ロゼはそのまま仰向けに倒れたが、ものの数秒で再び立ち上がる

ロゼの顔を一筋の鼻血がつーっと伝い、地面にポタポタと落ちて行く


「……………………………」


しかし彼女はそれを気にする様子もなく一歩一歩ルディの方へ歩いて来た。醜悪で淫乱な笑みを浮かべたまま


「く、何だってんだ!! خضحفلنل:٩؟٤」

ルディは先程の水撃呪術の4連を放つ。もう先程までの余裕はない。ルディも必死なのだ

4つの水球はそれぞれがロゼに命中した。顔、右腕、腹、右脚、全てに高密度の水球がぶつかり破裂した

人間はもちろんのこと、魔族でさえ耐えられないであろう呪術。それが全弾、確かに命中した


…………しかし


「……………………………」


今度はロゼは倒れもしなかった。その全身が青アザだらけになり、口や鼻から血を流しながらも一歩一歩、ゆっくりと歩いて来る


「く、くそっ! こいつ……」


その迫力に圧されルディは一歩ずつ後退して行く。戦況では圧倒的な優位でありながら、いつの間にかルディの方が追い詰められている



そしてもう一歩下がろうとルディが片足を上げた瞬間、今まで静かだったロゼがついに動いた

羽に魔力を集中させ高速でルディに迫る。ルディが魔力を足裏に集中させて大きくジャンプするのと同じ原理だ


「うわっ!?」

完全に虚を突かれたルディはそのまま尻餅をつく形で後ろに倒れる

ロゼはそのままルディを押し倒し、両膝でルディの両腕を封じてから、左手でルディの首を押さえつけた

「ぐっ……!」

ロゼは右腕を大きく振りかぶり、爪でルディを突き刺しにかかる

「صضننحغنو!」

ルディは障壁の魔術を唱えてそれに対抗する

ロゼの爪とルディの障壁がぶつかり合った瞬間、ガラスが割れるような音と共に障壁が崩れてしまった

「なっ!?」

これにはルディも焦る。障壁を一撃で破壊する威力…… 喰らったら一溜まりもない


「キャハハッ! 躱さないでよぉ♡ 一撃で楽にしてあげるからぁ!!」

ロゼはもう一度右腕を大きく振りかぶる。その瞬間、両腕を抑える力が弱くなったのをルディは見逃さなかった

力任せに右腕を引き抜き、ロゼに手のひらをかざす

「はっ!!」

「ひぁっ!?」

ロゼの体が突風に吹き飛ばされ宙を舞う。ルディの無詠唱の風撃呪術だ

無詠唱の呪術は瞬間的に放つ事ができる反面、威力が弱いのであまり戦闘向きではない

それにも関わらずそのような呪術を放ったという事は、それだけルディが追い詰められていた事を示しているのだ



ルディはすぐに体勢を立て直すが、その時は既にロゼの爪がルディの眼前まで迫っていた

どうやら空中で体勢を即座に整え、羽で滑空して来たらしい

「うぉお!?」

反射的に顔を動かして躱すものの、爪はルディの頬に血の筋を作る

あと一瞬でも遅れていたらルディの眼球は貫かれていただろう

「あは……アハハッ! キャハハハハハハハハハハハハッッッッッ!!!」

ロゼは狂気的に笑いながら、ルディを切り裂かんと両手の爪で猛攻をしかける



障壁の魔術は既に無効化されているので、ルディはそれらの攻撃を躱す事でしか対応出来ない

右腕を躱し、左腕を躱し………次の瞬間にはまた右腕が襲いかかって来るのだ。反撃の隙がない


「痛っ……!」

とうとう爪がルディの腕を捉えた。幸いにも直撃はしなかったが、表面の肉を少し抉り取ったのだ

その隙をロゼは逃さない。凶悪な爪をアッパーの要領で、ルディの首目掛けて突き刺しにかかる


「くそっ! صضننحغنو!!」

ルディは障壁の魔術を両腕に展開し首を守る。爪と腕がぶつかり合った瞬間、ルディの両腕が弾かれバンザイの姿勢を取らされる

「しまっーー!!」

「つぁああああ!!!」

ガラ空きとなったルディの腹に、魔力で凶化された凶悪な蹴りが打ち込まれる。人間ならば内臓破裂で即死する威力だ

「っ! …… か、ハッ…………」

もはや声も出ない。ルディは地面を勢いよく転がって行き、壁に叩き付けられた


「…………ぐっ………痛っ………………」

しかしルディは腹を押さえ、壁に手を付きながらも即座に立ち上がる。どうやら内臓破裂は免れているようだ

しかし普段不敵に構えているルディが、顔を苦痛に歪めぎこちない動きをしていることがダメージの大きさを雄弁に語っている


魔族の生命力ならば、そんなに長い時をかけずとも戦闘に戻る事が出来るくらいには回復できるだろう

しかしルディがある程度回復するまで待ってくれる程、ロゼも甘くはない

「キャハハハハハハハハハハハハッッッッッ!!!!」

ルディを殺さずとも逃げられない程度に痛めつけようと、爪を振りかざして襲いかかる


「うっ………ぐ……ゲホッ! くそっ」

苦痛に耐えながらではあるが、今はまだその全てを躱している。だがもうそう長くは持たない

(このままじゃ競り負ける……… こうなりゃ賭けだ!)




「صضننحغنو!」

ルディは再び障壁を纏う

先程の蹴りは相手に腕を弾かれた為に喰らったもの

相手に弾かれた瞬間に障壁は霧散したが、一度だけなら攻撃を対処できる事は事実

つまりルディがロゼの腕を弾く事も理論上は可能だ。ルディはそれを狙ったのだ

相手の腕が振り下ろされる瞬間、ルディは思い切り腕を振り上げる


「きゃっ!?」

結果ルディの腕はロゼの腕を弾く。今のロゼはさっきのルディと全く同じ体勢だ

(よし……ここだ!)

ルディは身体を低く屈めてロゼの腹部に手を付ける


「نغمكن……っか!?」


しかし呪術の詠唱は完成しなかった。ルディの首を突如細い縄のような物が巻きついたからである

「……っ! ぐ……く…はっ………」

「フフッ、顔が真っ赤ね。苦しんでる顔も可愛いわぁ♡」

ルディは首に巻きついているロープに手を掛けてもがく。首に巻きついているロープは弾力があり仄かに暖かい


(これは……尻尾か! ちくしょう! なんでこれに気付かなかったんだ!!)

思い返してみれば四人の男の死因は絞殺であった。ルディはそれを確認したにも関わらず、今の今まですっかり失念していた



「苦しい? ウフフ♡ いま楽にしてあげるからねぇ♪」

そう言うとロゼは尻尾でルディを宙に浮かせる

「く………は、な………せ………」

「しばらく我慢してて頂戴ね♡ 気を失ったら離してあげるわ。次に目が覚めた頃には、もう貴方は私のモ・ノ♡」

ルディは必死に尻尾を外そうと躍起になっているが、何重にも巻きついており外す事は出来ない

「フフッ…………フフフフフフフフフフフフ………とうとう貴方が……ルディが私の物になるのねぇ♡ ひゃん、垂れて来ちゃった♡」


(く……そ…………もう……だ…め…………)





「شضغب:٦!!」





ルディが意識を手放しかけた直前、張りのある男の火炎呪術の詠唱が響き渡った

「え!? いやっ!!」

ロゼは火炎球がぶつかる直前になんとか回避出来たが、そのいきなりの攻撃で、うっかりルディを離してしまった


「ぐっ……かはっ……………ゲホッゴホッ!!」


ルディは屈み込んで、首をさすりながら咳き込む

「ルディさん!!」

「うげっ!」

そのルディに白い弾丸と化した少女が飛びつく。言うまでもなくイリスである



「ルディさん!! ルディさんッ!!」

落とされる寸前で復帰したルディに、再びトドメを刺さんとばかりにギリギリと首を締めるイリス

「ちょ……イリス………は、離し………」

「もう会えないかと思いました! 私、私ッ! もうルディさんを離しません!!」

「…いや、そ…れ……死………………」

ルディの首がカクンと垂れた。どうやら完璧に意識を失ったようだ…………イリスの所為で


「え? ルディさん………… いや……嫌ぁあぁあああああ!!!」

イリスはルディの肩をゆさゆさ揺するが、ルディの首はカクンカクン揺れるばかり。気絶してるのだから当然だが……

「いや! ルディさんしっかりして下さい!!」

イリスはあまりのショックにルディから手を離してしまう。その結果ルディの頭は重力に従って落下し………ガツン! と鈍い音を立てて、地面と激しいキスを強要させられた


「にゅげっ!?」

不幸か幸か、そのショックで覚醒するルディ。それを見てぱあっと表情を輝かせるイリス。そして後頭部を押さえてのたうちまわるルディ………

「よかった! 生きてます! ルディさんは生きてます!!」

「あ、当たり前だろ。俺がそう簡単に死ぬはずが……っ! …痛ぇ…………」

「え? だ、大丈夫ですか!? 一体どこが!?」


正直、今一番痛いのは後頭部なのだが、それをイリスに言うのは憚られたので

「いや、もう大丈夫だ。心配はいらないよ」

適当に濁してイリスに微笑みかける



「それよりもイリスは寂しくなかったか? 連絡もしなかったからさ」

「はい! 私は全然大丈夫でした! だってすぐにルディさんに会えると信じてましたから!」

「そうか……… 嬉しいこと言ってくれるじゃないか」

胸に頬ずりしてくるイリスを微笑みながら撫でるルディ。このような状況でなければとても微笑ましい情景だっただろう



「شضغب:٧!!」

「شضغب:٧!!」

「ッ! イリス! しっかりと掴まれ!!」

「ふぇ? ひゃあ!?」

突如二人を襲った一つの火炎球。もちろんロゼからの攻撃だ

尤もそれはルディ達を狙って放たれた物ではなかったが……


「しまった! 君たち大丈夫か!!」

狙われた張本人……レゼダがルディ達に声を掛ける

「ああ、なんとかな」

ルディはイリスを抱きかかえて空高くジャンプをしていた。ルディが得意とする強化魔術である

そのままルディはレゼダのすぐ傍に着地する


「なんでイリスを連れて来た」

質問……と言うには少しキツめの口調。ルディはギロっとレゼダを睨む

「途中で見つけてな。放って置くわけにもいくまい」

「それならば安全な場所に避難させてから来ればいいだろう!!」

「私もそうしようとは思ったのだが………どうにも言う事を聞いてくれなくてな」

「イリスが?」


ルディが目線を落として腕の中のイリスを見ると、イリスはまるで親に叱られる子の様な表情を見せた

「その………ごめんなさい……でもどうしてもルディさんが心配で…………」



その気持ちはルディにとってこれ以上ない喜びなのだが、それとこれとは別だ

「えっと………心配してくれるのは嬉しいんだけどさ、こういう時イリスは避難するべきだと思うんだよ」

「で、でも! もしもルディさんに何かあって二度と会えなくなったりしたら、私は避難した事を絶対に後悔します!!」

「いや、だから大丈夫だって。俺はそう簡単に死んだりしないってば」

「でも! 私達が駆けつけた時ルディさん死にそうだったじゃないですか!!!」

「うぐっ…………いや! でも……」

「でもじゃありません! もし私がレゼダさんに連れられて避難していたら、ルディさんは死んじゃってましたよ! そうでしょ!」

「うぐぐ…………そ、それとこれとは」

「一緒です!! むしろ関係性が強すぎます!!」

「……………はい。ごめんなさい」

こういう場合、男は女に敵わないと相場は決まっている。それは魔族だろうと人間だろうと変わらないのだ

「それに………私は信じてますから…………ルディさんは私を絶対に護り通してくれるって」

「え? あ、ああ! イリスは必ず俺が護る」

「はい……… ありがとうございます」

再びイリスはルディの胸に顔を埋めて頬ずりをする。ルディはそんなイリスを優しくーーー

「なにイチャイチャしてんのよ!!!」

見るとロゼが憤怒の形相で三人を睨んでいた。今日最大の殺気ではないだろうか



「アンタ達ィ!! よくも邪魔してくれたわね!! もうちょっとでルディが私の物になったのに!!!」

ロゼはプルプルと全身を震わせレゼダとイリスに怒りをぶつける。完全に攻撃の矛先が二人に向いている

「うぁあぁあああぁああぁああああッッッッッ!!!!」

「マズイな レゼダ、アンタは避けれるか?」

ロゼは翼に魔力を集約させて飛びかかってくるつもりだ。あの爪で攻撃されたら人間であるレゼダは一溜まりもない

「一つだけ確認したい」

「あん? なにをだよ?」

「私の部下を殺ったのは…………あの魔物なんだな?」

背中にさしてあった大剣を片手で振り上げ、その切っ先をロゼへと向けて問う

「ああ、そうだ。厳密には魔族だがな」

ルディはそう答えた。レゼダは そうか… と短く頷くと静かに目を瞑る

「おい! なにやって………っ!?」

「死ねぇええぇえええ!!」

そのレゼダに紅い弾丸と化したロゼが爪を振りかぶりながら突進する

その速さたるや、空気を切り裂き音が遅れて聞こえてくる程のものであった

「イリスッ!!」

ルディはイリスの顔を自分の胸で覆った。これから起こるであろう惨状をその瞳に宿させる事がないように

しかしその行動は結果として無駄に終わった


「うぉおおぉおおおおッッ!!!」

レゼダは首が吹き飛ぶ寸前に大剣を構え、ロゼの爪を受け止めたのだ

レゼダはロゼを受け止めたまま5mほど押し出される。しかし彼の強靭な脚は、自らの主人が倒れる事を許しはしなかった

「へぇ……結構力があるのね。フフッでもいつまで持つかしらぁ?」

お互い爪と剣で力くらべをしているように見えるが、レゼダは単純な筋力のみで、ロゼは魔力で筋力の増強をしている

片膝を着いて剣を必死に押さえているレゼダと、上から爪で剣を押さえ付けているロゼ

傍からみても、剣が少しずつ押されている。レゼダが力負けをしている事は明らかだった



「く……ぐ…!! 貴様が……」

レゼダがロゼに語りかける。尤もロゼやルディからは幅広の剣に遮られてその表情は見えなかったが

「貴様が殺した四人の男は……私の大切な部下だったんだ。彼らが子供の頃から私が面倒を見て来たな………」

徐々に押さられていたレゼダの剣がピタリと止まった

「親を魔物に殺された彼らを……ずっとずっと、見守って来たんだ。言うなれば彼らは……私の息子のような存在だった………」

「くっ!?」

それどころか徐々にレゼダの剣がロゼの爪を押し返し始める

「私が育てて来た息子達が……20年以上も共に過ごした私の大事な部下が………たった一晩で…全員殺されたんだ………」

「くっ………くぅぅ…………」

今やレゼダとロゼの体勢は完璧に逆転していた。レゼダは剣を押さえ付け、ロゼ片膝を着いて必死に耐えている

「その気持ちが………貴様に分かってたまるかぁッ!!!」

「きゃっ!」

レゼダは大剣を力一杯横に振り払い、ロゼを吹っ飛ばす。そして地面に倒れているロゼ目掛けてその大剣を振るう

「嫌ぁああ!!」

ロゼは地面を転がり、済んでの所でその大剣を躱す

「逃がさんッ!!」

レゼダは大剣をそのまま横に振り払った

「えっ!?」

顔をあげたロゼには自分に迫ってくる白銀の物体が見えただろう。しかしその正体を理解するよりも早く、その全身を衝撃が襲った

「いっ! くぅあぁあああッ!!」

大剣の側面が、ロゼの身体を力一杯叩き付けたのだ

ロゼはそれをまともに受けて地面を惨めに転がった


ーー


「おお、凄いな。これが魔力開放とかいう状態か」

「魔力開放? ルディさんそれってなんですか?」

「まぁ、一言で言うなら火事場のクソ力とでも言うべきかな。あれは脳がリミッターを外して筋力を上げるだろ?

でも魔力を使用する奴らは魔力のリミッターを外して普段以上の力を発揮する事があるんだ。それが魔力開放と呼ばれている状態だ」



「凄いですね! それじゃあレゼダさんもあの人に勝てるんですか?」

「さぁな、あくまで一時的な物だし、あの女はかなり強いから。早い所俺も加勢しなくちゃな……」

ルディは腹を軽く摩る

(まだ痛む、が……これならまぁ………行けるか? とにかくイリスの安全は絶対に確保しなくちゃだしな)

ルディはイリスを傷付けない事を第一に動くつもりである。その結果、レゼダを見殺しにする事も辞さない

もちろん出来るだけレゼダの身の安全も確保するつもりではあるが…………



「…………しかし妙だな」

「え? なにがですか?」

「あのサキュバス……ロゼというんだけどさ、さっきまでの勢いが全くないんだよ」


さっきまではルディを怯えさせるほどの迫力を有していたサキュバス。しかし今は人間のレゼダにさえ敵わない

魔力が尽きるにはまだ早い。四人の精を吸ったサキュバスはこんなものではないはずだ

「レゼダさんの言葉に自分のした事を反省したんじゃ……?」

「うん。それも多少は考えたんだけど、それとはどうも違うみたいだ」

(今までのアイツの言動からそれは恐らくない。だとしたら…………)

ルディは今までの戦闘から幾つかの案を模索する。なにがロゼを強化させたのか、なにかきっかけはなかっただろうか………

(魔力を吸収? いや、それならばダメージを受け無いはず……だとしたらなんだ? 一体………)




「ふっ! はぁっ!」

「きゃっ! ひぅっ! く、くそ!! شضغب:٣!」

「شضغب:٥!」

「嫌ぁああぁああっ!!」

戦況はレゼダが圧倒的な優位を保っていた

ロゼもなんとか起死回生を狙い火炎呪術を放つものの、レゼダはそれ以上の階級の火炎呪術を放つので、なにも通用していないのだ

既にロゼの顔には火傷が幾つかでき、全身も傷だらけであった



ーー


(やっぱり。さっきの呪術よりも階級が低いものしか使ってない。それに尻尾も全く機能していない。一体ーー)

「あの、ルディさん………こんな事を言うのは不謹慎かもしれないんですけれど…………」

「ん? なんだ?」

イリスがルディにおずおずと話しかける

「その………あのサキュバスさんが可哀想になって来て」

「アイツがか?」

「も、もちろんレゼダさんの部下を四人も死なせたのはいけない事だと思うんです! でも、あの様子を見ていると…………」

「そうだな」

今やルディたちの前で行われているのは魔族と人間の戦闘では無い。人間による魔族の処刑だ

ロゼは先程の勢いからは考えられない程失速しており、今は悲鳴をあげながらレゼダの大剣を必死に躱している状況だ

「哀れだな……」

「ルディさんッ!」

「悪い。イリスはロゼをどうしたいんだ?」

「………分かりません」

「まぁ何となくは分かるよ。助けたいけれど、それも憚られるんだろ?」

「……はい。今のサキュバスさんはとても可哀想で……なんとか助けてあげたくなるんです。でも……あの人が死なせた四人とレゼダさんの事を考えると………」

「そう簡単に助けることも出来ないよな」

「はい………それにあの人はもう少しでルディさんさえも……………それでも! 完全に憎む事が出来ないんです!!

変ですよね……こんな風に考えるなんて、絶対におかしいって分かってるのに!」

「…………いや、イリスは間違っていない。イリスはそのままでいていいんだ」

ルディは自分の胸で葛藤に震えている少女を優しく包む。それと同時に決意した


なんとかしてあのサキュバスを逃がしてやろうと


もともとルディは魔族だ。同族である者を助けて良心が痛む事などありはしない



(さて、それならどうやってアイツを逃がすか…………)

もちろん大々的にロゼに加勢することなどできもしない

しかしロゼを自力で逃げるように誘導しようにも、彼女は既に満身創痍。魔力開放状態のレゼダからは逃れられないだろう


(と、なるとだ。アイツの失速の原因、そしてさっきの迫力の原因を推理するしかないか)

(………とは言っても、もう既に大体の予想は付いてるんだけどな。だろ? 画面の前の諸君?)


そうなるとルディのすべき行動は全て決まる。正直ルディにとっても一か八かの作戦だ

「イリス。これから俺が何をしようとも黙って見守っていてくれ。頼む」

「ルディさん?」

キョトンとしているイリスに優しく微笑みかけ、ルディは一歩前へと出る

「イリス、しっかりと捕まってろよ! お前だけは俺が絶対に護る」




(さて、やってやるか……… レゼダ、悪く思うなよ)




そしてルディは戦闘中の二人めがけて手をかざした…………



投下終了です

サキュバス出すと決めた時はこの娘がこんなに出演するとは思わなかった……

そしてもっと話をコンパクトにまとめる技術が欲しい!

>>1

しかしなんだ、ブッ○さないのか

乙乙!

おつ



サキュバスという種の食事はもちろん性行為である

そしてそれは同時に、生物として最も無防備になる瞬間でもある

どのような生物でも食事、あるいは性行為の間は無防備になる

サキュバスの場合はそれが二重になっているのだから、他の生物と比べて何倍も無防備なのである

もしそんな時に敵が侵入して来たら……一瞬でなす術なく殺されるだろう


だからサキュバスは進化した


性的快感を貪っている間、身体の魔力が一時的に強化されるように………


ーー


「おいっ! こっちだ!!」

「む?」

「え?」

俺が大声に反応し、二人の動きが一瞬止まる

「شضغب:٦!」

その隙に火炎呪術を二人の足元めがけて放つ!

「うぉっ!」

「ひぁっ!?」

当然レゼダとロゼは飛び退いてそれを躱す。ロゼは無防備だ



「خضحفلنل:٧!」

そして間髪いれず水撃呪術の追撃。狙うは…………ロゼの鳩尾

「くっ……شضغب:٤……」

クク、いくら相殺を狙っても今のお前じゃ無理だぜ? はい、命中っと

「ぐっ……おぇ…………」

水球をまともに喰らったロゼは、惨めに地面にうずくまり必死に立ち上がろうともがいている

「ルディさ………むぐっ!?」

「大丈夫だ。ロゼは俺が殺させやしない」

イリスの耳元に優しく囁いてから、毅然とした表情を作りレゼダに声を掛ける

「レゼダ、 一度下がれ。このままじゃお前が死ぬぞ」

「なに?」

「気付いてないのか? そいつはさっきから全く尻尾を使ってない。恐らくお前が油断した瞬間をずっと狙っていたんだ」

そう言いながら大きくジャンプしてレゼダの傍に降り立つ

「まだアイツは本気ではない。怯えていたのも全て芝居の可能性が高い」

「しかしそれならどうしろと言うのだ」

「俺がもう一度様子を見る。俺が危ないだろうとアンタが判断したら手助けしてくれ」

「待て、その少女はどうするんだ?」

「俺が抱えている。心配しなくてもいい」

再び大きくジャンプして、今度はロゼのすぐそばに降り立つ



ここならレゼダには何も届かない

「よぉ、ロゼ。なかなか素晴らしい醜態を晒してるなぁ?」

「く………ルディ……!」

見下したように嘲笑う俺を、うずくまりながらも必死に睨んでくる

「その娘が………貴方の言っていた…大事な連れなのね………」

「ああ。可愛いだろ?」

「そうね…………憎たらしいくらいに………」

「ククッ…………そんな汚ねぇ口は地面とキスしてるのがお似合いだぜ? ほら、手伝ってやるよ」

「うぐぁ…………」

「クククッ……睨んでるんじゃねーよ。自分の立場分かってんのか?」

力を込めてロゼの顔面を踏み躙る

「ルディさん……? なにをやって………」

悪いなイリス。これしか方法がないんだ。俺の予想通りならこれでいいハズなんだ!

「イリス。しばらく耳を塞ぐ。صضننحغنة」

「え? あれ?」

空間障壁をイリスに展開。これでイリスにはなにも届かなくなった

「おい、どうしたよ? 性欲を満たす為だけに生まれて来た変態女」

グリグリと頭を踏み躙りながら嘲るように語りかける

「戦闘中にも関わらず発情しやがって………本当にテメェは変態だなぁ? もうとっとと死んじまえよ?」

グリグリと顔を地べたに押し付け、できる限り邪悪に笑って見せる



「おい? 聞いてんのかよ? おらっ!」

「ぐっ……あぅっ!」

頭から脚を離し、そのまま鳩尾を力一杯に蹴飛ばす

「何言ってんだ? 俺の質問に応えろよ? なぁ? おいっ!」

脚を振り上げもう一度鳩尾に蹴りを入れーーー



…………ぱしっ




乾いた音と共に俺の足首に強い圧迫感を感じる。クククッ、やっとか…………



「ふ、ふふふ………」



「ふっ……くく……あはは……………」





「くひひっ……くひゃはははっ!」



ん? なんか様子がおかしい気が………




「あっははははははは!!! ひゃあっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッッ!!!」



ヤバイ! やりすぎた! ぐっ!? 足首が………折れるッ!!


「くっ……」


逆足でロゼの手を蹴り飛ばし、ロゼの拘束から逃れる

ここは一旦下がった方が…………

「あっはぁ♡」

「うぉっと!」

さっきよりも明らかに長く伸びた爪が迫って来た! しかも今度はそれだけじゃない


「尻尾まで自由自在に使いやがって! さっきの比じゃねぇぞ!?」

「うふふふっ♡ だってぇ……すっごい感じちゃったんだもんっ♡」

「だもん♡ じゃねーよ! うわっ!? 痛ッ……」



この尻尾がヤバイ! ムチの様にはたいて良し、槍の様に突き刺して良し、縄の様に巻いて良し、対処が厄介だ

何度か手で受け流しているものの、その度に鋭い痛みが手を走る

「شضغب:٧!」

「شضغب:٧♡」

呪術も上級を使えるようになっている。これならイケる!

「はぁっ!」

「痛っ!」

強かに撓った(しなった)尻尾のムチを顔に喰らい、思い切り仰け反る

目の端で、俺目掛けて爪と尻尾を振りかざしているロゼを確認

そしてもう一人、こちらに大剣を構えて向かってくる男を確認

「はああぁあぁああああッッ!!」

「うぉおおぉおおおおぉおおおッッ!!」

悪いなレゼダ。少し眠って貰うぜ………


「كعلم!」


二人が俺を挟んですぐの場所まで近づいた瞬間、転移の魔術を展開。4mほど離れた場所に移動する

「なにっ!?」

「えっ!?」


その結果…………


ズブッ…………


「うぐっ……………がはっ…………!」



レゼダの右肩には爪、鳩尾には尻尾が突き刺ささる。レゼダは苦痛に顔を歪ませている

ロゼは最初こそ戸惑っていたものの、すぐに持ち直し爪と尻尾を引き抜く

「うっ………ぐぁああっ!」

「死んで」

そしてレゼダの身体に尻尾を巻き付け、思い切り地面に叩き付けた


「……っ…………………」

レゼダの身体が叩きつけられた瞬間、周りを轟音と強振が支配する。レゼダの身体は完璧に地面にめり込んでいた


やっと巡ってきたぜ……ここだっ!!


「نغمكنضحبك!」


「うぁっ!?」


土煙の中に微かに見える人影目掛けて拘束呪術を唱える。多分命中したな、声したし

「よし、成功だ! まさに計画通り」

一応警戒しながらロゼの方に歩いて行く。うん、大丈夫だな

「ءخيق」

土煙を風撃呪術で吹き飛ばすと、そこには血を流して横たわるレゼダと、なんとか拘束を解こうともがいているロゼがいた

「よお」

「っ!」

ロゼはビクッとしてこちらを見る。それはそうだろう。今は全く身動きが出来ないんだからな



「大丈夫だ。別に殺そうとは思ってない。むしろ逆だ」

「え?」

「俺はロゼを逃がしてやるつもりだって言っているんだ」

「え? えっ!?」

「イリスに感謝しろよ? こいつがお前を助けたいと言わなければ、俺はなにもしなかったんだからな?」

「ど、どうゆうこと? だって貴方………私にあんなに呪術を………」

「お前の力でレゼダを倒してもらうためだ。だからお前に快感を与えてたんだ」

「え?」

え? こいつ自分の性癖気付いてないのか?

「え? じゃない。お前、自分が俺からダメージ受けるたびに魔力が強くなっていた事に気付いてなかったのか?」

「う、うん………でもそれが何だっていうのよ?」


いや………本当に気付いてないの?



「お前さ……ドMだろ? それも超が付くほどの」


「……………………………………え?」

「普通サキュバスはドSと相場が決まってるんだが………珍しい奴だ」



呆然としているロゼを見下ろし、ふうっと息を吐く

「分かってんだろ? お前らは快感を感じると魔力が極端に上がる。魔力開放が起こるんだ」

「そ、そんな………私が……うそ…………でしょ……? ……でも確かに無茶苦茶にされる方が…………そんな……」

ロゼはショックに打ちのめされている。そこまでショックなのかねぇ?

「嘘じゃないって。ほら掴まれ。もう動けるだろ?」

「あ………うん」


ロゼの手を引っ張って立ち上がらせる。凄く軽いな………

「ところで、さっきからその娘全く喋らないけど?」

「ああ、こいつには空間障壁をかけてるからな。こっちからもこいつからも何も届かないんだよ」

実は戦闘の最中、何度もイリスに突かれていたんだけどな……… ずっと無視して済まなかった、イリス

「ふーん……私達の会話を聞かれない為?」

「まぁな。イリスにドMだとかドSだとか聞かせられるかよ」

「ふふっ………本当に大事にしてるのねぇ。いいなぁ〜」

「ああ」

ロゼはしばらくイリスを見つめていたが、やがて薄い笑みを浮かべた

「その娘が羨ましいわよ……… 私も貴方にもう少し早く出会えていれば…ね」

「は…はは………」

実際はロゼとの出会いの方が先だったんだけどな。出会いと言うか……なんというか………悪夢?



「ねぇ? どうしてもダメ? 一晩……ううん、たった一回でもいいの………ねぇ、お願いよ……」

サキュバスとしてではなく一人の女性として……俺に縋って来るロゼはとても美しい。少なくとも俺はそう感じた


……でも


「ダメだ。俺はそんな事をしたくない。理屈じゃ説明できないけどな」

「……………そう……」

ションボリとした目でこっちを見るなよ………なんか悪い事をしてる気がするだろ


「はぁ、分かったわよ……貴方の事はひとまず諦める。その娘に免じてね」

「そうか。よかったぜ……」

「それとね。その娘にお礼をしたいの。空間障壁を解いてくれる?」

「分かった。だがもし変な事を吹き込んでみろ? 今度はその首を打ち落とすからな?」

念を押してからイリスの障壁を解除する

「イリス、聞こえるか?」

「あっ! やっと聞こえました! ルディさんったら! 急になにも聞こえなくなって怖かったんですからねっ!」

「ははっ、悪かったよ。それよりもこいつから何か言いたい事があるらしい」

そう言ってイリスをロゼの正面に向ける

「あ………………」

「ふふっ、取って喰いはしないわよ♡ 少なくとも女の子はね」



「……………………その……」

「……はぁ…私も貴女のようにルディに抱きかかえて貰える可能性があったのかしらねぇ……悔しいわぁ……本当に」

「うぅ……………」

「ありがとう、イリスちゃん。貴方のお陰で私は助かったのよね?」

「い、いえ! ルディさんが頑張ったからで……」

「ううん、ルディもイリスちゃんに頼まれなければ私を助けようとは思わなかったみたい。本当にありがとう」

「………いえ…」

「それじゃあ私はもう行くわね。流石にもう疲れちゃったし……… ところでその男の死体はどうするの?」

ん? ああ、そうか。まだ言ってなかったっけ

「いや、まだこいつは生きてるよ。俺が障壁を張っておいたからな。全身を打撲はしてるけど」

「ふ〜ん、そうなの? それなら私が貰って行っても………」

「ダメだバカ! とっとと消えろ!」

「…………………………」

いや、そんな恨めしそうな目で見るな! 俺は間違ったことを言っちゃいないぞ!

「はぁ〜あ………分かったわよ。それじゃあね、また縁があったら会いましょう」

ロゼは羽を羽ばたかせて空に浮かぶ。ふぅ、この街ではいろいろあったけどこれで万事解決……



「あ、それとイリスちゃんにお礼をしてあげるわ♡ きっと喜んで貰えるわよぉ♡ ねぇ、ルディ」

なに急に人の顔を覗き込んでくるんだよ……


「なんだよ一体?」






「フフッ♪ قخضني♡」





「なっ!?」

こ、これ……は…………魅了…

「それじゃーねー♡ イリスちゃんに優しくシてあげてよぉ♪」

「ま、ま…………っく……ぐ…ぁ……」

ま、マズイ! 俺の理性がっ! ………くぁっ……

「ルディさん? どうかなさったんですか?」

俺の腕の中で俺を心配そうに見上げてくる一人の少女………いや、オンナ? メス?










「違うッ! イリスだッ!!」




「ひぁっ!? ルディさん! 大丈夫ですか!? 顔が真っ赤で……息も辛そうに………」




柔らかい…………


「さっきなにかされたんですか!? ひうっ!? お、落ち着いてくださいルディさん!」


落ち着け? おいおい、何言ってんだよイリス。俺は落ち着いてるぜ?


「そんな強く抱きしめると……く、苦しいかもです…………その、嬉しい…ですけど」


強いだって? いつもこんなもんだろ?


「ひゃっ!? く、くすぐったいです! そ、そんな汚い所……舐めないで………んっ…」


汚くないよ。イリスの身体ならどんな所でも……

この汗のせいで少ししょっぱい首筋なんか……すっごく美味しいぜ?


「な、なにするんですか!? そ、そんな…匂いなんか…………」


イリス独特の甘い香り。それが汗の匂いと混ざり合って少し甘酸っぱい…………


「いや………んっ………あっ……ひぅ………ルディ…さん…」



その表情は反則だ。もっとよく見せてく……れ……………?



ちょっとまて…………













なにをしているんだおれは?









「ぐっ…ぐぉおぉおぁぁあああああぁあああぁあああぁぁああああぁぁあああああぁあああぁあああぁぁああああぁぁあああああぁあああぁあああぁぁあああああぁあああぁあああぁぁああああっぁぁあああああぁあああぁあああぁぁあああああああああっっっっっっ!!!!!!」



ありったけの理性を総動員させる! これ以上先には行ってはならない!

99.9%以上と明言してあるんだっ! 残りの0.01%未満の確率をここで使うわけにゃいかねぇんだっ!!



「い、イリ…ス……は、離れ…ろ……」

「はぁ……はぁ……ルディ……さん…?」

「今っ……すぐ…俺か、ら離れろっ! 急げっ!!」

「わ、分かりましたぁ……はぁ……はぁ……」

やめろ! その表情と吐息! そして舌足らずな……うっ! ぐっ…ぁ………





「あ、うぐああぁああぁあぁぁあぁあっっっっ!!! خضحفلنل:١٥؟١٠!!」








あのサキュバスとんでもない置き土産して行きやがって!!






でもな………………一人の男として言わせてもらう



















いい夢見させて貰ったぜ!!




そして俺は水球の流星に身を打たれて意識を手放した…………



そして次に目を覚ましたのは病院のベッドだった……

そこで俺はこの街最大最強の敵と出会うことになった




ーー





「全く! なぜ一人で無茶をしたのですか! 生きてるのが不思議な位ですよ!

膨大な魔翌力を持つ魔族相手に無謀に突っ込むから、そんな大怪我を負わされるんです!」

「いや、まぁ、すみません……本当に………もう許して下さい」

「お連れのイリスさんはずっと貴方に付きっきりで心配していたんですからね! それをきちんと肝に銘じておきなさい!! 分かりましたね!! 返事はッ!!?」

「は、はいっ! 肝に銘じます!」

「しばらくの間ここから動かないこと! 分かりましたね!? それでは失礼します!!」

そう叩き付ける様に叫ぶと、年配の看護師はやっと病室を出て行った

「どうしてなかなか、人間のおばちゃんは迫力があるもんだ…… なぁ、イリス……」

ルディはそう呟くと、すぐ横で安らかな表情で眠っているイリスの髪を撫でた



ルディはあの日から丸一日眠っていた。この昏睡時間は、彼に取っても新記録であった

なにせ高密度かつ巨大な水球の流星を身体全身で受け止めたのだ。人間でなくても普通は死んでいる

もっとも今回の場合、ルディは自傷目的で放ったものであったから、無意識の内に大事に至らないような規模にはなったのだが……


「すぅーすぅー」

「ごめん…イリス。本当に心配してくれたんだよなぁ……」

イリスの顔には幾つもの涙の跡が残っている。それはルディにとって、これ以上ない程の苦痛だった

「俺も大分甘くなったよ本当に……… 昔は結構やんちゃしてたんだけどなぁ……」



イリスと出会う遥か以前だったならば、ルディは躊躇せずロゼを殺していただろう

実際今回だって、攻撃呪術に頼らずに拘束して首をはねる。これで簡単に済んでいたのだ

それが出来ないのは、独りぼっちの旅路で得た落ち着き。これが原因だろう

イリスと出会ってからは特にそれが顕著に出るようになった

イリスの前で荒っぽい言葉を使うのが、なんとなく憚られたりするのがその主な例だろう

「少し……昔のカンを取り戻さねぇと……イリスを護れなくなる」

ルディはしばらくの間平和ボケしていた事を自覚し、それを改善しようと決意を新たにしたのだった



ーー



レゼダが目を覚ましたのは、ルディの目覚めから四日後の事であった

全身を強く打ち付けており、こちらも死ななかったのが奇跡と皆に驚かれた

しかし身体への被害は甚大なもので、未だに身体を自由に動かす事が出来ないでいる

そんなレゼダがなにをする訳でもなくベッドに横たわっていると、急に病室のドアが開いた


「よっ、不自由そうだな」

「君か……君は大丈夫なのか?」

「幸いにも身体は丈夫に出来てる。それにあまりイリスに心配かける訳にもいかないからな」

薄い笑みを浮かべてルディはそう答える

「聞いているとは思うけど、サキュバスは取り逃がした。本当に済まない」

「いや、謝るのは私の方だ。君を危険な目に遭わせた」



「別にいいって。それ位なら今まで何度もあったからな。それよりも、あとどれ位で治るんだ?」

「分からんが、最低でも一週間は寝たきりだそうだ。その後も剣を握るのはだいぶ先になる」

「しばらく働き詰めだって聞いたからな、よく休め。俺たちはあの四人の葬儀まではここにいるつもりだ」

「分かった。なるべく早くに歩けるようにしよう」

「期待せずに待ってるぜ。そんじゃな、また来る」



そうして病室から出たルディの元に、イリスが広告片手に駆け寄って来た

「見て下さいこのお店! 美味しそうなケーキがありますよ」

「ケーキフェア? 俺も少し糖分摂りたいしな。行くか?」

「はい!」

笑顔で自分を見上げてくるイリスの頭にポンと手を置き、ルディは外へと歩き出す

「あ、でも食べすぎるなよ? 俺がイリスを抱き上げられなくなるから」

「わ、わかってますよっ! 大丈夫です!」

ぷくーっとほっぺたを膨らませて拗ねてる事を精一杯表現してくる



「えい」

「ぶーっ! って、なにするんですか!」

「いや、なんか膨らんでたからさ。突っつきたくなって」

「もうっ! ルディさんのバカ………」

「あはは………………ゴメンナサイ」


なんだかんだでこの二人も大分打ち解けて来たようだった




そしてさらに10日後……




ーー



生憎の晴天だった


いや、勿論こんな事を言ってもしょうがない事は分かっているけどな……そう言わずにはいられねぇだろ




四人の葬儀はこれ以上ない程の晴天の中で行われた

葬儀には、殉職という扱い故自警団員も全員が参列していた

もちろんレゼダもだ



「………………………………」

「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ?」

「なに、ちょっと寝不足なだけだよ。それよりもほら、俺らの番だ。焼香の仕方はわかるか?」

「はい、前の人たちのやつを見ていたんで………」

「ならいい」

「がんばります」


焼香を終え椅子に戻る。全く知らない奴らだったが、やはり人の葬式ってのは気が滅入るもんだよ




犯人のサキュバスを呼び寄せ、あまつさえ逃がしておいて何を言っているんだと思うか?




こんな俺を卑怯だ、偽善者だと罵るか?





……それでもいい





それが魔族として生きる者の宿命だからな………




読経を聞きながら、俺は何を考える事もせずただ座る

この結末が本当に最善であったのか、もっと上手に出来なかったのか

こんな事は考えるだけ無駄な事なんだから………



「…………グスッ……」

「?」


ふと鼻を啜る音に気付き横に目をやると、なんとイリスが泣いていた

そこまで感情移入できるような奴らではなかったと思うんだけどなぁ………

イリスって過敏症? いや、使い方が違うか……敏感症? なんかエロいな…………


まぁ……敏感であったけど…………って! それは考えるな!!



えっと、話を戻そう


イリスの場合、多分優しいってのとは違うんだよなぁ……人の痛みを自分の事のように感じれるって言うのか

とにかく、良くも悪くも他人の事を気遣いすぎるんだよなぁ。それがいつか悪い方に作用しなけりゃいいんだけど





……そしてさらに翌日




ーー




「レゼダ、見送りはここまでで結構だ。まだ身体の調子が悪いんだろう?」

「済まない。思い返せば、君には迷惑をかけてばっかりだったな。
挙げ句の果てには大変失礼な事を……」

「なに、もう迷惑をかけられんのには慣れてる。なぁ、イリス?」

「むぅ……どういう意味ですか……」

ははっ、ふくれっ面のイリスが凄く可愛い事に最近気付いてな。こんなやり取りが楽しくてしょうがない

「ルディさんが迷惑をかけてくれって言ったんじゃないですかぁ………もうっ!」

「分かった分かった! そんなに拗ねるなよ。ほら撫でてやるから」

「ふんだ! そんな事言っても騙されませんからね」

「あ、そう? それなら撫でなくてもいいのか?」

「……………………………………ん」


拗ねながらも頭をふいっと差し出してくる。本当に可愛いやつめ


「とにかくレゼダが気にする事は何もない。俺達は全然平気だからな」

イリスを撫でながらレゼダにそう言う。今までで最高に優しい声が出たぞ! 恐るべしイリスの癒しパワー…………

「済まなかった、そしてありがとう。せめてこれからの旅の安全を心から祈らせて欲しい」

律儀な奴だ。でもま、俺も大概かもしれないな

「祈るだけならタダだ。どんどん祈っておいてくれ。それじゃあな、行くぞイリス」

「はい。レゼダさんもお元気で」

「ああ。また、いつの日か会える時を楽しみにしている」


まぁ、もう二度と会う事もないだろうが



そうして俺達は森へと足を踏み入れた



ーー



「さて、これからどうする? 一応地図は買ったぞ」

ルディは羊皮紙をイリスに手渡して言葉を待つ。彼にはたびの目的などないのだから

「はい。ここから一番近い街の“シェーヌ”に向かいたいと思ってます」

「シェーヌ?」



ルディは地図を覗き込む。見た限りそう大きい街とは思えない

「なにか目的があるのか? こっちの“エカルラート”の方が、そう距離も変わらないし大きい都市だぞ」

「目的はあります。ルディさんは神話というものをご存知ですか?」

「神話……ねぇ。どの街にも一つはあるというアレの事か?」

「はい。私はそれを一つ一つ聞いて回りたいと思っているんです。そのダメですか……?」

「ったく、ダメなわけないだろ。俺には特に目的もないんだ。イリスに目的があるなら俺はそれをただ手伝うだけだよ」

「あ、ありがとうございます!」

「ははっ、どういたしまして」





この先の旅路がどうなるかなんて誰にも分からない


でも



「行くぞイリス!! 目指すはシェーヌだ!!」

「はいっ!!」






共に歩み出した二人の心には、これからの不安など欠片も存在していなかったに違いない


と、言うわけでウィスタリア編終了です

ご愛読ありがとうございました

乙です

もう次スレかなと思ったら300未満…ボリュームすごくておもしろいし、毎回楽しみにしてます!乙です!

おつ

確かにかなり読んだと思ってたわ

まだ楽しめるんだな


次の章に入る前に少しオマケ要素


半日クオリティですが、お茶請け程度にどうぞ



ローズ・イリシュテン様はこの物語を観覧して下さった皆様に、心ばかりの贈り物をなさいました


どうぞご覧下さい



"مهف سطمه بغ ءخنمضتخض"
"ض صفاكم خامس عختشن ضمبيفسم"


ウィスタリア神話


-美しき少女の贖い-



ある豊かな街に住む一人の少女

其の名はウィスタリア


彼女は世界で最も美しい存在であり、そんな彼女の元には数多くの男が求婚に訪れた

しかし彼女は誰に対しても絶対に首を縦に振る事は無かった

少女の母は問う


「なぜ貴女は誰にも首を縦に振らないの?」


少女は答える


「だって誰もこの私に相応しくないんだもの」


そう、少女はあまりにも美しすぎたのだ

それゆえ少女は自分以外の者を全て見下していた

友人も、隣人も、どんな男も、どんな女も、母や父でさえも、彼女にとっては醜い存在でしかなかった

そんな少女の元に来る日も来る日も絶えない求婚の嵐。それは彼女にとって苦行であった



そして少女は会話をする事を止めた

街行く老婆が助けを乞うても、小さな子供が泣いていても、いないものとして扱った

街の者全員を見下した

街の者はそんな少女を冷血だと思ったが、少女のあまりの美しさに、そのように口に出す者は一人としていなかった


やがて少女の元に求婚者は一人として来なくなる。少女はそれをとても喜んだ

しかし暫くすると、少女は今の状態に怒りを覚えるようになる


「なぜこんなにも美しい私に誰も求婚しに来なくなったの?」


少女は理不尽な怒りに蝕まれ、いつしか心を黒く染めて行った



そして少女は今度は自ら求婚者を集め、彼ら一人一人に無理難題を提示した


「もしこれに成功したのなら、私は貴方と添い遂げましょう」


ある者は神の加護無き西の地へ、またある者は水の加護無き東の地へと旅立つ。しかし誰一人として成功するものはない

少女は嗤う。彼らの滑稽で醜い姿を嘲笑う


「やっぱり私に相応しい者などこの世にいない。私こそが世界で唯一他に穢される事のない存在」



そんなある日、彼女は森で一人の少年と出会う

其の名はフィセル

森で狩りをして暮らしているという



彼は素朴で世の穢れを知らず、清く美しいこの森に最も近しい存在であった

そして、このような少年を弄ぶ事こそが少女にとって最も大きな喜びであった

少女は早速少年に対し無理難題を提示しこう告げた


「もしこれに成功したのなら、私は貴方と添い遂げましょう」


少年は最初きょとんとしていたが、やがて柔かに笑いながら少女に告げた


「僕では貴方のような美しい方とは釣り合いません」


少女は驚愕した。今までこのように返された事など一度もなかったからだ


「なぜ? 私は貴方と添い遂げてもいいと言っているのよ。これさえこなす事が出来たならば」


しかし少年の答えは、少女の望んだものではなかった


「貴女はあまりに美しすぎるから」



そして少女は少年に興味を持つ

その日から少女は、少年に会うため森に通い詰めた

ある時は少年を褒めちぎり、ある時は少年を貶し、またある時は少年を笑わせようとする

その度に少年は様々な表情を見せるが、少年は首を縦に振る事はなかった


いつしか少女は少年との時間を、幸福なものと感じるようになる

少年との狩りの時間、少年との釣りの時間、そして少年との会話の時間


少年の柔らかな微笑みが、少女の胸を鮮やかに彩ってゆく




そして少女は、いつしか少年に恋心を持っている事に気付いた



少女は言った


「どうか私と添い遂げてもくださいませ。私は貴方様を、心よりお慕い申し上げております」


しかし少年の答えは少女の望んだものではなかった


「君は僕と添い遂げてはいけない。だって僕は、君に相応しい身分でも容姿でもないのだから」


少女は言葉でダメなら……と手紙を書いた


手紙がダメなら……と詩を歌った


詩がだめなら……と高価な物をプレゼントした


しかし少年は首を縦に振る事はなかった



手紙を受け取った時は嬉しそうな少年も


詩を聞いた時は褒めてくれた少年も


高価な物は受け取れないと少し焦った様子の少年も


決して少女に振り向いてはくれなかった



それなら……と、少女は少年を街へと連れて行きこう言った


「私と一緒にいればこんなにも面白い物が観れるのよ」


少女の元には、今日も1人の男が無理難題を求めてやって来ていた

男は最初どのような事でもやり遂げて見せると意気込んでいた


その男に対し少女は口を開く


「貴方の父と母の心臓を私に捧げなさい。それを貴方の愛の証明とします」


これには男も仰天し、そんな事を出来るはずがない、と言った


「それなら私は貴方と添い遂げる事はないでしょう。その程度の愛情、私にとっては無に等しいのだから」


少女は男を嘲笑う。心の底から楽しそうな嗤い声をあげて



少年はその様子を黙って見ていたが、やがて踵を返し森へと歩いて行く

少女は慌てて少年に駆け寄った


「なぜそんなに怖い顔をしているの? 面白くなかったの?」


少年は問う


「君はこのような事をして胸が痛まないのかい?」


少女は答える


「私は世界で最も美しい存在。だからなにをしても許されるのよ」


少年はそう答えた少女をジッと見つめていたが、やがて口を開きこう告げたのだ














「君は世界で最も醜い存在だ。僕はそんな君をこれ以上見ていたくない」



少女はその言葉に膝から崩れ落ちる

まさか自分の事を醜いという人がいるなんて……しかもそれが自分の想い人だなんて…………


少女はその夜、一晩中泣き明かした



そして翌日、少女は再び森へと足を運ぶ



いつも少年と会っていた場所、花が咲き乱れる地へと赴く




しかし少年は少女の前に姿を現すことはなかった




少女は来る日も来る日も森へと足を運ぶ


雨の日も

風の日も

天の神が怒り狂った日でさえも


ただひたすら少年を想い足を運んだ


街の大聖堂では、ただひたすら祈り続けた


「どうか私にもう一度彼の笑顔を………………」



しかし少年は現れない

少女は日に日に衰弱して行き、やがて床に伏してしまう

それでも少女は森に通うことを止めはしなかった


そしてとうとう少女は森からの帰り道、倒れてしまう

すでに体はボロボロで涙は枯れ果て、喉は泣くことが出来ないほどに痛んでいた



そんな少女に誰かが声をかけてきた

少女が顔をあげると目の前には、いつも辛く当たっていた子供の姿があった

そしてある時は助けを請われても無視した老婆の姿があった

老婆は街の若い者を急いで呼び、少女を家まで運び看病する


そして子供は少女の代わりに毎日毎日森へと足を運ぶ

街の者は、毎日少女を見舞いにやってきた

またある者は、少女の代わりに神に祈りを捧げた


少女に与えられたのは人々の温もり、人々の優しさ




少女は涙した


それは少女が、初めて本当の美しさに触れた瞬間でもあった



少女は健康になった後、街の皆に謝礼と今までの謝罪をして回った

そして今まで無理難題を押し付けてきた男たち一人一人にも謝罪をし、誠意を持って求婚を断った

皆はそれを温かく迎えてくれた。それが少女にはとても嬉しかった

そして少女は決意する

これからは皆を平等に愛し、皆に平等に愛される存在となろうと



それこそが今も自分の心を占める最愛の人、フィセルへの贖罪になると信じて



少女は健康になった後、街の皆に謝礼と今までの謝罪をして回った

そして今まで無理難題を押し付けてきた男たち一人一人にも謝罪をし、誠意を持って求婚を断った

皆はそれを温かく迎えてくれた。それが少女にはとても嬉しかった

そして少女は決意する

これからは皆を平等に愛し、皆に平等に愛される存在となろうと



それこそが今も自分の心を占める最愛の人、フィセルへの贖罪になると信じて



そして2年の歳月が過ぎた


少女は街の者誰からも愛される存在となり、また街の者全てを愛する存在となっていた


皆は愛し愛され幸せに生きていた

しかしその幸せは突如終わりを告げる


隣国が攻めてきたのだ



少女は戦場となった街を駆け回り一人でも多くの人々を救おうとした

何とか皆を避難させ終えたものの、とうとう少女は敵国の兵に囲まれた


少女は敵兵に捕らえられその身を引き裂かれる


死の間際少女は神に祈る



神よ、どうか私の魂と引き換えに街の魂をお護りください…………



その刻、周囲を眩き神の光が埋め尽くした



あまりの眩さに少女は目を瞑る。敵兵も皆が目を瞑る


そして少女が目を開けると、目の前には少女の愛して止まない少年の姿があった


その身には神の鎧、手には聖なる槍



少年は少女に優しく語りかける


「君は早く逃げるんだ。皆を護る事が君の贖罪の証なのだから」


少年が手をかざすと、少女の傷は瞬く間に塞がり健常そのものとなる



少女は走った、愛する皆の元へ






その理由は贖罪のためだけでは決して無かった



避難場所で外の様子を伺っていた少女は、やがて外が静まり返ったのを確認すると街へと走った

数々の屍を超え、死に絶えた街をひたすら駆け抜けて行く


そしてとうとう少女は辿り着いた




街の中心には、佇む一人の少年。彼こそが少女がずっと待ち望んでいた想い人

少女は少年の胸に飛び込む。そして心溢るるままに泣き明かした

少年はそんな少女を優しく包み込んでいたが、やがて悲しそうな顔をして告げる


「僕はもう天に帰らなくてはならない。もう二度と会う事は出来ないんだ」

少年は武を司る神 エカルラートの息子であったのだ



少年の体は次第に光に包まれて行く

少女は少年を強く抱きしめこう言った



「私は貴方をお慕い申し上げております。たとえ天界に帰るのだとしても、二度と会えないのだとしても、この気持ちが変わる事はございません」


少年はそんな少女の頬を伝う雫を掬い取り静かに微笑んだ


「目を瞑って」


少女は言われたとおり目を瞑る



「君は世界で最も美しい。僕はそんな君を心から愛しています」



少女の唇を満たすのは柔らかな感触。これこそ少女にとって最初で最後の口づけ




再び少女が目を開けた時、最愛の少年の姿はもうそこにはなかった



かくして街は、少女ウィスタリアと武神の息子フィセルによって護られた



街の人々は少女の功績を讃え、街をウィスタリアと名付けた。そして未来永劫の繁栄を誓ったのだ









本当の美しさとは一体どのようなものなのか



貴方には分かりますか?



投下終了です

こういう神話みたいな超展開OKな奴は、普段書いてるSS程頭を使わなくていいので書きやすいですね

でも文体をそれっぽくしたり、ストーリーを考えるのは結構難しかったり

乙乙!
私はかなり好きですね
もうバンバン書いちゃって下さいよ

いいではないか

中々面白い神話だ

【お知らせ 兼 酉テスト】


次の章はストーリーを練ってるところなのでまだしばらくかかります

このまま何もしないのも心苦しいのでデータを漁ったところ、自分用に用意してあるキャラの設定がありました

ネタバレな部分を隠しての投下ならできますがいりますか?



用意してあるもの

1章 キャラ

ルディ
イリス

オルト
イビス
パール
ソモン


2章 キャラ

レゼダ
ロゼ



主要キャラの設定とかほしい

有るなら読みたい

縺��


今から投下時刻は不定期に人間組から
魔族達はネタバレを削るのが少し大変なので

あと、これ必要な設定なのか? てのもあるかと思いますが、もともと自分用のなのでご勘弁



ローズ・イリシュテン (イリス)

種族 : 人間
分類 : 旅人 (ローズ家 次女)
性別 : 女
一人称 : 私
二人称 : 貴方
歳 : 14
髪色 : 白
髪型 : 肩の少し下まで ストレート
眼色 : 薄い水色
身長 : 152cm
出身 : バームステン
武器 : なし
得意呪術 : なし
特殊呪術 : なし

【使用可能呪術】

なし

【特徴】

生物なら必ず持っているはずの魔翌力を全く有していない特異体質の少女。それゆえ名家であるローズ家では汚点扱いされていた

母からの拷問の末家から逃げ出しルディと出会う。そこで初めての優しさに触れ、ルディについて行く事を決意する

ウィスタリアで神話と出会い、それ以降街から街を神話を求めて旅する事を目的とする

ルディには特別な感情を抱いているが、それが恋愛感情なのか恩人に対する感謝と尊敬なのかは本人にも分かっていない

心優しく純粋で、人の心を自分のように感じる感受性を持つ。ルディに対しては特にそれが顕著である

とても不器用なので料理、食事、掃除などの作業を1人では充分にこなせない。それにルディは頭を悩ましている

自分よりも歳上の人間に囲まれて育ったので、姉という立場に憧れている。いつか年下の子供に「お姉ちゃん」と呼んでもらう事が密かな夢

2人目


ローズ・オルタンシャ (オルト)

種族 : 人間
分類 : ローズ家 家長・呪術剣士
性別 : 男
一人称 : 私
二人称 : 貴様
歳 : 50
髪色 : 白髪
髪型 : 短髪
眼色 : 灰色
身長 : 185cm
出身 : バームステン
武器 : 剣・ナイフ
得意呪術 : 水撃
特殊呪術 : 瞬間転移

【使用可能呪術】

火炎・水撃・雷撃・水撃・光・瞬間転移

【特徴】

大陸の中心とも言えるバームステンを治める名家の家長

その実力は人類の中では最高レベルであり、特に瞬間転移は世界でオルトのみが使用可能

家に絶対の誇りを持っており、それゆえ無能なイリスを許す事が出来なかった

冷静だが怒りによって状況判断力が鈍る事もあり、それは息子のソモンに受け継がれている

イビスとは幼馴染み。昔はやんちゃな行為を、彼女に止められる事が多かったようだ

最近、引退後を視野に入れた趣味作りとして料理を始めたが、その独創的かつ前衛的な見た目と味と臭いに、ソモンとパールが哀れにも犠牲になった………

>>289
ミスです

>>288

無様に死んで欲しい糞キャラに、愛嬌を足すような設定は今さら見たくなかった

あ、ただの個人的感想なんでどんどん好きに書いてくださいw

乙乙?

わっふる

>>291
個人感想は大歓迎です

しかし、どんな人間にだってこんな所はあるだろうと言うのが私の持論ですので、こればかりはご容赦願います

これからもいろんなキャラ紹介して行きますが、ほぼ全てのキャラにこんな所が多々あるので、ご注意お願いします

だいたいの場合は構想を練ってる時のボツネタなんですけどね……



3人目


ローズ・イビス

種族 : 人間
分類 : ローズ家 母・呪術士
性別 : 女
一人称 : 私
二人称 : 貴方
歳 : 48
髪色 : 黒
髪型 : 背中あたりまで
眼色 : 紫色
身長 : 160cm
出身 : バームステン
武器 : なし
得意呪術 : 拘束
特殊呪術 : なし

【使用可能呪術】

拘束・火炎

【特徴】

ローズ家に嫁入りした女。イリスの実の母

オルトがイリスを無視していた事をいい事に、イリスを拷問して楽しんでいた

拘束呪術には自信があり、無言で詠唱してもその威力は絶大。それだけにルディに通用しなかった事は最大の屈辱であった

イリスがいなくなった後は何もなかったかのように生活を続けている

オルトとは幼馴染み。物心ついた頃からオルトが好きで、その愛は今尚衰えていない

実はお笑いが大好き。ローズ家に嫁入りしてから大声で笑えなくなった事に不満を感じている

4&5人目



ローズ・パール

種族 : 人間
分類 : ローズ家 長女・呪術剣士
性別 : 女
一人称 : 私
二人称 : 貴様・貴方
歳 : 20
髪色 : 銀髪
髪型 : 肩まで
眼色 : 薄い橙色
身長 : 165cm
出身 : バームステン
武器 : 細身の剣
得意呪術 : 火炎
特殊呪術 : 味方の呪術の操作

【使用可能呪術】

火炎・風撃

【特徴】

ローズ家長女。家には絶対の自信と誇りを持つ呪術剣士

その実力は高く、既にバームステン自警団員に指揮を取る立場である

細身の剣を手に魔物を切り捨てるその優雅な姿は、見る者全てを魅了する

実は大してイリスの事を嫌ってはいなかったが、家の風潮や雰囲気からイリスを虐めるようになった

イリスが家から出て行ったと聞いてから、それまでのイリスに対する仕打ちを後悔している。本当はイリスと仲良くしたかったのかも知れない

いつも凛とした態度をとっているが、可愛い物が大好きで部屋は人形だらけ。寝る時は大きな人形を抱いて眠っている



ローズ・ソモン

種族 : 人間
分類 : ローズ家 長男・呪術剣士
性別 : 男
一人称 : 俺
二人称 : 貴様・お前
歳 : 19
髪色 : 黒
髪型 : 短髪
眼色 : 青色
身長 : 176cm
出身 : バームステン
武器 : 剣
得意呪術 : 雷撃
特殊呪術 : なし

【使用可能呪術】

雷撃・火炎

【特徴】

ローズ家長男。プライドが非常に高くすぐに激昂する

実力は低くは無いが、その性格ゆえ細かいミスをし統率者には向かないという評価をされている

戦闘では力任せに叩き伏せる事に走りがちで、戦略を立てる事が苦手

イリスの事は家風から毛嫌いをしており、自分のイライラをぶつけるのに最高の‘人形’であった

家からいなくなった後も大して気にしている風ではなく、むしろ気にしている姉を不審に思っている

姉と比べて実力が劣るのがコンプレックスで、いつの日か見返してやろうと日々鍛錬を重ねている

実は無類の動物好き。しかし彼に懐く動物は20年間の人生で一匹すらいなかった

2章


レゼダ

種族 : 人間
分類 : 自警団 副団長
性別 : 男
一人称 : 私
二人称 : お前・君・貴様
歳 : 47
髪色 : 茶髪
髪型 : 短髪
眼色 : 栗色
身長 : 182cm
出身 : ウィスタリア
武器 : 大剣
得意呪術 : 火炎
特殊呪術 : なし

【使用可能呪術】

火炎・雷撃

【特徴】

ウィスタリア自警団の副団長を務める男。部下からの信頼は厚く、上司からも全幅の信頼を寄せられている

本来ならば自警団団長のポストに就ける実力者だが、本人はそれを望まず副団長の立場に落ち着いている

過去に自分の失態で友を失っており、その忘れ形見の4人を独り身でありながらも、息子のように育てて来た

その息子4人を一瞬で失った彼の心を癒せる者は果たして現れるのであろうか……


読書が趣味で休日は書店に足を運ぶ。買う本を選ぶため粗筋を読もうとページをめくり、そのまま没頭して店主に叱られる事が多い


これで人間は全員ですね

あとはルディとロゼ



カルディナル (ルディ)

※ウィスタリア出発直後の状態


種族 : 魔族
分類 : ????
性別 : 男
一人称 : 俺
二人称 : アンタ・お前
外見 : 17歳程度
実歳 : ????
髪色 : 漆黒
髪型 : 長髪 ストレート
眼色 : 漆黒
身長 : 170cm
出身 : ????
武器 : なし
得意呪術 : 古代呪術・魔力集中
特殊呪術 : 魔力布・魔力糸

【使用可能呪術】

火炎・雷撃・風撃・水撃・光
氷結・物理障壁・呪術障壁
空間障壁・拘束・魔力集中・混乱

????
????
????
????
????
消滅の呪術 (竜巻)



【特徴】

世界を旅する魔族の少年。外見は17歳程度だが、実際の年齢は明らかになっていない

非常に整った顔立ちをしており、街に入れば道行く女性の5人に4人は振り返る。本人に自覚はあるものの、それを煩わしく思っている

他の魔族と比較しても強力な呪術、膨大な魔力を有している故、人間を殺さないように戦う事が大の苦手。結果としていらない苦戦を強いられる事が多い

イリスの事を第一に考え行動し、その結果自分や赤の他人が傷付く事になろうとも躊躇はしない

普段は冷静だが意外と熱血な一面もあり、他人のために怒りを表す事もある

苦い物が大の苦手。以前、別の大陸でコーヒーを飲んだ時、思いっきり目の前の人に吹き掛けてしまい土下座した事がある



グロゼイユ (ロゼ)

種族 : 魔族
分類 : サキュバス
性別 : 女
一人称 : アタシ・私
二人称 : 貴方
外見 : 20歳
実歳 : 12歳
髪色 : 赤
髪型 : 長髪 軽いウェーブ
眼色 : 赤
身長 : 164cm
出身 : バームステン近辺の森
武器 : 尻尾・爪
得意呪術 : 全体的に不得意
特殊呪術 : 魅了・魔翌力集中

【使用可能呪術】

火炎・水撃・魅了・魔翌力集中

【特徴】

サキュバス年齢はまだ12歳のひよっこ

艶やかな表情と仕草で男を誘惑し食事を行う。12歳と言えどもその性欲は留まる所を知らない

戦闘力は前回の食事の質と量によって変化し、ルディと戦った時は相手が彼でなければ敵う者のいない程の力であった

食後に餌を[ピーーー]のは本能。人間が食べた後に片付けをするのと同じ事である

攻められるのが好きなドMだが、本人には自覚症状はなかった。好きな人にはとことん攻められたい。なのでルディは、彼女を[ピーーー]か拘束するか以外で止める事は出来ない

空腹時にルディを森で見かけて襲いかかった際に一目惚れした。その愛は本物であるが、魔族故にその表現が歪んでいる

冷え性なので薄くて際どい服を着れないのが悩み。翼と尻尾を厚手のセーターとロングスカートにしまい込み、今日も彼女は薄い服を着ている女性を涙目で見つめている

saga忘れたのでもう一度投下



グロゼイユ (ロゼ)

種族 : 魔族
分類 : サキュバス
性別 : 女
一人称 : アタシ・私
二人称 : 貴方
外見 : 20歳
実歳 : 12歳
髪色 : 赤
髪型 : 長髪 軽いウェーブ
眼色 : 赤
身長 : 164cm
出身 : バームステン近辺の森
武器 : 尻尾・爪
得意呪術 : 火炎
特殊呪術 : 魅了

【使用可能呪術】

火炎・水撃・魅了・魔力集中

【特徴】

サキュバス年齢はまだ12歳のひよっこ

艶やかな表情と仕草で男を誘惑し食事を行う。12歳と言えどもその性欲は留まる所を知らない

戦闘力は前回の食事の質と量によって変化し、ルディと戦った時は相手が彼でなければ敵う者のいない程の力であった

食後に餌を殺すのは本能。人間が食べた後に片付けをするのと同じ事である

攻められるのが好きなドMだが、本人には自覚症状はなかった。好きな人にはとことん攻められたい。なのでルディは、彼女を殺すか拘束するか以外で止める事は出来ない

空腹時にルディを森で見かけて襲いかかった際に一目惚れした。その愛は本物であるが、魔族故にその表現が歪んでいる

冷え性なので薄くて際どい服を着れないのが悩み。翼と尻尾を厚手のセーターとロングスカートにしまい込み、今日も彼女は薄い服を着ている女性を涙目で見つめている


本編は24時位に投下予定

おつ



第3章 1話


【豊穣の街シェーヌ】




透き通る様に静かな森を3台の馬車の音が響いていた


凹凸のある地を、車輪がガタン、ゴトンと規則正しい音色を奏でている

その音色は静かな森と調和し、より一層その静けさを強調していた



そんな馬車の中の一台、一番先頭を走っているものの上に、1人の少年が寝転んでいた

漆黒の髪は腰まで長く伸びており、同じく漆黒のローブをその全身に纏っている

「…………………………………」

少年は暖かい陽射を全身で受け止めて、ぐっすりと眠っているようだ

「お〜い! ルディ! ルディってば! 」

そんな時、馬車の中から1人の少年が出て来て、馬車の上にいる少年に声を掛ける

オレンジ色の短髪と身動きの取り易そうな薄手の服を身に纏っており、見るからに活発そうな少年であった



「おいって! 起きてる? まさか寝てんのかよ! おいって!」

「…………………………………」

「返事がない……まさか………」

少年は馬車から身を乗り出すと、側面を伝って屋根に登る

「すぅすぅ………んぅ…」

「やっぱり寝てやがる! おい起きろ!」

「あてっ!」

オレンジ髪の少年は馬車で寝ていた少年の頭を小突き無理やり起こす

黒髪の少年は寝ぼけ眼で頭をさすりながら、静かに身体を起こす

「なんだ? もう食事の時間か?」

「食事の時間か? じゃねぇだろ! なに寝てるんだコンチキショウ!」

オレンジ髪の少年は黒髪の少年に詰め寄りながらそう言う

「生物が眠るのは当然だろう………ふあぁ……寝る」

「だから待てと言っとるだろうが! ルディがそんなんじゃもしもの時にどうすりゃいいんだよ」

「大丈夫だ。そんじょそこらの魔物なら一瞬で片付ける」



「だぁ〜かぁ〜らぁ! 急に襲ってくる場合もあるだろ!」

「心配ない。ちゃんと感知魔術を使ってる。ここから100mの所まで近付いたらすぐ戦闘体制にはいる」

「それならなんで今俺の攻撃を感知出来なかったんだよ?」

「これは術者を中心として円状の膜を張るタイプだからな。最初から縁の内側にいられたらどうしようもない」

「へぇ〜、魔術ってのもそこまで万能じゃないんだな」

「いや、膜じゃなくて内側を満たすのもあるぞ。ただそれをすると魔力を大量消費するし……」

「するし?」

「内側のどんな動きも感知しちゃうんだよ。例えばシトロ、お前が鼻をほじったりした時とかもな」

「マジかよ!?」

「マジ。やめた方がいいだろ?」

「そうだな。やめてくれ」


シトロと呼ばれた少年は、ルディと呼ばれた少年の隣にドサっと乱暴に腰を落とした


「なぁ、その感知魔術ってのはどんな感じで入って来たって分かるんだ?」

「ん〜? そうだな……なんとなく肌を触られるような感じかな。それを10倍くらい鋭くした感じだ」



「ふーん………寝てても分かる物なのか?」

「慣れりゃあな。俺くらいなら楽勝だ」

「本当かぁ〜? そんなに強そうに見えないけど?」

その言葉にカチンと来たのか、ルディはムスッとして言い返した

「おい、誰がシトロを含むこの行商人達を助けたと思ってるんだよ……」

「あ、ああ……そうだったっけな。すっかり忘れてた」

「忘れるなよ………俺達が通りかからなけりゃ死んでてもおかしくなかったんだからな」

「へいへい、よ〜く肝に銘じさせて頂きますよ」

戯けて見せるシトロに、ルディはやれやれといった表情を向ける

「まぁとにかくそういう事だ。魔物対策は万全だからもう一度寝る」

ルディはそう言うとゴロンと横になり目を瞑る



「え? ちょい待て。俺はお前に用事があってだな」

「後にしてくれ。今はなにを言われてもここを動く気はしないから」

「いや、イリスちゃんがお前を呼んでーーー」

イリスという単語が出た瞬間、ルディの目がクワっと開かれた

「كعلم!」

次の瞬間、詠唱と共にルディの身体は消えていた

「はやっ! 転移魔術使ってまで!?」




ーー




ここはウィスタリアからおおよそ6日程の場所である

現在ルディとイリスは、とある行商団に同行してシェーヌへと向かっている所だ


その理由は今から3日前に遡る


彼らが街を出てから約3日後、3台の馬車が魔物の群れに襲われているのをルディが見つけたのである

もちろん彼がそんな人達を放っておく事も出来るはずがなく、一瞬で魔物の群れを追い払ったのだ

それがいまルディ達が同行している4人で構成された行商団だ

そのまま成り行きで用心棒となり同行する事になったのである



全員で4人の小さな団だが、その規模はかなり大きく、武器、防具、衣服、食糧など幅広く取り扱っていて、その種類も充実している

そんな中で自称最もルディと歳が近いのが、先程のシトロという少年である

見た目が同じ年齢のルディに気さくに話しかけて来る感じの良い少年だ

ルディもルディで、今まで気の置けない関係を築く事は少なかったため、この関係を多少は楽しんでいる様だ


尤も、ルディの方が遥かに歳上である事に変わりはないのだが……





ーー




「おい、イリス。俺だ」

ルディは転移魔術で3番目に走っていた馬車に移動し、外から声を掛ける

この3台の馬車はそれぞれ居住スペースになっていて、これは女性専用の馬車なのだ

やはり男として、ズケズケと女の子達の空間には入る事は出来ない


「それにしても何の用なのやら………ん?」

何の気なしに呟いたルディの耳に、中から小声が聞こえてきた

ルディは悪いとは思ったものの、好奇心には勝てずに馬車に耳を付けて様子を伺う

尤も、女の子の小声というのは往々にして通常より大きいものであるので、耳を澄ます必要も無かったが



『ほら、ルディくん来ちゃったよ? いつまでうじうじしてるの!』

『うぅ………だってぇ……』

『大丈夫だって! すっごく似合ってるから! ね、サラもそう思うでしょ?』

『ええ、わたくしもイリスさんの可愛らしさを十分に引き立てる、素晴らしい服装だと思いますよ』

『ほらほら! 美人のサラもそう言ってるんだよ? 大丈夫だってば』

『ウフフ、クランさんもわたくし以上に可愛らしい方ですよ』

『うはは! サラにそう言われると勘違いしちゃうってばぁ! 相変わらずお世辞がウマイねぇ、このこのぉ!』

『お世辞ではありませんよ? イリスさんもクランさんも、わたくしには無い特別な物をお持ちですわ』

『本当に!? こりゃ将来が楽しみだねぇ〜 あ、忘れてたけどルディくん! 早く入って』

『ちょ、ちょっと! ダメですってばぁ! ルディさんは入らないで下さい!』

『あぁもぅ! 絶対に大丈夫だっての!』

『ふふっ、イリスさんは恥ずかしがり屋ですね。仕方ありませんわ』



突如馬車の垂れ幕が上がり1人の女性が出てきた

黒く艶やかな長髪をたなびかせ、とても清楚な雰囲気だ

非常に柔和な表情をしており、それは見る者全てに安心感を与えるだろう

白く上品な絹のローブを着ているのも、その柔和な雰囲気を際立たせている



「来て下さいましたね、ルディ様。お待ちしていました」

女性はルディに深々と頭を下げて挨拶をする

「ああ、イリスに呼ばれりゃ一散目に駆けつけるさ。それとそのルディ様ってのはいい加減止めてくれないか?」

ルディはくすぐったそうな表情をして女性に言う

「そんな事は出来ませんわ。ルディ様はわたくし達の命を救って下さった大切な恩人なのですから」

「別に気にしなくていいってのによ。それにサラの方が俺より歳上だろ? 俺が敬語使う方が自然じゃないか?」

「確かにわたくしの方が多少歳上です。しかし旅の経験はルディ様の方が遥かに上ですわ」

「ん…… まぁな」

ルディは何も言い返せずに閉口する。このサラという女性には、なにか逆らい難い雰囲気があるのだ


「そんな事よりなんで俺を呼んだのか教えてくれよ。さっきからイリスの叫び声しか聞こえないし」

「ええ、それはですね………」

『ひゃああぁあぁっ!!』

『観念しろ! アタシの作ったドレスが着れないってのかぁ〜!!』

『もう着てますよぉ! 止めて下さい! それはダメですってば!!』



「なぁ、なにがダメなんだ?」

ルディは馬車の中を指差してサラに問いかける



「うふふ、見てからのお楽しみですわ。どうぞお入りください」

『ダメ〜!!』

流石のルディも好奇心には勝てなかった

ルディは垂れ幕を手で押し上げながら馬車の中に入る


そしてイリスを見た瞬間…………彼の時間が止まった






一瞬置物と見間違う様な純白の髪


その髪色に負けず劣らずの白く滑らかな肌


唇は何かを塗ったのだろうか、綺麗な薄ピンク色


そして顔は恥じらいで紅色に染まり、上目遣いでこちらを見る目は潤んでいる


そして何よりも特徴的なのは、その身に纏う純白のドレスだ


きめ細かい繊維で作られたであろうそれは、主を幾重もの布で護っていた


しかしその透明感は全く薄れておらず、厚ぼったい印象を見る者には与えない







美しかった



どんな喩えも装飾も必要ない





ただ美しかった




「…………………………………………」

「ありゃ〜完全に止まってるね、
ルディくん。お〜い、生きてるかぁ〜い?」

イリスと一緒に馬車の中にいた女性がルディをツンツン突っつくが、何の反応もない

「揺すっても反応しませんわね。大丈夫でしょうか……?」

サラそんなルディを心配そうに見つめている

「仕方ないね。アタシに任せとけ! えぃっ!」

女性はルディの真正面に立つと、構えを取りそして拳を突き出した

「痛えっ!」


流石のルディもこれには仰天する


「お目覚めかなルディくん?」

「目覚めたよ。これ以上ないくらいにパッチリとな」


ルディに対して人中突きをしてきたこの女性はクラン

年齢はシトロの一つ上。ボーイッシュで活発な少女である


「全く……なんだって固まっちゃうんだよ〜 男ならこういう時こそビシッと一言決める時でしょ〜?」

「いやまぁ全くもってその通りなんだけどな? いきなりこんなもの見せられたら誰だって止まるぞ!」

「そりゃもう! アタシの作ったドレスだからね! 凄いだろぉ〜♪」

クランはそのただでさえ大きな胸を、これでもかと言うくらいに張って得意げな顔をする



「ああ、正直驚いた。ここまでイリスに似合うものを作るとは思わなかった」

「イリス〜 ほらね? 大成功だったでしょ! アタシの仕立てに間違いは無いのだぁ〜!」

「…………………………………」

「イリス? なに惚けてるんだよ? お〜い!」

イリスは先ほどから立ったまま動いていない

漫画で例えるなら顔から湯気が出て、立ったまま気絶していると言った所だなとルディは心の片隅で考える

尤も、この現実世界でそんな事が起こるわけがーーー




「クランさん、ルディ様………イリスさん、立ったまま気絶してますわ………」



これにはルディもクランもひっくり返ってしまった




ーー




「はっはっは! それは災難だったな」

馬の手綱を引いている男は豪快に笑ってルディを見る

「笑い事じゃ無いですよ。あの後イリスを冷ますのに必死だったんですから」

結局あの後ルディは氷結の魔術を使ってイリスを冷やしたのだ

「でもまぁ君にとっては眼福だったんだろう? なら良かったじゃないか」

「いや、まぁ………そうですね」


先頭の馬車で馬の手綱を引いている年輩の男の名はルイ

非常に大柄な男で、ルディの頭一つ以上はあるだろう

この行商団のリーダーで、実質的に父親とも言える男である



「しかしクランのドレスの仕立てには驚きましたよ。まさかあんな凄いものが仕上がるとは」

ルディも正直甘く見ていた。あの見るからに野生的なクランが、あそこまで繊細なものを作り出すとは思えなかったのだ


「あの娘は俺たち全員の服を作っているからね。これもなかなかいい出来だと思わないか?」

そう言ってルディに見せてきた服は、何かの革で作られたものであった。焦茶色で見るからに丈夫そうな服だ

「以前仕入れたウィメフェンの皮で作ってもらったものでな。お気に入りなんだ」

「ウィメフェンですか。アレは肉は硬くて食えたものじゃないですね」

「そりゃ元々食用ではないからな。君は食べた事あるのか? 普通肉は市場に並ばないはずだが……」

「ええ、以前森で群れに襲われましてね。その時に焼いたり煮たり色々試しました」


ウィメフェンとは大きな肉食の魔物で、牛と犬を足して2で割った外見をしている魔物である

見た身は食用に向いている様に見えるが、肉は硬く独特の臭いを持つのでとても食用にはならない


「はっはっは! あのウィメフェンの群れを追い払うとはな! 俺達は成り行きでなんとも凄腕の用心棒を獲得したようだ」

ルイは愉快そうに笑いながらルディの背中をバシバシと叩く

その度にルディの顔は痛みで歪んでいる。ルイに悪気はないのだが如何せん力が強すぎるのだ



「別に用心棒でいるつもりはありませんよ。そちらが勝手に用心棒と呼んできたんじゃないですか」

痛みに耐えながらルディはそう言う

「いやなに、こう言っておけばもしもの時に護ってくれるだろ? 期待してるよ」

ルイは飄々とそう言ってのける。この位でないと行商人にはなれないのだろう

「はは、それならシェーヌに着いたあと用心棒代を頂きましょうかね。120エカでどうです?」

ルディはトボけた表情を見せてそう言う

「はははっ! なんだその金額は! 子供のお駄賃じゃないか」

「それなら色を付けて240エカでどうです? いやいや、欲を言って500エカでもいいですか?」

もちろんルディには最初から金を取る気なんかない。むしろここに置いて貰っている事を感謝しているくらいだ

それはルイにも通じた様で、彼は自身のお腹をバシバシ叩きながら豪快に笑っている


「全く、俺をバカにしやがって! シェーヌに着いたら現金で50万エカ渡そう」

ルイは笑いながらそう平然と言ってのける

しかしこの発言にルディは仰天した

「50万? いらないですよそんな大金!!」

「遠慮するな。俺達の命を救ってくれたせめてもの礼だ。むしろこの程度の礼しか出来ないのが恥ずかしいくらいなんだがな」

確かに一人の命に換算するとたかだか12.5万エカではある……… しかしそれとこれとは話が別だ

ルディはさらに遠慮しようと口を開きかけるが、ルイに阻止されてしまう



「いいから黙って受け取ってくれ。他にも欲しいものがあったならば何でも言ってくれ!」

ルディはまだなにか言いたそうにしていたが、やがて何かを閃いたのだろう

「ありがとう。ここまで言われて拒否するのは失礼だし、ありがたく貰っておきます」

こうルイに告げて馬車に寄り掛かった


「おーいルディくーん! イリスが目を覚ましたよ!」

その時、後ろからクランの大声が聞こえてきた

「すみません、ちょっと行ってきます」

「ああ」

ルディはルイに声をかけて立ち上がり、馬車の上を伝って最後尾を走る馬車まで向かう

馬車の中に入ると、イリスはもう意識を取り戻していた

先程のドレスは脱ぎ、今は布製の薄い服を着ている

「イリス、大丈夫か?」

「は、はい…… すみませんでした心配かけて」

「それにしてもなんで急に気絶なんかしたのさ? 別にそんな変な事してないのに」

クランはケラケラ笑いながらそうイリスに問いかける

それに対してイリスは、モジモジしながら答えた

「えっと、その……ルディさんにですね………ジーッと見つめられて……恥ずかしくて…頭がポーッとしちゃって………気付いたら…」

「お、俺のせいなのか?」

ルディは素っ頓狂な声を上げる

まさか自分が原因とは思ってもみなかったのだ

「ありゃりゃ〜 ルディくん! これはなにかセキニンを取る必要があるんじゃないかな〜?」

クランはニヤニヤと八重歯を光らせながらルディにそう言う



「セキニンて……どうすりゃいいんだよ?」

「ん? え〜っとねぇ……取り敢えず謝ってみたら?」

ルディはガクッとよろけさせられた。これではセキニンを取ると言うよりもただの謝罪である

でも確かにクランは間違ったことは言ってない。イリスの静止を無視したルディにも原因はあるのだ

「済まなかったイリス。入るなと言われてたのに入ったのは俺が全面的に悪かった」

尤も、その結果として素晴らしいものが拝めたわけだから後悔はしてないのだが……

「い、いえ! ルディさんは悪くないですよ! 私の方が勝手に気絶しちゃったんですから!」

「まぁまぁ、こう言う場合は男の方が謝ると相場は決まっているのだよ!」

相も変わらずニヤニヤ笑っているクラン。こういう時の女性は男を子供扱いするほど強い!

「そう言えばサラがいないけど、どうしたんだ?」

ルディは慌てて話題転換を図る

「んあ? サラなら真ん中の馬車にいるよ。もうすぐシェーヌだから売り物の整理をシトロと一緒にしてる」

「そうか。それなら俺も手伝いに行こうかな」

「あ、私も行きます!」

ルディの声に反応してイリスも立ち上がる

「アタシもついて行きたい所なんだけどさ……アタシが手伝おうとすると何故か2人とも必死で止めるんだよねぇ〜 なんでだろ?」

初日にクランが商品をつまみ食いしていたのを知っているルディとしてはツッコミを入れたいところであったが、そんなことはしない

そんな事言ったらその瞬間、人中突きが飛んで来ることが想像に難くないからだ



「ま、ゆっくり休んでな。行こうぜ、イリス」

「はい。クランさんはここでゆっくり休んでいてくださいね」

「うわーん! 寂しいよー!!」

子供のようにジタバタしているクランに手を振って2人は馬車の外へと出て行った





ーー




「おい! 見えてきたぞ、シェーヌだ!」

「マジ!? やっと着いたか!」

外から聞こえてきたルイの声に反応しシトロが馬車から出て行く

「ルディさん! 私たちも行きましょう!」

イリスは立ち上がってルディの腕をグイグイ引っ張りながらそう言った

「いや、まだ整理が残ってるし………」

「大丈夫ですよ。もうすぐ終わります。どうぞ行ってきてください」

ルディが困った様子を見せていると、サラが微笑みながらそう言って来てくれた

「分かった、ここは素直に甘えておくよ。行こう」

ルディがイリスに手を引かれて馬車から外に出ると、そこには巨大な堀にかけられた一つの掛け橋が見えた

その橋の向こう側には、大きな木製の門が街を守るように閉じている

また、ここにも街の周りを覆う塀があるものの、他の所と比べると小さめだ

「シェーヌは今までとは違って高い塀がないんですね」

イリスも物珍しそうに目をパチクリさせている



「その理由は中に入れば分かるさ。さて、やっと静かに休める………」

ルイは大きく背伸びをしてホッとした表情を見せると、手綱を引き馬を走らせる


「はい、手形だ。手続き頼むよ」

「ようこそおいで下さいました。只今門を開きますので少々お待ちください」

番兵に通行手形を見せると、橋の先にある巨大な門が重々しい音を立てて開き始めた

そして門が開ききった瞬間、ルディとイリスは感嘆の声を上げる事となる



「ようこそ、豊穣の街シェーヌへ」



笑顔でルイが指す街中は……一面が金色に輝く稲で覆い尽くされていた



投下終了です

おっつん


魔法がアラビア語なのは何か意味アリ?

>>321
>>83では足りないのか?

あ、すまん見落としてた



第3章 2話


【麦と酒場と行商団】



シェーヌの街は上空から見ると巨大な円状になっている街である

街内部の周囲は畑、田、果樹園で覆い尽くされており、それは街全体の面積の70%を占めている

つまり円の中心部である残りの30%に、この街の機能は集中しているのだ

そして今まさに、その中心に向かって歩を進めている集団がルディとイリスを含む行商団であった



「それにしても本当に綺麗ですね。まるで絵本の中みたいです」

馬車から降りて歩いているイリスが、自分の周りを見回しながらそう言う

なにせ周りは黄金色に輝く、高さ3m程の稲で覆い尽くされているのだ。ルディでさえここまでのものは見た事がない

一応馬車道は作られているものの、頭を垂れている稲に覆い尽くされていて、1m先すら見えない状態だ

「だろ? いつ来てもこの街にはびっくりさせられるぜ」

馬車の傍に腰を掛けているシトロがそう答えると、それに同調してクランもうんうんと頷く

「この稲が美味しいお米になるんだよね。もうすぐ収穫だし楽しみだよ……」

「おいクラン。ヨダレ出てる」

「おっと…」

シトロが呆れながら注意すると、クランは慌てて口を拭う



「しかし驚くのはこれからだ。この稲の海を抜けると次はもっと凄い物が拝めるぞ」

手綱を引きながらイリスの方を向き、ルイがそう言う。稲の海とは中々に言い得て妙だ

ルイの顔は、これからイリスがどの様な表情をするかを楽しみにしているフシがあった

イリスはこれからどの様なものが待っているのだろうと胸を踊らせている


「なぁ、イリスちゃんはなんで歩いてるんだ? 別に馬車に座っててもいいだろうに」

シトロはふと疑問に思っていた事を口にする。思えば今までの旅路でも暇があればイリスは歩いていた

イリスは少し考える仕草をすると、ハニカミながらこう答えた

「私は最近まで外を出歩く事が出来なかったんです。だからずっと外に憧れてたんです。

そしていざ外を歩いてみるとそれがとても楽しくて。こんな風にデコボコしている土とかも凄く新鮮なんです」

それを聞いたクランはこう口を開く

「へぇ〜、イリスちゃんって案外と野生的なんだね。でも街の外じゃそれって危なくないの?」

「大丈夫です。私にはいつでもルディさんが付いてますから」

イリスは嬉しそうにそう答えた

「うわぁ〜惚気られちゃったよ。ルディくんの事本当に信頼してるんだね」

「はい。ルディさんがいてくれれば私に不安なんかありません」

「だってよ? 妬けるねぇ〜、いつでも一緒にいてくれるル・ディ・さん?」

シトロは馬車の屋根に腰掛けているルディを見上げて、ニヤニヤしながらからかう

「うるせぇ」

ルディはシトロにぶっきら棒にそう答える。しかし仄かに赤く染まっている顔を隠す事はできなかった



「あはは、照れてるよ! ルディくんも可愛いところあるねぇ〜」

クランは笑いながらそうルディに言うが、ルディはそれを聞こえないフリでやり過ごす


「やっと半分まで来たぞ。そろそろ稲の海を抜ける頃だ」

ルイの声が前方から聞こえてきた。どうやらもうすぐイリスの驚くものが拝見出来るようだ

イリスは周囲をキョロキョロと見回すが特に何も見つけられない

「違うよ。前を見てご覧」

ルイはそんなイリスに前方を見る様に言う

「え、でも前は稲ばかりでなにも見えないじゃ…………あ」

急に視界が開けた。どうやら稲の海を完全に抜けたらしい

しかしそれは終わりでなく始まりであった。そこにあったのは黄金に輝く………壁だった


「凄い………」

イリスは首を上に向ける。黄金の壁は遥か高く聳え立っているのだ

「これは……まさか小麦か?」

「ご名答」

ルディの呟きにルイが答える

しかしそれを聞いても尚、ルディは自分の見たものが信じられない

この小麦の高さは、少なく見積もっても10m近くある。完全に常識の範疇を超えていた

「この小麦こそ、このシェーヌで最も有名な名産品だ。これで作るパンは絶品だぞ?」

惚けているルディとイリスにルイがそう言う

「初めて見たら誰でもそうなるよな。俺もそうだったし」

シトロは昔を思い出す様な遠い目をしてそう言った



「そうだねぇ〜 本当に懐かしいね。前にここに来てからもう1年になるんだね」

「クラン、懐かしがるかヨダレを垂らすかどっちかにしとけよ」

「おっとと…」

「はは、そろそろこの小麦も収穫だ。俺達の滞在中には祭りも開かれるだろう」

ルイがそう言いながら手綱を引くと、馬車はまるで小麦の山に挟まれた細い谷に吸い込まれる様に入って行った


「中心部についたらひとまず宿を探そう。その後はやっと商売の時間だ。サラ! 準備はいいか?」

ルイの声に反応して、馬車からサラが出て来た。顔には相変わらずの微笑みをたたえている

「ええ、準備は全て終わりました。いつでも大丈夫です。それとクランさん。貴女もとうとうお仕事をなさるのでしょう?」

「うん、そうなんだけどさ……やっぱりチョット不安かなぁ〜って。アハハ………」

クランは珍しく弱気な表情でそう言った

「クランさん、なにか始めるんですか?」

「うん。この街からさ、洋服の仕立て屋をしようと思ってるんだ」

クランはイリスにそう答える。しかし、やはりいつもの元気がない

「クランなら素晴らしい服を作れるだろ? そんなに緊張する必要も無いんじゃないか?」

「ありがとうルディくん。でもさ、やっぱり不安なんだよね…… アタシは全くの無名だからさ」

そんなクランにルイが声を掛ける



「商売で最も大切なのは“信用”だ。最初は上手くいかないのは当然だぞ? 俺も昔は凄く苦労したよ……

しかし一度信用を築けばその名前は瞬く間に広まる。それまでの根気が大切なんだ」

その言葉に多少緊張感は薄れたのか、クランの表情が心なしか明るくなる

「うん。頑張ってみるよ」

「クランさん、私もお手伝いします! 私はクランさんの作る服が素晴らしいって知ってます!」

「そうだな、俺も手伝えることがあったら何でもやるぞ」

「もちろん俺もだ。クランには普段服作ってもらってるしな」

「ふふ、わたくしもお忘れなく。クランさんならすぐにお仕事がたくさん来ると思いますよ」

「みんな………ありがとう」

クランは感極まって涙ぐんでいる。感受性の強い娘なのだ


「しかも喜べクラン! 俺は今素晴らしい事を思いついたぞ!」

「あら、奇遇ですわね? わたくしもですわ」

「俺もだ。多分……いや、絶対に上手くいく方法がある」

上から順にシトロ、サラ、ルディである

「本当ですか皆さん! 一体どんな方法ですか?」



その時イリスは気付いていなかった。3人が皆、自分の方を見ている事に……………







ーー





「今日はアタシの奢りだ!! 遠慮せずに何でも頼んでくれ!!」

夜の帳も落ちた頃、とある酒場から素晴らしく陽気な声が響いてきた。言うまでもなくクランである

円形の席にはクランの他に、シトロ、サラ、ルイ、ルディ、そして……やけに疲れた様子のイリスが座っていた


それもそうだろう。なぜなら……



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


昼下がり

馬車の中にて…




『無理ですっ! そんな……無理ですぅ〜!!』



『大丈夫! さっきだってルディくんが呆けちゃうくらいだったんだから!!』

『そうですわよ。あの時のルディ様は、完全にイリスさんに虜になってましたわ』

『そんなこと…… それに今外にはたくさんの人がいるんですよ!? 私……そんな…恥ずかしすぎです!』

『おーい、イリス。準備できたか?』

外からルディの声が聞こえてきた

『うん! ほらっ!』

『ちょっ!?』

クランが垂れ幕をバサッと開けると、ルディの目には“あの”イリスが飛び込んできた

『…………………………………』

『そ、その………あんまり見つめないで下さい……』

虚ろな目でジーッとイリスを見つめるルディ。それに対して頬を朱に染めるイリス

『あ、スマン……… だが、これは………』

今のイリスは、先ほどのドレスに加えて髪飾りとネックレスを身に纏っているのだ

一つ一つはとても素朴だが、派手な衣装を好まないイリスにとってはこれ以上ない程の品々である

『なぁ、これさ……皆に見せるのやめにしないか?』

『ええっ!?』

『なぜでしょうか? 今のイリスさんは誰に見せても恥ずかしくないと思いますが………』

クランとイリスは、そう提案したルディを不思議そうな表情で見る

『いや、まぁ……それが問題って言うか……このイリスを他の奴らに見せたくないって言うか…』

ボソボソと呟くルディその声は、野生的な聴力を持つクランをもってしても聞き取る事は出来なかった



『それにだな! イリスが嫌がっているんだからやめた方がいいと思うんだようん! だろ!?』

ルディは必死に訴えかける様に叫ぶ。もともと提案したのは自分だと言うのに……


『ええ!? だってもう外にお客さん来てるんだよ!?』

『そうですわ。いくらルディ様がそう仰っても、今更やめるだなんて出来ませんわよ』

『いや、そりゃ結構客は来てるけどさぁ………まだそんなに多いって訳じゃないしーーー』

その時、外が急に騒がしくなった。何事だ、とルディが馬車の外へ出ると……

『ようっ! 見てくれよこの客数! 全部俺が連れて来たんだぜ!!』

得意気な顔をしているシトロと、その後ろに並ぶ50人余りの人々がルディの視界に入って来た

『………おま…え……………』

『おいおい、喜びすぎだってば。声も出ないってか?』

はっはっはと得意気に笑うシトロ。ルディは消滅の呪術を唱えてやろうかと割と本気で思った



『うわっ!? これ全部イリスちゃんを見に来た人達!?』

外の騒ぎを聞きつけてクランが出てきたが、この盛り上がりを見て流石に度肝を抜かれたようだ

『何バカな事言ってんだよ? これはお前が作った服を見に来た人達だ』

『うそっ………ちょっとシトロ!? アンタどんな集客したの!?』

『えーっとな……自分に似合う専用の服を一日で仕立ててくれる期待の天才新人仕立屋が来てるって言っといた』

『いやぁあああぁぁああぁああぁ!!!』

呑気にトンデモない事を言ってのけるシトロ。それを聞いてのたうち回るクラン

こんなプレッシャーをかけてこいつバカだなとルディは思ったが、傍から見る分には面白いだけなので黙っておく


『あの、ルディさん』

『なんだ?』

馬車の中から細い声が聞こえて来た

『その、大丈夫、でしょうか……… 何人くらい……いらっしゃいますか………?』

不安そうなイリスの声。だがもはやルディにも打つ手はない



『あ、ああ大丈夫だ………頑張れ……イリス』

『なんでそんなに弱々しい声なんですか!?』

『風邪気味でさ。ゴホンゴホン』

『それではお待たせしました! 我が行商団自慢の仕立屋であるクランの作品をどうぞご覧下さい!!』

シトロが演技がかった大声でそう言うと歓声が集団から挙がった。もう逃げ場はない

ルディは暫く黙っていたが、やがてポツリとこう言った

『イリス、もう一度言っとく』

『はい?』

『頑張れ』

そしてルディは馬車の垂れ幕を思い切り上げたのだった


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「取り敢えず牛肉の5人前!」

「羊肉も3人分頂きましょう」

「俺は麦酒だ! 一気にジョッキ3つ持ってきてくれ! ルディくんも飲むかい?」

「はぁ……では俺は果実酒を少々。あとパンをカゴいっぱいにお願いします。イリスはどうする? ジュースか?」

「私はこのオレンジジュースを。この一番“高い”のを!」

イリスにとって、せめてもの抵抗なのだろう



「あ、俺とサラもそれ追加で!」

「本当に遠慮しないね!? 少しはアタシの懐具合も考えて!」

クランはそう言うものの、全く堪えた様子はない。そのまま店員を呼びつけて、これらの物と自分用の飲み物を注文する

店員は大量の注文にてんやわんやだったが、全て取り終えると急いで中へと入って行った


5分もしないうちに大量の料理が運ばれてきた。シェフもいい客が来たので張り切ったのだろう


「よし! 全員飲み物を持て!」

ルイの声に全員がグラスを持つ

「え〜、それでは。無事にシェーヌに着いた事、俺の商談及び商売が上手く行った事、そして……」

ルイはここで含みを持たせるように間を開ける

「旅の途中でルディくんとイリスさんに出会えた事、そして我が行商団で自慢の仕立て屋であるクランの初商売の大成功に……乾杯!」


「「「「「乾杯!」」」」」


ガチャン! と大きな音を響かせての乾杯。各々今日の疲れを癒すため、飲み物を口へ運ぶ


「ふぅ、身体全体に沁み渡るな。これがあるから商売は辞められん!」

ルイはジョッキ一杯分の麦酒を一気に飲み干すと、次のジョッキに手を伸ばす

その傍らではイリスがオレンジジュースの美味しさに舌鼓を打っていた



「このオレンジジュース…とっても美味しいです。酸っぱいけれど、それを打ち消すくらいの甘さがあって」

それを聞きシトロがこう言った

「シェーヌで採れた果実は大体美味いんだよ。そのオレンジもかなり高価なものだし当たり前だ。な、サラ?」

「ええ。わたくしもここへ来る度にオレンジジュースを飲んでますわ。本当に美味しいですから」

「そうだな。確かにこの果実酒もほんのりと甘くて美味しい。度数も意外とありそうだ」

「いいよねルディくんは! 20歳未満なのにお酒飲めるなんてさ!」

「呪術を使える者の特権だ。まぁ、あそこまでは飲めないけどな」

ルディが指差したのは、今まさに3杯目のジョッキに手をかけたルイである

「ルイは凄いぞ! なんたってどれだけ飲んでも翌日にはケロッとしてるからな」

クランは自慢気にそう言うが、サラは少し困った風にこう付け加えた

「しかし、ここで寝られてしまうと運ぶのが大変ですわね。以前一度ありましたし」

「だろうな。この巨体じゃ」

「3人がかりでやっとだったもんね。本当重すぎるよ」

当時の苦労を思い出したのか、クランはゲンナリとした表情でそう言った



「おい、話してるのもいいけど早く食わないと全部ルイが食っちまうぞ」

シトロに言われてテーブルの上を見ると、テーブル一杯にあった料理の半分が既になくなっていた

「あっ! ズルいよルイ! 一人で食べ過ぎだって!」

「ここの料理が美味すぎるのが悪いんだ! 文句はシェフに言え!」

「すみません! 牛肉あと5人前追加!」

「羊も頼みます! 5人前!」

まだほとんど料理を食べていないクランとシトロが、慌てて追加の注文をする

サラはと言うと、会話をしながらもしっかりと食べていた様だ

そしてイリスはと言うと……


「どうだ? 美味いか?」

「はい! 本当に美味しいです!」

ちゃっかりと食べていた。ルディがいつの間にやら取り皿に料理を取ってイリスに渡していたのだ

「このパンが特に美味しくて…… 凄くいい香りがして、バターと一緒に食べると本当に美味しいんです」

「さっきの小麦から出来てるんだろうな。牛とも羊とも合うもんだな」


このパンがまた焼き立てふかふかで美味しいのだ。種類も小麦、ライ麦、稲、その他の穀物からと様々だ


「ま、アレだ。今日はとても疲れただろ? いっぱい食べて今日の疲れを癒しておけよ」

「はい」



ルディが労わる様に頭をポンポン叩くと、イリスは笑顔で答えてくる

ルディはそんなイリスを微笑まし気に見るのだった




ーー




「しかしこのシェーヌという街は、人口密度が非常に高い街なんだな」

ルディがそうポツリと言うと、シトロがこう言った

「面積のほとんどが田畑だからな。それに数多くの商売人が来るからさ」

「シェーヌで布や魚介類が高く売れるからね。そのお金で良品の穀物や果物を沢山仕入れれば、また他の所で高く売れるし」

「治安も良いですし、全年を通して気候も穏やかですから多くの観光客もいらっしゃるようです」

「なるほどなぁ…」

ルディは納得して頷く。思えばこの酒場も他の地域から訪れた者が多いように見える


例えばルディ達の席から席を2つ挟んだ席には、全身を黒いフードで覆った者が2人いる

先程からなぜかチラチラとルディ達を見ている2人組だ。悪意や敵意は感じないが、落ち着きがないようにルディは思う

ルディが何の気なしにそちらを見ると、2人は慌てた様にこちらから目線を逸らした

一体なんなんだ? とルディは思ったが、わざわざ聞きに行く事もないだろうと思い、他の席に目を向ける

壁際の席には1人の男が座っていた。パイプを燻らせながら物静かに座っていた

窓際にはこの街の商会の連中だろうか、8人の男女が入り乱れて酒盛りをしていた

「確かに治安は良さそうだ」

ルディはそうポツリと呟いて席を立つ



「ルディさん? 何処かへ行くんですか?」

「トイレだ。すぐに戻ってくる」

ルディはゆっくりと店の奥へ姿を消した


カタッ……


すると、窓際でパイプを燻らせていた男が徐に立ち上がり、ゆっくりとイリス達の席へと向かって来たのだ

しかし、男の進む方向にはこの酒場の出口もあるのだから誰も不審には思わなかった

男はゆっくりと席に……いや、イリスに向かってくる。誰も気付いていない


いつの間にやら男は懐に手をいれていた。そして…………








「大丈夫ですか?」


急に聞こえて来た声にイリスが振り返ると、そこにはパイプをポケットに挿した男がフードを被った人物に支えられていた


男は完全に意識を失っているようであった


「その方どうかなさったんですか?」

イリスは心配そうにそう聞く

「ええ、多分飲み過ぎたのね。このまま連れて帰るわ。ごめんね」

そう言ってフードの人物は男を支えながら酒場の出口へと向かって行った

フードをすっぽりと被っているが、その声と口調から恐らく女性だろうとイリスは思った



「ほら、パパ! 早く出ないと!」

フードの女性はイリスの後ろに向かってそう声を掛ける

イリスがその声に反応して後ろを見ると、もう一人フードを被っている人物がいた

パパと呼ばれていた事から恐らく男性だろう

フードの男は、なぜかイリスの事をジッと見ていたが、やがてイリスのすぐ傍を通って出口から出て行った



「何だったんだろう? おかしな人達だったね」

「え、ええ。そうですね……」

イリスはクランにそう答えた


イリスがフードの男に見つめられたのは恐らく5秒にも満たなかっただろう

しかしイリスはその短い時間で、確かに何かを感じ取っていた

別に嫌な感じはしなかった。むしろ……暖かいような優しいような、うまくは表現出来ないがとにかくそんな感じであった

「どうした? なんか騒がしい様だが?」

そこへルディが戻ってきた




「いえ、なんでもありません。なんでも………」



イリスはなんとも言えない感情と共に、ルディにそう答えたのだった


投下終了です

>>321のご質問に関しては>>322の通りです。私の代わりに回答して頂いてありがとうございました


ではまた近い内に

乙です。

おつ

乙!

乙乙まだー


3章 登場人物



シトロネル (シトロ)

種族 : 人間
分類 : 行商人
性別 : 男
一人称 : 俺
二人称 : お前
歳 : 17
髪色 : オレンジ
髪型 : 短髪 ギザギザ
眼色 : 橙色
身長 : 168cm
出身 : ラピス
武器 : ダガー
得意呪術 : なし
特殊呪術 : なし

【使用可能呪術】

なし

【特徴】

行商人の少年

8歳の頃に自警団の両親が殉職しそれ以降の5年間は、独りぼっちで生きてきた

スラム街でゴミを漁っていた所をルイに拾われ、それ以降行商人として世界を回る事になる

非常に明るく前向きな性格で、商売人には非常に向いている。しかし頭があまり良く無いので計算が苦手

呪術に興味があり、いつか自分も使えるようにならないかと思っている

戦闘力は中の上。ダガーの扱いに長けているが魔物を傷付ける事には慣れていない

クランとは親友であり喧嘩仲間。取っ組み合いの喧嘩をする事もあるが、クランの豊満な胸に理性が削られるのですぐに逃げ出す



サアラ (サラ)

種族 : 人間
分類 : 行商人
性別 : 女
一人称 : わたくし
二人称 : 貴方
歳 : 19
髪色 : 黒
髪型 : 腰まで 軽い癖っ毛をリボンで結わえている
眼色 : 灰色
身長 : 160cm
出身 : アルマニャック
武器 : なし
得意呪術 : なし
特殊呪術 : なし

【使用可能呪術】

なし

【特徴】

行商人の少女

おっとりとして非常に温厚な性格かつ素晴らしい美貌の持ち主。それ故、どこかのお嬢様であると言われれば、10人中10人が信じてしまうだろう

シトロとクランの事は弟妹の様に思っており、2人の喧嘩や取っ組み合いを諌める役割を担っている

8歳の頃、母親からも父親からも、髪の色が自分たちと違うという理由で虐げられていた。そんな彼女を救ったのがルイであった

以後、行商団の会計役として世界を回る。金銭のやりくりで彼女の右に出るものは少ないだろう

胸が小さい(ほぼ無い)のが悩みで、毎晩牛乳と腕立て伏せは欠かさない。一月に一度は、クランの胸を見てどんよりと落ち込む



クラン

種族 : 人間
分類 : 行商人
性別 : 女
一人称 : アタシ
二人称 : アンタ
歳 : 18
髪色 : 若草色
髪型 : 襟まで 癖毛
眼色 : 若竹色
身長 : 166cm
出身 : 不明
武器 : ナイフ
得意呪術 : なし
特殊呪術 : なし

【使用可能呪術】

なし

【特徴】

行商人の少女

野生的でいつでも笑顔。ボーイッシュではあるものの女性の可愛らしさも秘めており、そんな彼女に惹かれる男も少なくは無い。キラリと光る八重歯がチャームポイント

可愛いと言われる事に慣れておらず、外見を少し褒められるだけで赤面する乙女らしい一面を持っている

まだ彼女が小さい頃、両親に捨てられ奴隷商に売られる。その後8年余り各地を転々と移動していた

そんな彼女を買い取ったのがルイである。なにか惹かれるものがあったのかも知れない

運動が大好きで活発な性格。シトロとはよく喧嘩するが、最近何故か取っ組み合いをしてくれなくなったので少し寂しがっている

洋服を作るのが得意で、行商団4人の服は彼女が全て作っている。料理の腕もピカイチ

最近胸が大きくなった事をコンプレックスに思っている。本人曰く「動き辛い」「邪魔」「服がすぐに着れなくなる」だそうだ

サラに一度胸について相談した事があり、その日が彼女の命日にならなかった事はまさに奇跡であった



ブルイヤール (ルイ)

種族 : 人間
分類 : 行商人
性別 : 男
一人称 : 俺
二人称 : 君・お前
歳 : 39
髪色 : 紅掛花色 (紫っぽい)
髪型 : 短髪
眼色 : 薄茶色
身長 : 185cm
出身 : バームステン
武器 : 斧
得意呪術 : なし
特殊呪術 : なし

【使用可能呪術】

なし


【特徴】

行商人の男

16の頃から独りで各地を旅し、30%の運と70%の実力で今の行商団を築いた

非常に大柄で筋肉質、いかつい顔を持つ屈強な男だが、とても穏やかな目と朗らかな笑顔を持つ

呪術の才は無いが、持ち前の筋肉と巨大な斧で敵を蹴散らす

シトロ、サラ、クランの事は我が子の様に思っており、その成長を見届けることが彼の最大の楽しみとなっている

凄まじい酒豪であり一晩に10L以上を飲んだ記録もある。しかしその翌日、けろっとして仕事に励んでいた

最近、子供達が自分以上にしっかりしてきた事を誇りに思う反面、反抗期が来るのではないかと内心ビクビクしている。しかしその心配は杞憂に終わりそうだ


オマケ要素的に

ちっぱいにも魅力はあるぞ!

というわけでサラちゃんは僕がペロペロします



第3章 3話

side : Iris



【girl's day】



「それではルディさん! 行って来ます!」

私が元気良く声を掛けると、ルディさんも返事をしてくれました

「ああ、楽しんできてくれよ!」

はい! と大きく返事をしてから私は部屋から外に出ました。今日は楽しみです!




ーー




「えーっと……あ、クランさん! サラさん! お待たせしました」

昨日の酒場の入口で待っていたクランさんとサラさんに声をかけます

すると2人とも私の方に駆け寄ってきてくれました

「おはよイリス!」

「おはようございますイリスさん」

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

私が頭を下げると2人は少し恥ずかしそうに私を迎えてくれました

「さ、行こう! まずはどこに行く? イリスは朝ごはんは食べた?」

「はい。さっきルディさんと一緒に戴きました」

「実はわたくし達はまだ戴いてませんの。申し訳ありませんが、最初は食事に付き合って頂いてもよろしいでしょうか?」

私はもちろんそれに頷く

そして連れて行かれたのは、昨日の酒場とは違って上品な店だった



「ここのサンドウィッチがとっても美味しいんだ! サラなんか昔3皿も食べたんだもん!」

「く、クランさん! あまりそういう事は……」

「あっはは! そんな恥ずかしがらなくてもいいでしょ? とっても美味しいんだもん」

「く、クランさんなんか5皿も食べてたじゃありませんか!」

「そりゃそうだよ。何度も言うけど、すっごく美味しいんだもん」

サラさんは何を言っても無駄だと察したのか、ムクれて黙り込んでしまいました

私は、その仕草がいつになく子供っぽくてつい笑っちゃいました

「イリスさんまで………全くもう……」

「ふふっ、ごめんなさい。でも普段のサラさんよりも子供っぽかったのでつい……」

そんな談笑をしながらお店の中へ

中は広くアンティークな造りで、落ち着きやすい雰囲気だと思います

その後は、席に着いて店員さんに注文をします


「アタシはこのサンドウィッチセットを2つ! サラとイリスは?」

ふ、2つですか…… 流石クランさん………

「わたくしはこのモーニングセットをーーー」

「3皿?」

「1皿ですっ!」

怒鳴った! 今サラさんが怒鳴りましたよ!?



「あっはは! 冗談だってばぁ〜 イリスはどうする? なにか飲み物だけでもどう?」

そうですね。確かにお腹いっぱいですけれど、何も頼まないのも悪いですよね

「私はパイナップルジュースをお願いします」

店員さんに一通り注文をした後はたわいない話をしました




「ねぇねぇ、アタシってさ本当に凄いよね!!」

「はい。初めてのお仕事でここまで成功する事は凄い事ですよ」

クランさんは昨日の成功が未だに覚めやらない様で、私達に自慢……? いや、喜びを表現してきます

「でもあれはイリスさんの宣伝による効果も大きかったんですよ? お分かりですか、クランさん?」

「分かってるよぉ〜♪」

「その表情では何を言っても説得力は皆無ですわ」

サラさんはため息を吐いて水を一口含んだ

「でもさぁ〜 やっぱり嬉しいんだよ。アタシがこんな風に商売できるようになるなんてさ……」

クランさんは遠い目をしてそうポツリと呟きました


自分の実力や存在を認めてもらう事はこれ以上ないくらいの喜び……

私はその事をよく知っています

バームステンでは……私は皆から蔑まれてきて………私の存在に価値なんかないと思って……死を選びました

本来私はそこで死んでいたはずだった。魔物に襲われたり食人樹の巣に落ちていたはずでした……

でも私は出会えたんです。私の存在を認めてくれる人に……



ルディさん……… あの方は本当に不思議な方です

とがった耳、尻尾、牙、その他の魔族として特徴的な部位を全く持っていない方

ウィスタリアで出会ったロゼさんは悪魔の尻尾とコウモリのような翼があった。それが魔族として普通のこと

でもルディさんは私達人間と全く変わらない。だからこんな風に人間と共存だって出来る


こんな事を私が思ってはいけないのかもしれないけれど……でも考えずにはいられない



ルディさんは……一体何者なんだろう…………



魔族であるのは間違いない……と思う。本人がそう言っていたし、嘘をつく必要がない

それと凄い生命力も持っている。ウィスタリアの看護婦さんも、その回復力に驚いていました

消滅の呪術という難解な呪術も使いこなせているし、他にも挙げればきりがない

でもそんな合間に見え隠れする人間らしい雰囲気

そんな方だから、私はルディさんが気になってしまうんです


私はルディさんの事をもっとよく知りたい

何故かと言われれば答えられないけれど……でもルディさんの全てを知りたい




「イリスってば!」

「え?」

肩を揺さぶられてはっとした。クランさんが心配そうな顔で私を見ている

「一体どうしたのさ? そんな黙り込んじゃって……」

「もしかしてどこか具合でも悪いのですか?」

横からサラさんも心配そうに聞いてきてくれた



「いえ、少し考え事をしていました。ごめんなさい」

「ふ〜ん? それってルディくんの事?」

「ふぇ!?」

クランさんの口からいきなりルディさんが飛び出てきてびっくりしました

「そうかそうか! やっぱりルディくんの事か! うんうん」

クランさんはしたり顔で頷いている

「そりゃねえ、あんな格好いい男の人と旅してればそりゃ気になるよ」

「うふふ、そうですわ。第三者から見てもお2人はお似合いだと思いますよ」

「ドレスならまかしておいてよ! アタシがとっておきの奴をプレゼントするからね!」

いや、ちょっと!? そんな勝手に話を進めないでください

「ち、違います! 別にそんな事を考えていたわけじゃ……」

「でもルディくんって格好いいとイリスも思うでしょ?」

「それは……はい」


あの森でも私はこう言った

『その………、貴方は…充分に格好良いと…思います 』

あれはルディさんに気を使ったのではなくて、私の本心そのもの


ルディさんは格好いい


ロゼさんが自分の身を顧みずに追いかけて来るぐらいには



「イリスさんは気付いておられなかったと思いますが、昨日のイリスさんによるお客寄せの時、ルディ様をご覧になっているお客様もいらっしゃったんですよ?」

「ルディさんを……ですか?」

「ええ、若い女性のお客様がほとんどでしたわ」

なるほど。私はルディさんに初めて会った時普通の状態じゃなかったから特になにも思わなかった

でもこういう場所で出会ったら、それは憧れになるかもしれない


「ありゃりゃ〜? これは急がないと危ないかもよ〜?」

「え? なにがですか?」

クランさんがニヤニヤしながら私にそう言って来たが、私はその意味を咀嚼できずに聞き返してしまう

「なにって……ルディくんがもし! もしだよ!? ここで女の子に告白とかされたらどうするのさ?」

告白? ルディさんが? ああ、そっか………

私は薄い笑みを浮かべてこう返した

「大丈夫ですよ。私はそんな心配はしていません」

クランさんとサラさんはキョトンとした表情で私を見てきた

「だってーーー」


「大変お待たせして申し訳ございませんでした。サンドウィッチセット2つ、モーニングセット1つ、パイナップルジュースでございます」

私が続きを言おうとした瞬間、運良く(悪く?)料理が運ばれて来ました

「やっと来た! なんか遅かったけどもうそんな事どうでもいいや!!」

クランさんは目を蘭々と輝かせてサンドウィッチセットを見ている

それとこのサンドウィッチ……

「凄く大きいですね」

とにかく大きかった! 中からは野菜やお肉がはみ出していて、それが1セットで2つ!

つまりクランさんは4つ食べるという事だ。私にはとても無理です

モーニングセットの方のサンドウィッチもクランさんの奴に負けず劣らず大きい!



…………………あれ?



「あの、クランさん? それとサラさん?」

「んぐんぐ………んあ?」

「どうかなさいましたか?」

サンドウィッチに何か恨みがあるのかと言うくらいの勢いで食べているクランさんと、上品に少しずつ食べているサラさん

食事の邪魔をするのは心苦しいけれど、聞かずにはいられない事が一つだけある

「………あの、サラさんが……以前これを3皿食べたって本当ですか?」


「…………………………………」


石像のように固まるサラさん


私はこの時ほど自分の発言を後悔した時はなかった………






ーー




「見て見て! これなんてどうかな?」

「わぁ! 凄く似合ってますよ!」

次に私達がやって来たのはお洋服のお店です

クランさんもこういったお店でお洋服を見て、デザインとかの参考にしているそうです

今のクランさんは、身軽なレンジャー服を身につけています

このレンジャー服は緑色の革で作られていて、ポケットが多くサバイバルナイフ用のポケットもあるのが特徴的でした

若草色の髪をして活発なクランさんにこれ以上ないくらい似合ってます

私は同意を求めようと後ろに振り返り……

「サラさんもそう思いますよ…ね……?」


……いない



私がアタフタと周りを見渡していると

「あぁ……イリス。多分行き先は分かってる…………」


そう言ってクランさんに引かれて向かった場所は……


「ここって……」

「うん。ブラジャー売り場…… こっちだよ」

クランさんと一緒にズンズン奥へと進んで行くと………

「…………………………………」

確かにサラさんはそこにいた


全身から負のオーラを撒き散らして…………




「あ〜あ………またか」

「あの………」

サラさんに声をかけようとしたら、クランさんに肩を掴まれて止められた

「しぃ〜…… なにも言わないであげて」

「は、はい。分かりました……」


……サラさんを落ち込ませている原因は恐らく私の想像通りだと思う


「でもさぁ〜 そんなに気にする事なのかなぁ……?」

ぽりぽりと頭を掻きながらそう言うクランさん (ぼいーん!)

「そりゃまぁ……クランさんとは全く無縁なお悩みですから………」

こう返す私の声は、自分でも驚くくらい沈んだ声だった (つるーん)

「でもどうしますか? 今のサラさん……話しかけた瞬間襲い掛かって来そうですけれど……」

サラさんは床にペタンとしゃがみ込み、なにかブツブツと呟いている (しーん…)

クランさんは暫く考え込む仕草をしていたけれど……

「暫く放って置いてあげようか……」

多分諦めたのでしょうか、妙に優しい声でこう言いました




ーー




サラさんが復活した後、私達は果樹園へと足を運びました


「うわぁ〜 凄いですね!」


この街は本当に自然が多いです!

見渡す限り木、木、木!



「ええ。でも、まだ驚くのは早いですよ?」

「え?」

「おーい! お待たせー!」

「ほら、あちらからクランさんが来ましたわ」

サラさんの指す方を見ると、クランさんが両腕に果実を抱えてこちらに走って来るのが見えました

「はい、林檎だよ〜♪ あとこれは桃。そしてこっちは苺」

「え? これ……苺?」

クランさんが苺と言って私に渡して来たのは

「これ……大きくないですか!? 私の知ってる西瓜くらいありますよ!?」

「シェーヌの土地は栄養価が高いからね。とんでもない化け物が出来るんだよ」

「世界で最も大きい苺としても有名ですわ。紅王という名前です」

「紅王………」

試しに少し齧ってみると、それは驚くほど柔らかかった。もちろんそれだけではなくて

「甘い……」

酸味はほとんど無かった

「うふふ、そうでしょう? このシェーヌは不思議な街でしてね、春、夏、秋、冬に全く関係なく植物が育つんです。

ですからどの季節に来ても最も熟れた状態の物が戴けるんですよ」


そう言えば今は夏の前半でした

本来なら稲や小麦だってあそこまで育っていないはずなのに、全く疑問に思わなかったです

えっと………もう一口戴きましょうか……



「それよりもクランさん。この果物はどうなさったのですか? まさか勝手に捥いで来たなんて事はありませんよね?」

「サラはアタシをなんだと思ってるのさ!? ちゃんと貰って来たの!」

「貰って来た? この紅王は少なくとも20,000エカはしますわ。それを無料で?」


……………………え?


「にまっ!? ゲホッ!!」

「イリス!?」

「イリスさん!?」

突然出て来た金額に思いっきりむせ返った

「大丈夫ですか? さ、このハンカチを」

「あ、ありがとうございます……」

でもどうしよう……私、20,000エカなんて持ってません

「あの……私、今ルディさんから頂いた5,000エカしかなくて……」

厳密にはパイナップルジュース代を引いて4,650エカですけど……

「いいのいいのお金なんて! 私だってこれ貰い物だもん」

「でも20,000エカだって……」

「いやいや〜それがね? この紅王作ったの、昨日のお客さんだったんだ! 洋服のお礼にって」

「でも既にお代金は頂いているではありませんか。それなのにこれを?」

「うん! 昨日の仕立て料金が2,000エカだったでしょ? それじゃ全然お礼がし足りないってさ!」

そう言うクランさんは心から嬉しそうな顔をしています

やっぱり自分の事を認めてくれるのは嬉しいですもんね



「そんなわけでどんどん食べてくれたまえ〜♪ あ、でも食べ過ぎて太らないようにね」

「分かってます!」

もう…… なんでいつの間にか私に大食いキャラが定着してるんですか

でも……

「はむっ」

やっぱり美味しいなぁ……… 本当に食べ過ぎに気を付けないと

ルディさんにもお土産に持って帰らなきゃ。きっと喜んでくれますよね♪




ーー




……その後も本当に楽しかった



クランさんが持ってきた白い甘そうな果実

齧ってみたら酸っぱかった……


小麦の谷を優雅に歩くサラさんを思いっきり押したクランさん

らしくない素っ頓狂な悲鳴をあげて小麦に倒れるサラさんは、とても可愛いらしかった……


それなら…と、先頭を歩くクランさんに気付かれないように、私とサラさんはパッと小麦の中に隠れてみた

私達がいない事に気付いたクランさんは涙目になっちゃって……申し訳ない反面、その慌てる様子が可愛かった……


中心部に戻って、街頭に並ぶ出店を回った

目を惹かれたのは、全品が白い布で作られたお店。そこで白いハンカチを買った……


途中ルディさんとシトロさんに偶然出会った

その後5人で神話を聞きに行った。そこでまたあの人に出会えた……


最後に皆で温泉に浸かった

サラさんの怨みの篭った目は、クランさんだけじゃなくて私にも向いていた……




こんな風にたわいない一日

でもそれは、どんな宝石にも勝るとも劣らない宝物


いつまでもこの瞬間を心に留めたい


いつまでもこの優しさを育みたい


この旅が終わったら、この人達と共に生きたい



今日は人生で1番幸せな一日でした


今回はここまで
次回は side : Cardinal です

乙である

おつ

凄く期待



第3章 3話

side : Cardinal


【boy's day】



「それではルディさん! 行って来ます!」

イリスの元気の良い挨拶に、俺も元気良く返す

「ああ、楽しんできてくれよ!」

イリスは「はい!」と大きく返事をして出て行った。窓から宿屋の入口を見ると、イリスが小走りに急いで行くのが見えた

おいおい、そんなに急ぐと転ぶ……って危ねぇ! 今躓きかけてたぞ!?

こ、こうなったら俺もついて行って……いやいや、それはダメだろ!

でも心配だ……… 一応この街の周囲に感知魔術は展開してるけど……それじゃ足りないか?

こうなったら気付かれないようにコッソリと後を………


「何やってんだルディ?」


振り向くといつの間にやら来ていたシトロが俺を不審な目で見ていた

そりゃそうだな。大の男が窓にへばり付いている様なんて、誰がどう見たって不審に決まってる

もちろんこんな所を見られたぐらいで動揺はしない。なにせ俺は魔族だからな


「俺が何をしているかなんて関係ない。むしろなんでお前がここにいるんだ?」


「まずはその顔を何とかしろよ。首筋まで真っ赤だぜ?」





ーー





「ったく…… なんで俺の所に来たんだよ」

「いいじゃねえか別に。ルディだってどうせヒマだろ?」


現在は場所を移して宿の食堂に来ている

朝食がまだだというシトロに付き合っている俺、という図だ



「ヒマじゃない」

「じゃ、なんの用事があるんだ?」

しつこい奴だ……

「これからイリス達の後をつけるんだよ」

「は?」

シトロは間抜けヅラを晒して俺を見てくる

「なんだよ? そんな馬が人参砲喰らったような顔をして」

「つけるってイリスちゃんをか? お前、ムッツリスケベなのか?」

「失礼な事を言うんじゃねぇ!」

お前っ! 本気で消滅……いや、衝撃の呪術掛けてやろうか!?

「いや、なんでつけるんだよ? 理由がわからねぇ」

なんだこいつは? そんな事もわからねぇってのかよ……

「いいか? 耳を穿ってよく聞け。昨日イリスはあの姿で皆の前に出たんだ」

あの姿は本当に凄かった! この世に一瞬の映像を留めておく魔術があったら是非とも収めておきたかった

「それが?」

「当然この街の男共も見たはずだ! あのイリスをっ! それが原因で襲われたりしたらどうする!?」

「いや、どうするっつわれても……」

「どうしようもないだろ!? だから未然に防ぐ必要があるんだ!」

シトロは俺の演説に目を丸くしてやがる。やっと分かったかこのバカ!

シトロは暫く考え込んでいたが不意に口を開いた

「多分大丈夫だろ。クランがいるし」

「クラン?」

なんでここでアイツの名前が出て来るんだ?

「いや、アイツ意外と強いんだよ。昔もクランとサラが2人でとある街を見物してた時もな……」

「何かあったのか?」

「暴漢に襲われかけたんだよ。宿屋の近くでな。その時は俺とルイにも悲鳴が聞こえたからすぐに駆け付けたんだけどよ」

そこまで言うとシトロは愉快そうに笑いながら続けた

「現場にいたのはサラとクランと、股を押さえながら惨めに四つん這いに蹲ってる男だったんだよこれが」

シトロは我慢できなくなったのか、腹を抱えてゲラゲラ笑い出した

つーか汚ねぇ! 唾が飛んでる!



「だから大丈夫だよ。クランもサラもイリスを気に入ってるし絶対に悪いようにはしないからよ」


…………まぁ、ここまで言われりゃ信じるっきゃないな


「わかったよ。それなら俺もーーー」

「暇になったんだなっ!!」

机から身を乗り出して俺を見てくるシトロ。なんか目がキラキラしてませんか?

「それならちょっと頼みがあるんだ! 頼むこの通りだ!」

シトロは手を合わせてこちらに拝みたのんで来た

「別に構わねぇよ。お前の言う通り、どうせ暇だしな」

「本当か!? それじゃあ今から原っぱに行くぞ!!」

原っぱ? なにをするつもりなんだこいつは?

ま、何でもいい。余程の事じゃなきゃ驚かねぇよ……




ーー




「魔術を使えるようになりたいだぁ!?」

「ああ、頼むっ!!!」

前言撤回! こいつぁ驚かされた

「俺も1種類でもいいから魔術を使いたいんだ! お願いします!!」

「いや、別にいいけどよ…… 結構根気いるらしいぞ? 魔術の習得って」

全くの素人が1つの魔術を習得するのには約3年はかかる

どんなに才能があっても1年はかかるらしい

それをこの数日で!? 俺達は後少しでお前達とは別の地域に向かうんだぞ!?


「大丈夫だ! 根気なら誰にも負けない! ドンと来いってんだ!!」

自分の胸を思い切り叩くシトロ。まぁ、多少は頼もしく見えない事もない

「その勢いがいつまで続くか楽しみだな…………」

さて……と、それじゃあ最初にこいつの要望を………あ!

「おい待て! 今のなし。この世はいつでもギブアンドテイク! 俺はお前に魔術を教えるからお前も俺にくれ」

「え゛………とは言っても大した物は………」

「いやなに、大した物じゃない。イリスの着てたドレスあっただろ? アレをくれよ」

「は? いや、それならクランかルイに言えばタダでくれると思うぞ?」

「それは千も承知だ。ただ理由付けが欲しいだけだ」

「理由?」




シトロの言う通り、ルイかクランに言えばあのドレスをタダで譲って貰えるのは想像に難くない

しかしそれでは余りに申し訳ない気がしてならないんだよ

この旅で結構親切にしてもらったし、50万エカもきっちり貰ってる

その上タダでアレを貰うのは流石に心苦しい

そこでこの魔術の訓練だ!


これの代金として貰うなら、自分に対して多少の申し開きはできるってもんだ


クク、俺も結構頭がいいな………




ーー




シトロから無事快諾をもらったし、早速訓練に移るぞ!


「それでだ……お前はなんの魔術を使えるようになりたい?」

「なんの、と言われてもな……… どんなのがあるんだ?」

「基本的なものとしては火炎、水撃、風撃、雷撃の4種だ。それから頭一歩抜けたのが氷結と大地。さらに高等なのが光」

「ふむふむ……」

シトロはいつの間にか取り出していた羊皮紙とペンでメモをとっていた

思いのほか勉強熱心みたいだ。こりゃこっちも真面目に応えてやらんとな

ドレスの事もあるし

「他には障壁の魔術、拘束呪術、転移魔術や混乱の呪術もある。まぁこれは応用系だから今は除外しよう」

「なぁ、一つ質問いいか?」

「なんだ? 言ってみろ」

「魔術ってのと呪術ってのは何か違うのか? ルディは使い分けてるだろ?」

そうか。まずはそこからか

「そうだな。魔術の修行より先にその辺の用語解説するか」



“魔術”と“呪術”、この2つの違いは害意が有るか無いかだ

例えば俺が相手に攻撃しようと思って唱えた火炎は火炎“呪術”になる

しかし道を明るくする、食料を焼くなどの目的で唱えたのなら火炎“魔術”となるって事だ

転移は相手に害を与えようも無いから“呪術”として使う事はない。これは簡単だ

その反面障壁は区別が難しい。自分や他者を護るために唱えたら“魔術”となり相手を跳ね返すのを目的とするなら“呪術”となる

つまり術者本人にしか明確な判断が出来ず、他者はその場の状況で判断するしかない



とまぁ、このような事を掻い摘んで解説しといた。分かっただろ?

「なるほど。そんでこの区別をする意味は?」

「特にない」

「ないのかよ!」

シトロのツッコミはごく当然だとは思うが、本当にないのだから仕方ない

「ない。だから攻撃する時に『火炎魔術を使った』と言っても全然構わない。文法的にもおかしくない」

「なんだよ……それなら別にいいじゃん区別しなくても」

「でも呪術士にそう言ったら笑われるだろうな。『区別も出来てねぇのかよ』みたいに」

「ああ、 そっち方面で困るのか…………」

「そゆこと。それじゃ、この辺で本題に入るぞ」

俺がそう告げると、シトロは待ちわびていたいたのだろうか

「おっしゃ!」

気合を込めてガッツポーズをする

「まずシトロはどの魔術を習得したい?」



「そこなんだよ悩むのは……」

シトロは腕を組んで考え込む

「予め言っておくけど火炎、水撃、雷撃、風撃のどれかにしとけよ。誰でもまずはこれから入るんだ」

「ああ分かってる。その中で1番実用性があるのはやっぱり水撃か?」

「いや、1番は火炎だな。魔物は火が苦手な奴が多い。例外もいるけどな。それに夜も照らせるし爆煙で煙幕を張る事も出来る」

「いやでもさ、水撃なら飲み水に困る事がなくなるだろ? それが魅力なんだよ」


ああ、なるほど。よく勘違いする奴がいるけどコイツもその類か


「シトロ。教えといてやるが水撃で発生させた水は飲む事が出来ない」

「え? それってマジ?」

「大マジだ。水撃で発生させた水は俺達が普段飲んでいるものとは作りが違うんだ。性質はほぼ一緒だけどな」

「飲んだらどうなるんだ?」

「喉の渇きが増す」

「ダメじゃねぇか!!」

因みに草木に与えるのもタブーだ。枯れはしないが成長を阻害しちまう


「だから素直に火炎にしとけ。殆どの奴はまず火炎から入るからよ」

「よ、よし! 火炎にする」

決まったな。それじゃやってやるか!




شضغب


ひとまずペンと羊皮紙を借りて、このような文字を書く

「なにこれ? ミミズ?」

んなわけねぇだろ!

「ザルネアだ」

「はい?」

なんだその『お前は何を言っているんだ?』的な顔は!

「だからザルネアっていう文字だっつってんだ!」

「あ、あぁ〜…… 聞いた事があるような〜ないような……」


目が泳いでるところを見るにどうやら全く知らないようだ。一般人なら当然と言えば当然だが



「呪術は全てこのザルネア律を使う。これは火炎魔術のザルネアだ」

「ふーん……発音が分からないんだけどなんて読むんだ?」

「شضغب」

「え?」

「شضغب」

「も、もう一回!」

「شضغب」

「え、え〜っと……○□×△?Ωα」

「なんだそりゃ。شضغبだ」

「قثرمظخ!」

「違う。شضغب」

「هلقيص!」

おお、少し近付いたぞ! 意外とこいつ才能あるんじゃないか?


「まだ発音が甘いな。とにかく正しく発音出来るまで練習だ。これが出来なきゃ話にならんしな」





ーー





結局俺達はこの後、2時間以上を発音の練習に費やした

この詠唱がしっかりと出来ないと魔力の暴発が起こり得るから、とにかく入念にいく必要がある


「ぜぇ……はぁ……شضغب! ま、まだか……?」

ん?

「おい、今のもう一回言ってみろ。結構良い線行ってたぞ」

「マジ!? えぇっと……شضغب!」

おお! 完璧じゃないか

「よし。これで発音は大丈夫だ」

「マジでか!? よっしゃぁあああぁああ!!!」

シトロは両手を天に突き上げるとそのまま後ろにバタンと倒れこんだ



「やっと! やっと終わった!!」

「ああ、お疲れさん。明日からも発音の練習は毎日欠かさずしろよ」

「あいよ〜! はっはぁ! どうだ見たか俺の実力をぉ!!」

テンション振り切れてるところ申し訳ないが、まだ魔術習得の入口に来たところなんだよね

「次はとうとう火炎を実際に発現させる練習だ。ここからは地獄だと思えよ」

「ドンと来いッ!」



それじゃあまずは魔術詠唱のメカニズムの解説だ

普段俺達は身体に魔力を浴びている

よく人間はごく微量の電磁波を発しているとか聞いた事あるだろ? それと同じだと思ってくれ

電磁波と違うのは、魔力は念じれば活発に発生させる事が出来るという点だ

つまり魔術を使うには


1.念じて魔力を活性化させる
2.魔術のイメージをする
3.魔術を詠唱する
4.完成


という手順を踏まなくちゃいけないわけだ


詠唱は言うなれば“変換”を担っている部分

魔力は最初、なんの性質も有していない。俗に言う無属性の状態だ

そこから魔力を変質させるための“触媒”として詠唱があるんだ

熟練者ならば無詠唱でも“変換”させる事は出来るが、やはり威力は数百から数千倍も落ちる

なにせ触媒なしで変換させようってんだからな

もちろん正しい発音で詠唱しなければ正常に変換が行われず、魔術が出ない。もっと悪ければ暴発することもある

な? 俺達は簡単に唱えてるように見えるけど意外と面倒だろ?



「魔術のイメージってなんだ?」

「どこから火炎を出すか、とか火炎の形状はどうするか、とかだな」



「1番メジャーなのは火炎球を手のひらから出すやつか?」

「それは呪術レベルだ。魔術なら指先から出せれば良い。شضغب」

「おおっ!」

人差し指を立てて、その先端から炎を出して見せる

「この程度で旅は格段に楽になる。焚き火や灯りには困らなくなるぞ」

「ほぇ〜 やっぱり魅力的だ。早速練習しようぜ!」


…………………………………


「おい、ルディ?」

「…………………………………」

「おいってば!」

「………………まさにガスだね」

「は?」

「な、なんでもない! ほら、早く練習しろ!」


なんとなく言ってみたくなったんだよ! 後悔はしてる…………




ーー




訓練は夕方まで続いた

シトロは結局火炎を出せなかったが、それが当然のことだから別になんとも思わない

むしろもし一日で習得したら俺の方が弟子入りしたいくらいだ

まあとにかく。そんなこんなで馬車に戻って来た俺達だったが


「ほら、ジュースでも飲んでくれ。シトロが世話になった礼だ」

「ありがとうございます」

「サンキュー 丁度喉乾いてたとこだからな」

ルイは今日は出店を開いていた

昨日はシェーヌの商会に商売をしに行ったようだが、今日はその時に余ったものを安く売っているらしい

しかし本当にいろいろあるな……

アクセサリ、服、布や綿、食料品、飲料水、ボードゲームまである

「これは?」

なにに使うのか良く分からない黒い置物を手に尋ねる




なんだこの……重くもなく軽くもなく、柔らかくも硬くもない妙な物体は……

「それは御守りの類でな。持っていれば魔者を遠ざける効果があるらしい。効果の程は分からないがね」

残念だがパチモンだ

だって俺が持ててるし……


置物を置いて、次は……と……

「それならこれは?」

これは……猫っぽいぬいぐるみ……? 目が妙に真っ青でちょいと買い手には難儀しそうだ

「ニャムというキャラクターのぬいぐるみだ。数年前にアンバーキングダムで貰ったものだ。買って行くかい?」

「遠慮しときます」

流石に人形はいらんしな。え〜っと……

「これ……うわっ!?」

「どうしたよルディ、そんな紙切れなんかで? ルイ、これは何なんだ?」

「ああ、それか。よく分からないんだがな、何でも南の大陸から来たものらしい」


痛っ………ヤバい。これは護符だ……しかもかなり強力な類の……


「おいおい、良く分からない物を店に並べるなよ…… これは俺が貰ってくから」


シトロが持っておくなら……まぁ安全かな。直接触れなければどうという事はないし


「そうしてくれ。ルディくんは別に欲しく無いだろ?」

「ええ、シトロの魔術の訓練が上手く行くように御守りとして持たしておきましょう」

「よっしゃ! また明日から頑張ろう! 頼むぜルディ!」

「はいはい………」

もう暫くはここにいるし、その間ならな……


「どうだ? せっかく出店が多く出ているんだから少し回ってこい」

「え、いいのかよルイ? てっきり店の手伝いしろとか言われると思ってたんだけどな」

「ルディくんがいるからな。たまにはお前も目一杯遊んで来い」

「マジかよルイ! 今日はいつにも増してかっこいいぜ!」

なるほど。この年代にも関わらず親代りであるルイの悪口を一言も聞かないのは、ルイがこんな人柄だからか

どっかのバカ家族にも見習って欲しいものだ




ーー




「いや、この玉蜀黍ってのはなかなか美味いものだな」

屋台で売っていた焼き玉蜀黍に歯を立てながらそう言ったら、シトロは驚いたようにこう言ってきた

「なんだよその言い方は? まるで今までこれを食ったことが無いような物言いだな」

あ、そうか……これ人間界じゃ結構メジャーな食べ物なんだっけ

「あ、いや……言葉の綾だ。こんなに美味しい玉蜀黍を食べた事が無かったからな」

「ふーん……旅のプロのルディもここまで驚くって事は、ここの奴は世界に誇れるって事なのかね…」



うん。なんとか納得してくれたようだな……… ふぃ〜、危ねぇとこだった


「そう言うシトロだっていろいろ旅してるんだろ? 最近はどこに行ったんだ?」

「え? んーとな……一番最近行ったのはバームステンだな」

バームステン? ウィスタリアじゃなくてか?

「いや、バームステン後はウィスタリアの予定だったんだけどよ、なんか事件があったらしくて通り過ぎたんだよ」

俺の不審そうな顔を見て察したのか、シトロはこう付け加えた


てか事件って多分俺たちの事だよな………スマン


「因みにバームステンにはいつ頃いたんだ?」

「えっとなぁ、確か202日だったから……いまから大体30日くらい前だな」

となると、俺とイリスが出会った頃の数日後って事になるぞ! あ、会わなくてよかった……



「あっ! ルディさ〜ん!」

俺が冷や汗を拭っていると、あっちから聞き慣れた声

「あれ? イリスじゃないか。それにサラとクランも」

前から3人がやって来た。なんだそのドでかい袋は?

「あ〜いいなぁ! アタシにも頂戴それ!」

「自分で買って来やがれ! あ、こら! 引っ付くなっ!!」

おいおい、お前らイチャイチャするなら他所でやってくれ………

「こら、2人とも周りの方にご迷惑です。早くやめてください」

「分かったよぉ〜 ケプッ……」

「お、俺の玉蜀黍が………見事に芯だけに…………」

「ここにまだ残ってるよ? 一粒」

「………………………………」

あ、シトロがめっちゃくちゃ震えてる………



「シトロさん? あの、大丈ーー」

「イリスはこっちだ」

「え?」

イリスは訳が分からないという風に俺を見てくる。大丈夫だ、すぐに分かる

「……クラン」

「ほぇ?」

「こんボケカスがぁあああぁぁああぁあぁ!!!」

「うわっ!?」

あーあ……やっぱり飛びかかったよ………そりゃシトロもキレるわなぁ


わーわーギャーギャー!!
ぷんすかふんすか!!
このウシオンナ!ギャーギャー!
心がセマいんだヨ おとこのクセに!わーわー!!


聞くに耐えない暴言の数々と共に取っ組み合いをしてるし…… どうすんのこれ?


いいぞ! やれやれ〜♪
嬢ちゃん頑張れ! 男なんかにゃ負けるな!
どっちが勝つか賭けますかな?
嬢ちゃんに500エカ!


ギャラリーまで集まってきたし…… どう収集つけんだよこれ


「はぁ…… ルディ様、イリスさん。暫くこの街をお二人で見学なさって下さい」

「いや、こいつらはどうするんだよ?」

今現在取っ組み合いの真っ最中なんだが?

「そうですよ。早く止めないと」

「大丈夫ですわ。いつもの事ですから……… それに暫く経たないと絶対に止められません」

サラは溜息を吐いてそう言うと、俺達の背後を指差した

「幸いにもすぐそこにシェーヌの大聖堂があります。神話を聞いてきたら如何でしょうか? その頃にはこちらも終わっていると思います」


わーわー!ギャーギャー!
ギャーギャー!ふんがー!!
ペチペチ! バチバチ!
شضغب!
なにそれ?


本当に終わるのか?


てか今シトロの奴、火炎呪術詠唱しなかったか!? ま、出てないけど


「大丈夫ですわ。なにせわたくしがいるんですから」

疑わしい目線に気付いたのか、サラは安心させるようにそう言った

その表情は諦め……とは違うな。無我の境地と言うか慣れていると言うか………とにかく安心感が凄い

「なんて言うか……サラも苦労してるんだな。頑張れよ」

「ええ、ありがとうございます。それではまた後ほど」

「ああ、行こうぜイリス」

「はい! それじゃサラさん、また後で」



「はい。また後でお会いしましょう。………………さて、どうしましょうか……」




ーー




大聖堂の扉は開かれていた

中は凄く厳かで、魔族人間関係なく圧倒される雰囲気だ

「これ入っていいのか?」

「多分大丈夫だと思います。入りましょう」


でかいシャンデリアと沢山のイス

そして最奥部には一つの像があった



草原の真ん中に一人の青年。そして一つの小さな石碑

青年は空を見上げて喜びとも悲しみとも取れる表情を露わにしている

これがなにを意味しているのかは分からない……いや、これから分かるのか……


ところで


「なぁ、イリス。その神話ってのはどうやって聞くもんなんだ?」

「えっと………さぁ?」

さぁ? って………

「いや、前回はどうしたんだ? ウィスタリアでは聞けたんだろ?」

「前回はたまたま大聖堂に人がいたんです。だからその方に聞いたんですけれど…… 誰かいませんかね……」

おいイリス、どこに行くんだよ……

はぁ、参ったなぁ…… ん? あっちに立て札があるぞ?



「なになに? 『神話の語り部の来堂日カレンダー』だと?」

え〜っと……今は東暦658年の第235日だから………げっ!?

「おい、イリス! 次に語り部が来るのは260日だ! あと25日も……イリス?」

いない!? 何でだよ! 今の今までここにいたのに!

慌てて周りを見渡すと……いた! 大聖堂のすぐ外にいる!


「へ〜………なん………」


なんか誰かと話してるみたいだが…… 誰だろ? あの3人じゃなさそうだし……

取り敢えず俺もそっちに行くとしようか


「おいイリス。一体なにをーーー」

「きゃあっ!?」

「え?」

俺が扉から顔を出した瞬間、イリスと会話していた人物が軽く悲鳴をあげた

まるでなにか信じられない物でも見たようにだ


「ど、どうしたんですかお姉さん?」

「い、いえ何でもないわ。ゴメンねビックリさせちゃって……」

そう言いつつもその人物は俺の顔をまじまじと見てくる。なんか気持ち悪いな……


「ルディさん。この方がウィスタリアで私に神話を教えて下さった方です」


なるほど、だからそんなに親し気に話してたのか

歳は大体17歳前後といった所か? 白い長髪を風にたなびかせた美しい女性だ

あと、なんとなくイリスと雰囲気が似ている。生き別れの姉なんじゃないかと思っちまうくらいだ

「そうですか。俺はカルディナル。ルディです。ウィスタリアではイリスがお世話になりました」

手を差し出して握手を求める

「え、あ! ど、どうも………は、初めまして」

相手も握手をしてくれたが、その手は軽く震えていたように思う


一体どういう事………





その瞬間、最悪のパターンが俺を襲った



まさかこの女……



俺の正体に気付いているのか……?



そうだとしたら全て合点がいく


俺に驚いた事も…
この挙動不審さも……
手が震えていた事も………


マズイな……ここで戦闘になるわけにはいかない………

そんな事をしたらイリスまで魔族であるという札を貼られちまう


くそっ! どうしろってんだ!




「ルディさんってば! 大丈夫ですか?」

「え? あっ、悪い」

どうやら俺が考え事をしてる間に話は勝手に進んでいたらしい。あの女性は、既に長椅子に座っている


「お姉さんはどうやら、ここの神話も知っていらっしゃるようなんです。なので今から教えて頂く事になりました」

イリスは嬉しそうな顔で俺にそう言ってくる。だが生憎、今の俺にそんな余裕は無いんだ!

「あ、あぁ〜……そのだな………」

「さ、早く行きましょう! 私もう待ち切れません!」

「お、おい! あんまり引っ張らないでくれって!」

イリスに裾をズルズル引っ張られて大聖堂の中へ

こうなりゃ自棄だ! あとは地となれ森となれ!!

女性の横にイリス、そしてその横に俺が座る



「…………………………………」


「…………………お姉さん…?」


「………………………………………………………ふぅ……」


女性はしばらく天井を見上げていたが、やがて小さく息を吐いて軽く微笑んだ

「ゴメンね………ちょっと疲れてるから」

「いえ、謝る事なんて…… それに私はそんな事を言ってるんじゃなくて……」

……イリスのこの表情………… これは人の心を理解しようとしている表情だ

俺もこの旅路で何度か向けられたこの表情…… 一体何に気付いたんだ?


「なに?」

「なんかお姉さん……泣いているみたいだったので……」

「え?」


もちろん女性は涙は流していないし、声も別段震えていなかった

それでもイリスの言葉に反応をしたという事は、多分この人は泣いていたのだろう


俺達には見えない心の奥深くで………


「あ、いやごめんなさい! ただなんとなくそう思っただけなので………」


女性は申し訳なさそうに頭を下げるイリスをジッと見つめていたが、やがてふと微笑んでイリスの頭に手を伸ばした


「大丈夫よイリスちゃん。私は怒ったりなんかしてないからそんなに自分を責めないで」

「は、はい。ありがとうございます」

「ふふっ、どう致しまして」


なんかさっきから俺が無視されてるんだが…… それに神話はどうしたんだよ?


この女性は俺の事を気付いてんのかどうなのかもまだ分かってないし………


「大丈夫ですよ。ちゃんと貴方の事も覚えています」

「あ、そりゃどうも……」

なんだこの女は……人の心の隙間を見計らったかのように話しかけてきやがって………

「それに……旅人の方の素姓を探ろうだなんて無粋な事はしませんよ」





なっ!?



「そうですか……そりゃどうも…………」


なんだ? この女は………本当になんなんだ?


これは俺の正体に気付いての牽制なのか?

それとも、俺の様子を見てなにか勝手に察したりでもしたのか………


チッ、仕方ない

有難い事に探らないと言ってくれたんだ。有難く受け取っておくか




「ふふっ、それじゃあ語りましょう。このシェーヌに伝わる神話……『神となった少女』を」


投下終了

魔術と呪術の区別はウィスタリア地方の奴から始めた区別なので、最初の方はごちゃ混ぜになってます

中々食えない人だな



続き待ってる



第3章 4話


【侵入者】



「ふいぃぃ……… いい湯だぜ」

「爺臭い奴だなお前は……」

「いやいや、誰でもこうなるだろ〜」

「すっかり骨抜きになっちまってる」


神話を聞き終わった後、俺とイリスはシトロ達と合流して温泉に行く事になった

なんでもこの温泉、かなり有名らしく効能も豊富だそうだ

俺の肌も結構ピチピチに……いやなんでもない………




「あぁ………いい湯だぜ本当に。こんな貸切なんて珍しいんだぞ」


確かに誰もいないよな

有名ならそれ相応の人数がいてもいいはずなのに、俺とシトロ以外は誰もいない



「なぁ、なんで誰もいないんだ?」

「はえぇ……? 多分この街の人は皆、明日の祭りの準備で忙しいんじゃないか?」

ああ、確かにルイが言ってたな。祭りがあるって

「例年通りなら明日だな。街の全員が一気に稲を刈り取るのは爽快だぞ〜」

「刈り取る? それじゃあ祭りと言うよりも大規模な収穫じゃないのか?」

「刈り取って、そんでもってその一部を石碑に祀るんだよ。この地を護る豊穣の神シェーヌに」

なるほど。祭りと言うよりもある種の伝統行事みたいなものか

神話を聞いた今、なんとなくやる気も出るってもんだな

「ふあぁぁ……眠い……… 魔術の練習ってのは本当に疲れるんだな」

「あの程度まだまだ序の口だ。今度からはもっと魔力を放出する訓練をしなくちゃあな」

でも、たった一日で発音を身につけたのはデカい。この調子ならこいつが火炎を出せるようになるのもそう遠くはーーー


『ひやぁああぁああ!!』


「うぉっ!?」

壁を一枚隔てた向こう側から突如響いた悲鳴に、流石のシトロも微睡から覚醒させられたようだ


「なんだ今のは? クランの悲鳴か?」



『なにすんの?! ちょっと! やめてって!!』

『知ったことじゃありません! なんですかクランさんは! わたくしの眼前でよくもそんな……!』

『さ、サラさん…… 落ち着いて下さい……… クランさんもわざとじゃ…』

『ええ分かってます! 分かってますとも! それだけに腹正しくて仕方ありませんのッ!!』



「…………………………………」

「……………何固まってるんだよ? ま、気持ちは分かるけどよ」


固まりたくもなる!


今のは紛う事なきサラの声!


サラだぞサラ! しかも思いっきり怒鳴り声だ!


「サラはたまにああなるんだよ。放って置けばそのうち止むから」

「たまにって……一体なんでーーー」



『サラさん! 落ち着いてくださいってば!』

『落ち着いていられません! わたくしからしたらイリスさんも同罪ですのよ!!』

『わ、私もですか!?』

『わたくしよりも5つも歳下なのに………よくも……よくもぉ!!』

『だあぁ! 泣くなってば! 女の価値はおっぱいだけで決まらないってば!』

『ほぼ胸で決まりますのよッ!』

『わ、私だってそんなにありませんし……』

『イリスさんはまだ成長なさいます! わたくしは……わたくし…はぁ………』

『な、泣かないでください! ほ、ほら! 私を見てください! 胸を張っても全然無いですって!』

『わたくしよりはあるじゃありませんかッ!』

『あんまり慰めになってない………あ』


『クウゥゥゥラアァァァンウゥゥゥさあぁぁぁん!!!!』


『ひやぁ!? ちょ! サラ! ストップ!! ひうっ!? やあぁ……も、揉まない…で……』

『こんな! 柔らかくて! ムニュムニュしててッ! 綺麗な胸で! 幾人の男性を魅了して来たんですかっ!!』

『くすぐったいって! や、やめてぇええぇえ!! ふあぁぁっ!!』

『落ち着いて下さいクランさん! まだ成長します! 絶対しますから!』

『わたくしっ! 次の次の人生ではもっと女性らしさを身につけます! 絶対です! クランさんのように!』

『ひあっ…………んぁ…ひぃ……あっ…はぁ…』

『次の次ってどれだけ自信がないんですかっ! それよりも早くクランさんの胸から手を離してーーー』



「…………………………………………」

「…………………………………………」


こんな嬌声を聴かされたら男はたまったもんじゃない………

ていうか俺の中に構築されていたサラのイメージが、音を立てて崩れ去ったんだがどうしてくれる?


「なぁ、ルディ」

「なんだ?」

シトロが俺に話しかけて来る。なんか妙に達観した声色だ

「俺………先に上がるわ。そんじゃな」

「お、おう………」

そそくさと風呂浴場から出て行くシトロ。大丈夫だろうな……? いろんな意味で………


相変わらずあっち側からは3人の騒がしい声が聞こえてくるし……


……とは言っても、騒いでるのはサラだけなんだけどな


『もう嫌です!! なんでわたくしばかりがこんな酷い目に遭わなくてはなりませんの!!』

『だ、大丈夫ですって…… そ、それよりもクランさん!? 涎垂れてますよ!!』

『…………………』

『これでわたくしの心に負った痛みの1/10くらいはお分かり頂けましたか!?』

『こ、これで1/10ですか!? ちょっとクランさん! しっかりして下さい!』


うん。相変わらずサラが荒ぶってるな………

でもま、真に注目するのはそこじゃない




イリスは明るくなった



最初に合った時はいつもオドオドしていた

その後もずいぶん長い間、それは続いていた


でも、今はそうじゃない


よく笑うし大きな声も出すようになった


俺との出会いを経て様々な経験をし、様々な出会いがイリスを変えたのだろう

このままずっと旅をして、沢山の街を回って……そしてどうなるんだろうな


ククッ…シトロの爺臭さが移ったか? そんなのはその時になってから考えりゃいい事だ

どうやら俺ものぼせてるみたいだ。先に上がらせて貰おう


「おーい、聴こえるか?」


『クランさんのーーーー』

『はーい! 聞こえますルディさん』

俺が声をかけた瞬間、サラの声がピタリと止んだ



『ごめんなさい、うるさかったですよね……』

「違う違う。上がる事を伝えたかっただけだ。先に待合所で待ってるからな」

『あ、はい。分かりました』

イリスの声を聞きつつ立ち上がり脱衣所へと向かう

当然だがそこにシトロの姿はない。どこで何をしているのやら……


「一応見ておくか……」

念のため脱衣所に誰もいないか確認する。万が一にも見られるとマズイからな


「誰もいないな」


一安心した所で魔力布を生成しローブを形作らせ身体を包み込む。この間わずか0.5秒未満だ

この魔力布は使い勝手がいいが、如何せん目立ち過ぎるのが欠点だ。なにせ俺の固有魔術だからな

簡単な話、街中で女が魅了の呪術を使うようなもんだ。そんな事したら一発でサキュバスってバレちまうだろ?



「おーい、シトロ……いないな」

脱衣所から待合所に出たんだが、シトロの姿はない。てっきりここにいると思ったんだけどな……

しょうがない。とにかく髪を乾かすか


「شضغب ءخيق」


これは風撃と火炎の魔術だ。これをいい感じで混ぜると手から温風が出るようになる

別に自然乾燥に任せてもいいんだけどな、髪が長いから重たくてしょうがないんだ

これくらいなら人間にも使えるし別に見られても大丈夫だ


「うーん……確かに少し髪がツヤツヤになったか? それとも元々こんなだったっけ?」

髪を触ってみたらいつもよりツヤツヤしてる感じがする。それとも俺の思い込みか?

しょうがない、後でイリスに聞こう。イリスは俺の事を俺以上に知ってるからな


まあ、とは言っても表面上の事だけなんだけどな…………



「…………………………………………」

しばらくの間無言で髪を乾かすことに専念する

それと同時に明日の祭りへ思いを馳せる

かなり大きな祭りのようだしな。結構楽しみにしてるんだぜ?

イリスも楽しみにしてるみたいだし、明日は全員でいろいろ回ってみようか

そういえばルイは来るのか? それとも明日もやっぱり出店に回るのか?

考えてみればルイにもしっかりとした礼をしていないし。明日に何かしてみるかな、イリスも誘って




「なんだかなぁ…… 俺もずいぶん平和ボケしたよ………」

椅子に座りながらそう独りごちる

結局、ロゼとの対決からは特に戦闘も無いし。行商団を襲ってたのだって(俺からしたら)弱い魔物だったし

もちろん平和が第一なのは勿論なんだけどな……刺激が足りないって言うか………


「ルディさ〜ん!」

「お、上がったか」

向こうからトコトコとイリスがやって来た



「ほら、まだ髪が湿ってるぞ。バスタオル寄越しな」

イリスからバスタオルを引ったくって髪を軽く拭いてやる

「あぁ〜極楽ですよぉ♪」

「てかまだシャンプーが残ってるじゃないか! خضحفلنل شضغب」

今度は水撃と火炎の混合だ。いい感じのぬるま湯の球にしてから髪に軽く当てる

ほらアレだ。よくシミを取るのに濡らしたティッシュでポンポンとやるだろ? アレと同じ感覚だ

「あ、ごめんなさい。まだ残ってましたか?」

「大丈夫だ、いま全部取ったから。今度から気を付けろよ」

「はい!」

この会話も今日で4回目なんだがな…………



「おぉ〜! 相変わらずイチャイチャしてるねぇ〜♪」



「…………………………………」

「クランなぁ……いつも言ってるけど別にイチャイチャしてる訳じゃーーー」

「はっ! よく言うよ。どっからどう見ても恋人にしか見えないよ!」

そんな事言うなよ! 意識しないように気をつけてるんだから!

「ねっ? サラもそう思うでしょ? サラ?」

「…………あ…………あぅ……」

どした? なんか顔が真っ赤だぞ?

「サラ? どこか具合でも悪いのか? 逆上せたりしたのならここに座れよ」

長椅子を横にずれて、サラに座るよう勧める

あ、因みにイリスは俺の膝の上に座ってるぞ。俺を背もたれにする感じで

「い、いえっ……け結構で、す。お先にし、失礼致ししまひゅわ!」

「あ、おい! そんなんじゃ危ないって……」

「走って行っちゃったよ……? どうしたんだろ?」

全く現状が掴めない俺とクランにイリスがこう言ってくる

「多分恥ずかしいんだと思います。さっきのお風呂の会話をルディさんに聞かれたんですから」

「あっ………」

「なるほど……」



そう言えばそうだ。考えてみたら俺が声をかけた瞬間、サラが静かになったし…… きっとアレで正気に戻ったんだな

「おっぱいなんて気にする事じゃないと思うんだけどなぁ…… ねぇ?」

「ここで俺に同意を求めるな」

「いや、でもだよ? ルディ君は実際どうなの? やっぱり大きい方がいい?」

「あ、私も気になります」

「イリスまで!?」

「私も女の子ですから。やっぱり男の人の考え方は気になります」

「ほらほら! イリスだってこんな風に言ってるんだからハッキリと言っちゃいなって!」

男1人に女2人。どうにもこの手の話じゃ不利だ…………


「あ、あぁ……いや……別にーーーっ!?」


月明かりの方向 距離4km

全部で10匹 内4匹は獣、3匹は鳥、2匹は……虫だ

最後の一匹は………獣牙系魔族………しかも……



「デカいな………」


「え?」

「うそ! ルディ君!? イリスがいるのに!!」

「…………いえ、やはり……ルディさんも……男性ですから……」

「あ、あぁ〜! ごめんイリス! まさかルディ君がこんな風に答えるなんて思ってもーーー」

「2人とも静かに!」

「ひゃっ!? な、なに? どうしたの!?」

「胸なんて……所詮は脂肪じゃないですか…………」


固まってこっちに向かっている…… それがせめてもの救いか


「クラン、イリス! お前たち2人は宿に行け。シトロとサラも見つけ次第、宿に篭ってろ」

「え、でもアタシ達は宿じゃなくて馬車なんだけど」

「いいから俺達の部屋にいろ! ルイにも声を掛けとけ! いいな!」

「あっ! ちょっと!」


2人の静止を求める声も無視して外へ出る



「ふぅ……不謹慎な事を考えたバチでも当たったか? 神話通り、神ってのはなかなかに意地悪な存在だぜ……」


悪態をつきながら魔力を足裏に集中。いつでも向かえる状態だ


「さてと……行きますか。せいぜい50万エカ分の働きはさせて貰おう」





後にして思えばこの時に気付いておくべきだったんだな………


三日月の方向めがけて跳ねて行く俺を………





その姿を見ていた奴がいた事に……………


投下終了です

寝落ちしました………
やっぱり酒の力は恐ろしい

乙す〜

乙乙!

巨乳と貧乳が1:2
>>1は巨乳より貧乳が好きなのか?



第3章 5話


【守護】



綺麗な三日月だった


シェーヌの人々は皆、明日の祭りの準備をしながら空を眺める


空は晴れ渡り雲一つない星空


それはまるで、空さえもが明日の祭りを楽しみにしているかのよう


しかしいくら空が綺麗だからと言って


大地までもが綺麗とは限らなかった……





「ふん、こんなもんかよ」


小麦の壁に挟まれた狭い小道にルディはいた

その表情はいつものように軽い笑みを浮かべながらも、それでいて同時に退屈そうな……相反する表情だ

しかし今のルディ微笑みに対して、同じように微笑みで返せるものは1人もいないだろう



だってルディの全身は朱に染まっているのだから……



4匹の巨大な狼は皆、その首を胴体から切り離されてそこにいた

凶悪な鉤爪と嘴を持った3匹の鳥は、その翼をもがれて地面に這いつくばり痙攣している

そして1匹の巨大なサソリは、その鋼鉄の鎧に炎の槍を突き刺されていた

その身はしばらくの間ピクピクと痙攣していたがやがて動かなくなった


「α-ウィメフェンとβ-ウィメフェン2匹ずつ計4匹。ホークが3匹。鋼鉄サソリが1匹、か。よくここまで集めたもんだ…… なぁ?」

そう言いながらルディは、サソリの死骸を挟んだ先にいる人物に声を掛ける

その口調はイリスやシトロ達にかけるソレとなんら変わりは無い


それだけに恐ろしかった



「お前さ、この街に何しにきたんだよガルンナ?」

ルディが先ほどから話しかけているのは、一言で表すならばトラの頭をした巨大な人間であった



筋骨隆々の上半身にはなにも着込んでおらず、2本の鎖を交互にたすき掛けにしている

下半身にはどこかの魔物から剥ぎ取ったのであろう皮を、幾重にも巻きつけていた

体長は3mはあろうかという巨漢で、ここにルイがいたならば彼が小さく見えてしまうだろう

さらには鋭い牙、そして並の人間なら睨まれただけで死を覚悟するような鋭い眼光を持っている

最も凶悪な武器として手の甲から、5本分かれした鋭い鉤爪が伸びている


しかしどれほどの武器があろうとも

どれほどの実践経験や実力があろうとも

人間を殺し、引き裂き、喰らって来ていたとしても



1人の強大凶悪な魔族の前にはなんの意味も成さなかった……



「どうした? 俺の声が聞こえなかったか?」

何度でも言うが、ルディの口調は友人に語りかけるソレとなにも変わらない

しかしガルンナと呼ばれた魔族は、ソレに底知れぬ恐怖を感じている

それ故口が全く動かない。なにも話す事が出来ない。命乞い、言い訳をする事すら出来ない


絶対的な敵意を持った魔族カルディナルの前で会話をする事は、死に立ち向かう事と同等の恐怖であった


「さて、どうしてくれようかな……」

ルディが一歩踏み出した

「ーーっ!」

ガルンナは声にならない悲鳴をあげて、後ろに一歩下がった



「なぁ、もしかして『ガルンナ』ってのが分類名だから返事しないのか? それならお前の名前を教えてくれよ」

ルディはまた一歩踏み出す

「俺はさ、ただお前と話がしたいだけなんだよ……」

一歩踏み出す

「まさか、これだけの魔物を引き連れて来たにも関わらず目的は無いとでも言いたいのか?」


一歩踏み出す



ペキッ


炎の槍で地面に張り付けられていた鋼鉄サソリは、ルディに踏みつけられて小気味良い音を立てて潰れた


「ほら、別に殺しゃしねえよ……… そんなに怖がられると俺としても悲しいじゃねぇか」

ルディは軽く笑いながら一歩、また一歩と歩いて行くが、それに伴いガルンナも一歩ずつ下がって行くので距離は全く縮まらない

むしろルディとガルンナの歩幅の差で、少しずつ2人の距離は遠ざかっている



「うゥ………」

「そんなに怯えるな。だいじょうぶだからよ……」

ルディはあくまで優しく、そして静かに語りかける

「や、やめロ! クるな!!」

「お、喋れるじゃん」

ルディは初めて意思の疎通ができた事を喜び、顔を綻ばせた

「それじゃあよ、話して貰おうか。なぜこの街に来たのかをな」

「い、イヤダ! ハナしたくなイ!」

「おいおい……この状況でお前に拒否権なんかあると思ってんのかよ」


ルディがまた一歩踏み出したその時だった


突如、左の稲の壁から巨大な蜂が飛び出した。スキュッドだ

ルディはその急襲を後ろにステップして躱す

「おっと、そう言えばもう1匹いたんだっけ」

ルディは全く動じる事なくそう独りごちる

全長1mはあろうかという巨大な蜂を前にして、なぜここまで彼は冷静でいられるのだろうか

その答えは次の瞬間これ以上なく簡潔に提示されていた



ルディは面倒くさそうに息を吐くと、ただ一言つぶやいた


「اظبحمخيغبك:٢」


音は無かった

火花も散らなかった

その他なんの外乱も無いように見えた


しかしルディの詠唱は一瞬にしてその命を確かに刈り取っていた


スキュッドはその腹にぽっかりと穴を開けて、ポトリと地に落ちていた



「さてと……邪魔者はいなくなっーーーいねぇッ!?」

ルディがスキュッドに気を向けていた僅か一瞬の隙に、ガルンナはその姿を消していた

やはりトラ型の魔族だけはある。敏捷性はそれなりのものらしい

「はぁ……面倒くさいなぁ………」

ルディは後ろ手に頭をかきながらそう呟くと静かに歩き出した

先ほど街の中心部に張った感知魔術の結界に反応は無い。つまりガルンナは街の外側へと向かっているのだ

だから焦る必要は無い。ルディがそう思ったのも無理は無い



そして、その判断が間違いであった事をルディが思い知るまであと少し………


以上です

一回の投下が長すぎてもアレなんで今回から少し短くします


>>406
さぁてね……
もし貴方が巨乳派なら今までで最も巨乳なキャラ再登場させましょうか?












イリスのお母様はロゼ以上の巨乳です

乙です

それは遠慮します

ルディの性能とか外見の説明を聞いて月夜に響くノクターンのレヴィエルを思い出した。
てか、メイン二人のルディとイリスの関係性が非常によく似てるから原型はその付近から?
まぁイリスの生い立ちとか、旅路については全く違うし、面白いから就活中の楽しみにさせていただきますぜ

>>417

この物語は月夜に響くノクターンに影響を受けたものではありません (と言うか初めてそのゲームの存在を知りました。今度プレイしてみたいと思います!)

しかしながらwikiってみた所、確かに立ち位置や性能など酷似してますね。性格は多少違うようですが

しかもストーリーや登場人物を調べた所、これからやりたいと思って既にプロットを立てたものとほぼ同じ展開が………… (ルディの病気をイリスが治すという展開)


少し展開を組み直してみます。しかし既に決定しているストーリーの根幹はそのままいくので、設定的に酷似した部分も出ると思います

それでもなるべくオリジナリティを出そうと思いますので、これからもこの物語をよろしくお願い致します

取り敢えず早い所シェーヌ編を終わらせないと…… あと2〜3話の予定です

>>418
>>417です
決してパクリなどの中傷といった意図はなかったのですが申し訳ないこと書き込んだことをお詫びします・・・orz

でもまーほぼ最強の主人公が儚げなヒロインに助けられるってのはファクターとして王道の重要な一つですし、あまりお気になさらず〜

個人的にとても登場キャラクターや世界観、神話などもとても気に入ってますので無事完結めざしてがんばってください。

>>419

いえいえ、このままじゃ意図していなくとも本当にパクリになってしまう所だったので感謝してます!

主人公の立ち位置はこれからも重なる所が出ると思いますが、登場人物の性格やその他の展開でオリジナリティを出さねば! と気を入れ直す良いきっかけになりました

これからもこの物語をよろしくお願いします

ほう

乙乙!

何だ1:1か
ありがとうございました


最初にこれだけ言っておきます



ごめんなさい





注意

キャラ崩壊



番外編


【ルディとイリスのクリスマス大作戦】


うう、ん………

なんでだろう、なんか今日はやけに寒いですね。まだ夏なのに………

でもこのお布団は暖かいですよぉ〜 もうちょっと眠ってーー


「目を覚ませぇ! イリスゥ!」

バンッ!

「ひゃっ!?」

な、なんですか今の音!?

「おいおい、寝坊助だなイリスは〜♪」

「る、ルディさん!? どうしたんですその格好!」

「ん? これか? 気になるか? 気になるのかっ!? いたいけな少年の秘密が気になるのかぁ?」

ルディさんは目を輝かせて聞いて来た

「は、はぁ……正直すごく気になります」

今のルディさんの格好は全身に茶色い毛皮を着込んで、頭からは角が生えている

そしてその鼻には真っ赤なトマトが一つ…………

「ふははは! 今日のためにわざわざ狩って来たんだ! 今日の俺はトナカイだぜ!」

「は、はぁ……そうですか」

「クラッカーもこんなに用意したし! さぁ、行くぞ!」

「は? あの、今日はなにかありましたっけ……?」

「はぁ?」

私がそう聞くとルディさんは“何を言ってるんだコイツ?”という表情で私を見て来た


…………なんか少しイラっと来ます


「自分の格好見てみろ」

「え、何を言ってーー何ですかこれぇ!?」

真っ赤な洋服とズボン。そして白いモコモコ。さらには帽子まで!?

「行くぞイリス! いやさサンタガール! 今日は皆にプレゼントだぁ♪」

「え、ちょっと!? 服つかんでなにする……きゃああぁああぁああ!!」

一体何がどうなってるんですかぁあああぁああ!!!



ーーシトロ・ルイーー


「よし、寝てるな」

「あの、大丈夫ですか……? こんな急に忍び込んで………」

男性専用の馬車で眠っているシトロさんとルイさん。起こさないようにしないと………

「ほら見ろ! シトロのやつ律儀に手紙と靴下ぶら下げてんぞ!」

「こ、声が大きいです!」

シーっと強く嗜めるように注意する

「えーっと……手紙には………」


“呪術の才能が欲しい”


「る、ルディさんどうするんですか? こればっかりはどうにも……」

「…………………ふむ」

ルディさんは何かしら考えるようなポーズを取る

でも一体どうするんでしょうか?


「イリス、その紙を貸してくれ」

「え? はいどうぞ」

えっと、ルディさん? 何するつもりですか?



“呪術の才能が欲しい”

「……これを消してと」

“ が欲しい”

「こうしておこう」


“新たな快感が欲しい”


「よし!」

「よくないですよ!? 絶対にダメですよ!? よし、じゃないですって!!」

「シーッ、イリス。声が大きいぞ♪」

笑いながら人差し指を口に当ててそう言って来た



む、ムカつきます………



「よし、それじゃあシトロに新しい快感を与えてやろうか」



そう言うとルディさんは両手を組み、人差し指を突き出した

そのままシトロさんをうつ伏せにして、そして…………



「悪絶割滅尻突!!」


「ぐああああああああぁあぁぁぁぁあああぁあ!!!」



シトロさんは大声をあげ、そのままピクリとも動かなくなった


「よし!」

「よしじゃなーい!!!」

なんて事してるんですか!! これじゃシトロさんが可哀想過ぎます!!

「大丈夫だ! きっと明日には新たな快感に目覚めているさ!」

「そんな事あるわけーー」

「えっと……ルイの方はぁ〜っと……」

「無視して進めないで下さい!」


“酒”


「酒か………」



「お酒ですか。ルディさん持って来てますか?」

「この前ウィスタリアの病院で消毒用に使ったものならここにあるぞ。これで良いだろ」

ちょっと!?

「だ、ダメですよ! それは飲むためのものじゃないんですよ!?」

「大丈夫だって。このへべれけにそんな気遣いは無用だ」

「失礼過ぎます! とにかくそれは預かります!」

ルディさんの右手にある瓶を取ろうとすると

「ダメだって! 絶対にこれで兵器だから」

「兵器じゃダメでしょう!! いいから渡して下さい!」

「ダメだって……こら!」

「んんんっ! あっ!」

ポロッ

「あ……」

私とルディさんが揉み合った所為で、手から瓶が抜け落ち………


「くぎゃああぁあぁああぁあああッッ!!!」


「る、ルイさんの鼻に! ルディさん!」

「さ、次行くぞ!」

「ルディさああぁぁあぁぁああぁあんッッッ!!!!」



ーークラン・サラーー


「とは言っても隣の馬車なんだけどな。どうだイリス?」

「2人とも寝ています」

と、言うよりもさっきからルイさんの悲鳴が………… もういいや、考えるのはやめましょう……

「よし、靴下は……両方あるな。手紙には何と?」

「えっとですねぇ……クランさんの方から読み上げますね」


“アクセサリーが欲しい”

“胸が欲しいです。クランさんの様になりたいとは言いません。ですが! あと1cm! 本当にそれだけで良いですので! 他は何も望みません!”


よほど強い筆圧で書いたみたいですね……… とても力強い字です


「サラさん……… いい加減諦めたらどうですか………」

少し可哀想だけれども現実を受け入れないとダメですよ………

「クランの方にはこれをやろう」

「え、それは何ですか?」

ルディさんが取り出したのはネックレスだ。でも材質がわからない……

「触って見る?」

「はい。ひゃ!?」

なんか柔らかくてぶにょぶにょしてます………

「ほ、本当にこれは何なんですか? こんなもの触った事ないですよ……」

「これはな、10頭の牛の[ピーー]を[ピーー]って[ピーー]たものーーー」

「いやああぁああぁああ!!!! ルディさんなんて物をプレゼントしようとしてやがるんですか!!」

おおお、思いっきり触って……いゃあぁあぁあああ!!!



「いやいや、これ結構貴重なんだぞ? 柔らかいし一頭の雄牛から2つしか取れないし…… ほら、綺麗に20個繋がってるだろ?」

「あ、本当だ……綺麗ですねぇ…………って! ンなわけないでしょう!!」

「ナイスノリツッコミ♪ テヘペロ♪」


ぶ、ぶん殴りたい………



「それじゃあ次はサラだけど……」

はぁ……

「こればっかしはどうにもなぁ………あっ!」

「なんですか?」

またルディさんが変な事を思いついた様です

「イリスよ! 胸は揉めば大きくなるという! ここは俺がーー」

「ふんっ!」

殴りました。思いっきり殴らせて頂きました!

お腹を抑えて悶絶しているルディさんを尻目に、私はサラさんに手を合わせる

「ごめんなさい。これは私達には叶えられません。でもせめて、私にも祈らせてください」

たっぷり30秒祈りました。これでせめてものプレゼントになったでしょうか………

「い、イリス……お前、いつから…そんなに強、く……」

「知りません! ふーんだっ!」



ーーレゼダーー


「ウィスタリアに来たぜ! ヒャッホー♪」

「ルディさん! 静かにして下さい!」

今のルディさんは毛皮着込んで角生やして、さらには鼻にトマトを付けてるんですよ!! どっからどう見ても不審者です!

「さあ! レゼダに会いに行くぜ!!」

「あ、待って下さい!! 走ると転んじゃいーーー」

「ふみゅ!」

あーあ、転んじゃった……… 顔がトマト果汁塗れです…………



『…………………ふむ』


「ルディさん。レゼダさんはまだ起きてますよ」

「本読んでやがるな。なにがふむ、だ! かっこ付けやがって……ペッ!」

いや、ツバを吐かないで下さい…

「でもどうするんですか? このままじゃ何もできませんよ?」

本当は何もしない方が良いんですけどね……

「仕方ない。眠ってもらおう。イリス、ちょっとこのトマトを持っていてくれ」

え? ルディさん、相手を眠らせる呪術を使うーーー

「うりゃぁあああぁああ!」

バリーン!



「ルディさん!?」

「うおっ!? き、君はルデーー」

「クラッカーアタック!!」

バンバンッ!


「うおっ!? 紙吹雪がっ!」


「そして先手必勝! 必殺トナカイ流星イズナ落し!!」

「ただの突進じゃないですか!!」

「ぐぉあ!? 角が……目に……」

い、痛そう………

「止めだ! ふんっ!」

「ぐっ……………」

「よし、任務完了だ。初めてクラッカーが役に立ったな!」

全然完了じゃないですよ! それに使い方が間違ってます!

レゼダさんの部屋はそれはひどい有様です。窓ガラスは割れ本は散らばり、棚は全て倒れてしまってます

「クリスマスの夜に起きてるのが悪い! ロマンを求めるならこれが正解だ!」

「モラルを求めるなら大々的に間違ってます!!」



「まぁまぁ、さてとコイツは特に手紙を書いてないなぁ。このクズが………」

「たとえ手紙があってもこの有様じゃどうしようもないですっ!」

「うーん、仕方ない。コイツの顔に塩辛でも塗りたくっとくか」

「ちょっ!? どこからそんな発想が!!」

ベチャ! グリグリ!

レ、レゼダさんの鼻からイカの足が……………

「ふぅ、終わったぜ……」

ルディさんは何かをやり遂げたような表情です

「私達、絶対に何かを失ってますよね…………」



ーーロゼーー


「寝てるな?」

「はい、寝ています」

ロゼさんはスースーと可愛らしい寝息を立てて寝ています

その様子はあの時のロゼさんからは考えられないほど可愛らしいです

「尻尾がフリフリとしてますね」

「ああ、イリスの言うとおり邪魔だな。切り落とすか?」

「私そんな事一言も言ってません!」

「なはは、フラチャマナカンジョークだ♪」

「フラ、何ですって!?」

「さてサンタガール。手紙を読んでくれ」

「はぁ、分かりましたよ………」

もう、この流れにも慣れました………

「それじゃあ読みますね」

「ドンと来いっ!」


“ルディ”



「…………………………………」

「…………………………………」

「次行くぞ!」

「こんな時だけ純粋に恥ずかしがらないで下さいっ!!」

「てへぺろ♪」



ーーオルトーー


「よし! とうとう最終目的地のバームステンだ!」

「はぁ……でも本当にお父様達にも渡すんですか?」

私はそれ程でも無いけれど、ルディさんはあまり私の家族にいい印象を持っていないと思うんですけど……

「この世には蓼食う虫も好き好きという言葉がある! 行くぞ!」

「それ絶対に使い方が違います!」


ああ、早く帰りたい……



「屋敷に潜入したのはいいですけれど……」

なんか途轍もなく嫌な臭いがします……… 何なんでしょうか……

「なぁ、イリス………」

「はい?」

「屁でもこいーー」

「ふんっ!」

殴りました。今度は顔を!



階段でのたうちまわっているルディさんを放って、階段を降りていく

この変な臭いは……厨房から………?

『ーーーーーー』

中から声が聞こえて来ます。これは……お父様の声?

音を立てない様に扉を小さく開けると、中にいるのは紛れもなくお父様だ

………は?

「おいおい、お前の親父は黒魔術の研究でもしてるのか?」

いつの間にやら復活していたルディさん。私の肩越しにそんな事を聞いて来た

………こればっかりは否定できませんね


厨房はひどい有様だった

鍋からは紫色の煙がもくもくと上がっていて、その中身がまた酷い………

オタマと牛の頭と人参まるごと一本。魚の骨とチューブのからしがそのまま入っている

その隣においてある悪魔への供物としか思えない物体………恐らくケーキでしょうか………

真っ赤なクリームからふつふつと気泡が出ています……

そして最も驚くべきところは……



『ふむ、我ながら上手く行ったな。ソモンもパールも喜ぶだろうな』


「何だってあのバカはあんなにも満足気なんだ?」

「ごめんなさい、私にもわかりません」

もう早くこの家から出たいです! 過去の事とか関係無しに! この臭いから逃れたいっ!

「仕方ない。あの男へのプレゼントは現実だ」

そう言うとルディさんはいきなりドアを蹴り飛ばして中へと入って行った

「おい、そこのバカ男!」

「な、なにっ!? 貴様ーーー」

「先手必勝! فحمضمكغن!!」

「ぐっ……はっ…………」

ルディさんの唱えた呪術を受けて、お父様は身体をくの字に曲げて後ろへと飛ばされた

慌てて私も中へと入った

「る、ルディさん! 今のは……」

お父様はまるで大きな丸太で突き飛ばされた様に飛ばされいた。そんな呪術見た事も聞いた事もありません!

「衝撃の呪術だ。ただ単純に高密度の魔力を飛ばすだけの術だが、物理的な威力はピカイチだ」

そう言うとルディさんは厨房に散乱するお皿やお箸を踏み越えて、お腹を抑えて横たわっているお父様へと歩いて行きました



そのままお父様の両腕を両膝で押さえつけ、胸板へと座り込んだ

「よぉ、メリークリスマス。ローズ・オルタンシャ殿?」

「き、貴様ァ! なぜここに来たァ!!」

お父様は脚をバタバタと振り回して必死に抵抗しているけれど、ルディさんは退かせない

「なに、今日はお前に現実を教えてやろうと思ってな。イリス、そのケーキ持ってこい」

え? この、ケーキと呼ぶと神様が怒り狂いそうな物体をですか!?

「イリスだとっ!?」

「ほら、早く持ってこいってば」

しょ、正直触るのも嫌なんですが…………仕方ないですね

お皿の両端を恐る恐る摘まみながら

「ど、どうぞ……」

「サンキュー」



ルディさんは私から受け取ったケーキの皿を、手の平に乗せる様に持ち構えた

「貴様ッ その家族のために作った私のケーキをどうするつもりだ!」

「こうするんだ、よッッ!!」

「ふゅ…………………」

ケーキを顔に被った途端、バタバタと振り回していたお父様の脚はパタンと落ち、ピクリとも動かなくなりました……


「ふぅ……これで大丈夫だ。この家の奴らも安心しただろうな!」

「否定はしません」



ーーイビスーー


「ここがお母様のお部屋です」

「あのババアか。寝ているだろうな?」

小さくドアを開けて見たところ中は暗くなっている。多分寝ています

「大丈夫そうだな、入るぞ」

「はい」

すぅすぅ寝息を立てているお母様の方へと歩いていく。うん、よく寝ています

「おっと…」

カタンという音と一緒にルディさんの少し焦った声が聞こえて来ました

「ルディさん、どうしました?」

「悪い悪い、写真立て落としちまった。え〜っと……ここで良いのか?」

「ええ、多分そこであっていると……」

「しかし、これは誰の写真だ? やけに格好良い男と凄い美女の写真だけどよ?」

写真立てと睨めっこしながらそんな事を言うルディさん。私はその後ろから写真立てを覗き込んでみる



「ああ、この写真ですか……」

「え? イリス知ってるのか?」

「ええ、しんこんりょこうですよ。お父様とお母様の」

「は?」

「ルディさん?」

そのままルディさんは固まってしまった

まるで幽霊でも見た様な顔でピッタリとです

尤も、その格好でこの暗い部屋にいるルディさんも幽霊と大差ない存在だとは思いますが……



「さ、さて……コイツの願いは何ぞ?」

たっぷり3分かけて復活したルディさん。自分の任務(自己満足)を思い出したらしく、ベッドの端に置いてあった手紙を私に差し出して来た

「えっとですねぇ………」


“クリスマスくらい、オルトさんと2人きりで過ごしたい”


「…………………………………」

「…………………………………」


なるほど、やるべき事は一つですね……

「ルディさん。例の物を……」

「ほれ、匂いは嗅ぐなよ」

お皿を手の平に乗せる様に持って…………

「お母様。これで貴女もお父様と同じ場所へいけますよ♪」


おおきく振りかぶって……


「えい」



ーーソモンーー


「クゴォーグゴォー!!」

「うっるせぇ!」

「本当に……うるさい、です」

お兄様ってこんなにイビキがうるさかったんですね……… いつも遠くで一人ぼっちだったから気付きませんでした

「コイツはこういう行事に興味なさそうだし早く次にーーー」

「いえ、ちゃんとお手紙ありますよ。ほら」

お手紙を手に取ってルディさんに見せる

ルディさんはポカーンとしてます


“動物に好かれる様になりたい”


「こんなお願いですか………」

何と言うか……いつの間にかこの欲しい物が、物ではなく願い事になって来てますよね?

サンタガールは物はあげられてもお願いは叶えてあげられませんけど…………

「あの、どうします?」

「まかせろ」

そう言ってマジックペンのキャップを外すルディさん………油性ですよ?



「きゅっきゅっきゅっ、と………うん。なかなか愛らしい顔になったじゃないか!」

「くっ………ふふ……」

だ、ダメです! わ、笑っては………くふふっ……

「る、ルディさ…ん………私にも、マジックペン……貸して下…さい」

笑いを必死に堪えながらルディさんにそう言ってマジックペンを受け取る

「お兄様。これは昔のお返しです♪」


きゅっきゅっきゅっ……と

あ、それとこのケーキ(?)もどうぞ!

お父様が作った素晴らしいものですからね!

「えい」



ーーパールーー


「なんか……とてつもなく凄い部屋だな………」

ちょっと頭のおかしくなっているルディさんも圧倒されてますね

でもそれ以上に私も驚いてます!

「お姉様、こんなにたくさんのお人形持ってたんですね………」

部屋は可愛いお人形で埋め尽くされてます。そして肝心のお姉様はというと

「くぅーくぅー」

ベッドの中で大きなクマのお人形を抱きしめて眠ってました

「さて、ちゃんと願い事は書いてあるか?」

「ありますね。読みます」


“新しい人形が欲しい”


「へぇ、最後の最後にキチンとした願いが出たな」

「そうですね。これならルディさんもお願い事を叶えられますよね?」



「ああ、これがあるからな」

そう言ってルディさんが取り出したのは、赤い着物を来た髪の長い女の人の人形です

「それはどういうものなんですか?」

「俺の生まれた大陸で作られた人形だ。なんらかの念が込められている様だな」

「へぇ……興味深いですね」

マジマジとお人形を見てみると、やっぱり可愛らしい顔をしています

「でもおかしいなぁ……」

「何がですか?」

なんでプレゼントする側のルディさんがそんな不審がってるんですか?

「俺が手にいれた時はこんなに髪が長くなかったんだがな。まぁ、いいか」

「良くないですよっ!!」

それ思いっきり曰く付きの人形じゃないですか!! なんてものお姉様にプレゼントしようとしてやがるんですかっ!!

もうさっきまでのイメージが崩れました! 不気味としか思えません!!



「いやほら、なんか高性能っぽくていいじゃん! 散髪の練習も出来るし」

「それはこのローズ家じゃなんの利点にもなりません!!」

これから代々散髪店になるローズ家なんて目も当てられませんよ!

「とにかくこれを渡しておいて………」

「いや、だから……もういいです…………」

「このケーキ(?)はどうする?」

「やめておきましょう………流石にお姉様には可哀想過ぎますし」

「そうか………」

いやなにシュンとしてるんですか!? そんなにこのケーキ(?)をぶつけるのが楽しみだったんですか!?

「この人形だらけの部屋を見ると、このバカも一応女だって事がわかるな」

「ええ、私も知りませんでした。お姉様にこんな趣味があったなんて……」



お部屋もピンクをベースとしてますし。サラさん以上に乙女なんじゃないですか……?

「よし、ケーキ(?)ぶつけて行こう!」

「なんでそうなるんですか!? やめて下さい!!」

ケーキ(?)を構えるルディさんを慌てて後ろから羽交い締めにする

私は小さいからルディさんにオンブされるようになっちゃってるんですが……

「うっさい! 俺が楽しければそれで良いんだ!」

「ダメです! 人としてそれはダメです!!」

「俺は魔族だぜ!!」

「関係ありませんっ!!」

このっ……早くそのケーキ(?)を離し……え?

「あ……」

ルディさんの手からぽろっとお皿が落ちて………私の、顔に………



世界がスローモーションになって行く…………



「あ、イリス…………」

「は、はい…………」

「メリークリスマス♪」

「め、メリー…………」


ベチャ…………












「嫌あぁああぁあああッッ!!!」

「イリス!?」

こ、ここは……ベッド…? そ、そうか……私達、宿に泊まっていたんだった……

「どうした? そんな飛び起きたりして?」

「はぁ…はぁ……ルディさん。おはようございます……」

「あ、ああおはよう。まだ夜だけど……… 大丈夫か? 汗が凄いぞ」

そう言って差し出されたタオルを受け取り汗を拭う。あ、冷たい……

「軽く氷結魔術使っといたからな。冷んやりしてていいだろ」

「あ、ありがとうございます。あの………」

「ん、どうしたそんな顔して?」

「あの、ルディさんってトマトは何に使うものだと思いますか?」

「はぁ?」

思いっきり怪訝な顔をされました……… そりゃまぁそうですよね……



「なぁ、本当に大丈夫か? な、なんなら医者でもーー」

「だ、大丈夫です! ですから窓を開けないで下さい!!」

窓から飛び立とうとするルディさんを慌てて呼び止める。ルディさんならこんな夜遅くでもお医者さんを叩き起こしてしまいそうです!

「本当にか? 凄く顔色悪いんだけど………」

「大丈夫です。ちょっと嫌な夢を見ただけで……」

「夢? どんな夢だ?」

「あ、それは……えっと………」


い、言えません……ルディさんが乱心してとんでもない事をしていたなんて……


「あ、あはは…なんでもないです。てへぺろ♪」

「てへぺろって………」

「ま、まぁまぁ! 私はもう一度寝ますね、お休みなさい」

そう言って布団を頭から被る

「お、お休み……」






全くもぅ……私の頭はどうなっているんですか! ルディさんがあんな事をするわけないのにあんな夢を見るなんて

でも夢ってどんなにあり得ない状況でも受け入れちゃいますよね? 何ででしょう?

ま、まさか、あれがルディさん含む皆さんの本当の姿だったり!?





……そんな訳ありませんよね




ですよね?


もう一度言っておきます


ごめんなさい





後悔はしてる
でも反省はしてない


一日遅れましたが、皆さんメリークリスマス!


果たして本当に夢だったのかwwwwww

>>449

>反省はしている。
後悔てしていない。


逆、逆ーー!?

面白いもんを見たwwwwwwww
乙乙

乙乙



第3章 6話


【邂逅】



これはルディが逃げたガルンナを追いかけ始めたのと同時刻

1人の少年が稲の壁に挟まれた狭い道を歩いていた

「ルディの奴、どこにいるんだよ………」

この少年、言うまでもなくシトロである

「多分こっちの方だよなぁ………」

シトロはそう言いながらキョロキョロ辺りを見渡す。とは言っても、一面が稲で覆われているのだが


シトロは先ほど、ルディが険しい顔をしながら温泉の外へ出るのを偶然発見した

何事かと思い追いかけたのは良いのだが、外へ出た瞬間ルディは恐るべき速さで街の外側へと走って行ってしまったのだ

シトロは好奇心からルディを追いかけたのだが、あまりの速さにすぐに見失ってしまい今に至る

「こんな夜遅くに何してんだろ? 明日はせっかくの祭りだってのに……」

そう言いながらシトロは天を仰ぐ

今日は綺麗な三日月だ。だから明日は絶好の祭り日和だろう

そしてシトロもそれを楽しみにしている人間の1人だ

だからこそ早いところルディを見つけて帰りたいと思っていた

「どこだ〜 どこにいるんだ〜」

大きく声を掛けながらシトロは歩いて行く

尤も、その声も稲の壁から聞こえる煩いくらいの羽虫の鳴き声にかき消されてしまっているのだが






ーー



そんな事をしている内に約30分の時間が経過したが、結局シトロはルディを見つける事が出来ないでいた


「おっかしいなぁ…… 結構歩いたってのに………」

基本的にこの稲の海に挟まれた小道は一本道であり、稲の中にでも入らない限りは出くわさないなんて事は無い

しかし何故かシトロがルディと出会うことはなかった

「あれ? もう街の1番外側に来ちまったぞ?」

シトロの眼前に立ちはだかるのは紛れもなくこの街を覆っている壁である

「いやぁ……それにしても昼間見るのと夜見るのじゃ全然雰囲気が違うな………」

現在時刻は22時。夜の中で加速度的に不気味さが増す時間だ

シトロの耳は、街の外から聞こえてくる獣の遠吠えを確かに確かに聞き取っていた

「流石にもう誰もいないだろうし……… 掛け橋も上がってるのか」

シトロはボンヤリと目の前に聳え立つ橋を見上げる

木製で古めかしく、それでいて立派な橋だ。特にその中心部から見える森の風景は情緒を感じさせる

「はぁ……俺の見間違いだったのかな……… いい加減帰るか」

シトロはそう呟いて踵を返した



「さっきのルディは俺の見間違いだったのかもな……… はぁ〜あ…アホくせ」

シトロは明日の朝も早い

行商人にとって祭りはこの上無いくらいの商売のチャンスなのだ

(まぁ、朝早くの内に色々とやって午後からは皆で屋台を回らせてもらおうかな)

心優しいルイの事だ。恐らくシトロの望みは叶うだろう

シトロは明日の祭りを思いながら帰路についたのだった







「え?」





(ちょ、ちょっと待てよ……… おい、嘘だろ!?)


シトロの身体から一気に血の気が引いて行く

その様は、暗いこの場所でも明らかにわかるほどであった

「な、なぁ……ンなわけないよな? お、俺の見間違いだよな…あ……?」

声が震えている

しかし今のシトロは、たとえ誰も聞いていなくとも声を出さずにはいられなかったのだ



ーー木製で古めかしく、それでいて立派な橋だ。特にその

“中心部から見える森の風景”

は情緒を感じさせるーー



シトロは恐る恐る後ろを振り返る

どうか先ほどの風景が自分の見間違いである事を心から祈って……



しかし振り返ったシトロ目に飛び込んだのは無情な現実であった

「嘘だろオイッ?!」


壁の様に聳え立つ巨大な扉

それは魔物の住処である森と人間の住処である街との境を古くから護る不眠の門番だ

しかしその門番はもはや深き眠りに落ちてしまった……


「一体何がどうなったってんだよ……… この厚さをぶち破るなんて人間技じゃねぇぞ!」

恐怖から自然とシトロの声も大きくなる

今現在この場所は夜の森となんら変わらなく、いつ魔物が襲ってくるかも分からないのだ

魔族であるルディならいざ知らず、一般人でしかないシトロはいつ死んでもおかしくない状況である


あの夜のイリスがそうであったように……


「くっ!」

シトロは一目散に街の中心部へと走り出した

(やばいヤバイッ! は、早く街の人たちに知らせねぇと……この街が!)

この街の武力はウィスタリアやバームステンと比べてかなり落ちる

それはこの街が古より魔物の襲来に遭い辛い事に起因している

だからこの街の自警団はかなり緩み切っているのだ

そんな街にもし、予期しない襲撃があったとしたら……

それが祭りの前日で普段より緩み切った今日であったら……



(ああクソッ! なんだってこんなイメージが浮かんでくるんだ! こんな事考えてるくらいなら急げってんだ!!)


その時、前方の稲がガサガサッと揺れた

「うわぁっ!?」

シトロは叫びながら足を止める

「だ、誰だ……?」

シトロは稲の海に向かって声を掛ける

「な、なぁ……誰だよ? 返事しろよ……?」

返事がない事を不安に思いまた声を掛ける

しかし稲は相変わらずガサガサと揺れているものの、内部から返事はない

(な、なんなんだよ…… 一体誰だ…? ルディじゃなさそうだしよ………)

シトロは腰に手を伸ばし短剣を手にする

魔物相手に戦った事は少ないが、それでも武器を手にするということでいくらかは心強くなった

シトロは揺れている稲の方へジリジリとにじり寄っていく

たとえ急襲されようとも、即座に対応できる姿勢で……


「はぁはぁ……くっ……」

自然と息も荒くなる

今のシトロは生と死の狭間に、ポツンとただ一人で立っているのだから………

自分の身を護るものは他にいない

これから訪れる生も死も、受け入れなくてはならないのだ



(落ち着け! とにかく落ち着け!)

汗が喉元を通り過ぎていくのを感じる

手が、足が、震えるのを感じる

(よ、よし! 行くぞ! サッとこの道を通り過ぎるぞ! 覚悟しろシトロネル!!)

しかしそんなシトロの覚悟を嘲笑うかのように、稲の揺れはピタリと止まった

「と、止まった…のか?」

シトロはホッと胸を撫で下ろした

しかしその瞬間

バサッ!

「うわあァぁああぁあっッッ!!!」


茂みから急に何かが飛び出したのだ

シトロはたまらず悲鳴を上げて腰を抜かした

しかしよく見てみると……

「は、ははっ……ゲホッ! ゴホッ! た、ただのウサギじゃねぇか………驚かしやがって」

魔物でも何でもなく、なんら変哲のない野ウサギであった

しかしこの状況でそんなものに飛び出されたらシトロとしてはたままったものではない

「ったく、びっくりさせやがって!」



恐怖を怒りに変換しながら立ち上がる

しかしまだ脚の震えは止まっていなかった

「はぁ、はぁ…… は、早く中心に行かなくちゃあな…… もうこんなに暗くなっちまったし」

先ほどまでは微かながら月明かりが辺りを照らしていたのに、今ではそれもなくなってしまっていた

「なんだよ、雲でも出たのか? こんな時に……」

シトロは背後からの月明かりを確認しようと後ろを振り向いた



「う、うわああぁぁあぁあァあああぁあああッッッ!!!!」



恐怖が、シトロを襲った…………



明けましておめでとうございます

本年もどうぞよろしくお願い致します



…………で、ですね
今までは大体一週間ごとに更新していましたが、今年からしばらくの間、少し滞り気味になる予定です (2週間以内には更新予定)

ないとは思いますが、最悪二ヶ月空いたとしても顔は出しますのでこれからもよろしくお願いします

このスレは雑談でも何にでも使って下さい

では、またいずれ


なん…だ…と…?

乙です

え……ちょっと寂しいけど期待して待ってます!

あけおめ



5年ならまつ

乙乙
し、暫くってどれくらい?
完結させるんだったら10年でも20年でも舞ってるさ



第3章 7話


【三日月の夜】


シトロは振り向いた瞬間地に叩き伏せられていた

巨大な両の手で頭と胴を鷲掴みにされ、身動きする事すらままならない

いや、たとえ身体の自由が約束されていたとしてもやはり動く事は出来なかっただろう

シトロは振り返った一瞬で見てしまっていたのだ

自分を押さえ付けているソレの姿を…………

「うごくナ」

くぐもった声がシトロの脳を支配する

「だまっていろ。そうすレば、なニもしなイ」

シトロは恐怖の中、なんとか頭を少しだけ動かす事が出来た

これは相手の言葉を肯定する意味を込めている

それは恐らく相手にも伝わった様で、心なしか込められた力が弱くなったのをシトロは感じた



「モちあげル」

「うっ……ぐっ!」

シトロは強く胴を鷲掴まれて持ち上げられる。そのあまりの力強さに顔は苦痛に歪んでいる

「おまえハこうかんのザイりょうダ」

「くっ………は……」

(交換の材料……? なんのつもりだってんだ……)

声を出そうと思っても苦しさで口からは息しか出ないのだ

しかしこの獣人に自分を殺すつもりはない事はなんとなく伝わった

シトロにも直感で分かるのだ。この獣人は怯えている



「くそッ……あノバケモノはどこにイったンダ………」

先程からキョロキョロと辺りを見渡している事からも伺える

「ば……けもの………」

「ソウだ」

シトロからしたらこの獣人だってバケモノである

その獣人すら恐れる程のバケモノがこの街に入り込んでいることに、シトロは恐怖を感じざるを得ない

「お、い………」

苦痛と恐怖の中、なけなしの勇気を注ぎ込みシトロは獣人に話しかける

「なんダ」

その声に反応し、獣人がシトロを見る

人間にとって、魔族に見られるという事は想像を絶する恐怖を伴う

しかしそんな中でも勇気を振り絞り言葉を続ける

幸いにも獣人の意識はシトロに向いたので、手の力もいくらかは弱まった



「そんな奴が…ここにいるなら早く、街の外へ出た方が…良いんじゃないのか……?」

これは尤もな提案だ

「いいやムリだ。これヲみロ」

「え?」

いつの間にかシトロと獣人は街の最端まで来ていた。目の前には中央に穴がぽっかりと空いた橋がある

獣人はその穴目掛けて思い切り拳を叩きつけたのだ

「うわっ!」

(な、なんつう衝撃だ……! 凄い音がしたぞ! ………音?)

なぜ穴目掛けて放たれた拳から音がするのだろうか。シトロの疑問はすぐに解決された

「マジュツだ。このまチのまわリニかべがデキていル」

「空間障壁の魔術というやつか……」

魔術に疎いシトロでも、この空間障壁の難易度の高さは理解している

それをこの街を囲うほどの規模で展開するなどとても人間業とは思えない



「オレはやつガコワイ。あいつがイルかぎり、おれはコのマチからでられなイ………」

「…………………………」


シトロの頭はいま冴え渡っていた

それは窮地に立たされた人間の本能だろうか、生への執着心だろうか


だからこそ、自分の存在が“交換”すなわち人質としての価値を持たない事を理解してしまったのだ

恐らくこのガルンナは自分の命と引き換えに街の結界を解いてもらおうとしているのだろう

しかしそれは恐らく叶わない

何故ならば、その相手が魔族であるからだ



もし相手が人間だったならば、人間であるシトロも十分人質となっただろう

しかし相手が魔族である以上、人間であるシトロの命を護る理由がない

いや、寧ろ嬉々として襲いかかって来る可能性の方が遥かに高いのだ



しかし、シトロはその事実をこのガルンナに伝える事は出来ない

このガルンナという獣人はその外見からして肉食。その食事内にはもちろん人間も含まれる

そんな魔族にもし、自分を生かしておく価値がないと理解されたら………あとは想像がつく


しかしこのままガルンナに捉えられたままでも、新たな魔族が現れたら訪れるのは死

もちろん獣人型の魔族相手から隙を見て逃げ出す事も不可能

今のシトロはまさに八方塞がりであった



そしてまた、ガルンナにとっても今の状況はあまりありがたいものではなかった

今現在人間の人質がいるとはいえ、相手に対してそれが効果あるのかが分からなかったからだ

ガルンナからみてあの魔族は人間の味方をしているように思えた

だからこそ人間であるシトロを人質としたのだ

だが、果たしてこれが正解だったのであるか彼には分からない

相手が人間の味方であるというのもガルンナの勝手な空想である可能性もあるのだ

例えるならテストの選択問題で、二者択一まで追い込んだのはいいもののどちらか分からず適当に回答し、テストが返されるまでビクビクしながら待つ学生の心境だ


こういう場合は得てして間違っている場合が多いが、今回ばかりはそうではない

その事を彼はもう少しで知る事になるだろう



「…………………………」

「…………………………」

自然と会話も少なくなる

片や強大な能力を持つ魔族に怯える獣人、片や強大な能力を持つ魔族と獣人に怯えている人間

そのような2人に会話などあるはずがない


「うグあっ!」

「うわっ!?」

突如獣人が苦痛による悲鳴をあげて片膝をつく

シトロはそれに伴い、獣人の手から投げ出され地面へと転げ落ちた


シトロが現状を理解する間もなく稲から黒い影が飛び出す


そしてシトロのその首筋へと黒い杭が突き刺され…………





なかった





シトロは自分の見ているものが信じられなかった

飛び出して来た黒い影の掌から伸びる黒く細い杭

その鋒(きっさき)はシトロの首筋僅か3mm手前で止まっていた

それはまだいい

その影はとても邪悪な笑みを浮かべながら杭を突き刺して来た

それも問題では無い


問題があったのはその顔

月明かりに照らされて曝け出されたその顔が

真っ赤な返り血に染まったその顔が


ルディと瓜二つであった事だ……



「シ、トロ…… お前は、何をやって………」

目の前の光景を信じられなかったのは相手も……ルディも同じだったようだ

さっきまでの笑みはなりを潜めて今はただ呆然とシトロを見つめている


「ウ、うあぁぁあァあぁぁあぁあアアぁあ!!!」

「っ! どけシトロ! صضننحغنو!」

ルディは力任せにシトロを自分の後ろに投げ飛ばし、続け様に障壁の魔術を展開する

間一髪の所でガルンナの強襲を弾き飛ばした

「شضغب:٦!」

そして立て続けに中級火炎呪術を放つ

しかしガルンナもその俊敏性を活かしそれを避ける

火炎球はシェーヌを護る塀へぶつかり大きな音を立てて霧散した



「ちっ……」

続けて呪術を詠唱しようとするルディにシトロが叫ぶ


「おいルディ! 一旦やめろ!」

「は!? 何言ってやがる! 殺らなきゃ殺られんだぞ!?」

ルディはシトロの声に怒声を浴びせる

「違う! そいつは逃げたがってるんだ! だからさっさとこの街の障壁を解術しろ!!」

ルディはそう言われてハッとした

そしてすぐさま空間障壁を解術する

「おいガルンナ! この街の障壁は解いた! もう何処にでも行けッ!」

ルディは橋のすぐ近くに立つガルンナへそう声を掛ける

ガルンナは橋に空いた大穴に手を入れて、本当に障壁がなくなったかどうかを確認した

「ほ、ホントうにかえっテいいノか? オレをコロさないか?」

しかしながらガルンナは執拗にそう聞いて来る

「ああ。俺にそんな遠くの魔族を殺せるような呪術はない」

「ウそをつくナッ! オレはしってイルんだ! おまえガツかうジュジュツのことヲ!」

ガルンナは叫ぶようにそうまくし立てる

怒りからでは無い、恐怖からである



「オレはむかしミタこトがあるンだぞ!! そのジュジュツをつかウマゾクのひとリを!!」

その瞬間、ルディの顔から血の気が引いたのをシトロは見た

「はぁ? 何を言ってやがる! 俺は人間ーー」

「オンナのッ……“のあール”というなまえのマゾクからきいた!! そのジュジュツはじぶんモふくめて3にんのマゾクしかつかえなイと!!」

「………………なんの事だ……」

今度こそルディは目を見開いて驚愕する

平然を装うその様は、最早滑稽と言わざるを得ない

「あのオンナはいっテいタ! じブんたちはトクベツなそんざ……うグっがっ!!」

突如、ガルンナの鳩尾に黒い杭の様なものが突き刺さる

「さっきも使った磷の呪術だ。急所は外したがそれ以上余計な事を喋るなら……………」



ガルンナがすぐにでも逃げ出さなかったのは、出口が近く安心していた事もあっただろう

しかし今のルディからは、出口が近くにありすぐに逃げる事が出来るという優位性を一瞬で無に還す


そのような迫力と殺意が溢れていた


「う、うわアぁああぁぁああぁぁああぁぁ!!」


ガルンナの巨体は一瞬で暗い森へと消えて行った




「なんだあいつぁ? あのなりでうわーなんて悲鳴上げやがって。情けねーなぁ」

ケラケラ笑いながらそう言うルディ

その様子はシトロのよく知るいつものルディと何ら変わりは無かった

しかし………



「なぁルディ、俺ってさバカで言葉もよく知らねーからよ。ストレートにしか聞けないんだ。だからさ……気を悪くしないでくれよ?」


シトロは一気にそう言い切ると、躊躇いながらしかしよく通る声でこう言った



「ルディってさ…………魔族、なのか………?」




ルディはこの問いに正直に答えることになるだろう


そして翌日、イリスと共にこの街を去ることになるのだ


誰にも告げずにひっそりと………




今夜は本当に、綺麗な三日月であった…………



次回シェーヌ編最終回


うん、明らかに執筆速度は遅くなっとります

それでもできるだけ週一目指して頑張る!

乙ん

乙、楽しみにしてる

乙乙!

この続き気になる展開で、一週間もまたなあかんのか…

完結してから見つけたかった(´・ω・`)

縺翫▽繧翫s

明日で一週間なんだなって・・・チラッチラッ



第3章 最終話


【親友】


まだ夜も明けない早朝、稲の海に挟まれた小道を歩く2人の影があった

やり切れない表情のルディ、そんなルディを励ましているイリスである

「すまないイリス。こんな事になってしまって……」

もう何度目になるかも分からない謝罪を述べるルディ

その様は、昨日ガルンナと対峙した時とは較べるのも烏滸がましい(おこがましい)ほどであった

「もう何度言わせるんですか…… 私は気にしてませんよ」

流石のイリスもうんざりした様にそう言い返す

それもその筈、ルディの謝罪は5分毎に行われているのだから

それも昨日の夜からである……



「でもなぁ……イリスは今日の祭りを楽しみにしてただろ……? それにクランやサラに別れもできなくて………」

「それは……確かに心残りです………」

イリスは顔を多少暗くしてそう言う

「でも、私はそれでも構いません。全然へっちゃらです!」

これは嘘だとルディは思った

たった5日しか共に行動しなかったとは言え、その密度はかなり濃かった

ルディの目から見てもイリスとクラン、そしてサラの関係は非常に友好的であった

それはまるで本当の姉妹のように……


「それに……ルディさんはこの街を魔族から護ったのでしょう?」

「あ、ああ……」

「それなら私はルディさんの事を誇りに思います。私のルディさんはこんなに凄いんだぞっ! みたいな感じで………」

「え、あ………ありがとう」

ルディはイリスの発言の、“私の”という所に恥ずかしさを感じながらもイリスに礼をする



「それにしても昨日はびっくりしました。ルディさん、全身がびしょ濡れで帰って来たりして……」

「そうだろ? 相手がな、以外と強い水撃呪術使って来たんだよ。流石に風邪をひくかと思ったよ」

ルディは笑いながらそうイリスに告げるが、これはもちろん嘘である

ルディは自らにこびり付いた返り血を落とすために、自分で水撃魔術を唱え水を被ったのだ

因みにその時同じ宿屋にいたクラン、サラ、ルイには池に落っこちたと説明していた


「なぁ、次はどっちの街に行きたい? ここからならアルマニャック、それかアンバーキングダムが近いぞ」

ルディは光魔術を使って地図を見ながらイリスにそう尋ねる

「えーっと……ルディさんはどちらの方がいいですか?」

「俺か? いやいやらこれはイリスの神話巡りの旅なんだからさ、イリスが決めるべきだって」

「いいえ、違いますよルディさん」

「違う? 何がだ?」

不可解な表情を見せてイリスに尋ねる

「これは私の旅ではありません。“私とルディさんの旅”なんです」

イリスはルディに言い聞かせる様に言った



「いや、それでもーーー」

「ルディさん。私はルディさんに護られてばっかりなのは分かってます。

それでも……せめて戦闘以外の所ではルディさんと対等でいたいと思ってるんです」

イリスの突然の発言にルディは目を丸くして驚いた

イリスがこの様な不満を持っていたなんて想像だにしていなかったからだ

「ウィスタリアに到着する直前にルディさんは言いましたよね。“自分に遠慮しなくていい”と……」

「ああ、そんな事もあったな」

「あの時の私はまだルディさんに対して遠慮……と言うよりも引け目を感じていました。

でもルディさんにそういう風に言ってもらえて……本当に嬉しくて………だから自分の意見を包み隠さずに、ちゃんと発言できる様になりました」

イリスの告白はなおも続く

「でも、ルディさんの方は……そうではありません。いつも私に対してなにか遠慮をしているように思えます。

ウィスタリアでは私に対してからかうような事もして来てくれたのでやっと打ち解けられたと思っていましたけれど………でもやっぱり根本的な所では私になにか遠慮してますよね?」

「……………………………」

ルディは気まずそうにイリスから目を逸らす

それはイリスの言葉を認めた事と同義であった



「突然このような事を言ってしまってごめんなさい。自分でも分かってます、私がどれくらいルディさんに思われているかを。

だからルディさんが私の事を慎重に、大切に扱ってくれている事はとても嬉しいんです」

でも、とイリスは続ける

「私はルディさんと、もっと親密になりたいんです。今のままじゃ、いくら私が歩み寄ってもルディさんが一定の距離を開けるのでどうにもなりません。

ルディさん。私はルディさんにとって、これ以上親しくなる事すら許されない存在なんですか?」

イリスの声は、最終的に悲哀に満ちたものに成り果てていた


今までルディは、イリスの前で気丈に振る舞う事のみを考えて行動していた

それは自分がイリスの支えにならなくてはいけないという使命、もしくは義務であると思っていたからだ

しかしそれは決してイリスにとっての幸せに繋がっている訳ではなかった

イリスは彼女なりに、種族も性別も何もかもが違うルディに対し、必死に歩み寄ろうとしていたのだ

しかしルディは、イリスの支え地なる事を考える余り、そんな事に全く気付かなかった


その結果がこれだ



イリスに対して不安な気持ちを持たせてしまった

ルディは自分で自分を叱りつけたくなった


「私がルディさんにこの様な事を言うのはとても失礼な事だと思ってます。

でも、今の内に言っておかないとこれからずっと言えないと思ったので………」

イリスは最後には、気まずそうに顔を伏せてしまった

イリスがルディに対してこの様な発言をするには、相当の勇気が必要であったのだろう

それは裏を返せば、イリスの決意が如何に強固であるかを物語っている

そしてその気持ちは確かにルディに届いていた


「…………………………」

「あ、あの…………」

イリスは俯いたルディにおずおずと声を掛ける

やはり気を悪くさせてしまったのだろうか

イリスはそう思ったが時既に遅し。もはやイリスにできる事はルディの返事を待つ事だけだ

「イリス」

「は、はい……」

ルディの呼ぶ声にイリスは不安げに返事を返す

ルディの声には抑揚がなく、その表情からも感情は全く読めない



「お前も中々に俺に意見する様になったなぁ……?」

相変わらず抑揚のない声でそう告げるルディ

それはもしかしたら聞いた人物に恐怖を抱かせるかもしれないものだ

しかしイリスは何故か分からないが、その声色に全く恐怖を感じる事はなかった

唐突、ルディの両手がイリスへと伸びる

両手はまるで何かを包み込もうとするかの様にイリスの顔へと向かい、そして………


「ふぇ?」

イリスの頬へと着地した


「俺は嬉しいぞ〜!」

「ふみゃ! ひょ、ひょっひょ! ルディふぁん!」

右!下!右!左!上!左!くるりんぱ!

ルディは満面の笑みを浮かべながらイリスの柔らかいほっぺたを、とにかくめちゃくちゃに引っ張り回す

「ほれほれ!」

「や、やめひぇくだひゃい!」

「やめろと言われてやめる俺じゃないぜ!」

とは言っても、本当にいつまでも続けるわけにもいかない

一通り柔らかな感触を堪能したルディは、イリスのほっぺたから手を離した

「どうだ? だいぶ解れた(ほぐれた)だろ? なんか小顔になった気がするぞ!」

「何笑ってるんですか! せっかく私が勇気を振り絞ったのに!」

ケラケラ笑うルディに対してプリプリ怒るイリス

尤も、イリスが怒ったところで全く怖くはないのだが……



「ごめんごめん。でもさ、イリスはこんな感じで接して欲しいんじゃないのか?」

「…む………………」

ルディが笑いながらそう言うと、イリスは何も言い返せなくなってしまった

「いやはや、まさかイリスがそんな風に思っていたなんて思いもしなかった」

ルディは尚も愉快そうに笑いながらそう言う

その声は静かな夜の街に広く響き渡っていった


結局のところ、イリスが望んだルディとの関係というのは、よりフレンドリーな関係なのだ

今までのようにルディがイリスに遠慮をしたり、逆にイリスがルディに遠慮したりする事のない関係


そう、例えるならば家族のような関係だ


「ということは、ルディさんはやっぱり私と距離を置いていたんですか……?」

ルディはイリスに可愛い目で睨まれる

しかしこの問いの答えはノーである。少なくともルディはそう思っていた

「いいや、そんな気はさらさらなかったよ。でもイリスがそう感じたのならきっとそうだったんだろうな」

これは取り繕ったりしていない、彼の本心だ

ルディはイリスの前で荒っぽい言葉を使わないように気を付けていたが、それ以上のことはしていないつもりだった

しかしイリスにとって距離を置かれていると感じたという事は、恐らく無意識のウチにそのような態度をとってしまっていたのだろう

「でもな、これからはそんな事は出来るだけ無くすようにする。絶対だ」

「あっ、でも……んむっ!?」

ルディはイリスの発言を先読みし、人差し指で口を塞いだ



「分かってるよ。だからって自分のキャラを作るような事はしない。自然体でいるから。だろ?」

イリスは必死にコクコクと頷く

「ふっ……」

ルディはそのあまりの可愛らしさに、思わず吹き出してしまった

「むっ! なんですかルディさん。笑ったりして!」

「いいや、なんでもないぞ? なんでもな。ククッ……」

ルディはイリスの頭をポンポンと叩きながらそう言うと、徐に地図を広げ直す

「さて、話しを戻すけど次の目的地をどうするか、だったな。アルマニャックかアンバーキングダムかだ」

「はい。取り敢えずルディさんにも意見を聞きたいです」

「取り敢えず? どういう意味だ?」

「実は私は既に行きたい街を選んであるんです」

「それで? もし俺が違う方の街を指したらどうなるんだ?」

「その時は……ケンカです!」

両手を握ってファイティングポーズをとるイリス。それも楽しそうな表情で

そこまでされてルディはようやく理解した

なんて事はない、イリスはシトロとクランの関係に影響されたのだ

ここまで随分と遠回りであったくせして、結論はこんなにも単純明快である

ケンカというのも、そんなに大袈裟なものでなく精々じゃれ合い程度のものだろう



「ふーん、そっか。俺とケンカか。勝てると思ってんのか?」

ルディはニヤリと笑いながらイリスにそう告げる

「勝ちます!」

それにイリスも笑顔で答える

「そっか。それなら……」

ルディは深く思案しイリスが選ばなかったであろう街を選びにかかった

「よし! それなら俺はアンバーキングダムを選ぶ!」

ルディがアンバーキングダムを選んだ理由は、もう一つの街よりも距離が遠かったからだ

人間の、しかも女の子のイリスからしたら長い旅路は避けたいだろう

ルディはファイティングポーズをとり、イリスを迎え討つ構えを取る

「さあ、かかって来い!」

「いや、あの……」

「どうしたよ? やっぱり怖気付いたか?」

「いえ、そうじゃなくて…… 私も次はアンバーキングダムに行きたいと思ってて……」

「へ?」

まぬけな声を最後に固まるルディ

しばらくの間2人は互いに見つめあっていたが……


「………ふっ………ふふっ…」

「ぷっ……………ははっ……」

「「あっははははは!」」

やがて、どちらからともなく笑い合った。それはお互いにとても楽しそうな笑い声であった



「いや、なんだ? 俺たちなかなかいい間柄になって来たじゃないか!」

「そうですね。ふふっ、ルディさんとのケンカはまた今度にしましょう」

「おう! そん時は負けないぜ!」

「はい!」

一通り笑い合った2人は息を整えると、再び歩き出す

ここは既に街の最側部であるので、あの番人が見えてくるのにそう時間はかからなかった

「うわぁ、凄いですね。こんなに厚い扉がこんな風になっちゃうなんて」

「そうだな。まぁ、正確には橋なんだけれども。さ、掴まれ」

街の外側には深い堀があるのだ。橋をかけられない今、飛び越えるしか街を出る方法はない

「はい、分かりましーーー」

「待てっ!」

イリスがルディの肩に掴まろうとした矢先、暗闇から大きな怒声が響く

「まさか……」

「ルディさん。今の声、もしかして……」

ルディとイリスは声のした方向を見やる

なぜここに彼がいるのだろうか、なぜ彼は自分たちを呼び止めたのだろうか

ルディの頭の中ではその問いが何度も浮かんでは消え、また浮かんでは消えて行った



「シトロさん!?」

「こんばんは、だな。イリスちゃん、そして………」

シトロの眼光が鋭くなる

その正面に見据えるのはもちろん……


「ルディ」

「シトロ…………………」

「目を逸らすな」

ルディはシトロから目をサッと逸らす

しかしシトロはそれを許してはくれない

「何しにきた。それよりも、なんでお前は……」

「これのおかげだ」

シトロはズボンのポケットからなにやら紙切れを取り出した

「それは……」

ルディは目を見開いてその紙を凝視した。彼にも見覚えがある

「ルイの出店で貰った紙切れだ。多分これが防いだんだろうな」

「あの時の護符か。すっかり失念していたな」

ルイの出店に置いてあった護符

ルディは一度、直接触れてその強力さをよく理解していたはずだ

「どうやらこいつにゃ、持っているだけで呪術を防ぐ効果があるらしいな」

「ああ、そうらしい。ついでに言っとくと、魔族が直に触ると焼けるような痛みが走る。とてつもなく強力な護符だよ」

「そうか。へへっ、かなり得したな」

シトロは護符をひらひらさせてそう言う



「ルディさん。シトロさんに呪術をかけたんですか?」

イリスは多少ルディを責めるようにそう言った

「ああ。鳩尾に一発“衝撃の呪術”をな。気絶させるために」

ルディは相手を眠らせる“昏睡の呪術”は使えない

だからこういう場合には、多少荒っぽくなってしまうのだ

だからイリスには黙っていたのだが………………バレた

「さて、そんで俺が何しに来たかは分かるか?」

「報復……か?」

「当たりだ」

そう言うや否や、シトロはルディめがけて走り出した

「くっ……」



シトロは今護符を持っている

ガルンナの例からして、直接触らなければ魔族に害は無いのだろう

しかしルディとしてはやはり逃げておきたい

もちろんルディからしたら、シトロは取るに足らない強さである

だからと言ってやはり向かって行くのは恐ろしいのだ

“当たらなければ問題ない”という理論で、拳銃を持った子供に大人が向かっていけるだろうか?


「イリス! 逃げるーー」

「ダメです!」

「イリス!?」

イリスは逃げようとするルディの脚をギュッと抱え込む

「おお! イリスちゃん、いい仕事だぜ!」

「おい、イリスっ! マジで危ないんだぞ!? 街の奴らに捕まったらイリスだってーー」

「大丈夫です!」

そんな事をしている間に、シトロは既に拳を振りかぶってルディの眼前に迫っていた

もちろんその右手には護符が……



なかった

きてた。>>1おっつ



「オラァ!」

「ぐっ…………」

シトロの拳は正確にルディの頬を捉える

そしてルディは地面へと倒れこむ

因みにイリスは、ルディが殴られる寸前で手を離したので無事だ

「くっ………うわっ!?」

シトロは片手を地につき起き上がろうとしたルディの胸ぐらを掴む




「テメェ! なんでいきなり街を出て行こうとしやがった!! 俺たちになにも告げずに! ひっそりと!! 何でだっ!!」

シトロの咆哮にルディはなにも言えずに目を逸らす

その態度が気に食わなかったのか、シトロはさらに続けた

「俺はお前が何者だろうがなんとも思わねぇ!! 魔族だろうが人間だろうがンな事は関係ねぇ!!」

この言葉にルディはかすかに目を見開いた

しかしシトロ発した次の言葉により、ルディの表情はこれ以上ないほどに強張る事となった


「お前は俺にとって初めて出来た親友なんだッッ!!」



その言葉を最後にシトロは沈黙する

肩で息をしながら、それでもルディをまっすぐに睨みつける

一方ルディはというと、今はもうシトロから目を逸らしてはいない

しかしその表情は限りなく無表情に近かった

そしてその表情で言い放った言葉もまた、なんの感情も感じられない無機質なものであった


「言いたい事はそれだけか?」


「あっ? うわっ!?」

ルディはシトロの胸ぐらを掴み返すと、魔力集中で腕力を強化し思い切り投げ飛ばす

シトロはそばに積んであった藁の山に頭から突っ込んだ

「ルディさん! 何やって……ひゃあ!?」

駆け寄って来るイリスをサッと抱きかかえて、ルディはぽっかりと空いた穴から外へ飛び出した

「おいっ! ゲホッ! テメェ何し、ゲホッ! やがる……ぶぇッ!」

口と鼻から藁を溢れさせながら穴から身を乗り出し、ルディに怒鳴りつけるシトロ

しかしルディのシトロを見る表情は先程と変わらず無表情だ

「口にするな」

「なんだって?」

「魔族に……俺に軽々しく親友などと口にするんじゃねぇッッ!!」



無表情の仮面を捨てたルディの怒声に、辺りは一瞬にして静まり返る

先程まで鳴いていた虫や鳥はその口を塞ぎ、遥か遠くで遠吠えをしていた魔物さえも例外ではなかった……

それはルディの怒声が、この場に居合わせた誰もが今まで感じた事のないほどの怒り、憎しみ、そして殺意を纏っていたからであろう

しかしイリスはその中に微かに宿る感情がある事に気付いてしまった

怒りや憎しみの壁で堅牢に護られているものの、その奥底に宿る最も大きくて最も強大な感情



恐怖をだ……



ルディはふっと息を吐くと、シトロに背を向ける

「じゃあな。もう二度と会う事もないだろう」

後ろに手をヒラヒラ振りながらそう言い放つと、森に向かって歩き出す

あれ程の怒りと殺気を込めたのだ。シトロももはやなにも言う事はできない

ルディがそう思った矢先であった

「おい待てっ! これだけは持っていけ!!」

後ろに何か迫ってくる風音にルディが思わず振り返ると……

「これは……」

「あのときの!」



ハッと息を飲むイリス

なぜならシトロが投げたのは、クランが作ったあの純白のドレスだったからだ

「忘れてないよな!? そのドレスはプレゼントじゃねぇぞ! 魔術の訓練の代金なんだからな!!」

「…………………………」

ルディはただ黙って、抱えたドレスを見つめる

「だから……いつか絶対に俺に魔術を教えに戻って来い!! それが嫌ならそのドレス今すぐ返せ!! 分かったな!」

シトロの顔は心なしか勝ち誇った表情をしていた

なぜならこれは、ルディはイリスのドレスを手放す事が出来ない事を知っての交渉だからだ

一方ルディは苦虫を噛み潰した挙句、毒蛇に噛まれたような顔をしていた

しかし結局シトロの方を向き直る事はせず、そのまま森へと歩き始めた

ドレスとイリスを抱えたまま……



「ルディさん。いいんですか……? このまま別れてしまって……」

「…………………………」

ルディは何も応えずに歩き続ける


「俺は待ってるだけじゃねえからな!!」


シトロの声にルディの歩みがピタリと止まった

「お前が全然来なかったら俺の方からお前を探しにいくぞ! んでもってそのドレス、ふんだくるからな! 覚悟しとけよッッ!!」


「…………………………………」

「ルディさん?」


ルディはしばらくの間ただ佇んでいたが、やがて短く息を吐き出すと森の中へと身を溶け込ませて行ったのだった



それから数刻後、2人は互いに会話をする事なく森を歩いていた

先頭を歩くルディも、すぐ後ろをピタリと付き添うイリスも、一言も言葉を発しない

イリスは沈黙を突き通すルディになんと声をかけていいのか分からなかったのだ

もし自分の不用意な言葉でルディを傷つけたらと思うとなにも言えないのである

しかしいつまでもこの気まずい空気を漂わせたままでいる訳にはいかない

そう思いイリスはルディのすぐ横まで進み出た

「あの、ルディさーー」

そして話しかけようとルディの顔を見て……………




イリスは心から嬉しそうな表情をしてこう言ったのだ


「ルディさん。また皆さんに会える日が楽しみですね」


そしてルディも短くこう応えた


「ああ」


無事にシェーヌ編投下終了です

読んでくださった皆様に心からお礼申し上げます


一応このシェーヌ編が始まる前に神話は書き切ってますので、近い内に投下予定です(次回の1話が書き終わる頃に)



それではまた

乙乙!

おつ



ローズ・イリシュテン様はこの物語を観覧して下さった皆様に、心ばかりの贈り物をなさいました


どうぞご覧下さい



"هف سطمه بغ ثهفيف"
(シェーヌ神話)

"مهف عختش ءهب صفقضسف عبق"
-神となった少女-



昔、此の地はなにも存在していなかった

泉は枯れ樹々は朽ち、生命の一欠片さえも存在していなかった


大地の怒りを感じる

生命の絶望を感じる

神々の嘲りを感じる


そのような地に訪れた再生の“キセキ”を語りましょう






荒廃する地、オーカーに生まれ育った1人の巫女、シェーヌ

彼女は全ての始まりにして全ての終結であった

その祈りは雨雲を呼び、その舞は自然の息吹を奏でる

巫女がいれば此の地は安泰

巫女がいれば此の地に破滅は二度と訪れない

荒廃としていた地は瞬く間にその活気を取り戻し、永劫の繁栄を約束された



民の堕落を糧にして………



巫女は全ての大気にして大地

巫女は全ての有限にして無限

巫女は全ての過去にして未来

巫女は全ての形状にして状態

巫女は全ての始まりにして全ての終結


そんな巫女にやがて転機が訪れる

此の地に住まう1人の青年に告白されたのだ

青年の名はトルメ

この地の領主の一人息子であり、シェーヌの唯一の幼馴染だ



青年は此の地の民に珍しく、努力を惜しまず日々を生き抜いてきた

その生き様はまさに巫女が此の地に住む民に望むものであった

そんな2人が幼馴染であったのは偶然。しかし結ばれるのは必然であった



祝福の儀は大々的に行われた

このオーカーに住む民の全員が祝福を贈り、皆が笑顔であった

巫女も青年も、その両親も隣人も、この地の誰もが幸福に包まれていた



ただ1人、神を除いては………



“この地は呪われている”

“この地に神は存在しない”

“この地は栄えてはならない”

“この地は存在してはならない”

“この地は滅ばなければならない”

“民の堕落を糧にして育つ地などまやかし”

“この地に災いを! そして再生無き破滅を!!”




祝福の儀を交わした日から日入りを100回迎えた頃、それは嵐のように此の地を見舞った


トルメが原因不明の病に伏してしまったのだ



その病は死には至らないが、静かにそして息を止めて眠り続けるというものであった

微かに感じる体温と、その血液を送る拍動。其れのみが青年の生きている証であった



巫女は全ての始まりにして全ての終結

しかしそんな彼女にもこの病を打開する事は叶わない

病に伏した愛する者をただ見る事しか叶わない

何も叶わない………


巫女は青年の床へと付き添い、ただひたすら泣きじゃくった


巫女は祈る事をやめ、舞う事をやめ、此の地の祝福は霞へと消えて行った


民は其れに憤怒した

なぜ舞う事をしない

なぜ祈る事をしない

これではなにも育たないではないか

巫女よ、其方は我々を滅ぼす気なのか



そして此の地は終結を迎える



祝福の儀から200回目を迎えた日

此の地には巫女ただ1人が存在するのみとなった



大地はヒビ割れ空気は毒となり

実りの草木は腐り落ち恵みの泉は枯れ果てた


巫女は思う

なぜこうなってしまったのかと


トルメは生きている

今もその拍動は止まっていない

しかし話す事も聞く事も、そして息することも出来ない彼は本当に生きていると言えるのだろうか

そもそも、そんな事を考えるのも無駄なのではないだろうか


それならばいっそのこと……私も彼と同じになれば良いのではないか?


巫女の心を運命への憎悪が支配してゆく

それは心の隅々を支配し、やがて絶望へと変わる



「待っていてトルメ…… いま、私もそちらへ…………」


“お待ちなさい”




突如空間を埋め尽くした一筋の声

誰よりも暖かく誰よりも慈愛に満ちた声


“巫女よ。シェーヌよ。私の声が聞こえますか?”


シェーヌがいくら見渡してもその声を発する人物は見当たらない


しかし声は確かにシェーヌへと届いてきた


“シェーヌ。私は貴女の想い人を蝕む狂気を知っています”


シェーヌはハッとした。その言葉が本当ならば、この病を治す方法も知っているかもしれないからだ


“もし貴女が真に彼を救いたいのなら、北の地にある神々の碑へと来るのです。私はそこで貴女を待ちましょう”


声はそれきり途切れ二度とシェーヌへは届かなかった


しかしシェーヌは確信した

北の地に存在する神々の碑、そこに行けばトルメを救えると






そしてシェーヌは旅立った

1日の始まりを背にして



此の地の惨状に巫女は絶望した

此の地はもはや荒廃という言葉ではあまりにも稚拙すぎる有様であった

まるで世界の崩壊が来たのではないか

そう思わずにはいられなかった



巫女の旅路は魔物となり襲い来る絶望と一縷の希望のみが支配する

荒れ果て生命の欠片をも感じない地をただひたすら歩く


無力な腕を呪った

無力な脚を呪った

無力な体を呪った

途中で挫けそうになった事も沢山あった



でも…巫女はただひたすら歩を進めた


禍の地を救うために

大切な物を取り戻すために

愛する者を助くために


魔物に襲われても

盗賊に襲われても

人々から奇怪の目で見られても

飢えていても

傷付いても


歩みを止める事は決して無かった




そして旅立ちから100回目の夜明けを迎えた日、とうとう巫女は辿り着いた



フォッグ山脈の頂

十重二十重の光が差し込む其にそれは聳え立っていた


巫女は碑の前で跪き手を組み祈る


“ついに辿り着きましたね。待っていました”


風に乗り巫女の耳に辿り着く声


紛うことなくあの声


「お願い……トルメを……返して」


巫女が悲哀に満ちた声で叫ぶと、空気が、光が、星が巫女を覆い尽くす


“語りましょう。禍の地で起きた哀しい物語を”



巫女の内に流れ込む記憶



血の匂い

人々の悲鳴

憎悪

腐臭

哀しみ

怒り






禍の地オーカーは、過去“武の神エカルラート”に滅ぼされた地であった

それきり其の地には神々の加護はなくなり、未来永劫の破滅を約束された地であったのだ


“シェーヌ。貴女は神の意思に背きました。神は其の罰として愛する者を眠らせたのです”

“そして神の加護無き今、彼の青年が目を覚ます事はありません”


巫女は絶望した

自分のしていた事を全て否定され、あまつさえ神の怒りに触れてしまっていたなんて

巫女は碑に縋り付き涙した



“彼を救いたいですか?”


巫女は頷く


“たとえ其れが貴女を傷付ける事になってもですか?”


巫女は頷く


“二度と想い人に触れる事も出来なくなります。それでもですか?”


巫女は頷く


其の目に宿るは絶対の意思


誰も巫女を妨げる事は叶わない


“神の加護無き地オーカー。されど神の加護を今から付与する事は叶います”


巫女は頷く


もはや巫女は知っている


“分かりました”


突如、巫女の周りを幾重もの光が埋め尽くした


巫女は其れを見届けると跪き目を閉じて、そして………





笑顔のまま神に祈った




“オーカーに生まれ落ち豊穣の巫女シェーヌよ”



“美の神ウィスタリア、そして愛の神イヴォアールの名におき、其方を豊穣の神シェーヌと認めます。どうか其の加護が愛する者を救いますよう”



巫女は笑顔のままに祈る


神の光を浴びた身は風となり


神の光を浴びた心は世界となった


フォッグ山脈がいつもの静けさを取り戻した刻




そこには巫女の姿は無かった



青年は独り目を覚ます


身体は鉛のように重かったが、それでも起き上がり


身体を引きずりながら扉へと歩いて行き、力一杯開け放った


青年は愕然とした

青年の目に入って来たのは、かつての街並みでは決してなかった


そして、荒廃し切った禍の地でもなかった







優しく吹く風

暖かい日差し

囀る小鳥達

戯れる動物たち



そして一面を覆い尽くす黄金の輝き


紛う事なき豊穣の地であった



しかしそこに巫女はいない



青年は走り出した

愛する者の名を叫びながら

いつもそばに居てくれた巫女を想いながら

何度も何度も

転びそうになりながら

拍動の働きは際限なく



ただ愛する者を想いながら



“こっち”



ふと青年の耳に響いた不思議な声色



青年は其れを理解していない

しかし確かに感じ取ったのだ


其れがシェーヌの声だという事を



青年の足は自然に動き出した



道を逸れ黄金の輝きを持つ稲の海へと足を踏み入れる

掻き分けて掻き分けて……ただ無心で掻き分けて……………とうとう辿り着いた



広がる草原

その中心にポツンと聳え立つ一つの石碑


青年は其に書かれた文字を読み、そして理解した



シェーヌが身を犠牲にして此の地を、そして自分を護ったのだと



青年は石碑に縋り付き泣き叫んだ



しかし、其の叫びは優しくも残酷な風に攫われ





誰にも届く事はなかった



数年後、此の地は領主トルメのもと大きな街となり栄えた

豊穣の神の庇護を受け、民の努力を惜しまぬ姿勢

これらが揃いし今、此の地が栄えぬ道理などない




……シェーヌ


僕は君の望むような街を築けたのだろうか


僕は君に誇れる生をまっとうできるのだろうか


僕は君に全ての愛を伝えられたのだろうか


君にはもう何も届かないのかもしれない


でも


この溢れんばかりの愛が少しでも君に届く事を切に願う




僕は祈りを捧げる



今日も


明日も


いつまでも




この地に豊穣がある限り



以上です


最近予想していたよりは暇な状態が続いてますので結構書く暇が多かったり

でも、いつまた忙しくなるのやら………

神話とかよく作れるな



第4章 1話


【ある男の日記】


私とルディさんがシェーヌを出発してから6日が経ちました

次の目的地であるアンバーキングダムまでは、まだ10日くらいかかる距離の所です

現在の居場所は恐らく山の中腹辺りでしょうか、道は一本なので分かりやすいですね

でも、いま私達は今までで最大のピンチに陥っているのかもーー

「イリス! 何ぼさっとしてるんだよ! 走れッ!!」

「ご、ごめんなさい!」

ごめんなさい、こんな事を報告している暇も今は無いんでした!

「くそっ! こんな土砂降りになるなんて……… 早いところ雨宿りしないと風邪引いちまうぞ!」

「早く何処かで雨宿りしないとっ! はくしょん!」

「大丈夫かイリス!?」

「は、はい! なんとか!」

「やっぱり障壁作っておくべきなんじゃないか!?」

「いいえ! せっかくの旅なんですからこういう事も味わいたいんです!!」



私達は別に言い争いをしているわけじゃありませんよ?

雨と風邪が激しすぎて、怒鳴らないと全く聞こえないだけなんです!

「イリス! 地図ではこの小道を進めば村がある事になっている! 今日はそこに寄って宿をとるからな!!」

「分かりました! 」

そう言って私達は今までの道から少し外れて、小道の方へと進みます

「このまま走ればすぐに着くぞ! もう少しの辛抱だ!!」

「はい! 頑張り……きゃっ!!」

「イリス!?」

ルディさんとの会話に気を取られすぎたのでしょうか

私は木の根に足を引っ掛けてしまって、思いっきり転んでしまいました

「だ、大丈夫か!? ケガは!?」

「だ、大丈夫です! さ、先を急ぎま………痛っ!」

立ち上がろうとして右足首に痛みが走る

「どうした!! 何かあったのか!?」

「ご、ごめんなさいルディさん! 私、足を痛めてしまったみたいです!」

多分折れてはいないと思う

良くて少し痛めただけ、悪くても精々捻挫程度で済んでいるかな?

「立てないか!?」

「はい! ごめんなさい!」

大きい声で返事をするだけでも足首に痛みが走ってしまい、私は軽く涙目になってしまう

そうするとルディさんもそれを察してくれたのでしょうか、『そうか』と一言呟くと………

「ほら、掴まんな!」

「すみません!」

私を抱きかかえてくれた

「よし行くぞ! しっかりしがみ付いとけ!!」

そう言うとルディさんは、小道を文字通り跳ねながら進み始めた

これはルディさんが得意とする魔力集中だ

今回の場合はルディさんは自分の脚に魔力集中し、脚力を強化している

私はこの魔力集中で森を進むルディさんに抱きかかえられているこの瞬間がとても大好きです

だって身体全体で風邪を感じることができるから

まぁ、それは晴れていたらの話なんですけれどもね………



「すぐに着くからな! もう少しの辛抱だぞ!!」

「わ、分かりました! そ、それとルディさん!!」

「なんだ!?」

「申し訳ないですけれど障壁をお願いします!! このままじゃ寒くて凍っちゃいますっ!!」

私の旅路における目標は脆くも崩れ去りました………




ーー




「これは……」

「ここが……村なんですか?」

地図上では村とされている地に着いた時のそれぞれの第一声がこれでした

確かに家屋はあります。でも……

「人の気配が全く無い。それに灯りもついていない」

「もしかして、ずいぶん前に滅びてしまったんでしょうか………」

「旅をしていれば良くある事だ。取り敢えず中に入らせてもらおう」

障壁があるので雨風の影響は全く受けませんが、それでもやはり建物の中には入りたいものです

ルディさんと私は手頃な家屋へと足を踏み入れました



「凄いな。この荒れようは最近滅びたってレベルじゃない」

「本当ですね。もうボロボロ……」

中は酷い有様だった

木製の家具は腐り、本や食器は足の踏み場を埋め尽くすように散らばっていた

「あの、ルディさん。どうしましょう……」

正直私はこの村に恐怖を覚え始めていた

もしこの暗闇に満ちた廃墟に取り残されたら、と想像するだけで身が竦んでしまう

「いや、うん……… この家はやめた方がいいな。少しでもマシな家を探そう」

どうやらこの村で嵐が過ぎ去るのを待つのは決定事項みたいですね

「分かりました。でもルディさん、一つだけお願いしても良いですか?」

ちょっと恥ずかしいけれど……

「なんだ?」

「絶対に私についていて下さい。この村で一人ぼっちにさせないで下さい」

ルディさんは何やら考え込んでいたけれど、やがて顔をぱぁっとさせて

「そうかイリス! お前怖いんだな!」

「ルディさんっ!!」

デリカシーがなさ過ぎです!

「違うのかよ? それじゃ俺は一人で村の探索にーーー」

「怖いですよ! だから一人にしないで下さい!!」

「分かった分かった! だから俺の首を締めるのはやめてくれ……」

ルディさんが悪いんですからね!



それから10分後くらい経ちました

「これで最後の家屋だ……」

「そうですね」

結局どこもかしこも似たり寄ったりの状態で、とても一晩過ごせるような家ではありませんでした

「あの、もしここもダメでしたらどうすれば……」

「その時は仕方ない。どれか一つを選ぶしかない」

え!?

「マジですか!?」

「マジです」

そんなっ! 今までの所でいい家なんか全くありませんでしたよ!?

どれか一つを選ぶなんて私には無理ですって!

「よし、入るぞ。準備はいいか?」

「はい」

どうか、どうかこの家がまともでありますように!

軋む音を奏でつつ開いた扉の先は………

「お?」

「ここは……比較的綺麗ですね」

「そうみたいだな」

ルディさんは辺りを見渡しながらゆっくりと歩を進めていきます

「家具が腐っているのは同じだけど、これは外に放り出せばいいし」

「そうですね。床もかなり丈夫そうですし……」

ここなら私も安心出来そうです



「イリス、一回降ろすけど大丈夫か?」

「はい」

ルディさんは私を慎重に降ろすと、家具を一気に持ち上げて……

「イリス、悪いけどドアを開けてくれ」

「分かりました。……開けました!」

開けた瞬間、突風が家屋内に襲いかかってくる

さ、寒いです!

「うおりゃあ! よし!」

ぱんぱんっと手を払いながらルディさんが中へ戻ってきます

「やっぱり便利ですね、その魔力集中というのは」

「だろ?」

ルディさんは得意気な表情で私にそう言いました

「私も少しくらい使えるようになりたいんですけれどね。でも才能がないですし……」

「才能がないのも才能だ。イリスに魔術や呪術は似合わないよ」

ルディさんはそう言いながら暖炉に火を灯す

その瞬間、身体中に熱が戻ってくる感覚がした

どうやら気付かない内に、身体の芯まで冷え切っていたみたい

「まぁ、この程度の火炎魔術なら覚えておいて損はないけどよ。でも俺としてはやっぱりそのままでいて欲しい」

「魔術が使えないままですか?」

「ああ。魔術と呪術は似て非なるものだ。でもそれだけに紙一重の存在なんだよ」

敵意が有るか無いか。これは非常に大きな差だと以前ルディさんに聞いたことがある

生活に便利さをもたらす物事も、使い方を誤ればそれは凶器にだってなり得るのだと

「力を持てばその力に酔いしれる。誰だってそうだ。俺もそうだった。そしてイリス、お前も絶対にだ」

ルディさんの目が私を射止める

その迫力に私は少しゾッとさせられる

「だからイリスはそのままでいいんだよ。数多くいる人間や……昔の俺みたいになっちゃいけない」

ルディさんの目は今や迫力を失っていて、むしろ縋るような目をしていた

だから私は笑顔でこう言うんです

「分かりました。私はずっとこのままでいます」

そしてルディさんはホッとした表情を見せて床に座ったのでした




ーー




「ん?」

ここに来てから30分ほど経った頃でしょうか、ルディさんが何かに気づくようなそぶりを見せて顔を上げました



「どうしたんですか?」

うとうととしていた私もその声で覚醒させられました

「いや、外でなにか物音がした気がしてな」

「物音? 雨風の音じゃなくてですか?」

「ああ。悪いけど少し様子を見てくる」

「え?」

意図せず声が出てしまった

さっき私を一人にしないでって言ったのに!!

「大丈夫だ、すぐに戻るからよ。なんならこの家の周りに障壁張って行くから」

「わ、わかりました。あの………」

「ん? なに?」

えと、恥ずかしいですけど……


「早く帰って来て下さいね……」


一人ぼっちだと怖いので……って

「どうしたんですかルディさん!?」

「な、なんでもないっ!」

いや、いきなり顔を抑えながら仰け反っておいてそれはないでしょう……

ルディさんはそのまま満身創痍の体で外へと行っちゃいました



「…………………………」

一人ぼっちになった途端、急に心細さが襲ってくる

バームステンの夜はいつもこうだったから慣れてるはずなのに……

こんなボロボロの部屋に押し込められるのだって慣れてるはずなのに………

「ルディさん……まだですか…?」

言葉にしてからハッとした

ルディさんが出て行ってからまだ30秒も経っていないのに!

イリス、しっかりしなさい! ルディさんにばっかり頼りっぱなしじゃダメ!

私も少しは自立しないと!

と、決意を新たにした瞬間だった


「あれ? 何か音が……」

キィィ…… と軋む音が聞こえた

何かと思って部屋を見渡すと、それは暖炉のすぐそばにあった

「扉?」

どうやらこの家屋にはまだ部屋があったらしい

その扉はまるで私を誘うかのようにゆっくりと、でも確実に開いていった

「何なんでしょう……」

足はまだ少し痛むけれど歩けないほどじゃない

右足を軽く引きずりながらその部屋を覗き込みに行って、そしてその瞬間に後悔した


「こ、これは……?」


明らかに人為的に荒らされた室内

タンスは倒れ本は散乱し、壁には無数の線が走っている

違う、線じゃない……

傷だ……

「一体ここで何が………きゃっ!?」

突然バサッと音がして私は悲鳴をあげてしまう

音のした方を見ると、どうやら一冊のノートが朽ち果てた机から落ちた音らしい

落ちたノートはまるで私に読んでくれとでも言うかのように、あるページを開けた

そっちの方に歩いて行きノートを拾う

これは……日記みたい

「これは……今から半年前の日記なの?」

私は興味本位でその日記に目を落とした



東暦658年 68日

今日はいい天気だ。
となりのおばちゃんも、最近めっきり元気になってきた。
あと少しで長かった冬も終わる。
俺もそろそろ畑仕事の準備に取り掛かろう。


「どういう事? たった半年の間にこの村に何が……」

私はページをぱらぱらと捲って、大きな出来事があったであろう日を探す


東暦658年 74日

今日はちょっとした事件があった。1人の少女がこの村にやって来たのだ。
少女はどうやら旅人らしく、その途中でここに迷い込んだらしい。
たった1人で魔物が出る山路を歩けるなんてすごい少女だ。
全身が黒ずくめだったから迷彩効果でもあるのだろうか?



東暦658年 69日

取り敢えず少女はこの村に滞在する事になった。
この村の娘たちも外から来た同性には興味があるらしく、様々な事を聞いていた。
少女の方もそれに快く答えてくれて、なかなかに盛り上がっていた。
少しクセのある口調や性格も魅力の一つだろうと、男としてここに記しておく。


東暦658年 84日

少女がこの村に来てから10日が経った。
今日は村の男たちで狩りに行く日だったが、少女は俺たちの装備に驚いていた。
まるで“たかが魔物相手に、なんでそこまで重装備なんだい?”とでも言うように。
やはりこの少女は只者では無いようだ。



東暦658年 90日

隣のおばちゃんの容体が急変した。
最近は散歩出来るほどまでに回復していたのに、今日は布団から起き上がることすらままならない。
寝込んだままずっとうなされている状態だ。
早くよくなってくれればいいのだが。


東暦658年 92日

おばちゃんが死んだ。
しかしその原因が不可解極まりない。
おばちゃんは自殺したのだ。
見ていた者が言うには、おばちゃんは急に走り出したかと思うと、迷わず村の武器庫へと向かい、剣で喉を引き裂いたしい。
なぜそのような事をしたのか、なぜ走る事が出来たのか。
おばちゃんは最期の刻、なにを思ったのだろうか。



東暦658年 95日

おばちゃんを埋葬してから2日経った今日、また事件が起こった。
斜向かいの娘がいきなり自殺したのだ。
村の者たちは、良くして貰ったおばちゃんの死でおかしくなった故の行動だと考えていたが、果たしてそうなのだろうか。


東暦658年 97日

肉屋の息子さんがおかしくなった。
まだ8歳だというのに、親に逆らったり暴力を振るうようになったのだ。
俺の家にも石が投げ込まれるなどの被害がある。
あんなに良い子だったのに、一体どうしたのだろうか。



東暦658年 100日

肉屋のおかみさんが死んだ。
自殺でもない、病死でもない、事故でもない。
殺されたのだ。
実の息子に。
どうやら喉を噛みちぎられたらしい。
今は武器庫の中に縛り付けているけれど、これからあの子をどうすればいいのか。


東暦658年 102日

今度は2人。
八百屋のおじさんと作家のおばさんがおかしくなった。
八百屋のおじさんはまるで何かに怯えるように凶暴になり、近づく人全てに殴りかかるようになった。
作家のおばさんは自分を含む全ての物にペンを突き立てようとする。
おばさんの言葉を借りるのなら、きっとこうだろう。
この村は狂気に支配されている。



東暦658年 107日

ついに村人の半数が狂ってしまった。
意味不明の雄叫びをあげる者、泣き喚く者、凶暴になる者、自らを傷付ける者、例を挙げればキリが無い。
そしてついに死者が増え始めた。
みんなみんな、俺たちの家族が、俺たちの家族だった者たちに殺されて行く。
ついこの間までの平穏はどこへ行ったのか。
俺はこの村が怖い。


東暦658年 109日

ついに最終決断が下った。
この村を捨てて新しい地に移動するのだ。
もはやこの村に未練など無い。
狂った村人の数人は俺たちが手にかけてしまった。
出発は明日の早朝。
俺たちは果たして無事にこの村から出ることが出来るのだろうか。



東暦658年 110日

甘かった。
昨日相談をした全ての者が狂ってしまっていた。
俺の呼びかけにも答えず、ただ獣のような唸り声をあげるのみの畜生に成り果てていたのだ。
俺は襲われそうになったので、ついこの家に閉じこもってしまった。
もはや外に出る事は叶わないだろう。
先程から外でたくさんの狂った村人たちが武器を構えて鎮座している。
出て行った瞬間殺されるのは目に見えている。
今は彼らが何処かへ行ってくれるのをただ祈るしかない。


東暦658年 113日

蓄えてあった食料も底をつき、もはや何もできなくなった。
外にはまだ数人の村人が血塗れの武器を持っている。
武器を構えておらず横たわっている彼らは、恐らく死んでいるのだろう。
なぜこんなになってしまったのか。
みんなみんな仲良しで、それこそ家族のようだった。
決して華やかな生活ではなかったが、それでも俺たちは幸せだった。
いっそのこと俺も狂ってしまえば楽になれるのだろうか。
それとも、俺は既に狂っているのだろうか。



東暦658年 114日

もうだめかもだ
水も飲まずになし
せめて最期に母に会えるよう神に祈りする
母の命を救い俺に崇めてくれ






日記はここで終わっていた

この村でつい100日くらい前に起こったこの出来事

幸せで楽しく生きて来た人たちの豹変して行く様……

とても生々しくて、身震いが止まらなくなってる

この日記だってそうだ

日に日に弱まって行く筆圧や汚くなって行く文字は、この筆者の心境をいとも容易く想像させてくれる

一番最後のページは文法も何もめちゃくちゃで……だからこそ私は辛かった

死の淵に瀕したこの人は、最期に神に救いを求めている

神はこの方をお救いになられたのだろうか………



ふと周りを見渡す

考えてみれば今の私は一人ぼっちで暗い部屋にポツンと立っている

「…………………だ、大丈夫ですよ……ル、ルディさんだってすぐに……」

待って……ルディさんが外に出て行ってから一体どのくらい経ったっけ?

この日記を読み終えるのに10分はかかったはずですし………

…………………………

「も、戻りましょう! 隣の部屋なら火も灯っていて安心です! 後ろ向きますよ? 一二の三で振り向きますよ!!」

深く深呼吸して……一二のさーーー

「おい」

「嫌あぁああぁあぁあぁぁぁッッ!!!」

振り向く瞬間! 後ろから肩をポンと叩かれて悲鳴をあげて崩れ落ちる

もうダメ………腰が……抜け…



「イリス? どうしたんだよ」

へ?

ペタンとお尻を地面につけたまま首を後ろに向けると……

「ル、ルディさ、ん……」

「よ、よう」

呆気にとられているルディさんが立っていた

「いやぁ〜外は寒かったぜ。それにほら、こんなに葉っぱが飛んできてよ……はっくしょい!! 寒いぜ……」

両腕で自分を抱きしめながらそう言っている

「それよりもよ。どうしたんだイリス? そんなぼけっとした顔しちゃってよ」

そのあまりの呑気そうな表情と言葉に、私は理不尽とは思いつつもこう言わざるを得なかった

「び、びっくりさせないで下さい!! ルディさんのバカッ!!」

「え、えぇ〜!?」


以上です

少し更新が早い気もしたけれど、大丈夫だよねきっと!

書ける内に書いちゃいたいし!

早い分には一向に構わん

その部屋明るい時に見たら死体がありそうだな

みんな楽しみにしてるんだから展開先読みは無しにしようぜ

おつ



第4章 2話


【平和な旅路】


「ルディさん。まだ眠らないんですか……?」

眠い目を擦りながらそう聞く

「ああ、幸いにもあまり眠くないしな。もうちょっと起きてるよ」

なにが幸いなのかは分からないけれど、ルディさんはまだ眠る気はないみたい

仕方が無い。今日は1人で寝ましょう……

「お休みなさい、ルディさん」

「お休み。また明日」

どうやら私は自分の想像以上に疲れていたらしい

だって目をつぶった瞬間意識がなくなってしまったのだから



それからしばらくして、私はふと目を覚ました

多分4時間くらいは眠ったのではないかと思う

薄く目を開けて見ると、どうやらルディさんはまだ眠っていないみたいです

暖炉のすぐそばの壁にもたれ掛かりながら……あの日記を読んでます

昨日私が見つけてルディさんに渡した、あの日記を………



私は声をかけようと口を開きかけ……しかし声を発することはできなかった

「はぁ……」

だってルディさんはとても疲れた表情でため息をついたから……

今はとても話しかけられる雰囲気じゃなかった

そして暫くしてから顔を手で覆って、絞り出すようにこう言った

「まだ……人間を憎んでいるのか………ノアール」

ノアール? 多分誰かの名前だろうけれど……一体?

「なんでお前がこの大陸にいるんだろうな………」

ノアールという人物は、どうやら本来このレグホーン大陸にはいないらしい

私は情報を集めるためにさらに耳を済ましたけれど、それきりルディさんはなにも喋らなかった

そのまま5分、10分と過ぎていってもなにもなく、私はやがて微睡みに導かれていった




ーー





(村の再端部)


イリスが眠りに誘われたのとほぼ同時刻の事である


「よし、これで全部片付いたな」

「うん」

黒いローブで全身を覆っている2人の人物が、このような会話をしていた

シェーヌの酒場でルディ達の席の近くにいた2人組だ



「この村の人達、これで全員天国にいけるのかな」

女性と思しき人物が花を供えながらそう尋ねると、男性はこう答えた

「さあな。それは神のみぞ知るところだ。俺たちがとやかく言っても仕方ない」

女性は短くそっかと呟いて返事をする

「でも良かったね、間に合って」

女性は心底ホッとしたようにこう言った

「ああ、あの2人が来るギリギリのところだったな」

「パパがこの村を懐かしがってサボってたのがいけないんだからね!」

「しょうがないだろ? 本当に久々だったんだから……」

「関係ないでしょ! 全くもう……私1人でこの死体の8割くらい運んだんだから……」

「むしろこの老体で2割運んだことに感謝して欲しいな」

「なにが老体よ………」

呆れてなにも言えなくなったのか、女性はガックリと頭を下げた

そんな女性を尻目に、男性は死体の山を見上げる



「これを埋めるのはやめた方がいい。原形をとどめているものが多いからな、最悪ゾンビ系の魔物として復活する可能性もある」

「それじゃあどうすればいいの?」

「燃やしてしまうしかない。少し罪悪感はあるけどな」

そう言って呪術を唱えようとした男性を、女性は腕を上げて制した

「私がやる」

「……出来るのか?」

「やらなくちゃダメなの。私はパパの娘だから」

そう言って死体の山に向き直ると、そちらに向かって手のひらを翳す

「شضغب:٦!」

中級の火炎呪術は、瞬く間に死体の山を多い尽くした

ぱちぱちと音を立てながら、人であったものたちは人でなくなって行く

「これでいいでしょ?」

「そうだな。それじゃあの2人が起きる前に先を急ぐぞ」

「うん。あ、それと……」

「なんだ?」

「ごめんねパパ。私ばっかりがあのーー」

「やめなさい」

男性は女性の言葉を優しく手で制する



「大丈夫だよ。俺は気にしてない。だからこれからも……」

男性は言葉を途中で切ると、天を仰いだ

雲は既に霧散し、輝く星が空を覆い尽くしている

しかし、その様子で女性は男性の言いたいことを察したのだろう

それ以上はなにも言わず、男性に倣って天を仰いだ

しばらくそうしていたが、やがて男性が息を吐き出し女性の方に向き直った

「行くぞネージュ。俺たちは俺たちのやるべき事を遂行するんだ」

「うん、わかってるよパパ」

こうして2人は夜の森へとその身を溶け込ませて行った




ーー




「イリス。おい、イリス」

ゆさゆさと揺さぶられて私は目を覚ました

眠い目を擦りながらゆっくりと身体を起こすと、そこには片膝をついたルディさんがいた



「ルディさん……ふあぁぁ、おはようございます………」

「おはよう。今はだいたい7時頃だな」

窓から差し込む太陽の光に目が眩みながらも立ち上がる

どうやら今日はすこぶる快晴みたいだ

「お、どうやら足の痛みは引いたようだな」

「あ、そう言えばそうですね。すっかり忘れてました」

右足の爪先を床にトントンと打ち付けても全然痛くない

「その様子なら心配はなさそうだな。出発はあと1時間くらいしてからだ」

「分かりました。ふぁ……」

「随分と眠そうだな。昨日は眠れなかったか?」

「いえ、多分昨日の疲れが抜けきれてないんだと思います」

「確かに昨日は走りまくったからなぁ」

「全身がびしょ濡れになったのも原因だと思います」

「風邪か!?」

「い、いえ! 違います! ただ疲れる原因にはなるかなと思って」

ルディさんは私に過保護だ



「なんだよびっくりさせないでくれ…… ほら、丁度出来たぞ」

そう言ってルディさんはお肉とパンを暖炉から取り出した

シェーヌから出発する前日に買っておいた食料だ

「あとこれもだな。ほれ」

そう言って差し出してきたのは木のコップ

中身は……ジュース?

「シェーヌでイリスが持ってきてくれた果物のミックスジュースだ。果汁100%だぜ? どう?」

コップを傾けて中身を口に含む

それはとても甘くて、それでいてほど良い酸味が絶妙で……

「おいしい!」

「よっしゃ! 氷結魔術で冷やしながら持って来た甲斐があったぜ!」

してやったりという表情でそう言うルディさん

その時のルディさんはとても誇らしげだった




ーー




村から出発して約2時間くらい経ちました

山道は昨日の嵐でぬかるんでいて、歩を進めるたびにぐちゃっと音がする

しかもかなり深くまで足が沈むので、とっても歩きにくい



「イリス〜 本当に抱きかかえなくていいのか〜?」

悪戦苦闘する私を尻目に、ルディさんは軽々と道を進んでいる

そんなルディさんを羨ましく思いながらも、私は絶対に首を縦には振らない!

「私だって1人の旅人なんです! このくらい、1人で!」

足を力一杯持ち上げて前に降ろす

足はべちゃっと音をたててまた沈む

その足をまた上げて前に降ろす

そしてまた沈む

延々とこれを繰り返しているから正直凄く疲れてます

でも!

やっと手に入れた自由なんです!

きちんと自分の足で大地を踏みしめたいじゃないですか!

「私1人でも旅に出れるくらいになるのが目標です! ルディさんが病気になった時も安心ですよ!」

「なぁなぁ、それってシェーヌ神話に影響され過ぎじゃないか?」

呆れ半分のルディさん

別に影響されたっていいじゃないですか!



「まぁいいけどな。疲れたらいつでも言えよ」

「はい!」

旅路では絶対にルディさんのお世話にはなりません!

でもその分……次の街についたら甘えちゃおうかな………



それからさらに3時間後……



「はぁ…はぁ…… ま、まだ山道は続くんですか……?」

流石に疲れて来ました……

もうかれこれ5時間は歩き通しです

「地図を見る分にはあと2kmといったところだな」

「そ、そんなに………」

シェーヌの旅が如何に大変だったか今やっと理解しました……

「どうする? 少し休憩するか?」

「いえ! まだ、歩けます」

多少の無理も承知の上です

新しい地に一日でも早く到着するためには努力は惜しみません!

「分かった。でも決して無理はするなよ? 自分の体調を管理するのも旅人の義務だからな?」

「分かりました」



そして30分後……



「暑いぃぃ………」

なんと私よりも先にルディさんがダウンしました!

幸いにもここは洞窟の入り口で付近で、ここを抜けさえすれば山道は終わるんですけれどもね



「そんな黒いローブを纏っているからじゃないんですか?」

「そ、それは仕方ないだろ! 俺のアイデンティティなんだから………」

アイデンティティ? ちょっと私には意味が分かりませんが、とにかくこの格好が重要ということみたいですね

「それならせめてローブの袖を短くしたらどうですか? 私の服みたいに」

今の私の服装は、旅をするのに丁度いい半袖の布の服、そして革のズボンです

街についたらスカートにしますけれど、長い距離を歩くのならやっぱりズボンが一番ですしね

「ああ、なるほど…… よし、やってみよう」

暑さのあまりボーッとしているルディさんでしたが、やがて億劫そうに腕を上げた

「どうだ? 結構短くなっただろ?」

「うわぁ……本当に一瞬で消えるんですね!」

気付いた時には既にルディさんは半袖姿をしていた

じーっと見ていたはずだったのに、消えたことに全く反応できなかった



「あ、どうせならその髪の毛も縛っちゃったらどうです?」

「髪の毛?」

ルディさんは凄い長髪で、少し屈むだけで髪が地面についてしまう

だから軽く縛るのもいいんじゃないかと思う

「はい。ちょっとヒモ作ってください」

ルディさんの魔力で適度なヒモを2本作ってもらう

私はそれを受け取って、ルディさんの後ろに回り込む

えーっと………

「ここをこうしてっと……出来ました!」

「出来ましたじゃねーよ!!」

あれ? なんか思いっきり怒られたんですけれど?

「いや、だって髪の毛が地面につかないためにはこうするしかーー」

「だからってこりゃねーだろ………」


なにがおかしいのかな?

私がやったのはこれだ


まずルディさんの後ろ髪を束ねてヒモで縛る

次にその髪の毛を頭の上に乗せて、前側へと垂らす

最後に顎から頭頂部にかけてヒモを通し髪の毛を固定する

完成!



「完璧じゃないですか?」

「全然そうは思わん!」

不評ですね……… どこが不満なんですか?

「あのな………もういい」

終いには呆れられる始末

こんなのってありません!





この日、ルディさんが密かに書いていたノートにこの一節が追加されたのを知るのは、もう少し先のことだった



『センス、美的感覚を身につけさせる』



投下終了です


>>555-556

私個人としては先読みされるのは別段困ることはありませんし、それによって展開を変えようとは思ってはいません

しかしながら、読者の方には先読みを嫌がる方も少なからずいらっしゃるようなのでお控え下さると幸いです

乙です

完璧に髷ですありがとうございました

乙乙!



第4章 3話


【洞窟の案内者】


私は暗いところが苦手だ

いや、この洞窟の構造はそれこそ自分の一部であるかのように知っている

それでもやっぱり暗いところにいるのは好きじゃない

なんかオバケとか出そうだし……

さっさと見回り済ませて帰っちゃおう

「特に雨漏りとかもしてないし大丈夫そうね」

特に崩れた場所もなさそうだし

よしっ! 帰ろう!

ただでさえこの長い体は洞窟を這うのに不向きなのに、これ以上いる意味なんてないもん

そうそう! もう用事もないし! 帰ろーー

「きゃっ!」

ひぅっ! な、なに!?

「おいおい、大丈夫かよ?」

「大丈夫です。ちょっと躓いただけです」

「昨日みたいにまた足を挫くなよ」

「注意します」

ど、どうやら男女の2人組らしい

こここ、こっちに来る!?

私は慌てて岩陰に隠れる

大丈夫だよね!? 尻尾のほうとかもちゃんと隠れてるよね!?



「ルディさ〜ん! 早く早く!」

「だからそんなに急ぐなってば。また転ぶぞ?」

「大丈夫ですって! ちゃんと松明もあるんですから」

「こらっ! だから松明を振り回すなって!」

声だけ聞くと私が思ってたよりも若い2人組ね……

まだ2人とも子供だと思う

とは言っても実際に顔を見たわけじゃないからなんとも言えないわね

なんで見ないかって?

怖いからよ!

「全く、元気になのはいい事だけどな、少しは落ち着けよ」

「そんな事言われても……楽しいんだから仕方ないじゃないですか!」

「はいはい。あ、イリス止まれ」

「はい?」

どうしたんだろ?

「どうしたんですかルディさん?」

「俺の後ろに下がれ。いいって言うまでずっとだ」

「は、はい」

「よし。ちょっと待ってろよ」

なんだろ? さっきまであんなに和気藹々だったの、に!?


あ、足音がこっちに来てる!


どうしよう! どうしよう!?



た、多分あの2人は人間だよね!? そ、それなら!

驚かして! それでその隙に逃げよう!

この岩陰からワッ! と飛び出て後は流れで逃げる!

よ、よし! 行くぞ! 頑張れ私! ファイトだ私!

足音が近付いて来て……止まった……


今だっ!


「うがぁあああ………あ?」

バッ! と岩陰から飛び出した私を迎えたのは………

顔が髪の毛で覆い尽くされていて、その隙間から見えるのは血走った目

全身が黒尽くめで明らかに不気味な雰囲気

紛う事なき、化け物だった………




ーー




ん? ここは………

「あ、起きましたよルディさん!」

「やっとか。まったく……… イリスはこっちに来い」

まだクラクラする頭を何とか起こして、声のする方を見る

目の前にいたのは一人の少年だった



「目が覚めたようだな。大丈夫か? かなり強く頭を打ち付けていたから心配したぞ」

「え? あ………うん」

思いがけない言葉にしどろもどろになりながらも返事をする

……って、そんな事よりも!

「あなた達! さっき私の近くにいた化け物はなんなの!? アレに睨まれてから私の記憶が無いのだけれども!」

「俺だよそれ」

「…………………………は?」

私の不可解な表情を見て察したのか、ルディと呼ばれた少年は髪の毛を纏めて、顔にかけた

「あ、本当だ……」

その姿は紛う事なき先ほどの化け物!

「でもさっきは目が赤かったけれど……」

「髪の毛が目に入って充血してたんだよ」

そんな事だったの!?

私は一気に気が抜けてしまった

「脱力しているところ悪いんだが、少しいいか?」

「なによ?」

「なんでお前がここにいるのか知りたい。普通はこんな所に入らない種族だろう? ラミアという種族は」


そう、私の分類名はラミア

上半身が人間、下半身が大蛇の姿をとる魔族だ


「その前に、私から先に質問させてもらってもいい?」

「なんだ?」

「あなたとそこにいる娘は一体何者? 2人とも人間に見えるけれど?」

普通の人間ならば私の姿を見た時点でわざわざ介抱しようだなんて思わないはず

そして魔族に至っては尚の事そうだ

同じ分類なら助け合う事はあるけれど、それ以外で助け合う事なんて滅多に無いと聞く

むしろ殺される事の方が多い

「俺は魔族だ。でもあっちの方は唯の人間だよ」

「人間?」

ふと少女の方を見ると私に向かってペコリと頭を下げて来た

反射で私も頭を下げてしまう



「でも人間の少女と魔族が2人で旅するっておかしいと思うのだけれども」

「それにゃ深い理由があるんだよ」

少年の表情から察するに本当に深い理由があるようだ

でも今それを聞くのは野暮というものよね

「それで? 俺の質問には答えてくれるんだろうな?」

ギロッと睨まれた……こ、怖い………

「ね、ねぇあなた? 何か怒ってたりする?」

「別に怒っちゃいねーよ」

絶対嘘だ! だってすごく怖いもん!

「あ、大丈夫ですよラミアのお姉さん。ルディさんはさっき自分の顔を見て気絶されたのを気にしてるだけですから」

へ?

「イリス。お前はちょっと黙る事を覚えようか?」

「ルディさんがあまりにもションボリしてましたから。すみません♪」

「ションボリなんかしてない!」

「そうでしたっけ?」

睨みをきかせる少年に対し、悪びれた様子もなくそう言ってのける少女

どうやらこの少年は少女に敵わない立ち位置にいるようだ

そのやり取りがあまりにおかしくて、私はふっと吹き出してしまった



「なにがおかしいんだよ?」

「いえ、ふふっ…… 2人のやり取りが面白かったから」

そうね、この2人にだったなら………教えてもいいかもね

私達の住処を


「2人とも、私について来て」

「おい、まだ俺の質問に答えてもらってないぞ」

「その質問にいまから答えるのよ。さ、こっちよ。えーっと……」

「俺はカルディナル、ルディと読んでくれ」

「私はイリスです」

ルディとイリス。うん、覚えた!

「私の名前はオートリシャン。皆からはトリシャって呼ばれてるわ。よろしくね」




ーー




「結構歩いたけれど、まだ着かないのか?」

「もうちょっとで着くわ。ルディの事は心配してないけれどイリスの方は大丈夫?」

「大丈夫です」

「そう、良かったわ」

私達ラミアの下半身は筋肉の塊みたいなものだから、よっぽどの事が無い限り歩きつかれる事はない

そう考えると二足歩行の生物って損してるわよね



「それにしてもあなた達、よく私について来たわねぇ」

「どういう意味だ?」

「だって私、曲がりなりにもラミアなのよ? 人間の少女を連れているのに信用してついて来るなんて……」

ラミアは肉食、しかも獲物を丸呑みする事が殆どだ

もちろんその獲物の中には人間だって含まれている

「あのなぁ、俺の顔を見ただけで無様に気絶するラミアの何を恐れればいいってんだ?」

「うぐっ……それを言われると弱いなぁ」

だって本当に怖かったんだもん!

「気絶してる時も随分と魘されてましたよ? 本当に心配しました」

「……あなたも大概変わり者ねぇ。普通私みたいな化け物、人間が心配するなんてないわよ?」

「トリシャさん! なんて事を言うんですかっ!」

私がそう言った途端、イリスがこう怒鳴ってきた

な、なに? 私何か怒らせるような事を言った!?

「トリシャさんは化け物なんかじゃありません! れっきとしたラミアじゃないですか!」

「れっきとしたラミア?」

「はい。れっきとしたラミアです」

まぁ言いたい事は分かるけれど……ラミアにれっきとしたもしないもあるものなのかしら?



「ちなみに俺はれっきとした魔族だぜ?」

「私はれっきとした人間です!」

2人は胸を張ってそう言う

「だからトリシャさんも胸を張りましょう」

「…………………………」

正直呆気にとられた

この少女は古より根強く存在する種族の壁を全く感じさせないのだ

私も何度か人間にあったことはある

そのたびに私は恐れられてきたのに……

この少女はそんな素振りを全く見せないのだ

そんなやり取りが愉快になって、私はついこう言ってしまった

「でもさ、イリスも私も張るほど胸なくない?」

「なっ! なにを言うんですか! ありますよちゃんと!」

「………人間の世界では魔族と大小関係の概念が違うのかしらね?」

「同じですっ!」

からかうとそれだけ意地になって言い返して来るイリスは、女の私からみてもとても可愛らしい

ふとルディの方をみて見ると、穏やかに笑っていた

なるほど、どうして魔族の少年がこの少女と旅をするのかその理由が分かった気がする

「あ、そうだ! よろしかったらこれどうぞ」

「え? なに?」

イリスが差し出してきたカードのようなものを尻尾で巻き取って受け取る


“貧乳同盟メンバーカード”



「なにこれ?」

「行商団のサラさんと私で発足した同盟です。持ってるとルイさんの行商団での買い物が安くなります!」

「お前らそんなもの発足したのか?」

呆れ口調のルディ

無論私もだ

呆れて呆れて呆れて呆れて……



「ふ、ふふっ………」


だめ、もう……我慢の限界



「あっははははは!! ひゃあっははははは!!!」

胴をビタンビタンと振り回して笑い転げた

こんなに笑ったのは生まれて初めてかもしれない!

「あの……トリシャさん?」

「あっはは、ごめんごめん! その、面白すぎて………はぁ」

一息ついて心を落ち着かせる

「そりゃ笑われてもおかしくない。こんなもの渡されちゃあな」

「こんなものとはなんですか! 由緒正しい組織なんですよ!」

「悪い悪い」

プンスカ怒るイリスをなだめながら、ルディは私に視線を向ける



「でも確かラミアの魅力って、胸じゃなくて胴体の長さと太さじゃなかったか?」

「ええ、そうよ。胸なんか気にするのは全然いないわね。私ももう少し胴が太ければいいんだけれどもねぇ……」

「でも青くて綺麗な鱗してるじゃないか。歳の割りには胴も長いと思うぞ」

「あらありがと。まさか異種の魔族にそんな事言ってもらえるなんて思ってもなかったわ」

「一度別のラミアに怒られたことがあってな。その時に女心……じゃなくてラミア心の汲み方を聞いたんだよ」

なんでもないという風にそう言ってのけるルディ

うん、私の判断は間違ってなさそうね

さて、もう着くわよ

「その曲がり角を曲がればさっきの私への質問の答えが分かるわ」

端に除けてルディとイリスに先に行くよう指示する

「ほら、行きましょうルディさん!」

「だいぶ洞窟の奥まできたと思うんだが、果たして本当に答えがあるのかね……」

ルディはイリスに手を引っ張られながらも半信半疑の体だ

ふふん、今に驚かせてやるんだからね!

「一体になにが………え、えぇええ!?」

「どうしたんだ? イリ、ス…………」

ふふ、目の前に広がる光景に言葉が無いようね

だから私は、硬直している2人の傍らを通り、そして手を広げてこう言ってやったの!

「ようこそ! 沢山の魔族が共存する都市“魔族の渓谷”へ!!」


本日はここまで

また近いうちに

貧乳同盟wwwwwwww

イリスは14歳だからまだ成長の余地があると思うんだ・・・
だがそのままでいてほしいね

乙乙!

おっつおっつ



第4章 4話


【魔族の渓谷】


“トンネルを抜けるとそこは雪国だった”

これは俺が以前読んだ事のある本の一文だ

しかし俺とイリスは今、それ以上の光景に出くわしているのかもしれない

「どう? 凄いところでしょう?」

誇らしげにそう言うトリシャに対し、俺とイリスはただ頷くのみだ


ここは恐らく山の中心部にぽっかりと空いた、すり鉢状の空間なのだろう

驚くべきなのはその広大さだ

深さは目算で約1kmほどある

そしてここから反対側までの距離は5kmほどあるんじゃないか?

そこは円形になっており、直径は3kmほどあるだろう


分かり難かったらこう考えてくれ

上辺が5km、下辺が3km、高さが1kmの左右対称な台形を思い浮かべてくれ

その台形を対称線を軸にぐるっと一回転させる

こうして出来上がった物体の内部がここだ


傾斜は………計算すると45度か

しかしその側面はかなり凸凹していて、平地状になっている部分も結構ある

植物も非常に生い茂っているし、魔族ならば移動には困らないだろう

しかも驚いたことにだ……

「ちゃんと階段もあるんだな」

「そうね。やはり二足歩行の魔族が多いから階段もあるわよ」



しかしながら非常に入り組んでいるので、イリスがこれで移動したら迷子になるのは目に見えてる

「イリス、俺のそばを離れるなよ。こう広いんじゃ探すのが大変だ」

「へ? あ、はい………」

心なしかがっくりしているイリス

やっぱり1人で移動する気だったんだな……

「とりあえず私の家にでも来る? お茶くらいならご馳走するわよ」

そう言ってトリシャが階段に向き直った瞬間だった

遠くから何かが聞こえてくる

これは……そう、蹄で地面を蹴る音だ

「何か来るな……」

「え?」

トリシャが再びこちらに向き直った瞬間、俺たちの頭上をなにやら大きな影が飛び越した

ケンタウルス? 違う、こいつは……

「ルディさん、一体何が……きゃあっ!!」

その正体を見たイリスは、軽い悲鳴をあげて俺にしがみついてきた

それもそうだろう

目の前にいるのは首の無い馬なのだから


「お前たちは何者だ?」

存外綺麗な声でそう訪ねてきたのは馬では無い

その上に乗っている兜を被り、鎧を纏った騎士だ

その騎士にトリシャが一歩(一這?)進み出た

「あ、どうも騎士団長」

「ラミア。一体その者共はなんだ?」

「いえね、この2人はちょっとした旅人です。たまたま洞窟で出会いましてここに連れてきた次第です」

「この渓谷は別に外の人物の出入りを禁止する事はない。だが」

そう言って騎士が睨んだのは……なんとイリスだ!

「わざわざ魔力を隠してここに入ってくるのはいただけんな。そこの女!」

イリスはその声にビクリと反応し、俺を掴む手がより力強くなる

「ちょっと待て、魔力を隠していたとはどう言う事だ」

俺は別にそんな事はしていない

かと言ってイリスにそんな芸当ができるとは思えない

「この渓谷に張ってある感知魔術に反応したのは、貴様とそこのラミアだけだったと言う事だ」

「はぁ? そんなバカな事があるか」

「しかし事実だ。私も貴様達の姿を見るまでは2人だと思っていたからな」

この様子から見ても、この騎士が嘘を言っているとは思えない


それなら本当にイリスは感知魔術を回避していたのか?



「貴様達はこれから騎士団の本部へ来てもらう。もちろん疑いが晴れたならば即刻解放するがな。同行願えるかな?」

「断っても連れて行く気だろうが……」

この騎士は既に戦闘体制に入っている

面倒くさいがここはついて行くしかなさそうだ

「理解してもらえたならばありがたい。それではついて来い」

「あ、ちょいと待ってくれ」

そう言って階段の方へ手綱を引く騎士に、声をかけて引き止める

「この崖を降りて行った方が早いんだろ? 俺もそれくらいなら出来る」

この騎士は先ほど崖を駆け登ってきたのだ

恐らく本部は最底部にあるのだろう

「しかし貴様達が逃げ出さないとも限らんだろう」

「よく言うよ。さっきから俺たちを鳥翼族に監視させてるくせによ」

「………気付かれていたのか」

「あそこの崖にホークマンが2人、あっちの木陰に雷鳥が3人、それと同時に魔法使い族も数人待機しているだろ?」

こうも監視されると嫌になって来るなホント……



「的確だな。ならばもう隠す必要もない。逃げたらそれが貴様の最期だと思え」

「肝に銘じておこう」

おっかねぇの

「ルディさん………」

「大丈夫だって」

不安気に俺を見上げるイリスに軽く笑みを返し、そのまま抱きかかえる

「案内よろしく頼むぜ」

「ふっ、ついて来い」

騎士は首無し馬の手綱を強く引き、崖の下へと消えて行った

あ、そうそう……

「トリシャ、後でお前の家にお邪魔してもいいか?」

「あ、うん。元々そのつもりだったし」

「ありがとうよ。それじゃあまた後でな」

そう言い残し、俺は断崖へと身を投げ出した




ーー




「なんだかなぁ……… 検査ってこんなにかかるもんなのかね」

1人待合室に取り残され、3時間も経っただろうか

流石に暇で暇で仕方が無い

検査には俺も立ち会おうと思ったんだが、それは向こうの奴らから禁止されてしまった

もちろんそれだけじゃ俺だって承諾はしなかったが、他ならぬイリスまでもが1人で大丈夫だと言ってきたのだ

そう言われちゃ待つしかない……

そんな感じで椅子を3つほど繋げて寝そべっていると、突然ドアがノックされた

「入ってもよろしいか?」

「どうぞ」

入ってきたのは見た感じ8歳くらいの小さな金髪の女の子だ

故郷の南の大陸でよく見かけた“巫女装束”みたいな服を着ている

他に特徴的なのは……狐の耳と尻尾があるくらいだな



「ツレの検査が終わった。わしゃについてまいれ」

「やっと終わったのか」

アクビをしながら椅子から立ち上がる

「それにしてもこんな小さい子供までいるってのは驚いたな」

俺の声に目の前の少女の耳がピクリと反応した

「子供……じゃと?」

振り返ったその目は、まるで親の仇の畜生を見るかのような目だ

「小僧、あまり己が目を信用せん方が身の為じゃ。死期を早めよう」

扇子を懐から取り出しこちらに向けるその様は、確かに見た目相応の少女とは思えない迫力だ

だが、相手にも一つ誤算がある

「そうだな。その言葉、そっくりそのままアンタに返してやるぜ」

「なんじゃと?」

「俺もそう若くはない。それだけだ」

そう言うと目の前の少女はわずかに目を見開いたが、すぐにそれを収めると再びドアへ振り返る

「若くないと言いながら、他者に挑発とも取れる言動を発するのは感心せん」

「多分、長く閉じ込められててイラついてるんだろうよ。妖狐にケンカをふっかけるくらいにはな」



それを聞いた妖狐は、目だけをこちらに向けて呆れ口調でこう言い放つ

「なんじゃなんじゃ、今時の若者よりも余程若者らしいのう」

「精神を若く保つ事こそ老化防止の鉄則だ」

「ふくくっ…… それはわしゃに対する当て付けか?」

「くくっ、まさか」


2人が軽く笑いあった会話を機に、プツリと対話が途切れた

妖狐は黙って廊下を進んで行き、俺はその後を従う

途中様々な魔族たちと目が合ったが、嬉しい事に全員が軽く会釈して来た

同族に疎まれない場所というのも珍しいものだな


「ここじゃ。後は中に居る団長が総ての説明をしよう」

「分かった。案内感謝する」

「ふくく、よいよい。これがわしゃの役目じゃからな」

口元を開いた扇子で隠しながら上品に笑うその様子は、優雅さを醸し出している

「それとこれだけは聞いておきたいのぅ……」

「なんだ?」

「わしゃあ今年で320を数える頃となる。主は如何程なんじゃ?」

「……………具体的な年齢は言えないな。だけどアンタよりは歳上とだけ言っておこう」

それを聞いた妖狐は耳をペタンと折り曲げてしまった

明らかにがっかりしている……



「悔しいのぉ……… 魔族の渓谷で最年長者のわしゃを超える者が、此の地を訪れようとは……」

「因みに出身は南の大陸“エクリュ大陸”だ。アンタもそうだろう?」

「そ、それは真か!?」

途端に耳はピンと立ち、尻尾はこれでもかと言うくらいにふりふり振りだす

あからさまに喜びを表現してきた

うん、コイツも十分に若いじゃないか!

「ああ。その辺も混みでアンタとは気が合いそうだな」

「ふくくく……そうじゃの。話が終わったならわしゃの元に参るとよい、大した持て成しはできぬがの」

「そうさせてもらうよ。また後でな」

「うむ」

厳かにそう言い放つ妖狐だが、その黄金色の尻尾が嬉しそうに揺れているのを俺が見逃しはしなかった

「あ、名前聞き忘れたな………」


ま、いいか

この渓谷の最年長者の妖狐と聞けばすぐに分かるだろうし


そして俺は目の前のドアをノックした




ーー




「あ、ルディさん」

部屋の中でイリスは椅子に座っていた



「おおイリス、大丈夫か?」

見たところ元気そうだ

「はい。いろいろ疲れましたけれども」

「そうか」

「ルディ殿。そこに座ってくれ」

目の前の机にいるのは先ほどの騎士

今は兜は被っていないため、その顔が明らかになった


「なんだ女性だったのか。まだ声変わり前の少年の方に賭けてたんだが」

「女と思って甘く見ない方がいいぞ」

兜の中身は茶髪の女だった

それは限りなく人間に近い形をしていると言っても過言ではないだろう

「で? 検査の結果はどうだったんだ?」

「あ、ああ……それか。それはだな……」

「なんだよ?」

先を促さても、なにか物が詰まったかのように何も言わない

終いにゃ目を逸らす始末だ

「そこから先は儂が話しましょう。よろしいですな団長?」

「頼む」

横から急に入って来たのはフードを着込んだ爺だ

恐らく魔法使い族だろう

「まず初めに自己紹介を致しましょう。儂はこの渓谷で感知魔術を担当している者ですじゃ。皆からは魔法ジジイと呼ばれておる」

「魔法ジジイさんねぇ……」

凄い名前だ



「娘さんの名はイリス。バームステン出身の人間。歳は14で間違いは御座いませんな?」

「はい。そうです」

イリスが返事をした

「そしてそちらの方がルディ。魔族でありながら人間の少女と旅する者」

「ああ」

「分かりましたですじゃ。それでは結論から申しましょうぞ」

魔法ジジイは手元の羊皮紙を纏めると俺へと手渡して来た

「これは?」

「ほっほっほ。ここで検査を受けたと言う事で領収書ですじゃ。尤も検査料は全てこちら持ちじゃがの」

「と言う事は」

「左様。その娘さんは決して魔力を隠して侵入して来たわけじゃありゃせん」

魔法ジジイは人を安心させるように笑ってそう言った

「だろ? イリスに感知魔術が反応しなかったのはそっちのミスに決まってるんだ」

「いや、それは違いまする」

俺の言葉は次の瞬間、きっぱりと否定された

「儂の感知魔術はとても精巧なものでの、虫一匹たりとて逃しはせんのじゃ」

「それならどうして……」

「ふむ。その理由を調べておったのじゃ。本来ならばこの程度の検査、ものの10分で終わるんじゃがの」

魔法ジジイは真剣な面持ちで手元の文面を読み上げた



「そちらの人間の娘さん、つまりはイリスさんじゃが。貴女は本来生物なら持っているはずの魔力が存在しないのじゃ」


想像の遥か斜め上を行く結論に目が丸くなる

イリスが魔力を持たない?

「どういう事なんだ?」

「言葉の通りじゃよ。イリスさんは欠片たりとも魔力を持っておらん。じゃから魔力に反応して感知をする感知魔術が効果なかったのじゃ」

「そういう意味じゃなくてだな、なぜイリスが魔力を持っていないのかを聞いてるんだ」

「分からん」

わからんって……それをお前たちは調べていたんだろ……?

「そんな顔をされても分からんもんは分からん。強いて言うなら体質じゃ」

余程情けない顔をしてたんだろうな、俺は……

「しかしこれは中々素晴らしいことじゃよ。感知魔術が全く効果ないからの、それは素晴らしい諜報員になるじゃろうて、ほっほっほ!」

「イリスにスパイなどさせるか!!」

「しかし拘束の呪術や昏睡の呪術などは効果あるようじゃ。これは魔力ではなく生物の筋や脳に作用するからの。おっと、もちろんこの二つは娘さんの許可を得て試したからの?」

俺の怒鳴り声をサラリと躱して、さらにとんでもない事をぬかしやがる

「イリス!」

「その、ごめんなさい!」

「ほっほっほっほ!」

「笑うな魔法ジジイ!」

「こりゃ失礼じゃ」

ぽりぽりと頭をかくジジイ

「今後一切イリスに呪術をかけようとするな! そんな事したら俺は絶対にお前らを許さねぇ!!」

出来るだけ抑えつつも殺気を込めて2人を睨みつける

「分かった分かった。もう二度とそんな事はせんよ」

「大丈夫だ。私の名にかけてそんな事はさせない」

ジジイと団長から言質をとる



「ルディさん、大丈夫ですって。この方達、すごく私に親切にしてくれましたし」

「それとこれとは別だ!」

くそっ、無性に腹が立つ

2人とも悪い奴じゃないのは分かってるんだが……

「大丈夫だ。疑いが晴れた今、貴殿たちを警戒する事もない。もし今後そのような輩がいたならば私が責任持って処罰しよう」

「そう言っておいてもし何かあったらお前の頭をもぎ取って水底に沈めてやるからな!」

「ル、ルディさん! なんて物騒なことを言ってるんですか! 首を撥ねるだなんて!」

俺の発言にイリスが慌てて非難してくる

「大丈夫だ娘。その男には私の首を撥ねる事など出来ん」

「で、でもルディさんはすごく強くてーーー」

「なぜなら………」

団長は右手で髪を掴み、そして………

「い、嫌あぁあぁあああぁあぁああ!!!!」

「私には元々首がないからな」


そう言ってデュラハンの女団長は、にこやかに微笑んだのだった


以上です

デュラハンが首無し馬に乗っているって意外と知られてないと思う

やはりデュラハンか

ジェネラル並みの重装備騎士っていったらやっぱりデュラハンだよなぁ・・・
ちなみに首なし馬に乗ってるのは有名じゃないけど、イケメンだったり美女だったりっていう話はよく聞くよね

>デュラハンが首無し馬に乗っているって意外と知られてないと思う
マジで!?



第4章 最終話


【ルディの焦り】


「ルディさん! なんで教えてくれなかったんですか!!」

「いや、だってあの人首無し馬に乗ってたじゃん」

それはデュラハンという魔族の分かりやすい特徴の一つだし……

「私はそんなに魔族の特徴に詳しくないんです! ちゃんと教えてください!」

「ごめんなさい」

さっきから謝るだけの俺だけど、絶対に悪くないよね?

「まったくもう……驚きすぎて死ぬかと思ったんですからね」

「ははっ、悪い悪い」

笑いながらその頭を撫でてやると、イリスはムスッとしながらもされるがままになってくれる

「主ら、なにそこで乳繰り合っておるのじゃ………」

「はぁ!? 何言ってやがる!」

「誰ですか?」

後ろを振り向くとそこにいたのは……



「ふっくっく、そう照れるでない。なかなかお似合いじゃと思うぞぉ?」

「ニヤニヤしながらそんな事を言うんじゃない……」

「女の子?」

さっきの妖狐だ

「わしゃに声をかけず本部から出ていくのは酷いのではないかえ? ずっと待っておったというのに……」

「ああ、悪い悪い。でもアンタだって勤務中だろ?」

「ふっくっく。わしゃあここの名誉顧問なるものである。いてもいのうても関係ありゃせん」

ピンと尻尾を立てて威張ってるが……威張るところじゃないよな? そこ……

「ルディさん。この女の子はどなたですか?」

このイリスの言葉を耳敏く聞きつけた妖狐は、懐から扇子を取り出しピシッとイリスに向けた

「ふっくっく、小娘。わしゃを見た目で判断せん方がよいぞ? こうみえても其方の10倍以上は生きておる」

「じゅ、10倍以上!?」

「ふっくっく、そこまで驚く事かの? 其方の横の男なぞーーー」

「あ、ああ! そうだそうだ、次にあった時アンタの名前を聞きたかったんだよ!」

年齢の話になりそうだったので、慌てて方向変換する

イリスにはあまり知られたくない情報だからな



「む? わしゃの名前じゃと? ああ、そう言えばまだ名乗っとらんかったの」

そう言うと妖狐は身なりを整えて向き直る

「わしゃの名前は藍晶(ランショウ)じゃ」

「ほぉ、やっぱりエクリュ大陸出身なだけはある」

「そうじゃろうて。因みに名前の書き方は分かるかの?」

「“藍晶” こうでいいのか?」

「その通りよ! やはり主も同じ出身なんじゃの! 疑っておった訳じゃありゃせんがやはり嬉しいのぉ!」

「俺もだよ。あそこの奴らは誰も外へ出て行こうとしないからなぁ」

「え? えっ?」

にこやかに対談する俺と藍晶からただ一人置いて行かれているイリス

説明しなくちゃなんねぇよな

「イリス、俺とこの藍晶は出身の大陸が同じなんだよ」

「そうじゃそうじゃ! ふっくっくっく」

「は、はぁ……なるほど」

「ところで主らの名前はなんじゃ? わしゃにばかり名を語らせるのは無作法とは思わんかの?」

「悪い悪い。俺はカルディナル、ルディだ。それで……」

サッと目をイリスに向ける

「こいつはイリス。俺の旅のツレをしている人間だ」



「初めまして、イリスです」

「よろしゅう頼む」

これで一通りの挨拶は終わったな

「よし、それでは行こうか!」

は?

「何処へだよ?」

「何を言っておる。主らはトリシャという青い蛇娘の居住地へと行くのだろうが」

藍晶はなに当たり前の事を聞いてくるのか、という様子でそう返して来た

「藍晶もついて来るのか?」

「当たり前じゃ。わしゃあ主と話をするのを楽しみにしておったのじゃからな」

「いやまぁ、そうだろうけどよ……」

「大体、主らはトリシャの居住地の場所が分かるのかの?」



あ、そう言えば聞いてねぇ………

「イリス、お前なにか聞いてない?」

「い、いえ何も」

一縷の望みも消え去った……

「決まりのようじゃの! さぁ、黒船に乗った気持ちでわしゃについて参れ!」

そうして意気揚々と歩き出した藍晶に、俺たちはついて行かざるを得なかった




ーー




「藍晶様、こんにちは」

「こんにちはじゃ」

「あ、藍晶様。お元気ですか?」

「見ての通り元気じゃよ!」

「藍晶様、よろしかったらこれをどうぞ。お連れの方々も」

「済まんのう」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

こうして歩いていると、道ゆく人々(魔族)は皆藍晶に声をかけてくる



「やけに人気があるんだな」

「ふっくくく、これが人望というものよ」

本人も満更ではないらしく、今もらった木の実を口に運びながら、誇らしげにこちらを見て来た

一方イリスはというと

「…………………………」

さっきからギュッと俺を掴んで、必死に離れないようにしている

そりゃそうだろう

さっきから話しかけて来るのはヒョウ種のガルンナ(獣人)、蝶の羽を持つヒョムルという種類の魔族などなど

木の実を渡して来たのは下半身が蜘蛛のアラクネだ

流石にこれほどの魔族に囲まれちゃ、イリスもおっかないだろうな

木の実にも手をつけてないし

そんな事を考えながら歩いていると、不意に上空から怒鳴り声が聞こえて来た



「アンタねぇ! こんな所に巣を張ってんじゃないわよ!」

「そっちが勝手に私の巣に引っかかったんでしょ!? よそ見してたんだから責任はそっちじゃない!」

上を見上げると……なんじゃありゃ?

「主ら、なに言い争いをしておるのじゃ?」

「藍晶様!?」
「藍晶様!?」

異口同音とはこの事か

いや、こっちの大陸では同音異口っていうんだっけっかな

「ルディさん。あれって」

「女郎蜘蛛種のアラクネとハーピーの喧嘩だ」

ハーピーとは、人間で言うところの腕が翼、足が鳥のものになっている魔族だ

普通は程々に素早いから蜘蛛の巣に引っかかるなんてヘマはしないはずなんだが………

あーあー、2人とも一斉に藍晶に向かってお互いの悪口言い合ってるよ……



「もうよい! お互いの言い分は分かった! 今すぐ助けるからしばし待っておれ!」

藍晶はげんなりした様子でそう言う

「全く…… アラクネの巣から一人を助け出すのがどれほど大変か分かっておるのかのぉ………」

「それなら俺がやろうか?」

「は?」

藍晶にとっては、まさかの申し出だったようだ

「いや、しかし客人にそのような面倒をさせるわけには……」

「大丈夫だよ、ほんの一瞬で終わるから。イリス、ちょっと待っててな」

そう言ってから思い切りジャンプし、巣を作っている糸へ手を掛ける

「よっと………」

「あ、あなた誰?」

「もしかして新入りの人?」

「まぁそんなもんだ」

自分たちの説明は省略しておく



「それよかこの巣だが、ハーピーにくっ付いている部分だけ切り取っちまってもいいか?」

「え、えぇ。別に構わないけれど……私の糸を切断できるの? かなり太く作ってあるし………」

アラクネの放出する糸は、もはや糸と呼べるような代物ではない

綱と言った方が的確だろう

とは言っても、俺にとっちゃなんの問題もない

「それじゃ切るからな。一二の、三!」

「え? きゃあぁああ!!?」

無詠唱の風撃魔術によって、ハーピーに付着していた部分の糸だけを一瞬で切り離した

ハーピーは自分を支えていた糸の突然の消失に反応出来ず、そのまま地面へと落下して行った

「おい! 飛べよ! ああっ、たくっ!」

巣から手を離し、落下するハーピー目掛けて落ちて行く

勢いをつけた分、こちらの方がスピードは速い

「よっと……」

空中でハーピーを抱えて……そのまま着地した



「ルディさん、無事ですか!」

「無事だよ」

トテトテと駆け寄って来るイリスに笑いながら返事をする

「あ、あのっ!」

「ん? ああ、悪い悪い。ほら、降りてくれ」

抱きかかえていたハーピーを地面に降ろしてやる

「大丈夫だったか?」

「は、はい! ありがとうございました!」

ハーピーはぺこりと頭を下げて来る

うん、感謝されるってのはいいもんだぜ!

「いやいや、そんな大した事をしたわけじゃないよ。それよりも、これからは巣に引っかからないよう気を付けろよ?」

「はい!」

小っこくて素直な奴だ

なんか、イリスを彷彿とさせるハーピーだ

いや、すぐ隣に本物がいるんだけどな?



「ちょっとー!」

上空からアラクネの声が聞こえる

「どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもないわよ! 巣が全く壊れてないんだけれどどうやったの!?」

「別に難しいことじゃない。付着している部分の糸のギリギリ表面を切断しただけだ」

「いや、一瞬でそれをやるってかなり凄いことじゃないの!?」

藍晶も同調するように

「わしゃにもそんな事など出来ぬぞ。実に恐ろしいほどの魔術の才じゃ……」

こう言って来た



「まぁな。それじゃ行こうか。案内頼むぜ」

「う、うむ」

と、歩き出そうとしたら後ろからハーピーが声をかけて来た

「ね、ねぇ、 そこのお兄さん! 名前ッ! 教えて!」

やけにどもってるなぁ……

「俺はカルディナル。ルディと呼んでくれ。それじゃまたな」

「ま、また今度!」

手やひらひらと振って別れを……痛いっ!

見るとなぜかイリスが俺を抓ってやがる!!

「イ、イリス……… 俺、なにかしたか?」

「知りません。ふーんだ……」

「絶対になんか怒ってるだろ……」

「怒ってません」

絶対に怒ってるよコレ!

なんか怖いもん



「主よ」

そんな俺をジト目で見ながら話しかけて来る藍晶

「なんだよ?」

「主には女難の相が出ておる。心するがよいぞ」

「はぁ………?」

なんだかよく分からん………




ーー




10分も歩いただろうか、とうとう目当ての場所が見えてきた

「あ、あの……ルディ、さん。あそこって……」

「ああ、イリスの言いたいことは嫌という程わかるぞ」

藍晶によって連れてこられたのは岩肌にぽっかりと空いた洞穴だ

その洞穴は明らかに人の出入りが激しい

いや、違うな


ラミアの出入りが激しい



「彼奴等は全員一処で生活しておる。かのトリシャも例外ではなかろうて」

「そ、そうなんですか…… で、でも……その、なんて言うか……」

「ラミアがあんなにもうじゃうじゃたむろしてるのは、正直凄い不気味だな」

「ルディさん!?」

「だってよ? 鱗の色が赤とか青とか黄色とか、多種多様じゃん。眩暈が起きそうだ」

「でもそんな正直に口に出すのは失礼ですよ!」

「ふっくっく、包み隠さず率直に物を言うは魔族の特性よ。心配せずとも彼奴等はその程度で怒り狂いはせん」

藍晶は扇子で口元を隠し、愉快そうに笑う

「そ、そうですか……」

「尤も、その発言が魔族から発せられたものであれば……の話じゃがな」



藍晶はそう話を終わらせると、洞穴へと進み出て近くにいた赤いラミアに声をかけた

「そこの者。尋ねたいのじゃが」

「藍晶様!? 如何なさいましたか?」

「畏まらずともよい。主の仲間にトリシャというものがおろう。其奴のもとへ案内を頼みたいのじゃ」

「か、畏まりました! 後ろのお客様方もどうぞこちらへお越しください!」

藍晶相手に多少の緊張は仕方ないのだろう

しかし道案内は比較的スムーズに行われた

「こちらでございます。この部屋がトリシャの部屋です」

「そうか、ご苦労じゃった。もう下がってもよいぞ」

「はい。失礼いたします、藍晶様」

赤いラミアは俺達に一礼をして下がって行った

トリシャの部屋と彼女は言っていたが、早い話は一部屋ほどのスペースなだけだ

もちろんドアは付いていない



「おい、トリシャ。いるか?」

「はいはーい」

部屋の中へ声を掛けると、それに呼応して返事があった

「いらっしゃい、ルディとイリス……と、ら、藍晶様!?」

トリシャにとって藍晶の存在は想定外だったらしい

声がひっくり返ってるし

「うむ、しばし邪魔させて頂こうぞ」

「は、はい! す、すぐにおおお茶のじゅじゅ準備ををを!!」

テンパりすぎだろ………

このあとトリシャがコップを落として割るという失敗を犯すのだが、5分後には皆にお茶が行き渡り雑談の準備が整った

「粗茶ですが………」

「うむ、頂こう」

「ありがとうございます」

「ありがとう」

茶を微かに口に含んで見ると、微かに甘いものの後から渋みが口中を支配した



「ふむ、薬草茶か。癖が強いのぅ………」

「も、申し訳ありません! お口に合われませんでしたか!?」

「なんだ。見た目の通り味覚もお子様なのか」

「なんじゃと?」

「ちょ!? ルディ!!」

俺と藍晶のやり取りに冷や汗を流すトリシャ

お前藍晶のこと、どんだけ怖がってるんだよ………

「はぁ〜 温かくて美味しいです。お代わり頂いてもいいですか?」

「本当!? 沢山あるからじゃんじゃん飲んでね!」

「ありがとうございます。それでは頂きますね」

「なんだ、やっぱりイリスの方が大人だな。小っちゃい藍晶ちゃんはジュースの方がいいんじゃないか?」

「やかましい! んぐっんぐっ……ぷはぁ! おい、わしゃにももう一杯注ぐのじゃ!」

「は、はい! ただいま!」

「あの、藍晶さん。あまりご無理をなさらない方が……」

「無理などしておらん! こんなもの何杯でも飲み干してやるわ!」

「おいおい藍晶。エクリュ大陸の作法では、茶というものはゆっくりと味わって飲むのが主流じゃなかったか?」

「むぐぅ………」



これから先のことは残念だが割愛させてもらおう

ただ言っておく事としては、俺と藍晶はなかなかに楽しく会話をしたぞ

トリシャとイリスは俺たちの話について来れないから、2人で個別に話していたようだ

すっかりと打ち解けられたようで、俺としても嬉しい限りだ


ただ問題が一つあってな……

久々の外からの来客に興味を持った魔族達が、俺たちを覗き見しにやって来たんだ

部屋の外にはラミア、ガルンナ(獣人)、ハーピー、サハギン、アーマー族、ドラゴニアン(竜人族)

鳥翼族、サキュバス、インキュバス、人狼、挙げ句の果てにアルラウネ(植人族)やアラクネまでもが来やがった

特に敵意はない(ギラギラした目で俺やイリスを見ていたサキュバスとインキュバスは除く)から問題はないんだが……

結局最終的には、全員からの質問責めにあわされた

イリスなんかしどろもどろになりながら答えてたよ

あ、それと藍晶が貧乳同盟に加入したぞ

本人曰く『このような戯れも愉快なことじゃ』との事だ

そんなこんなで沢山の奴等と楽しく進んでいた茶会ではあったが、藍晶の発した一言で全てが終わりを告げることになった


「そう言えばの、最近のことじゃが主によく似た魔族の娘と外で会ったのぅ」

「へぇ、そりゃさぞかし強そうなオーラを発していたんだろうな」

「まあのぅ。確か名をノアールと言ったーーー」

それを聞いた瞬間、湯のみを口に運ぼうと思っていた腕が力を失いそのまま落下した

もちろん湯のみは派手な音を立てて砕け散る事となった

「どうしたの? 大丈夫?」

「ルディさん? どうかしたんですか?」

トリシャとイリスが何か言っているような気がする

しかし今はそんな事に構っている場合じゃない!

「い、いつだ!? どこで会ったんだ!!!」

激しく問いただす



藍晶は気迫に圧倒された素ぶりを見せたものの、すぐに回復しこう返して来た

「こりゃ! それが人様にものを尋ねる態度か! きちんとせい!」

そう言われて初めて俺は藍晶の肩を掴んでいる事に気付き、慌てて手を離す

「済まない。でも大切な事なんだ、教えてくれ!」

藍晶は顎に手を当てて思い出す素ぶりを見せる

「そうじゃのぅ……… 今から15日ほど前の事かのぅ」

な……に……?

「15日前!? 本当か!?」

「わしゃの記憶が確かならのぅ。少なくとも1月は経っておるまいて」

「他には! 他にはなにか言ってなかったか!?」

「そうじゃの、確か次はアンバーキングダムに向かうと言っておった。かの娘なら人間に混ざってもわかるまいて」

アンバーキングダム………

俺はそこで……アイツに会わなくちゃならないようだな



「ありがとう藍晶」

そう言ってから茶を一気に啜り、徐に立ち上がる

「イリス、すぐに出発するぞ。目指すはアンバーキングダムだ」

この言葉にはイリスも藍晶も、そしてトリシャも驚いたようだ

「ルディさん? いきなりどうしたんですか?」

「そうよ。せっかくルディの仲間が沢山いる場所だっていうのに、こんなに早く出て行く事なんてないでしょ?」

「そうじゃよ、わしゃたちもお主等のような者ならば大歓迎じゃ。永住も考えていいとおもうのぅ」

「そうそう、藍晶様の言う通り! こんなに広いんだから2人くらい増えたっても大丈夫だって!」

「そうそう。この渓谷な、男の人口がすくねぇんだよ! ルディみたいな奴が来るだけでかなり変化があるんだって!」

2人以外にもたくさんの魔族がそう引き止めて来てくれる

ははっ、嬉しい事言ってくれるじゃねぇか……



「悪いな。その気持ちは嬉しいんだけどよ、俺にはやるべき事が出来たんだ」

「ルディさんに、ですか……?」

「ああ」

ジッとイリスを見つめる

「もしかして、そのノアールという人の事でしょうか?」

「そうだ」

イリスはしばらくの間考えを巡らせていたようだが、やがてそっと目を閉じた

そして静かに深呼吸をする

「分かりました」

「イリス……?」

「私の神話巡りの旅、そしてルディさんの目的の旅、どちらもきちんと終わらせましょう!」

イリスは決心したようにそう宣言した

「そしてそれが全部終わったら……」

そこでイリスは藍晶の方へと向き直った

「もちろんじゃ。いつでも戻ってくるが良いぞ」

「そうそう! 私も待ってるからね!」

「私もよ」

「もちろん俺もだ」

周りからの声にイリスはというと

「みなさん。ありがとうございます!」

感極まってるよ

ま、俺もなんだけどな……



「それでは行きましょうルディさん」

「そうだな」

俺たちは洞穴の外に向かって歩き始める

後ろからは、藍晶とトリシャを先頭にしてぞろぞろと見物客の集団が着いて来る

なんて言うか、百鬼夜行みたいだ

「ルディとイリスがきた洞窟からならアンバーキングダム行きの道があるわよ」

「ありがとうトリシャ。でもな、ちょいとショートカットしていくつもりなんだよ。ほら、イリス」

「はい」

そう言ってイリスを抱き上げる

目指すは……ここから上空だ

「ここは死火山の火口に出来た窪みじゃからの、上に向かえば山の頂上から出られるじゃろうて」

「やっぱりそうか。アンバーキングダムまではどのくらいの距離がある?」

「人間ならば大体5日ほどかのぅ。しかし、主ならばもっと早く着こうぞ」

多分俺なら半日ほどで到着できそうだな

「別れは惜しいけれど、二度と会えないわけじゃないものね」

「はい。またすぐにトリシャさん達に会いに戻ってきます!」

「ふっくっく、わしゃ達はそう気が長い方ではないからの」

藍晶の言葉に、後ろに控えている魔族全員が頷いた



「分かったよ。なるべく早めに戻ってくるよ」

魔力を足裏に溜めて……

「またな!」

思い切りジャンプした

「きゃっ! くっ……」

「本気で飛ばすからな! しっかり捕まってろよ!」



願わくば、ノアールに追い付きたい

願わくば、ノアールの行動を止めたい

願わくば、ノアールと共に過ごしたい

俺は自分の心と向き合いながらアンバーキングダムへと向かって走り出した


短かったですが今回の章はこれで終わりです

ノアールとは何者ぞ……

乙です

乙。

面白い



第5章 1話


【壊滅の村】


その村の名はルドライラ

アンバーキングダムから人間の足で1日もあればたどり着ける小さな村である

そこは小さいながらも栄えていて、住人たちはなんの諍いもなく住んでいた


そう……住んでいた




ーー





「どうして……どうしてこんな事に……」

物陰に隠れながら、僕は溢れ出る涙を袖で乱暴に拭う



「お母さん、お父さん……」

呼んだって聞こえるわけがない

だって……お母さんとお父さんは………

「ひくっ………う、うぅ……怖いよぉ……」

まだ脳裏に残っている

ついさっきの事だ

隣の10歳の女の子がいきなり僕たちの家に来たんだ

そして、そして懐に忍ばせていたナイフでいきなり……お、お父さんを………

お母さんが逃げなさいって言って……ぼ、僕は……家から逃げて……

後ろからはお母さんの……さ、叫び声がっ……



「なんでだよぉ……なんでいきなりそんな事……うぐっ……」

他のお家に助けを呼びに行ったら……み、みんな血塗れで……し、死ん、で…………

「怖いよぉ……誰か……助けてよぉ………」

「どうしたんだい、キミ?」

「うわぁっ!?」

「クックック…… そんなに驚くだなんて失礼しちゃうな」

「た、旅のお姉さん!!」

た、助かった!

昨日見せてもらったんだ!

お姉さんは凄く強い呪術を使えるところを!!

「うわあぁあぁあん! お姉さん!!」

僕は堪らずお姉さんに抱きついてしまった



「うわっと…… 一体全体どうしたって言うんだい?」

「隣の女の子が! お、おかしくなって……ぼ、僕の! お父さんとお母さんを……うぐっ……うわあぁあぁん!」

「そうなんだ。クックック……」

「え? お、お姉さん……?」

なんで!?

どうしてお姉さんはこんなに愉快そうに笑うっていうのさ!!

「ごめんね。それはボクの仕業だよ」

「……………………え?」

お姉さん……?

「そんな……嘘、だよね? お姉さんがそんな………」

僕はお姉さんから手を離して、数歩後ろへ下がる

「ボクは嘘なんて吐かないさ。安心してくれ」

そんな、嘘だっ!!



「嘘だっ! そんなの絶対嘘だっ!! お姉さん、僕たちとあんなに仲良く遊んでくれたじゃないか!!」

昨日だって僕たちに魔術を見せてくれた!

一昨日だって一緒にご飯を食べたりしたんだ!

「そうだよ。僕はキミたちと一緒に遊んであげたね」

お姉さんは楽し気に笑ってそう言った

「だから………」

だ、だから………?

「今度はボクがキミたちで遊ぶ番だ」

「い、嫌だ……こ、来ないで………」

「クックックッ………」

逃げたい

でも、逃げられない

足が、竦んで………

「掴まえたよ。クックックッ………」

「あ、あぁ………」

「さぁ、キミもあの子たちと一緒に」








狂っていいんだよ?



その一報がアンバーキングダムへ届くのは、それから僅か1日後の事である

人口300人ほどの小さな村が壊滅したのだ

アンバーキングダムの国王の決断は早かった

知らせが入った当日に王宮騎士団をルドライラへと派遣したのだ


そしてその日から2日後

再び王国に一報が届いた

王宮騎士団がただ一人の生還者を除いて全滅した

それ自体が驚くべき事ではあったが、真に驚くべき事は生還者の言であった

そして生還者はそれを伝えたのち静かに息を引き取った

その全身に大量の剣を突き刺したまま………


東暦658年244日

カルディナルとイリスがアンバーキングダムへ訪れた、まさにその日の事であった


ここまでです

IDにやたらQが多い

IDすげえな

うぉぉぉお


忘れてたので4章登場キャラ紹介



オートリシャン(トリシャ)


種族 : 魔族
分類 : ラミア
性別 : 女
一人称 : 私
二人称 : あなた
対 ルディ : ルディ
対 イリス : イリス

外見 : 20歳
実歳 : 25歳
髪色 : 青
髪型 : ストレート、背中まで
眼色 : 青
全長 : 400cm
出身 : 魔族の渓谷
武器 : 尻尾
得意呪術 : なし
特殊呪術 : なし

【使用可能魔術】

なし

【特徴】

怖がりなラミアの女性

洞窟でイリスやルディと出会い、2人を魔族の渓谷まで案内する

胸には民族衣装のような青い布を巻き、動物の小骨で作った首飾りをしている

魔族の渓谷には人間を襲わない魔族のみが生活しているので、本人も獲物を丸呑みした事はない

ラミアなので胴体部には獲物を丸呑みするための口が存在しているが、一度も使ったことはない

蛇でありながらカエルが大の苦手。あのヌルヌル感やカエル独特の動きが嫌いらしい

貧乳同盟加入者



藍晶(ランショウ)

種族 : 魔族
分類 : 妖狐
性別 : 女
一人称 : わしゃ
二人称 : 主、其方、その他
対 ルディ : 主
対 イリス : 娘

外見 : 8歳
実歳 : 320歳
髪色 : 黄金
髪型 : ショートカット
眼色 : 水色
身長 : 130cm
出身 : エクリュ大陸
武器 : 尻尾 扇子
得意呪術 : 風撃
特殊呪術 : 浮遊

【使用可能魔術】

火炎、水撃、風撃、雷撃、昏睡

【特徴】

魔族の渓谷で最年長の魔族で、現在320歳。尻尾のふかふかには定評がある

子供扱いされるのを極端に嫌い、重々しい雰囲気を纏おうとした結果今の口調に落ち着いた

騎士団に所属しており、実は実力は団長以上。寧ろ渓谷で最強

ルディでもまともにやり合えば、負けはしないものの相当の深手は追う事になるだろう

しかし本部や渓谷の見回りを担当している

ルディと同じくエクリュ大陸出身で、着ている巫女装束は自分で作ったものである

もともとは神社の護り神のような存在であったが、時の経過と共に廃れたので移住してきた

寝る時は自分の身の丈ほどもある尻尾を抱きかかえて眠る

貧乳同盟加入者



ティユール

種族 : 魔族
分類 : デュラハン
性別 : 女
一人称 : 私
二人称 : 貴様 お前 貴方
対 ルディ : ルディ殿
対 イリス : イリスさん

外見 : 24歳
実歳 : 24歳
髪色 : 茶髪
髪型 : セミロング
眼色 : 黒
身長 : 167cm
出身 : 魔族の渓谷
武器 : 大剣 鎖鉄球
得意呪術 : なし
特殊呪術 : なし

【使用可能魔術】

なし

【特徴】

物語では名前が出なかった魔族の渓谷における騎士団の女団長

高い実力と冷静な判断力から、渓谷における民からの信頼度は高い

コシュタ・バワーという種類の首無し馬の魔物に乗り渓谷を駆けるその姿は、老若男女問わず魅了する

非常に真面目であるが生真面目というわけではなく、書類仕事中には部下と雑談する事も珍しくない

藍晶は形式上部下という事になっているが、幼い頃から世話になっている引け目もあり敬語で接する

と、いうより藍晶相手に敬語で話さないのはルディくらいだ

デュラハンであるため頭と体は別々に行動させる事が出来る。しかし普段は頭部分主体で体を動かしている

以前とある事情から体部分を酷使し過ぎた為、体にボイコットされた事がある

その時の体部分は、藍晶の家で3日間むくれていたようだ

物語では触れなかったが、検査の時にイリスとかなり仲良くなったようだ

しかし恵まれた体型ゆえ、貧乳同盟には入れなかった模様……

体と頭別の意思持ってんのかよwwwwww



ニゼル (魔法ジジイ)

種族 : 魔族
分類 : 魔法使い
性別 : 男
一人称 : わし
二人称 : あなた
対 ルディ : ルディさん
対 イリス : イリスさん

外見 : 75歳
実歳 : 95歳
髪色 : 銀髪
髪型 : フードを被っているので不明
眼色 : 茶色
身長 : 156cm
出身 : 魔族の渓谷
武器 : なし
得意呪術 : 感知魔術
特殊呪術 :

【使用可能魔術】

火炎、氷結、雷撃、水撃、風撃、昏睡、拘束

【特徴】

魔族の渓谷に感知魔術を張っている老人

人当たりの良い性格で、緑色のフードの奥から覗かせる笑顔は見る人をホッとさせるだろう

昔は騎士団の副団長であったが、今は引退して感知魔術専門に回っている

衰えはしたものの未だに実力はかなりのもの。怒らせると怖いお爺ちゃんだ

藍晶とは遊び仲間。よくチェスや将棋などを楽しんでいる


こんな感じで投下終わり

今日はIDにFが多い

おつ
FFXのHDって本当に出るのか?



第5章 2話


【生還、そして死】


ノアールさんという方についての想像は、なんとなく私にも出来ている

多分あの山奥の村を滅ぼしたのもその方だ

深夜にルディさんが言っていた独り言から、ノアールさんという方は私たち人間を憎んでいるんだと思う

そしてなんとなく、本当になんとなくそう思っただけだけど……


多分ルディさんも昔、人間を……憎んでいた

そんな気がした………



「えぇ、2人です。滞在日時は特に決めてませんがなるべく早くに出るつもりです」



「かしこまりました。この先の道をまっすぐ行けばやがて宿屋が見えて来ます。そこに宿泊すると良いでしょう」

「ありがとうございます。行くぞ、イリス」

「はい」

門での入国審査のようなものを終えて、私たちはアンバーキングダムへと足を踏み入れた




ーー




「綺麗なお部屋ですね」

「そうだな」

今までが野宿生活だったからというのもあるとは思うけれど、それを差し引いても綺麗なお部屋だと思う

日当たりはいいしベッドはふかふか

窓を開けると真向かいのパン屋さんから美味しそうな香りが漂ってくる

「さてと。一息ついたところでこれからの予定だけどな」

「はい」

「俺はひとまず情報収集に当たりたい」

「ノアールさんという方のですか?」

「そうだ」

ルディさんの旅の目的、それこそがノアールさんと出会う事だ

私も出来るだけお手伝いはしたい

「分かりました。私もお手伝いします!」

「ああ、ちょっと待て」

やる気満々でそう言ったのに手で制されました……

「イリスはな、初日はこの城下街を自由に探索しておいてくれ」

「え〜」

「え〜 じゃなくてだな……」

だって個別行動ってつまらないんですもん……



「そんな顔してもダメ」

「じゃあどんな顔すればいいんですかっ!」

「どんな顔してもダメ!」

そんな〜!

「なんでですか! 私だってルディさんのお役にたちたいんです!」

「あ、いや……」

「なんで目を逸らすんです!」

これはなにかやましい事があると考えて間違いなさそうです

「そのな……… うん、分かった。腹を割って話そう」

「はぁ」

「ノアールの事なんだがな、はっきり言ってかなりの危険人物だ。それは分かるな?」

「ええ。あの村を滅ぼしたのもその方なんですよね」

「そうだと思う。ほぼ確実にな………って、なんで知ってるんだ?」

あっ!



「その、ごめんなさい。実はあの村の夜、ルディさんの独り言を聞いてしまって」

「俺の独り言?」

「はい。ノアールさんが人間の事を憎んでいるという事を……」

その瞬間ルディさんはハッとした表情をした

「ルディさんとノアールさんという方は昔からのお知り合いなんですよね?」

「ま、まぁな…… 否定はしない」

「その、やっぱり以前戦ったりしたんですよね。その時に勝てなかったんですか………?」

こんな事は聞き苦しいけれども無理して聞く

「いや、そうじゃない」

「違うんですか?」

「ああ」

「……………そうですか」

ルディさんは質問にはちゃんと答えてくれる

でも自分からノアールさんの事については絶対に語ろうとしない

つまりルディさんは、ノアールさんと自分の関係を私に知られたくないと思っている……?

まさか!



「ルディさん!」

「ななな、何だっ!?」

「もしかしてノアールさんって!」

「……………………っ!」





「ルディさんが好きな方なんですか!?」




たっぷり10秒、この場を沈黙が支配しました

何となくですが、部屋の気温も多少下がったような………



「…………………………………は?」

ルディさんは口を開けたまま固まっている

「だ、だから! ノアールさんとはルディさんの初恋の人なんじゃないかって思ってーーー」

「何故そうなるッ!!」

猛烈に否定された……



「イリス! お前はいつからアホの子になったんだ! いつの間にか貧乳同盟なんてのも作ってるし!」

「作ったのはサラさんです! もちろんクランさんは閉め出してしまいましたが」

「そりゃそうだろうよ……あの胸じゃな」

クランさんだけはあの同盟に入れるわけには行きません!

あとロゼさんやお母様も絶対に入れません!

お姉様なら……ギリギリセーフかな?

「と・に・か・く! ノアールと俺はそんな関係じゃない!」

「そうですか。分かりました」

「分かってくれたならそれでいい」

ルディさんは心底ホッとしたように肩を撫で下ろした

「でも私がお手伝い出来ない理由はまだ説明されてないですよ?」

「うぐっ……」

うまく話を離せていたと思っていたようですが、私もそこまで忘れんぼじゃありません!



「ほらほら! 早く教えて下さいよぉ〜」

「ちょっと! こら! 脇腹を突っつくな! 分かったから! 教える!」

「そうです! 最初から素直なのが一番です!」

私はやっと突っつく手を止めた

「ったく…… 最近のイリスの内弁慶っぷりは目に余るものがあるぞ………」

ん?

「いま、なにか言いました?」

「言ったぞ。でもイリスにゃ内緒だ」

「ええ〜」

「ええ〜 じゃない」

このやり取りも2回目ですね

「イリスに手伝って貰いたくない理由ってのはな、ノアールという奴の性格ってのがな……その………」

「ノアールさんの性格?」

「ちょっと怖いって言うか、歪んでるって言うか………キ○ガイ、と言うか………」

「は、はぁ………」

よく分からないんですが………



「とにかく危険なんだ。特にイリスが俺と一緒にいるところを見られるとかなり危険だ」

私とルディさんが一緒にいるのが危険?

「そんなに危険な人なんですか? ルディさんでも?」

「そうなんだよ。はっきり言ってあの時のロゼの数倍はヤバイ奴だ。俺だって戦えば負けることだってあり得る」

「あの時のロゼさんの数倍………?」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

『アンタ達ィ!! よくも邪魔してくれたわね!! もうちょっとでルディが私の物になったのに!!!』

『うぁあぁあああぁああぁああああッッッッッ!!!!』

『死ねぇええぇえええ!!』

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


あ、あれの数倍…………

途中から障壁魔術を張られていたから声は聞こえなくなったけれど、その後凄い怖い表情で笑っていましたよね………



「あの、ルディさん………」

「ん?」

「もしかしてその人って相当危ないんじゃ………」

「今更気付いたのか?」

「だってルディさん、全然そんな風にしてなかったじゃないですか!」

まるでルディさん、旧友に会いにいくように言ってたし……

「あのなぁ…… 忘れてるのかどうか知らんけど、一応村を滅ぼしてんだぞ。アイツはさぁ……」

呆れた風にそう言うルディさんだけれども、この発言で確信した

ノアールさんをアイツと呼んでいるところから、やっぱりルディさんとノアールさんは友人関係にあるみたい

「とにかく分かっただろ? ノアールは危険なんだ。だからイリスには出来るだけ合わせたくないーーー」

そこまでルディさんが言った時だった

突如この城下街に、カーンカーンという綺麗な音が響き渡った



「あれ? これって鐘の音ですよね?」

「そうだな……… まさか、ノアールか?」

ルディさんはそう言って、目を瞑った

多分感知魔術を展開させているんだと思う

「違うな……ノアールじゃない。だが………これは……」

「どうしたんですか?」

ルディさんは私の問いには答えないで、険しい顔のまま窓へと歩いて行く

「イリス。お前はここにいろ」

ルディさんは窓を開けてそこから身を乗り出しながらそう言った

「え!? ちょっとルディさん!?」

「大丈夫だ。すぐに戻る!」

「そんな! いきなりどこに行くって………行っちゃった」

ルディさんは窓から飛び降りて行っちゃいました

急に一人ぼっちにされた私は、何をするでもなくただベッドに座るしかなかった………




ーー




今の鐘の音が何を知らせるものだったのかは知らない

だが唯一俺にも分かることがあった

今、現時点で! 誰かが死にかけている



やっぱりだ! 門の辺りが騒がしくなっている

人集りが邪魔だな

仕方ない、飛び越えるか

「ふっ!」

大きくジャンプして上空から眼下を見渡す

いた。人集りの中心に鎧を纏った、恐らく男が倒れている

俺はそこ目掛けて下降した

「よっと」

俺が降り立った瞬間、周りからどよめきがあがったがそんな事は気にしない

「おい! どうした!? しっかりしろ!」

騎士はひどい有様だった

数にして5、6本の剣や槍が背中に突き刺さっており、中には貫通して前方から飛び出ているものもある

騎士が歩いて来た道は血の道を作り、倒れているそこは既に血の池と化していた

よくここまで生きていたものだと感心してしまうくらいだ

「だ、誰……か……」

「なんだ! おい!」

掠れていて聞き取りにくいが確かに騎士が喋った

騎士の震える手は誰かを探し求めて虚空を彷徨っていた

俺はその手を取り、騎士の耳元で大きく叫ぶ

その手は驚くほど冷たかった……



「どうしたんだ! 一体何があった!」

「王に、伝えて……騎士……団は、全滅………」

「騎士団が全滅だと?」

「村人が、み、な……狂っ、た………全員……殺さ、れ……」

「な、に………」

ノアール………

「村、には……近づくな……王に……伝えて……どうか、頼………む………」

「分かった、俺が絶対に伝える。安心しろ」

騎士の手を力強く握りそう言ってやる

「あ、ありが……と…………」

騎士の手は徐々に力を失い、やがてパタリと地へ落ちた

とうとう力尽きたようだ

「ここまでそれを伝えたいが為に戻って来たのか。大した奴だ……」



さて、これからどうするかね………

ノアールがいくら人間を殺そうとも、その事について俺が口に出すのは野暮ってもんだ

人間にしろ魔族にしろ、殺されるのは自分の未熟さゆえであり、それはあくまで自得自業

俺が口出しする事はなんら無い

でも、もしノアールが人間を未だに憎んでいると言うのならば……

それを取り除いてやるって事こそが………

友人として

仲間として


なにより“家族”として………


しなくてはならない義務なんじないだろうか

そう思えて仕方なかった


以上です

家族か

荵吶s

久々にきたらだいぶ進んでた。しかしルディが人を憎んでた過去があるのならどんなことがあったんだろ?



第5章 3話


【来訪者】


「イリス入るぞ!」

「わっ! ルディさん!」

窓から部屋に入るとイリスがびっくりして悲鳴を上げた

せっかく入るって言ったのに……

「どうしたんですか? なんだかルディさん慌ててるみたいですけど」

「分かるか?」

「ええ、まぁ。窓から入ってきたくらいですし」

確かに窓から入るところを見られちゃそう言われるのも仕方ないか

「ノアールの手掛かりが掴めた。いまアイツはルドライラという村にいるらしい」

「ルドライラ、ですか?」

「ああ。ほら、地図で言うとこの辺にある小さな村だ」

広げた地図の一点に指をさしてイリスに見せる

「地図にも載らないくらい小さいんですね」

「ああ。住んでるのもせいぜい300人くらいだったそうだ」

「そうなんですか」



イリスは頷いて地図を見ていたが、やがてハッとしたように俺を見て来た

「待ってくださいルディさん。いまルディさん、住んで“いた”とおっしゃいましたか?」

俺はイリスの言葉に黙って頷く

「それじゃあ……今は、どうなっているんですか……?」

イリスもだいたいの想像は出来ているのだろう

ただそれを信じたくないだけで……

「……今から2日前、この王国に一報が入ったらしい。ルドライラが壊滅したと」

「っ! そ、そうですか………」

案の定イリスは目を見開いて息を飲んだ

「……その、それってやっぱり………」

「そう、ノアールの仕業と見て間違いない。たった今入った信頼できる情報だ」

なにせアンバーキングダムの王に直接聞いからな!

騎士の死に際に立ち会ったせいで、あの後やって来た騎士たちに城へと連れて行かれたんだ

その時に王と面会したからこの情報を聞けたわけだ



「と言うわけで、俺はこれからすぐにルドライラへ向かう」

「分かりました! それじゃ私もすぐに用意をーーー」

「違う。行くのは俺だけだ」

「……………………え?」

立ち上がって荷物を纏めようとしたイリスにそう言い放つ

イリスは信じられないとでも言うかのように俺を凝視して来た

「今回ばかりは連れていけない。イリスはアンバーキングダムで待機していてくれ」

「ちょ、ちょっとルディさん。それ、本気ですか……?」

「本気も本気だ。絶対に連れて行かない」

「そんな! 一体なんでーー」

「なんでもクソもない。危険すぎるからに決まっている」

今回ばかりは絶対にイリスを連れて行くわけにはいかない!

ついて来たらきっと……イリスは見てはいけないものを見てしまう!



「村一つを簡単に滅ぼす奴だ。今までの奴らとはわけが違う」

「でもルディさんーー」

「でもじゃない! いいから待っていてくれ! 頼む!」

「………………」

イリスは服の裾をギュッと掴みながら俯いてしまう

でも分かってくれ……

俺はイリスに……自分やアイツの醜い所を見せたくないんだ

「どうしても、ですか……?」

「どうしてもだ」

俺がそう言い切ると、イリスは顔を上げて俺を見上げて来た

それを見た瞬間息を飲む

だってその水色の瞳から、頬を伝う一筋の雫を見てしまったのだから

「………………すまない。俺だってイリスを置いて行くなんてしたくないんだ」

袖で涙を拭うイリスに対し、俺は謝罪の言葉をかけるしかなかった



「……はい、わかっています………」

「本当にすまない」

「分かってます!」

「っ!」

どうやらこれ以上謝るのは逆効果みたいだ

「そうか、それじゃあ……行ってくる」

再び窓辺まで歩いて行き窓を開け放つ

「早ければ今日の夜には帰るから。良い子にして待ってるんだぞ」

「…………………………」

返事はない、か………

初めてだな。俺とイリスがこんな風になるなんて………

はは、とは言っても俺とイリスが出会ってからまだ90日と経ってないんだよな………

もう凄く長い付き合いだと感じるのは、その過ごした時間の密度ゆえだろうか………

いつまでも感傷に浸ってる場合じゃねぇ! 行くぞ!

それじゃあなイリス。すぐに帰ってくーーー

「うわっ!?」



突如後ろから何か小さいものに動きを封じられた

もちろんそんな事が出来るのは1人しかいない

「イ、イリス…………?」

「…………………………」

イリスは俺の腰にそのか細い腕を回して、必死に俺を引き止めていた

「…………い…で……」

呟くようなその声は、余りに儚くて……つい聞きそびれてしまった

「え? なんて言ったんだ?」

「………行か…い……で……」

「……イリス?」

「私を……置いて、行かないで………」

イリスは泣いていた

先ほどまでのように静かに涙を流すのではない

その小さな全身を震わせて……俺に縋りながら泣きじゃくっているのだ……



「なんで……です、か……? 私を、どうして独りに……するんです……?」

「イリス、そうじゃないんだ。それに一日で帰って来れるーー」

「同じ事です! 私のことッ……嫌いなん、ですかッ!」

「そうじゃないって。イリス、頼むから俺の話を聞いてくれ」

「嫌だ! 絶対に嫌ッ!! ルディさんが私を置いて何処かに行くなんてッ! 私……耐えれない!!」

「お、おい……? イリス!?」

こんなイリスを見るのは初めてだ

イリスは完全に錯乱している!

「嫌ッ! 絶対に嫌ですッ! なんでも、なんでもしますからッ! だからッ……私を捨てないで!!」

「イリス! 何を言ってるんだ! 誰もお前を捨てるだなんて言ってない! もちろんそんな事は思ってもない!」

「嫌ッ! 嫌ッ!! 嫌ァアァアアア!!!」

クソッタレ! 全く話が通じてないじゃねぇか!

こんな大号泣しながら叫ばれるなんて思いもしなかったぞ!

目下の所、イリスは力強く俺の腰に両腕を回している……

こんなにも俺に縋っているイリスを振りほどくのは俺には無理だ………

畜生! 一体どうすりゃいいってんだ!



「نشففل!」

「あっ……!」

「イリス!?」

不意にイリスが短い悲鳴をあげ、それと同時にイリスの腕が俺の腰から離れて行くのを感じた

慌てて後ろを振り向くと、そこに立っていたのは意外な人物だった

「あ、アンタは……」

「どうもお久しぶりです。シェーヌの大聖堂以来ですね」

にっこりと微笑むその女性は、シェーヌで俺とイリスに神話を語ってくれた女性だった

その白く長い髪をたなびかせるその様子は、とても綺麗であると言わざるを得ない

…………じゃなくて!!

「イリス!」

「大丈夫です。眠らせただけですよ」

「眠らせただと?」

床に倒れるイリスを抱き起こしてみるとなるほど、スヤスヤと眠っている

このままにしておくわけにもいかないのでイリスをベッドに寝かせておく

「アンタ……まさかイリスに昏睡の呪術をかけたのか?」

軽く睨みながらそう言うと、女性はこう返して来た

「いいえ違います。私がかけたのは昏睡の“魔術”です」

害意は無いって事か……



「………なぜそんな事を? だいたいなんでアンタがここにいるんだ?」

「この城下街に来たのは偶然です。そして私もこの宿に部屋を借りているんですが、たまたまこの部屋の前を通りかかったんです。

そしたら何やらイリスさんの声が聞こえて来まして。悪いとは思いつつも入らせて頂きました」

なるほど、辻褄は合う

「そうしたらイリスさんが凄い大きな声で泣き叫んでいましたから……咄嗟に昏睡の魔術を唱えたんです。申し訳ありません」

「いや、確かにあのままじゃ埒が明かなかったからな。感謝する」

「そう言って頂けると助かります」

女性はホッと息を撫で下ろしたようだった

「しかしイリスがあんなにも取り乱すとは思わなかった……… どうしたんだろうな一体」

「…………私はイリスさんとカルディナルさんの関係はよく知りません。でもこれだけは分かりますよ」

「何がだ?」

「イリスさんにとって貴方は、非常に重要な存在なんです。それと同時に、いつも一緒にいるのが当たり前な存在なんですよ」

「イリスにとって……俺が?」

「ええ。だからこそここまで取り乱したんです。当たり前だと思っていた貴方の存在が急に消えてしまうから……それが怖かったんですよ」

女性は俺に言い聞かせるようにそう言う



「こう考えては如何です? 貴方のそばから急にイリスさんが消えてしまう。そのような事、貴方に耐える事が出来ますか?」

「…………………なるほど」

そりゃ耐えられんわな

「ふふふ、お分かり頂けたみたいで幸いです」

女性はにこやかに微笑むと、イリスの元へ歩み寄り軽く頬を撫でた

「不躾な質問だと思いますが、貴方はこれから1人でこの街から出るおつもりなんですよね?」

「ええ、そうです」

「それでしたらその間、私がイリスさんと行動を共にするというのは如何でしょうか?」

「貴方が?」

「はい。そうすれば貴方も安心して行動できるでしょうし、イリスさんの不安も多少は取り除けるかと」

そりゃあ確かに魅力的な提案だ

イリスもこの人にゃ懐いてるし、ほんの一日くらいならそれでいいかもしれない

「本当にいいんですか?」

「ええ、もちろんです。それに私も多少は魔術を扱えますので危険はないかと」

もう迷っている時間は無いみたいだな

「分かりました。お願いします」

一礼してから窓辺へと向かう

「あ、それと」

「はい、なんでしょうか?」

窓から飛び立とうとした瞬間、後ろから声を掛けられた



「もし、貴方にとって大切な人が歪んでしまっているならば………それを治すことは容易ではありません」

「ッ!」

「しかし諦めないで下さい。どのような困難があろうとも、行く先に深い絶望が渦巻いていようとも、諦めることだけはしてはいけません。

貴方の為、御友人の為、そしてイリスさんの為にも……」

この女性は本当に不思議な人だ

まるで俺の心の全てを知り尽くし助言しているように思ってしまうくらいだ

「…………………………分かっている。俺がいる限り、イリスに絶望は与えない」

「ふふっ、頑張って下さい」

「ええ、それでは行ってきます」




ーー




アンバーキングダムを出て約2時間後、ルドライラと思しき村に到着した

村の周囲には今まで巡ってきた街と同じように巨大な壁が聳え立っており、中の様子は外からでは分からない

「ん〜……感知魔術が張られてるな。どうやらまだここに居るみたいだ」

まだ他の地域に移動していないことに安堵する

「さてどうしようか。このまま入ると一瞬でバレるだろうし、かと言って帰るわけにもいかねぇしなぁ」

ここは仕方ない

虎穴に入らずんば虎子を得ず、と言う言葉も俺のいた大陸にある

危険は承知の上だ



「よし、行くか……」

俺は無策のまま巨大な壁を飛び越え村へと侵入することにした



「……これは酷い」

村に入ってまず目に飛び込んできたのは、倒れている人、人、人

老若男女問わず村に散乱していた

無駄だとは思いつつも近くにいた老婆を抱き起こしてみるが、やはり死んでいる

「頭をザックリやられてる。多分鍬で一撃されたんだろう」

他の死体も皆そのようであった

オプションとして手が千切れていたり足が無かったりした奴もいたが、皆死因は頭だろう

死後カラスなどに啄ばまれたのだろうか、死体の状態はかなり汚らしかった


さらに村の奥へ進むと、相変わらず人が倒れているのは変わらないが、その中に鎧を纏った騎士が目立ち始めた

鎧に彫られた紋章を見てみるとどうやらアンバーキングダムの王宮騎士団のようだ



「こいつは胸、こいつは両脚に穴が空いている……… そして最後には頭をザックリ、か」

村人では王宮騎士団に敵うはずがない

だからノアールの奴、磔の呪術で穴を空けて騎士たちを動けなくしたに違いない

そして最後には村人に手を下させた

ククッ、ノアールらしいやり口だ

「しっかし誰もいねぇなぁ? てっきり入った瞬間襲われるかと思ったんだけど」

今のところ村は静けさを保ったままだ

狂った村人もいないしノアールもまた然り

もっと奥にいるんだろうかねぇ?


「ん? あれはもしかして……」

あっちの広場の中央に誰かが倒れている

もちろん生きた人間がってことだ

「おい! アンタ、生存者か!?」

駆け寄ってその人物を抱き起こす

どうやら下半身はミンチになっているが生きているようだ

「あ、あなた、は……?」

「俺はこの村の様子を見にきた者だ。アンタは何者だ? 何故生きている?」



「だ、だめだ、今すぐ俺から……離れ……」

「あん? 一体どうしたってん……ッ!?」

男がそう言った瞬間、俺たちの周りを沢山の村人が囲い込んだ

どうやら物陰に身を寄せて獲物がかかるのを待っていたようだ

驚いたことにその過半数が子供であった

「おい、これはどう言うことだ?」

「奴ら……俺の足を潰して、狩りをするんだ………あなたみたいに、助けにきた人を……」

「こいつら全員普通じゃねぇぞ? 一体何があったんだ?」

俺を取り囲んでいる人間は皆虚ろな目をしている

まるで起きながら夢を見ているかのようにだ

「女が、1人の女が……皆を………ゲホッ!」

「おい!」

男は咳き込みと同時に吐血した

「き、騎士団……も、全員、あいつらに…………頼む……村の皆を、助けて………」

「…………………ああ、分かったよ」



俺は男を降ろすと周囲を改めて見渡す

50人近い人物がそれぞれ斧、鍬、鋤などを構えて俺を睨んでいた


「…………………ふぅ」


ため息を吐く


そして目を瞑り………祈りを



「قضكضمكنلاخغ؛٥!」





「な、え?」


倒れていた男は、自分の見たものが信じられなかったようだ

「すまないな。これしか方法は無かった………」

俺が唱えたのは斬撃の呪術

その難易度は、今までに使ってきた消滅の呪術、磔の呪術と肩を並べ、その中でも最も殺傷に長けた呪術だ

その威力は人の首程度なら簡単に切り落とす事が出来る

たとえそれが50人いたとしても………


「よく聞け。ノアールによって歪められた人間は決して元には戻らない。俺に出来るのはこれ以上被害が甚大になるのを防ぐ為に彼らを殺す事だけだった」

「な、なんでそんな事が……」

「静かに。そろそろ来るぞ」

あれだけの大技を使えばノアールが気付かないわけがない

ほぉら……やって来た



「اظبحمخيغبك:١٠!!」


今の詠唱は俺を狙った磔の呪術、しかも階級は10だ

普通このレベルの呪術は人間に出せる最高レベルとされていて、しかもそれが磔の呪術などというトンデモないものでは防ぎようもない

まぁ、俺たちにとっちゃ関係ないんだけどな


「صضننحغنى:٢٠!!」


一方で今俺が唱えたのは障壁の魔術、しかも階級は20

しかしそれほどの階級でなくては磔の呪術は防げない

磔、衝撃、斬撃、消滅の呪術はそれ自体が他の物とは一線を画しているのだ


俺一直線に向かって来た数多くの黒い槍は、俺の張った青い障壁に派手な音を立てて突き刺さった

その様を例えるならば正に磔、だな

障壁には隙間なくビッシリと黒い槍が突き刺さっているのだから

それこそ前が黒で染まってしまっているくらいに……

「そ、それ……は……俺の足、を潰した……」

「静かに。黙ってないと殺されるぞ?」

「っ!」

悪いが少しだけ黙ってもらおう

その時、すぐそこに何者かが降り立った気配を感じた



「まさかボクの磔を防ぐなんてね、正直驚いたよ。駒も全員殺しちゃったみたいだし」

ノアール……!

「ボクはキミみたいな戦力こそ欲しかったんだ。クックック……」

戦力……?

「ほら、早くそこから出て来ておくれよ。怖くなんかないからさ」

「いいや、お前は結構怖いと思うぞ? ノアール」

「え?」

「これだけの人を操って、あまつさえこの男を囮に騎士団を全滅させたんだろ? 十分過ぎるほどに恐ろしい奴だぜ?」

「………キミ、もしかして…………」

俺が障壁を解くと同時に、突き刺さっていた無数の黒い槍も霧散した

そのおかげでお互いがお互いを視認できる

「久しぶりだな、ノアール」

「…………カルディナル?」

「ああ、そうだよ。随分と久しぶりだ……っと!?」

気付いた時にはもうノアールはそこにいた

俺の胸の中に……


「会いたかった。本当に会いたかったよ……カルディナル」

「…………ふっ、そうかよ。ありがとな、ノアール」

「えへへ…… こちらこそありがとう、カルディナル………」



下半身が潰れた1人の男

俺によって作りあげられた無数の首なし死体

そして俺の胸の中で幸せそうに頬ずりしているノアール

そしてそのノアールを撫でている俺


……………………………………………………うん


ここにイリスを連れて来なかったのは正解だった…………


以上です


予想以上にルディ依存症なイリスさんだった

おつー



第5章 4話


【ノアール】


「ふっふふ…… 温かいよ、カルディナル」

「あぁ、そうかい。そりゃ何よりだ」

俺の腕の中にいる少女は目を細め、なすがままにされている

その表情はまさに恍惚としたものだ

「ボクはずっとキミに会う日を心待ちにしていたんだ。ずっとずっとね……」

「ああそうかい。そんだけ俺を想ってくれたんなら俺としても本望だ」

「相変わらずだね、カルディナル。キミはもう少し女性に対しての語彙量を増やすべきじゃないかな」

「ノアールに対してまでそんなに気を張る必要はねぇよ」

「ふふふ、確かにそうだね。ボクとキミとの間にはそんな事必要ないね」

ノアールは愉快そうにそう言うと、俺から一歩離れて向かい合う



「しっかしお前も変わらねぇ奴だ。人間を殺すのに人間を使うっていう趣味はなんとかならねぇのか?」

「どうにもならないね。ボクは自分が楽しいと思った事を進んでやるだけさ。こんな風にね」

ノアールは手を広げて村を見るように促す

「人間は面白い生き物だよ。どんなに屈強な騎士も、相手が子供になるだけでなにも出来なくなるんだからね」

「そりゃそうだ。人間は俺たちと違って愛情に左右されやすい生き物だからな。子供相手にはなにも出来るわけが無い」

「愛情か、人間はどうにも不便だね。しかしボク、そしてキミには全く関係ない話だ。ククク……」

ノアールは辺りを見渡して愉快そうに笑う

「大人も子供も関係なしに首を撥ねるその残酷性は失ってないんようだ。ふふっ安心したよ」

ノアールは満足そうに俺を見つめる

しかしふと視線を落とすと、今度は不可解そうに眉をひそめた



「カルディナル、そこの男はどうしたんだい? 確かその男は餌にしていたはずだけれども?」

ノアールに見られた男が身震いした

「なんだい、仕留め損なっているじゃないか」

ノアールはそう言い、億劫そうに手を上げようとする

俺はその腕を制した

「やめておけ、コイツを殺したところで何にもならねぇよ」

「いいや? この男には“ハルディンの丸薬”を飲ませたからね。このままじゃ断末魔が煩くて話に集中出来ないよ」

「ハルディンの丸薬を、か…… 通りで痛みに対して何も言わねぇわけだ」

ため息を吐き男を見る

その瞬間、男はノアールに見つめられた時と同じ反応をした

「大丈夫だ。心配する事は何も無い」

男を抱き起こしてそう囁く

「お、俺は、助かる……のか…?」

「ああ、ちょっとだけ目を瞑ってろ」

悪いな、死んでもらう………

「اظبحمخيغبك」

「……っ!」

磔の呪術で心臓を一突き

多分苦しまずに逝けただろう



「つまらないね………もっと苦しめてあげれば良かったのに」

「そんな事をする必要がどこにあるんだよ」

「仕方が無いね。カルディナルがそう言うなら………」

ノアールはふぅっ、と一息吐く

「向こうに酒場があるんだ。少しそこで話さないかい?」

「そうしよう。流石にここで突っ立ったまま話すのも嫌だしな」




ーー




「まずはボクとカルディナルの再会に乾杯しようじゃないか」

「ああ」

水色のカクテルが入った盃を手に取り軽く当てる

金属質の小さな音はこの静かすぎる村を響いて行った

「しかしキミの外見があまり変わっていなくてホッとしたよ」

「俺もそう思う。俺たちは歳の重ね方が周りとは違うって事を実感させられるぜ」



ため息を吐きながらそう言うと、ノアールは愉快そうにこう返して来た

「ククク……精神は老いたのかい? そして外見だけなら恐らく彼も大した変化は無いだろうね」

「グラフィットの事か。そうだな、アイツともその内巡り会えるのかねぇ。ノアールは最近会ってないのか?」

「もちろんだよ。キミともグラフィットともあの時以来会っていないさ」

「あの時、か。何年前だったかな?」

ノアールは盃を傾けて少し考える素ぶりを見せる

「大体480年くらいは前じゃないかな? ボク達の産まれた年月からして」

480年前………もうそんなに経つのか……

「よくあっという間、という言葉を耳にするけれども、それは過ごした時間の密度が小さい人間だから言える言葉だとボクは思ってる」

ああ、そうだな

「でもね、魔族のボクにとっての480年間もとても有意義なものとは言えなかったよ。だって人間は全く減っていないんだからね」



「そりゃそうだろ。人間の繁殖力と技術を舐めるな」

「技術? その技術で人間は何をなし得た!? ボクやキミを作り出した事が人間の進化の秘密なのかい!?」

ノアールは多少声を荒げたがすぐにいつも通りに戻る

「すまない。……ククッ、どうやらボクもまだまだ若いようだね」

「そうみたいだな」

ふと会話が途切れた

お互いが何かを思い、お互いが何かを感じているのだろう


「ボクはね、カルディナル。未だに人間が嫌いだ。憎んでいると言ってもいい」

ノアールは俺の目をジッと見つめて来る

「だからボクは行動を起こす事にした。キミにも是非とも協力して貰いたい」

ノアールは身を乗り出してこちらに力説してくる

「協力ねぇ。なんのだ?」

「近々、戦争を起こす」



「へぇ」

「へぇ、じゃないよ。こっちは驚かせようとしたんだからもう少し驚いてくれてもいいんじゃないかい?」

こっちの反応はノアールにとって不服だったようだ

「悪い悪い、しかし急だな。いきなり戦争を起こすだなんてよ」

「いきなりじゃないさ。ボクはずっとこの機会を待っていたんだから」

ノアールはニヤリと笑いながら言う

「いや、戦争とはちょっとだけ違うね。ボクがやるのは一方的な虐殺、そして蹂躙さ」

「具体的には何をするつもりだ?」

「ボクのこの傀儡(カイライ)の呪術で人間の子供のみを操ろうと思う。それだけで殆どの人々は死に絶えるだろうね」

「ノアールはその情景を見て楽しむって事か」

「そうさ。時間は掛かるだろうけれどその方が面白いだろう」

ノアールは顔を歪めて笑う

「もちろんなにか問題が生じたらボクも参戦するよ。とてもつまらなくなるだろうけれどね」

「そりゃそうだろうな」

俺たちは魔族としてのレベルが違いすぎる



その気になりゃノアール1人だけで王国の一つや二つ簡単に滅ぼせるもんな

「そしてボクの傍にカルディナルが居てくれるのならば、それはとても素晴らしい空間になるだろう」

「俺がか?」

「そうさ。ボクとキミ、そしてグラフィット。ボクたち3人は特別な存在だ」

「特別だなんて傲慢なんじゃないか?」

「いいや特別さ。特別であるという理由が気に入らないけれどもね」

ノアールは一息ついて盃を傾ける

「なぁに、俺にとっちゃあの時の研究所暮らしも悪くは無かったよ。もう二度と御免だけどな」

「あの暮らしが悪く無かったと言えるのかい? そんな事言えるのはキミがあの研究員を全員殺してスッキリしたからだよ」

「ククッ、悪い悪い。失言だったな、適当に聞き流しておいてくれ」



「あの時のキミは本当に凄かったよ。目に付く人物はみんなみんな殺していたからね。人間の幼子も沢山いたというのに」

「ああ、そうだな」

「流石は対 人間用、殺戮生物兵器と言わざるを得ないね。1500人以上の人間をわずか5分で殺戮しきったのだから。ボクやグラフィットでもそれは無理だっただろう」

「まぁ俺はノアールやグラフィットとは開発コンセプトが違うからな。お前らは2人とも潜入寄りだからだよ」

ノアールの傀儡の呪術は、どちらかと言えば敵陣に忍び込む為のものだからな

「クックック、謙遜するものではないよ。例えキミと同じような存在がもう1人いたとしても、キミのようにはいかなかっただろう」

「何でそんな事が分かるんだ?」

「ククッ女の勘、だよ」

ノアールは笑いながらそう言う



「そりゃあもの凄く信頼性が高いな。女ほど第六感が働く動物もいないもんだ」

「そうさ。だからキミも女の意見には耳を傾けた方がいい。そんな機会があればだけどね」

俺の脳裏に1人の少女が浮かぶ

なるほど、確かにそうだな

「さて、話を元に戻そう。カルディナル、キミは戦争に対してどう思っている?」

ノアールは笑いながらそう言ってくる

「正直なところ戦争には反対だ。この世界から人間がいなくなる事はあまり良い事では無いと俺は思っている」

「へぇ? キミは忘れたのかい? 研究所でボクたちがされた非人道的な所業の数々を?」

「その怨みや憎しみはあの時に全て果たしたよ。あそこを潰した今、第二の俺たちが生み出される事も恐らく無いしな」

憎しみや哀しみは全てあの場所に置いて来た

俺もグラフィットも………

しかし目の前の少女は、未だに過去と決別出来ずにいた



「そんな事で許せてしまえるほどキミの憎しみは小さなものだったのかい? よもやあの時の所業を忘れたわけじゃ無いだろう?」

「憶えてるよ。憶えていて、それでいて受け入れている」

「カルディナル!」

ノアールは机を両手で叩いて身を乗り出して来た

「人間は生きている限り悪だ。ボクたち3人はそれを身を以て体験しているだろう?」

「だが全てが全てというわけじゃ無い。むしろ悪の方が少ないだろ?」

「その少しの悪こそが大罪なんだよカルディナル。加害者の人数と被害者の苦痛は反比例なのさ」

ノアールは指で放物線のようなものを描く動きを見せる

「それにね、悪貨は良貨を駆逐するということもある。その逆は滅多に無いのにね」

「生物なんてそんなものだ。

組織の中ではみんながやっているから平気なんだよ。部下は命令だから平気で悪い事をやり、上司は自分がやらないから平気で悪い事を命令する。

多分過去のどんな悪の組織も、その人員のほとんどは善良で平凡な連中だったんだよ。あの研究員たちも全員な……」



「ククッ、面白い持論だね。でもそれが真実だとしてもだ、結局悪事を働いたり命令したりするのは悪人なんだ」

「そりゃまあそうだよ。結局のところこの世から悪人がいなくなることは無いんだろうな」

「だから戦争を起こすのさ。ボクが、人類に対して、滅亡を促すような大きなものをね」

ダメだ、今の俺にはノアールは説得できなさそうだ

「ねぇ、君はさっきからやけに人間に対して好意的な発言をするけれど。戦争が起きたらキミはボクの側に付いてくれるよね?」

「さあな。ただ一つだけ言えることは、俺はいつだってノアールの味方だってことだけだ」

「クククッ、それが聞けただけでもキミと会えた甲斐が有ったよ」

ノアールは盃を一気に飲み干した

俺もそれに習って盃を一気に飲み干す



「でもどうやらキミはまだ人間の醜さに気付いていないみたいだ。それを知らなくちゃいざって時に情が出てしまうね」

ノアールは顎に指を当てて考え込む仕草をする

てか、俺はすでに戦力に数えられているみたいなんだが………

「よし、カルディナル。ここから遥か北の地にある“エカルラート”という王国に行くといい」

エカルラート、ねぇ……… 今までの神話にも結構出てきた神の名前だ

確か武を司る神で、通貨のエカという単位もここから来てるとか……

「そこに何かあるのか?」

「ああ、あるさ。それもとっておきのがね」

含みを持った笑みを浮かべるノアール

一体なにがあるっていうんだろうか?



「今から1年の間、ボクは待とう。どのみち戦争を起こす為には、まだボクにはやる事が沢山あるからね」

「1年間……」

「その間にキミはエカルラートや他の地を回って人間が本当に生きるべき生物であるかを考えて欲しい」

ノアールは背伸びをしながらそう言う

「分かった。ノアールがそう言うのなら俺はエカルラートまで行く事にしよう」

「ああ、是非ともそうしてくれ。そこでキミは本当の人間を知る事になるだろうね」

ノアール、お前はエカルラートで一体なにを見たんだ?

俺に対してそこまでエカルラートを進める理由は一体なんなんだ?

「それじゃあボクはそろそろ行くよ。キミと離れ離れになるのは本当に寂しいけれど」

「分かった。道中気をつけてくれ」

「言われなくても。それじゃあね、バイバイ」

そう言うとノアールは酒場の外へと出て行き、すぐに飛び立ってしまった

ったく、相変わらずせっかちな奴だ



ま、1年間の猶予をくれたあたり、少しは成長してるみたいだな

さてと、俺もそろそろアンバーキングダムへ帰りますかっと……

おっと、そういや忘れてたけどこの酒場の床、無数の死体が埋め尽くしてたんだっけ………

ノアールと話し込んでてすっかり忘れちまってたよ、ククッ

「さてと、イリスやあの人も待たせてるだろうし早い所帰ると……………なんだアレ?」

酒場から出てると、遥か遠くで煙が上がっているのが目についた

ちょうどアンバーキングダムの方角だ

「まさか、アンバーキングダムから上がってるのか!?」

あの煙の量はただ事じゃない! 何かの襲撃があったとしか考えられないぞおい!

こんな事考えてる場合じゃねぇ! 早く戻らねぇと!!

俺は魔力集中で一気に飛び立つ

イリスに何かあってからじゃ遅いんだ!!

頼む! 間に合ってくれ!

心の中を様々な惨状が埋め尽くす中、俺は全速力でアンバーキングダムを目指した







ーー




「カルディナル。キミは何かをボクに隠しているね」

「一番最初キミに抱きついた時、キミじゃない匂いがした」

「キミの肩にはこの白くて長い髪の毛が付着していた」

「キミの笑顔が……昔とは違っていた」

「なんでキミはそんなに人間贔屓になってしまったんだい?」


「……………………誰だろう」


「誰がカルディナルを誑かしたりしたんだろうね?」


「ボクのカルディナルを……」

「一体誰が………」

「ククッ、ククククッ………」

「あっははははははははは!!!」

「いいさ! 好きなだけカルディナルと共に過ごすがいいさ!」

「でもね、人間風情がカルディナルと共に過ごせるだなんて考えが浅はか過ぎるよ!」

「ボクとグラフィット以外にカルディナルと過ごせる生物なんかこの世には存在しないのさ!」

「だってカルディナルに近づく人間は! そして魔族は!」

「みんなみぃんな! ボクに殺されるんだからね!」

「ふっふふふ! くっひひひ! ひゃははははははははははは!!」

「1年後が楽しみだよカルディナル! キミはボクだけのものさ! 魔族はもちろん、人間なんかにはぜぇったいに渡さないよぉ!」


「くっくく……クヒヒッ………」


「あっははははははは!!! ひゃあっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッッ!!!」


以上です

次はイリス側のお話です

イリスのルディ依存も大概だが、ノアールも中々

ルディに対して好意を抱いた場合の女性陣は病むんだな・・・
イリス→ルディ依存症メンヘラ気味
ノアール→ルディ依存症ヤンデレ気味



カルディナル (ルディ)

種族 : 魔族
分類 : キメラ
性別 : 男
一人称 : 俺
二人称 : アンタ・お前
外見 : 17歳
実歳 : 約500歳
髪色 : 漆黒
髪型 : 長髪 ストレート
眼色 : 漆黒
身長 : 170cm
出身 : 名も無き研究所
武器 : なし
得意呪術 : 古代呪術・魔力集中
特殊呪術 : 魔力布・魔力糸

【使用可能呪術】

火炎・雷撃・風撃・水撃・光
氷結・大地・物理障壁・呪術障壁
空間障壁・拘束・魔力集中・混乱


衝撃の呪術
????の呪術
斬撃の呪術
????の呪術
消滅の呪術
磔の呪術

【特徴】

約500年前、とある研究所で作り出された3種類のキメラの内の一体

同じ境遇のノアール、グラフィットと共に研究所を破壊、研究員を皆殺しし脱走。今に至る

制作コンセプトは殺戮。他の2人と比べても彼の暗殺能力は頭一つ抜けている

強力な呪術、膨大な魔力を有している故、殺さないように戦う事が大の苦手。結果としていらない苦戦を強いられる事が多い

自らを作り出した挙句、人体実験紛いの所業を行った研究員を許しはしなかったが、人間自体を憎む事はない

最も得意な攻撃はギロチン状にした魔力布による切り裂きや、ピアノ線状にした魔力糸による切断。しかし研究員を惨殺したトラウマから使うのは好きでは無い

最近イリスの性格が明るくなった事を喜ばしく思っているが、少々明るくなり過ぎではないかと思っている面もある



ローズ・イリシュテン (イリス)

種族 : 人間
分類 : 旅人 (ローズ家 次女)
性別 : 女
一人称 : 私
二人称 : 貴方
歳 : 14
髪色 : 白
髪型 : 肩の少し下まで ストレート
眼色 : 薄い水色
身長 : 152cm
出身 : バームステン
武器 : なし
使用可能呪術 : なし
得意呪術 : なし
特殊呪術 : なし

【特徴】

生物なら必ず持っているはずの魔力を全く有していない特異体質の少女。それゆえ名家であるローズ家では汚点扱いされていた

母からの拷問の末家から逃げ出しルディと出会う。初めての優しさに触れルディについて行く事を決意する

ウィスタリアで神話と出会い、それ以降街から街を神話を求めて旅する事を目的とする

意外と内弁慶である事が発覚しルディに対してはもはや漫才相手レベル。紛う事なき天然である

ルディへの依存度が非常に高い事がアンバーキングダムの一件で露呈した。最早ルディなしで生きて行く事が出来ない程である

シェーヌで出会った貧乳美少女サラと貧乳同盟を発足。これからどんどん会員を増やす気である

類稀なる料理センスを持ち、この前は魚の内臓と眼球でとった出汁で紫色のスープを作るという荒技に出た。無論ルディを悲劇が襲った



ノアール

種族 : 魔族
分類 : キメラ
性別 : 女
一人称 : ボク
二人称 : キミ
対 ルディ : カルディナル
対 イリス : ????


外見 : 17歳
実歳 : 約500歳
髪色 : 漆黒
髪型 : 長髪 ストレート
眼色 : 漆黒
身長 : 165cm
出身 : 名も無き研究所
武器 : なし
得意呪術 : 特になし
特殊呪術 : 傀儡 (かいらい)

【使用可能呪術】

火炎・雷撃・風撃・水撃・光
氷結・大地・物理障壁・呪術障壁
空間障壁・拘束・魔力集中・混乱


衝撃の呪術
????の呪術
斬撃の呪術
????の呪術
消滅の呪術
磔の呪術


【特徴】

約500年前、とある研究所で作り出された3種類のキメラの内の一体

同じ境遇のカルディナル、グラフィットと共に研究所を破壊、研究員を皆殺して脱走。今に至る

制作コンセプトは密偵。傀儡の呪術で他人を操り情報などを得る事ができる

傀儡の呪術は生物のもつ魔力のバランスを狂わせて、その性格を自分好みにするものである

一度これを使うとその人間が元の性格に戻る事は未来永劫あり得ない。ノアール自身も直す事は出来なくなる

自らを作り出した挙句人体実験紛いの所業を行った研究員を非常に憎んでいた

その事から全ての人間という存在を非常に憎んでおり、人間は皆死ぬべきであるという思想を持つ

趣味は人間を殺し合わせる事。傀儡の呪術を身に付けさせてくれた事に関してだけは研究員に感謝している

飄々とした性格の下に隠れる残忍性や深い憎しみは常人には計り知る事は出来ない程。紛う事なき危険人物である

カルディナルとグラフィットは同じ遺伝子を持つ唯一無二の仲間として認識している。特にカルディナルには自分を救ってくれた事に対する憧れに近い感情を持つ

人体実験といいつつ分類はキメラってことは人間をベースとしてそれぞれに特化したものを色々追加で足したって感じかな・・・



第5章 5話


【アンバーキングダムの死闘】



「そんなにソワソワしなくてもすぐに帰って来るわよ」

「そうでしょうか…… でもあれから既に1時間くらい経ってますよ……?」

「ふふっ、まだ1時間しか経ってないのよ。ほら、いつまでも窓から外を見てないで座ったら?」

「うぅ……分かりました」

私はベッドにゆっくりと腰掛ける

でもどうしても落ち着けないでいた

「でもびっくりしたでしょ? 目が覚めたらルディくんじゃなくて私がいて」

「それはもう本当に驚きましたよ。ルディさんはいなくなっちゃってましたし」

私が目を覚まして一番最初にであった人物

それはあの神話を語ってくれたお姉さんだった

話によるとルディさんから私の世話を頼まれたとか……



「あ、そうだ。お姉さんって神話に詳しいんですよね? でしたらこの街の神話も教えて頂きたいんですけれど」

「え? この街の神話?」

お姉さんは驚いた様に私を見て来た

私なにか変な事言っちゃったのかな……?

「ああ、そうか。そう言えば教えてなかったわね。イリスちゃん、この街に神話はないのよ」

「え? 本当ですか!?」

「ええ。今までイリスちゃんにはウィスタリアとシェーヌの神話を教えたわよね? それなら残す神話はあと5つ。

アルマニャック、ラピス、イヴォアール、バームステン、そしてエカルラート。この街にそれぞれあるわ」

アルマニャック、ラピス、イヴォアール、エカルラート、そして………私の故郷のバームステン

「ウィスタリアは美を司る神、シェーヌは豊穣を司る神だったでしょ? 他の5人の人物もそれぞれ司る事象があるのよ。でもその内エカルラートとイヴォアールはもう分かるわよね?」

「はい。ウィスタリア神話で出て来たフィセルという人物は武を司る神であるエカルラートの息子でした。

それとシェーヌ神話でシェーヌを豊穣の神にしたのはウィスタリアと愛を司る神のイヴォアールでした」

自分は決して記憶力のいい方ではないと思っているけれど、神話の事についてはスラスラと言葉が出てくる



「正解よ」

お姉さんはニッコリ笑ってそう言った

「今私がここで全ての神話を教える事もできるけれど、そんな事はしないわ」

「はい、分かってます。私はその街に行ってから神話を聞きたいんです」

私はただ神話を聞きたいんじゃない

街を旅しながら神話を聞きたいの!

「早く全部の神話を聞けると良いわね」

「はい!」

あ、いつの間にか私笑顔になってる!?

ルディさんが遠くに行っちゃったのにこんな事があるなんて

「ふふっ、やっと元気が出て来た様ね。ルディくんもイリスちゃんが笑ってくれた方が嬉しいと思うわよ」

「………そうですね。私、ちょっと怖がりになってたかもしれません」

ルディさんが私を置いていなくなってしまう事はあり得ない

そんな事は分かり切っていたはずなのに……

「ねえ、これからちょっとこの城下街を見て回らない? いい気分転換になると思うのだけど」

「はい、私もそうしたいです。考えて見たら私この街をまだ出歩いてなかったので」

なんだか気分も明るくなって来た!



「それじゃあ行きましょう! っと、その前に戸締りをしないとね」

お姉さんはそう言って窓を閉じようと窓辺へ歩いて行った

…………あれ?

「お姉さん。なんか外暗くないですか?」

「え? あら本当。一体どうしたのかし……!? 伏せてッ!!」

「え? ひゃっ!?」

いきなりお姉さんに押し倒された! なに!? どうしたっていうんですか!?

その疑問は次の瞬間に全てなくなった


けたたましい轟音と共にソレはやって来た

「きゃあぁああ!!」

窓とその周囲の壁を突き破って入ってきたとても巨大な金属の棒

しかもただの棒じゃない

たくさんの金属を繋ぎ合わせたせいか所々がちぐはぐな動きをしている

「イリスちゃん! こっち!!」

「は、はい!」

お姉さんに手を引かれてそのまま扉から外へでた

「早く! そこの階段を降りて!」

「お姉さん! さっきのあれってーー」

「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ! 早く!」

「ご、ごめんなさい!」

お姉さんに叱られながら階段を降りて行く



「イリスちゃん! そこで止まって!!」

「え!?」

今度は止まれですって!? 一体なんで………


ベキバキッ!


まるで私たちを通せんぼうするかの様に横の壁からさっきの金属棒が飛び出して来た!

「あ、え?」

「イリスちゃん! 見ちゃダメ!!」

ち、違う……棒じゃない………

これは腕だ……とても、巨大な……

「あ、あ………」

その先端部にある手の部分には…………なにかが……握られていた


「ぅ…あ゛…………」


「お兄さん!!」

この街に入る時手続きをしてくれた門番の人…………

その恐怖に支配された目が……私を、見つめる


「た……た、す………」

「イリスちゃん! こっちよ!」

「え!? きゃっ!?」


ペキッ………


後ろから服を引っ張られて、気付いたらお姉さんにお姫様抱っこされて廊下を走っていた



そ、それよりもさっきの人を助けないと!

「お姉さん! さっきーーー」

「無駄よ! 今の音が聞こえたでしょ!? もう手遅れよ」

そんな!

「そんな事よりも早くこの宿から外へでないと……ッ!! 力んで!!」

「ひゃあっ!?」

お姉さんが急に床を思い切り転がった

それと同時にいまお姉さんが立っていた箇所が、無くなった……

「お姉さん! 今のは!?」

「あいつが腕を振り下ろしてるのよ! しっかり捕まってて!」

お姉さんは近くにあったドアを開けて部屋へ転がり込んだ

その瞬間、廊下が無くなった

「窓を破るわよ! 力をいれて踏ん張ってね!」

「はい!」

窓ガラスを破って外へ出ると、お姉さんは近くの屋根に着地した

「あいつよ」

「お、お姉さん! なんですかあれは!?」

そこにあったのは巨大な鉄の塊

そしてその塊は……20mある人間の形をしていた………


「ロボットという金属のバケモノよ。Dr.クルヴェットによって作り出された意思を持たない殺人人形………」


Dr.クルヴェット?



「マズイ!」

「え? い、嫌あぁあぁああぁっっ!!」

お姉さんは慌てて屋根から地面へと降りた

その瞬間、私たちが立っていた屋根が……家ごと潰された

「お、お姉さん! どうすれば!?」

「取り敢えず逃げるわ! 屋根伝いに移動するからしっかり捕まって!」

そう言うとお姉さんは屋根に飛び乗りロボットと正反対の方向へ向かった

「お、お姉さん! 追って来ます!!」

「やっぱり……… どのくらい離れてる?」

ロボットは見かけからは想像出来ないほどのスピードでこっちに迫って来た

もちろん私たちが移動に使った屋根は家ごと消滅して行っている!

「どんどん距離が短くなってます! このままじゃ……」

「分かった! これでも喰らいなさい! خثفصضتي:٩!」

お姉さんの詠唱に伴い現れた巨大な氷の塊がロボットの顔にぶつかった!

ロボットは轟音をあげながら、そのまま背中から地面へと倒れた!

「お姉さん! やりました! やっつけましたよ!!」

「いえ、まだよ!」

お姉さんはそう言ってまた走り出した

「あいつはあれくらいじゃ倒せない! せいぜいほんの少し胴体が凹むくらいよ!」

「そんな!?」

あんなに大きな氷の塊がぶつかったのに!?

「今の内に隠れるわ! この辺の空き家を借りましょう!」



そう言うとお姉さんは、地上におりてボロボロの小屋へと入った


「お、お姉さん! あのロボットという生き物はなんなんですか!?」

あのロボット、明らかに私たちを狙っていた!

「ううん、ロボットは生命じゃないの。あれはただのプログラムに沿った行動をしているだけの人形」

ぷ、ぷろ………なんですって?

「あのロボットは私たちを狙っている。多分ね………」

「そ、そんな……… お姉さん、一体なんでです!?」

「それは私にも分からないわ……」


嘘だ………


このお姉さんは嘘を吐いている


なんで分かるのかは分からない

でも私は分かってしまっていた


「…………ごめんね、本当は知っているわ。でもイリスちゃんには教えられないの」

「え? あ、いや、その………」

まただ

またお姉さんは私の先手をとった

さっきの男の人を助けようと思った時も、お姉さんは全てをいい終わる前にこちらの意図を汲んで返して来た

まるで私の心を全て見透かしているみたいに

「とにかくイリスちゃんは私から離れないで。貴女は私が絶対に守るから」

そう言うお姉さんはルディさんと同じ様な頼もしさを私に感じさせた

「はい。分かりました」

こんな時頼る事しか出来ない自分が恨めしい

私も少しくらい自分で逃げる事が出来ればいいのに…………



ゾクッ………


そんな事を考えていると、何故かいきなり背筋が凍る感覚に襲われた

分からない

分からないけれど……何かが来るッ!


「お姉さん! すぐにここから出てください!」

「え、どうしてーー」

「いいから早く! 手遅れになります!!」

お姉さんは一瞬呆気に取られた表情をしていたけれど、次の瞬間にハッとした

「掴まって!」

お姉さんに抱えられ家の外に

それと同時に背後が爆ぜた!


「きゃあっ!?」

お姉さんと私はそのあまりの衝撃に、地面を転がされた

「イリスちゃん! 大丈夫!?」

「は、はい。お姉さんが守ってくれたから……」

私たちが今いた家は凄まじい勢いで燃えていた

黒い煙は延々と上空へと伸びている

「お姉さん! 今のは一体なんなんです!?」

「レーザーよ。アイツにはあれがあるのをすっかり忘れてた。っ! また来るわよ! しっかり掴まって!」

「はい!」

お姉さんに抱えられ上空を舞う

「お姉さん! 前から来ます!」

私たちに向かって赤い光の棒が高速で向かって来た!

あれがレーザーだ!

「分かったわ!」

お姉さんは体をひねってレーザーを躱す

レーザーは私たちを通り越し、遥か後ろで爆ぜた



「イリスちゃん、あのレーザーはロボットの目から出てるの。今からその目を壊しに行く! 怖かったら目を瞑ってて!」

そう言うとお姉さんは一直線にロボットの方へと向かって行った

「お姉さん! レーザーが来ます!」

「大丈夫!」

お姉さんは屋根を右に左にと素早く移動してレーザーを次々と躱していく

既に私たちの背後は黒い煙で満たされていた

「خثفصضتي:٩!」

お姉さんの詠唱で再び氷の塊がロボットに飛んで行く

でもそれはロボットの腕に払われて粉々になってしまった

「氷塊じゃダメか…… それなら! خضحفلنل:١٥!!」

お姉さんの詠唱によって今度は大量の水がロボットへと向かっていく

その勢いはまるで滝を横向きにしたかのよう!

ロボットは最初は耐えていたけれど、ついに根負けして凄まじい轟音と共に仰向けに倒れた

「خثفصضتي:٠٠!」

「凄い!」

仰向けに倒れたロボットはお姉さんの詠唱で氷漬けになってしまった

お姉さんは手頃な屋根に着地すると片膝をついた

「お姉さん。大丈夫ですか?!」

「はぁ、はぁ、あの量の水を……凍らせるくらいなら簡単よ……」

お姉さんは肩で息をしている



「ふぅ……さ、早くアイツの目を潰さないと。それでレーザーは撃てなくなるわ」

お姉さんは手で額を拭うと仰向けになっているロボットの上空へジャンプ………っ!?

「ダメです! あのロボット私たちを蹴るつもりです!!!」

「え!?」

ロボットが凍っている部分は水が当たった上半身だけ!

足の部分は全く凍ってない!!

でももう遅い! お姉さんはジャンプしてロボット目掛けて下降している最中!!



すると今までピクリとも動かなかったロボットの足が突然動き出した!

その足はお姉さんと私目掛けて向かって来る!!

「お姉さん!」

「くっ! كعلم!!」

つま先が当たる直前、私とお姉さんは転移していた

ロボットの足裏に!


「だ、大丈夫……? イリスちゃん………」

「はい! …………?」


なんだろう?

ロボットの足裏は赤いベトベトした液体で満たされていた

所々になんかドロドロしたものもあるし……

金属じゃないだろうし……このロボットのエネルギーか何か?

「イリスちゃん! 掴まって!」

お姉さんはそう言うと足裏から飛び降り、ロボットの顔目掛けて真っ逆さまに落ちて行った!



「喰らいなさい! خثفصضتي:٢٠!!」

お姉さんの詠唱で、ロボットの目を目掛けて巨大な氷柱の様なものが落ちて行った

その氷柱は張り付いた氷を突き破りロボットの目に見事命中した!

「よ、よし……これで、大丈夫………」

お姉さんはそのままロボットの肩付近に着地した

「……くっ…………はぁ、はぁ………ケホッ! ゴホッ!」

「お姉さん!」

お姉さんは私を降ろした後、来るしそうに四つん這いになって咳き込んだ

「ご、ごめんね……ちょっと、大技を、使いすぎたかも………」

「し、しっかりして下さい!」

こんな時に私は何も出来ない!!

自分の不甲斐なさに涙が出そうになる


その時私の背後から足音が聞こえた!


「ひひ、お困りかなお嬢さん方?」

「え? どなたですか!?」

私たちに声をかけて来たのは70歳にはなろうかという老人だった

白衣と仙人の様に伸びた白いあごひげ、そして木で出来たステッキをついている



「ひひ、そちらのお嬢さんに水を差し上げましょうかの?」

「本当ですか!? お願いします!」

「ひひひ、しかしただと言うわけにはいかんのう。お嬢さん、頼みがあるのじゃが?」

「頼み? 分かりました! できる限りの事ならなんでも!」

「ありがたい。それではの………」








「死んでくれんかね? イリスさん」



「……………え?」

「聞こえんかったかの? 死んでくれと言ったんじゃ」

「あ、あの……それはどういう意味で……」

「そのままの意味じゃよ。それとも、わしが殺してやった方がいいーー」

「イリスちゃん! 離れて!!」

「きゃっ!!」

後ろからの声と共に、老人の真上から氷塊が降ってきた

私はその衝撃で後ろに尻餅をついてしまう

「ぜぇ、ぜぇ………くっ……」

「お姉さん! 大丈夫なんですか!?」



だって今降って来たのは今日見た中で一番大きい

お姉さんはただでさえ疲れていたのに!

それにこの人、私の事を殺すって………


「おいおいお嬢さん。この老体にそれはちとキツイんじゃないかね?」


突然巨大な氷塊がヒビをいれて崩れ去り、その中からあの老人が平気な顔で出てきた

「Dr.クルヴェット!」

「Dr.クルヴェット!? この方が!?」

あのロボットを作り出した人……

「イリスさん。世のため人のため、そして未来のため。アンタにはここで死んで貰わねばならん」

「黙りなさい! イリスちゃん、あの男のいう事を真に受けちゃダメよ!」

私は死ななくちゃならない……?

それが世のため人のためになる……?

お姉さんには悪いけれど、気になって仕方が無い

「それ、どういう意味ですか……?」

「イリスちゃん!!」

「ひひひひ、アンタはなにも知らなくて良い。ただここで死んでくれればいい。ひひひひっ……」



「いい加減にしなさい! それ以上イリスちゃんに語りかけたら許さない!!」

「ひひ、嫌われたものじゃ。しかしまぁ……この状況は悪くない。唯一戦えるお嬢さんは満足に動けない、そして標的は目の前」

Dr.クルヴェットが私をギョロリとした目で睨んで来た

「っ!! やめなさい!」

「ひひひ、こんなチャンスを逃すほど老いぼれてはおらん。それでは……さようなら」

動けない……

私は……ここまでの悪意を向けられた事は一度もない………

だから身が竦んでしまって……動けない…………

「やめて! やめてぇっ!!!」


お姉さんの声がどこか遠くで聞こえた

私……一体どうなって…………


その時だった


どぉん……


そんな爆発音が遠くの方で聞こえた

その音と振動に驚いたのか、私の首から手が外れた

あぁ、そうか


私、いま首を締められていたんだ



「ゲホッ! ゴホッ!」

首を押さえてへたり込む

そんな私をなにか白いものが包み込む

「イリスちゃん! 大丈夫!?」

「は、はい……… なんとか……」

お姉さんに身体をゆすられながらそう答える

まだ少しだけふらふらするけど大丈夫だと思う

「もう缶詰にした城から抜け出したのか……… 流石は最強の名を冠する男じゃ……」

Dr.クルヴェットは先ほど爆発音がした方向を見ながらそうポツリと呟いた

「残念ながら時間切れのようじゃ。しかし覚えておれ? わしは諦めんぞ。必ずやイリス…いや、ローズ・イリシュテンを亡き者とする。

これ、お前はいつまで氷漬けになっておるのじゃ。さっさと起きんかい」

Dr.クルヴェットがステッキの先で氷漬けになったロボットを一突きした

なんと、その途端に氷がバラバラと砕け散った

本当に軽くコツンと突いただけなのに!



「また会おう。いや、ここで死んでくれればもう会う事もなかろうな」

Dr.クルヴェットはもう一度、今度は地面をコツンと突いた

その瞬間、その身体はまるで霞か霧のように霧散してしまった

後に残されたのは私とお姉さん、そしてゆっくりと立ち上がった巨大なロボット………

「お姉さん! 早く逃げないと!」

片膝を付いて苦しそうにしているお姉さんの腕を引っ張って移動させようとするけれど私の力じゃ全く動かない!

「私は放って……早く逃げて………」

「そんな事出来ません! 早く立って!!」

ロボットはもう腕を振り上げている!

「私は、大丈夫だか…ら! イリスちゃんだけで、逃げなさい!」

「嫌です! 絶対に嫌!!」

ダメだ! もう遅い!

「あ…………」

結局私たちは一歩も動けなかった

そんな私たちはロボットにとって格好の的……





「嫌あぁあぁああああぁあッッ!!!」





轟音が私を支配した…………


以上です

次は出来れば来週に

ここで終わらせるとは……
貴様引き際を心得ておるな?


ここの主さんの引き際の巧さは怖いものがあるよね・・・
次回が楽しみになる的な意味で

乙乙!

>>590
今更なんだけどさ…
反対側までが5km
底が直径3km
なら
上辺が5km
下辺が3km
で円作ったら直径10kmと6kmになると思う
あと傾斜45度じゃないような…

もう一回読んだ方がいい

>>730

上辺5、底辺3、高さ1の線対称の台形を『対象線』つまり、上辺を2.5、下辺を1.5にぶった切るど真ん中の線でぐるっと一回転させる。そうすれば書いてある通りの物体が出来上がると思います。

また下辺の端から上辺に向けて垂線をひくと、三角形が一つ出来上がります。
三平方の定理から1:1:√2 の直角二等辺三角形となるため、結果斜辺は45度になると思います。

ただ自分でも読み返してみると分かり難かったので、簡単な図をPCで描いてみました。

1枚目: 魔族の渓谷だけの部分
http://i.imgur.com/TLjWKwR.jpg

2枚目:外側から見た全体図
http://i.imgur.com/hKDMlY2.jpg


茶色い所を山として、銀色の部分が魔族の渓谷です。2人が初めて訪れた時、山の斜面にある洞窟から内部へ入りました。

そしてアンバーキングダムへ向かう時、ルディはここを上から飛び出しました。

入口や洞窟はちょいと難しいので省略してます。

銀色部の斜辺には平地になっているところや階段があるので行き来には困りません(苦労はしますが……)


箇条書きみたいな文章で申し訳ありませんが、分かり易かったでしょうか……?

もしなにか恥ずかしい勘違いをしていたら指摘お願いします!

因みにこの山の高さ7000mあります
そこはファンタジー補正でなんとか……

まさかここまで丁寧に説明してくれるとはwwwwwwww

ここの>>1は愛されてるなと思った
根拠は無く、なんとなくだが



第5章 最終話


【再び渓谷へ】


ガキィン……


表現するならそんな音だった

とにかくそんな音を立てて、今まさに私たちを拳で押しつぶそうとしていたロボットがひっくり返った……

ロボットはけたたましい轟音、そして地響きをあげてゆっくりと倒れて行った

「お姉さん! 今のは…………あっ……」


私たちをロボットから守るように立つ一人の影

その漆黒の髪を風にたなびかせ

漆黒のローブで身を纏い

厳しい表情でそれを見ている男性


「ルディさん!!」

ルディさんだ!

やっと……やっと戻ってきてくれたんだ!!



あ、でも喜んでばかりはいられないんだ!

「ルディさん! お姉さんが苦しそうにしてるんです! 早く助けてあげてーー」

急に私を何かが抱きしめた

「え、あ……? ルディ、さん?」

それがルディさんだという事に気付くのには全く時間がいらなかった

でも、私が何よりも驚いたのは………


「……………イリス………」


絞り出すような小声でルディさんはそう言った

そしてそのまま苦しいくらいに私を抱きしめた

少し苦しい

でもそれ以上に温かかく、心が満たされた……


「……ごめんな、イリス…………今まで放っておいて……」

そう言ってから私を片腕で持ち上げると、今度はお姉さんの方へ歩いて行った



「貴方も……よくイリスを護ってくれた。ありがとう」

そう言ってお姉さんも私のように抱きかかえた


「كعلم」


次の瞬間、私たちはロボットから遠く離れた屋根の上にいた

ルディさんは屈んでお姉さんをゆっくりと寝かせた

「お姉さん!!」

「大丈夫。気を失っているだけだ」

ルディさんはそう言うとゆっくりと立ち上がる

「俺は今からアイツを始末してくる。イリスはここでこの人と一緒にいてくれ」

「あ、その! ルディさん! 私たち、さっきDr.クルヴェットという人にーーー」

「Dr.クルヴェット……だと?」

「ひっ!」

その名前を聞いた瞬間、ルディさんの表情が歪んだ

その顔はまるで全世界の全ての憎しみを表現しているかのよう

私も思わず悲鳴をあげてしまった



「あ、ああ……済まないイリス。それでそのDr.クルヴェットとやらはなんと言っていたんだ?」

「そ、その……」

私はおどおどしながらも、今起きたこと全てをルディさんに話した

ロボットがいきなり襲ってきたこと

ロボットが明らかに私たちを狙っていたこと

Dr.クルヴェットという人物が……私の命を狙っていること……


「そうか……………」

「はい………ひゃ!?」


全てを話し終えたらルディさんは小さくそう言った

そしてそのまま右脇に私、左腕でお姉さんを抱きかかえて屋根を渡り始めた

「運んでおいて悪いが事情が事情だ。2人とも抱きかかえたままアイツを潰す」

「わ、分かりました! しっかり掴まっておきますね!」

私がお姉さんとルディさんに言われる言葉の第一位が『しっかり掴まっていろ』だ

もう何も言われなくても分かってしまう

「………よく分かってるな」

ルディさんはにやっとしてそう言うと、いままさに起き上がったばかりのロボットを見据えた



「ルディさん! あのロボット腕が!」

「ああ、さっき俺がもぎ取ったんだ」

左腕を失ったロボットはフラフラとしながら私たちに向かってくる

「行くぞ! 絶対に振り落とされるな!!」

「はい!」

途端にルディさんはロボット目掛けて突進していく!

「ルディさん! 蹴りが来ます!」

「分かった!」

ロボットの前蹴りが私たち目掛けて襲いかかってくる

「つま先に乗るぞ!」

「はい!」

ルディさんは微かに自由が効く右手をロボットのつま先に添えて、そのままつま先に着地した

「らあっ!!」

「きゃあぁああ!!」

そしてそのまま蹴りの勢いのままに上空へと飛び上がった

「فحمضمكغن:١٠!」

ルディさんの詠唱でロボットの右足が膝部からもげた!

「どんなに硬くても関節部分は軟い。衝撃の呪術なら一撃だ」

衝撃の呪術?

な、なんかいつかの夢でルディさんがお父様に対して使ってたような………



「あ、ロボットが倒れます!」

「そりゃそうだ」

ロボットは振り上げていた右足が急にもげたためバランスを失い、そのまままた倒れてしまった

「粉微塵にしてやる。شضكضشيزمي:١٠!」

「きゃああぁあぁああ!!!」

ルディさんが詠唱し終わった瞬間、途轍もない大爆発が空間を満たした

その爆風の中に小さな金属質の破片が飛び散っているのを私も確認できた

「このまま下に降りるぞ」

「え!? でもロボットーー」

「大丈夫だ。行くぞ」

私たちはそのまま重力に従って地面へと落ちて行った

もちろんそこには私たちを待ち構えてロボットが………いなかった


「爆撃の呪術だ。あの程度の奴なら一瞬で粉微塵になっちまうよ」

そのまま私たちは焼け焦げたレンガの上に着地した



「本当に全くロボットが残ってませんね。あんなに大きかったのに……」

「だろ? ま、とても強力だけどその分使う魔力も桁違いだ。俺以外の奴は使いこなせないだろうな」

そう言ってルディさんは私を降ろすと、お姉さんをゆっくりと寝かせた

「余程無茶をしたんだろう。魔力がほとんど感じられないぞコイツ」

ルディさんは屈み込んでお姉さんの首筋に手を当てたままそう言った

「そんな! 大丈夫でしょうか!?」

「命には別状ないだろう。でも出来るだけ早く休ませなくちゃいけないな」

私はひとまずホッとした

良かった……命に関わることじゃなくて………



そしてそのまま徐に前を向く

するとルディさんもこっちを見つめていた


その瞬間、私の中を何かが囁いた


違う

このルディさんは……いつもと違う

声も顔も使う呪術も全て同じ

でも何かが違う!

思わず私はルディさんから目を逸らしてしまった

すると……


「あ、ルディさん! 右耳の下に傷が!!」

「え? っ!!」

するとルディさんは何を思ったのか、即座に左手でその傷を隠した

「どうしたんですかルディさん! はやく治療しないと」

「いや、大丈夫だから……おい!」

制止する声も聞かずに腕をどかして髪をかき上げる

やっぱり! 耳の少し下から首の後ろへを一つの傷が横切っている!

それもかなり大きい奴だ!



「大怪我してるじゃないですか!! なんではやく治療をしないんですか!!」

「…………っ」

あれ? ルディさん、とても気まずい表情をしてる?

なんで? あっ………


違う

この傷は今さっきできたものじゃない!

だって血も流れてないし、なによりこれは傷じゃなくて傷跡だ!


「ルディさ、ん………」




ーー




………………………あ、れ?



「はっ!?」

「気付いたか? イリス」

「こ、ここは……? 私……一体?」

「アンバーキングダムから魔族の渓谷に向かっているところだ。イリスはしばらく安静にしていてくれ」

私、ルディさんに抱えられている?

「ルディさん……私、どうしてここに……?」

「俺もよく分からない。俺はただアンバーキングダムの外れで、あの女性から気絶していたイリスを受け取っただけだ」

「気絶……? わたし、が…?」



まだクラクラする頭を必死で活性化させる

私、いつのまに気絶しちゃったの……?

さっきの出来事は……全て夢だったの……?

「あっ! ルディさん! アンバーキングダム! アンバーキングダムはどうなったんですか!?」


「…………………………」


私の問いにルディさんは顔を背けて返事をした

それってつまり………

「アンバーキングダムはほぼ壊滅状態だ……… それなりに死傷者も出たと思う」

「……っ! そんな………」

「仕方がなかった。誰がなんの目的でこのような事をしたのかは分かんねぇが……酷い事をしやがる………」

ルディさんは吐き捨てるようにそう言った

「俺がもっと早くそっちに戻れれば良かったんだが……… すまない」

「い、いえ! そんなにがっかりしないで下さい! だってルディさん、私とお姉さんをロボットから助けてくれたじゃないですか!」

「……ロボット? 助けた? 俺が?」



「はい! 私とお姉さんを担いだまま一瞬であの大きなロボットを倒したじゃないですか!」

「………………………ん…?」

「あの、私なにか変な事言いました?」


なにかがおかしい

私とルディさんの会話がかみ合ってない


「……悪いイリス。それってなんの事だ?」

「なんの事って、そのままの意味ですよ。ルディさんがアンバーキングダムでロボットを倒したってーー」

「ちょっと待て、俺はそんな事してないぞ」

「……………え?」

してない? ルディさんが? あのロボットを倒してない!?

「そんな……… だってルディさん、衝撃の呪術とか爆撃の呪術を使ってたじゃないですか!」

これを聞いたルディさんは今度こそ驚いたようだった

「爆撃の呪術だと? イリス、おまえその呪術をどこで聞いたんだ!?」

「どこでって、ルディさんから直接聞きました! アンバーキングダムで!」

「そんな馬鹿な! 俺はルドライラから戻って来た後、アンバーキングダム内部へは一度も入ってない」

「なんですって!?」



「街の外れ、つまり壁の外側でイリスを受け取ったんだ。そこであの人からしばらく身を隠すようにとーーー」

「お姉さんに!? 身を隠すように言われたんですか!!」

「あ、ああ……」

という事はやっぱりあれは夢じゃないんだ

Dr.クルヴェットが……私の命を狙っている事が………

「ルディさん! あのっ!」

そこでハッとした

なぜか分からない

それでも私には2つ分かった事がある


あのお姉さんは私がルディさんにDr.クルヴェットの事を話して欲しく無いと思っている……

そしてあのお姉さんは私の味方だ


だから私は…………


「どうしたイリス? なにか聞きたい事があるんじゃないか?」

「いや、なんでもありません」

いまは口を噤んだ

いつか来たる時にこれを言おうと思って…………



「それなら良いんだが………」

ルディさんはそう言いながら目線を前に戻した


「……………………待てよ…?」

ルディさんが急に思いついたようにポツリとそう洩らした


「………………まさか、グラフィットが………いや、そんな筈は……あいつは俺よりも温厚で……」

「あの、ルディさん?」

ルディさんは何かを考え始めたのか、ブツブツと呟き始めた

「まさか、でも……イリスの記憶を操作できるのは………」

「あ、あの…………」

「という事は、ノアールの側に……? それならなぜアンバーキングダムを……?」

ルディさんは難しい顔で考え事をしている

一体私はどうすれば……って!

「ルディさん! 前! 前!!」

「前ってなにがぁっ!?」

考え事をしながら走ったりしたらそりゃ木にもぶつかりますよ!

ルディさんは二三歩よろめいてから思いっきり倒れちゃった!!



「あ痛たた…… なんだってこんなところに木が立ってるんだ!!」

「ルディさん、それは無いと思いますよ……」

明らかに自得自業じゃないですか!

「頭が……ちくしょ、う…… 痛っ………」

「大丈夫ですか? 早くたんこぶを冷やさないと………ぁ……」



やっぱりさっきのは夢だったんだ……


ルディさんが助けに来てくれたと思ったのは全て私が気絶してる時に見た夢だったんだ……


だって気付いてしまったから


アンバーキングダムで私を助けてくれたルディさんにあった首の傷跡が……




今、目の前にいるルディさんには無いという事を………


次章は魔族の渓谷での短編集を予定


伏線とか謎とか色々散りばめたけれど、それをどう回収すべきか迷ってます……

すきにしろよ
がんばれ

そこはお前の実力次第
俺はwwktkするしかできない

このSSは常に新しい展開で読む側を飽きさせないよな

マジレスするなら
まずは回収するべき伏線を考えてみよう絶対に物語にかかわる伏線ってのがあるはずなのでそれらを回収すること
例えばイリスの魔翌力0体質、クルヴェットがイリス狙う理由、ルディの出生、姉さんのイリスへのこだわりとか
ネタでちりばめた伏線は本編と陸続きだけど別視点の番外編で回収するとか
例えばローズ家の飯がまずい、ルディに惚れたドMのサキュバス、別大陸の妖怪さん達など

今からでもいいので世界観の固定もうすでにできてるなら主人公たちやその周りの人物がその世界に与えるであろう影響を考える。
そしてその上でどういう選択をするのかも考える。今からでも安価SSにしてもいい。その場合〆が難しくなる。

そのあたりを考えつつ〆をどうするかを今から考えておくルディとイリスの最終的な関係など
個人的に好きな関係で終ってる作品をあげるなら昔にあげた「月夜に響くノクターン」と「ミミズクと夜の王」など

ネタに行き詰ったなら他のSSや商業作品を読んでインスパイアを刺激されるのもいいかもしれない。
ただしパクリになると主のよさが損なわれる可能性もあるのであくまで刺激程度に

素人考えだとこれくらいかな?あと箇条書きでもいいので何かに書きだす。今までの物語とこれからの物語を描きだすのもいいかもしれない中高生の歴史の教科書みたいな感じで

あんかはやめて

これなんてコピペ?

>>754
お前の[田島「チ○コ破裂するっ!」]などどうでもいい。
自分でスレ立てて自分でやれば?

どうも作者です

前回の弱気な発言を拾って頂いてありがとうございました

>>754さんの意見は参考にさせて頂きます
最初はこんなに長くするとは思ってなかったのでメモとかとってなかったのでまずはそこから……

わたしのSSもオナ……自己満足から始めたものですし

それと私の技量的に安価はしません。てか出来ません


本編は今日の22時くらいから投下予定、前回と違って緩めのお話になってます


それともう一つ

恐らくスレをまたぐ事になると思うので、保存用として近々pixivに投稿しようと考えてます

初期は色々と迷走していたので、その辺も変更して今の雰囲気に近付けるつもりです

>>62のまどか ネタのカット
>>68のナルト ネタのカット
魔術と呪術の区別

など


それでは

検索する時はスレタイで検索すればおk?

>>759
未定ですが、恐らく何かしらスレタイでは無い名前を付けると思います (実は今考え中です)

投稿したらリンク貼りますのでご安心ください



第6章 1話


【ショートストーリー集 �】


こんにちは、イリスです

私たちはこの度、この魔族の渓谷でしばらくの間生活する事になりました

その間に起こった様々な事を語りたいと思います



〈家作り〉


「しかし主ら、あれほど惜しみながら別れたと言うのにすぐに戻ってきたのぅ」

「それを言うなって……」

ルディは渋い顔をしてそう返す

「しかしわしゃ達は皆歓迎ムードじゃからの。わしゃも実のところ嬉しいしの」

「ありがとよ、藍晶(ランショウ)」

「ふっくっく、主はなかなかに素直じゃのぅ」

「ま、イリスと出会ってからはかなり素直になったよ。よっと、こんなもんでいいかな……」

「よいと思うぞ。それでは渓谷まで帰るとしよう」



「俺が7本持とう。藍晶は残りの3本を頼む」

「なんじゃ? 別にわしゃ5本でも構わんぞ? 最大で9本まで持てるしの」

藍晶は金色に光る自慢の9本の尻尾で大木を持ち上げながらそう言った

「最近魔力を使う事が格段に減ったからな、リハビリだ」

そう言ってルディは7本の大木を担ぎ上げた

無論、魔力集中で筋力を上げている

「リハビリなどせずとも主は良いじゃろうに………」

藍晶は空中に浮かび、呆れたようにそう言った

「しないよりはした方が良いだろ? それにしてもその浮遊魔術は便利そうだな」

「ふっくくく、妖狐という種の特権じゃ。では帰るとしよう。娘も首を長くして待っておろう」

「だな。もう一人の方は胴を長くして待ってるだろ」

そう言って2人は山頂を目指して進んで行った




ーー




「遅いわねぇ〜」

「遅いですね」

一方こちらは青鱗青髪のラミアであるトリシャとイリス

「こっちにきてからも色々とやる事があるのに……全くもう」



トリシャは尻尾を軽く地面にパシッパシッと叩きつけながら腕を組んでいた

と、そこへ

「お〜い2人とも〜!」

「あら、こんにちは」

「こんにちは。え〜っと……」

1人のハーピーがやってきた

初めてここにきた時に、アラクネの巣からルディに助け出されたハーピーである

「アルドアーズよ。ルドアって呼んでね」

「ありがとうございますルドアさん」

「ふふ、別にさん付けしなくてもいいのに」

ルドアはそう言ってイリスの横に腰を下ろした

「ところで貴女何しに来たの?」

トリシャがルドアに聞いた

「暇だったからね、なにか手伝う事はないかなって思って。今から家作るんでしょ?」

ルドアはそう言いながら横に聳え立つ大木をコンコン叩いた

「この木に目を付けたのはイリス?」

「はい。この木の中腹に家を作りたいなって思って」

「ふ〜ん、ツリーハウスだなんていい趣味してるわ本当に。でも飛べる私と違ってイリスは出入りし難いんじゃない? 枝の上に作っちゃったら」



「だから階段を作るのよ。そうすれば誰でも入れるでしょ?」

トリシャが横からそう答えた

「ふーん、人間って不便ね」

ルドアはそう言って背伸びをした

と、そこへ

「おーい」

「あ、ルディさんが帰ってきました!」

「あら本当……藍晶様!?」

「うわっ!? 本当だ!」

7本の大木を担いだルディと3本の大木を尻尾で巻きつけた藍晶が帰って来た

「斜面にいく時に会ってな、木の運搬を手伝って貰ったんだ」

ルディはそう言うと担いでいた大木をゴロゴロと置いた

藍晶もそこに3本の大木を降ろして背伸びをした

「ふぅ〜 久々に力仕事をすると疲れるの」

「これからもっと疲れる事になる」

ルディはそう言って木の上へと登って行った

既に家を一軒作れるほどのスペースと土台は確保済みだ

「それじゃやるぞ! 皆頑張れよ!!」

「おお〜!!」




ーー




それから50分ほど後

「確かこの辺りだったかな……」

そう言いながらあたりを見渡しているのはティユールだ

魔族の渓谷における騎士団の女団長である



今日は鎧もつけずラフな格好で、その綺麗な茶髪を棚引かせながら歩いていた

「あれか。なんだ、もう出来上がっているじゃないか。だがなにやら騒がしいな……」

ティユールはルディとイリスの家作りに協力しようとここまで来たのだ

しかしなにやら騒がしい気配を感じて訝しがった

「おい」

丁度階段に腰をかけていたハーピー、ルドアに声をかけた

「あ、団長。こんにちは」

「うむ。なかなかに素晴らしい家が出来たじゃないか」

ティユールは上を見上げながらそう言った

「はい、この家や階段自体は開始30分程度で出来上がったんですけれどもね……」

ルドアは含みを持たせるようにそう言った

「なにか問題でも発生したのか?」

「えぇ、まあ……」

そう言ってルドアは上を指差した

家の中からなにやら言い争う声が聞こえてくる

「どうぞご覧になって下さい…… 藍晶様は呆れて帰られてしまいました………」

「うむ」



ティユールは階段を登って行きドアをノックした

「ティユールだ。入るぞ」

そう言ってからティユールはドアを開けた


「だからなイリス! ベッドは2つ必要なんだってば!!」

「いいえ、一つで十分です!! これ以上木を切る必要はありません!!」

「ちょっと2人とも………少し落ち着いて……」

「トリシャは黙ってろ! お前はベッド要らずだからこの問題の重要性が分からないんだ!」

「トリシャさんもルディさんに言ってください!」

「ひゃう!」



「……………………何を言い争っているんだ」

「お、良いところに来た! お前からもこいつに言ってやってくれ!」

「ティユールさん! ルディさんが酷いんです!!」

「はぁ……だいたい想像できるが詳しく話してみろ」




ーー





「つまり持ってきた大木の余りではベッドが一つしか作れなかった。だからルディ殿は新しく木を持って来て作ろうと言ってるんだな?」

「ああ」

「一方イリスさんは、たかだか一つのベッドを作るために木を切り倒す必要はないと……」

「ええ」



「ちなみにイリスさん。ベッドが一つの場合、2人はどこで眠るつもりなんだ?」

「2人で一つのベッドです!」

「だからそれはダメだって言ってんだろ!」

「旅の途中は2人で抱き合って眠る事なんかザラにあったじゃないですか!」

「宿では二つのベッドで寝てただろ! 旅路とここを一緒くたにするな!」

「がるるるる〜!」

「唸ってもダメ! ティユールからもなんとか言ってやってくれ!」

「そうです! ルディさんになんとか言ってください!」

「………………………………」


なんて事はない。イリスが単にルディと一緒に寝たいだけなのだ

しかしルディとイリスは運が悪かった


2人は誰に相談した?


そう! 生まれてこの方24年、その間全く浮いた話のないティユールだ!


ティユール自体の人気はとても高い

しかし若い頃から自警団団長を務める彼女に誰も告白できないだけなのだ

さらに悪い事に、ティユール自身はそれに気付いてないわけで………



「…………貴様ら」

「どうした?」

「ティユールさん?」

「そんな惚気を聞かせるために私を呼んだのかぁああぁああぁああっ!!!」

どっかーんとキタらしい

ティユールが吼えた!

流石にルディとイリスも気圧されたようだ

「い、いや、別に呼んでない……」

「やかましい!! 貴様らここで成敗して…っ! こら身体! 命令を聞け!!」

どうやら身体部分が頭の命令を聞かないようだ

こう言う部分はデュラハン独特の性質だろう

「こいつらは私に対して宣戦布告をして来たんだぞ! 受けて立たねば騎士の名が廃る……こらっ! 何をする!!」

とうとう耐えられなくなったらしい

腕はいきなり頭を掴むと、そのまま出来上がっているベッドへ投げた

「うわっ!?」

そして体部分はルディとイリスに謝るように頭(?)を何度もペコペコ下げると、そのまま外へ全力疾走して行った

「こら待て!! 身体!!」

頭もそのままピョンピョン地面を跳ねながら出て行ってしまった

後に残されたルディとイリスとトリシャは、ただ呆気に取られる以外なにも出来なかった………




結局ベッドは二つ作る事になりました



〈イリスの買物〉


魔族の渓谷にだって市場はある

渓谷内には川だってあるし湖だってあるから魚には困らない

さらには森だってあるし、家畜を飼う牧場だってある

足りないものは人の住処に行けば買ってこれる

もちろん人間に近い魔族、サキュバスやインキュバスが買いに行く必要があるのだが

そんな市場に買物に来た1人の少女………


「あ、人間の子供だ」

「この前来た娘でしょ? 名前なんて言ったっけ?」

「えっと……イヤス? モラス? そんな感じだっただろ?」

「なんか違う気がするな…… なんつったっけ?」


もちろんイリスの事である

魔族の渓谷に初めて住む事になった人間と言う事もあって、まさに注目の的である



「…………………………」

当のイリスは緊張しているのかニコリともせずに市場を歩いていた

緊張のし過ぎか、少し顔が青くなっている

それもそうだ

イリスは魔族の群れの中をたった1人、しかも彼女は魔術が使えないのだ

安心とは分かっていてもやはり緊張するだろう

これは日本人が屈強な外国人の人混みを1人で歩く心境と似ているだろう


「えぇっと……何を買うんだったっけ……?」

イリスはカバンからゴソゴソとメモを取り出した

ルディが料理の材料を買ってくるようにお願いしたのである

「えっと……アルカネ豆を4つ。アルラウネの店で買えると思う……」

イリスは首を傾げた



アルラウネがどんな魔族なのか知らないのだ

「あ、イリスちゃん?」

「はい? きゃあぁあああ!!」

不意に後ろから声をかけられたイリスはそちらを振り向き次の瞬間絶叫した

「ちょ、ちょっとぉ! そんなに怯えないでよ!」

「あ、いや……別に怯えたわけじゃ……ちょっとびっくりしただけで」

「ちょっとぉ?」

「すみません!」

イリスに声をかけたのはアラクネ、上半身が人間下半身が蜘蛛の姿の巨大な魔族だ

その魔族にイリスは見覚えがあった

「あ、もしかしてあの時ルドアさんが引っかかった巣の……」

「そうそう! 覚えててくれたんだ」

アラクネはニッコリと微笑みながらそう言ってきた

「アラクネ属女郎蜘蛛種のミュエルよ。よろしくね」



「はい、よろしくお願いします」

イリスは差し出された手を握り握手した

「でも私の名前よく分かりましたね」

「ええ、ルドアから聞いたの。私私たち生まれた時からの幼馴染だから」

「そうなんですか!」

「ええ、もうかれこれ4年の付き合いよ」

「………は?」

「それでイリスちゃんはなにを買いにきたの?」

「え、あ、えっとですね……これを」

イリスはミュエルにメモを差し出した



「どれどれ? アルカネ豆を4つ、それと魚と牛肉ね」

ミュエルはメモに一通り目を通す

「それじゃついて来なさい」

「案内してくれるんですか?」

「ええそうよ。お姉さんに任せなさい!」

ミュエルはそう言って胸を叩いた

ミュエルさんは4歳だから私の方がお姉さんなんじゃないかな? とイリスは思ったが黙ってついて行くことにした




ーー





「あの方々がアルラウネという魔族の方ですか?」

「そうよ。見ての通り身体が植物で出来てるの」

アルラウネという魔族を一言で表現するならば花の魔族だ

根の代わりに数十本の触手を蠢かせ、地上を這いずり回る……もとい、移動する事ができる

花冠の中央、雌しべに当たる部分に人間の女性と相違ない生物が下半身を埋没させている状態だ

肌の色が綺麗な浅葱色(わずかに緑を帯びた薄い青色)であるのが特徴である



「早く行きましょうよ」

ミュエルは1人でさっさと行ってしまった

「ねぇねぇ、アルカネ豆4つある?」

「はい、ありますよ。これですね……」

店頭に立つアルラウネが野球ボールほどはあろうかという豆を4つ机においた

「800エカです」

「うん、ありがとう。ほら、イリスちゃん! 早くお金払わないと」

ミュエルがそうイリスを呼んだ

「は、はい」

イリスはトテトテとミュエルの横まで歩いて行った

「ひゃっ!? 人間の女の子!! ちょっと皆!! 噂のイリスちゃんが来たわよ!!」

イリスはアルラウネの群れに一瞬で囲まれた



「…………人間って凄いわね〜」

ミュエルはそう熟熟(つくづく)思った




ーー




イリスが家に辿り着いたのはそれからおよそ30分も後のことである

「た、ただいま帰りました………」

「お帰り、随分と遅かった……な!?」

ルディが仰天したのも当然だ

イリスはその両手にパンパンに膨らんだ麻袋を持っていたのだから

「ど、どうしたんだ……それ?」

「それが……お店に行くたびにタダで沢山のオマケを付けて貰っちゃいまして……」



イリスは二つの袋をドサっと降ろした

「そりゃ凄いな……」

「ルディさんも手伝ってください」

「あん? 手伝うってなにをーーー」

ルディはそう言いながら、イリスと一緒に家の外に出て、そして言葉を失った

「…………………………………」

「凄いでしょう?」

ツリーハウスから眼下を見渡したルディの目には、10を超える麻袋しか目に入ってこなかったのだった



ここまで持ってくるのは力持ちのガルンナ(獣人族)やミュエルに手伝って貰いました



〈花畑〉


ルディとイリスはここに来てまだ日が浅い

なので今日は2人でこの渓谷を散歩することになった

「ルディさん、まずはどうしましょう?」

「まずは1番最下層から行こうか。俺たちの作ったツリーハウスも最下層だし」

「はい」

言うなればお隣さんだ




ーー




最下層は草木が生い茂っている場所が多い

人間が生活するにも全く困らないだろう

遥か遠くには沢山の木々が生い茂っている

もっとも、あれらは材料として使えないのだが



「あ、花が沢山ありますよ!」

「綺麗だな」

あたり一面花畑だ

蝶々や蜂などが沢山飛んでいる

「いい匂い………」

「そうだな、普段俺たちが見ているものよりも色も香りも上だな」

「やっぱり土壌がいいんでしょうか?」

「俺でもそこまでは分からないよ」

「はぁ………」

「ん?」

「ルディさんにも分からないことあるんですね」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ………」

「ルディさんともあろう方が。まったく………」

イリスはしらっとした顔を作って見せた



と、そこに

「あれ、アンタたちそこで何してるの〜?」

遠くから声が聞こえて来た


「あ、ルディさん。誰か来ましたよ! しかも空を飛んでます!」

「あれはヒョムルだな」


ヒョムルとは巨大な蝶々の羽と触覚を持つ魔族である

身体は大体10歳くらいで成長が止まってしまうから、小柄な者が多い

主食はもちろん花の蜜である



「あ、この前来た人間と魔族のコンビさん?」

「ああ、俺はカルディナル。ルディだ。こっちはイリス」

「こんにちは。イリスです」

「こんにちは。アタシはリエール。見ての通りヒョムルよ」

「見たところヒョムル属アゲハ種といったところか?」

「黒と黄色の模様がとっても綺麗ですね」

「そう? ありがと!」

リエールはクルリと回って羽を見せて得意になっている

「俺たちは散歩をしてるところだ。リエールは何をしに来たんだ?」

「それがね、プムリの花が切れちゃったから摘みに来たの」



「プムリの花ってなんですか?」

「アタシたちヒョムルはたくさんの花を集めて蜜を作り出す種族なんだ。でもそれには特定の花が必要でね」

「つまりそのプムリの花がないと蜜が作れないって訳か」

「うん。4ヶ月に一度くらいの頻度だからすっかり忘れてたの」

ヒョムルという種族にとっては結構一大事らしい

「ルディさん、私たちもお手伝いしましょう!」

「そうだな。どうせ今日は暇だし」

「ええ!? いいわよ別に! それにすっごく大変よ?」

「大変って?」



「プムリの花は他の花に混ざってポツンと生えてるの。しかも花びらが限りなく透明だから探すのが難しいの!」

「そりゃ大変だ。一日で見つかるのか? このとてつもなくデカい花畑で……」

「最長記録は5人で探して7日。最短は同人数で探して時2日」

絶望的な数字だ……

「今日はアタシ以外に3人来てるけれどね、3時間探して全く見つかってないの」

「そうか………」

これは無理そうだなとイリスは思った

そしてルディがふとイリスを見てみると、なにやら目を瞑っているのに気付いた

「イリス? どうしたんだ?」

「………………………………あっち」

イリスは徐にそう言うといきなり駆けて行ってしまった

「お、おい!」



ルディは慌ててイリスを追いかけて、それにリエールも続いた

しばらく行くとイリスは急に立ち止まり、キョロキョロと辺りを見渡し始めた

「イリス、急に走り出してどうしたんだ?」

「はぁ、はぁ……ヒョムルの身体は急な運動に耐えられないんだから………」

「少し静かにお願いします。多分この辺に………」

イリスは四つん這いになって真剣に何かを探している

ルディもリエールもわけが分からず、ただそれを見守るしかない

「あっ……もしかして、これ? あの、リエールさん!」

イリスは手招きしてリエールを呼んだ

「どうしたの?」

「ほら、これ!」

「え、あっ!! プムリの花!!」



イリスが指差していたそれは紛れもなくプムリの花であった

太陽をサンサンと浴びて、透明な花びらがキラキラと輝いている

「ありがとうイリス!! いえ、イリスさん!! え、でもどうして!? どうしてこんなに早く見つけられたの!?」

「えっと、なんとなくここにあるんじゃないかなって」

「イリスさんありがとうございました!! 貴方はアタシ……私たちもの恩人です!!」

「べ、別に敬語なんかじゃなくても……」

「…………………………」

そう答えるイリスをルディは真剣な目で見つめている


「一体、どういう事なんだ?」



ルディはイリスが無意識に読心の呪術を使っているのではないかと思った事がいままでに何度かあった

ルディ自身も何度か心を読まれた事があったし、シェーヌで神話を教えて貰った女性に対しても“泣いているみたい”と言っていた

しかしこれはそれだけでは片付けられない事だ





読心の呪術はある程度知能がある生物にしか使えない





人間や魔族ならもちろん効果がある

魔物は効果があるものと無いものがある

虫、鳥、その他の生物には効果が無い

そしてもちろん花だってそうだ


それならなぜイリスは、迷う事もなくプムリの花に到達出来たのだろうか?


「ルディさ〜ん!」



「あ、悪い。どうした?」

「ほらこれ! 花の蜜を沢山もらえました!」

いつの間にやら、イリスは琥珀色の液体が入った瓶を片手に持っていた

「あの人たちに貰ったんです!」

背後にはリエールを始めとするヒョムルが集まって来ていた

「いいのか? こんなに沢山貰っちまって?」

「いいのいいの! この花はそれだけの価値があるから! それにどうせ今日のお弁当だから」

こんなにも早くプムリの花が見つかったのだから、たしかに弁当は要らないだろう

「ありがとうございましたイリスさん!! いえ、イリス様!! これは大切に使わせて頂きます!!」

「「「ありがとうございました!!」」」

「は、ははは……どう致しまして」

「良かったなイリス。パシリが出来たぞ!」

「嬉しくありません!!」



この日からイリスはヒョムルから “女神!” “天使!” と崇められる事になりました


ここまでで

次回もこんな感じが続きます

おつー

こうして神話は作られるのか




いつもみてるぜ!

乙ー
イリスが女神になる日も近いな・・・



第6章 2話


【ショートストーリー集 �】



〈釣り大会〉



「ルディさん! 早く早く!!」

「おいおい、そんなに慌てるなって……ったく」

そう言いながらも微笑ましげにイリスをみるルディ

今日は湖で釣りをする事になったのだ

「ルディさん! 楽しみですね!」

「そうだな」



とはいっても、ルディは釣りの経験がほとんどない

ルディの場合、釣るよりも掴み取りした方が効率は何倍も良いのだ

わざわざ釣りをする必要が無い

「あ、見えて来ましたよ湖!」

イリスはパタパタと走って行ってしまった


いま2人がいるのは最下層から100mほど高いところだ

この渓谷は、斜面を螺旋状に川が流れており、その途中の所々に水が溜まる場所が出来るのだ

それがいまから皆が釣りをする湖である

ちなみにこの川をずっと下っていくと、やがてシェーヌにたどり着く



「ルディさん! 竿の準備はいいですか!? エサはありますか!?」

ルディは竿とエサを掲げてイリスに見せる

竿は昨日作ったもので、エサには練り餌を準備してある

「でもまずは受付が先だ。ほら、あそこで」

そう言って指差した方向には大きなテントがあり、そこには沢山の魔族が並んでいた

受付をしてるのは青い鱗で身体中が覆われた半魚人である


「おい、受付を頼む」

ルディはテントにいる男の半魚人に声をかけた



「はいよ、ここに名前を……ってお前ら新入りか!」

「ああ」

ルディは用紙にサラサラと名前を書きながらそう言った

「今回は俺らサハギン属主催の大会によく参加してくれたな。ルールは知ってるか?」

「いや、どういったルールだ?」

「ルールは簡単、釣った魚の重さで勝負だ。もちろん手掴みは禁止。魚類以外はカウントしない」

半魚人はそう言いながら大きいバケツを二つ手渡して来た

「頑張れよ」

「俺とイリスは別チームなのか」

どうやら今回は個人戦らしい



ルディが受付から戻ると、イリスは沢山の魔族に囲まれていた

「相変わらず凄い人気だな」

「あ、お帰りなさいルディさん!」

ルディが戻ると周りにいたドラゴニアン(竜人族)、アラクネ、アルラウネ、ガルンナ(獣人族)、人狼などはイリスに手を振りながら離れて行った

「皆さんさようなら! 頑張りましょうね〜!」

イリスもそれに手を振り返す

「結構イリスも馴染んできたじゃないか」

「はい。流石にここに来て50日くらい経てばこうなりますよ!」

イリスは威張るように腰に手を当てて返事をした

「そりゃそうか。ほれ、イリスのバケツだ。釣った魚はこれに入れてくれ」


その後ルディは一通りのルール説明をした

イリスは個人戦である事に半分不満、そして半分緊張しているようだ



「……そうですか。それなら初めてのルディさんとの対決と言うわけですか………」

「そうだな。どうする? 俺とイリスは隣同士で釣るか?」

「えっと……………………」

イリスはしばらく考えていたが、やがて首を横に振った

「いえ、ここらかは個別行動にしましょう! 自分で自分のポイントを探して釣りをしたいです!」

「そうか」

イリスの目は爛々と輝いていた

「それじゃ勝負だ。イリスにゃ絶対に負けねぇからな!」

「はい! 受けて立ちます!!」


そして釣り大会が開催された




ーー




「さてと、イリスにゃああ言ったが俺はほとんど釣りの経験はねぇからなぁ………」

ルディは頭をぽりぽりと掻きながら湖の周りを歩いていた



と、そこに一人のフードを被った人物がいた

「あ、そこの人。ちょっといいか?」

「はて、何か用事かね?」

「あっ! 魔法ジジイ!」

振り向いたその男は、初めてここに来た時イリスの検査を行った老人であった

「静かにせんと魚がにげてしまうじゃろ」

「あ、悪い。隣いいか?」

「ああ。座っても良いぞ」

ルディは魔法ジジイの隣に座った

「確か本名はニゼルと言ったな。どうだ? 釣れてるか?」

「程々にの。ほれ、ウキを見てみるのじゃ」

魔法ジジイ、もといニゼルの垂らしているウキが左右にピクピクと揺れている



「釣り上げなくていいのか?」

「あの状態はまだ魚が餌をつついている状態じゃ。もう少し待つのじゃ」

「ふーん」

と、いきなりウキが水面から消えた

「ほれ、今じゃよ」

ニゼルが竿を瞬間的に強く引く

すると竿の先がプルプルと震えているのがルディにも分かった

「こうなれば後はこっちのものじゃ。静かに竿を立てて行けば……ほれ」

全長18cmほどの魚は、まるでニゼルの手へと吸い込まれるかのように掴まれた

「流石だな。伊達に歳は喰ってないわけか」

「まあのぅ。ほっほっほ!」

得意げに笑っているニゼルだが、彼は知らなかった

95歳の彼よりも、320歳の藍晶よりも、ルディの方が歳上であるという事実を

「あのさ、俺にもコツを教えてくれねぇか? 初心者だからどうにも勝手が分からなくてな」

「ほっほっほっほ。修行は厳しいぞ?」


なんだかんだでこの2人、かなり相性はいいようだ




ーー




「とまぁこんな感じじゃ。分かったかの?」

「はい! ありがとうございます藍晶さん!」

一方こちらもレクチャーを受けていたようだ



「本当に助かりました。藍晶さんがこんなに釣りがお上手だったなんて」

「ふっくっく! わしゃにとって釣りなど容易いものよ」

藍晶は、9本の黄金の尻尾をパサパサ振りながら得意げにそう言った

その言葉通り、藍晶のバケツには既に4匹の魚が泳いでいた

「しかし娘よ。ここはわしゃのポイントじゃからここで釣りをするのは許さんぞ?」

「はい、大丈夫です! 私だって絶対にいいポイントを見つけてみせます」

「頑張るのじゃ〜」

「はい!」

そうしてイリスは藍晶と別れて歩き始めた




ーー




「釣れねぇ…… 全く釣れねぇ!!」

一方ルディは全く魚が釣れていない状態だ

隣のニゼルは既に7匹の魚を釣っているというのにだ



「ほっほっほ、誰も喰いつかんのぅ!」

隣でニゼルは微笑ましげに笑っている

「あんまり笑ってくれるな!」

「いやはや、ここまで釣りのセンスがない者も珍しい。ウキがピクリとも動いとらん」

「畜生…… こんなハズじゃ………」

「おっと、また一匹かかった」

落胆しているルディの目の前で6匹目の魚を釣り上げたニゼル

ついにルディがぷっつんと来たようだ

「場所を変える! 絶対に大物を釣り上げてやるからな!! 覚えてろ」

言うや否や猛ダッシュでかけて行ってしまった

「ほっほっほ! 誰にでも苦手な事はあるんじゃな」




ーー




「くそっ! どこか良いポイントは………ん?」

ルディはキョロキョロと当たりを見渡しながら歩いていたが、不意にそれが止まった



「おい、そこ釣れてるか?」

「…………? !!」

ルディが声をかけたのは、女性の身体を持つ首無し死体……もといティユールの身体部分だ

今日は頭は居ないらしく、服装も可愛らしいワンピースだ

「隣座ってもいいか?」

身体は隣をサッサッと軽く掃除して手を指した

どうやら座ってもいいらしい

「失礼するぞ……っと、お前ももうこんなに釣れてるのか」

バケツには10匹の魚が泳いでいる

身体は手で胸を叩いた。どうやら自慢しているらしい

その後ルディの持つバケツを指差した

「ああ、俺か? 見てみろよ」

ルディはバケツを身体に差し出した

「見ての通りまだ一匹も釣れてないんだ。あ、てか首がない状態で物とか見れるのか?」

身体はコクコクと体を傾けて頷いた

原理は分からないが、物を見る事はできるらしい



「そっちはよく釣れてて良いな。やっぱり場所を選ばなくちゃいけないのかねぇ……」

身体はしばらくジッとしていたが、不意にルディの持つ竿を指差し、その後湖を指差した

「ん、なんだ? ここで釣れってか?」

身体はコクコクと頷いた

「良いのか? せっかくそんなに釣れてるのに」

身体は相変わらずコクコク頷いている

「そっか、それなら厚意に甘えさせてもらうよ。えっと、エサエサ………」

ルディは竿に餌を付けて湖に糸を垂らした

「………来い……来いっ!」

ルディは釣りにしては余りにも真剣過ぎる目でウキを追う

しかしウキは全く動かない

隣の身体のウキはピクピクと動いているのにだ



「………………………………」

「…………………っ!!」

魚が釣れた


もちろん身体の方がだ



「なんでだよ! 俺の何がいけないってんだ! 神は俺を見捨てたかぁあぁあああ!!」

身体は魚を針から外しバケツへ投入した

そして荒れているルディをチョンチョンと指で突つく

「ちくしょーーーん? なんだ?」

一瞬で我に返るルディ

この辺りは流石と言うべきか……



身体は少し考える仕草をしてから両手を握り、人差し指だけを立てた

そのままそれを本来頭があるべき場所まで持って行って立てた

「なんだそれ? 角のつもりか?」

身体はコクコクと頷いた

その後手を胸の前に持って来て大きくバツ印を作る

「なにそれ、鬼?」

身体は相変わらずその動作を繰り返す

しかしルディにはなにが言いたいのかよく分からなかった

すると次は両手の平をルディに向けて、指を軽く折り曲げた

猫の手のようである

そしてまたバツ印を作る

「……えっと、驚かすのがダメ、って事か?」

今度は手で三角を作る

どうやら惜しいらしい

「それじゃ怖いのがダメ?」

また三角

「え、えぇっと……なんだ……? 殺気……とか?」

途端に身体がコクコクと激しいくらいに頷き始めた

どうやら正解らしい



「えと、つまり殺気を抑えろってことか?」

コクコク頷いた

「俺、そんなに殺気放ってた?」

ルディがそう聞くと身体はコクコク頷く

「………………そうか……ちょっと意識してみる」

ルディは深呼吸してもう一度糸を垂らした

なるべく無心で、出来るだけ落ち着いてだ

するとどうだろう、なんとウキがピクピクと動いたではないか!

「ひ、引いていいか!?」

身体は左右に肩を揺らした

どうやらまだダメらしい

「静かにだ…… 無心で待て! 落ち着けカルディナル!」

自分に言い聞かせるようにそうブツブツと呟いている

端から見たら不審者だろう



「まだかまだかまだか!? ………きたっ!!」

ウキが水面から消えた瞬間を狙い竿を瞬間的に強く引く

ルディの腕には確かな感触が伝わって来た!

「おっしゃあ! 釣れたぞ! 釣れたぞおいっ!!」

余程嬉しかったのか大声で叫ぶルディ

身体はそんなルディに拍手を送っている

ルディはバケツに魚を投入し身体へと向き直った

「ありがとよ! 本当に釣れたぜ!! えっと……ティユール……じゃないんだよな……」

デュラハンの本体はあくまで頭部分だ

目の前にいるのはティユールの身体ではあるがティユールではない



「えっと……それじゃあさティユ、でいいか? いや、安直すぎるかな……」

それを聞いた身体は肩を左右に揺らした

どうやらティユで良いらしい

「そうか! いや本当にありがとうティユ! お前は本当にいい奴だ!! 頭があったなら撫でてやりたいくらいだぜ!」

ルディはティユの手を両手で包むように持ちブンブンと振る

ティユの方は少し恥ずかしかったのだろうか、パッと手を離して身体を背けてしまった

「あ、悪い。いきなり手なんか握って」

ティユは慌てて両手を振った

どうやら気にしていないという意思表示らしい



それに安心すると

「よっしゃ! 今から頑張るぜ!!」

そう意気込んでルディは再び糸を垂らしたのだった




ーー




それから2時間後


大会の出場者はゾロゾロとテントへ戻ってきていた

いよいよ集計が始まるのだ

ルディとティユがテントへ魚を持って行った帰り道、同じくバケツを持ったイリスに会った

「お、イリス!」

「ルディさん! お疲れ様です! あ、そちらの方はティユールさんの身体部分の!」

「便宜上ティユと呼ぶことにした。イリスもそう呼びな。いいよな?」

ティユはコクリと頷いた



「よろしくお願いしますティユさん!」

イリスとティユは握手をした


「ところで、どうだったよイリスの方は? ま、俺の成果を見て驚くなよ!」

ルディはそう言って自分の成果を教えた

「うわぁ! そんなに沢山釣れたんですか!!」

ルディの成果は十数匹であった

一方イリスの方はと言うと

「なんだイリス。バケツに一匹しか入ってないじゃないか」

イリスの持つバケツには1匹の魚しか泳いでいなかった

「ふっふっふ、これは俺の勝ちのようだな。まあ次があるさ!」

イリスの肩をポンポンと慰めるように叩くルディ

と、そこへ

「おーい、イリス。持ってきたぞ!」



イリスの背後から誰かがやって来た

男のドラゴニアン(竜人属)がヨタヨタとやって来た

それもそうだろう。なぜなら……

「うわっ!?」

「!!」

イリスの身長くらいある巨大な魚がその手に掴まれていたのだから

ティユももし声が出せたなら驚いていただろう

「イリス! それってまさか!!」

「はい、私が釣り上げたんです!」

「厳密には俺も手伝ったんだがな。まぁ人間の娘だしそれくらいのハンデはありだろう」



「ありがとうございました、ジュネさん。あの時助けてもらえなかったら湖に落ちてました」

「まあ、ここには沢山のサハギンがいるから落ちても絶対に助かったとは思うがな」

一方ルディはと言うと……

「マジでこんな大物を釣り上げるとは………」

ただただ呆然としていた




もちろんこの大会はイリスが優勝し、商品の丈夫な材質で作られた釣竿を獲得した



この日からイリスの趣味に釣りが追加されたとか……



〈渓谷のBAR〉



ある日ルディは呼び出された

いや、呼び出されたと言ってもそう大げさな物ではなく、この前釣り大会で知り合ったジュネ1人に私事で呼び出されたのだ

そのままジュネに引き連れられて向かった先は、壁にポツンと空いた洞窟であった

「なぁ、ジュネ。ここは一体……」

ルディはジュネにそう聞いた

「すぐに分かる。ほら、見てみろ」

洞窟の最奥部にはポッカリと開けたスペースがあり、そこにカウンター式の椅子や幾つかの机があった



「ここは、酒場か?」

「BARと呼んでくれ。そうしないと怒るんだ、アイツ達が」

そう言ってジュネが指差した先には、カウンター越しにこちらを見ているアルラウネ、サキュバス、アラクネ、ハーピー、サハギンなどがいた

いずれも女性である


そしてそれとは逆方向から、野太い男の声が聞こえてきた

「おーい、こっちだこっち!」

そう2人に大きく声をかけてきたのはトラ種のガルンナだ

その他には釣り大会の時テントにいたサハギン、初めて見る顔に人狼、アーマード(機械族、アーマー族ともいう)、インキュバス、鳥翼族のタカ種がいた

ハーピーと鳥翼族の区別としては、腕自体が翼になっているのがハーピー、翼が背中から生えているのが鳥翼族である

「お前がルディか。なかなかに小柄な奴だ」

「オッサンがデカ過ぎるんだ。ガルンナと俺たちとを比べるのが間違ってるんだよ」

サハギンは溜め息を吐きながら椅子を引いてルディとジュネに座るように勧めた



「初めましてになるな。ワシはビストル、見ての通りトラ種のガルンナだ」

この中では年配なのだろうか、落ち着いたガルンナである

「俺はテルニ。あの時テントで受付をしてたサハギンだ」

青い皮膚に青い髪の青年だ。多少荒っぽい口調である

「…………スール………アーマード」

銀色に輝く鎧の魔族は無機質な声でそう言った

「私は人狼のテュルコアーズ。テュルと呼んでくれたまえ」

銀髪の髪の合間からピョコンと生えた2本の犬耳が特徴的な少年の魔族だ

なにやら頭の良さそうな印象をルディは受けた

「我はピュース。誇り高き鳥翼族のタカだ」

みるからにプライドの高そうなタカである

「こんばんは。僕はナーシス、インキュバスです」

ルディと同い年か少し年下の印象を受ける童顔の少年だ

もっとも、魔族の歳など外見からは計れないが……

「俺は……まぁ一応自己紹介しておこう。ドラゴニアンのジュネだ」

ここまで連れて来た、緑の鱗を纏うドラゴニアンの青年である


皆は席から立ち上がり次々にルディに挨拶してきた



「俺はカルディナル、ルディだ。便宜上魔法使い族となっているが自分の出生についてはよく分かっていない」

「そう言えばカルディナルには魔族のような特徴がないな」

サハギンのテルニがルディを見つめながらそう言った

「実は人間であるなどと言うのではなかろうな?」

鳥翼族のピュースはジロリとルディを見ながらそう言った

「まさか。人間がここまで長生き出来るわけがないだろ」

「ん? お前は何歳なんだ?」

ガルンナのビストルが意外そうにそう聞いた

「詳しくは覚えてない。でも藍晶よりも歳上だと言っておこう」

それを聞いた瞬間、全員が驚いた様子でルディを見つめた

「藍晶様よりも歳上!? 凄いねキミ!!」

身を乗り出してそう言ってきたのはインキュバスのナーシスだ



「ナーシス、声が大きすぎるぞ」

「だって驚きじゃないか! こんなに歳上の魔族がいるなんて!」

ナーシスはガルンナのビストルの静止を全く意に介さずまくし立てる

「それを言ったらワシの種族だって長生きする者は200までは生きるぞ」

「ランショウサマ、三百二十サイ」

「全くダメじゃないか。藍晶様からしたら私たちは子供のような物だろう」

ビストルはアーマードのスールと人狼のテュルにケチョンケチョンにされてむくれてしまった

「とにかく何か注文をせねばなるまい。これ以上はあの者に失礼だろう」

そう人狼のテュルが言うと、それを聞きつけたのかハーピーが席に向かって飛んできた

「注文をどうぞ」



「ワシは麦酒を頼む。スールにはアルコール入りのオイル、他にはどうする?」

「僕は果実酒を頼むよ、ピュースはお酒ダメなんだよね?」

「べ、別にダメではない!」

「よく言うよ、この前俺たちの住んでる湖に墜落したくせによ」

サハギンのテルニはニヤニヤと笑いながらそう言うと、鳥翼族のピュースは顔を赤くして俯いてしまった

「それじゃあピュースにはなにかジュースを。ジュネはいつもの発酵酒でいいよね? テルニはどうする?」

「俺は適当にカクテルでも頼むよ」

「私にはバター酒を持ってきてくれたまえ。カルディナル君はどうするのかね?」

人狼のテュルに話を振られたルディはすこし考え込む仕草を見せた



「ここにオススメとかはないのか?」

「オススメ? う〜ん……いろいろと揃ってるからね、どれとは言えないけれど………」

ハーピーは腕を組んで考えていたが、やがて何かを思いついたように明るい顔を見せた

「そうだ! カーディナルっていう赤ワインのカクテルがあるわよ」

「カーディナル? 俺の名前とそっくりだな。じゃあそれを一つ」

「はいはーい。他に料理とかはどうする?」

「適当に持ってきてくれ。羊と豚を多めにな」

「はいはーい! っと、もう飲み物は出来たみたいよ」

ハーピーがそう言って避けると、そこには触手で沢山のグラスを持ったアルラウネが立っていた

「はい、お待ちどうさま」

慣れた手付きでトントンとグラスを置くとすぐに引っ込んでしまった

どうやら料理を作りに行ったらしい



「えー、それでは! ワシ達の住む渓谷にまた1人男の魔族がやって来た! そこにいるカルディナルだ!」

ルディはいきなりビストルが演説を始めたので驚いた

と、いうかルディはここに連れてこられた理由をまだ聞かされていないのだ

「ご存知の通り、ワシら魔族は戦闘本能が強いため平和を望む者が少ない! しかも男は女と比べてさらに極端に少ない!! それはこの渓谷の男女比を見ても明らかだ!!」

確かにそうだ

ルディの主観では男女比は1 : 9くらいに思える

「と言うわけで! 今日は種族の代表1人ずつが集まりカルディナルの歓迎会を行う! 男だけのむさ苦しい会だがーー」

「僕がいる限りむさ苦しいなんてことはないよ!!」

ムキになって反論したのはインキュバスのナーシスだ

「我もだ。貴様のように老いた覚えはない」

鳥翼族のピュースもそう頷いた



「いや、アンタは酒が飲めないだけだろ。それ以外はジジイじゃねーか」

「六十二サイ……チャントシタ ロウジン」

再びスール、そしてテルニの反論に遭い項垂れるピュース

「その点俺たちは若いからな。俺は18歳、テュルは15歳、ナーシスは24歳だっけか?」

そう言ったのはサハギンのテルニだ

「そうだけど……それじゃ僕が1番年寄り見たいじゃないか!」

「がっはっは! ワシは72歳だ! ナーシスなど全然若い若い!」

「慰めになってないよ全く……」

「だがインキュバスという種族の成長は外見がおよそ20に達したらそれ以上は成長しないだろう。それならば我々の中で1番若いと言えるのではないか?」

人狼のテュルは慰めるようにそう言う

「むしろ私としてはスールの年齢や寿命の方が興味深いね。アーマードは非常に珍しい種族だ」

テュルはスールをじっと見つめてそう言った

アーマードは全身が甲冑であり、それ自体が本体の魔族である

そのため表情は全くわからない



唯一分かるのは、アルコール入りオイルは喉の部分から飲むと言うことだけである

なぜそんな事が分かるのかって?

それは……


「オホン! 話がずれたが……とにかくカルディナルの来谷を祝って、カンパ……ってスール! なに既に飲んでいるんだ!!」

「オイシイ」

スールは先ほどからゴクゴクとオイルを飲んでいるのだ

「乾杯をする前に飲むのはマナー違反だ!」

「別にいいだろう。既に料理も運ばれてきたのだから」

ジュネはそう言いながら豚肉を口に運ぶ

「こらジュネ! 貴様もドラゴニアンの端くれなら少しは空気を………」

「いただきましょう。さ、カルディナルも存分に食べたまえ」

「お、ありがとよ」

ルディは人狼のテュルに料理を取り分けた皿を渡してもらっていた

「おい………ワシの乾杯……」

「オッサン、早く食わねぇとなくなっちまうぞ? ピュースも普通に食ってるし」

「やはり牛は美味い。我の好物なだけはある」

テルニもピュースも既に食事を楽しんでいる

ナーシスもグラスを片手に野菜を口に運んでいた

スールは……食用オイルを頼んで口(?)に運んでいる



「な、なぁ……ビストル。元気出せって! 別に乾杯しなくたってどうとも………」

「せっかく久々の乾杯音頭だったのに……ワシがどれだけこの挨拶を考えた事か………」

どんよりと沈んでいるビストルにはルディの励ましの言葉は届かないようだ

テュルはそんなルディの肩をポンと叩いた

「この男はたまにこうなるのだよ。カルディナルが心配する事などなにもありはしない」

反対側からジュネにポンと叩かれた

「どうせすぐに元気になる。しばらく放って置いてくれ」

「あ、ああ…………」

ルディは全身から負のオーラを漂わせているビストルに引け目を感じながらも、料理に舌鼓を打つ事に専念した




ーー




「ところでさぁ。ルディ君はイリスちゃんと、どんな風に知り合ったの?」

食事が一通り落ち着いたところで、ナーシスがルディにそう訪ねた



「確かに気になる。ルディといりに普通は接点など出来るはずがない」

ジュネもそう頷いた

「俺とイリスの出会いか? それは残念ながら秘密だ」

ルディは酒でほんのりと赤くなった顔をイタズラっぽくニヤリとさせてそう言った

「なんでだよ! 別に減るもんじゃねーしいいだろ!?」

「残念だがこれは俺とイリスの中だけで留めておくべき事なんだ」

「なになに!! まさかイリスちゃんに一目惚れしたルディ君がイリスちゃんを誘拐したとか!!?」

「違うわ!」

ルディは目を蘭々と輝かせてそう聞いてきたナーシスをペシッと叩いてそう返した

そんな様子を見ていたテュルが口を開く

「私の予想ではイリスさんはかなり身分の高い方。そして外の世界を知らぬうら若き乙女」

皆が耳を傾けた

「そしてイリスは言う! 『私をここから連れ出して! 私に外の世界を見せて!』と!!

それにカルディナルは『分かりましたお嬢様。このカルディナル、身が朽ち果てるまで貴女と共に行く事を誓います』と!」

「おお! なんかそれっぽいではないか!」

ピュースは感嘆の声をあげた

テルニやビストルもなるほど、としたり顔で頷いている

「そして月の綺麗な夜にかけ出した2人は迫り来る追っ手を振り払い、満月の夜のもと誓いの口付けをーーー」

「してないっつの」

ルディのチョップがテュルの頭に直撃

テュルはそのオオカミの耳をペタンと折り曲げ頭を手で押さえてうずくまる



「なんかの小説じゃねぇんだから…… 流石にそれはない」

「でもよく出来た話だと思ったよ? 意外と正解に近いんじゃないかな?」

ナーシスがニコリと笑いながらルディにそう言った

「ま、当たらずとも遠からずってとこだな」

「ちなみに1番最初の出会いはどちらがなんて声をかけたんだ?」

そう聞いたのはテルニだ

ルディはしばらく考えていたが、やがて静かに口を開いた


「イリスが『私を…殺して……』って言ってきたのが最初だ」


これには流石に全員が呆気に取られてしまった




ーー




「ルディってさ、どれくらい強いんだ?」

しばらくしてそんな事を聞いてきたのはテルニだ



「どうしたんだね、藪から棒に……」

テュルがテルニにそう聞く

「だってさ、ほぼ無力なイリスをたった一人で護りながら旅をしているんだろ? よほど強くなきゃ無理だって」

なるほど、テルニの言う事も尤もである

「ワシもそんな事はできん。余りに難し過ぎる」

「大丈夫だよビストル。君みたいな魔族は、最初から人間がついて行きたいだなんて思わないから」

ナーシスの優しくも辛辣な言葉に、ビストルは再びどんよりと沈んだ

「そうだろう。人間は第一印象でその人間の事を見極めようとする種族だ。ビストルのような男は見ただけで逃げられる事間違いない」

そこにテュルの追い打ちが入った

ビストルはしばらく再起不能だろう……

その様子を静かに見ていたルディであったが、やがて口を開く



「別に自分の強さには興味ない。でも今まで生きてきて負けた事なんか記憶にないな」

「それは頼もしい言葉だな。今度我の部下と親善試合でもしてみるか?」

ピュースの提案にルディはこう答えた

「別に構わないが余程の強者を用意しろよ? 俺の呪術は強力すぎて制御が難しいんだ」

「ふむ。どれほど強力なのか教えてくれないかね?」

テュルがそう聞いてきた

「そうだな……この前ウィスタリアにグレーンスネークが出たのは知ってるか?」

「ウィスタリアのグレーンスネーク? 知ってるも何も大ニュースだぞそりゃ」

「うむ。ウィスタリア近郊の森に住み着いていたものがいたのは皆知っている。私もいずれ捜査に赴く手筈だった。

しかしそれはウィスタリアの近くで討伐されたと聞いたが?」

「我が一族も上空から何度もその存在を確認していた。もし万一この渓谷に来たならば大惨事だからな」

テルニ、テュル、ピュースがそれぞれそう言った



ルディはその情報の早さに多少驚いたが、そんなそぶりを見せずに続けた

「そのグレーンスネークを討伐したのが俺だ」

ルディがそう言った瞬間、周りから……寡黙なスールからさえも驚きの声があがった

ルディはそれを制しながら

「なにもそこまで驚く事じゃない。たまたま俺が磔の呪術を使えたが故だ」

「は、磔の呪術!?」

突如テュルが大きな声をあげた

「知ってるのか? テュル?」

「知ってるも何もかの有名な“アクゼナ史律”を用いた古代の呪術だ! まだ扱える人がいたなんて……」

テュルはすっかりルディを羨望の眼差して見つめている

「ほ、他には何か扱えるのかね!? 例えば消滅の呪術とかはどうなんだね!?」

「俺が扱えるのは消滅、磔、衝撃、爆撃、斬撃、災害、の6つだ。これ以外に何かあるのかもしれないが、これ以上は俺も知らない」

「6つもだと!! 素晴らしいではないか!!」

テュルはすっかり興奮している



「君には是非とも私の研究所にきて欲しい! もちろん礼は弾む!!」

「っ!!」

研究所という単語が出た瞬間、けたたましい音が響き渡った

ルディが自分の持っていた皿を落としてしまったのだ

席についていた7人はギョッとし、店の奥からはラミアが皿を回収しにやって来た

ルディは次の瞬間ハッとしたようだった

「あ、ああ……悪い。少し酔ったみたいだ。それでなんだっけ? 研究所だったか?」

「う、うむ。私の研究は様々なことを調べているのだが、その中に魔術の成り立ちというものがあるのだよ」

テュルは自分の研究について説明を続けた



「そこでカルディナルにはその呪術の威力の計測、さらにはその詠唱の発音を知りたいのだ」

ルディはしばらく考えていたようだったが、やがて小さく頷いた

「分かった。それくらいの事なら協力しよう」

「本当か!? ありがとうカルディナル! 礼を言わせてくれ」

「いや、いいってそんな頭下げなくても」

深々と頭を下げるテュルをルディは手で制する


しかしテュルはそんな事は聞いていないらしい

満面の笑みにプラスして、耳をパタパタ振って喜んでいた




ーー




4時間後

兎にも角にも、終始このような雰囲気のままルディの歓迎会は恙なく(つつがなく)終わった



ルディも上機嫌で解散をしたのだが、そのあと家に帰ってからが大変であった

当初ルディはこんなにも長く身を拘束されるとは思っていなかった

だから出かける時にイリスにこう言ってしまったのだ


『すぐに戻ってくる』


その結果が4時間の放置

流石のイリスもプッツリと来たらしい


その晩ルディに起こった事は語る必要もない些細な事である


ただ一つ言える事があるとすれば


ルディはしばらくの間、夜の7時には家に帰る規則正しい生活をする事になったとか…………



〈ティユールの憂鬱〉


「なぁ、身体よ。最近私の扱いが酷くないか?」


「いや、別に酷いからどうというわけではないのだ。騎士団の団長としてあまり遊びにうつつを抜かすことは……」


「そりゃまぁ私だって釣り大会に出たかったとも! しかし私にはその日会議があってだな。

だからと言ってお前1人で大会に出場するな! 私たちは2人で1人だろう!」


「分かっている。団長としての責任の重さはな。それに本当は争いが嫌いなお前を私に付き合わせて申し訳ないとは思っているさ」



「それならばもっと可愛い服を来てくれだと!? そ、それは嫌だ!」


「なんでって恥ずかしいからに決まっているだろう! 私にはそんな可愛い服など似合わん!!」


「ま、待て! なに私を褒めているんだ!! やめろ! 私は可愛くない!!」


「そそそ、そんなワンピースなんか着れるか!! り、リボンまでつけろだと!? 無理無理! 絶対に無理だ!」


「なに? それなら支配権をしばらく私に譲れ だと!? 絶対に無理だ!! そんな事したら万が一の時に対処できんぞ!」


「それなら自分を鍛える!? ちょっと待て、お前いつからそんなに積極的になったんだ!! 今までそんな事言わなかったくせに!」



「なに? 直に話したい人が出来た? 誰だそれは…………ルディ殿だとぉ!?」


「釣り大会で? ボディーランゲージで会話して? お礼を言ってくれた? 優しかった? 格好良かった? 名前をつけてくれた? 撫でて貰いたい?」


「名前ってなんの事だ? え? 今度から私をティユと呼べ!? なんだその単純すぎる名前は?」


「わ、わかったわかった! そんなに怒るな! お前にとっては嬉しかったんだな! 分かったから!」


「だ、だが! とにかくこの頭の主導権はお前には譲れん! この渓谷の安全が護れなくなるからな! 分かったな!」


「お、おい! 身体! どこへ行く! 私を置いていくな! こら!!」


「…………………まったく、しょうがない奴だ」



以上です

あとpixivにも1章を投稿しました

↓からどうぞ
http://www.pixiv.net/member.php?id=6631374

体と頭で3Pまだですか

ティユールちゃんとティユちゃんprpr
完全に別の人格なのか?



第6章 3話


【ショートストーリー集 �】




「ルディさん、申し訳ありませんが今日は10時過ぎまで帰って来ないでください」

このようなセリフがイリスの口から出るとは誰が思ったことか

ルディはその言葉の意味を咀嚼出来ずに固まった

しかしイリスはニコニコしながら

「さ、早く外に行ってください! 今日は暖かいですし!」

「ちょっと! おい!」

ルディを家の外へ押し出してしまった


それから1時間後………ある志を胸に秘めた者がツリーハウスへ集結した



ラミアのトリシャ、妖狐の藍晶、ハーピーのルドア、ヒョムルのリエール、そしてもう1人

「ど、どうも……サキュバスのフーと申します」

緊張の面持ちでいるのは、見た目が20歳くらいの赤い髪のサキュバスだ

「ふっくっく、緊張せぬとも良い。ここにいるのは皆が同志じゃからの。上も下もありゃせん」

「そうそう。イリスちゃんだって別に重苦しい会を開こうとしたわけじゃないんだからね」

藍晶とトリシャがフーを元気付ける

「そ、その……すみません……」

フーは顔を真っ赤にして俯いてしまった

この女性がサキュバスだなんて誰も思わないであろう仕草である



「ねぇねぇ、イリス〜 紅茶まだ〜?」

「こ、こらルドア! イリス様に向かって失礼よ!!」

「は、ははは…… すぐに持って行きますね」

リエールを初めとするヒョムルの中では、すでにイリスは神格化しているのだ

なにせあの後もう一輪プムリの花を探し出したのだから

もはや奇跡という言葉ですら片付けられない出来事である


「それでは、皆さん集まりましたね?」

イリスはティーカップを置いてからそう言った



「そうじゃの。今回来るのはこれだけじゃ」

「随分と少ないわね。ま、私の仲間もなんだけど」

「わ、私の種族は……その…私だけ、です……から」

「紅茶おいしー」

「それではイリス様。始めましょう!」

「分かりました」

イリスはコホンと咳払いをしてから声を張り上げた


「それではただ今より、第一回貧乳同盟お茶会を始めます!」

「「「「わー!!」」」」

「わ、わー…………」



〈貧乳同盟のお茶会〉


紅茶とクッキーをテーブルに置きながらスタートしたこの会合

その正体は、イリスとサラの立ち上げた貧乳同盟の初めての集まりだったのだ


「えっと、初めましてですよね? フーさんで良いですか?」

「は、はい! サキュバスのフーです! 尻尾も羽もちゃんと生えてます!」

「べ、別に脱ぐ必要は無いって! こら、やめなさい!!」

いきなり服を脱ぎ出そうとしたフーを慌ててトリシャが止めた

やはりこの辺りはサキュバスである



「それじゃあまずはこのメンバーカードをどうぞ。それからこの名簿に名前を」

そう言ってイリスが差し出した名簿にはすでに沢山の名前が記入してある

「凄いのぅ 一体何人がこの名簿に名を記しておるのじゃ!?」

「えっと……創設者の私とサラさんを除くと38人くらいですね。まだまだ増えますよ!」

ニコニコしながらイリスがそう言った

その間にフーも名前を書き終えたようだ

「このカードは大事に持っておいて下さいね。サラさんのお店で安くお買い物が出来ますから」

「わ、わかりました………」



「えっとですね、それで今回の会なんですけれどもまだ一回目なのでどう言ったことをするのか決めてないんです」

イリスはそう言った

「なるほど。だから今日私たちでそれを決めたいと言うのね?」

「はい。紅茶を飲みながらお話するだけでは特徴がないと思いまして」

「ふむ………そうじゃのぅ………あ、こういうのはどうじゃ?」

「なにか思い付かれたんですか? 藍晶様」

「クッキーうまー」

「うむ。この貧乳同盟、人間の世界にとっては自分の欠点を認め合うもの同士の会であるのじゃろ?

しかし魔族にとって胸の大きさを気にする種族は実は少ない。そこにおるラミアなど正にそうであろう?」



「は、はい。私たちの種は胸よりも胴の太さや長さを重要と考えております」

「それでは不公平じゃ。だからの、自分の気にしている点を皆に打ち明けてそれについて談義しようではないか! どうじゃ?」

なるほど、確かにそれなら皆公平に自分のコンプレックスを打ち明けることになる

「藍晶さん、それってすごくいい考えだと思います! その案を採用しても良いですか?」

イリスは賛否を求めるように皆を見渡した

どうやら皆賛成のようだ

そして、実際にそのような話をして見ることになった


「ありがとうございます。それではまずは私からーーー」

そうイリスが言いかけた瞬間、ビシッと手が上がった



「フーさん、どうかされましたか?」

「あ、あのっ! わ、私に……一番最初に発言させてもらっても構わないでしょうか!」

顔を赤くしながらも確固たる意思を持った目でそう言って来た

「えぇ、構いませんよ。皆さんもそれで良いですよね?」

「わしゃもちろん構わんぞ」

「私も別に平気よ」

と、藍晶とトリシャ

「アタシもイリス様さえ宜しいのでしたら大丈夫です」

「うん、いいんじゃな〜い?」

「だからルドア!! イリス様に向かってその口の聞き方は失礼です!!」

「いいじゃないの別に。あ〜紅茶おいしー」



「べ、別にいいですって! それにリエールさんも私のことを様付けは………」

「いえいえ、アタシ達……じゃなかった! 私達、イリス様で神話を作ろうかと議論をしているんですよ!」

「そ、それはやめて下さい! 絶対!」

「あ、あの〜 始めてもいいでしょうか……?」

「あ、すみません。それではフーさん、お願いします!」

フーは静かに息を吐き出すと語り始めた


サキュバスに生まれながら貧相な胸であることを

他のサキュバスと比べて極端に幼児体系であることを

仲間の豊満な体型を見ながら毎日を過ごす苦行を

怨みを

憎しみを

殺意を


その他もろもろ…………



延々と延々と延々と延々と延々と!
延々と延々と延々と延々と延々と!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!!!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!!!!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!!!!!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!!!!!!!!!



それこそ10時直前まで!


その結果


次の日から、トリシャ、藍晶、リエール、ルドア、イリスの5人は自分以上の胸を持つ魔族を恨めしい目で睨むようになりましたとさ










ちなみに……


「ちくしょお!! なんで俺はイリスに追い出されたんだぁあぁあああ!!! カーディナルもう一杯持って来い!!」

「ちょ、ちょっと飲み過ぎよ!? 大丈夫なの!?」

「大丈夫に決まってんだろボケェ! とっとと持って来ぉおぉぉおおぉおぉおおおぉい!!!」

「唾を撒き散らさないで!!」

「イリスゥウゥウウウ!! うわあぁああぁあああ゛ぁあ゛ぁん!!!」

「わ、分かったから! あんまり机を叩かないで!! そして泣かないで!!」

「うぐあ゛ぁあああぁあぁあぁあああぁあぁあああ!!!!」

「誰か助けてルディを!! そして私を!!!」


その頃ルディはBARで荒れてましたとさ






ある日、ルディとイリスにちょっとした大事件が起きた

ちょっとした大事件、というのは矛盾しているように感じるかもしれないが、それでもこうとしか表現できないのである

ことの始まりはそう、ルディが人狼のテュルに研究所に呼ばれたことだろう



彼の研究所は渓谷の中腹、底からの高さが450mほどの場所にある大きな建物であった

ルディはイリスを連れてそこに赴き、約束通りアクゼナ史律を用いた呪術……磔、爆撃、消滅、災害、衝撃、斬撃の呪術の威力を計測したのである

テュルは貴重なデータの提供に喜び、ルディとイリスに飲み物を提供したのである






ーー





「それでは君、冷蔵庫にある飲み物をこちらの御二方に出してくれたまえ」

テュルはソファに座ったルディとイリスを指してそう言った

「わ、わかりました!」

テュルは白衣を着ている銀髪の少女、同じく人狼である助手にそう言った

助手はあたふたとした様子で応接間を出て行った

「申し訳ないが私はすぐに呪術の解析に入る。君たち2人はいつまでゆっくりして行ってくれても構わない。

しかし帰る時は私にも一声かけてくれ。大した事は出来んがせめて見送りはしよう」



テュルはそう言うと応接間から出て行き、ルディとイリスは2人ぽつーんと残された

「ルディさん、お疲れ様でした」

「おう。流石にこれだけアクゼナ史律を唱えるのは久しぶりだ」

「でもテュルさん、すっごく喜んでましたよ! 本当に嬉しいかったんでしょうね!」

イリスは笑顔でルディにそう言った

「お、お待たせしました〜」

と、そこへ先ほどの助手が戻ってきた

自分の上司が下手に出ていた相手だけあって、かなり緊張しているようだ

それでもなんとかグラスに薄い赤色の液体を注ぎ、2人の前に出した



「ありがとう」

「ありがとうございます」

「い、いえ。それでは私はあちらで控えておりますので、なにか御用がありましたらーー」

「あ、ちょっといいですか?」

助手の言葉を途中で遮りイリスが立ち上がった

「実は私、ちょっとした同盟を設立しましてね。もしよろしかったら少しお時間頂けないでしょうか?」

ルディはそのイリスの余りのセールストークっぷりに、思わず吹き出してしまった

イリスの貧乳同盟は、すでに50を超える人数が入っている

どうやらこの助手も入会資格があると判断されたようである

ルディは会話している2人を微笑ましく思いながら、グラスの液体を傾けた



「カルディナル。少し聞きたい事があったのをすっかり………何を飲んでいる貴様!!」

何かをルディに訪ねに戻ってきたのだろう、テュルがやって来た

そしてテュルはルディの飲んでいる液体を確認するや否や、大声で怒鳴った

「きゃっ!」

「テュルさん、一体どうかしたんですーー」


ポンッ!


そんな小気味良い音、丁度コルクを引き抜いたような音を立ててルディが白い煙の中に消えた

そしてその煙が止んだ時、そこにいたのは……


「………ここ、どこぉ……………?」


あどけない表情をした5歳くらいの黒い髪の少年であった……



〈ちびっ子カルディナル〉


それから30分後

その少年は絵本を読んでご満悦である

それを見守るのはイリス、そしてテュルとその助手の3人だ

少年の服を替えたり、グズる少年をあやしたりで大変だったのだが、やっと落ち着いて一息ついているのだ

「まったく! 君はなにを考えているのかね!? よりにもよってアレを飲ませるとは!!」

「も、申し訳ありません!」

テュルの叱責にこれ以上ないくらい小さくなる助手



「テュルさん、アレって何なんですか!? そしてやっぱりあの子供って……」

「最近開発していた除草剤だよ。冷暗状態で保存をしなくてはならないが、環境に負荷を全く与えない代物だ。

そしてもちろんあの少年はカルディナルだよ。全くとんでもない事をしでかしてくれたな!」

テュルはそう言ってからもう一度助手を睨んだ

どうやら本気で怒っているらしく、人狼特有の歯軋り、そして唸り声をあげている

助手はなにも言えずに俯いている

「そ、それでルディさんは元に戻れるんですよね!?」

「済まないが約束は出来ない。私はあの除草剤にこのような副作用があった事も知らなかったのだ」

「そんなっ!?」

「もちろん努力はしよう。すぐにでもカルディナルの体を元に戻す薬の開発に当たる」

テュルはそう言うとソファから立ち上がった



「それまで君たちはこの研究室で待っていてくれたまえ。薬ができるまでもしかしたら2,3日かかるかもしれないが、その場合は泊まってくれても構わない」

「わ、私も薬の開発をお手伝いします! こうなってしまったのも私の責任ですし……」

「いや、君はついて来ないでくれ。邪魔だ」

テュルは助手の言葉をバッサリと叩き切った

やはりまだ怒りは収まらないようである

と、そこへ


ツンツン


「はい? あ、ルディさん……」

片手に絵本を持ったルディがイリスの元へやって来た



「どうかしたんですかルディさん?」

「……えほん」

「え?」

「えほんよんで、おねえちゃん」





イリスが固まった……





「お、お姉、ちゃん? わ、私?」

イリスが指で自分を指すと、ルディはコクリと頷いた

「お、お姉ちゃんに絵本を読んでもらいたいの……?」

コクリ

「あ、あの! それじゃあね!! ルディさ……ルディくんにお願いがあるんだけれどもね!」

「なぁに?」

ルディはキョトンとした表情で聞き返して来た



「わ、私の事は……イ、イリスお姉ちゃん! って呼んで!」

テュルと助手はそのやり取りにあっけに取られている

「おねぇちゃんを?」

「そ、そう! 呼んで!!」

「うんわかった! イリスおねぇちゃん!」

ルディはにへら〜っと笑ってそう言った

「っ! くっ! …………………」

イリスは俯いてブルブルと震えた

「だ、大丈夫かね……?」

そんなイリスに声をかけようと近付いたテュル



しかしテュルの心配は結果として無駄に終わった

イリスはいきなりルディをガバッと抱き寄せると力強く抱きしめた

「うわ! い、イリスおねぇちゃん?」

「な、なにをしているのかね?」

「テュルさん! この子は私が育てます!! 絶対に立派な魔族に成長させて見せます!!!」

イリスはこれ以上ないくらいに使命感溢るる表情をしてそう言った

テュルはそんなイリスを、口をポカーンと開けて見ることしか出来なかった………




ーー




「さ、ルディくん。ここが私たちのお家ですよ」



「うわぁ〜!」

ルディは自分の家を見た瞬間、感嘆の声をあげた

なにせ立派なツリーハウスだ

子供にとってはこれ以上ないくらいワクワクする家であろう

ルディは辛抱堪らなかったのか、階段目掛けて一直線に駆け出して行った

「ダメ! 待ってルディくん!」

そんなルディをイリスは止めた

「ここの階段は急だからね、一緒に手を繋いで行こう」

「うん! ありがとうイリスおねぇちゃん!」

「はぅ! 可愛い!! ルディくん可愛い!!」



「わ、あんまりなでないでよぉ〜」

「ごめんねルディくん! ごめんね!」

イリスは謝っているものの、全く撫でる手を止める気配はない

結局イリスが手を止めたのはそれから5分も後のことであった



「うわぁ! とっても広い!」

ルディは家に入るなり中を走り回った

リビング、洗面所、お風呂、台所、寝室、トイレ、ベランダ

余すところなく走り回った

「それじゃあルディくん! 一緒にご本読もうか!」

「うん!」

さっきはイリスがルディを抱きかかえ、猛ダッシュで研究所から逃走したから絵本を読めなかったのだ




ーー

「イリスおねぇちゃん! おそといきたい!」

「よし! 行こっか!」

ーー

「イリスおねぇちゃん! かけっこしよ!」

「うん! 負けないからね!」

ーー

「イリスおねぇちゃん! おはなばたけがあるよ!」

「少し摘んで行こっか!」

ーー

「イリスおねぇちゃん! はやくはやく!!」

「ルディくんは足が速いね! お姉ちゃん疲れちゃうよ」

ーー

「このかいだんをうえまできょうそうしよ!」

「ダメだよルディくん! 危ないから」

ーー

「うみだぁ〜! すっごくおおきい!!」

「違うよルディくん。これは湖だよ」



そんなこんなで夕暮れ時が近付いてきた



「うわぁ〜! こんなにうえまできちゃった!」

「随分階段を登ったもんね。ほら、私たちのお家があんなに下にあるよ」

イリスは下の方を指さした

その先には言うまでもなく2人のツリーハウスがある

「ちっちゃい! ねぇイリスおねぇちゃん!! あんなにちいさいおうちにぼくたちはいれるの!?」

「ふふ、入れるんだよ? あんなに小さいのにね」

イリスはルディを撫でながらそう優しく言った

ルディはイリスにされるがままになっている

しかしその表情には間違いなく喜びが現れていた

「もうすぐ夜になっちゃうし、そろそろお家に帰ろっか」

「うん…………」



「どうしたの?」

「ううん、なんでも……ふぁ………」

どうやら眠くなってきたようだ

目を擦りながら必死に立っている

イリスはそんなルディのそばに背中を向けてしゃがみ込んだ

「ルディくん、おんぶしてあげる。掴まって」

「うん………」

ルディはイリスの首に手を回して掴まると、そのまま首を垂れてしまった

スースーと首筋にかかる寝息を感じながら、イリスは階段を降りて家を目指したのであった




ーー




家に着いたとき、辺りは既に薄暗くなっていた

イリスはルディをベッドに優しく寝かせると、そのまま台所へ………え?


あの、イリスさん? 何をなさるおつもりで?



「ルディくんの為に美味しいご飯を作らなきゃ! 頑張るぞ!!」


こ、これはマズイことになった

以前イリスの手料理を食べたルディがどうなったか、彼女は分かっているのだろうか?

いや、あの時のルディは冷や汗をかきながら、青い顔をしながら、引きつりながら! イリスに美味しいと言ったのである

だから気付いていなくても不思議ではないが……

ちょっと待て?

イリスは今まで何度も何度もルディの心を読んできたではないか!?

なぜこういう時ばかりはそれを発揮しないんだ!!



「えっと、今日はお魚の料理にしましょう」

イリスは冷蔵庫から魚をムンズと掴むと、それをまな板に置いた

「煮付けでも作りましょうか。えっと、まずはお湯を沸かして」

そう言ってイリスはなんと鍋に水をいっぱいに注いだ!

そのままレッドジェリーを原料とした発火剤に火をつけて沸かし始めたのだ!

ちなみにセオリーとしては、フライパンに水と料理用酒を半々に注いで沸かすのだが……



それから15分後


「よし、沸きましたね。随分と時間がかかったなぁ……」

当たり前である


「えっと……それじゃあ魚を投入」

次にイリスは魚を丸々一匹! 水洗いすらしていない魚を投入したのだ!

無論、鱗を撮る作業もしていないし切り落としてもいない!

ついでに言えば、この魚は焼いて食べるものだ!!



「次はお砂糖を入れないと……お砂糖は何処でしょうか……」

イリスはそんな事気にも止めずに棚から砂糖を探している

「あ、これかな? えっと……ん?」

イリスがムンズと掴んだ袋にはルディの字でこう書いてあった


SALT


「全くもう……ルディさん間違えてますよ? お砂糖ならSATOですってば」


イリスはヤレヤレと言った表情で“塩”の袋を手にとった



「そしてこれを……どのくらい入れましょうか? 多分ルディさん、子供になってるから甘い方がいいよね?」


そしてイリスは袋の中身を全部ぶちまけた


そのまま煮詰める……いや、湯掻く(?)こと40分……

既に鍋の湯は初めの1/3まで減ってきていた

恐らく死海も真っ青の塩分濃度であろう

「おかしいなぁ…… 色が全然変わりませんよ?」

醤油を入れていないのだから当たり前だ

「着色料とかいるのかなぁ……… えっと、これでいいかな?」

そう言ってイリスが取り出したのは茶色い絵の具である







茶色い絵の具である



「あ、色が変わりましたよ!」

そりゃ当然だ

「あ、でも少し色が濃いかな?」

白の絵の具を投入

「もう少し綺麗な感じで」

水色の絵の具を投入

「いや、もう少し明るく」

赤の絵の具を投入

「いやーーーー」


そんなことを何度も何度も繰り返すうちに………

鍋の中身は真っ黒の液体に成り果てていた

これほどダークマターという表現が似合う物体も珍しいだろう



「完成しました!!」


完成しましたじゃねーよ!!!





どうすればこんな物が出来上がるのか、どうすればこんな物を作ろうとするのか、謎は尽きない

だが今一番の謎は、なぜこの惨状でイリスは満足しているのか、であろう


「ルディく〜ん、ご飯できた……っと、まだ眠ってますね。ふふ、可愛い寝顔」


ルディ、九死に一生を得た


「それじゃあ悪いけれど、先に私が味見を………」

イリスはお玉で煮付け(?)を救って


「頂きます」






それからの事はイリスの記憶にない


ただ分かったのは、自分が倒れて病院に運ばれたこと


それだけだ



彼女を発見したテュルはこう語った


「カルディナルの体を元に戻す薬を持って行ったのだが、家の中からカルディナルの泣き声が聞こえてきたのだよ。

そして中に入ったら、泡を吹いて倒れているイリスと、彼女に縋り付いて泣いているカルディナルがいたのだ。

そして机の上には生臭くそれでいて鼻がツーンとする程の刺激を持つ液体があったのだ。一体誰があのような危険物を………」



「てな事をテュルは言っていたんだが?」

「…………………うぅ」

「なぁ、俺はあれだけ言ったよな? 二度と料理を作るなと」

「いや、その………」

「もしテュルが来なかったらそのまま死んでいたかもしれないんだぞ!」

「そ、そんな! 人の作った物を毒物みたいにーーー」

「テュルが持ち帰って調べたところ、ほんの一滴でウィメフェンが死んだらしいぞ」

「………………………………」



「分かったな? もう二度と料理を作るな! 俺との約束だからな!!」

「はい、ルディさん……約束します……」

ルディは既に元に戻っていた

しかし子供になっていた頃の記憶はなくなったらしい

ルディはふぅっと息を吐いてから立ち上がる



「今日は病院で休め。明日退院出来るらしいから迎えにくる」

「わ、分かりました………」

「………5時間」

「え?」

「イリスの胃洗浄に必要だった時間だ」

「……………い、胃洗浄」

流石にショックだったようだ

「それじゃあな、俺は家に帰るから」

「はい。ありがとうございました、ルディさん」

「それじゃあまた明日、イリスおねぇちゃん」

「はい……………え?」

「…………………ん?」



〈遠い空の下で〉


イリスが倒れたのと同時刻のこと

バームステン ローズ家にて



「よし、出来たぞソモン!」

「ち、父上……… これは一体……?」

引きつった顔をしているのはローズ・ソモン、ローズ家の長男である

そしてそんなソモンの前に皿を置いたのは言うまでもなくローズ・オルタンシャその人である



「今日は魚の煮付けとやらを試みた。遠慮はいらん」

ソモンは目の前の物体を見て唖然とした

魚の煮付けだって? 暗殺用毒薬の間違いじゃないのか!?

「あ、あの……父上。味見は、なさったのですか?」

「しておらん。自分の舌では公正な判断が出来んからな」

「そ、そうでしたか……」

ソモンは生まれて初めて父親をぶん殴りたくなった

今までどんなに厳しく叱られてもそこまでは思わなかったにも関わらずだ

「あ、あの……な、何故この煮付けは……緑色、なのでしょう……」

「ありふれた色ではつまらん」

「そ、そうでしたか………」

確かに緑色の煮付けなら退屈はしなさそうだ……



「おい、ソモン。まさか貴様、食べたくないと言うのではないだろうな?」

「い、いえ! 別にそういうわけでは!」

「ならとっとと食え!」

とうとう進退窮まった!

ソモンに生き残る道は………

「そ、そうだ! 父上! 先の練習試合での件、覚えておいでですか!?」


最近行ったオルトとソモンの練習試合

そこでソモンはオルトに一撃与えることが出来たのだ!

そしてオルトは言った!



『なにか一つ望みを叶えてやろう』と!



「なるほど、どうやら貴様はそこまでして私の料理を食いたくないと?」

「ち、違います! 俺がそれを食べる前にまず父上から食べて頂きたいのです!」

「なに?」

「まず父上が食べて自己評価をしてくださった方が、俺としても評価しやすくなりますので!」

オルトは少し考えていたが、やがて分かった、と一言つぶやき煮付けを口に運んだ


そして泡を吹いてひっくり返った




「た、助かった……… 俺、強くなって本当に良かった………」

ソモンはひっくり返った父親を横目で見ながら安堵の息を吐いた


「俺も……姉貴と同じように家を捨てようかな…………」


そうポツリと呟いて、ソモンは食器を片付け始めたのであった


以上です

今回は少し遊びすぎたので次回から自重します…。

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