22巻後のフィアンマが世界を見て回る話
・他の禁書キャラはあんまり出ない(下手すればほぼ出ない)
・オリキャラ有り(出会う人々はだいたいモブ上がりな感じ)
・魔術に関する独自解釈あり
「……っ!」
そして、右方は目を覚ました。
質素なアパートメントの一室。
彼は手をついて体を起こそうとしたが、右手が無かったので倒れてしまう。
ああそうか、と、自分の現状を思い出す。
ベツレヘムの星でのこと、右手のこと。
少し眉を顰めてから、左手だけで起き上がって部屋を出た。
「目が覚めたみたいだな。気分はどうだい?」
「……良くはないな」
「まあ、そうだろうな。そこに座るといい」
応じたのはあの時オッレルスと名乗った金髪の男。
かつて魔神になるはずだった魔術師。
フィアンマは彼を少し見て、大人しく示された椅子にかけた。
「まあ、そう急いても仕方ないからね。今日一日くらいはゆっくりするといいさ」
「……、」
「朝食は食べるか? 一応作ってもらっているけれど」
「……貰っておく」
「そうか」
特に会話も続かないまま、互いに沈黙する。
そのまましばらくすると、料理と共に侍女のような女性が現れた。
「ああ、起きたのか。調子はどう?」
「良くはない」
「ははっ、そりゃそうだ」
快活に笑ってから、テキパキとした動作で料理を並べていく。
彼女はシルビアと名乗った。一応イギリスの近衛侍女らしい。
フィアンマは彼らと同じ食卓で、黙ったまま食事を始める。
「……それで、これからどうするつもりかな?」
口火を切ったのはオッレルスだった。
「どう、とは?」
「こちらとしては協力してもらえると有難いんだが、強制するつもりもない」
「……、」
フィアンマは再び押し黙った。
オッレルスは何事も無かったかのように食事を再開し、会話はまた途切れる。
食事の音のみがその場を満たす。
フィアンマだけが食事の手を止めて、スープの水面に視線を落としていた。
「……少し、考えさせてほしい」
やがて、不意にフィアンマが口を開いた。
向けられた二つの視線を受けず、視線を落としたままで彼は続ける。
「お前らに協力しても良い。だが――」
迷い、言葉に詰まるフィアンマ。
対して、オッレルスの返答は一言。
「そうか」
それ以降、言葉を交わすこともなく食事は終わる。
片手での食事に、彼は少々苦戦していた。
フィアンマはあてがわれた部屋のベッドに寝転がる。
考えるのは、ベツレヘムの星でのことだ。
自分に限りなく近く、果てしなく遠い一人の男のこと。
「…………」
目を開いて天井を見上げても、答えは見えない。
目を瞑って考えても、答えは見つからない。
「…………、」
起き上がって、部屋を出る。
少しした後に戻って、ベッドの脇に備え付けられた机に向かった。
昼食の呼びかけにも応えずに、ひたすら何かを書き綴る。
結局その日は一日中、何かを書き留めていた。
翌日の朝。オッレルスは目を覚ました。
いつも通りに朝の身づくろいをしてから、食卓にかける。
そのまま少しボーっとしていると、フィアンマがのそりと現れた。
顔に寝不足が滲んでいる。あまり寝ていないのは明白だ。
彼はバサリ、とオッレルスの眼前にノートを放った。
「……それに、俺様の知っていることはあらかた書いてある」
どこか危うさを湛えた眼を伏せたまま、フィアンマは続ける。
「何か疑問があるなら、この場で質問しても構わん」
「……それで?」
「代わりに、俺様に時間をくれ」
「時間?」
料理を持って現れたシルビアを一瞥する。
それから視線を少し上げて、オッレルスと目を合わせた。
「……少し、世界を見て回りたい」
「世界、か」
「あいつが救った世界を……俺様が救おうとした世界を、知りたい」
瞳は揺らいでいた。
それでも、視線を逸らすことは決してなかった。
今の彼は、確固たるものなど今は何も持っていない。
だが、譲りたくないものは。
右腕を切り落とされても譲らなかったものは、確かであって欲しいと願っていた。
「駄目か」
「駄目も何も、強制するつもりは無いと言ったはずだが?」
「そうか」
「いつ発つつもりだ?」
「なるべく早い方が良い。そう余裕も無いだろう」
「そうか。路銀は?」
「いくらか持ち合わせはある。元より観光をするつもりも無い」
「分かった」
そして、また何事も無かったように食卓を囲んだ。
豪華でも質素でも無い食事を、淡々と口に運ぶ。
やがて食事は終わり、右方は旅立つ。
「……良かったのかい?」
「良いさ。迷いのある人間の世話をしている余裕も無いし」
「まあ、そりゃあな。……しかし、右方のフィアンマがねえ」
「……幻想殺し、いや上条当麻か。出来ることなら一度会ってみたいものだな」
フィアンマは列車に乗っていた。
年季と風情を感じる、上品な装いの車内。
彼はそれを楽しむでもなく、つまらなそうに座席に座っていた。
何を見るでもなく、肘をついて窓の外へ視線を投げる。
景色も、さして良いとは思えない。
やがて目を開けているのも億劫になり、ゆっくりとまぶたを下ろしていく。
「あらあら、貴方、事故にでもあったのかしら?」
が、前からかけられた声にまぶたを上げ、首を回す。
話しかけてきたのは、向かいに座った人の良さそうな老婆だった。
平和な日常風景に容易く溶け込めそうな、柔和な笑顔の老婆。
「右腕のことか」
「ええ。生まれつきでは無いわよね?」
「……まあ、この間色々あってな」
「まあまあ、まだお若いのに大変ねぇ」
彼の尊大な振る舞いも、老婆は気にすることは無い。
彼女はそうだ、と思いついたように荷物を探りだす。
「はい、これおすそわけ」
「……パン?」
「息子夫婦がお店を開いてねぇ」
嬉しそうに笑い、老婆は続ける。
「今そこからの帰りなんだけれど、お土産に焼きたてを持たせてくれたのよ」
「そうか」
「お腹がすいたときにでも食べて。きっと美味しいから」
「……」
老婆は聞いてもいない話をいくつか話してくれた。
フィアンマはそれを右から左へと聞き流していく。
やがて、次の駅で老婆は降りていった。
「……、」
貰ったパンをかじる。
――中途半端に残った温もりが、かえって鬱陶しい
そんなことを思うのは、彼の心が荒んでいるからだろうか。
そのまま彼は眠った。
別に良い夢を見たいとも思わなかったし、実際見ることもなかった。
ウニが笑う夢というのは、恐らく分類的には悪夢だろう。
プロローグ終い。
遅筆なんで早くて週一くらいになると思う。
そんでは。
乙
ウニが笑う夢w
わくてか
ウニ条さんェ・・・
乙です
期待だぜ
面白そう。保守
ここで保守はいらないんだぜ
wwktk
>17 間違えたわorz
この文章は何だか引きこまれる。続きに期待
まだかにゃーん
wwktk
前回の投下は木曜日
そして今日も木曜日
つまり週一くらい更新という予告は守られたに違いないな……
……ごめん。
・Scenery
フィアンマは特にアテもなく、とある路地裏を歩いていた。
そもそもが、『世界を見て回りたい』などという漠然とした目的の旅である。
ひとまず列車に乗ってはみたものの、目的地などは存在しない。
「……どうしたものか」
フィアンマは呟く。
あまり目立った動きを見せれば魔術勢力に捕捉される恐れもある。
かといって、このまま当て所なく彷徨うくらいなら観光でもした方がまだマシだ。
自らの無計画さを呪いながら、彼は歩みを進める。
と、そのとき。
「おっと、ごめんよ」
向かいから歩いてきた少年が、すれ違い様に彼にぶつかった。
互いに少しよろけた後、目深に帽子を被った少年は早足で歩いていく。
対するフィアンマはいかにも面倒くさそうに嘆息し、振り返った。
「おい」
「ん、何だい? 骨でも折れたか?」
「大した額ではないが、それが無いと困る。金が欲しいなら他を当たれ」
「……」
左手を差し出したフィアンマと正対し、少年の碧眼が細まる。
瞬間、弾かれたように彼は走り出した。
路地の出口へと駆けて行く少年。
置いていかれたフィアンマはもう一つため息をついて、
「――Opila」
おもむろに、壁にルーンを刻む。
「ッ、なんだ、この路地!?」
少年は路地を走っていた。
先ほどまでと同じ路地だ。
「とりあえずさっさと大通りに出てから人混みに紛れよう」
そう思ってから、もう何分も走り続けている。
正直、この辺りの地理には明るくない。だが、そう複雑な道では無い筈だ。
それなのに、一向に出口は見つからない。
「くそっ! 一体どうなって……」
「『Opila』――最も良く使われるのは『人払い』としてだが」
声は、立ち止まった少年の背後から。
威圧するようにゆっくりと、フィアンマは歩を進める。
「本来は『領地』『遺産』等を意味するルーンだ。まあ、諸説あるのだがな」
「……、何を」
「そして、魔術的な意味は一つ。『内』と『外』を区切るということ」
言いながら、フィアンマは手近な壁に『Opila』を刻む。
正方形を斜めにし、その下二辺が最下部の頂点からはみ出した図形のような文字。
文字が完成した瞬間に、少年は奇妙な違和感を覚えた。
同時に、その違和感と同じものを今まで受け取っていたことにも気付く。
「イメージは『壁』だ。壁の向こうに興味など沸かんし、それを越えようとも思わん」
「壁……」
「まあ、種明かしはそんなところだ。――さて」
先の動作をなぞるように、左手を差し出すフィアンマ。
後ずさる少年に合わせて、フィアンマもさらに一歩。
額に汗を浮かべる少年と正対し、彼の双眸がゆっくりと細まる。
先に折れたのは、無論少年の方だった。
「……ほら」
少年はフィアンマの財布を放る。
彼は片手でそれを受け取り、懐にしまい直す。
「しかしまあ、“渡りに船”というヤツか。今日はラッキーデイかもな」
「? 何だ?」
唐突に日本語の諺を口にしたフィアンマに、不審げな目を向ける少年。
対して彼は少年の頭から足まで視線を下ろし、再び視線を上げてから何事か考え始める。
じろじろと不躾に観察された少年は居心地が悪そうにして、
「なあ、財布は返したんだしもういいだろう? 生憎と暇じゃあないんだよ」
「ふむ、そうだな。それでは行こうか」
「行こうって、どこに」
「お前がこれから向かう場所にだ」
少年は怪訝な顔で彼を見る。
フィアンマは涼しい顔でそれに応えた。
「……なんであんたが着いてくるんだよ。あんたには関係無いだろう」
「財布をスッた人間に対して関係無いとは随分な言い様だな」
フィアンマは尊大に笑って、
「しかるべきところに連絡しても構わんのだぞ」
「ぐっ……」
「それに」
一瞬前とはまるで違う、自分の内側を見つめるかのような表情で、
「確かに無関係だが、今の俺様はそういうものに目を向ける必要があるのでな」
彼が一瞬見せた影のようなものに眉をひそめる少年。
だがフィアンマはすぐに元の尊大な表情に戻る。
「……つまり、アンタはお節介がしたいと?」
「まあ、当たらずとも遠からずといったところか」
「俺がただの性根の腐ったスリだったらどうするんだよ」
違うと思う根拠くらいあるさ、とフィアンマはおもむろに壁を指す。
少年が顔を向けると、そこには『Opila』のルーンが刻まれていた。
フィアンマはそれをコンコン、とノックするように叩く。
「これは刻んだ数だけその力を増す。逆を言えば、少ない数では大した力は無い」
そして無造作に、もう一本の線を追加する。
形を乱されたルーンは力を失い、この場に満ちる違和感が若干和らいだ。
「今ここに刻んだ数程度では、ここの地理に詳しいものを迷わせるほどの効果は無い」
「……それで?」
「即ち、足がつかないよう見知らぬ地で行ったということ。プロのやることじゃないな」
「人を信じる理由には甘すぎると思うけれど」
「不満か?」
それならば、とフィアンマはわずかに笑って。
かつての彼らしくも無く、近頃の彼らしくも無く。
どこか柔らかく、穏やかに笑って言った。
「そういう目をしていた、で構わんか」
「余計に胡散臭くなった」
「で? 誰よコイツ」
「正直よく分からない」
彼らは、先ほどとは別の路地裏に来ていた。
さっきのところは表通りに程近い、比較的浅い『裏』だった。
対してこちらは少々奥へと入った、薄暗い『裏』の道。
そこでフィアンマを待ち受けたのは、ここまで案内してきた少年よりいささか年上の男。
青年、と言っても差し支えないかもしれない。
短い赤毛の青年は、見るからに路上生活経験豊富そうな見た目だった。
どこか品のようなものを感じる少年とは、また少し雰囲気が違う。
「名乗ってなかったな。俺様は――」
「ああ、いいから。俺らと一緒に暮らしたいってわけでもねえんだろ?」
軽く自己紹介をしようとしたのだが、鬱陶しげに手を振って制される。
そのまま少年が赤毛の青年にこれまでの経緯の説明を始めた。
適当にその辺に放置されていた建材に腰掛け、話が終わるのを待つ。
青年は頭を押さえて頭痛でもするかのような仕草をしながら少年の話を聞いている。
「……アホ。思いっきり犯罪犯してんじゃねえか」
「で、でも! 手段を選んでいられる場合じゃないだろう!?」
「だからこそ選ばないといけねえんだよ……って、言っても仕方ねえか」
少年の頭に軽くチョップを食らわせたのち、青年はフィアンマに目を向けた。
フィアンマは立ち上がりもせずに視線だけ青年に寄越す。
「馬鹿が迷惑かけたな、お節介さん」
「構わんさ。ちょうど行き先に迷っていたところでな」
「ここでいいのか?」
「ここでも構わん」
ぞんざいなやりとりながらも、何かが伝わったのか青年の表情が少し和らぐ。
彼はふっ、と息を吐いてから、フィアンマに立ち上がるよう促した。
「俺らの事情を説明する。見てもらった方が分かりやすい、こっち来てくれ」
恐らく廃屋を最低限住める環境に整えたのだろう。
世辞にも綺麗とは言えない住居の奥に、少女はいた。
世辞ではなく綺麗な金髪を無造作に枕元に散らかして、寝込んでいた。
「な、分かりやすいだろ? これが俺たちの事情さ」
赤毛の青年は言って、傍らの少年の帽子を取った。
少女と同じ金髪が夕陽に晒される。
「俺の妹なんだ。見ての通り体調を崩して寝込んでいるんだけど、治る気配が全く無い」
「で、医者に見せて薬貰うなり入院させるなりしたいところなんだが、金が無いと」
「なるほど。単純明快だな」
「生憎と真っ当な人生送れてないんで、保障なんかも受けれねえんだ」
普通に暮らす分には色々とやりようがあるんだがな、と青年は続けた。
確かに、突き詰めれば必要なのは最低限の衣食住くらいだろう。
衣は選り好みしなければどうにでもなるだろうし、住にもここがある。
食にしても、人が集まるところには廃棄されるそれも増えるものだ。
普段の彼らは金など殆ど必要としないのだろう。
「アテは?」
「一番まっとうなのでは、工場の下働きみたいのがあるんだが」
「……あんなのがまっとうなものか」
少年が険しい顔で青年の言葉を否定する。
顔を歪める彼に視線を移し、フィアンマは更に問う。
「どんな仕事だ?」
「……仕事内容は普通だ。別に汚い仕事をやらされるってわけじゃあ無い」
「扱いはゴミよりはマシ。仕事量は他の倍、給金は他の半分――とかな」
「それならまだやり甲斐があるな。実際はそれ以下だろ」
「ま、そうかもしれねえな」
少年曰く、それでは少女の医療費を貯めるには時間がかかり過ぎるとのことだった。
そもそもリミットがいつまでかも分からない。
だから出来るだけ早く金を集めようとした結果が、
「スリ、か」
「……もうしないさ。観光客相手に勝手にガイドをするとか、他にも稼ぐ方法はある」
「それにしたって合法とは言えねえだろ。下手やって警察に見つかったらパーだぜ?」
「じゃあどうしろっていうんだ」
「何度も同じこと言わせんなよ。工場に行って」
「何度も同じ返事が聞きたいのか?」
にらみ合う二人。
やがて少年は踵を返し、乱暴にドアを開けた。
「……稼いでくる。あと少しで目標額だ、手段を選ばなければ数日で集まるんだ」
勢いよく閉められたドアが軋んだ音を立てた。
青年はそちらを暫く見て、舌打ちと共にフィアンマに視線を移す。
「ま、こんな感じだよ。正直金を寄越さないならアンタの出る幕は無いが、どうする?」
「別に本当にお節介がしたかったわけでは無い。見学しても困らんだろう?」
「そ。なら良いけど」
そして青年は再び視線をドアの方に移す。
恐らくはその向こう――あの少年のことを考えているのだろう。
暫くの沈黙。
それは少女が咳き込む声で破られた。
僅かに表情を和らげた彼は、顎で少女を示す。
「綺麗な髪してるだろ?」
「そうだな」
「コイツとアイツな、元は金持ちのガキなんだよ。昔なら貴族って呼ばれてたレベルの」
そうなのだろうな、とフィアンマも思っていた。
少年の口調にしろ、雰囲気にしろ、そういう感じはしていた。
特に驚きもしない彼に青年は少し笑ってから、少女の枕元に移動する。
額の濡れタオルを傍らの洗面器に浸してから、固く絞った。
「父親がクズで、虐待されたり性的が頭に付きそうになったりで逃げてきたらしい」
「ありがちな話だ」
「ま、な。それはもう良いんだが、問題はまだその頃の感覚が抜けきってないってことだ」
絞ったタオルを、少女の額に優しくのせる。
前髪を指で払ってやって、それだけやけに真新しい布団の乱れも直した。
「その頃の感覚?」
「……ロクでもない境遇でも、窓の外の景色は綺麗だったんだろう、ってね」
青年の視線が動く。
それを追って、フィアンマも窓の外を見る。
汚い景色だ。いや、景色と言えるほどのものですら無い。
路地裏の更に裏の、ゴミの掃き溜めのような風景。
「その景色だって、誰かが――」
その言葉は途中で怒声に中断される。
多数の人の気配と、喚き散らす聞き覚えのある声。
嫌な予感しかしねえな、との呟きと同時に、乱雑にドアが開け放たれる。
「……なんだ、また貴様か」
入ってきたのは、分かりやすく肥えた警官。
他にも数人の警官を従えていて、その内の数人が金髪の少年を捕らえていた。
どうやら赤毛の少年と顔なじみのようだが、どう見ても良い知り合いには見えない。
「ハッ。こっちの台詞だ、豚が」
「なる程。確かに豚だな」
豚の目がジロリ、とフィアンマに向く。
「なんだ貴様は」
「ただの道に迷った観光客だ、邪魔はせんよ」
「……チッ」
豚の合図で、少年が青年の下へ半ば投げるように押し出された。
危なげなく青年は彼を受け止め、そのまま豚を睨む。
「で? なんの御用ですか家畜野郎? 言っとくが歓迎はしねえぞ」
「こちらとて貴様らゴミに関わるなんぞ御免なのだがな、生憎とそうもいかんのだよ」
豚は顎で(どこが顎かは今一つ判然としないが)少年を指し示す。
金髪を汚した少年は、今にも殴りかかりそうな勢いで豚を睨みつける。
「躾のなってない新人が入ったようだな」
「おっしゃる通りで。育ちが悪いから仕方ねえんだよ。第一ルール違反はお互い様だろ?」
「ふん。だがまあ、こっちとしては『仕方ない』では済ませられないんだよ。分かるな?」
青年の舌打ちと同時、豚が再び合図を出す。
部下らしき警官の数名が、土足で室内をあさり始めた。
飛びかかりそうになる少年を片手で制して、青年は豚を睨み続ける。
「俺らをしょっぴかなくてもいいのかよ」
「貴様らほど暇では無いのだよ。見逃してやるつもりも無いがな」
「そ。楽しいかい? 弱いものいじめは」
「どの口がそんなことをほざく」
「俺の後ろ、見えねえのかよ」
背後に少女を庇ったまま青年が問い、
「私には関係の無いことだろう」
豚は、ゴミを見るような目で応えた。
青年の目付きが増して凶悪になるが、豚は気にするそぶりもない。
やがて、部下が彼らの隠していた金を見つけてきた。
「……これだけか」
「っ、ふざけんじゃねえ! それを返せ!!」
青年に押さえつけられたままの少年が吼えるも、豚はそちらを見ることすらしない。
そのまま部下と共に立ち去ろうと、入り口近くにいたフィアンマの前を横切った。
そこまで来て始めて、これまで傍観していたフィアンマが口を開く。
「今夜の酒代くらいにはなるか?」
フィアンマの双眸を、濁りきった視線が捕らえる。
返す彼の目も、底知れぬ暗闇を孕んでいた。
「……はした金だ。『仮に』飲みにでも行けば、すぐに無くなるだろうな」
笑えるくらいに薄汚く、豚が笑う。
そのままぞろぞろと、部下と共に肩を揺らして立ち去っていった。
どこまでも横暴に、どこまでも醜悪に。
弱者を嘲笑うかのように、大儀そうに踏みにじっていった。
少女の苦しそうな咳が廃屋に響いた。
少年が膝から崩れて叫び、青年が立ち尽くしたまま歯を食いしばる。
「……不快な景色だ」
豚の立ち去っていった方向を眺めながら、フィアンマは呟く。
「――これが」
失望の色は濃く。
沈んだ視線を瞼で切って、重く息を吐いた。
「あの男が命を懸けて救った世界、か」
以上。
こんな感じにフィアンマが他人の事情に首突っ込んでいく話。
なんかもう禁書SSじゃないけど。
次も早ければ来週。
今回はちょろっと色々あったんで、次はここまで遅くはならないはず。多分。
一度希望を持った分、落胆も大きいだろうな
フィアンマ…………
乙
フィアンマは力戻ってるんかな?右腕はあるみたいだけど
乙
いいぞもっと続けろ
そもそもフィアンマは汚い裏の部分は見てきたと思うけどな・・・公式引きこもり設定だっけか?
>>43
そもそもそういうことに何の興味も無かったんだろ
自分のためだけに動く奴だったと考えればいい
汚い裏の部分の表面しかみてなかったんだろ
日本語がおかしいけど何とか伝われ
終わり方が気になるんで超期待
今まで汚い部分しか見て無かったけど
上条さんに言われて綺麗な部分も
あるんじゃ無いかって思ったらやっぱ
こんなんか、って感じじゃない?
>>41
腕は無いし力も戻ってません。魔術は使えます
右腕使ってる描写も無い……よ、な?
>>43
>>44-45>>47みたいな感じで
期待するのとしないのとでは感じ方が違うわけで
そんなわけで始めます
「……ほら、立てよ」
赤毛の青年が深いため息の後に言った。
手を差し出す。少女の眠るベッドに、背を預けている少年へと。
「時間がねえ。動くなら早いほうがいい」
のろのろと、少年が顔を上げる。
濁った瞳で、自虐的に笑った。
「動くって、何をするんだよ」
「何もしないつもりかよ」
「だから、何をするんだよ。どれだけ金稼いだところで、アイツ等に奪われて終いだろう?」
馬鹿みたいだ、と少年が力なく嗤う。
立てた片膝に腕をだらんと乗せて、握っていた拳も力なく開いて。
「当たり前だろうが。ルールを守らなけりゃ、ルールに守られることもない」
そんな少年を暗い眼で見下ろして、青年は続ける。
「こんな場所で一から十までルールを守るのは馬鹿だが、守るべきルールもあんだよ」
ルールを守らなきゃいけねえ時もあるしな、と青年は語りかける。
それでも、少年は反応しない。
青年の目を見ることもせず、ただ嗤っている。
「工場行くぞ」
「……あんなところに行ってどうするんだよ」
「俺らみたいな身元不明が、ルールの中で真っ当に金稼ぎ出来るのはあそこくらいだろうが」
「……」
「他に良いとこがあるなら紹介してくれ。別にあそこにこだわってんじゃねえ」
「どれだけ時間がかかるんだよ」
「二人でフルに働けばそうかからねえよ」
「無理だ。あんなゴミ以下の環境でフルに働いたら、こっちが先にくたばる」
「なら諦めんのか」
青年は、視線で背後を示す。
少女が寝込んでいた。病に侵されろくに動くことも出来ない、彼の妹が。
今はまだ、病状は一刻を争うほどではない。
だが、彼が諦めればいずれ病魔は彼女の生命を蝕み尽くすだろう。
自然治癒が見込めるのならば、最初からそうしている。
「テメエが諦めたら、こいつはこのままだぞ」
「……」
青年は、ため息を一つ。
差し出していた手をそのまま伸ばし。
うずくまったままの少年の襟首を乱暴に掴んで、強引に立ち上がらせる。
「テメエが住んでた屋敷と、ここ。どっちの景色が良い?」
「っ、何の話だよ」
「屋敷だろ。こんなゴミみたいな景色じゃない、さぞお綺麗な景色だったろうさ」
それを見ていたフィアンマは、廃屋の外へ視線をやる。
不快な景色だ。
色彩は濁り、薄暗く見通しはきかない。
視界に入るのは瓦礫とゴミと灰色の壁、空だってろくに拝めもしない。
心底つまらない景色。
「だがな、それは誰かが綺麗にしてたんだよ。お前じゃねえ誰かが手入れしてたんだ」
「……そんなの当たり前じゃ」
「ま、だわな。当たり前だ。――で? テメエは今何やってんだよオイ」
青年は口調を荒げ、少年の襟首を捻り上げる。
そのまま壁に叩きつけられて、少年の呼吸が一瞬詰まった。
「テメエが何もしなくても窓の外が綺麗だったのは、『誰か』が綺麗にしてたからだ」
「……っ」
「でもな、『誰か』なんてここにはいねえんだよ」
「そんなこと、分かってる」
「なら質問だ、テメエはこんなクソみたいな景色で満足してやがんのか?」
少年は廃屋の外を見る。
いつ見ても、汚い景色だと思う。
眼に映るもの全てが濁り淀んでいて、とても眺めようとは思えない。
廃屋の中に視線を戻す。
片腕の無い、よく分からない男がいた。
短い赤毛の、激昂している青年がいた。
自分と同じ金髪の、病に侵された少女がいた。
勝手に諦めようとしていた、自分がいる。
「あの豚野郎に全部奪われて、満足なのか?」
「……そんなわけ、無いだろ」
「なら立てよ。いい加減に分かってんだろうが」
襟首から手を離す。
少年は壁に背中をつけたまま、ずるずると膝を折る。
「じっと椅子に座ってるだけじゃあ、テメエの見える景色はそのままだ」
そんな少年を、真っ直ぐ見下して。
「景色を変えたいならテメエが動け」
青年は告げる。
「都合よく助けてくれる『誰か』なんていねえし、都合のいいだけの『何か』もねえ」
何度も何度も繰り返し、彼を導く。
「リスクとコストばかりが目立つ選択肢だって、選ばなきゃならねえ時があんだよ」
青年は踵を返す。
少年に背中を向ける。
「待たねえぞ」
「……っ」
青年は歩みを進める。
そのままフィアンマの前に並んで、足を止めた。
そして何か言おうとして、
「――」
「――生憎、持ち合わせが少なくてな」
その前に、フィアンマが天井を仰ぎながら口を開いた。
きょとんとする青年を尻目に、フィアンマは続ける。
「宿代に割く金が勿体無い。暫くここに間借りしても構わんか」
「――……ああ、頼む」
「すまんな」
「いや、助かる」
青年はフィアンマに薄く微笑み、そのまま廃屋を出ていった。
残されたのは、天井を見上げて目を閉じているフィアンマと、立ち上がらない少年。
そして、立ち上がれない少女。
「いいのか」
「……」
「そんなに酷いのか」
「……奴隷みたいなもんだよ」
「ここでうずくまっているよりも苦しいのか」
「……」
「待たないそうだが」
少年は俯いている。
俯いて俯いて、苦しそうに歯を食いしばって、
やがて、フィアンマの前を横切っていった。
「……」
その背中を見送る。
青年と比べれば、幾分か頼りない背中。
それでも。
それはもう振り返ることも、止まることもなかった。
その背中を見送って、彼は呟く。
「『景色を変えたいならテメエが動け』」
笑って、
「今の俺様におあつらえ向きの台詞だな」
嗤う。
夜に、二人は戻ってきた。
目に見えて疲れきっていた。体には明らかに自然に出来るはずもない傷もあった。
それでも、両者とも弱音など吐かなかった。
そんなものでは、景色は変わらない。
朝早くから二人は廃屋を出、夜遅くに戻る。
一日が過ぎ、二日が過ぎ、三日、四日、五日――
傷は日を重ねるごとに増え、疲労は日に日に濃くなる。
それを、フィアンマは見ていた。
泣き言一つ言わない彼らを、ただ見ていた。
五日目の夜。
倒れるように眠りについた二人に、布団をかけてやった。
まるで似合わないことをしている自分に苦笑しながら。
部屋を見た。
ロクに照明も無い廃屋に、弱い月明かりが差し込んでいる。
病に侵された少女が、どこか安らかに眠っている。
疲労した青年が、無造作に眠っている。
疲れ果てた少年が、泥のように眠っている。
「――これが」
濃い夜闇の中で。
軽く息を吐いて、同じ言葉を続けた。
「あの男が命を懸けて救った世界、か」
月の薄明かりに照らされる室内で、起きているのは彼一人だ。
故に、月明かりに照らされた彼の表情を見るものなど誰もいない。
その穏やかな微笑みは、誰にも見られることはない。
そして、更に時は流れ。
「7、8……、こんだけあれば十分だろ」
溜まった給金を数えて、青年が言う。
それを聞いた少年は床にしゃがみ込み、大きく息を吐いた。
「おー、んなことしてる暇ねえぞ。さっさと医者に連れて行かねえと」
「分かってるけど、疲れた……」
「ま、良いとこ育ちの坊ちゃんにしちゃ頑張った方だわな」
へたり込んだ少年の頭を軽く叩きながら、青年が笑う。
その膝を後ろからフィアンマが軽く蹴ると、成す術も無く彼は足元から崩れ落ちた。
「う!? てめっ、なにしやがんだコラ」
「余裕があるように聞こえたんだがな」
「……あんだけ働いて余裕があるわけねえだろうが」
小馬鹿にしたようにフィアンマが笑う。少年も笑う。
青年はややむっとしたような表情を返すが、ため息と共にそれを引っ込めた。
「そういや、あんたにも世話になったな」
「何の話だ」
青年は少女へ視線を向け、
「ソイツを一人にするのも不安だったしさ」
「俺様は宿が欲しかっただけだよ」
そうかい、と青年は笑って立ち上がる。
後を追って少年も立ち上がり、少女を振り返る。
「自分で歩けは……しないだろうな。俺が背負うしかないか」
「そうするにしても、とりあえず起こした方がいいんじゃねえか」
「そうだな」
そして、一先ず少年が少女を起こそうとしたとき。
外から、騒がしい足音が複数聞こえてきた。
「……っ」
「またいらねえ来客みてえだな。招き入れるのも面倒だから、こっちから迎えてやるか」
「……」
一番出入り口近くにいたフィアンマから、順に廃屋を出る。
そこにいたのは、この間より一層太った豚とその部下達。
なんともまあ素晴らしく不愉快な笑みを浮かべて、彼らを待ち構えていた。
「よう、お元気そうで何よりだ」
「疲れてんだよ豚さん、ご用件は? お宅らにご迷惑はかけちゃいない筈ですが」
フィアンマの前に出た青年が、とても丁寧に尋ねる。
フィアンマは元より会話に参加するつもりもないのか、少年が出た後のドアに背中を預けた。
「残念だがな、ご迷惑をかけられたからここにいるわけだよ」
「俺らが何をやったって?」
豚は、嗤った。
不愉快な笑顔を作ることに関しては、この豚に敵う豚はいないのではないだろうか。
フィアンマはそんなことを考える。
「ここの近くにとある工場があるのを、知っているな?」
「それがどうした」
「その工場がな、窃盗被害にあったそうだ」
「窃盗?」
「現金を盗まれたそうだ。ああ、心配しなくとも犯人の目星はついている」
そして豚は、彼ら二人を見て嗤った。
二人の表情が険しいものになる。
警官の制服を着ているのに、どうすればあそこまで品の無い姿になれるのか。
フィアンマはそんなことを思う。
「なんでも、赤毛と金髪の二人組だそうだが……おや? そんな糞ガキ共がどこかにいたなあ?」
「……オイ、ふざけんのもいい加減にしろよ」
「ふざけているのは貴様らではないのか? よくもまあ懲りずに」
「ふざけんな! 俺らはちゃんと働いて給料を貰ったんだよ!」
「ん? おかしいな、そんな記録は残っていないそうだが」
「……残るわけねえだろ。んな正式で公式な雇用じゃねえからな」
「工場には記録も金も無く、お前らはその分の金を持っている。ふむ、怪しいな」
制服の上から胡散臭さを着たような豚が、愉快そうに嗤う。
見るからに、なのだが、どうしてこんなやつが警察になれたのか。
まあどうせろくでもないコネでも使っているのだろう。
フィアンマはそんなことを推測しながら、懐からメモ帳を取り出す。
「……あーあ、ミスったなあ。あのクソジジイ、仕事にだけは誠実だと思ってたのに」
ただのお金大好き人間だったのかよ、と青年は投げやりに言う。
次いで豚に攻撃的に嗤って、
「で、あんたはお金が好きなんだと思ってた。弱いものイジメの方が好きなんだな」
「なんのことかな? 私はただ公務を執行するだけだよ」
「なあ、コイツもう殴っていいよな? 堪える必要もないだろ?」
少年は、敵意を剥き出しにして一歩踏み出す。
青年はそんな少年を目で制して、
「豚はいいけどよ、後ろの兄さん方も倒せるのかよ。五人だぞ」
「どうせ結果は同じなら、やってやるさ」
「やめとけ、無駄に怪我するだけだ」
「じゃあどうするんだよ、また大人しく金を差し出すっていうのか?」
「はー、どうすっかねえ……こっちには後ろめたいことも無いし、知らん振りでもいいんだが」
そんな少年たちを尻目に、フィアンマはメモ帳にペンを走らせる。
片手でメモ帳を支え、ペンは口でくわえた。
右上から左下へ。真ん中あたりで止めて、そのまま右下へ。
ひらがなの「く」のようなものを書く。
「ああ、貴様らは迷うことは無い。躾のなってない子供に罰を与えるのは、大人の義務だ」
「豚に躾って出来るのかね」
「その減らず口も矯正せねばな」
豚の合図と同時、後ろの警官達が警棒を抜く。
青年は少年を背後に庇って、少年は今にも飛び掛らんばかりに怒りをあらわにして。
三者三様に何かを言おうとして、
「おい」
それより先に、外野からフィアンマの一言。
その場にいた全員の視線を集めた彼は、ゆっくりと口を開き、
「不快な景色だ。誰でも構わん、なんとかしろ」
飽きれるほど尊大に言い放った。
豚は顔をしかめ、少年は虚をつかれたように呆け、青年は笑った。
笑って、言った。
「知るか。テメエが動け」
返すのは、凶悪な笑み。
フィアンマは大儀そうに背中をドアから離す。
「仕方ないな。おい、そこの肉塊。早急にこの場から消え失せろ」
二言目からいきなりのこの台詞に、豚は青筋を浮かべて答える。
「なんなんだ貴様は? 邪魔はしないとか言ってなかったか」
「問答など許可したか? 失せろと言った」
「……どうやら、貴様も躾が必要なようだな」
「豚風情が――いや、貴様を豚などと呼んでは豚に申し訳ないな。貴様を食いたい物好きもおらんだろう」
「おい、アイツからやれ。殺しても構わんぞ」
「俺様を? 殺す?」
フィアンマは笑う。
とびっきりつまらない冗談を聞かされたかのように、嗤わずに笑う。
おいおい勘弁してくれ、との呟きに続けて、
「いくら右腕を失ったとはいえ、家畜以下とその家畜に殺されるほど堕ちることは出来んよ」
いくらなんでもそれは無理だ、とフィアンマは笑い続ける。
ひとしきり笑って、それから殺気立った警官らを一瞥した。
また少し笑って、左手で持っていたメモ帳を開く。
先ほど書いた『く』の字のページを、噛んで固定し破った。
「これが何か分かるか?」
「大口を叩いて、さて何を出すかと思えばなんだその落書きは」
「『炎』のルーンだ。最もポピュラーなルーンの一つだな」
フィアンマはメモ帳を適当に放り、くわえたルーンを左手で持つ。
彼の言葉に、かつて彼のルーンの効力を受けた少年がピクリと反応する。
「何をほざいている? たかがそんな紙切れ一枚で、何が出来るつもりだ?」
顔を赤くしてまくし立てる豚を前に、フィアンマはまた笑う。
左手のルーンをひらひらと動かし、
「そうだな。普通ならば、このルーン一つくらいじゃあ派手な花火程度にしかならん」
「ルーンは、刻んだ数だけその力を増す……」
少年の呟きを、フィアンマは肯定した。
ただし、と前置きをして、彼は左手を顔の前まで持ってくる。
「そうだな、自己紹介をしていなかった。――俺様の名は、フィアンマ」
そのまま左手を、その手のルーンを高く掲げた。
「ローマ正教最暗部『神の右席』の要にして、赤と太陽と右方の象徴」
つまり、と言ってから、フィアンマはもう一度笑った。
誰よりも何よりも不敵に、右方は笑った。
「俺様そのものが、『神の如き者』の最大の媒体として機能するわけだ」
『神の如き者』――天使長ミカエル。
それが司る属性は『炎』
そんな知識は彼らには無かったかもしれない。
だが、彼らは瞬時にそれを理解した。
彼の手中のルーンから迸った灼熱によって、強引に理解させられた。
「なん……!?」
「っ!」
「どわっ!!」
ただ一枚のメモ紙から放たれた火炎は、流体の如く路地裏を嘗め尽くした。
閃光のように一瞬で、人の間を縫って駆け抜けた。
故に、その炎を直に浴びたものは誰もいない。
だがそれが巻き起こした熱風だけで、視界を埋め尽くした赤だけで、理解するには十分。
「もう一度だけ言うぞ」
彼の表情にもう笑みは無い。
ただ凄絶に豚共を睨み、右方は告げる。
「今すぐ消えろ。二度とここに現れるな。貴様を丸焼きにしたところで食えもせんのだからな」
豚のように鳴いた警官は、見た目よりも俊敏な動作で彼の景色から消えた。
「あんなものハッタリに決まっているだろう」
「マジかよ」
改めて少女を連れて医者のところへと向かう途中で、当然のようにフィアンマは言う。
しかし実際にその炎を目の当たりにした二人は納得がいかない。
「や、でもあんだけ炎出てたじゃん!」
「だからアレはハリボテだ。見た目がメインでオプションに熱風」
「マジかよ!」
「そもそもルーン魔術など俺様の専門では無いんだ、当たり前だろうに」
「開き直ってんじゃねえよ!」
「よくもまああれだけ自信満々にハッタリかませるな……」
げんなりしながらの少年の問いに、フィアンマはハッと吐き捨てるように笑って、
「家畜以下と真剣に戦うなんぞ、末代までの恥だろうが」
「うっわぁ……」
「さすが一人称が『俺様』なだけのことはあるな、アンタ」
そんな軽口を叩きあいながらも、やがて彼らは大通りに出た。
路地裏のような淀んだ雰囲気は無い、明るい道。
三人(と背負われた一人)は、そこで立ち止まる。
少し黙ってから、フィアンマが口火を切った。
「ここらが頃合だろうな」
「ん、そっか」
それじゃあ改めて、と前置きしてから、青年は左手を差し出す。
普段の雰囲気からは考えられないくらいに、柔らかく笑った。
「色々と世話になった」
応じるフィアンマは、口の端で笑う。
「やはり、な」
「何が」
「『じっと椅子に座ってお綺麗な窓の外の景色を見ていた』のは、お前も同じなのだろう?」
うげっ、と分かりやすく呻く青年。
少し驚く少年と交互に見て、ニヤニヤと意地が悪そうにフィアンマは笑う。
バツが悪そうに青年は視線を流して、何事か呟いた。
「何でバレた……? ま、まあ、んなことはどうだっていいんだよ!」
「入れ込みすぎだ。大方かつての自分の影でも重ねていたんだろうが」
「うっせ! ほら、手ぇ出せ!」
無理やり誤魔化すように左手を振る。
フィアンマは微かに笑いながら、その手に自らの手を重ねた。
「そんじゃ、機会があればまた」
「無いだろうがな」
「社交辞令だっつの」
笑い、続けて少年とも握手を交わす。
「世話になった」
「次会うときはもっと上手く盗め」
「もうやらないって言ってるだろ」
「社交辞令だ」
「なんだそれ」
笑い合う。
他愛もないことだ。さしたる価値があるとも思えない。
それでも、この結果は彼らが自ら動いて掴み取ったものだ。
だからこそ。
「一つ、良いか」
「なんだ?」
最後に一つだけ、フィアンマは尋ねる。
少し表情を固く、出会う前のように暗く沈めて。
「俺様は、お前らの世界を救えたか」
二人は少し怪訝な顔をした後、笑って答えた。
フィアンマは少し驚いた顔をした後、笑った。
「世界は広いな」
彼らと別れ、フィアンマは歩みを進める。
目的地は無い。先のことは、先に進んでから決める。
「ああ」
フィアンマは応える。
かつて応えられなかった言葉に、言葉を返す。
「まだこれから、たくさん確かめてみるさ」
彼の歩みは止まらない。
世界はまだまだ広いのだから。
以上。
次は……未定。
乙!
乙!
なんかロミオの青い空を思い出したよ
激しく乙!
フィアンマカッコええ
乙
乙
ラスト不覚にもグッと来たわ
フィアンマ△
右腕だけの俺様キャラじゃなかったんだな
原作でもこんな感じになるかもしれないんだよな…
そしてフラグが建つと
誰にとは言わないが
むしろ上条さんがフラグ立ててるだろうjk
原作だと原石の子供らに遊んでーとか
言われてなんで俺様がとかいいながら
相手してるかも知れん。
乙
かっこいいじゃねえかちくしょう
フィアンマかっけー!
今更言うのもなんですがフィアンマのキャライマイチ掴みきれていない気が
というかフィアンマ動かし難い。超やりにくい
愚痴っても仕方ないんで始めます。超シリアス話です
・Violence
右方のフィアンマの野望は、最終的に上条当麻によって阻止された。
そして彼はその右手でフィアンマを殴り飛ばした後、自身の手で彼を脱出させた。
そのことだけが彼を動かしたわけでは無い。だが、確かにきっかけにはなった筈だ。
現にその後、彼は右腕を失っても正真正銘の化け物と向き合ったのだから。
そして今、上条に言われたとおりに世界を見て回っているのだから。
話はやや逸れる。
上条当麻の右拳を受けた後、自らの生き方を少なからず見直した男は複数存在する。
例えば一方通行、浜面仕上。ステイル=マグヌスなども当てはまる。
彼らは共通して、少なからず彼の行動と言葉に心を揺さぶられた。
その後、行動指針や価値観などが大きく変化することも少なくない。
その直接的なきっかけは他にあることも多いのだが、間接的には彼の影響も認められる。
さて。ここからが本題だ。
上条の幻想殺しをその身に受けた彼らは、共通して『とある病』にかかっている。
その症状は――
とある西欧の街並みを、フィアンマは歩いていた。
さて次はどうするかと思案していると、走って角を曲がってきた人影とぶつかった。
どことなく既視感を覚えながらも、少し成長した彼はひとまず軽く謝ろうとし、
「すまないな、少し考え事を」
「危ないですわ!」
瞬間、引きずり倒された。
フィアンマの顔が驚愕に染まる。
しかしそれは彼女に引き倒されたからでも、
「見つけましたぞ!!」
その少女の後ろから現れた黒服達が銃を構えていたからでもなく。
「って、へ?」
彼女がフィアンマを押し倒すのと同時に、手榴弾を後方に放り投げたからだ。
ピンを抜かれた手榴弾は空中で爆発し、爆風を辺りに撒き散らす。
黒服達はかろうじて直撃は避けたようだが、皆一様に地に伏していた。
「ふう。殿方、お怪我はありませんか?」
「……いや、無いが」
お前は何者なんだ、とフィアンマが問うより前に、新たな足音が響く。
彼女はそちらに顔を向け、
「こちらですわ!」
何故かフィアンマの手を取って、あらぬ方向へと走りだした。
「おい待て、なんで俺様が逃げ――ッ!!」
抵抗も空しく、強引に手を引っ張られて引き摺られていく。
とある少年なら、お決まりのあの文句を叫ぶシーンだろう。
不幸だ、と。
「で、何なんだお前は」
「まあ、ノラ猫ですわ!」
「聞け」
一先ず路地裏に逃げ込んでから、フィアンマは少女に説明を求めた。
身なりの良い少女だ。年の頃は成人前くらいだろう。
肩にはギターケースのような、とにかく大きな荷物をかけている。
彼女はノラ猫と見つめ合い睨み合い、
「シャーッ」
「威嚇してどうする」
「消えなさい、私の気が変わらない内にね」
「脅すな。というか俺様の話を聞け」
少女はノラ猫から目を離し、フィアンマの方に向きなおる。
そして、きょとん、と擬音が出そうな表情を作った。
「何か御用ですの?」
「……殴っていいか」
「暴力はいけませんわ!」
「説得力という言葉の意味を知っているか?」
先ほど思いっきり手榴弾をブン投げていた少女は小首をかしげる。
それから一応真面目な表情をし、コホンと咳払いを一つ。
「――、」
そして彼女のお腹がグーと鳴いた。
「お腹が、空きましたわ」
至って真面目な表情のままに、少女は重々しく宣言する。
フィアンマは脱力しその場に屈みこんだ。
「私、家出してきたんですの」
「今説明を始めるな」
コンビニでレジ待ちをしている途中に、少女が口を開いた。
少女はパン等の食べ物、フィアンマはとりあえず適当なドリンク類を持っている。
「私の実家はマフィアをやっているのですが」
「せめてもう少し待て。内容的にも待て」
呆れ顔で指摘するフィアンマに、少女はなんだコイツと言いたげな視線を向ける。
順番が回ってきたのでレジに商品を置いた。
「説明しろといったのは貴方ではありませんか」
「……TPOくらい考慮出来んのか」
「あ、お箸いらないですわ」
「……」
買っているのはパンな上に、そもそも日本ですら無いのだが。
怪訝な顔をする店員と目が合い、気まずげにフィアンマは視線を逸らす。
助けを求めたいのはこちらだ。
「父上に、家業を継げと言われまして」
「それで?」
会計を済ませた彼女と入れ違いに、フィアンマも清算を済ませる。
量が少ないのですぐに済み、脇で待っていた少女と並んで歩き出した。
「嫌だったので大喧嘩して逃げてきました」
「短絡的だな」
が、そこで少女は唐突に立ち止まり、
「チッ、またか……ですわ」
再びフィアンマは床に伏せさせられる。
同時に店内に無数の銃弾が飛来し、窓ガラスは割れ商品は弾け店員は悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。
「……それで、家出如きで何故ここまで撃たれるんだ」
「うーん、出る際に父上を半殺しにしたのがまずかったのでしょうか?」
「普通にまずいだろう、俺様も似たようなことをやったことはあるが」
「チイッ、器の小さいジジイですこと!」
掃射が止むのを待たずに、少女は再び懐から取り出したものを店外へ投げた。
目を閉じて耳を塞いだので、フィアンマもそれに習う。
直後に、閃光と轟音。スタングレネードの類だろう。
「そういうものを使うときは一声掛けろ」
「あら、ごめんあそばせ」
掃射が止んだのを確認してから、二人は店外へと出る。
数名の黒服がうずくまっていた。意識のある者もいたが、少女が蹴飛ばして意識を刈る。
さっきから令嬢っぽい見た目とは裏腹にアグレッシヴな少女である。
「というか、先ほどから物騒なものを使っているな。やけに手馴れているし」
「実家がマフィアですので」
「すごいな、マフィア」
「すごいでしょう、マフィア」
ふふん、と少女が鼻高々に胸を張る。
継ぎたくは無いが、ある種の誇りはあるのか。
そこまで考えて、フィアンマは首を横に振った。
今のは多分ノリだ。
「ところで、あの店はどうする。放置は気が引けるぞ」
結構無茶苦茶な感じになっている店内を指差す。
「こんな時の秘密道具! ちゃらちゃらっちゃちゃーん、お金~!!」
人はそれを買収と言う。いや弁償と考えれば真っ当だが。
フィアンマは札束をばらばらと店員に投げつける少女を見、ため息を一つこぼす。
それから店内に踏み込み、彼にはとても似合わない袋を手にとってレジを見た。
が、レジも銃弾を受けて破壊されている。
「……まあいいか」
かっぱらうことにした。どうせ少女が余分に札束を与えていることだし。
「あら、それはなんでしょうか?」
「見て分からんか。塩だ」
札束撒きに飽きた少女が追いついてきた。
彼女の問いに、フィアンマは簡潔に答える。
「何に使うんですの? ……まさか、西瓜に!?」
「ツッコミ役を誰か雇え。俺様は一々ツッコミなどせんぞ」
一応そのコメントも一種のツッコミではある。
「さ、ホテルに行きましょう」
「……なんで」
この娘は何か色々なものがおかしい、そうフィアンマは確信する。
まず人の話を聞かない。そして言動に脈絡が無い。更には発想が頻繁にぶっ飛んでいる。
分かりやすく一言で言うと、極端にマイペースなのだ。
ここでとある少年ならば、一人の元ローマ正教の修道女を連想しただろう。
あちらが何をしても泰然としている海だとしたら、こちらは全てを巻き込んでいく嵐の海といったところか。
「隠れる場所が必要ですもの」
「というか何だ、俺様は巻き込まれること確定なのか」
「『乗りかかった船』ではありませんか」
「無理矢理乗せられた気がするんだが」
イメージとしてはとある少年が女王艦隊に乗せられた時の感じである。
ローマ正教秘蔵の霊装並の強引さを誇る少女は、意気揚々とピンクな感じのホテルへ
「そっちじゃないだろうが常識的に考えて」
「そっち? ホテルなんてどこも同じですわよ」
「……多分ピンキリだと思うが。とりあえずそこは止めろ。警備も甘そうだ」
「それではあちらに」
「それは民家だ」
「ちゃらちゃらっちゃちゃーん、」
「止めろ」
札束を取り出した少女を引きずって、手近なホテルへと向かう。
というかこのフィアンマ、主導権を握られっぱなしである。
この場合相手が悪いとしか言いようが無いが。
「で、どうするんだ」
「丸投げですの!?」
「今俺様が丸投げされた気がするんだがな」
ため息と共に、フィアンマは窓を開けて外を見る。
部屋は六階で、すぐ下は川になっている。彼がこのホテルに決めた理由の一つだ。
「狙撃されても知りませんわよ」
「……まだここはバレていないだろう。そもそも俺様はターゲットに入っていない筈だが」
「ここは戦場ですのよ! そんな甘い考えはお捨てなさい!!」
「……」
いつの間にか戦場にワープしていたようだ。
フィアンマは心身相関的な理由で痛む頭を押さえながら、改めて尋ねる。
「それで、具体的にこれからどうするんだ。国外逃亡でもするか」
「んー、もういっそ殲滅した方が早いのではありませんこと?」
「もう短絡的などというレベルでは表しきれんな」
「……まあ、なんというか。実家に戻る羽目にさえならなければどうなってもいいのです」
少女は軽く目を伏せて笑って、
「暴力を是とするような暮らしは、もう御免ですもの」
一変した雰囲気に、フィアンマも神妙な面持ちで応える。
携帯を取り出してあれこれ操作し、周辺の地図を表示した。
『暴力』という言葉の意味が明確に書いてありそうな辞書が売っている書店を真剣に探す。
無言のツッコミだった。
「ってあら? もうバレましたの?」
そういやこれ辞書機能あったなと携帯を弄っていたフィアンマが顔を上げる。
少女は扉の方を向いているが、それが唐突に破られるような気配は無い。
「どうやら外で待機しているようですわね。十五……二十……まだ増えんのかよ面倒くっさ」
「何故そこまで正確に把握出来る?」
「実家がマフィアですので」
「もうお前実家に帰れ。多分天職だ」
「嫌ですわ」
そういう間にも、扉の外には続々と黒服達が集まってきているらしい。
少女は四十人を超えたと小声で告げた。
馬鹿みたいに密集していてくれるなら正面突破も容易だろうが、そう都合良くはいかないだろう。
おそらくは廊下やエレベーターホールなどにまんべんなく展開しているはずだ。
下手をすれば一階やその周辺にも散らばっているだろう。
「しかし、何故こんなにも早くバレた? それなりに隠れて来た筈なんだが」
フィアンマの疑問を受け取って、少女は思いついたように衣服をチェックし始めた。
純金製らしいネックレスを外してみたり、無駄にフリルのついたスカートをバサバサと
「あら、こんなところに発信機が」
「お前もういい加減にしろよ」
「どんまいどんまーい」
「自分で言うな」
「貴方が言ってくれますの?」
「言うと思うか」
「言わないと思ったので言いましたのよ」
フィアンマ好きとしてこんなに嬉しいスレはない
胸を張る少女を無視してフィアンマは対策を練る。
とはいっても、出入り口は一つでそちらにはおびただしい敵勢力。こちらは二人。
普通なら絶望的な状況だろう。が、いくら右腕を失ったとは言っても彼は神の右席だ。
ただ武装しただけの人間など、百人だろうが二百人だろうが障害にはならない。正面突破も可能だ。
だが、可能だからといって楽なわけではない。正直そんな面倒な手段は取りたくない。
そもそもあまり派手に魔術を使うわけにはいかない事情もある。
故に、彼はもう一つの道を選ぶ。
「おい、そのネックレスは金製だろう?」
「はい? そうですけれど」
「貸せ」
怪訝な顔で差し出されたそれを受け取り、机の上に置いておいた塩の袋も持ち上げる。
噛んで塩の袋を開け、それを持ったまま窓も開いた。
もう一つの道。すなわち逃走である。
「飛ぶぞ」
袋をひっくり返して、窓の下へ塩をぶち撒ける。
一連の行動と言動に少女は訝しげな反応をしつつも、
「はい? まあいいですけど」
「今だけはその適応力に感謝しようか」
突拍子の無い提案にもあっさりと従った。
窓の下は川だ。死ぬことは無いだろうが、この高さから落ちて無傷で済むとも思えない。
だが、まるで怯えることなく二人は同時に窓枠を蹴った。
「まだ日は高いが……仕方ないな」
愚痴りながらも、フィアンマは口の中でなにやら呪文を紡ぐ。
するとそれに呼応して、左手に持った金のネックレスが淡く輝きだした。
彼はそれを真下――水面に浮く塩の中心へと投げる。
「ッ」
「きゃっ!!」
直後に、二人も水面に衝突した。
が、衝撃は無い。水しぶきも立たなかったし、衣服も濡れなかった。
「……なんですのこれ。なんか気持ち悪っ」
「どうでもいいだろう。逃げられるのなら」
二人がいるのは、淡く輝く白い膜の中。膜は先のペンダントと同じ輝きを放っている。
大きな卵のような色と形をした空間で、広さは観覧車のゴンドラ程度。
膜になっているのは彼が撒いた塩か。表面積は明らかに水面に浮いていた状態を上回っている。
「うわ、なんかちょっとブヨブヨしてますわ」
「そうそう壊れん筈だが、無闇に触るなよ」
潜水術式の一種で、曰く『魚のように水中を自由に移動できる』ものだ。
贅沢を言うならば日が傾き始めてからの方が安定するのだが、必須というわけでもない。
二人を包んだ白い膜は、滑らかに川を遡って行く。
「むう、殴ったり蹴ったりしたくらいでは壊れませんのね……」
「壊してどうするんだ、逃げられなくなるぞ」
「えい」
この少女、人の話を全く聞かない。しかも躊躇が無い。そして最悪なことに物騒な玩具を持っている。
つまりどうなるかと言うと、
「あら、流石に銃で撃ったら穴が開きますのね」
「…………ッ、貴っ様、本当にいい加減にしろよ……?」
密閉空間でサプレッサーも経由していない銃声をモロに浴びて、フィアンマは悶絶する。
しかも無駄に術式を破壊されるわ、そこから水漏れが始まるわ。
一言で言うと散々である。
「以外と柔らかいんですのね」
「防御用の術式では無いんだから当たり前だろうが! というか最早訳が分からんぞ!!」
「あまりカリカリするのは宜しくなくてよ? カリカリ梅食べる?」
何故か日本製の駄菓子を取り出して(しかもチョイスが駄洒落)、近所のおばちゃんのように笑う少女。
ため息という言葉では表現出来ないレベルのため息をついて、フィアンマは思う。
(これもあの男が命を懸けて救った世界、なのか?)
残念ながら多分そうなのだろう。
だが正直認めたくない。というかぶっちゃけ疲れた。
もう一刻も早くこの少女と別れたい。
とはいったものの、もはや事態をどう収束させるべきかも分からないフィアンマだった。
かくして、厄介な病にかかってしまった右方。
症状は『妙に女性と縁が出来たり振り回されたりする』といったもの。
だがこれもまた、上条当麻が見てきた世界であることには変わりない。
世界の中に人はあり、人の中に世界はあるものなのだから。
まあ、彼の知り合いにはここまで厄介な女性はいなかった気もするが。
フィアンマとマフィアって似てるよねって話でした
魔術の元ネタは七巻の冒頭のたとえ話です
少女のキャラがやたら濃いのは仕方ないんです。フィアンマ振り回すにはこれくらいの馬力が要るんです
次は元通りなほのぼの話になる予定
多分、きっと
おつ
乙です。
フィアンマがここまで振り回されるのは見たことないな
>>1乙
馬力と書いてバカと読む…か
誰が上手い事言えと
オツレルス
何処がシリアスやねん
俺も上条さんにそげぶされに行ってくるか…
乙
上条病の犠牲者がまた一人……
ssでこんなに笑ったのは久々…いや初めてかも。上ソラ以上かもこの破壊力は
乙
オルソラより武器持ちな上に手が早いから質が悪いなwww
フィアンマ四人目希望の俺が観てる
フィアンマは主人公になりそうだよなぁ
そげぶされてるし、力も弱まったみたいだし
生存報告気味に2レスだけ投下します
書いてるんです、書いてるんですが自分で作っときながらあの馬力女が暴れまくりで収拾つかないしフィアンマ使い辛いし!
まあ自業自得もいいとこなんですけどね……
「……ここでいいか。浸水してきたし」
「あら、もう降りますの?」
無視してフィアンマが短く呪文を唱えると、白い膜は速度を落として岸に寄った。
適当な箇所を左手で叩くと、その部分を中心に丸く穴が開いた。そこから二人は外に出る。
フィアンマが中心部分からネックレスを取り外すと、白い膜はただの塩に戻り流されていった。
「さて、どうするか。そこそこ距離は稼いだが、安全圏というほどでもなさそうだ」
「むう、それよりそろそろ酔いが醒めてきましたわ。お酒を買いに行きましょう」
「お前酔ってたのか……。というかお前未成年じゃないのか」
「女性に年齢を尋ねるのはマナー違反ですことよ? そもそも銃とかバンバン撃ってますし」
なんとなく正論を吐いてみれば、やけに説得力のある間違った正論で返された。
この国の銃に関する法律など知らないが、公道で自由に撃っていい筈も無い。
というか、よくよく考えたらこの一連の行動はもの凄く悪目立ちするんじゃなかろうか。
今更そう気付いても時既に遅しである。
「……何というか、暫く大人しくしておきたいところだな」
「あら、私はいつもおしとやかですわよ?」
黙して[ピーーー]。
(継続的な魔術も使ってしまったし、どこぞの魔術勢力に察知されたら面倒だ)
自身も追われるに十分過ぎる理由を抱えるフィアンマは、一先ず逃げる方法を模索する。
人気の無い道を選んで進むか、はたまた人混みに紛れるか。
とりあえずどこかに潜伏する前にもう少し距離を離しておきたい。
ともあれまずはここから離れるか、と少女を振り返った時、
「そこのお二人、少し宜しいですか」
不意に、正面から声を掛けられた。
『不意に』『正面から』
軽い矛盾を孕む状況に違和感を覚えながら、フィアンマは向き直る。
女だ。背は高いが、くくった髪も聡明そうな目も黒いので東洋人だろう。
服装はジーンズに白のTシャツ、上からデニム地のジャケットといったシンプルな格好。
だが、ジーンズは片方の裾が腿の付け根でばっさりと裂かれ、Tシャツの裾も結ばれている。
ジャケットの袖もジーンズと同様だ。少々――かなり風変わりな着こなし。
そして何より異質なのは、脇に携えた長い刀。
「イギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会』の者です」
『魔術師』は続ける。
「この周辺で魔術を使用していたのは貴方ですね?」
おうふ、saga入れてねえ……
「黙して[ピーーー]」でお願いします。つまり黙殺ですね
んでまあ禁書SS書いてる気にならなかったからねーちん出しました
でもまあバリバリ戦闘するかって言われたらそんなこともないのでご了承ください
それならこんな期待を煽るようなとこで切るなって話ですが
もう少しストックはあるから遅くとも一週間以内には続き投下出来る見通しです
あれ?俺馬鹿じゃね?
「黙して殺す」ですマジどうでもいいとこですけど
乙
落ち着いてsagaしてくれww
乙!
wktkしながら待ってるぜ
生存報告ktkr
乙
一週間以内にも投下出来たけどやっぱあんま小分けにして投下したくないなぁって思うわけで
んで続きかいてたらこの有様です。約束破ってばっかりですんません本当
んじゃいきます。やや長い
「……あー」
フィアンマは、乾いた笑いを漏らす。
いくらなんでも、本気であの程度の魔術で察知されるとは思ってもいなかった。
恐らく彼女は偶然別件で付近にいたのだろう。そして偶然魔術の気配を察知した。
なんというか、不幸だ。
直接の面識は無いので、彼女は眼前の男が第三次世界大戦の元凶だとはまだ気付いていないはずだ。
が。
「……赤の属性ですか。というか貴方の顔、どこかで」
まあ、今自分が魔術世界で指名手配に近い扱いだろうことは容易に想像出来る。
三大宗教の一員なら、顔写真くらいは見ているだろう。
つまる話、すぐバレる。
「……おい」
「はい? トイレですの?」
「右と左どっちが良い」
「はあ。ではクラピカに習って右で」
「なら俺様は左か」
不本意ながらも少女の適応力の高さに感謝しながら、フィアンマは目で合図する。
空気は読めないが緊急時の状況把握は上手い、ワケの分からない少女はまばたきで応えた。
「? 何を」
「ッ!」
「どっせーい」
魔術師の一言を合図に、二人は左右に分かれて走り出す。
逃げるにしろ戦うにしろ、魔術戦になるならば少女は邪魔でしかないからだ。
魔術師は一瞬どちらを追うか逡巡した後、フィアンマの方を向き、
即座に振り返って上体を反らす。
「チッ、外したか。……ですわ」
硝煙の立ち上る銃を構えたまま、少女が呟く。
魔術師は目を細めてそちらを睨み、
「貴様はアホか! こっちに向けて撃つな!! というか余計なことはせんでいい!!」
足元の地面が弾け、その煽りを受けてすっ転んだフィアンマの罵声で再び振り向く。
「それくらい避けなさいな! 彼女を見習いなさい!!」
「お前そろそろ本気でぶっ飛ばすぞ!」
罵声の応酬を行った後、両名は逃走を再開する。
魔術師は再び逡巡した後、やはり同じ魔術師であるフィアンマの方を向いた。
逃走と追跡が始まる。
(しかし、今の反応……まさか聖人か)
逃げながら、フィアンマはそんな懸念を抱き、
(しかし、今の反応……魔術師では無いのでしょうが、彼女を放っておく方が危険なような)
追いながら、魔術師はそんな不安を抱く。
フィアンマは、狭い路地で立ち止まる。
この先は大通りだ。そんなところで戦闘を行うわけにはいかない。
まして、これから行われるのは一流の魔術師同士の戦いだ。
「思い出しました。第三次世界大戦の首謀者『右方のフィアンマ』ですね?」
声の主を振り返る。
魔術師は、路地裏の暗闇を背負い立っていた。
暗がりの中で、長刀の鞘がより黒くそこに在る。
「だとしたらどうする?」
空の右袖を揺らし、フィアンマは不敵に問う。
対する魔術師は微塵も表情を変えず、ただ裂くように一言。
「拘束します」
言葉と同時、魔術師は刀の柄に手を掛けて前へと飛んだ。
その速さは音を追い抜き、瞬きすら許さぬ速度でフィアンマの懐へと迫る。
まさに神速と言っても過言ではないその一歩。
常人ならばそのまま体当たりするだけで命を奪える突進に対し――
フィアンマは、笑みで応える。
その時魔術師は見た。
フィアンマの袖口から、何かが書かれた紙が零れ落ちたことに。
その紙に書かれた『文字』を、彼女は良く知っている。
同じように、彼の口が紡ぐ言葉も。
「"kenaz"」
その一言で、狭い路地を満たす色が一瞬で塗り変わった。
薄い黒から鮮烈な赤へ。冷たかった空気も瞬く間に熱風に吹き飛ばされる。
「くっ!?」
常人ならばまず回避不可能な、完璧なタイミングのカウンター。
だが彼女は聖人だ。故に、余裕こそ無いものの完全に炎から逃れることに成功する。
更に聖人の優れた感覚器官は、その魔術の本質をも看破する。
(……見てくれと熱気だけ? この炎が目眩ましならば、本命は!?)
視線は前から上へ。
そこで魔術師の目は、今まさに振り下ろされんとする長大な剣を捉えた。
炎の中から伸びる十メートル以上の長さの『剣』。
振り下ろされたのは、魔術師がそれを認識すると同時。
左右は建物、上から両断する『剣』。
常人ならば必殺必中の一撃。
だが、聖人はこれにも応じた。
「ッ!」
洩れた呼気に合わせて抜刀。
閃光の如き速度で放つのは、十字教、仏教、神道の術式を束ねた結晶。
互いの術式の欠点を補い合うことで完成された、全てを斬り裂く一撃。
即ち、唯閃。
「チッ」
小気味の良い音と共に『剣』を中程から断ち斬られ、フィアンマは舌打ちする。
対する魔術師は刀を鞘に納め、再び抜刀術の構えを取る。
(やはり右腕が無い今では、『剣』とて出力が落ちるか……)
『神の如き者』の力に基づく『剣』を握ったまま、魔術師を睨むフィアンマ。
象徴たる右腕を失った今、彼に『聖なる右』を行使することは出来ない。
対して『剣』は『聖なる右』からは独立した魔術だ。故に、右腕を失った今でも使うことは出来る。
だが、その力の源はやはり『聖なる右』と同じものだ。
故に現状ではその本来の力の末端程度しか発揮出来ていない。
攻防の第一波が終わり、訪れるのは沈黙。
動の後の静。張り詰め、今にも切れそうな緊張の糸。
魔術師はフィアンマの一挙一動を警戒したまま、同時に戦力を分析する。
(右方のフィアンマの武器は『神の如き者』の『聖なる右』だと聞きましたが、それを使う気配はありませんね)
考えながらも、魔術師は瞬きもせずにフィアンマを睨んでいる。
元神の右席と聖人の睨み合い。十分の一瞬でも注意を逸らせば、待つのは自らの死のみだ。
(見たところ右手を失っている模様……その力がそれに基づくものだったならば、勝機はあります)
大通りの喧騒を遠くに聞きながら、魔術師は刀の柄の感触を確かめる。
一旦退いて増援を呼ぶ、という考えは断った。今からでは遅すぎる。
それに勝算もある。ならばやることは一つ。
斬る。
なにやら表が一層賑やかさを増してきた。
それらを含む周囲の状況全てを把握しながらも、魔術師は眼前の敵から目を離さない。
瞬き一つで終わる。木の葉一枚で始まる。そんな緊張状態。
先に動いたのは、右方。
「「っ!?」」
フィアンマが取った行動は単純だ。
だが、それは先に見せたルーン魔術でも、手中の折れた『剣』を振るうことでもない。
それは魔術ですら無い。
彼は、ただ後ろを振り返った。
(なっ……)
魔術師はフィアンマを両断できなかった。
しかしそれは隙が無かったからではない、むしろ有り過ぎたのだ。
真説の『唯閃』はおろか、鋼糸を用いた『七閃』でも用意に切断出来る、それほどの隙。
その場違いなまでの無防備さに動揺した結果、奇しくも魔術師自身も隙を生み出してしまう。
「ちぃっ!!」
フィアンマは舌打ちと共に袖口からルーンを撒いた。
それらは魔術師とフィアンマの間で発火し炎の壁を作る。
我に返った魔術師がそれを裂いた時には、もうそこには誰もいなかった。
「そういえば表の喧騒、先ほどの女性……?」
標的を逃した魔術師は、しかし悔いることも焦ることなく思考する。
「しかし、右方のフィアンマが? ……一体どういった関係なのでしょうか」
思考に答えは出ず、それでも魔術師は再び歩みを進める。
どうであろうと、彼女の成すべき事は変わらない。
「はっ、はっ……」
彼女は追われていた。
追うのは彼女の父親から差し向けられたのであろう黒服達。
先にホテルに結集していた数の倍以上の黒服が背後から迫り、先回りをして阻み、銃口を向ける。
少数ならばまだ対処も出来る。
だが、圧倒的な数の暴力の前ではそうもいかない。圧倒的な物量による暴力は、彼女一人でどうにかなるレベルを超えている。
そう、暴力。
「――ッ!」
スタングレネードを放るも、対策を練られているのかさしたる効果は見られない。
威嚇の射撃は無視され、昏倒狙いの手榴弾はこの数相手では調節が難しい。
彼女は舌打ちと共に必死にその暴力から逃れる。
少女は暴力が嫌いだった。
暴力を是とする家系に生まれた少女は、それでも暴力を嫌っていた。
理由もなく、ただ率直に嫌悪し遠ざけようとした。
だが、いくら嫌ったところで己の立ち位置は変わらない。
暴力の中心で生まれた彼女は、それから逃れる術を持たない。
もうそれは構わない。
彼女の家業は、敵も多い。
そして敵もまた、暴力を振るう。
彼女が嫌いな暴力を行使し、彼女が嫌いな暴力に呑まれていく。
それだって構わない。
どうせそういう風にしか生きられない人間同士の応酬だ。
好きにすればいいと思う。傷付けようが傷付こうが止めようと思わないなら、存分に傷付け合えばいい。
それらは構わない。それらは仕方ない。そういうものだ。
だが、そこに関係のない者を巻き込むのは看過出来ない。
もともと暴力などとは無縁な弱者に、それを向けるのは了承出来ない。
彼らは無力でも生きていけるのだ。暴力などとは関わらずに過ごしていけるのだ。
ならば、暴力などで呑み込んでいいはずがない。
暴力を暴力で食らうのは構わない。
だが、無力を暴力で食らうのは断固として許さない。
そんな糞から更に成り下がった、ただただ暴れるだけの力は、自らの力で食らう。
彼女を突き動かすのは、そんな糞のような感情。
「いい加減に……っ!?」
「へ?」
前を見ていなかった。故に少女はぶつかってから気付いた。
なんの関係もない幼い少年の存在に。
「しまっ……!!」
「いてて、ちゃんと前見て走れよなー、俺がもし」
状況をまるで理解していない暢気な声。
それを最後まで聞かず、少女は少年を抱え上げる。
後ろを見る。黒服はまだ追ってきている。銃口がこちらに向いている。
消耗しきった体力で、子供一人分の体重を負って逃げ切れるのか。
そんなことは考えずに走り出す。
「うわ、な、なに? ねえちゃん悪いことでもしたの?」
答える余裕などない。
憤ることも反撃することも後回しにして、まずはこの少年を逃がすことに全力を注ぐ必要があった。
ジグザグに路地を曲がり射線から逃れる。体力の限界を自覚しながらも走り続ける。
逃げることに徹した成果か、黒服達の足音は徐々に遠ざかっていった。
やがて、薄暗い路地裏で十字路に差し掛かった。
「いいですか、この道を振り返らずにまっすぐ進みなさい」
黒服達の足音はもう大分遠い。
そのことを確認してから、状況を理解していない少年をしゃがんでから地面に下ろして、背中をそっと押した。
「なんで?」
「なんででもです。そしてこちらには暫く戻ってきてはいけません。いいですわね?」
頭上に疑問符を浮かべながらも、少年は歩き出す。
これでいい。あとはわざと少女が十字路で黒服に姿を晒してから脇道へと逃れて、黒服達をそちらに誘導すればいい。
せっかく開いた距離は縮まるが、それであの少年が巻き込まれる可能性はグッと減るはずだ。
その事実に安堵し、少女は息を吐く。
そしてその一瞬の気の緩みが、背後に迫っていた唯一人の黒服に気付くのを遅れさせる。
「……あ」
しゃがんだまま振り向けば、銃口はもうこちらに向いていた。
左右は路地、正面から撃ち抜く銃弾。
平時なら難なく避けられる筈の一撃。
だが、その動き出そうとした足は少し震えただけで動かなかった。否、自らで止めた。
気付いたからだ。まだ彼女の後方には、少年がいる。
彼女が避ければ、銃弾は少年に当たる。無力で非力な、暴力などと関わり無く生きてきた筈の少年に。
或いは、もっと早くに気付けていれば。最初から反撃に移っていれば。
だが現実はどちらでもない。故に彼女はただ呆然と銃口を見つめるしかない。
轟音は、一度だけ。
一拍遅れて、彼女の体がぐらりと揺らぐ。押されて、ゆっくり後ろに倒れていく。
痛みはさほど感じなかった。まあそんなものだろう、あの距離からなら必殺必中だ。
びちゃっ、と音がした。液体が、大量の血が地面に落ちる音だ。
そこまで来てようやく、彼女は自分が無傷であることに気付く。
「無事か? ――無事だな」
そのまま倒れそうになって手をつく。同時に尻餅をついたところで、吹っ飛んできた黒服の奥の人物が見えた。
左手に奇妙な光を纏って、フィアンマは路地の入り口に立っていた。
フィアンマが何かしたのか、左手の光は溶けるように消えていった。
そしてその様をぼけっと見つめる少女に対し、彼は険しい表情で言う。
「ぼさっとするなよ。まだ奴らは数えきれんほどいるぞ」
「……えーと。一つよろし?」
「なんだ」
「貴方、もしかして結構強い?」
「少なくともお前よりは強いつもりだが、それがどうした」
「……なんじゃそりゃー。守って損しましたわマジで」
なんかどうやら彼女は彼女なりにフィアンマを守っていたつもりらしい。
まあ確かにパッと見ひょろっとしている上に隻腕なフィアンマはあまり強そうではないが。
だが"乗せやがった船"で『守ってやった』とはいささか納得いかないところだ。
守って損したもこっちの台詞である。
「しかし、表にはまだ大分いるな。一般人がいないのがせめてもの救いか」
路地から頭を出さないようにしながら、フィアンマは表の様子を伺う。
目に入るだけで黒服が二十数名、加えて動き回って辺りを捜索しているのが十前後。
この付近に満遍なく、且つホテルのとき以上に広範囲に展開している黒服達の数は三桁に達しているだろう。
フィアンマが『人払い』を路地の入り口に施していなければ、彼らはあっという間に見つかっていた筈だ。
「むう、なにやらお父様も本気のようですわね。自分のガキ相手にここまでの戦力を向けますか普通」
「お前全然普通じゃないしな。お父様に同情するよ」
「そんなに褒めても鉛弾と手榴弾しか出ませんことよ?」
「褒めてないし照れんでいいし出さんでいい」
物騒なもの達を取り出そうとする少女を押しとどめ、フィアンマは嘆息する。
力押しで突破するのは正直厳しいだろう。数が多すぎる上に散らばりすぎている。
或いは魔術を使えば不可能では無いだろうが、そこまで派手に魔術を使うのは躊躇われる。
その上、彼にはもう一つの懸念がある。
(あの聖人……一旦は撒いたが、諦めたとは思えん)
先は少女の身の安全を優先して半ば戦闘を放棄してきたが、はいそうですかと諦めてくれるとも思えない。
よって再び交戦することになる可能性は高いので、少女を近くに置いておくのは危険極まりない。
だが現状、あの黒服を片付けないことには彼女の身の安全は確保できない。
見事なまでに堂々巡りである。
(全く、そもそも今の状態で聖人なんぞに勝てるのかも分からんというのに)
フィアンマの右腕は彼の力の、『聖なる右』の象徴だ。
故にそれを切断された今は、神の右席としての力は殆ど発揮できない。
例えば同じ神の右席の後方のアックアが『聖人』としての力や『聖母崇拝』の力を無くしたように。
例えば前方のヴェントの『天罰術式』を支える霊装が使い物にならなくなったように。
右方のフィアンマとしての力を無くしてしまった今、『聖人』として特別な力を振るうあの魔術師に勝てるのか否か。
(まあ、文句を言ってもどうにもならん。それよりも現状をどうするかだ)
「おい、何か策はあるか」
「鉛弾と手榴弾しかありませんわ」
「聞いた俺様が馬鹿だった。しかしどうするか……このまま『人払い』のみで逃げ切るのは難しそうだ」
「その心配はありませんよ。ここで全て終わらせますから」
不意に、女の声。
フィアンマは勢いよく振り返る。呆ける少女の更に後ろから、こちらへ歩いてくる影が一つ。
魔術師は、再びフィアンマの前に立ちはだかった。
「……」
魔術師の目がスッと細まる。
振り返ってまたポカンとする少女を押しのけて、フィアンマは魔術師に向き合う。
「先ほどの露出女ですわね? 同じ女として言わせて貰いますが、貴方のその格好は慎みが足りませんわ!」
「同意するが黙れ。話を複雑にするな」
場違いにもビシィ! と指差して叫ぶ少女を左手で制し、フィアンマは庇うように更に一歩を踏み出す。
敵意を漲らせる魔術師を真っ直ぐ見据えて強い口調で、しかし敵意を返すことはせずに彼は言う。
「待て。この女は魔術とは無関係だ、一般人を巻き込むのはそちらとて不本意だろう」
「……今まさにこちらに銃口を向けている少女が、一般人だと?」
「お前もう本当に頼むから余計なことするな」
「それで? ここは見逃してくれとでも言うつもりですか?」
冷淡且つ事務的に魔術師は述べる。射抜くような視線をフィアンマに向ける。
彼はそれを全て受け止めた上で、真っ直ぐな目線を返す。
「――こいつの安全を確保した後ならば、最悪お前に身柄を預けても構わん」
「……何かっこつけてるんですの? そんなこと頼んでませんわ」
「頼む」
少女の非難するような視線を無視して、フィアンマは懇願する。
それを受けて魔術師は一度黙った。
一瞬の沈黙の後、彼女は息を吐いて、
「……毎回毎回暴力的な手段での解決というのは気が進まないのですが」
そう言いながら、刀の柄に手をかける。
「どのような状況下であれ、私のやるべきことは変わりません」
魔術師が臨戦態勢に入る。
それは別に分かりやすい殺意だとか悪意だとかを発したわけではない。
まして行動として刀を引き抜いたわけでも、何か不自然な行動をとったわけでもない。
だというのに、この威圧感。
それなりに場数を踏んでいるはずの少女の喉が一瞬で干上がり、フィアンマも額を汗が伝うのを感じる。
聖人。
『神の子』と似た身体的特徴を持ち生まれたことで、その力の一端を手にした怪物。
「"salvare000"」
聖人は『名乗った』。魔法名、己の魂に焼印した、力を手にした理由を。
その事実にフィアンマが身をこわばらせ、再び左手を動かして何かしらの術式を発動するよりも早く。
聖人は跳んだ。
「ッ!?」
一歩目で最高速度に到達した聖人は、
フィアンマ達の頭上を軽々と飛び越え、表通りへと躍り出た。
「な……」
絶句したのはフィアンマ達だけではない。
表に点在していた黒服達も、突如として空から落ちてきた女に驚きの目を向ける。
その中でただ一人平静を保つ聖人は、黒鞘を緩く構えて一言だけ警告を発する。
「無用な暴力は好みません。投降してくだされば、こちらとしても助かります」
無論、そんなものに応じる黒服達ではない。
その戦意を受け取ると同時、一斉に銃口を彼女に向けた。
だが、無論そんなことを許す聖人ではない。
その戦意を受け取ると同時、まず嘆息した。
その後に続くのは、説明する価値もないほどの圧倒的な蹂躙。
爆音は無い。銃声も無い。悲鳴も絶叫も無い。
響くのはただ鞘で黒服達が撃たれる音、洩れるのは短い呼気のみ。
聖人は手加減に苦心しながらも、的確に黒服達の意識を刈り取っていく。
二人が路地から出た頃には、とうに聖人以外の暴力性は排除され尽くしていた。
「……恩に着る」
周囲の様子を確認してから、フィアンマはゆっくりと聖人の方へと歩いて行く。
敵意はない。当然親しい間柄でもない。即ち、投降するために。
しかしそのゆっくりとした歩みは、背後からの物騒な物音で止まる。
フィアンマは首だけ後ろを振り向けば、こちらに銃口を向ける少女と目が合った。
「止まりなさいな」
「何のつもりだ」
「言っているでしょう、そんなこと頼んでいないと」
「……だが、こいつの協力が無ければどうするつもりだった」
「あなたが誰とどんな約束をしたかとか、そんなこと私には関係無いでしょう?」
嘆息して、フィアンマは少女へと向き直る。
言葉を探すように瞼を下ろして一考してから、宥めるような調子で口を開いた。
「第一見たはずだ、あいつの強さを。俺様とお前、二人掛かりでもまず敵わんだろう」
「それでも先は抗ったでしょう? やはり約束を気にしているのでは無いですか」
「……」
「それとも私を巻き込む可能性を危惧しているのですか? どっちにしろ、余計なお世話ですのよ」
一切譲る姿勢を見せない少女に、フィアンマは重ねて嘆息する。
何か最近溜め息が増えたな、などと考え、その事実にまた一つ溜め息をつく。
それから改めて少女に目を向ける。否、少女を睨む。
その顔に浮かぶ感情は、侮蔑。
「お前は、何か勘違いをしているようだが」
のっぺりとした声だった。
フィアンマは左手をゆっくりと動かす。その動きに従って、掌に奇妙な光が集まっていく。
彼はその光ごと左手を振り上げて、一息に振り下ろした。
瞬間、触れてもいないのに左手の延長線上の地面が炸裂したかのように派手に弾け飛んだ。
直撃すれば人の命など容易く奪えるであろう一撃。
少し怯んだ少女を、飛び散った土砂の雨を挟んで更に睨む。
「俺様はこの一撃とは比べ物にならんほどの力で、この程度では比較対象にもならんほどのことをやった」
「……」
「俺様はお前の思っているような善人ではないよ。どちらかと言うまでもなく、悪人だ」
その程度の愚かしさでもないがな、とフィアンマは嗤う。
嘲るのは過去の何も知らなかった自分か、今の無力な自分か。
「極端な話、この場で首を刎ねられても文句は言えん。それほどのことをやってきた」
「……そんなこと、関係ありませんわ」
「お前は俺様が何をやったのか知らんだろう」
フィアンマの言葉には確信がある。
彼は自らの罪を知っている。自らの愚かしさを自覚している。
かつて間違った正義で世界を救おうとした時とは違う。
彼は正しい認識で自らを客観視した上で、彼女の救いを拒絶しようとした。
「だからそんな事が言える。俺様が何をやったかを知ったら、」
「知っています」
だが、
「私を、助けてくれたでしょう?」
そんなくだらない意見は、こんな小さな言葉で遮られた。
「貴方が何者で、どんな人間であっても関係ありません。助けられたから助けるだけ」
シンプルな一言だった。
小難しい理論も何もない、故に心からの一言。
「……、暴力は嫌いなんじゃなかったのか」
「呑み込む為に力を振るうから暴力なのです。私は抗う為に力を振るいます。誰かを貫く為ではなく、自らを貫く為に」
それは、ずっと暴力の近くで生きてきた彼女の信念か。
言ってしまえば自分勝手な理論だ。主観しか存在しない屁理屈。
けれど同時に、そこには何一つとして偽りはない。正しさなど最初から求めてすらいない。
故にフィアンマは、返すべき言葉を見失う。
「それで? まだ抵抗すると言うのならお相手しますが」
その後ろから、聖人の声。
首を回せば、聖人は再び黒鞘を構えていた。
"聖人" 神の子の力の一端を振るう正真正銘の化け物。
応ずるは、かつて神の如き力を振るった、しかし今はその力を丸ごと削がれた隻腕の魔術師。
勝算は限りなく薄い。
「戦わないならどいてくださいまし」
そして、少々特殊な、しかし所詮は両名と比べれば至って平凡で無力な少女。
勝算などあるはずもない。
ならば、フィアンマの選べる答えは一つしかなかった。
「……銃を下ろせ」
「嫌ですわ」
「邪魔だと言っている。巻き込まれたくないなら下がれ」
そう言い捨てて、フィアンマは再び左手で術式を組む。
呆ける少女を背に庇って、向き直る相手は正真正銘の化け物。
それでも、その顔から余裕は消えない。
「それが貴方の返答ですか?」
「……俺様も俺様なりに、世界というやつを救ってみたつもりだったんだがな」
もう無闇やたらに力を振るう気にはなれなかったし、欺瞞はうんざりだった。
力なき者を巻き込もうとも思えなかった。むしろそういう人間を守るべきなのだと思っていた。
そして、その代償は己であるべきなのだと。
かつて、彼の世界を守った少年のように。
だが、ようやくフィアンマは自らの誤解に気付く。
あの少年はきっと自らを犠牲にしたつもりなど毛頭なかったのだ。
むしろ逆だ。誰も犠牲にしない為に、彼はフィアンマを止め、フィアンマを助けた。
欠けていいものなどあるはずが無かったのだ。
彼が守りたい世界とは、背後の少女であり、眼前の聖人であり、彼自身でもあるのだから。
ならば、ここで振るわれるべき力とは、何か。
「生憎とまだそれには足りないようだ。だから、抗わせてもらうぞ」
奪うためではなく。
奪わせない為に、フィアンマは左手を構える。
「罰を受け入れないと?」
「然るべき時がくれば受け入れるさ。だが、ろくに自らで贖いの形を探ることもなくただ受け入れるのも違うだろう」
それに、とフィアンマは続けて、
「俺様の都合で、また世界を奪うわけにはいかないさ」
左手を構える。
正直、今のフィアンマはまともに戦える状態ではない。
有象無象の魔術師程度ならば撃退出来る程度の力は保有している。
が、あくまでそれは間に合わせだ。本来彼が所有しているはずの、莫大な力は断片しか取り戻せていない。
それでも、負ける気はしなかった。否、負けるわけにはいかなかった。
確かにあの日、彼はその力を失った。
だがあのとき、彼は失った力以上に大きなものを確かに受け取ったのだ。
彼と良く似ていて、彼とは似ても似つかなかった、誰よりも弱くて強いあの少年から。
だから、負けない。
「……いくぞ」
光を纏う左手をゆっくりと引く。
聖人が黒鞘をゆるく動かすのと同時、横薙ぎに左手を振るった。
その軌跡を追うようにして閃光が炸裂して聖人に殺到する。
無論、その一撃でどうにか出来るなどとは思っていない。回避される事は確実だ。
故にフィアンマは追撃の準備も怠っていない。
左手を振るった際にルーンは撒いたし、その左手には既に『剣』が出現している。
だが、それらは何の役にも立たなかった。
「ぐっ!」
何故ならば。
フィアンマが放った閃光を受けて、聖人が後ろに大きく吹き飛んだからだ。
「……なんの、つもりだ?」
「っ……、これは、真正面から受けるには少々きつい一撃でしたね」
その黒鞘で受け止めたのか、或いはなんらかの防御術式を発動したのか。
踵を削るようにして制止した聖人は、言葉の割にはさしたるダメージを受けたようには見えなかった。
彼女はそのまま頭痛でもするかのように首を振ると、
「これでは、貴方のようなイレギュラーを相手にするのは厳しいかもしれません」
なんとも白々しくそう言った。
「……」
「そう睨まないで下さい。そもそも、私は途中から貴方を捕らるつもりはなかったのですから」
これまでとは打って変わって人が良さそうな微笑を浮かべて、聖人は続ける。
それを胡散臭げに睨むフィアンマは、
「いや、さっき思いっきり敵意を感じたんだが」
ありのまま感じたことを口にする。
それを受け取った聖人は急に真顔になって、
「……私のこの格好は、術式の構成上必要なだけで。必要に迫られているわけで」
「?」
「?」
「いえ、なんでもありません気のせいです。ええそんなの錯覚に違いありません」
なにやら唐突に弁解を始めた。
不審な挙動を見せる聖人に対して二人はその疑いの視線を強くする。
それを受け、聖人は腰に刀を戻してわざとらしく咳払いを一つ。
そして、また笑みと共に口を開く。
「……私もね、同じなんですよ」
自嘲をその顔に浮かべて、聖人はポツリ、ポツリと呟く。
「『あの子』の世界を守っているつもりで、その実『あの子』を苦しめ続けて。罪人であるのは、私とて同じです」
フィアンマには、その言葉の意味は分からない。恐らく聖人も分かってもらえるとは思っていない。
だから彼は何も言わず、ただ静かに構えていた『剣』を消した。
その様子を見て聖人はもう一度笑い、それに、と続けた。
「『あの少年』にその道を正されたのも、ね」
「!」
「違いますか? 貴方からなんとなく彼の影響を感じたのですが。貴方を打倒したのも彼ですし」
図星なのだが、フィアンマは何か見透かされたようで気に入らない。
僅かに憮然とする彼を見て、聖人は再び息を吐いた。
「第一、私は貴方の捕獲の任を受けて動いていたわけでもありませんから。危険性が無いのなら、私がすることはありません」
「……いいのか、そんないい加減なことで」
「構いませんよ。精々頑張って贖う術を探してください」
そして、聖人は踵を返す。
が、何かを思い出したのか再び振り返って口を開いた。
「そうでした、そちらの貴女」
「私ですの?」
「ええ、乗りかかった船です。何か厄介ごとに巻き込まれているのならば、助力致しますが?」
「ええー、私まで変態と思われそうで嫌ですわ」
「……」
聖人が発する威圧感が一瞬で爆発的に膨れ上がった。
それが開放されるより早く、フィアンマは少女の頭を高速で引っぱたく。
多分服装なんかに関する話はタブーなのだと、彼はなんとなく理解する。
「というか渡りに船だろうが、大人しく力を借りておけ」
「じゃあそれで」
「軽いな」
「ま、まあ、それではそういうことで」
少女の言動に調子を崩されながらも、なんだか話が纏まった
もう最初から最後までペースを乱されっぱなしなのだが、フィアンマは色々諦めた。
何か悟りを開いた感がある。
「まあ、そんなわけで貴方とはここでお別れですわね」
「正直ほっとしているよ。全く人騒がせな女だ」
そうですわね、とやけに素直に少女が首肯する。
ん? とフィアンマが違和感を覚えるより早く、少女は深く頭を下げた。
「ごめんなさい」
「……何がだ。心当たりが多すぎて分からんぞ」
「私の事情に貴方を巻き込んで、危険に晒してしまったことですわ」
「今更だな」
「ここまで話が大きくなるとは思っていなかったんですの。完全に私の判断ミスです」
いつまでも頭を上げない少女に、フィアンマはまた溜め息を一つこぼす。
本当に最近溜め息が増えた。気苦労が増えたのか、ちゃんと物事に向き合うようになったが故か。
しかしまあ、結局彼は最後までこの少女に振り回される運命のようだ。
「こんなことならば、最初から貴方に」
「もういい、黙れ」
「でも」
「似合わんことをさせるなするな。面倒だからもう止めてくれ」
沈んだ表情で、それでも少女は頭を上げる。
そのまま気まずい沈黙がその場を満たした。
聖人は何も言わず、少女はただ目線を伏せ、フィアンマは重ねて息を吐きながら頭をかいた。
本当に、こういうことは似合わないのだが。
「……乗りかかった船だろう。そもそも俺様はいつだって降りることが出来た、お前にどうこう言われる筋合いは無いよ」
視線を横に逃がしながら、どこか突き放すようにフィアンマは言い放った。
その台詞を受けて、少女はきょとん、と虚を突かれたような表情を浮かべる。
彼女はそのまま小首をかしげ、
「……それって、励ましているつもりですの?」
言って、笑った。
言わせておいて笑うなとフィアンマは思ったが、そう言ったところで主導権を取り返せるとも思えない。
何かもう、色々と諦めてしまえた。
最早振り回されることにも慣れてしまったし。もうそれでいいかと、心のどこかで妥協してしまった。
おかしなことに、それは笑みを伴う妥協だったのだが。
二話完
正直まとめ切れなかった感がありますツッコミ所が多いです思わせぶりなだけでバトルしてないですごめんなさい
次は未定です。ここまで遅くはならないと思いますが
前半は話広げるだけですし
乙
次も楽しみにしてる
やっぱフィアンマさんはいいな
乙!
性、もとい聖人さんかっけぇなwwww
神裂しゃん気にしてるのね
おつ
聖人さんがカッコヨク見えたwwww
俺至上最高のスレに出逢ってしまったかもしれない
超乙。ウルトラ乙。
乙
かんざきさんじゅうはっ「唯閃」さ………
締めが爽やかでいいなぁ
この雰囲気大好きだわ
乙
フィアンマさんやっぱかっけぇな
乙
フィアンマさんやっぱかっけぇな
乙
フィアンマさんやっぱかっけぇな
乙
フィアンマさんやっぱかっけぇな
最近連投厨が増殖してるな
あぁ!?すいませんまさか送信出来てたとは思ってもなくて何回も書き込んでしまった…
>>1さん無駄なスレ消費すいませんm(_ _)m
でもこのままじゃ旅費が無くなるような気が
そろそろ来ると信じてる
話広げるだけなのに時間がかかりました。もう駄目だ俺遅筆過ぎる
さっさと投下します
・Sword
脇の木々が根こそぎ吹っ飛んだ。
地面ごと抉られた樹木が粉々に砕け散って、内側から爆発したかのように破片が飛散する。
「うわっ!!」
なんとか伏せてそれを凌いだ青年は、自らの武器の感触を確かめながら隣の老人に話しかける。
「なんなんですかあれ、あんな霊装見たことがないですよ!」
『あれ』というのは、目下のところ彼らが破壊対象としている物体だった。
全長20メートルほどの、どこか生物的なフォルムの木造船のような建造物。
森林の中に場違いにも君臨するそれは、四方六方に無差別攻撃を繰り返す自律操作の霊装だ。
「……いや、アレ多分原形はイーリオスの木馬じゃねえか?」
「あれのどこが中に人を隠す奇襲用の木馬なんです!? どんな応用しているんですか!!」
「木船っぽいのは材料に船を使ったって伝承からだろうが……そもそもロシア成教の使うものじゃないわな」
「それ以前にあんな攻撃性ありませんよ!」
「まあバッチリ奇襲は食らったけどなあ! ははははっ!!」
「笑ってる場合ですかっ!!」
彼らの会話の途中にも、『木馬の船』は攻撃の手を緩めない。
森林を吹き飛ばし大地を抉り、周囲を破壊の渦に巻き込んでいく。
不幸中の幸いは、あまりに攻撃が大味すぎて逆にこちらの被害はそう大きくないことか。
恐らくあれは拠点攻略用の大規模霊装なのだろう、と青年は推測する。
分厚い城壁も一撃で破りそうなその攻撃力には呆れるばかりだが、対人戦では無駄ばかりが目立つ。
「しかし、このままではまずいですよね」
「まあ、あのまま好き放題させてちゃあ人的被害ゼロってわけにはいかねえだろうな」
老人は周囲を見やる。
彼の仲間達も、散開して地面に伏せることで攻撃の直撃は防いでいるようだ。
そもそも砲身が下に向くようになっていない『木馬の船』からの攻撃は、それである程度凌げる。
連射速度にしても大したことはなく、照準も甘い。基本的に固定標的狙いなのだろう。
「付け入る隙はあるが……さてどこを狙う?」
「……船底、と呼べそうなところにいくつか魔法陣がありますね」
青年の言葉に老人が目を凝らして見ると、確かに多数の魔法陣が複雑な紋様を描いていた。
しかもそれらは刻一刻と形状を変え、まるで生き物のように蠢いている。
「移動補助……いや単純に重心を安定させる為の陣か?」
「恐らくは。あれを崩すことが出来れば、機動力は大幅に削げると思います」
「しかしあんなとこ障害物が多すぎて狙えねえぞ。ここら一帯が更地になるまで待つか?」
いえ、と青年は答えて黙った。
黙って、ゆっくりと中腰まで体を起こして『木馬の船』を睨む。
「僕が行きます」
「おいおい、無謀なのは嫌いじゃないが無理だろ」
老人の言葉を無視して、青年は『木馬の船』を睨み続ける。
どうやら何かタイミングを計っているようだ。
「あの霊装の攻撃にはクセがあります。そう簡単だとも思いませんが、無理ではないですよ」
「だからってお前」
「……援護、頼みます」
言って、青年は自らの武器を構える。
コリシュマルド。元はスポーツに用いられた物を軍用に改良した、フランス製の細身のサーベル。
彼が勇気ある者として振るうべき剣を携え、若者は走り出す。
「――待って」
が、その直後に彼は服の端を掴まれてつんのめる。
振り返れば、かつて彼が助け、そしてこれからも守り抜こうと決めている女性がいた。
「ちょっ、なんでこんな前線に来てるんだ!? とりあえず危ないから伏せ」
「危ないわ」
「いや危ないのは君で、っていうかまあ俺もこれから危ないことしに行くけどそこは俺を信じて」
「巻き込まれるわ」
「へ? 何に」
直後に、声。
「"槌に代わりて我の拳を打たん"」
続くのは、閃光と轟音。
地平線まで満たさんばかりの莫大な光が後方から溢れ出し、思わず若者は目を覆った。
白熱する閃光は獣の咆哮にも似た爆音と共に空を突き抜け、彼等の眼前の『木馬の船』を真上から貫いた。
「……なっ」
「うお、すげぇな」
地鳴りのような音と地震のような振動――膨大な余波が、一帯を突き抜ける。
一撃だった。あれだけ暴虐の限りを尽くした霊装が、ただ一撃で粉々に打ち砕かれた。
その様を呆然と眺める青年と老人、そして見当違いの方向を向いている女性。
「……ええと、なんで分かったの? 神託?」
「そうだと思うわ。ほら、あの人が術者じゃないかしら?」
言った少女が見る先を、二人も見やる。
そちらに沈んでいくのは夕陽。それを遮り立っているのは、隻腕の魔術師。
「がっはっは! しっかしまあ、まさかあの右方のフィアンマとはなあ!!」
「例の傭兵から聞いた話とは随分様子が違いますが、助かりました。ありがとうございます」
「私からも。お陰で彼が危ないことをせずに済んだもの」
「……」
何かがおかしい、とフィアンマは頭を抱える。
例によって厄介事の臭いを辿っていたところ、偶然にも彼らが戦っている現場に出くわした。
それはいい。
しかし、魔術絡みの事には極力関わりたく無かった。ことが余計に複雑になるのが目に見えているからだ。
とは言ったものの、そのまま見捨てるのも寝覚めが悪い。故に少しだけ手を貸した。
それもいい。
「しかし、さっきのは陰陽術に見えたがお前さんそっちの方が専門なのか?」
「……風水読みなどかじった程度だ。俺様の専門は偶像崇拝のテレズマ仕込みだよ」
「かじった程度であの規模の術式が使えるんですか。流石は神の右席ですね」
「……禁書目録の知識に触れる機会があったんでな。参考程度に俺様の属性と相性が良い術式を調べていただけだ」
が、何故自分は今彼らの拠点で会話に華を咲かせているのだろう?
本来、フィアンマはやることをやったらさっさと逃げようと思っていたのだ。
だが、何故かあっさり補足され、あっさり正体がばれ、あっさり受け入れられた。
彼は思う、訳が分からないと。
「お腹すいてない? 簡単なものならすぐに用意できるけど」
女性の暢気過ぎる台詞に、フィアンマは溜め息をつく。
そして、少し目つきを鋭くしてから三者を見渡した。
「お前らが何のつもりなのか知らんが、俺様は第三次世界大戦の首謀者だぞ?」
「ああ、そうらしいな」
「……そう簡単に受け入れていい相手だとでも思っているのか?」
「僕の経験上、そういったことを自分から言い出す人はそこそこ信頼出来ますね」
「……、そうじゃなくてだな」
「さっきは助けてくれただろうが。なら味方ってことで問題あるめえよ」
「そういうことでもないだろう……ええい、もういい」
早々に諦めるフィアンマ。彼は最近諦めるということを覚えた。
そのままなんやかんやで食事の流れになり、女性と青年はその準備に消える。
「で、お前さんは手を貸してくれる感じなのか?」
「もうそういう流れだろうが。今から俺様が帰るといって帰してくれるのか」
「いや、別にワシらは強いるつもりはねえが」
素で返されて、フィアンマは言葉に詰まる。
なんかそういう流れなのだろうと勝手に決め付けていたが、別にそういうわけでもなかったらしい。
そういえば彼は相当にマイペースな人間だったはずだ。あくまで先日のようなことはイレギュラーなのである。
なにやら不要な部分が洗脳されかかっていたことに戦慄しながらも、フィアンマはあくまで自らのペースで、
「……それで、敵は何だ」
敢えてそういう流れを続けた。
彼は第三次世界大戦を経て自らの正しさを見失い、一時は傍観者に徹そうとしたこともある。
が、何かを変えたいと思うのならば結局は自らが動く他に無い。
あの薄暗い路地裏で、それを教えられた。
「元ロシア成教、現流れのゴロツキ魔術師共だよ。第三次世界大戦の後、再編で出された膿ってとこか」
「何故そんな連中に狙われる?」
「ちと因縁があってな。まあそれ以前に放っておくわけにもいかねえんだが」
老人はそこで一度言葉を切って、溜め息と共に天井を仰ぐ。
「せっかく総大主教の坊ちゃんが膿を出す決意をしたってのに、あの弱腰のジジイ共め」
「話が読めんのだが」
「その膿は上と色々良くない繋がりがあったみたいでよ。罰せられるべきだったんだが、結局は無罪放免が精一杯だった」
「それで?」
「半端に力を失ったあの馬鹿野郎が、何をしでかすか分かったもんじゃねえってことだよ」
何でも老人が言うには、その『膿』というのはロシア成教内の一部門を完全に私物化していたらしい。
そして教会を追われた今でも、配下の魔術師と所持していた霊装はそのままなのだそうだ。
つまり、檻から放たれた獣のようなものだということか。
「とはいえ三大宗派の一つっていう最大の後ろ盾を失っちまった今なら、まだ勝ち目はある」
「本当か? むこうは随分と派手な霊装を所持しているようだが」
「こっちだって負けちゃいねえさ。さっきは偵察のつもりだったからロクに準備もしてなかったけどよ」
そして老人はそこで一度言葉を切って、フィアンマの方を見やる。
視線は空の右袖。暫くそこを見た後に、老人はニヤリと笑って、
「どうやらお前さんは万全の状態とは言い難いみてえだが」
「まあ、良いとは言えんな」
「どうだ。さっきの礼もあるし、いっちょ霊装を見繕ってやろうか」
「霊装、ねえ」
「おっと、見くびってもらっちゃあ困るぜ? こちとら古今東西から一級品の霊装を集めてんだからな」
おっしゃ着いて来い、と強引に促す老人の後を追って、フィアンマも立ち上がる。
そのまま部屋を出て霊装の保管庫へと向かう途中で、食事を運んで来た青年らとすれ違った。
「あら、どうしたの?」
「ちょっとコイツに霊装を見繕ってやろうと思ってな」
「なるほど。見当は付けているんですか?」
「うーむ、そういえば特に決めてなかったなぁ。何か希望とかあるか?」
「何があるかも分からんのに希望を問われてもな」
ふむ、と青年は宙を仰いで一考して、女性と顔を見合わせる。
それから老人の方へと視線を移して、口を開いた。
「例の傭兵に渡したのはアスカロンでしたよね」
「おお、そうだな。あれほどの一品はもう無いぞ」
「そんなものを渡されても困るが」
「とても大きな剣だったかしら。確かに置く場所には困りそうだわ」
「いやまず普通に持てないと思うんだけれど」
後で僕達も行きます、と言い残して、二人は部屋へと戻っていった。
その背を追ってフィアンマが視線を戻すと、老人は腕を組んでなにやら唸っていた。
「そうだよなぁ。万全でないとはいえ神の右席だ。アスカロン級の代物が要るわなぁ」
だからそんなものを渡されても困るわけだが、とフィアンマは思う。
身体強化術式も使えないわけでは無いが、現状の魔術であんなものを振り回したいとも思えない。
まして彼は今隻腕だ。体格的なことを考慮しても、少々無理があるというものだろう。
「……ん? 神の右席?」
と、そこで老人は何か思いついたかのように顔を上げた。
「お前さん、右方のフィアンマだよな?」
「そう名乗ったはずだが」
「そうかそうか、それならアレがあるじゃねえか!」
何か悪い笑みを浮かべる老人。
そして何か嫌な予感がするフィアンマ。
「……『アレ』とはなんだ」
「じゃじゃ馬だよ。ワシらじゃあ腐らせるだけだったが、アンタならどうにかなるかもしれねえ」
そして、彼の予感は的中する。
「あれ、もう終わってしまったんですか?」
丁度二人が食事の準備を済ませたときに、フィアンマ達は戻ってきた。
彼は恐らく霊装であろう細長いシルエットのものを袋に入れて肩から掛けていた。しかしその表情は若干憮然としている。
「早かったのね」
「おう、ビビビっときたんでな!」
「……まあ、構わんがな」
どこか釈然としない表情の彼に、二人は疑問符を浮かべて顔を見合わせた。
山賊か何かの頭のような笑い声を響かせる老人の傍らで、フィアンマはボソっと呟く。
「面倒だ。そして面倒事にならなければいいが」
「?」
「?」
同じように首を傾げる二人を見て、フィアンマは嘆息した。
そしてつつがなく食事も終わり、各々が部屋へと消えた後。
青年はゆっくりと扉を開いて、帳の下りた街並みへと踏み出した。
深夜の街は暗く寒い。青年の吐き出した息が、街頭の薄明かりに白く照らされる。
「……、」
二、三歩で足を止め、彼は夜空を見上げた。
控えめに輝く冬の星を、ぼんやりと眺める。
しばらくそうしてから、青年は視線を下ろして歩き出そうとして――
「……」
「うわっ」
そこでようやく、フィアンマが扉の傍らにいたことに気付いた。
「どうしたんですか、こんな夜中に」
「お前こそどうした」
「僕は、まあ、なんとなく」
「なら俺様もなんとなく、だ」
目を閉じ伏せて掌はポケットに突っ込んで、壁にもたれかかったままフィアンマが答える。
僅かに苦笑した青年は、そうですか、と返してからまた空を見上げる。
片目だけ開いたフィアンマも、それを追って星空を眩しそうに仰いだ。
「……それで、どうしたんです?」
「しつこいな」
「いえ、なにやら悩んでいるように見えるので」
青年の問いかけに、フィアンマは正面を向く。青年と目が合う。
穏やかに笑う彼を投げやりに見、溜め息をこぼした。
「それだ」
「それ、とは?」
「お前達は俺様が何をしたのか知っている。それなのに、誰も彼も俺様を責めんだろう」
フィアンマは笑った。滲ませるのは自嘲。
こんなことを言っても仕方が無いというのは、彼自身百も承知だ。
だが、それでも呑み込めない違和感がある。
「事情を知らない連中はそうでも仕方が無いが、お前らはそうじゃない。それなのに善人のように俺様を扱う」
「僕達を助けてくれたではないですか」
「一つ二つの善行で塗り潰せるような愚行でもあるまい。俺様の名は悪人か、でなければ愚者だ」
「まあ、それも分からなくはないですが」
「無論、少々罵られた程度で購えるとも思わんが。それでもな」
嗤いながら、彼は再び星空を見上げる。
星空は何も言わない。この星の全てを見下ろしながら、弱々しく輝き続ける。
「……"実行しない欲望を抱くくらいなら、揺籠の中の幼児を殺せ"」
「……急になんだ」
「かのイギリスの詩人、ウィリアム=ブレイクの言葉です」
「随分と物騒な言葉だな」
「僕は"やってから後悔しろ"くらいのニュアンスで捉えていますけどね」
夜空に視線を投げて、青年も笑う。
「僕も、少し経験ありますよ。その違和感、というよりは罪悪感でしょうか?」
先ほどまでとほぼ同じ、しかし僅かに異なる笑顔。
その端から覗くのは、かすかな自嘲か。
「先刻まで僕の隣にいた女性は、"ダルクの神託"という特殊な術式の素質を持っていまして」
神託というよりは啓示に近いものらしいですが、と青年は続ける。
曰く、かつてジャンヌ=ダルクが受けた神託、それを模した術式の素質があったとのこと。
恐らくは偶像崇拝の理論、特に『神の子』と『聖人』の関係の応用なのだろう。
ダルクに近い要素を持つ女性にはダルクと同じように神託を受けられる可能性がある、という理論。
事実、今の彼女も時々未来視じみた神託を受け取ることがある。
「そしてそれを狙われ、彼女はオルレアン騎士団――かつてのフランス最大の魔術結社に攫われてしまったんです」
それは、彼がまだ幼く弱い少年だった頃の出来事。
圧倒的な絶望が少女を呑み込み、少年は剣を手放した。
「その時にね、僕は一度絶望してしまったんですよ。僕には無理だって、彼女を見捨てようとした」
それでも、愚かなことに少女は少年のことを信じ続けた。
現実を見ればそれが裏切られるのは必然、だが愚かにも少年も少女を心から裏切ることが出来なかった。
故に少女はただ信じ、少年はただ打ちひしがれていた。
一人の傭兵が、その前に現れるまでは。
「最終的には例の傭兵の助けもあって彼女を助けられましたが、それは結果論ですし」
「……」
「僕は彼女を諦めようとしていました。いえ、あの傭兵がいなければ、確実に絶望して諦めていたと思います」
情けない話ですけどね、と青年は笑う。
仕方のないことだった筈だ。いくら歴戦の傭兵がついていようと、敵は強大で彼は無力だったのだから。
それでも彼は悔いているのだろう、一瞬でも少女の信頼を裏切ってしまったことを。その笑みが、それを証明している。
「だから、全てが終わった後に彼女に謝ったんです。諦めかけたことも全部、正直に話して」
そしたらなんて答えたと思います? と青年は呟くように言った。
その時のことを、彼は今でもはっきり覚えている。
その時の少女の笑みを、彼は今でも鮮明に思い出せる。
「"それでも助けてくれたじゃない" そう言って彼女は笑いました。そんなの結果論でしかないのに」
「……お前もさっき同じようなことを言っただろう」
「それとは話が違いますよ。僕はあの傭兵が来なければ、絶対に諦めていたんですから」
「そんなものか」
「ええ。――結局、彼女は不甲斐無い僕を一言も糾弾しませんでした。だから、その時に思ったんです」
「何を」
そこで青年は一度区切って息を吐いた。
フィアンマを見て、口の端だけで笑う。
「ああ、結局のところ、これから取り返すしか無いんだなって」
やや不服気なフィアンマの表情に、青年は続けて笑った。
「だってそうでしょう? 結局はそれしか無いんです。自分を納得させるには、ね」
「そんな話ではないだろう」
「そんな話ですよ。結局自分が自分を許せないんでしょう? 貴方を許さない誰かは普通に貴方を糾弾してくれますよ」
「それはまあ、そうだが」
「過去には戻れない未来は分からない、それなら今を精一杯やるしかないんです。当たり前過ぎて笑えますが」
言いながら、青年はゆっくりと夜道を歩く。
一歩一歩、丁寧に、確実に。
「それと、さっきの貴方の言葉ですが。善行も愚行なんかには塗り潰されないと思いますよ」
「……そうは言ってもな」
「どうあっても――ちぐはぐだろうとみっともなかろうと、そのまま呑み込んで進むしか無いんです」
「……」
「だからきっと、欲望はさっさと解き放った方が良いんでしょう。抱くべきは結果と幼児くらいのもの」
歩みを止めた青年は、フィアンマをゆっくりと振り返る。
その姿に、自らが歩んできた道のりへの自信を湛えて。
「難しい顔をしていますね」
「そう単純に割り切れる問題でもないだろう」
「そうですか、それなら単純な言葉を。同じイギリスのウィリアムでもオルウェルの方から学んだことです」
「なんだ」
「"難しい事は考えるな。守るべき者がいれば剣を取れ"」
力強い言葉だった。
悪く言ってしまえば自己満足の独善でしかなく、短慮と言っても過言ではない。
それでもそこに全てを賭して、後悔も迷いも全て呑み込んで、ただ真っ直ぐ進んできた者の言葉。
「って、すみません。なんだか説教みたいになってしまいましたね」
「……いや、それなりに面白い話だった」
「そうですか、ありがとうございます。ところでどうです? これから夜の散歩と洒落こもうと思うんですが」
その問いにフィアンマは壁から背中を離した。
もう空は見ない。振り返ってゆっくりと扉を開く。
「いや、遠慮する。まだ霊装の調整が終わっていないからな」
「そういえば、一体どんな霊装を貰ったんです?」
「半端な出来損ないだよ。使い物になるかどうかは、俺様次第といったところだな」
そこでフィアンマは扉を引く手を一端止めて、青年の方を振り返った。
「確か、猶予は三日程度だったか」
「ええ、余裕を持たせてそのくらいだと。向こうも準備も無しに暴れだすほど馬鹿ではないでしょうから」
「……それまでには、なんとか使い物になるようしてみせるさ」
彼は不敵に笑い、
「元来、大人しく欲望を抱えっぱなしにしているタチではないんでな」
それに、青年も笑顔で応える。
こんな感じで一つ
16巻とか22巻とかに出てきた人たちです
次も出来るだけ急ぎますが、ご覧の通りなのでゆっくり待ってて貰えれば
乙 右方さんの霊装に期待
あれ?
俺いつから原作読んでたっけ?
なんつーかスタイリッシュというか洗練されてるというか登場人物が妙にかっこいいな
とにかく雰囲気が良い
今更ながら乙
霊装が気になるなwktk
おおいつの間にか来てた
続きが楽しみすぐる
えーと…
鎌池先生…じゃないですよね…?
いや、割りとガチで
1ヶ月くらいなら前にも2回空いてるし大丈夫だろ
>>194>>195
かまちーならもっと速く書いて早く投下出来るんだろうなぁと思う小市民です
>>196>>197
精神的には割とずっと参りっぱなしですが体は元気一杯です
ちょっと途中で引っ掛かってて全く続き書けなかったとこがあったんですが、もうそこは抜けたので多分もうすぐ
……投下出来るはず、です。きっと。あと一週間……とかそのくらい? 本当遅筆で申し訳ない
今日は新約二巻をゲット出来なかったわけですが、フィアンマ出てきますかね。楽しみ半分不安半分です
まあ例え出てきてもコレはコレできっちり終わらせますけれども
新約二巻出たし来てるかなーと思ったらやっぱりキテターー!!
今更だが>>1は酉つけてないんだな。なんか意外というか今まで気付かなかったww
投下頻度は気にせず自分のペースで良いと思う
人生で読んできたSSの中でもシリアス部門で間違いないなく1位のSSだ
あっ、でも無理せず自分のペースでな
久しぶりに行ったら更新されてたー!良スレ応援してます。
生存報告をプリーズ
に、二週間経ってしまった……
明後日か明々後日くらいに投下しますが……なんかもう遅筆過ぎて駄目だ……前回7月1日やないか……
いつまでも待ってるから
>>1のペースでやってください
無理せずゆっくりまったり
htmlになる前に来てくれれば別にいい
投下します
また長いです多分最長です。あんま小分けにすると色々とグダる可能性が高いので勘弁してやって下さい
「あら、早いのね」
彼女の呼びかけに、右の袖を揺らしてフィアンマが振り向いた。
しかしその顔はなにやら妙にやつれている。
「……早いんじゃなく寝てないんだ」
「あら。もしかして、枕が変わったら眠れない人なのかしら?」
「霊装の調整をしてたんだ。もう一息に済ませようと思ったんだが」
「頑張り屋さんなのね」
「……気のせいかもしれないが、さっきから微妙に話の軸がずれてないか」
なんとなくどこぞの暴走女と似た匂いがするような、とフィアンマは渋い表情を作る。
そんな彼の心中を知らぬ彼女は、にこやかな表情のまま首を傾げた。
「……そういえば、昨晩聞いたんだが」
「何かしら?」
「お前は神託というヤツをたまに受け取るらしいが、具体的にどんなものなんだ」
「うーん、未来知、といった感じかしら。五感に頼る風じゃないから、明確なようで曖昧というか」
「タイミングは自分では選べないんだったか」
「ええ。だから、色々な意味で神託というほどのものじゃ無いわね」
浅い、誤魔化すような微笑みを彼女は浮かべた。
曰く、ダルクの神託の素質はあっても、それを完全に再現することは不可能なのだそうだ。
あくまで同じ素質と近い性質を持つだけで、根本の部分ではそれは別物なのだろうとのこと。
「まあ、私という人間の機能を破壊して、私という機構に組みかえれば可能かもしれないらしいけれど」
正直それも胡散臭いわね、と彼女は続けた。
そんな仮定を述べるのは、オルレアン騎士団に攫われた時に実際にそれをされかけたからか。
浮かべる微妙な表情から、そこまでの深層を汲み取ることは出来ない。
「まあなんというか、難儀なことだ」
「そうでもないわ、彼がいつも傍にいてくれるもの」
「――そういえば、昨晩その『彼』と話をしたんだがな」
「あら、いつの間に仲良しになったの?」
「そのことで、もう一つだけ質問してもいいか」
フィアンマは、虚空に泳がせていた視線を彼女に向ける。
早朝のどこか弛緩していた空気が、少しだけ引き締まる。
「何故お前は奴を信用出来る? 一度はお前の信頼を裏切ろうとしたというのに」
「ええと、オルレアン騎士団のときの話かしら」
「ああ」
「まあでもあの時は、諦めかけたのでも結果的には助けてくれたのだし」
「それは結果論だろう。諦めようとしたことに変わりはない」
「んー、確かにそうだけど。でも、それが一番大事なんじゃないかしら?」
朗らかに笑う彼女に対して、フィアンマは僅かに顔を歪める。
そのまま吐き捨てるように一つだけ笑って口を開いた。
「All's Well That Ends Well――終わり良ければ全て良し――、ね」
「あら、シェイクスピアね」
「……そういえばまたイギリスのウィリアムか」
「?」
何か妙にウィリアム続きだな、とフィアンマはやや苦い表情になる。
このままだとそのうち誰かしらウィリアムという名の人物が現れそうだ。
「んー、そうねえ。シィクスピアならば、『アントニーとクレオパトラ』の方が」
「知らん。そもそも俺様が演劇に造詣が深い人間に見えるか」
「"You gods, will give us. Some faults to make us men"って台詞なのだけれど」
"神は、我々を人間にするために、何らかの欠点を与える"と訳される。
不完全性こそが人間たる証である、という台詞。
「お前の好みなんて聞いてないんだがな」
「ああ違うのよ、話が逸れたわけじゃなくて。ほら、誰にでも欠点はあるでしょう?」
「――まあ、完璧な人間というものは見たことが無いな」
かつて妄信していた、自身の絶対的な正義はとうに砕け散った。
そしてそれを砕いたあの少年だって、ある意味では彼以上に完璧とは言い難い存在のように感じた。
完全な不完全性、などという妙な言葉が彼の脳内に浮かぶ。
「あのウィリアム=オルウェルだって何か間違いを自覚していたみたいだし。誰だって一度は間違うのよ」
「それがどうした」
「だから、私が大切だと思うのはそれからのことなの。間違えてから、その人がどうするか」
「……間違えてから、か」
そう、と彼女はまた僅かに笑う。
それを受けて、フィアンマはより苦い表情を作った。
その笑顔が、いつか見た笑みと重なるような気がしたからだ。
「折れても迷っても膝をついても、それでもまた真っ直ぐに進んでいける」
何故笑ったのか。
その理由が、分からなかったからだ。
「そんな人達だからこそ、私は信頼しているのかもしれないわね」
「ここまで語っておいて、かもしれない、なのか」
「ふふっ。本当はね、そこまで深く考えて信頼してるわけじゃないの。理由はほとんど後付けね」
言ってから、重ねて彼女は笑った。
或いは何も知らない子供のように、或いは全てを知り全てを抱く聖女のように。
「って、なんだか最後に身も蓋も無い感じになっちゃったけど、こんな答えで良かったかしら?」
「まあ、参考にはなったな」
「それはよかった」
彼女の返事を聞くと同時に、フィアンマは大きく欠伸をこぼす。
まばたきを数度繰り返した後、頭を軽く振って、
「……俺様は少し寝るかな。眠気を飛ばすつもりで出てきたんだが、やはり眠い」
言ってからまた一つ、今度は小さく欠伸をした。
「朝食は残しておいて貰っておくわ。おやすみなさい」
「ああ。今日は、何か予定はあるのか」
「特になかったと思うわ。あまり焦っても仕方がないし、各自英気を養えといったところかしら」
「そうか」
一応確認だけ済ませて、フィアンマはあてがわれた部屋へと戻ろうとする。
が、その歩みは出足で止まった。
「……なにやら、中が騒がしいようだが」
「あら?」
扉を開くと、より鮮明に中の喧騒が伝わってきた。
先ほどまでは無かった騒々しさに、フィアンマは眉をひそめる。
「なにかあったのかしら」
「まあ、あったんだろうな。しかも良くないことが」
彼らが唐突な事態にどう動くべきか逡巡していると、件の青年が小走りでやってきた。
彼はフィアンマらの姿を見つけると、少し安心したように緩く息を吐いた。
「ああ、ここにいましたか」
「何があった?」
「――奴らが動きました。例の霊装『木馬の船』を大量に配置しているとのことです」
青年はやや早口に告げる。
その様子からは、予想外の事態に困窮している様がありありと見て取れた。
「なぜこうも早く動く? お前らの想定ではもっと遅くなるんじゃなかったか」
「分かりません。僕らだけを撃破すればいいのならば、今でも遅いくらいですが」
「無闇に暴れても、他の組織に彼らを討つ理由を与えるだけなのに。何か理由があるのかしら?」
「自棄になったか」
「とにかく、捨て置くわけにもいきません。早急に対応できるのはここくらいですから」
大きな組織が動くには、大きいなりにそれなりの理由や下準備が必要となる。
それを見越して"膿"の連中も力を蓄え、地盤を固めて他組織に口出しされない構図を整える。
――との予想だったのだが。
「ほっとくと何始めるか分かったもんでもねえからな。準備は不完全だが、迎え撃つしかねえ」
青年を追って現れた老人も後を続けた。
フィアンマは舌打ちと共に吐き捨てるように応える。
「下衆に節度を求めても仕方無いが、霊装の調整もまだだというのに」
「それ以前に貴方は眠そうね。少し仮眠した方がいいんじゃないかしら?」
「構わん。そんな悠長なことは言ってられんだろう。それで、戦場はどこだ」
「いや、嬢ちゃんの言うとおりお前さんはしんがりだ」
「出し惜しみなんぞしている場合か?」
「逆だ。万全で来てくれってことだよ」
フィアンマ等が話している間も、建物の中はあわただしく人々が歩きまわっている。
老人は合間に指示を飛ばしながらも会話を続ける。
「正直なところ、真正面から奴らとぶつかって押し勝てるような戦力は無いんでな」
「やはりロシア成教では手が出し辛いようなので、ローマ正教の方に協力を仰いでいたのですが」
「まあ、流石にこうも早く動かれちゃあ間に合わねえ。だから、言っちまえばお前さんだけが頼りだ」
「……そこまで頼られてもな」
「まあ、私達も頑張ってはみるけれど。さしずめ貴方はジョーカーといったところね」
「いや何で君が頑張るんだ。今回は偵察じゃあ無いんだから、君は留守番だよ」
青年が少し焦ったように言うと、彼女は少しムッとした表情を浮かべた。
そのまま青年の下へと足を進め、彼より背の低い彼女はやや見上げながら抗議の視線を送る。
彼女はたじろいだ青年が視線を逸らそうとすると同時、表情を一転して完璧な笑顔を作り、
「大丈夫、信じているから」
殺し文句を放った。
「……なにそれ。そんなに便利に使われても」
「諦めろ。時間の無駄だ」
「そうするこった。嬢ちゃんの神託はけっこう役立つときもあるしな」
「……マジですか」
青年が作る苦々しげな表情とは対照的に、彼女は続けて笑っている。
ふふっと僅かに洩れた笑い声を聞いて、青年は脱力してしゃがみ込んだ。
「……とりあえず、最後尾で待機ね」
「ええ、分かっているわ」
「この力関係は以前から変わらんのだろうな」
「まあ、これからも変わんねえんじゃねえか。尻に敷かれる運命だろうよ」
「お願いですから黙ってください」
「それじゃあ、行って来るわね」
「本当に大丈夫なのか」
準備を終えた彼らを、フィアンマは疑わしげに睨む。
彼らは皆様々な霊装を装備してはいるが、大規模霊装等を相手取るにはいささか頼りなく思えた。
「まあ、絡め手でなんとかできりゃあ上出来って感じだな」
「向こうは腐っても膿んでもプロですからね。相手の土俵で戦えば勝機はありませんよ」
「やはり俺様が行った方がいいんじゃないか」
「まあ、今のアンタが奴らを真正面から打倒出来るってんなら頼むがな」
「今の貴方は本調子では無いんでしょう? 勝算の薄い戦いに巻き込むわけにはいかないわ」
「ま、あれが使えりゃ大分勝算も見えるだろ? 一応それなりに期待しとくぜ?」
フィアンマは更に言い募ろうとしたが、口を開けただけで言葉は出なかった。
代わりに溜め息を一つ。何をそんなに必死になっているのかと、自らを省みる。
そもそもフィアンマには彼らにそこまで肩入れする理由も無いのだ。
あくまで乗りかかった船。世界を見て回ることの一環であって、命を懸けるに値するほどのものでは無いはずだ。
「ふふっ、ありがとう」
だが、少女は笑った。
「……何がだ」
「私達を心配してくれたんでしょう? 別に私達が何かをしてあげたわけでもないのに。だから、ありがとう」
打算など何一つ無い微笑み。
きっと、彼女は何の理由も必要とせずこうやって笑うことが出来る人間なのだろう。
濁りの無い水にサッと光が刺すように、ただ真っ直ぐに優しくなれる。
濁り屈折を重ねたフィアンマなどとは違う、世界の明るいところで生きていける人種。
「……チッ」
舌打ち。
フィアンマはガリガリと頭を掻き毟ってから、いいか、と語調を強める。
「俺様は必ず追いつく。だから、決して無理はするな」
「おう、待ってるぜ」
「それでは、行って来ますね」
老人らが背を向けると同時にフィアンマも踵を返す。
どうせすぐに後を追うのだから、ご丁寧に見送る必要は無いと言わんばかりに。
老人らは、先日の戦場に程近い場所の木々に隠れて様子を伺っていた。
前方の盆地には、既に敵戦力が集結している。
「いましたね。件の霊装が……五十以上はありますか」
「よくもまあこんだけ隠し持ってやがったなぁ。ロシアが無駄に広いとはいっても」
「収納上手なのかしら。侮れないわね」
「……もうちょっと下がらない?」
展開しているのは『木馬の船』。
一つでも絶大な破壊力を誇る大規模自立霊装が、白雪に覆われた大地に点在している。
「それで、どうするかね。やっぱ船底の魔法陣狙いが妥当か」
「でしょうね。あれを破綻させてしまえば、あとは数に任せて破壊できると思います」
「じゃ、その方向で行くかね」
老人が合図を出すと、彼らの仲間達がいくつかの集団に分かれて散っていく。
人員を分けて早急に霊装を破壊する算段のようだ。
「さて、それじゃあやりますか」
「今更だがよ、いいのかい。お前さんらはウチの人間じゃないんだ、こんな戦いに参加する義務はねえんだぞ」
「乗りかかった船でしょう? それに、彼とも約束してしまいましたし。もう退けませんよ」
「そうね。それよりも、こんなことはさっさと終わらせましょう?」
「……そうかい。そうだな、とっとと終わらせちまおう。それじゃ、陽動は任せな」
「分かりました。それじゃあ、開戦と行きますか!」
その一言を皮切りに、老人と青年が森林から飛び出す。
一番近い『木馬の船』は前方百メートルほど先で待機していた。
それに向けて、老人は瞬時に魔術を放つ。
「そうら、こっちだ!」
『木馬の船』の砲門が老人の方を向く。
一撃で分厚い城壁も砕きそうな砲撃が、老人目掛けて一斉に火を噴いた。
「おっとぉ! そらそら、当たってねえぞ!!」
だが、それら全てを老人は危なげなく回避していく。
そもそも大雑把な砲撃で、基本的に固定標的である故に動き回る対象には当たり辛い。
また、老人がときおり放っている魔術は陽動の為のもので、威力などほとんどないものだ。
本命は身体制御術式。聖人などには劣るものの、獣じみた俊敏な動きで砲撃を次々と掻い潜っていく。
そして、青年が使うのもまた。
「ッ!」
老人とは逆方向から目にも留まらぬ速さで接近し一閃、船底ごと魔法陣を斬り裂いた。
その攻撃を受けて『木馬の船』は攻撃対象を青年の方に切り替える。が、そこが限界。
もとより合理的とは言えない形状をしている巨大霊装は、バランスを乱して雪の上に横倒しになった。
「今です!」
「おうよ!」
そしてこうなってしまえば、懐で暴れまわるのも容易い。
まだ砲台も移動機構も生きているが、当然それらは横倒しになった際のことを想定して作られてはいない。
容易く霊装に取り付いた二人は、片っ端から『木馬の船』を切り崩す。
老人の霊装『雷切』が魔術的機構を叩き、青年のコリシュマルドが船の形そのものを砕く。
それがただの木の塊に変わるまで、そう時間はかからなかった。
「おら、いけるぞ! 残りもさっさとやっちまえ!!」
老人の鼓舞を受けて、他の『木馬の船』にも老人の組織の面々が突撃していく。
威力は絶大な霊装だが柔軟性に欠けるそれは、攻略法を見出されたことによって次々と破壊されていった。
「おし、次!」
「……妙ですね」
三つ目の『木馬の船』を老人と共に破壊した青年は、眉を寄せて呟いた。
彼らの他にも方々で『木馬の船』は撃破されており、もうその数は二十を越えている。
「……まあ、確かに妙っちゃあ妙だな。静かすぎる」
「ええ。この霊装、お世辞にも白兵戦向きとは言えません。現にもう殆どワンサイドゲームですし」
「だが他の戦力が現れる気配は一切無い……自棄を起こしたなら、普通は総力戦になる筈なのにな」
一瞬陽動の可能性を考えるが、それも薄いだろうと青年は推測する。
そもそも互いに冷戦に近い状態だったこのタイミングで、下手に陽動を打ってまで狙うものが思いつかない。
地盤を固めるべきこの時に何かを狙うとすれば、一発逆転の可能性を秘めた代物くらいのものだろう。
例えば、神話クラスの霊装や伝説級の人材など。
(でも、そんなものは大抵他の大勢力が管理している。僕らを陽動したところで、何の意味も無い……)
この戦場にいるのは彼らだけ、即ち陽動が機能しているのも彼らに対してのみだ。
他の勢力に対しては、少しだけ視線を逸らさせる程度の効果しか無いだろう。
そして無闇に暴れることは、逆に彼らを討つことへの正当な理由を作ってしまう。
「自棄で無いのならば、このタイミングで動いた理由はなんでしょうか?」
「分からねえな。何かしらのメリットがあるのか、しかし何だ?」
「分かりませんね。不気味でしかない」
「……よし、ちょっくら他の連中にも話を聞いてみるか。お前さんは一端下がって嬢ちゃんでも守ってろ」
そう言い残して、老人は他の仲間の方へ駆け寄って行った。
杜撰な指示を出された青年は、とりあえず周囲を見渡して安全確認をする。
付近の『木馬の船』は既に破壊した。遠くにはまだ船影が見えるが、こちらまで攻撃が及ぶことはないだろう。
他に目に移るものといえば彼の仲間に雪と森林、あとは『木馬の船』の残骸くらいか。新たな敵影も見当たらない。
「一先ず大丈夫かな。不穏ではあるけれど、一応」
少しだけ気を緩めて、青年は彼女を残してきた方へと歩き出した。
戦闘の余波でところどころ深く抉れている雪面を、青年はゆっくりと戻っていく。
(しかし、連中の狙いはなんだ?)
そんなことを考えつつ雪の積もった斜面を登っていると、その上から先ほど別れた女性が現れた。
何故だか焦ったように視線をさ迷わせて、ここまで走ってきたかのように息を切らせて。
「あれ、なんでこんなところまで? というか何か――」
青年の言葉を、彼女は行動で遮った。
斜面の上から飛び付くようにして青年に抱きつき、押し倒したことによって。
「な、ん」
青年は絶句する。
だが、それは彼女に押し倒されたからではない。
先ほどまで彼が立っていた辺りが、『木馬の船』の砲撃によって吹き飛ばされたからだ。
「なっ、どこから!?」
「多分、最初から素材の木片がばら撒かれていたのね」
「残骸に紛れて素材を配置して、そこから再構成……? くっそ、奇襲のパターンは複数あるのか!!」
イーリオスの木馬が原型に使われていることもあって、『木馬の船』は奇襲パターンには事欠かないようだ。
先の偵察でも不意に現れたそれに奇襲されたことを思い出して、青年は歯噛みする。
恐らく彼女は、その奇襲を神託で知って彼を助けに来てくれたのだろう。
「とにかく、僕の後ろに!」
青年は言って、防御術式の準備にかかる。
元々彼は魔術師ではない。故に実戦を想定したありきたりの魔術しか扱えない。
そんな半端な技術で、あんな規格外の攻撃を真正面から、それも何発も耐えられるのか。
(……実際問題、可能か? あんな砲撃、万全の防御でも一発だって安全に受けられる保証は無い)
一人で『木馬の船』を破壊するという選択肢は無い。それでは、彼女が砲撃に晒されるリスクを拭えない。
彼女を抱えて逃げるというのも現実的ではない。一人分の重さを抱えて逃げ切れるほど、向こうも甘くはない。
確実に彼女を守り抜くには、自身を盾にして援軍を待つのが最善策。
(――やってやるさ。無理だろうが無茶だろうが、退けない理由がある!!)
青年はコリシュマルドを構える。
その行動は無謀で無策と言えるだろう。無茶なのは百も承知だし、無様で無鉄砲と評されるものだ。
けれど、何でも良いと青年は思う。
例えそれが勇敢の二文字でなくとも、彼女を守れるのならば、それがそのまま彼が剣を取る理由になる。
「大丈夫」
だからこそ。
その声が少し遠くから聞こえたことに、青年は一瞬の空白を覚える。
「……え?」
青年は振り返る。
いつのまに下がったのか、彼女は十歩分ほど後ろに立っていた。
大した距離ではない。だが直感的に彼は悟る。
その距離の意味を。
「信じているから」
その言葉を皮切りに、彼女の足元から『木馬の船』が雪を食い破るようにして出現した。
内部に彼女を取り込んで、その霊装は雪の下から一瞬で大地に君臨する。
青年は、ここにきてようやく敵の狙いを理解した。
(奴らが狙っていたのは、最初から彼女……!?)
やっと合点がいった。
何故このタイミングで行動を始めたのかも。
何故イーリオスの木馬をモデルにした霊装を使っていたのかも。
全てこの為。"ダルクの神託"という稀有な術式の素質を持つ、彼女を確保する為。
イーリオスの木馬。ギリシア戦争において、奇策によってイーリオス城を陥落させた木馬。
その"奇襲"と"中に人間を隠す"という二つの役割。それらが彼らの目的に合致したのだろう。
彼女を攫う理由はもっと簡単だ。ジャンヌ=ダルクの功績を知るものならば、誰でもその力を欲するだろう。
まして、沈みかけの泥船の長ならば尚更のこと。
例えそれが現実的にはまず再現不可能なものであっても、縋るのには十分な素材であることに変わりは無い。
「ッ、くそっ!!」
即座に『木馬の船』に駆け寄ったが、向こうもそう大人しくしていてはくれない。
他のものとは若干異なる、より木馬に近い外見のそれは、彼と同時に雪の上を走り始めた。
速度はさして速くない。身体制御術式の恩恵を受けている彼ならば、まず離されることはない速さ。
だが、それを阻むかのように先ほど出現した『木馬の船』から砲撃が殺到する。
「邪魔をっ、するな!」
「おい、どうした!? 今のは……」
「彼女が攫われました! 僕はあれを追います、そっちは頼みました!!」
「おい馬鹿、一人で突っ込むんじゃねえ!!」
砲の狙いが分散した隙に、青年は自らの中の憤りに任せて疾走する。
その憤りは彼女を利用しようとしている"膿"の連中に対するものであり、同時に不甲斐ない彼自身へ向けられたものでもあった。
そして、恐らく神託によって全てを知っていた彼女が、それでもそんな青年を優先して攫われることを選んだことに対しても。
「ふざけやがって」
思わず毒づく。それほどまでに彼は冷静さを欠いていた。――故に、同じ轍を踏んでしまう。
彼女を攫った『木馬の船』は、まだ破壊されていないそれらが多く残った方向へと逃げ去っていった。
当然それを追えば集中砲火を受ける。だが彼は身体制御術式をフルに活用し、それらを危なげなく避けていく。
それも極力追う足を緩めないようにして。だから、彼の意識は周囲のそれらと逃げるそれに集中してしまう。
「っ!?」
結果、足元から出現した『木馬の船』によって、彼は空中に打ち上げられてしまう。
彼女のときと同じ、雪の下からの奇襲。だがそれの狙いは彼を攫うことではない。
殺すことだ。
(しまっ……)
彼が扱えるのは、あくまで実戦を想定した一般的な魔術のみ。空中での姿勢制御術式など全く知らない。
幸いにもこれまで彼を狙っていた砲門は、突如として上方に移動した彼を追い切れていない。
だから彼を狙っているのは、今彼を打ち上げたものの砲だけ。
それだけでも、空中に縫い付けられた彼を撃ち落とすには十分だった。
「ごッ!?」
防御術式は、かろうじて間に合った。
しかしその上から、十分過ぎるほどの衝撃が彼を撃ち抜いた。
眼前に構えたコリシュマルドが叩き折れんばかりにしなり――彼の後方に大きく吹き飛ぶ。
そのまま彼も紙屑のように吹き飛ばされて、雪の上を転がった。
「ぐ、あ、ああああああああ!!」
剣を持っていた右の手首は不自然な方向に曲がっているが、それでもかろうじて五体満足。
だが、それだけだ。
「く、そ」
立ち上がろうとしても力が入らない。足が冗談のように震える。
本当に折れたのは右の手首だけなのか、それすらも判然としないほどの激痛。
視界の奥に彼女を攫った『木馬の船』が見えるが、そこに至るまでに数多の同じ霊装が彼を阻む。
対して、彼の手には武器すらない。それ以前に立ち上がることすら満足に出来ない。
こんな状態で、これだけの霊装を掻い潜って、彼女を助けることが可能なのか。
現実的に考えて、それは確実に不可能だ。
だが、彼の思考はそこまで結論を出しても、愚かなことにその願いを捨てることが出来ない。
彼女の信頼を裏切ることが出来ない。その思いに背を向けられない。
故に、一度逃げて態勢を立て直すという選択肢すら、彼は選ぶことが出来ない。
砲門がこちらを向く。
青年は呆けたようにそれを見る。
視界を染める色は、漂白したかのような白。
「――それで、お前はそこで呆けて、また絶望して諦めるつもりか?」
「……え」
声が聞こえた。
それを合図にしったかのように、白が、色を拒絶するかのように不自然に白い壁がゆっくりと崩れていく。
青年の右手側から扇状に広がり、彼を砲撃から守った壁が。
その術式を、彼は知っている。直接見たことは無いが、人づてに聞いたことがある。
「全次元、切断術式?」
「単次元、だ。所詮"レプリカ"では意識的に術式を行使した上で、正数次元のいずれか一つしか切れないようだ」
そう言って、赤い髪の男は適当に剣を振るう。
大雑把な剣筋は一太刀で周囲の『木馬の船』を切り崩し、白い残骸物質と共に雪に沈めた。
「もっとも、高次元を切断すればその残骸物質で三次元上の物質も大抵切断されるわけだが」
言って、無造作に雪面にその剣を突き立てる。
刃が無く切っ先も平らな儀礼剣。
その剣の名前は、ヨーロッパの民ならば誰もが知っている。
「カーテナ、ですか?」
「レプリカだと言っただろう。今の俺様に相応しい出来損ないだよ」
フィアンマは笑う。
誰よりも不遜に。何よりも不敵に。
"カーテナ=レプリカ"
製作者はブリテン・ザ・ハロウィン時にカーテナの力を解析し再現しようとした命知らずの霊装職人。
結果"下手に細工をして女王にブチ切れられ"その製作者は現在行方知れずとなっている。
そして、老人らはそのゴタゴタに乗じてコソコソとカーテナの試作品をかっぱらったとのこと。
つまる話、ばれたら英国そのものを敵に回すことになる厄介な霊装だということだ。
「その上、まだ試作段階だったからな。レプリカとも言えない出来損ないだったんだが、そこは俺様の資質で埋めた」
「資質というと、右方の」
フィアンマは頷きながら、青年の後方へと歩いてゆく。
カーテナを放置したまま、彼の後ろへと雪を踏みしめながら進む。
「俺様の『剣』の術式を強引に対応させた。同じ天使長の力を込めることで、なんとか使い物になっているわけだ」
調整には相当苦労したがな、とフィアンマはぼやく。
よく見れば彼の顔には深い疲れが滲んでいる。おそらく結局彼は一切眠っていないのだろう。
「まあ、そんなことはどうでもいい」
フィアンマは、雪の中から何かを拾い上げる。
コリシュマルド。先ほど弾かれた、青年が振るう剣。
「敵は矮小だが、その腐った目的も理解した頃だろう。ならば、お前が考えるべきことは一つだ」
そこで区切って、フィアンマは青年の正面へ回りこんだ。
「どんな状況にあろうと、あの女はお前を『信じている』だろうということ」
青年の息が止まる。
フィアンマは続ける。
「それで、お前はどうする? いっそあの愚か者に、現実と絶望を教えてみるか?」
フィアンマは剣の柄を掴み、やっとのことで上体を起こした青年に刃を突きつける。
コリシュマルド。彼が勇気あるものとして振るうべき剣。
「お前は選んだんだろう。ならば、進め」
言われるまでもない。
体の激痛も己の不甲斐無さも全て呑み込んで、青年は手を伸ばす。
その掌が傷つくことさえも無視して、コリシュマルドの刃を左手一本で掴み取った。
「行きましょう」
青年が立ち上がり、コリシュマルドを持ちなおす。フィアンマもカーテナを拾い上げた。
共にもう、後方を振り返ることはない。
「そろそろ、反撃の時間です」
「そうか。ならば、道は俺様が作ろうか」
フィアンマは笑いながら、軽くカーテナを回す。
セカンドやオリジナルとは違い次元切断は任意発動の為、残骸物質は発生しない。
「生憎と、まだ使い慣れんからな。俺様がやれば中身ごと切断する可能性も無いとは言えん」
カーテナを構える。
その前を青年がコリシュマルドを携えて駆け、身体制御術式を用いて高く高く跳躍する。
その跳躍が丁度頂点に達するかというタイミングで、フィアンマは軽く傾斜をつけてカーテナを振るった。
隣接する高次元の切断。その結果は白い残骸として、この空間に表出する。
僅かなタイムラグを経て出現した残骸物質の上に、青年は着地した。
「行け」
言うのを待たず、青年は再び駆け出した。
不確かな足場だ。不自然極まりなく空中に浮き、一瞬の間を空けて崩れだす白い坂道。
後ろでフィアンマが追加の次元切断術式を放っているが、それが途切れればたちまち崩れてしまうだろう。
そうなれば、辿る道は一つ。無様に落下するか、それともその前に再び『木馬の船』の砲撃の餌食になるか。
「ッ、だああああああああああああ!!」
だが青年は迷わない。躊躇いもしない。
ただひたすらに真っ直ぐ、彼女の方へと直進する。
その様は短慮と言えるし、動機は自己満足の独善でしかない。
それでも、彼は決して立ち止まらない。
そして、その道の果て。
前方には、彼女を攫った『木馬の船』
迷わず飛んだ。
その勢いを殺さぬままの跳躍で、青年は『木馬の船』を空中で追い越した。
そこで体を真後ろにひねって、船首、或いは木馬の首にあたるであろう部分の頂点に刃を突き立てる。
手首が折れた右腕も無理矢理左手に重ねて、全力でコリシュマルドを振り下ろした。
「ああああああああああッ!!」
凄まじい音を伴って、木馬の船が切り裂かれてゆく。
船底まで綺麗に両断して、今度は左手一本で水平にコリシュマルドを振るった。
その一撃で、『木馬の船』の前面は自重で崩れ落ちる。
そしてそこに、彼女はいた。
「……一つ、聞いてもいいかな」
「ええ、何かしら?」
「一体どこまで知っていたんだ?」
「神託で分かったのは、貴方が不意打ちで撃たれてしまうこと、それを私が助けに行ったら攫われてしまうところまで」
だけど、と彼女は一度言葉を区切る。
そして、はにかむようにして笑った。
「言ってしまえば全部かしら。その先は神託なんて無くても、分かっていたもの」
遅れて、つられるようにして青年も笑った。
力の抜けたような笑みをこぼして、一言。
「本当に、君には敵わないよ」
「乳繰り合ってる暇は無いぞ」
いつの間にか青年の後ろに立っていたフィアンマが言った。
無駄に驚いた青年を軽く無視して、フィアンマは周囲を見渡す。
「どうやら、それの重要度はそれなりに高く設定されていたようだ」
青年も慌てて周りを確認すると、辺りに散在していた『木馬の船』が彼らの所へ集まってきていた。
どうやら、連中は意地でも彼女を手に入れたいようだ。
「……カーテナ=レプリカの調子は大丈夫ですか? 正直、僕は彼女一人が精一杯ですが」
「まあ、正直まだ馴染まんな。身体制御術式の方も万全とは言えん」
「とりあえず一端下がりましょう。囲まれていては何かと都合が悪い」
言って、青年はコリシュマルドを鞘に納めた。
そして彼女を片手で担ごうとして――そこで、フィアンマがまだ笑っていることに気付く。
フィアンマは笑ったまま、カーテナをくるくると回す。
「いいや、むしろ一箇所に集まってくれているこの状況は好都合だよ」
「確かに次元切断術式は強力ですが、一撃で全ての霊装を完全に無力化できるほどでは」
「そっちじゃない」
「はい?」
その返事に、青年の思考に一瞬の空白が生まれる。
その瞬間フィアンマは青年の足を払い、彼女もろとも雪の上に転ばせた。
「きゃっ!」
「いだっ! な、何を」
そこで彼はフィアンマを見、気付く。
その顔に浮かぶ笑みが、凶悪なものへ変化していることに。
「下がる必要は」
フィアンマは、カーテナを振るう。
右の肩辺り、本来彼の右腕があったところから大きく弧を描くように。
「無い」
カーテナ=レプリカから莫大な閃光が解放された。
その閃光はカーテナの軌道通りに周囲へ拡散し、集まってきていた全ての『木馬の船』に殺到する。
辺りにあった『木馬の船』は、三十を越えていた。
そして、その閃光が収束した後にその形を保っているものは存在しなかった。
ただの一撃で、全ての巨大霊装は粉々に打ち砕かれた。
「……な」
「……すごい」
口を開けて呆ける二人。
その傍らでフィアンマは、
「……まあ、所詮はこんなものか」
今にも砕け散らんばかりにビリビリと震えるカーテナ=レプリカを見て、不満げに呟く。
「おお、嬢ちゃんも無事だったな。良かった良かった」
「……しっかし、結局人をこき使いやがって。これは高くつくぞ」
仲間を引き連れて彼らの元へ駆け寄ってきた老人に、フィアンマは毒づく。
応じた老人は笑って、フィアンマの背中をバシバシと叩いた。
「なんでい、カーテナやったんだからいいだろうが。細かいことは気にするんじゃねえ」
「レプリカ、だ。第一使い物になるよう調整したのも俺様だろうが」
「さっきの馬鹿みてえな閃光は噂の『右腕』のだろう? そこまで出来るようになんたんだから素直に喜べよ」
「もう一発撃ったら確実にこれが砕け散るがな。結局レプリカ程度では不完全な力すら収めきれないようだ」
フィアンマはカーテナに視線を向ける。
刀身の振動はだいぶ収まったが、この調子だと使用するには再びの調整が必要だろう。
そもそもフィアンマの力は、カーテナ=オリジナルでさえ器には役者不足と言われたほどの莫大なものだ。
右腕を失ったことでそれは欠けてしまったものの、やはりたかがレプリカでは器には足りないということか。
「まあ贅沢言うな。ほらほら、皆無事なんだから良かった良かった!」
「……都合の良いジジイだ」
「まあまあ」
青年らに宥められて、憮然としていたフィアンマは軽く舌打ちをした。
それから軽く辺りを見回して言う。
「そもそも、これで終わりじゃ無いんだろうが。向こうの本拠地を叩かないのか」
「おお、それなんだがな。アンタに状況を説明した後、ローマ正教の方にも連絡取ってよ」
その一言で、三人の視線が老人に集まる。
「出る前にも連絡しといたのもあって、もうすぐ向こうの部隊が到着するそうだ」
「それでは、彼らと合流してから本拠地を叩くんですね?」
「おう。そういうこった」
前々から交渉は済ませていたのであろう、ローマ正教の部隊の到着。
それを知り、青年は安堵したように一つ息を吐いた。
ロシア成教から出た"膿"をローマ正教が叩くとなるとまた問題が生じそうだが、そこも解決済みなのだろう。
「しかし、やけに早いな。時間がかかるとか言ってなかったか」
「まあ、膿の連中が下手うってくれたからな。結果オーライってところだ」
「まあ、何にしろ解決の目処がついたか。なら、俺様はお役御免だな」
「なんでい、そんな寂しいこと言うなよ」
「そうは言っても、俺様はローマ正教からすればお尋ね者なんだが」
「そういえば、そんなことを言っていたわね」
彼らは違和感無く受け入れているが、フィアンマは第三次世界大戦の首謀者だ。
そんな彼がこの場に留まれば、ローマ正教の部隊は確実にフィアンマを捕獲しようとするだろう。
それどころか、せっかく老人らが取り付けた協力関係にも亀裂が入りかねない。
「まあ潮時だろうよ。俺様はここで失礼させてもらう」
「そう、寂しくなるわね」
「俺様がお前らと出会ってから二日も経っていないがな」
「そうね、でも寂しくなるわ」
そう言った少女は、寂しげな笑みを浮かべながら左手を差し出す。
軽く息を吐いてから、フィアンマも左手を伸ばして握手を交わした。
「色々と、世話になりました」
「別に、俺様はただ力を貸しただけだ。選んだのも進んだのもお前、大したことはしてない」
「それでも、その道を進めたのは貴方のお陰です」
続いて、青年とも握手を交わす。
いささかフィアンマは苦い表情だったが、青年は力強い笑顔で応えた。
「……お前はいいか」
「なんか杜撰だなオイ。いいけどよ、まあ壮健でやれよ」
そう言った老人に、また背中を叩かれる。
それを見て笑う彼女とはまた違った意味で、この老人も色々とやり辛い人種だとフィアンマは思う。
なんだかそんな人々とばかり出会っているような気がして、彼はまた一つ浅い浅い溜め息をこぼした。
適当に別れも済ませて踵を返した。
一時的に偶然交わっただけの彼らとは違う道を、彼は進んでいく。
そして、その道はきっともう交わらない。
「そういえば」
その最後に、女性の澄んだソプラノボイスが響く。
それを受けて、赤い髪の男は振り返った。
「あなたは、なんで旅をしているのかしら?」
今更といえば今更の問い。
だが、当然といえば当然の疑問。
その問いに答える声は一言。
「分からん」
きょとん、とする彼女に皮肉げに笑って、彼は続ける。
「強いて言うなら、目的が欲しい。そんなところだ」
あまりに漠然とした指針。
何の欲望も無く、故に一人では剣を取る理由すら無い。
そんなまるで役に立たない羅針盤を胸に、彼は何を思うのか。
「まあ、一応当座の目的としてはな」
「しては?」
「とっとと寝たい」
とりあえず、今は眠いらしい。
丸一日以上眠っていないフィアンマは、その酷く眠そうな顔を前に向けてから投げやりに言うのだった。
三話完
独自設定バリバリだったりもう色々とアレですが
次は……ひと月以内を目標に
多分あと二話でおしまいです。投下は四回か五回か六回か
相変わらず面白い…!
乙!!
乙!
終わっちまうのか…
何はともあれおもしろかった!
あと>>1のペースでやってくれ
無理しないでくれよ
乙!!
公式化マダー?
乙!
カーテナと組み合わせるとかすげぇな……
面白かったよー!
乙!
乙!
やっぱり面白いです! 自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
乙!
めっちゃおもしろい
乙
乙!
めっちゃおもしろい
何こんなところで油売ってるんですか、かまちーw
フィアンマSSもいいけれど、新約3巻早く出してくださいよwww
ひと月経っちゃったけどあと五日くらいで投下出来ると思います。多分
どんどん話が長くなっていってる気がしますがまあ大丈夫だろう……
極力コンパクトに纏めようとしているんですが
というか終わる頃には500レス行ってないのに一年とか経ってそうで怖ろしい
>>248
何年でもついてきます
>>248
どこまでもお供します
とある魔術の禁書目録劇場版公開決定!!!!!
更に新約とある魔術の禁書目録3巻は12月10日に発売決定!!!
劇場版の詳細は10月11日発売の電撃文庫マガジンで!
>>251
3巻キタァァァ!!!
ついに新約編、本格始動ってかァ!!?
映画は…
うん、正直素直に3期をしてほしかった…
新約なんてもう時系列とか合わないこと確定したこのスレ的には怖いことは何も無いです
そろそろフィアンマ出ますかね、どうですかね。映画にはまず出ないだろうな
それでは投下します
・Dust
捨てられないものがある。
譲れないものとも言い換えられる。それを彼は決して手放すことが出来ない。
理屈では、頭の中では手放した方が楽なのだと解っている。
それでも、捨てられない。だからそれを守る為に戦う。
彼の理由なんてその程度のものだ。
そして、恐らくは向こうだってそうなのだろう。そう彼は思う。
あの表情を彼は知っている。捨てられない者の顔を、鏡の向こうに見たことがある。
抱えている物の大きさを理解し、その下らなさも知り、それでも手放せない。
恐らくは彼自身もそんな表情をしているのだ。
どこが違うのか。
何が違うのか。
「それで」
戦場の中央――両陣営を分ける境界に降り立ったフィアンマは、両者を見比べて言う。
「手っ取り早く聞こうか。どっちが"正義"だ?」
「こちらだ」
返答が早いのは、優勢だった側の若者。
青年と呼ぶにはまだやや幼い、あどけなさも微かに残る少年。恐らくそちら側のリーダー格だろう。
「正しいのは私達だ」
年齢にそぐわない固い口調で、フィアンマの言葉に迷い無く答えた。
彼の一瞥にも、毅然とした態度で目線を逸らすことなく応える。
「知るか」
遅れて、劣勢だった方の青年。
年の頃は二十代の半ばか。同じくそちら側のリーダー格らしき男性。
「そんなことは自分で考えろ」
こちらは目線こそ前に向いてはいるが、フィアンマを見てはいない。
ふむ、とフィアンマは一考し、
「決まりだな」
カーテナ=レプリカを地面に向けて振るう。
高次元が切断され、一瞬遅れて生じるのは白い残骸物質。
僅かに傾斜をつけて扇状に発生したそれは殆どが地面に埋まり、地上に出ているのは端だけだ。
それを、フィアンマは勢い良く踏みつける。
「!? 退避だ!!」
「うわっ!」
十数メートル級の残骸物質が、盛大に大地を捲り上げながら起き上がる。
大量の土砂を撒き散らし、一撃で優勢だった少年らの勢力に痛手を与えた。
「うわー、滅茶苦茶やったな」
「別に構わんだろう」
「……さ、今のうちに俺らさっさと撤退だ。怪我人も分担して担いでいけ」
先のリーダー格らしき青年が指示を出し、迅速に彼らは撤退の準備をしていく。
依然として大量の砂埃が舞っている為、向こう側の様子は窺い知れない。
あらかた撤退の準備を済ませると、青年はフィアンマの方に歩いてきた。
「助けてくれた礼がしたい。良かったら、貴方も来ないか」
「そうだな、邪魔しよう。ついでにお前らの事情も聞かせて貰おうか」
その答えを受けて青年は軽く笑い、そのまま続ける。
「というか、正義だって答えた方を攻撃するんだな」
撤退しながらの青年の問いに、フィアンマは自嘲気味に笑い、
「自ら正義だなんだと吹聴する輩は信用ならん。それを身を持って知っているだけだ」
吐き捨てるように答える。
有り体に言ってしまえば、ぼろい家だった。
いつからそこに建っているのか、嵐でも来たら一発で崩れそうな家。
そのぼろさに加えて、オカルティックな装飾品が控えめながらも所々に設置されている。
どちらかというと負の意味でマッチしたそれらが、奇妙で怪しげな雰囲気を演出していた。
「ぼろいな。その上胡散臭い」
「まあ、実際古いからな。因みにそこらの装飾は俺の趣味じゃないぞ」
先ほどの戦場が山奥の村落の外れ、ここはそこから更に山奥に入ったところだ。
当然回りに他の家屋などは無いし、ここまで歩いて来るだけでも一苦労だった。
「ともかく中へ。変な仕掛けは無いから安心してもらって良い」
青年らに促されフィアンマも中に入ると、案の定中もボロかった。
ここにもオカルティックな品々がところどころに見受けられるが、ごく普通の家具なども混ざっている。
「適当にそっちのソファーにでも座っていてくれ。なにか飲み物でも出すから」
言いながら、青年は仲間達と奥に消えていった。
フィアンマは言われたとおりにソファーに腰掛け、軽く室内を見回す。
古い家屋にオカルトの装飾、そして現代的な家具。少なからず電化製品もある。
様々なものが混同した、おかしな空間だった。
「待たせたな。というか、コーヒーで良かったか?」
「なんでも構わん」
そうかい、と青年はまた軽く笑って、フィアンマの眼前のテーブルにコーヒーの入ったカップを二つ置く。
そのまま対面の年季の入った椅子に腰掛け、膝に肘をついて口を開く。
「それでは、まずは挨拶から。――ようこそ、魔術結社『薄明かり』へ」
『薄明かり』
古くはイギリスで発足した、『黄金』系の流れを汲む魔術結社。
とはいっても、その色に強く染まっていたのはごく一時期。
現在の薄明かりには『黄金』の影響はほとんど見られない。
それどころか、ただの魔術結社としても極めて害の薄い、とてもささやかな存在だ。
「有り体に言ってしまえば、何でも屋だな」
「何でも屋?」
怪訝な顔をするフィアンマに青年は頷いて、
「ロシアに占星施術旅団って魔術結社があっただろう。アレの規模が小さいヤツだと思ってくれれば良い」
「……その名前は、つい最近聞いた気がするな」
「そういえばまだ名を変えて活動しているんだったか。まあそれはいいんだ」
青年は椅子を立って、古ぼけた机に備え付けられている引き出しから一枚の写真を取り出す。
それをフィアンマの眼前に放って、話を続ける。
「ここの近くにある小さい集落だ。俺達の活動は、主にここのお助け業務」
フィアンマは写真に視線を落とす。
真新しい写真だ。当然カラーで、おそらくは航空写真だろう。
写っているのは山の合間にある小さな集落。
どう見ても住民の数は四桁に達しないであろう、ごく小規模なコミュニティ。
「他にも似たような集落がいくつかあるんだ。俺達はそこで発生した問題をこっそり解決してる」
例えば地震や土砂災害などを最小限の被害に止めたり、悪霊など、魔術的な怪物を討伐したり。
そんな、平和的な目的で魔術を行使してきた魔術結社。
「使う術式の関係もあって、長らくこの地に根を張って活動してる」
「随分としみったれた魔術結社だな」
「そう言わないでくれ。妙に大きな目的を掲げて殺し合ったりするよりはマシだろう?」
苦笑しながらの青年の言葉に、フィアンマは眉をひそめる。
眼前の古風なカップを手にとって、しばらくその黒い水面を見つめて、
「……、違いない」
言って、カップに口をつけた。
「そんなわけで俺らはこぢんまりとやってきたわけだが、ここに来て俺らを脅かす連中がやってきてね」
「さっきの連中か」
「そう。ローマ正教の末端らしいから、なかなかに厄介な相手なわけだ」
「ローマ絡みか。正直、あまり関わりたくないな」
嘆息して呟くフィアンマに、青年は一瞬何かを言いかける。
が、それを途中で止めてからコーヒーを啜り、再度口を開いた。
「といっても奴らは集落に対する侵略者というわけじゃなく、俺達に対しての商売敵みたいなものなんだが」
「つまり、お前らに代わる便利屋ということか」
「大体そういうことだな。俺達とはかなり毛色が違うが」
例えるならば、地元に根付いた商店と大企業のチェーン店の関係のようなものだ。
つまり、この集落を大きな環の中に取り込んで管理しようという動き。
小さな魔術結社の庇護などではなく、三大宗教が一つの傘の下に迎え入れようという誘い。
それを行っているのが、あの少年達。
「生憎と、集落の皆は連中を受け入れようとしている。そもそも拒む理由に乏しいから、当然そうなる」
「本当に、相手が悪いとしか言いようが無いな」
「全くだよ。こちらは地方宗教ってわけでもないからなぁ」
彼ら薄明かりは大々的に魔術結社として活動しているわけではない。
そもそも魔術の存在は、出来る限り一般の人間には秘匿するのが暗黙の了解だ。
しかし、少年らには『宗教』という魔術の存在をアピールせずともその所属を示せるものがある。
「老人なんかは俺達の存在をなんとなく知ってるから拒否感を示していたりもするが、当然ごく少数派だ」
集落は連中を受け入れるだろうな、と青年は重々しく語り、回りの仲間達も苦い表情を作る。
長く尽くしてきた相手に、半ば裏切りに近い扱いを受けるのだ。その心中はフィアンマには伺えない。
「とまあ、俺達の事情はそんな感じかな」
「なるほどな。ローマの末端ならば、異教徒を潰すことには躊躇わんのも分かる」
「そうだな。それ以前に、連中にとって俺達は邪魔者以外の何者でもないし」
最も、こちらもその扱いに甘んじるつもりはないけれど。
一拍置いて発せられたその言葉に、周りの仲間達も大きく頷いた。
青年は彼らをチラリと一瞥して、フィアンマへ視線を戻す。
「向こうのやり方は、合理的だが欠点も多い。それをはいそうですかと受け入れるつもりは無い」
先の例えとそのまま同じことだろう。
彼らが成そうとしているのはいわゆる画一化、システム化といったもの。
それの利点と欠点など、今更語るまでも無い。
「それで、先のような抗争になっていたわけか」
「といっても、こっちから仕掛けたわけじゃないぞ。あくまで退かないというスタンスを見せただけだ」
「そして痺れを切らせた向こうが、異端者の撲滅を掲げて攻撃してきたと」
「そう、そしてそれを迎え撃っただけ。基本的に俺らは後手後手だよ」
その言葉に、彼の仲間達から僅かに不満の声が上がる。
青年はそれを聞いているのかいないのか、軽く口の端だけで笑って、
「それで、礼をしたいんだが……」
言ってから、部屋を見回す。
「ぶっちゃけ、人様にプレゼントするようなものは無いんだ。そこの家電とか欲しかったらやるけど」
「いらん」
「だよなぁ。それじゃあ、夕飯で手を打って貰えないか?」
「……そもそも、対価を求めた覚えもないんだが」
「そうか? それなら言い方を変えよう。一緒にディナーでもいかが?」
「ディナーと言うからには、それなりのものが出るんだろうな」
「今日の夕飯はここらの郷土料理だ。派手さは無いが、味は保障するよ」
呆れたような顔のフィアンマに朗らかに笑って、青年は答える。
「先客か」
「よう、来ると思ってたよ」
食後、そのまま彼らの本拠地に厄介になることにしたフィアンマ。
(半分以上物置として使われていた)客室を宛がわれたが、さっさと眠る気分でもなかった。
だからフラフラと彷徨い屋上に出てきたのだが、そこで青年と鉢合わせた。
「何を根拠に」
「いや、無根拠だけど。ただ一対一で話がしたかったんだよ、『右方のフィアンマ』」
フィアンマの方は見ず、夜空を見上げながら青年はその名を口にした。
それを聞いたフィアンマは、特に驚きもせずに応える。
「やはり、お前は知っていたか」
「まあ、それなりに情報は集めてるから。貴方くらいの有名人なら、嫌でも耳に入ってくる」
「一応ローマ正教の最暗部なんだがな」
「あれだけ派手に動いたんだ、暗いも明るいも無いと思うが」
「それもそうか」
「まあ、この辺りで知ってるのは俺くらいだろうけどな。世界的に見れば十ニ分に有名人だよ」
くだらんことで有名になったな、とぼやくフィアンマ。
軽く苦笑した青年は、手すりにもたれ掛かりながら口を開く。
「やっぱ、後悔してるんだな」
「……」
「眠れないのは、だから?」
フィアンマは、投げかけられた視線には応じず、
「最近は、良く眠れることの方が珍しいさ」
星空を見上げて答える。
山の中だ。余計な光源が無いので、星々が夜空を塗り替えんという勢いで輝いている。
先日見上げた星空よりも騒々しい光景。
「そもそも、敗者である貴方がこうして生きて旅してるってことが不思議なんだが」
「色々あったんだ」
「また簡単に済ませるね」
青年は、今度はがっつりと苦笑いをする。
「それで、したかった話というのはそれだけか」
「いや、まあそれもだが――したかったのは、どっちかと言うとこっちの話だよ」
両の腕を広げ肘は手すりに預け、十字架に磔にされたかのような体勢で青年は視線を落とす。
目を軽く閉じて、ゆっくり口を開いた。
「『黎明の薄明かり』って魔術結社の話」
「お前らの結社の話か」
「半分正解、半分間違いってところかな。『薄明かり』じゃなくて『黎明の薄明かり』」
怪訝な顔をするフィアンマに軽く笑って、青年は物語りを読むようにして話し始める。
もう彼以外には誰も覚えていない、語り継ぐ価値もないような昔話を。
昔の昔、イギリスにいくらかの魔術師達がいました。
彼らは各々何かを願い、それを叶える為に魔術を学び、共に歩んでいた集団でした。
しかし、彼ら魔術師の行く道は決して易しいものではありません。
そもそも生半可な願いであるのならば、魔術なんていうものに頼る必要は無いのですから。
彼らの往く道は暗く、願いは遠く。
志半ばで諦めそうになりながら、それでも進む魔術師達。
ですがそこで、魔術師達は一つの光に出会います。
『黄金』の、あまりに強すぎる輝きに。
彼らの儚い願いは、その圧倒的な輝きに呑み込まれてしまいました。
願いを失い、それでも彼らはその光に惑います。
そうして魔術師達は『黎明の薄明かり』と名乗るようになりました。
『黄金』の輝きに感化され、何時の何処かも分からぬ夜明けの明かりを目指す魔術結社。
唯一の目標すらも見失い、暗がりの中でただその輝きに迷い続ける、哀れな魔術師達。
そして、当然のようにそれは長くは続きませんでした。
同じようにして『黄金』の輝きに惹かれた魔術結社との争いで、彼らは敗れてしまいます。
かつて己の魂に刻んだ名も忘れた魔術師にはもう『黄金』の光も見えず、願いはとうに暗闇に消え。
何も持たず何も願えず、ただただ無様に終りを迎えようとしていました。
しかし、そこに手を差し伸べる集団がありました。
彼らは魔術など知らない、ただの移民でした。
様々な事情で祖国を追われ、新天地を求めて旅する人々。
偶然出会っただけの彼らは、しかし素性も聞かずに魔術師達を受け入れました。
魔術師達の傷を献身的な看護で癒し、その上で新たな道を提示します。
仲間は多いほうが良いと。
もう何も無いのならば、私達と共に新たな土地でやり直そう、と。
魔術師達は、その手を固く握り返しました。
ここに来て、魔術師達は方向性を取り戻します。いや、再獲得でしょうか。
『黄金』の輝きに呑まれ、願いを失った彼ら。
自らが目指す輝きを見失い、絵空事のような夜明けを目指し迷っていた魔術師達。
そんな彼らは、新たな土地でもう一度、新たな己の目的に向かって歩き始めました。
そして彼らは、その組織の名を変えます。
『黎明』を外して、ただの『薄明かり』へ。
往く先の暗闇を照らすのは『黄金』の輝きでも夜明けの陽光などでもなく、自らの意志だと。
その弱い光で照らす『薄明かり』を惑うことなく進もうという、決意の表れとして。
移民達は新たな土地で、小さな小さな集落を作りました。
そこから少しずつ少しずつ、その地を栄えさせていこうと。
しかし彼ら『薄明かり』は、移民達と共にあることを望みませんでした。
どうあがいても、もうとっくに彼らは魔術師で、だから異色で異質です。
そんな彼らがいては、栄えるものも栄えません。
その代わりに、彼らは陰から移民達を助けることを約束しました。
作物を育てれば、その知識を分け与え。
外敵が襲来すれば、その魔術で討ち払い。
未知の病が流行れば、その全てを賭して治療法を確立させ。
薄明かりは、見返りも求めずにただひたむきに集落の発展に力を注ぎました。
全ては、彼らに今一度生きていく道を示してくれた人々の為に。
例え、発展していった集落の人々が彼らを少しずつ忘れていっても。
当初の移民達も魔術師達も天へと昇り、世代と時代が幾重にも積み重なろうとも。
薄明かりは集落を陰から支え続け、それは今でも続いています。
「――今となっては集落の人間はおろか、薄明かりの人間にもそのことを知るものはいませんが」
歌うように滑らかな口調で、青年は話を締めくくった。
青年は目を開き、フィアンマの方へ視線を向ける。
「これが薄明かりの成り立ちと活動方針で、俺が戦う理由」
「……そんなものを俺様に聞かせて、何がしたいんだ」
「別に。何がしたいというか、礼のオマケみたいなもんだよ」
青年は手すりから体を離して、フィアンマの前へと歩みを進める。
「独断であれだけの騒ぎを起こした貴方が、こんな極地の争いで『正義』を問うなんて変な話だと思って」
「……」
「だから、貴方も迷っているんだろうなぁ、と。当たってる?」
正面から向かい合うようにして立つ青年に、フィアンマは鈍い視線を返す。
そのまましばらく睨むようにしてから、軽く首を振って息を吐いた。
「……それじゃあ足りんな」
「なんで?」
「その話はあくまで『お前ら』の理由の大元であって、今のお前の理由じゃない」
フィアンマがそう言って彼を見やると、青年は虚を突かれたようにぽかんとしていた。
そして、何がおかしいのか軽く笑う。
そっかそっか、と、
「いや、そうだな。確かに独り善がりというか、親切な言い方じゃなかった」
一人で何か納得したように呟いた。
怪訝な顔を作るフィアンマに、青年は穏やかな表情で言う。
「でもな、それがほぼイコールで俺の理由なんだよ」
「そんな昔のことを未だに引きずってるのか」
「まあ、そうとも言えるな。――捨てられない性分なんだよ、俺」
言って、青年は手すりにもたれる。今度は正面を向いて、帳の向こうの景色を眺めるように。
今は暗くてよく見えないけど、と前置きをしてから青年は暗闇を指差していく。
「向こうに川、その奥にも小さめのがある。そっちの方の木々は落葉樹だから秋は一斉に紅葉するな」
「それがなんだ」
「積雪は大体あっちから。春になればあっちには見事に花が咲くし、夏には向日葵、反対にそこらは」
「だから、それがどうした」
遮るように言ったフィアンマの言葉に青年は軽く振り返って、
「俺らはここの地形なんかから魔術的記号を抽出して魔術を使うんだ。だから、ここらのことには一番詳しい」
「古臭い非効率なやり方だ」
「そうだな。その土地を知らないと使えない方法だから、ここを離れてしまえば俺らは無力だ」
それでもさ、と青年は呟くように言って、再び暗闇に沈む景色に視線を戻す。
フィアンマもその視線を追って風景を眺めてみた。
月や星の仄かな明るさで、よく見れば薄ぼんやりと見えなくもない――ような。
「これまでもそんなやり方を続けてきて、だから俺達はここのことを誰よりも知ってる」
「……」
「集落の人間に関しても同じだ。あの家で子供が産まれたとか、年寄りが死んだとか。大概何でも知ってる」
昔の昔から、今現在に至るまで。
彼らはこの地とそこに住む人を見守り続けてきた。
先人達の思いを引き継いできた。
「だから早い話、愛着とかも沸いてるんだよ。そしてその愛着だって、きっと昔から積み重なってきたものだ」
「積み重なってきたもの、か」
「まあ、貴方がぶっ壊したバチカンなんかと比べたら規模も年月も大したことないけど」
「……嫌味か?」
「単純に比較しただけだよ。本当、そんなものと比べたらさっさと捨ててしまえばいいゴミみたいなものなんだ」
「仮にも二千年と二十億人だからな。そうそう越えられんだろう」
「自慢か?」
「事実だろう。俺様とて単純な力では勝ったが、年月でも数でも負けている」
かつてそれらを一蹴した男は、ごく自然な風に自らが劣っていることを認めた。
彼の中で起きているのであろう決して小さくない変化を感じ、青年は穏やかな表情を作る。
「正直、どうでもいいとも思ってるんだ。連中の助けを皆が受け入れるのなら、それでもいいんじゃないかって」
「それでは、お前らの立ち場が無いが」
「それでもいいとも思えるんだ。それを皆が望むのなら」
「じゃあ何故引かない。連中のやり方が気に食わないのか」
「まあ、それもある。実際に連中に任せた場合のリスクというのも、心配ではある」
大きい枠組みを生かすということは、小さい枠組みを殺すということとほぼ同義だ。
大国では、国そのものの維持の為に小さな文化を踏み潰すことなど良くある。
効率的に運営していく為には、余分を弾く必要がある。
そういったリスクは、小さい枠組みで生きてきた人間には時に致命傷ともなり得る。
「でも、どんな在り方にもリスクはあるものだろう? だから、それだって納得して受け入れるのなら構わない」
「ならば何故?」
フィアンマの単純な問い。
返す答えも、単純だった。
「言ったろ、捨てられないんだって」
言った青年は、シンプルに笑う。
混ざり合って複雑になってしまったものを、当然と受け入れる笑み。
「これまで繋がって連なって積み重なってきたものを、俺は徹底的に捨てられないんだ。無価値でも、何でも」
「……」
「主観的な価値が大きすぎるんだろうな。どれだけ頭で納得しても、心が離れてくれない」
ちっとも苦くなさそうに苦笑いをしながら、青年が続ける。
「だから実のところ、連中のやり方は気に食わないし俺はここに居たいし愛着だって捨てる気はさらさら無いんだよ」
「なんだ、それは」
「良し悪し混ざって積み重なってきた全てを絶やしたく無いし、俺もそこに積み重ねていきたい」
そんなくだらない感傷が俺の理由で芯なんだ、と。
軽々しいとも捉えられるくらいの口調で、青年は言い切った。
或いは、それを大切に胸中に抱え込むのでは無く、当たり前に行動で示しているからこその軽さなのか。
「これで俺の話せることは全部かな。少しはお役に立てたかね?」
「……役立つも何も、な。まあ無益では無かったとだけ言っておこうか」
「そうかい、何よりだ。俺も貴方と話せて良かった」
そして青年はフィアンマに背を向け、片手を上げて室内へと引き返して――
「っと、そうだ。あと一つ言うことがあったんだ」
今一つ格好が付かないことに、途中で再び振り返った。
「なんだ」
「多分、俺らは明日にでも連中と衝突することになると思うんだけど、貴方は俺達に味方するつもりか?」
「一応そこまで織り込み済みのつもりだったんだが、何か問題でもあるのか」
フィアンマの返答に、青年は一瞬遠くを見るような目で彼を見る。
それから三度その身を翻してから、ゆっくり歩みながら口を開く。
「明日、連中の本拠地に行くといい。薄明かりの使者だって言えば多分通して貰えるだろ」
「何故そんなことをする必要がある?」
その問いに、答えは一言。
「同じだからだよ」
フィアンマの疑問を解消しないままに、青年は屋内へと消えた。
ここまで
次もひと月くらいを目標に頑張ります
乙 なんだろう、言葉に表せない とにかく心の底から乙
なんか本当にすごいな、すごすぎて言葉に表せない
超乙
相変わらず引き込まれてしまうというか、見入ってしまうというか。
とにかく面白かった、超乙。
禁書SSの中で一番好きだわ。
はいはい
かまちーかまちー
今やこのSSだけが唯一のブックマークです
乙でした
いつまでも待ってますよ
乙
雰囲気がいいよねこのss
乙
ストーリー考えるの上手すぎ…
次の更新も期待!
落ちる
そろそろかなぁ(チラッ
……新約三巻までには
自動落ちしないように気をつけないとな……
もう1ヶ月か……
待ってる
それでも俺は待ち続ける
>>285
1人で背負うなよ
俺も、みんなも一緒だ
>>1は来る…よね……
>>287
来るに、決まってんだろ!!
まだかなー(チラッ
べ、別に待ってなんかないんだからね……///
俺の未元待機(ダークマダー?)に常識は通用しねぇ
>>290
俺は評価する
>>290
つ√3点
みんな、更新が遅いのは仕方ないと思うんだ
だって12月には新約3巻も出るし超電磁砲だって出るから何かと忙しいんだろう
つまり何を言いたいかというと、>>1の正体は…
いや、やっぱりなんでもないよ…
ここで裏をかいてはいむらー
そんな中お知らせですが今年中には絶対に投下するけど新約三巻には間に合わなさそうですごめんなさい
途中で話を練り直すのは良くないなと痛感した次第です
いよいよ一周年が見えてまいりました。なんという駄目人間
まあアレだ、ゆっくりやってくださいな
書き終えてくれればそれだけでも嬉しい
ゆっくり書いていけばいいと思うよ
だからかまちーも体に気を使ってね。
生存報告があるだけで俺達は救われるんだぜ
頑張ってくれ、いつまでも待ってるから
いやー激動の3巻だったな
大満足だよ
『奴』が出てきたということは原作でもフィアンマ再登場も遠くないかもな
原作でフィアンマ早く出てきてほしいなぁ
新訳4巻で三人の木原か・・・
だめぽ
こんな俺得スレがあったとは…
まだかな?
sage
今でも待ってるよ
マダカナー
もうすぐ三ヶ月じゃん(汗
とりあえず生存報告だけ
もう何時までとか言っても守れない感じなんで黙々とやります
安心した
気長に待つよ
生存報告があって安心した
自分のペースでやれば良いんだし
>>311
お前のおかげで生存報告確認できた ありがとう
一応保守
やっぱ一ヶ月自動落ち実装されてませんねこれ
まだかな
>>309の時に「あと一週間くらい」とか言わなくて本当に良かった
形容し難いくらい遅くなりましたが投下します
「『薄明かり』の連中からの使者だと聞いていたが……貴様か」
「そういえば、そういうことになってるんだったか」
「貴様は一体何者だ?」
「さあな」
「その袋の中身、先に見せたカーテナだな」
「レプリカだよ」
「英国王室が黙っているとは思えない」
「だから黙っていて貰えると助かるな。余計な面倒事は御免だ」
ローマ正教の末端、辺境の地にて布教を行う集団の一派。
集落からは少々離れた位置にあるその本拠地にあっても、フィアンマの不遜な態度は崩れない。
部屋に入ってきた少年は立ったままで矢継ぎ早に質問を浴びせ、それらをフィアンマは全てかわす。
厳しい視線を向ける彼に対してフィアンマは涼しげな瞳で、
「座ったらどうだ」
顎で椅子を示す。
それを受けて、少年は大きく溜め息を吐いた。
頭痛がするかのようにこめかみの辺りを触り、一瞬の思考の後口を開く。
「――」
「正直なところ、使者というのは半ば嘘だが」
それを遮って、フィアンマは言う。
「俺様は長い話をしに来たんだ。だから、座れ」
有無を言わせぬ強い口調で。
「話をしてこい」
目覚めたフィアンマが青年から告げられたのは、つまりはそれだけのことだった。
朝の刺すような冷気の中、まだ薄暗い時間。
フィアンマを待っていたのであろう青年は、扉の対面の壁に背を預け緩く腕を組んでいた。
「貴方は俺達に味方すると言ったな」
「言ったが、それが」
「一応一晩考えてみたんだが。結論から言うと、お断りだ」
フィアンマの目も見ずに、それどころか瞼を下ろしたままで青年は克明に告げた。
鋭く目を尖らせるフィアンマに対してもまるで目線をやらずに、青年は続ける。
「何で俺らの側に付こうと思った?」
「さして大きな理由など必要無いだろう」
「あるよ。少なくともこちらには、そして確実に向こうにも」
それは拒絶だった。
青年は瞼を上げる。半眼でフィアンマを睨みつけながら、口を開く。
「あの戦場での言葉だけで人を分かった気になるってのは、少々乱暴過ぎやしないか」
「俺様の勝手だろう」
「こちら側について戦うなら話は別だろうが」
フィアンマは青年の言葉の意図を図りかねる。
敵対するわけでも、勝手に暴走するわけでもない。
彼の思想に共鳴し、手を貸そうと提案しているのだ。
だが、それを青年は強く拒む。
「……乱暴な言い方をしたけど、つまり俺はフェアにやりたいんだ」
青年は軽く息を吐いてやや柔らかく口調を戻した。
苛々とか遅れてくる性質なんだよ、と言い訳がましくこぼしてから続ける。
「良し悪し織り交ざって積み重なってきたもの全てを絶やしたくない。そう言ったよな」
「そう聞いたが」
「だけど、色々ごちゃ混ぜだからって進んで悪しを積むっていうのも、なあ?」
「まあ、それはな」
「貴方の今の在り方を悪しだと言う訳じゃないが、やっぱりそのままじゃあ駄目なんだ」
何が駄目なのか。
それを彼は言わなかったし、フィアンマも聞かなかった。
これだけ言い募ってその核心に触れないということは、自らで感じ取れということなのだろう。
「それは分かったが」
「なんだ?」
「お前は仲間達に真意を隠しているようだが、それでいいのか。奴らはフェアでなくとも勝ちを拾いたいかもしれない」
「ああ……それはいいんだ。ってか俺がイレギュラーというかなんというか」
「?」
「とにかく気にすんな、貴方は貴方のことをやれ」
連中に話は通しておいたから、とだけ最後に告げて青年は去っていった。
それを見送ってから、フィアンマは浅く息を吐く。
「そうだな、今までの容易な一本道が続くなんてことは有り得ないか」
分かりやすい敵がいるからそれに力を振るって叩き伏せればハッピーエンド。
そんな分かりやすい構図ばかりの世界ではないことは百も承知だ。
それでも、そんな面倒な世界をもっと知ろうと思った。
だから彼は今ここにいるのだ。
「それで、話とは何だ。連中の使者ということは、和平の交渉でも始めるつもりか」
「残念ながら、俺様は薄明かりとは無関係だよ。今はな」
「別に和平を期待しているわけではない。――我が主を受け入れぬ異教は根絶すべきだ」
「典型的なローマ正教徒の思想だな」
「それがどうした」
「別に。良い事じゃあないか、なあ?」
フィアンマは尊大な態度を全く崩さぬまま、唇を皮肉げに歪めた。
少年はそれを見て眉をきつく寄せ、おもむろに部屋の隅に立て掛けてあった杖を取る。
「"万物照応。象徴たる司教杖を展開"」
杖の先端の祈りを捧げる天使の像の翼が、ゆっくりと開く。
『蓮の杖』 とある元ローマ正教のシスターも好んで使う、エーテルの象徴武器。
だが彼は彼女とは異なる扱い方でそれを振るう。
「"五大の素の第一。神の子の右、神の如き者の赤"」
蓮の杖はエーテルを象徴するが、同時に五大元素の全てに適応するという特性を持つ。
つまりは万能の象徴武器。そして今彼が選んだ属性は、火。
虚空から生じた炎は室内を煌々と照らし、そのまま狙い違わずフィアンマへと向かい――
「血の気が多いのは結構なことだが」
応じたフィアンマに、指一つ動かすことなく。
一瞬で霧散させられる。
「そういうことはよく相手を見てからやるんだな」
絶句する少年。
右方は、カーテナを入れている細い袋に触れながら、
「他の属性ならばこれを使うことも考えるが、火ならば道具などいらんだろう。俺様自身の――」
とそこまで言ってから、少し視線を泳がせて強引に話を切る。
余計なことを言って、彼が"右方のフィアンマ"だとばれたら色々と面倒だ。
別に逃げ切るも撃破するも容易だが、それではまさしく話にならない。
「――ともかく、座れ。俺様に今のところ害意は無い。挑発的な言動をしたことも謝罪しよう」
「……こちらも少々短気な行動だった、謝罪する。だがこちらにも都合がある、手短に済ませて貰えるか」
渋々といった風に少年は席に着く。
ようやく話しが出来そうな状況が整ったが、ここにきてフィアンマは悩みの種をもう一つ見つけた。
(で、どうやって切り出す? 「お前の戦う理由はなんだ?」 とか聞いても本心が聞けるとは思えんが)
元来、彼にそんなコミュニケーション能力は皆無だ。
これまでは大抵向こうからの歩み寄りがあったから成り立っていたが、今回はそれに期待出来そうもない。
顎に手を当てて思案した後にフィアンマは、ふと思いついたように天井を見上げた。
「そういえば、この拠点はお前らが建てたのか。見たところ真新しい建物のようだが」
「そうだが。大所帯なのでな、長期滞在の予定があるのだから衣食住は自分達で賄うべきだろう」
「そうか。……妙に、集落から離れたところに建てるのだな。色々と手間じゃないのか」
「いきなり彼らの生活領域に大人数で踏み込んでは、あまり良い感情を持たれない」
「なるほど」
「古くから根付く薄明かりとて拠点は集落から相当離しているくらいだ。下手に反感を煽るつもりは無い」
「まあ、布教だしな」
「それなりの対価を払うに値することであったと思っている。それで、それが何か?」
「いや、別に」
(……で、どうやって本題に持っていくんだ)
気まずげにして、フィアンマは視線を逃がす。
適当に話題を振ってそこから本題へ持っていこうとしたのだが、そもそもそういう空気ではないのだ。
建前を聞いても仕方が無い以上、どうにかしてそういう空気にして本音を引き出す必要があるのだが、
(どうすれば良いんだろうな、こういう場合)
彼は半ば投げていた。
それから暫くの沈黙の後、彼がいっそカーテナ=レプリカを首に押し当てて――などと物騒な思考に至った頃。
ドアが慌しくノックされ、少年の部下らしき男が部屋に入ってきた。
「どうした、一応来客中だぞ」
「失礼しました。しかし、例の件が……」
「……限界か」
顔をしかめた少年をフィアンマが視線で問うと、彼は一瞬の逡巡の後に口を開いた。
「済まないが、話があるのならばまた後日訪ねてくれ。少々、問題を抱えているのでな」
「問題?」
「そう、薄明かりの連中よりも数段優先度の高い問題だ」
頭の痛い話だが、と呟いた少年は立ち上がって蓮の杖を手に取り、フィアンマにも退室を促した。
それに従い建物を出てから、それに遅れて出てきた少年をフィアンマは振り返る。
「難儀なことだな。その問題とやらによっては助力してやらんことも無いが?」
「気持ちだけ受け取っておく。……一応、解決策は用意してあるのでな」
「そうか。それならば事情だけでも聞きたいところだが、その暇も無さそうだな」
忙しそうに何かの準備を行う少年とその部下達の様子を見て、フィアンマは言う。
彼はその合間にフィアンマを振り返り早口で答えた。
「見た方が早い、気になるのならば来るといい。どうせ薄明かりの連中もいることだろう」
それが終わると、もう少年は彼を気に留めることも無くどこかへと消えていった。
それを見送って、フィアンマは溜め息を洩らす。
「たらい回しとは結構なことだ。別に良いけどな」
訝しげな視線を浴びながらフィアンマは山道を歩き、着いたのは何も無い場所だった。
少し開けていて視界が良いが、ただそれだけ。
特に問題となるものも見当たらない。
「それで、何が問題なんだ。人を食う化け物でも出るのか」
「あちらだ」
少年が視線で示す方を向く。
やけに濁った湖だか池だかの一部が見えるが、特に変わったものは無い。
「だから、なんだ」
「天然ダムだ」
「……なんだそれは」
「説明している暇は無い。向こうの連中に聞いてくれ」
今度は指でおざなりに示す。その先を追うと、彼らとは異なる団体が少し離れたところに集まっていた。
問うまでもなく薄明かりの面子だ。リーダーの青年の姿も見える。
「準備があるのでな。説明は連中に頼め」
それだけ投げやりに言って、少年達は去っていった。
嘆息したフィアンマは薄明かりの集団に近づいていくと、すぐに青年が気付き声をかけてきた。
「貴方も来てたんだな」
「生憎と、話をする前に邪魔が入ったものでな」
「なんだ、まだ済ませて無かったのか」
軽い調子で呆れたように言う青年を恨めしげに睨むフィアンマ。
青年は周りの部下らしき男に何事か告げ、うち数名がどこかへと去っていく。
「それで、何か用か。見ての通り暇じゃないぞ」
「その暇じゃない理由を聞きたいんだが。というかさっきからお前ら俺様の扱い杜撰過ぎないか」
彼の軽い不満は流して青年は説明を始めようと口を開いた。
だがそこから中々声が出ず、そのまま不自然に硬直する。
青年は半開きだった口を更に開き、フィアンマの襟首を掴んだ。
「ちょっとこっち来い」
「だからなんなんださっきから……」
襟首を掴んで薄明かりの面々から離れた場所まで引き摺って行かれ、フィアンマはうんざりしたように呟く。
対する青年は口の端をひくつかせながら、抑えた声で叫んだ。
「何ってお前だよ!」
「俺様が何だ」
「貴方が第三次世界大戦のときに出した黄金の腕! あれが馬鹿みたいに雨降らすから!!」
言いながら青年はガクガクとフィアンマの体を揺さぶる。
彼はもう諦めたようにその揺れに身を任せながら、それでも問い返す。
「話が読めんのだが」
「だから! ここらは盆地になってるけど滅多に雨降らないし豪雨なんてまず無いんだ!!」
「それでどうした」
「それがあの黄金の腕が嵐起こしてアホほど雨降らせたから水が死ぬほど溜まってだな!」
そこまで説明されて、フィアンマはようやく事態を把握する。
「ああ、それで天然ダムか……」
天然ダム、或いは土砂ダム等とも呼ばれる。
要は桁外れに大きい水溜りだ。想定外の場所に想定外の量の水が溜まったもの。
通常のダムとは異なり放水路などは確保されていない為、その処理には大きな手間と危険が伴う。
「責任取れよ」
「そう言われても、はいそうですかと処理出来るような規模なのか」
「何トンだったかな。確かゼロの数四つだったか五つだったか」
「無理だ」
当然ながらそんな量の水をポンと処理する力は今の彼には無い。
かつてのアックアなら可能だっただろうか、などとフィアンマは思案してみる。
「そうだ、ガブリエル呼べよ。水の大天使ならあれくらいの水なんでもないだろ」
「あれはそう簡単には呼べん。仮に俺様が万全であったとしても無理だ」
確かに彼は第三次世界大戦時にガブリエルを使役していた。
だがそれは周到な準備の上で、世界の歪みを利用して初めて成立したものだ。
仮に右腕を失っていなかったとしても、一夕一朝で呼び出せるほど大天使は安くない。
「使えないなおい」
「……それはさておき、確かにこれは俺様の責任のようだ。猶予はどの程度残っている、どうにか」
「その姿勢は悪くは無いがな」
言った青年の後ろから、少年とその部下が歩いてくる。
表情は険しく、足取りは重々しい。
その様はどこか、死刑執行人のような雰囲気を纏っていた。
「もうリミットだよ」
それならば、振り返るその表情は。
「限界だ。これ以上邪魔をされたら堪らないので一応聞いておくが――異論は無いな」
「今更無いよ。精々頑張ってくれ」
短いやり取りだけ済ませて、少年は踵を返す。
その肩をフィアンマは掴んだ。
「急いでいるのだが」
「どうやってあれを処理するつもりだ」
「流す。集落の反対側は海だ、土地は荒れるがそちら側に流すのが確実な手段だ」
「集落の反対側? ……おい、そっちには確か」
そこには特別価値があるものは無い。何の変哲も無い森と、そこを抜ければすぐ海だ。
だが、ある。
「ああ、薄明かりの拠点があるな。それがどうした」
彼らが暮らす、見るからに年季の入った建物。
様々なものが年月と共に積み重なり混ざり合った、彼らの象徴とも言うべき場所が。
「……もう少し、持たせることは出来んか。俺様がなんとか解決策を」
「無理だ、既に限界を越えている。私の部下が魔術で無理に抑えているが、それももう持たない」
「だが」
「これ以上の時間の浪費は集落を一層の危険に晒すことになる。それでも、何かあるのか」
少年は振り返らない。対話する必要を感じないとでも言わんばかりに。
それでも、フィアンマはその手を離さない。離せない。
集落とそこに住む人々を軽んじているわけではない。危険に晒したいわけでもない。
それでも今この手を離せば、彼はまた一つ奪うことになる。それをおいそれと看過することは出来ない。
「いいから、離せ。邪魔するな」
だが、その手は杜撰に払われた。
今まさに失おうとしている青年自身の手で。
「ほら、さっさとやってこい。そちらのやり方でやるんだから、こっちからのフォローは期待するなよ」
「……」
少年は僅かに振り返って青年の顔を一瞥し、そのまま去っていった。
フィアンマはその背中を追うか一瞬迷い、首を振って青年へと向き直る。
「……いいのか、これで」
「良いも悪いも選択肢が無いだろ。だからどうしようも無いし仕方ない」
予め要るものは運び出しているし、と肩を竦めて軽く言う。
そうやってごく自然な様を作る青年とは対照的に、フィアンマの表情は暗い。
それを見た青年は、あくまで自然に頬を緩めた。
「そんな顔するなよ。貴方がこれまでに何度もやってきたことだろ」
柔らかく響いた声は、フィアンマの心の奥底に突き刺さる。
「それでも、俺達にとっては唯一無二のものだったんだけどな。けどまあ、構わないさ」
それは突き刺す為の言葉だった。
それでも、その言葉は受け取らなければならない。
例え何十分の一だろうが何百分の一だろうが、与えた痛みの断片はその身で感じなければ、彼は変われない。
「それじゃあ戻るか――ともいかないだろ。互いに高みの見物といこうか」
だからこれは必要な行為だ。知ることが出来るのは、彼が世界に与えた傷のほんの一部。
それからも目を逸らしてしまえば、彼のこれまでの行いは全て茶番でしかないのだから。
準備は整った。
天然ダムを意図的に崩し、海へと放水する。
少年はその放水する部分の微調整を担当するようだ。
「……」
「……」
フィアンマと青年は、少年の後ろからそれを見守っていた。
間に会話は無かった。互いに喜怒哀楽のいずれも表情に浮かんでいなかった。
「いくぞ」
少年が合図を出す。それに合わせて彼の部下達が魔術を発動させた。
大地が蠢き、それに従って大量の水が待ちかねたかのように流れ出す。
水の動きは少年の部下の魔術師らによって制御されている。
水そのものに干渉し制御する者と、大地に干渉することで間接的に制御する者。
だが。
「これは、まずいな」
「……」
水の量があまりに多すぎる。
出来る限り少しずつ流すのが理想なのだろうが、現状の流量はどう見ても多すぎる。
何か手違いでもあったのか、それとも何かしらの不具合でも生じたのか。
少年達もまずいのは分かっているはずだ。だが、一端流れ出した水を安全にせき止めるのは難しい。
せき止めるだけならば可能だ。だがその場合、予期せぬ場所から決壊する危険がある。
「これだけの量だ、止まらんぞ」
「一応は集落の人間も避難させてあるが、どうするかなこれは」
これだけの量が集落の側に流れ出せば、間違いなく集落は跡形も無く押し流されるだろう。
それだけで済むならばまだ良い。だがこれだけの量の水が、その程度の破壊で収まる筈もない。
「くそ、感傷に浸る暇も無いってか!」
吐き捨てるように言った青年が駆け出し、フィアンマも後を追う。
青年は、魔術で濁流を必死に押し止めている少年の横に並んだ。
「貸しだ、援護を――」
「ッ、まずい、来るぞ!!」
しかし、それと同時に水が不自然に唸る。
少年の部下の誰かが制御を誤ったのだ、と理解するよりも早く、決壊した。
集落の側ではなくこちら側が崩れたのは不幸中の幸いか、或いは単なる不幸か。
土砂を食らった甚大な水量が、爆ぜるように彼らの眼前に迫る。
「下がれ!」
言ったのは誰の声だったか。しかしその自然の爪牙の前から逃げる者はいなかった。
少年は杖を構え、青年は片膝をついて大地に掌を押し当てて。異なる動作で魔術を発動させようとする。
そしてもう一人は、その両名の頭上を高く飛び越えた。
「長くは持たんぞ!」
フィアンマはカーテナ=レプリカを振るう。
僅かなタイムラグを挟んで数十m規模の白い壁が生じ、真っ向から濁流を受け止めた。
残骸物質の壁はすぐに傾ぎ崩れそうになるが、間を置かずにカーテナを振るい続け辛くも耐える。
「……すごいな、こんな規模のも出せるのか。しかし何か不安な壁だな」
「実際不安定なんだよ、良いから早く制御を取り戻せ。他が崩れたらどうすることも出来んぞ」
軽く振り向いてフィアンマが言うと、一瞬呆けていた少年はすぐに我に返り部下達へ指示を飛ばす。
フィアンマの助けもあって何とか再び手綱を掴んだ彼らは、今度は安定して水を排出していった。
「まあ、ここは一応貴方に礼を言っておく場面かな」
「嫌味か皮肉か迷うところだな」
青年の言葉に、フィアンマは苦虫を奥歯ですり潰したような表情を作る。
実際彼は何も礼を言われるようなことをしたとは思えなかった。
彼が今やったことは、自らの行いの一部の尻拭いのそのまた一端でしかない。
その程度では、幼児を相手にする大人でも褒める事を躊躇うだろう。
「原因の方は別として、今この時は助かったよ。実際俺達じゃ止められなかっただろうし」
「言い直されたところで、やはり素直には受け取れんよ」
「人格が捻くれてるんじゃないの」
「逆に、捻くれていないと思うか」
カーテナ=レプリカを戻したフィアンマの顔を、青年はまじまじと見た。
四秒ほど見つめた後、真顔で言う。
「いや全く」
だろうな、と吐き捨てるフィアンマの隣に青年は並ぶ。
肩に肘を乗せるようにして、若干の体重を乗せた。
「良かったじゃないか。これで連中に恩も売ったし、話もやりやすくなっただろ」
「……これを貸しにするのも気が引けるもんだが」
「良いんだよ、いまさら体裁繕うことも無いだろうが」
嫌がらせのように全体重を乗せてきた青年の肘を、フィアンマは少し傾いて落とした。
少しふらついてニ、三歩分ほどたたらを踏んだ青年は振り返る。
「連中との話が終わったらまた少し話をしよう。それで、さよならだ」
その瞳は静かで、まるで揺らぐ余地が無いほど落ち着いていて。
彼が抱える、積み重なってきた全てがいっそ冷たさすら湛えてその向こうにあるようで。
それと目線を交えることなく、フィアンマは再び歩き出した。
場所は戻って、少年らの本拠地。
先回りして同じ部屋に勝手に居座っていたフィアンマに、少年は迎えられる。
諸々の事後処理を済ませてきたので、その顔には若干の疲労と歳相応の幼さを滲ませていた。
「――理由、と言われてもな」
答えるのは、フィアンマから浴びせられた質問。
彼がこのようなところで奮闘する理由。彼が動く動機。
「仕事だから、では不満か」
「それで満足するならこんなところまで来んよ」
少年にとって、その一言は半分本当だ。すなわち半分嘘でもあるのだが。
こんな辺境で魔術結社もどきと争いながらごく少数の人間へ布教する。
彼が所属する組織は、そんな効率の悪い仕事などやりたがらないだろう。
いくら辺境担当であっても、時間がかかるのなら適当に見切りをつけてさっさと他所に行くのが効率的だ。
「何かあるんだろう、それなりの理由って奴が」
「それはまあ、そうだな。あるから私は動いている」
「それを聞かせろ。それで先の貸しが返せるなら安いもんだろうが」
「……そうだな」
視線を動かす。
その先には窓の外、瞳に映るのは向こうの景色。
見るのはもっと遠くの、それなりに遠くから続く昔日の景色だ。
「とはいっても、人に聞かせるほど大した理由は無いのだがな。単純に、これまでもそうやってきたからだ」
時間の経過、特に人の生涯というものは色々なものに例えられる。
最も単純なものは川の流れか、日本の諺では過ぎ去る速さを光のようだと言うものもある。
他に分かりやすいものと言えば、降り積もる雪。
降り積もり重なっていく雪。少年が連想するものもそれだ。
「幼い頃から――といっても今もさして大人では無いが、両親に連れられて似たようなことをしてきた」
「その親は今どこに?」
「無理がたたって死んだよ。因みに祖父母も同じような仕事をしていたらしいが、詳しくは知らない」
どうにも私の家系は早死にらしくてな、と少年は少し笑う
「まあそれは良いんだ。とにかく、私も物心ついた頃にはもうこういった仕事をしてきた」
「子供が布教なんざ出来るのか」
「子供は子供で使えるものだよ。警戒され辛いからな」
最初はそういった理由で両親の後ろについて行っていただけだった。
その姿を見てどのように交流を図るのかを学び、少しずつやり方を覚えていった。
別に彼の両親は後を継がせようとは思っていなかったのだが、少年は勝手にそのつもりで学んでいく。
「様々なところに行ったよ。滞在期間も長い時は半年以上、短い時は三日で済んだこともあった」
「……」
「当然失敗もした、話すら一切聞いて貰えなかったりな。逆に歓迎され感謝され尽くしたこともある」
前者は地方宗教が強固に根付いていて、後者は元々ローマの加護を得たいと考えていた。
そういったイレギュラーも含め、彼らはそれなりの成果を出しつつ進んでいく。
孤独な人々の心に新たな支えを与えたり、孤立した地に新たな道を築いたり。
そんな目に見える成果を出すことはそう多くは無かったが、決して無意味では無い行進を続けていった。
「色々なことがあったよ。辛いことも悲しいことも、不甲斐無い自分に苛立ったことも」
それでも彼らは歩みを止めなかった。同じように少年も両親の後を歩み、二人の死後は先頭を歩いた。
深々と降る雪が積もるように、少しずつ少しずつ成果を積み重ねていく。
「それら私の行いの全てが、良い結果に結びついたとは思わない」
「お前、昨日は正義だとか言ってただろう」
「それでも、正義であれていると信じている。誤ろうと傷付けようと、悪に染まってはいないと」
「……ふん、それは欺瞞じゃないのか」
「そうでないかといつも疑っているよ。その時々の行いを絶対的に正しいものだと思っているわけではない」
人は間違うものだということくらい、少年は知っている。
だから自らの歩みを少年は過信しない。その一歩の正しさを、常に疑いながら歩む。
そしてそれでも歩みを止めることはしない。過ちの可能性すら恐れずに積み重ねる。
「そうして自らを疑いながら歩んだ道のりは、きっと正しくあれるものだと信じている」
だから少年は過去を疑わない。
雪面に残る足跡を振り返り悔やむことがあろうと、それを消してしまおうとは思わない。
正しくあろうとした自分の歩んだ痕跡を、ただ心に留める。
「正しくありたいと思っているし、これまでそうあれてきたと信じている。だからこれからもそうやって進む」
それはきっと欺瞞ではない、自らを欺き騙すような矮小な積み重ねではない。
自らを疑い続ける少年は、そう信じている。
「その過ちも含んだ歩みの結果が、少なくない成果を残しているということも知っている」
彼は、ずっと自身を疑い続けた自分を知っている。
「それらの道筋全て、経験の全てが、私を動かす理由だ」
だから進める。
迷い惑い誤り過ち、それでも進むことが出来る。
「……経験から学ぶのは愚者だと言うがな」
「違いないな。最初にも言ったが、本来人に聞かせられるようなものでは無い。ただの綺麗事だ」
「だろうな。ローマ正教の尖兵なら、大人しくその規範に従っていれば良いんだ」
「分かっているさ。言われずともな」
彼の語った思いは、言ってしまえば余計なものでしかない。
この地を離れないのだって、効率を優先して例外を作るのが正しいとは思えないからだ。
彼を動かしている原動力が、同時に彼を縛るものにもなってしまっている。
「後生大事に抱え込むべきものでは無い。私は代弁者でしか無いのだから」
そんな不都合な矛盾を抱えたものは捨ててしまえば良いのだ。それは下らない感傷でしかないのだから。
少年も分かっている。捨ててしまった方がかえって歩きやすい、そういうものなのだと。
「それでも、それが私の全てなんだ。簡単に捨てられるものではない」
「そんなもの、なのか」
「言っただろ、俺はガキなんだよ。普段は集団の長として取り繕ってはいるが、本質的にはまだまだだ」
「…………外見に似合わない口調だと思ってたんだよ、最初から」
「とはいってももう十七なのだがな。実のところそんなに幼くも無いんだ」
「全然見えん」
大方話も終わって、僅かな沈黙が生まれる。
が、そこに来て少年はふと若干の違和感を覚えた。
無かったものを感じたわけでは無い、元からあったものが増大していたように思えたのだ。
目の前の男が纏っていた雰囲気というか空気というか、それの一つ。
諦めや悔しさのような、尊大な態度の彼にそぐわないようで深く馴染む暗いもの。
「まあ、それなりにいい話を聞かせてもらった。最後に、一ついいか」
それについて少年が何か言うよりも早く、男は立ち上がり最後の問いを落とす。
少年らの拠点を出てすぐ、薄明かりの青年に迎えられた。
「よう。ちゃんと話は聞けたか」
「それなりにな」
敵地の間近にあっても青年は落ち着いていた。
隠れるわけでもなく、ただ静かだった。
「それで、どうだ。貴方は俺とあいつの話を聞いて、どうしたい」
「その前に一ついいか」
青年は黙って先を促す。
「例の天然ダムの状態があそこまで悪化していたのはお前達が原因だというのは本当か」
「そうとも言えるんじゃないか。直接悪化させたわけじゃないが、時間が経てば悪くもなる」
答えはすぐに返ってきた。
聞いた側であるフィアンマが、一瞬黙る。
「理由は分かるだろ。当然、こっちとしてもあそこまで悪化してたのは想定外だった」
「想定外の一言で済むことか。危うく集落が潰れるところだったんだぞ」
「現に済んだ。とか思ってないが、それだけどちらも大事だったんだよ。分からないだろうが」
淡々と、青年は語る。
迷いなく淀みなく、まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように。
「……小さな環で完結してしまうことにも、やはりメリットもデメリットもあるな」
「そりゃあ相応にな」
「大きな組織は長い時間の中で確実に歪んでいくが、小さな組織は偶発的に、簡単に染まる」
「そんなもんだろ」
或いは、その迷いの無さは当然なのかもしれない。
彼は思考に確固たる地盤を持っている。だから今更迷うことが無い。
「ところで、一つじゃなかったのか」
「些細なことだろう」
「良いけどよ。それで、どうなんだ。まだ俺達に味方するつもりか」
フィアンマは黙る。
彼は迷う。今更になって迷う。
確かな足場を持たない彼は、或いは持っているのか否かさえも分からない彼は。
「……どちらの味方も出来ない」
ここには理不尽な暴力があるわけでは無い。
どちらも正当性はあり、どちらにも欠陥はある。
それでも彼らは、別々の道を行く彼らは同じように躊躇わすに進むだろう。
「俺様では、どうあっても不足だ」
彼らは、それだけ大切なものを持っている。捨てられない思いがある。
「そうかい。じゃあ、世話になったな」
それだけだった。
青年は一度もこちらを見ることは無く、彼の前から姿を消す。
「……」
その背中を見送ったフィアンマは、ようやく雨が降っていることに気付く。
先ほど聞いた通り大した雨では無い。さらさらとした、霧のような薄い雨だ。
流れてやがては消えてしまうだけで、滞ることはあっても決して積もることなど無い。
そんな当たり前で不快なだけの雨だった。
国の助力は期待できない。世界は今混乱していて、こんな辺境まで手を回してはくれない。
住民達には期待できない。そもそも一般市民に対応できる問題ではない。
ローマの末端には期待しない。信用できない連中に、下手なことはさせない。
(ここを守れるのは、俺達しかいない)
ずっとそう信じてきた。
だから今回だってそうなのだと、そう思っていた。
(……そんなわけは無いんだよな。分かっていたことだけど)
ローマの末端である少年達の一団は、敵であっても悪ではない。
そして厳密には敵でも無い。どこか歯車が食い違えば分かり合えたのかもしれない。
それでも、もう今更別の道へは進まない。
起きてしまったことは決して無くならず、あって欲しいものは大抵最初から無い。
人の世は往々にしてそんなものだ。
Ifはいくらでも浮かぶ。けれどそんな過去は存在しない。
あるのはきっかけとすれ違いと譲れない理由。
それらが積み重なり、結果として争いの火種は生まれてしまった。
本来は相容れない、けれど本質的には分かり合えたはずの彼らは、やはり本来の道へと進んでしまう。
(向こうにだって正当性はある。俺らが思い上がり暴走すれば、止めるものはいない)
彼らの重ねてきた歴史の中には、そういった前科だって含まれている。
改心したからもう二度と繰り返さない、もう時代も世代も違う頃の話は関係ない。
何と言ったところで、やはり可能性は潰えない。
(そして向こうにはこちらを信用する理由が無い――むしろ逆しか無いな。お互い様だが)
だから、青年は彼らを憎まない。
長い歴史を知るものとして、決して自分達だけが正しい側に立つわけでは無いと知っている。
それでも譲るつもりは無いのだが。
「戻ったぞ」
青年が歩きついたのは、彼ら薄明かりが一時的に拠点としている場所だ。
とはいっても、簡単なキャンプなどで最低限の機能のみを成り立たせているだけのものなのだが。
「遅いぞ、どこに行っていたんだ」
「悪い悪い。ちょっと野暮用があったんだ」
「時間が無いんだ。術式の再構成だって間に合わないし、油を売ってる場合じゃない」
彼の部下にあたる数名が詰め寄ってくる。
とはいっても、彼は形式的なまとめ役程度のものであって上下関係は無いに等しい。
ゆえにその口調にも遠慮は無かった。
「やはり、なんとかして決戦を遅らせた方がいいんじゃないか」
「そうだ。元より勝算の薄い戦いだと言うのに、この有様では話にならない」
「こっちがそうしたくとも、向こうさんが許してくれないだろうさ」
青年は白い息を吐く。
「それに、俺個人としても早く白黒付けるべきだと思うよ」
「だが……」
「これ以上いがみ合っていて、また集落に被害を及ぼす事態になったら話にならないからな」
青年の言葉に、部下達は黙る。
それを軽く見回してから、青年は続けて口を開く。
「――こんな小競り合い、さっさと終わらせようぜ。この寒い中ホームレスするのは御免だ」
語る口調はやはり軽い。
それでも語る内容は決して軽いものでは無い。
この勝敗一つで、彼らが積み重ねてきたもののこれからが左右されるのだから。
青年を動かす唯一にして無二の理由が消えてしまうかもしれないのだから。
「……そうだな。やるべきことは山積しているんだ」
それでも。
彼の部下達の間に流れる空気も、けっして重苦しいものでは無い。
はっきり言って勝機は薄い。それでも彼らは俯かない。
それは、過去の話を知る少年と違いそこまで集落に愛着が無いから、というわけでもない。
「そうだったな。俺達の拠点のこともそうだが、それよりも先の水害の被害はどうなんだ」
「当然森林は荒れ果てていたし、土壌も相当に緩んでいた。はっきり言って最悪だな」
「早急に対処しなければな。森が死ねば山が死ぬ」
「山の動物の行動パターンも変わるかもしれない。熊などが集落に下りて行く危険がある」
彼らは、彼らの祖先がこれまで積み重ねてきたものを知らない。
ただ積み重なった上に立って、生まれた土地に自然と愛着を覚え、自然に慈しむ。
それはきっと彼らの祖先が望んだ姿だ。
積み重ねてきた全てが、結実した姿だ。
「そういうことだ。一つずつ済ませていこうぜ、まずは連中との決着だ」
負ければ命だって危ない。それでも彼らは臆さない。
自らの命を軽視しているのではなく、その命を危険に冒してもやるべきことがあるというだけだ。
一切間違わないわけでは無い。それでも、正しくあろうと思うことは出来る。
これからも間違わないという保証は無い。それでも、今の彼らは正しくあれる。
(手助けなんかいらないさ。俺達は大丈夫だよ、これまでも、きっとこれからも)
ここにある全てが彼の動く理由だ。
だから彼は迷わない。迷う理由が無い。
「そちらから出向いてもらえるとは有り難いな。しかも一人とは、亡命でもご希望か?」
「いいや。俺はこれまでもこれからも"薄明かり"の一員だよ」
そして彼らは対峙する。
少年の背後には、既に戦闘準備を済ませた彼の部下達が控えている。
一方で青年は仲間を連れておらず、見たところ武器も持っていない。
「こちらの用件は分かっているな」
「この地を出て行け、だろう? なんとも好き勝手おっしゃることで」
「好き勝手にしていたのはどちらだ」
「いた、ならこちらだな。いる、ならどちらもだろう」
「我々は貴様達とは違う」
「そうだな。確かに明確に違うけど、それでも結局は似たようなものじゃないか」
青年の雰囲気は一見すれば軽薄、しかしその実は軽快に近いのかもしれない。
それだけ自然にこの地に馴染み、その言葉に馴染んでいるということなのだろう。
「大した価値の無い宝物を必死になって奪い合ってる時点で、疑うまでもなくそうだろ」
「……」
「お互い、賢くは生きられない性分だな。だからといって譲るつもりは無いけど」
少年は瞼を下ろす。
分かっている。彼が今倒そうとしているのは悪人ではない。
むしろ彼が言うとおり、自分達と――自分と、同じようなことを考えて生きる人間だ。
彼は正しくあろうとするが故に青年らと敵対する。
しかし、それは必ずしも敵対者が悪であるという結論には結びつかない。
「それはこちらとしても同じだ。貴様達に譲り渡すものは、何一つ無い」
略奪者はこちらだ。その事実をかみ締めながらも、少年は目を開いた。
彼らが大切に抱きしめる全てを理不尽に奪おうとしているのは自分達だ。
その意味を、痛みを、推測するのは難しくない。
「別れを告げる猶予は、もう必要ないな」
「ああ。俺が爺さんになるまで、それは必要ないものだ」
それでも、少年はそれを奪おうと思う。
誰もが笑えれば良い。それが無理でも、より多くの笑顔が欲しい。
だから少年は選択する。正義に怠慢は不要だ。
正しさを証明する手段など、少なくとも今この時には存在しないのだから。
「それではさようならだ。"薄明かり"」
少年の構えるは蓮の杖。四大元素の触媒として最大限に力を発揮するよう調整したもの。
「"万物照応。万物の象徴たる司教杖の展開。五大の素の第四。神の子の左、神の薬の緑"」
操る属性は地、創造するのは槌。
大地が隆起し、鎌首を擡げる蛇のようにその大槌が姿を現す。
「ああ、さようなら。 ――"Cumulus157"」
その向こうで青年の口が静かに紡ぐ音を、少年は確かに聞いた。
ラテン語の響き、魔法名。
「『十を束ねて一と成し、一を集めて一を生す』」
青年の口から発せられた言葉の意味を少年は知っている。
その地から同一の要素を抽出し、それらを束ね組み合わせることで式を作り、魔術を発動する。
彼ら薄明かりが用いる魔術方式。その宣言。
そうして、少年の時よりもより大きく地面が蠢く。
「……ゴーレムか」
「よく分かったな、こんなので」
それは腕だった。
人間のそれとは比べ物にならない大きさの豪腕。一薙ぎで木々を叩き折り、人体を飛沫に出来る凶手。
少年の槌は人を数人纏めて叩き潰せるような凶悪なものだが、その腕は槌を十ほど束ねたような大きさだ。
「腕しか出ないのか」
「本当は全身出すつもりだったんだけど、ダムの件で式が崩れてるんだよ」
「なるほど。それは幸運だ」
「ま、それはそれとして調整し直してあるけどな。当然元々の性能には及ばないけど」
部下を伴わないのは方々に散って式を整えている為だろう。
どう考えても万全からは程遠い有様。それは元々薄かった勝算が更に薄くなったことを意味する。
それでも青年は笑う。溜め息を伴うそれは、しかしどこか全て許容するかのような空気があった。
「まったく良い迷惑だよ。お前らも、向こうさんもな」
どんな困難も障害も無意味だと言わんばかりに、青年は深く深く笑みを作る。
少年にはその気持ちが分かる。きっと彼自身の次程度には理解できる。
それでも。
「仕切りなおしだ。始めよう」
「ああ、不意打ちで勝負に出なかったことを後悔するといい」
「ほざけ」
結局、最後まで青年は自らの行いの一切を悔いることは無かった。
それでも敗北は訪れる。奇跡は案の定起きず、当たり前の結果がやってくる。
「ま、こうなるわなぁ」
彼の周りにはとうにゴーレムの腕など無い。あるのは満身創痍な薄明かりの仲間達だけ。
急場しのぎのゴーレムの術式は最優先で破綻させられ、その後の総力戦でも一蹴され。
残ったのは、もうまともに動かない体のみ。
「……。言い残すことは無いな」
「やり残したことはあるがね。それはお前らの頑張りに期待しとくよ」
少年は蓮の杖を振り上げる。纏うは風、首を落とす為の刃。
だがそれは振り下ろされない。デジャヴのように割り込んだ白い壁が、それを許さない。
「馬鹿の一つ覚えだな」
「そう言うなよ。俺様とて万全では無いんだ」
奇しくも、初めて出会ったときと同じようにフィアンマは戦場の境に降り立つ。
異なるのは、残骸物質の用途と既に勝敗が決してしまっていることか。
「何しに来た」
「お前にそう言われるのは心外だな。助けに来たんだよ」
睨む青年を一瞥してから、フィアンマは少年に向き直る。
「そんなわけで、こいつらは回収させてもらうぞ」
「許すと思うか」
「逆に聞くが、許さない理由があるのか」
「後顧の憂いは絶つべきだ。それがどのようなものであっても」
「そんなものがどこにある?」
フィアンマは再び薄明かりの方へ視線をやった。
気絶していた者もいたが、徐々に意識を取り戻してきている。
しかしその眼には一様に、もはや敵意は無い。
「勝敗は決した。ならばもう戦う理由も無いだろう」
「連中を信用しろと? 馬鹿なことを言うな」
「馬鹿でも良い、信じろよ」
「だから何を根拠に」
少年は緩くカーテナを向けられて黙る。
突きつけるというよりは指し示すに近い動作。
「私自身を根拠にしろ、と? ふざけるのもいい加減にして貰おうか」
「何なら俺様を建前に使っても構わん」
「言っている意味が分からないが」
「分かるだろう。この場で一番、俺様よりも分かるはずだ」
「…………」
「おい、人を差し置いて話を進めるなよ」
そこでようやく青年が会話に加わる。
当人達の前で勝手に繰り広げられる論争にうんざりしながら、それでもフィアンマを再度睨む。
「余計なことするな。俺らは――」
「ややこしいからお前達は後回しだ」
「テメエ本当にふざけんなよ」
しかしフィアンマは僅かに視線を寄越した程度で話を戻す。
呼ばれていない少年の方が真摯な姿勢で彼らを見ていたくらいだ。
「こちらの要求が聞き入れられんのなら一暴れする準備もある。それで、どうなんだ」
フィアンマが睨むのは少年達の方だ。
睨むとは言っても、その眼差しは言葉とは裏腹に懇願するかのようなものだが。
それを真っ直ぐに受けた少年は、大きく息を吐く。
「……良いさ。好きにしろ」
「おい、良いのかよ。俺たちを放っておいたら後々どうなるか知らないぞ」
「良いと言った。貴様ら如き、いつでも撃退出来る」
驚くほどあっさりと、観念したかのように少年は踵を返す。
少し戸惑っていた部下達に指示を飛ばし、薄明かりの面々に背を向けた。
フィアンマがカーテナを下げる傍らで、青年はまだ納得がいかないように吼える。
「おい!」
「この地の平穏を取り戻すことが最優先だ。私達にそれ以外のことへ割く余裕は無い」
「俺達がその平穏を乱す因子にならないと何故断言出来る?」
「言うまでも無いだろうが、貴様らを信頼しているわけではない」
少年は一瞬だけ立ち止まる。
「それでも、知っているからな」
それだけ言って再び歩みだす。
そのまま振り返ることなく、少年達は去っていった。
背中で何かを語ることも無く、どこか自然に感じるほど静かに。
そして訪れる夕闇、残された薄明かり。
語りかけるのは、炎を名に冠する男。
「せめてもの贖いだ」
「だから、余計なお世話だ。ここで死ねるなら本望だった」
折角命を拾ったというのに、青年は歯を食い締める。
彼だけでは無い。薄明かりの面々の表情は、一様に暗い。
「何故だ」
「言わないと分からないか。この地は俺達の全てなんだ、そこを追われて行く場所なんて無い!」
「分からんよ。お前達はこの地が大切なんだろう」
「そう言っている」
「それならば、この地を追われてもこの地の為に尽くすのが道理じゃないのか」
「……それは」
フィアンマはつまらなそうに踵を返す。
湿った地面を歩きながら、ポツリポツリと語る。
「どっちみち俺様には分からん。とりあえず命は助けた、後は好きにしろ」
「勝手な」
「お前達のように大切なものを持たん俺様には、お前達の気持ちなど分からん。それだけのことだ」
空の袖が揺れる。
それ以上に空虚に、フィアンマは歩む。
「お前達にとっては命を賭すに値するものなんだろう。なら意地でも捨てるなよ」
驚くほど響かない声が、寸分待たずに空気に溶ける。
青年からはフィアンマの顔は見えない。だが見なくても分かる。
「――どの口が言うんだという話だが、正直俺様はお前達が羨ましいよ」
そこには勿論笑顔など無い。明確な自嘲も、堪えきれない苦悶も浮かばないだろう。
もっと言うならば、そこには何も無い。
彼が抱えるものは少なく、その殆どが誰から見ても何の価値も無い塵屑でしかない。
彼自身から見てもそれは同じであるはずだ。
「俺様はどう転んでもお前達のようにはなれん。だから夢くらい見させてくれ、頼むから」
「……」
暗がりへと消えていく背中を見送る。
空しい背中だった。本人がそう思っているからこそ、余計に。
「そんなことを伝えたかった訳じゃない」
だから青年はそれに向けて呟く。
ただ虚ろなだけの人間が自分達の命を拾ったなんて認めないとでも言うかのように。
「そんなの絶対に許さないぞ、フィアンマ」
他人に憧れるのは構わない。誰かの姿に夢を見るのも勝手だ。
その行為を不毛だとは言わない。
それでも、己の行く道を照らし出すことが出来るのは自分自身しかいない。
だから青年は彼の有り方を認めない。絶対に。
もっとこうシンプルな話にするつもりだったけどちょっとシンプル過ぎるかなーって
それで何かと色々やってみたらぐちゃーってなってこの有り様というかなんというか
うん。言い訳はよそう
このペースで行くと次は来年ですね。そんなことにならないように努力します
間に短いの一本挟んで最終話です
乙です
乙!
乙
終わりが見えるのは寂しいですな
良かった、生きてた
乙
今さらだけど乙!
そろそろ終わりか…… 無理せずがんばってね!
乙
乙
ゆっくりがんばってね!!!
生存報告でもないとそろそろHTML化されるんじゃないか?
あっやべ
生きてます死んでません。大して長いの書いて無いのに滞っててすみません
おぉ、生きてたw
続きはよ
まだまだ待ってるからな>>1
待ってます!
>>359
てめー荒らしだな?
相葉 (‘◇‘)
松本 ノノ`∀´ル
二宮 ヽ.゚ー゚ノ
櫻井 (`・3・´)
大野 (´・∀・`)
コレがホントの嵐wwwwww
>>361
ツマラン!!!
面白いの見つけたと思ったらhtml化寸前だった
かろうじてエタりはしない予定ですので今しばらくお待ち下さい
いや待たなくてもいいので忘れた頃に見て頂けると幸いです
舞ってます
俺待ってるから
待ってるぞ!
◯ _____
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/( ゚ )( ゚ )ヽ
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| l |-┬-| l | 常識的、と君は言でっていうwwwwwwwwwwwwwwww
\ `ー'´ / 自分のいう常識が、必ずしでっていうwwwwwwwwwwwwwwww
/ 丶' ヽ::::: 常識とは人のでっていうwwwwwwwwwwwwwwww
/ ヽ / /::::. これでっていうwwwwwwwwwwwwwwww
/ /へ ヘ/ /::::: 例えば善悪。何がでっていうwwwwwwwwwwwwwwww
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\ | /:::: ヽ 〈::
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忘れた頃に見に来たら変な荒らしが・・・・・・
でも続き待ってるよ
__,,....) , 。 ヽヽ
/⌒ヽ'´ );'・;,、`●;.ミ∵;,、 。 ;, ──┐. | |
と(^ω^*)Uてノ)゙、`●ヾ`;`、`●;.、`●'`;ヾ;;ヾ;.,、`●; '. / | | ───────
/⌒ヽ''´ );'・;,、`●;.ミ∵;,、 。 ;, ノ ノ
と(^ω^*)Uてノ)゙、`●ヾ`;`、`●;.、`●'`;ヾ;;ヾ;.,、`●; '.
と(^ω^*)Uてノ)゙``;;ヾ;ヾ;;,、`●;.'';,,
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|``;`、`●`;,、`●;.、`●;. /⌒ヽ まだ、ほかほかだお( ^ω^)
|`;ヾ;;ヾ;●`;ヾ;;,、`●;ヾ;;.、`●;. ∬(^ω^*)パクパク・・・
|ヾヾ`;、`●;,、`●`;,、`●;.●、`●;.`●;:;;O●と;: ヽ
|;ヾ;`●`;,、`●;●v●●.、`●;.'`;,、`● (^(^`_ ,、 /⌒ヽ大量のうんこを発見したおー!
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|ヾ`●;●.`●`●`●;.`●:;●;;';.`●`●;.`●:;●;; ⊂ )
|`●`;,、`●;`●;.●`●:;●;;';ヾ`●;.`●:;●;;';....●;; 人 Y すごいお! ここは天国かお!
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嵐は気にしたら負け
待ってるよ
面白かったから一気に読んじまった
親に愛された記憶は無いが、それを特別不幸と思ったことは無かった。そんな不幸はありふれていた。
気付けば周りには濁った目の大人達しかいなかったが、そんな人間は世に溢れていることも知っていた。
幸福ではない、けれど突き抜けて不幸でもない。言ってしまえば月並みで平凡な、息苦しい泥の中。
親しい友人や尊敬する師もいなかった。だから信じられる人間なんて何処にもいなかった。
その代わりになのか、自らだけは頑なに信じていた。いや、自らの力か。
聖なる右。それだけが彼の中で特別に輝いていて、それだけを信じていた。
しかしそれは完全ではなく、また何の為に振るうべきなのかも分からなかった。
彼が執着していたのは唯一それのみで、そのほかには一切興味が無かったのだから当然なのだが。
物にも人にも興味は無かった。それらは、右腕を振るえば一瞬で砕けてしまう脆いものだったから。
だが。
今になって、今更になって思う。それは本当だったのか。
大切な何かが欲しかったし、大切な誰かが欲しかったのではないか。自らに絶対的な価値が欲しかったのではないか。
何とも繋がらずただ相対的な個の極みとしてそこに在っただけで、何も無いのが寂しかったのではないか。
生まれたときから彼という人間は歪んでいて、故に歪んだことなど一度も無い。
ただ歪なまま、その上に着実に積み重ねてきたものも当然のように歪んでいただけで。
特別な右腕があった。世界を一度に救ってしまえる、世界にただ一つしかない右腕。
それを自覚した瞬間から、見えない重圧のようなものを感じていたのかもしれない。
それを感じた瞬間から、漠然とした期待も抱いていたのかもしれない。
限りなく空虚な自分という器の中に、ポツリと特別な右手。
信じたのは、それを振るった先にあると思っていた形の無い『素晴らしい世界』
何にしても、それらの一切は最早何の価値も持たない歪なガラクタだ。
かつて抱いていたくだらない幻想のことなど、もう今となってはどうでもいい。
一枚の美しい絵画があったとしよう。
誰もがその美しさに心奪われ、絶賛するような絵。
だがそんな絵があったところで、頑なに目を閉じそれを見なければ心奪われることもないだろう。
また決して奪われまいと頑なに心を閉じても、それを心から美しいとは思えないはずだ。
それがどんなに美しくとも。
結局、それだけのことだ。
彼は見ようとしなかった。美しいものがそこにあることを知っていても、目も心も開かなかった。
見れば見えてしまうから。何も特別なものを持たないそれらが、どれだけ美しいのかが。
その向こうに、ただ個として相対的に特別な『だけ』でしかない自分が透けて見えてしまうから。
自分が誰にとっても特別では無いという現実がそこにあるから。
今となっては、本当にどうでもいい話だ。
特別な右腕で何の特別も抱えようとはしなかった、愚か者の話だ。
「いやぁぶっちゃけ助かりました、とミサカはサンドイッチを貪りもふ」
「……」
「今朝から何も食べて無くて空腹で死ぬところでした、とミサカは間髪いれずに次の一口をもぐぅ」
「……分かった。分かったから食い終わるまで喋らなくて良い」
何か最近の彼は変なのに捕まる確率が上がってきている気がする。
イタリアのオープンカフェで、フィアンマはうんざりした表情を浮かべた。
彼女が食べ終わり紅茶を飲み干すのを待って、彼は口を開く。
「それで、ミサカで良いんだったか」
「正式にはミサカ17203号ですが、とミサカは今この場では割とどうでもいい訂正をします」
「あーはいはい17203号。で、金は置いていくからもう行っても良いか」
「ローマ正教にチクりますよ、とミサカは恐喝紛いの行為を続行します」
「いや紛いじゃねえよ」
恐喝そのものである。
そう、何故かこのミサカという人物はフィアンマのことを知っていたのである。
そして適当に下山して人里を訪れたフィアンマを捕まえて脅して食事を奢らせるという暴挙に出たのだった。
「面倒な、一体どこで知ったんだか」
「世界中に散っている姉妹が色々情報を集めていまして、とミサカは漠然とした回答をします」
「それで、お前は俺様に何をさせたいんだ」
「なに、ただ少し世間話の相手になって欲しいだけですよ、とミサカはゲップ」
「……俺様はあの第三次世界大戦の首謀者だぞ。そんな奴と世間話して何が楽しい」
「うっそマジで? とミサカは驚愕で目を見開きます」
そう言うが表情はほぼ変わっていない。
しかし驚いているのは本当のようで、17203号は少し黙り込んでしまう。
「いや知らなかったのかよ」
「ぶっちゃけ情報共有では指名手配されてることしか、とミサカはぶっちゃけます」
フィアンマ墓穴を掘る。
入れ替わりに黙り込んでしまった彼を、17203号は頭からつま先まで値踏みするように見る。
「まあ弱みは握っていますし別にいいでしょう、とミサカは聞かなかったことにして世間話を開始します」
『パッと見貧弱だし大した危険も無いだろ』といった風な見下した空気を彼は感じた。
「それより聞いてくださいよ、ミサカ今いかれた科学者に追われてるんです、とミサカは愚痴ります」
「世間話じゃなくて愚痴じゃねえか」
「愚痴も世間話の内ですよ、とミサカは正論のような屁理屈のような見解を提示します」
「ご丁寧に反応しなくて良いから続けろ。そしてさっさと終わらせろ」
「おやそうですか。それでは――お? とミサカは不意に周囲を警戒します」
なんなんだ、と怪訝な目で見やるフィアンマを尻目に、彼女は椅子から立ち上がる。
そしてサブマシンガン片手に(最初から持ち歩いていた)素早く走った。
そしてそのままサブマシンガンを鈍器にして殴った。倒した。そして舌打ちをした。
殴られたのは、なにやら見るからに怪しげな男。
「ちっ、この場所がばれたようですね、とミサカは舌打ちを繰り返しますちっっ」
「……そのいかれた科学者とやらか」
「そうなんですよ、とミサカは周囲を警戒しながらも愚痴、もとい事情説明を再開します」
話は単純、そのいかれた科学者達が子供を誘拐していたから助けたら逆恨みされたらしい。
因みにこの場ではどうでも良い話だが、その子供は『原石』と呼ばれる天然の超能力者であったとのこと。
「全く何が未来への翼ですか、とミサカはその胡散臭い翼をへし折り愚物に相応しい醜態を晒させてやると決意します」
「なんか俺様今右手があったらすごい力を発揮できそうなんだが」
「ミサカの知らない話は後にして下さい、とミサカは応戦準備を整えます」
そして、間を置かずに『未来への翼』の科学者は姿を現した。
白昼堂々銃器を携えるその姿は、なるほど確かにまともな連中とは言い難いだろう。
「むう、数が増えていますね、とミサカは余裕ぶっこいてたけどこれマズイなあと思っています」
先ほど見せた動きから、17203号も只者ではないことは窺える。
だが多勢に無勢だ、三十を越える武装した人間相手ではいささか分が悪いだろう。
「最低限あなたの身の安全は確保出来るよう頑張ってみますが、とミサカは」
「くだらん」
フィアンマがいつの間にか手にしていたカーテナ=レプリカを一閃した。
追って残骸物質が宙に現れ、連中を打ち据えるようにボロボロとこぼれ落ちる。
なんとも杜撰な一撃で連中は壊滅した。
「……さすがはミサカが見込んだ男ですね、とミサカは素早く掌を返します」
「俺様は先の視線を忘れんぞ」
「視線や表情で人の真意が汲めると思ったら大間違いです、とミサカは苦しい言い訳を行使します」
言いながら17203号は盛大に視線を逸らす。
果たして本当に大間違いだろうかと思うフィアンマだったが、追及する気にもなれず嘆息した。
そのまま辺りをぐるっと見回し、軽く安全を確認する。
「それでミサカ、まだ愚痴は続くのか」
「ご要望とあらばいくらでも続けますが、とミサカは脳内でプロットを組み立てます」
「いらん」
それはとても残念です、と真顔で告げるミサカ。
といっても元々表情の変化が薄いからでは無く、その言葉が半ば社交辞令染みたものだったからだろう。
フィアンマとしても、いつまでもこんなところで時間を浪費するつもりは無い。
「それより、最後に一つ聞いて良いか」
「なんですか?」
「お前の姉妹は世界中に散っていると言っていたな。――学園都市には?」
だから簡潔な質問だけ投げた。
ミサカは一瞬の間を空けて返事を返す。
「数名いますが、それが何か? とミサカは怪訝な表情で訪ねます」
「インデックスと呼ばれる白い修道服の少女のことを、知っているか」
ただ漠然とふらふらとしていて時間を浪費していても仕方がない。
だからこそ必要最低限のけじめを付けて、この旅は終わりにしなくてはならない。
彼には成すべき事があるのだから。
ヒントは世界中に散らばっていても、答えは最初から彼の中にしか無いのだから。
この後に割とどうでもいい話があったんですが全然進まないのでごっそりカットしました
流石に遅すぎるので
待ってました
ずっと待ってました
乙です…!
乙
もう一回よみなおしてくる
待ってました!!
次も楽しみにしてます!!
乙でした
乙
ここまできたらとことん遅くなってもいいのに
乙
を?
ハーヤクハーヤク
まだなのか?
まだかいな?
待とうぜ、大人しくよ。
まだか…まだなのか…
案の定遅れていますが今しばらくお待ちください
気ままに待つぜ旦那
完結してくれりゃオールオッケーよん★
>>394おぉ、がんばれ!
保守党
保守…
ヨンヒャク!
あかん(真顔)
ホシュ
保守。1や、そろそろ生存報告を頼む
ちょっと行き詰ってるところがあるので原作新刊のフィアンマの活躍が指標にならないかなと思ったけど
なんかオッレルスと仲良くよく分かんないことしてただけだった
新刊自体はとても面白かったですがそんな感じなので今しばらくお待ちください
>>404
わかった。待ってる
追いついた
>>404
おっけ~☆(ローラっぽく)
大丈夫か
待ち
ああああぁぁぁぁ! >>1の家が!!! 〈 、′・. ’ ; ’、 ’、′‘ .・”
〈 ’、′・ ’、.・”; ” ’、
YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY´ ’、′ ’、 (;;ノ;; (′‘ ・. ’、′”;
:::::::::::::::::::::: ____,;' ,;- i 、 ’、 ’・ 、´⌒,;y'⌒((´;;;;;ノ、"'人
:::::::::::::::::: ,;;'" i i ・i; _、(⌒ ;;;:;´'从 ;' ;:;;) ;⌒ ;; :) )、___
::::::::::::::: ,;'":;;,,,,,, ;!, `'''i;. / ( ´;`ヾ,;⌒)´ 从⌒ ;) `⌒ )⌒:`.・/\
::::::::::: ,/'" '''',,,,''''--i / :::::. ::: ´⌒(,ゞ、⌒) ;;:::)::ノ. _/ \
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>>410
やめーや!!
ほ
も
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