直通電車 -Direct to the Ground- 【第三次投下】 (116)

「新本郷」という街をご存知だろうか。

多摩丘陵の中央に位置する本郷市。
その広大な土地の下には、10km四方に及ぶ広大な地下都市がある。
それが「新本郷」。

自動車のない街で、唯一の交通手段である本郷市電は、
東西南北に碁盤の目のように造られた道路上を、縦横無尽に走っている。

市営スーパーが多数存在し、幼稚園から大学、それに企業までが整備されたこの街では、
日常的に地上に通う人はまずいない。
市電もそれに合わせ、ほとんどの電車は新本郷内で完結するようにダイヤが組まれている。

しかし、あまり知られていないが、
地上との行き来が全くできないわけではない。
地上へ行くルートは、しっかりと確保されている。

唯一の地上駅「市電川合津」が、新本郷の運命を大きく左右する…!



セパレート系学園SS、第三次投下

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1363596450

登場人物の設定を大幅に変えています


新本郷第三高校2年1組
大野弘和 オオノヒロカズ 主人公
高島 遥 タカシマハルカ 筆頭委員 都市伝説を信仰
鶴屋康幸 ツルヤヤスユキ 生徒会副会長 極端に真面目
青木さくら アオキサクラ 根暗

本郷市土木課
石崎怜子 イシザキレイコ


岡野翔は人数調整で削除

序 章 24条51丁目(中央合同庁舎前) 24-51(Central Government Office)


「本郷市電をご利用くださいまして、ありがとうございます。
 この電車は、24条線西行、24条1丁目行です。
 次は、24条49丁目、24条49丁目、第三高校前でございます」

大野弘和の朝は、この長いアナウンスから始まる。

自宅最寄りの24条51丁目から、彼の通う第三高校最寄りの24条49丁目まで、彼は市電で通学している。
1丁目は100mに相当するので、通学距離は200m、時間にして2分。

この程度の短い距離なら、歩いて通う人がほとんどである。
彼の通う本郷市立新本郷第三高校でも、500mくらいまでは徒歩通学が主流であり、
市電で通うのは、大野の他には、

「おーっす、ヒロ。今日は寝坊した?」

24条54丁目在住、高島遥のみである。

「いつも寝坊してるみたいな聞き方するな」

「だってヒロっていつもボーっとしてるじゃん」

「そうか?」

大野の自宅は24条51丁目、高島の自宅は24条54丁目。
ラッシュアワーの24条線の電車は、3分間隔で来る。特に申し合わせをしない限り、同じ電車に乗るのは至難の業。

ほとんどの場合、大野は1人で電車に乗る。
充分に注意していれば問題ないが、少し気を抜くと、すぐに乗り過ごしてしまう。

「知ってる?24条線って、そのまま乗ってると異世界に入っちゃうんだって」

「また都市伝説か?」

「これは信憑性あるよ」

「お前の持ってきた都市伝説が信憑性あった試しがない」

「だって、方向幕に謎の『市電川合津』って表示があったのを見たって弥生ちゃんが」

「弥生ちゃんって誰だよ」

たまに高島と同じ電車に乗ると、こんな風に言い争うことが多い。
彼女は都市伝説が大好きである。一方の大野は都市伝説を全く信じていない。
高島の持ってくる都市伝説を、大野が否定したり反論したり突き崩したり。

この間、大野の注意力は8割引き。

「次は、24条45丁目、24条45丁目でございます」

やっぱり乗り過ごすのである。

さっそく訂正

>>4
高島の持ってくる都市伝説を、大野が否定したり反論したり無視したり。

やっぱり地の文の人物表記は通称主義にしよう

大野弘和→ヒロ
高島 遥→遥
鶴屋康幸→ツルヤス

青木と石崎はそのまま

過去の投下履歴

第一次投下:一人称小説形式(羽衣真砂主人公) 途中打ち切り

第二次投下:台本形式(大野弘和主人公) 完結済み

第二次投下後に投下した別作品「さくら十字路」:三人称小説形式 完結済み

本郷市電は、方向毎にテーマカラーが設定されている。
西行は白、東行は緑、北行は赤、南行は青。

24条45丁目、西行を示す白色のポールに降りた2人。
時計を確認すると、現在8時40分。
ホームルームが始まるのは8時45分である。

「間に合うかな?」

ここから東行の電停に移動し、3分間隔の電車を待ち、400m乗車し、降りたらダッシュで教室へ。
5分で間に合うか、微妙なところだ。

自動車のない新本郷には、信号もない。電車が来ていなければ、いつ道路を渡ってもよいということだ。

2人は24条45丁目の交差点を斜めに横断し、東行を示す緑色のポールに滑り込む。
すぐに掲示されている時刻表を確認するが、

「40分か…」

東側を見ると、200mほど先に電車が見えた。
おそらくそれが、8時40分発の東行電車なのだろう。

次の電車は8時43分。
これでは間に合わない。

「ヒロ、今月何回目?」

「えーっと…9回目か?」

「しっかりしてよ。10回遅刻したら早朝登校でしょ?」

「そうだったな」

遥は筆頭委員である。このあたりは抜かりがない。

「そういえばさ、西行の電車を10回乗り過ごすと次の日確実に寝坊するって…」

都市伝説を信じる筆頭委員というのもどうかとは思うが。

「遅刻理由の説明を要求する」

教室に入ると、すでに8時54分。
ホームルームは終了し、1限の前の休み時間であった。
窓際先頭の座席に座ったヒロは、いつものよつに後ろの席のツルヤスこと鶴屋康幸と話している。

「乗り過ごしちゃった」

「今月9回目であることを確認する」

「あと1回で早朝登校か…」

「大野さんの住所は24条51丁目であるか?」

「そうだな」

「歩いて通学することを推奨する」

「だって疲れるだろ」

「200mなら疲れないと主張する」

「ツルヤスは200m歩いたことあるのか?」

「私は毎日30条49丁目から歩いて通学していることを確認する」

男子でありながら一人称が「私」だったり、
ヒロのことを「大野さん」と読んだりするのは、
おそらく第三高校で1人だけだろう。

「ヒロー」

「ん?」

「ツルヤスのサ変喋りってさ、82条あたりではよくある喋り方だって弥生ちゃんが」

そして、何でもかんでも都市伝説にしてしまうのも、おそらく1人だけだろう。

その日の帰り。

ヒロと遥は、朝は1人で登校するが、帰りは途中まで一緒。
24条線東行の同じ電車に乗り、24条51丁目に着いたところで別れる。

「そうそう、朝話した異世界の話だけど」

その電車内で、遥が口を開いた。

「24条1丁目にある異世界の入口って、トンネルになってるんだって」

「トンネル?」

「新本郷の外周は壁で囲まれてるんだけど、24条1丁目だけはなぜかトンネルになってて、
 そこを通り抜けると異世界に行けるって弥生ちゃんが」

「遥、トンネルって何か知ってるか?」

「さあ?」

トンネルも知らないのによくこんな話ができるなとヒロが感心していると、

「次は、24条54丁目、24条54丁目」

大野弘和、高島遥、この日2回目の乗り過ごし。

第一章 市電川合津 Shiden-Kawaizu


ある日の朝8時半頃の光景。

「おーっす、ヒロ。今日は寝坊した?」

「だからいつも寝坊してるみたいな聞き方するな」

「今月寝坊した回数を質問する」

「1回もしてねーよ」

「では乗り過ごした回数を質問する」

「…かなりあるな」

「そういえば、西行の電車を10回乗り過ごすと」

「それこの前聞いた」

ヒロ、遥、ツルヤス。
この3人はとても仲が良く、始業前や休み時間によく話している。
窓際先頭がヒロ、その後ろがツルヤスの座席。
遥はヒロの2つ隣なのだが、3人で話すときはツルヤスの机の右側にポジションを取っている。

このように仲の良い3人が話していると、必ず気まずくなる人がいる。
ヒロの右隣の座席、青木さくらである。
彼女は席を立とうと考えているが、トイレには先程行ったばかり。
短時間に二度もトイレに行くのは不自然だろう。

「そういえば、1日に1本だけ、目に見えない透明な電車が走ってるって」

何かに夢中になっていると、周りが見えなくなるのが人間である。
会話に夢中になっている3人は、青木の苦悩には気付かない。

そうこうしているうちに、8時45分、ホームルーム開始を告げるチャイムが鳴った。

その日の帰りのホームルームで、こんな話があった。

「筆頭委員から連絡です。
 今度野球部の公式戦があるので、応援に来る人数を調査します」

筆頭委員会は、各クラス1名の筆頭委員と生徒会役員から成り、
生徒会からの連絡の場として機能している。
学級委員のない第三高校では、筆頭委員がクラスのまとめ役になっていたりもする。

2年1組の筆頭委員は、高島遥。
連絡事項は基本的にホームルームで遥が伝達するが、
忘れていた場合は生徒会副会長のツルヤスが伝達することもある。

「日付は今度の土曜日、12時開始です。
 場所は第四運動場、24条1丁目です」

第三高校生徒会は、野球部の応援に力を入れている。
もっとも生徒はそこまで乗り気ではないのだが。

「あー、私とツルヤスだけか。ヒロは来ないの?」

「ん?」

「大野さんは来ないのかと追及する」

「あ、すまん忘れてた」

「ボーッとしていると大事な話を聞き逃す可能性があると指摘する」

「すまん」

壇上の遥は、筆頭委員という立場を忘れ、座席にいる2人と話している。
遥が壇上に立つと8割方こうなるので、他の生徒も「いつものパターン」くらいにしか考えていないようだ。

青木が手を挙げていることに、気付く者はなかった。

>>12先頭行削除
これは>>11直後の朝ホームルームってことにする


書き溜め無しなので後で読み返すと訂正したくなる

その日の昼休み。
ヒロ、遥、ツルヤスの3人は、いつものように窓際先頭で話していた。

「12時開始だから、11時半現地集合でどう?」

「昼食時間の確保を要求する」

「あ、えっと…11時集合、弁当持参」

「よし、それで行こう」

「私とヒロは24条線一本で行くとして、ツルヤスは?」

「30条線西行から30条1丁目で北行に乗り換え、24条1丁目で下車すると確認する」

気まずい様子の青木に構わず、3人は当日の計画を立てている。

多くの生徒が野球部に関心を持たない中、なぜ彼らが応援に行くのか。
ツルヤスが副会長だから、というわけではない。

簡単な話、暇だからである。

3人は部活に入っていない。土日は生徒会や筆頭委員会の集まりもない。
特にすることのない彼らは、運動部の公式戦があれば応援の名目で暇つぶしをしている。

しかし、今回はそれだけではないようで、

「24条1丁目ってさ、異世界の入口って聞いたんだけど」

「あのトンネルのやつ?」

「そう。ついでに確認しちゃおうか」

「私は高島さんの都市伝説には付き合わないと宣言する」

以前話していた「24条線にそのまま乗っていると異世界に入る」という都市伝説の真偽を検証したい、という目的もあるようだ。

そして、当日を迎えた。

24条1丁目(地上線入口)に最初に到着したのは、ツルヤスこと鶴屋康幸。
交差点の北側にある赤色のポールに降りた彼は、第四運動場のある南側へ横断。

…しようとしたところで、ちょうど東側から電車が到着した。
白色のポールに降りたのは、高島遥である。

「おーっす、ツルヤス。今日は寝坊した?」

「私は大野さんではないと確認する」

彼らが降りた24条1丁目は、新本郷の西の端。

ツルヤスが途中で乗り換えた30条1丁目も西の端。西行の電車は、南行の青いポールで折り返した。
8条1丁目や63条1丁目など、西端にある電停では全て、西行の電車は南北どちらかで折り返す。

しかし、24条1丁目だけは例外。

「まさか本当にトンネルがあるとは」

「私も初めて見たと同意する」

西行の電車は、西行の白いポールで折り返す。
そのポールがあるのは、トンネルの中。

「このトンネル抜けると異世界に?」

「折り返すのであればトンネルの先には行かないと主張する」

「あ、そっか。じゃあ安心だね」

24条1丁目で折り返すのであれば、トンネルの中に少し入るだけで済む。
しかし、わざわざトンネルを作っている時点で、その先へ行く手段があることは明らか。
自動車のないこの町で、全長1kmのトンネルを通過する手段は、

「まもなく、市電川合津、市電川合津、終点です」

本郷市電以外に存在しない。

「先日の筆頭委員会で連絡した通り、筆頭委員は各クラスの受付をすると確認する」

「3人だけだけどね」

生徒会副会長のツルヤスと、2年1組筆頭委員の遥は、
事前の打ち合わせ通り受付場所に向かう。
カウンターの上に名簿を置き、他の生徒を待つ。

…30分経過。

「ヒロ、遅いね」

「乗り過ごした可能性を主張する」

…さらに30分。

「絶対乗り過ごしてるよ」

「逆方向に乗った可能性を主張する」

「そろそろ試合始まるんじゃない?」

「定刻は12時であると確認する」

そのとき、24条1丁目、白色のポールから、息を切らして走ってくる影があった。
それは第四運動場の正門を通過すると、一直線に2年1組の受付に向かってきた。

「ふぅ…なんとか間に合った」

そんなことを呟きながら定刻ぎりぎりで駆け込んできたのは、
遅刻常習犯の大野弘和、

…ではなく、

「青木さん!?」

2年1組の受付に現れた幻の4人目。
その名は青木さくら。

幻と言っても、手を挙げていたのを遥とツルヤスが見落としただけなのだが。

「青木さんの氏名は名簿に無いと確認する」

「……」

「手を挙げてない人が来たら駄目でしょ」

「……」

青木は他の生徒と会話をすることがない。
たまに教室で青木の声が聞こえることがあるが、それは独り言だ。
隣の席の遥が「何読んでるの?」などと話しかけても、答えることはない。
むしろツルヤスが「青木さんは他の生徒と会話をしないと確認する」と遥を止める始末。

「12時ジャストに第四運動場に入ると、その人が応援するチームは負けるって弥生ちゃんが…」

「…」

遥の都市伝説にも臆することなく、青木は沈黙を続ける。

青木が来てから数分後。
一塁側のスタンドから、大歓声が沸き起こった。

「え?もう始まってる?」

「ちょうど開始したところであると確認する」

「ごめん、すぐ行こう。青木さん、大丈夫?」

電停から走ってきた青木を気遣い、遥が声をかける。
もちろん青木の反応は、

「…」

沈黙一本勝負。

「何か飲み物買ってこようか?」

「…」

普通なら「いらない」の一言で突き放すところだろうが、それすらも言わないのが青木さくらである。

最大額 2500回巻モーター トンネル崩落防止ステンレス1.5mm板

3人が席に着いて、さらに30分。

「ヒロ、遅いね」

「乗り過ごしたか、あるいは折り返した可能性を主張する」

試合の方は三者凡退が続き、すでに5回表。
この調子なら1時間程度で試合終了になるだろう。

「応援名簿に書いてある人が最後まで来なかった場合、次の試合で遅刻するって…」

いつものように都市伝説を披露しようとしたそのとき、
遥の携帯が鳴った。

「誰からの電話であるか確認を要求する」

「ちょっと待って。今確認するから」

ポケットから携帯を取り出し、画面を確認する。
そこに表示されていたのは、遅刻常習犯の大野弘和。

「ヒロ…いったいどこにいるの」

『遥、俺は今どこにいるんだ?』

「こっちが聞いてるんだけど」

『ちょっと聞いたことのない電停だったから』

「聞いたことのない電停?」

本郷市電の電停は、すべて「何条何丁目」である。
「中央合同庁舎前」や「地上線入口」のように、副名称が付くこともあるが、
それでも正規の名称として「24条51丁目」「24条1丁目」というものは存在する。

「ヒロ、市電に乗ってたんだよね?」

『俺もそのつもりだったんだけど』

新本郷にある電停であれば、たとえ副名称がわからなくても、
何条何丁目という表記を見れば、場所は一発で分かる。
しかし本郷市電には、ただ1か所だけ、数字の入らない電停がある。

新本郷民にとって、異世界の入口とも言えるその電停は、

『市電川合津って、どこだか分かるか?』

唯一の地上駅、市電川合津である。

本郷市電地上線。

24条1丁目と市電川合津を結ぶこの区間は、新本郷と地上を結ぶ唯一のルート。
それはまさに、新本郷の生命線。

…といえば響きは良いが、幼稚園から大学、それに企業までが整備されたこの街では、
地上に出る人自体がそもそも少ない。

実際には、川合津車庫の車両を新本郷に入れるための路線として機能している。

「市電川合津って…あの異世界の?」

『異世界?』

「24条線西行を乗り過ごすと、そのまま異世界に入っちゃうっていう都市伝説があって」

『ああ、前に聞いたな』

「ヒロが乗ってたのって、24条線西行でしょ?」

『ってことは…ここ、異世界なのか』

新本郷は、10km四方に及ぶ広大な地下都市である。
そこには太陽光は入らず、雨も降らず、風も吹かない。
そこに住む人にとって、地上空間は異世界と表現しても差し支えないのだが、

「異世界ってさ、ドラゴンとかいるんでしょ?」

『ドラゴン?』

「この間弥生ちゃんが言ってたんだけど」

彼らは地上世界をほとんど知らない。
遥が持っている情報は、都市伝説が全てである。

訂正

「ヒロが乗ってたのって、24条線西行でしょ?」の後


『ってことは…ここ、異世界なのか?』


疑問符を追加


簡易書き溜めしてるのに後から見直すと書き直したくなる…

「ドラゴンはいないのか…じゃあ魔法使いは?」

『あー…多分いないな』

「吸血鬼は?」

『いない』

「テレポートできる?」

『無理』

都市伝説というのは、本当か嘘か判断できないものを言う。
通常は「信じるかどうかはあなた次第」などの表現でうやむやにするのが定石である。


しかし今日、その一つである「24条線西行で乗り過ごすと異世界に入る」が本当であることがわかってしまった。
都市伝説好きの遥なら、他の都市伝説を確かめたくなるのも無理はない。

「…」

隣で聞いている青木は終始無言。
しかし、ツルヤスの目には、少し笑っているように見えた。
電話に夢中の遥には、それに気付く余裕はない。

「なんか未知の気体で覆われたりしてない?」

『してない』

「じゃあ液体は?」

『ない』

遥の都市伝説攻撃は続く。

「いつまで続くのか確認する」

「30分くらい?」

「青木さんが呆れていると確認する」

「え?」

振り返ると、そこには無言で嘲笑を続ける青木の姿があった。

「あ…青木さん?」

「…」

「青木さんって、笑うんだ…」

「…」

「青木さんも人間である以上、笑うのは当然と主張する」

「後で弥生ちゃんに報告しとこう」

「…」

「青木さん、高島さんの都市伝説好きは異常と確認を求める」

「…」

「それを言うならツルヤスのサ変喋りのほうが異常だよね?」

「…」

「笑ってないで答えてよ!」

「…」

どんな状況でも都市伝説にするのが高島遥クオリティなら、
どんな状況でも終始無言を突き通すのが、青木さくらクオリティである。
表情が緩むことはあっても、言葉を発することは絶対にない。

遥の都市伝説攻撃に呆れていたのは、実は青木だけではなかった。

たまたま仕事で市電川合津に来ていた石崎怜子。
地上民である彼女は、新本郷民のヒロと遥の電話を、隣で聞いていた。

「ぷっ、くすくす」

無言で嘲笑するのが青木なら、声に出して笑うのが石崎。

「何がそんなにおかしいんですか?」

「だって、ドラゴンなんているわけないでしょ」

「じゃあ何ならいるんですか」

「人間しかいないわよ」

知り合いのように話しているが、この2人は初対面である。
それでも気安く話せるような親近感が、石崎にはあった。
同級生とも話さない青木とは真逆である。

現時点でのキャラクターイメージ(性格など、容姿除く)

遥→涼宮ハルヒ×朝倉涼子
ツルヤス→椿佐介?
青木→琴浦春香(中学期)
石崎→真鍋和

『もしもし、ヒロ?』

「あ、すまん」

石崎との会話に夢中で忘れていたのだが、ヒロの携帯は通話中である。
当然、こちらの会話も遥に聞こえていたわけで、

『誰と話してたの?』

「まあ…異世界人ってとこか?」

「異世界人って…普通の人間よ?」

こんなふうに会話に夢中になると、ヒロの注意力は8割引きになる。
それは今回も例外ではなく、

「24条101丁目行き、発車します」

乗り過ごしたことは何回もあるが、乗り遅れたのは今回が初めてである。

ヒロが新本郷に帰ってきたのは、それからさらに30分後だった。

スタンドに入ると、そこには険しい表情のツルヤスと、心配そうに見つめる遥の姿が。

「既に7回表と確認する」

「1時間も何してたの?」

「すまん、1本乗り遅れて」

しかし、スタンドにいたのは2人だけではない。

「青木さん?何してんだ?」

「当然野球を見に来たのだろうと推定する」

「さっきから何も喋ってくれないのよ」

「青木さんが喋らないのは当然と主張する」

「……」

遥は周りに気を配る委員長キャラ。
ツルヤスは無いものは無いと切り捨てる生徒会長キャラ。

青木に対する対応も、当然分かれてくる。
遥は喋らない彼女を心配して、積極的に話しかける。
ツルヤスは青木は喋らないと断定して、自分も話しかけない。

そんな彼らに対して青木は、

「……大野」

当然の無言…ではなかった。

「…え?今何て言った?」

「…大野」

「大野って言った?」

「…うん」

青木が喋った。
たったそれだけなのに、遥は大興奮。

「これ弥生ちゃんどころの騒ぎじゃないよ!」

「少し自制してほしいと要求する」

「だって、青木さんが喋ったんだよ?あの青木さんが」

「その程度のことで興奮するのは不適当と主張する」

大声で騒ぐ遥とツルヤス。
その隣で縮こまる青木。

これは、普段教室で話しているときと同じ構図ではないだろうか。

「俺に何の用だ?」

「…何でもない」

萎縮してしまった青木は、初めての会話をわずか6秒で打ち切った。

試合が終わったのは、その5分後。
8回に相手チームが4番岡野のホームランで1点を取った他は、
両チームとも出塁すら無かった。

「つまんなかったね」

「それなら来なければ良かったと主張する」

「やっぱり青木さんが時間ジャストに来たから…」

「都市伝説の信憑性は極めて低いと指摘する」

青木が到着したときに披露した都市伝説を、事実であったと主張する遥。
その隣で、いつものようにそれを否定するツルヤス。

さらにその隣には、

「…」

なぜか泣き出した青木。

「ごめんね、青木さんのせいじゃないよ」

「高島さんの都市伝説攻撃によるものと主張する」

「…」

「青木さん、ごめん」

「…」

なかなか泣き止まない青木にしびれを切らしたのか、

「青木さんを放置して帰ることを提案する」

ツルヤスが非情なことを言い出した。

いや、違う。ツルヤスは普段通り。
青木は喋らないと断定して自分も喋らないのが鶴屋康幸クオリティである。

「青木、1人で帰れるか?」

「…」

「…帰れそうだな」

とうとう泣き止んだ青木を残して、
3人は24条1丁目電停へと移動を始めた。
ヒロと遥は東行の緑のポール、ツルヤスは南行青いポール。

「また乗り過ごさないでよね」

「さあ。どうだろ」

この時青木は、市電川合津行の白いポールにいたのだが、
気付く者は無かった。

第二章 東 本 郷 Higashi-Hongo


※作者は単位制出身なので選択科目の感覚がよくわからない

週が明けて月曜日。

この日の1限は選択科目。第三高校の2年生は、古典講読と数学Bから1科目選択することとなっている。
数学Bを取っているヒロは、1組の教室に残る。古典講読を選択した遥とツルヤスは、隣の2組へ。

「じゃあ、また後で」

「2限に再会することを確認する」

選択科目は、隣の2組と合同で行われる。
1組の生徒が退出すると、入れ替わりで2組の生徒が入ってきた。
1組の生徒の座席はそのまま、空いている場所に2組の生徒が着席する。

ヒロの左隣は、変わらず青木。
ただ、後ろのツルヤスの席が、2組の生徒に変わっている。

現在時刻は8時55分。
1限開始の9時までは少し時間がある。

「大野」

遥とツルヤスが退室したのを確認すると、青木はおもむろに口を開いた。

「昨日のことなんだけど」

「昨日……ごめんな、遥があんなこと言って」

「それじゃなくて」

「あ、違った?」

「昨日、どこまで行ったの?」

「あー…市電川合津な」

「市電川合津って…地上の?」

「ああ、そうだな」

市電川合津。
新本郷民にとって、それは異世界の玄関口。
そこへ行ったことのある人は、新本郷民のほんの一握り。

新本郷民に「地上に行った」と話せば、
大体の人は珍しそうに「どんな感じだった?」と聞いてくる。
遥のように「ドラゴンいた?」と聞いてくる人もいるかもしれない。
逆に「太陽光浴びると死ぬらしいから」といって、接触を避ける人もいるようだ。

しかし、青木はそのどれでもなかった。

「なんで市電川合津で折り返しちゃったの?」

「へ?」

「東本郷まで行けばいろいろあるのに…」

「東本郷?」

さらなる遠出を勧めてくる人は、新本郷に1人もいないだろう。

「市役所通りにショッピングセンターがあって」

「ショッピングセンター?」

「いろんな店が集まってるの」

「ああ、中央合同庁舎みたいな?」

「ちょっと違うかな」

東本郷。
地上民にとって、そこは本郷の中心市街地。
駅前には大規模なショッピングセンターがあり、一方で市役所などの行政施設も所在している。
休日の昼間は買い物客でごった返し、平日の朝はバスターミナルを利用する通勤客でごった返す。

「せっかく行くんだったら、傘とか買ってきたら?」

「傘?」

「雨が降ったときに濡れないようにするものなんだけど」

「雨か…新本郷じゃ降らないもんな」

「高島さんが食いつくんじゃないかな」

「食いつきそうだな」

このあたりで、始業のチャイムが鳴った。
教員が入ってきて、教室が静かになる。

「大野、青木、静かにしろ」

「あ、はい、すいません」

何気ない一言だったが、これが問題だった。

大野が注意されるのは、2年1組ではよくある形。
注意されるのはほとんど「大野、鶴屋」の組み合わせ、「大野、高島」もまだ許容範囲。

しかし、これは選択科目。
鶴屋も高島もいない。

「大野、青木」が一緒に注意されるというのは、過去に例がない。

同じ授業を選択していた弥生から、遥にこの話が伝わり、

「ヒロ!青木さんと何があったの?」

授業終了後のこの追及につながった。

ヒロと青木。
隣に座っているだけで、一度も話したことはない。
恋愛関係はもちろん、友人関係も存在しない。

ヒロの注意散漫に巻き込まれるのは、決まって遥とツルヤス。
青木が巻き込まれることなど、考えられなかった。

その2人が、会話をした。
それもある程度長い時間。

「青木さん、大丈夫?」

「…」

「逆に大丈夫でない理由を追及する」

「…」

そして、他の生徒とは相変わらず話さない。
安定の青木クオリティである。

「ヒロ、青木さんと何かあった?」

「いや、別に」

青木が何も話さないので、ヒロとの会話に切り替える。
青木はいつも通りの気まずい空気に戻る。

ここで、ツルヤスが新説を出してきた。

「青木さんは何も話していなかった、という説を主張する」

「へ?」

「青木さんが大野さんと話したという情報自体が都市伝説であると主張する」

「…青木さん、そうなの?」

「…」

「青木さん、答えて」

「迷宮入りを宣言する」

ツルヤスが一方的に迷宮入りを宣言して、この件は終了となった。

次の土曜日、ヒロは再び地上に出た。

市電川合津の電停で降り、歩いて本郷鉄道の川合津駅へ向かう。
途中にある川合津橋の上り下りで苦戦しながらも、10分かけて川合津駅に到着。
しかし、そこで思わぬ障害があった。

相対式ホームの2番線、「東本郷・東京中央方面」と表示された乗り場に来たのはよいが、

「急行って何だ?」

発車案内に表示された先発車は「急行 東京中央」。
そして次発は「各停 東京中央 新大倉で急行の待ち合わせ」であった。

「東京中央」「新大倉」は駅名であると容易に推測できるが、
「急行」「各停」「待ち合わせ」という単語は全く見当が付かない。

「川合津、川合津です。2番線は、急行、東京中央行です。次は、東本郷に停まります」

そうこうしているうちに、電車が到着した。
問題の「急行 東京中央行」である。

ん?次は東本郷に停まります?
確か路線図によると次の駅は「西本郷」のはずだったが…。

とりあえず降りた人の中から話しやすそうな人を捕まえて聞いてみた。

「この電車、急行だから」

いや、それはわかっている。聞きたいのはその先だ。

「急行って、停まらない駅があるのは知ってる?」

停まらない駅がある?そんな話は聞いたことがない。

「そっか、新本郷か。急行無いもんね」

路線図をもう一度確認する。
なるほど確かに、「急行」「各停」という2本の横線があり、
「各停」はすべての駅に丸が打ってあるが、
「急行」に丸がある駅はわずかだ。

「そうすると、急行が停まるのは北倉、沼田橋、垣ノ下、川合津、東本郷、新大倉、馬場池、東京中央」

「そういうこと」

「東本郷は停まる」

「停まるわよ」

確認完了。急行は東本郷に停まる。
それなら、今来ている電車に乗っても問題ない。
そう思ったときには、

「今度の電車は、10時06分発、各駅停車、東京中央行です」

その電車はすでに発車していた。

「あれ?行っちゃった?」

誰もいないホームを見て落胆するヒロ。

「ごめんなさい、俺ボーッとしてて」

「私は別に乗らないんだけど…」

ヒロの注意散漫は、時として周囲の人間を巻き込む。
とは言っても、遥以外の人間を巻き込んだのは初めて。

…いや、違う。
先日初めて地上に出たとき、たまたま隣にいた女性と話し込んで、
電車に乗り遅れたことがあった。

「ふふっ」

「どうしたんですか?」

「いや、この間もこんなことあったから」

「こんなことって?」

「新本郷の子でさ、なんかドラゴンがどうとか言ってて」

「ん?ドラゴン?」

「その子の友達が都市伝説が好きなんだって」

「それって…」

そして、今目の前にいる女性。
その女性こそ、先日ヒロが会った女性、石崎怜子である。

2500回巻モーター 精錬中中中中て難い

「えっと、それって俺じゃないですか?」

「あー…言われてみればそうかも」

「ドラゴンって聞いてピンと来ました」

「確かに『ドラゴンいる?』って聞く人はいないわね」

一週間振りの再会に、会話の弾む2人。

「各駅停車東京中央行き、発車します」

この間にさらに2本の電車が発車したが、気付かない。

3本目の電車が到着した時、2人はようやく我に帰った。

「ん?急行ってさっき発車しましたよね?」

「あー…もしかしたら次の急行かも」

ヒロがホームに立ってから、既に20分。

「ごめんなさい、俺のせいで」

「いや、君のせいじゃないわ」

「この間も俺のせいであなたが…」

ここまで話して、ヒロはあることに気付いた。

「そういえば、名前聞いてなかったですね」

「そういえばそうね」

「俺は大野弘和です」

「大野くん、よろしくね。私は石崎怜子」

「石崎さんですか。珍しい名字ですね」

「そうでもないと思うけど…」

「急行東京中央行き、発車します」


2人が電車に乗ったのは、さらに20分後であった。

東本郷に到着した時、時刻は既に10時45分。

「意外に遠いんですね」

「普段はこんなにかからないんだけどね」

「ごめんなさい、俺のせいで」

「いや、そういうわけじゃ…」

責任の取り合いをしながら歩いていると、3分ほどで目的地に到着した。

「セントラルシティ東本郷…ここか」

「セントラルシティに何か用事?」

「いや、知り合いに勧められて」

新本郷民の知り合いに地上民がいることはまれ。
新本郷民が地上の情報を持っていることも滅多に無い。

「知り合いねぇ…」

大野弘和は新本郷民。
その知り合いの、セントラルシティを知る人物とは、一体どんな人物なのだろうか。

「石崎さん?」

「あっ、ごめん、ちょっと考え事してて」

「そうですか、気を付けてください」

「大野くんに言われたくないわ」

そんなことを話しながら、2人はセントラルシティ東本郷に入っていった。

「せっかく来たんだから、何か買っていこうと思うんです」

新本郷民のヒロ、地上に出るのはこれが2回目。
前回は市電川合津で折り返したので、実質的にはこれが初めて。

せっかく地上に出たのだから、地上でしか手に入らない物を買いたいと考えていた。

「それなら、傘とかどう?」

「傘?」

「雨が降ったときに、濡れないようにするのよ」

「雨か…確かに新本郷では降りませんね」

「地上に来るなら、1本持っておいたほうがいいと思うわ」

「へー…色々ありますね」

「結構降るからね」

「ん?この折り畳み傘って、どうやって使うんですか?」

「あ、これは、ここをこうやって」

「おー、凄い!これにします」

折り畳み傘を1本購入し、2人はセントラルシティを後にした。

「…早速降ってるわ」

「こんな偶然あります?」

「結構あるわよ」

「とりあえず差してみましょう」

ヒロは買ったばかりの折り畳み傘を広げる。
雨が傘に当たる音が、なんとなく新鮮だった。

「石崎さんは差さないんですか?」

「へ?」

「いや、傘」

「家に忘れちゃって」

「そうですか…」

「ほら、傘差してると仕事の邪魔だし」

「仕事?」

「ごめん、なんでもない」

ヒロは折り畳み傘を差して。
傘を持っていない石崎は濡れながら。

隣のマンションの玄関前に、2人はとりあえず駆け込んだ。

「じゃあ、また今度ね」

「え?」

「あ、ここが私の家なのよ」

「本当ですか?」

石崎の自宅は、セントラルシティ隣のこのマンションらしい。

「セントラルシティの隣…羨ましいです」

道路を挟んだ反対側は、

「本郷市役所、ですか」

「結構便利よ。職場まで歩いて1分」

「…ん?職場?」

「あ、言ってなかったわね。私、本郷市役所に勤めてるの」

本郷市役所。

新本郷を建設したのは、本郷市役所の土木課である。
それは新本郷民とは深い関わりがありながら、実態はほとんど知られていない領域。

「えっと、その…」

「あ、あんまり追及しないでもらえるとうれしいわ」

「え?」

どうやら市役所側も知られたくない領域らしい。
それは相手が新本郷民だからか、それとも地上民に対しても知られたくないのかはわからないが。

「じゃあ…やめときます」

「ありがとう」

とりあえずヒロは、追及を打ち切った。

他の市役所がそうであるように、
本郷市役所は開放され、誰でも入れる状態になっている。
建物内には生涯学習センターというものが併設されていたりする。
また、広報誌を毎月発行し、市役所で配布していたりもする。

つまり、本郷市役所自体は「知られたくない領域」ではないのである。

本当に知られたくないのは、本郷市土木課のさらにごく一部。

『川合津計画実行班』

それが、石崎怜子の職場である。

「じゃあ、また今度ね」

「2回目ですけどね」

今度こそ2人は別れる。
ヒロは折り畳み傘を差して、東本郷駅へと歩いていく。

「あ、帰ったらその傘、干しておくといいわ」

「ありがとうございます」

太陽の無い新本郷で、どのように干せばよいのか。
そんな発想は、ヒロには無かった。

帰りの電車を乗り過ごして、1つ先の垣ノ下で折り返したのは、ここだけの秘密である。

第三章 本郷市役所前 Hongo City Hall


翌週の月曜日。
ヒロが教室に入ったとき、すでに1限の選択科目は始まっていた。

「大野…これで10回目だよ」

「よく数えてたな」

「鶴屋がいつも数えてるじゃん」

「あ、そうだったな」

「これで早朝登校指導?」

「ああ」

「先月も指導じゃなかった?」

「そう言われれば…」

「そこ、静かにしろ」

「はい、すいません」

教員に注意され、2人は会話を止める。
この教室で2回目の光景。

この光景に慣れているのは、当事者であるヒロと青木だけ。

授業終了後、遥とツルヤスが戻ってきた。

「今日はどうだった?」

「何が?」

「青木さん」

「いつも通りだけど」

「喋ったかどうか聞いてるんだけど」

「結構喋ったな」

「…」

先週の同じ時間帯に、遥は知り合いの弥生から、
青木が喋ったという話を聞いた。
一方のツルヤスは、その話自体を都市伝説と否定している。

「ほらツルヤス、喋ったって」

「大野さんの話は信憑性が低いと指摘する」

「何で?しかも主張じゃなくて指摘?」

「…」

「青木さん、真偽を確認する」

「…」

何を聞かれても一切応答しない。
それが青木クオリティ。

「喋らなかったものと認定する」

「そうだね」

「…」

最後の三点リーダは、ヒロのものである。

翌週の日曜日。

東本郷駅前に、何やら広大な空き地を見つけた。
大型の自動車がたくさん集まっている。

周辺の歩道には人が集まっている…いや並んでいるところがあるが、
どうやらその場所は限られているようだ。

よく見ると、その列の先頭には市電のポールのようなものが立っている。

「あ、バスターミナル?」

「正解」

翌日月曜、1限の選択科目の前。

ヒロと青木は4月からずっと隣の席だが、
2人が喋るようになったのは、ここ3週間くらい。

具体的には、ヒロが初めて地上に出た日の翌日から。

そして、

「おーっす、青木さん。今日は寝坊した?」

「…」

他の生徒とは喋らない。

上洲公園というところに行ってみた。

ネットで調べたら桜の名所と書いてあったので、綺麗な桜がたくさん咲いているんだろうと思っていたら、

全く咲いていなかった。

本郷市広報課のホームページは当てにならない。
今度石崎さんに言ってみよう。

「いやいやいや」

そのことを青木に話したら、この反応だった。

「さすがに6月で桜は咲いてないでしょ」

「そうなのか?」

「新本郷にいるとわかんないけど、花とか木とかっていうのはピークの時期があって、
それ以外は全然咲いてないんだよ」

「へー」

「桜は3月から4月くらい」

「そうか…」

ちょっと残念だった。来年の春に行こう。
あと石崎さんごめんなさい。

ところで、ヒロには少し気になることがあった。

「青木さん」

「ん?」

「なんでそんなに詳しいの?」

新本郷民の大多数は、桜という植物自体を知らない。
知っていたとしても、普通は名前だけで、どんな植物なのかは知らない。

その新本郷で、見頃の時期を知っていた青木は、明らかに異常だった。

「…」

「青木さん?」

「…ごめん」

「なんで謝るんだ?」

「ほら、そろそろ授業始まるから」

「あ、そうだな」

青木が「話題をそらす」という行動を取ったのは、今回が初めて。

「何か隠してるのかな…」

ヒロの直感が、何かを告げていた。

トンネル・スキャン 亀裂部分 線路ボルトの管理は無理 草刈り 繊維Lv.2.5 樹脂Lv.0.5 樹脂なしイタニイ チカラシバ

その後も毎週のように地上小旅行を続け、気付けば2か月が経った頃。


その日ヒロは、いつものようにセントラルシティを出て、東本郷駅に向かった。

今日は雨が降るから気を付けろと、青木が言っていた。
しかし、傘を持っているヒロには、危機感は全く無かった。

実際、市役所通りを歩いていても、そんなに強い雨ではない。
愛用の60センチ傘(折り畳みではない)でしのげる程度だった。

東本郷駅に到着した彼は、傘を閉じて、ホームへ向かった。
急行北倉行きに乗り、川合津で降りようとしたそのとき、

「ご案内します。本郷市電地上線は、大雨のため、市電川合津─24条1丁目間で運転を見合わせています。」

その放送を聞いた。

本郷市電地上線。
それは、新本郷と地上を繋ぐ唯一のルート。
いわば新本郷の生命線。

その区間が運転を見合わせている。
ヒロは、新本郷に帰れない。

とりあえず市電川合津まで歩いた彼は、係員に状況を聞いて…みようとしたが、
市電川合津は無人駅。
というか、路面電車の電停に係員などいない。
営業所へ行くにも、それは新本郷中央合同庁舎にある。

仕方がない。本郷鉄道の川合津まで戻って、そっちの係員に聞いてみるか。
ヒロは川合津駅に向けて来た道を引き返し、
途中の川合津橋に差し掛かったところで、

「あれ?大野くん何してるの?」

声を掛けたのは、石崎怜子。

「もしかして、今帰り?」

「はい」

「止まってるよ?」

「そうなんですよ…」

本郷市電地上線。
地下要塞都市と地上を結ぶ、新本郷の生命線。

その区間が運転を見合わせている。
ヒロは、新本郷に帰れない。

「石崎さん、本郷市役所に勤めてるんですよね?」

「そうだけど」

「何か情報持ってないですか?」

「うーん…ちょっと」

本郷市役所といっても、石崎が勤めているのは土木課。
市電を運行する交通局とは無関係である。

…はずなのだが。

「今日はもう復旧しないかも」

「えっ?」

この情報はどこから出てきたのか。

「あ、そうだ、うち泊まってく?」

「はい?」

「だって今日帰れないでしょ?」

「そうですけど…」

2人は川合津駅から電車に乗り、東本郷へ戻る。
市役所通りを南下し、石崎の自宅に到着した。

「本当にいいんですか?」

「いいに決まってるでしょ」

オートロックを解除し、エレベーターで5階に上がる。
玄関ドアを開けて中に入る。

「広いですね」

「そう?」

「いや俺の家に比べたら広いですよ」

「大野くんの家が狭いんじゃないの?」

「そうかな…」

と、そのとき。
ヒロの携帯が鳴った。

表示された番号は、遥でもツルヤスでもなかった。

JRは Fe57価が高い 鉄の重量は足りなくないのに何故なんだろ? 気筒径 8.5m 厚さ 1.4m ガソリンエンジン 火力発電所

「もしもし」

『あ、大野?』

発信番号には見覚えがなかったが、その声には聞き覚えがあった。

「青木?」

青木さくら。
ヒロの隣の席に座り、ヒロとだけ喋る生徒。

「なんで俺の番号知ってるんだ?」

『ごめん、鶴屋の携帯チラ見しちゃった』

「それで、何の用?」

『大野、今日帰れそう?』

「多分無理だな」

『えっ、それじゃ今日どうするの?』

「知り合いの家に泊めてもらうことになった」

『あ、そうだったんだ。よかった』

安堵する青木。
電話越しだが、それは充分に伝わってくる。

「前に野球見に行ったじゃん、24条1丁目に」

『あー、大野が乗り過ごしたやつね』

「あのときに知り合ってさ」

『へー』

「市役所に勤めてるんだって」

『ん?市役所?』

市役所。
青木には何か引っかかるところがあった。

本郷市役所職員といえば、もしやあの計画に関わっているのではないか。

『大野』

「ん?」

『その知り合いって…誰?』

「えーっと、石崎怜子さんって言ってた」

『石崎怜子!?』

青木の勘は当たっていた。

「石崎さんがどうかしたのか?」

『どうかしたっていうか…うん』

青木は何か躊躇しているようだが、やがて覚悟を決めたように言った。

『川合津計画って知ってる?』

「川合津計画?」

『別名、新本郷水没計画』

「なんだその計画、聞いたことないぞ」

『ポンプ場全部止めて、川合津川の堤防決壊させて、市電川合津から水を流すんだって』

「えっ、そんなことやったら、新本郷は…」

『壊滅。生き残るのは、事前に避難した市職員のみ』

「で、その計画と石崎さんに何の関係が?」

『実行チームのメンバーだから』

「石崎さんが?実行チームのメンバー?」

『そう』

その電話を横で聞いていた、当事者の石崎。
もはや追及せずにはいられなかった。

「大野…くん…?」

「あっ、石崎さん」

「なん…で…知っ…てる…の…?」

「あっ、いや、その」

川合津計画の存在は、最大の機密事項。
それを知っているのは、市役所であっても、計画に関わるわずか10人のみ。


それを、新本郷民のヒロが知っていた。
いや、正確には電話で聞いていた。

「その電話の相手、誰?」

「いや、同級生の青木ですが…」

「フルネームは?」

「青木さくら」

「青木…さくら…?」

その名前には、覚えがあった。
それは昨年まで、毎日のように呼んでいた名前だった。

『もしもし、大野?』

「あ、青木」

注意散漫なヒロは、一つに夢中になると、他のことが頭に入らなくなる。
今回の青木─石崎も、おおむねその関係だった。

「青木と石崎さんって、どんな関係なんだ?」

『なんでもないよ』

「なんで青木が川合津計画を知ってるんだ」

『うーん…知っちゃったんだからしょうがないじゃん』

これ以上の進展は無いと判断し、電話を切る。

「大野くん?」

電話を切ると、今度は石崎が声をかけてきた。

「青木さんって…その…」

「青木がどうかしましたか?」

「…ごめん、なんでもない」

「そうですか」



結局この日、ヒロは石崎の家に泊まった。

翌朝。

東本郷から始発の電車に乗り、復旧していた市電地上線を経由し、
24条51丁目に戻ったのは午前6時。

何も始発で帰ることはなかったと気付いたが、時すでに遅し。
自宅で朝食を取り、身仕度をし、電車に乗り、

そして乗り過ごした。

9時10分現在、ヒロは24条1丁目にいる。

ヒロが第三高校に到着したのは、1限終了後の9時50分。

「あ、大野!」

最初に気付いたのは青木。

「ヒロ!どこ行ってたの?」

「大幅に乗り過ごしたものと推測する」

遥とツルヤスも続く。

「今日はどこまで乗り過ごしたの?」

「24条1丁目」

「1丁目?そんなの都市伝説レベルだよ!」

「都市伝説レベル?」

「『51丁目から49丁目まで乗ろうとして1丁目まで乗り過ごした人がいる』って都市伝説が成立するレベル」

「なんだその都市伝説」

気が付くと、ヒロの席の近くに遥が来ていた。
後ろの席にはツルヤス。

つまり、いつものパターンである。

そして、ヒロの隣の席では青木が窮屈そうにしている。
これも、いつものパターン。

川合津計画。
ヒロに何があったかはわからないが、なぜか石崎と知り合っている。
石崎はこの計画の実行チームの一員。

青木も秘密裏に動いていたのだが、
ヒロが川合津計画を知ってしまったので、こちらも話したほうがよいだろう。

しかし、

「そういえば、昨日はどうしたの?」

「どうしたって?」

「どこに泊まったのって」

「あー、知り合いの家に泊めてもらった」

この状況の中で話せるほど、青木の心は強くなかった。

「いつ知り合ったのかと質問する」

「前に野球見に行って乗り過ごしたことがあるだろ」

「そういえばあったね」

「そのときたまたま市電川合津にいたのが石崎さん」

「へー…」

遥の反応が芳しくない。
それを横で見ていた青木の表情も、芳しくなかった。

「その後石崎さんとはどのような関係であるか追及する」

「どのような関係って、時々会うくらいだけど」

「頻度はどの程度か確認する」

「うーん…月2くらいかな?」

「でもさ、地上に知り合いがいる人って、なかなかいないよね」

「その通りであると確認する」

「うん、俺もそう思う」

3人の会話は続く。
ただし、遥の表情は少し曇っていた。
それを見ている青木の表情も。

「地上って、どんな感じなの?」

「太陽が出てて、雨が降って、ところどころ坂があって、あとは新本郷と同じ」

「へー…いろいろ知ってるんだね」

暗くなっていた青木に、ついに遥がとどめの一言。

「なんか、ヒロって、スパイみたいだね」



この日、青木は早退した。

第三章ここまで
全五章構成の予定

第四章 上洲中学校前 Kamisu Junior High School


翌日。
朝のホームルームに、青木の姿はなかった。

「青木さん来てない?」

「来ていないと確認する」

「ヒロは来てるのにね」

「いつも来てないみたいな言い方するな」

>>77差し替えます


第四章 上洲中学校前 Kamisu Junior High School

翌日。 朝のホームルームに、青木の姿はなかった。

「青木さん来てない?」

「来ていないと確認する」

「ヒロは来てるのにね」

「いつも来てないみたいな言い方するな」

この会話自体は、極めていつも通りである。
席が前後のヒロとツルヤスが自分の席で、二つ隣の遥が移動して。

あえて違うところを挙げるなら、ヒロの左隣に座る青木がいないこと。
あとは会話の内容。

しかし放課後になっても、青木は現れない。

「青木さん、どうしたんだろう」

「風邪と推定する」

「本当にそうかな?」

「じゃあ何だって言うんだ」

「引きこもり」

「1日休んだだけで引きこもりとは断定できないと主張する」

「確かにそうだけどさ…」

どうやら遥は、青木が引きこもりだと信じて疑わないようだ。

「明日来なかったら、様子見に行くから」

余計なお節介とも知らず。

そして翌日も、青木は現れなかった。

「ちょっと様子見てくる」

放課後。
遥は挨拶もそこそこに、教室を飛び出していった。

というか、住所を知っているのだろうか。

「住所は先生とかに適当に聞くから」

やはり知らなかったようだ。

「8条40丁目」

「へ?」

「8条40丁目。青木さんの住所」

「青木さんの住所?」

「なぜ大野さんが知っているのだろうかと質問する」

「別に何だっていいだろ」

この2分後、遥は西行の電車に乗っていた。

そしてその5分後、
ヒロは北行の電車に乗っていた。

青木さくらの自宅は、8条40丁目。
第三高校のある24条49丁目から2.5kmのこの地に、他の生徒が住んでいるわけもなく、
彼女は知り合いのいない中、一人で暮らしている。

玄関のチャイムが鳴るとすれば、宅配便か回覧板。

「ピンポン」

そのチャイムも、いつものように、宅配便か回覧板だろうと思い、ドアを開けた。

「青木さん?」

全く予想しなかった人が、目の前に立っていた。

青木の自宅8条40丁目を1条40丁目に変更します
1.6kmってそんなに遠くないなって

「青木さん」

高島遥、

「元気にしてるか?」

大野弘和。


ホームルームでの座席は青木の両隣。
この2人に鶴屋康幸が入れば、「いつものパターン」成立である。

しかし、今回はそうではなかった。

「ツルヤスは来ないんだってさ」

「なんで?」

「どうせ喋らないからって」

「ふーん…」

ツルヤスは現実志向。
遥とヒロが訪問したところで青木が登校することはないと、最初からわかっていた。

「結構喋ってるのにね」

「そうだな」

しかし青木は、相手がヒロであれば、かなり喋る。
これまでその場面に立ち会った人物はいなかったので、
「青木が喋る」という都市伝説が成立していたのだが、

「青木さんって、そんなに喋ってたっけ?」

「…」

高島遥が、初めて立ち会った。

「もしかして、ヒロとだけは喋る、とか?」

「大野は…」

「ヒロは?」

「…」

「?」

「…ごめん、なんでもない」

しかし、青木と遥の間に、会話は成立しない。

「青木さん、何かあったの?」

「…」

「最近来てないみたいだけど」

「…」

遥の問いかけにも、青木は応じない。

「何かあったのか?」

「あ…ごめん」

ヒロが聞いても、この程度。

これが5分ほど続き、

「帰ろっか」

遥、投了の合図。

「この電車は、40丁目線南行、101条40丁目行です。
 次は、3条40丁目、3条40丁目」

帰りの電車は、乗り慣れない40丁目線南行。
その車内で、ヒロと遥は反省会をしていた。

「青木さん、何があったんだろう」

「さあ…」

「確か昨日からだよね?青木さんが来なくなったのって」

「いや、おとといの2限からだな」

「あーそういえば早退してたね」

「おとといって、何かあったか?」

「ヒロが遅刻した」

「しょっちゅう遅刻してるけどな…」

「もしかしたら、青木さんしか知らない何かがあるのかも」

「それ何の都市伝説だよ」

「『実は第三高校には幽霊がいて、青木さん
に恨みを持っている』とか?」

「そんなピンポイントな都市伝説があるか」

「うーん…でもそのくらいじゃないと説明つかない」

「普通に体調不良だろ」

「次は、62条40丁目、62条40丁目」

「ん?」

気づいたときには、大幅に乗り過ごしていた。

今回はここまで

次の土曜日、ヒロは川合津駅前にいた。

6月最終土曜日。
この日は地上の上洲(カミス)というところで花火大会が開催されるらしい。
花火というものは写真や映像では見たことがったが、実際に見るのは初めて。

せっかくだから遥とツルヤスも一緒に行こうと誘ったのだが、

「花火のエネルギーを浴びると30分以内に倒れてその後3日間昏睡状態になるって…」

わけのわからない都市伝説を理由に遥に断られ、

「場所が遠いので行くことができないと謝罪する」

無難な理由でツルヤスに断られた。

仕方がないので青木に声をかけてみた。

「あ、うん、その、えっと、ごめんなさい」

よくわからないが、とりあえず断られたようだ。

結局ヒロは、1人で川合津駅前に来ている。

バスの乗り場と行先は事前に調査済み。
1番乗り場から、川1系統、石橋経由、上洲中学校前行き。
終点一つ手前の「上洲橋」で降りれば、打ち上げ地点のかなり近くで見ることができそうだ。

「このバスは、川1系統、石橋経由、上洲中学校前行きでございます。」

そして、そのバスが来た。
先頭に並んでいたヒロは、運転席後ろの1人掛けの席に座った。

徐々に混雑していく車内。
すぐに座席は埋まり、中央の吊革に手を掛ける人が増えていく。

今日は土曜日、つまり市役所は休みのはずだ。
もしかしたら混雑の中に石崎の姿を見つけられるかと思い、後ろを振り返った。

「あれ?大野何してんの?」

そこにいたのは、青木だった。

「今日上洲で花火大会やるって聞いたから」

「ふーん…」

そういえば青木は、ヒロの誘いを断っていたはずだ。
よくわからない理由で。

「青木さんは?」

「えーっと…」

「言えないような理由なのか?」

「あ、えっと、その」

なぜか取り乱す青木。

「ごめんなさい」

そして謝られた。

そのまま15分ほど沈黙の時間が過ぎ、

「次は、上洲橋、上洲橋でございます」

目的地に到着してしまった。
仕方がないので降りることにする。

「じゃあな、青木」

「大野!」

引き止められた。

「ん?」

「一緒に来て」

「どこに?」

「上洲中学校」

「え?」

「………………ごめん、今はこれしか言えない」

引き止められた理由はわからない。
しかし、青木が真剣な目をしているのはわかった。

ヒロは、席を立たなかった。
青木は、一つ後ろの席に座った。

「次は、上洲中学校前、上洲中学校前、終点でございます」

降車ボタンを押したのは、青木だった。

>>91差し替え

「今日上洲で花火大会やるって聞いたから」

「ふーん…」

そういえば青木は、ヒロの誘いを断っていたはずだ。 よくわからない理由で。

「青木さんは?」

「えーっと…」

「言えないような理由なのか?」

「あ、えっと、その」

なぜか取り乱す青木。

「ごめんなさい」

そして謝られた。

そのまま15分ほど沈黙の時間が過ぎ、

「次は、上洲橋、上洲橋でございます」

目的地に到着してしまい、

「次は、上洲中学校前、上洲中学校前、終点でございます」

そして乗り過ごした。

青木もろとも。

上洲中学校前。
終点のバス停だが、左側に折り返し場があるほかは特に何もない。

「しょうがない、戻るか」

花火が見えるわけでもないので、会場近くの上洲橋まで戻るのは当然の判断といえる。

「ちょっと待って」

その当然の判断を、青木は拒否した。

「怜ちゃんが...」

「石崎さん?」

このバス停は「上洲中学校前」。
折り返し場の反対側には、中学校がある。

その中学校の敷地内に、確かに石崎がいた。

「怜ちゃん!」

先に声をかけたのは、青木だった。

「さくらちゃん?」

石崎が応じる。

「何してるの?」

「...ごめん」

「怜ちゃんは、知ってるんだよね?」

「うん」

「どうして?」

「...ごめんなさい」

ヒロの頭越しに、青木と石崎の会話が進んでいく。

実はヒロにとって、青木が自分以外の人間と話すのを見るのは、初めての体験だった。

「えっと...二人はどういう関係で?」

頭越しの会話にヒロが割り込んだ。

「あ、えっと、その、ごめんなさい」

青木は言葉を濁した。

青木は石崎が川合津計画に関わっていることを知っていた。
以前石崎の家に泊まったとき、電話でそう言っていたから間違いない。

そして、「怜ちゃん」「さくらちゃん」という呼び方。

本人は言葉を濁しているが、青木と石崎の間に何らかの接点がある。

鈍感なヒロでも、それは明白だった。

「石崎さんは、仕事ですか?」

「あ、うん、一応」

なんとなく分かっていたが、念のため確認しておく。

青木も確認したいことがあったようで、

「それって私だよね?」

「...ごめん」

答える石崎は顔を俯けていた。

「多分、計画を妨害してる人がいるから止めてこいって言われてるんでしょ?」

「...ごめん」

「上洲中の換気装置でしょ?あれ改造して排水装置にするのを阻止してこいって」

「...ごめん」

「今度の月曜だっけ?決行日って」

「...ごめん」

再び頭越しの会話になる。

「えっと、ちょっといいか?
 石崎さんが川合津計画の実行チームで、青木がそれを止めようとしている、ってことでいいか?」

「うん、それで合ってる」

ヒロの質問に、答えたのは青木。

「怜ちゃんも本当は止めてほしいんでしょ?」

「あ...」

「怜ちゃん、上司には逆らえないから」

青木は第三高校の生徒を名字で呼び捨てる。
「怜ちゃん」という呼び方は、違和感があった。

「青木さん」

ヒロは思い切って聞いてみることにした。

「石崎さんとどこで知り合ったんだ?」

「...」

回答は、2か月振りの三点リーダだった。

>>96訂正

下から3行目

「今度の火曜日だっけ?決行日って」

上洲中学校前からは、花火は見えない。
来た道を引き返し、上洲橋へ戻る。

花火が終わったとき、ヒロは一人だった。

そこに青木から電話。

「もしもし、大野?」

「青木?どうした?」

「さっきのことなんだけど…」

「石崎さんのことか?」

「うん…」

「…」

そこで、しばらく音声が途切れた。

「もしもし?」

「あ、ごめん、えっと」

怜ちゃんのことだけど、と青木は続ける。

「ごめん、今は話せない」

「今は?」

「全部終わったら、ちゃんと話すから」

全部終わったら。
青木と石崎は、川合津計画に何かしら関わっている。
石崎は実行チーム、青木は阻止勢力として。

川合津計画が全部終わるのは、

「今度の火曜日か」

「うん」


もやもやした気持ちのまま、ヒロは川合津駅行きに乗った。

月曜日。

「青木さん大丈夫かな?」

遥が心配そうな表情で、ヒロに聞いてくる。

「大丈夫だろ」

遥の左隣で、ヒロがこれを軽く受け流す。

「なぜ大丈夫と断定できるのかと質問する」

ヒロの後ろで、ツルヤスが真面目に応答する。

要は、いつもの光景。

しかし、いつもの遥は座席に座らず、ツルヤスの隣に立っている。
今日は違う。ヒロの右隣、青木の座席に座っている。
それはすなわち、青木の欠席を意味していた。

放課後。

「ヒロ、先帰ってて」

遥はそう言うと、教室のドアを飛び出していった。

「どこへ行くと思うか質問する」

「どうせ青木さんだろ」

ヒロとツルヤスが昇降口で靴を履き替え、校門を出たところで、
反対側の歩道に遥の姿を確認した。
どうやら、まだ電車が来ていなかったようだ。

「どこ行くんだ?」

「青木さんの家」

案の定としか言いようのない回答。

「多分入れてくれないと思うぞ」

「何で?」

「青木さん、俺以外喋らないから。それに時期が時期だし」

「時期って?」

「何でもない。じゃあな」

珍しくこの日は、1本目の電車で帰った。

夕方、遥からヒロに電話があった。

「どうだった?」

「駄目だった」

「だろうな」

予想通りの答えに、ヒロはなぜか安堵する。

「ねえ、ヒロはなんであんなに話せるの?」

「さあ。青木に聞いてくれ」

「青木さんに聞けないからヒロに聞いてるんでしょ」

「そう言われてもな…」

正直ヒロにもわからないのでどうしようもなかった。

「それじゃ、また明日」

「明日?」

また明日。

その一言が、かなり大きな意味を持つことを、遥は知らない。

「どうしたの?」

「いや…何でもない」

「明日何かあったっけ?」

「何もないぞ」

「…何か隠してない?」

「別に」

「…もう切るね。明日学校で」

「おう」

明日は川合津計画決行日。
そして、青木さくら最後の日でもあった。

第五章 1条40丁目 1-40


火曜日。
第三高校に、ヒロの姿は無かった。
ついでに青木も。

「ヒロ遅いね」

「乗り過ごしたものと推測する」

午前9時。
1限開始時刻を迎えても、ヒロは現れない。

「どこまで行っちゃったんだろう」

「1丁目と予想する」

「市電川合津まで行ってたりして」

授業開始のチャイムから10分が経過しても、いまだにヒロは現れない。
今月何度目か数えるのも面倒になってきた。

と、そこで遥があることに気付いた。

「…先生は?」

同時刻。

ヒロは、川合津駅北口にいた。
青木と一緒に。

「このバスは、川1系統、石橋経由、上洲中学校前行です。
 次は、天神町(てんじんちょう)、天神町」

10分ほど走ったところで、ヒロは青木に切り出した。

「確認だけど、どこに行こうとしてるんだ?」

「上洲中学校に決まってるでしょ」

「何のために?」

「川合津計画の阻止」

「…うん」

全くわからなかったが、とりあえず頷いておいた。

上洲中学校へは、30分ほどで到着した。

体育館裏に案内される。
すると、小さい小屋があるのがわかった。

「これ何?」

「排水装置。元々換気口だったんだけど、私が改造したの」

すると青木は、横についているボタンを押した。

「起動完了。川合津計画は、阻止されました」

「え?これで?」

「うん」

上洲中学校前のバス停には、ベンチがある。
ヒロと青木は、2人で座っていた。

「約束」

東本郷駅行きを1本見送った後、青木が切り出した。

「約束?」

「全部終わったら、全部話すって」

「あー…」

そういえば以前上洲中学校に来たとき、そんな話をしていた。

「私が川合津計画を知ったのは、中学3年のとき。
 隣に住んでた怜ちゃんが、こっそり教えてくれた。
 新本郷を水没させて、中にいる人を全滅させる。ひどい計画だと思った。
 だから私は、阻止することに決めたの」

ずいぶん説明下手だとは思ったが、
かなり前から川合津計画を知っていたということはわかった。

「高校に入ったとき、私は引っ越した。
 ちょうど上洲中学校の真下の市有地が売り出されてて、怜ちゃんが買ってくれたの。
 それで、上洲中学校の換気装置を改造して、排水装置を作ったんだ」

そういえば、実行グループの石崎はまだ到着していない。

「本当は、怜ちゃんも止めてほしかったんだと思う。
 私がここにいるってわかってるのに、なんで川合津に行くんだろうね」

「このバスは、川1系統、石橋経由、川合津駅北口行です。次は、上洲橋、上洲橋」

帰りのバスの車内。
青木の携帯が鳴った。

「怜ちゃんからメール。川合津計画は中止だって」

「そうか」

そのまま5分ほど沈黙が続き、

「大野」

青木が真剣な表情で切り出す。

「私、転校します」

「え?」

「前に高島が言ってたでしょ。地上に知り合いがいたらスパイだって」

「そんなこと言ってたか?」

「大野は覚えてないかもしれないけど、確かに言ってた」

「…」

「知り合いがいるだけでスパイだったら、本人が地上出身だったら…」

そこまで言うと、青木は顔を俯けて泣き出してしまった。

「もう新本郷に居場所はない…」

「青木」

「大野、何も言わないで…もう手続きしちゃったから…」

「次は、石橋二丁目、石橋二丁目」

終点の川合津駅北口に到着するまで、青木は俯いていた。
ヒロはそれを、黙って見ているしかなかった。

終章 24条49丁目(第三高校前) 24-49 (Dai-3 High School)


翌朝のホームルームで、青木の転校が発表された。
転校先は地上の高校というだけで、具体的な学校名は伏せられていた。

「青木さん、地上に行くの?」

「…」

「大丈夫?雨とか降るらしいけど」

「大丈夫であると推定する」

「…」

何も言えない青木に、助け船を出そうとするヒロ。
しかし、

「遥、青木は」

「待って、自分で言うから」

「え?」

青木はそれを拒否した。

「高島」

「はい」

遥と青木の会話は、

「私は、地上の出身です」

これが最初で最後だった。

青木はそれだけ言うと、教室を飛び出して行った。

「前に遥が、地上に知り合いがいるとスパイとかなんとか言ってたよな」

「え?ああ…言ったね」

「あれ、気にしてたらしいぞ」

「青木さん!」

遥が教室を飛び出していく。
しかし、そこに青木の姿は無かった。

後で聞いた話だが、
1条40丁目の自宅も既に引き払われており、
もぬけの殻となっていたという。


【直通電車 -Direct to the Ground-】
     終     点

以上です!


…かなりボロボロだったな
特に青木の設定

乙!完結おめ

興味出てきたから過去作読んでみるわ

過去作ってこれの第一次と第二次だけだぞ
しかも第一次は途中放棄だし

>>115
いやそれだが

過去作違うん?

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom