道明寺歌鈴「道明寺の朝は早い」 (82)

アイドルマスターシンデレラガールズ
脇山珠美と道明寺歌鈴のSSです。

昨日投稿しました
脇山珠美「道明寺の朝は早い」
脇山珠美「道明寺の朝は早い」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1373884099/)
の歌鈴視点となります。

【ご注意】
このSSはいわいる「○○職人の朝は早い」系のSSではありません。
まぎらわしいタイトルで申し訳ありません。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1373976086


さっ…さっ…

季節は梅雨、朝も5時になれば辺りは日中と変わらないほど明るいものです。
幸いにして梅雨の晴間となった今朝、私は広い境内を掃除してまわります。

すっ、すいません、、自己紹介がまだでしたね。
私、道明寺歌鈴といいます。
巫女とアイドルを全力で頑張る17歳です。


「ふぅ、お掃除完了っと」


私は、境内の清掃を終えると、片隅で竹刀を振るう、可愛い剣士さんの元へ向かいます。

「299…300!…ふぅ…」


丁度素振りが終わったのでしょうか、額にかいた汗を、手拭いでぬぐっています。
新しい朝です、せっかくですから、挑戦してみましょうか。
私は、すこしだけ勇気を出します。


歌鈴(今日こそ、今朝こそ…)

「たっ…脇山さん!おはようございますっ!連しゅっ、…うぅ、朝から噛みました…」


…ダメでした。今朝こそ『珠美ちゃん』って呼ぼうと思ったのですが、
緊張したうえに最後は噛んでしまいました。



珠美「おはようございます、道明寺殿」

歌鈴「はい、おはようございます。朝から練習、お疲れ様です!」


珠美ちゃん、事務所の他の人はさん付けで名前で呼ぶのに、私だけずっと『道明寺殿』なんです。
だから、私も『脇山さん』って呼ぶしかありません。
それに、こちらが勝手に馴れ馴れしくして、珠美ちゃんに嫌われたくもありませんし…


珠美「いえいえ。道明寺殿の方こそ、朝から境内の清掃、大変だったのではないですか?」

歌鈴「私にとってはこの境内の掃除は趣味ですし、それに、やっぱり朝一番にきれいにすると、
   その日一日すっごく気持ち良くなるような気がしませんか?」

珠美「そうですね、珠美もそう思います」

歌鈴「だから、私には大変でもないんでも無いんですよっ!」


私の話を楽しげに聴いて下さる珠美ちゃん。
おそらく私は、嫌われては無いんでしょうけど…



歌鈴「さぁ、朝食の準備が出来てますよ、そろそろ行きましょうーきゃっ!」

珠美「あ、道明寺殿!」


あうう…またやってしまいました…相変わらずドジな私です。


歌鈴「はわわっ…こ、転んじゃいましたぁ…」


このようなドジな私では、やはり仲良くなれないのでしょうか?
私はおそるおそる珠美ちゃんを見上げます。
珠美ちゃんは、『仕方ないですね』と言いたげな顔で
私に手を差し伸べてくれます。


歌鈴「あ、ありがとうございます!」


力強さを感じさせる、珠美ちゃんのしっかりした手。そしてその力強いまなざし。
私は、自分の力で進む珠美ちゃんのことが、とても大好きなのです。

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私と脇山珠美ちゃんとは同じCGプロダクションに所属するアイドルで、今は私の
実家にお邪魔してもらっています。
今日は、珠美ちゃんの部活の交流試合が私の実家にある奈良で行われるとのことで、
昨日から私の実家にお泊りしているわけです。

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ちょっと前の事です。私が事務所に戻り、扉を開けたところ


P 「多分、大丈夫だと…なぁ?歌鈴?」

歌鈴「ひゃい?な、なんの話でしゅか?(噛んだ…)」


珠美ちゃんと打ち合わせをしている様子のPさんから、
いきなり話しかけられ、私はびっくりして、思わず噛んでしまいました。


P 「あはは、すまんすまん、いや、実はなー」


お話を伺うと、どうやら珠美ちゃんが、いろいろな手違いからか、
奈良の方で行われる試合に参加するための宿泊場所が無くて困っていて、
時期がちょうど私が地元でイベントのある日なので、よければ
珠美ちゃんと一緒に実家に行って、泊めてやってくれないか、ということでした。


歌鈴「ーなるほど、そういう御事情でしたら、うちは構いませんよ?」

P 「だ、そうだ、珠美」

珠美「しかし、道明寺殿のご家族にご迷惑をおかけしませんか?」

歌鈴「大丈夫!きっと、た、…わ、脇山さんなら父も母も歓迎すると思います!」

珠美「しかしですね、う〜ん…」

P 「実際、歌鈴のとこに一緒に居てもらった方が俺の方としてもいろいろ都合がいいしな。
   それに他に手段も無い事だし、観念の時だと思うぞ、珠美」

珠美「う〜…」


私と珠美ちゃんは、まだ一緒にお仕事をしたことがありません。
だからかもしれませんが、やっぱり遠慮気味です。
Pさんがなんとか推し進めてくださってますが、まだ迷っているようです。
しかし、それもしかたありません。
私が珠美ちゃんの立場でも、きっと遠慮する気持ちが先立ってしまうでしょうから。


歌鈴(できればこれを機会に、憧れの珠美ちゃんと仲良くなりたいけど…やっぱり無理かなぁ…)


そんなふうに思ってると、Pさんがこっち見て、御自身の胸のあたりを叩いてます。
Pさんの胸のポケット…あ、携帯ですね。
私は携帯を取り出すと、実家に電話をかけたのでした。


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珠美「…これは…なんとも御立派な…」


珠美ちゃんは、うち全体を見渡そうと首を上へ横へと大忙しです。
うちの周りは木々で覆われていますが
うっそうとしている感じではなく、空が見渡せるのが特徴ですから。

両親は珠美ちゃんの事、私の妹のように歓迎してくれました。
…元々、ずっとここに居るつもりでしたけど、ひょんなことからアイドルになってしまい、
家を出てしまったので、両親に少し寂しい思いをさせてしまっているかもしれません。
だからでしょうか、私が帰るときに、事務所の友達…ということにして
珠美ちゃんを連れていくことを喜んで迎え入れてくれました。

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そうして、今朝を迎えました。
母は、試合前だからと、珠美ちゃんに沢山食べさせようとして、
珠美ちゃん、さすがにちょっと困った顔してました。

朝食を終え、私はイベントの準備のため荷造りしていますと、
玄関の方で身支度している気配を感じて、玄関に向かいます。
時間的にも、珠美ちゃんの出陣する時間です。


歌鈴「いよいよ試合ですね!頑張ってくださいっ!」


珠美ちゃんが靴を履く後ろ姿に声をかけます。
珠美ちゃんは立ち上がり、こちらを向いて


珠美「はいっ!今回は初の先鋒です!必ずや勝ってまいります!!」


珠美ちゃん、これまでずっとアイドルと剣道を頑張ってきて、
それでも剣道はずっと補欠だったのですが、
今回、始めて試合に出れるということで、気合十分という感じでした。
そんな珠美ちゃんが試合で頑張れるように、


歌鈴(え、ええっとたしか、こういう時は…)

歌鈴「ご、ご武運をっ!」


何かの映画かドラマかで見たように、私は敬礼します。


珠美「はい!行ってまいりますっ!」


珠美ちゃんは元気よく玄関を出て行きました。あの様子なら、きっと
今日は勝って帰ってくるでしょう。
いつもの笑顔がはちきれんばかりになって帰ってくるであろう珠美ちゃんを思いながら、
私もイベント会場へ向けて出発しました。




イベントが終了し、家に戻って、ステージ衣装をしわにならないように
部屋の上着掛けにかけていると、


珠美「…ただいま戻りました…」


玄関の方で声がしました。珠美ちゃんが帰ってきたのでしょう、
私はお出迎えをします。


歌鈴「おかえりなさい!どうでし…脇山さん?」


いつもの元気が全くない珠美ちゃんを見たのは、この時が初めてでした。


珠美「あ、いえ、はは、さすがに補欠がちょっと調子乗ったぐらいで勝てるほど
   剣の道は甘くありませんねっ!…惨敗でした。珠美もまだまだ精進が足りません」


私が声をかけると、珠美ちゃんは笑顔で応えてくれますが、
その笑顔は、いつもと違う、なんというか無理のある笑顔でした。



歌鈴「そう、でしたか…それは…その、ざ、残念です…」


…なんでしょう、こう、違和感を感じていたのですが、それが何なのか
私にはわかりませんでした。ですが、このままというわけにもいかないので、
私もまずは笑顔で珠美ちゃんをむかえます。


歌鈴「ま、まぁ、とにかくお疲れさまでした!
   大切な試合で体力も使って、さぞお腹をすかしてるのではないか、と母が御馳走を
   用意してますよ!」


そう言って、私は珠美ちゃんを居間へお誘いしました。




夕食後、私は珠美ちゃんにどう声をかけていいかわからず、
自分の部屋で頭を抱えていました。


歌鈴(励ますべきなでしょうか…でも、何と言って励ませばいいんでしょう…
   それとも、全く関係ないお話でもして、気を紛らわせた方がよいのでしょうか…
   う〜ん…余計なことして、珠美ちゃんに逆に気を使わせても…)


いろいろ考えながらも、どうしても気になるのが、あの笑顔の違和感。
以前、レッスンスタジオで見かけた、あの時と、何かが違うんです。
そう、私が珠美ちゃんのことが気になり始めた、あの時と。

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珠美「今回も選手になれませんでした」


スタジオでPさんにそう報告する珠美ちゃんの顔は
それでも何か吹っ切れた笑顔になっていて、絶望することなく、
次の目標へ向けて闘志を燃やす、そんな感じでした。


歌鈴(え…だって、あんなに大変な中頑張って、それがダメだったのに?)


丁度その時は、珠美ちゃんのライブと選抜試合とが重なっていました。
Pさんが珠美ちゃんの事を考慮して、ライブを延期しようかと提案したそうですが、


珠美『この試練こそ自分を高める絶好の機会です!』


と、毎日、部活をしっかりこなした後さらにスタジオでレッスンするという、
かなりハードな体制になっていました。
無論、トレーナーさんはそれなりに考慮したレッスンスプランで対応していましたが、
それでもライブでの完成度を落とさないためには、ある程度ハードになります。
私ならきっと、すぐに根をあげるであろう大変な運動量を、珠美ちゃんは懸命にこなしてました。



歌鈴(そんなにも頑張ったのに、それが望む結果にならなかったのに、
   なぜ、珠美ちゃんは晴れ晴れとした笑顔になっているんですか…?)


私が珠美ちゃんの立場なら、きっと、落ち込んでいます。
『もっと練習すればよかった』『どちらかに絞ればよかった』と後悔もするでしょう。
望む事が望むままにならないのは仕方ないのかもしれません、しかし、
そのために行った努力が結果として報われないのなら、望む事自体が間違いなのではないか。
私は、ずっとそんなふうに考えてました。

ですが、珠美ちゃんは違っていたんです。


珠美「まだまだ精進が足りません。ですが、珠美は、次こそは選手になってみせます!」


その言葉は、私には衝撃でした。
望むならば、努力が報われなかろうと、たとえ失敗しようと、決してあきらめないという簡単な事。
そのことを私は初めて理解したのです。


歌鈴(…そして、珠美ちゃんの、あの自信の源は、きっと…)


それは、自ら決めた事を、何が何でもやり遂げようとする意志の強さが、自信の源になるという事。
この時の、あの珠美ちゃんの自信に満ちた笑顔とまなざしが、私の脳裏に焼きつきました。

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歌鈴(そう、珠美ちゃんにとって、結果が全てじゃない。
   結果に向かって真っすぐ突き進むという意思を持ち続ける事も大事にしてる。
   なのに…さっきの笑顔には…)

何かが欠けている、私にはそんなふうにしかとらえる事ができませんでした。



私が一人で入るには若干広すぎる湯船。
結局私は珠美ちゃんに何も言えないまま、お風呂に浸かっています。


歌鈴「…きっと、明日になればいつもの珠美ちゃんになってます、よね…」


どう考えても答えの出せそうにない私は、そんなふうにして自分を無理やり納得させるしかありませんでした。

—————
———

私のまわりに、沢山の人がいます。
ファンのみなさん、事務所のみなさん、それにPさん。
みんな、私を見てます。ですが、その表情は、とても冷たくて。


歌鈴「あ、あの…」


私が声をかけると、みんな私に背を向けて離れていきます。
ファンのみなさんが、事務所のみなさんが、そして、Pさんが。


歌鈴「ま、まって!待って下さい!!」


最後に動き始めたPさんに私は手を伸ばします。
あと少しでその手を取ることができそうです。
ですが…


歌鈴「…っ……」


私の手は、Pさんの手を握る事ができません。
指先に力が入らず、掴もうとしても、指が閉じてくれません。


歌鈴(お願いです!私の手を取って下さい!!)


私の願いもむなしく、Pさんはそのまま去ってしまいます。
私は、私の手を包みながら、一人さびしく涙を流します———

—————————
———


歌鈴「…はっ!!…あ…また…あの夢…ですか…」


目の前には見なれた天井。
この怖い夢を見た後は、なんとも言えない寂しさと不安で、心が押しつぶされそうになります。
私は、上半身を起こすと、自分の両腕を抱えます。


歌鈴「…大丈夫、大丈夫よ、歌鈴…」


私は、私に言い聞かせます。あんな夢のようにはならないと。
そうやって、心を落ち着けると、窓の外からかすかに音が聞こえます。

ブン!ブン!

それは、竹刀を振る音。しかし、こんな暗い夜中に?
私は時計を見ます。その針は、深夜を指しています。


歌鈴「…こんな時間に練習なんて…」


私はなんだか胸騒ぎを覚えて、寝巻に上着を羽織ると、静かに部屋を出ました。



境内の片隅で、珠美ちゃんは竹刀を振っています。
その表情は、悔しさとか怒りとかが混ざったような、
とても、とっても辛そうな顔でした。


歌鈴「…わ、脇山…さん?」

珠美「わわっ!!」


私に突然声をかけられ、珠美ちゃんは驚いて竹刀を手から滑らせてしまいました。
竹刀はころころと転がり、私の足元へ届きます。


歌鈴「ど、どうしたんです?こんな夜中に…」

珠美「す、すいません、いえ、どうも精進が足りないな、と思いましてですね!
   素振り千回!基本に立ち戻ろうかと!」


私は竹刀を持ちあげます。そのとき、見てしまいました。
竹刀の持ち手が赤黒くなっている事を。

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道明寺歌鈴(17)

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脇山珠美(16)


歌鈴(これは…血の跡…)

歌鈴「…脇山さん…何かあった、んですね…」

珠美「いえ、ただ試合に負けただけです!ただただ珠美の精進が足りないだけです!」

歌鈴「わ、私は…その、剣道の事はよくわかりません。でも、脇山さんが、
   今、とても辛そうな事はわかるつもりですっ!」

珠美「それは気のせいですよ?珠美は、負けたことは受け入れております」

歌鈴「試合に負けた事はそうかもしれません。脇山さんは、とても誠実で、
   とても努力家で、どんな結果も他人のせいに出来ない人だと思います」

珠美「でしたら…」

歌鈴「で、でもっ!試合以外の事で、何か苦しんでいる事も、私にはわかります!
   だって、だって、こんなになるまでっ!」


私はたまらず珠美ちゃんに近づいて、その左手を持ちあげます。
その手のひらは、多くのマメがつぶれて、血まみれになってました。


歌鈴「こんなになるまで、竹刀を振らなきゃいけないなんて、そんなの、おかしいですっ!」

歌鈴(お願いです…もう、やめて下さい。こんな辛そうな珠美ちゃんを
   私は見ていられません…)


しかし、珠美ちゃんはそんな私の思いを、否定するように、
強がりの笑顔で応えます。


珠美「いや、さすがにやりすぎたかもですね!しかし、この程度で血まみれになるようでは、
   珠美の精進は全くもって足りないと言うしかないですね!」

歌鈴「脇山さん…っ!」

珠美「御心配かけて申し訳ありません。夜も更けましたし、戻りましょうか」


そう言って、珠美ちゃんは私から竹刀を受け取ろうとします。
ですが、このまま渡して、そのまま離れてしまったら、きっと
珠美ちゃんは一人で…ダメです、そんなのダメです!
私は、竹刀を取られまいと必死に抵抗します。



珠美「ど、道明寺殿?いいから返してください!」

歌鈴「だ、ダメです!こ、このままじゃ、たまっ、わ、脇山さんがダメに!…きゃっ!」

珠美「わわっ!」


私と珠美ちゃんはもみ合いになり、もつれるように二人とも転んでしまいました。


珠美「っつつ…ど、道明寺殿!!大丈夫ですか!!」

歌鈴「わ、私は転び慣れてますからっ!それより、脇山さんの方こそ大丈夫ですか?」

珠美「珠美は大丈夫です…というか、なんかもしかして乗っかっちゃってますか?…わぶっ!」


私から身を起こそうとした珠美ちゃんを、私はとっさに、無理やり抱きとめます。


珠美「ど、道明寺殿…っ、な、何を…」

歌鈴(嫌われてもいい、嫌がられてもいい、でも、とにかく今だけは、
   珠美ちゃんを、一人なんかにしちゃいけない!!)

>19

画像支援ありがとうございます!!



少しだけ汗臭さのまじった、女の子の匂いが私の胸元で広がっています。
私は、おそるおそる、珠美ちゃんの頭を自分の胸元に押しつけます。


珠美「道明寺殿…」


私は、そのまま珠美ちゃんの頭をなでます。その髪はすこしもふもふしてて、
すごくいいさわり心地です。


歌鈴(…明日、笑っている珠美ちゃんになってほしいから…)


私は、自分から進んで、彼女に近づくことを決めます。


歌鈴「…た、たっ、珠美ちゃん!!頑張ってる珠美ちゃんはとってもかっこいいです!
   でも、たまには、肩の力を抜くことも必要だと、私は思いますっ!」


偉そうなことを言ってごめんなさい。もしかしたら、全然見当違いなことかもしれません。
でも、きっと、私が見てる珠美ちゃんに必要なのは、今、休むことだと思ったんです。



珠美「…うっ…ううっ…うああああああああああああ」


珠美ちゃんの身体が次第にこわばり、嗚咽が漏れだし、最後には大声で泣き始めました。


歌鈴(いいんです…今は、我慢なんかしないで、泣いて下さい)


私は、珠美ちゃんを抱きしめながら、泣きやむまでその頭を優しくなでていました。


珠美「…悔しかったんです…」

歌鈴「試合以外の事、ですよね…」


ひとしきり泣き終えて、珠美ちゃんはぼつぼつと話はじめました。


珠美「はい。部活ではずっと補欠で、今回も補欠のはずでした。
   ですが、選抜試合で、頑張って、珠美は先鋒の座を手に入れました。
   珠美は、努力の結果だとずっと信じておりました
   今日の試合の結果、惨敗と申しましたが…本当に惨敗でした。
   珠美は、まだまだ精進が足りないからだと思っておりました」

珠美「試合が終わった時、部活の仲間に詰め寄られました。
   珠美は、自分の精進が足りない結果であり、と、素直に詫びました。
   しかし、珠美が詫びたところで、話が終わりませんでした」

珠美「珠美は…これまで、部活の仲間は、珠美のアイドル活動を応援してくれていると思っておりました」

歌鈴「…それって…」

珠美「はい、今回はさんざん言われてしまいました。
   曰く『貴女、剣道をなめてるんじゃない?』
   曰く『アイドルと剣道、結局どっちも中途半端だし』
   曰く『片手間にやられても困るのよね』
   などなど」

歌鈴「……」

珠美「珠美は…珠美はっ…」


珠美ちゃんは、顔を私の胸に埋め、悔しそうに訴えます。



珠美「珠美は!どちらも全力で頑張ってます!そりゃ、まだ結果が出ていません!
   アイドルだってまだまだ未熟だし、剣道もっ!でも、どっちも舐めてなんかない!
   どっちも片手間になんかやってない!珠美は!いつだって全力でっ!」


行き場のない悔しさに、珠美ちゃんは身体を震わせながら、涙声で訴えます。
私は知っています。珠美ちゃんが、いつだって、全力で、何事も頑張っている事を。
それは、珠美ちゃんの事見てれば、誰だってわかる事なのに…
なのに、なぜ、珠美ちゃんにそんな事を言うのでしょう。


珠美「…先鋒候補だった同級生に言われました…『あんたが私に勝ったのは、
   私がちょっと手を抜きすぎたせいだから』と」


少し落ち着いたのか、まるで笑い話のように、珠美ちゃんは
話を続けます。しかし、その内容は…


珠美「それを言われた時、やっと気付きました。そうですよね、よくよく考えれば、
   珠美だけ宿泊予約が取れてないなんて、不自然ですよね。
   あれはきっと、暗に先鋒を辞退しろって、そういう意味だったんですね。
   珠美は、空気を読むのとかあまり得意じゃなくて、先鋒になれた事に浮かれて、
   勝手に突っ走って、道明寺殿にまで迷惑をかけて、結果がこのざまです」


話を聴けば聴くほど、怒りを覚えてきました。
私の憧れの珠美ちゃんを、ものすごくバカにされたように、私には聞こえたのです。
私は、思わず珠美ちゃんを抱く腕に力を込めます。


珠美「ど、道明寺殿?」

歌鈴「…なんですか…何なんですか…何なんですかそれはっ!!そんな、そんなのっ!ひどいですっ!おかしいですっ!」


怒りと悲しみが混ざって、私は、泣きながら叫んでました。


歌鈴「私は知ってます!珠美ちゃんが誰よりも努力家で!目標に向かって物おじせず果敢に挑んで!
   どんな遠い目標も、大きな目標も、必ずたどり着くっていう強い意志をもった強い女の子だってこと!
   こんな素晴らしい事ができる珠美ちゃんのこと、知らないくせにっ!わかりもしないくせにっ!
   『中途半端』で『片手間』で『舐めてる』のは『手を抜いた』同級生の方じゃないですか!!
   なのに、なんで珠美ちゃんが責められなければいけなんですか!なんで珠美ちゃんが先鋒を諦めなければ
   いけないんですか!そんなのおかしいですっ!ひどいですっ!」

珠美「道明寺殿…」

歌鈴「珠美ちゃんは悪くない!何も悪くないのに!!なのに!なんで珠美ちゃんだけっ!…」


私は、悔しかった。許せなかった。
ただひたすらに一生懸命なだけの珠美ちゃんを、認めない人々を。
そして、傷ついている珠美ちゃんに対して、何もできない自分自信の無力さを。

そんな私の、どうしようもない訴えを聴きながら、珠美ちゃんが顔を上げて、私を見ています。
その両目から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれています。
ですが、その顔は、なんだかとても穏やかです。

そんな珠美ちゃんを見てて、ふと我に返り、
ちょっと恥ずかしくて、なんとなく、話題を変えてることにしました。


歌鈴「ぐすっ…っつ、ぞ、ぞれにね…」


二人とも涙で顔がぐちゃぐちゃで。でも、それがなんだか恥ずかしいけど
ちょっとおかしくて、私は涙を流しながら笑顔になります。
珠美ちゃんも、つられて口元をほころばせます。


歌鈴「珠美ちゃんが空気読めない、なんて嘘ですよ」

珠美「え…い、いや、意外と読まないですよ?」

歌鈴「だって、うちに来るかって相談してた時、とっても遠慮してたじゃないですか」

珠美「それは、そ、その…」


ああいうのを『空気を読む』というのかどうか、実は私にはよくわかりません。
なにしろ、うちの事務所で、『空気を読む』ということできるのは、
私はPさんだけだと思ってますから。


珠美「…くちゅん!」


梅雨の季節とはいえ、夜はまだ冷えます。
珠美ちゃんの道着は少ししっとりとしていて、冷たさを感じさせます。


歌鈴「さ、さすがに冷えてきましたね」


そう言って、私たちはは身体を起こします。転んだ際に一回りしたせいか、
ふたりとも土埃にまみれてます。


珠美「深夜で心苦しいですが、さすがにシャワーぐらいは浴びないといけませんね」

歌鈴「お風呂場は両親の寝室から離れてますし、身体も冷えてますから、もう一度お風呂を沸かしましょう」

珠美「本当に申し訳ありません。ご迷惑をおかけします」

歌鈴「………」

歌鈴(…もう少し、珠美ちゃんとお話したい…
   ですが、このままでは珠美ちゃんが風邪をひいてしまいますし…
   でしたら…)


今の私は、ちょっと暴走気味だったのかもしれません。
そうでなければ、きっと、そんな事を考えたりしませんでしょうし、
よしんば考えたとしても、とても実行するほどの勇気が出せるはずもありません。
…変な言い方ですが、珠美ちゃんの匂いに酔ってしまっていたのかもしれません。



珠美「…道明寺殿?」

歌鈴「…そ、その、…あの、ですね…その…」

珠美「大丈夫ですか!?どこか調子の悪いところでもあるのではないですか?」

歌鈴「いえ、そうじゃなく…あ、あのっ!い、い、い、…」

珠美「…い?」

歌鈴「い、…一緒にお風呂に入りましっ!(噛んだ…)」


我ながら、なんと大胆なお誘いでしょうか。ですが、なぜか、
私はもう少しだけ、珠美ちゃんと触れあっていたくて、仕方ありませんでした。


珠美「……え?…」

珠美「…え…え…?」

珠美「え、えええええええええーーーーーーーっ!」

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珠美「どうしてこうなった」


珠美ちゃんは、ひとりごちてます。
私は、お風呂場で、そんな珠美ちゃんの頭を洗っています。

お風呂を沸かす準備をしながら、怪我をした手ではいろいろ
不便でしょうしとか、一緒に入った方が時間が短くすみますしとか、
私なりに必死に言い訳を並べてみました。
珠美ちゃんはあっけにとられている様子で、
私に促されるままに一緒にお風呂に入る事になりました。


歌鈴「私、ずっと妹がいたらいいのになぁ、と思ってたんです」


私は、珠美ちゃんの、もふもふしたさわり心地の髪を
丁寧に、やさしく洗いながら、ふと、思っていた事を口にしました。


珠美「それは、小学生ぐらい歳の離れた妹君、という意味ですよね?」

歌鈴「しょ、しししょんなことはないでふよ?(噛みすぎました…)」


いえ、その、全く外れというわけではないんですが…
ですが、小さい妹という願望も無いわけではなく…
えええと、で、ですが、とにかく、珠美ちゃんのような妹が欲しかったのは
事実なわけでして…いえ、珠美ちゃんが小さいからいいわけでなく、
珠美ちゃんがたまたま小さいだけで、えええと…
なんだか自分でもよくわからなくなってしまいました。


珠美「くっ………」

歌鈴「どうかしましたか?」

珠美「あ、いえ、何でもないです」

歌鈴「そうですか、じゃぁシャンプー流しますよ?目を閉じていて下さいね」


私は、やさしく珠美ちゃんの髪を洗い流します。
汗臭さの抜けた珠美ちゃんは、やっぱりいい匂いがしていますが、
なぜかちょっと物足りないです……なんてね。


私が一人で入るには若干広すぎる湯船。
二人で入るには、心もち狭い気がしないでもありませんが、今、私と珠美ちゃんは向かい合って湯船に浸かっています。
いろいろあって、少し疲れましたが、なんだかいい気持ちです。そんなふうにくつろいでいますと、


珠美「道明寺殿、その、先ほどは…なんというか、珠美なんかのために泣いて下さって…ありがとうございます…
   というのもなんだか変なのですが…こう、なんと申せばよいのでしょう…とにかく、嬉しかったです…」


突然、珠美ちゃんにそんな事を言われてしまい、私はあわてて、ちょっととんちんかんな
答えを返してしまいます。


歌鈴「い、い、いえ、その、私の方こそ、それこそいろんな事情もわかってない癖に、なんだか
   とても偉そうなことを申し上げてしまって…
   ………で、ですが、…私は、間違った事は言ってないと、思います…
   …珠美ちゃんは、自分で目標を決めて、わき目もふらず一直線に進んでいきますから」

珠美「珠美は不器用ですから、そんな風にしか出来ないのです」

歌鈴「でも、とっても素敵で、大切な事で、それを自然に出来る珠美ちゃんは、すごいです」

珠美「そうでしょうか?誰もが普通に出来る事ではありませんか…?」

歌鈴「……少なくとも…私には、うまくできない、事なんです…」


急に浴室の中の湿気があがったかのように、私と珠美ちゃんの間にもやがかかります。

歌鈴「……私は…与えられたものを受け取るしかしてきませんでしたから…」


この家に生まれ、娘として育てられ、巫女と言う役割を『与えて』もらって。
今でも、巫女としてはまだまだ未熟で、一人で自信もって出来る事は、それこそ境内の掃除ぐらいです。
でも、漠然と、いつか自然に出来る事が増えて、そのまま、漠然と、巫女として生きていくんだろうな、と思ってました。
…Pさんにスカウトされるまでは。


歌鈴「Pさんにスカウトされて、『アイドル』という仕事を与えて頂いて…」


まさか自分がアイドルになるなんて、ほんとに思いもしませんでした。
それでも、アイドルになって、少しずつ自分も変わっていって。
アイドルをしている事は、とても楽しくて。
確かにレッスンは大変だし、面白くない、辛い事もたくさんありますけど。


歌鈴「アイドルをしている事は、とても楽しくて。…それでも、ふと、私は考えてしまうんです。
   『私なんかがアイドルをやっていていいんでしょうか?』って。
   私には、アイドルでいる自信が…ありません。
   アイドルでいるためには、何かが足りない、そんな気がずっとしていました…」


珠美ちゃんをはじめ、うちの事務所にはとても魅力的で素敵なアイドルがたくさんいます。
みなさんとても輝いていて、私に無い何かを持っていて。
その、私に足りない何かがわからない限り、私はいつか、アイドルで居る事が出来なくなるような、
いえ、アイドルで居てはダメなような、そんな気がしていたんです。
その何かを教えてくれたのは———


珠美「…道明寺殿…」


珠美ちゃんが、困ったような、心配してるような声で、私に呼びかけます。


歌鈴(もう…まだ、『道明寺殿』なんですか…?)

歌鈴「———か、り、ん」


私は、珠美ちゃんに近づこうと頑張って名前で呼んだのに。
それをわかって欲しくて、私は、自分の名前を区切って唱えます。


歌鈴「わ、私、ほんとは、私も名前で呼んで欲しかったんです!
   なのに、珠美ちゃん、事務所の他の人はさん付けで名前で呼ぶのに、私だけずっと『道明寺殿』って。
   で、でもっ!私は、珠美ちゃんと仲良くなりたい!
   私は、珠美ちゃんって呼びます、だから、その、私の事も…その、…な、名前で…よ、呼んで…欲しい…です」


私が話はじめると、私たちの間にあったもやが晴れて、珠美ちゃんの姿がはっきり見えてきました。
ぼやけてたうちはまだ強気でしたが、珠美ちゃんの顔を見てると、急に恥ずかしくなってきて、
最後はうつむき加減で、声も小さくなってしまいました。


歌鈴「…だ、だめ、…です…か?」


私は、嫌われないか、心配になりながらも珠美ちゃんの方を見ます。


珠美「わ、わかりました、どうm、い、いや…か、…か、歌鈴………殿」


珠美ちゃん、ちょっと恥ずかしげに、だけど、私の事を名前で呼んでくれました。
私はとてもうれしくて、つい、珠美ちゃんの頭をなでてしまいました。
珠美ちゃんも、なんだか嬉しそうです。


歌鈴「私に何が足りないのか、珠美ちゃんをみてて、やっとわかったんです。
   それは、自分で決めて、自分で進む覚悟、みたいなもの。
   珠美ちゃんのように、恐れず、目標へ立ち向かう覚悟が、きっと足りないんです。
   そんな私にとって、自信にあふれる珠美ちゃんは、あ、あ、憧れのアイドルなんですっ!」

珠美「——————っつ!!…————!!!」


…ちょっと唐突過ぎたでしょうか?珠美ちゃん、目を白黒させています。
そして、次第に顔を赤くしていって


珠美「———はうぅ———」

歌鈴「た、珠美ちゃん、大丈夫?」

珠美「い、いえ、あの、ち、ちょっとのぼせてしまいました、あははは…そ、そろそろ上がりましょう。
   このままでは茹であがってしまいそうです」

歌鈴「そうですね……」


まだお別れするのは名残惜しい…のですが、これ以上は贅沢かもしれません。
そう思いながらも、もう少しだけ、もう一度だけ、という思いが強くて…
不意に、さっき見た怖い夢の事も思いだしてしまい、ますます離れづらくなってきました。


珠美「…か、歌鈴殿?大丈夫ですか?どこか調子でも悪いのですか?」

歌鈴「い、いえ、そうじゃなくて…あ、あの、い、い、い、…

歌鈴「…い?」

歌鈴「い、いい、一緒にねmっ…っ…私の部屋にきてください!」

珠美「…え?…はぁ、まぁ、その…」


本当は、一緒に寝てほしい。
ですが、そこまで言ってしまうと、さすがに嫌がられてしまいそうです。
とっさに考えを改めて、これ以上甘えてはいけませんが、せめてお部屋まで一緒に来てもらうことにしました。

-------


結果的に、今、珠美ちゃんは、私と一緒に寝ています。
ある意味、私が押し倒すような格好になってしまっていますが。

順を追ってお話しますと。

お風呂から上がりますと、そのまま、私の部屋に二人で向かいました。
うっかりお部屋に下着を忘れてきたので、私はタオル1枚というはしたない格好でしたが。


歌鈴(うう…この前も藍子さんに怒られたばかりなのですが…恥ずかしい…)


できるだけ静かに部屋の扉を開けて、珠美ちゃんを招き入れます。


歌鈴「普段使うものは向こうに送ってしまってますから」


それでも、これまで自分が育ってきた部屋なので、お見せするのはちょっと恥ずかしいです。
珠美ちゃんは、控えめに、それでも興味深く部屋を見渡してました。
そして、上着掛けにかけた、巫女服をアレンジしたステージ衣装を見て


珠美「この衣装、確か新年の時の…」

歌鈴「あれ?珠美ちゃん、この衣装知ってました?」


この衣装は、ちょっとだけ特別。
今年の新年のイベントの時に初披露した、私の新しい衣装。
結果的に、私の誕生日に用意された感じになっていまして、私としては、
Pさんに頂いた誕生日プレゼントみたいなものです。


珠美「あ、いえ、その…えーとですね…あ、あはははは…。
   今日はこの衣装だったんですね」

歌鈴「はい。今日は地元の自治体が主催の、ちょっとしたイベントのゲストでした」



今日のイベントは、地元の自治体の皆さんが主催者で、自治体とうちとは
公私ともにいろいろとお付き合いがある関係で、スタッフのみなさんは、ほとんど顔見知りさんです。
ある意味身内が開催するイベントのような感じでしたので、Pさんも安心して
私を一人で行かせたようです。
丁度昨日は、年少さんのライブがあって、Pさんとしては、そちらに着いて行きました。
もちろん、明日にはPと一緒に主催者の皆さんへ御挨拶に伺います。


歌鈴「あ、それより手の傷を手当しませんと。ちょっと待ってて下さいね」


私はそう言い残して、静かに居間に向かい、救急箱を取りに行きます。
深夜ですし、両親も寝ていますので、こういったときにわけも無く緊張して
ドジをするのが私ですが、今夜はあまり緊張がなく、スムーズに部屋に戻れました。
部屋では、珠美ちゃんが律儀に正座して待っていました。


歌鈴「さ、手を出して下さいな」

珠美「本当に何から何まで…申し訳ありません」


そう言って珠美ちゃんは少し恥ずかしげに左手を差し出します。


珠美「…珠美の手は…この身体の割になんだかごつくて…少し恥ずかしいです」

歌鈴「そうでしょうか…私には、珠美ちゃんのこの手、素敵に見えますよ?」


私は、珠美ちゃんの左手の傷に、優しく消毒液を塗布します。
珠美ちゃんは、じっと私の話を聞いています。


歌鈴「傷だらけで、力強くて。それは、自らが何かをつかみ取ろうと挑む意思の表れ。
   …私の、この、ただ受け取るしかしてこなかった手なんかより、何十倍も素敵です」

歌鈴「私は…誰かに『与えて』もらわないと…何も出来ないんです。
   誰かが、例えばPさんや、ファンのみなさんとかから、『私にしてほしい事』を
   この手で受け取る事でしか、私でいる事が、出来ない…んです」



これまではずっと、相手に嫌われたくなくて、嫌な思いをさせたくなくて、
自分の後ろ向きな気持ちとか、正直にお話しできまぜんでした。
ですが、珠美ちゃんの事を知って、もっともっと近づきたくて。
そのために、私の事をもっと知ってもらいたくて。
そんな思いに駆られて、私は、気がつけば自分の事を話していました。


歌鈴「…ごめんなさい、私、さっきから変なことばっかり言ってしまって。
   結局、自分の事なのに、自分自身で覚悟も決めれなくて…だから、まだ自信も持てなくて。
   だからこそ、自分の事を自分で決める珠美ちゃんが、
   その目標を傷だらけで手に入れようとする珠美ちゃんのこの手が、
   珠美ちゃんの挑み続ける覚悟が、自信に満ちた珠美ちゃんの瞳が、
   私には、手に入れる事ができない、とても素敵な宝物に見えるんです」


思わず熱がこもってしまったのでしょうか。
私は珠美ちゃんの左手を包み込むように握っていました。
ふと我に返り、たいそれた事をしていた自分にあわててしまい、


歌鈴「…あ、ごごごめんなひゃい!」


包んでいた珠美ちゃんの左手をほどきました。
珠美ちゃんは、一瞬残念そうな顔をしましたが、
急に顔を赤らめて


珠美「い、いえ、その、本当にありがとうございました。
   だいぶ遅くなりましたし、珠美はそろそろおいとましますね」

歌鈴(あ…行ってしまう…)


立ち上がろうとする珠美ちゃんをみて、
このまま、この部屋に独り取り残されるのが急に怖くなって、


珠美「それでは、おやすみなさ…」

歌鈴「あ、ちょ、ちょっとまっ…きゃあっ!」

珠美「あっ!うあっ!」

立ち上がった珠美ちゃんを引き留めようと、私もあわてて立ち上がろうとしましたが、
勢い余って体制を崩してしまい、それを助けようとした珠美ちゃんに抱きつくような
形で転んでしまいました。
まるで、私が押し倒してしまったようです。


歌鈴「…だ、大丈夫ですか?」


ちっちゃな珠美ちゃんを押しつぶしてはいないかと、私はあわてて身を起こします。
不意に、珠美ちゃんと目が合います。どぎまぎしているような、ちょっとあわてたような
表情の珠美ちゃんが、少しだけほほ笑んだ顔に変わったと思った時


珠美「…えいっ!」

歌鈴「きゃっ!」


いきなり珠美ちゃんは私に抱きつき、私の頭を珠美ちゃんの胸に押しつけます。
少し堅めのクッションのような感触が、私の顔にあたります。


珠美「先ほどのお返しです」


珠美ちゃんの声は、どこか楽しげです。


歌鈴「珠美ちゃん…」

歌鈴(…私、重たくないですか…大丈夫でしょうか…)


ですが、珠美ちゃんに抱きしめられているのは、とても気持ちよくて。
私は、小さな珠美ちゃんの中で、ゆっくりとその身体を預けていきます。



珠美「……えっと…」


珠美ちゃんが、私に何か話そうとしているのがわかります。
ですが、なかなか話題を見つけられなくて、困っている感じです。
私から、珠美ちゃんの事を聞いた方がよいのでしょうか?
私が口を開こうとしたとき


珠美「…歌鈴殿は…今もまだアイドルで居る事に自信が無いのですか?」


そう問われて、私は一瞬硬直します。
Pさんにも何度か問われて、でもなかなか本心からの答えが言えなくて。
でも、今なら、珠美ちゃんにならきっと伝わりそうだから、
私は、小さくうなずくと、心に残していた弱音を全部ぶちまけます。


歌鈴「…わ…私…は…ドジで、ノロマで…いっつもPさんや
   事務所のみなさんに御迷惑ばかりかけていて…
   こんな私が…アイドルで居れるのは、それでも応援してくれるファンの方が居て、
   Pさんや、事務所のみなさんが助けてくれて…」

歌鈴「みんながいるから、頑張れる。アイドルで居れる。
   でも………も、もしかしたら…みんなから…必要とされなくなってしまうんじゃないかって…
   いつか、みんなに愛想を尽かれて…みんな、居なくなってしまうんじゃないか、って…」

歌鈴「…私は、一人では、何もできません。ずっと、誰かにそばに居てほしいんです。
   でも、こんな私では、きっといつかは、みんな私から…
   そうならないためには、私は、変わらないと、いけないんです…」

歌鈴「…でも、わからないんです…わからないんですっ!!
   私は、どんな私でいればいいんでしょうか?
   どんな私なら、みなさんが、ずっとわたしのそばに居てくれるのですか?
   こうやって、誰かに答えを求めるのが間違いなのに、でも、私には、
   自分が何なのか、まったく分からなくて…どうやっても…自分で自分の事を…
   決められない…決めるのが…怖いんです…怖くて…」

歌鈴「自分で自分が決められないのに…アイドルで居れる自信なんて…
   どうやって持てばいいんですか…」


私は、きっと、どうやっても珠美ちゃんのようになれそうにありません。
でも、今のままじゃダメで、私は変わらなければいけなくて、
だけど、どうすればいいのかわからなくて…
結局、答えを、珠美ちゃんに求めてしまうしかありませんでした。

ですが、その答えは、私にはちょっと意外でした。


珠美「…少なくとも、珠美は、今の歌鈴殿のままでも居なくなったりしません。
   だって、歌鈴殿は…いいえ、歌鈴は、今の道明寺歌鈴は、珠美の憧れのアイドルなんですから」

歌鈴「ふぇっ?」


私は、思わず空気が抜けたような声で応えてしまいました。
そんな私の頭を、珠美ちゃんは撫でてくれます。



珠美「珠美が小さいころ、アイドルが剣士役を演じていたTVドラマがありました。
   珠美はそのアイドルの剣士殿が大好きでした。大好きで、いつかあのような
   強く凛々しいアイドル剣士になろうと夢見ました」

珠美「ですが、珠美がどれだけ凛々しくなろうとしても、
   どうしても男の子がいきがっているようにしかなりません。
   もっと成長すれば、もっと強くなれば。そうやって、がむしゃらに
   進むしか、不器用な珠美には出来ませんでした」

珠美「それでもなりたい自分になれなくて。
   もう自分でもどうすればいいか、どこを進めがいいのか、わからなくなってました。
   …正直に言いますと、アイドルを止めようかとも考えてました。
   そんな頃です。珠美が歌鈴の新春ステージを見たのは」


私と似ているけど、違う。
珠美ちゃんは珠美ちゃんで、目的にたどり着けなくて苦しんでいて。


珠美「ステージ上の歌鈴はとても凛々しくて、美しくて。
   普段の、ほがらかで、少しドジで、時々見せる幼子のような泣き顔から
   想像できないほど凛々しく美しく、珠美はその姿を見て、
   気がつけば涙を流していました」


新春のステージを、珠美ちゃんが見ていたという事を、私は知りませんでした。
あの日もただ、私は、Pさんやファンの皆さんのために精一杯頑張っただけです。
なのに…


歌鈴「…どうして…泣いていたんですか…?」

珠美「その時は、わかりませんでした。ただただわけも無く泣いてました。
   ただ、それは何か大事なものを見つけたような…
   そうですね、歌鈴がさっき言ってました、『手に入れる事の出来ない素敵な宝物』を
   見つけたような気持ちでした」


くすっ、と笑ったのは私でしょうか、珠美ちゃんでしょうか。
おそらく、二人とも少し苦笑していたのでしょう。


珠美 「それが何なのか、今、やっとわかりました。
   珠美が、本当に目指していたものが何かということを」


私は、少しだけ顔をあげて、珠美ちゃんの表情を伺います。
その表情は、いつも以上に自信に満ちた珠美ちゃんでした。


珠美「歌鈴がステージ上で集中している姿は、何と言いますか、無心で、自我を無くしているような感じで、
   その場にいたみなさんのために、みなさんに楽しんでもらうために、歌鈴が出来る事を、
   力まず自然にに出し切っているような感じでした」

歌鈴「…そんな、そこまですごいこと、わ、私にはできませんよぅ…」

珠美「歌鈴はいつだって誰かのために頑張ってるじゃないですか。
   …そう、自分ではない誰かを大事に、大切に思う心。
   その心が産み出す強さは、どんな力でも及びません」

歌鈴「……そう、なんでしょうか…」


相手を大事に、大切に思う心。
それを珠美ちゃんにほめてもらえた事が、私がずっと背負ってきていた肩の荷を
下ろしてくれたように感じられました。


珠美「アイドル剣士殿が、いろいろあって満身創痍で、相手はとても強大で、どうあがいても勝ち目のない
   勝負になる話がありました。もはやここまでか、と、珠美も手に汗をにぎってました。
   剣士殿は、それでも、何が何でも仲間を守るために、呼吸を整え、正眼に剣を構えます。
   その時の立ち振舞いは、とても凛々しくて、存在自体が研ぎ澄まされた剣のようになって。
   …無心になって、敵に立ち向かい、一閃のもと敵を切り捨てます。
   珠美がそのドラマに夢中になったきっかけのエピソードです」

歌鈴「……本当に好きなんですね、そのお話」


夢中になって話す珠美ちゃんの声だけで、どれだけ入れ込んでいたかよくわかります。


珠美「はい。見た当時は剣士殿の強さしか印象にありませんでした。でも、珠美が本当に憧れたのは、
   強さじゃなかったんです。剣士殿の、仲間のために全力で戦う姿だったんです。
   歌鈴が、ステージでみんなのためにLIVEをしている姿と、剣士殿が仲間のために戦う姿が、
   珠美には、重なって見えてたんだと思います」


さすがに重かったのでしょうか、珠美ちゃんは私をゆっくり転がします。


歌鈴(もう少し抱きしめてほしかったな…でも、あれだけ抱きしめてもらって、頭も撫でてもらえたし…)


ぼんやりとそんなふうに思っていると、珠美ちゃんは、私の手を取ります。


珠美「歌鈴は、受け取るしかしてこなかった手、と言ってましたけど、
   珠美にとっては、歌鈴の手は、珠美を優しく導く手です。
   この手を取ることが出来なかったら、珠美は、暗闇の中、手を闇雲に振り回すしか出来ませんでした」

珠美「こんなにきれいで、珠美の思いを受け取って下さるこの手を持つ、
   誰かのために全力で頑張る今の歌鈴は、珠美にとって憧れのアイドルなんです」


珠美ちゃんは、ちょっとはにかんだ笑顔で、私にそう言ってくれました。
いつのまにか、私の名前を、呼び捨てで呼んでくれています。
だから、私も、呼び捨てにしませんといけませんね。


歌鈴「…た、珠美、は…自分で決めた目標に突き進む珠美は、私の憧れのアイドルです…よ?」

珠美・歌鈴「……ふふっ…うふふふふふふっ…」


私たちは、どちらともなく笑い始めます。


珠美「おかしな話です、お互い憧れあっているとは」

歌鈴「本当に、ね」


ひとしきり笑ったあと、私たちは目を合わせます。


歌鈴「ありがとう、珠美。…珠美、は、これからも、私から離れないでいてくれますか…?」

珠美「珠美は不器用ですから…きっと、歌鈴のように、多くの誰かのために、という事が上手くできないと思います。
   そんな今の珠美にできるのは、歌鈴のそばで、歌鈴の事を思い、歌鈴の力になれるように頑張る事だけです」


ぎゅっ。

繋いだ手に、お互い力を入れます。


歌鈴(あなたがそばに居てくれるのでしたら、私はもう、それだけで…きっと大丈夫です)


私はそんな思いを込めて、珠美を見つめます。


珠美「そして…いつか、歌鈴だけでなく、事務所のみんな、ファンのみなさん、多くの人の力になれる珠美になります。
   そんな珠美になるために、歌鈴、珠美を導いてくれますか?」

歌鈴「目標に一直線に向かう珠美は、私の憧れですから、私は珠美を応援します。
   …これが珠美の言う導きになるかわかりませんが…もし、上手くいかなくて、
   珠美が辛い時や苦しい時は、私に、何もできない私だけど、せめて、話して下さい。
   きっと、お話を聞くしか出来ないけど、それでも、少しでも、私は、珠美の力になりたいから」

珠美「憧れの歌鈴に応援されるのでしたら、珠美は百人力ですよ。
      歌鈴がともに進んで下さるなら、珠美は、きっと迷わずに進めると思います」
   
歌鈴「ええ、ドジでノロマで、可愛くない私でもよいのでしたら、ともに歩んでください」


私に出来る事なんて、本当にお話を聞くことだけです。
そんな私でも、ともに進んでくれるのでしたら、私は、私にできる事でお答えするしかありません。

心にため込んだ様々なものを吐き出せたせいでしょうか?
とても緩やかな雰囲気の中、私たちは布団の上でお互いを優しく見つめています。


歌鈴(今なら、多分、お願いしても大丈夫…ですよね)

歌鈴「あ、あのね…よ、よかったら…っここのまま…一緒に寝ませんか?」

珠美「ふぇっ?」


珠美は、ちょっとだけ思案げな顔をして、すごく、すごく小さくですが、うなずいてくれました。


歌鈴「ありがとう」


私は、ものすごく安堵して、部屋の明かりを消すと、珠美の懐にすりよります。


歌鈴「私、時々怖い夢を見るんです」

珠美「怖い、ですか?」

歌鈴「そう、私にとって、とっても怖い夢。
   でもきっと、今夜から、見ないで済みそうです。
   だって、珠美がそばにいてくれますから」


きっと、あの夢の中でも、珠美は、最後まで居てくれる。
私は、そんな期待をしながら、珠美に甘えます。


珠美「…ええ、歌鈴の悪夢は、この珠美が一刀両断です」


珠美は、わざとおどけたふうに応えてくれました。


歌鈴「歌鈴をお守りくださいね、剣士様」


その後も、布団の中で、Pさんの事や、事務所のみんなの事、
イベントやステージの事などを話しながら、
私たちはは、幸せな空気の中、まどろんでいきました。

—————
———

私のまわりに、沢山の人がいます。
ファンのみなさん、事務所のみなさん、それにPさん。
みんな、私を見てます。ですが、その表情は、とても冷たくて。

そして、みんな私に背を向けて離れていきます。
ファンのみなさんが、事務所のみなさんが、そして、Pさんが。


歌鈴「ま、まって!待って下さい!!」


最後に動き始めたPさんに私は手を伸ばします。
あと少しでその手を取ることができそうです。
ですが…


歌鈴「…っ……」


私の手は、Pさんの手を握る事ができません。
指先に力が入らず、掴もうとしても、指が閉じてくれません。


歌鈴「…あ、諦めません!わ、わわわわたしにだってっ!」


私は必死に掴もうと指に力を込めます。ですが、やっぱり指は言う事を聞いてくれません。


歌鈴「…っ!お願い!動いて!」


不意に、指先が曲がります。
見ると、私の手に誰かが手を添えてくれています。
それは、珠美の手でした。私の隣に珠美が居て、私に力強い瞳を輝かせた笑顔を向けてくれています。
Pさんもこちらを見て、『やっと捕まえたか』と言いたげな、苦笑した顔を向けてくれています。


歌鈴「……ええ、捕まえました。だから、まだ、そばに、居て下さいね…———

—————————
———



まだ暗い部屋の中で目をさますと、目の前には珠美の寝顔。
その寝顔は、とても幼く見えて、本当に小学生のようです。
そして、珠美は、私の手をしっかりと握ってくれていました。


歌鈴(ありがとう、珠美。本当に守ってくださいましたね)


多分これからも、私はこの夢を見るでしょう。ですが、これからは寝るときは一人です。
この先、一人で握る事が出来るか、正直、不安があります。


歌鈴(…ですから、これからの私に…少しだけ…勇気をわけて下さいね…)


小さな寝息を刻む珠美の唇に、私は、自分の唇を優しく重ねました。



季節は梅雨、朝5時ともなれば辺りは日中と変わらずほど明るいものです。
私は、朝日と誰かの視線を感じて目をさまします。


歌鈴「…ん……」

珠美「おはようございます、歌鈴」

歌鈴「…きゃっ!!!…はわわわわっ!!!お、お、おひゃおうございmふ!!」


目をさまして、珠美の顔を見て、それから、昨晩、私がしてしまった事を突然思いだして、
頭が回らない中突然恥ずかしさだけがこみあげてきて、私は飛び起きるようにして身体を起こします。


歌鈴(昨晩の事…珠美、気付いていない…ですよね…?)


私は恐る恐る珠美の方を見ます。珠美も、しばらくは普段の笑顔でしたが、
少し怪訝な顔をしたあと、急に顔を赤らめています。


歌鈴(うう…やっぱり気付かれてるのでしょうか…)


それを聞くのもなんだか恥ずかしくて、困っていると、


珠美「あ、そ、その、珠美は、一旦部屋に戻って身支度を整えませんと…」


そう言って、立ち上がり、部屋を出ようとします。
その後ろ姿を見た時、なぜか私はある事を思いついてしまいました。


歌鈴(新しい朝です、せっかくの機会ですから)

歌鈴「あ、あの、珠美。その、よかったら、…境内の掃除、一緒にやりませんか?」

珠美「あぁ、それはいいですね。ぜひ珠美もご一緒させてください」


おそらく私の思いつきなんかまったく知らずに、珠美は笑顔で部屋を出ていきます。


歌鈴「…確かまだ、私が昔着てたのを残してあったはず」


そんな事を口にしながら、私は衣装棚を開きます。

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珠美「どうしてこうなった」

私は今、珠美と境内の掃除をしています。
二人とも白の小袖に緋袴、つまり、おそろいの巫女様の服装で。

お掃除は意外と服が汚れるんですよとか、
練習用の道着もすでに洗濯してまだ乾かしてますしとか、
私なりに必死に言い訳を並べてみました。
さすがにちょっと困った顔をしていましたが、
特に強く拒否されなかったので勢いで着付けまでしちゃいました。

私がチリトリを構えている所へ、珠美がごみを竹ぼうきで送ります。
私は、一応確認の意味も込めて、あえて、問います。


歌鈴「ねぇ珠美、部活は、…どうするの?」

珠美「…そうですね、珠美は、まだ続けようと思います」

歌鈴「…そうですか」

歌鈴(そうですよね…珠美なら、やっぱりそうしますよね)


私が思った通りの答えを返します。
決して平坦な道ではありません。ですが、珠美は、やっぱり諦めないのでしょう。
ただ、それでもちょっと心配です。珠美は頑張りすぎますから。


珠美「…きっと、珠美は、まだまだ話し足りないのだと思います。
   珠美は、自分の想いとか、目標とか、やりたいこと、その為にすべき事、
   いろんな事をみんなに話して、珠美の事、わかってもらいたいのです」

珠美「それに、もし、珠美がくじけそうになっても、歌鈴が味方でいてくれるなら、
   珠美は、まだまだ頑張れますから」


その一言を聞いて、私は安堵します。
いざとなったなら、きっと、私に話だけでもしてくれるでしょう。
私は聞くしかできませんが、それでも、珠美を一人にしないのであれば、大丈夫だと思ったのです。
だから、私は、笑顔で答えます。


歌鈴「ええ、私は、ずっと珠美の味方ですから」


珠美「…しかし、この巫女様の装束というのは、なんだか落ち着きません」


珠美は袖口や襟足を気にしながら自分を見まわします。
普段から道着を着ているおかげか、姿勢がよく、和装の着こなしに崩れがありません。
そういった意味でも、私の思いつきは正解だったと思います。


歌鈴「そうですか?私は、よく似合ってるって思いますけど」

P 「そうだな、俺もそう思う」カシャッ


私の意見に賛同してくださったのは、Pさんでした。
予定ではもっと後にお見えになるはずでしたが…
珠美はまだPさんに気付いていないようで、話を続けます。


珠美「そうでしょうか?どうも、こう、珠美には派手といいますか。
   珠美は、どちらかといえば青系の、寒色の方が落ち着くのですが…」

歌鈴「赤と白の原色コントラストですからね。でも、ピンクの
   ライブ衣装も似合ってましたから、暖色系も悪くないですよ?」

P 「だな。案外赤黒のデビリッシュゴシックもいけるかもしれん」カシャッ

歌鈴「あ!それ、似合いそうですね。おはようございます、Pさん」

P 「おう、歌鈴、おはようさん。朝から精がでますな」カシャッ



Pさん、携帯で写真を撮りまくってます。後で私にも分けてもらいましょう。
さすがに珠美も気付いたようで、茫然とした顔でPさんを見ています。


歌鈴「予定より早く着いちゃったんですか?」

P 「ああ、車の用意が希望より早く出来たものでな。
   かなり朝早いが、お前たちの事だから掃除か朝連でもしてるだろうと思ってきてみたんだが、
   いや〜、朝から眼福ですな」カシャッ

珠美「…P殿?」

P 「おー、珠美、おはようさん」カシャッ

珠美「お、おはようございます…じゃなくて!!何してるんですか!!」

P 「何、って、なに?」カシャッ

珠美「そ、その掲げてるスマホですっ!さっきからシャッター音がっ!」

P 「あぁ、これ?宣材(宣伝材料)撮ってるの。そろそろ珠美の新しい宣材が欲しいなと思ってたんだが、
   巫女服の珠美なんて、最高じゃないですか。
   『まさしくセンザイ一隅のチャンスですね』なんて楓さんが居たら絶対言うだろうな」


ふふっ。楓さんがそう言ってるのがそのまま聞こえてきそうで、私は思わず口元を押さえます。
写真を取られてる珠美は、あたふたしています。



歌鈴(どうせならツーショット写真もいいですね。あとでPさんにお願いしましょうか)


ですが、このどさくさが終わると、珠美はきっと頑なに写真を拒否しそうです。
珠美は、意外と恥ずかしがり屋さんですから。
そんなふうに考えていると。


P 「ほら、歌鈴、並べ並べ、ちょっとかがんで、ほれ、Vサインで、いいねぇ」カシャッ


相変わらずPさんは私の思いを酌んで下さいます。私は少しかがんで珠美の肩を抱きつつ、
Vサインを出します。


P 「こうして並んでると、なんだか姉妹みたいだな。お似合いだよ、お二人さん」カシャッ

珠美「———っ———て、天誅ぅぅぅぅぅ!!!!」

P 「ふごぉぉっ!」


Pさんに『お似合い』と言われて、私はとてもうれしかったのですが、
珠美にはちょっと刺激的すぎたのでしょうか?
珠美は恥ずかしがり屋さんですから、てれ隠しもあると思いますが、
珠美の竹箒による電光石火の一撃は、Pさんの胴を真っ二つにするほどの勢いで決まりました。
あれをくらって、Pさん、身体大丈夫でしょうか?


P 「うぅ、痛いよー痛いよー、珠美がいじめるよー」

歌鈴「もう、Pさんが珠美をからかいすぎたからですよ?」


私は、お腹を抱えてうずくまるP殿をなでながら応えます。


P 「うー、歌鈴もいじめるー、俺に味方はいないんだー」

珠美「何棒読みの小芝居してるんですか。
   と、とにかく、珠美の了解も得ないまま、
   勝手に写真を撮らないでください!
   そ、れ、と!さっきの写真は、確実に消去してください!」


珠美が、箒を杖のように掲げて、Pさんにに迫ってますが、
Pさんはあまりまじめに受け取ってる様子ではありません。



P 「えー、せっかくいい写真が撮れたのにー」

歌鈴「そうですよ、かわいかったのに。もったいないです」

珠美「歌鈴、なんでそこで裏切るんですか!
   とにかく!ぜぇえったいダメです!ほら、はやく消去しないと、
   そのスマホ、たたき割りますよ!!」

P 「もー、しょうがないなぁ」


そう言いながら、Pさんは渋々といった感じで携帯を操作します。
ですが、その顔には何かいたずら心が見え隠れしていますけど…?


P 「あ、いっけなーい、消去するつもりが、まちがってみんなにメール送信しちゃったー(棒)」

珠美「な”…」


あ、珠美が固まりました。
恥ずかしがり屋の珠美には、それはあまりにもな仕打ちでしょう。

---------

私たちは、Pさんの運転する車の後部座席に座っています。
あの後、Pさんに私の両親への御挨拶と近況報告をしてもらった後、
車で移動して昨日のイベント主催者様達に御挨拶まわり、と
いろいろこなしてきたところです。


P 「今回のイベント、好評でよかったな、歌鈴」

歌鈴「はい!次回もよろしくって言われちゃいました」

P 「今回、会場が超満員だったようだしなぁ。もう少し大きな箱がいるな」

歌鈴「この辺りには、あそこ以上に大きな会場はなかなかありませんね」

P 「いっそ、歌鈴の家を野外ステージにした方がいいかもしれんな」

歌鈴「そこまで大きくありませんよぅ…」


そんな会話をしながら、車は新幹線の駅がある京都へ向かっています。
珠美はというと、あれからPさんと口を聞いてません。


歌鈴(おせっかいかもしれませんけれど…)


私としては、Pさんとも仲良くしてほしいと思うので、
小声で珠美に話しかけます。


歌鈴「珠美、そろそろ機嫌直したら?」


ですが、珠美はずっと窓の外を見たままです。
Pさんが珠美をからかうのはいつもの事で、
珠美もからかわれる事に怒りながらも、Pさんにかまってもらえるのが
ちょっと楽しいみたいですので、ある意味いいコミュニケーションなのでしょうけど…
今回はPさんがやりすぎたせいで、どうも珠美は機嫌を損ねてるような感じです。


P 「そういや珠美、試合はどうだったんだ?」


Pさんはそんな珠美の心情を酌んでいるのかいないのかわかりませんが、
先ほどの事など無かったかのように普通に珠美に声をかけます。


珠美「はい…惨敗でした」

P 「そっか」


意外だったのは、Pさんの問いかに珠美が笑顔で答えた所です。
なんだかんだといって、やっぱりPさんは私たちのプロデューサーです。
私の事と同じように、珠美の事も理解しているんですね。
…ちょっとだけ妬いてしまいます。


P 「でもまぁ、どうやら沢山学べたようだな。いい顔してるじゃないか」

珠美「そうですか?」

P 「あぁ、いつもより、余裕?というのかな、柔らかさが少し増した感じだな」

珠美「う〜ん、あまり自覚はありませんが…歌鈴にもそう見えますか?」

歌鈴「ええ、珠美が、以前より余裕をもってる感じはありますよ」


余裕というのでしょうか。意欲に燃える瞳は相変わらずなのですが、
こう、目標に向かって進む時の肩の力の入り具合がちょっと抜けたような、
めらめら燃える闘志が静かな炎のようになってる感じなのですが…
なかなか表現が難しいです。


P 「———『歌鈴』に『珠美』か…———」


Pさんが苦笑しながら、こちらの様子を窺っています。
あれ、そう言えば私たち…


P 「…そうだな、道明寺歌鈴!」

歌鈴「は、ひゃい!」

P 「そして脇山珠美!」

珠美「は、はいっ!」


何か大事な事を思い出しかけた時に、私たちをフルネームで呼びます。


P 「前々から考えていたんだけどな、お前たち二人をコンビにして
   ユニットプロデュースをしようと思うんだが、どうだ?」

珠美・歌鈴「「はいっ??」」


突然の申し出に、正直戸惑っています。
確かに、珠美とコンビを組めたら一緒に活動もできますし、
願っても無い事なのですが…
ここまで願った通りになると、さすがに怖気ついてしまいます。


歌鈴「私と珠美で、ですか…その、い、いいんでしょうか?」

珠美「そ、そうです!珠美はまだまだ未熟ですし、歌鈴ほど売れていませんし…
   それに、身長とかスタイルとかも…珠美は、その、小さいですし…」

P 「コンビなら凸凹でも、いやむしろ凸凹の方がバランスがいいんだぞ?
  うちには最強の凸凹コンビが居るしな。わかるだろ?」


杏さんときらりさんのコンビですね。確かにあのコンビは、いろんな意味で最強だと思います。


P 「まぁ、あの二人は二人ともそれぞれピーキーすぎるけどな。
  それでもコンビはコンビネーションで力を発揮するものだし」

歌鈴「そ、その…コンビネーションを、私たちで、発揮できるのでしょうか?」


P 「それは全然心配してないさ。なにしろ———



   ——— 一晩でお互いを名前で呼び捨て合う仲になったお前たちだからな———


   」


歌鈴(あ…あああああああああああああああっ!!!!)


そうでした。昨晩というか今朝からというか、私たち、ものすごく自然に
お互いの事を名前で呼び捨てあってました。
Pさんの前でも特に意識してませんでしたが、改めて指摘されると、
なんだかとっても恥ずかしくなって、私は顔が赤くなるのを止められません。
そんな顔、見られたくなくて、私は思わず両手で顔を隠します。


珠美「こっ、こっ、このセクハラプロデューサー!!変態!スケベ!覗き魔!痴漢!
   珠美が介錯します!今すぐ腹をかっさいて下さい!いいえ、面倒ですからそのまま
   珠美がその首もらいうけますっ!!」

P 「ちょ!おい!何!なんでそこまで!俺なんか変なこと言ったか?って、
  やm、止めろ!く、首を絞めるな!!う、運転中だから!やーめーてー」


珠美も恥ずかしいのか、Pさんに無茶苦茶な言いがかりをつけて
後ろからPさんの首を絞めようとしています。
何とかして止めたいのですが、それ以上に自分の事でいっぱいいっぱいで、
Pさんごめんなさい、なんとか頑張ってください。


歌鈴(ですが…珠美とコンビですか。すっごく楽しそうです)


その後、私と珠美は、「すず☆たま」というコンビ名でアイドル活動を邁進するのですが、
そのお話は、いずれ機会がありましたら。


おわり。

乙!

僕も歌鈴が好きですから、すいすい
読めましたよ。何ともほのぼのして
百合百合しいお話でした(^^)

DMJと珠ちゃんにひと目ぼれして、
タイトルが思いついたので書き始めてみたらこんなんになりました。

ユリユリしいのは書き手の趣味です。

二人の事が好きだけど百合は勘弁、という人ゴメンナサイ。
特にDMJ視点は百合成分が強めになってます。

あと、昨日の投稿にも画像支援ありがとうございました。

それではHTML化依頼を出しておきます。

機会があればいずれ、また

乙乙

おつん!

乙!

>>77の内容は最初に注意書きしとくべき。

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