春香〈言葉使い師〉 (12)
アイドルマスターと神林長平のSF短編「言葉使い師」のクロス(パロディ)SSです
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そう、春香、あなたのことならなんでも知っている。
あなたは平凡な高校生活に飽きてしまって、無為な日々を過ごしていた。
そして今、ふと立ち寄った感応スプールの店で、昔の夢を思い出したあなたは、棚をめぐっているところだ。
ところ狭しと並べられたスプール…。ほとんどが男性向けのタイトルだが、ある棚で足が止まる。
「アイドルコーナー」
そうだ、あなたは小さい頃アイドルのライブを「感じ」に行ったことがあり、その時の強烈な体験が「アイドル」へのあこがれとなって、今も残っていた。
中古の棚においてあった感応スプールの一つ、「リトルソングバード」というタイトルのそれを手にとったあなたは、ため息をつく。自分のカードで買えるぎりぎりの値段だな、と。
〈これ、ください〉
精神会話で、レジの店員に話しかける。ぶっきらぼうな若い店員は、あなたのカードとスプールを受け取るとピッピッと精算を済ませた。
それでも、あなたは久々に買うアイドルの感応スプールに心をときめかせて、そんな店員の態度も気にならなかった。
そのアイドルは華やかな衣装で緑色の髪を音楽に合わせて揺らしていた。
時には激しく、そして優雅に。
背景は一面の青空、それに溶けこんで行くようなパフォーマンス。そうかと思うとライブ会場とそのステージのような背景になる。
ライブ会場では無数の光の棒が、音楽に合わせて振られている。
昔体験したライブとは、まるで違うそのイメージに感動しているまもなく、その最後の曲は終わった。
スプールカフェの席で、ヘッドフォン型感応装置をつけている現実に一気に引き戻される。
カードの残高警告表示を出している端末から、スプールを引きぬいてカフェを後にし、あなたはさっきの曲——「空」のフレーズを鼻歌で歌う。
ハッ、として、あなたはあたりを見回す。言葉を話すのは重罪だ。たとえそれが曲を口ずさむ鼻歌であっても。
下手をすれば死刑になるから。
「765プロダクション」
〈えーと、天海春香さん? アイドル志望ね〉
あなたは、あの中古の感応スプールを制作したプロダクションを訪ねた。
メガネを掛けた。若いが有能そうな女性プロデューサーがあなたの対応をした。
〈ここに来た理由はやっぱり竜宮小町?〉
〈いえ、このプロダクションの昔のアイドルのパフォーマンススプールを見て〉
精神会話では心をブロックでもしない限りは、こちらの考えていることは筒抜けだ。
ましてや面接ではブロックなどしていたら、まず相手の不信を買うことになる。
だが逆に、自分の熱意もそのまま相手に伝わる。
〈私、アイドルになってみんなをもっと笑顔にしたいんです!〉
〈春香、あなたの熱意は認める。でも、実際のパフォーマンスイメージ作りはどう?〉
あなたは相手の心に直接イメージを送る。
果てしなく広がる暑い夏の空と無数の光の棒が振られるライブ会場。
〈採用〉
計算高そうな女プロデューサーは、メガネの位置を直しながら即答する。
〈律子! なんでこんな素人と一緒に、この私がレッスンを受けなきゃいけないわけ?〉
現在の765プロで最も売れているユニット「竜宮小町」
そのリーダーがあなたの扱いについて女プロデューサーに食って掛かる
〈大体、イメージ作りがうまいって言っても、わたし達と一緒になるとてんでだめじゃない! なんで、青空が私達竜宮小町に憧れてるのよ!〉
〈伊織。彼女のイメージはすごい。それに空がアイドルに憧れているのも斬新な表現よ〉
〈そんなおかしな表現、私達のイメージ作りのじゃまになるだけよ!〉
あなたは落ち込む。
〈ごめんなさい、春香。少し外れてくれる?〉
〈はい〉
〈べっ、別にあなたのイメージが悪いってわけじゃないのよ! でもアイドル活動には連携も大事なの〉
「竜宮小町」のリーダーの素直な心も、あなたに届いたが、それでもあなたは「無言」のままイメージトレーニングルームを後にした。
あなたは誰もいない765プロの事務所に戻った。
照明のスイッチを入れ、ソファに腰を下ろすと、ゆっくりと目を閉じる。
暑い夏の空のイメージを心に描き出す。下の浜辺では若い男女が追いかけっこをしている。
追いかけられている女性は、海に飛び込む。そうすると女性の下半身は魚の尾びれになって男から一気に離れて泳ぎだす。
「これは恋の歌ね」
あなたは驚いてソファから飛び上がった。事務所の入口近くに黒いスーツを着た、自分と同じぐらいの歳の少女が立っていた。
青っぽい長い黒髪。痩せた体躯。憂いを帯びたような表情。
〈誰?〉
「わたしは如月千早。言葉使い師よ」
〈な、なんで言葉をしゃべっているの? 捕まっちゃうよ!〉
「それは私が『歌うもの』——言葉を紡いで曲にのせるアイドルだからよ」
〈しーっ!! 静かに! 千早……ちゃん? あなたもここのアイドルなの?〉
「そう」
〈だから、しゃべらないで! 死にたいの?〉
〈死にたいわけではない。私は歌いたいだけだ〉
その少女は初めて精神会話で応じた。でも、それは禁忌だったさっきの少女の「声」と比べると非常に機械的に思えた。
〈歌……。歌なんか歌ったら、確実に死刑になっちゃうよ! 千早ちゃん、あなた何を考えているの?〉
〈アイドルは、ファンに曲に合わせたダンスやパフォーマンスイメージを伝える仕事だ。だが、歌はそんなものよりもっといいものよ〉
〈それは……。危険な思想だよ、千早ちゃん〉
「一曲、歌ってもいいかしら?」
あなたは、ゾッとする。この少女がただの自殺志願者のようにしか思えなかったからだ。
だが少女が、その自らの口から「歌」を歌い始めると、彼女の歌声に瞬時に魅了された。
彼女が歌い終えるまで、その声を貪るように聞いていた。まるで裸の女から目をそらすことのできない少年のように、その歌声を体全体で聞いていた。
〈これが……。歌?〉
「そう、私の歌『蒼い鳥』よ」
〈なんだか、希望が感じられるね〉
「そう? これは悲しい歌なんだけど」
〈それはそうなんだけど、その悲しみを乗り越えて希望を目指す感じがした〉
「フムン、そういう感じ方もあるのね」
〈言葉で表現する歌だから、感じ方に誤差が生じているのね。やっぱり歌は危険よ〉
「だから面白い。とも言えない?」
〈だって! 誤解が生まれたらケンカとか戦争の元になるんだよ! だから言葉は禁止されたのに……〉
「でも、そんな言葉だからこそ、表現する者にとっては挑戦してみたくならない?」
あなたはこの少女が仲間を増やしたがっているのではないか? と考える
言葉を使ったテロ組織? そんなものがあるのか、あなたにはわからなかったが、この少女はやっぱり危険だ、と思う
〈あなたは危険よ〉
「心配してくれてありがとう。でも歌えない世界なんて私には受け入れることはできない」
〈何か歌わなくちゃいけない理由があるの?〉
瞬間、少女の心から、幼い男の子のイメージが流れてきたが、すぐにブロックされた。
あなたは、少女がスーツの内ポケットから何かを取り出そうとしているのに気づく。
身を固める。彼女がそこから銃を取り出そうとしているように思えたから。
でもそれは銃ではなかった。銃より薄くて儚いものだったが、銃などよりはるかに恐ろしいものだった
〈千早ちゃん。それはまさか……紙?〉
「そう、これには『言葉』が書いてある。歌の歌詞よ。あなたも読んでみる?」
あなたは、彼女の、言葉使い師の誘惑に抗うことができない。
紙を手に取る。言葉を「見る」のは初めてだ。
歩こう果てない道、歌おう天(そら)を越えて
想いが届くように、約束しよう前を向くこと
なぜか、悲しくなって涙があなたの頬をつたう
〈そんなに歌いたいの? 千早ちゃん〉
「私には、歌しかないから」
〈千早ちゃんが歌いたい歌。私も歌ってもいいかな?〉
「きっと、素晴らしいわよ」
もう涙を拭って微笑って、一人じゃないどんな時だって
夢見ることは生きること、悲しみを越える力
〈春香!〉
あなたは、女プロデューサーの強烈な思念で目覚める。
ソファで眠っていたようだ。
〈あなた、泣いてるの?〉
〈うん、律子さん。悲しい夢を見たの。言葉使い師の夢〉
〈言葉って……〉
あなたはさっきの夢を、イメージにして律子に送った
〈千早……〉
〈千早ちゃんは、いったい誰なんですか?〉
女プロデューサーはイメージをあなたに送る
1年前765プロにいたアイドル。パフォーマンスイメージに「想い」を混ぜるのがうまかった少女。アイドル活動が行き詰まって彼女は数ヶ月前に765プロを辞めて音信不通なこと。
〈なんで春香の夢に千早が〉
〈もしかして千早ちゃんの「想い」が、「言葉使い師」っていう形でここに残ってたんじゃないでしょうか?〉
〈幽霊……みたいなもの?〉
〈幽霊って、「言葉」を介して現れるのかもしれませんね。「言葉」も今は死んだようなものですから〉
〈死者は語らない。でも「言葉」を残すのか〉
あくまでも、仮定の話だ。想いが完全に他者に伝わるこの世界では理解不能なことは少ない。
でも、どんなに想いが他人に伝わっても男女の仲がうまく行かなかったり、トラブルが完全に消えたわけではない。裁判所や警察がまだ存在しているのがその証拠だ。
だから、たまにはこんな不思議なことが起こるのかもしれない。
あなたと女プロデューサーは、少しだけ「言葉」と「歌」に想いを馳せた。
そう、あなたのことならなんでも知っている。
マリオネットの心は。
私は言葉使い師。
最後まで読んでいただきありがとうございました
神林長平は「戦闘妖精雪風」とか「敵は海賊」が有名だけど他にも面白いのいっぱいありますので、読んでみてくださいね
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