不思議な女の子と、クリスマスイブを一緒に過ごした話。 (26)


教室でよく、一人きりで本をよんでる女の子がいた。
その子は物静かでなんにも喋らないせいか、
まわりからは「カオナシ」ってよばれていた。

彼女が学校にやって来たのは、九月のはじめごろ。
家族を殺したせいで転校してきたという噂だったので、
あんまり近寄ろうとする人はいなかった。




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わたしが彼女と話したのは、
ちょっとしたきっかけだった。
期末テストが終わりを迎えて、
年内の登校も残り二週間に迫っていた。

担任が冬休みの諸注意を告げるなか、
クラスメイトの連中はいつもより浮かれた気分で、
あれやこれやと小声でささやきめいていた。



「うちのクラスで、冬期講習の
プリント作成を手伝ってほしい」と担任は言った。
誰も立候補しようとする奴はいなかった。
もちろんわたしだってそうだ。

ただ、運動部の連中がこちらを見てくるのが
何となく居心地が悪くて、仕方なくわたしは手を上げた。



「立候補はふたりか。終礼後残ってもらえるか」
担任の言葉に、わたしは窓際の席へと視線を送る。

カオナシは、わたしの方を見ることもなく、
どこか涼しげな顔で、ただ静かに黙ったまま
こくりと一度だけ頷いた。



中学に進学して、いつの間にかイジメを受けていた。
内容は、そこまで苛烈なものではなかった。

わたしの言うことは無視されたり、
クラスのグループから外されたり、その程度のものだ。
今回のことも「面倒ごとはわたしに押し付ければいい」という魂胆なのだ。

所詮、学校なんてわたしの居場所ではないとわかっていた。
だからこそ、わたしはそんな行いに堪えることができた。



わたしは、担任から渡されたプリントの山を一瞥した。

机に積まれたそれらは、おおよそ一時間もあれば終わる量だった。



教室にふたりきり取り残されたわたし達は、
しばらくしてすぐに書類の整理を始めた。

雑多に並べられたプリントを数字の順番にならべて、
それらをホッチキスで束ねていく、
本当に、たったそれだけの簡単な作業だった。

少しだけ開いた教室の窓からは、つめたい風が流れ込んでいた。
わたしは手のひらに息を当てて、かじかんだ指先をあたためた。



「ねえ。どうして手を挙げたの?」と彼女は言った。

「え?」
わたしは思わずワンテンポ遅れて返事をした。

彼女はすこしはなれたところに立ち、
紺色のカーディガンから覗いたほっそりとした指で
鼻先をさわっていた。

「……ほんとは、ひとりでやろうと思ってたのに」

彼女の声をちゃんと聴いたのは、それがはじめてだった。
空気が冷たいせいか、それはとても鮮明にきこえた。
こちらを見ようともせず、カオナシはプリントの束を整理していた。



「早く終わらせたかっただけだよ」とわたしは答えた。

「終礼を?」

「うん。長引くと、あいつらうるさいじゃん」

にやにやと笑うクラスメイトの顔だけが、
やけにはっきりと脳裏をかすめた。

「ふうん、そっか」
それだけ言って、何かを納得したかのように
彼女は何度かうなずいていた。



「そっちは?」とわたしは何気なく訊いた。
どうしてそんな風に話しかけたのか、
自分でも理解は出来なかった。

けれど返事がかえってこなかったので
わたしはふいに顔を上げた。

真っ白なシャツから覗いた彼女の首元には、
校則違反のネックレスがきらりと光っていた。



「んー。どうしてだと思う?」

「なにそれ? 自分のことでしょ」

「それはそうなんだけど」
そう言って彼女はそっぽを向いた。

「たぶん今日が、お姉ちゃんの命日だったからかな」

「え?」

「だから少しいい子にしてみようかなって、そう思っただけ」

ふうん、とわたしは答えた。だけど姉の命日だって?



「あんた、自分の家族を殺したんでしょ?」

「……ん、まあね」

「はあ?」わたしは思わず声を荒げた。

「どこまで知ってるの? 私のこと」
何にも臆することのない瞳に見つめられて、
わたしは思わず「さあ」と目を逸らした。



「カオナシ」と彼女は言った。

「はい?」

「あー。周りからそう呼ばれてるんでしょ、私」

ふわふわと掴みどころのない会話だった。
けれどそっちの方が、どことなく傷ついているように見えた。



「べつに誰に何て呼ばれてもいいけど。なんか、悔しいよね」

「悔しいって?」わたしはそのまま訊き返した。

「うーん。私の何を知ってるんだろって、思う」

「それは、」

わたしは返す言葉に迷った。
彼女もなにも言おうとはしなかった。
なぜだか少しだけ、その場から逃げ出したくなった。



「ねえ。冬休みは何するの?」
彼女は垂れ下がったきれいな髪を耳にかける。

「さあ。寝て起きて、たぶんそれだけ」

「つまんないね」

「うん」

「でも、一緒だ。私もそう、それだけだよ」

「……友達、いなさそうだもんね」

「え?」

わたしは思わず自分の口をおさえた。



だけど、そんなことに怒る素振りもなく、
なぜだかうれしそうな顔をした彼女は、
しばらくして、くふふと笑いはじめた。

よくわかんないまま、そんな彼女のことを見つめていた。
意味がわかんないな、とわたしは自分の頬をかいた。
それなのに、どうしてか笑った彼女はやけに可愛くみえた。



それからしばらく他愛ない会話をしているうちに、
いつの間にか、書類の山はすべて片付いていた。

「さて。雑用も終わったことだし、先生に渡してこようか」
彼女は椅子から立ち上がると、手を差し伸べて、
わたしは、それをしぶしぶ握りしめた。

「名前、なんていうの?」

「ちひろ」とわたしは答えた。

「ふふ、なにそれ。運命じゃん」

しろくてか細い、彼女の指先にぎゅっと力が入った。
わたしは「そうかもね」と照れ隠しに笑った。
ふしぎと悪い気はしなかった。



わたし達はそのまま教室を出て、職員室に足を運んだ。
プリントを提出した後は、下駄箱で「おわかれ」の挨拶をした。

「それじゃ、また明日」

「うん」

そう頷くと、彼女は足早に去っていった。
わたしはそんな後ろ姿を、なぜだかずっと見つめていた。


一旦ここまで。もうすこしつづきます・・・


次の日から、彼女は教室で、わたしに話しかけるようになった。

「ちひろ。次の移動教室、いっしょにいこうよ」

「……ん、べつにいいけど」

そう言ったものの、突然の出来事にわたしは一瞬目を丸くしてしまった。

周りは明らかにおかしな目でわたし達を見ていた。
それは、いじめられっ子であるわたしと、
はみ出し者である彼女が、親しげに会話をしているのが
とても奇妙に思えたせいかもしれない。



「ねえ。わたしたちって友達に見えるのかな」

「なにそれ?」
彼女は廊下でちいさく伸びをしている。

「いやー。周りの目がさ、変に痛いっていうか」

「そんなの気にしなければいいじゃん」

「……そうかな?」

「そうだよ」

力強く頷いた彼女の言葉を、
自然とわたしは呑み込んでいた。



その日、わたし達に話しかけてくる者は
ひとりもいなかった。

こんなにも静かな平日は、とても久しぶりに思えた。



「もしかして、迷惑だった?」と彼女は言った。
帰り道のバス停には、わたし達以外は誰もいない。

「なにが?」

「今日一日、ずっと一緒にいたから」

「あー。べつに大丈夫だよ。むしろ楽だった」

「楽?」

どうやら彼女は、わたしがクラスでいじめられっ子である
という認識が欠けていたらしい。
それらを説明すると、やけに納得したかのように、
彼女は何度か頷いていた。



「じゃあみんなは、私が怖いからちひろに近寄らなかったんだ」

「そうみたいだね」とわたしは言った。

「……そしたらさ。やっぱり友達になろうよ、私たち」

「え?」

気付けばわたしの喉からは、
とびきり素っ頓狂な声がとびだしていた。



「授業を受けて、昼休みに本を読んで、
家に帰って眠って。毎日それしかやらないんだもん、つまんないよ」

わたしは目線を落として「かもね」と言った。

「私は退屈を埋められる、ちひろは学校で嫌な思いをしなくて済む。
これってすごく素晴らしいことじゃないかな」

どうだろ、と彼女はすこしだけ不安そうな表情をする。
その顔がやけにおかしくて、わたしは思わず笑いそうになってしまった。

「じゃあさ、今から遊びに行こうよ」とわたしは言った。

「今から?」

「うん。映画でもみて、それからカフェでしゃべろう」

わたしはそう言って、彼女の手のひらを取り、
駅とは反対方向のバスへと飛び乗った。



バスのなかで揺られるわたしの方を見て、
「よかったの?」と彼女が訊くので、
わたしは「うん」と一度だけうなずいた。
たしか、学校帰りに街へと向かうのは校則で禁止されていたはずだ。

「ねえ。カオちゃんってよんでいい?」

「いいけど……なにそれ?」

「カオナシから取ってみたの。かわいいでしょ」

わたしはそう言って彼女にピースをしてみせた。
彼女はちょっと笑って「ばーか」とわたしの肩をかるく小突いた。


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