私には現在、彼女が存在している。恋人だ。
しかし果たして彼女のことを『恋人』と定義していいものか、正直判断に迷うところだ。
何故ならば私たちは同性同士であり、すなわち『私』は生物学上紛れもなく『女』だからである。そして私は至ってノーマルだった。
それなのに、どうしてこうなった。何故か。
話せば長くなるのだが彼女と私は所謂幼馴染関係であり、小さい頃から行動を共にした。
知り合ったのは幼稚園だったような気もするが、定かではない程、昔っから一緒だった。
小学校高学年になるとクラスメイトの女子たちはやれ同じクラスの男子がかっこいいだのやれ他のクラスの男子がかっこいいだのと色めき立ち始めたのだが私たちは特にそういった浮ついたこともなく中学校へと進学した。
同学年の男子にときめいた経験がなかった。
ともあれそんな灰色の学校生活を送っていた私たちだったのだが、高校への進学と同時に転機が訪れた。前触れもなく、ある日突然。
「ねえ、私と付き合ってよ」
唐突なその愛の告白に対して私はまるでラノベの主人公のように「え? どこに?」などとお約束を返して、彼女に盛大に呆れられた。
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「鈍感な幼馴染を持つとほんと苦労するよ」
やれやれと言わんばかりに嘆息しつつ、先程のお誘いが告白であったことを説明してくれた幼馴染はその日から、私の彼女になった。
「てっきり断られるかと思った」
そう言う割にはけろりとしているように見えるけれど、内心は平静ではなかったらしく。
「まあ、断られたら泣いただろうけど」
「だから断れなかったんだよ」
「冷たくするな。泣くぞ」
常日頃からあまり感情を表に出すタイプではない彼女は溜め込む傾向があり、許容値を越え決壊した際に宥めるのは私の役目だった。
しかしだからと言って泣かれたら困るから付き合ったというわけではなく単純に好奇心というか興味が勝った。そういう年頃なのだ。
「それで、付き合うって何をするの?」
「おうちデート」
私が訊ねると彼女はおうちデートとやらをご所望した。元々親しい関係なのだから新鮮味がないと思われるかも知れないが私は彼女の家に行ったことはなく、俄然興味深かった。
「来たよ」
「はいよ、いらっしゃい」
さて、待ちに待ったシルバーウィーク当日。
お泊まり道具一式を持った私は彼女の自宅に突撃した。玄関のドアを開けた彼女は当然ながら初めて目撃する部屋着姿であり、常日頃、家ではもっぱらジャージで過ごしている私はバッグに詰めた愛用のジャージをその場で捨てようかと思った。捨てないけどさ。
「どったの? 早く入りなよ」
「えっと、その……似合ってる。かわいい」
「なに言ってんだか。ただの部屋着だって」
やれやれと嘆息していても私にはわかる。
これは結構嬉しい時の反応だ。手応えあり。
ひとまず先制攻撃を決めた私が脱いだ靴を、彼女は几帳面に靴箱に仕舞ってくれた。
そうして、私は彼女の自宅にお邪魔した。
「へー! ふーん! なるほどー!」
「なにキョロキョロしてんのよ」
家に入るや否やそのまま彼女の部屋に直行させられた私は、初めて入るその部屋を見渡して感慨深いと思った。ここが彼女の部屋か。
「その辺にテキトーに座ってて」
「あ、うん」
そう言って部屋を出て行く彼女に頷きながらも、さてどこに座るべきか迷った末に、私は床に正座した。とにかく落ち着かなかった。
「なんで正座してんの?」
よっと、足でドアを開けて再び現れた彼女は片手に飲み物と、もう片方の手に香ばしい香りがするクッキーと思しき皿を持っていた。
「はい、どうぞ」
「あ、お構いなく」
「じゃあ食べなくていい」
そんなやりとりはいつものことだった。
私の彼女は昔っからちょっと意地悪なのだ。
性格や底意地が悪いとは言わないけれど、人が困っているのを見て喜ぶタイプ。
人はそれを、タチの悪い女と呼ぶ。
「このクッキー、もしかして手作り?」
「まあね」
「へー意外」
「そう?」
「しかもおいしい」
「でしょ」
なんか悔しい。かわいい部屋着と、おまけに美味しいクッキーを焼ける彼女。勝てねえ。
何ひとつ勝てる要素が見当たらん。美味い。
しかし、本当に美味しいな。このクッキー。
「ねえ、隣に行ってもいい?」
「え? あ、ああ。うん……いいよ」
彼女は付き合う前からこんな風に不意打ちが得意だ。人の不意を突くのが好きなのだ。
こういうあざとさが実にタチが悪い部分だ。
「ちょっと近くない?」
「嫌なの?」
「い、嫌というわけでは……」
これまでこんなに近づいたことない至近距離に来られて私のパーソナルスペースは侵害され侵略された。しかし不思議と嫌ではない。
「ドキドキする?」
「そりゃあ、まあ……」
「だろうね」
恐らく、彼女がこれまで私を家に招かなかったのは今日この日、この時のためだろう。
このタチの悪い女はそういうことをする。
「今日、泊まって行ってよ」
「あ、うん。そのつもりで準備を……」
「違う。そうじゃない。ムードを壊すな」
事前にお泊まりだって言われたから張り切ってトランプまで持ち込んだ健気な私に対してなんて言い草だ。あと、ムードってなんだ。
「本当に鈍感な幼馴染を持つと苦労する」
またお決まりな台詞を口にする彼女に私は抗議の眼差しを送る。突き放したようなことを言う癖に、彼女は意外と面倒見が良いのだ。
「普通は今日泊まっていくって言われたらちょっと戸惑いながらも何かを期待しながら照れ混じりに頷くのが定番でしょ」
「なるほど。ちなみに何かって?」
「えっち」
「ぶっ!?」
ジュース噴いた。下ろしたての私服が台無しだ。とにかく着替えなければ。待て。今日の下着は大丈夫か? いつも穿いてる草臥れたパンツじゃないだろうな。いやいや、別にいいじゃないか。どのみちジャージだって草臥れている。それに小さな頃から散々やんちゃして今更下着を見られることくらい恥ずかしがる必要はない。でも神様、お願いだから今日のパンツガチャだけは神引きさせて下さい。
「お? 脱ぐか? 早速脱ぐのか?」
「いいだろう。とくとその目に焼き付……」
「帰ったぞー……あっ」
開く扉。現れるスーツ姿の男性。固まる私。
最悪のタイミングで帰宅した彼女のお父さんに草臥れたパンツを見られた。神は死んだ。
「ほら、いい加減機嫌直して」
「お前は父親の帰宅時間をわかっていた!」
気まずそうに部屋から出て行った父親の帰宅時間を一緒に暮らす娘が知らない筈はない。
何もかも仕組まれていたのだ。お泊まりおうちデートという淫靡な響きにまんまと誘き出された私のくたくたパンツの運命はこの性悪で底意地の悪い女により定められていたのだ。
「お父さんは毎日お仕事でくたくたなの」
「だから?」
「だから毎日お仕事ご苦労様という意味を込めてあんたのくたくたパンツを見せて……」
「お前がやれ!」
ファザコンなのか? マジか。実在するのか。
ファザコンは恋人の下着を父親の労いに利用するのか? ファザコンやばい。怖すぎるわ。
「よしよし、怖かったね」
「お前が怖いよっ! 震えが止まらないよ!」
「怖くない、怖くない」
よしよしと頭を撫でられても絆されない。
なんかすごい母性を感じるけど気のせい。
こいつは性悪で底意地の悪い私の彼女だ。
「大丈夫。パンツのウンスジはバレてない」
「ウ、ウンスジなんてついてないし!?」
「フハッ!」
黙れ。嗤うな。ウンスジなんてついてない。
ついてないよね? まさか、あの時。違うし。
ギリギリセーフだった。確認してないけど。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「やかましい!!」
タチの悪いかわいい彼女が糞好きすぎる件。
「さっきは本当に申し訳なかった」
「まったく、お父さんには困ったものだよ」
夕食の際に改めて彼女に父親を紹介されて、お父さんは深々と頭を下げて謝罪した。
彼女はというと、予め作っておいたらしいカレーを温め直してかき混ぜながら説教した。
ていうか、カレーって。思い出させるなよ。
「娘の部屋に入る時にノックしないから」
「まさか友達が居るとは思わなくて……」
そう言えば家に上がる時にしっかり私の靴を靴箱にしまってたな。それなら仕方がない。
この女が全部悪い。お父さんは無罪潔白だ。
「ほら謝って。もっとちゃんと土下座して」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「いいですから! 顔をあげてください!!」
床に額を擦りつけるお仕事でくたくたのサラリーマンは見るに耐えなかった。可哀想だ。
私が赦しを与えるとお父さんはほっとして。
「とりあえず遠慮せずに寛いでいってくれ」
「ありがとうございます」
彼女の面影をお父さんに感じて、私はなんとなく好感を持った。きっと優しい人だろう。
そのせいで彼女は我儘放題に育ったようだ。
「お父さん、嬉しそうだったな」
「そうなの?」
やたら美味しかった彼女特製のカレーを3杯ほどおかわりした私はくたくたパンツをいそいそと脱いでお風呂をお借りして、その際に彼女が乱入してくるという定番のイベントを終えた後、くたくたのジャージをいそいそと着替えた瞬間にひん剥かれ、彼女秘蔵のかわいい部屋着を着せられ、そして現在、ベッドに寝かされて抱き枕のように扱われている。
誠に残念ながらトランプの出番はなかった。
あと、疑惑のウンスジも視認出来なかった。
「たぶん死んだお母さんに似てるからだよ」
「私が?」
「うん。ほら、この写真を見て。そっくり」
彼女が机の上に置かれた写真を持って来て見せてくれた。たしかに似ているような気もする。片親だったのか。私もまた片親だった。
「うちはお父さんが居ないから羨ましいよ」
私には父親が居ない。物心つく前に亡くなってしまった。だから家の中に父親という存在が居る彼女が羨ましかった。お父さん、か。
「そう言えば、お父さん似だよね」
「よく言われる」
彼女はお父さんとよく似ている。彼女のお父さんは私の父親に似ているわけではないけれど彼女のお父さんだからか親近感があった。
「それにしてもまさかファザコンとは」
「女は大抵ファザコンだよ」
「逆じゃない?」
男はマザコンというのは定番だけど、女がファザコンとはあまり聞き馴染みがなかった。
クラスの女子には父親を毛嫌いしている人も多い。その度に贅沢なものだと腹が立った。
「みんな照れ臭いだけだよ」
自分の父親が好きなことが照れ臭いという感情を私は知らない。知らないことを知れた。
それが素直に嬉しくて、今日、彼女の家に来て良かったと思う。パンツを見られたけど。
そして転機はまたもや突然に唐突に訪れた。
「もしかしてうちのお父さんに恋してる?」
「な、なにを仰いますか!?」
月日が流れ。私は足繁く彼女の家に通い、彼女の父親と親交を深め、次第に惹かれていった。そしてその淡い恋心を彼女は看破した。
「まあ、うちのお父さんは素敵だからね」
何も言えねえ。若いし。格好良くて優しい。
少なくとも、クラスの男子にはない魅力を感じた。私はどうやら年上好きだったらしい。
「そういうことなら応援してあげようか?」
「え? い、いいの……?」
「流石に今すぐアタックしても望み薄だろうから、大学卒業後にまだその気があるなら私がなんとかしてお父さんを説得してあげる」
「で、でも……」
「もちろんそれまでに私を捨てたらこの話は無しだから。それまで大事にして貰うから」
いつから彼女はこの壮大な計画を考えていたのだろうか。実行に移したのが高校に入ってからだとしても、いったいどれほど前から。
私はどれほど前から彼女のお義母さんになる予定だったのだろう。ともかく、ともあれ。
「それまで、じゃないよ」
「え?」
「そのあともずっと、私たちは一緒だよ」
そう言うと彼女は嬉しそうに微笑みながら。
「そっか。もう鈍感な幼馴染じゃないんだ」
もしも計画が上手くいって実を結べば私たちは本当の家族になれる。優しいお父さんみたいに私は甘やかさない。口煩いお義母さんになって躾けてやろう。その未来が楽しみだ。
真っ先にあの下品な嗤いかたを直してやる。
【気付いたら彼女のお義母さんになっていた件】
FIN
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