『戦争』という最悪の手段を用いて祖国を存続させた私が未だに『聖女』などと呼ばれている違和感にはもはや慣れつつありますが、しかしこの現代において大昔の存在である私が霊体としてではなく生きた肉体を持ちクラス【ルーラー】のサーヴァントとして活動していることについては些かルールを逸脱しているのではないかという疑念が拭えません。
「よいではないですか、ジャンヌ。そのおかげでこうして我々は再会出来たのですから」
「しかし、ジル。あなたは曲がりなりにも英霊として描かれているのに対して、私はあくまで人間なのです。世界の理に反している」
先程、ふらりと現れた『赤』の陣営に与するサーヴァントであるシェイクスピアが"お近づきの印"と称して宝具にさらさらとペンを走らせ、生前世話になったジル元帥を精密に描写してくれたのですがその意図が読めません。
「はっ……世界の理」
はて何がそんなに気に触ったのでしょうか。
ジル元帥はギョロリと目玉を飛び出させて、私の言葉を反芻し、そして唾棄しました。
「あなたを火刑に処したこの世界に理があるとすればそれは破滅的な末路しかありますまい。あなたを犠牲にして救済された祖国も、そしてあなたを見捨てたこの世界も、その瞬間に神の不在を証明したも同然なのですよ」
やれやれ。ジル元帥は、昔から極端な人だ。
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「ジル元帥。全ては済んだことです」
その昔、私は異端審問の末火刑に処された。
それは事実であり史実であり真実なのです。
いくらその数十年後に有罪判決が覆されようとも、あの時、あの瞬間、私は罪人だった。
「戦争を扇動した私の罪は償わなければならなかった。それが、神の御意志だったです」
「神!? もしもそれが神とやらの真意ならばその神眼はさぞ節穴だったのでしょうな!」
唾を飛ばしながら反論するジル元帥の目玉を指で押して戻しつつ、私は冷静に諭します。
「元帥。流石に言葉が過ぎますよ。いくらあなたでも、神への侮辱は看過出来ません」
「お赦しください、ジャンヌ。しかし私にはどうしてもわからないのです。何故あなたが、あなたほどの高潔な聖人が、あの日あの時火刑に処されなければならなかったのか」
「だからそれは先程述べた通り、どれほど大衆に祭り上げられようとも私の罪は……」
「あなたは断じて罪人などではない!!」
生前、私の言葉を遮ったことなどなかったジルが、まるで癇癪を起こした、或いは悪魔にでも取り憑かれたかのように発狂しました。
「あなたはジャンヌ・ダルク! 救国の英雄! 戦争を扇動したのも全て神のお告げに従ったまでのこと! であるにも関わらず、他ならぬ神はあなたを救ってくださらなかった!!」
ジル元帥は泣いてました。号泣しています。
「何故あなたが! 処刑されるべき悪人など腐るほど存在していたあの時代に、何故ジャンヌ・ダルクの罪だけを咎めるのか!!」
「元帥。何が言いたいのですか?」
言いたいことを全て言わせるべきだと判断して結論を促した私に、ジル元帥は悍まし微笑みを浮かべて、自らの罪を告白しました。
「あなたよりも余程、この私のほうが罪深いということですよ、ジャンヌ」
ジル元帥の罪。知識としては知っています。
「たしかにあなたは罪を犯しました」
「はい。神の不在を証明するために」
「しかしそれも含めて、私の罪です」
ジル元帥は、ジルは許されざる行いに手を染めてしまいました。しかしその動機の根底には私の処刑があるのです。たしかにジルは生前から言動が狂気じみていましたが、私と出会わなければここまで狂うことはなかったでしょう。神はやはり、全てを視ておられる。
「おお、ジャンヌ……」
「一緒に罪を償いましょう」
飛び出した目玉が乾くのでしょうか。
ジルはポロポロと涙を溢しています。
彼の涙は透明に透き通っていて美しいです。
それが、ジル・ド・レェの無罪の証明です。
「どうです? 少しは落ち着きましたか?」
「取り乱してしまい、申し訳ありません」
「謝る必要などありません。それよりも、せっかくこうして再会したのですからもっと楽しい話をしましょう。神に感謝しながら」
「ジャンヌ……あなたこそ、私の女神」
異端の私もさすがに自ら神を名乗るほど愚かではないのですが、信仰は自由ですからね。
「ふふっ。お互い積もる話は尽きませんね」
「はい。永遠に、尽きることはありませぬ」
苦笑しつつ、長話をする前に用を足そうと。
「少し席を外しますね」
「うんこですかな?」
席を立とうとして硬直しました。今なんと?
「ジル……?」
「ん? どうしました、ジャンヌ?」
平然としているジル元帥。聞き間違いかな?
「少し席を……」
「やはり、うんこですな?」
ああ、神よ。どうか彼の罪をお赦し下さい。
「ジル元帥」
「はい、ジャンヌ」
「あなたの罪は、重い」
席に座り直した私はジルを説教することに。
「前以て述べた通り、今の私は人間です」
「はい、存じております」
「ならばどうして、そのような品性に欠けることをわざわざ口に出して問うのですか?」
詰問するとジルは満面の笑みで答えました。
「ひとえに、神の不在を証明するために」
彼の罪は。そして私の罪は未だに消えない。
「あなたの主張はまったく理解出来ません」
「ならばわかりやすく説明しましょう。現在、あなたはサーヴァントでありながら人間の肉体を有している。当然、食事もすれば排泄もするでしょう。しかしそこにひとつの大きな疑問が生じます。あなたほどの聖人が果たして聖水はともかく脱糞をするのかどうかという疑問です。 はてさて、その答えによっては世界の理が崩壊するやも知れませんな」
「世界の理は崩壊しません」
ジルがここまで大馬鹿なんて。嘆かわしい。
そもそも聖水という呼び方もやめて欲しい。
きっばり杞憂だと切り捨てるもジル元帥は。
「しかしジャンヌ! あなたは聖人なのですぞ! オルレアンの乙女たるあなたが聖水はともかく脱糞をするなど常軌を逸している!」
「常軌を逸しているのはお前だ。ジル元帥」
また聖水と口にしたジルに冷たく告げると。
「あなたの火刑の光景。あれほどまでに常軌を逸脱したものはありません。常軌など、あの瞬間から存在していませんよ、ジャンヌ」
ジル元帥は怒りながら泣き、悲しそうです。
「あなたを追い詰めた責任は私にあります」
まずはこの場を収めるのがルーラーの務め。
「すぐに戻って来ますから。謝罪なら、その後いくらでもするので待っていてください」
「ジャンヌ……それほどまで便意が」
「ジル!? いい加減にしてくださいっ!!」
「ふむ。いい加減に便意が高まっていると」
私だって怒ります。キレ散らかす時もある。
「黙って見送ってくれてもいいでしょう!」
「しかし、あなたは帰って来なかったので」
「すぐ戻りますから! 帰ってきますから!」
そう確約するも、ジルはなかなか納得せず。
「しかしジャンヌをひとりにするのは……」
「何を馬鹿なことを。私はもう19才ですよ」
「まだ19才です。あなたは永遠の少女です」
偶像崇拝にも程がある。そしてジルは閃き。
「そうだ! 最初からこうすればよかった!」
「あまり訊きたくありませんが……」
「なぁに、簡単なことです。不肖この私、ジルがジャンヌの脱糞を見届けましょうぞ!」
「神よ……どうか、血迷えるジルに救済を」
祖国よりも先に彼を救うべきだったらしい。
「私に脱糞を見られるのは嫌なのですか?」
「当たり前です!」
憤慨する私に慈愛に満ちた笑みを浮かべて。
「ジャンヌの罪は、私が背負います」
「ジル……」
なんだろう、おかしいな。ちょっと感動だ。
「さあ! 行きましょうぞ! 旗を掲げて!」
「元帥……ええ、いいでしょう! 出陣!!」
数百年ぶりに旗を預けられる存在が居てくれるおかげで私の両手は空になった。
この人の手で、人の営みを、罪を犯す。
それこそが贖罪であると素直にそう思えた。
「む? ジャンヌ! 敵陣前方ぉ!!」
「臆するな! 迷わず乗り込めぇ!」
大はしゃぎの大行進の先にはトイレという名の敵陣が待ち構えています。開戦の瞬間。
罪を犯す瞬間というのはいつだって震える。
ガチャガチャ!
「ジャンヌ! 施錠されていて開きません!」
「なんですって!?」
『なんだよ、騒がしいな。その声、ルーラ? ボクが使い終わるまでちょっと待っててよ』
トイレの中からアストルフォの声がします。
「乙女の危機なのですよ!」
「このお方をどなたと心得る!」
ドンドンドンドンッ!
激しくノックする私と、援護するジル元帥。
もはや一刻の猶予もありません。自業自得。
ジルとの会話が楽しくて、機を逃しました。
『うるさいなー。マスターとのお愉しみを邪魔しないでよ。ねー、マスター』
「はて、マスターとは?」
「ジークも中に居るのですか!?」
衝撃の事実。急展開の予感にお腹が苦しい。
『えへへ。ボクはマスターのトイレに付き合えるほど親密ってこと。どう? 悔しい?』
「く、悔しいというよりも苦しいです!!」
「ジャンヌ!? お気をたしかに!」
その場に蹲る私にアストルフォが告げます。
『マスター、さっきの言葉もっかい言って』
『……アストルフォが1番好きだ』
『きゃー! 聞いた聞いた、ルーラー?』
「ぐぬぬ……!」
「おお、ジャンヌ……おいたわしや」
項垂れた私は天を仰ぎ、そして刻が訪れた。
「ジル」
「はっ……ここに」
「神は、その眼を瞑っていますか?」
「瞑らずとも節穴故、何も視ておりませぬ」
「ならば、醜態を晒す憂いはありませんね」
「代わりにこのジルが、見届けましょうぞ」
「主よ、この身を委ねます……」
宝具展開、ラ・ブピュッセル!
ぶぴゅっ!
「フハッ!」
ぶぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぅ~っ!
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
罪を犯す瞬間というのはやはり震えますね。
「ああ! ああ! ジャンヌ! やはり神はいます! ほらそこに! すぐそこに! 神が!! 神の御意志! 奇跡! 私の眼前に糞の泉が!!フハッ! フハハハハハハハハハハッ!!!!」
汚いですよ。黄金色の噴水と言って欲しい。
「ふぅ……おや、ジャンヌ?」
「お帰りなさい、ジル元帥」
「私は……いったい……?」
ひとしきり哄笑して愉悦という名の大罪を犯したジルはまるで憑き物が落ちたかのような清々しい面持ちでこれまでのことを全て忘却したようでした。彼の罪は赦されたのです。
「何か、素晴らしい鮮度の歓喜を……」
「満たされましたか?」
「ええ、そうですね……はい、存分に」
ジルの姿が消えていく。思い残すことはもうないらしい。少し悲しくて、寂しく思う。
もう共に罪を背負ってくれる彼は居ない。
けれど。安心してください、ジル元帥。
ガチャッ。
「わっ! ルーラー、漏らしちゃったの??」
「ルーラー、大丈夫か?」
こうして漏らしてしまった私にもこうして優しく手を差し伸べてくれる人が居てくれる。
ジーク。あなたになら、あなたの1番になれるのなら、面白おかしく出来過ぎた登場人物50億人の大河小説を休まず書き続けているシェイクスピアの悲劇だって乗り越えてみせます。
だってほら、漏らしたあとでも、私の心は。
「マスター、またトイレデートしようね」
「こ、今度は私ともお願いしますね……」
アスカトロルフォになんかに負けたくないと燃えています。
【Fate/Apocrypフハッ】
FIN
Fate/Apocryphaは本当に素晴らしい作画で面白い作品なので、是非観てみてくださいね
綺麗なジルを観たい方には特にお勧めです
最後までお読みくださりありがとうございました!
最後、【Fate/Apocrypフハッ!】となっておりますが、pが余計でしたね
正しくは、【Fate/Apocryフハッ!】でした
確認不足で申し訳ありませんでした
このSSまとめへのコメント
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