右京「鬼滅の刃?: (132)
相棒×鬼滅の刃のクロスssです。
よろしければどうぞご覧下さい。
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とある薄暗い場所。
不気味な雰囲気を漂わせながらもその中央には場違いにも洋風のテーブルと幾つかの椅子が置かれていた。
テーブルにはこの時代としてはまだ珍しい英国風のポットにそれとティーカップがあった。
ポットから注がれたお茶はこの不気味な雰囲気に似合わず香ばしさを漂わせていた。
「う…あ…ぅ…」
カップに注がれた紅茶を一人の青年が必死に飲み込もとしていた。
黒装束に背中には『滅』の文字を記した服装の青年。彼は手を震わせながらカップを持っているが明らかに動揺している。
それもそのはず、この場で動揺するなというのは無理というものだ。
この奇妙な光景…何故こんなことになったのか…?
それには少しばかり時を遡ることになる。
………また増えてる。」
時は令和。ここは警視庁組織対策5課の片隅にある特命係の部署。
この特命係に所属する冠城亘は相棒の杉下右京のデスクを見て呆れ果てていた。
それもそのはず、杉下右京のデスクはある作品の書籍やグッズで埋め尽くされていた。
「よ、暇か。ところで冠城、呆れた顔をしてどうした?」
「そりゃ呆れますよ。見てくださいよこの鬼滅の刃の山を…」
冠城は隣の部署からひょっこり姿を見せた角田課長にこの有様を説明した。
ちなみに鬼滅の刃とは現在コミックス1億部を突破した大人気漫画のことである。
既に連載は2020年で終了したがその人気は今も衰えることもなくその後10月に公開された映画も興行収入が日本映画記録を更新して更なる活躍を見せていた。
「まあしょうがないだろ。あの鬼滅だぞ。警部殿がここまで激ハマりするのも無理ないな。」
「だからっていい歳したおじさんがこんな入れ込むなんて異常でしょ。どうなっているんですか。」
「そうか?うちのカミさんも鬼滅にハマってるぞ。DX日輪刀持って水の呼吸!壱の型!てさ…」
鬼滅の絶大なる人気は主婦にまで伝わっていることを知らされて冠城は改めてその人気の絶大さを思い知らされた。
だがそんなことはどうだっていい。それよりもいい加減この鬼殺グッズの山をどうにかしてほしいところだが…
「おやおや、どうかしましたか。」
すると鬼滅グッズの山からひょっこりと姿を現したのはこの部屋の主でもある特命係の杉下右京だ。
「右京さん今日こそは言わせてもらいますけど…」
「またその話ですか。キミもいい加減しつこいですねぇ。」
「いやいや!右京さんこそ…職場をなんだと思ってんですか!」
毎日冠城からの注意を受けても今や悪びれる様子も見せずに開き直るばかり。
隣で課長もコーヒーを頂きながら眺めているが今やこれが日常化している有様だ。
そんな折、時計の針が業務終了の定時を差した。
「これで特命係本日の業務は終了ですね。」
定時終了と同時に右京はすぐに帰り支度を始めた。
警察官であれば本来は定時を過ぎようとも残業なり夜勤なりが発生するものだが特命係は窓際部署であるため残業など滅多に発生しない。
ちなみに去年の10月から右京は勤務時間を終えるとすぐに帰宅する傾向があった。その理由は…
「右京さんまた映画観に行くつもりですね。これで何度目ですか。」
冠城がまたもや呆れ気味な様子を見せるが右京が早々に帰宅する理由は鬼滅の刃の映画にある。
2020年10月から公開している鬼滅の刃・無限列車編は今や国内No.1の記録を打ち立てた。
興行収入も前人未到の興行収益400億に達した。実写でもないアニメ映画が日本記録を打ち立てた。これはまさに快挙といえるだろう。
「まったくよく飽きもせず何度も観ますね。同じ映画を延々と観て面白いんですか?」
「ええ、面白いですよ。ちなみに映画はもう終わりました。今日は予約しておいた鬼滅の映画のDVDを買いに行くつもりです。」
右京は冠城からの皮肉など体よく交わしながらそう自信たっぷりに言ってのけた。
ちなみに右京だがもう十回以上は映画を観に行っている。
それだけの回数を行っているのにまだ観に行こうとしていた。
傍から見ていた課長も「暇な部署は定時で帰れていいねぇ」と嫌味を言い残してさっさとデスクへと戻るなどその行動にみんなから呆れる様だ。
「そういえば最近青木くんを見かけませんねぇ。いつもならこのくらいの時間になると突っかかってくるのに…」
「青木は右京さんとは反対に鬼滅を嫌っていましたからね。まあ右京さんを目の敵にしているあいつらしいですけどね。」
帰り際にふと青木のことを思い出す右京。
ちなみに青木は鬼滅の刃を嫌っている傾向があった。その理由は二つある。
それは目の敵にしている右京が鬼滅推しという理由も含まれているがもうひとつは…
「あいつあの漫画をまだ推しているんですよね。確かタイトルはナントカカントカって漫画だっけかな?
もううろ覚えで忘れちゃいましたけどね。」
「鬼滅の刃の原作が最終回と同時に連載開始された漫画ですね。最初の頃は鬼滅の後継者など言われていました。まったく…失礼極まりない話ですよ。」
先程まで上機嫌に鬼滅の刃について語っていた右京。
だがこの話になると右京は決まって不快な表情を見せた。その理由は…
「けどあの漫画三ヶ月足らずで打ち切り。確か偶然だけど去年の8月31日の今日がある意味命日でしたね。」
「そうでしたねぇ。わざわざ鬼滅の刃の最終回という誰もが注目している中での新連載という破格の待遇を受けながらあの体たらく。
そもそもあの漫画を少年誌で掲載すること自体が間違いだったのです。
ダメ出しされてばかりな漫画家志望の主人公が電子レンジから未来のジャンプが送られてきてそれを盗作する。
盗作されたヒロインの女子高生は何も知らず主人公のアシスタントを務めるなど…
そんな不届きな行いを作品内では誰もが疑いもせず肯定してこんな不快な要素しかない漫画がどうやって読者の人気を得るというのですか。」
「確か主人公も最後までろくに報いを受けないままで終わったんですよね。」
「一応番外編で盗作したヒロインの女子高生にお金を返して危うく命を失いかけそうになったらしいですが
それでも最後までヒロインに真相も打ち明けずおまけに謝罪もしなかったそうです。
あのような漫画が鬼滅の最終回に少年ジャンプの表紙に掲載されたこと自体が僕は許せませんよ。」
まるで深い恨みでもあるかのように愚痴る右京。
理由は鬼滅の原作最終回の表紙をその漫画が飾ったせいだ。
ジャンプ本誌で鬼滅の最終回を読む際にはどうしてもあの漫画の主人公を直視しなければならない。それだけがどうにも不快で我慢ならなかった。
「…それで青木からこんなモンを貰ったんですよ。例の漫画の単行本です。なんか布教してるらしいですよ。
あいつ捜査一課の伊丹さんたちにも渡してるとか…」
「懲りませんねぇ。しかしこうなるといらないものを押し付けている嫌がらせではありませんか。」
右京は嫌々ながらも冠城からその本を受け取ると二人は職場である警視庁を出た。
冠城は途中で右京と別れて小出茉梨が営む小料理店こてまりへと向かう。
DVDを買い終えたら右京も向かうと約束してお店に向かおうとする道中のことだった。
路地裏から風が吹いた。その風に乗って何かが散らばるように舞っていた。
何が待っているのかと手で掴んでみると…
「おや…これは珍しい…藤の花ですね…」
そう、都内では珍しく藤の花の花びらが撒き散らしていた。
まさかこんな街中に藤の花があるとは…
「細かいことが気になるのが僕の悪い癖…」
興味を持った右京はそう呟きながら人気のない路地裏へと入った。
興味を持つとトコトン夢中になるのが右京の悪い癖だ。
既に時刻は夕方の7時を過ぎて夕日は沈み辺りは真っ暗な夜となった。
右京は薄暗い電灯を頼りに路地裏を歩き続けるがどういうことか藤の花が咲いている場所にたどり着けずにいた。
それだけではない。時計の針はまだ7時過ぎの時刻を指しているがまるでもう数時間…いや…数日…もしかしたら数年をこの場所で過ごしているような奇妙な感覚に襲われていた。
これは一体どういうことなのか?得体の知れない違和感を持った右京は元来た道へと戻ろうかとしたその時だ。
「 「ガァァァァァッ!!」 」
この路地裏にまるで獣のような凄まじい叫び声が響いた。
今度は何が起きたのか?すぐに右京は叫び声のした場所へと向かった。
いまだに奇妙な感覚のする路地裏を駆け抜け出口らしき場所へとたどり着いた。
「うわぁぁぁぁ!?」
たどり着いたと同時にとある青年が壁に吹っ飛ばされて倒れていた。
すぐに駆け寄るが青年は傷を負っているものの命に別状はない。
とりあえずひと安心するが倒れている青年は奇妙な格好をしていた。
まるで喪服のような黒装束を身に纏いさらに青年は刀を握っていた。
この刀だが剣先はかなり鋭利になっていて人を傷つけるに十分な凶器となり得る危険な代物だ。
しかし先ほどの衝撃により刀は真っ二つに折られてしまっていた。
このような刀を真っ二つにするほどの力の持ち主とは何者なのかと相手を確かめようとした。
「ガァァァァッ!」
するとそこには恐ろしい形相をした大男がいた。
身の丈が二メートルを超えた大男が不気味な唸り声を上げながらこちらを睨み続けた。
それにしても一番恐ろしいのがその形相だ。
血の色の如き真っ赤な目とそれに口元にある鋭利な牙。さらに頭上に尖った角とこの姿はまさに…
「鬼…ですね。」
右京が思わずそう呟いたが連想した姿はまさに鬼そのものだ。
とてもではないがこの大男は人間とはかけ離れた容姿。
そう、鬼だ。まるで鬼滅の刃に出てくる恐ろしい鬼の化物だった。
「逃げろ…殺されるぞ…」
そんな右京に倒れていた青年がすぐに逃げるよう警告を促した。
確かに青年の言う通りだ。こんな怪物をまともに相手に出来るものではない。
完全武装した警官隊でもいなければ太刀打ちなど出来やしない。
「ですが僕は警察官です。ここであなたを置いて逃げるわけにはいきませんよ。」
そう言うと右京はこの化物の前に立ちはだかった。
青年は何度も危ないから逃げろと注意を促してくれるが傷ついた彼を置いて逃げるわけにはいかない。
だが右京だけではこの得体の知れない怪物を取り押さえることは出来やしない。
それではどうすればいいのか…そう思った時だ。
「おや…これは…」
ふと右京は自分が手に握っているものを確かめた。
もしもこの怪物が自分の予想通りなら…こうなれば駄目元だ。
それに現状で他に思いつく策もないとイチかバチかで右京は手に握っていたあるものを怪物に投げつけた。
「ギャァァァァッ!?」
するとどうだろうか。怪物は急に苦しみだした。
それだけではない。怪物の皮膚がまるで硫酸でも被られたかのように醜く溶け出した。
「アンタ…一体何をしたんだ…?」
「これですよ。藤の花、まさか効果があるとは思いませんでしたがね。」
そう、右京が投げつけたのはこの路地裏に入るきっかけとなった藤の花だ。
何故こんなものを投げつけたのか?それは鬼滅の刃に出てくる鬼たちの弱点だからだ。
「藤の花は鬼滅の刃に出てくる鬼たちには毒とされています。まあ半信半疑でしたがここまで効果があるとは思いませんでした。
…ですがこの程度の花びらでは鬼を怯ませるだけでしょうねぇ…」
右京が言うようにいくら藤の花でも花びら程度の少量では鬼を完全に倒すことはできない。
この怪物が本当に鬼滅の刃に出てくる鬼ならば倒す方法は二つある。
それは日輪刀と呼ばれる特殊な刀で鬼の首を撥ねること。
だがこれは無理だ。今この場に日輪刀はない。それに呼吸の剣士でもなければ日輪刀などまともに扱える代物ではない。
そうなると残された方法は唯一つ、それは…
「ア…ガ…アァァァ!?」
そんな時だった。怪物が突如として苦しみだした。
それも先ほどの藤の花の毒よりも酷い叫び声だ。
怪物の全身が焼き焦げ断末魔の叫びを上げながら最期には塵一つ残さずに消えた。
まるで最初からこの場に怪物などいなかったかのような痕跡ひとつ残さず…
もしやこれはと思った右京はすぐに頭上を見上げた。
「なるほど、日の出の時刻だったわけですか。」
まさか自分が路地裏に入り込んでからそこまで時間が経過していたとは思わなかった。
だがこれで確信が持てた。
鬼滅の刃の鬼を日輪刀以外で倒す唯一の方法。それは太陽の光だ。
鬼たちは闇の世界の住人だ。彼らは夜の闇に紛れて人を喰らう。
だがそれは夜の世界だけの話だ。鬼たちは決して太陽の光に抗うことはできない。
それがこの鬼滅の刃の世界における摂理だった。
「ありがとうございます。おかげで助かりました。」
「いえいえ、礼にはお呼びません。当然のことです。ところであなたは…」
鬼を倒して一段落したところで右京はもう一度この青年に注目した。
先ほどは倒れていて背中まで見えなかったがこの青年の服には『滅』の文字が刻まれていた。
「あなた…ひょっとして…鬼殺隊の方ですか…?」
「え?何で鬼殺隊を知ってんだよ!アンタ何者なんだ!?」
まさか本当に鬼殺隊とは…
それではこの青年は主人公の竈門炭治郎なのかといえばそうではないようだ。
見たところ容姿はちっとも似ていない。それに彼の額にある特徴的な痣もない。
しかし何処かで見覚えるのある地味な顔だ。そしてこの妙に手入れのされたサラサラッとした髪型だが…
待てよ。そういえば…と右京はある人物を思い出した。
鬼滅の刃に出てくる鬼殺隊の隊士でさらに地味なのに髪の毛がサラサラに手入れをした人物といえば…
「失礼しました。僕は杉下といいます。ところであなたは…村田さんですか…」
「えぇ―――――ッ!どうして俺の名前まで知ってんの!?」
右京が自分の名前を言い当てたことで村田という青年はまたもや驚き声を上げた。
どうやらここは本当に鬼滅の刃の世界のようだ。
確かに右京も鬼滅の刃のファンではある。
だがまさかその世界にこうして訪れることになろうとは誰が予想しただろうか。
とりあえずここまで続きは追々
令和コショコショ話
Q:このssの右京さんは何で鬼滅ファンなんですか?
A:鬼滅が大好きだからです。ちなみにアニメ化前から鬼滅ファンでした。
会話も描写も小気味良くて好き 期待
ここは人里離れた木々の生い茂った森の中にある広々とした大きな屋敷。
まるで江戸時代における武家屋敷を思わせるような古風な建物。
内部も常日頃から手入れをされているようで清潔感ある佇まいだ。
「見事な庭園ですねぇ。ここまで立派な庭園は滅多に拝めませんよ。」
「あの…杉下さん…どうしてここまでついてくるんですか…?」
「当然でしょう。こうして鬼殺隊の隊士として知り合えたのですからその本部となれば興味も湧きますよ。」
そう、この屋敷こそが鬼殺隊の本部だ。
あの後で村田は隠の者たちにより本部へと招集された。
それに乗じて右京も後を付いてきたようで鬼殺隊の本部に潜り込んでしまった。
この本部は鬼殺隊でも極一部の者にしか所在を知らされてはいない。
鬼たちにこの場所を襲撃されないための用心だ。そんな場所に部外者を連れ込んだなどとなればどのような処罰を下されるのかわかったものではない。
「勘弁してくださいよ…ここに部外者を連れ込んだなんて知られたら怒られるのは俺なんですからね!」
「まあまあ、落ち着いてください。僕も無関係というわけではないのですから。」
「いやアンタ思いっきり無関係でしょ!って…うわ…」
村田が勝手な行動を取る右京に注意していた時だった。
この庭園にある数人の男女が姿を現した。
村田と同じく『滅』の文字が刻まれた隊服を着込み、それぞれ異なる羽織を身に纏った異様な集団。
筋骨隆々な大男に全身に無数の傷を負った青年、それに首に蛇を巻きつけ口元に包帯を巻いた青年や桃色の髪をした少女。
十代前半ほどの年若い少年や蝶の羽織を着込んだ少女に寡黙な青年。
もしや彼らは…
「オイ、これはどういうことだぁ。」
すると傷だらけの青年が村田の胸ぐらを乱暴に掴んだ。
青年は今にも人を殺しそうな目つきで村田を睨みながらこう言い放った。
「お前ッ!ここが何処かわかっているのか!鬼殺隊の本部だぞ!何故部外者を連れ込んだ!?」
「申し訳ありません!ですが…これは…」
「それだけじゃねえ!鎹鴉から聞いたぞ。この部外者に命を救われたらしいな!
鬼殺隊は市井の連中を守るのが役目だ!それが逆に助けられるなど隊士としての自覚があるのかコラ!!」
そう叱責されて村田は弁解することも出来ず俯いてしまった。
鬼殺隊の隊士であれば命を投げ捨て鬼と戦うことが使命。それが逆に守られるなど叱責されるのも当然だ。
そんな村田に追い打ちを掛けるかのように青年は殴りつけようとした。
「落ち着いてください。確かにお叱りはご尤もです。ですがみなさんがこの場にお集まりになったのは彼を叱責するだけではないはずですよ。
そうですね。風柱の不死川実弥さん。」
右京がこの傷だらけの青年の名を不死川だと言い当てた瞬間、この場に集った者たちが一斉に右京を睨みつけた。
「それでそちらの数珠を下げた大柄な御仁が岩柱の悲鳴嶼行冥さん。忍び姿の方が音柱の宇髄天元さん。
年少の子が霞柱の時透無一郎くん、蛇柱の伊黒小芭内さん、それに女性陣の蟲柱の胡蝶しのぶさんと恋柱の甘露寺蜜璃さん。そして水柱の冨岡義勇さん。あなた方が鬼殺隊の最強といわれる柱ですね。」
「あ゛ぁ!アンタ一体何者だ!?」
部外者かと思われていた右京が柱の存在を知っていたことに驚きを隠せない面々。
まさかこの男は鬼の内通者ではないかと蛇柱の伊黒や音柱の宇髄が疑り出した。
そして柱たちが腰元にある刀を抜き出す寸前になるなどこの場に緊張感が走った。
「…騒がしいようだけど、私の可愛い子供たち。皆よく集まってくれた。」
そこへ屋敷から見目麗しい女性と五人の幼子を連れ立った一人の青年が現れた。
袴姿で端正な顔立ちではあるが顔は痛々しいまでに皮膚が変質してしまっている。
それにこの場にいる隊士たちを『子供たち』と呼ぶこの青年は…
「 「ハッ!お館さま!ご健在でなによりでございます!」 」
先ほどまで殺気立っていた柱の面々がその場に膝をつき頭を下げながらお館さまと呼ばれる青年に挨拶を交わしていた。
この様子を見て右京はこの青年の正体に気づいた。
「なるほど、貴方が鬼殺隊を束ねる産屋敷家が当主の産屋敷輝哉氏ですね。」
まさかお館さまの正体まで言い当てるとは…
「貴様一体何者だ。事と次第によっては…」
岩柱の悲鳴嶼は念仏を唱えながらも右京に対してより一層警戒心を抱き…
「アンタみたいな地味なおっさんが俺たち柱だけじゃなくお館さまの正体まで嗅ぎつけるとは…元忍びの俺としちゃ放っておけねえな…」
音柱の宇髄は胸元からクナイを取り出して右京目掛けて今にも投げつけようと構えた。
「ひょっとしてこの人…鬼…?」
「いいえ時透くん。鬼ならば太陽の光には抗うことは出来ません。彼は間違いなく人です。」
「だからってお館さまの素性まで知っているとなりゃ只者じゃねえことは確かだろ!」
「不死川の言う通りだ。鬼でないにしても連中の回し者かもしれん。」
時透、しのぶ、それに不死川に伊黒もまた鬼が人間を使ってこの産屋敷に潜り込ませたのではないかと疑っていた。
「え?どうなっているの…これどうしたらいいのかしら…?」
そんな中で蜜璃は一人だけアタフタと動揺しており…
「…」
水柱の冨岡義勇は何を語ることもなく沈黙を貫いていた。
柱たちが右京を相手に殺気立ち今にも襲いかかろうとした時だ。
彼らの長である産屋敷輝哉は口を開いて素性の怪しい右京に対してこう告げた。
「ありがとう。私の子供を救って頂き感謝する。」
そう感謝の言葉を述べた。それもこの緊張感の張り詰めた重苦しい空気の中でとても穏やかでいて優しい声で…
その瞬間にこれまで柱の面々の緊張感が一気に解れた。
同時に今の言葉でまずすべきことがあることを思い出した。それは右京に感謝すべきことだ。
どういう形であれ右京はあの凶暴な鬼から村田を救った。それだけは事実だ。
「みんな、疑う前にまずは感謝しよう。
疑うことはあとでも出来る。けれど彼は私たちの身内を救ってくれた。その礼を欠いてはならないよ。」
そう優しく促すと柱の面々は全員で右京に対してペコリと会釈した。
お館さまの前ということもあるがどのような場合においても礼儀を欠かしてはならない。
当然のこととはいえ柱として不甲斐ないと誰もが反省した。
「いえ、人を助けるのは当然のことです。それに僕も礼儀を欠かしていました。
改めて自己紹介させてください。警視庁特命係の杉下右京です。以後お見知りおきを。」
右京が警察の人間だと知った瞬間、不死川はまたもや村田を睨みつけた。
村田もまたやばいと思ったのか再度目を逸らしてしまった。
「馬鹿野郎ッ!お前なんて面倒な真似を仕出かしてくれたんだ!!」
「ひぃ~!すいませ~ん!?」
村田はまたもや不死川から怒鳴られてしまう。
ちなみに何故怒られているのかだがそれは鬼殺隊が政府非公認の組織だからだ。
それに主な原因は彼ら隊士が扱う日輪刀。
明治時代より廃刀令が施行されたことで刀を差して街を出歩けばそれだけで警察官に追い回される。
これは柱も例外ではない。事実鬼殺隊の隊士たちはこれが理由で苦労することが多い。
…だというのにあろうことかこの本部に警察官を招いたとあっては不死川が怒鳴るのも無理もない話だ。
「まあ落ち着いてください。別にあなた方を取り締まるために訪ねたわけではありません。」
「あん?だったらアンタ何しに来たんだ。まさか興味本位で付いてきたわけじゃねえだろ。」
不死川からそう問われたが実はその通りで興味本位なのだと言えるわけもない。
ところで右京はあることに気づいた。柱の人数だ。
「…八人ですか。」
「何だよ?それがどうかしたか。」
「『柱』の画数は九、それにちなんで鬼殺隊の柱は九人いなければならない。
つまり隊士の中から選ばれた最強の九人の剣士が文字通り鬼殺隊を支える柱とされている。
ですがこの場にいる柱は八人、つまり空席があるということですね。」
この空席について劇場版鬼滅の刃無限列車編を観賞した右京はある心当たりがあった。
岩、音、風、蟲、霞、恋、蛇、水、これだけ多くの流派のある柱の中でこの場にて唯一つ不在の炎だ。
「煉獄杏寿郎さん。上弦の参との戦いで無限列車の乗客二百名と後輩の隊士たちを自らの命を懸けて守りきった炎柱。
この場にて彼のご冥福を祈ります。」
煉獄の死に目を閉じて静かに黙祷する右京。
その礼節を重んじた姿に不死川は何も言わず元いた場所に座り込んだ。他の隊士たちも皆同じだ。
煉獄に対してここまで敬意を示してくれる右京にこれ以上疑う者はいなかった。
「いい加減にしてくれ。こっちは時間が惜しいんだ。
こんな地味なおっさんはこの際後回しにしてさっさと話を始めようぜ。」
そんな沈黙の中で音柱の宇髄がようやく話を始めようと切り出した。
煉獄の不在、それに柱の招集。さらには村田まで…
ここで右京はこの招集の意図を理解した。
「なるほど、全ては那田蜘蛛山から始まっていたわけですか。」
那田蜘蛛山と言われて村田は思わず苦い顔を浮かべた。
何故なら村田にとって那田蜘蛛山での事件は苦い思い出だからだ。
「下弦の伍の累により鬼殺隊に大勢の死傷者が出た。
これまでなら死亡した隊員たちの穴埋めを柱のみなさんが補うことで人々を守れた。
ところが無限列車にて上弦の参が出現したことで煉獄さんは亡くなられた。
炎柱である煉獄さんが失われた。空席となった彼の埋め合わせとなると容易ではない。
さらに上弦の鬼が動いたことでそれに呼応するかのように鬼たちの動きも活発化している。
今回柱の皆さんが集められた理由はそのことについて改めて配置決めを行うといったところでしょうか。」
まるで最初から事態をすべて把握しているような右京の発言に柱たち一同は呆然となりながらも自分たちが集められた理由がそうであると改めて認識した。
確かにこれまでなら他の隊士の埋め合わせなら柱たちが補ってきた。
しかし柱の欠員となるとそれも容易ではない。
「それに新たな柱に任命出来るだけの隊士も今はまだいないようですねぇ。もし居ればこのような話し合いなど行うはずがありません。」
右京から更なる指摘を受けて柱たちは何も言えずにいた。
そう、もうひとつの問題は新たに柱になれる技量を持った隊士がいないことだ。
「チッ…部外者の言う通りだ…情けねえ話だがやはり隊士の質が落ちてやがる…」
「致し方あるまい。鬼殺隊は鬼への激しい恨みや憎しみを持つ者たちの集まりだがそれが力に比例するわけでもない。
個人の技量に関してはそう簡単に解決は出来ん。」
「それにここ最近は鬼たちが地味に動いているから俺たち柱もろくに継子を育てられない。
そういや継子といえば胡蝶が育てている継子がいたがそいつは次の柱になれそうか?」
「カナヲのことですか?無茶を言わないでください。確かに素質はありますがあの子にはまだ柱になるだけの技量は…」
次代を担う継子の育成がままならない現状。事態は急を要するというのに煉獄の後釜を担う後継の不在。
この現状を見て右京はそもそも煉獄の後釜を担うこと自体が重荷なのだろうと察した。
煉獄は柱の中でも一、ニを競う実力者だ。そんな彼の後釜を他の隊士で担えるほど甘くはない。
「だったらあいつはどうだ。この前の柱裁判で息巻いていた若手がいたよな。確か名前は竈門炭治郎だったか。」
そういえばと宇髄が思い出したかのように炭治郎の名を挙げた。
その名を耳にした右京はすぐに注目した。竈門炭治郎といえばこの鬼滅の刃の主人公である。
右京としても炭治郎に会えるのは喜ばしいことではあるのだが…
「…無理です。炭治郎くんは先日の無限列車で深手を負っています。そんな彼に煉獄さんの後釜など…」
炭治郎のことで深刻そうな表情で語るしのぶ。右京もあることを思い出した。
無限列車編で炭治郎は操られた車掌に腹部を刺された。あの傷は内蔵に達するほど相当な深手だったはずだ。
「炭治郎くんの容態はそんなに悪いのですか。」
「ええ、医者として少なくともあと一~ニ週間は安静にしなければなりません。
それなのにあの子ときたら運ばれてきたその日のうちに煉獄さんの生家を訪ねて無茶をして…」
しのぶの話によると炭治郎は煉獄家を訪ねた直後、しのぶによって再び蝶屋敷に入院させられたそうだ。
その後は傷が治るまで絶対安静と固く言いつけられた。
「とにかく今の炭治郎くんは絶対安静。戦いに行かせるなど以ての外です。」
最後にしのぶは駄目押しで炭治郎の絶対安静を告げた。
医者として目の前で患者を死なせるわけにはいかない。その確固たる意思を顕にした。
こうなると問題はまたもや振り出しに戻る。結局次代の柱を担う若手の隊士はいない。
こんな現状で上弦の鬼たちの動きが活発化すれば現存する柱たちで防ぐのは至難。
最悪の場合は鬼殺隊の壊滅すら有り得る話だ。だが誰からも提案はなされていない。
柱たちは勿論だが彼らを束ねる産屋敷輝哉も同様だ。誰も意見することもなく沈黙したままだ。
「無いもの強請りは出来ない。ならばいま出来ることは上弦の鬼と戦うことを過程して勝算を上げることです。
大した案ではありませんがここはひとまず柱のみなさんで二人ひと組を作ってみては如何でしょうか。」
そんな沈黙を破るかのように右京の上弦の鬼に対して複数で挑めばどうかという案。それは悪くはないものだった。
「上弦の鬼を相手に柱が一人で戦うよりも二人で戦えば勝率が上がる。確かに理に適ってはいる。」
「地味だが…まあ無難な案ではあるな。」
悲鳴嶼と宇髄は右京の案に肯定的だ。
「そうですね。これ以上柱を欠かしてはなりません。私は賛成します。」
「は~い!私も賛成します!一人よりも二人の方が心強いもの!」
女性陣のしのぶ、蜜璃の両名も納得。
「そうだな。俺たちは別に剣術の試合やってるわけじゃない。多勢で挑んでも何ら問題ねえ。」
「我らは鬼を倒せればそれでいい。」
「うん。僕たちは鬼狩りだからね。正々堂々と正面から向き合う必要もない。」
不死川、伊黒、時透の三名もこの案に納得した様子。
お館さまも穏やかな顔で納得したようでとりあえず右京の提示した案で結論付けようとするが…
「…俺は反対する。」
一人だけ右京の案に反対する者がいた。水柱の冨岡義勇だ。
「二人ひと組では各担当区域の人員を割けない。」
義勇の言うように右京の案はあくまで柱の勝率を上げるものだ。
柱が複数で行動すれば上弦の鬼を相手にしても勝算は上がるかもしれない。
だがこの場合だとこれまでの担当区域をさらに限定しなければならない。
そうなれば一般人への被害は広がる一方だ。義勇の言いたいことはそういうことだった。
「チッ!ようやく喋ったかと思えば文句とは…水柱さまは人の話に水を差すのが日課かオイ!」
「そこまでいうなら冨岡よ。貴様は何か代換案でもあるのか?文句を言うだけなら誰でも出来る。幼児にも出来る。
幼児でないなら代換案を言えるはずだ。言え。言ってみせろ。どうした?早くしないか。
それとも嫌われ者の自分が省かれるのが嫌で反論しただけか。フン、幼児以下だな貴様。」
不死川、伊黒の両名からネチネチと嫌味を言われる義勇。
しかし義勇は一言だけ反論しただけで再び口を閉ざし沈黙した。
ようやく話がまとまりかけたのにこれでは他の柱たちも呆れる始末。
「冨岡さんもう少し何か話してはどうですか。これでは不死川さんや伊黒さんが怒るのも当然ですよ。」
見かねたしのぶが助言するがそれでも義勇は沈黙を貫いたままだ。
義勇がこれでは話がまとまらない。
こうなればと思った右京はあることを語りだした。
「これはどうやらまず冨岡さんをどうにかしなければ話が進まないようですね。
そういえば以前の柱裁判でも冨岡さんにはかなりの問題があり、それはまだ解決されていません。」
「杉下さん失礼ですがその問題とは…?」
「あの裁判において争点は二点。
竈門炭治郎くんの妹の禰豆子さんが鬼であり彼は鬼殺隊の隊士でありながらそんな妹を連れていること。
これは禰豆子さんが血を拒んだことで人を襲わないと証明してみせた。
もうひとつはそんな二人のことを二年間も黙っていた冨岡さんです。前者は一応の解決となりましたが後者はまだ解決されてはいません。」
かつて竈門炭治郎が鬼と化した妹の禰豆子を無断で連れていた裁判。
既にお館さまの許しは得られたがそれでも柱の面々で納得した者は少ない。
だが柱の面々が不満に思うのは炭治郎兄妹についてだけではない。冨岡の口足らずな面についてもだ。
「冨岡さんは今から二年前に竈門兄妹を鬼殺隊に招いた。そこまではよろしい。
ですがその後あなたは二年間彼らについて他の隊士には一切事情を打ち明けなかった。
鬼との戦いにおいてどんな些細な情報でも大事です。それが戦いの決め手に繋がる状況もある。
だというのに冨岡さんは自らの意思で二年間も打ち明けずにいた。そのせいで炭治郎くんは危うく処刑されそうになり、さらにはこの一件が柱同士による諍いも生じていた。
これでは冨岡さんが仲間内から嫌われてしまうのは当然ですよ。」
改めて右京は義勇の問題点を取り上げた。
この説明を受けて他の柱たちも改めて義勇に問題があるのはわかった。
確かに義勇が人見知りな性格なのは何も今に始まったことではない。
それに個人の性格に関してはどうにもならない点も否めない。それでも本来ならもっと早く打ち明けなければならない事案を黙っていたのは事実だ。
「あの…それは…お館さまのご指示では…」
そんな中で唯一人義勇を擁護するかのように蜜璃が意見をした。
確かにお館さまは以前から炭治郎の事情を把握していた。
それに柱裁判で義勇と炭治郎の育手である鱗滝が宛てたという書状もあった。
つまり上役への最低限な報告を済ませていればとりあえずは問題ないのではないかと蜜璃は意見するが…
「ですがそれについても疑問の余地があります。
お館さまは鱗滝さんからの書状で炭治郎くん兄妹の事情を知り得たわけですが…
問題はそのことを冨岡さんはお館さまに直接話されたのでしょうか?」
この疑問について柱の誰もがまさか…といった疑いを持って義勇を睨みつけた。
「オイ冨岡…お前さすがにお館さまには自分の口で伝えたはずだよな…」
不死川がそう問いかけたが義勇は沈黙したままだ。
他の柱たちも思わず呆れながらも義勇の口足らずがここまで深刻なものだと今更ながら気づかされた。
まさかこの男…右京の指摘通りお館さまに直接伝えていなかったのでは…
「冨岡ぁっ!俺が介錯してやるからこの場にて腹を切れっ!?」
刀を取り出して本気で義勇を介錯しようとする不死川を悲鳴嶼やしのぶがどうにか宥めた。
問題事を上役に直接伝えるのと人伝に伝えるのでは大きな差がある。
ましてやお館さまは鬼殺隊の隊士たちから尊敬される御方。勿論不死川もそのうちの一人だ。
そんなお館さまにそのような無礼を平然と行う義勇を不死川が許せるはずがなかった。
「まあ落ち着いてください。ですがみなさんのお怒りはご尤もです。
いいですか冨岡さん。いくら炭治郎くんたちに特殊な事情があったとはいえ二年間もその経緯を語らなかったことについてはさすがに不義理だと思われても仕方ありません。
それに炭治郎くんが鬼殺隊に所属している以上は今後も柱の方々の協力は不可欠です。
なのに二年間もその事情を打ち明けずにいたとなれば彼が裁判に掛けられるのも当然ですよ。
どんな事情があるにせよあなたは二年前の時点でこの場にいる全員に竈門兄妹の件を打ち明けるべきでした。」
部外者である右京にここまでハッキリと問題点を挙げられてしまった。
正直なところ悲鳴嶼や宇髄は義勇の重度な人見知りに呆れ果てしのぶもまたこれ以上は面倒を見きれないと見限り不死川と伊黒は本当に介錯してやろうかと刀を抜き出そうとする始末だ。
そんな殺気立つ柱を宥めるかのように右京は更なる言及をした。
「つまり鬼舞辻無惨を倒すにはまず冨岡さんの人見知りを改善しなければならない。
そうでなければ戦いにおいて連携を取れない。これは今後の戦いにおいて明らかに致命的です。」
「けど…冨岡さんの人見知りをどうやって克服するんですか…?」
「そうですねぇ。てっとり早く話し相手になってあげればよろしいかと思います。甘露寺さんはなってもらえますか。」
右京が蜜璃に義勇の話し相手になってくれないかと相談するが隣にいた伊黒が物凄い剣幕でそれを遮った。
「冗談ではない。甘露寺にそのような酷い真似をさせられるものかっ!」
「ならば伊黒さんはどうでしょうか。冨岡さんの話し相手になってくれますか。」
「巫山戯るな!そもそも冨岡に話そうとする気が微塵もないのだから俺たちが何をしたところで無駄ではないか!」
伊黒はそう言い切った。首に巻かれている鏑丸など右京をシャーッ!と威嚇する始末。
他の柱たちも敢えて言わないが正直なところ皆同じ意見だった。
以前から年長の悲鳴嶼をはじめ何人かが義勇に話しかけてはいた。その中には勿論煉獄もいたがそれでも義勇は誰とも話し合おうともしなかった。
その後もちっとも改善しない義勇の態度に呆れ果て今では事務程度の話し合いで終わらすばかり。
だが柱裁判の一件はさすがに座視することは出来ない。ここまで深刻な義勇に敢えて話し相手になろうなどと思う者などいるはずもなく…
ここまで
令和コショコショ話
冨岡さんは>>27から凪を発動させています。
なので周りの反応一切無視です。
乙笑
「あの…俺じゃ…駄目でしょうか…」
そんな時だった。皆が沈黙する中で恐る恐る挙手をしながら名乗り出た者がいた。村田だ。
「おや、村田さんが冨岡さんの話し相手になってくれるのですか。」
「はい…同期で…選抜試験を通ったので…」
そういえばと右京は原作での話を思い出した。
あまり触れられてはいないが義勇と村田は選抜試験を通った同期だ。
それでもこの柱の面々が入り乱れる中で挙手したということは…
「必要ない。俺は一人で十分だ。」
そんな村田の助けなど必要ないと義勇は拒んだ。
「冨岡さんその態度は失礼ですよ。21歳ならばもっと相応な言動をすべきです。あなたはもう21歳の大人ですよ。」
その態度を見て右京は思わずそう忠告を促した。
他の柱たちも思わず便乗して『お前もう21歳なんだからしっかりしろ』などと言われる始末。
「みんな、義勇には私からあとで注意しておく。だからこの話はここまでにしよう。」
そんな折、お館さまがこの話を強引に締めた。気づけばかなり話が脱線していた。
しかし当初の問題に戻るにしてもやはり柱の欠員をどう補うかという難問が解決されないまま時間が刻一刻と過ぎるばかりだった。
「こうなりゃ仕方ねえ。怪我人だって構いやしねえ。隊士総動員で事に当たるべきだ。」
この沈黙を破るように宇髄がそう提言した。
どうにかして煉獄の欠員を補うには隊士全員をかき集めるしかない。
それには怪我人だろうと無理矢理でも現場に連れ出すしかないというのが彼の意見だ。
「待ってください。無理に怪我人を連れ出すなんて医者として認められません。」
「怪我人だから安静にしろ?何を甘いこと言ってんだ!
鬼殺隊の隊士になった以上は命を懸けて鬼を倒すのが使命!布団の中で死ねると思うな!」
「だからといって矢鱈滅多に捨てていい命などありません!」
「隊士が死んだところで!育手さえいればまた代わりはいくらでもいる!」
「その隊士を育てるのにどれだけの時を有すると思っているんですか!?」
珍しく宇髄としのぶが口論を繰り広げていた。
二人の意見はどちらも真っ当なものであり他の柱たちも口出しすることも出来ずにいた。
そんな中で悲鳴嶼は宇髄に焦りがあることを見抜いた。
「宇髄、女房たちの身が心配なのはわかる。だがまずは落ち着いて冷静になれ。」
「はん?悲鳴嶼さん俺が焦っているように見せるか?俺はいつだって冷静だぜ。」
「無理をするな。心配で仕方ないのだろう。」
そう、宇髄には三人の女房がいる。彼女たちは宇髄と同じく忍びで今は吉原に蔓延る鬼を調べるため潜伏中だ。
しかし彼女たちからの連絡が途絶えるようになってしまった。
そのためこの事態を打開したいと歯がゆい思いでいた。
「糞ッ!何かいい手はないのかよ!?」
これだけの面子が揃っていながら誰一人としてまともな意見が出せない。
それだけに煉獄の欠員が深刻だということだ。
「こうなればいま出来ることを限定して行いましょう。柱の欠員を補うことは出来ない。
ならばこの面子でやれることをやる。それは鬼たちの動きを牽制することです。」
「あ゛?牽制だ?どうやるつもりだよ。」
「鬼たちの頂点に立つ鬼舞辻無惨を抑える必要があるということですよ。」
右京の発言に柱たちは呆れるように反応した。この男は何を言っているのだと…
「アンタ何をわけのわからねえことを言ってる!煉獄がいねえ!それをどうするかって話だろ!話が飛躍してんぞ!」
「そうでしょうか?煉獄さんの穴埋めをするのは難しい。
ならば逆に鬼側の動きを抑え込めばいい。そうすればこちらにも余裕が出来るではありませんか。」
鬼殺隊の柱の欠員を解決出来ないのであれば鬼側に問題を起こす必要がある。
右京の言いたいことはわかった。だがそれこそ現状においては無理難題だ。
「おじさんさっきから言っていることが滅茶苦茶だよ。
鬼の動きを抑えるなんてどうやってするわけ?鬼は普段個々に動いているから一匹倒した程度で無惨を牽制なんて出来るはずがないよ。」
年少の時透が呆れながら右京の意見について反論した。
そもそも無惨は姿を隠して暗躍している。鬼殺隊はこの千年間追い続けているがまったく尻尾を掴むことも出来ずいつも地団駄を踏むしかなかった。
そんな無惨を牽制するなどどうやって行えというのか。
「単純な話です。無惨を誘き出すのです。」
「オイ待てぇ…アンタいまなんて言った!誘き出すだ?そんなこと出来るのか!?」
「出来ます。そのための案はあります。」
「そんなことが本当に出来るなら牽制なんてまどろっこしい真似する必要はねえ!隊士総動員で無惨を迎え撃ち討伐すればあの醜い鬼どもはこの世からいなくなる!!」
不死川がそういきり立ちながら断言した。
いや、不死川だけではない。柱たち全員が無惨を迎え撃つ覚悟でいた。
鬼殺隊の悲願は打倒無惨でありそれを達成させたいという想いは理解出来る。だが…
「ならばお館さまにひとつ尋ねたいことがあります。現状の戦力で無惨追討は可能でしょうか。」
柱たちがいきり立つ中で右京は敢えてそのような質問を行った。
その質問についてお館さまは覚悟を決めた柱たちの前でこう告げた。
「悔しいがまだ私たちの力では無惨を倒すことは敵わない。」
そう断言した。一体何故どうしてと普通なら誰もがそう疑問に思うだろう。
だがこれには理由がある。鬼たちの中でもさらに選りすぐりの十二匹の鬼たちで構成される十二鬼月なる上位の存在。
これまで鬼殺隊の柱は常にこの十二鬼月と戦ってきた。
だが倒せるのは下弦の鬼たちまでだ。この数百年は上弦を倒せた者はいない。
「みんなの力は認めている。だが私たちはまだ上弦の鬼を倒せていない。
だというのにその上弦よりもさらに強い無惨を倒すことは不可能だ。
この力量を埋めなければ…鬼殺隊に勝利はない。」
お館さまにそこまで断言されると柱の面々は誰一人として反論することもなく俯いてしまう。
確かにこれまで鬼殺隊は上弦の鬼の討伐を果たせずにいた。
いくら十二鬼月とはいえ上弦と下弦ではその強さは天と地ほどの差がある。
下弦であれば柱たちの実力で十分に倒せる。だが上弦となると…
「上弦…」
このお館さまの言葉がしのぶを苛立たせた。
当然だ。数年前にしのぶは上弦の弐童魔によって最愛の姉を殺された。
その敵はいまだ討てずにいる。その理由が自身の力不足によるものなど不甲斐ない。
思わず力強く握り締めた拳からは密かに血が滴り落ちていた。
「だからこそ鬼舞辻を牽制し、今一度その習性を調べる必要があります。この役目を僕だけで務めます。」
そんな柱たちが不甲斐なさを感じる中で右京はそう申し出た。
「アンタ…気は確かなのか…鬼の恐ろしさを知っているんだろ…」
「ええ、存じています。先ほど遭遇したばかりですからねぇ。」
「ならば!どうして!まさか鬼を倒す力でもお持ちなのですか!?」
「まさか、僕は単なる公僕ですよ。銃剣道の実技も刀どころか竹刀を握るのがやっとでした。」
歴戦の強者である柱たちの目に誤魔化しは効かない。
身体つきを見ればひと目でわかるが右京は鬼と戦えるような力を備えていない。
鬼殺隊でも一番階級の低い葵の剣士たち以下であるのは確かだ。
それなのに無惨を牽制するなどどうやって行うというのか?
「杉下さん、何故あなた自身で行うのか説明してくれないか。」
「まあ僕が言い出したというのは勿論ですが…
無惨の牽制を行う理由を忘れてはなりません。その理由は鬼殺隊の体制を整えること。
だというのに鬼殺隊の隊士、それも柱の方を向かわせては…これでは犠牲者が出ます。」
「ハッ!馬鹿言うな!こちとら命を捨てる覚悟で鬼殺隊に入った!今更惜しむわけねえだろ!」
「むしろ惜しんでもらわないと困ります。
唯でさえ鬼殺隊は人手不足なのです。それに鬼殺隊の最強戦力である柱。
その欠員を埋められないのであればこの戦力を維持した状態で鬼舞辻との決戦に挑むべきではありませんか。」
右京の理詰めによる説明は確かに頭では理解出来た。
鬼殺隊の隊士、それも柱ともなればこの実力を得るには血の滲む努力を欠かせない。
だが柱になれる剣士などそう都合よく現れるものではない。
そんな状況を踏まえれば右京の説明は正しいのかもしれない。
「お館さま、僕は鬼舞辻無惨と対峙します。どうかご協力願えませんか。」
自信あり気に申し出る右京。
恐らくは無惨を誘き出す策とやらに余程自身があるのだろう。
「悪いが許可は出せない。」
「何故でしょうか。理由を教えてもらえますか。」
「危険すぎるからだ。鬼殺隊の隊士以外の人間など無惨と対峙すれば瞬く間に殺される。せめて一人でもいいので隊士を付けてほしい。」
産屋敷が協力を行う上での条件がそれだった。
その条件を聞いて右京は今一度柱の面々を見回した。
すると柱たちはよもや自分が選ばれるのではないかと少々期待する様子を見せた。
「ハッ!当然この派手な宇髄天元さまだよな!」
「何を言ってやがる!俺に決まってんだろ!」
「お前たちは下がれ。無残は俺が狩る。」
宇髄、不死川、伊黒の三人は対抗心をバチバチと火花を散らし…
「え~と…あの…私頑張ります!」
蜜璃も手を挙げながら我こそはと挙手し…
「皆さんいい加減にしてください。ここは私にお任せ下さい。いくら鬼舞辻でも藤の花の毒には抗えないでしょう。」
愛刀を携えこの任務には自分が一番の適任であると断言するしのぶ。
「俺を選びなよ。一瞬で鬼舞辻を斬ってみせる。」
時透もまた自らの愛刀を握り締めて物静かで冷静な素振りでいながら自身の力を誇示した。
「南無…」
また鬼殺隊最強と謳われる岩柱の悲鳴嶼もまた実力や経験からして柱でも古株の自分が選ばれるのではないかと予想した。
「…」
相変わらず沈黙を貫く冨岡義勇。
そんな柱たちの様子を伺いながら右京は誰を選ぼうか悩んでいる様子だ。
お館さまは右京がどんな選択をするのかと少々気になったところだが…
それからテクテクと歩き出してある人物の前に止まった。
「村田さん。僕はあなたを選びます。どうか一緒に来てもらえますか。」
なんと右京が隊士の中から選んだのは村田だった。
このことは柱たちは勿論だがお館さまでさえ予想外の出来事だ。
何故柱でもない隊士を選んだのかこの場にいる誰もが意味が分からずにいた。
正直この場にいる誰もが右京の正気を疑った。
「皆さんなにやら鳩が豆鉄砲喰らった反応ですがどうしたのですか?」
「当然だ!柱でもない隊士を選ぶとはアンタ何を考えてんだ!?」
「村田さんを選んだ理由は先ほどご説明した通りです。鬼舞辻を誘き出し牽制する。
その目的は決戦に備えてそれまで鬼殺隊の損害を極力最小限に抑えるものです。」
「それはわかります。ですが何故村田さんなのですか?柱ですらない隊士が鬼舞辻と戦ったところで瞬殺されるのがオチです。」
「…でしょうねぇ。まともにやり合えば太刀打ちすることなど不可能。しかし牽制することが目的なら戦うわけではないので柱の隊士でなくても十分なんですよ。」
「馬鹿言うんじゃねえ!牽制だろうとヤツと対峙してお前らが生き残る保障なんてねえんだぞ!」
いくら牽制が目的とはいえ、あの無惨と対峙するとあっては命の保証など出来はしない。
どう考えても二人揃って殺されるのがオチだ。柱たちは挙ってそう主張するがそれでも右京はこの案に柱を関わらせたくなかった。
「柱の皆さんのお気持ちは理解出来ます。ですが冷静に考えてください。
鬼舞辻を牽制する目的は後の決戦に備えるため。今はまだ戦力を温存しなければならない。
つまりこの役割は捨て駒なんですよ。」
「捨て駒ってあなた死ぬつもりですか…?」
「いいえ、死ぬつもりはありません。生きて帰れる算段はありますよ。」
「どうやって…?鬼舞辻と遭遇して生き残れた隊士なんているはずが…」
「そうでしょうか。以前に竈門炭治郎くんは鬼舞辻無惨と遭遇しても生きていられた。何故でしょうか?」
「何故…と言われても…答えようがありません。鬼舞辻の思考など私たち人間に理解など出来ないのですから。」
右京の疑問に対してしのぶはそう答えるしかなかった。
これまでしのぶも医者の視点から鬼の習性について研究してきた。
だがどれだけその習性を研究してもその思考は常人に理解など出来るものではない。
「そうとも限りませんよ。そもそも鬼舞辻無惨とは何者なのでしょうか。
あの男は生まれながらにして人喰い鬼であったのか。それとも何らかの要因で鬼と化したのか。どちらなのでしょうか。」
「…それは勿論後者でしょう。あのような化物が人から生まれるなど絶対にありえません。」
「なるほど、ならば本来鬼舞辻無惨は人間だった。
つまり無惨が元々人喰い鬼でなく単なる人間ならその頃の習性は残っている。
現に炭治郎くんを生かして逃げたのがその証拠です。ならば付け入る隙は必ずあります。
その隙を突くことが出来れば無事に生還することも可能でしょう。」
鬼舞辻無惨の隙を突く。それこそ無理難題だ。
ここで柱たちはこう思った。やはりこの男は多少知恵が回るがその程度。
鬼の恐ろしさを全く理解していない。
「お館さま、やはりこの男は世迷言を吐いております。この様な策を行えば単なる無駄死にとなるでしょう。」
それが柱たち全員の返答だった。
右京の策は成功すれば鬼殺隊にとって有益な情報をもたらすものだ。
だが柱たちの言うように失敗する起因が多々ある。
産屋敷家の当主として、それに鬼殺隊の父としてどう決断すればよいのか。
悩んだ末にあることを思い浮かんだ。
「…キミはどうしたい。」
お館さまは村田に向かって静かにそう問いかけた。
それまでこの柱合会議を黙って立ち尽くしてばかりいた村田は突然自分に会話を振られて酷く驚いた。
これまでお館さまは鬼殺隊でも柱たちなど極一部の隊士としか会話をされなかった。
それを一般隊士である自分に問いかけてくるのだから村田にしてみれば恐れ多いことだ。
「この件に関して私はこれ以上口を挟む気はない。あとはキミ次第だ。」
「杉下さんの策が無謀だと断るもよし。」
「だけどこの策に何らかの可能性を見出して参加するのもまたよし。」
「私は強制などしない。自分で決めなさい。」
そう優しく穏やかな口調で告げられた。村田は思わず心地よい気分に陥るが…
それも束の間、柱たちの殺意にも似た視線が突き刺さった。
正直胃がキリキリ痛む。出来ることなら今すぐにでもこの場から逃げ出したい。
だがこの場で決断を下さなければならない。どうしたらいいのか。
右京の言うように鬼舞辻の動向を探る必要性は村田も理解はした。
大事な決戦に備えて敵を知るのは重要なことだ。
しかし…下手に動けば鬼たちが何を仕出かすのかわからない。
那谷蜘蛛山では大勢の死傷者が出た。それに先日の無限列車では炎柱の煉獄が亡くなった。
次に鬼たちが何をやらかすのかなど予想もつかない。
せめて自分に柱たち…いや…そこまで高望みせずとも…彼らのような…
あの那谷蜘蛛山で出会った炭治郎たちみたいな力があればよかった。
「あの…何で…俺なんですか…」
この選択に頭を悩ませながら村田は恐る恐る右京にそんな質問をした。
この場には柱がいる。それに柱でなくても鬼殺隊には炭治郎たちのような村田以上の剣士はいくらでもいる。
それなのに敢えて村田を指名する理由がわからなかった。
「その理由はあなたが勇気を持っているからですよ。」
「勇気…?」
「そう、勇気です。あなたは先ほど柱たちの前で自分が冨岡さんの話し相手になると答えてくれた。
柱たちが強面でいる中で何を考えてるのかよくわからない冨岡さんのために尽力した。これは勇気だと僕は思います。」
別にそこまで特別なことをしたわけではない。
村田が義勇を助けたのも同期の生き残りが不憫に思っただけでしかない。
それでも…右京の話を聞いて今の自分でも誰かの助けになれる。
「お館さま…俺は―――」
決意した村田はこの場にいる一同の前で自分の決断を訴えた。
ここまで 更新遅くてごめんなさい。
令和コショコショ話
ここまで右京さんがこの世界での行動とその目的を明確にしました。
無惨の牽制を行うこと。ちなみに炭次郎はこのssに最後まで登場しません。ごめんなさい。
乙乙
それから一日が過ぎた。既に日が暮れて夜となった。
辺りはすっかり暗くなり日中は何処かしらから聞こえてくる人々の話し声が不気味なほど静まり返った。
そんな中で右京と村田は人里離れた周囲に何もない広場でまるでサーカスの興行のようなかなり大きめな仮設テントを張ってその中にいた。
そのテントで右京は大量に置かれた古い書物を何度も読み漁っていた。
実はお館さまから協力を得られた直後に右京は産屋敷家が所持しているこれまでの鬼殺隊の出来事に纏わる資料を拝見することを頼んだ。
それからは大変だった。産屋敷家の倉庫を引っ張り出したり他にも過去の資料がないかと鬼殺隊の関連する場所を隈なく探し回った。
それでどうにか右京の必要とする資料を取り揃えた。
こうして右京は集中して資料を読み耽っているが傍にいる村田は先ほどからソワソワと落ち着きなく緊張していた。
「杉下さん…もう深夜過ぎですけど…本当に鬼舞辻は来るんですか…」
「来ると思いますよ。恐らく…」
「なんすか恐らくって!絶対じゃないんですか!?ていうか本当に柱の人たち呼ばなくて大丈夫なんですか!!??」
もしも本当に無惨が現れるのならやはり柱たちが総出で立ち向かうべきではないか。
そう意見する村田だが…
「これはあくまで鬼舞辻を牽制するための行いです。
それにもしも失敗して現れなければ柱という貴重な戦力を今夜この場で待ちぼうけさせることになる。
そうなれば彼らの担当地域で鬼が出たら被害者が出てしまう。そのような最悪の事態は避けなければなりませんからねぇ。」
右京の言うことにも一理ある。それでも柱を一人も配置しなかったのは明らかに無謀。
ところで村田はずっと気になっていたことがあった。
「それで鬼舞辻をどうやって誘き出すんですか。何かヤツの好物でも吊るすとか?」
「まあそんなところです。昼間の僕としのぶさんの会話を覚えていますか。」
そういえばと村田は右京がしのぶと無惨の出自について話していたことを思い出した。
確か無惨が本来は人間だったとかそんな話だったはずだ。
「鬼舞辻無惨は人間だった。それは確かです。
それでは次に以前に竈門炭治郎くんが鬼舞辻と遭遇した時のこと。
あの男は小綺麗な格好でお洒落な洋装の幼い少女と母親と思わしきご婦人を連れ添っていた。
このことからして連れの方々は相応の身分であることが伺えます。」
「へぇ、何でアンタがそこまで知っているのかは今更どうでもいいけど…その話がどうしたっていうんですか?」
「おかしいと思いませんか。鬼舞辻無惨は人喰い鬼の首魁ですよ。
鬼たちを従える絶大な力を持っているのなら人間に紛れる必要など全くない。
それなのに敢えて人間に紛れる理由があるとすれば…何かを探しているのではありませんか。」
何かを探している…?今の話を聞いても村田は何のことやらとしか思えなかった。
「それではもう少しわかりやすく説明しましょう。
鬼たちの弱点についてはご存知ですね。鬼は太陽の光を浴びると燃え尽きて死ぬ。
これは鬼舞辻も例外ではない。そうですね。」
「そうですよ…鬼の弱点は日輪刀で首を斬るか太陽の光を当てるか…それがどうしたんですか…?」
「鬼舞辻無惨はなんらかの方法で鬼と化した。
ですがそのせいで陽の光を浴びることの出来ない身体となった。いくら永遠の命を手に入れても日中は動けないのでは話にならない。
だから無惨は人を殺め続けながらあるモノを探し続けた。今度こそ本当の不老不死になれる方法を…」
ここまでの話を聞いて村田は思わず生唾を飲み込みながらさらに緊張感が増した。
「鬼舞辻無惨は千年前に鬼と化した。以来あの男はひたすら真に不死身となる方法を探した。
探し物を見つけるにはどうするか。
この大正の時代において探し物をするなら裕福な家であること。さらに物珍しい品が手に入る交易商などの職が望ましい。」
「さらに日中は表に出ず、夜だけ外に出掛ける。」
「都内某所を限定して探せば該当の人物はすぐに割り出せますよ。人探しは警察の得意分野ですので。」
さすがに警察官だけあって人探しの心得は大したものだと感心した。
だが仮に鬼舞辻の居所がわかってもその後はどうするのかとふと疑問が生じた。
「けど無惨をどうやって誘き出すんですか?」
「簡単ですよ。この書状を無惨の住処に送りつければいいだけです。」
右京は無惨に送りつけたという手紙の写しを村田に見せた。
[拝啓、鬼舞辻無惨殿。貴方に是非とも報せたい不老不死の秘薬について教えたいことがある。]
[興味があるのならば指定した場所を訪ねてほしい。]
[この話が貴方にとって必ずや有益であることを保証する。]
…以上の簡潔な文章が記されていた。
こんな手紙を読めば罠だと怪しまれる恐れがあるのではないかと村田は疑うが…
「これじゃあ…罠だと疑われますよ…」
「疑われるのは百も承知ですが理由はどうあれ自分の元にその様な手紙が送りつけられたら興味を持つはず。
要はここに鬼舞辻が来てくれたらそれでいいんですよ。」
なんと大雑把な…
しかし問題は肝心の無惨が来るのかどうかだ。周りは相変わらず不気味なまでの静けさだが…
いや、ちがった。
ふと何かの音が聞こえてきた。この音は足音だ。それもこの時代ではまだ珍しい革靴の足音。
村田はすぐに右京の方を確かめるが彼はこの場に用意した椅子に座ったままだ。動いてなどいない。
この場には自分と右京の二人しかいないはずなのに…もう一人誰かいる。それではまさか…
「………お前たちがこのような巫山戯た手紙を寄越した愚か者か。」
気づくとそこには一人の男が居た。生気の通っていないように見える青白い肌に白いコートを羽織り、全身を白い洋式の正装で身を包んだ身なりのいい青年。
それは余りにも突然の出来事だった。村田は一応厳しい修行を経て鬼殺隊の隊士となった。だから気配にも敏感な方だ。
しかしこの男はこんな至近距離に近づいて来るまで気配すら感じさせなかった。
そんな村田が動揺する中で右京は椅子から立ち上がると男の前で物怖じせずこう告げた。
「初めまして、僕は警視庁特命係の杉下です。もう一人は鬼殺隊の村田さん。
それで貴方は鬼たちの首魁であり鬼殺隊が血眼で追っている鬼舞辻無惨で間違いありませんね。」
そう右京が言ってのけると村田は膝がガクガクと激しく震えていた。
いま自分の目の前にあの男が居る。鬼殺隊なら誰もが憎むべき相手。それが鬼舞辻無惨。
だが情けないことに村田は満足に動けなかった。何故なら心が恐怖に支配されてしまったからだ。
その反動で膝を崩してその場で蹲ってしまった。
「チクショウ…なんで動けないんだよ…」
この場で斬らなければならない相手だというのに自分の身体が動かないとは…
自らの不甲斐なさに思わず悔し涙が溢れてしまう。だがその時だった。
「……情けない。侍が戦場で泣きっ面を見せるとは言語道断。」
村田の横を誰かが素通りしながらそう呟いた。誰だ…?
まさか無惨は手下を連れてきたのかと振り向いてその正体を確かめようとした。
「あ…あ…あぁ…嘘だ…そんな…」
連れの鬼の正体を確かめたと同時に村田は思わず驚愕した。
何故ならその男は端正な顔に禍々しい六つの眼があった。
まるで血のように紅く輝くその眼。これだけでも恐怖の対象だというのにさらに驚くべきことがあった。
「上弦…壱…まさか……」
そう、この男の眼には上弦壱という文字が刻まれていた。
村田は思わず目の前が真っ暗になり失神しかけた。辛うじて意識を保っているのが不思議なくらいだ。
「十二鬼月最強の鬼、黒死牟。よもや貴方までお出でになるとは予想外でした。」
右京が無惨の連れである鬼の仔細を告げると改めて村田は恐怖した。
何故なら上弦の鬼といえば柱ですら太刀打ち出来ない化物だ。
それに加えてさらに上弦の壱など村田が対峙すれば瞬きする間もなく殺されるのは明らかだ。
「まさかお二人でお越しくださるとは…歓迎します。ようこそお出でくださいました。」
この状況だというのに右京は村田とは正反対に悠々とした態度で二人を饗そうとしていた。
だがそんな右京に対して二人は冷酷な表情を保ったままだ。
正直なところ二人にしてみれば単なる人間の右京など眼中にもないといったところだ。
「フン、その余裕の態度は癇に障るな。」
そう一言呟くと無惨は指をパチンッと鳴らした。
同時に周囲に不気味な呻き声が聞こえてきた。鬼だ。それも数え切れないほど無数の鬼たちが何の前触れもなく突然現れた。
「これは戒めだ。お前たち人間がこの私に対して無礼な真似を働いた。
そこで私は考えた。今この場に五十を超える鬼たちを集めた。
集まった者たちは人の血肉に飢えている。その飢えを満たすべくお前たちを喰わせる。
腹を空かせた鬼たちは涎を垂らしながらお前たちの血肉を贅沢なご馳走のように味わうだろう。
そして喰い散らかし残った肉塊を鬼殺隊の連中に見せつけよう。二度と巫山戯た行いをしないよう戒めをな…」
無惨は冷酷な笑みを浮かべながらそう告げた。同時に村田はもうここまでだと諦めるしかなかった。
この窮地を切り抜けるなど柱ですら不可能だろう。
…終わった。そう諦めかけた。
「ひとつよろしいでしょうか。僕たちを殺してどうするというのですか。」
「今更命乞いか?往生際の悪いヤツめ。」
「確かに命乞いと言われたらそうかもしれません。
ですが無惨さま、貴方は不老不死については興味がお有りではありませんか?
だからこそわざわざ自らこの場に出向いた。それを単なる罠と無碍にするの短慮ですよ。」
短慮と…そう指摘されると無惨はほんの少しだけ不快な思いをした。
そんな無惨に構わず右京は話を続けた。
「どうでしょうか。この場に集めた鬼の方々なら僕たちを一瞬で葬ることなど容易い。
しかし僕たちが貴方にとって有益な情報を持っている可能性がある。
それだというのに殺してしまっては元も子もない。
短気は損気です。ここはひとまず話だけでもお聞きください。」
その話を聞くと同時に無惨は右京と村田を品定めするかのように睨みつけた。
無惨の眼はまるで獰猛な獣のようにギラついていた。
二人を『人』というより『餌』としか認識していないのだろう。
それから鬼たちになにやら指示を促していた。
「いいだろう。お前たちの策に乗ってやる。だが覚えておけ。その話が嘘偽りのホラ話であればこの場に居る鬼どもがお前たちに惨たらしい死を与えてやる。」
「其方こそ僕たちに傷一つ負わせればどうなると思いますか。
貴方が悲願としていた不老不死に関する品を仲間が処分する手筈になっています。
どうかこのことをお忘れなきように…」
無惨の威圧などに物怖じせず右京はそう忠告を促した。
こうして無惨は不服ながらもこの話し合いに応じることになった。
ここまで
令和コショコショ話
そんなわけで右京さん&村田さんvs無惨&黒死牟についでにその他五十匹の鬼のみなさんという圧倒的不利な戦いの始まりです。
乙乙
どうせなら煉獄さんを救って欲しかった……
そして物語は序盤に戻る。
このテントの中央にあるテーブルに四人の男たちが椅子に座っていた。
一人はこの話し合いを提案した杉下右京、もう一人は鬼たちの首魁である鬼舞辻無惨。
さらに上弦の壱黒死牟、最後に村田の四人だ。他の鬼たちはテーブルを囲うように周囲に居た。
どの鬼たちも今にも襲い出すかのように右京と村田を睨みつけている。
「ハァ…ハァ…」
村田はどうにか落ち着こうと呼吸を整えようとするが…駄目だ。
恐怖と焦りで冷静さなど保つことが出来ずにいた。
「村田さん、これを飲んで落ち着いてください。」
そこへ右京がポッドから注いだお茶を用意してくれた。
こんな時に何を…とよく見たらそれはこの時代ではまだ珍しい紅茶だ。
それもなんとも香ばしさが漂った。
「飲めば気分が落ち着きますよ。」
そう言われてひと口飲み込むと…美味しい。それにこれまで嗅いだことのない香ばしさが感じられた。
普段飲む番茶や緑茶といった類とはまた異なる美味しさだ。
このような修羅場の真っ只中だというのに思わずカップに注がれた紅茶を飲み干してしまう。
そんな村田の反応に満足しながら右京はあることに注目していた。無惨と黒死牟だ。
実は二人にも村田と同じ紅茶を用意したのだがどういうわけか二人共手をつけずにいた。
「お二人共、何故お飲みにならないのですか。せっかく用意したモノを召し上がらないとは無作法ではありませんか。」
口を付けない二人にそのような忠告を促すと二人は不快な顔で右京を睨みつけた。
「…我ら鬼は人間どもが口にするものは受け付けない。それだけだ。」
無惨は紅茶を飲まない理由を簡潔に説明した。
どうやら人間と鬼は食道器官が異なるようで人間の食べ物は受け付けないようだ。
「なるほど、このような美味しい紅茶が飲めないとは…鬼とは不便なものですねぇ。」
不快そうに語る無惨に対してまるで嫌がらせかのように美味しそうに紅茶を飲む右京。
その姿はまるで自分たち人間はこれほど美味しい紅茶を飲めるのだと自慢しているように思えてならなかった。
「フン、茶を飲めないくらいがどうした?我らは人の倍を生きられる不死の身を得ているのだ。」
「美味しいモノを味わうことの出来ない長寿など虚しいだけではありませんか。」
無惨による長寿の自慢など虚しいだけだと嫌味をあっさり返す右京。
この反応を見て無残は思った。この男とは決して相容れないと…
右京の思考があの鬱陶しい鬼殺隊そのものであるのだからまさに不快でしかなかった。
そんな右京と無惨のやり取りをオドオドと見つめる村田。
この状況だ。自分たちなどいつ殺されても不思議ではない。それに…
「…貴様…隊士か…」
そんな村田に誰かが声をかけた。すぐに振り向くとそれは…
「…聞いている。貴様は…鬼殺隊の隊士なのか…」
ゆっくりと独特の口調で語りかけてきたのはなんと上弦の鬼の黒死牟だった。
まさか上弦の鬼が語りかけてくるとは余りにも突然の出来事に思わず硬直してしまう。
しかし上弦の鬼が自分などに語りかけてどういうつもりかのか。
「…隊士ならば…何故刀を所持していないのだ…」
村田は敵である黒死牟からそんな指摘を受けた。
そう、村田がこの状況を危惧している最大の理由は右京と村田が武器を持たない丸腰の状態だからだ。
昨夜の鬼との戦いで村田は刀を折られた。鬼との戦いで刀を折られるのは別に珍しいことではない。
まあ刀鍛冶の中には自らが丹精込めて作った刀を折られたら襲いかかる者もいるというが…
その話はともかく本来なら村田も刀鍛冶の里に依頼して予備の刀を受け取るはずだった。
しかし日中は右京の資料集めに付きっきりとなり新しい刀を調達出来ずに今に至った。
「…それで…流派は…水…か。つまらん…今まで数えきれぬほど斬った。」
黒死牟は禍々しい六つの眼を見開いて村田を品定めした。結果は侮蔑しかない。
実は黒死牟だがこのような巫山戯た行いをするのだから柱と同等の実力を秘めた隊士がいるのではないかと密かに期待していた。
だがひと目見てわかった。ここに居る二人は強者などではない。むしろ強者には程遠い存在。
おまけに扱うのが水の呼吸となれば尚の事だ。水の呼吸は初心者にも扱い易いので多くの隊士がその技を使う。
さらに言うなら黒死牟が鬼になって既に数百年も経つ。その間に水の呼吸の剣士をどれほど斬ったのかなど…
そんなおぞましいこと考えたくもなかった。
「ククク、刀も貰えないとは哀れな隊士もいたものよ。」
他の鬼たちも丸腰の村田を嘲笑った。当然だ。刀を持たない隊士など鬼の餌にしかならない。
いや、刀を持っていたとしてもこれだけの鬼たちを相手にまともに太刀打ちなど出来るはずもない。
悔しいが自分の無力を情けなく思えた。
「あなた方の仰る通り村田さんにはこの場に居る鬼たちを圧倒する力を持ち合わせていません。」
右京がまるで鬼たちの意見に賛成するかのような発言をした。
まさかこの状況で唯一の味方からそんなことを言われるとは思わなかった。
「ですが彼は勇敢ですよ。少なくともこの場に居る鬼である皆さんよりも…」
右京は最後にそう付け加えた。
その言葉を聞いて驚く村田とは反対に鬼たちは今の発言に苛つきを見せた。
「よくも無礼な真似を!死にたいのか!」
するとそんな右京の態度に腹を立てた無惨の手下たちが自らの牙や爪をまるで鋭利な刃物のように尖らせて今にも襲いかかってくる勢いで睨みつけた。
しかし右京は臆する様子も見せず席から立ち上がると鬼たちを前にあることを言った。
「何故ですか。」
「何だ!今更命乞いか!」
「いいえ、そういうわけでなく何故あなた方鬼たちはそれだけの力を持ちながら鬼舞辻無惨になど従っているのですか。」
そう問われた鬼たちは思わず躊躇した。そして鬼たちは誰もがこう思った。
まさか主が居る目の前でなんてことを尋ねるのかと…
「以前から不思議に思いました。何故恐ろしく凶暴な鬼が主などを敬い従っているのか?
無惨さまの見てくれなど青白い肌をしてまるで今にも倒れそうな病人ではありませんか。
こんな病弱な男に付き従う理由がどうにも理解出来ません。」
オイ馬鹿やめろ。なんてことを言うんだ。
右京の指摘は無惨の機嫌を損ねる所謂地雷発言の連発だ。
その証拠にどうだろうか。無惨の眼が明らかに血走っている。これはいつ癇癪を起こしても不思議ではない。
こうなれば無惨の機嫌がいつ爆発してもおかしくない。最悪は右京たち人間だけでなく自分たち鬼にまで被害が出るのは確実だ。そんな不安から鬼たちは怯えていた。
「私はこの者たちを救った。だからその恩に報いるため従っている。そうだな。」
無惨がそう促すと全員が一斉にそうだと答えた。同時に無惨も機嫌を戻した。
とりあえずこれで首の皮一枚繋がった状況だ。だが鬼たちは右京に対して警戒心を強めた。
これ以上また余計なことを言う前に始末したいのだが主の無惨に止められている以上はそれも出来ない。
それどころかこれ以上まだ火に油を注ぐのでは…
「なるほど、鬼の力を得た恩のためですか。
確かにこの中には鬼の力で命を救われた者もいるのでしょう。
しかしその代償もまた命で支払わなければならないのでは余りにも採算が合わないのではありませんか。」
命の代償をまた命で支払う。その言葉に鬼たちは疑問を抱いた。一体何の話をしているのだと…
「ああ、御存知ないようですねえ。
それでは説明しますがそもそも何故無惨さまは鬼を増やそうとするのでしょうか?
あなた方を救うため?いいえ、そんなはずがない。
行きがかりに出会ったあなた方を救うほどこの男が善人だと僕には思えません。
それに鬼の力を分け与えるのは無惨さまにしてみれば本来なら不都合なんですよ。
何故なら食い扶持が減ってしまいますからねぇ。」
そう、無惨にしてみれば部下など本来は人間で十分に足りるはずだ。
何故なら他の者を鬼にするなど無惨にしてみれば負担でしかない。
自らの食い扶持を減らされ下手をすれば裏切り者の鬼が出る可能性がある。
それでも無惨はこの千年間、ある目的のために鬼を増やし続けた。
「それでは何のために鬼の力を分け与えるのか?
あなた方が御存知のように太陽を克服するため。その特性を持つ鬼を見つけるためでした。ここまではご理解頂けますね。それでは次に…この太陽を克服した鬼を無惨さまはどうやって取り込むのでしょうか。」
どうやって取り込むのかなど決まっている。その肉を喰らう。それ以外に方法はない。
「恐らく方法はその鬼を喰らうのでしょう。
無惨さまがあなた方に人間を喰らえと命じるのも太陽を克服する力を得てもらうため。
まあ誰も得られてないのが現状でしょうが…
つまりあなた方は太陽を克服した時点で無惨さまに喰い殺されるわけですか。」
「さらに付け加えるならその太陽を克服した鬼が現れた時点で他の鬼はどうなるのでしょうか。太陽を克服できなかった無能な鬼を…」
そこまで淡々と説明されて鬼たちも嫌というほど理解出来た。
今まで考えていなかったわけではない。いや、各々の思考がそれを考えないようにしていたのかもしれない。
右京は敢えて最後まで言わなかったがその答えはわかりきっている。
太陽を克服出来なかった無能な鬼の末路など殺されるに決まっている。
本来なら鬼たちも右京の言葉になど耳を傾けることなどなかった。
しかしこの話には信憑性があった。
これは鬼殺隊には知らされていないが炭治郎たちが無限列車に乗り込む直前に十二鬼月の下弦の鬼たちが一斉に処分された。
理由は下弦の鬼たちは役立たずだからという理不尽極まりないことだが…
「あ…あぁ…」
この話を聞いて鬼たちは次第に動揺を顕にした。
そう、彼らは改めて自分たちの立場を思い知らされた。
そもそも下弦の鬼たちが処分された時点で注意すべきだった。
この場に居る鬼たちは先日処分された下弦の鬼たちよりもはるかに格下だ。
つまり下弦同様に役立たずとみなされいつ処分されてもおかしくはない。
今後待ち受けるのは無惨に殺されるかさもなくば鬼殺隊に殺されるかの二択のみ。
どちらへ転ぼうとも地獄。そんな絶望的な状況に追い込まれて嘆くのも当然だった。
ここまで
鬼たちの処遇についてはほぼ本編に沿っていますが独自解釈なのでご注意を
乙乙
「………喚くな。」
だがその時、ここまで右京の話を黙って聞いていた黒死牟が六つの禍々しい眼で鬼たちを睨みつけ一瞬で制した。
これに促されたのか鬼たちもようやく冷静さを取り戻した。
「…命など惜しむな。我らは主に救われた。鬼ならばこの恩に報いるために忠義を尽くせ。」
黒死牟の発言を聞いて鬼たちはその言葉に畏怖した。
流石は上弦の壱、何時如何なる時でも冷静沈着なその佇まいは尊敬さえ出来る。
上弦の鬼たちでも長年無惨に使えるやはりこの男だけは別格だ。
主従関係を重んじ礼儀正しいその佇まいはまさに侍の模範ともいえる姿だ。
「恩…忠義…フフ…」
しかし鬼たちが尊敬の念を抱く一方で右京だけがそんな黒死牟を笑っていた。
いや、これは嘲笑だ。その笑い声は明らかに黒死牟を不快にさせるものだった。
「…貴様…何がおかしい…」
「おやおや、失礼しました。不快であったのなら謝罪します。
ですが貴方の口から恩やら忠義だのと凡そ縁のなさそうな言葉が出るとどうにも笑いがこみ上げましてねぇ。」
右京は再度口元を歪ませながら嘲笑していた。それを見て黒死牟はさらに不快な思いをした。
何故この男は嘲笑などするのか?先程の発言におかしなところはまったくなかった。
それどころか尊敬されるべき言葉のはず…それなのにどうして…
「どうやらまだわかっていないようですねぇ。
それではこれより長話になります。無惨さまには退屈なお話になるので退屈しのぎにこれでも読んでいてください。」
そういって右京は無惨に二冊の本を渡した。冠城から渡された青木が布教しているあの漫画だ。
偶然にもこの世界に持ち込んだこんでしまったが使い道があって幸いだ。
まあそんなことはこの際どうだっていい。
「…貴様…私が恩や忠義に縁がないとはどういう意味だ…」
「やはり気になりますか。それではまずどこから話すべきか…
上弦の壱黒死牟。貴方については一から言及しなければなりません。
そう、貴方が人であった頃から…」
どんな鬼だろうと人であった時期がある。それは上弦の壱も例外ではない。
この男にも人間だった過去がある。
「村田さんは霞柱である時透無一郎くんに纏わる噂を御存知ですか。」
そんなことを言われて村田はあることを思い出した。
これは本人から直接聞いたわけでもなくあくまで人伝だが時透にはこんな噂があった。
霞柱時透無一郎、刀を振るって僅か二ヶ月という最短期間で柱に就任した天才肌の剣士。
その才能について時透はある男の血筋だからではないかと噂されていた。
「鬼殺隊に伝わる呼吸術。水、炎、雷、風、土、凡ゆる派生ある呼吸術にも始祖たる呼吸が存在する。
それが日の呼吸。そしてこの日の呼吸について一人ある人物について語る必要があります。
そう、始まりの呼吸の剣士ですよ。」
「日の呼吸…育手から聞いたことが…それで霞柱さまが始まりの呼吸の剣士の…子孫…」
「そして上弦の壱は人であった頃は鬼殺隊の剣士でした。ここまで言えばおわかりでしょうか。」
「それじゃあこの鬼が…俺たち鬼殺隊に呼吸術を伝えた…始まりの呼吸の剣士…」
村田は上弦の壱こそが呼吸術の始祖でないかと疑った。
こんなことありえない。今までそんな話など聞いたことがない。
過去に鬼殺隊の隊士が鬼になった。それだけでなく呼吸術を伝えてくれた始祖たる人物が鬼と化していたとは…
そんな村田の反応を見て黒死牟は僅かに笑みを浮かべた。
「安心してください。鬼殺隊に呼吸術を伝えた始まりの剣士は聡明な方です。
決して命惜しさで鬼舞辻無惨に尻尾を振るような姑息な真似に至る愚か者ではありません。」
「それなら…安心だけど…それならこの鬼は一体…」
「それでは教えましょう。黒死牟の本当の名は継国厳勝。
かつて鬼殺隊に呼吸術を伝えた始まりの呼吸の剣士継国縁壱…その双子の兄です。」
黒死牟が双子の兄と聞いて思わず村田は安堵した。
だが始まりの呼吸の剣士の身内から鬼が出ていたことに変わりはない。
そうでなくても鬼殺隊の隊士が鬼になるなどそんなことになれば…
身内ならばその責任から腹を切らねばならぬほどの事態だ。
「…何故…私の素性をどうやって知り得た…」
「鬼殺隊に残された過去の文献ですよ。かなり昔のものなので探すのに苦労しましたがこれでどうにか当時の経緯がわかりました。」
初対面の右京にこうも自分の素性を暴かれて黒死牟は動揺していた。
何故この男は自分の素性についてこうも詳しいのだろうか疑問に思った。
ここで黒死牟はあることに気づいた。それは右京が先ほどから目を通しているボロボロになった古い本だ。
それには炎柱ノ書と記されていた。それも二十一代目と…
「炎柱…二十一代…まさかそのようなものがまだ残されていたとは…」
炎柱といえば代々煉獄家が柱を担っている。その二十一代目はかつて始まりの呼吸の剣士…縁壱と交流があった者だ。実際に黒死牟とも交流があったほどだ。
その二十一代がまさか当時の手記を残していたとは予想外だった。
「産屋敷家の方々にも御協力してもらったのですがどうにも日の呼吸の資料が少なくて苦労しました。
本来なら後世に残さなければならない大事な資料だというのにどういうわけか当時のものが殆ど残っていませんでした。
まるで誰かが意図的にそれを排除していたのでしょうかねぇ。」
右京は疑いの目で黒死牟を睨みつけた。
それに気まずく思ったのか黒死牟は目を背けてしまう。
「そうそう、ここからは貴方のことを『兄上』と呼ばせてもらえませんか。僕としてはその方がとても好都合でして。」
兄上と…そう言われた瞬間に黒死牟の六つの眼がまるで眼力だけで人を圧殺するかのような眼光を向けた。
そんな黒死牟の眼光など知ったことかと軽く受け流す右京。
村田は二人のやり取りを目の当たりにしながらもその意味がわからなかった。
「さて、兄上の話しをする前に鬼である皆さんにある質問をさせてください。それは…」
その質問は大して難しいものではなかった。少し考えれば誰でもわかるものであり子供だって答えられる。
質問内容は至って簡単だった。
【人が殺されたらどうなるのか。】
質問の内容を知って鬼たちは一斉に笑い出した。
そしてこの場に居る大半の鬼たちがこう答えた。人の肉を喰らうことが出来ると…
人喰い鬼ならば当然の反応なのだろう。
この場に居る鬼たちは大笑いする有様だ。だがそんな中で一人だけこう答えた。
「人が死んだら…哀しいに決まっているじゃないか…」
大勢の鬼たちの前で村田はそう答えた。それは人として当然の答えだ。
「村田さんその通りですよ。そう、人が死ねば哀しいと思えるのは当然です。
それではこのことを前提にこれより話を進めていきましょう。
まずはここから始めましょうか。そう、兄上が鬼と化して鬼殺隊を裏切った話から…」
「…随分と古い話をする…今更それがどうした…」
「裏切っておきながら今更とは酷い言いようですねぇ。
ですがこれでようやく確信が持てました。それでは少し話を戻しましょう。
先ほど僕は兄上の発言にあった恩と忠義について失礼ながら嘲笑をしてしまいました。
ですが何故嘲笑したのか?それは兄上が忠義を怠っているからですよ。」
「…それは…」
「そもそも兄上は鬼殺隊の隊士でした。つまり入隊したと同時に当時のお館さまに忠義を誓ったはずです。
それなのに兄上は裏切った。つまり兄上は忠義を怠っているではありませんか。」
忠義を重んじる侍であるならば主を裏切るなど以ての外。
これこそが右京の指摘する黒死牟が侍でありながら忠義を怠っているというなによりの根拠だ。
しかし黒死牟だが右京の指摘など最初から予想していたかのような軽い反応だった。
「…産屋敷に忠義などない。そもそも産屋敷は侍の主としては貧弱でそのような弱者など侍の主たる器に至る存在ではない。
主君たる者、圧倒的な強さを誇る者でなければならん。」
それが黒死牟の答えだった。
何故産屋敷家当主が短命なのか、その原因は鬼舞辻無惨にある。
無惨と産屋敷家は遠い血縁者でありその繋がりで産屋敷家にまるで神罰かのような代々続く短命の呪いがあった。
それを解くには原因たる無惨を討伐しなくてはならない。この呪いこそが産屋敷家と鬼舞辻無惨の千年前から続く果てしない因縁だ。
「なるほど、つまり産屋敷家の当主が侍の当主たる強さを兼ね備えていないから仕えるに値しなかったというわけですね。」
「…その通り、侍の主君でありたければ強さを持たねばならない。戦国の世なら当然の習わしだ。」
「確かに戦国の世ならそうでしょう。しかし兄上、貴方は産屋敷家から恩を受けていた。その恩を蔑ろにして裏切るのは侍としての矜持に反するのではありませんか。」
そこで黒死牟は思わず呆然とした。この男は何を言っているのかと…
産屋敷家に恩?そんなものあるはずがない。
確かに鬼となった者は人間だった頃の記憶がなくなるという。
だが黒死牟は人間だった頃の自我を保っている。
黒死牟は瞬時に人間だった頃の記憶を辿ったがそれでも産屋敷家に恩を受けた記憶はない。
つまり右京の言っていることはまったくの出鱈目ということだ。
「…貴様…下らぬことをほざくな。私は産屋敷家から恩など受けてはいない。」
「いいえ、兄上は産屋敷家から返しきれないほどの恩を受けています。
まあ身に覚えがないというのも無理はありません。何故なら貴方自身が受けたわけではありませんからね。」
「…どういうことだ…?」
「要するに兄上ではなく兄上の身内が産屋敷家から恩を受けたということですよ。つまり兄上の家族ですよ。」
ここで黒死牟は言葉を詰まらせた。今まで考えていなかったわけではない。
多少は思うところもあった。だが今は鬼と化した身なれば人であった頃の生活は捨てたつもりだ。何の未練もなかった。
「かつて兄上は人であった頃、侍として戦に出向いていた時に鬼と遭遇した。
配下だった家臣は全滅してたった一人となった貴方の下に弟の縁壱さんが駆けつけて窮地を救ってくれた。
このことがきっかけで貴方は鬼殺隊に入隊した。これが鬼殺隊の隊士となった経緯ですね。」
まさかここまで自分の経緯を把握している者が現在に居るとは夢にも思わなかった。
正直なところ無惨の命令がなければ目障りな存在である右京など一太刀で葬りたいところだ。
「問題はこの後です。縁壱さんが無惨さまと対峙している最中に貴方は鬼殺隊を裏切り当時の産屋敷家当主の首をはねてそれを手土産とした。
さて、それでは本題に入りましょう。先ほどの僕の質問に対して村田さんは人が死ねば哀しむとそう答えた。
これは実に正しい答えです。ですが哀しむと同時にある問題が起きます。それは罪です。」
「この場合の罪は勿論兄上が裏切り者と化したこと、そして当時のお館さまが殺害されたことに対する罪。
これは勿論兄上が咎められるべき罪ですが…同時に兄上の身内も咎められることになる。
鬼殺隊はそれだけ責務の重いのですから当然の処置でしょう。
さて、それで鬼殺隊で兄上の身内といえば…」
右京は敢えてはぐらかすような言い方をするが当時の鬼殺隊で黒死牟の身内など誰なのか言わずともわかることだ。
実弟の縁壱だ。
「縁壱さんは他の隊士から責任を取って切腹せよと責められたそうです。
まあ仕方ないでしょう。身内から鬼が出ただけでなくお館さまが殺されたのですから。
当時の鬼殺隊の隊士たちの怒りがそれほどまでに凄まじいものだったのは間違いありません。」
「…だが縁壱は生きていた。縁壱の力を失う損失を無視出来なかった故の打算。特に疑問などない。」
「確かに縁壱さんの力を失うことを恐れての配慮だった面は否めません。
しかしそうなるとやはり疑問が生じます。当時の兄上には縁壱さんの他にも身内の方がいらした。
その方々が無事ということに疑問に思えませんでしたか。」
突然縁壱以外の身内と言われても黒死牟には一体誰のことなのかさっぱりわからなかった。
縁壱以外に身内など居た覚えはない。そもそも人間だった頃の記憶など縁壱以外はすべて顔も覚えてなどいなかった。
そんな黒死牟の反応を見ながら右京は失望しながらもこう答えてみせた。
「どうやら本当にわからないようですね。
当時の兄上には縁壱さん以外にも身内がいた。継国家に残したご自身の家族ですよ。」
家族と言われてそういえばそんなのがいたなぁと朧げながらもその存在を思い出した。
しかし家族と言われても既に数百年も昔の話だ。
既に顔すら覚えてなどいない者たちに過ぎなかった。
「…継国の者たちがどうしたというのだ…」
「わかりませんか?縁壱さんや兄上は戦国時代を生きた方々です。
当時の価値観ならば仇討が横行しておりそうなれば一族郎党皆殺しに遭うのも稀ではなかったはずです。
それなのに兄上の子孫にあたる時透くんがこの時代に生きている。
もしも仇討が行われていれば時透くんはこの世に存在しませんからねぇ。これは何故か?
それは許されたからです。
当時のお館さまはこう判断なされたのでしょう。
憎むべきはあくまで鬼であるべきだと。決して人を憎むな。そう怒れる隊士たちに忠言したのでしょう。」
黒死牟にとって当時の産屋敷家など既に顔も覚えていない存在だ。
だというのに家族に手を出さなかったからといってそれがどうしたというのか。
そんなこと今の自分にはどうでもいいことだ。
「…だからどうしたというのだ…そんなことなど…」
「まだおわかりにならないのですか。
その判断を行ったのは父親を殺され幼くして跡を継いだ当時六歳の子供だったそうです。
年端もいかない幼い子供が父親の敵に対して配慮なされた。
それがどれほどつらくそして英断であったか由緒正しい侍である兄上なら御存知だと思いますがねぇ。」
「そして継国家ですがここからは僕の憶測です。
当時兄上には既に御子息がいらした。その子は一連の出来事を知りこう思ったのではないでしょうか。
父親が情けない真似をして申し訳ない。許してもらおうなんて思わない。人の命を贖えないのならせめて家を取り潰すと…そう言ったのかもしれません。
だから継国家は没落した。すべては父親の罪を贖うためだったと…」
「幼い子供たちは兄上が犯した罪をどうにか正そうとしたと何故考えられなかったのですか。」
沈黙、暫くこの場に静寂した空気が流れた。そしてこの瞬間、黒死牟の鼻から一滴の血がポタッと垂れた。
すぐにこのことに気づいた黒死牟はよもや攻撃でも受けたのかと思ったがそうではない。
右京から攻撃を受けたわけではない。だが現に血が滴り落ちている。
一体何故…と疑問に思いながらこぼれ落ちた鼻血を見て黒死牟はあることを思い出した。
この感覚には覚えがある。かつてまだ黒死牟が人間だった頃のことだ。
まだ幼かったあの日のことは今でも覚えている。あれは縁壱が家を出て行き母が死んで間もなくのことだ。
母は生前遺した日記には縁壱のことが綴られていた。
いつも母親の傍らで袖を握り締め左側にピッタリとしがみつく縁壱を可哀想な存在だと思えた。
双子の片割れでありながら生まれた時から異様な痣のせいで父親に疎まれた哀れな弟。
そう思い続けていた。だが真実は違った。縁壱は母親に甘えていたのではなかった。
縁壱には天舞の才があった。
それに母は病を患い左半身が不自由だった。だから縁壱がしがみつき母親の支えとなっていた。
そのことを黒死牟が気づいたのは母親の死後に日記を読んだ時だ。
その時の黒死牟は嫉妬で全身が焼けつくような…憎悪しかなかった。
これはあの時と同じ…いや…ちがう…同じかもしれないが異なるものがあった…
行ったのは天才の縁壱でもない…年端もいかない子供たち…
それも自分が顔すらも思い出せない忘れ去ったはずの存在…
その子らが自分の過ちを償っていたことを永い時を経て今更気づいた己と…
その事実を見ず知らずの赤の他人である右京に指摘されたことに対する醜い妬ましさだ。
「もうひとつ恩についても触れましょう。兄上は現在の産屋敷家からも多大な恩を受けています。
その恩を蔑ろにするなど侍としては恥ずべき行為ではありませんか。」
右京から更なる指摘を受けたが黒死牟は産屋敷から恩を受けた覚えなど一切ない。
こればかりは本当のことだ。何度人間だった頃の記憶を辿っても本当に覚えがない。
それなのに恩を受けたなどこれは最早言い掛かりではないかと決め付ける始末だ。
「…私は…産屋敷から…恩など…受けてはいない…」
「やはりそんな反応をしますか。
それでは教えましょう。まずこの話をするにはある少年の出自から語る必要があります。
そう、今や兄上の最後の血縁にあたる時透無一郎くんです。」
「…霞柱…何故その者の話になるのだ…」
「先ほど述べたように時透くんの家は継国の名を捨てました。その後は山に篭り木こりとして生計を立てていたそうです。」
まさか武士の家柄が木こりに身を落とすなど子孫ながら情けないと思ったが口にするのをなんとか堪えた。
どうせ言えば右京からそうなった原因は自分にあると指摘されるのはわかりきっているからだ。
「時透くんは幼い頃にご両親を亡くしました。ですが一人ではなかった。
彼には双子の兄がいました。名を時透有一郎。時透くんにとっては唯一人の肉親でした。」
「…でした?その言い方はまるで…」
「そう、有一郎くんは既に死亡しています。
ある夜、兄弟の住む家に鬼が現れて有一郎くんは殺された。遺された無一郎くんは兄を失った怒りから力に目覚めて鬼を倒した。
それが事の顛末です。」
「…話はわかった…だが…それと産屋敷に何の関係がある…」
「その直後に産屋敷家が訪ねたそうです。
鬼によって瀕死だった無一郎くんを産屋敷家の人たちが介抱してくれた。
子孫の命を助けてもらえたのですよ。これこそまさに恩ではありませんか。」
まさか子孫が産屋敷家の者に救われていたとは知らなかった。
しかしそれが何故黒死牟にとって恩であるのかがわからない。
恩を感じるべきは自分ではなく無一郎ではないのか。
「…何故私が産屋敷に恩を…これは子孫と産屋敷の問題ではないか…」
「確かにそうかもしれません。しかし前述した通り兄上は過去に産屋敷家の方々を惨殺した。
つまり当時の禍根を考慮すれば産屋敷家が兄上の子孫に当たる時透くんを救おうとするのはまずありえない。
そんな禍根があったのに産屋敷家は時透くんを救ってみせた。
当事者の兄上はこのことについてどう思われますか。」
「…いや…産屋敷は子孫の力を利用するために助けたのでは…」
「再度申し上げますが時透くんは瀕死の重傷を負っていました。
もしも産屋敷家に悪意があったのならば時透くんを見捨てていたでしょう。
付け加えて言いますがその時の時透くんは傷に蛆が湧いていたそうです。
産屋敷家に時透くんの力を利用したいという下心のみで動いていたならきっと瀕死だった彼を見捨てていたはずです。
そんな不衛生な状態だった時透くんを産屋敷家は手厚く介抱してくれたのですよ。
本来ならば兄上はこれを恩と受け取って感謝すべきではありませんか。」
右京が言いたいのは要するにこういうことだ。
本来なら無一郎は助かるはずではなかった。
黒死牟が過去に産屋敷家の者たちを惨殺した禍根を考えれば当然だ。
それでも産屋敷家は無一郎を救った。このことで恩を感じるなら感謝くらいしてみせろと…
「…巫山戯るな…」
子孫と産屋敷家の経緯を知った黒死牟はさらに鼻から血が滴り落ちた。
同時に愛刀の柄を力強く握り締め今にも斬りかかりそうな殺気を出した。
今更そんな話をしてどうしろというのか。自分には関係ない。そう言いたかったが寸でのところでなんとか堪えてみせた。
「…侍に必要なのは力だ。それ無くして侍ではない。」
力こそがすべてだとそう言い切ってみせた。
確かに黒死牟は十二鬼月でも上弦の壱という最強の地位にある存在。
そんな黒死牟から出た言葉だからこそ他の鬼たちも納得した様子を見せてはいた。
「なるほど、力ですか。しかしその力についてですが幾つか疑問に思うことがあります。」
またもやこれだ。いい加減うんざりする。
どんな犯罪者でも右京と対峙した者は誰であれ一度は思う心情。
そんな黒死牟の思いなど知る由もなく右京は自らの疑問を上げていった。
「鬼は人間より優れた力を持っている。それなのに何故鬼は鬼殺隊に勝てないのか皆さん疑問に思ったことはありませんか。」
その疑問に五十体の鬼たちが皆反応した。確かにどの鬼も一度は疑問に思えた。
だがそれは忌々しい呼吸術によるものだ。大した疑問ではないはず…
「…呼吸術の恩恵だ。そうでなければ人が鬼に適うはずがない。」
「確かに鬼殺隊には呼吸術がある。ですが対応する策はありますよ。
何故ならここには呼吸術の使い手がいるではありませんか。そう、兄上ですよ。
兄上が鬼に呼吸術を教えればいい。」
この発言に村田がすぐさま止めに入った。一体何を言っているんだ。
唯でさえ鬼殺隊は不利な戦いを強いられているというのにあろうことか敵が有利になる情報を提供するなど…
「そうだ…その通りだ…黒死牟さまが呼吸術を使えるなら我らも…」
鬼たちもこれはいいことを聞いたと嬉々とした反応を見せた。
こうした鬼たちの反応を見て村田は逆に不安を覚えた。
今でさえなんとか持ち堪えている状況なのに鬼たちが呼吸術を覚えればどうなるか。
恐らく今以上の苦戦は避けられない。
「…」
だがどうしたことだろうか。鬼たちが喜々としてはしゃいでいる中で唯一人黒死牟だけが俯いたままでいた。
まるでなにか悩んでいるような様子だが…
「そうでしょうねぇ。兄上は教えたくないはずですから。」
「…れ…」
「鬼殺隊には継子という制度があります。これは柱が自らの後継者となるべき後輩を育成するものです。
しかしどういうわけか鬼にその制度はない。あるのは十二鬼月とかいう序列のみ。
キッチリとした上下関係はあれど上役の者が下の者を育てるといった制度は一切存在しない。
おかしいですねぇ。兄上は元鬼殺隊ならば継子といかなくても鬼たちを弟子にして呼吸術を教えて更なる強化を行えたはずです。」
「…ま…れ…」
「何故か?その理由は鬼が人よりも優れていることにあるからです。
そう、鬼は基本太陽の光を浴びなければ死なない。人であれば過酷な呼吸術の修行に難なく耐えられてしまう。
そしてどんな鬼でも習得出来てしまう。だから教えることが出来なかったのです。」
「…黙れ…」
「要するに鬼の皆さんが鬼殺隊に勝てない理由は兄上にあるのです。
皆さんが呼吸術を教えれば十二鬼月における兄上の上弦の壱の地位が脅かされる。
これが鬼が鬼殺隊をいつまでも倒すことの出来ない理由なんですよ。」
「…黙れぇぇぇッ!!黙れと言っているだろうが!!」
とうとう堪えきれなくなった黒死牟が激しい怒鳴り声を上げた。
普段は冷静沈着な上弦の壱がここまで怒りを顕にした。
このことは傍から見ていた鬼たちも思わず動揺してしまう。
「黙れとは酷い言いようですね。
しかし兄上もおかしな方です。あなたが用いる呼吸術も元々は弟の縁壱さんから教えを受けたものではありませんか。
縁壱さんは誰であれ技を教えていた。」
「…やめろ!縁壱の話は…」
「そう、縁壱さんが始まりの呼吸の剣士と呼ばれる由縁は鬼殺隊の隊士たちに呼吸術を伝授したことにあります。
兄上もそのおこぼれに預かった身ではありませんか。
それなのに兄上は我が身可愛さの保身から下の者たちに呼吸術を伝授しなかった。」
「…だからちがうと…」
「そして縁壱さんが亡くなった後は念入りに日の呼吸を絶やした。
先ほど村田さんを侮蔑したところを見ると兄上は力のある者に興味津々な様子でした。
しかしこの反応はおかしい。力に興味があるならそれこそ日の呼吸を絶やすべきではなかった。
何故なら日の呼吸を絶やさなければ兄上は強者と出会える機会が多々あったはずです。
それこそあの縁壱さんと同等の力の持ち主と出会えたかもしれない可能性もありました。
その希望となる芽を兄上はこれまで自らの手で詰むんできた。」
「…巫山戯るな…縁壱と同等の力など…」
「それに先ほどの兄上が鬼たちに呼吸術を教えない理由。
この一見兄上の整合性のない行動はあることを意味しています。それは…
兄上は縁壱さんのような強者ともう一度戦いたいのではなくそこそこ強い剣士と戦い自らが勝つという充実感を満たしていた。
要するに侍ぶって戦っていたのは兄上の単なる自己満足にしか過ぎなかったわけですね。」
自己満足とそこまで言われてしまった。最早右京には不快さしか感じられない。
そもそもこの男は一体何なのだろうか。突然現れてまるで全てを知っているかのように物知り顔で自分のこれまでを否定してくる男だ。
それでも辛うじて殺すのだけは堪えてみせた。
「…だが侍には義がある…一度主君と決めた御方を裏切るなど…」
そう、全ては義だ。一度主君と決めた鬼舞辻無惨を裏切るなどあってはならない。
それこそが侍。そうあるべきだと語ろうとした時だ。
「しつこい。」
その一言で右京は黒死牟の発言を遮った。
何だ…この男は…たった一言でこうも遮るとは何事だ。そもそも話を切り出したのはそっちからだろうと…
「兄上は本当にしつこい。飽き飽きします。心底うんざりしました。」
後の決戦時に無惨が吐く台詞をそのまま引用する右京。
既に黒死牟から物凄い殺気が溢れている。そのせいで他の鬼たちも恐怖に怯えていた。
このままだと自分たちまで酷い目に遭わされるのではないか不安になっているからだ。
「兄上の行いに義などありません。何故なら最初の義を蔑ろにしていますからねぇ。」
「おや?何を言っているのだとわからない顔をしていますねぇ。
なら教えますが兄上が鬼殺隊に入る切欠となった出来事は配下の者たちを殺された仇討をするためでした。
ですがその仇討は鬼舞辻無惨の部下と化した時点で不義とされた。当然でしょう。仇討ちを行うはずが手下に成り下がったのですから行えるはずがない。
つまり兄上が騙る侍の義など最初から存在しないんですよ。」
かつて人間だった頃の鬼殺隊に入る動機すら出会ったばかりのこの男から否定された。
だがそれだけではない。黒死牟がいまだ動揺する中で右京は更なる言及を続けた。
「そう、最初から兄上が戦う理由など存在しなかったのです。
配下の方々の敵とされた鬼はとうの昔に縁壱さんが退治しているのですから…」
「兄上がすべきことは既に顔も覚えていない家族を養うことでした。」
「継国家の跡を継ぐべき長男として、一家の主として、夫として、父親として、
兄上は総ての責務を全うすべき立場にある人でした。それなのに兄上は責務から逃げた。」
「それと兄上は先程から侍などと自称していますが要はこういうことです。」
「僕はこことは異なる世界から訪れたのですが…」
「世間では大人の責務を全う出来ない者をこう侮蔑するそうです。」
「こどもおじさんと…」
―――こどもおじさん。
現代で使われる精神的に大人になりきれない人間に使われる蔑称。
本来の大人としての責務。家庭を持ち子供を育むことを放棄した黒死牟にその蔑称が当て嵌ると右京は結論づけた。
同時に黒死牟はようやく決意を固めることが出来た。
本来なら怒り狂って今にも暴れたいくらいだが不思議と冷静でいられた。
頭の中が怒りを通り越して鮮明になれるほど落ち着きを取り戻した。
それから静かにこう呟いた。
「…杉下…右京とか言ったな…貴様は…許されぬ存在だ。」
そう呟いた直後に愛刀を抜いた。
虚哭神去。黒死牟の血肉によって精製された無数の眼がある不気味な刀だ。
刀の眼が右京を射殺すかのように睨みつけてきた。
その凄まじい殺気に他の鬼たちも思わず震え上がった。
黒死牟は本気だ。主の無惨の命に逆らってまでこの男を殺す気だとそう確信した。
「…月の呼吸…」
そして呼吸術を発動させようとした瞬間だった。
ここまで
続きはまた次回
おいたわしや兄上
「僕を殺してどうするというのですか。兄上が戦うべき相手は他にいるではありませんか。」
他に戦うべき相手?そんなものいるわけがない。
この数百年どれだけの強者を屠ったことか…
右京の言動など所詮は助かりたいための戯言かと思った。
だが右京は殺気顕にする黒死牟など無視するかのようにスタスタと歩き出した。
まさかこのまま逃げる気かと思ったがちがった。このテントの出入り口に立ち止まるとこう告げた。
「ご覧下さい。これこそ本来兄上が打ち勝たねばならない存在です。」
右京がテントの出入り口を開けると鬼たちは悲鳴を上げて大慌てで逃げ出そうとした。
何故なら右京が開けた先には鬼たちが最も恐れる存在があった。そう、太陽だ。
「そうか…もう日の出の時刻なんだ…」
村田はここまでの騒動で気づかずにいたが既に夜が明けつつあった。
まだ辺りは薄暗いが空に上ろうとする真っ赤な朝日から一筋の光がテントに照らされた。
この光に恐怖した鬼たちは当てられないようにある者はテントの隅っこに、またある者は天井に張り付いたりとにかく光に当たらないよう注意した。
何故なら鬼たちにとって太陽の光に当てられたら最期、その身が消滅してしまうからだ。
「…貴様…何の真似だ…」
「先ほどから申し上げている通りです。兄上が真に対峙すべき相手を見出しただけですよ。」
「…巫山戯るな…何故私が太陽に挑まねば…」
「挑む理由は簡単です。全ての鬼たちは無惨さまから太陽を克服するようにと命じられた。
ならばまず克服すべきは鬼たちの中でも選りすぐりの十二鬼月、さらにその上位であられる上弦の壱でもある黒死牟こと兄上であるべきではありませんか。
つまりまず太陽を克服すべきは鬼の中でも最強を誇る兄上のはずですよ。」
そう告げられると同時に鬼たちからも右京の意見に賛同する者が現れた。
「そうだ…まずは上弦の壱が太陽を克服すべきだ…」
「ああ、黒死牟さまなら太陽を克服なされるはずだ。」
「上弦の壱なら…必ずや成し遂げられるはずだ。」
鬼たちも黒死牟ならば太陽を克服すると期待した。
だがそんな期待とは裏腹に黒死牟の心境は複雑だ。
このテント内に差す一筋の光。浴びればどんな鬼であろうと瞬く間にその身が焼き焦がれる。勿論上弦の壱とて例外ではない。
それにわかるのだ。身体が太陽の光を浴びることを拒んでいること。
即ち太陽を克服することは…
「まさか兄上はこの期に及んで臆しているのですか。」
そんな思い悩む黒死牟に発破を掛けるような右京の発言。
一体この男はどれだけ自分を不快に追い込めば気が済むのだろうか。
「鬼になって数百年、大勢の人たちを犠牲にしてまで生き永らえてきた兄上の目的。
それは実弟である縁壱さんになりたいがため、ならば兄上は太陽に挑むべきです。
これまでの鍛錬は全てこの太陽を克服するためにあったのではありませんか。」
右京から促されると黒死牟は再び太陽の光を目視した。
見るだけで目が潰れそうな太陽の光。その中にある男の幻影を見た。
そう、双子の片割れだった縁壱だ。
「縁壱…やはりお前か…」
太陽に縁壱の幻影を見た黒死牟は決意した。今こそ鍛錬の成果を見せる時だと…
思えばこれまでの厳しい鍛錬は今日のためにあったのかもしれない。
「…オォォォォッ…」
黒死牟が刀を握り締め息を大きく吐き呼吸術を発動させようとした。
テント内に凄まじい覇気が溢れ出し周りにいる鬼たちは遂に上弦の壱が太陽を克服する。最強の黒死牟ならばきっと太陽を制するだろう。そうした期待の眼差しで見つめていた。
「…いざっ…」
そして決意を固めた黒死牟は刀を握り締めると自らが編み出した月の呼吸を繰り出しながらテントの影を勢いよく抜け出た。
この数百年の永い時を掛けて鍛錬した技を余すことなく全力で放った。
太陽を…いや…弟を…縁壱を…今こそ超えるため…そして今こそ真の日の本一の侍になるため…
「…縁壱…私はお前に―――。」
ここまで
次回は兄上がかっちょいい活躍をします。
無惨様が空気化しておられるww
だが…
ギャァァァァァァァァ!!????
黒死牟がこのテントを出て僅か数秒経った時だ。
これまで聞いたこともない断末魔の叫びがこのテント内に響き渡った。
まるでこの世で最も激しい苦痛を感じさせる酷い悲鳴だ。
その後にテントの入口から何か黒く焼き焦げた塊がボテッと落ちてきた。
それは酷く焼き焦げており消し炭かと思われたがよく見るとそれは…
「…あ…が…あ…ぁあぁ…」
そう、その焼き焦げた塊は先ほど勢いよくこのテントを出たはずの黒死牟だ。
本来なら太陽を克服してこの場に居る者たちの前で上弦の壱たる力を示すはず…だった。
それがどういうわけか黒焦げとなり地べたに這いつくばり惨めな姿を晒している。
一体何が起きたのか鬼たちにはわけがわからなかった。
「黒死牟!どうした!何があった!?」
それに今まで右京から渡された漫画を読み耽っていた無惨もこの惨状にようやく気づいた。
すぐに駆け寄り何があったのか問い質すがまさか太陽に挑もうとしたとはなんと自殺行為かと嘆くほどだ。
「おのれ…よくも黒死牟を…」
事情を把握した無惨はけしかけた右京をまるで親の敵のように睨みつける。
だが右京にしてみれば筋違いな恨みだ。
「僕を恨むのは筋違いですよ。
そもそも僕は可能性を示唆しただけで太陽に挑んだのは兄上の意思によるものです。
ですがよかったじゃないですか。これでハッキリとわかったことがありますよ。
この数百年間に兄上が行った鍛錬とやらは全くの無駄でした。
今後はもっと有意義な行いをしていけばよいではありませんか。」
そんな素っ気ない返答に無惨もそれに当人である黒死牟も呆然とするしかなかった。
この数百年間に築き上げてきたものを全て否定された。
それもたったいま会ったばかりのこの男に…一体何さまのつもりだと…
「よくも上限の壱を…タダでは済まさんぞ…」
五十の鬼たちは黒死牟を追い詰めた右京に対して敵意を向けた。
この男は危険だ。すぐに殺さねばならない。
それぞれが禍々しい牙をそして爪を尖らせ今にも襲いかかろうとした時だ。
「黒死牟!どうした!何があった!?」
それに今まで右京から渡された漫画を読み耽っていた無惨もこの惨状にようやく気づいた。
すぐに駆け寄り何があったのか問い質すがまさか太陽に挑もうとしたとはなんと自殺行為かと嘆くほどだ。
「おのれ…よくも黒死牟を…」
事情を把握した無惨はけしかけた右京をまるで親の敵のように睨みつける。
だが右京にしてみれば筋違いな恨みだ。
「僕を恨むのは筋違いですよ。
そもそも僕は可能性を示唆しただけで太陽に挑んだのは兄上の意思によるものです。
ですがよかったじゃないですか。これでハッキリとわかったことがありますよ。
この数百年間に兄上が行った鍛錬とやらは全くの無駄でした。
今後はもっと有意義な行いをしていけばよいではありませんか。」
そんな素っ気ない返答に無惨もそれに当人である黒死牟も呆然とするしかなかった。
この数百年間に築き上げてきたものを全て否定された。
それもたったいま会ったばかりのこの男に…一体何さまのつもりだと…
「よくも上限の壱を…タダでは済まさんぞ…」
五十の鬼たちは黒死牟を追い詰めた右京に対して敵意を向けた。
この男は危険だ。すぐに殺さねばならない。
それぞれが禍々しい牙をそして爪を尖らせ今にも襲いかかろうとした時だ。
「ですがこれでもうひとつハッキリしたことがあります。
鬼たちの中で最強である上弦の壱ですら太陽を克服することが不可能。
これはつまりそれ以下である他の鬼はどう足掻いても太陽を克服することなどできないということを意味するのではありませんか。」
そう告げられると同時に鬼たちもこの発言に納得せざるを得なかった。
事実その通りだ。最強の鬼である黒死牟ですら太陽を克服出来なかったことがこの事実を物語っているのだからどうしようもない。
「…」
そんな中で唯一人、この男だけは…鬼舞辻無惨だけがこの事実に不満を持っていた。
この千年間、無惨は大勢の人間を鬼にして太陽を克服できないかと試みた。
全ては自らが太陽を克服出来るために…しかしそれが無駄であるなど納得出来るわけがない。
すると無惨は先程から何やら怯える五十の鬼たちの前に歩みだした。
それから一匹の鬼の前で立ち止まった。この五十の鬼の中で一番の大柄な体躯をした巨漢な鬼だ。
「貴様…太陽を克服できるか…?」
巨漢な鬼の前でそう問いかけた。その問いかけに対して鬼は入口から見える太陽を覗き込んだ。
駄目だ。視覚に光が入り込むだけでも気分が辛くなる。 理由は身体が太陽の光を拒んでいるからだ。
もしも外に出れば先程の黒死牟の二の舞になるのがオチになる。
いくら主の命令でもこればかりは聞き入れる事など出来ない。
「無理…出来ませぬ…」
正直にそう答えるしかなかった。いや、この巨漢な鬼だけではない。
この場に居る五十の鬼たちが同じ答えだ。
上弦の壱すら克服できなかった太陽の光。
それを十二鬼月ですらない一介の鬼如きが克服など出来るはずがない。
「そうか…ならば…」
その返答に無惨は納得した様子を見せたのか巨漢な鬼に背を向けた。
納得してくれてよかった。そう安堵したが…
次の瞬間、巨漢な鬼の身体が宙を舞った。
突然の出来事にこの場に居る鬼たちは誰もが驚きを隠せなかった。
そして巨漢な鬼はこのテントの入口まで吹っ飛ばされ…
「ギャァァァァァッ!?」
断末魔の叫びと共に身体が見るも無惨に焼け焦がれ瞬く間に消滅した。
一体何が起きたのかすぐには理解出来た。先程背を向けた無惨がこの巨漢な鬼を投げ飛ばしたからだ。
「駄目か。」
部下の鬼が死んだのにまるで他人事のようにそう呟く無惨に恐怖する残り四十九の鬼たち。
それにしてもあのか細い腕で自分よりも大柄な鬼をいとも容易くブン投げるとはやはりこの男は自分たち鬼の首魁だと改めて思い知らされた。
そんな無惨だが未だに納得していない様子なのか残り四十九の鬼たちに対してこう申し出た。
「誰でもいい。あの忌々しい太陽の光を克服する者はいないか。」
そう問われたが誰も返答すら出来ず俯いたままだ。
理由は簡単だ。太陽の光は上弦の壱ですら克服出来なかった。
それに先程目の当たりにしたがまだ完全な夜明け前だというのに太陽の光の前では下っ端の鬼でこのザマだ。
更にこの巨漢な鬼より弱い残り四十九体の鬼たちでどうなるものでもない。
そのせいで誰も返事出来ずにいた。
それでも無惨は誰か声を上げないか伺ったがそれでも沈黙を貫く鬼たちに業を煮やしたのか背中から無数の触手を出した。
「ひぃぃっ!一体何を!?」
「お前たちの煮えきれない態度はもう我慢ならん。こうなれば無理矢理でも試すまでだ。」
そう言うと無惨は四十九の鬼たちを次々とこのテントの外へと投げ飛ばした。
ある者はおやめくださいと命乞いをして、またある者は嫌だ!死にたくない!と嘆き、
さらにまたある者はこの地獄から脱出しようと必死にもがいた。
だが誰一人として主である鬼舞辻無惨に抗うことも出来ず太陽の前に焼け死んだ。
気づけばこの場には右京と村田、それに無惨と傷ついた黒死牟の四人しか残らなかった。
「あ…あぁ…あんなにいた鬼たちが一瞬で…」
当初はこの場に五十体の鬼が集っていた。その数に村田は恐怖すら感じた。
だが今はどうだろうか。あれだけの鬼たちが太陽の光により一瞬で塵と化した。
どれだけ強靭な強さを誇ろうと太陽の前では無力。
そんな不憫な鬼たちを哀れと思うように至った。
「鬼に太陽を克服することなど出来ない。いい加減この事実を認めるべきではありませんか。」
疑問に思う無惨の前で右京は簡潔にその事実を述べた。
傍らで見ていた村田はなんと命知らずなと思った。
今しがた無惨は五十体の鬼を殺し尽くしたというのにそれが怖くないのか。
「黙れ…私は間違ってなど…」
「間違っていない?何を仰るのですか。今しがた無惨さま御自身で五十体の鬼を犠牲にして証明したではありませんか。
鬼は太陽を克服することが出来ないと…」
その皮肉に無惨は不快な感じに陥った。
先程まで言及されていた黒死牟があそこまで怒り狂う感覚がよくわかる。
目の前にいるこの男は鬼殺隊の剣士と同じく自分を不快にさせる存在だと…
「もうおやめになられては如何ですか。」
「どういう意味だ…何を言っているのかわからんな…」
「言葉通りの意味ですよ。鬼は太陽を克服することは出来ない。
ならば太陽を克服することなど諦めて別の道を歩んでみては如何でしょうか。
例えばこれまで犠牲にしてきた大勢の人々に報いるために償いをするというのが僕としてはお奨めしますがねぇ。」
右京は無惨が鬼たちの首魁であることを知りながらまるで他人事のように呑気な発言をした。
そんな右京に隣にいる村田は更に動揺して怯えており、また無惨自身もワナワナと身体を震わせていた。
なんと巫山戯たことを抜かす男だろうか。
自らの悲願である太陽の克服。それを諦めるというのは何を意味するのかわかっているのだろうか。
「無惨さま、貴方が太陽の克服を諦めることが出来ない理由は自らの悲願を達成するために千年の時を費やしたからですね。
ここで諦めればこの千年間が全て無駄になると恐れている。そうですね。」
「そうだ…千年だぞ…千年もの間…私は真の不老不死を追い求めてきた!それなのに貴様は…土足で我が悲願を踏みにじるというのか!?」
「そう言われましても…この現実を直視してください。
五十体は勿論のこと、十二鬼月の最高位であられる上弦の壱の兄上ですら陽光には抗えなかったのです。
諦めきれない気持ちもわかりますがこの辺りで踏ん切りをつけておくべきですよ。」
右京は無惨にこの現実を直視しろと忠告を促した。
確かにこの千年間で無惨を含めて太陽を克服出来た鬼はいない。
本来なら右京の言うように諦めるという選択肢もあったのかもしれない。
だが無惨には太陽を克服した鬼を得る以外にもうひとつの方法があった。
「こうなると無惨さまはもうひとつの選択肢を取る必要がある。そう、貴方が最初に鬼となった不老長寿の秘薬です。」
このことに触れられると無惨はある出来事を思い出した。
まだ無惨が人間だった頃の話だ。貴族の家柄に生まれた自分は赤子の時に死ぬはずだった。
だが荼毘に付す寸前で息を吹き返した。まさに生まれながらにして休止に一生を得た身だ。
その後も成人になるまで病弱な身体に悩まされ続けた。
常に死と隣り合わせの不安な日々の苦しさなど健康な身体を持つ者には理解しがたいことだ。
そんなある日、善良な医者が現れた。
その医者は治療のためにあるモノを使い無惨を強靭な鬼へと変化させた。それこそが…
「青い彼岸花…やはりあれしかないのか…」
無惨がその言葉を呟いたと同時にこれまでこのテント内に潜んでいた一羽の鴉が外へと飛び出た。
だが無惨はそんなことはどうでもいいかと思い無視して思考を辿らせていた。
「なるほど、青い彼岸花ですか。しかしそれもこの千年間に見つけることは適わなかった。ひょっとしたらそんな花など存在しないのではないのですか。」
「ちがう!その様なことはない!断じて…」
「断じて?しかし青い彼岸花を千年間も探したのでしょう。
常人なら気の遠くなるような年月を費やしたというのにそれでもいまだに発見が敵わない。
ならば第三の選択を行うべきではありませんか。」
第三の選択と言われたてもそれが何を指すのか無惨には意味がわからなかった。
やはりわかっていないのだなと右京は半ば呆れながら無惨が疑問に思う中でその答えを伝えた。
「彼岸花自体は存在しているのならば品種改良すればいいんですよ。」
品種改良と言われても無惨はすぐに理解することが出来なかった。
無惨が理解できない理由があるとすればそれは彼が人ではなく鬼という存在に成り果てたからだ。
「例えばですが我々人間は穀物や野菜を口にします。
しかしそれらは元々野生のモノで人が食べられるような代物ではなかった。
そこで品種改良を行い人が食べられるようになりました。」
「それが青い彼岸花とどう関係する…?」
「同じことです。当時の無惨さまの担当医が所持していたとされる青い彼岸花に適した好条件な環境を整えて栽培すればいい。
そうすれば青い彼岸花を得ることが可能ではないのですか。」
このことを聞かされ無惨はこの千年間の悩みが一瞬で解決されてしまったことに複雑な心境を抱いた。
本来なら喜ぶべき場面なのかもしれない。だが…
「それにしてもどうして無惨さまは青い彼岸花を育てるのではなく発見することにこだわったのでしょうか。
僕が無惨さまの立場であれば千年もの時があれば発見することよりもまず育てることから着手するのですがねぇ。」
「何が…言いたい…」
「それでは改めて言わせてもらいましょう。
この千年間で無惨さまが青い彼岸花を育てるという発想に至らなかった理由は唯一つ。
貴方が奪うことしか考えられなかったからです。」
右京が何を言っているのか無惨には意味がわからなかった。
奪って何が悪いというのか。全ては自分の思うがままだ。
この世に生を受けてから千年間、鬼舞辻無惨はその様な傍若無人な振る舞いで生きてきた。
だがそれこそが青い彼岸花を得られない大きな原因となっていた。
「人の生き方と同じです。親が子を育てその子が成長して親となり子を育てる。
それが成長です。しかし鬼はそれが敵わない。不老不死によりひとつの考えにのみ囚われてしまう。
本来なら成長すべき思考が止まっているからです。
無惨さまは不死が恩恵だとお考えのようですが僕にはそうは思えません。
未来永劫ひとつの考えに囚われるなどこれでは恩恵ではなく呪いではありませんか。」
呪い…不死が呪いだとそう告げられた。
この不死が呪いであってたまるものか。むしろ呪いを受けているのはお前たち人間だ。
死という呪縛に抗うことの出来ない無価値な存在にしかすぎないではないか。
死を超越した鬼こそ至高の存在だと理解出来ぬというのならば最早問答など無用。
そう判断した無惨は手から鋭利な爪を尖らせた。
まるで刀のように鋭い切っ先が右京に向けられた。
「死ね。」
唯一言それだけを告げると無惨はその爪を持って右京を切り裂こうとした。
傍らにいた村田が急いで右京を庇おうとするが間に合わない。無惨が繰り出す攻撃に一般の隊士にはどうすることも出来なかった。
だが村田にはわからなかった。何故ここまで生かしておいていきなり殺そうとするのか。
その答えは余りにも単純、堪えきれなくなったからだ。
無惨は一応の興味があってここまで生かしたが不死が無意味だとほざく右京の妄言をこれ以上聞く気にはなれない。
不老不死の秘薬について情報があるなど言っていたがそれだって法螺話だろうと決めつけたが…
「ならばあちらをご覧下さい。」
まさに無惨の爪が右京を切り裂こうとする寸前だった。
右京は外を指した。このテントの出入り口、その外には夜明けの日差しに照らされながら一輪の花が咲いていた。
その花はまるで透き通るような青い花びらが朝日に照らされながら幻想的に美しく咲き誇る一輪の花。
「あ…まさか…そんな…こんなところにあったというのか…」
攻撃をやめた無惨はまるでその花に吸い寄せられるかのようにフラフラと歩き出した。
右京が無事で村田はホッとひと安心するがそれにしても無惨に何が起きたのか?
そこで無惨が何処に向かって歩き出しているのかその先を見てみると外にある花が咲いていた。
それはこの世のどの花よりも美しく咲き誇っていた。
「青い彼岸花…ようやく巡り会えた…」
青い彼岸花。先程の話に出てきた過去に無惨を鬼と化す原因となった花。
それがどうしてここにあるというのか。
いや、そんなことはこの際どうだってよかった。それよりも問題は無惨だ。
あの花を無惨が手にするということは完全な不老不死となることを意味していた。
だが無惨はテントの出入り口まで着くとそこで歩みを止めた。
「おのれ…目の前にあるといのに何故…」
無惨は目的の青い彼岸花が目の前にあるというのに手に取ることが出来ずにいた。
理由は簡単。無惨が太陽の光を浴びれば死ぬからだ。
「黒死牟!青い彼岸花を取ってこい!」
そう命じたが黒死牟は先程陽光に焼かれて片腕と両足が消失していた。
残った上半身と右腕ではまともに動くことは出来ない。
「他の鬼ども!誰でもいいから行け!」
他に五十体の鬼たちに命じようとしたがすぐに気づいた。
そういえば今しがた連中を始末してしまった。
唯でさえ使えない下っ端だというのにこういう時くらい役に立てればいいものを…
部下たちが使えないとなれば方法は唯一つしかなかった。
「人間ども!行け!さっさと青い彼岸花を取ってこい!!」
「嫌です。僕たちは無惨さまの命令を聞く筋合いはありません。」
「戯言を抜かすな!殺されたいのか!」
「そうしたければどうぞお好きになさってください。
ですが先程も忠告しましたが僕たちを殺そうとすれば青い彼岸花を失うことになります。
僕たちに傷でも負わせば仲間が青い彼岸花を処分する手筈になることをお忘れずに…」
そういえばと無惨はこの話し合いが始まる際に右京から聞かされた注意を思い出した。
なんと厄介なことだろうか。
目の前に長年探し求めていた青い彼岸花があるというのにそれを忌々しい太陽の光が遮っているとは…
夜まで待てば普通に手に取れるがそう簡単に行くはずがない。
その間に右京たちがここから青い彼岸花を遠くに移すに決まっている。
そうなれば二度と手に入れることが敵わなくなるかもしれない。
それにこの千年間の苦労がようやく報われたのだ。
だからこそいまこの瞬間にこそ青い彼岸花を奪取する必要があった。
「そんなに欲しければご自分で取りに行けばよいでしょう。」
「なん…だと…?」
「欲しいものが目の前にあるのならば御自身の手で取りに行けばいい。簡単なことですよ。」
自分で取りに行けなど冗談ではない。既に夜明けだ。
鬼が自由に外を闊歩出来る時間は終わった。人間どもが外を往来する時間だ。
全くもって忌々しい。鬼舞辻無惨の唯一の弱点が太陽の光。
それを克服したいというのにその光の中に入らなければならないとは…
このテントから青い彼岸花がある場所まで距離はおよそ50m程度。
普通の人間ならどうということもないが太陽の光が弱点の鬼にしてみれば地獄でしかない。
だがこうなれば覚悟を決めるしかない。
「オォォォォッ!」
覚悟を決めた無惨はテントを抜け出た。
すると陽の光に照らされて身体が炎に炙られるかのように燃え出した。
痛い…苦しい…このままではもたない…
情けないことに無惨はテントから出て距離10mのところで跪いてしまう。
まだ青い彼岸花には手が届かない。だがこのままでは焼け死ぬだけだ。
こうなればと無惨は最後の手段に出た。
「グガァァァァァァッ!!」
なんと無惨は弱体化するどころか最後の力を振り絞り己の肉体を巨大化させた。
その姿は生まれたばかり赤ん坊を思わせるような不気味な姿。
体積を増やしたことで本体である自分を肉の中に隠して太陽の光を遮ってみせた。
だがそれでも時間はない。恐らくこれでも1分が限界だろう。
急がなければと無惨は青い彼岸花に手を伸ばそうとした。
「待て!そうはさせるか!」
そんな無惨の行く手を阻もうとする者がいた。
それは炭治郎でもなければ鬼殺隊精鋭の八人の柱たちでもない。
この場に居る唯一人の鬼殺隊の隊士である村田だ。
そんな彼が一人で巨大化した無惨の前に立ちはだかった。
「邪魔だ退け!」
「駄目だ!退いてたまるか!」
村田はその身を呈して無惨の行く手を阻んだ。
この土壇場に来て村田の行動は無惨にとってかなり致命的だ。
こうして立ち止まっているだけでも刻一刻と肉体が消失していく。
普段ならこのようなヒラの隊士など一瞬で葬れた。
だが今は力を使って体力を消耗することは避けたい。
それだけこの太陽の光の下では無惨は無力に近い存在だった。
「何故だ…柱でもない隊士が…お前如きが何のために…私の行く手を阻むのだ…」
窮地の無惨は村田に対してそう告げた。
何故大した力もない隊士が命を懸けるような真似をするのか無惨には理解できなかった。
「俺だって…鬼殺隊の隊士だ…」
「そりゃ…炭治郎や…柱の人たちより力は劣っている…」
「けど…だからって…俺がここで引き下がっていい理由にはならない…」
「今この場には俺しかいない。だから…柱でなくても…」
「俺がここで立ち向かわなきゃいけないんだ!!」
もうここが正念場だ。
覚悟を決めた村田は特攻覚悟で無惨をこの場に押し止めようとした。
だがそれは無惨も同じだ。長年探し求めた青い彼岸花を前にしてここで引き下がるわけにいかない。
こうなればと肉体の負荷を覚悟でその巨椀で村田を押し潰そうとした。
「危ないっ!」
そんな村田を右京が間一髪で救ってみせた。
だが同時に無惨は青い彼岸花を手にしてしまった。
巨大化を解いて元の姿に戻ると太陽の光に照らされながらようやく手に掴んだ青い彼岸花をゴクンッと口に一呑みで吸収してみせた。
「フハハハハハ!やったぞ!これで私は真の不死身と化したのだ!!」
青い彼岸花を体内に取り入れ、千年間の宿願を果たした無惨はそう高らかに宣言した。
千年間の苦労がようやく報われた。その歓喜からこれまで保っていた冷静さを取り繕うこともなくこの場にて上機嫌に高笑いする無惨。
「おしまいだ…これでもう誰も…無惨を倒すことは出来ない…」
対して村田はこの状況に絶望するしかなかった。
これで鬼たちの首魁である無惨の唯一の弱点が克服されてしまった。
恐怖と絶望で目の前が真っ暗になり最早俯くしかなかった。
これから無惨がやることなど決まっている。まず手始めに自分たちを喰い殺すのだろう。
その後は鬼殺隊の…産屋敷家を探し出し…柱どころか…お館さまを殺す…
もう考えるだけでもおぞましい。
無惨は罪悪感も無く昼も夜も関係なく人を殺し続ける。
そんな大惨事などなんとしても止めてみせたい。だが無理だ。
村田は今ほど自分の無力さを恨めしく思わずにはいられなかった。
「フフ…フ…う…ん…?」
だがそんな時だった。青い彼岸花を吸収したというのにどういうことだろうか。
太陽に焦がれた肉体の再生が行われていない。いや、ちがう。肉体の消失が進行している。
どういうことだ。何かがおかしい。
青い彼岸花を吸収したというのに何故このようなことに…?
「どうやら上手く罠に引っ掛かってくれたようですね。」
するとこれまで状況を黙って静観していた右京が無惨の下へと近づいてきた。
「貴様っ!これはどういうことだ!」
「まだわからないのですか。その青い彼岸花は偽物ですよ。」
「偽物…だと…?」
「そう、偽物です。無惨さま覚えていますか。
先程貴方が僕と口論していた最中に無惨さまは青い彼岸花について口にした時のことです。
その際に一羽の鴉がテントから出て行ったではありませんか。」
そういえばと無惨も朧げに思い出した。
確かに一羽の鴉がテントから飛び出したが無惨にはどうでもいいことだと思い気にもとめなかった。
だがそれがどうしたというのか?
「あれは鬼殺隊の伝令を務める鎹鴉。
実は今回何故無惨さまを誘き出したのかですがそれは貴方が探しているモノを知るためでした。
そう、青い彼岸花ですよ。」
まさか…無惨は鬼になってから久方振りに顔を青ざめた…
この感覚には覚えがある。あの男…かつて自分を窮地に追い込んだ…忌々しい剣士と対峙した時と同じ感覚だ。
「この罠を成立させるためにはどうしても無惨さまから不死の秘薬について口にしてもらう必要がありました。
だからこうして誘き出した。そして青い彼岸花と口にした後は鎹鴉が報せた後はこの周辺に待機している隠の方が青い彼岸花の偽物を用意する。
まあ短時間でなんとか準備を整えてくれた隠の方にこの場にて感謝申し上げます。」
右京からここまでの種明かしをされても無惨は呆然とするしかなかった。
つまりはこういうことだ。無惨はまんまと誘き出されたということだ。
「俺…何も知らなかったんですけど…」
「申し訳ありません。この罠を成立させるには味方に知らせるわけにはいきませんでした。
ですが村田さんの行動のおかげで無惨さまはまんまと騙さてくれました。」
まさに敵を欺くには味方といったところだろうか。
本来ならどうして本当の事を言ってくれないんだと咎めたいところだが無惨を窮地に追い詰めたのならそのようなことはどうだっていい。
この千年間、人々を喰い殺してきた恐るべき鬼舞辻無惨。
それをようやく弱体化させられたのだから大した成果だ。
「この嘘吐きめ…よくも騙したな…」
村田が嬉々とする中で無惨は憎たらしく恨み言を吐いた。
確かに無惨にしてみれば騙し討ちになるのだろう。だが…
「確かに無惨さまの仰る通りです。
ですが僕が青い彼岸花に関する情報を持っているのは本当ですよ。
この場には本物を用意することなど出来ませんが生えている場所を教えることは出来ます。」
「ならば教えろ!何処だ!何処にあるというのだ!?」
「それでは教えましょう。かつて縁壱さんがかつて奥方と過ごされた家にそれは咲いていました。」
青い彼岸花の咲く場所を知って無惨は絶句した。
何故ならこの千年間探し求めていたモノがよりにもよってかつて自分を傷つけた男の住居に咲いていたなどこんな話があっていいのだろうか。
こんな話など嘘だと思いたい。だが…無惨は右京が嘘をついていないとわかっていた。
先程は偽物とはいえ青い彼岸花が目の前にあったために冷静さを失っていたが今なら人間の虚偽の有無を判別することが出来る。
右京の言っていることは紛れもなく事実だ。だからこそこの事実を忌々しく思えた。
「………縁壱に妻がいたのか…?」
そんな中、この話を知ってもう一人動揺を隠せない男がいた。黒死牟だ。
陽光で負った酷い火傷の身体を周りにあったボロ布で身を覆いなんとかこちらへと近づいてきた。
いくら布越しでも日中での行動は鬼にとって地獄でしかない。
だが今の黒死牟にしてみればこの苦しみよりも縁壱に妻がいた事実が何よりも重要だった。
「やはり気づかれてはいなかったのですね。」
そんな黒死牟に右京は失意に似た感情でそのことを肯定した。
それから右京は縁壱についてあることを語り出した。
「かつて縁壱さんは双子の因習とそれに額の痣が原因で父君に疎まれてしまい寺へと送られました。
しかし縁壱さんは寺へは行かずそのまま行方知れずとなった。ここまでは兄上もご存知の経緯です。
その後、寺へ行かなかった縁壱さんはある少女と出会いました。うたという娘です。
天涯孤独でありながら明るい性格のうたさんに惹かれた縁壱さんはその後夫婦として生活を営むようになった。」
縁壱とうたの夫婦生活を淡々と語る右京。
幼い頃に出会った二人はそれから一緒に暮らすようになり十数年後には夫婦となった。
やがてうたは縁壱の子を妊娠した。だが…
「うたさんは殺されました。そこにいる無惨さまの手によって…」
そう、出産のために縁壱が産婆を呼びに行こうとした時のことだ。
縁壱の留守中にうたはお腹の子供諸共無惨の手によって惨殺された。
その際に縁壱は亡き妻と子の亡骸を十日ほど抱えていたという。
その後、無惨を追って訪ねてきた当時の煉獄家の者の紹介で縁壱は鬼狩りとなった。
以上が縁壱の鬼殺隊に入隊した動機だった。
「…縁壱に…妻…と…子が…それも殺されて…」
縁壱が鬼殺隊に入る経緯を知った黒死牟の動揺は更に増した。
知らなかった。まさか縁壱に嫁がいたなど予想すらしていなかった。
かつて自分が知る縁壱は何を考えているのかわからない朴念仁のようだった。
それが人並みな家庭を築こうとしていたこと、それを無惨によって打ち壊されたこと。
まさかそれを縁壱の死後、数百年してからようやく知らされるなど思ってもみなかった。
「何で…驚いてんだよ…」
そんな動揺する黒死牟に村田が思わずそんな言葉を掛けた。
「俺たち鬼殺隊はみんなお前ら鬼に大事な人たちを奪われた。」
「その人たちの無念を晴らすためにみんな戦っている。」
「俺のように非力なヤツだって…なんとか役に立とうと鬼と必死に戦っている。」
「なんだよ…アンタだって元は鬼殺隊だろ…それなのにどうして…今更気づくんだよ…」
「アンタは一体何のために鬼殺隊に入ったんだよ!?」
村田からそんなことを問われて黒死牟は思わず目を背けてしまう。
情けない。こんな大したこともないヒラ隊士に何を怯えている?
いや、別に怯えてなどいやしない。だが何か気まずいものを感じてしまう。
それに何のために鬼殺隊に入っただと…?
そんなのは決まっている。それは…
「兄上はチャンバラごっこがしたくて鬼殺隊に入ったんですよ。」
そんな黒死牟に代わって右京がそう答えてみせた。
待て、この男は何を言っている?チャンバラごっこだと?
「チャンバラって…子供の遊びの…?」
「ええ、そうですとも。
兄上は一応部下の敵討ちという建前で鬼殺隊に入隊しました。
しかしその実、やりたかったのは縁壱さんから剣技の教えを受けるためでした。
つまりこの時点で兄上には命を賭して人を守りたいという意思がなかったことになります。
やりたかったのは剣の腕前を高めて遥かな高みに登りたいという見当違いな動機でした。
要するにチャンバラごっこですね。」
「そんな巫山戯た理由のせいでどれだけ大勢の人たちが犠牲になったと思っているんだ!?」
右京と村田から責められる黒死牟。
唯でさえ陽光による火傷で瀕死に陥っているというのに更なる責め苦を受けるとは…
それにしても何がチャンバラごっこだ。確かに剣技を高めようとしたのは事実だ。
だがここまで責められる道理はない。そう憤りを感じていた時だ。
黒死牟の手元からあるモノが落ちた。それは先程無惨が読んでいた例の本だ。
実は黒死牟だが右京と無惨が対峙している間に傷の痛みを紛らわそうとその本を読んでいた。
「そういえばその男もそうでしたねぇ。」
右京は落ちた本を眺めるなり浸るような目をしながらあることを語りだした。
そう、これは本来なら今回の物語とは一切関係のない話だ。
「僕はこの時代とは異なる未来の世界からの訪問者です。
僕の住む世界において皆さんは鬼滅の刃という物語に出てくる登場人物でした。
鬼に家族を惨殺された主人公の竈門炭治郎くんが唯一人生き残った妹を元の人間に戻すため、それに鬼によって苦しむ人たちを助けるための冒険譚でした。」
心優しい少年、竈門炭治郎が主人公の鬼滅の刃。
どんなに苦しくてもいつも笑顔を絶やさない明るく長男としての責任感のある炭治郎。
それに仲間の善逸や伊之助たちと励まし支え合い鬼と戦う姿は多くの読者を勇気と感動を与えた。
誰もが愛してやまない鬼滅の刃。
そんな読者たちの期待に応えるかのように炭治郎たち鬼殺隊は多くの仲間を失いながらも見事に無惨を倒して物語は華々しい最終回を迎える…はずだった。
「そう、鬼滅の刃の最終回が少年ジャンプに掲載された時のことでした。
ある新連載が掲載誌の表紙を飾りました。名は……この際どうでもいいでしょう。
その漫画は一言で表すなら不快でした。」
その作品は鬼滅の刃の最終回という誰もが注目する中での最高のスタートを切った。
だが結果は思わしくなかった。一話目から大勢の読者が不快感を顕にした。
主人公の余りにも常識外れでずる賢い姿は鬼滅の刃に出てくるある登場人物を思わせるほどだった。
「半天狗みたいな男だった。」
無惨と黒死牟は主人公について揃って同じ感想を述べた。
実際その通りだった。誰もがこの主人公を半天狗だと罵った。
己の過ちを最後まで認めず責任から逃げ続けた主人公を誰も愛さなかった。
その結果、この漫画はたった三ヶ月の連載期間を持って終了となった。打ち切りだ。
「話が脱線してしまいましたが要はこういうことです。」
「鬼となった者は誰もがこの漫画に出てくる主人公と同じなんですよ。」
「自らの過ちを認めることが出来ず、醜態を晒し続ける。」
「つまり鬼とはこの男の…」
右京が何かを告げようとした直後だ。黒死牟は目の前が真っ暗になった。
先程まで居た場所とは全く異なる空間にいた。
そこは光など一切ない闇に包まれた虚無の世界。辺りを見回しても何もない。
一緒に居たはずの主の無惨も、それに右京と村田もいない。居るのは己のみ…
ひょっとしてここはあの世ではないのだろうか。
陽光に焦がれた肉体が限界を迎えて呆気なく死んだのか。
そう考えた黒死牟はもう一度辺りを見回したがやはり誰もいない。
もしもここがあの世ならば縁壱ともう一度…と淡い期待をしたがそう都合よくもいかないものだと落胆した時が。
『…』
男が居た。見たこともない男だ。誰だこの男は…と一瞬身構えた。
だが男に生気が感じられない。その証拠に眼がまるで抉り取られたかのような闇に包まれていた。
自分と同じく鬼かと思えたがそのような気配も感じられない。
もしこの場所があの世とこの世の狭間であれば…この男は行き場を失った哀れな亡者なのかもしれない。
そんな亡者の見てくれだが髪はボサボサで簡素な服装だが至るところに汚れが付着して身体も長いこと風呂に入っていないのか汚れも酷く不衛生極まりない。
こんな見てくれだけでも不快な亡者だ。それに気になるのは亡者の挙動だ。
亡者はこの虚無の場所で何故か置いてある机で何かを一心不乱に描いていた。
そんな亡者の周りには大量の紙の束が置かれていた。
気になった黒死牟がそれを手に取って見てみると…
「…つまらん。」
一言そんな感想だけを口にした。ちなみに亡者が描いていたのは漫画だった。
荒唐無稽な内容で奇を狙いすぎて読者置いてけぼりの展開ばかりが目立つものばかり。
要するに自己満足の域を出ていないということだ。
すると亡者が反応した。亡者は黒死牟をジッと睨みつけた。
『あ゛』 『あ゛』 『あ゛』 『あ゛』 『あ゛』 『あ゛』
まるでこの世のものとは思えない奇声を発した。
気味の悪い奇声に思わず怯む黒死牟。
その奇声にはまるでこの世の全てに対する恨みと憎しみといった負の感情が込められているのが感じられた。
『俺ノ漫画…面白イ…ソウナンダ…』
それから亡者は自分が描いた漫画が面白いのだと独り言を呟きだした。
いや、どう読んでも面白いとは思えない。
恐らくこの亡者は死後もこの暗闇の世界で延々と漫画を描き続けたのだろう。
だが自分以外に評価を下す人間がいないのでそれが客観的に見て面白いと判断が出来なくなっていた。
誰か一人でも注意する人間が居ればまだ読めた書物になれたはずだというのに…
『ソウダ…俺ハ…漫画家ダッタ…』
『俺ハ…漫画ノ主人公デ…ヒロインモ救ッテミセタ…』
『ナノニ…ミンナ…俺ヲ否定シテ…』
『本当ハ…俺コソガ…無限列車ダッタノニ…』
『発行部数ハ…二億部デ…歴代邦画一位デ…400億ダッタ…』
『俺ガ…俺コソガ…』
亡者の支離滅裂な発言は黒死牟には全く理解しがたい内容だった。
だがそれが何かに対する恨み言であることだけはわかった。
これだけのおぞましい執念だ。もしこの場に主の無惨がいれば亡者を鬼に誘っていたかもしれない。
そう思っていた時だ。亡者が黒死牟に一歩、また一歩と近づいてきた。
一体何をする気だと警戒するが亡者は黒死牟の耳元まで近づくとこう囁いてきた。
『見ツケタ…俺ノ…―――』
そこで意識が途切れた。
目を覚ますとそこには右京たちがいた。どうやら一瞬だけ気を失っていたらしい。
身体中に感じられる痛みと苦しみにこれが現実だということを実感させられることに苛立つが…
そんな黒死牟のことなどお構いなしで右京は先程の続きを告げた。
「―――同類。兄上はその漫画に出てくる主人公の同類です。」
それが右京から告げられた言葉だった。
同類…そう聞かされた黒死牟は自分の手元から転げ落ちた漫画に目を向けた。
先程あの暗闇の世界で遭遇した亡者は紛れもなくこの漫画の主人公だ。
情けなくて身勝手で自分の過ちを認められず不快感しかない男が自分の同類…
鬼と化して数百年、弟の縁壱のような侍を目指したはずが…まさか…
そのことを告げられた黒死牟は呆然とするしかなかった。
ここまで
そろそろこのssも終わらせたいと思います。
乙乙
乙です。そろそろ終わりと言う事は右京さん元の世界に戻るのか
このSSまとめへのコメント
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