男「小説家を殺ろう」 (22)
男(今日は≪フレッシュ小説大賞≫の発表日……)
男(頼む……俺の名前あってくれ! 頼むっ!)
男「……」
男「……」
男「ない……!」
男「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
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男(思いきって出版社に持ち込んでみたこともあった――)
編集者「ん~……」ポリポリ
男「いかがでしょう?」
編集者「うん、文章はね。うん、文章は悪くないよ。技術はある。でもね……なーんか足りないんだよね」
編集者「プロになるには、あと一歩二歩三歩がさ……」
男「何が足りないんですか!?」
編集者「なんだろう、上手くいえないけど……とにかく君はアマチュアレベルなんだよ」
男(わけの分からないアドバイスを……)
男(プロとアマの差……いったい何だってんだ!)
男(書店に寄ると……)
『作家○×の新作登場!』
男(あいつ、また新作出すのか……絶好調だな)
男(“あいつ”はかつて俺の親友でありライバルだった)
男(一緒に小説を書き、お互い読み合って感想を言い合ったり、賞に応募したりした)
男(結局あいつは見事プロ作家となり、俺は今でもこのザマだが)
男「……」ペラペラ
男(あいつの小説を買って読んでみた)
男(面白い。だが、俺の目から見ても粗はあるし、文章力や構成力が俺より上とも思えない)
男(だけど、たしかに……“差”は感じる)
男(あいつにはあって、俺にはないものは確実に存在する)
男(それがなんなのか分からないから、俺はいつまでも足踏みしてるわけだが)
男(あいつが憎い。妬ましい)
男(俺を置き去りに、プロの作家として花咲いたあいつを許せない)
男(俺の中にある決して発散されることのない黒い情念は、時間と共に蓄積され、熟成されていく)
男(やがて――)
男「あいつを……殺してやろうか」
男「そうだ……あいつを殺そう」
男「俺にはそうするだけの権利がある」
男「だって、能力はほぼ同等な俺とあいつが、ここまで差がついてしまうのは余りに理不尽で不公平じゃないか」
男「それに……」
男「実際に“殺人”なんてやったら、それはきっと大きな経験値になる!」
男「小説にも生かせるはずだ!」
男「あいつを踏み台にして、俺は傑作を書くんだッ!」
男(そうと決まれば、どうやって殺るか考えないとな)
男(刃物で刺す……俺は刃物の扱いに慣れてないし、武器を奪われたら返り討ちになりそうだ)
男(首を絞める……長い紐さえあればできるが、力比べになったら面倒かもしれない)
男(頭を殴る……一発で死ぬか気絶してくれればいいけど、もしできなかったら……)
男(どこかから突き落とす……高いところまでうまく誘導できるかどうか)
……
……
男(他にも色々考えたが、結局“毒殺”が一番いいんじゃないかという結論に至った)
男(毒の入手こそ大変だが、そこをクリアしちゃえば後は毒を盛るだけでいいんだからな)
……
……
男(苦心して毒を入手した……)
男(この小さな瓶に入った液体を少しでも飲ますことができれば、あいつは死ぬ)
男(さて、いよいよだ)
男「……」ポチポチ
メッセージ『久しぶりに会えないか?』
駅前――
作家「よぉ~、久しぶり!」
男「久しぶり! 悪いな、呼び出しちゃって」
作家「どうしたんだよ、急に会いたいだなんて」
男「この年になるとさ、昔の友達がふと恋しくなったりするんだよ」
作家「分かる分かる、俺もお前に会いたかったし」
男「マジか。超奇遇じゃねえか!」
自宅に招待する。
男「それにしても、親友がプロの作家になって俺も嬉しいよ」
作家「ありがとう」
男「今度の新作も読んだよ、絶好調じゃん」
作家「いやー、はっきりいってスランプだよ。絶賛お悩み中」
男「え、なんで?」
作家「俺みたいな駆け出しはとにかく数書かなきゃ話にならないから、もう次の作品に取りかかってるんだけど」
作家「これがなかなか難産で……」
男「ふうん」
男(数書いても賞すら取れない俺にとっちゃ、悩みどころか自慢にしか聞こえねえよ)
作家「お前はまだ書いてるの?」
男「え、なにを?」
作家「小説」
男「いやー、もう書いてないや。仕事の方が順調だし。もっぱら読む専だよ」
作家「そっかー、残念だな。お前の小説好きだったのに」
男「またまたー……」
男(ホントはまだ書いてて賞に落ちまくってるなんて、みじめすぎていえるわけない)
作家「二人で有名作家の家に飛び込みで行ったことあったよなー」
男「あったあった」
作家「結局会ってすらもらえず、門前払いだったけど」
男「サインぐらいくれてもいいじゃんかって愚痴りながら帰ったよな」
作家「で、ファミレスで食いまくったっけ!」
男「そうそう! ドリンクバーおかわりしまくってさー」
アハハハハ…
男「……と、飲み物ぐらい出さないとな」
作家「いいよ、おかまいなく」
男「遠慮すんなって。ちょっとコーヒー入れてくるわ」
男(いよいよだ……)
男(あいつのカップにだけ……毒を入れる!)タラーッ…
男「ほら、コーヒー」
作家「サンキュー」
男(後はこのコーヒーを飲めば……こいつは死ぬ!)
男(大丈夫、どうやって死体を処理するかもちゃんとシミュレートしてあるし)
男(もし死体が発見されちゃっても、警察は身近な人間関係を洗うだろうが)
男(古い友人の俺にまでたどり着くことはないさ……)
男(大丈夫、大丈夫……)
作家「あ、悪いんだけど」
男「え」
作家「ミルクもう一つくれない?」
男「ああ、いいとも」スタスタ
男「ほら」
作家「悪いな。いつもミルクは二つ入れる主義でさ」タラー…
男(ミルクを二つ入れたところで毒の効力が薄れることはない……お前は死ぬんだよ)
男「……」グビッ
作家「……」マゼマゼ
男(もうまもなく、こいつはコーヒーを飲む……)
男(そしたら、苦しんで死ぬ)
男(だけど、本当にそれでいいのか?)
男(今日は昔話してなんだかんだ楽しかったし、こいつは俺の小説を“好きだった”っていってくれた)
男(こんないい奴を、下らない嫉妬で殺して本当にいいのか――?)
男(こんなことして傑作なんか書けるのか――?)
作家「お、いい色になった。じゃあ俺も飲むか」
男「!」
男(ダメだ! それを飲んだら――)
男「うわあああああっ!!!」バッ
バシャアッ!
作家「あっちい!」
作家「いきなりなんだよ! なにするんだよ!」
男「すまん……すまん……!」
作家「おいおい、そんな涙目で謝らなくても……」
男「いや……俺はとんでもないことをするところだったんだ……!」
作家「へ?」
男(俺は洗いざらい話した)
男(まだ小説を書いてること、賞にことごとく落選してること、プロになった親友に嫉妬してること)
男(そして……毒を盛ったことも)
男「すまん……!」
作家「いや、構わないさ。俺だってお前の立場だったら、どうしてたか分からない」
男「そんなことは……」
作家「俺だってお前が思うほどクリーンな人間じゃないんだ」
作家「プロになるために、いい小説を書くために、結構ひどいこともしてる」
男「そうなのか……」
作家「それにしても、今回は危うく相討ちになるところだったな」
男「え?」
男「う!」ドクンッ
作家「……毒が効いてきたようだな」
男「は……? 毒……? いったい、いつ……?」
作家「ミルクの追加頼んだろ。あの時だ。あのスキに、お前のカップに毒薬を入れた」
男「あ……!」
男(あの時か……!)
男「なん、で……? 俺、なんかを……?」
作家「実は今執筆してる作品で、主人公が古くからの友達を殺す場面があってさ」
作家「そこがどうしても書けなくて、難産になってたんだよね」
作家「そしたら、お前から連絡来てさ。これは渡りに船だと、毒を用意したわけ」
作家「なるほど、古い友人を殺すってのはこういう気分になるのか」
作家「こりゃ今度の作品は傑作になりそうだ」
男「う、うう……」
男「こんな、ことし、て……」
作家「ん?」
男「警、察に……つかま、る……ぞ……」
作家「捕まらないよ」
作家「この後どうすればいいか、俺には完璧なプランがあるんだから」
作家「なにしろ俺……これが“初めて”じゃないんでね」
男「……!」
作家「ついに声も出なくなったか。せめて安らかに旅立ってくれよな」
男(薄れゆく意識の中……俺はどこか納得していた……)
男(俺は躊躇したが……こいつは……自分の作品のために、手段と努力を、惜しまなかった……)
男(これが……“プロとアマの差”か……)
完
これが俺と青山剛○との差だったのか
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