高垣楓「れんそうげえむ」 (78)

デレマスのss。地の文アリです。

「すいませんプロデューサーさん、あれってどうなってますか?」

 午後二時。昼食の消化もいい具合に進み、睡魔が幅を利かせ始める時間帯。俺も例に漏れず重たくなる瞼と格闘しながら、それでも給料泥棒の悪名を冠したりしないように、必死に意識を繋げていた頃合いのこと。
 肘をちょんちょんとつついてきたちひろさんに問われたのは、この前請け負ったとあるお仕事についての話。

「今手を付けてるんで、今日のうちには完成させておきます」

 ちょうど佳境に入ったところだった。優先順位的にはそこまで重たいものではないので処理を先送りにしていたのだが、だからといっていつまでも見て見ぬふりをし続けるのは不可能。「今から急ぎで」みたいな忘れていた可能性すら疑わせる返事をしなくて済んだことにほっと一息つく。こればかりは、己の慧眼に感謝だ。
 目頭のあたりをぎゅっとつまんで、再び作業に戻る。少しでもぼーっとしていると、そのまま突っ伏してしまいそうだったから。

「…………」
「……あの」
「なんでしょう?」
「その、脇に立たれると気になるって言いますか」
「なるほど。じゃあこちらに」
「正面は余計に驚きますね」
「ならこうしましょうか」
「……いや……はい。分かりました」

 脇に立つことをやんわりと禁じ、正面に居座ることに難色を示した結果、声の主は空いている椅子を持ってきて、俺の横に座ることで手打ちにしたらしい。抜け道を残した自分の瑕疵なので、とやかく言うのはナンセンスだろう。
 高垣楓という女性の人間性についてある程度理解しているはずなのに、うっかりしていた。楓さんはこういうことを平然としてくる人だ。

「プロデューサー」
「はい」
「あれについてなんですが」
「…………」

 さあ、考える時間だ。議題は「あれとはなにか」。
 昨日、一昨日あたりの記憶を重点的に洗って、それでも引っかかるものがなかったのでここ一か月くらいの範囲を精査した結果、俺が導き出した答えは。

「………………………………すいません楓さん、なんの話か教えてもらっても?」
「いつか、ご飯をご一緒しようという話になったので」
「あ、ああ。あれですねあれ。もちろん考えてますよ」

 正直まるで思い当たる節はなかったが、彼女が言うのならそういうこともあったのだろう。そうに違いない。もしかしたら、アルコールが入っている時に適当な口約束を結んでいたのかも。

「良かった。今週末には予定がないので、それを伝えておきたかったんです」
「分かりました。セッティングしておきますね」
「…………」
「……あの、まだ何か?」

 どうにかやり過ごしたと思ったのに、これで終わりではないらしい。フラットな視線がこちらの顔に突き刺さってきて、目のやり場に困る。しかし相変わらず、どこを見てもとんでもない美人さんだ。絶世の美女という言葉は、この人の誕生を予期して作られたのではないかと考えてしまうくらいに。

「プロデューサーさんは、どれくらい私のことをご存知ですか?」
「……それなりに、程度かと」


 顔、名前、公称プロフィールの諸々、あとはちょっとした趣味とか。これくらいはファンなら自ずと頭に入ることなので、そこと一線を画そうと思えば、自宅の住所を知っていることを挙げるだろうか。
 総評して、一般的なファンより多少詳しい、的な場所に落ち着くような気がする。

「それなりですか」
「ええ、それなりです」
「これは問題ですね」
「どのあたりがでしょうか」
「いえ、プロデューサーたるもの、担当アイドルに関する見識は誰よりも深い必要があるかと思いまして」
「なるほど」

 言われてみれば、そうなのかもしれない。彼女の魅力を限度いっぱいまで引き出すことを考えた時、まず第一に、俺が売りだすべきストロングポイントを熟知していなければならない。
 まあ、俺が小賢しい手を講じるまでもなく、楓さんは勝手に一人で売れていってしまう気がしないでもないが。馬子にも衣裳なんて言うけれど、わざわざ白鳥にドレスを仕立てるのは下策に思える。楓さんの素のきらびやかさを思えばなおさら。

「なので、今後はもっと私への関心を深めるようにお願いしますね」
「善処します」
「絶対ですよ?」
「分かってますって」

 詰め寄られて、少しのけ反る。あんまり近いものだから、色の違う両の瞳に吸い込まれてしまいそうで腰のあたりが落ち着かない。

「週末、楽しみにしてますから」

 そう言って、楓さんはようやくのこと俺のデスクから離れてくれた。ちひろさんの視線が気になるので、そちらを見ないようにして仕事を再開しないと。

「ワインも捨てがたいですが、やはり日本酒ですね」
 
 楚々とした所作でお猪口を傾けた後の一言。来店からそれなりの時間が経過したので、楓さんの頬はほんのり赤く色づいている。
 しかし、相変わらず何をやっても絵になる女性だ。時代が時代なら、この美貌だけで国の一つや二つ陥落させていたのではないか。前もってハニートラップである旨を告げても、その上で喜び勇んで引っかかる人間はそこそこの数に上るはず。
 俺だって、仕事で関係のある人でなければまず真っ先に美人局の可能性を疑った。実際、周りの客からはそう見えている可能性もある。

「一献いかがですか?」
「喜んで」

 ファンが見たら怒り狂う光景かもしれない。『高垣楓にお酌してもらう権利』なんて、どんな人生を歩めば手に入るのだろうか。
 事実、彼女と何度か食事をするたびに、運命の数奇さのようなものを感じずにはいられなかった。役得と断じてしまうのは簡単で、しかしその根っこは意外と深い。要は運が良かったのだ、俺は。
 そんなことを考えながら口の中に流し込んだ日本酒の味は良く分からなかった。思考が飽和して、味覚が職務放棄を始めたらしい。

「プロデューサー?」
「なんです?」
「心ここにあらずといった様子だったので。酔っちゃいましたか?」

 なぜか楓さんは唇の前で人差し指を交差させてばってんを作っている。「お酒はもうダメですか?」という意味だろうか。首をこてんと傾ける仕草が年不相応にかわいらしくて見惚れかけるが、また言葉を失ったら本格的に泥酔を疑われてしまう。それは芳しくない。人並みに欲があるので、もう少しこの時間を楽しんでいたい。

「すいません、仕事のこと考えてて」
「もう。めっ、ですよ」
「…………」

 先ほどの人差し指をとんとんと二回叩いた楓さん。気分としては、悪戯を叱られた子供のようだ。
 しかし、普段のミステリアスさが徐々に溶かされているからお酒というものは末恐ろしい。割と茶目っ気がある人なのは知っているが、こうも行動が変わるのだから。

「プロデューサー、あれ、頼んじゃいましょうか」
「……この間話していた銘柄?」
「そうです。さっきラベルを見かけて」

 店員さんに声をかけて、奥に見える日本酒をオーダーする。一連の段取りを流れでこなしていると、楓さんはやけに満足げに二度ほど頷いた。

「この感じです」
「と言うと?」
「詳細を話さずとも伝わる感覚とでも言いますか」

 指示語の内容を問わずとも理解できる状態を言うのだろうか。前後文脈から彼女の性格嗜好を考慮して、『あれ』にあたるものを特定する感じ。これはまた、なんともハイコンテクストな……。

「山と言ったら川。阿と言ったら吽。そんな風に、私を理解していただけたらなって」
「言葉を尽くすのはお嫌いですか?」
「そういうわけではないのですが。でも、こういうのもなかなか悪くないなんて最近は」
「なるほど」

 発展コミュニケーションだ。彼女への理解を深める一環として、いずれは通る道だったのかもしれない。

「なんだか、連想ゲームみたいだ」
「そうですか?……そうですね。それに近しいような気がします」

 最近の流れを汲みながらことあるごとに対象を変える指示語は、山と川の対応関係よりは、連想ゲームに当てはめた方がしっくりくる。プリセットをなぞるだけに留まらない以上、常にこちらの高い意識が求められるような。
 気を抜けないのは今に始まったことではないので、特段手間が増えるわけではないのが幸い。
 
「まあ、ひとまず今のところは、さっき頼んだ『あれ』で乾杯ということに」

 お猪口同士をくっつけ合わせると、ガラスが擦れるような、すごく涼やかな音がした。

 後日。定時過ぎの事務所にて。
 街の各所がだんだんと光を消していく中、俺は誠に悲しくも残業にいそしむ羽目になっていた。年が暮れようとしているこの時期は、業種を問わずに忙しさがピークを迎えていることだろう。うちの会社もその例には漏れなかったというだけの話。師走とはよく言ったものだ。確かにこの繁忙期なら、師匠だって走り出すかもしれない。
 ふと思い立ち、席を離れて窓の側に寄る。
 そこから見えるクリスマスを間近に控えた町はどこか浮足立っていて、毎年恒例の活発さを思い起こさせた。今年も事務所でクリスマスパーティをすることになるだろうから、ちびっ子連中へのプレゼントを考えておくべき頃合いかもしれない。
 そうすると、どうだろう。お菓子あたりが一番無難だろうか。各人の好みに合わせてカスタマイズできればなお良い。全部同じにしてしまうとやっつけ作業感が出て不興を買うかもしれないし。特に女の子はそういう部分に敏感だったりするから。

「わっ」
「……どうしました、もう夜ですよ?」
「わっ」
「楓さん、今日はもう帰ったものとばかり思っていたんですけど」
「わっ」
「……うわあ!」

 どうせなら最後まで何事もない様子を装ってみようかとも思ったが、徐々に彼女の表情が曇り始めたので急速方向転換を決めた。オーバー気味に驚くと、満足してくれたのか握られっぱなしだったスーツの袖が解放される。

「ここのところずっと眠そうだったので、もしかしたら今日も残業かと思いまして」
「顔に出てました?」
「ほら、くまが」

 両手の爪を見せるようにして楓さんは訴えかけてくる。これはもしかして、熊とかけていたり……?

「がおーっ」
「…………」
 
 予想は的中。なお、本当に熊がそう鳴くかは不明。ソプラノボイスで綺麗に囁かれても、可愛いなあと思うだけだ。

「忙しいのも今くらいですから。ここを乗り切れば年末休みがありますし、あと少しの辛抱です」
「ドリンクにばかり頼っていると、くまったことになっちゃいますよ?」

 熊の手は崩さないままに、彼女はそう続ける。気に入ったのだろうか、それ。
 しかしまあ、そう言われれば確かに、卓上には空き瓶が数本並べられているのだが。


「まだ若いので、なんとか」
「プロデューサーにはこれからもお世話になるんですから、将来も見据えて健康管理してもらわないと」
「そうですね。……響子に料理でも習おうかな」
「いっそ、誰かに管理を丸投げしてしまうというのはいかがでしょう?」
「残念ながら相手がいないので」
「そうですか、残念です」
「満面の笑みで言わないで欲しいなあ……。いや、恋人は一応いるので」
「…………どなたです?」
「ほら、仕事が恋人って良く言うじゃないですか」

 種明かしをすると、熊の手の攻勢が激しくなった。虚空をひっかくペースが上がっている。

「プロデューサーなんて、一生仕事と仲良くしていればいいんです」
「当分はそのつもりですね」
「…………それはそれで困ります」
「どっちですか」

 虎の尾ならぬ、熊の足でも踏んだらしい。仕事にやりがいは感じているし、しばらくのうちはこのままでも一向に構わないと思っているんだが。
 それともなんだ、プライベート一つ充実させられないような人間にまともなプロデュースが務まるわけもないだろうという迂遠なお達しなのか。

「どっちもですね」
「なるほど」

 これもまた連想ゲーム。両極端に振れるなということでどうか一つ。

「お仕事の具合はどんなものですか?」
「ぼちぼちですね。そろそろ帰ろうかと思っていたところに楓さんがいらっしゃったので、今日はこれで終わりにするつもりです」
「あら、ちょうどいいタイミングだったみたい」
「ちょうどいいと言いますと?」
「プロデューサー、甘いものはお好きでしたね?」
「……? ええ、かなり」

「それにしても、ケーキと日本酒の組み合わせなんて初めてですけど、意外に合うものなんですね」
「この前試してみたらなかなかのものだったので、いつかプロデューサーさんとご一緒にと思っていたんです」
「これからケーキの時期なんで、楽しみが増えて助かりました」

 仕事帰りに一杯ひっかけていく……というには、ご相伴にあずかっている相手が豪華すぎる気もする。
 しかしそろそろクリスマスだ。たまにこんなことがあっても罰はあたらないだろう。……問題は、そこら辺の居酒屋やバーではなく、俺の自宅でグラスを並べているという点なのだが。
 言い訳が許されるのなら、とにかく場所がなかった。さすがに事務所で酒盛りは論外だったし、楓さんが気を利かせて買ってきてくれたケーキを持ち込めそうな場所を知らない。
 そんなこんなで、事務所から少し離れた俺の家にお招きすることになった次第。どちらかというと彼女の意向が強かった気もするが。

「片付いたお部屋ですね」
「物欲がないので、自然に」

 どちらかといえば殺風景って感じだ。言葉を選んでくれたのかもしれない。
 
「そういえばこのお酒、この前の」
「ええ、美味しかったので奮発して。でも一人だとなかなか開ける機会がないので、楓さんに来ていただいて助かりました」

 購入したのはつい先日。年末で賞与も出るし、自分へのご褒美と思ってレジを通した。だが残念なことに貧乏性なので、栓を開ける踏ん切りがつかずにずるずる行くのは目に見えていた。そんな時に楓さんにやって来てもらえたのは、素直に都合がいいなと思う。きっと、今日が開栓のタイミングだったのだ。

「もうすっかり年の瀬ですね。びっくり」
「気づいたら来年になっていそうで怖いです、俺は。忙しいと、時間が分からなくなっちゃうんで」
「年越しはきちんとした場所で迎えてくださいね。デスクで、とかはダメですよ」
「肝に銘じておきます」

 アルコールのせいかおかげか、存外に舌が回る。楓さんが自宅にやって来ているという緊張を誤魔化すために言葉を並べ立てている感じもした。
 とにかく、せっかく来てもらったんだから退屈だけはさせないようにしないと。お酒は楽しく飲まないと意味がない。
 そう思っていた矢先。


「……ちょっと、酔ってきましたね」
「えっ、いや、まだ全然」
「酔って、酔ってきました……。すごくふらふらします」
「……あの、女優さんならもうちょっと上手く」
「こんな時、言葉以外で通じ合っている相手なら、どうしてくれるかしら……」
「…………」

 無言で水を差しだすと、首をふるふる横に振る無言の否定。どうやら選択を誤ったらしく、どうするかなあと一考ののちに、体を毛布でくるんでソファに寝かせることにした。
 これは意外にも好感触だったので、そのまま様子を見ることにする。

「ちら」
「…………」
「ちらちら」
「なんでしょう?」
「連想ゲームですよ、プロデューサー」
「つまり?」
「女性が一人暮らしの男性のお宅にやって来て、酔いつぶれて寝ています」
「はい」
「ここで、普通はどうなりますか?」
「介抱なら今しています」
「……泣きますよ」
「がおーって?」
「くまはもう卒業です」
「では、俺はなにをすればいいんでしょうね」

 ソファの横に座り込んで問う。こっちにも酔いが回って来たのか、頭がまともに働いてくれない。

「えっちなこと、ですね」
「…………」
「察しの悪いプロデューサーに気付いてもらうために、最近仕込んできましたから。今となればもう、自分がなにをすべきか理解されているのではないでしょうか」
「このための連想ゲームだったんですか」
「はい」
「ちなみに、ちなみにですが」
「はい」
「……『えっちなこと』の中に、『えっち』そのものは含まれますか?」
「…………連想、してくださいね?」

 はい。連想力を磨いた皆々様におかれましては、この後の展開を各自で補完していただければと思います。

続き行きます

 そうなってしまえばもはや、そこには自分に都合の良い解釈以外は存在しなくなる。
 彼女の体を覆っていた毛布を優しく払いのけてから、ゆっくりと顔を近づけた。

「あの、楓さん」
「はい」
「止まれないかもしれません」
「ダメなプロデューサーですね」
「担当プロデューサーを誘惑してきたんだから、あなたの方がよっぽどダメなアイドルですよ」
「……そんなダメなアイドルの口は、どうしたらいいと思います?」
「……塞ぐべき、なんでしょうね」

 頤に手を当てて半ば強引に角度を設定し、その瑞々しい唇に蓋をした。

「…………!」

 すると、そこを犯してくる存在が一つ。それが楓さんの舌であるということに気付いた時には、もう全てが手遅れだった。
 先ほどまで口にしていたケーキとお酒の味がする。しかし、その味を伝えてくるのは楓さんの舌。現実からかなり外れたところにある空想じみた事象に、脳がパンクしそうになる。
 一度思考を整理するために体を起こそうと試みるが、背を彼女のか細い腕がホールドしているせいでそれは叶わなかった。目が猫のように伸びているから、してやったりという感じなのだろうか。
 降参して、こちらの体重を預ける。肉体と肉体の境界を曖昧にするように強引に抱き寄せて、今度は自分から彼女の口内をかき回した。
 甘い唾液が口から零れて、ソファに滴る。まさかこんな光景をこの目に収める日が来るなどとは考えていなくて、頭がくらくらした。きっと、世界のどこを探したところでこんなにエロい景色は広がっていない。そしてそれを俺だけが独占しているのだ。
 とんでもない話だと思う。相手はアイドル、それも高垣楓なのに。
 今適当にテレビをつけてみたら、きっと十分も経たないうちにお目にかかれる存在。手の届かないはずの高嶺の花を、今こうして自分の手中に収めている。
 果たして、こんなことがあっていいのだろうか。

「…………んぅ」
「かえでさんくるしーです」
「これくらい、我慢ですよ」

 いつまで経っても唇を解放してもらえないから、額をこつんとぶつけて長い長いキスを終えた。
 それがどうにも不満なようで、彼女は眉をへの字に曲げている。

「あなたにも性欲なんてものがあったんですね」
「えっちな女性は嫌ですか?」
「いえ、ただただ意外で。いつも飄々としているから、ひょっとしたら無性愛者なんじゃないかと思っていたくらいです。こんなに綺麗なのに、浮いた噂の一つもないし」
「それはもう、狙っている男性は、いつも近くにいましたから」
「……鈍感な男、嫌いだったりします?」
「まさか、大好きです」

 あまりに刺激の強い言葉にあてられて力の抜けた俺を楓さんが力技でひっくり返した。少し前までは俺が一方的にマウントを取っていたのに、今は一転攻勢して、楓さんが馬乗りになっている。

「体、思ってたよりずっと厚いですね」
「そりゃあ一応男なので。あなたが細すぎるというのもありますが」
「あら、お上手」

 背広は家に帰ってすぐ脱いだので、今はワイシャツとスラックスだ。そして楓さんは、無遠慮にシャツのボタンをぷちぷちと外し始めている。それも、鼻歌なんて歌いながら。

「楽しいですか?」
「ええ、とても。この日を待っていましたから」
「……それはそれは」

 光栄な話だ。荷が重くもあるけれど。

寝るので続きは起きてから。

待ってるぞ

朝だぞ起きろ(無茶ぶり)

行きます

「それにしてもプロデューサーさん、ずいぶんと余裕ですね。もしや経験が?」
「まあ多少は」
「……む」
「学生の頃の話ですから……」
「プロデューサーと制服デート出来た女の子が妬ましいです」
 
 楓さんは自分が今着用している服を一瞥してから、

「いいなあ」

 と一言。基本的に敬語を崩さない人だから、そのギャップがおかしくて笑ってしまった。

「世の男の大半は、現役女子高生と火遊びするか、高垣楓とこんなことをしてしまうかの選択を迫られたら、考える時間すら必要なしに後者に飛びつくものですよ」
「あなたは?」
「無論、自分も世の男の一員なので」
「じゃあ、あなたが疎まれる側になっちゃいますね」
「それを今言いますか」

 しかし、そんなデメリットが一瞬で消し飛んでしまうくらいに、楓さんは魅力的な女性だ。芸能関係者という箔がなかったとしても、誰もの羨望を集める人間になったのは想像に難くない。
 ……いや、そう考えるとさすがに空恐ろしくなってくる。この後、本当に俺はやること全部やってしまっていいのだろうか。
 ブレーキを踏むなら、ここいらが最終地点になる気がする。

「楓さん、もし、ですよ」
「はい」
「ここで俺が冷静になって、『やっぱり倫理的に問題があるからやめましょう』なんて言い出したらどうします?」
「行きずりの男性に体を預けようかと」
「なんと」
「体が火照ってしまって、もう自分では処理しきれそうにないのでやむなしですね。……それを聞いたプロデューサーはどう思われます?」
「…………総合的に考えて、俺が相手を務めた方が安全ですね、色々と」
「でしょう?」

 笑う楓さん。絶対に嘘だが、そう言われては逃げ道が消えてしまう。ほんの少し嘘つきどころではないぞ、これ。
 つまるところ、これは大義名分なのだ。俺がここで耐えきれず手を出してしまった方が、他のスキャンダルに巻き込まれるよりはよほど楽だと。リスクマネジメントを念頭に置くなら、俺が楓さんを抱いてしまうのがなによりだと。

「何事も連想です。後始末は結局プロデューサーのお仕事になるのですから、自分の手の届く範囲で物事が進んだ方が良いに決まっています」
「……して、本音の方は?」
「…………それも、連想してください」
「そんなに俺としたかったんですか?」

 ためらいがちにこくりと頷く。いつもの余裕はどこへやらで、やっぱりこの人も人の子なんだなあと感じさせられた。
 そして、女性にここまでの辱めを強いた以上、俺に引き返すという選択肢は残っていない。

「服、いいですか?」
「……はい」

 起き上がって、彼女の衣類に手をかける。子供の着替えを手伝うように万歳をしてもらってトップスを脱がすと、白磁のような肌が目の前に現れた。
 水着グラビアなんかで見る機会は何度かあったが、ここまで接近するのはもちろん初めてだ。しかも、観客は俺一人だけ。とんでもない贅沢だなと思う。
 白を基調とした下着もまた、彼女のイメージに良く似合っていた。控えめな膨らみを覆い隠すそれは、さながら神秘のヴェールのようで。

「じゃあ、下も」

 ここで勢い勇んでブラジャーを外してしまうのは童貞臭くかっこ悪い行いに思えたので、大人のオトコの貫録を保ちながら、彼女のストッキングに触れる。すると、俺がやりやすいようにとの配慮か、楓さんがわずかに腰を浮かせてくれた。
 真っ白な脚を俺の目の前にさらけ出してもらって、次はフレアスカートに触れる。さっきから心臓の鼓動は加速しっぱなしで、いつ失敗するか分かったものではない。

「……本当にお綺麗ですね、どこもかしこも」
「恥ずかしいです、そんな」

 造形が美しすぎて、裸婦画を想像してしまう。性的なイメージが排された上での裸体。楓さんの肉体はそれに限りなく近い。人間というよりは、美術品や骨とう品にカテゴライズした方がしっくりくる。どこを見せても、誰に見せても、恥じることなんてないのだろう。
 だが、ここまで来て俺の性欲は減退するどころか、さらに大きな煽りを受けていた。このなにより美しい不可侵の肉体に自分で傷をつけるのだという現実に、興奮していた。

「……ん」

 このテンションのままで下着を脱がせたら自分がどんなみっともない顔を見せるか分からなかったので、強引に唇を塞ぎ、その間に彼女の肌を隠していた一切合切を取り払った。
 そこかしこが男では再現できない程に柔らかくて、脳髄が溶け落ちてしまうのではないかと錯覚する。

「あなたも……」

 楓さんの細くしなやかな指がベルトにかかった。そのままがちゃがちゃとスラックスをずりおろされて、パンツ越しに大きく盛り上がった下半身が開帳される。……彼女が無言のままなのが逆に恥ずかしい。というか、硬直しているように見える。

「緊張してます?」
「その、初めてでして。作法が分からないと言いますか」
「……でしたら、その、まずは下着を下ろしてもらって」

 自分で脱ぐのが一番早いと理解していながら、胸の内に眠る少しばかりの嗜虐心が、彼女の手を煩わせることを選択した。ためらいがちに布を撫でる楓さんの手が、突如覚悟を決したようにゴム紐の部分を引っ張り下げる。

「…………こんなになるんですね」
「すいません、堪え性がなくて」

 こうならない男がいる方が問題な気もするが、儀礼的に謝る。自分の体はあなたに性的な興奮を覚えてしまいました、と。

 
「……あの、触ってみても?」
「…………ご自由にどうぞ」

 放任すると、竿を優しく握りこまれた。えもいわれぬ快感に腰が浮かびそうになるのを堪え、拳をぎゅっと握る。

「びくってしました」
「びくってするんです、誰でも」

 納得の表情を浮かべた後で、楓さんは物は試しにと、その手を何度か上下させ始める。そのたびに何度も陰茎が脈打って、射精を促されそうになる。元の興奮具合が異常なせいで、我慢というものが利きそうにない。

「あの……楓さん、離して」
「へたっぴでしたか?」
「真逆です。一方的にイカされるのが恥ずかしいんで、攻守交替させてください」

 正直に告げると、解放してもらえた。未だに意識を逸らすと射精してしまいそうだから、油断は出来ないが。

「楓さん、脚、開いて」
「……こ、こう?」
「もう少し大きく、そこ、ちゃんと見えるように」
「いじめないでください……」
「必要なことなんです」
「ほんとですか?」
「ちょっと嘘です」

 ぽかぽか殴ってくる楓さんを尻目に、彼女の秘部へと顔を寄せた。見間違いでなければ、既にしっとりと湿っている。

「えっちですね」
「本能には逆らえません」
「だからって、こんなにびしょ濡れにして」
「…………っ!」

 表面だけをなぞると、ねちっこい液体が指先に絡んできた、敏感なのか、彼女はそれだけで腰をくねらせている。

「見えますか、これ」
「……見せないで」

 いじめ過ぎたのか本当に泣きそうな顔をさせてしまったので、ゆっくりと手を下ろした。アクセルをベタ踏みしすぎたようだ。
 紅潮する白地の肉体は羞恥に耐えるように震えている。これを独占できている事実に、また体が熱を持った。

「痛かったら言ってください。加減するので」
「……ドキドキし過ぎて胸が痛いです」
「……それは、ご自分でなんとか」
「あっ……」
「力抜いてください。疲れちゃうんで」

 中指を差し入れて、関節を折りたたむように動かす。やはり相当感度がいいようで、内部が俺の指をうねり取るように蠕動を始めた。

「ぷっ、プロデューサー、それ、だめ……」
「こういう時の『だめ』は、意味なかったりするんですよ」

 これもまた連想。快楽に溺れる恐怖から逃れんとする彼女を押さえつけて、かき回す指を一本増やした。これがまた効果抜群らしく、必死に閉じ結んでいる唇から、規則的に甘い喘ぎが漏れ出している。

「あっ……ん、あぅ……」
「ここ、いいですか」
「……だめ、です……」

 内腿で挟んでどうにか俺の動きを妨害しようとしてくる楓さん。だが、指先数センチの運動くらいなら、腕を止められたところで関係ない。
 特に甘い声をあげる場所を重点的に撫でくり、奥からあふれ出る愛液で手を濡らしていく。上半身への意識を薄れさせていることを察して乳房を撫でると、喘ぎがいっそう大きなものに変わった。

「あっ! だめ……だめ……!」
「だめなことなんか何もないですよ」
「でも、わたし、このままだと、おかしく……!」

 言い切る前に、大きく体がのけ反った。膣内が先ほどとはまた違ったうねりを見せて、最後には体がだらんと脱力する。
 初めて他人の手によって絶頂を迎えたらしい楓さんは、それから数十秒自失したように焦点のぼやけた目で俺を見つめてきて、そして、最後に俺の肉棒に触れた。

ごはん食べてきます

いつまで食ってんだ

自分の故郷では食事+食後のデレステを一緒くたにしてごはんと呼称する風習が古来からありました。

「酷い辱めを受けました」
「あの」
「なので、同じくらい恥ずかしい目にあってください」
 
 言うや否や、手慣れた様子で竿を上下に素早く擦られる。さらに質の悪いことには、亀頭に舌が触れている。裏筋を念入りになぞってくるせいで、全てが爆発してしまいそうだ。

「か、楓さん、口、離して……!」
「いーですよ、このまま」
「あっ、あぁ……!」

 体の内からこみあげる衝動が粘性の液体に姿を変えて、彼女の口内を犯していくのが分かる。射精の間も彼女の手は動きを止めず、尿道に精子が一匹も残らないくらいの勢いで、全てを吸いつくされた。
 射精後の虚脱感のせいで俺の体は動きが鈍り、思考も鈍り、ただ、目を動かすことしか出来ない。ただ、やけに愛おしそうに俺の精子を飲み下す楓さんを眺めていることしか出来ない。

「これでおあいこです」
「意外と執念深い性質ですね……」
「ええ、それはもう。執念でえっちまでこぎつけた女なので」

 「とーう」なんて楽し気に言って、彼女は俺に覆いかぶさってきた。その重圧に胸が押しつぶされて、お腹のあたりにとんでもなく生々しい感触が伝わってくる。

「もう少しおっきな子がお好みでした?」
「いえ、大好物ですね……」
「きゃっ」

 小さなお尻を片手で撫でる。今の悲鳴には少しわざとらしさを感じたので、緊張も大分解れたのか。

「楓さん、びしょびしょ」
「あなたもガチガチです。あんなにいっぱい出したのに」

 楓さんのおへそあたりに、まるで萎えてくれる気配のない陰茎がうずもれていた。正直、今すぐにでももう一度出したい。今度は、彼女の中で。

「今さらですけど、ベッドじゃなくて構いませんか。なし崩しでソファ使ってますけど」
「ここから動きたくないです。どうか、このまま」
「了解しました」

 あまり言葉を連ねるのが好みではない人のようだから、これ以上の会話は無粋だと判断した。無言のままに彼女を押し倒して、何度目かも忘れた唇を重ねる。
 楓さんの体からは当初のこわばりが消えて、全てを俺に預けてくれているみたいだった。細腕が俺の背中を優しく撫でて、次の行為を促してくる。

 目配せでタイミングを伝えてから、片手の補助で位置を定め、ゆっくりと膣に陰茎を挿入する。彼女の吐息が荒くなったことに気付き、その勢いで、二度、三度と腰を前後運動させる。

「痛く……ないですか?」
「~~~~ッ!」

 下唇を噛み結び、楓さんは何かを必死に耐えている。それが痛みか快感なのかは定かではないが、抽挿の度に激しく絡みついてくる膣肉だけが、その答えを語っているように思えた。
 そもそも、人間、ここまで来たら自制が利かない。所詮、どこまで行っても動物だ。遺伝子の存続という至上命題を抱えて生きる以上、体が止まってくれるはずもなかった。
 体を思い切り打ち付けるたびに響く淫靡な水音に更に欲情を加速させられながら、ペース配分を忘れた強引なピストンを続ける。楓さんの爪が背中に食い込んでくるのが分かって、それがまた俺をたまらない気持ちにさせた。

「あっ、ああっ!」
「ごめん、もう少し……」

 楓さんの体が痙攣を始めたことには気づいたが、それを思いやる余裕は消えていた。とにかく、射精しないことにはまともな思考能力は取り戻せない。

「だめ、だめぇ……」
「…………っ!」

 その声を聞いた瞬間に果てた。過去経験したことのない快感が全身を端から端まで駆け抜けて、何度も何度も陰茎が脈打つ。そのたびに精子が彼女の中に解き放たれて行くのが分かる。
 ぴたりと蓋をしているつもりなのに、隙間から今の精子が漏れ出してきた。彼女の愛液と混じり合ったからか、なんとも言えない色になっている。

「……だめって言いました」
「あー、拗ねないで……。ちょっ、きつくするとまた出ちゃうんで……」
「知りません。みっともなく果ててください」
「あーあーあーーーー!」

 ……なんて、非常に悲しい、尊厳を踏みにじられる展開が訪れたりしながらも、その後は風呂場で、寝室で、とにかく、限界まで繋がり合った。どちらからともなく眠りについた時には、既に夜は明けていたように思う。「浴場で欲情」などと言い始めた時には、さしもの俺も萎えかけてしまったが。

「プロデューサー」
「なんです?」
「あれについて、どうなっていますか?」
「準備済みですよ。いつでも大丈夫です」

 年も明け、忙しなさもだいぶ落ち着いて来た頃。それでもやっぱり仕事に追われる身であることには変わりがなくて、俺はせかせかとパソコンを目の前にして格闘していた。
 そんな中やってきた楓さんと軽い受け答えをして、デスクの引き出しを開ける。このコミュニケーションもずいぶん板についてきたものだ。

「はい、この間仰っていた観光地に関しての資料、ここにまとめておきましたので。分からないことがあったらまた別途」
「いつもありがとうございます」
「いいえ」

 プリントの束を渡すと、楓さんがこちらに顔を寄せてきた。耳元に唇を近づけてから小声で一言。

「……今夜はフリーなので」
「…………分かりました。鍵、開けておきます」

 あの日以来、ずるずると肉体関係を続けている。誰にも咎められないのをいいことに、かなりのハイペースで。向こうから求められては、俺も断りようがない。楓さんの存在は、効き目の強い麻薬を彷彿とさせる。

「では」
「はい」

 離れていく楓さんを見送ると、ちひろさんの視線を感じた。これはなにかしらのケアが必要かなと、そちらに体を向ける。

「プロデューサーさん、最近楓さんとずいぶん懇意ですね」
「はは。なんでも、『あれ』とか『これ』で理解し合えるところにまで俺を高めたいらしくて。今は訓練中の身なんです」
「まるで夫婦みたいですね、それ」
「まさかぁ! ちょっとした戯れですよ、戯れ」
「ですよねー。分かっていらっしゃるとは思いますが、一線を越えてしまうのは厳禁ですからね」
「存じてますよぉ」

 冷汗がとんでもないことになっているが、どうにか誤魔化しきることに成功する。もとより楓さんは気まぐれな人で通っているから、ちょっとくらい突拍子のない出来事があってもなんとかフォローが効くのだ。

「あれ、プロデューサーさん、向こうにまだ楓さんが」
「ん? …………ぶっ!」
「どうされました?」
「いえ、ちょっと唾が気管に……」

 苦し紛れに嘘を吐く。今俺が、なんで吹き出すことになったかと言えば……。
 ドアに背を預けた楓さんが、愛おしげにお腹のあたりを撫でていたからで……。
 参ったなあと頭を抱えていると、向こうの楓さんと目が合った。そしてそのまま、彼女は無言で唇を動かす。

「(連想ですよ、プロデューサー)」
「適わないなあ……」

 心臓に悪い悪戯に肝を冷やしながら、それでもどうにか仕事に意識を切り替えた。やることをさっさと片付けて、近日中に休みを取得する必要があるからだ。
 だって、俺の連想が正しければ、さっきの観光地へは、俺も同行しなければならないはずだから。

おしまい。

中野二乃「こんすいれいぷ」
中野二乃「こんすいれいぷ」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1543718702/)

こんなのも書いてたので良かったら。

おつおつ

ええやん。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom