分別のつかない僕っ娘「要するに、善悪とは主観的なものなんだよ」 (28)

「君は分別のつく大人になれたかい?」

そう尋ねられて、はいなれましたと、確信を持って言える大人はどれくらい存在するだろうか。
少なくとも私には、即答出来なかった。

「なるほどね。浅慮ではないことはわかった」

如何にもわかったような口調でそう評され、おまけに何もかもを見透かしたように鼻を鳴らされて、返答に窮することで伝わる個人情報もあることを、この時、私は知った。

「ほんの少しだけ、安心したよ。思慮深い君相手なら、僕は自然体のままで居られる」

そう言って、優雅に足を組んでみせた。
僕などと言いつつも、彼女は女性だ。
しかも、少女とも呼べる姿形をしている。
しかし、滑らかな太ももの質感は大人顔負け。
それも其の筈、彼女は歴とした成人女性であり、年齢は20歳を過ぎているのだから。

「おっと。見過ぎだよ?」

指摘されて、慌てて目を逸らす。
同じ女である私でさえ、この有り様だ。
男性であれば、その魅力には、抗えまい。

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「まあ、別に見てもいいんだけどね?」

そう言われて、では遠慮なくと、色白の太ももを舐めるように眺めることはなかなか難しい。

「君だけは特別さ」

そう言われると、免罪符を得られたような気になってしまうのは、私だけではあるまい。

「なんなら、触ってもいい」

そんな如何にも冗談めいた軽口に対し、えっ? いいんですか!? などと、つい、鼻息荒く食い気味に食いつきそうになる己の劣情を理性で抑えつけるのには、相当な苦労を要した。

「本当に大した自制心だね」

全てを見透かした上で感心されると腹が立つ。

「あ、怒った?」

わかってる癖に。こういうところがむかつく。

「ごめんね。意地悪して」

素直に謝る時は、要注意だ。きっと裏がある。

「僕は君を怒らせるのが大好きなんだ」

ほら、やっぱり。本当に、ロクでもない奴だ。

「お詫びと言ってはなんだけど……」

そう言っておもむろに、私の太ももに触れた。

「おや? 鳴き声をあげないのかい?」

私は悲鳴を堪えながら、必死に快感に耐えた。

「君は、かわいいね」

この子にだけは言われたくないと思うくらい、かわいい笑顔を向けられて、悶絶してしまう。

「手、貸して?」

言われるがまま、手を差し出すと、彼女の、しっとりとした真っ白な太ももへと導かれ、互いに太ももを触れ合う形となってしまったが、私のせいではないとだけ、念を押させて貰う。

「君の手のひらは温かくて気持ちがいいなぁ」

しみじみと、心底嬉しそうに感想を言われた。
すると、なんだか誇らしい気持ちになって、自分が単純な人間であることを認識させられた。
ちなみに彼女の手のひらはひんやりとしていて、それもまた、心地良いものだと思った。

「いつも思うんだけど、君ってズルいよね」

お互いに太ももを撫で合って、幸せなひとときに浸っていたのに、急にズルいとか言われた。

「こうして一緒に居ても基本的になんにも話してくれないし、僕が何をしても拒まないし、困ったように笑って誤魔化すばかりだしさ!」

怒られてしまった。私は困ったように笑った。

「ほら、その顔。その顔が一番ズルいんだよ」

自分でも直そうと思うものの上手くいかない。

「その顔が一番ズルくって……一番かわいい」

上手くいかなくて良かったと、心から思った。

「傍から見れば、僕はきっと悪者に映る筈さ」

拗ねたようにそう口にする悪者の頭を撫でる。

「ふん……君の方がよっぽど悪者の癖に」

とか言いつつも、頭を撫でられて、ご満悦だ。

「善悪って、難しいよね」

難しい話はよして欲しい。私は頭が良くない。

「例えば、こうすると」

魔の手がスカートに侵入するのを、阻止した。

「やっぱり、これはダメなんだよね?」

ダメですと、視線で強く訴えると呆れられた。

「よくわかんないなぁ」

わかってる癖に。これだから油断禁物なのだ。

「要するに、善悪とは主観的なものなんだよ」

いきなり結論を出されても、理解が出来ない。

「君がダメだと思うから、それはダメなのさ」

私の価値基準は客観性に基づき構築している。

「じゃあ、他の人がダメだと言うから、君はそれをダメなことだと認識しているのかい?」

そう言われると、なんか違う気がする。
なんだか、それだと流されているだけみたい。
周りの目を気にしている、小心者のようだ。

「小心者と言うよりも、臆病者だね」

グサリときた。的確に、私は心を、貫かれた。

「ああ、勘違いしないで。僕はそれを、悪いと言っているわけじゃない。人として当然さ」

優しげに諭しつつも、人として当然の見苦しさであると、言外に言われたような気がした。

「君は賢いから、それを見苦しいと認識して自覚することが出来る。大抵の人間はそれを認識することなく、あたかも自らの信念によって生じた正義であるかのように振る舞い、客観的な価値基準に基づき、悪を糾弾するわけだ」

そんな風に人を見下すのは、よくないと思う。

「僕は間違っているかい?」

間違いとか、そういう問題ではない気がする。

「世界中の人間が皆、君みたいに優しければいいのに。僕が正しいと思える人間は君だけだ」

だったら尚のこと、私は1人で良かったと思う。

「本当に……君は人間らしいね」

私は人間だ。分別のつかない大人だ。だから。

「自分自身に嫉妬するなんて、バカだよ」

バカで結構。自覚はある。
世界中の人間が皆、私になったとして。
この子の私への好意が、その他大勢の有象無象に向けられるのは、どうしても我慢ならない。
暴力に訴えることも辞さない。戦争してやる。

「なるほど……君も間違えるんだね」

当たり前だ。私はしょっちゅう間違える。
常日頃から正しい人間なんて存在しない。
時には善い行いをして、時には悪い行いをするのが人間であり、精神的に未成熟な子供はもちろんのこと、たとえ大人になったとしても分別がつかないのが人間なのだと、私はそう思う。

「結論として、分別のつく大人は存在しないわけか。是非とも自分のことを分別のつく大人だと信じている大人たちに聞かせてやりたいね」

またそうやって嫌味を言うのは、やめなさい。

「またそうやって僕を悪者にするのはやめて」

悪者にするも何も悪者になりたいだけじゃん。

「あ、バレた?」

バレるも何も隠すつもりなんてなかった癖に。

「やっぱり、君は僕の一番の理解者だね」

煽たって何も出ないけどもっと煽てて欲しい。

「煽てるよりも、お尻を撫でさせて欲しいな」

お尻か。お尻だったら、まあ、構わないけど。

「相変わらず、君の価値基準はおかしいよね」

おかしいな。客観性に基づいている筈なのに。

「ほんと、君のお尻は柔らかくて羨ましい」

柔らかいのか? 自分ではよくわからないけど。

「ほら、僕のお尻と比べてごらんよ」

そう言われて触ってみると、随分小さかった。

「お尻は、小さければ良いものじゃないのさ」

本当にそうなのだろうか。小さい方が可愛い。
というか、私のお尻って、大きすぎじゃない?
お尻がデカいと、からかわれているだけかも。

「大丈夫! 自信を持ちなよ!」

尻のデカさに自信を持てと言われても、困る。

「だったら、叱ってあげようか?」

尻のデカさを、叱られる。
そのシチュエーションは、経験がなかった。
未知の領域に、私は興味を惹かれた。

「ほんと、君ってお尻が大きいよね」

指摘されて、酷く申し訳ない気持ちになった。

「だらしないったらありゃしないよ」

だらしない。私のお尻は、だらしないお尻だ。

「こんなにだらしない癖に、こうも魅力的で見る者を惑わせるなんて、邪悪極まりないなぁ」

邪悪とまで言われた。私のお尻の罪は、重い。

「だから僕がお仕置きしてあげる!」

そう言って、ペチンッ! と、お尻を叩かれた。

「っ……あ、赤くなってる……なんて悪い子だ」

私は悪い子らしい。だから何度も、叩かれた。

「このっ! このっ! これでもかっ!!」

何度叩かれても全然痛くなくて、気持ちいい。

「うぅ……もうダメだ……僕の、負けだよ」

私の大きなお尻によって心を折られたらしい。
赤い顔をして、両手でほっぺを押さえている。
その手は先程、私のお尻を叩いていたもので。

得も言われぬ陶酔感が湧き上がり胸を満たす。

「じゃあ、今度は君が僕のお尻を叩いて」

まるで負け犬のように尻を突き出されて。
私は勝利の余韻に浸ったまま、なんの躊躇いもなく、その小さくて純白なお尻をぶっ叩いた。

「ひゃんっ!?」

生意気な口調。
人を見下す口調。
人を見透かしたような口調。

その全てに対するお仕置きを、してやった。

「ごめんなさいっ! ごめんなさぁいっ!?」

泣いて謝るくらいなら最初からするな。
一番分別がついていない大人はお前だ。
誰よりも素直で、誰よりも可愛い癖に。
可愛くない態度や口調で、誤魔化して。

どうして、自分だけ悪者になろうとするんだ。

「あぅっ! あんっ! もうっ! やめっ!?」

すっかり頭に血が上ってしまった私には、そんな悲鳴など耳に入らず、叩き続けた結果。

「んあっ!? あ、ああっ! ああああっ!?」

ガクガクと痙攣した彼女の真っ白な太ももに尿が伝い、失禁させてしまったことを認識して。

「フハッ!」

無意識に口角が吊り上がり、愉悦を漏らした。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

それはまるで、この世全ての善を、嘲嗤い。
この世全ての悪を嘲嗤うかのような、哄笑。
今、この時、この瞬間、善悪など存在せず。
全ては愉悦に呑まれ、価値基準を見失った。

「うぅ……酷いや」

まるで、嵐のような愉悦が吹き荒れた後に遺されたのは、か細い少女の、すすり泣きだった。

「君がこんな人だとは思わなかった」

私とて自分がこんな人間だとは思わなかった。

「君はずっと、僕を騙していたんだね」

私は本性を隠して、自分すらも、騙していた。

「き、嫌わないで……」

なんとか絞り出したのは、そんな一言だった。

嫌われたくなかった。
邪悪な私を拒んで欲しくなかった。
この子だけには、受け入れて欲しかった。

「本当に、君はズルいね」
「……ごめん、なさい」
「本性を晒したら嫌われると思ったのかい?」
「違っ……そんなつもりは、なくて……」

自分でも知らなかった一面に戸惑っていると。

「嫌うわけないじゃん」
「えっ?」
「ますます、君を好きになったよ」

この子はこんな私を、好きだと言ってくれた。

「っ……ありが、とう」
「うん」
「あ、ありがとね……本当に、ありがとぉ」
「うん……わかったから、泣かないで」

涙が止まらない。
こんな私の頭を優しく撫でてくれた。
度し難い悪党である私を、見捨てなかった。

この子は世界で一番、正しい存在だと思った。

「ほら、鼻かんで」

渡されたティッシュで鼻をかむ。
ついでに、もう一枚ティッシュを貰って。
私はせめてものお詫びに、彼女の真っ白な太ももに伝う尿を、なるべく丁寧に拭ってあげた。

「こんなことしていいの?」

どうだろう。良くないのかも知れない。
人によっては、ダメだと言うかも知れない。
客観的に見たら、悪なのかも知れない。

でも、それでも、私の主観では、どうしても。

「これは私の、責任……だから」
「だから、なんだい?」
「だから責任を持って、綺麗に、するのっ!」
「たとえそれが、うんちでも?」
「あ、当たり前でしょっ!!」

まるで子供みたいな物言いになってしまったけれど、結局は自分自身の主観で分別をつけた。

「やれやれ。大人は大変だね」
「でも……それが大人だから」
「そうだね。君の言う通りだ」

客観性に縛られる大人は大変だ。
しがらみは多いし、面倒くさい。
それでも、ある程度は、自由だ。

自らの主観で分別をつけるのが、大人だから。


【善悪の糞別】


FIN

引き続き、もう一作品投稿します。
これは本編の前に書いたもので、いわば叩き台のような作品なのですが、それでもよろしければお愉しみください。

それでは以下、おまけです。

「悪党は美しくあるべきだと思うのよ」

そう切り出した、美しき悪党。性別は女だ。
胸元は大きく開き、深い谷間が見て取れる。
以前、女は視線に敏感であると耳にした覚えがあったので慌てて視線を下げるも、そこには蠱惑的な脚線美があり、逃れることは出来ない。

「出来うる限り、美しく、悪事を働くことで釣り合いが取れると、そうは思わない?」
「思わない。やり辛くて仕方ない」
「だからこそ、私は美しくあろうと思ってる」

要するに、ただの嫌がらせだ。
本当にタチが悪い。とはいえ、それも当然。
当たり前だ。悪とは、正義の敵なのだから。

「滅ぼすことに躊躇いを覚えさせたいのよ」
「後味を悪くしたいだけだろ」
「ええ、そうよ。それが目的。だから、私は」

そこで言葉を切った悪党は口付けをしてきた。

「……正義の味方に、恋愛感情を抱いたの」

そんな歪んだ感情を、恋愛感情とは言わない。

「私と愛し合うつもりはある?」
「ない」
「でしょうね。正義の味方、ですものね」

きっぱり拒絶しても、何故か嬉しそうに嗤う。

「俺はお前を愛さない」
「愛されたら、逆に困るわ」
「だったら、無意味な問いかけはやめろ」
「無意味なんかじゃないわよ。意味ならある」

たしかに、意味はあるのだろう。嫌がらせだ。

「ただの嫌がらせだと思う?」
「それ以外に考えられない」
「単純に、睦言のつもりなのだけど」

どこからどう見ても、仲睦まじくは見えない。

「俺はお前に剣を突きつけているんだぞ?」
「ええ、知ってるわ」
「口付けの際に、剣先が刺さったことは?」
「もちろん、気づいているわ」

胸から血を流しながら、悪党は美しく微笑む。

「あなたが思わず剣を引いたことも知ってる」

口付けに驚いただけだ。無論、他意はない。

「痛く、ないのか?」
「痛いわ。すごく、痛い」

痛いと言いつつも、恍惚の表情を浮かべて。

「でもそれ以上に、あなたの優しさが嬉しい」

馬鹿につける薬はないとはよく言ったものだ。

「あなたは、本当に正義の味方なのね」
「ああ、だから俺はお前を滅ぼす」
「そんなことは出来ないわ」
「何故そう思う?」
「正義の味方は、悪ですら、救うものだから」

そう言われると、そんな気になるのが、癪だ。

「もしも私が改心したら、どうする?」
「信用出来ない」
「ええ、だって嘘だもの」

悪党は、まるで息をするように、嘘を吐く。

「正義の味方なら、悪党に騙されなさいよ」
「そんなルールはない」
「でも、大抵はそういうものだわ」

そのパターンが多いことは認めざるを得ない。

「なら、恋愛感情云々も嘘ってことか?」
「いいえ。あれは本心よ。キスもしたでしょ」
「あれもただの演出だろ?」
「酷いわ。ファーストキスだったのに……」
「えっ?」

涙を流す悪党。演技でも女の涙は見たくない。

「……憶測でものを言ったことは謝る」
「仕方ないわね。許してあげる」

悪党はすぐに泣き止んだ。やはり演技だった。

「でも、困ったわね」
「なんのことだ?」
「信用を得るには、どうすればいいかしら」

顎に手をやって、悪党は熟考している。
すると、大きな胸が中央に寄せられて。
目のやり場に困ってしまい改めて思う。
この美しき悪党は魅力的な女であると。

「あっ」
「な、なんだ!? 俺は何も見てないぞ!?」
「何を動揺しているのよ」
「……別に、なにも」

ジト目で咎められ、シラを切ると、嘆息して。

「別に減るものじゃないし、見てもいいのに」
「な、何のことだか、さっぱりわからん!」
「はいはい。そんなことよりも」
「……なんだ?」
「あなたを信用させる方法を思いついたのよ」

満面の笑みでそう語る悪党は少し可愛かった。

「俺を信用させる方法だと?」
「ええ、知りたい?」
「ふん。そんなもの、あるわけがない」

悪党と話せば話すほど猜疑心は強まる一方だ。

「騙されたと思って、聞いて」
「俺は絶対に騙されないぞ」
「じゃあ、騙されないと思って、聞いて」

しつこい悪党の言葉に、渋々、耳を傾ける。

「あなたのお尻を舐めてあげる」
「おっ?」
「そしたら、私のこと、信じてくれる?」

全く意味がわからないが、興味は、唆られた。

「俺の尻を舐める、だと?」
「ええ、そうよ」
「それにどんな意味があるんだ?」
「それくらい、愛していると知って欲しいの」

どんな愛の告白だ。完全に頭がおかしい。

「それで俺がお前を信用すると思うのか?」
「信用されなかったら、それはそれでいい」
「どういう意味だ?」
「愛を伝えられるだけで、私は満足だから」

要するに自己満足か。実に悪党らしい考えだ。

「断る」
「どうして?」
「尻を舐めさせて喜ぶ趣味などないからだ」

正義の味方にそんな特殊な趣味などないのだ。

「それは、嘘よ」
「は?」
「あなたは私に舐められるのが怖いだけ」
「怖くなんてない」
「だったら、別に構わないでしょう?」
「……嫌だ」
「ほら、やっぱり。あなたは、臆病者よ」

普段温厚な俺でも、これにはカチンときた。

「……俺が、臆病者だと?」
「そう。あなたは私に舐められるのが怖いの」
「違う」
「いいえ。違くないわ」
「違うって言ってるだろっ!!」

つい、怒鳴ってしまった俺を悪党は嘲嗤って。

「じゃあ、臆病者じゃないって証明して」
「えっ?」
「あなたが真の正義の味方なら出来る筈だわ」
「何を……?」
「私のお尻を舐めなさい」
「おっ?」

何だそれは。どんな理屈だ。意味不明すぎる。

「ああ、ごめんなさい。飛躍しすぎだったわ」
「お、おう」
「まずは私があなたのお尻を舐めるのが先ね」

おかしいな。何故か、話がふりだしに戻った。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「どうしたの? やっぱり怖い?」
「こ、怖くない! 怖くなんてない、けど……」

狼狽えると、ここぞとばかりに提案してきた。

「じゃあ、キスだけ、とか?」
「まあ……そのくらいなら」
「……チョロすぎ」
「えっ?」
「なんでもないわ。早くお尻を出しなさい」
「あ、ああ……わかった」

こうして俺は、まんまと悪党の口車に乗った。

「ふーん……思ったより、かわいいお尻ね」
「う、うるさいっ!」
「なによ、照れてるの?」
「照れてない!」
「ほんと、かわいいんだから」

尻を見られて羞恥に悶える俺を悪党は慈しみ。

「まだ怖いの?」
「だ、だから……怖くなんか、ない」
「大丈夫。手を繋いであげるから、ね?」

遠慮なく絡められた細い指により、改めて、悪党が女であることを強制的に認識させられた。

「ほら、力を抜いて……ちゅー」
「んあっ」

初めての感触に思わず声を出した、その瞬間。

「フハッ!」

悪党が愉悦を漏らし、俺はすぐさま抗議した。

「わ、嗤うなっ!」
「あら、ごめんなさい。私ったら、つい」

なにが、つい、だ。完全に悪意が満ちていた。

「ふぅ……じゃあ、次は私の番ね」
「はい?」
「ああ、違った。あなたの番、だったわね?」

愕然とする俺に背を向け、悪党は尻を出した。

「うわっ! な、何をやっているんだ!?」
「お尻を出さないと、キス出来ないでしょ?」
「俺はそんなことをするなんて言ってない!」

視線を逸らし拒否すると悪党が悲しげに囁く。

「ここまできて、やめるの?」
「うっ……」
「正義の味方って、案外、無責任なのね」
「そ、そんなことはない!」

俺は正義の味方。途中で投げ出したりしない。

「だったら、キス、出来るわよね?」
「……朝飯前だ」
「私としては、別に夕飯の後でもいいけど?」
「いいから、さっさと済ませるぞ!」

こんな奴と長く一緒に居たら、おかしくなる。

「おらっ! 尻をこっちに突き出せよ、悪党!」
「きゃっ! 乱暴にしないで」
「あっ……悪い。痛かったか?」
「ううん。平気だけど、優しくして?」
「お、おう」

まるで少女みたいな悲鳴に思わずときめいた。

「なんだか、変な気分ね」
「なんだ、突然」

尻を突き出しながら、悪党はクスクス嗤った。

「私は悪党で、あなたは正義の味方なのに」
「だから、それがどうした?」
「まるで仲の良い恋人同士みたいだと思って」
「……普通の恋人はこんなことをしない」
「つまり、私たちは特別な関係ということね」

敵対者同士。少なくとも普通の関係ではない。

「戯言はもう沢山だ」
「ええ、そうね。そろそろ終わらせましょう」
「これで、お前は終わりだ」
「これで、あなたはお終い」

正義の一撃を、悪党の美しい尻に、ぶち込む。
それで終わる。ようやく悪党に引導を渡せる。
あまり長く時間をかけていると情が移るから。
だから俺は焦らさずに尻にキスをしたのだが。

「んっ……あっ」

その瞬間。ちょろんっと悪党が尿を漏らした。

「フハッ!」

おや? なんだ今の愉悦は。誰の嗤い声だろう?

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

頭に響く哄笑。やけに近い場所で嗤っている。
なんだか、頬が引きつり、そこで気がついた。
ああ、そうか。俺だった。俺が、嗤っていた。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「悪は……堕ちる瞬間が、一番気持ち良いのよ」
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

悪党の言う通り、俺は快楽に包まれ、堕ちた。

「はぁ……はぁ……」
「落ちついた?」
「俺は……堕ちたのか?」
「ええ。あなたは悪党の堕とし穴に、嵌った」

落ち着き、堕ち着いて、堕とし穴の底に嵌る。

「もう、這い上がれないのか……?」
「残念ながら、二度と穴からは出られないわ」
「くそっ……畜生……畜生ッ!」

俺は、悪党に負けた。
正義の味方は、悪に負けたら駄目なのに。
もはや、悪を阻む者は存在しない。
それが、悲しくて、悔しくて、情けなくて。
みっともなく、子供みたいに、泣きじゃくる。

「大丈夫よ。あなたは独りじゃないわ」
「ふぇっ?」
「私も穴の底で、ずっと一緒に居るから」

悪党が優しい手つきで、俺の髪を撫でる。
その悪党らしくない振る舞いに、困惑すると。
悪党はペロリと舌を出して、美しく微笑んだ。

「ちょっと、チクッてするわよ」
「痛っ!? な、何をする!?」
「烙印よ。これであなたは私のもの」

悪党は自分の胸元の傷と同じ程度に、俺の胸を傷つけて、それを悪の烙印と称した。

「まさか、正義が悪に負けるとは……」
「いいえ。あなたは負けてなんていない」
「どういうことだ?」
「あなたに恋した時点で私の中の悪は滅んだ」
「ふえぇっ?」
「だから、なにも、心配しなくていいわ」

何がなんだか分からないけど、それはつまり。

「俺が倒すべき悪党はもう存在しないのか?」
「ええ。正義の味方と一緒に、消滅したのよ」
「それなら、争いはなくなって平和になるな」
「そう。悪と正義が仲良くすれば平和になる」

悪党が正義の味方の尻に口づけをして。
正義の味方が悪党の尻に口づけをした結果。
悪と正義は滅び、世界は平和になった。
全ては尻のおかげ。尻は、世界を救ったのだ。

物語のオチならぬ堕ちとしては、妥当だろう。


【悪党の平和な尻の穴に堕ちた正義】


FIN

おつー

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