「核のボタンを押してください!」 (9)


「核のボタンを押してください!」

人類救済コントロールセンターに響いた声はしかし、その場を占める重苦しい沈黙によって空耳のように扱われた。

室内には制服を着た人間が四、五人。

その誰もが絶望を堪えるように沈痛な面持ちで座っている。

「聞こえませんでしたか、局長? 今こそ核の出番だと言ってるんです」

中でも一番若いワカモトがそう皆に進言したのだった。

核。ご存知核ミサイル。恐らくは人類史に残る破壊力を有していた兵器の名前である。

ワカモトの、そして職員たちの視線が局長に集まった。

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待ち望まれる彼の言葉。

しかし局長は落ち着き払った動作で煙草を一本取り出すと、

「ワカモト、提案ってのは思い付きだけで口に出すもんじゃない」

火をつけ、吸い、煙を吐いて。
彼は壁面に備え付けの巨大なモニターを睨みつける。

「確かに核は用意してある。もしもの時の最後の手段、それはこの場にいる全員が以前より承知していたことだしな」

「だったら悠長にしていないで! 我々には時間が無いんですよ!?」

「分かっている。だからこうして皆思案している」

「わか、わっ、わかってるって――それで結局、何時間無駄に過ごしてきたと思ってるんです!?」


ワカモトの叫びに誰もが心で肯いた。それは局長だって同じだった。

事態がこうなってしまうまでに有益だと思われていた行動は既に取り尽くされ、
事前準備されていた他の装備も使い潰された後だった。

最早今、現時点で、コントロールセンターにはワカモトの言う核しか残っていないのだ。

これ以上の時間の浪費には耐えられない。

有効な代替案が出ない以上は使用も止むを得ないことを局長だって分かっていた。


「だが使わん。いや、使えん」

「なぜです! 道徳的な問題なら――」

「ワカモト! それはな、僅かとは言え希望が残っているからだ。
丸一日に近い時間が残されているからだ。……故にボタンを押すのはまだ早い」

局長がモニターに表示されたカウント表示に目を向ける。ワカモトも追って視線をやった。

しばしの沈黙、誰も動かず、刻々と迫るタイムリミット。

「局長!」

言って、再び局長と向き合ったワカモトの手には鈍く輝く武器が握られていた。

躊躇している時間はもう無かった。こうなったら暴力的手段に訴えてでも自分がボタンを押してやる。

「僕は押します、僕が押します。もうこんな状況には耐えられない!」

局長のデスクへにじり寄り、凄むワカモトの手の中で武器が光る。


「抵抗なんてしないでください、その瞬間にあなたを撃ちます」

周りの誰も止めなかった。武器を持つワカモトが危険だとしり込みしたからか?

……違う、皆分かっていた。残された手段はそれしかないと。

人類が生き延びるにはこの兵器に望みを賭けるしかないということを。

「ふっ、まぁ、それも良かろう」

局長が椅子から立ち上がった。

まるでボタンの前へ招くようにワカモトの進路を空けて言った。

「その方がアッサリ[ピーーー]て楽かもしれん」

「……強情をっ!」

「強がってないさ。遅かれ早かれ一日のズレだ」

もう言い返す気分にもなれなかった。局長は既に事態の解決を諦めているとワカモトには直感で理解できた。

――しかしいざボタンの前に立つと緊張が増した。

その手で握りしめる武器も機械相手では自信をつけてくれなかった。


「核を……使うならもう、これ以上は……」

自身に言い聞かせるようにワカモトが呻る。

事態を静観していた全職員からの注目が彼の指先へと注がれている。

モニターには依然とカウントダウンの表示。

プレッシャーで息苦しくなったワカモトがゴクリと喉を鳴らした瞬間、

「どうした、ボタンを押さないのか?」

局長の声が背中を押した。

ワカモトの指先が吸い込まれるようにボタンに触れる。

次いで無機質な合成音声がミサイルを発射したことを施設内の全職員に告げた。

「ああ……!」

ワカモト含め、職員達の視線がモニターの変化に釘付けとなった。

誰ともなしに声が上がり、そこには新たなアイコンが表示された。

ミサイル。それが先程から映し出され続けていた巨大隕石の表示と今重なる。


「やったか!?」

職員の一人が思わず立ち上がった。

しかし隕石の表示は消えなかった。

それはこれまでと全く同じ結果――旧時代に作られた強力な爆弾、放たれた核よりも何倍も威力を持つ
数々の破壊兵器がそうであったように――地球へと迫る巨大隕石に傷の一つもつけられやしなかったのだ。

最早人類、いや、地球にはその崩壊を免れる為の手段が残っていない。

局長が悟った様子で顔を伏せた。

「そらみろ」

カウントダウンは依然止まらず。

センター内の緊張は先程までと比べられない。


「だから押すのが早いと言ったんだ」

>>4 訂正

〇「その方がアッサリ死ねて楽かもしれん」
×「その方がアッサリ[ピーーー]て楽かもしれん」


「やったか!?」

脳内職員の一人が思わず立ち上がった。

しかしウンコ表示は消えなかった。

それはこれまでと全く同じ結果――旧時代に作られた強力な下痢止め、放たれた整腸剤よりも何倍も効果を持つ
数々の内服薬がそうであったように――肛門へと迫る巨大ウンコに傷の一つもつけられやしなかったのだ。

最早俺、いや、肛門にはその決壊を免れる為の手段が残っていない。

脳内局長が悟った様子で顔を伏せた。

「そらみろ」

我慢による脂汗は依然止まらず。

電車内での周りの人々の視線は先程までと比べられない。


「だから電車に乗るのが早いと言ったんだ」







「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!)」

>>8
しね

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