すいーてぃーひびかな【スイプリ】 (12)
スイートプリキュア♪ ひびかな 掌編
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「奏って最近あんまり怒らなくなったよね」
それは何気なく発した言葉。 そして続けて「前はあんなに怒りっぽかったのに」とも。
それら無意識に口から出た言葉は、それ即ちあたしが心から思っているからこそ、すっと出たということ。
奏は美人だ。 端正な顔だちに女性らしい体つき、立ち居振舞いだって完璧で、それに加えて料理を始め家事全般が得意なところも奏の美人度を更に上げている。 まさに奏には『たおやか』って言葉が似合う女性だ。
でも、そんな奏の唯一の欠点? と言えるところ、それが『怒ると恐い』ということ。
奏が怒るとそれはもうとにかく恐い。 あの綺麗な顔のまま迫力ある顔つきになるんだからたまらない。
何度も何度も、きっと世界で一番奏を怒らせたあたしが言うんだから間違いない、奏を怒らせると絶対に後悔する。
奏が怒るポイントは、あたしにも未だに解明しきれていない。 でもあたしの経験測から言うと、奏は『怒りっぽい』と言われると間違いなく怒る。
つまり今奏は怒っているはずだ。 次の瞬間にも
『ひ~び~きぃ~!』
『私が怒りっぽいってどういうことよ!』
『だいたい悪いのはいつも響でしょ!』
『何でそういうこと言うの? 響は一言多いの!』
などと矢継ぎ早に言葉の猛打を浴びせてくるはずだ。
とはいえ、それから逃げるとそれこそ本当の終わりだ。 あたしは意を決して何となく眺めていた天井から隣に寝ている彼女へと視線を移す。
無機質な天井とは180度違うであろう彼女の綺麗な顔は…… 果たして綺麗なまま、ただまっすぐにあたしを見つめていた。 その表情からは怒りの感情は見て取れない。
「えーっと…… 怒ってない?」
「昔の私ってそんなに響に怒ってたかしら?」
昔、昔か……
思い出す、奏との昔のこと。 あたしが奏を一番怒らせて、傷付けて、悲しませていた頃のこと。
ほんの少しのすれ違いから奏との気持ちが離れちゃって、あたしはそれが耐えられなくて、奏との距離を縮めようと、振り向いてもらおうともがいていた頃。
奏にあたしのことを忘れて欲しくなくて、でもちゃんと奏と向き合う勇気なんてなかったから、あたしに出来たのは奏を怒らせることだけだった。
怒らせて、あたしを見てもらって、北条響という存在を奏の心のどこかに存在させたかった。 自分ながら子どもっぽいと思う。
でもあの頃のあたしにはそうすることしか出来なくて、そうやって奏にしがみついていたからこそ、今こうして奏と一緒に居られるんだと思う。
「そう考えると、あの時もきっと今のあたし達に必要な時間だったんじゃないかなって」
今にもふたりの体が溶け合いそうなほどの近い距離だからこそ、あたしは自分の思ったことを素直に話した。
うん、きっとあたし達のやってきたことに意味のないことなんてない。
「そうね……」
自分にしては良いことを言ったつもりなのに、対する奏は浮かない様子だった。
「奏はそうは思わない?」
「無意味だったとは思わないわ。 だけど私は…… あの頃はとても辛かった」
「響と上手く話せなくて、自分から謝れば解決するのかなって思っても、何で響が悪いのに私が謝らなくちゃいけないの? って強情になって、そんな自分が嫌になって……」
「スイーツ作りも元々は大切な人、響に喜んで欲しくて始めたから、響に食べさせてあげられないなら辞めようかなって思ってた」
「あ、あの頃も美味しかったよ、奏のスイーツ」
盗み食いみたいなことしかしてなかったけど……
「あんなのじゃダメよ。 あんな形で食べるなんて最低」
「……ごめんなさい」
「だからね、あの頃は悲しかった…… あんな悲しい想いはもうイヤ」
『悲しい』
その言葉が突き刺さる。
奏に怒られることで奏にあたしのことを見てもらえる。 そんな能天気なことをあたしが考えている時に奏はそんなことを考えていたんだ。
あたしって本当にバカだなぁ。 人の気持ちがわかんなくて、ふとしたことで大切な人を傷付けて。
奏は繊細な子だから、悲しみやすい子だから、だからあたしは奏と『わかり合う』って決めた。 悲しい気持ちは半分こして、嬉しい気持ちを分け合う、それがあたし達の『繋がり』
目の先に居る奏はあたしを見ているようで見ていなくて、きっと奏が今見ているのは昔の悲しい記憶。
それならあたしがすることは決まっている、奏の悲しみをわかちあって、和らげる。
腕を奏の肩へ回し、視界を閉じて、奏との距離を近付ける。 奏と繋がって、わかりあうために……
「あの時はごめんね、奏」
「待って響」
唇の動きが強制的に止められる。 狭いベッドの中で奏はあたしとの距離を取る。
「え……?」
あたし…… 何かした……?
「ねぇ響、今私が何考えてるかわかる?」
出た、奏クイズ『私が何考えてるかわかる?』 これに不正解するときっと一日中奏の機嫌は悪いままだ、明日はせっかくのふたりの休日なんだからそれだけは何としてでも回避しないと……
「も、もちろんわかるよ。 昔のこと思い出して
「全然違う」
不正解、終わった……
「私、さっきから怒ってるんだけど」
奏はまっすぐこちらを見据えてそう語る。 その顔は実に整った凛としたもので、怒りなんて俗物的なものとは無縁に思える。
「だ、だってさっき『悲しい』って……」
「それはさっきの話でしょ?」
それなら『さっきから怒ってる』とは何なのか、奏の時間軸は理屈では説明がつかない。
「ねぇ、私の話ちゃんと聞いてた?」
やはり怒っているようには思えない淡々と綴られる奏の言葉。 どうやら幾年を経て奏は『冷静に怒る』というスキルを身に付けたらしい。 わかりやすい迫力はなくとも恐さは据え置きだ。
「響、『昔はデリカシーなくて奏を傷付けた』なんて言ったけど、今も全然変わってないわよ」
「そ、そんなこと言ってな
「言った」
最強検事は白でも黒へ塗りつぶす。 あたしの弁明は検事兼裁判官の彼女へと届くことはなかった。
「はぁ…… 本当信じられない……」
人がふたり眠ることを想定されていないベッドの中を奏が動き回る。
薄布ひとつ纏ってベッドから抜け出した彼女はあたしに背中を向けながら呟く。
「そうだ、前から思ってたけど、冷蔵庫新しくした方がいいんじゃない? ほら響ってよく食べるでしょ? きっとその方がいいわ」
「あと、最近肌荒れが酷くて…… はぁ、食洗機でもあったら変わるのかしら……?」
奏の呟きは大きかった。 きっと耳を塞いでもあたしの鼓膜に響き渡ったと思う。
駆け出しピアニストのあたしのお給料から考えるとあまりにも痛い出費、ううんでもこれはあたし達ふたりのための出費だから、惜しくなんて…… ない…… うん……
「それじゃあさ、明日…… じゃなくて今日? 買いに行こうよ、ふたりでさ」
ベッドから体を起こし、布越しでもわかる奏の綺麗な背中に語りかける。 彼女の提案を甘んじて飲みつつの休日の提案、これはきっと悪くない選択肢のはず。
「……」
対する奏は振り返らず、何も語らず。 部屋に無音という音を響かせる。
奏の怒りを攻略するアドベンチャーゲームも最終章。 ここでの判断を間違えればきっと一週間は奏の機嫌が悪いままだろう。
こういう時、奏が欲している言葉は何か…… それはひとつしかない。
(ここで決めなきゃ女がすたる!)
何度もあたしを奮い立たせた言葉にまた力を借りる。
あたしはベッドから立ち上がり、まっすぐ立ち続ける奏を後ろから抱き締める。 強く、深く。
そして無音を切り裂かない。 無音に溶け込むような言葉を奏でる。
「大好きだよ、奏」
「んっ♪」
ひびかな とても甘くて美味しいもの
書き忘れた。
終わりです。
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