魔物使い「汚らしい! ボクに触れるなっ!」竜の子「汚らしいのは、お前だっ!!」 (22)

「よっしゃ! 経験値ゲットだぜ!」
「よーし! 今日はもう帰ろうぜ!」

魔女の行方を追う竜の子と生贄娘は現在、精霊使いのお漏らし姫から教えられた世界を闇に陥れる巨悪が潜伏するという高い山々が連なる山脈へ辿り着き、岩陰に隠れて息を潜めていた。

「……行った、みたいだね」
「はい。そのようですね」

武装した冒険者らしき男達が遠ざかるのを見送り、竜の子は深々と、安堵の溜息を吐いた。
岩陰から出て、彼らが経験値を獲得するべく駆除した魔物の死骸へと歩み寄る。無残だった。

「あの人達は、狩った魔物を食べないんだね」
「彼らは経験値稼ぎが目的なので食べません」
「……経験値」

竜の子は悲しそうな顔で、反芻する。
彼らにとって、魔物は経験値稼ぎの道具。
生物としてではなく道具、もしくはイベント。
そのように捉えて、容易く命を刈り取る。

「……僕は、冒険者さんを、好きにはなれない」
「ええ……私も全く、若様と同感です」

もちろん、彼らとて生活がかかっている。
生きる為に、経験値を稼いで、強くなる。
でなければ、お金を稼ぐことが出来ない。

それを理解しても尚、理不尽だとそう感じた。

「とても、2人で食べ切れる量じゃないね」
「はい。残念ながら……糧には出来ません」

竜の子は未だ子供で、憐れな魔物の死骸を丸呑みにすることは出来ない。生贄娘とて同じだ。
だから2人は地面を掘り、魔物の死骸を埋めた。

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「魔女さんが戦っているのも冒険者なの?」
「わかりません。言葉を濁されましたので」

岩山を登りながらふと浮かんだ疑問を口にする竜の子に生贄娘は正直にわからないと答えた。
姫君は巨悪としか口にしておらず、具体的な素性を教えてはくれなかった。それは、何故か。

「恐らく、都合の悪い存在なのでしょう」
「都合の悪い、存在?」
「ええ。あの姫君にとってか、もしくは……」

首を傾げる竜の子の瞳に不安が浮かぶのを見て、生贄娘はそれ以上の憶測を飲み込んだ。
何もわからない現状、悪戯に不安を煽るようなことを口にすることは、何の意味もなかった。
ただ今は、魔女を救うという目的のみを見据えて、竜の子の手を引き、急ぎ山頂を目指した。

「……魔女さんが、戦ってる」
「ええ、そのようですね」

山頂に近づくにつれ天候が悪化し、雷雨と暴風が吹き荒れ始めた。時折、紫電が迸っている。

「魔女がこれほど力を行使しているとなると、巨悪とやらは、余程の相手のようですねぇ」
「強いってこと?」
「恐らくは」
「父上よりも?」
「あのお方より強い存在は、想像出来ません」

竜の子の父は永きを生きた偉大な竜王である。
恐らく、魔女の雷雨や暴風などは、まるでそよ風のように受け流して、全く効かないだろう。
そんな竜王と比較するあまり、失念していた。

その偉大な竜王を、今や文字通り尻に敷く人間の妻のかつての生業とは、なんだったのかを。

「しかし、視界が悪いですねぇ」

魔女の戦いに目を凝らすも、雷雨によって見通しのきかない状況で敵影の視認は困難だった。
しかし人間よりも眼が良い竜の子は気づいた。

「あれは、まさか……竜?」
「若様、それは本当ですか?」
「うん。間違いない。竜と戦ってる!」

同族の気配を感じた竜の子は確信をもって頷き、それを受けて、生贄娘は奥歯を軋ませた。

「よもや、敵がお父君と同じ……ドラゴンとは」
「ううん。違う……そうじゃない」
「若様? それは一体、どういう意味ですか?」

きっぱりと否定されて困惑する生贄娘に、竜の子は青い顔をして、震える声で正体を告げた。

「あれは僕と同じ……混ざり者の、竜の子だ」

衝撃の真実に生贄娘が絶句し、言葉を紡げずに閉口すると、魔女の悲痛な叫びが山頂に響く。

「……やめて! あなたとは、戦いたくない!」

自らに襲いかかる竜の子に対して、魔女は喉を枯らしながらも、懸命に呼びかけ続けていた。

「……私は、あの子の、お友達だから!」

対峙する敵と、お友達の竜の子が重なる。
故に魔女は、敵に致命傷を与えられない。
攻撃をいなし、躱して、避け続けていた。
僅かな空白で懸命に呼びかけ、懇願した。

「……お願い! 私の、話を、聞いてっ!」

涙を零しながら訴える、魔女の切実な願いは。

「がああっ!」
「……ぐっ!」

人間と竜の特徴を兼ね備える敵には届かない。

「魔女さんっ!?」

もはや、限界だった。とても見て居られない。
竜の爪で深々と肩口を切られ、鮮血が飛び散るその様を見過ごせずに、竜の子が飛び出した。

「若様っ!? くっ……やむを得ませんか!」

続いて、生贄娘も戦いの最中へと割って入る。
欲を言えば、もう少し状況を見極め、把握したかったのは山々だが、こうなっては仕方ない。
背後に自らが両親に任された竜の子と、弟子の魔女を庇いながら敵である竜の子と相対した。

「若様、私が時間を稼ぎます」
「そ、そんな……僕も一緒に」
「その間に魔女を安全な場所に連れていって、事情を聞いてください。決して振り返らずに」

そう背中で語る生贄娘の覚悟を受け、竜の子は駄々を捏ねることなく、素直に従い行動した。

「魔女さん、立って!」
「……若、どうして……?」
「いいから、早く! 近くの岩陰に隠れて!」

思わぬ介入に驚いた魔女は、必死にこの場を離れようとする竜の子の言葉に半ば呆然としながらも頷き、手を引かれるまま、場所を移した。

そんな2人を背中で見送り生贄娘は不敵に笑う。

「さて、竜の子のことはよく存じております」
「ぐるるぅっ……!」
「魔女のように、私は優しくはありませんよ」

敵対した竜の子に、正面から立ちはだかった。

「魔女さん、しっかりして!?」
「……どうして、若が、ここに……?」
「お友達だからだよ!」

出血する魔女の傷口を抑え止血しつつ、理由を問われた竜の子は、当たり前のことを叫んだ。

「お友達だから、助けに来たんだ!」
「……おとも、だち」
「そうだよ! 僕たちは、お友達だ!」
「……お友、達」

魔女は今度は、今度こそ、間違えない。
正しく、お友達と、そう反芻した。
去り際、お友達にはなれないと言われた。
しかし、竜の子は、はっきりと耳にした。

敵対する竜の子へ呼びかけた、魔女の本心を。

「もう二度と、僕に嘘をつかないで!」
「……若」
「僕は愚かな子供だから、嘘が見抜けない!」
「……ごめん、若」
「だからもう、嘘つかないって約束して!!」
「……わかった。もう二度と若に嘘をつかない」

竜の子はポロポロと涙を流して訴えた。
その涙があまりに優しくて、温かくて。
約束を交わした魔女の頬にも涙が流れていた。

「……ごめん。ごめんね……若」
「僕の方こそ、嘘に気づけなくて……ごめん」
「……違う。若は、優しい……私が、悪い」
「魔女さん……」

魔女はこれまで、ずっと、独りぽっちだった。
何をするにも、なんでも、自分で決めていた。
だから船で竜の子と出会う前、世界に居場所がないと思っていた時に、お姫様の遣いから今回の仕事を依頼された際も、独りで決断をした。

独りで世界を救おうと。

そうすれば、英雄になれると思った。
そうすれば、居場所が出来ると信じた。
そうすれば、独りじゃなくなると考えた。
そんな自分勝手な思いから独断で引き受けた。

にもかかわらず、結局その使命を身勝手な私情により遂行出来ない自分が、心底嫌になった。

「……私は、自分が嫌いで、たまらない……!」

自分の醜さや浅ましさが、嫌で嫌で堪らない。

「……僕も、魔女さんと同じだよ」

同じく、竜の子も、自分の弱さが嫌いだった。

「……若?」
「だから僕たちは良いお友達になれると思う」
「……ほんと? 私なんかで、いいの……?」
「うん! もちろん!」

そう言って子供らしい笑みを浮かべる竜の子につられて、泣き止んだ魔女も優しく微笑んだ。

「……ありがとう、若」
「どういたしまして!」

互いの嫌な部分を貶し合うのではなく、補って支え合うのが、真のお友達なのだと理解した。
ようやく、本当のお友達になることが出来た。

「生贄娘! 大丈夫!?」

あれから魔女はすぐに治癒の魔法で自らの傷を治し、生贄娘の安否が気になる竜の子と共に、再び戦場へと戻った。とはいえ全快ではない。
いかに神秘の魔法とはいえ、裂傷によって失われた血液までは取り戻せないようで、顔色は悪いまま、足元はふらつき、再戦は困難だった。

「おや? 若様、お早いお戻りでしたね」
「生贄娘……無事で、良かった」

生贄娘はところどころ裂傷が見受けられるが、それほど大きなダメージを負った様子はなく、竜の子はほっと安堵して、魔女は謝罪をした。

「……迷惑をかけて、ごめん」
「全く、本当に手のかかる弟子ですねぇ」
「……ごめん、なさい」
「若様にはきちんと謝罪をしたのですか?」
「……海よりも深く、反省して、謝った」
「ならば結構です。では弟子よ、質問します」
「……何?」
「あの竜の子はどこか具合が悪いのですか?」

魔女とのやり取りを簡潔に終え、それ以上の文句を飲み込んだ生贄娘は、眼前の敵を見やる。
それにつられる形で、竜の子と魔女が敵影を確認すると、何やらその場に蹲って、動かない。

「……よく、わからない」
「私の目には、苦しんでいるように見えます」
「……たしかに、戦っている最中も、どこか焦っているような、そんな節が、見受けられた」

生贄娘の言う通り、敵は苦しんでいるようだ。
魔女の証言によると、戦闘中に焦った様子が見受けられたとのこと。その原因が気になった。

「ふむ……これは黒幕の気配がしますねぇ」

生贄娘は一考し、試しに声を張り上げてみた。

「コソコソ隠れず、姿を現しなさい!」
「……ああ、とうとうバレてしまったか」

岩陰から、ふらりと、真の黒幕が姿を見せた。

「……たしかに、違和感はあった」

魔女は独白する。戦闘中に感じた、違和感を。

「……あの子は、何かに怯えているようだった」
「つまりあの者こそが、本当の巨悪、ですか」
「あの人間が……全ての、元凶……!」

魔女、生贄娘、竜の子の視線を受け、名乗る。

「どうも初めまして。ボクは魔物使い。そこの使えない醜く見苦しい混ざり物の、飼い主だ」

魔物使い。魔物を飼って、使役する者。
それは、かつての竜の子の母の生業だ。
その存在が巨悪と知り幼子は狼狽えた。

「そんな……魔物使いさんが、巨悪だなんて」
「ん? お前もうちの屑と同じ、混ざり物か」

竜の子を一瞥して鼻で笑う魔物使いに対して。

「若様に無礼な物言いをしないで頂きたい」
「……若に対する侮辱は、許さない」

間髪入れずに生贄娘が噛みつき、魔女が睨む。

「ふん。混ざり物は混ざり物だろうが」
「仮にそうだとして、何がおかしいのです」

生贄娘が尋ねると魔物使いは激昂して怒鳴る。

「何がおかしいかって? 全てだ! 何もかも全て、存在自体が間違っていて、許されない!」
「そ、そんな……」

憎悪のこもった視線を受け、そして存在そのものを全否定された竜の子は、打ちひしがれた。

「若様に対して、よくもそんな暴言を!」
「……全言を、撤回するべき」
「……ボクの父親は頭がおかしい人でさ」

憤る生贄娘と魔女の文句を聞き流す魔物使いは脈絡なく、自らが飼う混ざり物の出自を語る。

「貴族で、金持ちでね。かなりの地位もあり、何ひとつ不自由しなくて、全てが自分の思い通りになると思い、そして、ドラゴンを買った」

ドラゴンを買う。それも生きたまま購入する。
それは単に金銭だけでは、成し遂げられない。
ドラゴンを生け捕り出来るだけの力を持った高位の冒険者を雇い、その莫大な報酬を用意し、依頼する為のコネクションも当然必要となる。

それだけの力が、魔物使いの父には、あった。

「目当ての商品を望み通り手にした父は、何を血迷ったか、そのメスのドラゴンを孕ませた」

一同は絶句する。重い沈黙が場を支配した。
頭がおかしいの一言では、片付けられない。
人間とは、こうも、悍ましくなれるのかと。
それでも、自らも人間と竜との間に出来た子供である竜の子は、一縷の望みに賭けて尋ねた。

「それでも、愛し合っていたのなら……」
「そんなわけないだろ。馬鹿か、お前は」

ぺっと唾を吐き捨て、魔物使いは声を荒げた。

「頭のいかれた糞親父は満足げだったが、孕まされたドラゴンの方は気が狂い、ぶっ壊れた」

歪な笑みを浮かべ魔物使いは当時を振り返る。

「慟哭ってのはまさにあのことだった。ドラゴンって奴らは、さぞプライドが高いんだろうな。与えられたエサも食わず死のうとして、それでも死に切れず、忌まわしい妹を産んでからそのまま力尽きた。全く、余計なことを……」

心底忌々しそうに吐き捨て、聞きたくもないその後の顛末を、魔物使いは一息に捲し立てた。

「貴族の世界は酷く狭い。父がドラゴンを孕ませ、ガキを産ませたって噂は瞬く間に広がり、それを問題視した国王によってお家は取り潰し。もちろん父は親族諸々打ち首に処された」

そう語る魔物使いの説明には、疑問が残った。

「では何故あなたは今、生きているのです?」
「そこの混ざり物が、ボクを庇ったせいだ!」

生贄娘が問うと烈火の如く魔物使いは吠えた。

「あの時、ボクは死ぬ筈だった! にも関わらず、生かされた! 全ての元凶のせいでな!!」
「……ごめん、なさい」

糾弾された魔物使いの妹は、蹲ったたまま苦しそうに泣いて謝る。それが怒りを増大させた。

「何なんだ、お前は!」
「……ごめんなさい」
「何の為に生まれた!」
「……ごめんなさい」
「何の為に生きてる!」
「……ごめんなさい」

魔女の魔法の余波による暴風雨が弱まり、魔物使いが妹を詰る声とそれに対する沈痛な謝罪の言葉だけが、荒れた岩山の山頂に響き渡った。

「ボクは、何の為に、生かされた……!」

魔物使いは怒り、嘆き、そして全てを諦めた。
この世全ての恨みと憎しみと絶望を噛みしめ。
虚ろな目で山頂から世界を見渡し、吐き出す。

「だからボクは……この世界を、ぶっ壊すっ!」

歪な笑みを浮かべて、今後の計画を口にした。

「まずはこの国を滅ぼしてから、海を渡る!」

まるで夢を見る子供のように、野望を描いた。

「海の向こう側の奴らも全て、根絶やしだ!」

魔女と竜の子は戦慄した。完全に狂っている。
世界に対する恨みと憎しみが、身を竦ませる。
しかし、生贄娘だけはひとり冷めた目をして。

「それでその後はどうなさるおつもりです?」

その問いかけを聞いた竜の子は以前、母から聞かされた昔話を思い出す。結末はわからない。
ただ、酷く虚しいものだったことはたしかだ。

「……そんなことは、今はどうでもいい」
「つまり、後先は考えていないと?」
「ボクはただ! この世界を壊したいだけだ!」
「はあ……付き合ってられませんねぇ」

頑なに先のことを考えようとしない魔物使いに対して、生贄娘はそれっきり興味を失ったらしく、つかつかと蹲る竜の妹の元へ歩み寄った。

「もう大丈夫ですよ」
「触ら、ないで……!」
「ベルトをひとつ、緩めるだけです」

そう言ってまるで拘束具のように腹部に巻かれたベルトを、生贄娘は緩めてあげた。すると。

「っ……!」

ぎゅるるるるるるるるるるるるるるるぅ~っ!

腹の音が鳴り響き生贄娘はやはりと確信する。

「この子の排泄を管理していたのですね?」
「ああ、そうだ。そんなの当たり前だろう?」
「何が、当たり前なのですか?」
「ただでさえ汚く穢らわしい混ざり物が、汚い糞をそこらでしないように躾けるのは当然だ」
「……クソが」

生贄娘が怒っている。激怒している。
未だ嘗て、竜の子が見たことのない程に。
激しい怒りによって、亜麻色の髪が逆立った。

「世間知らずのガキを折檻してあげましょう」
「がっ!?」

言うが早いか、一瞬で肉迫した生贄娘の正拳突きが、魔物使いの腹部に、深々とめり込んだ。

その動きは高位の冒険者にも引けを取らない。
竜王に生贄として捧げられて以来、自給自足の生活をして魔物を狩り、生きてきた証だった。
経験値目的ではなく生きる為に魔物を食べた。

そうして生贄娘は強く美しい武闘家となった。

「ぐぇっ!? おぇっ!?」
「苦しいですか?」

静かに尋ねながら、何度も何度も腹部を殴る。

「がはっ……や、やめろっ!」
「いいえ、やめません。人の痛みを知るまで」
「ぐあっ……もう、やめっ」
「痛いですか?」
「い、痛い! 痛い!」
「苦しいですか?」
「く、苦しい……! 苦しい!」
「腹痛とはどのようなものかお判りですか?」
「わ、わかった! わかったから!」
「いいえ。あなたはまだ何もわかってません」

殴るのをやめて、生贄娘は魔物使いに諭した。

「あなたが何を恨み、そしてどれだけ世界を憎んでいるのかは知りません。しかし、だからと言って、排泄を管理する理由にはなりません」
「何を、言って……?」
「よくお聞きなさい。誰もが自由に排泄をする権利を奪うことは、この私が許しません。そのことをその、さも悲劇のヒロインを気取った愚かな脳髄に、しかと刻み込みなさい! 」
「ひぃっ!?」

そう言って魔物使いの顔面に跨り、生贄娘が脱糞によって断罪しようとした、まさにその時。

ぶりゅっ!

「おっと」
「えっ?」

ひらりと生贄娘が身を翻して頭上から落下したそれを回避し、魔物使いの上にそれは落ちた。

どすんっ!

「ぐあっ!?」

『それ』は見上げるような巨大な糞であり、糞に埋もれた魔物使いは、文字通り糞に塗れた。

「フハッ!」

あまりのことに呆気に取られた一同の頭上で、何者かが高らかに愉悦を漏らして、哄笑した。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

空を見ると、そこには巨大なドラゴンが飛んでおり、その背に乗って嗤う人間の姿が見えた。

「ち、父上……それに、母上まで……」
「はい。そのようですね」
「……若の、ご両親?」

呆然とする息子と、確信する生贄娘と、困惑する魔女を置き去りにしてドラゴンは飛び去る。

「ナイス脱糞でした、ドラゴンさん!」
「ふん。当然だ」
「糞だけに?」
「フハッ!」
「フハハッ!」
「フハハハハッ!」
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

あまりにくだらないやり取りをしながら、お互いに哄笑し合う両親を見て、竜の子はぼんやりと、自分の両親は愛し合っているなと思った。

「仲睦まじいようで、良かったですねぇ」
「それはまあ……良いんだけど、連絡もしてないのに、どうしてこの場所がわかったのかな?」
「……若の危機を、察知して?」
「いえ、恐らくはあの姫君の根回しでしょう」

疑問を口にする竜の子と、希望的観測を口にする魔女に、生贄娘は現実的な解答を口にした。

手と手を取り合って世界の危機に立ち向かう。
たしかに、あの時、お姫様はそう言っていた。
その言葉通り父と母に助力を頼んだのだろう。

「脱糞好きは信用出来るとはよく言ったものです」
「なにそれ?」
「若様のお母君の口癖ですよ」

なんだそれはと思いながらも、事態を丸く収めてくれたお姫様はたしかに信用出来る人だったと竜の子は思い、魔女は思案して質問をした。

「……私も、脱糞好きに、なるべき?」
「それを私に聞かれても困ります」
「……師匠、教えて」

都合の良い時だけ弟子に戻る魔女の問いかけに深々と嘆息し、生贄娘は当たり前のことを言った。

「若様を愛しているのならば、当然、その排泄物も愛すのは道理。そうではありませんか?」
「……まさに、目から鱗。この世の真理を見た」
「排泄物を含め全てを愛するのが誠の愛です」
「……素晴らしい。一生、師匠に、ついていく」
「いやいや! そんなの絶対おかしいから!?」

独自の愛を追求する師弟が出したそれっぽい結論の意味がまるでわからず竜の子は困惑した。

「ですが、若様……あれをご覧くださいませ」
「えっ?」

生贄娘が指を差した方向を見ると、そこには。

「お姉ちゃん、どこ? どこに、いるの……!」

山となり聳える巨大なドラゴンの糞を懸命に掘って、下敷きとなった魔物使いの姉の姿を、竜の妹は探し、なんとか救出しようとしている。

そんな健気な竜の妹に対し、生贄娘は尋ねた。

「何故、あんな姉を救おうとするのですか?」
「たった、ひとりの……お姉ちゃん、だから」
「あれ程の酷い仕打ちをされたのにですか?」
「それでも……私は、愛しているから……!」

涙を流しながら糞を掘る竜の妹は、非情な姉をそれでも愛しているとそう言って掘り続ける。
それで全て腑に落ちた。合点と納得がいった。
何故、父親と共に打ち首に処される姉を救ったのか。それが答えであり、それが全てだった。

どんなに非情でも。
どんなに恨まれても憎まれても。
どんなに酷い仕打ちをされたとしても。

竜の妹にとって、姉はたったひとり。
姉が居なければ、自分は独りぽっち。
その孤独が嫌で、怖くて恐ろしくて。
だからどんなに、嫌われたとしても。

竜の妹は世界で唯一の姉のことを愛し続けた。

「……僕も、手伝うよ」
「……私も、手伝う」

その歪であっても決して見捨てられぬ愛を目の当たりにして、竜の子と魔女は揃って手伝う。
嫌という程、孤独を味わってきた2人には、見て見ぬ振りや傍観など出来なかった。故に掘る。

「改めて愛とは尊くそして美しいものですね」

誰にでもなくそう呟き、生贄娘も共に掘った。

「あっ! 見つけた! ここに居るよ!!」

3人で糞塗れになってしばらく掘り続け、竜の子が誰よりも早く糞塗れの魔物使いを見つけた。

「お、お姉ちゃん……!」
「どうしよう生贄娘、息してないよ!?」
「私に全てを任せて、お下がりください」

長く糞に埋もれたことによって呼吸が止まっている魔物使いに縋り付く竜の妹と、そして助けを求める竜の子を下がらせて、生贄娘は殴る。

「最期まで悲劇のヒロインを気取る甘えは許しません! さあ、その罪を生きて贖いなさい!」
「ぐはっ!? げほっ! げほげほげほっ!?」
「お姉ちゃんっ!?」

喉にしこたま詰まった糞を盛大に吐き出しながら、魔物使いは息を吹き返して、生き返った。

「な、なんだ……ボクは、いったい……?」
「お姉ちゃん! 良かった……良かったよぉ!」
「なんで、お前……どうして、お前が……?」
「お姉ちゃんのことを、助け、たくて……!」
「汚らしい! ボクに触れるなっ!」

意識を取り戻した魔物使いが、自分に縋り付いて咽び泣く竜の妹を払い除けようとした瞬間。

「汚らしいのは、お前だっ!!」
「ひっ!?」

その、まるで竜の咆哮のような怒声に。
魔物使いは動きを止め、身を竦ませた。
生贄娘もそして魔女も呆気に取られた。

竜の子が怒っていた。口元から火炎を吐いて。

「いい加減にしろ!」
「お、お前みたいなガキに、ボクの何が……!」
「僕にはわからない! わかりたくもないっ!」

竜の子にはわからない。
何故、魔物使いが世界を憎むのか。
何故、魔物使いが絶望しているのか。
たしかに、酷い人生だったかもしれない。
救いはなく未来への希望もないかもしれない。
だけど、それでも、憤らずには、居られない。

「だってお前には妹が居るじゃないかっ!!」

魔物使いにはわからない。
それがどれほどの幸福かなど。
独りっ子の竜の子と魔女にはわかる。
それが何よりの救いであると。

妹が居る魔物使いは、孤独ではないのだから。

「目の前の妹を、精一杯、愛してやれよ!!」

何も難しくはない。それだけで済む話だ。
どれだけ憎たらしくても、恨んでいても。
たったそれだけで、世界は大きく変わる。

生贄娘と出会い、穴蔵から出て、同じく穴蔵から出てきた魔女と竜の子が、出会ったように。

「……ボクは、間違って、いたのか……?」

竜の子の咆哮で魔物使いは正気を取り戻した。

「ああ、そうだ。お前は間違っていた」
「じゃあ、ボクは、これまで何の為に……?」
「知らない。だけどひとつわかることはある」

これまでの自らの行いを否定され空っぽになった魔物使いに、竜の子は明白なことを告げた。

「これからは、妹の為に生きればいい」
「妹の、為に……?」
「もうそれしかお前には残ってないだろう?」

確信を持って人間に問いかける竜の子のその鋭い眼光に父である竜王の面影を見て、生贄娘は思わず傍らに跪き、魔女もまたそれに従った。

「お前は、いったい……?」
「若様はいずれ、偉大な竜王となられるお方」
「……頭が、高い」

ただならぬ雰囲気に、呆然とする魔物使いに。
深々と頭を垂れたまま生贄娘と魔女が竜の子の身分を明かすと竜の妹もそれに習い平伏した。

「偉大なる、竜王様……お姉ちゃんを、助けてくれて……本当に……ありがとう、ございました」
「い、いいよ……そんなに畏まらなくて。元々は父上の粗相が原因だから、気にしなくていい」

照れ臭そうに鼻を掻きつつ父の粗相を謝罪し、マッチポンプとなることをなんとか回避した竜の子は、やはりまだまだ幼子ではあるが、優しい竜王になりそうだと、一同は思った。

「これにて、一件落着ですね」
「……流石は若。見事な名裁き」
「ううっ……からかわないでよぅ」

わだかまりは残りつつも、それでもほんの少しだけ前向きになれた姉妹達を、山頂に残して。
竜の子と生贄娘と魔女は揃って下山していた。

「それにしてもご両親の登場には驚きました」
「……びっくりしすぎて、ご挨拶、忘れた」
「ううっ……恥ずかしいよぅ」

ドンピシャなタイミングで現れてくれたことには感謝しているものの、やったことは糞を落としただけなので息子としては恥ずかしかった。

そんな竜の子はさておき生贄娘は魔女に問う。

「ところで、我が弟子のあなたに一点お尋ねしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「……何?」
「もしや、今のあなたはノーパンですか?」
「……ノーコメント」
「やはり! 下着はお返しするので今すぐにお穿きなさい! 規制されたらどうするのですか!」
「……その下着は、若にあげたもの」
「全年齢対象の健全なこの物語において、あられもない卑猥な下着は相応しくありません!」
「……若は、穿いてないほうが好き、だよね?」
「そこでなんでいつも僕にそれを聞くの!?」

いつも通り生贄娘と魔女の諍いに巻き込まれた竜の子は涙目で困り果て、そんな可愛い未来の竜王を見て、彼女達はくすくすと笑っている。
どうやらまたもや、からかわれたのだと気付いた竜の子は、顔を真っ赤にして、恥じ入った。

「さあ、若様」
「……若、顔を上げて」

恥じて俯く竜の子の左右の手を、生贄娘と魔女が片方ずつ取って、それぞれ美しく微笑んだ。

「また新たな冒険に出かけましょう」
「……どこまでも、いつまでも一緒」
「うん! どこまでも一緒に行こう!」

この先何があり、何が起こるかはわからない。
それでも、何ひとつとして怯えることはない。
竜の子はもう、独りぽっちではないのだから。


【魔物使いの生きる意味】


FIN

これにて、ひとまず【魔物使いシリーズ】は完結となりましたので、まとめてHTML化依頼の方を出してきますね

最後までお読み頂きありがとうございました!

ローカルルール守れないなら二度と書くんじゃねぇよ

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