【けいおん!】梓「千変晩夏」 (63)

あずにゃんへ 今度の夏祭り、久しぶりに軽音部の皆で行くって約束でしたが、何でも、澪ちゃんがどうしてもりっちゃんと二人で行きたいと言ってるらしくて、集合は三人になりました。二人は今おアツいから、許してあげてね。

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昨日唯先輩から送られてきた一通のメール。その最下に書かれていた待ち合わせ場所を三度反芻して、私は家を出ました。今日がその夏祭り当日。先輩方が卒業して以来、初めての再会です。夏休みの間はずっとこっちにいてくれるからいつでも会えるとはいえ、それでも再開初日というのは嬉しいような気恥ずかしいような、不思議な気分です。

 夕方六時のチャイムが鳴る頃には、青空に赤い影がぼんやり滲んで、じいじいと耳をつんざくような蝉時雨も、まるで川の流れのように滑らかな音色になる、そんな時期になりました。
 風も僅かながらそよそよと穏やかに流れていて、心地良い暑さが夏の終わりを、ぼんやりと連想させました。

 川を越え信号を渡り歩くことおよそ十分。曲がり角を抜けた所、遠目に先輩たちの姿を確かめることが出来ました。
「あっ、おーい! あずにゃーん!」そう私が気付くや否や、唯先輩も私に気付いたらしく、こちらを向いて、手を広げながら駆け寄ってきました。
あぁ、懐かしいなぁ。唯先輩はいつも私と会えば、真っ先に駆け寄って抱き着いてきていました。しかし、今日の問屋は高めの為替。何故なら唯先輩と私の距離は、遠目と言うほどに離れているわけで……

「これだけ離れてて、かわせないわけがないです!」
 とはいえ、今身体をズラすにはいささかタイミングが早すぎて、もうちょっと近づかせないことには、唯先輩が対応できてしまいます。もうちょっと近づいてもらわないと。もうちょっと、もうちょっと……
「梓ちゃん、久しぶりね~」
「わっ!?」
 突然背後から話しかけられ、思わず後ろを振り向きました。声の通り、そこにはムギ先輩がいました。しかし、一体いつから背後に……?

「もう、ビックリしましたよムギ先輩」
「あらあら、ごめんなさい」
「……あの、どうして少し距離を置くんですか?」
「だってここがベストスポットだもの」
「ベスト……?」
 言ってる意味はすぐに分かりました。
「あずにゃん久しぶり~! ずっと会いたかったよ!」
「うにゃあっ!?」
 いつの間に距離を埋めた唯先輩が、後ろから思いっ切り抱き着いてきたのですから。

「半年ぶりのあずにゃん分だ~! お肌のモチモチもあったかさも変わんないねえ」
「や、やめてください唯先輩ぃ!」
 そうやって言う唯先輩も、やっぱり半年前と何も変わらない。でも半年の月日が流れていたことは確かなだけに、すっかり免疫の無くなった私の心臓は、途端にばくばくと早鐘を打ちだしまして……
「ム、ムギ先輩、助けてくださ」
「半年ぶりの唯梓分……! あぁ、どんどん癒されていくわ!」
「それどころじゃないご様子で……」
 結局、これまでの空いた穴を埋めるように、私は唯先輩に思う存分味わされたのでした。

「もう。頬ずりまでしたんですから、人前でくっつくのはダメですよ」
「えぇ~。あずにゃんは手厳しいなぁ……」
 唯先輩がそう不服そうに呟くのを、隣でムギ先輩が慰めていました。
 ……後ろを歩いているお陰で、離れた後でも足が震えてるのはバレてない、と思いたいです。

「それにしても、あずにゃんが何も変わってなくて良かったよ~。反応は前より可愛くなってたけど」
「う、うるさいです。……でも、唯先輩もムギ先輩も、お変わりないようで良かったです」
「あ、でもねあずにゃん。ムギちゃんは大学生になってからたくさんバイト始めたんだよ」
「え、そうなんですか!?」
 ムギ先輩を見ると、そうなのよ~とこくんと頷き、

「社会勉強をしたくてね。レジ打ちとか古本屋さんの棚整理とか、色々始めたのよ」
「いくつも掛け持ちしてるんですか、スゴいですムギ先輩!」
「褒めてもお茶は出ないわよ~」
 スゴいと言われて、ムギ先輩はとても嬉しそうでした。お金に不自由なんてしないのに、自ら進んで働くなんて、ムギ先輩は人がよく出来ています。

「後ね、澪ちゃんとりっちゃんは別のサークルにも入ったんだよ。二人とも同じ『しいた』同好会なんだって」
「……角度同好会とは、かなりマニアックな集まりですね」
「ぷぷっ。あずにゃん、知ったかぶっちゃダメだよ~」
 ムカッ。確かにダメ元で言いましたけど……。

 唯先輩は得意気に続けます。
「あずにゃん、『しいた』っていうのはね、この詩のどんな所がいいかを調べたり、実際に作って見せ合いっこする所なんだよ」
「……唯先輩、その同好会、『しいた』じゃなくて、『しいか』だったりしません?」
「ほぇ?」
 ムギ先輩の方を見ると、うんうんと二度首肯してくれました。
「……ま、この位すぐピンときますよ。先輩とは違って」
「あずにゃんが見下した! しどい… …」
「自業自得じゃないですか」
 唯先輩がよよ、と泣き崩れるフリをしました。

「しかし、澪先輩はともかく、律先輩もそこに入ったんですね。意外っていうか……」
 そう言うと、二人は示し合わせたかのように顔を見合わせて、ふふふと意味深に笑いました。
「何かあったんですか?」
「うふふ、そこにも健気なドラマがあるのよ。初めは澪ちゃんが、もっと詩の勉強をしたいってそのサークルに入ったのだけど、それを律ちゃんが聞いたら、その日の内に律ちゃんも入っちゃったの。『澪のポエムが暴走したらマズい』とか『人見知りが暴走して気まずくなった時の為に』って言ってたけど……」
「りっちゃんも素直じゃないよねぇ。二人のことはちゅーの一件で皆知ってるのに」
 ねー、とまたまた示し合わせたように、二人が言いました。

「あの、私だけ話がついていけてないんですけど……」
 そう言うと、二人の動きがぎくっと静止しました。
「あ、あれ、あずにゃん、何も知らない?」
「思い当たる節はありませんけど……」
「そ、そういえば、梓ちゃんはあの場にいなかったわね」
「澪ちゃんの寮に遊びに行った時のことだもんね。どうしよ……」
「他の人には絶対言うなって言われてるけど、でも梓ちゃんだし別に……」
 何をひそひそ話してるんだろう……?

読み辛っ
自己満[田島「チ○コ破裂するっ!」]なら他所でやれよ

「あの、私だけ話がついていけてないんですけど……」
 そう言うと、二人の動きがぎくっと静止しました。
「あ、あれ、あずにゃん、何も知らない?」
「思い当たる節はありませんけど……」
「そ、そういえば、梓ちゃんはあの場にいなかったわね」
「澪ちゃんの寮に遊びに行った時のことだもんね。どうしよ……」
「他の人には絶対言うなって言われてるけど、でも梓ちゃんだし別に……」
 何をひそひそ話してるんだろう……?

 そう思っていると、どこからともなく古典風な笛や太鼓の乾いた音色が聞こえてきました。きっとお神輿が担がれ始めたのでしょう。
「お祭り、始まったみたいですね
「あ、ほ、ほんとだっ! 早く行こうよっ、ね、ねね!」
「そ、そうね。私も久しぶりだし、ちょっとでも長く見ていたいわ!」
「ささ、早く行こあずにゃん!」
「そこまで急かさなくても……」
 結局さっきの話題は何だったんだろう、と少し気になりはしましたが、程なく気にならなくなりました。
 私だってお祭り前の訳ない興奮を覚えないはずはなく、殊に二人の先輩と再会して懐かしさの渦中にいたのもあって、一刻も早く屋台の群れに入りたい気持ちの方が勝りました。ひょっとしたら、この中で一番私が、今日というこの日を楽しみにしていたのかもしれません。

 夕方のふわふわした暖かさが街へ溶け出したからでしょうか、薄灰色だった雲は目を射差すような橙色に染まり、その日光と盆提灯、屋台からこぼれた白色蛍光が混ざり合って、その光景はまるで夢や思い出の一シーンのように、全景がぼんやり滲んだ、とても幻想的な風景でした。

「あずにゃん、たい焼き食べる?」
「ありがとうございま……って、いつの間にそんなに買ったんですか!?」
 気付けば唯先輩は持てるだけの食べ物を買ったという風体で、さながら食べ物の着ぐるみをまとっているかのようになっていました。
「まま、好きなの選んでよ。たこ焼きたい焼きさいきょう焼き、フライドポテトにスーパーポテトもあるよ」
「豊富ですね……」
 最後のは商標的に訴えられたりしないでしょうか?

「じゃあ、たい焼きを一つ」
「あいまいど! お嬢ちゃん可愛いからタダね!」
「誰ですか」
 そう言って受け取った一尾のたい焼き。紙ごしでも伝わる温かさは、屋台から貰った出来上がりも同然の温もりでした。
 ……もしかして、私が食べると思って、最後に買ってくれたのかな……?
「はむっ……。いつもより甘い気がします」
「ほんと? 買ってよかったぁ」
 食べているのは私なのに、まるで自分事のように喜ぶのを見て、思わず私も笑ってしまいました。

 たい焼きを食べ終わる頃には、唯先輩の手元にはりんごあめしか残っていませんでした。食べている最中にムギ先輩にも譲っていたのですが、それにしたって尋常じゃないスピードです。
「あずにゃん、そんなにじーっと見てどうしたの?」
「一瞬で食べ物が消えてたらじーっと見たくもなります」
 そう言っても唯先輩は依然、小首を傾げて、自分の口元手元に目線をやっていました。
「あっ、分かった! りんごあめも食べたいんだ。欲しがりさんめ~」
 見当違いもいいとこです。

「しょうがないなぁ~。はい」
「……はい?」
「私のアメあげるよあずにゃん。二人で分けっこしよ?」
「なっ…………!?」
 とっさに私へ差し出しているアメに目を落としました。形はあまり崩れていませんが、反対側の輪郭はもうしなっと曲がり、所々が濡れて妖しい光を放っていました。いや、この濡れてるのって、もしかしなくても……!
「い、いらないです! 唯先輩の分が減っちゃうじゃないですか!」
「気にしないよ~。寧ろ食べきれるか不安だったから、あずにゃんに食べてもらえたらありがたいなぁ」
 拒むどころか、大義名分が出来てしまいました。

 ど、どうしよう……。でも唯先輩が困ってるって言うなら、助けてあげるべきだよね……? そう、これはあくまで人助けなんです。あくまで唯先輩を助けるために……
「あ、ムギちゃん。リンゴあめ食べる?」
「いいの? じゃあお言葉に甘えて~」
「あっ……」
 悩んでいる間に、あめはムギ先輩の口に入っていき……
「はい、あずにゃん」
 そうしてムギ先輩を経てから渡されたリンゴあめは、何の躊躇いもなく食べることが出来ました。感謝の気持ち半分、勿体ないことをされた気持ち半分で、私はムギ先輩を見つめました。

「たくさん食べたし次は遊ぼうよ!」
「もう、ちょっとは休みましょうよ」
「ダメだよ~。お祭りは無駄なく遊ばないと」
 ふんすと鼻を鳴らして、唯先輩はゲームの屋台がある左の小路へと入っていきました。
「もう、唯先輩は相変わらずですね」
「そうねぇ。でも、梓ちゃんがいるから、っていうのもあると思うわ」
「私?」
 ムギ先輩は頷きました。

「唯ちゃん、梓ちゃんと会えるのをすごく楽しみにしてたもの。久しぶりにあずにゃんに会える! って事あるごとに言ってたのよ」
「……どうせ、ひっつく相手がいなくて寂しがってただけですよ」
「うふふ、そうね」
 そう言うと、雑踏の前から唯先輩の呼ぶ声が聞こえました。

「あずにゃんムギちゃん、人で溢れちゃってるよー……」
 唯先輩が退いてきた先では、隙間も無いほどの人の群れ。ちょうど近くで神輿の掛け声が聞こえるので、きっとそのせいでごった返してしまっているのでしょう。
「これを抜けるのは大変そうね……」
 人混みを一目見て、ムギ先輩はそう呟きました。
「う……」
 自然、前に進む足が固まってしまいます。どうしよう。もしはぐれちゃったら、二度と唯先輩と会えないような……。折角、折角また会えたのに……

あーずーにゃん」
 ふわっと、手に温もりが重なったような気がして、見ると唯先輩が、私の右手をすっぽりと包んでいました。
「これならはぐれないかなぁ、って思って……。ダメだったかな」
 そう言って唯先輩ははにかむように笑いました。さっきの不安なんて霞にしてしまうような、優しい、照れくさそうな笑顔。固まった身体が徐々にほぐれていく気がしました。

「……私と会いたがってた、って聞きましたから。特別です」
 そう言って、より一層手を握る力を強めました。
「えへへ、ありがとあずにゃん。あずにゃんは優しいね」
「……優しいもんですか」
「優しいよ~っ」
 ……どうせ鋭いなら、私の不甲斐ない気持ちも、見抜いてくれたらいいのにな。
「じゃ、行くよ。離れないようにしっかり握っててね」
 私はそっと頷いて、それを合図にゆっくりと歩き始めます。もう一つの手で唯先輩の手を掴もうか少し迷って、その手で後ろ髪の片尾をふいと払いました。

「ふぅ、どうにか抜け出せましたね」
「はぐれなくて良かったぁ……。でもムギちゃん、ごめんね、繋ぐ手の余りがなくって」
「大丈夫よ。私には百合の磁力があるもの。二人とは絶対に離れないわ」
「? 綺麗な磁力だねぇ」
 人混みを脱した直後だと言うのに、ムギ先輩の呼吸も表情も、一切崩れていませんでした。

「あっ、ムギ~! 唯と梓も!」
 一息ついた所で景色が開けると、偶然にも、眼前に律先輩が現れました。
「なんだ、結局放課後ティータイムは一つに集まる運命なんだな」
「運命だなんてっ……。りっちゃんロマンティック~」
「はは、澪の癖があたしにも移っちゃったみたい……」
 律先輩は照れ笑いをして頭をかきました。

「そういえば澪ちゃんは?」
「あぁ、澪なら……」
 そこで言葉を切り、後ろの方を指さします。澪先輩は、屋台をじっと睨んだまま、何かを投げるようなポージングで固まっていました。実際何かを手に持っているようで、それは……
「あれ、輪投げですか?」
「そっ。だるま落としの方が簡単だって言ったのに、だるまが落ちんのは演技が悪いって聞かなくて」

 そう言ってる内に、澪先輩がさっと手首をスナップさせました。輪っかは手を離れ、屋台の陰に隠れその所在は知れぬ所となりましたが、澪先輩の強張った表情が解けたと思うと次にはがっくりとうなだれて、
「外したな」
「外したね」
「そんなに欲しい物があったのかしら」
「財布と電話を出さないでくださいムギ先輩」
 やがて澪先輩が、がっくりとしたままこちらへ来ました。

「律ぅ……輪っかは完全に入ってなくちゃダメだってぇ……」
「あー、私もそれで神のカード貰えなかったなぁ」
 帰って来た澪先輩は、律先輩の肩にしがみついてそうぼやきます。一方の律先輩はそんな澪先輩の頭を優しく叩いてあげていて……あれ、あれ。
「あの二人、あんなに距離近かったですっけ……」
「……隠すつもりもないみたいだし、もう言った方がいいよね」
「そうねぇ。あのね梓ちゃん、今二人はアツアツなのよ~」
「アツアツ? まぁあれだけ近かったら暑そうですけど……って、唯先輩! なんでそんな可愛いものを慈しむような目で見るんですか!?」
「いや~あずにゃんは初いのぉ、純粋だのぉ。そのまま大人にならないでおくんなまし~」
「だから何キャラなんですかってば」

「もうすぐ花火だって! 折角だから五人で見ようぜ!」
 澪のお礼参りと行くか~! という鶴の一声で始まった屋台巡りも一通り堪能した後、またまた律先輩の鶴の一声で、花火の見える場所まで移動することになりました。前列の唯先輩達の会話を手持ちぶさたに聞いていたら、
「ぶつ、ぶつ……」
「み、澪先輩……?」
 一緒に後ろを歩いていた澪先輩が心なしか、いや明らかにどんよりした様相で歩いていました。

「あぁ、梓。いや、皆とこうしてまた集まれたのは嬉しいんだけど、今年こそ律と二人で夏祭りに行こうって意気込んでたから、ちょっと複雑な気持ちで……」
 苦笑いをする澪先輩の気持ちが何となく分かるような気がしました。それと同時に、とても意外な気がしました。
 私の知る澪先輩は、こうやって心にひっかかるような、何となく分かる微妙な気持ちを、自然な会話の流れで口に出来るような人ではなかったはずです。

「澪先輩は、大学生になってから変わりましたね」
「そ、そうかな?」
「そうですよ」ふとさっきのやり取りを思い出して、「特に律先輩関係は、前よりずっと積極的じゃないですか。何かあったんですか?」
「!? べ、別に何もない! 何もないぞ!」
 慌てて手を振って否定する澪先輩でしたが、何か思い直したように、照れくさそうに頬をかきました。
「……いや、うん。あった。ほんとは。」
「ですよね! 澪先輩と律先輩、今までの幼馴染って感じよりもっと深い関係になってるような……」
「わーっ! それ以上はダメだぁ!!」
 澪先輩は真っ赤になって私の口を押えました。

「……というより、十年一緒にいた今までが変わらなさすぎたんだよ」
 紅潮しきった頬を掌で押えて、澪先輩は続けます。
「でも勢いとはいえ、変えるきっかけが出来た。そのチャンスを逃したくなくてさ、もう少し自然に近づいてみよう、素直になれるよう頑張ってみようって思って」
 最近までは凄く恥ずかしかったけどね。とおずおず付け加えます。
「……皆、新しい環境になって、変わっているんですね」
 そう呟いた時、お祭りの人混みに飛び込む前にした近況報告をふと思い出しました。

 ムギ先輩も律先輩も、澪先輩も変わっていく。成長。それを喜ぶのは至極当然な感情であるはずなのに、皆が私の知らない所で変わっていく。それがとても寂しくてしょうがない。
 いつか皆、葉桜が紅く染まっていくように、私の知らない先輩達となってしまうのでしょうか。あの優しくてほんわかと温かい唯先輩も、もしかしたらきっと……嫌。そんなの、絶対嫌だ……!

 身体が震えそうになっていることに気付いて、私は慌てて考えを薙ぎ払いました。よそう、こんなのただの気の迷いだ。一人で考えるから変な穴にハマるんだ。私と澪先輩はよく似ている。変わりたいと思えるきっかけを訊けたら、きっとこんなモヤモヤもすぐ晴れてくれる。
「……澪先輩」そう思うが早いか、言葉のまとまらない内に、私は澪先輩の名前を呼んでいました。
「? どうした?」
「あの、みお、澪先輩は……」
 それから先の言葉が舌をつかず、澪先輩は首を傾げて私の言葉を待ちます。

「あの、澪先輩はどうして……!」
 何でもいいから何か言ってしまおう。後で補足を入れたらいい、そう思い声を出しました。が、
「おーい! 着いたよーっ」
 そう決心した瞬間、唯先輩が大きな声で私たちに呼びかけました。

「ラッキー! ちょうど橋の端っこになったぞー!」
「りっちゃん、それは寒いよ……」
「わざと言ったんじゃないやい」
 そう言う内に、前を歩いていた先輩達の歩みが止まりました。ちょうど、何の妨げもなく花火を一望できる場所です。
「ごめん梓、何か言った?」澪先輩が再び私に尋ねます。
「…………花火なら、二人きりで見られるんじゃないですか?」
「……! そうだなっ。おーい、律~!」
 クールなイメージと相反して、うきうきと音の出そうなステップで律先輩の元へ向かって行きました。

「言わなくてよかった……」折角コンプレックスを払拭しようと頑張ってるのに、私の気の迷いで足を止まらせては申し訳が立ちません。自分の悩みを人に丸投げなんてしては、解決なんて夢のまた夢です。
「……チャンス、かぁ」
 その一語が、余計な重みを持ってのしかかってくるような気がしました。
 もし私に変わるチャンスが訪れても、それを受け入れることが出来るだろうか。
 ……ただ一人変わらずにいてくれている唯先輩にも、もしその日が訪れたら、私は笑って見送らなければならないのだろうか……

「あーずにゃん」
「わっ」
 物憂げに星を見ていたら、空っぽになっていた右隣に、いつの間にか唯先輩がやってきていました。
「良かったぁ。一人で見に行っちゃうのかと思ったよ」
「そんなことしませんよ。花火は誰かと見た方が良いに決まってます」
「そうだよね。私もあずにゃんと見る花火が、一番綺麗に見える気がするよ」
「わ、私は別に唯先輩と、とは言ってないです!」
 心を見透かされたような気がして、一瞬ヒヤっとしました。お神輿近くの時といい、唯先輩はその時の気持ちをズバッと見透かしてくるくせに、それがどんな意味を持っているかには酷く鈍感なのがズルいです。いっそそこまでバレてくれたら……なんていうのは贅沢な話だよね。

 二人とも無言のまま、花火は刻一刻と迫っていきます。心の中で手持ちぶさたを言い訳に、唯先輩の横顔を眺めました。
「……唯先輩は変わりませんね」
「えぇ~そうかなぁ。私、大学生になったんだよ?」
「じゃあ何か変わったんですか?」
「えーっと……アイスを三口で食べれるようになった」
「あ、それはちょっとスゴいかも……」
 憎まれ口を叩きながら、内心ほっとしている自分がいました。

「……あずにゃん、がっかりした?」
 唯先輩が不安げに私の方を覗き見ました。
「……何言ってるんですか。唯先輩はその方が良いです。唯先輩は、大学生になっても、ずっとそのままの方が良いです」
 つとめて明るいイントネーションで呟いたつもりでしたが、自信はありません。

「あずにゃんがそう言ってくれるなら嬉しいよ」
 唯先輩はほっとため息をついて笑いました。
「私さ、ちょっと不安だったんだ。ムギちゃんはバイトを始めて、りっちゃんも澪ちゃんも他にやりたいことを一緒に始めて、私だけ何もかも高校生のままで、それでいいのかな、って。でも、あずにゃんがそのままで良いって言ってくれるのなら、それだけで安心だよ」
「唯先輩……」

 それでも、少ししょんぼりしている唯先輩を見ていたら、いてもたってもいられませんでした。
「……きっと唯先輩はまだチャンスが来てないだけです。前に進みたいと思う、その気持ち一つだけで十分素晴らしいです!」
 少なくとも、時間に背中を押されて、ただ転ばないように前へ足を出しているだけの私なんかより、ずっと、ずっと……
「……あずにゃん、ありがとっ!」
「ぎゃふっ!?」
 ぎゅっとまた抱き締められました。さっきは確かめる余裕が無かったけど、唯先輩から伝わるのは懐かしい温かさ。とても幸せな、だけど何故か切ない温もりでした。

「もう、離してくださいってばぁ」
「ダメだよあずにゃ~ん。花火が始まるまでだよっ」
 そう言うや否や、どこかのスピーカーからざらざらした女の人の声が、後五分で花火が上がることを告げに来ました。
「あずにゃん、もうすぐ花火が上がるって!」
 パッと唯先輩の身体が離れました。
「……始まるまでって言ったのに」
「? 何か言った?」
「な、何も言ってないです!」
 ほとんど無意識にそう呟いていました。……参ったなぁ。本当に唯先輩への耐性が無くなっちゃったみたい。

 花火のしらせはやがて群衆のざわめきに変わり、それが最高潮になった瞬間、一つの大きな花にまとまり、ドンとお腹に響く音と共に空へ打ち上げられました。赤や黄色、緑や青、めいめいの花が咲いては消え、でも夜空を空白のままにしないよう、次々連なって昇っていきました。
 時には二つの輪が半分以上重なり合い、混じって派手な円模様と、多色混合の彩り豊かな火花が散り、かと思えば次の瞬間、二輪はどんどん離れて行き、ついには壁でも出来てしまったかのように、妙な距離が出来てしまいました。
 あぁ、もっと近づけたなら鮮やかな景色になるのに。寄せては返す花火の距離がもどかしくて、もっと、もっと右に行けたなら……。と思いながら、くい、くいと身体を右に傾けていたら、こつん、と右手が何かにぶつかってしまいました。何が当たったんだろうと右を向いた時、唯先輩と目が合いました。

「あっ、ごめんなさい唯先輩」邪魔をしちゃったな、とすぐ悟りました。
 そう言うと、唯先輩はくしゃっと顔を崩して、さりげなく、まるでさっきからそこにあったかのように、自分の左手を、私の右手の中へ滑り込ませていきました。
「これなら邪魔にならないよっ」
 無垢な笑顔で私にそう言いました。
 私は返事代わりに、うつむくように頷いただけでした。

 それでも唯先輩は満足げに笑って、再び夜空に目をやりました。私もつられて顔を上げると、右腕にとん、と唯先輩の肩がもたれかかってきました。
「あずにゃん」
 そう呼びかけられなかったら、私はまた横を向いて、何をしてるんですか!? なんて身構えたかもしれません。ただ、そんないつも通りを過ごすには、唯先輩の仕草が、私に語りかける、真剣な響き故に小さくなってしまった声が、それが私にしか聞こえない奇跡みたいな状況が、あまりに特別過ぎました。

「……どうしましたか、唯先輩」
 空を見上げたままそう尋ねました。
「あずにゃん、私、やりたいことを見つけたよ」
 ほら、こうして良かった。その一言に思わず強張った横顔は、花火が昇る今ならきっと、唯先輩に見えていないでしょう。

「私、ここに戻って来て、あずにゃんとこうやって一緒に夏祭りを楽しんで、ちょっと分かった気がするんだ。変わらなかったのは、やりたいことをもう既に見つけてるからじゃないのかな、って。でもそれを始める引き金が、まだ私に無かっただけなんじゃないかのかなって。あずにゃん。私はもっとギターをやりたい! 放課後ティータイムとしてだけじゃなくて、もっと、もっと!」
 どどどん、と一段大きな音がしました。でも、その花火がどれだけ立派だったのか、私は知る由もありませんでした。だって……

「だからあずにゃん! 大学生になったら、私と二人で、一緒にギターをしてください!」

 その瞬間、唯先輩は私の手を両手に包んで、まるで告白まがいなことを大真面目に言うのですから……

「な、なな、何をいきなり言うんですかぁ!?」
 突然の途方もない誘いを受け入れられる度量も無く、とうとう我慢できず悪い癖が出てしまいました。でも、
「…………唯、先輩……」
 慌てふためいた拍子に揺れた身体も、唯先輩にがっちりと包まれた右手だけは微動だにしませんでした。
「あずにゃん、お願い……」
 真剣だけど、どこか甘えんぼで哀れっぽい口ぶりと表情。こんな顔されて、私にどうこう出来るはずなんてないわけで……

「……もう、唯先輩は勝手です。私の都合なんて知らんぷりであずにゃんあずにゃん、って……」
「あぅ……」
 唯先輩の両手がびくっと引っ込んだ気がしました。違う、こんなのが私の気持ちじゃないのに……。唯先輩が勝手なら、私だってよっぽどワガママだ。
 ……でも、同じワガママなら、背伸びでも屈みでもして唯先輩と目線を合わせることだって出来るはずだ。
 私は息を一つ吸って、言いました。

「……半年です」
「ほえ?」
「私の受験が終わって、唯先輩と同じ大学に入って、その時にも唯先輩の気持ちが変わらないなら、また誘ってください。……私の気持ちは、絶対に変わりませんから」
 唯先輩の顔に、パッと笑顔の花が咲きました。
「あずにゃん、ありがと~!」
 唯先輩がまた抱き着きました。
「ゆ、唯先輩、こんなに人がいる所でっ……」
「だいじょーぶ、皆花火に夢中で見てないよ」
「……もう」
 それもそうだなぁ、って納得してしまった私は、余程重症なのでしょう。

 変わること、先に進むこと。それはまだどうしようもなく怖い。大切な物がふいになってしまう位なら、ずっと今のままで居続けていたい。
 でも、これでまた四年の間は先輩の背中を追いかけていられる。答えは唯先輩と一緒に見つけていこう。見た事のない世界をたくさん見せてくれた、この人とならきっと見つけ出せる。
 もしその道程で何かが変わってしまっても、その目の前に変わらず唯先輩がいてくれるのなら、大事な物は、そのままでいてくれる。そうに決まってる。

 三度、私は空を見上げました。花火は終盤に差しかかったのか、間髪入れず次々打ち上がり空に咲き乱れて行きます。色とりどりの、輪郭がぼやけた花が空高く咲き乱れ、その下では菜種色の炎が控えめな花を咲かせ、水面にたゆたう葉のようにはらはらと花弁を散らしていくのでした。そこに無粋な余白など、どこにもありはしませんでした。
 夏が終われば、何かが変わる。そんな移ろう季節の真ん中は、全てが鮮やかに輝いていました。

ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。楽しんでいただけたら幸いです。
読みづらい文章だったらごめんなさい。これが今のところの、文章力の限界です。
次に投稿する時は、もっと文章力や見せ方を向上させてきます。
再度、ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました!

そしてあずにゃん、お誕生日おめでとう!

おつ

ゆいあずは至高、乙

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