白雪千夜「変えられてしまった」 (13)
劇場わいどと妄想をミックスしたものです
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1583569237
『仕事が長引いて30分ほど遅れる。すまない』
そんな連絡があいつから届いた。
用件以外の内容が含まれていない簡素なメール。急いでいたことが伝わってくる。
仕事が長引いてしまうことは仕方ないしよくあることだ。私だってお嬢さまの身の回りをしている時にそれが長引いてしまうこともある。あいつのそれだって同じだろう。
さて、30分……どうしたものか。
「みてみてー!これやばくなーい?」
「やばー!」
見たところ私と同じ歳の頃の子だろうか。
楽しそうな話し声がこちらまではっきりと聞こえてくる。
ここがカフェという空間である以上、飲み物を飲みながら談笑することは咎められない。あまり大声で、というのは褒められたものではないが。
むしろこの場にそぐわないのは自分。
それならば、とそそくさと会計を済まし外に出た。
貰った領収書は後であいつに押し付けておこう。
──────
カフェを出るとしんしんと雪が降っていた。
地面にも雪が積もっていて、白い世界が広がっている。
居心地が悪くそそくさと出てきたものの、あいつが来るまでどうしてようか。このままこのカフェの前にいてもお店の迷惑だろう。
とりあえず適当に歩いてみようか。
──────
少し歩くと、公園が見つかった。
遊ぶには少し狭い広場と滑り台にブランコ、あとはベンチが少々。都会の公園らしいこじんまりとした公園。
こんな天気だからか、この公園には誰も人がいなかった。雪の日に外で遊ぶ人などなかなかいないといえばそうだが、なんとなく寂しい。
そんな公園に思うところがあったのか、ベンチではなくブランコに向かい手でさっと積もる雪を払い座ってみた。遊ぶ者のいない公園など、公園と言えるのだろうか。たとえ公園であったとしてもその役目を果たしているとはとても思えない。
そうだ、忘れないうちにあいつに連絡しておこう。さっきのカフェにあいつがきて私が見つからない、となっても面倒だ。少し探せばすぐこの公園にいることはわかるだろうが、わざわざ無駄に手を煩わせる必要はない。
『カフェの居心地が悪かったのでカフェの近くの公園にいます。迎えの際はそこに来て頂ければ』
……ここまで事細かに書く必要はないか。
『事情があってカフェを出て近くの公園にいます』
事情ってなんだ、と問い詰められそうな気がする。そうなると面倒くさい。
ふと、我に帰る。
私は何をやっているんだろう。
あいつへの業務連絡にこんなに悩む必要なんてないはずだ。これもお嬢さまに仕える仕事の1つ。お嬢さまになんと言われようが構わなかったはずなのに。
結局最初の文章をそのままあいつへと送った。
──────
ふぅ、とひとつため息をつく。
少し奥まった住宅街にあるからか、それとも雪の日だからか、目の前の道路に人は全く通らなかった。まるで世界に1人で取り残されたような感覚。
思えば1人で暇を持て余すなど久しぶりな気がする。お嬢さまは大丈夫だろうか。
今日は事務所にいると言っていたし大丈夫だろう。家に食事は用意しているから帰っていても問題ない。それにお嬢さまは意外としたたか。私がいなくても、きっと。
それにしても今日は一段とよく冷える。雪が降っているから当たり前と言えば当たり前だが。
冷たい空気に白い景色はどうしてもあの頃を思い出してしまう。
熱くて寒くて寂しい。私が全てを失った、あの時の記憶。
あの時おじさまが、お嬢さまが私を迎え入れてくれなければ私はどうなっていただろう。きっと、空っぽのまま朽ちていったのだろう。
でも今の私は違う。
お嬢さまの戯れでアイドルを始めて、こんな私でも求められることがあると知った。
それなら私はそれに応えよう。
私自身に価値はなくとも、私の発する歌や踊りには価値がある。そう思い込むことで楽になった。
今はアイドルというものも悪くないかな、などと思う瞬間もある。
ただ、このアイドル活動もお嬢さまの戯れ。お嬢さまが飽きれば私も辞めるもの。そんなものに思い入れを持ってしまっては、私は。
なんて、考えても無駄か。
全てはお嬢さまの思うままに。
──────
随分と時間がたった。あいつの仕事が長引いているのか、それともこの雪の影響か、なかなかあいつはやってこない。
凍えるような寒さと静けさが身に染み渡る。
思えば最近は騒がしい場所にいたものだ。
アイドルを始める前とは比べものにならないほどに知り合いが増えた。やれ、レッスンだの、やれ仕事だの、どの仕事にも同僚のアイドルの存在があった。お嬢さまと離れて泊まり込みの合宿に行くなんて想像もつかなかった。それ故に、今の凍てつく空気がもどかしい。
昔はずっと、こうだったはずなのに。
いつから変わってしまった、いや、変えられてしまったのか。
ああ、もう私はダメだ。
アイドルというものを悪くないと思い始めている。いつかはお嬢さまも戯れに飽きて辞めなければならないのに。どうせ無くしてしまうものに、過ぎゆくものに楽しみを見出せるほど私は強くなれない。
もう何も失いたくない。失うくらいなら初めからいらない。
私にはお嬢さまがいれば…………
「ごめん、待たせて」
そういって彼が持っていた傘を差し出される。
公園の前の道路に見慣れた車が止まっている。
ああ、やっとあいつがきたのか。
「待たされました。それはもう、長く。変なことまで考えてしまうまで。見なさいこの肩に積もった雪を」
そういうや否や、彼が私に積もった雪を払い始めた。肩のみならず、頭に積もった雪までも。
「全く……いくら私のようなもの相手と言えどいきなり触れるなんて」
「ああ、ごめんごめん。雪を払ってくれってことなのかと思ってさ」
「違います。これぐらい待たされました、という意味です」
「だからごめんって。仕事が長引いた上にこの雪でさ。ほら、今年雪が積もったの初めてだろ?それでいろいろ混乱してさ……」
そんなやりとりを、2人で彼の傘に入って車まで歩きながら行う。
こんな風に思うように変わってしまった、変えられてしまった。
そんな私を、私達を。見届ける準備は。いえ、覚悟はいいですか。プロデューサー。
以上です
ありがとうございました
いい話や!!!!!
いい話や!!!!!
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません