【艦これ】ある艦娘の告白 (12)

 大淀は、毎朝、鎮守府の食堂で朝食をとると、鎮守府管理棟の秘書官室へ、とじこもるのが例になっていた。

今朝とても、彼女は、秘書官室の机の前に坐ると、鎮守府内から寄せられる書類処理にとりかかっているのだった。

それはいずれも、きまり切った様な書類ばかりであったが、彼女は秘書官としての責任感から、どの様な書類であろうとも、ともかくも、一通りは読んで見ることにしていた。

簡単なものから先にして、夜間当直の日誌と索敵部隊の報告に目を通してしまうと、あとには工廠からの連絡袋が残った。

修理報告書や発注依頼書、高速建造許可願。それは、多くの場合、長々しく退屈極る代物であったけれど、彼女はともかくも、概要だけでも見て置こうと、袋を開けて、中の紙束を取出して見た。

それは意外にも、原稿用紙を綴じたものであった。が、どうしたことか、表題も署名もなく、突然「秘書官様」という、呼びかけの言葉で始まっているのだった。

ハテナ、では、手紙なのかしら、そう思って、何気なく二行三行と目を走らせて行く内に、彼女は、そこから、何となく異常な、妙に気味悪いものを予感した。

そして、もちまえの好奇心が、彼女をして、ぐんぐん、先を読ませて行くのであった。

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 秘書官様
 
秘書官室へ直接報告にあがらず、突然、このようなぶしつけな御手紙を、差上げます罪を、いくえにもお許し下さい。

こんなことを申上げますと、秘書官様は、さぞかしびっくりなさる事でございましょうが、私は今、あなたの前に、私の犯して来ました、世にも不思議な罪悪を、告白しようとしているのです。

私は数週間の間、全く鎮守府から姿を隠して、本当に、悪魔の様な生活を続けて参りました。

もちろん、鎮守府に誰一人、私の所業を知るものはありません。

もし、何事もなければ、私は、このまま永久に、鎮守府に立帰ることはなかったかも知れないのでございます。

ところが、近頃になりまして、私の心にある不思議な変化が起りました。

そして、どうしても、この私の因果な身の上を、懺悔しないではいられなくなりました。

ただ、かように申しましたばかりでは、色々御不審に思われる点もございましょうが、どうか、ともかくも、この手紙を終りまで御読み下さいませ。

そうすれば、なぜ私がそんな気持になったのか。又なぜ、この告白を、ことさらあなたに聞いて頂かねばならぬのか、それらのことが、ことごとく明白になるでしょう。

さて、何から書き初めたらいいのか、余りに人間離れのした、奇怪千万な事実なので、こうした手紙という様な方法では、妙に筆の鈍るのを覚えます。

でも、迷っていても仕方がございません。ともかくも、事のはじまりから、順を追って、書いて行くことにいたしましょう。

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 私は生れつき、世にも醜い容貌の持主でございます。これをどうか、はっきりと、お覚えなすっていて下さいませ。

そうでないともしあなたが、この願いをいれて、私にお会い下さいました場合、たださえ醜い私の顔が、ひどい姿になっているのを、あなたに見られるのは、私としては、耐え難いことでございます。

私という艦娘は、何と因果な生れつきなのでありましょう。そんな醜い容貌を持ちながら、胸の中では、人知れず、世にもはげしい情熱を、燃やしていたのでございます。

私はお化けのような顔をした、その上貧乏な、工作艦に過ぎない私の現実を忘れて、身の程知らぬ、甘美な、ぜいたくな、種々様々の「夢」にあこがれていたのでございます。
 
私がもし、戦艦に生れていましたなら、その主砲で深海棲艦を粉砕し、容姿のやるせなさを、まぎらすことが出来たでもありましょう。

それとも又、私に空母や水上機母艦のような艦載機が与えられていましたなら、遠距離からの空襲でもって、この世の味気なさを、忘れることが出来たでもありましょう。

しかし、不幸な私は、いずれの恵みにも浴することが出来ず、哀れな工作艦として、工廠で艦娘たちの修理をするほかはないのでございました。

 私の専門は、様々な艤装を作ることでありました。私の作った艤装は、どんな難しい艦娘にも、きっと気に入っていただきました。

提督も、私には特別に目をかけて、大型造船任務ばかりを、廻してくれて居りました。

そんな艦娘になりますと、主砲や測距機に色々むずかしい註文があったり、対空機銃などに微妙な好みがあったりして、それを作る者には、素人の想像出来ない様な苦心が要るのでございます。

でも、苦心をすればしただけ、出来上った時の愉快というものはありません。

生意気を申す様ですけれど、その心持ちは、芸術家が立派な作品を完成した時の喜びにも、比ぶべきものではないかと存じます。
 
一つの艤装が出来上ると、私はまず、自分でそれを身に着けて、具合を試して見ます。

そして、味気ない工廠生活の内にも、その時ばかりは、何とも云えぬ得意を感じるのでございます。

この艤装は、どの様な歴戦の方が使用なさることか、こんな立派な艤装を、註文なさる程の艦娘だから、きっと、この艤装にふさわしい、優美な方だろう。

先の大戦ではさぞかし戦果を挙げられ、勲章なども貰っているに相違ない。弾雨の中をくぐりぬけ、お国のために奉公されたであろう。

そんな妄想に耽っていますと、何だかこう、自分が、その艦娘にでもなった様な気がして、ほんの一瞬間ではありますけれど、何とも形容の出来ない、愉快な気持になるのでございます。

 私のはかない妄想は、なおとめどもなく増長して参ります。

この私が、貧乏な、醜い、工作艦に過ぎない私が、妄想の世界では、勇ましい戦艦になって、私の作った立派な艤装を、身に着けているのでございます。

そして、そのかたわらには、いつも私の夢に出て来る、美しい私の恋人が、におやかにほほえみながら、私の話に聞入って居ります。

そればかりではありません。私は妄想の中で、その人と手をとり合って、甘い恋のむつごとを、ささやき交わしさえするのでございます。

ところが、いつの場合にも、私のこの、フーワリとした夢は、たちまちにして、蒸気タービンの唸り声や、工作機械の轟音にさまたげられます。

私の前には、又しても、醜い現実が、あの灰色のむくろをさらけ出すのでございます。

現実に立帰った私は、そこに、夢の中の艦娘とは似てもつかない、哀れにも醜い、自分自身の姿を見いだします。

そして、今の先、私にほほえみかけて呉れた、あの美しい人は。……そんなものが、全体どこにいるのでしょう。

その辺に、ほこりまみれになって遊んでいる、海防艦でさえ、私なぞには、見向いてもくれはしないのでございます。

ただ一つ、私の作った艤装だけが、今の夢のなごりの様に、そこに、ポツネンと残って居ります。

でも、その艤装は、やがて、私とは全く別な戦場へ、運び去られてしまうのではありませんか。

 私は、そうして、一つ一つ艤装を仕上げるたびごとに、いい知れぬ味気なさに襲われるのでございます。

その、何とも形容の出来ない、いやあな、いやあな心持は、月日が経つに従って、段々、私には堪え切れないものになって参りました。

「こんな、うじ虫の様な生活を、続けて行く位なら、いっそのこと、死んでしまった方がマシだ」私は、真面目に、そんなことを思います。

仕事場で、コツコツとリベットを打ちながら、旋盤で砲身を削りながら、その同じことを、しつように考え続けるのでございます。

「だが、待てよ、死んでしまう位なら、それ程の決心が出来るなら、もっと外に、方法がないものであろうか。例えば……」

そうして、私の考えは、段々恐ろしい方へ、向いて行くのでありました。
 
丁度その頃、私は、大きな砲塔を持つ戦艦用の艤装の修理を頼まれて居りました。

この艤装は、改装され航空戦艦となった艦娘のもので、大破し、本来ならば本国の造船所に外注修理にだすはずでございました。

しかし、修理代を惜しんだ提督が、とくに私に、何とか直せぬものかと依頼してきたものなのです。

それだけに、私としても、寝食を忘れてその修理に従事しました。

本当に魂をこめて、夢中になってやったものでございます。
 
 さて、出来上った艤装を見ますと、私はかつて覚えない満足を感じました。

それは、われながら、見とれる程の、見事な出来ばえであったのです。

私は例によって、背中に背負うことになっているその艤装を、日当りのよい板の間へ持出して、装着してみました。

大口径の艦砲を積み重ね、砲身はキリリと前方を睨みつけ、タービン機関の詰まった艤装の重量は相当なものです。

しかし、巨大な部屋を埋めつくすような艤装は自在に動き、私はまるで一個の機械となってしまったように感じ入ってしまいます。

その表面は、鼠色の軍艦色に染め上げ、まるで鏡のようにピカピカに磨き上げられ、窓から差し込む陽りに、益々輝きを増していきます。

私は、艤装に身を包み込み、両手で、高々と持ち上げられた砲身を愛撫しながら、うっとりとしていました。

すると、私の癖として、止めどもない妄想が、五色の虹の様に、まばゆいばかりの色彩をもって、次から次へとわき上って来るのです。

あれをまぼろしというのでしょうか。心に思うままが、あんまりはっきりと、眼の前に浮んで来ますので、私は、もしや気でも違うのではないかと、空恐ろしくなった程でございます。

そうしています内に、私の頭に、ふとすばらしい考えが浮んで参りました。悪魔の囁きというのは、多分ああした事を指すのではありますまいか。

それは、夢の様に荒唐無稽で、非常に不気味な事柄でした。でも、その不気味さが、いいしれぬ魅力となって、私をそそのかすのでございます。

最初は、ただただ、私の丹誠をこめた美しい艤装を、手離したくない、出来ることなら、その艤装と一緒に、どこまでもついて行きたい、そんな単純な願いでした。

それが、うつらうつらと妄想の翼を拡げて居ります内に、いつの間にやら、その日頃私の頭に浮かんで居りました、ある恐ろしい考えと、結びついていったのでございます。

そして、私はまあ、何という気違いでございましょう。その奇怪極まる妄想を、実際におこなって見ようと思い立ったのでありました。

私は大急ぎで、修理したばかりの艤装を、バラバラに分解してしまいました。そして、改めて、それを、私の妙な計画を実行するに、都合のよい様に造り直しました。

それは、大型の戦艦用艤装ですから、大きな砲塔がいくつもついていますし、機関も非常に大きく出来ていて、その内部には、弾薬庫や旋回用水圧機と、蒸気タービンや艦本式缶やらが取りつけてあります。

私はその全てを吟味し、いちいち新しい小型の部品に取り換えて行ったのです、そして内部に工作艦一隻を収容できる程の、余裕を作ったのでございます。

そうした細工は、お手のものですから、十分手際よく、便利に仕上げました。

例えば、外の様子を覗くために測距儀の一部に、外からは少しも分らぬ様な隙間をこしらえたり、大型バルジの内部へ、小さな棚をつけて、何かを貯蔵出来る様にしたりいたしました。

この棚へ水筒と、軍隊用の乾パンを詰め込みました。ある用途のために大きなゴムの袋を備えつけたり、様々の考案をめぐらして、その中に、数日いても、決して不便を感じない様にしつらえました。

いわば、その艤装が、工作艦一隻の部屋になった訳でございます。
 

 私は下着一枚になると、底に仕掛けた出入口のふたを開けて、艤装の中へ、すっぽりと、もぐりこみました。

それは、実に変てこな気持でございました。まっ暗な、息苦しい、まるで墓場の中へ入った様な、不思議な感じが致します。

考えて見れば、墓場に相違ありません。私は、艤装の中へ入ると同時に、ちょうど、隠れ簑でも着た様に、この鎮守府から、消滅してしまう訳ですから。

間もなく、修理を頼んだ航空戦艦が、艤装を受取る為に、やって参りました。

航空戦艦は不安そうに、工廠内をウロウロとしておりましたが、自身の艤装を見つけると、いそいそと駆け寄り、その出来栄えを検分しはじめました。

そのうち、航空戦艦は満足したのか、艤装を身に付け「急の出撃任務がありますので、いただいておきますね」と、そのまま戦場に、向かったのでございます。

いきなりの実戦に、非常に心配しましたけれど、結局、その日の午後には、もう私のはいった艤装は、北方海域に到着して居りました。

 航空戦艦が旗艦となり、戦場に進む様は、正に私自身が先陣となり、突撃しているかのような興奮を覚えました。

大型の艤装の中で、揺られ、蒸気タービンの轟音と軋みに身を委ね、測距儀の隙間から入る波の飛沫が汗と混じる中、私は初めて戦場に立ったのです。

前方を行く駆逐艦が「敵艦、発見」と大声を上げると、航空戦艦を先頭に、ジリジリと隊形を変え、単縦陣となって敵艦に突き進みます。

砲塔がギリギリと旋回し、敵艦をにらみつけ、徹甲弾が装填されます。私は狭苦しい艤装の中で、固唾を呑んで、その様子を見守っておりました。

そして、次の瞬間、ピカリピカリと、敵艦が発光し、砲煙を噴き出したのでございます。

私は恐怖の余り、失禁し、狭い艤装の中で、手足を突っ張り、逃げ出すこともできず、声にならない悲鳴をあげてしまいました。

幸いにも敵艦の弾着は、近弾と成り、黒灰色の水柱の飛沫を、航空戦艦に浴びせただけに終わりました。

その間に、射出機から発艦した瑞雲が、敵艦上空を旋回し、弾着観測射撃の準備を整えます。

「主砲、副砲、撃てえっ!」航空戦艦の号令と共に、35.6cm連装砲が咆哮をあげ、射弾が深海棲艦を狙います。

私はもう、余りの恐ろしさに、艤装の中の暗闇で、堅く堅く身を縮めて、わきの下からは、冷い汗をタラタラ流しながら、思考力もなにも失ってしまっていました。

敵深海棲艦と航空戦艦の砲撃戦を、私は艤装の中で焦れた思いで、見守ります。

数度の射撃の応酬の後、突如、轟音が私を包み込み、艤装の内壁に叩きつけられました。

遂に、敵弾が命中したのです、敵弾は装甲板で破裂し、破片が航空戦艦の肌を切り裂き、紅い血潮を撒き散らせます。

私は再び失禁し、艤装の中で、泣き叫び、助けを求めますが、戦場の轟音の中では、誰も気に止めるものはいないのでありました。

航空戦艦は、傷の痛みに堪えながら、歯を食い縛り、反撃の雄叫びをあげ、主砲を斉射いたしました。

復讐の火の矢は、狙いを過たず、敵深海棲艦に命中、敵艦は、しばし黒煙を吐いた後に、大爆発を起こしたのであります。

「万歳!万歳!弥栄!弥栄!」駆逐艦どもが、涙を流しながら、歓喜の声をあげ、勝利を称えます。

艤装の中の私も、とめどなく感涙し、御味方の大勝利の片鱗を共に味わってしまったのでございます。

 鎮守府に、帰還した艦娘たちは、工廠に損傷した艤装を放り出し、食堂で勝利の祝宴を催しに行ってしまい、工廠にはぽつねんと私の入った艤装が残されておりました。

私は艤装の中で、戦闘の興奮を抑えることができないまま、自身の身体をきつく抱き締め、時間が経つ事も忘れておりました。

そして、これまでにない興奮を鎮めるため、私は股間に手を伸ばし、自らを慰め、数度の絶頂に達してしまったのでございます。

それからというもの、私はこの世にも奇怪な快楽の虜となってしまったのです。

あの戦闘から数日が経っても、興奮と快楽は忘れ難く、工廠に艤装が運び込まれるたびに、心臓は割れ鐘のように高鳴り、艤装の中に誘い込まれるような心地がいたすのです。

ああ、お許しください、私はその誘惑に抗えず、次々と艤装を分解し、私が入れるように改造していったのでございます。

秘書官様、余りにあからさまな私の記述に、どうか気を悪くしないで下さいまし、私はそこで、一人の艦娘の肉体に、烈しい愛着を覚えたのでございます。

声によって想像すれば、それは、まだうら若いパスタの国の駆逐艦でございました。

丁度その時、部屋の中には誰もいなかったのですが、彼女は、何か嬉しいことでもあった様子で、歌を歌いながら、そこへ入って参りました。

そして、私のひそんでいる艤装の前まで来たかと思うと、いきなり、しなやかな肉体で、私の入った艤装へ抱きつきました。

しかも、彼女は何がおかしいのか、突然アハアハ笑い出し、手足をバタバタさせて、網の中の魚の様に、ピチピチとはね廻るのでございます。

これは実に、私に取っては、まるで予期しなかった驚天動地の大事件でございました。

女は神聖なもの、いや、むしろ怖いものとして、顔を見ることさえ遠慮していた私でございます。

その私が、今、身も知らぬ異国の乙女と、艤装一重を隔てて肌のぬくみを感じる程も、密接しているのでございます。

それにもかかわらず、彼女は何の不安もなく、全身の重みを私の上に委だねて、見る人のない気安さに、勝手きままな姿体を致して居ります。

 しかし、私は艤装の中で、彼女を抱きしめることもできず、その首筋に接吻することもできず、狭い艤装で股間に手も伸ばせず、悶々とした時を過ごしました。

この驚くべき体験をしてからというものは、私は最初の目的であった戦闘参加などは第二として、ただもう、その不思議な感触の世界に、惑溺して了ったのでございます。

私は考えました。これこそ、この艤装の中の世界こそ、私に与えられた、本当のすみかではないかと。

私の様な醜い、そして気の弱い艦娘は、明るい、光明の世界では、いつもひけ目を感じながら、恥かしい、みじめな生活を続けて行く外に、能のない身体でございます。

それが、ひとたび、艤装の中で、窮屈な辛抱をしていさえすれば、側へよることさえ許されなかった、美しい人に接近して、その声を聞き肌に触れることも出来るのでございます。

 艤装の中の恋、それがまあ、どんなに不可思議な、陶酔的な魅力を持つか、実際に艤装の中へ這入って見た人でなくては、分るものではありません。

それは、ただ、視覚と、聴覚と、そしてわずかの嗅覚のみの恋でございます。暗闇の世界の恋でございます。決してこの世のものではありません。

これこそ、悪魔の国の愛慾なのではございますまいか。

考えて見れば、この世界の、人目につかぬ隅々では、どの様に異形な、恐ろしい事柄が、行われているか、ほんとうに想像の外でございます。

ある時は、紅茶の国の戦艦艤装に這入りこみ、様子を覗っていました。

それは、尊大な言動でよく知られていた艦娘ですが、それだけに、私は、その艤装の中に居ることに、わくわくする程も、誇らしく思われたのでございます。

その時、私はふとこんなことを想像しました。

若し、このネタ艤装のギミックが作動している時に、主砲を不発にさせてやったなら、どんな結果をひきおこすであろう。

無論、それは彼女に再び戦場に立つことができぬほどの恥辱を与えるに相違ない。

彼女の本国はもとより、この鎮守府は、その為に、どんな大騒ぎを演じることであろう。

そんな大事件が、自分の一挙手によって、やすやすと実現出来るのだ。それを思うと、私は、不思議な得意を感じないではいられませんでした。
 

 この、世にも奇怪な喜びに、夢中になった私は、逃げ出すどころか、いつまでもいつまでも、艤装の中を永住のすみかにして、その生活を続けていたのでございます。
 
その外、私はまだ色々と、珍しい、不思議な、或は気味悪い、数々の経験を致しました。

それらを、ここに細叙することは、この手紙の目的でありませんし、それにだいぶ長くなりましたから、急いで、肝心の点にお話を進めることに致しましょう。

さて、私が艤装を改造しましてから、何週間かの後、私の身の上に一つの変化が起ったのでございます。

ある艦娘が、鎮守府に着任したのが、その発端でありましょう。

その軽巡洋艦は、その書類整理の有能さで提督の秘書官となり、鎮守府内の様々なことを、取り仕切るようになっていったのであります。

それまでの非効率な約束事を改め、経費を削減し、汚職を追放し、鎮守府は生まれ変わったのでございます。

彼女は工廠にも、頻繁に顔をだし、なにくれと指示をだし、工廠の建造能力も、大きく向上いたしました。

テキパキと物事をこなす姿に、誰もが好感を感じ、私もその例外ではありませんでした、尊敬のようなものを、彼女にいだいていたのです。

これは、もちろん純粋な気持ちで、よもや彼女に欲情をいたしたわけではありません、いや、淡い恋心とよんでもよいでしょう。

次第に変化していく鎮守府の中で、私もあの悪事を控え、真人間に戻ろうと、心に誓い、自らの欲望のために艤装を改装することは、止めにすることにいたしました。

ああ、しかし、お許しくださいませ、戦場から帰還した軽巡洋艦の艤装が、工廠に運び込まれると、私の中の悪魔が再び甘い誘惑を囁き掛けるのです。

私はその囁きに抗えず、彼女に近づきたいあまり、その艤装を改造してしまったのです。

 私がどんなに彼女を愛したか、それは、ここに管々しく申し上げるまでもありますまい。

彼女の眼鏡の奥の理知的な輝き、黒絹のような艶やかな髪、豊かに押しあげる胸元、スカート横のスリットから見える太腿、その全てが私を狂わせ、魅了していったのです。

彼女は、私が接した艦娘の中で、十分美しい肉体の持主でありました。

私は、そこに、始めて本当の恋を感じました。それに比べては、戦場での、数多い経験などは、決して恋と名づくべきものではございません。

その証拠には、これまで一度も、そんなことを感じなかったのに、その軽巡に対してだけ私は、ただ秘密の愛撫を楽しむのみではあき足らないのです。

どうにかして、私の存在を知らせようと、色々苦心したのでも明かでございましょう。
 
 私は、出来るならば、彼女の方でも、艤装の中の私を意識して欲しかったのでございます。

そして、虫のいい話ですが、私を愛して貰い度く思ったのでございます。

でも、それをどうして合図致しましょう。

若し、そこに人間が隠れているということを、あからさまに知らせたなら、彼女はきっと、驚きの余り、提督や他の艦娘に、その事を告げるに相違ありません。

それでは全てが駄目になってしまうばかりか、私は、恐ろしい罪名を着て、法律上の刑罰をさえ受けなければなりません。

 そこで、私は、せめて軽巡に、私の這入った艤装を、この上にも居心地よく感じさせ、それに愛着を起させようと努めました。

有能な彼女は、きっと常人以上の、微妙な感覚を備えているに相違ありません。

若しも、彼女が、私の艤装に生命を感じて呉れたなら、ただの物質としてではなく、一つの生きものとして愛着を覚えてくれたなら、それだけでも、私は十分満足なのでございます。

 私は、彼女が戦場に赴いた時には、敵艦の測距をこっそりと手助け、主砲の装填を手伝い、損傷した時は内部から修理し、戦闘力の維持に努めました。

そして、彼女が、うとうとと、居眠りを始める様な場合には、私は、極く極くかすかに、艤装をゆすって、揺りかごの役目を勤めたことでございます。

 その心遣いが報いられたのか、それとも、単に私の気の迷いか、近頃では、軽巡は、何となく私の艤装を愛している様に思われます。

彼女は、ちょうど赤子が母親のふところに抱かれる時の様な、又は、乙女が恋人の抱擁に応じる時の様な、甘い優しさを以て私の艤装に身を委ねます。

かようにして、私の情熱は、日々に烈しく燃えて行くのでした。

そして、遂には、ああ秘書官様、遂には、私は、身の程もわきまえぬ、大それた願いを抱く様になったのでございます。

たった一目、私の恋人の顔を見て、そして、言葉を交すことが出来たなら、そのまま死んでもいいとまで、私は、思いつめたのでございます。

 秘書官様、あなたは、無論、とっくにお気づきでございましょう。

その私の恋人と申しますのは、余りの失礼をお許し下さいませ。

実は、あなたなのでございます。

あなたの艤装が、工廠に修理のために運び込まれてきた以来、私はあなたに及ばぬ恋をささげていた、哀れな工作艦でございます。
 
秘書官様、一生の御願いでございます。たった一度、私にお逢い下さるわけには行かぬでございましょうか。

そして、一言でも、この哀れな醜い工作艦に、慰めのお言葉をおかけ下さる訳には行かぬでございましょうか。

私は決してそれ以上を望むものではありません。そんなことを望むには、余りに醜く、けがれ果てた私でございます。

どうぞどうぞ、世にも不幸な工作艦の、切なる願いを御聞き届け下さいませ。

 私は昨夜、この手紙を書く為に、あなたの艤装を抜け出しました。

面と向って、秘書官様にこんなことをお願いするのは、非常に危険でもあり、かつ私にはとても出来ないことでございます。

そして、今、あなたがこの手紙をお読みなさる時分には、私は心配の為に青い顔をして、鎮守府の中を、うろつき廻って居ります。

もし、この、世にも無躾なお願いをお聞き届け下さいますなら、どうか秘書官室の窓の撫子の鉢植に、あなたのハンカチをおかけ下さいまし

それを合図に、私は、何気なき一人の訪問者として秘書官室を訪れるでございましょう。

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 そして、このふしぎな手紙は、ある熱烈な祈りの言葉を以て結ばれていた。

大淀は、手紙のなかほどまで読んだ時、すでに恐しい予感の為に、まっ青になってしまった。

そして、無意識に立上ると、気味悪い艤装の置かれた秘書官室から逃げ出して、隣の事務室の方へ来ていた。

手紙の後の方は、いっそ読まないで、破り捨ててしまおうかと思ったけれど、どうやら気がかりなままに、事務室の机の上で、ともかくも、読みつづけた。

彼女の予感はやっぱり当っていた。
 
これはまあ、何という恐ろしい事実であろう。彼女が毎日身に着けていた、あの艤装の中には、工作艦が、入っていたのであるか。

「オオ、気味の悪い」

彼女は、背中から冷水をあびせられた様な、悪寒を覚えた。そして、いつまでたっても、不思議な身震いがやまなかった。

彼女は、あまりのことに、ボンヤリしてしまって、これをどう処置すべきか、まるで見当がつかぬのであった。

艤装をしらべて見ようか、どうしてどうして、そんな気味の悪いことが出来るものか。

そこにはたとえ、もう工作艦がいなくても、食物その他の、彼女に附属した汚いものが、まだ残されているに相違ないのだ。

「大淀さん、お手紙がきてますよ」

ハッとして、振り向くと、それは、事務見習いの吹雪が、今届いたらしい封書をもって来たのだった。

大淀は、無意識にそれを受取って、開封しようとしたが、ふと、その宛名書きを見ると、彼女は、思わずその手紙を取りおとすほど、ひどい驚きに打たれた。

そこには、さっきの無気味な手紙と寸分違わぬ筆跡をもって、彼女の宛名が書かれてあったのだ。

彼女は、長い間、それを開封しようか、しまいかと迷っていた。が、とうとう、最後にそれを破って、ビクビクしながら、中身を読んで行った。

手紙はごく短いものであったけれど、そこには、彼女を、もう一度ハッとさせた様な、奇妙な文言がしるされていた。

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 お仕事お疲れ様です。

出張前にご依頼いただいてました、鎮守府新聞用の連載小説ですが、提出するのを失念しておりました。

急ぎ、工廠のものに連絡し、配布物便にて送付するよう依頼しました。

ご査収の程よろしくお願い致します。

原稿には、省いておきましたが、表題は「ある艦娘の告白」とつけたい考えでございます。

追伸 御土産買って帰りますので楽しみにしてくださいね


END


江戸川乱歩著「人間椅子」より翻案

ビビった

おつ
なんだこの怪文書は、たまげたなぁ

面白かったです。ありがとうございました

オチでほっとした

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