鬼滅の刃ss 我が子のために・・・ (34)

鬼滅ssです。
このお話は原作8巻で無限列車編~遊郭編までの炭治郎が一人で任務に出ていた期間のお話になります。
よろしければどうぞお読みください。

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「そうか、大変だったな。そのような激戦をよくぞ生き延びてたな炭治郎。」


 無限列車にて下弦の壱の鬼を討伐、さらに上弦の参こと猗窩座によって煉獄さんが討たれてから数日が経過した。
 蝶屋敷で治療を終えたこの俺こと竈門炭治郎は妹の禰豆子を連れて育手の師匠である鱗滝さんの家を訪ねていた。
 そこで俺は鬼殺隊の隊士としてこれまでの戦いを伝えてみせた。
 今から二年前に俺は鬼に家族を殺された。唯一人生き残った禰豆子は鬼と化してしまった。
 その後は俺たちを助けてくれた水柱の冨岡さんによって育手の鱗滝さんを紹介された。
 それから二年間は鱗滝さんの元で修行に励みこうして鬼殺隊の隊士となったわけだ。


「初めて会った時と比べて見違えるように成長した。随分と立派になったものだ。」


「…いいえ…俺なんてまだまだ未熟です。そのせいで煉獄さんは…」


「そう思い詰めるな。彼奴の死はお前の責任ではない。
鬼殺隊の隊士たる者は鬼との戦いにおいては常に死を覚悟して挑まねばならない。
惨酷かもしれんがそれが鬼殺隊なのだ。」
 

 鬼殺隊は鬼を狩ることが務め…
 それは自らの命を掛けて行うべき務めなのはわかる。
 けれど大切な人たちの命が紡がれていくのはやるせなさを感じてならなかった。
 



「その命ですけど…鱗滝さん…今更ながら本当にありがとうございます…」


 俺は目の前にいる鱗滝さんに深々と頭を下げながら礼を述べた。その理由はこの間の柱合会議にあった。
 あの時、俺たち兄妹は鬼殺隊の柱に囲まれて処刑されるかの瀬戸際に立たされていた。
 鬼殺隊の使命は鬼狩り。それなのに俺は鬼と化した妹を連れて歩いている謂わば異端の存在。
 つまり俺たち兄妹は他の隊士たちにしてみれば十分に規律違反を犯しており処刑されても文句は言えなかった。
 そんな俺たち兄妹に救いの手を差し伸べてくれたのが鱗滝さんと…それにこの場にはいないけど俺たちの恩人である冨岡さんだった。
 二人は以前からお館さまに直訴の文を出しており、もしもの時は自分たちが腹を切って責任を取るとのことだった。
 鬼殺隊の剣士は鬼狩りを宿命としている。
 そんな中で異端の存在である俺たちのために命を投げ出す覚悟で庇ってくれた。
 あの窮地において俺たち兄妹をそこまで信じてくれた鱗滝さんと冨岡さんには感謝してもしきれなかった。


「感謝など無用だ。ワシはお前の育手。教え子を信じるのに命を掛けるのは当然のことよ。」


「それでも…本当にありがとうございます…俺たち兄妹はきっと応えてみせます。」


「うむ、その心意気だけで十分だ。」


 心意気だけじゃダメだ。俺は絶対に成し遂げなければならない。
 すべての元凶である鬼舞辻無惨を討ち果たす。そして妹の禰豆子を人間に戻す。
 それこそが俺たちを信じてくれた冨岡さんと鱗滝さん、それに命懸けで俺たちを守り抜いてくれた煉獄さん。
 みんなが俺たちを信じてくれた。ならば信じて突き進むだけだ。



「ところで炭治郎、次の任務があると聞いているが…」


「はい。また新たな鬼が現れたとの報告を受けました。ここへはその道中だったので立ち寄ったんです。」


 鬼殺隊は鬼狩りを使命とする。鬼が出たのなら何処だろうと向かい人々を苦しめる悪鬼を退治しなければならない。
 この使命は鬼殺隊の上位に位置する柱は勿論のこと俺みたいな下っ端の隊士も同様だ。
 それに鬼殺隊は万年人不足(鬼との戦いで死人がバッタバッタ出るからね)
 なので怪我人の俺も傷が完全に癒えないうちに出動要請が入った。猫の手も借りたいとはまさにこのことだ。


「なるほど、この先の山を二つ越えた村で鬼が出たか。」


「昨日村人が惨殺されたとのことです。それで鬼の仕業だと報告を受けました。」


「そうか、あの辺りには中々旨い肉料理を出すメシ屋があったな。
確かそこの女将は身篭っていたはずだ。まさかと思うが巻き込まれていなければいいのだが…」


 どうやら現地には鱗滝さんのお知り合いの方がいるらしい。
 こうしてはいられない。今の鬼殺隊は炎柱の煉獄さんが不在となった。
 それによって戦力の弱体化を余儀なくされている。
 だからこそ煉獄さんの穴埋めをするためにも若輩の俺にも出来ることをやらなくては!



「ところで炭治郎、お前はこの前の戦いでおった傷がまだ癒えていない身だ。そんな身体で任務とは些か心配だな。」


「大丈夫です!こんな怪我でへこたれていられません!」


 確かに鱗滝さんの指摘通り俺の身体はまだ完全ではない。
 けれどみんなからの期待を応えるために蝶屋敷でいつまでも安静にしているわけにはいかない。
 既に伊之介や善逸も単独での任務に就いている(善逸はかなり嫌がっていたけど…)
 だから俺だけが寝込んでいるわけにいくものか。


「実は義勇に助太刀を依頼しておいた。」


 そんな俺を心配してか鱗滝さんが富岡さんを呼んだと言ったけど…え?冨岡さんが…
 

「いやいや、それこそ駄目ですよ!あの人は水柱だし俺以上の激務をこなしているんだから悪いですよ!」


「馬鹿者ッ!鬼との戦いにおいて油断は禁物!用心に越したことはない!」

 
 
 さすがに鱗滝さんから一括されてしまった。確かにその通りかもしれない。

 鬼との戦いは常に命懸け。慢心なんて以ての外。
 それに俺自身もまだ身体の傷が癒えたわけではないしここは鱗滝さんの言う通りにすべきかもしれないな。





 「わかりました。それでは冨岡さんと合流してから鬼を退治します。」


 鱗滝さんの忠告を受けてまずは冨岡さんとの合流を優先することにした。
 ちなみに冨岡さんは既に現地へと向かっているとのこと。
 こうしちゃいられない。若輩者の俺がのんびりしていたら叱られてしまう。
 鱗滝さんに挨拶を済ませるとすぐに俺は現地へ出発しようとした。
 けど出向こうとした際、鱗滝さんはあることを告げた。


「炭治郎忘れるな。我ら鬼殺隊は鬼から人を守ることが使命だ。」


 勿論忘れてなんていませんよ。人を喰らう悪しき鬼は俺が許さない。
 そのことを肝に銘じて俺は愛刀を握り締め妹の入った木箱を背負い現地へと出発した。



 「ハァ…ハァ…ようやく着いたぁ…」


 鱗滝さんの家を出てから数時間の時が過ぎた。出発した時はまだ昼間だったのに今やあたりはすっかり日が暮れて真夜中だ。
 それにしても…我ながら情けない…息が上がるし体力の消耗が激しいや…
 やはりまだ身体は不調のようだ。
 先日の無限列車の戦いで受けた傷はまだ十分には癒えていないらしい。
 幸いにも傷口が開いてはいないがこの身体で戦闘になれば五体満足ではいられない。
 そう思うと冨岡さんに助っ人を依頼してくれた鱗滝さんの判断は正しかった。
 うん、やっぱり俺の育手の師だ。ちゃんと見てくれているんだな。ありがとうございます。
 ところで暗くなったのなら丁度いい。俺は周囲に人がいないのを確認すると背負っていた木箱を下ろした。


「さあ禰豆子、出ておいで。」


そう囁くと木箱の蓋がひとりで開けられた。
そこから麻の葉文様の着物に市松柄の帯を締め黒くて長い綺麗な髪を結び額にしてそして口には竹の口枷という大きな特徴をした少女が姿を現した。
この子は俺の妹の禰豆子。今となっては唯一の肉親だ。
妹は鬼と化したが人を襲うような悪鬼ではない。だが他の鬼と同じく陽の光を浴びれば消滅してしまう。
そのため昼間はこうして木箱の中に入りひたすら眠ることで鋭気を養っている。
だからといって実の妹を木箱の中に閉じ込めたままにするわけにはいかない。
動けるようになる夜になるとこうして木箱の中から出してあげる必要があった。


「う…うぅ…」


寝起きのせいか禰豆子はぼんやりとした寝ぼけ眼な状態だ。
無理もないか。妹は人を喰らわないがそのためにかなりの睡眠を取っている。
恐らく睡眠を多く取ることで人喰いの本能を押さえ込んでいるのだろう。
そんな禰豆子の手を取ると俺は再び歩みだした。
ごめんな禰豆子…兄ちゃんいつも苦労ばかりかけて…



「いらっしゃいッ!」


村へたどり着くとまずは鱗滝さんの紹介してくれたメシ屋へと足を運んだ。
店に入ると主の旦那さんが元気よく挨拶してくれた。
その傍らには旦那さんの奥さんにして店の女将さんが笑顔で俺たち兄妹を持て成してくれた。
ちなみにお店の中はこじんまりとした佇まいだけどまるで実家のような落ち着いた安心感があった。
それとこのお店だけど…肉料理が評判だと聞いたけどそのせいで妙に血生臭い匂いがするな。
これじゃあ俺の鼻が効かないや。


「その服装だけど…ひょっとして坊やは鱗滝さんとこの子かい?」


「はい、竈門炭治郎といいます。鱗滝さんがお二人によろしくと言っていました。」


「そうなの。最近会ってないけどお元気そうで安心したわ。」


「ところで女将さん。お腹の子は順調ですか?」


「ええ、もうそろそろ出産してもいい頃合よ。」


女将さんは鱗滝さんの話通り大きなお腹をしている。この様子だともう出産も間近だろうな。



「よかったらちょっと触ってみない?」


女将さんの厚意に甘えて俺はお腹に耳を当ててみた。
善逸ほど耳がいいわけじゃないがお腹越しから赤ちゃんの心音が伝わってくる。
こうしていると昔を思い出すな。幼い頃に母ちゃんのお腹から生まれてくる弟妹の心音を聴いていたな。まるで死んだ母ちゃんを思い出す。
同じくお腹に耳を当てている禰豆子も穏やかな顔でその心音を聴いていた。
そういえばこうして平穏なひと時を味わうのは久しぶりだよな。
ここ最近は物騒なことばかりが続いていたからな。けど感慨に浸っている場合じゃない。
禰豆子もいずれは誰かと結婚して母親としてお腹に子を宿す時が来るのだろう。
だけど今のままじゃそんな平穏な未来など訪れはしない。
早く鬼舞辻を倒して禰豆子を人間に戻さなきゃならないんだ。


「ありがとうございます。早く元気な子が生まれてくるといいですね。」


「うちの嫁は今回が初産なんだ。けどこの尻なら安産なのは確実だよ!ハハハ!」


「もうアンタったら!」


旦那さんは女将さんのお尻を自慢するかのようにバンバンと叩いてみせた。
いやいや、妊婦さんなんだからそこは勞ってあげないと…
それにしても子供が生まれるなんてめでたいな。
けれどこの村には鬼が出没している。まだ何処に潜んでいるのかわからない。
ひょっとすれば妊婦の女将さんを襲う可能性だって十分にありうる。


「お嬢ちゃんも将来はいいお母さんになるんだぞ。」


旦那さんがいまだに女将さんのお腹をさすっている禰豆子に笑顔でそんな事を言っていた。
この夫婦の笑顔を絶やしてはならない。鬼殺隊の隊士として俺は全力でこの家族を守る。
それが俺の使命だ!



「よしやるぞ!…って…あれ…?」


決意を固めると同時にあることに気づいた。
店の奥を見てみると客席にポツンと誰かが食事を取っていた。
ところでこのお客さんだけど………よく見たら冨岡さんだ!


「あ、冨岡さん居たんですね。」


「先刻からずっとここで食事をしていた。この村ではここでしか飯が食えないからな。」


…なんか気まずい。この人俺たちが店の人たちと談笑していたのにその間一人でパクパクご飯食べてたんだよな。
普通なら世間体を気にして会話に参加するのが大人だよね。
それなのにどうして一人で淡々と食事しているんだろ?


「…俺たち鬼殺隊は常在戦場の心構えでなければならない。故に早々と食事を済まさなければならん。」


なんかそれっぽいことを言っているけど言い訳に聞こえるのは気のせいかな。
どうしょう?今からでも旦那さんたちに冨岡さんのことを紹介すべきかな?
けど今更すぎて逆にどちらにとっても失礼に当たるのではないのだろうか。



「…ところで任務の話をしておきたい。この村で鬼が出没している件は既に聞いているな。」


それから冨岡さんは懐から新聞を取り出した。見ると新聞にはこの村で起きた惨殺事件についての記述があった。
事件が起きたのは昨夜のことだ。


「殺されたのはこの村に住むお婆さんだ。産婆だったらしい。」


産婆といえば妊婦さんの出産時に手助けしてくれる助産婦さんのことだ。
 この小さな村では産婆はお婆さん唯一人だけとのことだ。
 

「それで遺体を調べたがかなり食い散らかした跡があった。
しかもかなり食べ残していたようで痕跡からして恐らくは初めて人を喰ったのだろう。」


事件の惨状を淡々と語る冨岡さんの話を聞いて先程まであったはずの食欲がすっかり失せていたことに気づいた。
当然だ。こんな話を聞かされて食事を取ろうなど思うはずもない。
それにしても年配のお婆さんを襲うなんて卑劣な鬼だ。許せない!


「まだ事件が起きてから時間が経っていない。恐らくは鬼もそんな遠くには行っていないだろう。
俺はヤツが潜みそうな場所をしらみ潰しに探す。お前もメシを食ったらすぐに探しに出てほしい。」


そう促すと冨岡さんは早々に店から立ち去った。さすがは柱だ。
鬼の討伐を第一に考えているだけあって行動が迅速だ。
ちなみに冨岡さんの食器には頼んだであろう鮭大根の定食を米一粒残すことなく綺麗に置かれていた。
ふむ、これが冨岡さんの好物なのかはわからないけど美味しいことには間違いなさそうだ。
俺も同じものを食べてすぐに鬼の搜索に加わろう。
腹が減っては戦は出来ぬだ。食欲が失せたなんて言っていられない。
とにかく無理矢理でも腹に飯を入れて力をつけなきゃな!




こうして食事を済ませた俺は禰豆子を連れて夜の村を捜索に出た。
けれど夜だというのに鬼の気配はちっとも感じられない。
鬼の動きには関連性がある。日中に鬼が太陽の光が浴びると身体が消滅するためかなり行動が制限されている。
よって鬼が動くなら日没後の夜中しかない。
それなのにどういうわけか鬼が動く気配がどうしても感じられなかった。


「おかしい…匂いが感じられないなぁ…」


店で嗅いだ血生臭い匂いが強かったせいなのかどうも鼻の調子が悪い。
自慢じゃないが俺の鼻は犬の嗅覚ほど嗅ぎ分けることが出来る。
けれど本調子じゃないにしてもこれだけ探しても鬼が見当たらないってどういうことだ?


「う~ん…こうなったらもう一度頭の中を整理してみよう…」


とにかく一旦落ち着いていまわかっていることを振り返ってみよう。
鬼が出たのは昨夜のことだ。殺されたのは産婆のお婆さん。鬼は初めて人を喰い殺した。
その鬼はまだこの村から出ていない。ざっと振り返るとこんなところだ。
特にこれといって気になる点は…待てよ…?


「なあ禰豆子、そういえばこの村には産婆は殺されたお婆さんしかいなかったよな。」


「ふがっ!」


俺は傍らに居る禰豆子にも確認を取るようにもう一度あることを確かめた。
そういえば店の女将さんは妊娠している。
待てよ?あのお腹なら産婆のお婆さんは何度か女将さんを診察してたんじゃないか。
だとしたら女将さんたちは殺された産婆のお婆さんについて何か知っているはずだ。
そのことに気づいた俺は禰豆子を連れて急いで店に戻った。
これで事件解決に一歩前進だ。そう思いながら駆け足で店へと向かった。



「ごめんくださ~い!ちょっと聞きたいことがあるんですけど!」


すぐに店へと戻ったが店内には誰もいなかった。
先程までいたはずの旦那さんと奥さんの姿が見えない。まさか鬼が…!?
そう思った俺はすぐさま刀を抜いた。
鋭い日輪刀の刃を突き立てとにかく鬼の気配を感じ取った。


「…この匂い…わかる…これは…血だ…」


先程は肉料理のせいで鼻が満足に嗅げなかったが今はちがう。
これは家畜の血じゃない。人の血の匂いだ。それも大量の血が流れたことで俺の鼻が嗅ぎ取ることが出来た。
それから俺たちは店の奥へと入った。台所に入りさらにその奥の家屋へと侵入した。
家の中は荒らされた形跡はない。
もしも鬼なら当然荒らされた形跡くらいあってもおかしくはない。
だがこの家からは血の匂い以外の異変は感じ取れない。これはどういうことなのかと最後に家の居間へと入った時だ。


「これは…まさか…」


そこには酷い悪臭が漂っていた。この独特な悪臭を俺はこれまで何度も嗅ぎ取っていた。これは鬼の匂いだ。匂いの元は居間の奥だ。すぐに襖を開けるとそこには驚くべき光景があった。



「うぐ…あぁ…」


なんとそこには腕から血を流す旦那さんがいた。
そんな旦那さんの腕を誰かがジュルジュルとまるでご馳走のように飲み込んでいた。
その誰かとは…奥さんだった…


「嘘だ…何であなたが…」


一瞬俺の頭の中が真っ白になった。だってそうだろ。さっきまで俺はこの人たちと仲良く談笑していたんだ。
それなのに奥さんが鬼と化すなんて何がどうなっている。
いや、考えるのは後だ。それよりも今やるべきことは唯一つ!


「やめろォッ!」


日輪刀を振るって旦那さんと女将さんを引き離した。
旦那さんの腕はいまだに血が滴り落ちておりそれを女将さんは涎を垂らしながら眺めている。
これまで見てきた鬼と同じだ。もう人のことを食い物としか見ていないんだ。


「女将さん…あなたが鬼だったのか…」


既に手遅れだ。女将さんは人を喰った悪鬼と化した。
こうなれば俺は鬼殺隊の隊士としての使命を果たさなければならない。
鬼を斬る。それ以外に解決する術はないんだ。



「待ってくれ!女房を斬らないでくれ!」


首を斬ろうとした瞬間だった。なんと旦那さんが俺と女将さんの間に入って仲裁しようとした。


「やめてください。もうこうなったら手遅れなんだ。悪いが斬らせてもらいます。」


「ちがうんだ!女房は俺を襲ってはいない!この血は俺が自分で傷つけてそれで飲ませているだけなだ!」


どうやら旦那さんは女将さんのために自分の血を与えていたらしい。
それで辛うじて正気を保っていたわけか。それだけならまだ同情の余地はあった。けれど…



「女将さんは産婆のお婆さんを殺した。それは事実ですね。」


そう問い質すと旦那さんは観念しながらすべてを白状した。
事の発端は昨夜まで遡る。実は女将さんだが昨夜に急な発作に襲われた。
この非常事態に旦那さんはすぐに産婆のお婆さんを呼んだけど最早どうにもならない状況に追い込まれていた。
産婆のお婆さんに女将さんとそれにお腹の赤ちゃんは助からないと宣告された。
そう絶望に浸っていた時のことだ。旦那さんにとってはある意味で救いの手が差し伸べられた。


『―――お前の家族を助けてやろう。』


男は鬼舞辻無惨と名乗った。俺たち鬼殺隊が追っている悪鬼だ。
ヤツは旦那さんを拐かすと女将さんを鬼にした。
鬼の生命力を得た女将さんは発作も収まり大事には至らなかった。だが…


『ギャァァァァァッ!?』


鬼と化した女将さんは産婆のお婆さんを喰い殺してしまった。
どうやら鬼の本能に耐えられなかったらしい。
それが事件の顛末だった。



「経緯はわかりました。けど何故自首しなかったんですか!これが許されるべき行いでないことはわかっているはずだ!?」


「わかっている!女房も警察に自首すると言っていた。けど…お腹の子がもうすぐ生まれるんだ…」


すべてはお腹の子のためだと…
そうか、そういうことだったのか。この夫婦は生まれてくる子の誕生を望んでいる。
けれど女将さんが自首すればどうなるだろうか。
事情を知らない警察に行けば太陽の光によって身体が消滅してしまう。
そうなればお腹の子は助からないだろう。


「我が儘なお願いかもしれないが頼む!お腹の子が生まれるまで待ってくれ!」


それがこの夫婦の望みだった。
その願いを聞いた上で俺はもう一度女将さんの顔を覗いた。涙を浮かべながらお腹を摩っていた。
その光景はまだ家族が生きていた頃に母ちゃんが生まれてくる弟妹を勞っている姿と酷似していた。
生まれてくる子を想う気持ちは痛いほどわかるよ。
俺だってさっきまで女将さんのお腹の子の心音を確かめていたんだ。けどそれとこれとは話が別だ。


「それなら聞かせてください。お婆さんの死についてどうやって報いるつもりですか。」


俺は臆することなく二人に刃を向けながら問い質した。
鬼狩りの剣士としてこれだけはどうしてもハッキリとさせる必要がある。
いくら女将さんに殺意がなかったとしても現にお婆さんは亡くなってしまった。
それもお腹の子を取り上げようとした人だ。
俺は面識ないがお婆さんの死を蔑ろにするなどどれほど退っ引きならない事情があろうと絶対に許されないことだ。


「…罪は償います…私たち夫婦が必ず…」


決意した目で二人はそう答えてくれた。その言葉には嘘偽りの匂いは感じられない。
 この言葉は信じられる。だけど…
 ここにいる鬼狩りは俺だけじゃない。冨岡さんがいる。あの人は鬼殺隊の柱だ。
 柱ならば鬼とわかれば即斬りつけるだろう。
 以前に産屋敷邸に呼びつけられた時に冨岡さんは俺たち兄妹を庇ってくれた。
 あの時は禰豆子が人を襲わないと証明出来たからこそ信じてもらえたんだ。
 けど今回は状況が大きく異なる。女将さんは既に人を襲ってしまった。
 人の命を奪うという取り返しのつかない過ちに及んでいる。
 状況がどうであれ人を襲った鬼とわかれば女将さんはすぐに斬られる。
 こうなれば見過ごすか?いや、それも駄目だ。
 ここで冨岡さんから逃げられたとしても他の隊士が女将さんを斬る結末に変わるだけ。
 それに女将さんは既に人を襲ってしまった。
 ここで逃がしたら本能のままに人を襲う悪鬼と成り代わる可能性もある。
 俺は鬼殺隊の隊士だ。これ以上の被害者が出ることだけは絶対に避けなければならない。



 「やはりここにいたか。」


 そんな時だった。考えに耽っていた俺の背後から冨岡さんが姿を現した。
 冨岡さんはいつものように無表情で佇んでいるけどその手には既に刀を抜いている。
 俺と同じく水の呼吸の使い手である証としてその刀身は綺麗な青色に輝いていた。
 愛刀に刻まれた『悪鬼滅殺』の文字を女将さんに翳しながら冨岡さんは構えを取った。
 

 「炭治郎どけ。こいつは俺がやる。」


 「待ってください!まずは事情を聞いてください!」


 「人喰い鬼の事情など知るか。俺は自らの使命を果たすまでだ。」
 

 富岡さんは問答無用とでもいうかのように女将さんに斬りかかった。このままでは…
 


 
 「話を聞いてくださいッ!」


 けど俺は咄嗟にそんな冨岡を無理やり引っ張り出すようにして外へと押しやった。
 正直全力の体当たりだったけど冨岡さんは怪我一つ負うこともなくピンピンしていた。
 

 「…何の真似だ。お前も鬼殺隊の剣士。ならば悪鬼は斬らねばならない。」


 「わかっています。けど女将さんは身篭っています。
いくら悪鬼とはいえお腹には生まれてくる赤ん坊がいるんだ。せめて子供が生まれるまで待ってあげられませんか!」


 俺は先程聞かされた事件の詳細を冨岡さんにも説明してみせた。
 なんとか事情を話して納得してもらうつもりでいた。


 「ふざけるな。どんな事情があろうと人を喰った悪鬼など野放しには出来ない。」


 だけど事情を話しても冨岡さんの考えは変わらなかった。
 いや、最初からわかっていたことだ。駄目元で話をしてその返答がこれだった。
 鬼殺隊の隊士なら誰もが悪鬼滅殺を信条として闘いに挑んでいるんだ。
 俺だってそのうちの一人だ。けれど…どうにかしてやりたい時だってあるんだ!


 「何も見逃してほしいとは言っていません。せめてお腹の子が生まれるまでの間だけでも待ってあげられませんか!」


 「ならば尋ねるぞ。生まれてくる子は人か。それとも…鬼か。どちらだ。」


 冨岡さんから問い詰められて俺は言葉を失くした。
 生まれてくる子が人なのか鬼なのかなんて俺にわかるわけがない。



「赤ん坊が鬼ならばそれは人の血肉を糧として生まれてくるということだ。
つまり生まれながらにして罪を背負っているということ。生まれてくること自体が罪。
子が鬼ならばそれも斬る。それだけのことだ。」


それが冨岡さんの下した結論だった。鬼殺隊の隊士ならば冨岡さんの結論は正しい。
俺だって人喰い鬼のことを許したくはない。だけど生まれてくる子はちがうはずだ。
その子はまだ罪を背負ってなどいない。生まれてくること自体が罪などそんなの断じて認めるものか!


「…炭治郎…まだ言い争うつもりか…」


「はい、納得してくれるまで俺も引き下がれません。」


「これ以上の我が儘はやめろ。
以前はお前の妹が人を襲わなかったから俺と鱗滝さんも庇えた。
だがそこにいる鬼はちがう。そいつは既に人を襲ってしまった。」


「わかっています。だけど!」


「いい加減にしろ!これ以上お前が鬼を庇えばどうなる!また規律違反で裁かれるぞ!
お前たち兄妹のために命を掛けている鱗滝さんが腹を切ることになるのを忘れたか!!」


そうだ…冨岡さんの言う通りだ…
俺たち兄妹の命は最早自分たちだけの采配で決められるものじゃない。
育手の鱗滝さんにそれに目の前にいる冨岡さんも何かあった時は腹を切って詫びるとお館さまに書状を差し出してくれた。
再び裁きに掛けられたら俺たち兄妹は今度こそ討たれるだろう。
それだけじゃない。俺たちのために命を差し出してくれた冨岡さんと鱗滝さんも…
今更ながら自分の責任を自覚していなかったのが余りにも未熟すぎた。

そんな悲観する俺の心にある言葉が囁いてきた。


『胸を張って生きろ』


今は亡き煉獄さんが遺してくれた最期の言葉だ。
その言葉を思い出したと同時に俺は今の自分を振り返った。
そして同時に目の前にいる冨岡さんに対して刀を抜いた。


「何のつもりだ。」


「こうなれば力尽くで納得させます。
確かに母親は人喰い鬼です。けれど生まれてくる赤子の命を蔑ろにするなど…
その行いを見過ごすのは胸を張って生きていると言えないッ!」


俺は冨岡さんに斬りかかった。冨岡さんの剣は俺の斬撃などビクともせず軽く受け流した。
当然だ。向こうは柱なんだ。実力が及ばないのは端から承知の上。
さらに言えば俺はまだ怪我がちゃんと癒えていない。
こんな状態で柱の冨岡さんに勝つなど絶対にありえないだろう。


「やめろ。こんな戦いは無意味だ。俺が納得するなど決してありえない。」


「…わかっています…それでも俺は…俺たちは…
みんな母親から生まれてきた。誰だってそうだ。それは鬼だって…
冨岡さんあなただってそうだったはずだ!ならばわかるはずだ!
どんな命だろうと境遇だろうと母親が子を産むことを咎めるなどあってはならないんだ!」


俺は渾身の力を込めて剣を振るった。その瞬間だった。剣が宙を舞った。
渾身の力を込めた一撃は呆気なく弾かれてしまった。
駄目だった。言葉でも想いでも説得することができなかったのか。



「…」


けど冨岡さんは自分の愛刀をジッと見つめていた。一体どうしたんだと見てみたがその理由はすぐに分かった。
『悪鬼滅殺』の悪鬼の文字にヒビが入っていた。刀にヒビが入ればその精度が落ちる。


「…どうやらお前の熱意が上回ったようだな。これでは使い物にならん。」


冨岡さんはヒビの入った刀を鞘に入れた。刀が使えなくなってしまったようで戦う意志はないようだ。
これは…つまり助かったのか…?
よかった。これでひと安心だ。



「何を安心している?これで事態はより深刻になったんだぞ。」


「え?それは…どういう…」


「俺は刀が使えなくなてしまった。わかっていると思うが俺たち鬼狩りが戦うには日輪刀が不可欠。今あるのはお前の刀だけ。つまり何かあった場合はお前がこの場を治めなければならないんだ。」


改めて言われたけどそうだった。冨岡さんを納得させて終わりなわけじゃない。
ここからが始まりなんだ。


「大変だ!女房が産気づいちまった!?」


するとそこへ家の中にいた旦那さんが大声で女将さんが産気づいたと言ってきた。
よりにもよってこんな時に…


「けど産婆のお婆さんはもう亡くなってしまったんじゃ…」


「ああ…そうだ…他所の村から産婆を連れてこなきゃ…」


今からなんて旦那さんの足じゃ絶対に間に合わない。
俺も一家の長男としてこれまで兄妹たちの出産を見届けてきた。
出産は命懸けで時間との勝負だ。悠長な真似などしていられない。


「わかりました!俺が隣村に行って産婆さんを呼んできます!」


こうなれば俺が行くしかない。いくら怪我を負っているとはいえ俺は鬼殺隊の隊士だ。
善逸ほどではないけど足は鍛えられているから普通の人よりは早いぞ。
けど冨岡さんはそれを許さなかった。


「駄目だ。産婆を連れてくることは許さない。」


「そんなどうしてですか!もう時間がないんですよ!」


「母親は人喰い鬼だ。それに今は出産でかなりの体力を消耗している。
つまり飢餓状態に陥っている。そんな状態で一般人を巻き込んでみろ。死人が出るぞ。」


あ…今更ながら俺は事の重大さを思い知らされた…
唯でさえ出産など命懸けだというのに鬼の出産となれば一般人を立ち入ることも出来ないんだ。


「あ゛…あ…あぁぁぁ…」


そんな中で女将さんの苦しむ声が聞こえてきた。
もう悩んでいる時間はない。こうなれば取るべき手段は唯一つだ。



それから俺たちは急いで出産の準備に取り掛かった。
女将さんが人喰い鬼である以上、人は呼べない。
それを前提として自分たちで赤ん坊を取り上げることになった。
そして子供を取り上げる役は俺が担うことになった。


「大丈夫なのかい?お前さんまだ子供だろ。」


「俺は長男です。これまで何度も兄妹の出産には立ち会っていますから。
それよりも女将さんこそすいません。男の俺が取り上げることになってしまって…」


「いいんだよ。この際だから贅沢なんて言えないしね…」


本来なら本業の産婆さんに取り上げてもらうのがいいのだろうけど…
そんなこと言っていられない。旦那さんは女将さんの隣に寄り添い俺は取り上げる準備に入った。
ちなみに冨岡さんは誰も出入り出来ないように戸の前で用心を行い禰豆子は木箱の中に入ってもらった。



「ん゛~ぐ~んん~!?」


それから時刻にして夜明け前の4時半くらいだろうか。
胎内から子供の頭がぽっこりと見えてきた。よし、今のところは順調だ。
それから徐々に子供の頭が出て来る。いいぞいいぞ、その調子だ。


「頑張れお前!お腹の子も頑張ってくれ!」


隣で旦那さんも大きな声で呼びかけていた。そうだ頑張れ。頑張るんだ!
けど順調なのも最初だけだった。その後は女将さんがいくら力んでも子供が胎内から出ようとはしなかった。
まずい。このまま夜明けを迎えたら厄介だ。鬼の母親が消滅すればお腹の子はどうなる?
まさか一緒に消滅なんてことに…


「んぐぅぅぅ~!」


それでも女将さんは子のため懸命に力み続けた。
その想いが叶ったのだろうか少しずつだけど赤ん坊の身体が出てきた。


「よしいいぞ!あと少しだ!」


あと少し。ほんの少しという時に差し掛かった時だ。



「ハァ…ハァ…」


女将さんの体力が限界に差し掛かっていた。
いくら鬼でも出産にはかなりの体力を消耗するようだ。
そのせいでこれ以上力むのは困難だった。


「旦那さん!行きますよ!」


「ああっ!頼む!」


それから俺と旦那さんの二人掛りで子供を引っ張り出そうとするが…
やはり駄目だ。単なる力任せじゃないからその力加減がかなり厳しいところだ。
もう時間が迫っている。どうしたら…


「急げ。」


そんな時、戸の前にいた冨岡さんが俺たちと同じく赤子を引っ張ろうとしていた。
言葉こそ足りないが冨岡さんも必死に取り上げてくれている。
その想いが伝わったのだろうか赤ん坊の身体がみるみる胎内から出てきた。
よし、いいぞ!この場にいるみんながお前の誕生を望んでいる!
だからお願いだ。どうか無事に生まれてきてくれ!


「出たッ!生まれたぞ!」


そして遂に子供が生まれた。それも女の子だ。
けれど…産声が聞こえない。第一声が発せられないなんてどうして…
まさか死産ではないのか。


「あぁ…赤ちゃん…」


そんな不安な空気の中で出産を終えた女将さんが赤ん坊を抱こうとした。
いくら鬼と化したとはいえ生まれてきた子を慈しむのは母親として当然だ。
俺歯女将さんの腕の中に赤ん坊を渡そうとした。



「そこまでだ。」


それは一瞬だった。冨岡さんは俺の腰元にあった刀を抜くと女将さんに向けて刃を向けた。
余りにも一瞬だったので俺は思わず女将さんに赤ん坊を渡さずになんとか庇った。


「冨岡さん何をしているんですか!」


「よく見ろ。母親の口から涎が垂れている。」


その指摘通り女将さんの口元から大量の涎が垂れていた。
そうか、生まれたばかりの子供は羊水と血で混じり合っているんだ。
さらに女将さんは出産を終えて体力を消耗しているからかなりの飢餓状態に陥っている。
残酷だけど鬼と化した女将さんにしてみればこの赤ん坊は目の前にあるご馳走も同然だ。


「今の母親に子供を渡せばたちまち食い殺されるぞ。そうなることをお前たちは望むのか。
そして炭治郎、俺が出来る譲歩はここまでだ。この先は鬼殺隊の隊士として行動しろ。」


その言葉を受けて俺はこの場を冨岡さんに任せると家の戸を開けて外へと出た。
外に出ると夜が開けてまもなく朝日が昇ろうとしていた。
俺はまだ産声も上げない赤ん坊にこの朝日の光を照らそうとした。
この子が鬼だったら朝日の光で身体が消滅する。けれど人であれば生きていられる。
これはそういう生き実験だった。


「どうか頼む…人であってくれ…」


これより昇る朝日に向かってそう願った。
もうこれ以上の悲劇を与えないでほしい。この子の人生の門出が祝福されるものであってくれ。
そう願った矢先だった。



「 「おぎゃぁぁぁぁっ!」 」


朝日に照らされて赤ん坊が産声を上げた。子供は日に照らされても消滅しなかった。
よかった、鬼じゃなかったんだ。本当によかった。
これでこの子が人であると証明された。俺は急いで家の中に戻った。
そして母親の女将さんにこの子を抱いてもらおうとした。けれど…


「そんな…どうして…」


家の中に入るとなんと女将さんが戸の前に立っていた。
何をやっているんだ!鬼のあなたが太陽に晒されたら消滅してしまうんだぞ!?


「あぁ…何でこんなことを…」


「ごめんなさい。けどもう決めたことなの。」


それは先程の行いが原因だった。我が子を前にして食欲を抑えられない鬼の母親は最早子供にとって害でしかない。
だから消滅しなければならないのだと…
そして光を浴びたことで徐々に女将さんの身体が消滅していった。


「お願いです…せめてこの子を抱きしめてくれ…」


俺はなんとか子供を抱いてほしいと頼み込んだ。
けれど女将さんは無言で首を振った。まるで人殺しの自分には無垢な我が子を抱く資格などないといっているように思えた。
あぁ…もう駄目なんだ…
そして女将さんの身体が完全に消滅する寸前だった。


「生まれてきてくれてありがとう―――


最期にそんな言葉を遺して女将さんは消えた。
赤ん坊は自分の母親がこの世から消えたことなど何も知らない。
けれど俺は確かに見た。女将さんが消滅する寸前、微かに赤ん坊の頭を撫でたことを…


それから数時間後、警察が到着すると旦那さんは逮捕された。
産婆のお婆さんを殺害した容疑での逮捕だ。旦那さん自らの通報による自首だった。
俺たちは旦那さんの擁護もすることもなく間近で逮捕される場を見ているしかなかった。


「いいんですか。これで…」


「仕方がない。犯人がいなければ事件の幕引きはありえない。
だからこそ旦那は自分が犯人だと名乗り出てこの事件を終わらせようとしているんだ。」


俺が問い詰めた時、旦那さんと女将さんは各々責任を取ると言っていた。
女将さんは子のために自らの命を投げ打った。そして旦那さんは女将さんの罪を被ることで産婆のお婆さんを殺した責任を取っているんだ。
だけどそれは子供が一人ぼっちになることを意味する。
だとしてもこれは両親なりの愛情なのかもしれない。
生まれてきた子を思えば人を殺めた罪を清算しなければならない。
この子が生まれるのにあたってお婆さんが犠牲になってしまった。
これからの人生の門出で我が子に罪を背負わせるわけにはいかない。
それがたとえ大切な我が子と離れることになってもやらなければいけないんだ。



「あ~う~」


そんなことなど露知らず赤ん坊は俺の腕の中で無邪気に笑っていた。
ごめんな、俺たちがもっと早く駆けつけていればこんな結末にはならなかったのに…


「それで赤ん坊はどうするつもりだ。任務には連れていけんぞ。」


「そのことなんですが以前にお世話になった藤の花の家のお婆さんに預けるつもりです。
あの人なら信じられるしそれにこの村にこの子だけを置いていけませんからね。」


両親がいなくなったこの村にこの子を残すのはつらいことだ。
親が人を殺したとなれば村人はこの子に対して悪意を持つだろう。
ひょっとすれば危害を加えることだってあるかもしれない。
今の俺に出来ることはこの子を健やかに育つ場所を与えることだけ。
それが俺に出来る唯一の責任の取り方だ。



「冨岡さん今回はありがとうございました。あなたがいなければどうなっていたか…」


旦那さんが連行された後で俺は冨岡さんにお礼の言葉を述べた。
今回の事件は冨岡さんの協力がなければどうなっていたのかわからない。
下手をしたらもっと悲惨な事態にさえ陥っていたのかもしれなかったんだ。


「礼はいい。俺は何もしてはいない。」


「そんなことはありません。赤ん坊の出産を手伝ってくれたじゃないですか。
むしろ役に立たなかったのは俺の方です。あれだけ啖呵を切っておきながら自分だけでは何も出来なかった。」


 那田蜘蛛山、それに無限列車の時と同じだ。俺は結局一人では何も出来なかった。
 いつもそうだ。誰かに助けられてばかりいる。こんな自分が情けないとすら思う。
 今回だって俺にもっと力があれば…


 「…卑下するな。お前は無力ではない。
確かに鬼殺隊の隊士としては失格かもしれない。それでもお前は人を救った。
今回の事件は下手をすれば一家は全滅に陥っていたはずだ。」


 「けれど…この子以外は…」


 「それでもお前は人を救えた。誇れ。胸を張ってみせろ。」


 胸を張れと…煉獄さんが遺してくれた言葉だ。それを同じく冨岡さんも言ってくれた。
 そうかもしれない。俺が卑下していたらそれこそ最後まで付き添ってくれた冨岡さんに失礼だ。


 「冨岡さん!本当にありがとうございます!」


 「…子はちゃんと届けろよ。」


 そう告げると冨岡さんはさっさとこの場を立ち去った。
 俺が破損させてしまった刀の修復のために刀鍛冶の里へと立ち寄るらしい。
 今回は本当に悪いことをしてしまった。この埋め合わせはいずれなんとかしよう。
 



 「さあ、この村ともお別れだぞ。」


 冨岡さんが去った後で俺も赤ん坊とそれに禰豆子が入った木箱を背負ってこの村を立ち去ろうとした。
 鬼がいなくなった以上は俺もこの村に用はない。
 それに俺が抱いている赤ん坊にとってもこの村は悲しい思い出しかない。
 今はまだ真実を伝えるべきではない。いずれ大人になった時に改めて話してあげよと思う。


 『―――行ってらっしゃい。』


 ふと誰かがそんなことを囁いた。声の方を振り返ってみるとそこはこの子の生家であり今はもう無人のメシ屋だった。
 

 「そうか、お母さんはちゃんと見守ってくれているんだな。」


 俺は何も知らない無垢な赤ん坊にそう語りかけた。そして俺はある未来を思い浮かべた。


 『お父さん!お母さん!定食出来たよ!』
 

 『おやまあ、アンタもようやく一人前に料理出来るようになって。』


 『そうだな。これで頼りになる婿を貰えたら万々歳だ。』


 小さなメシ屋を親子三人で切り盛りする優しい家族たち。
 明るく健やかに成長した一人娘とそれを喜ぶ両親。


 『本当だねぇ。取り上げた時は本当に小さかったのによく大きく育ったもんだよ。』


 そんな家族を取り上げた産婆のお婆さんが笑顔で語りかけてくれていた。
 これはひょっとしたらありえたかもしれない未来…
 親子仲良く居てほしかった。けれどもうこの未来は敵わない。
 だからこそ唯一人遺されたこの子にはしあわせな未来を歩んでほしい。
 それこそが今回の事件で関わった人たちすべての願いだ。




 そしてもうひとつ改めて思い知らされたことがある。
 

 「鬼舞辻無惨、俺はお前を絶対に許せない。」


 この家族の幸せを踏みにじった男、鬼舞辻無惨。
 事件の背後で人の命を弄んだ悪鬼。お前だけは許してはおけない。
 いつの日か必ずお前をこの手で葬ってやる。
 

 ~終~



終わりです。それでは

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