「黒木さん、眠い?」
「えっ? あ、ごめん。実は少し……」
放課後、加藤さんと受験勉強をしていると、昨晩ネットワークの波に乗りまくったことが祟り、私は強烈な睡魔に襲われた。
この頃、加藤さんから毎日の課題として渡されている英単語長の文字列がゲシュタルト崩壊を起こし、まるで脳に入っていかない。
「膝、使う?」
そんな私の不調に気づいた加藤さんは、例によって例の如く、自らの膝をポンポンと叩いて、その見るからに安眠出来そうな柔らかな肉林へと誘ってきた。
「い、いやぁ……へへ……いつも悪いし……」
「気にしなくていいよ」
加藤さんは私を甘やかすのが上手だ。
とはいえ、こうして私に課題を与えて英語漬けにしているわけで、甘いだけではない。
これが所謂、飴と鞭というものなのだろう。
英単語なんてもう見るのも嫌で吐き気がするのに、こうして今日も勉強をしている。
彼女の言葉に私は歯向かうことが出来ない。
何故だ。心の奥底でそれを望んでいるのか。
また、膝枕して貰うことを夢見ていたのか。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
「はい。どうぞ」
柔らかな加藤さんの太ももに埋もれる。
前回は劣情によって目が冴えてしまったが、今回は再びこの安息の地に帰還したことへの安堵感が勝り、私はすぐに彼女の膝で眠ってしまった。
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「黒木さん……黒木さん」
「んにゅ……?」
揺り起こされて目覚めると、既に陽が傾いていて、下校のチャイムが鳴り響いていた。
「わっ! ご、ごめん! 思いっきり寝てた!」
完全に寝過ごしてしまったことに気づき、さぞ加藤さんはお怒りだろうと思ったのだが。
「ふふっ……黒木さんの寝顔可愛かったよ」
「へ?」
「悪いと思ったけど、撮っちゃった。ほら」
そう言って、加藤さんはスマホを取り出して、ぐーすか寝ている私の横顔を見せた。
どこが可愛いんだ。ちょっと白目剥いてる。
「け、消してっ」
「んー……やだ」
「な、なんで……?」
「これは膝を貸したお代だから」
くぅ~やはり水商売の女は抜け目ないな。
「ね、黒木さん」
「な、なに? もう払えるものは何もないよ」
「もう少しだけ、このまま寝てて」
このままでは負債が嵩み、身包みを剥がされるのではないかと不安に思ったが、頭を撫でる加藤さんの手管に屈して、膝枕を続行せざるを得なかった。
「黒木さん、ちゃんと髪の手入れしてる?」
「い、一応、お風呂は毎日入ってるよ」
「もっとちゃんとトリートメントしないと、傷んじゃうよ。せっかく綺麗な黒髪なのに」
トリートメント? なにそれ、美味しいの?
髪を洗う時はもっぱら弟と共有しているリンスインシャンプーで済ませているんだけど。
「私が髪に気を使っても無駄だから……」
「なんで?」
「な、なんでってそりゃ可愛くないし……」
どうしてそんなわかり切ったことを言わにゃならんのだと思いつつも理由を口にすると、加藤さんはなんだか怒ったような口調で追求してきた。
「可愛くないって、誰かに言われたの?」
「お、弟に……」
「黒木さんの弟くんは高1でしょ? 私は兄弟が居ないからわからないけど、年頃になれば思ってもないことを口にするものよ」
いや、あいつの場合は本心だと思うのだが。
「とにかく、黒木さんはちゃんと可愛い女の子なんだから、自信を持って」
「じ、自信と言われても……」
そんな自覚は欠片もないので困ってしまう。
「か、加藤さんにはわからないよ……」
ブスが自信を持っても周りが迷惑するだけ。
そもそも私みたいなブスの気持ちなんて、美人の加藤さんにはわかる筈もない。
「加藤さんは美人だから、皆が自分みたいに綺麗になれると思っているのかも知れないけど、ブスはブスなりに生き方の決まりみたいなものがあって、それを守らないと生きていけないんだよ」
この世には明文化されていない暗黙のルールがいくつもあり、それを守らなければ周りに迷惑をかけてしまい、最終的に追放される。
私は身の程を弁えてるから、なんとかこうしてそれなりの数の友達を作ることが出来た。
これはブスなりの努力の結果であって、美人にどうこう言われる筋合いはないのだ。
「そっか……なるほどね」
「わ、わかってくれた? ごめんね偉そうに」
「ううん。こっちこそ偉そうにごめん。黒木さんがいつも私に遠慮がちなのは、そういう理由があったのね。全然、知らなかった」
「ま、まあ、概ね、そんな感じかな……」
本当はそれだけじゃなく、単純に良い人に粗相を働くのを良心が咎めたというか、自分のクズなところを見せたくなかったというか。
「でもね、黒木さん。これだけはわかって」
加藤さんは物分かりが良いけど頑固な人だ。
「私や他の友達が黒木さんと一緒に居るのは、あなたに自分では気づいていない良いところが沢山あるからよ。それと、もちろん自分ではわからない可愛さに惹かれてね」
なんだその理屈は。恋愛脳じゃあるまいし。
「じゃ、じゃあ、加藤さんはもしも私が男だったら、つ、付き合いたいと思う……?」
面と向かって人のことを可愛いとか抜かして来やがった仕返しに、無茶振りしてみる。
すると加藤さんはちょっと困った顔をして。
「んーどうだろう。まずは友達からかな」
ほーらみろ。はいはい。わかってましたよ。
大抵友達から始まった関係は友達で終わる。
知ってます。歴史がそれを証明しています。
「ね? ブサイクとは付き合えないでしょ?」
「いいえ。そうじゃなくて、私の気持ちはともかくとして、黒木さんに私と付き合いたいという気持ちがあるかないかってことよ」
何言ってんだ、こいつ。そんなもん、当然。
「黒木さんは私のこと好き? 付き合える?」
「はぇっ……? ちょっと、考えさせて……」
あれ。おかしいな。即答出来ない。何故だ。
「返事に困るのは自信がないからだよ」
「いや、だから、その……」
結局私は自分自身を信じられないのだろう。
「じ、自信と言われても……」
これまで何もかもを人のせいにしてきた私にとって、自分を信じることはとても難しかった。
「私は黒木さんのこと、好きよ」
ええ。何その台詞。言ってみてぇ。素敵だ。
膝の上から見上げる加藤さんはやはり美人で、その表情に冗談めいた茶化すような雰囲気は微塵も感じられず、まるで一世一代の告白を口にしたかのような覚悟すら感じた。
それに対して私も私なりに真剣に返事をするべきとは思うが、気恥ずかし過ぎて困る。
「ちなみに、黒木さんはいつも一緒に居るメンバーの中では誰が一番好きなの?」
「うええっ!?」
それはまた究極の選択だな。順位付けとか。
「と、友達に、一番とかそういうのは……」
「ああ、違う違う」
「へ? ち、違うって、なにが?」
「異性として、誰が一番好きなの?」
いや、異性って。私も一応、女なんだけど。
「黒木さんが言い出したんじゃない。もしも自分が男の子だったらって」
「あ、あれは冗談というか……」
「私は本気で答えたんだけど?」
「あ、そうでしゅか……」
加藤さんが本気で私を好き。やば。嬉しい。
「もしも私が男だったら、かぁ……」
どうだろう。これはどのみち究極の選択だ。
いつも一緒に居るメンバーとなると、加藤さんと、ゆりちゃんや吉田さんやネモ、あとはスッキリした顔文字の内さんあたりが有力候補として絞られるだろうか。ハーレムだな。
便所コオロギこと、ことさんは論外として。
まず真っ先に思い浮かぶのは中学の同級生であるゆうちゃんだけど、あれはビッチだ。
NTR覚悟で、むしろそれを楽しむならばアリかも知れないが、私にそんな趣味はない。
吉田さんはDVが激しそうだし、ネモに対して恋愛感情は湧かない。顔文字も以下同文。
加藤さんは素敵だけど釣り合う自信がない。
ふむ。となると、ここは消去法から言って。
「もしかして、田村さん?」
「えっ? ど、どうしてそれを……?」
「なんとなく、そうじゃないかなって」
最後に残ったのは、田村ゆり。図星だった。
ゆりちゃんとなら、気後れせずに付き合えて、自然消滅した後もまた友達関係に戻れそうだと思ったのは確かだが、理由が酷い。
そんな感情で交際するのは、きっと駄目だ。
「はぁーあ。フラれちゃったな」
つまらなそうに溜息を吐いて、机に頬杖をつく加藤さんが今、どんな表情をしているのかは、膝枕されている私からは伺い知れない。
けれど、僅かに震えた声音と、顎に滴った雫が西陽に反射して光り、それを見て咄嗟に。
「も、もしもっ」
この人の涙をどうにか止めたくて。だから。
「もしも……私が、男に生まれて」
ブスなりにコミュ症なりに、考えて考えて。
「加藤さんと、仲良くして貰えたとして」
今日みたいに優しくされて好きと言われて。
「そしたらきっと私はあなたに憧れて……」
釣り合わない自分を呪い。でも諦めきれず。
「私なりに努力して、ブサイクなりの努力の結果、好意を抱いて貰えたら、その時はっ」
誰のせいにもせず自分で乗り越えられたら。
「その時は私と、おお、お付き合い……!」
「ごめんね、黒木さん」
「へ?」
「膝枕をしている手前、黒木さんを起こしたら悪いと思って言い出せなかったんだけど、実は私、ずっと前からおしっこがしたくて」
おしっこ、だと。待て待て。ちょっと待て。
「ご、ごめん! すぐに退くからっ!?」
「謝るのは私の方よ。遅かったみたい」
ちょろんっ! と、耳元で清らかな音がした。
「フハッ!」
ちょろろろろろろろろろろろろろろろんっ!
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
え? 何故嗤っているかって?
聞くなよ、そんな野暮なこと。
ただ純粋に、私が加藤さんみたいな美人の放尿に愉悦を感じてしまうクズだっただけだ。
「ごめんね、黒木さん」
「はあ……はあ……な、なにが?」
「大事な話の途中に水を差したから……」
「いや、全然! むしろご褒美って言うか! なんなら飲みたいなーみたいな! あははは!」
我ながら意味不明で品性に欠ける受け答えではあるが、加藤さんはそんな私の短所にこそ魅力を見出してくれているらしく微笑んで。
「ふふっ……本当に黒木さんは変態なのね」
「い、いやぁ~それほどでも……」
「智子ちゃんのそういうところが大好きよ」
もしも将来、私がモテなくなったとしても。
「じゃあ、今度は智子ちゃんも出そっか?」
「ふあっ!? あ、明日香ちゃん!? ちょっ、やめっ、どこに手を……あ、ああんっ!?」
その時は堂々と加藤明日香のせいにしよう。
【私がモテないのはどう考えても加藤明日香が悪い!】
FIN
おや今回やけに雑だな
フハから二転あると思ったのにあと前半もどっかの焼き直しみたい
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