だからこれは内緒だよ (3)

古ぼけたカフェの扉を開けると、カウンターの向こうに立つ店主らしき初老の男性に「いらっしゃい」と声をかけられた。

店内には客の姿は多くなく、カウンターの奥に帽子を被った小柄な女の子が一人座っているだけだった。

テーブル席に座るのは気が引けて、とりあえずカウンターに腰掛ける。メニューに目を通すと、若者好みなコーヒーチェーンとは対照的に、いくつかのわかりやすい商品名が載っていた。

「アイスコーヒーお願いします」

「かしこまりました。お時間、ちょっといただきますね」

そう言い残した背中を追うと、どうやら今からコーヒーを淹れるらしい。アイスコーヒーは作り置きしている
ところが多いイメージなんだけど、こだわりをもっているお店のようだ。

彼から目を離して、リュックからタブレットとキーボードを取り出して、文書作成のアプリを立ち上げる。

うるさい音になりすぎないように注意しながら、頭に浮かぶ言葉をキーボードに乗せる。大方のプロットはできているから、あとは書いている中での閃きをそこにエッセンスとして加えていく。

数分、キーボードを叩いたところで店主が「お待たせしました」と、グラスを僕の目の前に置いた。

作り置きされたものとは明らかに違う香りがグラスから広がった。

ストローから一口吸うと、今までに飲んできたものとは明らかに違う飲み物だと感じられた。

「美味しい……」

つい言葉を漏らすと、僕の前で待機していた店主は「こういう喫茶店、初めてですか?」と問いかけてきた。

「はい、初めてです」

「今日はどうしてうちに?」

言外に、珍しい客だと言われている気がした。

「えーと、背伸びしたかったというか、何というか」

キャピキャピした女子大生が行きつけているコーヒーチェーンは、なんだか喧しくて落ち着かない。

落ち着いた喫茶店に一人で入れるっていうのが、少し大人な趣味って感じがした。

僕の理由を聞いた店主は、あははと笑った。

「面白いね、きみ」

ちょっとムッとした表情をすると、店主は慌てて言葉を足した。

「バカにしてるわけじゃないんだよ。ほら、奥にいる子。あの子も、きみと一緒の理由でうちの店に来たんだ」

な、ハルちゃん。

そう呼ばれて、彼女はようやくこちらに顔を向けた。とても綺麗な人だと、そこで気づいた。

歳は僕と一緒か、少し下くらいだろうか。幼さの残る顔なのに、その容姿には未熟なところはないように思えた。

「マスター、バカにしてるでしょ」

「してないよ」

軽薄そうな笑みは、初老の見た目とは打って変わって若々しい身軽さを感じさせた。もともと、こういうノリの人なのだろうか。

ハルちゃんは立ち上がり、僕の後ろまで来てタブレットを指さした。

「こういうことやってる時点で、ああいうカフェにいる人たちと一緒でしょ。喧しい、とか言ってたけど」

「こういうこと、って……」

確かに、チェーンのコーヒーショップではよく見る光景だ。リンゴがロゴマークのノートパソコンをちょっと気取った感じで開いている人は、その辺でごまんと見かける。

言われてしまうと、僕も彼らと同列に見えるのだろう。いや、実際やってることは一緒だしね。

「私は、ここのコーヒーが好きだから来てるの。決して背伸びしたいとか、ああいうカフェにいる人たちと一緒にされたくないとか、そういうのじゃないから!」

「ふーん。それじゃ、初めて来たときにコーヒーにミルクを5回は入れてたのは気のせいなんだ?」

「気のせい!」

漫才みたいなやり取りを見せられて、つい笑ってしまった。

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