【モバマス】白雪千夜「ヴァンパイアの味」【R-18G】 (35)

アイドルマスターシンデレラガールズのSSです。
百合設定あり、カニバリズムの話題あり、許せる人だけお願いします。


純白のシーツの上に撒き散らされた金髪は、それ自体が発光しているかのように輝く。

その髪の持ち主、黒埼ちとせは同じようにベッドに寝転んでいる私、白雪千夜に甘い目線を送りながら微笑んでいる。

最近アイドルの仕事で帰りが遅くなることが多かったため久しぶりの夜伽のひととき。

先ほどまで私を手玉に取っていた彼女を見て、改めて彼女の人外じみた美しさに脳がしびれる。

いや、訂正。文字通り黒埼ちとせは人ではない、ヴァンパイア。その末裔。

人として生活をしているが、生き血を啜りその魔性で人を籠絡させる人の理を超えた存在。

そんな私たちの理外の存在の白磁のように澄んだその肌。それに朱を差した理由が私との夜伽だと思うと途方もない幸福が胸に膨らむ。

心地よい疲れと多幸感で意識を手放しそうになったそのとき、柔かい表情はそののままにお嬢様が口を開いた。

「ねえ千夜ちゃん。もし私が死んじゃったら…… どうする?」


「何を馬鹿なことをおっしゃるのですが、ノーライフクイーンとまで呼ばれるお嬢様がそう簡単にくたばってたまるものですか」

お嬢様はときどき突拍子もない冗談を言って私を困る姿を楽しむことがある。きっと今回もその類だろう。

「それがね、本当のことなの」

「ですから冗談はーー」

「千夜ちゃん、少しお話聞いてくれる? ……私たちがアイドルになった頃を覚えてるよね。実はその頃から私の命に終わりが近づいていることわかってたの。別に数百年も生きたこの体だから焦りとかはそんなになかったんだけど、唯一の心残りは私の可愛い僕ちゃん。私が死んでも千夜ちゃんが生きていけるように新しい居場所を残したくて無理にでもアイドルをやらせたんだ。まあ、そんな体で慣れないレッスンなんかするから時々倒れちゃったりしたんだけどね」

「……ですがお嬢様、最近は倒れることもなく寧ろ以前より元気ではありませんでしたか」

「そうなんだけどね。多分多少体が負荷に慣れたとかはあるけど基本は元気の前借りだったの」

"ならば私の将来など考えず少しでも長い時間一緒に居たかった"そんな言葉が喉元から溢れ出しそうになる。でも絶対に口にしてはいけない言葉、彼女の優しさ対する裏切りだ。

「ねえ千夜ちゃん。死ぬ間際のヴァンパイアがすること、わかるよね」

「……死に場所探しですか」


ヴァンパイアは死期を悟ると寿命が尽きる前にその命を燃やす。老いて理性を失ったヴァンパイアはその本能のままに血を喰らう正真正銘の化け物に成り果ててしまう。そんな最後を気高いヴァンパイアは許さない。故にヴァンパイアは自ら誇り高き死を選ぶ。

「そう、その最後のことなんだけど、やっぱり私最後は千夜ちゃんと一緒がいいかなって」

「……私に、お嬢様の命を断てと命じるのですか」

「ううん、命令じゃない。これはお願い。ちょっとずるい言い方でごめんね」

「本当に狡いお方です。しかし私がこれまで何度お嬢様の我儘を叶えてきたとお思いですか?」

「ふふ、そうだね。でも格好つけるならそんな風に涙を流したら駄目。私まで泣いちゃうじゃない」

「仕方ないではないですか、私の最愛をその手で散らせをおっしゃるのですから」

寝室を二人の哀哭が塗りつぶす。お嬢様を強く抱きしめ、肌を肌を重ね、言葉にならない気持ちを相手の心に直接届けあう。

どれくらいたっただろうか、いつの間にか私の頭はお嬢様の胸に抱かれ、もう片方の手で頭を撫でられていた。そして彼女の口から零れる懐かしい歌。

私たちが出会って間もない頃、寂しくて眠れない夜に歌ってくれた子守唄。

「千夜ちゃん、落ち着いた?」

「はい、ありがとうございますお嬢様。しかしこの状況は些か恥ずかしいので離してください」


「えー、どうせ今は二人だけなんだからいいじゃない。千夜ちゃんはいつまで経っても私の可愛い僕ちゃんなんだから。それにね私がこうしたいの、まだ先の話だけど千夜ちゃんと一緒に居られる時間には限りがあるんだから、それまで精一杯千夜ちゃんを感じていたいの。あとこうでもしないとまた泣いちゃいそうで」

「それならお嬢様、気の済むまで私を愛玩動物のように扱いください」

「千夜ちゃんも素直じゃないんだから、撫でて欲しいならちゃんとそういえばいいのに」

「……離れますよ」

「嘘うそ、冗談。あ、お願いついでにもう一つ頼みたいことがあるんだけどいい?」

「先ほどの件を聞いた後ならどんなお嬢様の無茶振りも叶えられる気がします……」

「それじゃあお願いするね。私が死んじゃった後は食べてほしいんだ、私の体を料理して」

「は?」

人間を食べる、カニバリズムという言葉は知っているがそれを実際に提案されることがあるとはつゆにも思っていなかった。


「うーん、やっぱり人間には嫌悪感あるかな、私たちには割とメジャーな性癖なんだけど」

「……お嬢様の死体を、この胃に納めろと?」

「そうそう。ヴァンパイアなら兎も角、ふつうの人間に魂を取り込ませる方法なんてそれぐらいしかないの。そうすれば千夜ちゃんとずっと一緒に居られるし」

「……お嬢様の我儘を聞くことが僕の存在理由です。それに最初のお願いを了承した時点でもうどうとでもなれです」

「それじゃあ…… 私が食べられちゃう前に、今夜は私が千夜ちゃんを食べちゃおっかな」

その言葉とともに私は組み伏せられていた。

私の体に馬乗りになったお嬢様が、私の首元に顔を潜り込ませて口づけを降らせる。

今日の夜伽はまだまだ続きそうだ。

~~

夢を見ていた。

そう断言できるのは、今見ているこの光景が過去に体験したことだから。

大きな池のある公園、その水辺に背を向けて立つ黒埼ちとせ。その彼方後ろで輝く満月のせいで表情は読み取れない。そんな彼女を私は睨みつけている、右手に銀のナイフを握りしめて。

歌うように軽口を告げる彼女に渾身の力を込めて、その命を散らそうと駆ける。

そうだ、あの頃の私は

ヴァンパイアハンターだった。


まだまだ幼かったあの頃の私がヴァンパイアハンターなんてものを目指していたのはごくありきたりな理由、両親をヴァンパイアに殺されたから。

あの日まで確かに存在していた家族を、居場所を、あの化け物が全て蹂躙していった。

力のない人間が不相応にも手に入れた異端の力に飲み込まれ、本能のままに血を求めた。そんなクズのせいで私の人生はねじ曲げられた。

母と父の首がねじり切られ、その断面から吹き出す血しぶきはまるで地獄の業火のよう、それを醜い顔で啜る存在は悪魔そのものであった。

結局その悪魔は両親を殺したあと完全に力に飲まれ、ただの灰に成り果て絶命した。

その後身寄りのない私は宗教系の児童養護施設へと預けられた。もっとも児童養護施設とは名ばかりのヴァンパイアハンターの養成所であったが。

ヴァンパイアに強い憎しみを持つ子供を集め、洗脳に近い教育と、過酷な訓練を幼い体に叩き込むだけの場所。

そんな暮らしを数ヶ月続けて、初めて実践の機会が訪れる。それが黒埼ちとせの殺害であった。


結局のところ、私はお嬢様にナイフの先っぽですら突き立てることができなかった。

私の渾身は踊るようにヒラリヒラリと躱され続ける。次第に息の上がる私と上機嫌になり歌すら歌い始めた彼女。

そんな戦いとも呼べないような行為を続けていると、突然避ける一方の彼女が距離を詰めてきた。もちろん人間に対応できる速度ではない。

ああ、私も両親と同じように無残に殺され血を吸われるのだろう、全てを諦めて目を閉じる。

彼女の手が首元に当たる感触。私はここで死ぬのだろう。

しかし幾ら待っても死は訪れない。それどころかただただ頬を優しく撫でられている。

おそるおそる目を開ける、眼前に広がるのは月明かりに照らされ慈愛に満ちた表情の彼女。その深紅の瞳と目があうと同時に急に目の前が真っ暗になる。意識を手放す直前"ゆっくりおやすみなさい"と確かに聞こえた。


目が覚めると柔らかいベッドに寝かされていた。現状を把握しようとあたりを見渡す。ここはどこなのだろうか。そのとき左手に何かが触れていることに気づいた。

私の手には黒埼ちとせの両手が添えられていた。彼女はベッドの傍の椅子に座っている。看病でもしてくれていたのだろうか。しかし途中で寝ていまったのか今は上半身をベッドに預けている。

ベッドの宮棚に私のナイフがあることに気づく、今なら殺そうと思えば殺せる。だが幸せそうに眠る彼女を殺そうとは思えなかった。


~~

次第に角度を上げつつある太陽が寝室の窓を貫いて日光をベッドに落とす。

その眩しさが次第に私の意識を覚醒させていく、まどろみの中で伸びをする。こわばっていた体が解れていくのと同時に頭が冴えてくる。

「あれ、さっきこのベッドで目を覚ました…… あれは夢か」

ひどく懐かしい夢を見たものだ。あのときから何ともギクシャクとした共同生活を送り、次第に今のような関係になっていったのがはるか昔のことのように感じる。

「お嬢様、おはようございます。今日はお嬢様の夢を見ました」

そう囁いた言葉は誰にも届かず部屋の中に霧散する。私の隣にお嬢様はいなかった。

「おや、お嬢様今朝はお早いのですねーー」

ここで違和感に気付いた。昨晩窓のカーテンは閉めていた。閉めていたはずのカーテンが畳まれておりその奥から覗く太陽はすでに程々の高さ。

寝過ごした。


急いで寝室から飛び出す。お嬢様はリビングでトーストをかじっていた。

「おはよう千夜ちゃん。今日はお寝坊さんだね」

「おはようございますお嬢様。従者たるものとして一生の不覚です」

「まあたまにはいいんじゃないの? 千夜ちゃん本当は朝弱いんだし。ほらトーストとコーヒーぐらいしか用意してないけど、これ食べたらレッスンいこっか」

「朝食の準備までさせてしまい申し訳ございません。この時間だとお弁当も……」

「いいのいいの、たまにはプロダクションの社食とかカフェとか行ってみようよ。それに昨日私がいじめすぎちゃったから疲れちゃったんだよね? だから千夜ちゃんは悪くないの」

昨晩の夜伽を思い出して顔が紅潮する。それをみてお嬢様がケラケラと笑う。

「でも千夜ちゃん、晩ごはんはうんと美味しい料理作ってね、私千夜ちゃんのお料理大好きだから」

「それはもちろんです。それでは少し気が早いですが今晩は何を食べたいですか?」

「千夜ちゃんの作ってくれるご飯ならなんでもいいよ」


「それが一番困るんです」

「でも本当になんでもいいの。千夜ちゃんが私の好みとか気分とか体調とか全部考えて私のために作ってくれるんだもん、そんな料理からは千夜ちゃんの愛情がいっぱい感じられて、ほんとそれだけでどんな料理もご馳走になるんだから。だから私は千夜ちゃんに私を料理して欲しいの」

「……昨日のあれは冗談ではなかったのですね」

「幾ら私でもあんなこと冗談じゃ言わないよ。あ、でも心配しないで、すぐにってわけじゃないから。あと半年ぐらいはこのまま一緒に居られると思うよ」

「半年ですか……」

「うん。だから暗い話はあとにして、まずは一緒にアイドル頑張ろっか。プロデューサーもこのままいけば二人で大きいライブできるって言ってたよ」

「二人でライブ…… ですか。それは楽しみです」

「千夜ちゃんがアイドル楽しんでくれてるみたいで嬉しいな。じゃあこうしよっか、二人のライブがうまくいったら私はアイドルを辞める、一緒に千夜ちゃんも一ヶ月ぐらいお休みをもらって二人きりでやりたいこと全部やっちゃおう」

「そうですね。でもアイツのことですから、そう簡単に私たちの言うことなんて聞くはずありませ。ですからどんな要求でも通せるようなライブ、見せつけてやりましょう」


~~

それからはアイドルにのめり込む日々が続きました。

会社の方針なのか、アイツが何か考えているのかはわかりませんが、次第にお嬢様とのユニット"Velvet Rose"でのお仕事はここぞ、というときのモノになり他のアイドルとの共演やソロでの活動が格段に増えました。それに合わせて少しずつ私の心の中にお嬢様以外のスペースが大きくなっていくことを感じます。

ああ、これがお嬢様が私に残したかったものなのでしょう。アイドルを始める前のお嬢様の僕でしかなかった私には信じられないかもしれませんが、今の気持ちを楽しんでいる私がいます。

かといってお嬢様への愛が薄くなった、とは薄紙一枚ほども感じません。アイドル以外でのお嬢様との暮らしはこれまでと同じように、いやこれまで以上に幸せであることは間違いありません。

お嬢様からの提案を受けたあの夜伽の日から、あんなことを知ってお嬢様にこれまでと同じ対応ができるか当時は大分悩んだモノですが、早かれ遅かれの違いはあれどいつか別れは来るのなら今を全力で楽しもうと思えるようになったのは、きっとお嬢様の死に直面してなおの気高さに当てられたのだと思います。


お嬢様のお世話、アイドル業、学業、ときどきの夜伽。そんな日々は目まぐるしく過ぎていき。同じようにお嬢様の残りの時間を刻一刻と擦り減っていきます。

楽しい時が過ぎるのは早いもので、お嬢様のそして"Velvet Rose"での最後の仕事が終わりました。

予定していた通り最後の仕事は二人でのライブでした。

久しぶりの"Velvet Rose"での仕事。脇に控えた私が精一杯輝くほどお嬢様の魅力が民衆に届く喜び。私はこの日のライブを生涯忘れられないのだと思います。

そしてこのライブを持ってお嬢様はアイドルを引退して、私も同じように長めの休暇をいただきました。そう、あの約束を果たす日が目の前にまで迫っています。


~~

「おはようございますお嬢様。朝ごはんの支度ができましたので降りてきて下さい」

休暇の一日目、久しぶりのゆっくりとした朝。ライブと打ち上げの疲れが残っているのか、なかなか起きてこないお嬢様を起こしにいく。

「……おはよう千夜ちゃん。後10分だけ寝かせて……」

「もう、しょうがないですね。10分だけですよ。お料理が冷めてしまいますので」

「ふふ、千夜ちゃん大好き」

そう言いながら、ベッドに寝転んだままのお嬢様が私の手を掴んで引っ張る。とっさのことに反応できずベッドに倒れこんでしまう。そしてそのまま抱きしめられる。

「ああ、千夜ちゃんから良い匂いがする。今日は和食かな?」

たわいのない話を、お嬢様の体温を感じながらする。ただそれだけで私の世界はこのベッド上だけになる。ああなんて幸せなのだろう。


ぐずるお嬢様を10分きっかりでベッドから連れ出してリビングへと向かう。

テーブルの上には今朝作った献立がすでに配膳されている。

「「いただきます」」

疲れているお嬢様を思って作った料理。消化に良いおかゆをメインにおかずは焼き魚とだし巻きでさっぱりと、そしてタコの酢の物となめこのお味噌汁で疲労回復を狙う。もちろん味も申し分ない。

「千夜ちゃん、いつも美味しいご飯ありがとね。私はあんまりお料理のことはわからないんだけど、きっといろんなことを考えてこの献立にしてくれてるんだよね?」

「お褒めいただきありがとうございます、これも従者の務めですので」

「うん、ありがとう」

「それと、食後にはスムージーも用意してあります、お嬢様の好きな甘いやつです」

「千夜ちゃん大好き!」


朝食を食べ終えて、お嬢様は日の当たるリビングのソファーの上で過ごすのんびりとした時間を満喫してる。

食事の後片付けを終え、私もソファーに座る。淹れたコーヒーを携えて。

「ありがと、千夜ちゃん。じゃあちょっと真面目な話しよっか。私が死んだ後のことなんだけど」

「確かに、あの時簡単に約束してしまいましたけどいろいろ準備が必要ですね」

「この家とか資産とかはそのまま千夜ちゃんのものになるように税理士さんに相談してるから心配しないで。あ、もちろん一人だと広すぎるとかなら売ってプロダクションの寮に引っ越してもいいよ」

「いえ、ここはお嬢様との大切な場所なのでできれば住み続けたいです」

「そっか。あとはお葬式とかだね。でも私の体は千夜ちゃんがお料理してくれるんだし、普通のお葬式はできないよね」

「そうですね…… お嬢様の親族などとっくの昔に亡くなっていますし、他に呼ぶ相手もいませんし……」

「じゃあお葬式はやらないでいっか。千夜ちゃんがちゃんと弔ってくれるんだし、どうしても余っちゃったとこだけ、そういうのを処理してくれる悪い人たちにお願いしよっかな。多分ツテがあるからお願いできると思うよ」

「あとは…… 調理道具でしょうか。今でもお嬢様の無茶振りのおかげで変な道具はたくさんありますけど、いくつか欲しいものがあります」

「おお、千夜ちゃんヤル気だね」

「少し後ろめたくはありますが、お嬢様の最後の望みなので最大限余すところなく美味しくするのが従者の役目…… いえ、私がそうしたいです」

「そっか、ありがと。じゃあ今度買いに行こっか。例えばどんなのが欲しいの?」

「そうですね…… いろいろありますけど、専用の冷蔵庫がまず欲しいです。さすがに他の食材と一緒にするのはマズい気がします」


真面目な話だったり、とりとめのないお話だったり、久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしたように思います。

朝ごはんを食べた時間が遅かったため日が暮れる頃にようやく空腹を覚えました。夕飯としては少し早い気もしますが準備を始めましょう。

献立は何にしましょうか、多分今日のお嬢様の気分は和食でしょうか。朝も和食でしたので夜は魚ではなく肉をメインにしてみましょうか。冷蔵庫にある食材を思い出して大まかな献立を組み立てます、これなら特に買いものに行く必要もなさそうです。

蒸し鶏と雑穀米、野菜たっぷりの豚汁と焼き椎茸、それから温野菜。

今日はレッスンもお仕事もない、カロリーと塩分は抑えめであっさりと。

いつもならここに貧血に効くようなおかずを一品、お嬢様のためにつけるところだが今日はなし。

そんな今日の献立、お嬢様は残さず食べてくださいまいした。何よりの幸せです。

明日は何を作りましょうか、冷蔵庫の食材も減ってきたので二人で買い物にでも行ってお嬢様の食べたいものを作りましょうか。食べ終わって後片付けをしているそばからそんな考えが浮かびます。

多分、明日はがっつりとした肉料理に赤ワイン。そんな気がします。少し前に良いワインが手に入ったからご褒美にとっておく、と言っていましたからね。ライブが無事成功したお祝いでしょう。

まあ、お祝いをするなら早いほうがいいものです、故に今日でもよかったのですが……


「ねえ千夜ちゃん。"あれ"お願いしてもいい?」

やっぱり今晩あたりだと思いました。

食卓の片付けも終えて、食後の紅茶を飲みながら明日の予定を話し合っていたときでした。

「はい、大丈夫ですよお嬢様。そろそろだと思って準備していましたので」

お嬢様のおっしゃる"あれ"とは吸血のことです。1~2週間に一度程度のスパンでお嬢様は私の血をお吸いになります。

吸血をしなければ生命活動を保てない、といったものではないようですが偶に摂取しないと本調子にならないそうです。

「さすがは千夜ちゃん、今朝からこうなることがわかってたんだね。優秀な僕ちゃんだ」

もちろん、吸血される方にも準備があります。同意の上の吸血は人間にも必要なことがあります。

一つ目は健康。血を吸われた所為で人間が貧血になっていてはヴァンパイアも安心して吸血できません。まあ吸血と言ってもワイングラスに一杯程度の量なので献血よりも体への負担は小さいです。また血が足りていても、人間が病気を患っていたり血液が極端にドロドロだったりするとダメなのだそうです。

二つ目は味。なんでも血の味はその日食べたもので大きく味が変わるそうです。なので中華料理などを食べた人の血なんかは飲めたものではないんだとか。なので本日の献立はなるべく臭いの少ないものにしています。

「さあ、お嬢様。私の準備はできましたのでいつでもどうぞ」


ソファーに深く座り。ブラウスのボタンをはだけさせて左の首筋から肩にかけて肌を露出させます。

お嬢様は私の足をまたぐようにソファーに膝立ちになり、顔を私の首筋へと埋めます。

「ねえ千夜ちゃん」

いつもの癖で吸血されるときは目をつぶっているので、耳元で囁かれた声に少し驚きます。

「千夜ちゃんは私のためだって献立を調整してくれるけどさ、本当は"今日、吸血してください"って私へのサインだよね」

図星を衝かれて体が硬直してしまいました。これでは肯定しているのと同じです。何か誤魔化そうと頭を回します。

意識がお嬢様から離れた瞬間、首筋に鋭いものがあたる感覚。

ほんの少しの痛みと、お嬢様の口から伝わる体温、そして何もにも例えられない快楽が私を襲う。

お嬢様が首筋を吸い上げる度、傷口を舐める度声にならない吐息が口から漏れます。

それを必死に抑えようと自分の手を口に当ててみますが、くぐもった息が手の隙間から漏れるばかりです。

ああ、お嬢様からは私の顔が見えていないことが最大の救いです。こんなに紅潮して緩んだ顔、お嬢様には見せられません。

それからしばらく吸血は続いて、最後に舌で傷口を塞がれます。

「はい、千夜ちゃんウエットティッシュ」

「……ありがとうございます」

手渡されたティッシュで吸血跡を拭きます、すでに首筋は何もなかったかのように元の姿に戻っています。

「本当、千夜ちゃんは吸血されるの好きよね。あんまり依存されちゃうと心配だから、なるべく快楽を与えないようにしてるんだけど。千夜ちゃんのえっち」

隠していたことなんて、お嬢様には全てお見通しでした。

「そういうとこも全部含めて大好なんだけどね。私の可愛い僕ちゃん」


~~

お休みに入ってから早くも一週間が経ちました。

お弁当を作って二人でピクニックに赴いたり、様々な調理用具を専門の問屋に見に行ったり、事の実行の計画を立てたり、家でゆっくりと昔のアルバムを眺めたり。二人の最後の時間はゆっくりと、しかし確実に流れていきます。

そんな日の、夜伽のことです。

お嬢様の寝室で二人の体の境界がなくなって一つにすら感じるほどに深く愛し合い、息も絶え絶えの私はベッドにうつ伏せになっていました。その上からお嬢様が私を抱きしめます。

「ねえ、もう終わりにしよっか」

「……はい、今日のお嬢様は一段と素敵でした。名残惜しいですが私ももう力が入りません」

「ううん、そうじゃなくて。今日で最後にしよ」

「……つまり、明日お嬢様はーー」

「うん、千夜ちゃんに殺してもらう」

「そんな、早すぎやしませんか」

「ううん、これでいいんだ。千夜ちゃんはこれから、また新しい生活が始まる。私を弔ったり、気持ちに整理をつけるのにも時間が必要なんだから」


"嫌だ、お嬢様と永遠を過ごしたい"こんな言葉が胸を突き破って、喉から溢れ出しそうになるのを必死に押さえつけます。代わりに私の目からは涙がこぼれます。

その雫をお嬢様の指先がすくい上げながら、お嬢様は言葉をつなげます。お嬢様がどんな表情をしているのか、私からは見えません。

「多分、明確なタイムリミットを言っちゃうと、千夜ちゃん気が気ではないだろうから。言うのが直前になっちゃった。明日の朝起きて、最後の支度をしたらそれでお終い」

私の後ろで、お嬢様が大きく息を吸って、そして吐き出します。

「最後の最後まで迷惑をかける主人でごめんね。明日はきっと大変だから、今日はゆっくり休んでね。おやすみ、私のダーリン」

耳元で囁かれた"おやすみ"の言葉とともに私の意識が薄れていきます。

それでもなんとか振り返り見た彼女の表情は泣いているように見えました。


~~

朝日が昇るとともに頭のまどろみが少しずつ薄れていく。

寝ぼけた頭で隣にいるはずのお嬢様へと手を伸ばします。しかしその手はただシーツを撫ぜるばかりです。

その違和感に脳が気づいた瞬間に体は弾けるように飛び上がり、昨晩のことを思い出しました。

ベッドの脇に並べたスリッパも忘れ、裸足で駆ける。

理屈はないが直感が嬢様が私の寝室にいると告げている。それに従い部屋のドアを開ける。

私のベットの縁に腰掛けているお嬢様、その後ろには朝日がきらめいています。

「おはようございます、お嬢様」

「おはよう、千夜ちゃん。よく眠れた?」

「不本意ながら、よく眠れました」

「そう、よかった。じゃあ今日はよろしくね」


「多分、無理にでも動き始めないと、何もできないから。千夜ちゃん、私シャワー浴びたいな」

「かしこまりました。では先に浴室へ向かっていてください。着替えを用意して私も向かいます」

心が押しつぶされてしまいそうな状況でも、何かやることができればそちらに気が向いて気持ちが楽になる。お嬢様の寝室に戻り着替えを用意する。

今日はお嬢様の大切な日だ。クローゼットの奥からシンプルな白いワンピースを取り出す。それから下着と、自分の着替えを揃える。私の衣装は、いつもの学生服。


脱衣場にいるお嬢様にドア越しに声をかけ、中に入る。

お嬢様はまだ寝巻きのままで脱衣場に立っていた。

「失礼します。お脱ぎにならないのですか……?」

「ちーちゃんに脱がせて貰いたくてね、まってたの」

「相変わらず我儘ですね。では両手を挙げてください」

お嬢様のこんな我儘はよくあるもので、もう慣れたものだ。手際よく脱がせていく。ついでに髪もまとめてしまおう。

「千夜ちゃん、私の服脱がせるの上手だね。このむっつりすけべちゃんめ」

「はいはい、いつもお嬢様がやらせるからですよ」

軽口を叩くお嬢様をあしらって自分の服を脱ぐ。浴室に入りシャワーの温度を確認し、お嬢様の体を流していく。

「千夜ちゃん、綺麗にしてね。どうせ死ぬなら一番綺麗な姿でいたいから」

「お任せください」

お嬢様の体が温まったところで、手にボディーソープをつけて全身をくまなく洗っていく。

体についた泡を落としてお嬢様を座らせる。次は御髪。

彼女の腰まで伸びた、ストレートなのに不思議な癖のついた金髪が好きだ。この美しさの一端を私の手入れが担っていると思うと胸が高鳴る。いつも以上にしっかりと毛先まで丁寧に洗い流して、シャンプーそしてリンスと手入れを続けていく。

「じゃあ今度は私が千夜ちゃんを洗ってあげるね」

いつもなら遠慮するが、今日ぐらいはいいだろう。お嬢様の好意に甘んじよう。


お互いの体を清め濡れた体はそのままにバスローブを着て浴室から脱衣所へ。

お嬢様を化粧台の前に座らせて御髪を乾かしていく。根元から髪先へタオルで包み込むようにして水気を飛ばしドライヤーへと移る。キューティクルを痛めないよう低めの温度でしっかりと乾かす。最後に丁寧に櫛で梳かして仕上げ。

「千夜ちゃんのもやってあげるね」

立ち位置を交代して、今度はお嬢様に髪を乾かしてもらう。

それからお互いにメイクをしてお嬢様の寝室へと戻った。


「お嬢様、朝ごはんはどうしますか?」

「うーん、食べたいのはやまやまなんだけど今朝はなしで。死ぬ前に胃の中を空っぽにしとかないと解体するとき手間になるみたいだし」

「そうですか、私は気にしないのですが……」

「ありがと、でもいいの。これまで数え切れないぐらい千夜ちゃんにご飯を作ってもらったのに、最後の食事を消化もせずに千夜ちゃんに片付けさせるなんてなんか違う気がするの」

「……承知しました。では何か済ませておきたい事はありますか」

「そうね…… 身は清めて、着るものも綺麗にした。おトイレも起きたときに済ませたし、死んじゃった後の準備も既に終わってる。……そうだ、千夜ちゃん髪、結ってくれない?」

「では、どのようにしますか」

「三つ編みでお願い、さすがに一つにまとめるのは私の髪じゃ難しいだろうから二つくくりで」

「珍しいですね。邪魔な時にアップにしてまとめるのはよくやりましたけど、三つ編みとは……」

「えっとね、多分この髪がね死んだ後邪魔になると思うんだ、だから一気に切れるようにしておいて欲しいんだけど。ごめんね変なお願いで」


ベッドの縁に座っていたお嬢様に立ち上がって頂き、その正面に相対する。

お嬢様の後ろ髪へと手を伸ばして編み上げていく、本当に綺麗な髪だ。

そのまま正面から抱きつくような姿勢で髪先へと向かっていく。膝立ちになりながら髪先まで結い上げ、もう片方の髪の房へと移る。

「千夜ちゃん、手は止めなくていいからちょっと聞きたいんだけど。どうやって殺すかって考えてる? 一応武器になりそうなものはある程度用意してるんだけど……」

「……なにか言いたげですね。ここまできて我儘の一つや二つ今更関係ないですよ」

「じゃあね、できれば私、千夜ちゃんに直接殺されたいんだ。千夜ちゃんの手で首を絞められて。千夜ちゃんの温かさを感じながら、千夜ちゃんの顔を見ながら」

「承知しました。ですが不慣れなもので苦しめることになるかもしれませんが良いのですか?」

「うん、千夜ちゃんになら何されても怖くないから」

「そうですか」

「お、こんな話してたらちょうど髪結ぶの終わったね。じゃあ始めよっか」

「……もう少しだけこのままでいさせていただけませんか」

「うん、でも少しだけだよ」

膝立ちで髪先に両手を伸ばす体制、つまりお嬢様の下腹部に顔を埋める、そんな体制。


「もう大丈夫です。みっともない姿をお見せしました」

お嬢様は一度だけ私の頭を撫でてからベッドに仰向けに寝転びました。

「失礼します」

そう言いながら、お嬢様のお腹のあたりを膝で挟むようにして馬乗りの体制に。

「重くはないですか?」

「うん、大丈夫」

「……こういう状況だと、どんなことを話すべきなのでしょうか」

「多分、私たちに言葉なんて要らないんじゃないかな」

そうか、やっぱりそうなんだ。ならお嬢様が望むのはきっと私のしたい事。

お嬢様の顔の横に手をついて身をかがめる。

一瞬触れるだけの淡いキス。

お互いの顔しか映らない距離で見つめあって。

お嬢様の首へと両手をかける。


力が入りやすいように少し体制を変えて、小さく深呼吸。

腕に手のひらに指先に、力を込める。

せめて苦しまないよう、動脈を渾身の力で押さえつける。

一番苦しいはずのお嬢様が穏やかに微笑むから。

今にも零れ落ちそうな感情を胸の奥にしまいこんで。

お嬢様と同じ表情で、最後の刻を過ごす。


ああ、終わったのだ。

私の手の中の彼女は、表情一つ変えず旅立ったのだ。

無意識のうちに私の頬を流れる雫はそういうことなのだろう。

首にかけた手を解き、彼女の瞼を閉じる。

ベッドから降り、彼女へ手を合わせる。

さあ、ここからは彼女の望みを私一人の力で叶えねばならない。

だがその前に、彼女の隣で一頻り泣く事ぐらいはしてもいいだろう。


~~

「おはよう、千夜!!」

「……久し振りの対面だというのに、相変わらずおまえは騒がしいな」

「はは、おまえは変わらないな、……いや、変わったのかな?」

「何が変わったというのですか?」

「なんだろうな、見た目でもないし、言動でもないし……」

「おまえは私をからかっているのか?」

「よくわからないけど、ちとせに似てるんだ」

「……うん」

以上です。
本当は最後のレスの前に挿入される解体パートとお料理パートを書いてたんだけど、面白いかわからなくなってボツに
グロい文章期待した人がもしいたらごめんね。



解体シーンはできれば欲しかったかな?


当方も、智絵里を達磨にして性処理(ry を書く予定でしたし、参考になるかと思いましたし

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