武内P「暇…ですね…」 (31)
東京都、某区、346プロダクション、シンデレラプロジェクト用の部屋
「暇…ですね…」
その男、武内は低く渋みのある声で呟く。
武内は346プロダクションの中でも特に優秀かつ有能なプロデューサーであり、多くのアイドル達を成功へと導いた。無論、彼が担当しているシンデレラプロジェクトも、紆余曲折を経て成功した。
そんな男が、今日の分の仕事を早々に終わらせてしまい、暇を潰す羽目となってしまった。有能も考えものだ。
さらにシンデレラプロジェクトのメンバーは仕事やプライベートでここにはいない、ある一人を除いて。
「いや、暇でいいんじゃないの?」
双葉杏はそう呟く。
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武内Pだー
双葉杏は「CANDY ISLAND」のメンバーの一人だ。緒方智絵里、三村かな子と一緒にバラエティなどで活躍している人気の
アイドルだ。そんな彼女は、仕事はしっかりとしているが、普段はやる気がなく、自宅や事務所ではだらけきっていたり、同じくアイドルの諸星きらりにガンダムバルバトスのメイスの如く振り回されているのである。
彼女は今日はオフである。事務所が気に入ったのか、なんとなく来てみたのか知らないが、部屋のソファでだらけ、この国で働く人々に必要なものを間接的に教えている。
「プロデューサーも仕事が終わったらダラけりゃいいんだよ。」
確かに彼女の言う通りだ。だが、できてしまったこの時間は有意義に使いたい…そう思った彼は少し考え、ある答えをその口から放つ。
「よし、961プロダクション社長を襲撃しましょう。」
「いまなんて言った?」
ー961プロダクション社長襲撃ー
それが、彼が暇つぶしの「答え」であった。
杏はその答えをきいて、今まで貪りつくしていた怠惰から覚醒(めざ)めてしまった。
「ええ、961プロダクション社長を襲撃するのです、今から。」
「いやいやいや、何言ってんの!?」
襲撃……読んで時の如く、相手を襲う行為だ。下手をすれば警察沙汰になる。
おまけに、相手は別のプロダクションの社長である。
「だめに決まってるじゃん!」
この双葉杏、いくらプライベートでだらけているアイドルとは言っても、常識、モラル、マナーはしっかりと人並みに弁えている女の子。おまけに自分のプロデューサーが他所様の社長を襲撃しましょうとギルティなことを言うんだから止めるのは自然である。
「しかし、暇つぶしの候補の一つである「諸星さんの耳元で淫らな言葉を呟きまくって真っ赤っかにして失神させてやる」よりはましかと…」
いくら186㎝の高身長で、エヴァンゲリオン弍号機のザ・ビーストのような元気っぷりをもつ彼女でも、中身は純潔純真純粋の花をも恥じらう"乙女"である。プロデューサーはそんな彼女にやらしい言葉を呟こうと思ったらしい。ダメだろ、普通に。
「自分の女性アイドルへの悪戯(セクシャルハラスメント)と961プロダクション社長の襲撃だったら、やはり後者なんです」
もっとマシな選択肢は無かったのか。
「双葉さん、人生には、重要な二者択一を迫られる時があるのです。その時、「どちらでもよい」「どちらもダメ」は通用しないのです…」
武内は重く語る、それはかなりの場数を踏んできた者の言葉であった。その時がくれば、うんこ味のカレーとカレー味のうんこも選択しなければならないだろう。
だが、これはあくまで「暇つぶし」の話、たまたま出来た時間をどう過ごすかということである。何が大切か、それは人それぞれであるが、はっきり言って大切でも重要でもない。ていうか、重要であってたまるか。
「というわけで、行ってきます。」
「ちょ、マジで行くのかよ!」
あまりにもそのキャラはそんなことしないでしょってことやるのは冷めるわ
「双葉さん、私は冗談で言っているわけではありません。私は純粋に、そして愚直なまでに、961プロダクションの社長を襲撃したい。その思いは、私の中で熱くなって、私を突き進めんとしているのです。」
それらしく言っているようだが、結局は暇つぶしの為に関係ない人に襲いかかろうとしている。かっこ良さげな一言であろうとも、行動が台無しにしている。そう思った刹那。
「速っ!」
武内はいきなり駆け出した。
向かうは、かぼちゃの馬車がめっちゃあるとこ。
そう。
ー駐車場ー
346プロダクション、地下駐車場
この事務所の地下にある駐車場は、ここで働く者達の車を収める場であり、荷物を搬入する場でもある。
駐車場の、眩くも暗くもないちょうど良い光が、持ち主を待つ車を優しく照らしている。
BMW Z4、マークX、スカイラインGT-R BNR32、ヴェルファイア、そして。
「これが、私の"かぼちゃの馬車"です」
そこには、ピンクのシボレー コルベットC6があり、ボンネットには、シンデレラプロジェクトのエンブレムがあった。
杏は若干引いた。
杏は武内を追いかけているとき、こう思った。
ーこいつマジだー
ようやく、彼が本気であると言う現実に観念し、半ばやけくそで彼の行く末を見るしかない、と。
だが、このコルベットをみてその気持ちは揺らぐ。ただでさえ人相が悪く、ガタイもよく高身長の、ヒットマンとよばれても仕方のない男が、ピンク色の、さらにアイドルプロジェクトのエンブレムが貼られている車に乗っている。
イメージ崩壊へのカウントダウンは、更に加速する。
武内がエンジンに火をつける。コルベットは、また走れるという歓喜を挙げているかのように唸っている。
「運転は大丈夫です、アセットコルサやグランツーリスモやった程度で運転上手くなったと勘違いしている奴らとは違います」
「知らないよそんなこと!」
そんなやりとりのあと、武内はアクセルを踏み込む。それに呼応するかのように、コルベットは咆哮をあげ、駆けていった。
目的地は、961プロダクションである。
コルベットは力強く駆ける。それは、この車を作り上げたシボレー、そしてアメリカのパワフルさとダイナミックさを体現しているものであった。そして武内Pはその剛馬の手綱を寸分の狂いもなく操っている。
(やはり、この車はいい…)
武内は心を躍らせながら運転をしている。となりでなんか叫んでいるが知ったことか。
いや、違う。これは自分がまだアイドルとの信頼関係を築けていないのだと気づく。そう思った武内は、自分なんてまだまだなんだ、これからも気を抜かず精進しなければと心を引き締める。
そしてそのとなりのアイドルは…
「スピードを!!!!落としてっての!!!!」
双葉杏は、叫ぶ。
レーサーの資格があるという情報が一切ないプロデューサーがえげつないスピードでかっ飛ばしている。怖い、叫ぶのは当然だ。
もはや、警察に逮捕される、というレベルではない。ほんの少しでもミスったら死である。
死の恐怖と、そこからくる生存本能が彼女を全力で叫ばせているのであった。
だがその叫びも、彼には届かない。
コルベットというと、フリゲートのちっこいの……ってイメージしかないわ
武内はとてつもないスピードを出してはいるが、正確な運転で他の車をあっさりとかわしている。
先程彼は「アセットコルサやグランツーリスモやった程度で運転上手くなったと勘違いしている奴らとは違います」と言った。
何故なら、アセットコルサやグランツーリスモはあくまで「サーキットでレースをする」ゲームだ。だがそれらには公道で運転するにあたって必ず起こりうることが足りていない。
マイペースで、安全運転を心がける車。
突っ込んでくる対向車。
そして、町の治安を守るために追いかけてきて逮捕してくる警察。
「そう…それらを克服しなければただサーキットで調子に乗っている甘ちゃん…」
「そう…サーキットではなく、公道でレースをするニードフォースピードこそ運転スキルには」
「どれも必要ないよ!!!!」
武内の語りを生命の叫びでぶった斬る。
ウイイレをやってもサッカーが上手くなるわけないし、ましてや恋愛ゲームで彼女や彼氏ができるわけがない。
弘法にも筆の誤り、猿も木から落ちる、河童の川流れと言った偉大なる先人達が作り上げた、今この令和の時でも通用することわざにもあるように、幾らプロでもミスはする。たかがゲームで簡単に上手くなるわけではない。
というか、マジで下ろしてくれ。そう思った後。
「到着しました。」
961プロダクションについたようだ。彼女にとって永遠にも近い死のドライブは終焉を告げた。
終わった。ようやく終わった。そう思った。
だが、残念なことに地獄のドライブは"序章"に過ぎない。何故ならメインディッシュは961社長なのだから。
ー961プロダクションー
346プロほどではないが、目の前のでかいビルを有するこの事務所は、346プロほどではないが業界でも大手の部類に入る。
「どう入るの?」
最大の目的はこの「346プロほどではないが大手の961プロの社長を襲撃する」ことである。メインターゲットは社長のみ。
仮に、「真正面から飛び込む」とすると、それはもはや961プロそのものの襲撃となるだけではなく、社長以外の他の社員も戦う羽目になる。やはり、ソリッドスネークのように潜入するか、メタモンのように変身する必要がある。
武内が出した答えは後者だった。
十数分後、武内は完全なメタモルフォーゼを成し遂げた。
若干濃いめだが、そこら辺のメイクアップアーティストに負けないレベルの化粧。
先程まで低い声だったのにめちゃくちゃ甲高い声。
パッツパツのOLの制服。
「どうも~!!!!ヤクルトのオネェさんよ~!!!!」
あまりの変貌ぶりに、双葉杏のプロデューサーのイメージは完全に崩壊した。
いや、崩壊するどころか完全に穴ができた気分だった。プロデューサーとは何なのか。
「行くわよ杏ちゃ~ん。」
杏は、諦めるしかなかった。
この変装も、彼がプロデューサーとして修羅場をくぐり抜ける中で培ったモノなのである。
プロデューサーとはただ、アイドルをプロデュースするだけではない。時として火の中、水の中、森の中、土の中、草の中、はてまたアノール・ロンドや深淵の中、ロボット同士の戦闘の中ですら突き進まなければならないのである。そしてその修羅場が、今日の彼を作り上げたのだった。
そんな彼を見て、双葉杏は思った。
(この姿を凛ちゃんが見たらどうなるんだろう)
おそらく千年、いや万年の恋すら醒めるほどのショックをうけるだろう。いやでも、かなりこのプロデューサーに懐いている子だ、頑張って乗り越えてしまいそうな気がする。正直怖いもの見たさで見たいという気持ちが襲ってきたが、抑え込んだ。
「みんな~!ヤクルトいかが~?」
変装をした歴戦の男が、潜入を開始する。
「オネェさんジョアちょうだい。」
「はーい、120円ね~」
「私、R-1ください。」
「はいはーい。」
「ヤクルトあります?」
「もちろんよ~」
ヤクルトは凄く売れていた。 961プロのスタッフやタレントは進化して若干知能を持ったゾンビのように群がっている。おそらく皆、乳酸菌を得れば元に戻るのだろう。その光景を、杏は呆然と見届けるしかなかった。
~社長室前~
結局、スタッフやタレントにバレることなく社長室に到着した。
ようやく到着した。この時、武内は思った。
どうやって入って、どうやって攻めるか、そして、ヤクルトの売り上げは何割もらえるのか、できれば3割くらい欲しい。
だが、そんなことで時間を潰している暇はない。この扉を開けて、襲いかかるのみである。
武内は、社長室のドアをバン!と開く。
「待っていたぞ、346のウィザード。」
「!?」
961プロダクション社長、黒井崇男が自らの椅子に座り待ち構えていた。
バカな、と思った。
変装は完璧だったし、他のスタッフにだって気付かれていなかった。だというのに、何故バレたのか。このサーチ能力こそ芸能事務所の社長に必要なものなのか。
「どこで、わかったんですか。」
よく考えてみたら彼は業界でも「手段を選ばない」男だった。ネットでもよく叩かれていたのを思い出す。
「フン、貴様の変装なんぞお見通し、この社長室の前で気づいたわ!!!!」
それを聞いた杏は思う。
遅いだろ、と。
というか、さっきまでピンクのコルベットが会社の周りをぐるぐる回ってたし、さっきの女装だって会社の目の前で堂々と着替えていたのだ。だというのに、全然誰も声すら掛けないどころか、警備員にも気付いていなかった。ガンダムだったら確実に強奪されるレベルのチョロさだ。
いや、もしかしたら、今日のプロデューサーみたいな人が日常的に存在しているからかもしれない。芸能界とは恐ろしい。
「…なるほど、バレてしまっては仕方ありません。今日は貴方を襲撃しに来ました。」
「ほう、だが残念だったな。このようにバレてしまっている。」
「ならば、正面からいかせてもらうまで。」
「素晴らしい!それでこそ346のウィザードだ!かかってきたまえ!」
「!」
二人のバトルが、始まる!
……マジでマヌケな会社だな
黒ちゃんは346に移った方がいいで
まず二人は、闘いに無駄なものは要らぬ、ということで、いきなり服を脱ぎ始めた。
(な、何故服を脱ぐ!?)
杏はそう思った。ちなみに今彼女は秘書と思われる男性に促され近くの椅子に座り、用意されたドクターペッパーを飲みながらその様子をみている。
正直な話、服を脱ぐ事に意味は、ない。
武内と黒井が服を脱ぐのは「なんか闘いっぽい」のである。
そして、服を脱ぎ終わり、上半身は素っ裸、味は裸足であった。お互い本当のところは下半身も脱ぎたかったが、この空間にはレディ(双葉杏)がいるのでやめておいた。プロデューサーたるもの、芸能事務所社長たるもの、たとえ闘いでも紳士の嗜みは忘れないのである。
武内の肉体はしっかりと鍛えあげられた、屈強なものでありしっかりと割れるところは割れた、所謂「マッチョ」なものであった。
対する黒井は日頃不摂生な生活をしていたためか、若干お腹が出ている。だらしない身体だ。
もう体格からして完全に差が出てしまっている。月とスッポン、ランボルギーニとトミカ、F-35と紙飛行機である。
だがお互いに恐れというものはない。
あるのは、この今という瞬間のみ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
お互いが相手に向かって全力疾走する!
>F-35と紙飛行機
いやいや、F-35はネットワーク下でこそ活きる戦闘機だから、一番強いわけでもないからね
例えるなら第二次世界大戦下では、電探によるサポートがないのでカタログスペックしか能力を発揮できません
その時、闘いを見届けていた双葉杏はこう思ったらしい。
助けて!!!!!!!!
彼女が見たものは、グロテスクでもなく、かと言ってエロティックなものではなかった。
おぞましい。ただただおぞましい。
それもそのはず、半裸の男二人がその眼前でありとあらゆるバトルを繰り広げているのだ。
スクールアイドルの楽曲のダンス、あんこう踊り、空耳クイズ、セクシーコマンドー、ボディビルダーへの褒め言葉対決、ベイブレード、ミニ四駆、ガンプラバトル…
それらを、己が生命を賭けるレベルで、さらに闘争本能剥き出しの本気度でやっているのだ。そんなのが許されるのは、多分コロコロコミックの登場人物ぐらいであろう。
とにかく、そんな闘い出会った。
ー夕刻ー
「私の完敗のようです」
「いや、油断していれば私の負けであった。貴様は非常に有能な人物だ。」
黒井と武内の、漢と漢の、闘いは終焉(おわり)を告げた。
壮絶な死闘の中、二人は壮大な宇宙(そら)を見た、その光景は二人に分かり合えるものを感じさせていたのだった。
二人は熱い握手をし、これからもライバル同士、強く、この業界を生きて行こうと誓った。
そして…
「許してください…」
そこには、完全に憔悴した双葉杏が死んだように椅子に座っていた。
彼女が見た死闘は完全に彼女の生命力を奪ってしまったのだった。
あんなこと軽々しく言うんじゃなかった、ついてくるんじゃなかった、事務所でだらけるんじゃなかった。
様々な後悔が瀕死の彼女の周りをぐるぐると駆け巡り、追い討ちをかける。
そして、彼女は事務所でもだらけず真面目に活動するのを誓うのであった。
おわり
ディビジョンバトルするのかと
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