【ミリマス】ジュリアがメシマズ克服をPに思い知らせる話 (11)

スレが立ったら書きます。

【登場人物】
・ジュリア
(ほぼ名前だけ)
・ひなた
・紬
・亜利沙

位置づけ的には【ミリマス】木下ひなたが外泊する話 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1604048959/)の続きです。

7,000字無いぐらいなのでサクッと終わります

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1604415599


 ある夏の日のことだった。二階の廊下の窓から見える、高校の中庭で、昼食を一緒にとる仲睦まじいカップルが目に入った。そのどちらも、年度の途中で転入してきたジュリアには何年生か分からなかった。少なくとも同じクラスの生徒ではない。女子の方が弁当箱を二つ取り出し、既にパンを齧っている男子へ差し出している。それを受け取った男子は食べかけだったパンの残りを一気に口へ詰め込むと、ニコニコ笑って包みを開いた。わざわざ別々の弁当を作ってきていたみたいで、開いた蓋の内側は間取りも内装も違っているのが、今いる場所からでも分かった。
 カップルは完全に二人の世界に入っていた。こんな目立つ色の頭髪をした自分が窓から覗き見ていても、存在することにすら気づいていない。あるいは、気に留めていないのかもしれない。女子の方は、自分の弁当箱から取り出した卵焼きを、彼氏の男に食べさせている。見ているだけでジュリアは胸やけしそうだった。

「人に見られるような場所でよくもまぁ……っと、イチャつくカップルなんて見てる場合じゃなかったぜ。仕事行かなきゃ」

 わざと大きな音を立てて窓を閉めると、早退する旨を担任に伝えていたジュリアは、ギターケースを担ぎ直して階段を下りていった。


* * * * *


 金木犀の香りもしなくなり、冬の足音が聞こえてきた、ある秋の朝。その日は午前に雑誌からの取材、午後のレッスンに加えて合わせ練習と、朝から夕方まで予定たっぷりだった。アイドルとしての姿をしなければならない都合上、いつものように髪をセットすることができなかった。できなくもなかったが、そこまで強くこだわる気にはならなかった。それよりも優先すべきは、今日の弁当の用意だった。

 ひなたが泊まりに来たことがきっかけで、ジュリアは能動的に台所に立つようになった。料理ができない理由を今まで考えたことなど無かったが、劇場の台所でひなたや美奈子に付き添ってもらっている内、余計なことをせず基本に忠実にしていれば自然とそれなりのものが出来上がることを学習してからは、「よく知りもしないのに身勝手な自己流でどうにかしようとしていたこと」が主な原因であったことを知るようになった。少なくとも、現在のジュリアは、料理をする時は、常に匙を手元に置くようにしていた。
 最近買った卵焼き用のフライパンは正解だった。スーパーで見かけるあの「厚焼きの卵焼き」を自分で作れた時は踊り出したいほどで、調味料の配分を間違えてしょっぱかったのに、夕食のテーブルに並べる前に台所で半分ほど食べてしまっていた。電子レンジが単に食べ物を温めるだけのものではなく、炒める前、あるいは煮る前の野菜に火を通したり、材料と調味料を放り込んで煮物やカレーを作るのにも使えてしまうことを知った時は、目から鱗が落ちた。そもそも、難しいとばかり思っていた煮物のような料理も、必要なものが分かってしまえばそう困難でもなかったとジュリアは体感していた。ヒラヒラの衣装をあてがわれて可愛らしくスマイルを作る方が、今のジュリアにとっては大変な苦労だった。

「あとは……何を入れようかな」

 一度に何種類も作るのはジュリアのキャパシティを超えていた。多めに作って容器に保存しておけばいい、と助言をくれたのは、同じく一人暮らしをしている紬だった。すっからかんに近かった以前とは違い、何かしらの作り置きが常にストックされている冷蔵庫を開き、肉じゃがと、イカと大根の煮物を保存した容器をそれぞれ取り出す。あと一種類ぐらいは無いと弁当箱のスペースが埋まらない。レトルトのミートボールでも入れておこうか……と思っていた所にちょうどよく、使いかけのキャベツとほうれん草があった。とりあえず炒めよう、とジュリアはそれらを取り出し、右利き用に作られている包丁で慎重に切り始めた。包丁の買い替えも真剣に検討すべきかもしれなかった。
 フライパンで油を温める間、ジュリアはまな板の脇に置いた二つ目の弁当箱に視線を落とした。先日の面談で食生活へ苦言を呈してきたプロデューサーへのサプライズのつもりだった。あの女子のように、違う中身を用意する手間暇をかける気は起きなかったから、自分の弁当を二人分作るのと同じことだった。ただ、食の細い自分の胃袋と成人男性の胃袋を同じ天秤で測るわけにもいかなかったために、弁当箱は大きめのものを調達した。自分で食べる分には問題無いものが作れるようになった自覚はあったし、定休日に店のキッチンを使わせてくれた美奈子も、指でマルを作って麻婆豆腐に合格点をくれた。ただ、友人への気遣いを多分に含んでいたであろうそれが、成人男性にも当てはまるかどうか……その点についてジュリアは今ひとつ自信を持てなかった。「料理下手とはもう言わせない」という目標を達成できればそれでいいが、どうせやるのならポジティブな評価を獲得したかった。美味い物を食ったとき、あいつはどんな顔をするんだろう……と、味見を済ませた野菜のソテーをフライパンから出しながら、ジュリアは考えていた。

* * * * *


 劇場まで来た記者からの取材を受け終わってからの昼休み。アイドルになっている時のメイクも直さず、ジュリアは事務室の扉の前で立ち尽くしていた。入っていく姿を見かけた。出ていく姿は見ていない。必ず彼はここにいる。拳を形作って扉に手を伸ばしては手を引いて、そんな奇行をもう四回は繰り返している。
 原因は二つあった。「ジュリアさんにとっての愛情表現とはどのようなものでしょうか」という記者の質問。それ自体には問題なく「情熱を燃やすこと」と用意しておいた通りに回答した。それだけならよかった。二人分の弁当箱を手から提げて持ち歩いている時に、あの暑い日に高校で見たあのカップルを思い出したのがいけなかった。本来脈絡の無い二つの事象が、ジュリアの内心で衝突し、脈絡のあるものへと、歪んだ変貌を遂げていた。

「……くそ。あのバカPだぞ。何を緊張してんだ」

 色気を出しているつもりはない。特別に気を引こうだなんて思ってない。そうだ。そんな媚びた心理でわざわざ時間をかけたんじゃない。イタズラ心に近いかもしれない。そうだ。あたしはプロデューサーを驚かせて、いっちょ前に自炊できるようになったことを思い知らせてやるんだ。メシマズだなんてもう言わせない。内心の自分に向けてそう畳みかけたジュリアは、覚悟を決めてドアをノックした。

「あ、なんだ、ジュリアか。どうした?」

 プロデューサーはいつものデスクにいて、顔をこちらに向けながら仕事の手を止めた。事務員の美咲は席を外しているのか、ここにはいない。何かの書類がデスクに積みあがっているのが部屋の入口からでも分かる。彼が暇そうにしている所を、ジュリアは見たことが無かった。

「あんたを驚かせに来たんだ」
「何だ、イタズラならさっき亜美真美にされたばっかりだぞ」
「あたしがイタズラなんかしに来るわけないだろ。それよりプロデューサー。メシ時だけど、腹減ってるか?」
「ん? 今からメシにしようかと思ってた所だ」

 少し近づいて、彼の座る机を覗き込んでみると、カップ麺が机の上に置かれていた。その近くにはエナジードリンクの缶が立っている。

「それ……あんたの昼メシか?」
「ああ、そうだけど」

 あっさりと答えたプロデューサーに、ジュリアは大きなため息をついた。

「あんたな……あたしには『ちょっとは自炊して、もっと色んなものを食え』って言ってる癖に、自分はこれかよ。呆れちまうぜ」

 自分でも不愛想だと思いつつ、ジュリアは「ほらよ」と大きい方の紙袋を差し出した。

「……これは?」
「そのカップ麺よりはマシなものだよ。驚かせに来たって言ったろ?」
「え? 弁当箱? もしかしてジュリアが作ったのか? マジで?」
「そうだよ。半分は夕飯の残りもんだけどな」

 大丈夫なのか、と問いかけてきたプロデューサーの面を張り倒してやりたい、とジュリアは一瞬思ったが、そう思われるのも無理がないかもしれなかった。以前の自分の食生活は、そのデスクの上にあるものと大差無かったのだから。隣の席には誰もいなかったし、机上も空いている。ジュリアはそこにどかっと腰かけて、さっさと自分の分の包みを開き始めた。


「ほら、フタ開けろよ」
「あ、ああ……お、見た目はまともだな」
「味もまともだよ。多分な」

 ふりかけの小袋をプロデューサーが手に取った。白い平野部が色を持ち始めた。ケースから出された箸は、まず肉じゃがに伸びていった。あの日にひなたが作ってくれたのと同じ材料を使って、同じ分量で、同じ手順で作って、ほぼ同じ味になったものだ。味に関しては今日の弁当箱の中身で一番信頼のおけるものだった。
 寸法は同じはずであったが、隣の席で使われている箸は、ジュリアが使っているものよりも小さく見えた。違う。箸が小さいのではない。彼の手が大きいのだ。指も長くて、骨ばっている。あまり日焼けしていない手の甲に静脈がうっすらと浮き出ていて、奇妙な色気があった。

「……ジュリア?」
「何だよ、早く食えって」
「あまり熱心に見つめられると、食いづらいんだが」
「き、気のせいだろ? ……そんなに見てないからな? いいから、感想聞かせてくれ」

 隣の男を急かしながらジュリアが自分の弁当のニンジンを口に運ぶと、ようやくじゃがいもを箸でつかんだ所だった。弁当箱から持ち上げられて、微かに猫背になった頭が食らいつく姿勢になり、少しカサついた唇が開いて、吸い込まれていくのを、ジュリアは緊張と共に見守っていた。彼はそのまま何も言わず、肉、イカ、米、大根、卵焼き、キャベツと次々に箸で連れ去っていった。何のコメントも出てこない。言葉も出ないほどにマズくて、さっさと食べ終えようとしているのだろうか。ジュリアの、箸を握る手に、力が入った。

「……何か言えよ、バカP」
「あ、悪いな。美味しかったから、つい」
「え……」

 美味しかったから、つい。今しがた出てきたばかりの言葉を二、三度反芻し、ジュリアは口の中のものを飲み込めずにいた。

「何て言ったらいいんだろう。感激して飛び上がる美味さっていうよりは、普段食べるならこういう味がいいよな、っていう。地味に……いや、地味は不適切だな。安心できる味っていうのかな。こういう煮物とか久々だよ。体に染み入る感じがする」
「あ、ああ……」

 プロデューサーが箸を止める様子は無い。既におかずの半分近くが無くなっていて、食が進んでいないのは、横目で右側を盗み見ているジュリアの方だった。

「美味しいよ、ありがとう」
「そ、そうか……よかった、うん」


 少しだけ顔を横に向けてみると、にこやかな笑顔が視界に飛び込んできた。その瞬間、毛穴から汗の噴き出る心地がして、ジュリアはむず痒さに悶えそうだった。そういう言葉を欲しがっていたのは自分だったはずなのに、いざそんなに優しい声で言われてしまったら、どうすればいいのか分からなかった。熱くなった顔を見られているかもしれない。この部屋の中には自分達以外誰もいなかった上に、視線を引き受けてくれるようなものも他に無かった。平常心を取り戻したくなって、咀嚼したものを飲み込む前に、ジュリアは弁当箱の中身を口の中に詰め込んでいった。

「ジュリア、最近はこんな風に自分で作ってるのか?」
「……んぐっ。ああ。もらったレシピに書いてあるものしか作れないけどな」
「そうか。だからここの所、血色がいいのか。前は青白い肌してたけど、割と今は健康そうに見えるぞ。今日の記者が撮った写真も、肌の色補正を頼まなくて良さそうだ」
「ははっ、そいつは良かった。最近、肌の調子がいい気がするんだよ」

 数分も経つ頃には、プロデューサーの弁当箱は空になっていた。「美味しい」という直截な感想は、お世辞ではなく本心だったのかもしれない、と、少し落ち着くことができたジュリアは信じたくなっていた。自分の作ったものが、自分以外の人に平らげられている。そこには得も言われぬ満足感があり、その感覚だけでジュリアは腹が満たされそうだった。ほとばしるパッションを歌に乗せて放出するライブの充実感とは、性質が異なる幸福感だった。それに――さっきの笑顔がまた見てみたい――そんなささやかな欲求が、ジュリアの中で膨らみ始めていた。
 鼓動の高鳴りを感じるジュリアを他所に、自分の食生活に注文をつけておきながら、自分以上に不健康そうな食事を取ろうとしていた隣の男は、満足げに食後のコーヒーをマグカップに注いでいた。

「なあ、プロデューサー。そっちさえよかったら、また作ろうか?」
「え?」
「あたしが劇場で昼を食う時だけな。おかずの残り物が混ざった物でよければ、二人分持ってくるぜ。消費量が増えるだけだからな」
「負担になるからいいよ……と言いたいが……正直な話、そういう申し出があって助かる。外に食いに行く時間すら惜しいことが多いんだ。この辺のコンビニはやたら混雑するから、そこで並んで時間を無駄にするのも気が進まなくてな」

 プロデューサーはばつが悪そうに視線を落とした。今日もせわしなく業務に追われているらしいことが、あまり整理されているとはいえないデスクの様子に表れていた。そんなにかいがいしく人の世話を焼く性格ではないと自覚しているジュリアでさえも、気にせずにはいられなかった。

「考えてみれば、ジュリアの食生活もこれでモニターできることになるか。一石二鳥だな」
「そこはもう監視しなくてもいいだろ。自炊できてるって証明したんだから」
「そうもいかないよ。親元離れてこっちに来てる子達は、特にね」
「あたしは大丈夫だっての……」

 愚痴るようにそう呟いた時、隣から自分の弁当箱に視線が注がれているのにジュリアは気が付いた。取っておいた厚焼き玉子の、最後の一切れが、箸で摘ままれたままになっている。

「これが気になるのか?」

 ジュリアが問いかけると、彼はうなずいた。今日の弁当の中で一番美味しかった、と視線を弁当箱から離さずに言っているのを聞いて、箸が卵焼きを宙へ持ち上げ始めた。室温を感知した暖房がオフになった。

「やるよ。口開けな」

 卵焼きが自分の弁当箱を離れた頃になって、ジュリアはハッとした。体の内側から火照りが生じ出した。回し飲みや箸の使い回しは、普段から気にしていないからどうとも思わなかった。しかしこれは、しかしこれは……胸やけのする思いで眺めていた、あの中庭のワンシーンそのものだった。

 ――そんな意図はない。ただ、美味いって言ってくれたし、物欲しそうな顔をしていたから――。

 できることならこのまま箸を引っ込めて、無かったことにして、自分の口に収めてしまいたい。ただ、一度やろうとしたことを途中で投げ出すのは、信条に反する行いであり、それを死守するだけのプライドがあった。
 ジュリアは覚悟を決めてゆっくり腕を突き出したが、目の前の光景を直視していられなくなり、目を閉じてしまった。息が詰まる。箸が振動した。どうやら受け渡しは無事に済んだらしい。

「美味かった。ご馳走様。……おいジュリア、自分から仕掛けておいてそんなに恥ずかしがるな。俺まで恥ずかしくなる」
「だ、だって――」

 ふおおおおおおおおおっ!!!

 突如として廊下からの叫び声が聞こえてきた。興奮を帯び、やや濁りを含んだ甲高い声を耳にした二人は、その声の主が松田亜利沙であることをすぐに察した。閉めていたはずの事務室のドアが僅かに開いており、ドアの陰で微かに何かが煌めいているのがジュリアの目にとまった。

「すっっっごいお宝映像が撮れちゃいましたっっ! ジュリアちゃんこんな乙女な一面があったなんて! 撮れ高、撮れ高っ!」
「プ……プロデューサー、あなたという人は……ジュリアさんにお弁当を作らせた挙句、そんな破廉恥なことをするのを止めないなんて……そういう願望を満たすためにアイドルを利用して、恥ずかしくないのですか……!!」
「ちょっとまて紬、かなり誤解してるぞ! これはだな……」

 ドアを開けるなり、紬はプロデューサーに鋭い視線を投げかけていた。ほとんど合っていない紬の発言はまだ良かった。まずいのは、紬の背後で大はしゃぎの亜利沙の方だった。奇妙なぐらいに盛り上がっていて、そのまま一人の世界へトリップしてしまいそうな勢いだ。

「あーーーーーーもう! プロデューサー、ムギへの弁解は頼んだ! こらー亜利沙! そいつを消せ、今すぐっ!」
「ひゃぁ、待ってくださいジュリアちゃん! 個人で楽しむだけなので! ありさのクラウドに保管させてくださいっ!」

 一恥去ってまた一恥。弁当箱の後片づけも忘れて床を蹴り、琴葉に見られたら面倒が増えると分かりつつも標的を追いかけながら、「面倒なことになった」とジュリアは頭を抱えたくなっていた。


 終わり

以上になります。ここまでお読み頂きありがとうございます。

「基本が大事!」のエピソードやグリマス時代のサバイバルのエピソードも目を通し、そこと話を繋げようとも考えたのですが、変に風呂敷を広げようとするのもどうかな、と思いこのような形になりました。公式から供給されるものが二次創作を凌駕してるってどういうことなの……。

感想等頂ければ幸いでございます。

渡し方にジュリアらしさがあるな
乙です

ジュリア(16) Vo/Fa
http://i.imgur.com/4de78Md.png
http://i.imgur.com/2MfQhEf.png

>>7
松田亜利沙(16) Vo/Pr
http://i.imgur.com/8GCoHrt.png
http://i.imgur.com/hJ7TF2j.png

白石紬(17) Fa
http://i.imgur.com/hTynsLF.png
http://i.imgur.com/yId0WLA.png

かわいいね
このあとは持ち回りで弁当を作るようになるんだろうなw

親切心でなくサプライズを仕掛けたくてって動機がジュリアだよな。
あーんしてたバカップルと同じことをしてるのに気付いちゃってるのに引けなくなってるのもジュリアだ。
可愛いね

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