【ミリマスSS】琴葉「駄洒落を言います」 (24)

アイドルマスターミリオンライブ!のSSです。
地の文があります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1604756278

 
「恵美、ちょっと時間もらえる?」
「うん? どしたの?」

 いかにも「相談があります」っていう顔をしながら、下から覗き込むように琴葉が尋ねてきた。
 相談なんて、いつでもしてくれたら良いよ。相談される度にそう伝えているのに、琴葉はいつも申し訳なさそうにこちらの都合を伺ってくる。
 そのまま「相談があるんだけど」なんて、一語一句予想した通りの言葉が紡がれて、アタシは電化製品の取扱説明書を開いて「まずコンセントを刺します」という文字列を見た時のように「おっけおっけ」と機械的に対応した。

「駄洒落を言おうと思うんだけど、恵美に面白いか判断してもらおうと思って」
「ん?」

 聞き間違いかな?
 駄洒落って聞こえたような気がするんだけど、相談って言ってたし、多分違うよね。
 ごめん琴葉、ちょっと聞こえなかったかも。
 

 
「ふぅ……、じゃあ、行きます」

 えっ。なんか話が進んじゃってるけど、アタシは一体何と聞き間違えたんだろ。
 琴葉ってば、オーディションで自己紹介する前みたいに大きく息を吐いて、まっすぐ前を見据えて。
 駄洒落ってそんな真面目な顔して言うもんじゃないよね。違うよね。違うって言って琴葉。

「エレナがカレーを食べました」

 うんうん、エレナがカレーを食べたんだね。まだお昼前だから昨日の夜かな? っていうことは昨日は琴葉とエレナが一緒に遊んだのかな? なーんだ、昨日遊んだ時の話だったんだね。それならいつものお喋りみたいなもんだよね。それでそれで?
 次の言葉を待っている。琴葉はこっちをジッと見つめたままだ。
 語り掛けるように、潤んだ唇がもったりと開いた。

「辛ェレナ」
 

 
 
「辛ェレナ」

 
 

 
一方その頃――

 春日未来は劇場へ向かって軽快に自転車を走らせていた。
 家を出た直後に鋭く吹いた北風に、ちょっと薄着過ぎたかなと思ったけど、規則正しくペダルを蹴っていると、下半身から徐々に熱が身体を駆けあがってくる。
 首から覗く肌に当たる風が心地よい。階段を上るように調子付いてきていると、あっという間に劇場に到着してしまった。

 恵美ちゃんの自転車も置いてある。籠と荷台がついていて機能的でありながら、メタリックブルーのフレームが全体のシルエットをシュッと纏め上げ、「機能美」という言葉に昇華させる。
 やっていることは凡百の学生と、私とだって違わないハズなのに。恵美ちゃんがこの自転車に乗ると恵美ちゃんも、自転車すら格好良く見えてきてしまう。
 対して私のビビットな赤色の自転車は構成しているパーツは同じなのに、なんだか普通のように見えてきちゃう。
 あぁ、ごめんねごめんね。いつもありがとうね。と私をここまで運んできてくれた労をねぎらう意味を込めて、いつもより丁寧に駐輪場に愛車を並べた。

 今日は学校もレッスンもお休み。
 なのに何で劇場に着ているかというと、STAR ELEMENTSに入った番組出演オファーの打ち合わせなのだ。
 特に何も用意することなく、気楽にプロデューサーさんとメンバーとお喋りが出来る場と考えると、足取りも軽くなるというものだ。
 駐輪場から勝手口までスキップで進んで、扉に手を掛けたところでふと手を止める。
 

  
 あれ、今日なんでちょっと早くきたんだっけ。
 待ち合わせは11時。今はまだ10時。一人でいるには持て余してしまう時間だ。

 あっ! と思わず声が出てしまう。そうだ、琴葉ちゃんに数学を見てもらう約束をしていたんだ。
 今度のテストで分からないところがあって、教えて欲しいとお願いしたら

「まずは自分でやってみること。そうしたら未来ちゃんの考えを基に教えてあげるから」

 って言われたんだった。
 鞄をぎゅうと握り締めるも、教科書とノートの硬い感触は見当たらない。
 あぁ……そういえば、10時に集合って琴葉ちゃんと決めたんだっけ。早く会えるのは嬉しいけど、勉強してくるの忘れてましたって伝えたら琴葉ちゃんどんな反応するだろう。
 

  
 いつもよりもゆっくりと、足音を立てないように事務室への歩を進める。
 扉の前に着くと、何やら話し声が聞こえる。男性の声は聞こえない。
 一人は特徴的な高い声。恵美ちゃんだ。ということはもう一人は琴葉ちゃん?
 やっぱりそうだよね。私からお願いしたのに、私の方が遅く来て、さらに勉強のことをすっかり忘れていたなんて。
 ちゃんと謝らなきゃ。そう決めたのに、身体の動きは緩慢なままだった。
 
 そーっと、物音を立てないようにそーっと扉の取手を回す。

「お、おはようございま~す……」

「辛ェレナ」
 

 
 
「辛ェレナ」

 
 

 
一方その頃――

 秋月律子は資料棚の影で頭を抱えていた。
 どうも先月は感覚よりも出費が嵩んでいる。根拠はないがその考えが家に帰っても拭えなかった。
 だからこうして休日に出社してまで、監査まで資料棚で塩漬けしている帳簿を確認しているのだ。
 そして、気付いてしまった。先月行った一部の公演でグッズの製作費が他よりも多い。そしてその一部の公演には全て野々原茜が出演していた。

 律子は肺の中で燻っていた空気を全て吐きだした。
 茜は破天荒で行動力が有り余ってしばしば問題を起こすが、法に触れることはしない。だからこそ、法律上必要な帳簿上にはこうして記録が残ってしまっているのだろう。
 

 
 問題は、おそらく茜が切った請求書を、青羽美咲がそのまま処理してしまったことだ。
 プロデューサー殿はライブの準備を一任されている以上、チケットの管理や物販関係は彼女に任せる他ない。
 そのため、全体の金銭の流れや、他の公演との違いについては把握できているハズだ。

 分かった上で、処理してしまっている。つまり、茜に何か言いくるめられているのだろう。
 兼任プロデューサーとして765プロに籍を置いている自分としては少し悔しいが、茜の企画力とプレゼン能力は本物だ。外部を巻き込み資金調達すらやってのけるその手腕は16歳のそれではない。
 名だたる企業の重役すら首を縦に振らせてしまうのだ。765プロ以外での社会経験が無い美咲さんが太刀打ち出来るとは思えない。
 他の請求書と同じ細目で処理してしまえば、茜が何に対してどれくらい使ったのかは帳簿からは分からない。
 今わたしが押さえているのは状況証拠だ。これから美咲さんに事情を聴いて、詰めていかなければならない。
 

 
 今度は大きく息を吸い込んだ。脳に酸素が行き渡り、多少部屋が明るくなったように感じる。
 美咲さんは今日は休みだ。茜は……確か、レッスンだったはず。
 さっき事務室に来た恵美と琴葉も一緒だろうか。もしそうなら茜が劇場に着いたら知らせてもらおうかしら。

 「琴葉、恵美。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 「辛ェレナ」
 

 
 
「辛ェレナ」

 
 

 
一方その数刻前――

「むふふ~♪」

 宮尾美也は誰もいない事務室で不敵な笑みを浮かべていた。
 壁にかかる短針はまだ9時を指している。
 今日はプロデューサーさんは早朝からステージの方でライブ準備の打ち合わせ。美咲さんもお休み。
 みんなのレッスンも今日は11時からだ。

 大道具さんも来ているのだろうか。遠くからカンカンと音が聞こえる。でもその音も透き通っていて、いつも人の声で溢れている劇場では感じられない空気を感じていた。
 美也は前々から事務室のソファに目を付けていた。
 時々プロデューサーさんが仮眠をしていたり、美咲さんが裁縫をしながらウトウトしていたりする。
 何度も座っているし、うたた寝したこともある。確かに心地よいソファだ。
 

  
 しかし、美也はそれでは満足しなかった。
 このソファを以てして、全身全霊を込めて昏々とした睡眠を享受したかったのだ。
 美也は強かだった。全員のスケジュールを把握し、事務所に誰もいないであろう日を、そして自分が安心して眠れる日を選定していたのだ。

 今日は美也も11時からレッスン。そして次回定期公演のフォーメーションの確認を含むため、計8人が集まる。
 8人もいれば、きっと誰かが早く来るだろう。恵美ちゃんなんかは、遠くから自転車で着ているからか、早くから劇場にいることが多い。
 用が無くても劇場に来て雑誌を読んでいる程だ。誰かとお喋りをするのが好きなのだろう。

 そうすれば、きっと私がソファで気持ちよく寝ていても、レッスンに遅れることは無いだろう。
 最悪、プロデューサーさんも11時には戻ってくるハズだ。共有のスケジュールに「11時打ち合わせ」と書かれていた。
 それに誰かが来れば物音で起きるかもしれない。それはそれで、自然な目覚めというのは心地よい。
 お気に入りのブランケットに包まるようにソファに身を投げ出すと、ふかりと身体が不均等に沈んだ。

「おぉ~、これはこれは……」

 適度に角度を失った朝日の暖かさを感じながら、美也は微睡の淵へと堕ちていった。
 

  
「……」
「……たの?」

「……んっ」

 耳が物音を捉える。まだ瞼は開く必要がない。しばしこの暖かい闇を全身で味わう。
 ブランケットをぎゅうと握りしめる。高まった体温が心地よい。
 まだまだふわふわとする頭の中に、聞きなれた声が届く。琴葉ちゃんと、恵美ちゃんだろうか。

 もにゃもにゃと仲間の声を聞きながら目を覚ますのも悪くない。
 これからも機を見て続けたい。そうだ、みんなで合宿なんかも良いかもしれない。
 完全に頭が覚醒するのを待ってから、美也はゆっくりと瞼を開いた。

「辛ェレナ」
 

 
 
「辛ェレナ」

 
 

 
「辛ェレナ」

 世界が動きを止めた。
 未来は事務所の扉から控えめに顔を覗かせたまま固まっている。
 律子は自身の耳に飛び込んだ言葉を理解できずに目を見開いている。
 服と同じ柄のブランケットに包まれた美也はトロンとした表情のまま、頭の上に沢山のクエスチョンマークを浮かべている。

 当然、私もだ。
 頭は「動け、動け!」と叫んでいるにも関わらず、身体も口も秩序だった動きを為せずにいた。
 恐らく、この場で動けるのは私だけだ。私が動かなければ。私が、言わなければ。
 喉を振動させるも、出るのは細かい呼気ばかり。

「辛ェレナ、……どうかな?」

 心の中のアタシは頭を抱えていた。でも実際の身体はそうは動いていなかった。
 眼球ばかりがグルグルと動く。「あー」とか「えー」以外の言葉を紡げない。
 

 
 未来が音も立てずにドアを閉めた。
 律子は何も言わずに再び資料棚に向き合った。
 美也は再びゆっくりと瞼を閉じた。

「か、辛ェレナっていうのはね……」
「いや」

 ようやく短い単語を口から出すことが出来た。意図が伝わったのか、琴葉の目がアタシに次の言葉を促す。

「ないでしょ」
「そっか……」

 琴葉は悲しんだ。
 アタシはその数倍悲しんだ。


おわり
 

おわりです。HTML依頼出してきます。
琴葉は頑張り屋さんだなぁ。

うん、これはないな....
乙です

>>2
田中琴葉(18) Vo/Pr
http://i.imgur.com/e5Gvrw9.jpg
http://i.imgur.com/r06Rxsw.png

所恵美(16) Vi/Fa
http://i.imgur.com/RshI5gT.png
http://i.imgur.com/kzw1B6Z.jpg

>>5
春日未来(14) Vo/Pr
http://i.imgur.com/fCq5LoY.png
http://i.imgur.com/1WWq1qt.png

>>9
秋月律子(19) Vi/Fa
http://i.imgur.com/Sa3GLml.jpg
http://i.imgur.com/UFGcgDL.jpg

>>13
宮尾美也(17) Vi/An
http://i.imgur.com/J6osoky.png
http://i.imgur.com/oyf4EM7.jpg

誰か千早を呼んできて。早急に

?「琴葉ちゃんが無理にダジャレを言う“ことは”ないですよ…ふふっ」

https://i.imgur.com/O2TOaQ4.jpg

>>22
琴葉「楓さん、かえっで下さい」

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