橘ありす「真逆の心」 (57)



・デレマスssです。
・筆者個人の見解を多分に含みます。合いそうにない方はお読みにならないことをおすすめします。
・わからないけどn番煎じだったらゆるして...



最後の授業のチャイムが鳴ってから、もう何分経ったのだろう。

人気のない教室。
どんよりとした空模様としとしと降る雨を眺めながら、私はぼんやり物思いに耽っている。

考えているのは、私の担当プロデューサーのこと。



...私の、すきなひとのこと。



こうして一人で残っているのは、もちろん事情があってのことだ。
今日のレッスンの開始時間が中途半端なせい。

放課後すぐに向かうには早すぎるが、どこかに寄るにはやや時間が足りない。
...そもそも寄りたい場所も思い付かないし、この雨の中歩き回るのも賢明ではないとは思うけど。

事務所で誰かと話そうという案もあったけど、タブレットによれば、私と親しい人たちは皆この時間は出払っているのだそうで。



よって、ここで宿題でもしながらこの半端な時間を潰そうとしていたのだ。
でも、普段から真面目に勉強している私の頭と手は、時間を潰しきることもなくあっさり宿題と...あと、明日の予習まで終わらせてしまった。

こうして時間を持て余した私は、仕方なく思考の海に沈むことにしたのだった。



「P、さん...」

小さく、彼の名前を呟いてみる。
それだけで顔が熱くなり、胸が締め付けられ、心がじんわりと温かくなるのがわかる。

...学校でまで彼のことを考えるつもりはなかったんだけど。
その原因が昼休みのクラスメイトたちとの会話だということはわかっている。



~しばらく前、昼休み~

「ねぇねぇ、さっきのサッカーの授業でさー!〇〇くんちょーカッコよくなかったー!?」

「えー???くんのほうが活躍してたでしょ?」

「それはアンタがあの子のこと好きだからそう見えてんのよ!」

「はぁ!?そ、そんなんじゃないもん!」

「あっ、赤くなってる~!やっぱ好きなんじゃ~ん!」

...話についていけない。
恋そのものについては否定しない───なにしろ私も絶賛片思い中なので───けど、やっぱり私は同級生の男子をそういう目で見ることができない。どうしても子供に見えてしまう。

自分もまだ子供なのは、嫌というほどわかっているのに。

だから、そんな男子たちを好きだと言う彼女たちの話にもいまいち入って行きにくいのだ。



「ねえ、そういえば橘さんは?気になる子とかいないの?」

「あっ、それ私も聞きたーい!」

「私も~!」

とはいえ、一緒に昼食を摂っている以上、展開されている会話には巻き込まれてしまうわけで。



「わ、私は...そういうのは、ない、かな...」

「え~、ほんとに~?」

「私、アイドルやってるから…そういうのは、ちょっと...」

アイドルをやっていてよかった。
...そう思えるときのひとつがこんなときとなると、アイドル的には複雑な気持ちだけど。

「あ~、それもそうだよね~」

「なら仕方ないかー、橘さんの好きな人、興味あったんだけどな~」



空気を読んでくれたのか、ここで話題が変わる。

...危なかった。答えに言い淀んでしまった。
あれ以上追及されていたら、この気持ちがポロリと口からこぼれ出たかもしれない。

...自分でも呆れるくらいに大きく育ってしまった、あの人を想う気持ちが。



まあ、そんなわけで。
お昼休みにちょっとした刺激を受けて目を覚ました私の恋心は、午後の授業中もずっと私を悶々とさせていたのだった。

だから、こうした手隙の時にあの人の...Pさんのことを考えてしまうのは仕方のないことなのだ。少なくとも今日のところは。




Pさん。
私は、あなたのことが好きです。

頭を撫でてくれる、その手が。
可愛げのない私をいつも可愛い言ってくれて、でも時には厳しく叱ってくれるその声が。
子供扱いはしても、それ以上に一人の人間として尊重してくれるところが。
私のために、色々なところで頭を下げて頑張ってくれているところが。
自分がどんなに忙しくても私を気にかけてくれるところが。
疲れ果ててデスクに突っ伏して眠る、無防備な寝顔でさえ。

そんなあなたの全てが、たまらなく愛おしくて。
ぜんぶぜんぶ、大好きなんです。



...なんて、本人には言えるわけもなく。
実際に目の前に彼がいると、どこからか現れた真逆の心を持った私が勝手に喋り出してしまうのだから。



ふと、左手首を見る。
そこにある腕時計───この前の誕生日にPさんから贈られたもので、寝るときすら壊れないようにケースを買って一緒に寝ている───は、私にそろそろ出る時間だということを教えてくれた。

窓の外に目をやっても、雨はまだまだ止みそうにない。
もちろん天気予報はチェックしているので、傘は持ってきているけど、それでもやっぱり雨というのは少し気分を重くする。
私はため息をつきながら腰を上げ、教室の戸を静かに閉めた。



薄暗い空の下、傘を差して昇降口から校門へ向かう。
空気は冷たく重いものの、ぱらぱらと傘に雨粒が当たる音は耳に心地よい。

...前言撤回。雨もたまには悪くない。
少しくらい気分を重くしてくれないと、浮かれきった私の心を自分でも抑えられなくなってしまいそうだから。

不規則な雨粒の音を聞いていると、浮ついた気持ちも少しは落ち着いてきたような気がする。
このぶんなら、事務所に着く頃にはいつもの私に戻れる。
...戻れてしまう、捻くれ者の私に。



そのはず、だったのだが。

一台の車が、校門前に停まっているのが見えたのだ。
しかも、とても見覚えのある車。
忘れることも、見間違えることもありえない。
だって、この車は...。

「P、さん?」

「おうありす、お疲れさん」

他ならぬ、件のPさんの車なのだから。



「お疲れ様です...なぜここに?」

「いやほら、雨降ってるし?ありすもまだ事務所に来てないって聞いたからさ、もしかしたら傘忘れて困ってるんじゃないかなーって...出てきちゃった。ちょうど今ここに着いたところでさ、ナイスタイミングだな」

事務所からアイドルが出払っているということは、当然その担当プロデューサーであるこの人もそれに着いて行ってこの雨の中現場を駆けずり回っていたということ。

少しくらい事務所で休んでいればいいのに、この人は...。



「...名前。橘です」

そんなことはどうでもいい。
もっと他に言うべきことがあるはずだ。

「ははっ、いつまで経っても厳しいねえ...まあ、傘持ってるみたいだし要らん心配だったみたいだな。それもそうだよな、お前は俺なんかよりよっぽどしっかりしてるしな!」

そんなわけないじゃないですか。
あなたは大人で、私は子供...。



「いい大人なのに私のほうがしっかりしてるなんて。恥ずかしくないんですか」

「へいへい、善処しまーす...ま、来ちゃったもんは仕方ねえだろ?早く乗ってくれ、帰らないとちひろさんに...おぉ怖ぇ」

「別に私一人でも行けましたけど、せっかくなので乗せていただきます」

そうじゃない。
そんなことを言いたいんじゃないのに!



「...あの」

「うん?」

「...お迎え、ありがとうございます」

「おう、気にすんな」

...たった一言お礼を言うのに、どれだけ苦労しているのだろう。
自分の不器用さがつくづく嫌になる。



「なあありす、もうとっくに放課後だろ?なんで学校に残ってたんだ?」

「少し時間が空いていたので、宿題を。事務所より静かなので捗るかと思って」

「偉いなあ、手のかからない子で助かるよマジで...うちは大人でも手のかかるのが多くて多くて」

完全に保護者目線からとはいえ、想い人に褒められて悪い気などするはずもなく。
勝手に持ち上がりそうになる頬を全意志力で押さえつける。




「あと、橘です」

「別にいいじゃん、俺はかわいいと思うけどなーその名前」

「私は嫌なので」

嘘です、照れ隠しです。
この名前も、あなたが呼んでくれるから...大好きなあなたが呼んでくれるから、可愛いって言ってくれるから、少しは好きになれたんですよ?



「んじゃ偉い子へのご褒美ってことと、名前の迷惑料ってことで...レッスン終わったらいちごパフェ食べに行かない?好きだろ?いちご」

「...っ!ふ、2人で...ですか?」

「んーまぁそうなるかな...誰か呼びたいたら呼んでもいいけど」

なんてことだ。
大好きな人と、大好きなものを食べる。
そんな素晴らしいイベントが提示されるとは。
残って宿題をやろうとしたあの時の私に、心の中で深々と頭を下げる。



「.........」

「...あー、やっぱ俺と2人はイヤか?」

まさか、私が彼のことを嫌だなんて思うはずがないのに。
そんな本心も何故か言葉にはなってくれず、沈黙が場を支配する。

...ダメ。
ここでつまらない意地を張って断ったりしたら、私は長い間後悔することになる。絶対に!

同年代のアイドルたちのように、素直に喜んで好意に甘えられればいいのに...。
口下手でも甘え上手な子だっているのだから。



「.........いえ、せっかくのご提案ですから。行きましょう」

「おっ、やったぜ美少女とデートだ!」

「で、デートとかじゃありませんから!」

...やった。
やや上から目線になってしまったけど、自分としてはかなり良い答えが返せた...気がする。
見えないように、手は小さくガッツポーズ。



しかもこの人は今、デートだと言った。
どう考えても適当に言っただけとはいえ、それでも嬉しい。たまらなく嬉しい。

もう持ち上がる頬を抑えることなど不可能だ。下を向いて必死に誤魔化す。
ついでにどうしようもなく赤くなっているであろう耳も、髪のリボンを直すふりをして隠そうとした。


...我ながら、ちょろい女だとは思うけど。
それもこれも、全部あなたのせいなんですからね?
なんて、届くはずもない恨み言を運転席の背中に心の中で投げつける。



そこから先、事務所に着くまで。
色々と会話はあったはずだが、舞い上がる心と持ち上がる頬とを抑え込むのに必死だった私は何も覚えていない。

ただ、最後の一言。

「言い忘れてたけど、今日のレッスンはマストレさんのガチのやつだから。頑張れよ~」

「...は?」

これだけは、死の宣告のようにしっかりと脳裏に焼き付いている。

R要素はまだですか?


すみませんバイトしてました
(r18要素は)ないです。



マストレさんのレッスンは熾烈を極めた。
...私がいつも以上に動きが悪かったせいで。

「...どうした?橘、なにか悩みでもあるのか?」

元々動くのは得意ではないが、内心の動揺が輪をかけて動きを悪くしているようだ。
結局、こんな心配までされてしまう始末で。

「はぁ...はぁ...いえ、むしろ逆で...」

「逆?」

「はっ!...いえ、なんでもありません。もう一度お願いします」

私はアイドルで、お金を貰っているプロだから。
私的な理由でレッスンが疎かになるなどあってはならない。
自分の頬を強めに叩き、煩悩を振り払おうとする。



だけど、そうして入れ直したはずの気合いは無駄になってしまうのだった。

「...いや、今日はもういい」

「えっ?」

「お前も年頃だ、何かと考えることも多いのだろう?」

「いえ、そういうわけでは」

「あー、いいんだ。言いにくいことの一つや二つ、誰にでもあるものだ」

「あの」

「だが、相談できる悩みならいつでも聞くからな。お前はプロなんだ、できるだけ早く吹っ切れるように」

「あ」

「よし、今日はここまで!しっかりストレッチしておけよ!」

そう言い残し、マストレさんはレッスン室から去っていく。

...話せるわけがない。
「私はPさんのことが大好きで、今から彼とデート(仮)なんですよ!」なんて言った日には、どんな地獄が待っているのか。

以前、レッスンで力尽きて死体のように床に転がって動けなくなったことがあった。あんなの二度と御免だ。




なにはともあれ。
予定より早く解放された私は、Pさんの車でお店へと向かっている。

厳しいレッスンで浮ついた心も体も鎮まり。
お陰で、行きの車内ではいつもの私に戻れていた。
...いつもの、素直じゃなくて可愛げのない私。



しかし、いざお店に着いてみると。

「お待たせ、ここだぞ」

「...わぁ、お洒落なお店ですね」

てっきりファミレスあたりで済ませるのかと思っていたけど、ずいぶんお洒落で高そうなお店だ。
驚きのあまり、珍しく素直に感想が出てきた。

「だろ?事務所に残ってたアイドルたちに聞いてきたからな!」

...私といるときに、ほかの女性の話をしないでほしい。
あなたにとっての私は周りにやたらたくさんいる女性たちの一人...いや、それ以下の小娘なのかもしれませんけど。
でも、私にとってのあなたは世界でたった1人のプロデューサーで、たった1人の好きな人なんですから。




「いいんですか?支払い、高そうですけど」

そんな苛立ちからか、いつにも増して突っけんどんな声が出る。
...今回ばかりは彼にも多少非があると思う。

「俺1人ならそこらの牛丼でも食って帰るんだけどな、お前も来てくれるとなれば多少は頑張るさ」

「...つまり、私のせいで散財するハメになったということですか?」

なんてことを言うのだろう、この口は。
自分で自分を引っぱたいてやりたい。

「まさか!呼んだのは俺の方だぞ?それに、この程度の出費でこんなに可愛いお嬢さんとデートできるならむしろご褒美だよ」

そう言って、彼は私の頭をやや乱暴に撫で回す。

それだけで舞い上がる心の動揺など露ほども見せぬよう、頬を膨らませて形だけの抵抗を試みる。

「...恥ずかしいからやめてください」

この人はまたそんな適当なことを言って...。
それをいちいち真に受けて一喜一憂するこちらの身にもなってほしい。



そうして、私は彼との束の間の恋人ごっこを楽しんだ。
食べたものはどれも美味しかったような気がするけど、正直よく覚えていない。
お店の皆さんには申し訳ないけど、味よりも私と同じパフェをペロリと食べた彼の満面の笑みのほうがよっぽど印象深い。

私は彼の笑顔も大好きだ。
笑うときの彼の顔はなんだか子供っぽく見えて、高いところから私の手が届くところまで来てくれたような気になれるから。



楽しい時間は、あっという間に過ぎて。
私たちは、私の家への帰路に着いている。

いつの間にか雨は止み、雲も晴れ、大きな満月が夜空に輝いている。

そして、私の心も空の月のように満ち足りていた。



やっぱり私は、あなたのことが大好きです。

Pさんは鈍いから気づかないでしょうけど、今だってタブレットを見るふりをしながらミラー越しにあなたを見るのに忙しいんですよ?

本当は、後ろじゃなくて助手席に乗りたいです。
色々なことを、本当の私の声で話したいです。あなたの横顔を眺めていたいんです。

...ダメダメ、これ以上考えたらいつ口から漏れ出すかわからない。
どうにか思考を切り替えるため、特に見るものもないタブレットの電源を入れる。



そうして私の家の近くまで来た、ちょうどそのとき。
BGM程度に聞き流していた、リクエスト曲を延々と流すラジオから、世界でいちばん聞き慣れた曲が流れ出した。

曲名は、in fact。私のソロ曲だ。

何の因果かと思う。
見ればPさんも「なんだこれ、すげえ偶然だな!」なんて笑っている。

笑っているPさんとは対照的に、私は複雑な思いで聞き慣れた曲を聴き、脳に染み付いたその歌詞を反芻している。



真逆の心に、気づいてほしいだなんて。
そんな虫のいい話があっていいわけがない。
そんなの、ただのわがままだ。

想いは言葉に、行動にしないと伝わらないものなのだから。特にこの人間国宝級のニブチンさんには。

...なんて盛大で滑稽なブーメランなのだろう。
そんなことはわかっている。
わかっているのに、体は、口は思うように動いてくれない。



私が、まだ子供だから。
心も体も幼くて、弱いから。

好きな人に拒絶されるのが怖くて、自分のほうから好きな人を突っぱねている。

真逆の心の私は、本当の私を守る壁なのだ。
不器用な私が作った、不格好で歪なもう1人の私。
彼女がいる限り、私の本心が彼に見えることはなく...拒絶されることもないが、想いが届くことも絶対にない。

そして本当の私は弱くて怖がりで、そんな真逆の私にいつまでも隠れたまま...。



「おーい、着いたぞ」

Pさんの声にはっとして窓の外を見ると、そこは確かに私の家だった。
とっくに曲は流れ終わり、家の前に着いていたらしい。

「...どうした?もしかして、寝てる?」

Pさんが運転席からこちらを見る。
...私の中で、何かに火がついた。

「あれ?起きてはいる...よな?どうしたー?」

今日、ここで別れる前に。
この想いを伝えたい。



もちろん、心の内のすべてを伝えるのはまだ無理だ。
私はまだ子供で彼はもう大人...それ以前にアイドルと担当Pの関係なのだから。

でも、少しだけなら。
今なら、伝えられる気がする。
彼との束の間の恋人ごっこで抑えきれなくなった恋心が。
自分の曲を聞いたことで燃え上がった嘘つきで捻くれ者の私への対抗心が。
本当の私の背中を優しく、そして強く押す。

伝えるなら、きっと今。



「...Pさん」

「ん?」

「待てますか?」

「...へっ?」

...ああもう!
普段はよく回ると自負している口なのに。
どうしてこの人の前ではここまで口下手になるのだろう。



やっぱり、一部だけでも想いそのものを伝えるのは、まだ早いと思うし怖いので。

その代わりとして今からあなたに伝えるのは、私の想いの丈などではなく...ワガママな子供のお願いです。



学校を卒業して、本当の意味で大人になるまで待っていてほしいだなんて言いません。
私が、もう少しだけ素直になれるまで...真逆の私を押しのけて、この想いを伝えられるくらい強くなるまでで構いません。

...それでも無茶な話だとは承知の上です。
今のあなたに恋人がいないことは知っていますけど、周りには魅力的で素直で可愛い女性ばかり。
そんな人たちに囲まれた人に待っていてほしいだなんて、本当に困った駄々っ子です。



でも。
それでも、それを許してくれるのなら。
どうか、その時まで...。

「私を、待っていてくれますか?」

「...」



Pさんは、ポカンと私を見ている。
...無理もない。言ってることはさっきとほとんど同じな上、これは言葉足らずもいいところの私のワガママなのだから。

「んー...」

「ダメ、ですか...?」

ダメなら仕方がない。
私がもっと大人になって、また勇気を出せるその日を待つだけだ。
...相手を待たせようとして自分が待つとはどういうことなのだろうか。

その日まではまたもう1人の私と喧嘩しながら、あなたが誰のものにもならないことを祈って悶々とする日々が続くのだろう。

...我慢、できるかな。



「いや、待つよ。うん」

「やっぱりダメで...えっ?」

「だから待つって」

今度は私がポカンとする番だった。
...これは夢?それとも私の空想?



「正直何言ってんのかよくわかんないけどさ...」

「け、けど?」

「でも、お前が待てって言うなら待つよ...って、うわあ!?いきなりどうした!?」

「...えっ?私が、なにか...?」

「いやお前、なんで泣いてんの!?」

取り乱すPさんに言われて、ようやく気づいた。
私、泣いてるんだ。



待ってもらえるという嬉しさ、伝えられた達成感、相変わらず口下手な自分へのやるせなさ、まだまだ子供な自分への苦悩、その他にも色々。

心に押し込みきれず、あふれ出た様々な感情が、目から涙となってこぼれ落ちていく。

「ど、どこか痛いのか?苦しいのか?待ってろ、すぐに救急車...いや!まずは目の前にいるんだし親御さんに...!」

...ああ、この人はいつもそう。
私のことで私より喜んで、悲しんで、笑って、泣いて...今は取り乱している。



「なんですかいい大人がそんなに慌てて、まったくもう...えへへ...」

「なんだよ!泣いたり笑ったり忙しいねお前さん!」

Pさんみたいな大人が私みたいな子供を相手に冷や汗を流して慌てる姿を見ていたら、なんだか笑えてきてしまった。失礼なことだとは思うけど。

笑って泣いて、ぐちゃぐちゃだった心もスッキリした。
残ったのは、あなたへの「大好き」だけ。



「...では、今日のところはこれで。ごちそうさまでした...あと、お見苦しいところをお見せしました」

落ち着いた私は、軽い足取りで車を降りる。

「ま、なんともなさそうで何よりだ...じゃあな、また明日からよろしく」

Pさんはそう言い残し、窓を閉めて車を出そうとする。

だけど、その前に。



「あ、Pさん。最後に1ついいですか?」

「うん?どうした?」

軽率に待つと約束してしまった最愛の鈍感さんに、私は最高の笑顔でこう言ってやった。

「言質は取りましたから。もう逃げられませんからね?覚悟してください、Pさん?」



走り去る車を、満月の光を背に満面の笑顔で見送る。

...最後の最後に出てきていいところを持って行った本当の私には、普段からもう少し頑張ってほしい。

そんなことを考えながら、私はいつもより遅い時間に玄関をくぐるのだった。



これで終了です。
勢いだけで書き始めたけど意外と長くなったなあ…(想定外)
お付き合い頂いた方、(いらっしゃれば)ありがとうございました。


橘は可愛いなぁ!

ありすはひねくれた大人になっていきそうでかわいい

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