ガール「あたしの大嫌いな怪獣へ」(35)
あたしの町には怪獣がいるらしい
大きさは学校の体育館くらいだって
怪獣ってだけでも不思議なんだけど、この怪獣は
「うーん…あたしには見えないなあ」
「おいら見える」
見える人と見えない人がいる
「なーんで見えないんだろう」
「不思議だよな、大人はほとんどの奴が見えるらしいぜ、逆に子供はほとんどの奴が見えないんだってな」
「あなたはあたしよりちっちゃいのに大人なのかもね」
「もぉ褒めるのか、けなすのかどっちかにしろよぉ、反応に困るじゃねえか」
彼女はあいまいに笑いながら頬をポリポリと掻いた
「あーあ…近くまでくれば見えるかもって思ったのになあ」
「まあ元気出せよ、お子ちゃま」
「あっ!早速仕返しされた、本当に怪獣なんているのかなあ?」
「見えない奴はみーんなそう言うなあ、でもおいらにははっきり見えてるし、
大学の偉い先生もあいつがいるって認めたんだぜ」
「誰も触れないのにどうしているって言えるんだろう?」
「うーん難しい事は分かんねえけどさ、心だってさ見たことないし触れねえけどお前にも
おいらにもあるじゃん、だから触れねえ怪獣がいてもいいんじゃねえの?」
「なんかかっこいい事言った?もう一回いって!」
「もぉ…やだよぉ…恥ずかしい」
怪獣はいつの間にか街に住み始めたらしいんだ
カメラにも映らないからこの日には居たって証拠もないし
いつの間にか居たから誰もやってきた正確な日付が分からないんだって
「あいつ大体はこの灯台の丘でボーっと海を眺めてるんだぜ」
「え!大体ってことは動くの?」
「そりゃ動くよ、あっ今当たり前だろって顔でお前のこと見てるぜ」
「言葉も分かるんだ、ここ以外にはどこにいたりするの?」
「そうだな、海で水浴びしてたり、父ちゃん達の草野球みてたり、時計塔に登ってたりしてんなあ」
「ああ、暇なんだね」
「あと子供が好きなのか知らねえけどおいらの学校にも時々来たりしてたぜ」
「ふーん、あたしの転校する学校に…ん?来てた?」
「そ、ヒステリーで有名な音楽のおばちゃん先生がさ、授業の邪魔だって怒鳴ったら来なくなっちゃった」
「怪獣かわいそう」
「うん、怪獣好きの教頭は残念がってたぜ」
「教頭かわいそう」
怪獣は無口らしい
しゃべるどころか声もほとんど出さないんらしいけど
表情は豊かなんだって
「おいらの隣の夫婦が庭で喧嘩してるとき偶然怪獣が通りかかったらしいんだけど
ずーっと悲しそうな顔で見てたんだぜ」
「優しい子なのかな?」
「どうだろう?あいつのせいで町中の人に夫婦喧嘩してるの知られたからなあ」
「うーん…びみょうな所だね」
怪獣は物も食べられるらしい
触れないのに…食べれるってどういうことなんだろう
「どうだ?一カ月くらい経ったけど学校とか町とか怪獣とか慣れた?」
「うん、学校はなれたよ、あなた以外にも友達もできたし」
「でもおいらが一番だろ?おいらかわいいし」
「うん、あなたが一番かな、かわいいし」
「もぉ…ツッコめよぉ」
「怪獣は見えないから何ともだけど、町も分かって来たかな、学校への近道とかジャスコとかここの駄菓子屋さんとか」
「そりゃよかったな、あ、アイス当たりじゃね?」
「本当だ!ラッキーだけど二つも食べたらお腹壊すなあ」
「じゃあおいらにくれよ。おいらアイス大好き」
「どれくらい?」
「お前くらい、あ、噂をすれば」
「おねだり上手だなあ、って怪獣来てるの?」
「うん、駄菓子屋にもちょいちょい来るんだ。お菓子くれる奴多いからさ」
「そう、それなんだよ。この前怪獣がご飯食べるっていったよね?」
「言ったぜ」
「触れないのにどうやって食べるの?前説明してくれなかったでしょ」
「うーん口でいうのが難しんだよなあ…そうだ見せてやるから待ってて」
彼女は当り棒を持って、テテテと走って行った。
「バニラにしたんだ。おいしいよね」
「うん、おいしいよな、一口かじって」
「?うん、おいしいよ」
「よし、おいらかじって、んまい、んじゃ見てな」
そういうと今度はテテテと走って空中にかじりかけのアイスを掲げた
怪獣に食べさせてるのかな?すぐに戻ってきた
「ほらもう一口かじってみな」
「うん…うん?うーん?うう」
「味しねえだろう?」
「うん、水より味しない」
「理屈は知らんけど味だけ食うらしいんだ
あいつの口元に食べ物持っていくと味を持ってかれるんだぜ」
「すごい!のかなあ?」
「知らん、つめてえっ」
「味が無いのによく食べられるね」
「冷たいしいいじゃん」
怪獣は泳ぐのが結構好きらしい
毎日じゃないけどよく海に降りてきて遊んでるんだって
「やーっと明日から夏休みだな、勉強しなくてすむぜ」
「?宿題いっぱいでてたでしょ」
「せっかく自由になったのに嫌な事いうなよ、今日は嫌なこと忘れて泳ごうぜ」
「そうだね、せっかく海に来たんだし楽しく泳ごうか」
「じゃあ準備体操終わったら怪獣のいるあのプイまで競争しようぜ」
「あの辺りに人が多いと思ったら、また怪獣いるんだ」
「おいらも最近気づいたけどあいつ結構アグレッシブだな」
「水浴びかな?」
「そんなとこじゃね?海で見る時はいっつも背泳ぎしてるか仰向けに浮いてるな」
「背泳ぎ…ますます見たいな」
「そんないいもんじゃねえぜ、腹が出てるからそれ以外の泳ぎ方できな…あ睨んでる」
「耳もいいんだね」
怪獣は野球が好きらしい
お父さん達が草野球をやってると三試合に一試合くらい見に来るんだって
「はあ…この前夏休み始まるって話してたのに、もう終わりかよ」
「あっという間だったね、楽しかったなあ、花火大会とかキャンプとか、あっホームラン」
「まーた父ちゃん打たれてる、あ怪獣に当たった」
「……出かけるたびにあの子いる気がするんだけど」
「そうか?まああいつ野球見るの好きだしな」
「そういうば言ってたね、あたしたちが出会った日だよね」
「怪獣を見せてやった日だよな、もう半年ぐらいになるんだな」
「これからもこんな風にあっという間に時間が過ぎるのかな」
「やだなあ、おいらいじわるな婆さんになりそうだな」
「あたしはあなたと一緒におばあちゃんになれるなら嬉しいな」
「なんか臭えセリフいった?もっかいいえよ」
「あなたと一緒におばあちゃんになれたら嬉しい」
「あれ?」
「あなたと一緒におばあちゃんになれたら嬉しい」
「もぉ…やめろよ…こっちが恥ずかしいよぉ」
「あ、また打った」
「はあ…学校ダリいせいで体までだるいぜ」
怪獣は物にも人にも触れないらしい
勿論あたしは見えないし触れないけど
息だけは感じることができる
臭いはしなかったけどちょっと生温かく気持ち悪かったな
「ふーん触れないけど鼻息とか吐息で動くようなものは動かせるんだ」
「ゴホゴっ…そうだぜ。」
「風邪?外で遊んでちゃだめだよ」
「大丈夫だって、ちょっと喉がイガってなっただけだから、それより早く選ぼうぜ」
「そう?大丈夫ならいいけど、ここら辺にできてる落ち葉の山って」
「うん、あいつが掃除したんだぜ」
「へーいい子なんだね、落ち葉を掃除するなんて」
「褒められて喜んでるぜ、まあ打算的ではあるけどな」
「ねえ、やっぱりあの子いつもいない?気のせいじゃない気がする」
「おいらは気のせいじゃない気がしないぜ。ほらイモ焼こうぜ」
「それに子供だけで火を使うのも危ないしやめようよ」
「しゃーねえな。見てろよ」
そういうと彼女は近くの落ち葉の山にライターで火をつけた。小さいが火だし早く消さなきゃ
「ほら、おい!消してくれよ」
言ったとたんに上の方から凄い冷たい風が吹いて火が消えた。いや消されたのかな
「な、こいつが消してくれるから火事にはなんねえよ」
「うん…でも落ち葉すっごい待ってる」
「ううーん、ま、まあ他の落ち葉の山使えばいいじゃん」
・・・・・・
「はい!これ学校のプリントね」
「今日も来てくれたんだな、サンキュー」
「もう一週間になるね、大丈夫?」
「うん、熱もだいぶ下がったし、喉も痛く無くなってきたし明日くらいにはいけると思う」
「よかった、みんな心配してるよ」
「ごめんなぁ、おいら遊べもしないのに毎日マスク付けて家に来させて」
「あたしが好きで来てるだけだよ、それに謝る気持ちがあるなら早く元気になってね」
「うん…」
・・・・・・・・・・・
「入院って…大丈夫なの?」
「うん、検査入院つってどういう病気か調べるだけなんだぜ、騒がしてごめんな」
「本当に?本当に大丈夫なの?」
「心配すんなって?熱が下がらないからって父ちゃんがちょっと過敏になってるだけなんだ、まあ母ちゃんのことあったからしょうがねえんだけどさ」
「うん、ちゃんとご飯食べてね」
「分かってるって、それより病院ってなんで生臭えんだろうな、おいしくない給食の煮ものみたいな臭いしね?」
・・・
「こんにちは」
「おう、また来てくれたんだ?メロン食う?」
「食う」
・・・・・・・
「こんにちは」
「おう、ありがとうな、千羽鶴って結構かさばるのな」
「引き出しに入れないでちゃんと吊るしてよ」
・・・・・・・・・・・
「こんにちは」
「おう」
「今日はね、今日は給食にハゲーンダックが出たから持ってきたよ」
「ありがとな」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「こんにちは」
「おう」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「こんにちは」
「おう」
・
「こんにちは」
「おう…」
「ちゃんとご飯食べた?今日はね、久しぶりに学校に怪獣がきたらしくて体育の」
「もう…いいんだぜ」
「ど、どうしたの?」
「もう…おいらなんかにかまわなくてもさ…」
「ご、ごめん、詰まんない話だったよね」
「詰まんないのはおいらだよ…あ、謝らなきゃいけないのも…おいらだよ」
「なあ…もう三カ月だぜ、お前毎日ここにきてくれてるよな?」
「ベッドに寝てるだけのやつなんかと話してもつまんねえのに…父ちゃんだろ?父ちゃんがおいらの事…見捨てないでって頼んでるから…だろ?」
「違うよ!ちが…ちが…」
涙が止まらなかった。何故だかとてもとてもとても悲しく。悲しくて言葉が涙に押し戻されるように喉がうまく動かない。
「友達…友達だから」
彼女が前よりずっと細くなった腕であたしを抱きよせた
あたしは痩せてしまった彼女を抱えるようにして泣いていたと思う。
その日は多分ずーっと二人で泣いてた
「…こんにちは」
「…おう」
「…」
「…」
「…」
「あの…」
「昨日はごめんな」
「あ、あたしのほうこそごめんね、なんか変な感じだったから」
「転院が決まったんだ。遠くの街の大病院」
「え?」
「母ちゃんが死んだのとおんなじ病気だったんだって」
「…ええ」
「そ、そんな顔するなよ!今はさ、昔と違ってちゃんと治るんだって。ほら!おいら若いから治る確率も高いんだって」
「……」
「だからもう会えない…と思う」
「…治る…までだよね?治ったらまた…」
「う…うん…うん…うううごめ…また泣きそ…」
「うん…うん…」
「恥ずかしいとこばっかみせてごめんな…」
「うん……うん」
「こわいよ…おいら…死にたくない」
「うん…う…ん」
怪獣は時々歌う。
どうして歌うか知っている人はあんまりいない。
学校の帰り、何故だか彼女に会える気がした
あたしは灯台のある丘まで来ていた
そこにはずんぐりとした白くて巨大なぼた餅みたいな怪獣が
優しい瞳で海の向こうにあるどこかを眺めていた
怪獣はあたしに気が付くと、こちらに顔を向けて
彼女は嬉しそうに目を細めた
「なんで…なんで見えちゃうんだよ…なんで…」
慰めるように彼女はあたしに頭をよせた
触れられないの。触れられないのに泣きたくなるほどにあったかかった
その日は夜なが怪獣が歌を歌い続けていた。優しくて悲しい歌だった。
あたしの大好きで大嫌いな怪獣へ
不思議だったあなたの事がちょっとだけ分かったよ
触れられないし、見えなくてもそこにあるもの
君はそんな生き物だったんだね。
さようなら
おわり
なんとなく星新一の「午後の恐竜」を思い出した
向こうはもっと具体的な話だけど、なんとなくね
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