志保「可奈の才能、私の才能」【ミリマス】 (15)
私には才能がないのだろうか。
最近、私の技術が伸びてないように感じる。
アイドルには歌、ダンス、あとビジュアルの要素が必要なのだけど、どれも得意なものではない。
それだけにレッスンが必要になるのだけど、何かを得たとするならば、何かが抜けていってる気がするのだ。
何かを1つだけを極めていくのだったら、自分の性分に合ってるし、時間さえ貰えれば成し遂げられる気がする。いや成し遂げられる。
ただアイドルとしてやっていくためには、様々なことをやれなければならない。
事務所の同僚たちを比べると、自分の実力不足を痛感させられることが多い。
練習時間では確実に負けていない。もちろん闇雲に時間さえとればいいとも思っていない。体調管理をしながら効率を考えレッスンに取り組んでいる。
それなのに、いつのまにか同僚たちにはどんどん抜かされていく。だがそのことに失望し、その足を止めるわけにはいかない。足を止めたが最後、同僚たちにはさらに距離を開けられ、取り残されるだけだから。
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逃れられない呪いを抱えたまま、重い足取りで事務所に向かっていると、不意に後ろから声を掛けられた。
振り返れば、知らない女性、というよりかは同い年ぐらいの女の子。
「なにかしら? あなたには見覚えがないのだけど」
私の返答に声かけてきた女の子は「ひっ」と声をもらし身をすくめた。
最近思い詰めていたこともあって、どうしてもトゲがある言い方になってしまった。よく考えてみたら、自分はアイドルなのだ、万が一にもファンという可能性もある。
「ごめんなさい、少し考え事をしてて。キツイ言い方になってしまったようね」
気持ち、笑顔をみせると女の子はそれに安心したようで、少し緊張感を解いて「いえ、私も急に話しかけましたからっ」と返事をしてくれた。
「それで……あの……北沢さんですよね?」
「ええ」
そう返事をすると女の子は続けた。
「私、矢吹可奈さんと同じ中学校の者で、矢吹さんに伝えてほしいことがあるんです」
ああ、可奈への用事か。心のどこかで私のファンかと思ってしまった自分が恥ずかしい。
同じ中学校なら話すチャンスもあるでしょう。用事があるなら直接言ったらどうかしら?」
「いえ、矢吹さんには断られてしまって……それで矢吹さんと仲がいい北沢さんから伝えて欲しいんです」
なぜ、他校の生徒にも可奈と私の仲が伝わっているのだろうか。多分、あの子がよく私の名前を出してるのだろう。
たしかに可奈とは仲が悪くはない。ただ、可奈からの情報源のみしか耳に入っていない彼女の「仲がいい」と実際の関係には齟齬があるかもしれない。
あの子は愛情表現が過剰すぎる、それだけに大親友とまで見なされている可能性もある。
いちいち否定していたら面倒だから、そこには言及しなかった。
「……で、可奈には何を伝えればいいのかしら? 場合によっては私がそれを伝え忘れてしまう可能性もあるのだけど」
伝えることに責任をとらないことはアピールしておく、そもそもこの子の素性も知らないわけではあるし、面倒事には巻き込まれたくない。これ以上悩みは増やしたくないのだ。
「あの……矢吹さんには吹奏楽部に入ってほしいんです!」
女の子はそう切り出した。
◆
頭を抱えながら事務所につく、すでに彼女との会話は終わり、別れたけどどっと疲れた。
最初はどこか話すことに慣れてないオドオドとした印象を持ったけど、それは違った。
事務所の誰かさんみたいにスイッチが入ると延々と話出すタイプみたいで、思わず気落とされた。
彼女は唾を飛ばす勢いで熱弁していたが要約すると「矢吹可奈はクラリネットがうまいのでぜひ吹奏楽部に入ってほしい」とのことだ。
伝えようか、伝えまいか、悩んでいた間にレッスンの時間になってしまったので、そちらに向かった。
レッスンの内容はダッスンレッスン。まだまだ先だと思ってたライブも日も今月に迫っていた。
ああ、自分の実力とは裏腹に時間だけは過ぎてゆく。才能は不公平なのに時間は誰にもしも公平である、という当たり前の事実が私にとってあまりにも残酷だった。
このステップはなんとかできたと気が緩むと次の今までできていたなんともないステップをミスしてしまう。
意識しないようにと考えてみるも、意識しないように考えている時点ですでに意識してしまっているようなものだ。
どうにも体が思うように動いてくれない。自分がドツボにハマッているのが、トレーナーにも伝わったみたいで一旦休憩を入れてくれた。
ただ、そのこと自体も自分に気を遣われていることが感じられて不本意だった。
自分に居場所のなさを感じて部屋の隅の方で小さく座っていると、私に話しかけてきた人物がいた。
話しかけるなオーラを出してるのにもかかわらず、いつも通りの笑顔で話しかけてくるような人なんて、この子ぐらいしかいない。
そう、可奈だ。
「志保ちゃんお疲れさま~。汗をふいて~レッスンレッスン~♪」
彼女には悪気はない。ただ自分自身に苛立っているときに、自作の歌を能天気に聞かされてはなかなか平静が保てない。
私はわざとらしく大きくため息をついて、ふともらした。
「可奈がうらやましいわ」
私の発言が彼女にとって、珍しかったようで、一瞬目を丸くしたあと「私も志保ちゃんがうらやましいよ」なんて言って横に座ってきた。全く私のどこがうらやましいのか。
「ねえ、可奈、自分自身の才能について考えたことある?」
「え、才能? うーん何で?」
「今日来る途中に可奈の同級生の子に吹奏楽部に入ってほしいと言われたからふと思って」
「あーあの子! 志保ちゃんにまで言いに来たんだ。なんだかごめんね」
「謝る必要なんかないわ。ただ……可奈は楽器の演奏の才能があるから。やってもいいんじゃないかなと思って」
「才能なんかないよー! しかももうライブも近いし私はアイドル1本でいきたいんだ」
アイドル1本。ああうらやましい。私には選択肢がない。お金の事情と自身の才能を考えたらもうアイドル以外選択肢が残ってないのだ。
もし私が部活を始めるのなら、学校推薦で学費が免除になるくらいの実力が必要になってくる。そうならないと意味がない。
まぁそんなことを始めてもあまりにも遅すぎるし、私は何かの才能もないのだけれど。
可奈は続けた。
「それに毎日練習してる吹奏楽部の人たちに比べたらきっと下手っぴだよ」
そうだろうか? きっと可奈は大成する。才能ある大型新人にあっさり実力を抜かされ、枕を濡らす先輩方もいるだろう。世にあふれた話だ。
「ねえ、可奈? 自分が将来好きなことをしてお金を稼ぐには才能が必要ってのは分かってる?」
「うーん?」
あまり分かってない様子だ。
「努力や過程は評価されないわ。実力がすべて。だからこそ実力をつけなければいけない。失礼な言い方になるかもしれないけれど可奈は悩んだことがない?」
「例えば?」
「可奈で言えば歌ね。最初はどうかなと思ってけど、だんだんうまくなってきている。でも……努力して人並み程度になったことで意味はあるの? それだったら才能があることに磨きをかけていってて上を目指す方がずっと効率がいい」
しかも可奈はこう見えて楽器の演奏や絵描きなどマルチな才能があるのだから、そっちを優先していった方が彼女の将来のためになる。
「意味はあるよ」
「え?」
答えがでないであろう問題に即答され、こっちが困惑してしまう。
可奈は続ける。
「だって私は歌が好きだもん」
「あのね、可奈。才能ってことは一芸に長けていることで、好きなんてことは才能でもなんでもな」
言葉を言いきらないうちに可奈に否定された。
「私は歌うことが好き。歌に乗せてこの気持ちを届けたい。それができるようになるための歌の練習だったらいくらでもやるよ、覚悟はできてる」
思わず引き込まれるような強い瞳だった。
「可奈……」
「私が才能があるとすれば歌が好きってことだよ。志保ちゃんは好き、は才能だって思わない?」
先ほどまでは違うと思ったけど、可奈の話を聞いてそれを改めた。好きなもののために努力を惜しまないのだったら、それは才能かもしれない。でも……
「そこまで好きだって思って練習して、それでも自分に才能がないって分かったらどうするの?」
「私はうれしいかな。矢吹かな~なんちゃって」
「ちょっと可奈、私は真剣に聞いてるのよ」
私は真剣に聞いているのにふざけた返答をしてきた可奈を少し睨んだ。才能がないことはすなわち絶望だろう。恨むなら両親か己の境遇か。
いや私の環境は良いものとは言い難いけど、幸い努力ができる状況ではある。なら結果がでなかったとするならば自分の責任だ。
もちろんこれ以上の努力はきっとあろうけど、できる限りのことはやってきている。これがすべて無駄と知った日は……考えたくもない。
「私が歌の才能がないって気付ける日は歌に全人生を費やしたあとだからね。そこまで思えるほど、歌と心中できるなら私は幸せだよ」
可奈のあまりにも真剣すぎる回答に驚かされて、ついいつもの調子でアラを突いてしまう
「相変わらず甘いわね。歌のお仕事が来ないのだったら、そもそも食べていけないよ」
「そのときは歌に関わる仕事でもすればいいし、歌はどこでも歌えるよ」
「将来について真剣に考えているの?」
「将来よりも~今を生きるのさ~」
可奈はそう歌って先に立ち上がった。時計を見ればそろそろレッスンが再開する時間だ。
私は可奈の背中越しに「私に才能はあると思う?」と聞いた。が、すぐに後悔した。そんなことを聞かれても可奈も困るだろうし、慰めの答えなんて求めてないのだから。
私の質問を聞いて、可奈はくるっと振り返って言ってくれた。
「志保ちゃんはいろんなすごいところがあると思うけどな~、でも強いていうなら努力する才能があるかな」
「努力する……才能……」
「ほらいこっ志保ちゃん!」
先に立ち上がった可奈に手を差し出されたので、それを握って立ち上がる。
才能。英語で言うならギフト。
神様の贈り物が努力する才能とやらなら、私は努力し続けなければいけないのではないか。もっと分かりやすい才能をくれてもよかったのに。そう思い苦笑する。
自分自身の能力は上がっていない。でも気持ちの面では少し違う。もう少し頑張ってみてもいいんじゃないかと思った。諦めの悪い親友のおかげで。
私は可奈に連れられて再びレッスンに向かうのだった。
ありがとうございました
こういう関係好き、乙です
>>1
北沢志保(14)Vi/Fa
http://i.imgur.com/gVLQiiV.png
http://i.imgur.com/SOfcYG2.jpg
>>5
矢吹可奈(14)Vo/Pr
http://i.imgur.com/b2FNm4V.png
http://i.imgur.com/kB9imcc.png
確か可奈は合唱部に入ってたよね?
志保はどっちかと言えば律子タイプ
一度失敗したりすると根詰めしすぎて失敗が多くなる
そうすると、余計に根詰めしてって負のリサイクルができる感じ
>>13
2枚目の不器用な志保すこ
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