~ロウロの森~
魔女「──つまり、良いかしら? 人狼族は満月以外でも凶暴性が色濃く残るの」
「グルルルルルッ」
魔女「目に見えて狼よりも、人狼のほうが、ヒトガタに対して敵意を持っているでしょう?」
男「ええ。確かにその通りですね、ご主人様がかっておられる狼よりも凶暴にみえます」
魔女「それは彼らに『知識』が備わっているからなのよ」
男「知識ですか?」
魔女「彼らは知っているのよ。我々ヒトガタは、彼らに対し強力な対抗手段を持っていると。そう…」
魔女「人狼族では決して持ちえない、絶対的なチカラを」スッ
ぽわぁ
男「おぉ…」
魔女「【フリーズ】」
「ギャウッ!!」パキィン
男「うわっ!? 足が四本…同時に凍りましたね…?」
魔女「ふふふ。良い目の付け所ね、予め各ポイントの定め低級魔法を放ったのよ」
男「低コストで最高のパフォーマンスを生み出す。勉強になります、ご主人様」ペコ
魔女「良いのよ。うふふ、そんな褒めなくても。ふふふ…」
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魔女「さあ、次はあなたの番。教えたとおり、私と同じように魔法を放ってみて」ポワァ
魔女「氷は溶かしてあげるわ、【バニッシュ】」ズズズ…
男「………」ソワソワ
魔女「不安かしら? ええ、わかるわ。初めて魔物相手に放つには緊張するでしょうから」
男「あ、いえ、そうではなく……」
魔女「なにか他に問題でもあるかしら?」
男「めっ、滅相もございません! ここまでお膳立てされて、出来無いなどど…!」
男「…ですが…」チラリ
「きゅーん」
男「……」
魔女「怖じ気ついた? でも、やらなきゃならないことよ、これは」
魔女「──この人狼はヒトガタを喰い殺した。つまり、近隣の村から依頼された立派な仕事」
男「ええ。わかっております、ご主人様」
魔女「なら期待してるわ」
ぽわぁ
魔女「詠唱しなさい」
男「…フリーズ」グッ
「ギャッ──」パキィーーーン
魔女「!」ピク
男「…すみません、ご主人様…」
魔女「これは、どういうつもりかしら?」
男「どうやら魔翌力を込めすぎてしまったようで…人狼自体を氷漬けに…」
魔女「そう」
スタスタ
男「駄目、でしょうか?」
魔女「………」ツンツン
男「ふむぐゅっ」ぶにっ
魔女「甘いわね、それは甘いのよ。わかっているのかしら? うん?」つんつん
男「ふぁい、ふぇ、わかっ、ふぁい!」ブニブニ
魔女「魔法とは効率よ。無駄遣いはご法度、幾らあなたが彼らに慈悲を施そうとも───」
魔女「その手段と用途は、きちんと洗練化ものでないと濁りを残すわ」ツンツンツンツン
男「うぅ…すみません…!」
魔女「なんです? この不細工な氷漬けは? 魔翌力の無駄ここに極まれりですよ?」
スッ
魔女「しかし、まあ今回は見逃してあげましょう。良いですよ、わたしも機嫌が良いですからね」
男「あ、ありがたいお言葉、感謝します…!」
魔女「後片付けは任せますからね。村人への依頼完了の手紙は明日までに」
男「かしこまりました。仰せのままに」スッ
魔女「ええ。では先に屋敷に戻ってるわ」
スタスタ
スタスタ…
スタ…
魔女「………」チラ
男「よいしょ、うんこらしょ、うぉおおー!」ゴロゴロゴロ
魔女「………っ」ぎゅっ
魔女「……いい…」ボソ
魔女「すっごくいいっ!! かっこいい!! まったくなんなの!? あのニンゲン!?」キャーッ
魔女(あの顔立ち、立ち振舞い、そして声質に性格まで! ぜんぶ私の好みマックスヒートなんですけど!?)
魔女(すごい、すごい、すごい、ここ二百年、いいえ三百五十年…いままで例を見ない程のパーフェクト…!)
ドキドキドキ ドキドキドキ
魔女「き、、きてるわー…これ、きちゃってるわ~…これ…」キューン
魔女(いいの? わたし魔女なのに、こんなイケメン捕まえて従者にしちゃおっかなとか、そんな幸せアリなの?)
魔女「………」スッ
魔女「……遠く、遠くに居を構える六人の同胞たち…わたし、やっと幸せになりそうだよ…」ホロリ
ぐぐっ
魔女「はぁ~、テンション上がっちゃった。あとで紅茶入れてもらおっと、えへへ」ルンルン
魔女(でも運が良かったな、本当に。わたし魔女なのにさ、あんなイケメンを森で拾っちゃうなんてさ)
~~~
人里離れた森の奥、そのまた奥の、ロクロの森の中心。
魔物すら近寄らない【孤高の魔女】が住まう場所。
魔女「……」
老木の大きなうろに隠れるようにして倒れていた、そのニンゲンを、
人を嫌う魔女たちとは違い、人の世と関係を保った唯一の魔女は、
男「………」
魔女(やだ、イケメン)キュン
速攻、屋敷へと持ち帰った。普段なら渋って使わない浮翌遊魔法すら放った、あの日から。
~~~
はじめの頃、彼は酷く記憶に障害と、この状況に混乱しているようだった。
男「私は…なぜこのような場所に…?」
そんなの魔女の方こそききたかったわけだが、今はどうだってよかったのだ。
魔女(やだ。やっぱカッコイイ)キュン
起き上がった彼も、その発するハスキーボイスも、すべて魔女にはドストライクだった。
もうメロメロだった。ニンゲンに害する存在である魔女は心の底から思った。
~~~
それからすぐに彼は、魔女の仕事を手伝うようになった。
なんでも動いていないと不安だという。彼は率先して魔女に教えを請い、
そしてすぐさま魔女が行う仕事内容を全て覚え、洗練かしていく。
男「ご主人様」
魔女「なにかしら?」ニンマリ
そしてちゃっかりご主人様と呼ばせることにも成功した、ほくほく顔の魔女だった。
男「…ご主人様」
魔女「良いのよ。すべて私に任せて、貴方はここで全てを学びなさい」
男「ありがとう、ございます」
魔女「………」キュン
すべては順風満帆。彼女は魔女らしからぬ満面な笑みで遠い未来を脳内で描いてみせる。
そう、これは数百年前から望みに望んだ悲願の希望。
魔女「…イケメン従者を、私にメロメロでとんでもないハイスペック従者を…」
作り上げてやるんだって。
~~~
魔女(そして、私は彼を立派な従者にしようと、奮闘するのでした──と)パタン
魔女「数百年代わり映えのしなかった日記が、途端に勢いを増したわね、うん」コトリ
魔女「だって…仕方ないじゃない…そんなのもう仕方ないでしょう…」
「ご主人様。紅茶を持ってまいりました」コンコン
魔女「ッ!? え、ええ、入っていいわ」エホン
男「失礼します」
魔女「早かったわね。もう後処理は済ませたのかしら?」
男「抜かりなく。拠点ポイントに手紙を投函、人狼の遺体は処理しました」ペコリ
魔女(良い、その綺麗で鮮麗なお辞儀、良い)
魔女「そう。ならいいわ、わたしも事後処理を終わらせたところよ」
男「ご主人様」
魔女「? なにかしら?」
男「私は貴方様にお救いいただいた身、不甲斐ないばかりですが出来ることはやってみせましょう」
男「ですから、なんなりとお申し付けください」
魔女「あ…いえ、その、これは別に個人的なものであって、気にしないでいいのよ?」
男「…恐悦至極、お言葉、痛み入ります」ペコ
魔女(ああっ! その申し訳無さそうな表情も……グッとくる……)
男「どうぞ」カチャ
魔女「ありがとう、いただくわ。さて、残った予定はどうなっているかしら?」
男「はい。今晩は、至極の御方たちの定例報告会、魔女会議が行われますが…」
男「その報告内容である、近隣の魔物討伐依頼は軒並み完了し、王国から依頼されたポーションも完成」
男「明日、行商人が拠点ポイントに訪れるでしょう」
魔女「では、すべて終わらせたのね」
男「これもご主人様の素晴らしい手腕があってこそ。感服いたします」
魔女「世辞は良いわ。ああそういえば、今回のポーション制作で消費したアイテムはどうなっているかしら」
男「こちらになります」スッ
魔女「……。まさか全て把握して、書き留めたの?」
男「抜かりなく」ペコ
魔女(イイッ!)
男「なにか至らない部分がありましたら、仰ってください」
魔女「……!」ピク
魔女(い、いまだっ、よし、よし! 絶対にこのタイミングだ!)ポワァ
魔女「良いわ。貴方は私が見込んだニンゲン、…どうミスを起こそうとも私は受け入れましょう」
男「………!」
魔女「未だ先程の魔法鍛錬の後悔が、そう長引くようならば私にも否があるようなもの」
魔女「──また、魔法の練習にいきましょうね」ニコ
プワワワァ~~~~ン
魔女(どうよコレ!? 魔女保有スキル『魅了』に高位魔法【ナバンガナ】との複合極太アピール!)
魔女(この絶大なる圧倒的な魔翌力波をその身に受ければ──!)
男「ご主人様…」
魔女(さすがに……さすがに…? ね…?)パチンパチン
男「ありがたいお言葉…! 非常に感謝いたします…!」ペコォーッ
男「では私はこれから抜かりなく魔法鍛錬に勤しみます! 明日、またご教授のほどお願いします!」ペコペコ
魔女「…うん…」
~~~
魔女(まったく魅了されない…)ぐてー
魔女(いや信頼されてると思うし、嫌われてないと思うんだけど、イチマチどうもメロってくれないっていうか…)
魔女(しかし、魅了魔法とウィッチの最上級スキルを持ってしても靡かないか──)
魔女(彼を拾って一ヶ月。そろそろ何かしらアクションあってもおかしくない、と思うんだけど)
魔女(けれど、拾ったときから感じていた彼からの魔翌力量…ニンゲンにしては規格外だった…)
魔女「…魔法ドシロートが、低級魔法で人狼を氷漬けにしたし」
魔女(うぬあー! まさか漏れ出した魔翌力が魅了を弾いてる? そんなの聞いたこと無い! どういう理屈よそれ!?)
魔女「あぁ…自分にメロメロのイケメン従者、ほしいなぁ…」ボソリ
『まーた言ってるよ、この薄幸ウィッチが』
『ミリーはダメ、だっていつも、ボンノウ垂れ流し』
『ガハハ! ここ数百年ロクに従者の一人も捕まえらんねーやつが言うセリフかよ!』
魔女「うぐッ…! るさいわねッ! 良いじゃない夢を語るぐらい…!」
『アンタねぇ、いま大事な魔女会議中よ? パスを通してる身にもなってほしいんだけど?』
『さっきからミリーの人形、下半身カクカクしてる、ボウンノウ垂れ流し』
魔女「え、うそっ、ヤダ! 本当じゃない!」カァァ
『おぅわッ!? ちょっとッ!? いま『人形劇』を通して…うへぇぇぇええ…吐きそう…』
『ボンノウ垂れ流しタイム』
『おッ? こりゃミリーの色欲の波長か? ガッハッハッハッ! 百年寝かしたビンテージもんだな!』
『ハァ~~…ねえミリー? 幾ら分割思考がヘタでも人形に送るのやめてくんない?』
魔女「…ごめん、いま二番から三番に切り替えるわ」キュウウン…
魔女(遠距離通話装置、マジックアイテム『パペットショー』。魔女保有スキルである分割思考、その一部を人形に付与させる)
ミリー人形「……」カクカク…
魔女(小型の舞台に並び立つ人形、計五体が、遠く離れた同胞たちの同じ舞台とリンクし言葉を伝える)
世に害をなすとされる魔女たちが、夜な夜な会議を行うための重要な通話手段。
『つぅかさ、なんでまたアタシたちだけしか集まってないの? これ定例集会よね?』
『くっきーはいるよ、だから五人だよ』
『……居たのねクッキー、唸り声でいいから返事してよ』
『ぐぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』
『うるッ!?』
『くっきーは今日も元気、いいこと、いいことだよくっきー』
『あーもうッ! これだから見た目の形成に拘らないウィッチは…!!』
『今日も元気だな、クッキーちゃんは。うっし、オレもいっちょ男のひとりかっぱらってくるかね!』
『だーから定例集会だっつってんでしょーがッ! 行くなッ! ここに居なさいッ!』
魔女「…そろそろ報告、いいかしら?」
『さっさと済ませちゃって良いわよ…! まったく、一人足んないけどべつにいいわよね?』
『クロックもかまわない』
『……』
『くっきーもいいって』
『ほ、ほんとうに? なにも聞こえないけど…』
『クッキーちゃんはブルレッドに怒られてイジケてんだ。おーおーくぁいそうに…』
『あ、あたしのせいだっていいたいワケ!? ストロングは!?』
魔女「あなた達…私にとやかく言う割に自由よね、本当に…」
~一時間後~
『…やるわね』
『すごい、みりー、やるやる』
『うむ。さすがは孤高の魔女と呼ばれるだけはある、いや、マジでな』
魔女「そりゃあね。ニンゲンと直接的な関わり合いを持っているの、私ぐらいだもの」
『ウィッチが王国との繋がりを得るなんて、ここ百年間であったかしら?』
『みりー、ねえねえみりー、それってウワサの王女様がかかったノロイ?』
魔女「そうよ。どこぞの良からぬ貴族様がまた至らぬ魔法に手を出した結果みたい」
『ニンゲンの男つーのはいつの時代も女々しい限りだぜ』
『つぅか、今のニンゲンが魔法なんて使えるわけないでしょ。魔術って呼びなさい、ミリー』
魔女「魔術? ああ、巷じゃそう呼ばれてるらしいわね…」
『そうよ。二百年前と比べニンゲン達の質は落ちた、もう奴らはそこまで万能じゃないわ』
『くっきーも嘆いてました、おとこまるかじりしても、おいしくないって』
『きゅーんきゅーん』
『こりゃそろそろアレか? こんなチンケな会議してねーで、本格的に行動するタイミングか?』
魔女「………」
『ストロングに賛成。いまいち集まりの悪い人形劇を続けても、埒が明かないと思うし』
『クロックはもうちょっと遊びたい、だってこっちの聖王国のおとこども、おもしろいから』
『ぐぎゃぎゃ! ぎゃぎゃぎゃ!』
『クッキーちゃんも男どもを喰い足りねえってさ!』
『──じゃあ、ニンゲン達を滅ぼしに行くか?』
魔女「…待ちなさい」
『──あん? んだよミリー?』
魔女「その考えはちょっと賛同できないわ」
『…なにか問題でもあるワケ?』
魔女「確かにあなた達の言ったとおり、ニンゲン達の質は落ちたかもしれない。もしやすると、」
魔女「『世界を消す魔法』を詠唱する時代が、訪れてしまったのかもしれない」
『そうよ。あたしたちウィッチはそのために産まれ、そして、生きている』
『だーから滅ぼそうて言ってんだろ?』
魔女「それが早計だと言うのよ」
『みりーは思うのですか、くろっくたちに害を及ぼす存在が、いるとでも』
魔女「……ええ」
『ほっ、本当に!? 例え北のドラゴンや、極東に住むエルフでさえも引きを取らないあたしたち相手に…!?』
『奴らとは終戦しただろ? 頭ぶっ潰してやったんだ、いまさら手出ししてこねーだろ!』
魔女「そのとおり。驚かないで聞いてほしいわ──しかもそれは、ニンゲンよ」
『ハァッッ!? ニンゲン!? ニンゲンが!?』
『…ふざけろよ、そりゃほんとうか?』
『くろっくびっくり』
『ぐぎゃぎゃ…』
魔女「あなた達の気持ちも十分にわかる。けれど私は確実に見たの、あの信じられない光景を…」
『ごく…』
『ど、どんな…?』
魔女「良い? 覚悟して聞きなさい、あのね、実は私、………そのぉ~」テレテレ
『っ………!? なに、この波長…!?』
『オイオイオイ…!? ミリー!? お前の分割思考からとんでもねェのギュンギュンきてるぞ…!?』
魔女「えッ!? なんか漏れ出しちゃってる!?」カァアア
『興奮と…そして高翌揚…な、なるほどです…みりーが遭遇したニンゲンとは…そこまで…』
『ミギャアアアアア!?!?!?!!?』
魔女(いっ、いったいどんなのが漏れ出しちゃってるの!? そんな凄いの波長ってるの!?)クンクン
『わ、わかったわ、言葉にしなくてもアンタが感じたヤバさっての……それは確実にニンゲンなのよね?』
魔女「う、うん…」
『詳しく話して。詳細に聞いておかないと、これじゃ夜も眠れないわ』
魔女「………」
魔女(──よしきたッ!)グッ
『みりー? 嬉しい波長? なんで?』
魔女「な、なんでもないわよ、それじゃあちょっと語ってみるけれど…」
~~~
『じゃあ今回の定例会議はこれにて終了、各自、ウィッチとしての本質を忘れず存在意義を濁さないよう』
『うぃーす!』
『またね』
『ぐぎゃ!』
魔女「ええ、また」キュウウウン
ミリー人形「……」カタカタ コトリ
魔女「……フフフ」プルプル
魔女「フゥーーハハハハハハハ! やったわ…! やってやった! やればできるのねって私って!」ピョンピョン
魔女「事前に前振りできないかあれこれ考えてたけど終わってみればちょりもんだったわ…」
『超強力魅了ポーションEXのつくりかた~ウィッチ版~』
魔女「こ、これよ…これを聞き出すタイミングを待ってたの…まさかあっちから振ってくれるとはね…」フフフ
魔女「薬学に長けたブルレッド、魔物生息環境に精通するストロング」
魔女「霊脈肥大期を知るクロック、男の肉体を隅から隅まで把握したクッキー」
魔女「この四人の魔女と、魔法に長けた私によって製造する魅了ポーション…くく、これで敵なしよ…!」
バサァ!
魔女「──待ってなさい、おとこくん! 貴方の心、メロメロにしちゃうんだから!!!」
~~~
きまぐれに更新ノシ
おつ
きたい
おつおつ
次の日
男「少し旅に出てくると?」
魔女「三日ほど留守にするわ。その間、この屋敷の管理は貴方に任せるわね」ガチャ
男「ど、どちらにお出かけに……?」
魔女「そうね、どういったらイイかしら、そう──希望を見つけに」
男「!! りょ、了解いたしました! ご主人様の仰せのままに」スッ
魔女(早く行動しなきゃ魅了ポーションの要である薬草がとれないのよ…)スタスタ
魔女「あと、それと」クル
男「はい」
魔女「くれぐれもニンゲン、いえ、村人たちを屋敷付近に近づけないようにしなさい」
魔女「『満月の夜』が近い。ロクロの森に生きる魔物たちが活発になる。だから貴方も、」
魔女「……」
魔女「まあ、貴方なら大丈夫でしょうね、きっと」クス
男「ご主人様。それは貴方様に救われた日、森で呑気に寝ていた私めのことを仰っているのですか……」
魔女「まあ! そんなこわい顔しないで頂戴、これでも褒めているのよ?」キュン
男「……。魔法の鍛錬は欠かさず行います」
魔女「ええ、期待しているわ」クスクス
男「では、行っていらっしゃいませ」ペコ
パタン
男「……」カチ
男「…昼過ぎか」パチン
男(行商人が小屋に来る夕方まで時間はある、今のうちに、屋敷の掃除を済ませておこう)
男「フンフーン♪ フフーン♪」スタスタ
~夕方・ロクロの森の小屋~
男「…失礼します」コンコン
「あ。ハーーイ! もう来てますよーー!」
男「…合言葉を」
「ええ? あっ! いっけね忘れてました! え~~っと確かぁ、合言葉は~…」
「えへへ! 忘れちゃいました! なんでしたっけ?」
男「…フリーペさん」
「あれ? 怒っちゃいました? もうもう御冗談じゃないですか~~! 『ヴァジル』!」
男「『ドーフェイ』、はい。これで無事に互いの確認が取れましたので小屋に掛けた爆発魔法解除を行います」
「どぅえへぇっ!? ばっ、爆発!? んなぁんてモノをいつの間に!?」
ガチャ きぃ…
男「──いや、冗談ですよ、そんな魔法はかかってません」パタン
商人「はぁ~~~…びっくりしましたぁ…だって魔女の森だもの、なんだってアリだと思っちゃいますよ…」
男「…世間で我が主人がどう語られているか存じませんが、非常に温情に深いお方ですよ」
商人「そりゃもう孤高の魔女と呼ばれ人類に恐れられながらも、決して強さおくびにも出さない鮮麗にして高潔!」チラ
商人「数多なる逸話を夜に残した魔女ミリー様…存在自体が伝説なのに、こうやって近寄れるだけで幸せです…」
男「はぁ、ではなぜ、そうもフリーペさんは怯えるのです? 」
商人「それは楽しいからです!! だってこの森にいるだけで、ぞわぞわするんですよ! 鳥肌ブワーって! コレガイイ!」
男「……。わかりました、そんな貴女だからこそ王族直轄の行商人として務まるのでしょうね」
商人「褒めてもなにもでませんよ!」エッヘヘー
男「では、早速ながら取引に入りましょう──こちらが要望された『石化解除ポーション』となります」コト
商人「ほぉぉ…」
男「ご確認を」
商人「あ、いえいえ、私は魔術や薬学に長けているわけでないので、そう言われるなら信じるまでです」
男「え、良いのですか? 我が主人の仕事とはいえ、一応、貴女の立場的に…」
商人「良いんですよ」ニコ
商人「私は王族直轄の商人であり、さらに唯一無二の、魔女と交易を行える人間でしょう」
商人「いらぬウワサは何処にでも立ちます。そりゃそうです、でもね、私は信頼をシているのです」
商人「なーんて学のないことを誤魔化してるようなものですけど、一応、これが私の本音ですから」
男「…我が主人もお喜びになるでしょう、貴女のような人がいることに」
商人「えっ? あ、いや~~! その、ちょーっとばかし、それは違うっていうか~…」ヘラヘラ
男「? というと?」
商人「いやっ、その、うーーん、その信頼と憧れって根本的に言うと違うと思いません?」
男「確かに…」
商人「つまり私は魔女様に憧れを抱いてますが、商人として、人間として信頼したのは……」ちら
男「?」
商人「ナハハ~! なんちって! なんちって!」ガシガシ
男「その、うまくわかりませんが…私として喜ばしいことだと思っても…?」
商人「ど、どちらでも! ええ! かまいませんとも!」
男「ではそのとおりに受け取っておきますね。フリーペさん、今後ともよろしくお願いいたします」
商人「……ところで、」
男「はい?」
商人「貴方さま、その、魔女様の従者なのですよね?」
男「なんです? 今更ながら…」
商人「あっ! いえいえ、その~…人間なのですよね?」
男「どうだと思います?」ニコ
商人「! しょ、商人相手に駆け引きを持ち込みますかっ? いい度胸ですね従者さん!」
男「冗談です。正直な所、あまり私の立場上、素性を公にするのはよくないと思いまして」
商人「ああ、だからいつもローブを深く被ってらっしゃると…」チラチラ
男「ええ、警戒を怠らないことに越したことはありませんから」
商人「…一度、とっていただいても宜しいですか?」
男「………」
商人「いやっ!? 嫌なら結構ですよ!? そ、その相手の目と目を合わせない取引は正直なんかなぁ~って…」
男「それは、」
商人「はいっ!!」ビクゥウ
男「それはフリーペさんと今後、この関係で居づらくなる程の問題なのでしょうか」
商人「…かもしれませんね」
男「……」
商人「……」ごくり
男「──わかりました、では、貴方との取引にのみ、ローブは外しましょうか」スッ
商人「え……」
ぱさり
商人「……………………………」
男「これでお互い、良き関係でいられますか?」ニコ
商人「……………………………」
男「フリーペさん? ふ、フリーペさん? どうなさいました?」
乙
待ってるぞ
はよ
まだかな
商人「か───」
男「?」
かっこいい…
男「は、はて? フリーペさん? 今なんと仰って……」
商人「イケメン…」
男「フリーペさん?」
商人「前代未聞、空前絶後、咲いたばかりの花のような儚さを讃え、なおかつ頑丈な作りの麗しきテーブルを思わせる美丈夫さ…」
男「フリーペさん!?」
商人「あ、貴方様はもしや…いや、もしやしなくとも…」
商人「勇者サマ、なのでは……?」
男「───……」
商人「ハッ!? いえいえっ!? まこと申し訳ございません!?」
男「はあ、いえ、その」
商人「【悪辣のフリーペ】こと、王族直轄行商人の仰せつかる立場でありながら、何たる醜態を……!!」ペコォーッ
男「頭をお上げください。、ええ、こちらはさほど気にはしておりませんので」
商人「な、なんたるお優しいお言葉…かの悪逆無道な【ユウシャ】と呼ばれたにも関わらず、この不精フリーペ、更に頭が下がる思い……」
男「フリーペさん、フリーペさん! もう良いでしょうよ、この話は! 私としても不用意な行動だったと反省しております!」
バサァ…
商人「あ…」
男「【この顔】は、我が至高の御方である『孤高の魔女』様にも戒めよと、厳重に注意されております」キュッ
男「異境に住まう身、我々に畏怖を持たずヒトガタとの営みを介する──貴女の手際、そして身分であれば…と」
男「不用意に顔を晒しました。この場に不手があるならば私の方こそでしょう、申し訳ありませんでした」ペコリ
商人「っ……いえ、なにも貴方様が頭を下げることなど」
男「では、互いに不手際があったとということで、この場は手打ちとなりませんか?」
商人「いや…ですから…」
男「フリーペさん」
商人「………。わかり、ました。ですが、その」
男「ええ、勿論ですとも。今宵、何事もなかった。──貴女はポーションを受け取り、私は主人と貴女の商売を間に立った」
男「それだけです。何卒、今宵のような美しい月の光の下、『ヒトガタ』と『アジン』がよき交易が行えることを」ぺこり
商人「はい。それは我が王国きっての願い、そして平和を願う人々の想いでしょう」ぺこり
~~~~
男「お帰りは一人で?」
商人「ええ、もちろんですとも。このロクロの森、勇んで挑む輩はおれど、交易のために出向く者などおりません」ドヤーッ
男「流石はフリーペさん、感服いたいします。ですが、馬の一つも連れてこずとは…」
商人「獣臭が酷いそうで、この地に慣れた近隣の村の馬も貸していただけませんでした。無論、戦場慣れた王都の馬も役が立たず」
男「なるほど。では、私がお送りいたしましょうか?」
商人「……はい?」
男「ですから、此度は満月近しロクロの森です。森に住まう魔物は月灯に絆され活発化しております、なので私がお送りましょう」
商人「……私のような不束者が、貴方様に送っていただけるのですか?」
男「何をおっしゃると思えば、貴女様の立場を想い、不束者である私こそ愚を呈して懇願したまでですよ」
商人「……」
男「……」
商人「ククク…」
男「くすくす。どうです、私も月夜にロクロの森で散歩などやってみたくてですね」
商人「貴方様は不思議なお方だ。ええ、どうぞどうぞ。あっははー、私も時には女性っぽくエスコートされてみましょう」スッ
男「ありがたきお言葉、誠に感謝いたします」
商人「では」
男「参りましょうか」
アォーン!
~一方その頃~
魔女「んぎゃーーーーっ!!!?!?!?」
『グゴロォォォオ!!!!』
魔女「魅力スキル、全滅!? 魔女のクラススキル十一に、保有スキル全滅!? バカじゃないのエンシェントドラゴンナイト!?」
『愚かな…異境に住まう魔女の欠片よ…』
魔女「おわーっ?! しかも喋っちゃったじゃないの!?」
『極北に住まう極寒のリベラに…なにゆえその力を振るわんとする…』グロロ
魔女(こ、こっちは霊脈に詳しいクロックの情報と、魔族生息環境に詳しいストロングの話をきいて…)ギュググ
魔女「───3日、で!! たった3日ですべての材料を収集しようと熟考した結果で突破してきたのよ!! なんか文句あるの!!?」
『……。愚かな』
魔女「アンタそればっかりじゃあないの!!」くいっ
魔女【満たせ、かの暴虐の皿、満たせ、我が指先、振るわれるは赤きワイン、されど黄色き果実、】
十二詠唱、四色魔翌力、極大魔法でこのリベラ峡谷ごとエンシェントドラゴンナイトごと吹っ飛ばす!
『愚の骨頂よ…古から生きし我が肉体…かのような魔法など…』
『──光の如き、神速についてこれるものなど!!!』
魔女(で、出たぁーーー!! 堅牢な肉体派に見せて、詠唱完了以前に潰しにかかる姑息戦法!! こ、これだから老獪なエンシェント系は…!)
魔女【我が身に訪れるは、】
魔女(でも極大魔法は安定を求めると、詠唱破棄は無理───)ギリィィッ
『いねぇいッッ!!!』ゴッパァアアアア!!!
でも
魔女(【それは極大魔法が十二詠唱かかるって前提の行動よね?】)
───その驚異たる我が身を守り給え、神よ。
『ッッ!? 魔女の欠片ッ、よもやその身でありながら神に────』
魔女「舐めてかかった罰よ、大蜥蜴」ポワァ
ピン!
魔女「『テトラカトラ《雷迎万雷》』」
ズッガァアアアアアアアアアアアアアン!!!
『ぐぉ──』ビリビリビリ
魔女「伏せろ、下種。たかが百年程度でウィッチ【破滅の理】に刃向かった罪、その身で償うが良いわ」
ドガガガガガガガ!!
『なんたる──世の理に背く意義でありながら───』ズズズ…
『──神に祈り、この世に言葉を紡ぐとはッ! なんたる不純ッ! 不快極まりないッ!』ガシィッ!
魔女「ふむ? 意外、結構しぶといのね。もう少しストロングに詳細を聞くべきだったかしら」
『我が名は『覇王竜リベラ』!! この世全ての魔は、我の肉体を貫きはせぬッ!』
『幾千数多の戦場を駆け抜けた、この身、すべてを神に認められし偉大なる王ぞッ!!』
魔女「ふぅん、そう、それで?」クィッ
『グガアッッ!?!?!?』ズガァン!
魔女「大蜥蜴。アナタの存在意義は、この極北でどれほどの価値を持っていると思うのかしら?」くぃ
ズガァン! ズガガァン!
魔女「憐れ、独りぼっちの覇王よ。その意義、彼の地では恐れ忌避され、歯向かうものなどいない覇王道たる生き様をみよう」
魔女「けれどね? アナタは今、この世で唯一のエンシェントドラゴン───」
魔女「──その屈強な鎧鱗も、負け知らずの指先【破滅爪】も、今は誰も知らないし、誰も脅威だとも【思えない】」
「【失伝】。それはアナタ達、魔族が最も畏れなければならない事柄」
『グアアアアアアアッ!!?』ガリガリガリ
魔女「今、アナタをアナタたらしめているのは、私なのよ。その強さを認め、その老獪さを信じ、覇王道たる存在を──」
魔女「──認識している、だからこそアナタは未だ存命できている。その力を全盛期のように振るえているだけ」
『なにを、私は、私はッ! 神に! 神に認められし竜王なのだぞ!!』
魔女「神は見ているだけよ」
魔女「だからアナタは王と名乗れた」
『ッ!?』
魔女「…終わりにしましょうよ。さようなら、憐れな王よ」クィッ
ドッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!
~~~
『───はっっっ!?!!?』
魔女「あ、起きた? やっぱり魔族最強は伊達じゃないようね、感心するわ」クスクス
『私は…一体、なにがおこったのだ…』
魔女「何が起こったもなにも、当たり前なことが起こったまでじゃない」すぃ~
『死んだのか、私は』
魔女「ええ。だからその後に、私が蘇生してあげたの。まあ感謝してなんていわないけど」
『蘇生、だと?』
魔女「予めストロングから竜族の構成組織は聞いてたもの。あとはちょちょいと魔法でね」
『……なんたる存在か。この巨体を、存在意義を、死から目覚めさせたというのか』
魔女「ま、その反応は心外よ。知ろうとしないから不気味なのよ、見聞きしないから恐怖を抱くの。わかる?」つんつん
『わからぬ。そなたの言葉は私には──我には重すぎる』
魔女「くすくす。いい加減調子が戻ってきたみたいね、ずっとナイーブでいられてもコチラが困るだけだもの」
『──で、我になにを欲する? 魔女の欠片よ、この身は既に我のものでなし、勝ち取ったそなたのモノだ』
魔女「ずいぶんとわかりやすくて助かるわ、覇王竜リベラ」
『負けは、負けだ。情けもかけられ、言葉も出ぬ』
魔女「そう。でも、もういいの」フリフリ
『…は?』
魔女「もらうものは貰ったの、既にね。だからアナタの献身的な行為はすべて却下するわ、好きに生きなさい」
魔女「リベラ峡谷に挑むS級ハンターを返り討ちにするのもヨシ、悪道堕ちした精霊を狩りにでかけてもヨシ」
魔女「あとはそうね、これなんてどう? 近頃、ニンゲンたちが意義を衰退させてるから、帝国に王国に教国へいっちょ脅しに───」
『なにを、』ボーゼン
魔女「うん?」
『なにを、奪ったのだ? 我から、そなた『破滅の理』である者が、そうやすやすと手放すなどあり得、ない』
魔女「少し魔女に対し悪印象持ち過ぎじゃない? あ、そういえば以前、竜族に関わったのってストロングだったかしら?」
『百五十年前、赤き髪に、獣のような牙を生やした魔女の欠片に、同胞たちを半数も…』
魔女(あのバカ…ちゃんと予め、頭を潰せば終わりだから無駄に暴れるなって言ったのに…)
魔女「その過去は忘れなさい。アナタだってその出来事あってこそ、今の存在意義があるのでしょう」
『………』
魔女「もともと私はこの渓谷に映える薬草、そしてアナタの鱗が欲しかっただけ」
『…そう、か』
魔女「こっちも話が通じるかわからなかったし、そもそも、アナタだって私達にいい印象もってないでしょう?」
『では、我は許されたのだな』
魔女「………」
『我が同胞たちの死を糧に、王と名乗って百年余り』
『───長い、長い、懺悔であった……』
魔女「そ」
ふわぁ…
魔女「もう行くわ。アナタ、これからどうするつもり?」ふよふよ
『我が覇道を邁進するのみ』ゴロゴロ…
魔女「猫みたいに喉鳴らして言うことじゃないわね…ま、アナタの存在意義を再確認させたってだけ、訪れたかいがあったかしら」
『魔女の欠片よ』
魔女「なあに?」
『その力を持ち、覇道を諌め、破滅の理は、次はなんとする?』
魔女「そりゃもちろん、……希望を見つけによ」ニコ
~数日後~
男「………」ピク
スッ カタタ
男「………」ジッ
がちゃ キィ…
男「お帰りなさいませ。我が至高の御方よ」スッ
魔女「ええ。ただいま、我が愛しい子よ。ちゃんといい子にしてたかしら?」ニコ
男「無論でございます。三日間のご不在、この旅に貴女様の希望はお見つけになられたのでしょうか」
魔女「──ええ、もちろんよ!!」
『魔女マリー実験室』
魔女「フフフ…あとは一日に煮込んで…」
こぽっ こぽっ ぐつぐつ
魔女「私ってば…一気に魔女っぽいことし始めたじゃない…今のいままで詠唱短縮化とうのペンと紙での机上業務ばっかりだったのに…」ニヤニヤ
魔女(仲間たちの情報のもとに、このポーションは完成を見せている。私、流石だわ。薬学に対しても才を発揮してるわ)
ごぽっ
魔女「これで彼も私の虜…いえ永劫の愛奴隷…もしくはイケメンハイスペック従者、不死身爆誕の未来…」
魔女「フゥーハハハハハ! まさしくモノホンの愛よ! これぞ私が求めた究極の意義のあり方だわ…!!」
けれど、
魔女(最後の、ええ、最後の材料がまだ足りないの、わかってたことだけど、最初から知っていたことだけれど)
魔女「……そう」
魔女(彼の一部(髪でも良い)が足りない……っ!!)ズゥーン
魔女「だってだって、言い出しづらいじゃない! 髪が欲しいとか、引かれちゃったらイヤじゃない…!?」ブルブルブル
『先に湯浴みを浴びていいのよ?』
『有りえません。ご主人様を先んじて、我が身を清めるなど言語道断』
魔女「抜け毛攫おうものなら、そう仰っちゃうじゃない!? そこまで言われちゃうなら私も一番風呂浴びちゃうでしょっ!?」サメザメ
魔女(主人らしく、もっともらしく命令しちゃえば終わる話…でもしたくないのよ、だって、このポーションづくりの時点で既に反則級…)
グツグツ
魔女「……だって知らないもの、ニンゲンを、ましてや異性をかどわかす術なんて…あぁん…知らないわよもぉう…」カァァ
ピタリ
魔女「そうも言ってられないから魔女特性媚薬ポーション作ってるんでしょーがッ!!」ガンッ
ガゴゴォン! バギィッ! ゴッシャァァアア……
魔女「ハア…ハア…ふぅ……うん…」
魔女「やらなきゃ誰がやるっていうの? そう、私以外にやれるものなんていないのだわ…そう、ならやるしかない…」グググ…
魔女「待ってなさい、男くん。君を王国一番の魔女特攻ハイスペックデレデレ従者にしちゃうんだから!」ボギィッ
~~~~
男「っ……」ブルル
男(なんだろう? 急に背筋に寒気が…昨日のカラスの行水のような湯浴みが駄目だったかな)
ブゥン! カコォン!
男「仕方ないか。こっちの風呂は自動じゃなく、手動だから。薪割りの手間だって馬鹿にならないもの」スッ
グッ ブォン カッコォーン!
男「……魔法で沸かせられたら、もっと楽なのだろうけど」
男(いや、ゆっくりできないのは排水溝掃除の手間だろうか? ご主人様の書斎にあった魔導書『グリモワール』にクリーナーなる魔法が見受けられた)
男「あの魔法あれば色々と清掃活動が捗るのだけれど…しかし、ご主人様は明らかにアタッカーよりの魔法を求められておられるし…」ウーム
「ワン!」
男「あっ!」
「くぅーん! へっへっへ…」スリスリ
男「バカっ、お前…! この城の近くに来ちゃだめだって言っただろ!」
「?」フリフリ
男「良いか? 私のご主人様は、君は死んだと思っている。そうとも、私が体全体をカチコチに凍らせてしまったのだから」
男「きちんとロクロの森の奥に小屋だって立ててあげたっていうのに…どうして君は…」なでなで
「アォン」ペロペロ
男「……かわいいな」
「──我が愛しき従者」
男「はいッッ!?!?」ビックゥーン
魔女「そこでなにを? すでに夕暮れ、それに今宵は満月。たとえ私の館であれど、無闇な外出は控えるべきだわ」スィー
男「わ、我が主様…こ、これはその…!?」ダラダラダラ
魔女「?」
男「つまり!! ……あれ?」キョロキョロ
人狼が、いない? 先程まで確かに、私の後ろにいたハズなのに。
魔女「つまり?」
男「いえっ!? ──明日から数日、風呂釜ようの薪の貯蔵に不安を覚えたもので、予め用意をと!」
魔女「ふーん、そう」
男「ハイ」
魔女「…なにか魔翌力を使用した形跡が伺えるのだけど?」
男「そ、それはっ!」
魔女「もしや私に内緒に──」ハッ
魔女「──新しい攻撃魔法の練習していたわね、アナタは?」ニマー
男「ハイ?」
魔女「嬉しいわ。なんて愛しい子、わたくしの従者はとっても頑張りやさんなのですね」ニコニコ
男「え、えぇっと……そうです! 頑張ってます!」
魔女「まあまあ」
男(理由はわからない、だが誤魔化せたッ! このまま押し通すしか無い、ものすごく心苦しいが!)
魔女「……それで?」
男「え? そ、それで……?」
魔女「なにを覚えてたのかしら? 薪割りをしながらの鍛錬と習得、日常的な活動を踏まえた行動、生半可なモノではないのでしょう」
男(新たな壁が出現されてしまった!)
男「いえっ!? 実は語るほどでもないというかっ、つまりはそこまで慧眼たるご主人様にご報告するほどでもないというか…!」
魔女「……そう」シュン
男「そ、その、我が尊敬なるご主人様にとって、私の如き普遍極まる意義に語るまでも無いと思われますが……」ダラダラ
魔女「なにかしら?」
男「──魔法が、苦手でござます……」
魔女「ええ、ええ、そうでしょうね。私の前にしては、誰しもヒトガタはそう【卑下】しなければならない価値でしょう」
魔女「根源から叡智へ。その成り行きは、まさしく本物の『魔の使い手』でなければ遂行されないのだから」
男「その上で、この普遍な者として申し上げたいことがあるのです」
魔女「一つ、訂正するわ」
魔女「良いかしら、アナタは私が認めた唯一の従者。私が好き勝手言っても、それを他人に言われることなど言語道断よ」
男「つ、つまり?」
魔女「ふふふ。アナタはこの世で唯一、私に対し『卑下』せずとも存分に語って良い者だということよ」ニコニコ
男「ご主人様……」
魔女「悩みがあるのなら、言って頂戴。なにかできたのなら、私に存分に自慢して頂戴な」パチンパチン
プワァ~ン
男「有り難いお言葉、誠に感謝いたします」ペコリ
男「──では早速なのですが、実は以前から気になっていた『クリーナー』と呼ばれる魔法についての鍛錬を、と!」パァアア
魔女「………」ブッスー
男「? ご主人様? や、やっぱり出過ぎた真似をしたのでしょうか…私は…!?」
魔女「い、いえ、違うのよっ? やっぱり……というか、もう良いわ、うん」
魔女「ふぅう、さて、じゃあ屋敷に戻りましょう。晩御飯の準備をして頂戴な」スィー
男「承知いたしました…」ペコリ
魔女「あ、そうそう。今晩のメニューは? 旅先から持ち帰った食材で調理してくれるのでしょう?」
男「お任せください。──かの偉大なる聖地『リベラ峡谷』に生息するモンスター、もとい、魔物数体の血抜きは終わらせております」
魔女「ふむふむ」
男「『ゴアハミングバードの肉』、これは初めに血抜きを行い既に燻製を。『過激派ワーム隊長』は煮込んでアクを取り、シチューの具材に」
男「あと『メタルフロッグの舌歯』はご主人様のお飼いになってるアンフェンリルの好物でしたでしょう」
魔女「よく覚えているじゃあない。まあ、もしかしたら偏食のフェンが首ったけに食べちゃうあの……?」
男「ええ。『ドックフード』までの下準備を終わらせております」
魔女「ドックフード…アナタの故郷には素晴らしい技術があるのね…数百年と生きる魔女でも、心から尊敬するわ」
男(名前の意味を知ったら頭丸かじりされると思う)
魔女「じゃあ他の魔物を使った料理にも期待できちゃうわね、楽しみにしてるわ」
男「ご期待に添えるよう」ぺこり
魔女「………」ニコニコ
男「…なにか?」
魔女「以前から思っていたのよ、アナタのお辞儀の流れ、本当にきれい」
男「も、もったいなきお言葉です」
魔女「至難が行き届いている証拠ね。あとは生誕の地、もしくは名前等の記憶を取り戻せたら良いのだけれど」
男「………」
魔女「気にしないで、ここに居ればいいわ。私はそれをアナタに許したのだから」
男「…ありがとう、ございます」
魔女「どういたしまして」クス
~夜~
魔女「なんて格好つけたのは良いけど、肝心のポーション材料が取れませんでしたってね」ズーン
魔女(完成は間近…ここでうかうかしてたら工程に支障が出てしまう、後入れって効能に変化あるのかしら…)
カタカタッ! カタタカタ!
魔女「ん? 珍しいじゃない、あっちから連絡なんて」キュィーン
『マジックアイテム・パペットショー《三番人格付与》』
魔女「もしもし?」
『聞こえっか? あたしだ、ストロングだ』
魔女「どうしたの、珍しい。アナタが自主的に連絡を寄越すなんて、──今度はなにをしたの?」
『おい。急に声にドス効かせてんじゃあねえって』
魔女「普段の行動を鑑みてみなさい。で、要件は?」カチャ
『信用ねえな……つか聞きたいことがあるのはこっちだっつの。お前、ドラゴンどもに関わったのか?』
魔女「命までは取ってないわよ」コクコク
『がっつり関わったのかよ……戦闘までしてんのか……チッ、こんな面倒なときによお』
魔女「ふぅー、え? なに、生息地域的に問題あった?」
『ああ、相当な。──覇王龍リベラって知ってるか、あの峡谷の名前にもなってるクッッッソでかいヤツ』
魔女「う、うん? まあそれぐらなら結構……知ってる、かな?」カチャ
『そいつがヒトガタどもの国に宣戦布告した』
魔女「ブゥーーーー!!!!」
『……まさか、お前……』
魔女「まさか!? なに、魔法特化の魔女の私がドラゴン相手になにかしでかすとでも!?」
『でも関わったんだろ? 少なくとも【数日前に同胞たちから聞き出したポーション材料】に王竜の鱗はあった』
魔女(めちゃくちゃ疑われてるぅー!)ダラダラダラダラ
『王の意義を持つ竜なんて、今じゃそう多くねえ。片手で数える程度だが、まあ…極北に魔法まで使って行くわけねえか…』
魔女「あっ、あったりまえじゃあない! 私、魔法に関しては効率と低浪費を核にしてるのだから!」
『数百年付き合ってんだ、お前の趣向は知ってるよ』
『──魔物、しいては魔物から魔族へ意義を底を上げした竜族ってのは、あの図体に比べてクッソ噂好きだ』
魔女「ええ、そうね。彼らような『進化』を遂げたものは、その根底となる【英雄譚】が必須だもの。すぐに噂を流すはず」
『で、だ』
魔女「……私が手を出した生息地域の竜族の噂話が、良からぬ展開に発展した……?」
『ずいぶんと理解が早えじゃねえか、お前が覇王竜を唆した噂話の発端か?』
魔女「疑ってるから連絡したんでしょうに…」
『まあな。ったく、あたしらじゃ指先一つでなぎ倒せると言っても王の意義をもつ竜だぞ? しかも布告先が帝国だ!』
魔女「まあ…北から近いしね…」
『問題はそこじゃねえっつの! 今のヒトガタが王竜相手にどれほど戦えると思ってる! ブルレッドだって言ってただろ…』
魔女「ええと、つまりは、王竜がヒトガタと戦うことを避ければいいのよね?」
魔女「──だったらそれこそ魔物生息地域担当のアナタの出番じゃないの、ストロングウィッチ」
『………。もっかい言わせる気か』
魔女「え、ええ? なにが?」
『はぁ~~~~~~………』
魔女「???」
『お前、どうした? 定例会議のときもちっと思ったが、なにに怯えてる? いや、どうしてそんな勘が鈍くなったんだ?』
魔女「……どういうことよ」
「問題はそこじゃない、ってことだっつーの」
『今のヒトガタに竜族なんて魔族最高峰を相手取る戦力も人力も有りはしない、一方的に蹂躙されるだけ』
魔女「……!」
『気づいたか? そうだ、今のスペック上どうしようもないならヒトガタとびっきりの魔法があるじゃねーか』
魔女「まさか、でも、」
『あり得るぞ。ご百年前、我が同胞たちが【6つに別れた最たる原因】とも呼ばれた──魔物、魔族、しいてはアジンにとって最悪最低の時代』
魔女「英雄──」
『──召喚魔法、だな』
魔女「……いや、あり得ないわ。ここは私の分野として語らせてもらうけど、王国や教国なら疑う余地はある」
魔女「けれど魔法意義を落とした最も原因は帝国による武器製造──もとい銃の存在じゃあない」
『英雄召喚を行う環境がないって言いたいわけか?』
魔女「違う? 世間では既に意義が落とされ、魔法から魔術になった、ってブルレッドも言ってたでしょう」
『いいや、あたしもそうは思うぜ。けれど、考えてみろ』
魔女「……まさか」
『ククッ、良いじゃねーの。段々とウィッチらしく感を取り戻してきたか? そうだ、そのまさかがまかり通るやもな』
すでに、英雄は召喚されている?
帝国ではなく、多くの魔法使いを排出してる教国、もしくは───
魔女「不味いわね、ええ、すごく」
『この話はお前だけにした』
魔女「……なぜ? 早急に緊急会議を置こうべきでは?」
『正直に言うぜ。俺はお前を疑ってるんだ、マリーウィッチ』
魔女「私を…魔法しか特技のない魔女を…」
『ヒトガタと直接的かかわり合いを持ってるのはお前だけだ』
魔女「暴論よ! 英雄の存在を知ってて黙ってたとでも良いたわけ!?」
『俺は頭のいい意義の魔女じゃない。そういう出来を求めれず別れた、お前らの同胞だぜ』
『お前が違うというのなら、そうなのかもな。先を見通せる根拠があるなら、勘と腕っぷしだけで動く俺よりも優秀に違いねえよ』
魔女「あっ、当たり前よ! なんだったら今度の定例会議で報告していい、それに伴った反論材料を用意しとくもの!」
『──だが、時代は動いたぜ』
魔女「……っ」ビクッ
『神の名を汚し、世の理に背く、破滅の理。だが我々が関与しない破滅は処置しなければならない』
『世を乱すものは頭から抑えつけて、ちゃんと叱ったやんねーと分からねえんだ』
魔女「来たというの? 五百年前のような、時代が」
『魔翌力を必要としない銃も生まれて十数年、魔物は魔物のまま、魔族は風化し、消滅の魔法目前だった』
魔女「……。そこでドラゴンは暴れ始めたって程度で英雄召喚まで疑うのは……」
『だな。俺もそう思う』
魔女「…考えすぎだわ」
『かもしれんな。帝国だってドラゴン相手でも頑張るだろ、S級冒険者だってたくさんいる、低魔翌力野郎どもの軍事力だって馬鹿にはならねえ』
『今では諸規模な戦争を続けてる帝国、王国も、これを気に手を握り合ってハッピーエンドだって望んじまうかもな』
魔女「……そうね」
『今度、そっちに遊び行くわ』
魔女「え? なに、どうして急にそんな話に……」
『【お前がとんでもない警戒してるヒトガタが一人いるんだろ?】』
魔女「………ハイ、ソウデシタネ………」ダラダラダラダラ
復活してからなろうみたいになってくっそつまんなくなったな
『なに、そう怯えるんじゃあねえよ』
魔女「……私はなにも知らない」
『それでいい、それでこそ破滅の理だ。その存在意義、濁すことなかれ』
『【じゃあ、またな】』
カタタ… カタ…
魔女「すぅー、はぁ~~~……」グッタリ
魔女(王竜の宣戦布告、魔法の衰退、それに英霊召喚。確かに時代は動いてるわ、それも相当良くない方向で)
魔女「ほとんどストロングの勘だけれど、変にこういった場合だと当たるのよね、アレ」ハァ
しかも疑った発端が、もろもろ私のせいってのがかなりの問題。
魔女「彼女の言う通り、私は本当に【気づいてなかったの?】 こうなってしまう可能性に、ウィッチの本懐として?」
クル スタ… スタスタ…
魔女「男くん…」スタスタ…
~~~
英雄とはまさしく、この世誰しもが知っている、いや、知らなければならない絶対的存在である。
男「つまり勇者ですか?」
魔女「当たりであって、ハズれね。英雄と呼ばれる意義を見出した存在は、その過程が重要になってくるわ」
男「過程……なるほど、冒険ですか」
魔女「まあ、ロマンあるじゃあない。でも、そう、王竜を倒した。戦争を止めた。誰も知らぬ秘境を見つけ出した」
魔女「英雄は英雄だから、じゃなく、英雄はそれに準じた行いをしたからこそ英雄と呼ばれるの」
男「それは勇者とは違うのですか?」
魔女「英雄はその意義たらしめる『噂』によって生まれるとして、勇者は、その意義を名前から噂を形どるの」
魔女「勇者とはつまり概念よ。炎が生まれ、朽ちて、灰になる。それと同意義で、勇者が生まれ、英雄になり、魔は滅びる」
男「勇者と呼ばれた時点で、その意義を持つものは、なにもせずとも英雄と呼ばれる、ですか」
魔女「王竜を倒さなくても、戦争を止めなくても、……外に一歩でも出なくたって英雄なのだわ、大変つまらないことだけどね」クスクス
男「そんなことが許されるのでしょうか? すると勇者と呼ばれたものは必ずしも、英雄たる人格を求めなくても良いわけになる」
魔女「かもしれないわね」
男「五百年前に綴られた英雄譚──この話が事実ならば『勇者という存在意義』は決して、必要不可欠なものじゃないはずです」
魔女「………」
~~~
魔女「私は…」スタスタ
魔女としての意義を濁さないためにも、事実を突き止めなければならない。
魔女「そんなの認めたくないよ、男くん」
スタ…
魔女「………」すっ
『今日もたくさんお食べ、さあ、いっぱいあるよ』
魔女「っ───」ピク
『そんなにがっついて食べてくれるなよ。誰も奪いやしないさ、これは君だけのモノなんだから』
魔女(この気配は、そっか。結局は最後の最後で始末できなかったのね、なんて悪い子なのかしら)クス
『大丈夫。君は生きて良いんだよ』
魔女「……」
魔女(勇者とは…)
勇者とは、魔を拐かせるスキルを持った唯一無二の絶対悪。
過去、この意義を持つもの現れし時、魔物魔族、亜人、しいてはヒトガタは皆すべて───
魔女「──狂乱の夜に落とし込まられるであろう……」
クル
魔女「ククク…クァーハハハハハ…クフフ…」ケタケタ
魔女「なにが狂乱の夜よ…笑わせないで頂戴…世に蔓延る道の破滅に対処できずして、なにがウィッチかしら」
魔女(別に命など始末せずとも、いかようにも手段はあるということを知らしめてあげるわ)スタスタ
『超強力魅了ポーションEXのつくりかた~ウィッチ版~』
魔女「──もとより、そう!! 彼に疑いがあるのなら、私にメロメロにしちゃえばいいって話でしょーが!!」グッッ
魔女(簡単な話。彼がそうだったとして、この薬に対する対抗性能はない、ないはず、いえ無いわ絶対!!)フンスス
魔女「フンムー! 見ててよね、男くん。君は私が唯一認めた…たった独りの、大事な大事な、私の可愛い従者…」
大丈夫、アナタはここで生きていいのだわ。
~次の日・ロクロの森、深部~
ピーヒョロロ ピィー
男「失礼します。今日もまたよろしくお願いいたします」ペコリ
魔女「ええ、ええ、大丈夫よ。そこの切り株に座ってちょうだいな」ニコ
男「……今日はまた違った趣の授業なのですね、ご主人様」
魔女「あら怖いのかしら? ええ、ええ、怯えてしまっては困るのよ? 私はアナタに強くなってもらいたいの、とってもね」
男「わ、私はこう見えて根性はピカイチです! 見事、ご主人様の期待にそってみせましょう!」
魔女「楽しみにしてるわ」クスクス
男「がんばります!」
魔女「ふふふ。ではぁ、さっそくの問題よ」ピッ
アンフェンリル「クロロロ…」フシュル…
魔女「あのおっきなおっきな狼の、しかもすっごく怒ってる御様子の、あれはなんで~~~しょう?」
男「……、そのご主人様がお飼いになられている…アンフェンリル、」
フェン「グルルルッ」
男「アンフェンリルの、フェン様です!!」
魔女「いい観察眼じゃあない。怒るアンフェンリルに対し的確な対処行えた、十ポイントあげちゃうわ」
男「あ、あのご主人様…なぜゆえにフェン…フェン様はああまでお怒りに…?」ブルブル
魔女「そりゃあ怒ってるからじゃあない?」
男「だ、だからなぜに!?」
魔女「ドックフード? って言ったかしら、あれって」フヨフヨ
魔女「メタルフロッグ舌歯とアンチトードのガマ油から作った、フェンちゃん首ったけだったフードなのだけど…」
フェン「フンフンッ」
魔女「昨日、とある古文書にドックフードに関する記述が発見されたのだわ。これ、私もけっこうびっくりしてるの」ウンウン
男「こ、古文書……」ダラダラダラ
魔女「よくドックなんて【家畜当然に飼われ残飯処理を任せられていた愛玩動物】の名前、知ってたわねキミ?」
男「誤解でございますッ! 私のような若輩者に、叡智極めた古代人方々の技術など到底……!!」
魔女「でもアナタの故郷の技術なのよね? それを、アナタが作り、狼であるフェンに与えたのは事実よね?」
男「……ソウデスネ……」
魔女「わかってたことを説明させた、減点三点」ピッ
フェン「アォン!」
魔女「あら? なに、減点が優しすぎる? だめよぉフェン、ここで厳しくしてたら持たいないじゃあない」
男「ご、ご主人様…一体わたしは…これからなにを…」ズリズリ
魔女「プラス五ポイント。解説を求めながら場の空気を呼んで後退している、実に良いわ。褒めてあげたいぐらい」
男「嘘だと仰ってください……私が思っているこの先のことを、どうか嘘だと……!」
魔女「───逃げなさい」
フェン「カロロロロロロ……」ズシャッ
男「ひぃっ!?!?!」ダッ
魔女「心の底から怯えて、本気で逃走しなさい。戦ってはだめ、わかっているでしょうけど撃退などもってのほか」
フェン「アォーーーーーーン!!」
魔女「勝てるわけなどありえない相手の怒りを買った」
魔女「その状況下で下等生物だと自覚し、どこまで食い下がれるか、その引き際と本能開放を行うのよ」パンパン
キューイーン!
魔女「この場を中心として半径十キロメートル。ロクロの森で死に物狂いで生き抜きなさいな、私のかわいいかわいい従者さん」
男「うわあああああああああああ!!!」ダダダダダダダ
魔女「…………」
フェン「……くぅん」
魔女「べ、別に気にしてないわ…あんな顔をしても私は手を抜いたりなんか…うん…」
フェン「フンス」プイ
魔女「あの子の実力は、贔屓目に見てもヒトガタと敵対して……十回戦って、十回負けるぐらい弱っちいの」
魔女「もしや才能があっても、もしくは実力を秘めていても、もっとも勇者という懸念材料があったとしても」ハァ
我が同胞を目の前にして、生存する兆しなどチャンスすら訪れない。
魔女「疑わせたのは私だわ。ドラゴンに入れ知恵して世間を騒がせたのも私、だから守ってあげなくちゃ」
フェン「……」ジィー
魔女「あら? なあに、フェン? その目は?」
フェン「フン」
グググ ドォンッ!
魔女(去り際の顔、『だったら鍛えず薬を飲ませて終わらせろ』って言いたげな目だったわねえ。まあなんて反抗的な従魔)
魔女「…既に彼の一部は手に入れてる、薬だって完成間近で、ストロングの奴も今にもやってくる」ギュッ
魔女(もう後がないわ。逃げ場だってどこにだってない、私がやり遂げなければ成らないのは『彼だけは生き残らせる』こと)
魔女「だったらもう、やることやるだけなのよ、私」
魔女「………」
魔女(なんかもう破かれかぶれになったら急に行動性にメリハリが出ちゃって、なんだかもうだわ)ハァ
パチン
魔女「気晴らしにいっちょ、ストロングに嫌がらせで悪道落ちした聖獣何匹か送っちゃお。ちょっとは時間稼げるでしょう」
~~~
男「はぁ…はぁ…!? ──ひぃっ!? うそだろっ!?」バッサァアア!
フェン「…………」シュタン
男(くッ…止まるな、怖気づくな! くそう、結構走ってきたのに、すでにもう真後ろに来てるなんて…!?)クル
ダダダ!
男「ただ…っ…どうしても言わせてほしい、愚痴ぐらい呟かせて欲しい! なんなんだあのデカさ、大きさは!?」
男(あれが狼と呼ばれる大きさだろうか! 私の胴体より大きな腕に、見上げるばかりの頭身! 目にしてからずっとそう思っていたけれど、目の前にして尚更そう思う!)
男「──大きすぎるだろ、いくらなんでも!!」
ガサガサガ ガサァッ!
男(いや、弱るな、頭を働かせろ。ご主人様は仰った、『逃げろ、戦うな』と。ならやりようはあるはずだ)
男(何故か追走せずに、一点一点と、ジャンプしながら追ってきた。これならば戦う技術を持たない私でも…少しは…)チラ
フェン「……」スッ
男「……ぇ…」ガサガサガッ
フェン「……」じぃー
男「………ッッ!?」ガサガサッ
あ、違うやつだコレ。この雑木生い茂る森の中で、音もなく真横を追走してるんだ、これは。
フェン「フンッ」
男(笑われた…あれは結構、表情豊かにバカにされた…ああああ、くそお!!)ググッ
ババッ!
男「【凍てつく我が手はその身を滅ばさん】!」ポワァ
フェン「……」
男「うぉおおおお! 【氷結】!!」
カッキィーン!!
男(自分が持ち得る最大出力の氷魔法! 足ぐらいは凍ってしまえば───)
フェン「わん」
───ビリッッ
男「え」
ビリリッ キィイイイイイイイイン
男(この感覚、まずい! なぜだかわからんが放出した魔翌力が此方に跳ね返っ)
男「───カッ…!?」パッッキーン!
フェン「……」つんつん
男「」カチンコチン
フェン「フンスゥ……アォン…」ハァ…
~~~
魔女「あ。やられた、…こっちもそう? やられてるわね、まったく聖獣だからって派手にふっ飛ばさないでほしいわ…」
シュタ
魔女「あら? もう終わり?」
フェン「……」ぺっ
男「」カラーンコローン
魔女「カチコチね、まさかだと思うけど元は聖獣だと言ってもフェンリルであるアナタに魔法を使った、かしら?」
フェン「……」フン
魔女「マイナス三百点ね、これは」つんつん
魔女(なまじ魔翌力量が馬鹿げてるから、危機的状況下で思考停止、魔法使用かしら。聖獣の生体はレクチャー済みだと思ってたけど)フゥ
魔女(これはちょっと、いやかなりのところ、厳しい状況? 実力は大目に見ても、判断能力について買いかぶりすぎてた?)
フェン「……」
魔女「そんな目で見ないで頂戴。まだ初日よ、幾らか時間は残っているわ、ここから死ぬ気で仕上げれば問題はないのよ」ウンウン
フェン「……」
魔女「だからそんな非難がましい目で───なに? 違うの? どういう、こと………」チラ
しゅわしゅわ~
魔女「……へぇ~」
ばっしゃー…ゴロゴロ…
魔女(中身がからっぽ。溶けた氷の中には確かに、男くんの姿はあったはずなのだけれど)クスクス
フェン「…」
魔女「気分はどう? 取るに足らないヒトガタに一杯食わせれたなんて、プライド高いアナタならきっと───」
ドゴォン!!!!
魔女「──あ~~~すっごい勢いで飛んでっちゃった…」
魔女(プラス千点よ、すでにアンフェンリルの目を欺いたのは合格の域ね。しても、器用なことをする子だわあ)キョロキョロ
魔女「ふむ…意図的な行動じゃあなくて、もしくは…」チラリ
ぴく
魔女「そう、【アナタの仕業だったの? 僕ちゃん?】」
しゅたた~っ
魔女「あらら、逃げちゃったわ。うふふ、それにしても………魔に好かれやすい、ね」
ギャア!ギャア! キィーー! バサバサァ!
魔女「…思えば満月は終わっても魔物活性化は収まってないから、男くん大丈夫かしら…」
ギャー! オタスケー!
魔女「まあきっと……大丈夫よね、うんうん」ウンウン
~夜・実験室~
男「意義、とは。我々がもつ存在するための力であり、そして強さの源である、でしょうか?」
魔女「正解よ」ニコー
魔女「大衆を先導し意義を強める『ヒトガタ』、強い畏怖を持ってして意義を高める『魔物』」
魔女「ヒロイックイベントを得て意義を進化せた『魔族』、そして異なる意義が混ざりあった『亜人』」
魔女「意義とは……いわば血と肉、経歴、そして歴史であり、その他を占める概念要素なの」
男「ふむふむ。では魔女様たちは? どのカテゴリに当てはまるのでしょう?」
魔女「ふふふ」
男(なにやら一番聞いてほしかったことを聞けたようだ…)
魔女「聞いて驚きなさい? 私達、ウィッチの称号をもつものはどれも当てはまらないの!」フンスス
男「つ、つまりは!?」
魔女「概念を司る一つにして無二! 神が放棄した神羅系譜、終わりと死を意味する私達は───」
魔女「──『破滅の理』、その意義に基づき存在しているのだわ」ドヤーッ
男「おぉーっ……!!」パチパチパチ
魔女「ふふふのふ。理は通常とは異なり逆なのよ、その存在で意義を作り出す。いわば存在するだけで世界に影響を及ぼすのね」
男「すなわち、我がご主人さまは世界にとって必要不可欠な存在なのですね!」
魔女「んふふ、よくわかっているじゃあない、特別に三百ポイントあげちゃうわ!」ニッコニコ
男「ありがとうございます! ありがとうございます!」
魔女「ふふふ。良いのよ、良いのだわ、男くん」によによ
フェン「………」ジッ
魔女「………。破滅の理とは、その名の通り世を壊すことを主に、致命的な崩壊を妨げる意義をもつの」
男「ははぁ~…」コクコク
魔女「世界に及ぶ全体的な意義の低下。過去に、そんな時代が訪れたこともあったらしい、そして魔女は呪文を唱えた」
男「呪文ですか?」
魔女「世界を破滅させる呪文ね」
男「………」
魔女「もちろん私たち魔女全員、その呪文を発動させることは可能よ。六人の同意があり次第、今にだって打ち放てるでしょう」
男「ご主人様、もうひとつの致命的な崩壊を妨げる、とは?」
魔女「この世界で生まれてはいけないイレギュラーイベント。意義を曖昧にし、または意義を局部的な集めた異能なる存在が生まれること」
男「……存在そのものが、イレギュラー?」
魔女「詳しい例題をあげても良いのだけれど、悲しいし、つまらなくなるだけだわ。気になるなら私の書斎に本がある、読んでみなさい」
男「はい…そうですね…」
魔女「……。今度、私の同胞がこっちに遊びに来るそうなの」
男「至高の御方々が!? それはいつのご来訪で!? 色々と準備をしなければならないのでは…!?」
魔女「わからない。でも、良いの、アナタはきっとだいじょうぶよ」
男「……?」
魔女「アナタはアナタらしく、そう、今のままでいい。私はそれを……望んでいるから」
魔女(まあストロングがどう出るかわからないから、鍛えはするけど……)
男「そう、仰るのであれば最低限…魔女様が仕留められた聖地での魔物を振る舞うぐらいなら…」
魔女「それはちょっとやめてほしい」ブンブンブン
男「え? では、私の故郷の味をふんだんに使った料理を…!」
魔女「それはもっとだめかも!!」ギャーッ
男「ふーむ、ではヒトガタ向け味付けに魔女様直伝のご料理を使った、私的かなりの意欲作などありますが?!」
魔女「ねえわざと!? それわざと私を焦らせようと提案してるの!? ねえ男くぅーん!?」
くぅーん…
ぅーん…
…
フェン「……バゥ」フゥ
~数日後・ロクロの森~
男「もぐもぐ」カリカリッ
男(この皮を剥いたらすぐ、ピーナッツみたいに乾燥してる豆は美味いなあ! お酒とかにあいそうだ、うんうん)
男「もぐもぐ…噛みしめるたびに、豆が奇声を発するのが難点だが…」ピギャアアアアアア
男「味は良いんだ、味は……精神をやられそうになるけど……」タスケテ! ヤダシニタクナイ!
魔女様が言うには魔物、いわば魔植物カテゴリではなく『蠱沸魔』という魔物らしい。
男「虫、か」パキッ
男(すでにこの数日で昆虫食に対する忌避感は失われつつあるなぁ。見た目ただの豆だし、マシなほうではあるんだが……)ピク
ウォーーーーーーン!!
男「! 来たか、逃げるぞアセナ!」ババッ
アセナ「ばうっ!」
男「威嚇は南西、ここから多分──ごめん、実はよくわかってない! だけど声は結構とおくから聞こえた気がする、多分!」
アセナ「わん!」ダダダッ
男「!? どこへ行くんだアセナ!? 待ってくれ、……いや本気でチョット待って!? アセナ!?」ダダッ
ヒュウウウウウウウウウウ~~~~~~
男「ちょっとーッ!? キミが居なくなったらどうやってフェンを出し抜けば良い───」
ズダアアアアアン
フェン「…」
ズッサアアア……
男「うおおおおおッ!? …ぐッ…」ブワァアア
フェン「……」ギロッ
男「ヒィッ?! あ、あはは、こ、こんにちわ、フェン…フェン様…今日もご機嫌麗しゅうございますね…」ペコリ
フェン「……」ジッ
男「ああ、そういえば今日の晩ごはん、なにかご存でしょうか? ええ、実は魔女様がご用意されたグラントード舌歯の用意が、」
フェン「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッッ!!!」
男「おわああああああああああああああああああッッッッ!!!?!?!?!」
アセナ「わん!!」シュタ
男「やばい今度こそ絶対頭から齧られ──アセナ!? 今は戻ってきちゃ駄目だ! 逃げろ、早く!」
アセナ「ワゥーーーン!」
キィイイイイイイイン!!
男(んん!? なんだ小さな魔翌力派を感じる、遠隔魔法? いつのまに、どこでそんな繊細な技量を───)ハッ…
フェン「…」ギョロ
アセナ「わん」ヘッヘッヘッ…
ジリ… ジリシジリ…
男「おっ、大人げないぞフェン様! それでも元は由緒正しい聖獣だろうかッ!? こんな幼狼に本気の間合い取りなど!」
フェン「アォンッ?」ギラララ
男「…ハイ、なまいってすみませんでした…」シュン
アセナ「くぅーん」スリスリ
男「うん…死ぬ気で逃げよう、アセナ…この先にに使い慣れた断崖絶壁がある…飛び降りよう…あとで魔女様に回復魔法を使ってもらおう…」ナデナデ
ゴロゴロ
男「……急に甘えてくれるなよ、喉をそんなならしたってどうしようも…」
フェン「……?」
ゴロゴロ ゴロゴロ
男「あれ? なんだかゴロゴロ、……大きくなってきてないか?」キョロキョロ
アセナ「わんわん!!」バクゥー!
男「ちょ、駄目だよッ、袖をかんでボロボロになったら魔女様に申し訳が立たな────」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!!
フェン「───ッ!!!?」バッ
アセナ「ムグルル」ぐいーっ
男「だから引っ張っちゃだめ───おわあああああ!? なんだっ、あの大きな雪玉はぁっ!??!」ビクゥーーーン!
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