【ミリマス】アイドルになる日 (17)

環誕生日ドラマです。

遅刻?ごめんね、たまきち。

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「たまき、アイドルになる!」

 孫からアイドルという言葉を聞いたのは、その時が初めてだったと思う。

 息子はビール片手に「おう、がんばれ!」とヘラヘラと応援していたが、嫁はあまりいい顔をしなかった。

「アイドルになったら、この町を離れないといけないし、おばあちゃんとも友達とも遊べないのよ」

 嫁の言葉に「そうなのかー」と残念そうにつぶやき、TVに視線を戻した。
 
 TVではネズミを頭に乗せ、大きな犬を従えた小柄な少女が動物園で色々な動物を紹介している。
 この『飛び出せどうぶつワールド』は孫のお気に入りだ。毎週欠かさず見ており、どうしても見れない時は録画までしている。


 孫がアイドルになりたいと言ったのはこの番組のせいだろう。さきほど息子が司会をしている快活な少女はアイドルなんだぞ、と孫に吹き込んでいた。

 それに気づいてか、先ほどから息子を見る嫁の視線が鋭い。このままアイドルになりたいと駄々をこねたらどうするのかと思っているのだろう。

 しかし、このアイドルになりたいという話はすぐにうやむやになった。番組内でアイドルの少女のペットの話になったところで孫が蛇を飼いたいと言い始めたのだ。嫁からすればアイドルよりも蛇が怖い。

 そうやってこの日はいつもどおりの夕食の時間が過ぎ、私は孫のアイドル宣言を忘れていた。

 しかし、この一ヶ月後、思いがけない形で同じ台詞を耳にすることになる。

 息子に東京への転勤の辞令が出た。

 本社への栄転ということで息子と嫁は顔には出さないもののウキウキとした雰囲気を出していた。

 ただ、孫はというといつもどおり元気にしているものの、ふとした時にぼんやりとすることが増えていた。

 どうかしたのかと聞いても、困った顔をするばかり。言いたいことははっきりと言う普段の姿からすれば明らかに様子が変だった。

「環が卒業するまではこの町に住めないかしら」

 ある日の夜、孫が床に就いた後、嫁が息子に提案した。

「最近あの子ボーっとすることが多いでしょ。きっと友達と一緒に卒業したいんじゃないかしら。5年間通った学校だし」

「転勤は待てない。それに断ることもできない」

「でも、環は……」

「1年間だけ俺が単身赴任するというのはどうだ?社宅の独身寮ならそんなにお金もかからない」

「環はまだ11歳じゃ。父親と離れ離れになるのは良くない」

 私は熱い緑茶をすすりながら口を挟む。

「それは、そうですけど……」

「私も環がぼんやりとしていることは気になっている。東京行きの件が理由なのは間違いなかろう。ただ一番は環がどう考えるかじゃ」

 湯呑みを置いて襖を挟んで聞こえてくる孫の寝息に耳をそば立てた。

「明日、晩御飯の後にでも聞いてみましょう」

「そうだな、環にだってどうするか考える権利はある。そのうえで東京に行きたくないというなら仕方ないさ」

「安心しなさい。環は何にでも興味は持てるし、それに強い子だ。きっと友達との別れも乗り越えて東京に行くじゃろうよ」

 私は熱い緑茶をもう一度口にする。少しだけ苦い味がした。

 翌日、学校から帰ってきた孫は変な黒い男を連れてきた。

 思わず逆さ箒で対応してしまったが、どうやら裏の森で迷っていた所を孫が助けてあげたらしい。

「いやあ、助かりました」

 男は高木順二朗と名乗った。名刺にはアイドル事務所の社長とある。

「おじさん、ばあちゃんが淹れてくるお茶はとってもおいしいんだぞ!」

「おお、そうかそうか。それではお言葉に甘えるとしよう」

 さっき出会ったばかりだというのに孫と男は打ち解けあっている。アイドル事務所の社長だけあって人当たりの良さがあるのだろう。

「おお!こ、これは……!」

「ね、ね!?」

「うむ、こんなに美味しいお茶は飲んだことがない。いやはや参ったよ」

 男の大袈裟に驚く仕草に環は鼻の穴を大きくして胸を張っている。

「その屈託のない笑顔、森の中での身のこなし、そして人懐っこさ……うん、ティンときた!環くん、アイドルになってみないか?」

「アイドル?アイドルってひびきちゃんみたいな?」

「おお、我那覇くんはうちの誇るアイドルだ」

 高木は嬉しそうに笑った。

「どうだね、やってみないかい?」

「あの本気で言っているんですか……?」

 私が声をあげると、「もちろん!」と男は大きく頷いた。

 孫を見るとジッとしつつも、目をキョロキョロと泳がせている。

「無理にとは言わない。ただ、環くんなら必ずやトップアイドルになれると思う」

 そう言って男は残りのお茶を一気に飲み干した。

「なぁに、返事はいつでも大丈夫だ。我が765プロはいつでも君のことを待っているよ」

 そう言って孫の頭を撫でると、まるでいい話を報告し終えたサラリーマンのように颯爽と去っていった。
 
 私は手に残った名刺に視線を落とし、縁側に目を写した。

 孫は縁側に腰かけたまま上を見上げている。

 空にはゆっくりと雲が動いていた。

 その日の夕食後、4人で食卓を囲み、昨晩話した単身赴任の話をした。

「お父さんが一人で……?」

「ああ」

 息子が机の上で手を組んで優しく話しかける。

「環は来年で小学校を卒業だ。友達とも別れたくないだろう。だから、お父さんは1人で東京へ行こうと思うんだ」

「イヤだ。たまき、お父さんと離れたくない!」

「それじゃあ、一緒に東京へ行ってくれるか?」

「……」

 孫は手をギュッと握って、俯いたまま黙った。

「環、無理しなくて良いのよ。環が残るなら私も残るから。お友達とも離れたくないんでしょ」

 孫は激しく首を横に振った。

「ううん、たまき、我慢できる」

「それじゃあどうして……」

 嫁の問いに孫はギュッと握った膝の上の手をじっと見つめたまま答えない。

「環や、東京は悪いところじゃないぞ」

 私はお茶で口を湿らせる。

「確かにこの村ほど自然はない。動物も少ない。水切りも出来る場所はあるが石が少ないかもしれん。でもな、この村にないものがたくさんあるんじゃ」

 孫は顔を上げない。

「私は環に色んなものを見て欲しい。だから、どうじゃ東京にみんなで行ってみんか?」

 私の話にじっと耳を傾けていた息子夫婦が孫に視線を戻す。

「……ちがう」

「えっ?」

 も後は口からか細い声が出したかと思えば、続けて突如吐き出すように叫んだ。

「違う!だって、みんなじゃない!」

 喉の奥から絞り出された力強い声にガラス戸が震える。

「だって、東京に行ったら、ばあちゃんと一緒にいられないんでしょ!?そんなのイヤだよ!」

 私は孫の言葉に身体を動かせずにいた。

「ねぇ、お父さん、お母さん。ばあちゃんは一緒に行けないの!?みんなで一緒に暮らせないの?なんでダメなの!?」

「そのことは前にも話しただろう。おばあちゃんのためなんだ」

 郷里を離れ、都会で新生活を始めることは老体には堪える。だから私はこの町に残ることにしていた。

「でも、この家にひとりになっちゃうんだよ。ねぇ、お父さん、東京は絶対に行かなきゃダメなの?」
 
 徐々にエスカレートする孫の目には段々と涙が溢れてきた。

 私は孫を強い子と言った。確かに友達との別れを我慢できる強さを持っている。だが、それ以上に…

「ばあちゃんが一人ぼっちなんてかわいそうだよ……」

 それ以上に優しい子だった。

「環や、私のことは気にしなさんな」

「でも……」

「ばあちゃんには裏の畑があるし、友達もいる。寂しいことなんてないさ」

「お昼はそうかもだけど、夜は……」

「……それじゃあ、一つばあちゃんからのお願いを聞いてくれないか」

 孫が真っ赤に腫らした目を大きく見開き私を見る。

「環よ、アイドルになってくれないかい?」

 息子と嫁が目を丸くした。孫も驚いている。

「アイドルになって、TVの向こうで環の元気な姿を見せてくれないかい?」

 孫は呆然としたまま私の顔を見つめ続けている。

「そうすれば私は環に会えるだろう?」

 私の言葉に孫はたちまち笑顔になり大きく頷いた。

「うん、たまき、アイドルになる!」

 いつもの孫の元気な声が食卓に響く。

「アイドルになってばあちゃんを寂しくなんてさせないからね!」

 孫の言葉に私はにこやかに微笑んだ。

 しばらくして息子夫婦は東京へと旅立ち、そしてさらに月日が経った。

 今日、私はいつも以上に早く目が覚めた。約束の時間まで12時間以上あるというのに、だ。

 いつもどおりの朝ごはんを食べ、粛々と一日を過ごした。ただ、町に買い物へ出かけた時、お茶屋さんでいつもよりちょっとだけいいお茶を買った。

 村に帰るバスで一緒になった隣の奥さんから夕飯に誘われた。息子たちが出て行ってからはよく一緒にご飯をとる中になっていた。しかし、私は今日はちょっとと言って断った。

 いつもより早く晩御飯の支度に取り掛かり、変わらぬ食事をとり終える。食後のお茶には今日買ったお茶を淹れた。芳醇な香りに包まれながら、食卓に座って時間を待つ。

 居間の柱時計が7時の鐘を鳴らす。TVから軽快な音楽が流れる。

「はいさい!今週も『飛び出せどうぶつワールド』始まるぞ!」

 頭にハム蔵を乗せた響ちゃんが元気に挨拶をする。

「今日は香川県に来てるんだ。一体どんな動物たちに出会えるかな?それじゃあ、ハム蔵、イヌ美、元気にしゅっぱーつ!」

「ジュジュジュイ!」

「え、何、ハム蔵。……あっ、そうだった!今日は自分たちだけじゃなくて心強い仲間がいるんだよね。それじゃ、どうぞ!」

 響ちゃんが画面の左側に大きく手を振る。

 湯呑を握る手が強くなる。

 一言一言をしっかりと耳に刻む準備はできている。

 一つ一つの所作を目に刷り込む準備はできている。

 乾ききった喉で唾液を飲み込むと、いつも耳にしていた元気いっぱいの声とともにいつも目の前で見ていた顔が現れた。

「みんな、大神環だぞ!今日はひびきと一緒にいーっぱい探検して、たっくさんの動物を見つけるからね」

 ふわりと湯呑のお茶の香りが鼻をくすぐり、そして、じんわりと目に沁みる。

 割烹着の裾で目をぬぐってメガネをかけ直し、お茶で口の中を湿らせた。

 ……この瞬間を待っていた。

 私は今、幸せに浸っている。

以上となります。お読みいただきありがとうございました。

ネクストプロローグ編とも、ミリシタとも違う、アイドル大神環の誕生秘話でした。

HTML依頼を出してきますー。

おつおつ。ほっこりした

環らしいいい秘話だった、乙です

>>2
大神環(12)Da/An
http://i.imgur.com/Ca7e9Co.jpg
http://i.imgur.com/7IxEKO7.jpg

>>13
我那覇響(16)Da/Pr
http://i.imgur.com/b16cWOr.jpg
http://i.imgur.com/q6QgLRb.jpg

乙ひびたま

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