【オリ】「君は、自分が壊れてしまうほど人を好きになった事があるかい?」 (37)

※地の文メインです

その問いかけは、恋をした事がない俺には到底理解出来るものではなかった。しかし、 その言葉を発した彼の、憂いに満ちた瞳は、俺の焦燥感を掻き立てた。

「高校生の分際でそんな大それた恋愛を経験している訳ないでしょう」

その焦りを気取られぬよう、軽口を叩いたつもりだった。ところが彼は、そんな稚拙な心理はお見通しであるかの様にニヤリと笑うと、引き出しから何かを取り出す。

「文学少年なら一つくらい読んだことがあるだろう」

トン、と机の上に置かれたのは数冊の本。タイトルは『ロミオとジュリエット』、『ハムレット』……全て原文で書かれているため、後は読めない。だが、著者の綴りが違う事からシェイクスピアではないと思われる。

「戯曲、ですか?」

1冊手に取りパラパラとめくりながら尋ねる。

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「あぁ、その中でも悲劇、特に悲恋ものばかりだ」

彼は相変わらず笑っている。俺の返答が期待通りで嬉しいのだろうか。もしそうならかなり捻た性格だ。自分も人の事を言えないが。

「まぁ、ロミオとジュリエットくらいなら読んだ事はあります」

俺がそう答えると満足そうに頷く。

「彼らは若いのに恋に人生を左右されているではないか」

「所詮創作の世界ですよ。現実ではあり得ないからこそ読んでいて面白いんです」

そう、彼の言う事は詭弁でしかない。物語は限りなく現実に近いけれど実際にはあり得ない、そのギリギリのラインに近づく程面白いのだ。裏を返せば、どれだけリアリティがある物語も、現実には起こりえない。起きてしまっては誰かの日記を読んでいるのと変わらない。

「君の言う事も尤もだ。だが、こうも考えてみてはどうだろう?物語を読んで面白いと感じるのは、我々がその様な出来事を望んでいるからなのだと。身を滅ぼす様な恋など、ね」

「望んでいるからと言って、狙って恋できるものでもないでしょう」

段々彼が何を言いたいのか解らなくなってきた。先程感じた焦りは勘違いだったのか。今の彼からは何の脅威も感じないし、彼の不敵な笑みは今や滑稽にすら映る。

「もちろん、狙ってするものではないさ。しかし、だ。事実は小説よりも奇なりと言うではないか。仮に君がその様な状況下に置かれたらどうするね?」

彼は意地悪く笑いながら尋ねてくる。組んだ手の隙間から吊り上がった口角が垣間見える。はぁ、と溜息なのか相槌なのか判らないような声が出る。

「……身を滅ぼさない程度に楽しみますよ」

「成る程、模範的な解答だ。だが、だからこそ君は恋により身を滅ぼすよ」

「そんなにも激情を催すような女性と出会うって言うんですか?」

半ばうんざりしながら彼の方を見ると、自信満々に頷いていた。彼の言っている事は本当なのだろうか、とやはり信じられずにいた。信じてみたい気もするが、自身が恋焦がれている姿なぞ想像出来ず、やはり現実味を帯びない、物語を読んだ後のような不思議な感覚に浸るのみだった。

新学期が始まって、ようやくクラスメイトの顔を覚えられてきたかという頃、クラスに転校生がやってきた。

「よろしくお願いします」

凛とした声で挨拶し、肩ほどの髪を揺らしお辞儀をする。そんな彼女を見て、俺は、綺麗だ、と思った。しかし、それ以上の感情は湧き上がって来ず、第一印象で抱く感情なんてこんなものか、と少しがっかりした。一目惚れが出来たら、少なくともこの退屈な日常からは抜け出せたのかな、と端正な顔立ちを凝視した。

「えーでは君の席は……」

初老の教師が教室を見渡すが席に空きがない。当たり前だろう、態々普段から空席を作っている方が不自然だ。

「じゃあそこの君、空き教室から机持ってきて」

「何で自分が……」

「女生徒に三階から一階まで机運ばせるのか?それに机置けそうなの君の後ろくらいだろう」

渋々、と言った感じで立ち上がると、教室を出て行く。普段のHRの静寂を取り戻した教室で、彼女は手持ち無沙汰なのか、教卓の横でオロオロしている。
顔を左右に振る度に流れるミディアムくらいの黒髪が煌めいていた。数分で戻ってくると、自身の机の後ろにたった今運んできた机を置く。
その女生徒は俺の近くの席に、とはならず俺とはほぼ対極の位置に陣取る形となった。何だ、やっぱり劇的な事なんて何もないじゃないか、と平穏な日常を噛みしめた。

転校生が来る、という恐らく学生にとって五本の指に入るくらいに大きな出来事があっても、自分は変わらず日常から抜け出せない、その事実が、お前は酷くちっぽけなものだよ、と言われているようで強い嫌悪を覚えた。
俺は、そんな自分を否定したくて、ただひたすらに小説を読み漁った。
家に買い置きしてあった推理小説は一週間もしないうちに読破してしまい、本屋に買い足しに行った。
そればかりでは飽き足らず、連日図書室に通い詰め、蔵書を片っ端から読み始めた。流石にこれはすぐには片付かなかった。

図書館に通いだしてもうじき一ヶ月が経とうとしていた。
その頃には、気付くと恋愛小説を手にしている自分に驚くのも飽きてきていた。
最初に何気なく恋愛小説を手に取り、存外に面白かったので、たまに読んでいたが、俺の好きなジャンルはやはり推理小説で変わりなかった。
変わりなかったはずだのに、図書館についてまずは推理小説を、と考えながら手を伸ばしているのが恋愛小説だった。
初めて気付いた時には驚きを隠せず、思わず叫び声を上げ椅子からずり落ちていた。
しかしそれも回数を重ねる毎に慣れていき、今では、あ、また読んでる、くらいの無感動ぶりだった。

図書館に通いだして2ヶ月程経っただろうか、という頃。
その日も最終下校時刻まで図書館に籠っていた。
辺りはもう薄暗く、チカチカと光る街灯が不気味さと非日常感を醸し出している。
明るい内の気温は未だ高いが日が沈めば若干肌寒く感じる。
その肌寒さも合わせてこの時間の通学路は嫌いではない。
そんな益体ない事を考えながら夜道を歩いていると、前方に人影が見えてきた。
そんなに遅い時間でもないので人が居ても不思議ではない。それだと言うのに、何故こうも目を引くのか。
しばらくその姿を目で追っていると、いつの間にか自分の家とは別の方向に来てしまっていた。
相変わらず、先程の人物が俺の数メートル先を歩いている。
ふとここがどの辺りなのか気になり、周囲を見回していると彼女の姿を見失ってしまった。
大方の場所の予想がついたので、帰路に着く。
その日は、いつもはしないことをした所為か、胸が昂ったまま夜明けを迎えてしまい、結局一睡も出来なかった。

翌日の放課後、俺は珍しく図書室には向かわず昨日と同じ道を歩いていた。
昨日の遭難未遂の際に、本屋を見つけたのだ。
大型チェーンではなく、個人経営のお店らしく、新しい本も入荷しているし、古本も取り扱っているような所だった。
店構えはボロボロで、儲かっているのか心配したくなる様な有様だが、こういうお店には掘り出し物があるかもしれない、と思いその日訪れてみた訳である。
面白そうな本を探すべく、パラパラと本を捲ってみる。
ここの主人とは趣味が合うのか、興味を惹かれる本が何冊か見つかる。
と言っても、高校生の小遣いで全部買うのは厳しいのでまた後日吟味して買うことにしよう、と店を出た。
時間としては丁度昨日と同じ位、空が濃紺に染まり切らないくらいだった。
すぐに帰るのも、今日の体験の余韻を振り払ってしまう様で面白味がない、と思い少し遠回りをして帰る事にした。
そもそもこの本屋が自宅とは別方向なので、既に遠回りの最中ではあるのだが、そこは気分的な問題だ。
昨日と同じ辺りまで進んだ所で、時間も時間だしいい加減帰るか、と来た道を引き返した。
来た道を引き返す最中も気分は未だ高翌揚したままで、鼻歌交じりに帰宅した。

それから俺は、学校帰りに本屋に寄り、散歩して帰るのが日課になった。
母親には、ガールフレンドと放課後デートしているんじゃないか、と言われた事もあったが、気分の高翌揚具合は放課後デートと比べても遜色ないくらいだったので、答えに詰まった。
それを肯定と受け取った母親が勝手に勘違いして妄想を始めたが、否定するのも面倒だったので適当に話を合わせていた。
彼女の名前を聞かれたので、咄嗟に例の転校生の名前を出してしまった。
後で自室に戻った時、恥ずかしさで[ピーーー]るのではないかとまで思った。
碌に話したこともない相手を恋人として挙げるなんてどうかしてる。
だからと言って、仲の良い相手でも可笑しな話だが。

昼間は授業を聞き流し、放課後の日課を待ち望む。
そんな毎日を過ごす内に、俺の中でそれが日常と化してしまった。
日課という時点で日常ではないかと思われるかもしれないが、それでも初めの内は毎日刺激があった。
慣れとは本当に恐ろしいもので、あんなに昂りを覚えていた道もその頃には見慣れた風景になっていたのだ。
そこまで考えた所で、やはり自分は非日常を求めていたんだ、と思い知った。
それと同時に、新たな刺激が欲しくなった。
しかし、非日常的な出来事などそうそう出会えるものではない。
そこで、妄想に耽ることにした。これが中々どうして面白い。
いつも通っている道を、空想の彼女と歩く。
また別の日は、未来から来たと騙る自分自身と話す。
想像力の働く限り、どれだけでも暇を潰す事ができる。
退屈な日常を非日常へと昇華させられる。
読んだ小説の主人公に成り代わる事だってできる。
この発見は俺にとって革命的だった。
一人自室でいる時にも、大冒険に出掛けたり、はたまたドラマチックな恋愛を繰り広げたりした。

しかし、そんな事を続けていると、段々と創り出した人物が、俺の想像とは関係なく動き出すようになった。
最初にその事に気付いたのは、自称未来人の俺が現在の俺に語りかけてきた時だった。
彼は、意味深な事を言って俺の前から姿を消した。
最初は、そんな小説を読んで無意識に再現してしまったのかと思った。
しかし、いくら記憶を掘り返しても、彼の台詞は聞き覚えも見覚えも無かった。
かと言って、自分で考えたものならその答えを知っている筈だから、どういう事なのだろう、と悩まされた。
しかし、その件については案外早く解決した。
次に彼が現れた時に、「この間の事は忘れてくれ。格好つけて意味深な事を言っただけだ。君にも思い当たる節があるだろう?君は俺自身なのだから」と少し恥ずかしそうに言っていたので、納得してしまった。
俺にもそういう経験があるからだ。

この一件以降俺は、こちらが事細かに想像してやらなくとも、キャラ像さえハッキリしていれば、彼らはある程度自由に動いてくれるのではないか、と考えた。
所詮俺の想像でしかないので、結局は俺の頭の中で処理されるのだが、意識的に「こう動くだろうな」と考えなくて良いのは非常に楽だった。
だから、それからは想像する度にディテールを思い浮かべる事に必死になるよりは、日頃からしっかりとキャラクターを創造することに注力するようになった。
よりリアルな人間像を描くために、学校では他人を観察し、その日の行動を逐一メモしたりもした。
また、人物だけでなく場所の情報もちゃんと仕入れた。
クラスメイトの家にお邪魔して家の中を見せてもらったり、色々な場所をほっつき歩きこの場所はこんなシチュエーションに使えるな、などと考えたりもした。
お陰で、日に日に俺の世界はリアリティを獲得していった。
もうその頃には、俺の部屋は、俺にとって世界そのものだった。

世界が広がると言うのは実に楽しいもので、次第に俺の性格も明るくなっていた。
以前は学校に友達と呼べるような存在は居なかったのだが、最近では休憩時間になる度に誰かの所に行って会話を楽しむ程に改善されていた。
相変わらず日課は続けていたので、放課後に友達と遊びに行ったりする事は少かったが、時折、俺の行きつけの本屋が気になるとかで一緒に行ったりもした。
もう一点変わったとすれば、俺にも春が来たのかもしれないと言う事だ。
例の転校生がチラチラと俺の事を見ている時がある。
授業中は死角になるため、彼女の動向を確認できないが、休憩時間には間違いなくこちらを見ていると思う。
目が合うと直ぐに逸らしてくるが、また暫くするとこちらをチラ見しているのだ。
恐らく相手は恥ずかしがって話しかけてこないだろうから、俺から行かなければいけないのは解っているが、如何せん、恋愛経験がないのでどう振る舞って良いか解らない。

いくら考えてもどうしようもなかったので、最近仲良くなった少しノリが軽めの友達に聞いてみることにした。
唐突に話し始めた所為か、怪訝な顔をされはしたが、「話し掛けるハードルが高いなら、ラブレターでも出してみたら?」と存外まともなアドバイスをくれた。
人を見た目とかイメージだけで判断してはいけないのだな、と考えさせられた。
彼のアドバイス通りに、手紙を書く事にした。と言っても、いきなりラブレターではなく、仲良くなる切っ掛けくらいのイメージだ。
『初めまして、と言うのもおかしな話かも知れませんが、ちゃんとお話しした事はなかったと思うので一応、初めまして。本当ならもっと早くに仲良くなりたかったのですが、転入初日から凄い人気でしたので、中々話しかけられず、気付けば数ヶ月経ってしまいました。もしよければ、これからこんな感じで文通してくれると嬉しいです』
短いか、とも思ったが、初めっから長過ぎて重たいと思われるよりいいかとこれをそのまま彼女の机の中に入れておいた。

今日はいつもの日課はお休みにして、そのまま帰ってきた。
明日の彼女の反応がどうか、期待半分不安半分で妄想どころではなかったのだ。
帰宅してから気付いたが、件の手紙に署名を忘れてしまった。
これではストーカーの嫌がらせみたいではないか。
仕方がないので、明日朝一で教室に行って記名することにしよう。

翌日、いつもより30分くらい早く家を出た。
彼女が手紙を見てしまう前に名前を書かなければ、面倒なことになりかねない。最悪ストーカー騒ぎだ。
早朝の教室にはまだ誰も居なかった。
自分の席に鞄を置くと、そそくさと彼女の机へと向かう。
中を調べるが、昨日の手紙が見当たらない。
おかしいな、と中を見渡すが空っぽだった。
もしかすると、昨日俺が手紙を入れた後彼女は何かの用事で教室に戻ってきたのかも知れない。
昨日に限って浮かれていたため日課をしなかったのが仇となったか。
兎に角、何時までも彼女の机を調べていてはただの不審者だ。
とりあえず自分の席に戻る。
さて、どうしようか。非常に困った。これでは文通どころではない。
そもそも差出人不明の手紙なんて不気味なだけだろう。
そんなものにトキメクなんて少女漫画の世界だけだ。
下手すればその場で破り捨てられる可能性もある。

こんな風に困り果てるだけで何も良い案は浮かんでこない。
俺の頭は妄想シチュエーションならポンポン浮かぶのに、こういう時に限って使い物にならない。
その時、泣きっ面に蜂と言うべきか、教室の扉が開かれた。
俺はとっさに寝たふりをしてしまった。
これでは、ずっとこうしているしかない。
自然、闖入者の話し声が聞こえてくる。どうやら、彼女とその友達らしい。
益々もって困った。ヒソヒソと話しているので内容までは聞き取れない。
結局、何も出来ぬまま始業の時間になってしまった。
授業中も何か出来るはずがなく、考えたって仕方ないので真面目に授業を受けた。
昼休みには彼女が1人にならないかな、と淡い期待も抱いたが、今までの経験上、彼女らは便所さえも連れ立っていく。
なので、諦めて購買へ向かった。

「ねぇ」

まるで俺が人気のないところへ行くのを見計らっていたかのように、誰も居ない廊下で声をかけられた。

「え、あ…」

我ながら情けない反応だが、致し方ない。
何せ今俺の頭を悩ませている張本人が話しかけてきたのだ。

「この手紙…君の?」

そういって彼女が差し出してきたのは、昨日俺が机の中に投函した手紙だった。

「あ、あぁー…うん。ごめん、名前書き忘れて…」

「やっぱり?でも、ごめんね。文通とか面倒臭いから…普通に友達じゃダメかな?」

少しはにかみながらそう提案する彼女は、今まで見てきたどんな女性よりも美しく見えた。
あまりの出来事に言葉が出ないが、無反応もおかしいと思い、取り敢えず頷いておいた。

「じゃあ、私は戻るね」

そう言うと彼女は何でもない様に教室へと戻っていった。
彼女の背中を見送りながら、じわじわと喜びが湧いて出た。
これは思わぬ僥倖だ。まずは文通から、と思っていたのに、いきなり友達だなんて。
やはり彼女も俺の事が気になっていたのだろう。
暫く喜びを噛み締めていたため、購買に着く頃には飲み物くらいしか残っていなかった。

それから俺は、彼女と会う度に挨拶をする様になった。
彼女は恥ずかしいのか、二言三言交わすとそそくさと自席に戻ってしまうが、その初々しい反応もまた可愛らしいと言えた。

また、一週間ほどすると、俺が彼女に話しかける度に、少し教室が騒めく気がした。
そもそもが思春期の男女が集められた部屋で、異性と仲良さげに振る舞うと言うのは嫉妬の対象になってしまうのは仕方がない事だ。
しかし、俺が何か言われるのは気にならないが、彼女が貶められるのは許せない。
だから、彼女が一人きりになるタイミングを見計らって話しかける様に心掛けた。
最初は目をまん丸にして、とても驚いていたが、俺だと判るとすぐにいつものしおらしい態度に戻った。

「やぁ、おはよう」

今日も朝から友人と一緒だった彼女だが、その友人が何か忘れ物をしたらしく彼女は1人で教室に向かっていた。

「あ…おはよう」

さっと周囲を警戒する辺り、余程恥ずかしがり屋で、俺との会話を見られたくないのだろう。
そんな彼女を安心させる様に、彼女の肩をポンポンと叩く。

「心配しなくても、誰も居ないよ」

肩をビクリと震わせ、こちらを上目遣いで見てくる。
図星を突かれて驚いたのだろうか。
それにしても、逐一行動の一つ一つが可愛らしいと言うか、庇護欲を刺激される。
思わず、強く抱き締めてしまった。
彼女は恥ずかしいのか顔を俯かせて、腕さえ回さない。
もう少し素直になってくれても良いのにな、などと思いつつも、やはりその奥ゆかしさが彼女の美点だとも感じた。

「じゃ、先に教室行ってるよ」

名残惜しいが、そろそろ始業のチャイムが鳴ってしまう。
同時に駆け込むのも楽しそうだが、他人にこの関係を見られたくないという彼女の意思には反してしまう。
出来れば彼女の意思は尊重してあげたいのだ。

朝から思わぬ機会が訪れて、1日を幸せな気持ちで過ごしていた。
最近では何故か彼女の周りから友達が離れることが少なくなっていたからだ。
どうも送り迎えまでされているらしい。彼女がどれだけ周囲から愛されているかの表れだろう。
ただ、個人的には少し寂しかった。今朝の様に、偶然の機会でなければ彼女と話す事が出来ないのだ。

「今朝のは流石に大胆が過ぎたかな」

授業が終わる度に、さり気ない素振りで彼女の様子を伺っていたが、どうもいつもより目を合わせてくれる回数が少ない。
やはり人に見られる可能性の高い廊下で抱き締める、という行為は彼女にとっては恥ずかし過ぎたか。

今後はもう少し彼女の事も考えて、先走らない様に気を付けよう。
つい、ふっ、と笑みが溢れてしまった。良いことを思い付いたのだ。
確か今日は、彼女の両親は遅くなると、友達と話していた。
彼女の家でなら、誰の視線を気にする事もないだろう。
勝手に上がる事については、親御さんには申し訳ないが、まだ両親との挨拶には時期尚早であろうから、彼女から紹介されるまでは会わない方が良い。
今から放課後が楽しみになってきた。早くこんな無駄な授業終われば良いのに、とそればかり考えてしまう。

待ちに待った業後、俺は必死に自分を抑えた。
今すぐにでも彼女に駆け寄りたかったが、今朝の事を鑑みるに、ここで話しかけても彼女は恥ずかしがるだけだろう。
暫く帰り支度をしながら様子を伺っていると、彼女はチラ、とこちらを一瞥すると友人と共に教室を出て行った。

「ふふっ」

つい、笑みが溢れてしまう。なんだ、いじらしい。
彼女に求められては仕方ない。彼女の友人達にはバレないように後をついていく。
下駄箱を出る前に一度、彼女らがこちらを振り向いた時は少し焦ったが、何事もなかったように歩き出したので、再びその後を追う。

学校を出てからは一度もこちらに気づく素振りは見せずに、楽しそうに会話しながら帰っていた。
ただ時折、彼女の顔に陰りが見えたのは気になった。
緊張しているのだろうか。彼女は恐らく俺の存在に気付いている筈だ。
となれば、帰宅後どういう展開になるかは、いくら処女とは言え想像に難くないだろう。

「じゃあね」

「気を…付けてね」

そんな事を考えていたら、いつもより早い段階で友人達が進路を変えた。
まさか、この算段を考えていたから、表情が硬かったのだろうか。
とは言え、ここで話しかけても彼女は相変わらず恥ずかしがるだけだろう。

彼女の友人は去ったとは言え、この道を通学路として使う学生は少なくない。
こんな所では目立ってしまう。
俺自身は全く構わないのだが、彼女のことを思うと、家まで我慢すべきだろう。
折角お招き頂いている訳だし。
その後彼女は、何故だかいつもと倍くらいの時間をかけて家路を辿った。
やはり、緊張しているのだろうか。
と言うか、これからの事を考えると、こちらまで緊張してきてしまった。
手に汗握る、とは言うが握れないほどの手汗が吹き出していた。

とうとう、辿り着いてしまった。
これで、俺と彼女は結ばれるのだと思うと、躊躇なく踏み込む事は出来なかった。
逸る呼吸を整えようと、取り敢えず彼女の家の前で深呼吸する。
若干ではあるが、彼女の残り香を感じた。
あれ、そう言えば今日は家に誰もいない筈だったが、先程彼女は鍵を開けただろうか?
親御さんの予定が変わったのだろうか。
そうだとすると、マズイ。
愛し合っているとは言え、まだ正式に交際を申し込んでもいないのだ。
それなのに家に押しかけると言うのは、親御さんからしたら印象が悪いだろう。
訪ねる前に少し様子を伺ってみよう。

まずは家の反対側に周り、電気の付いている部屋を見る。
見た所、彼女の部屋だけの様だ。
電気メーターや水道、ガスのメーターも念の為確認する。
うん、いつも彼女が1人でいる時と余り変わらない。
ドア越しに中の音に耳をすませてみても、特に彼女の生活音以外は聞こえてこない。
どうやら、両親が鍵をかけ忘れてしまっていただけの様だ。
ここまで確認して、ようやく踏み入る覚悟が決まった。
そっと、物音を立てないように扉を開ける。しかし、中に入った瞬間、さっと血の気が引いた。

「こんにちは。どうして君が入ってくるのかな?」

こちらを見下ろしているのは、彼女の友人だった。手には携帯を持っている。
恐らく、ある番号をプッシュ済みなのだろう。親指は通話ボタンにかけられていた。

「…ど、どうして。君こそ、なな、なんでここに…?」

訳が分からなかった。今日はいつもより早めに別れていたではないか。
何故この女がここに居る?

「それはどうでもいい。このまま帰って、今後あの子に近付かないって言うなら見逃してあげる。帰らないって言うならーーー」

ピクリと携帯を持つ手の親指に、力が入るのがわかった。
両手を挙げ首を思い切り横に振る。

「わ、解ったから!」

「そう?」

少し微笑むと耳に当てていた携帯を降ろした。

その瞬間を見逃さなかった。
携帯を弾き飛ばし、彼女の友人をそのまま床に押し倒す。衝撃で頭を打ったのだろうか、「うっ」と言ったきり、起き上がってこない。
呼吸はしているようなので、当たりどころが悪く気を失っただけのようだ。

「全く、馬鹿な友人を持つと苦労するね」

大方、彼女は断ったのに、俺との関係を認めようとしない友人が、無理に露払いを買って出たのだろう。なんて身勝手な女か。
ひょっとすると、彼女に恋人ができる事に嫉妬しただけかも知れない。
兎も角、これで何も障害はない。彼女の部屋へと駆け上がる。
ドアを押し開けようとして、ふと動きが止まる。
彼女の部屋から話し声が聞こえてくるのだ。半ば泣き叫ぶような声だ。

「お、お願いします!早く来てください!と、友達が襲われて、私も襲われそうなんです!」

どう言う事だろう?今、中に、強姦魔でも居るのだろうか。
確かに、扉を開けようとしても鍵がかかっているのか、思うようにいかない。

ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ。

何度ノブを捻っても開かない。

「いやぁ!もうやめてよ!」

彼女の叫び声だ。今にも襲われそうなのだろう。彼女を助けなきゃ。
こうなれば仕方がない。扉を蹴破ろう。

ドン!ドン!ドン!ドン!

何度か体当たりしてみたがダメだった。

「…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

心底怯えて居る様子だ。これはもしかすると、既に襲われてしまって居るかもしれない。一刻も早く助けないと。

ならば鍵の方を壊そう。
何かの役に立つかと、鞄の中には色々入れて来た。針金やガムテープ、ハンマーなどなど。
まさか真っ先にハンマーの出番が来るとは思っていなかったが、思いの外役に立つものなんだなぁ、と考えながら、ノブを上から何度も何度も叩いた。
その内、バギっと言う音とともに扉がゆっくり開いた。

「…あれ?」

ようやく扉が開いた、と思ったのも束の間、肩透かしを食らった気分だった。強姦魔との対決だ、とハンマーを構えていたのだが。

部屋の中には、泣き叫ぶ彼女しか居なかったのだ。

「んなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい許して許して許してゆr」

壊れた様に同じ事ばかり言う彼女の肩を掴み、軽く揺さぶる。

「どうしたんだ、一体何があった?」

彼女の目は、俺を捉えると、一気に色を失っていった。
もしかして、もう既に全て終わった後だったとでも言うのか。
相変わらず泣き続ける彼女を抱きしめ、そのまま押し倒した。
許して、と懇願する彼女が、余りにも可哀想だった。
俺ので上書きしてやろう、と思った。
一度強く抱きしめ、その後抱いた。

けたましいサイレンの音が聴こえてくるまで、何度も何度も、俺の色で上書きをした。
警察が入ってくると、俺を強姦魔だと間違えたのだろう。
すぐに取り押さえられて、連行されてしまった。
彼女は、死んだ様な目をしていた。俺では彼女を癒せなかったのか。
警察に毛布を被せられて、先まで気を失っていた友人に駆け寄られて、幾分か安堵の表情を浮かべていた。
俺にはその理由が解らなかった。

十数年後
俺は施設を出ていた。
あの後、俺こそが強姦魔だったのだと何度言われても、俺には意味が解らなかった。
だが、いつまでその問答を続けていても、解放してはくれない。
彼らを納得させるためにも、解ったフリをした。
妄想を現実に落とし込むのは、幸いにも得意だったから、すぐに迫真の演技が出来たと思う。
だが、そんな生活が何年も続き、最早俺にはどれが妄想で、どこまでが俺の創作だったのか、区別がつかなくなっていた。
警察が示す客観的事実と言う奴は、どうにも俺には実感が湧かない。
結局、俺は俺がおかしくなっていた事に気付くのに、これだけ長い年月をかけてしまったのだ。
無事に社会復帰を果たしたとはいえ、過去を正直に言えば雇って貰えず、かと言って隠した所で職歴無しではやはり雇って貰えなかった。
仕方がなく、勉強だけは相変わらず自信があったので、塾講のバイトを始めた。
勿論、過去を隠して、だ。
そこで俺はある生徒と出会った。
懐かしい苗字。懐かしい面影。そして何処か俺に似た雰囲気。
俺は彼を自分のデスクに呼び付けた。

「君は、自分が壊れてしまうほど人を好きになった事があるかい?」

fin

終わりです
依頼出して来ます



代々繰り返してるなら遺伝病ってことかい
強姦魔の子なんて堕ろせば良かったのに

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