【ミリマス】女王閣下をプロデュース (103)
===
前世の記憶、隠された姿、人智超越の魔性の力。幾度となく繰り返されて来たその行為は、
ともすれば封印されし真の自己を、覚醒させようとする本能の一種だったのかもしれない。
「危ない! 春香さんっ!!」
「きゃーっ!!」
今日も今日とて765プロに天海春香の"どんがらがっしゃん"が鳴り響く。
だが、しかし、今回ばかりは違っていた。
一体なにが違っていたのかと問われれば、倒れた彼女が頭から、事務所の壁に突っ込んで行ったと言う点だ。
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普段なら、だ。急にバランスを崩したとて、キチンとその両手でショックを和らげたり、
お尻から床に倒れて事なきを得る春香なのに。
今回、その手は荷物で塞がって、前のめりに倒れた彼女のお尻は地面から十数センチも浮いていた。
となると、自然、初めに地面と接するのは彼女の顔になるワケだ。
顔はアイドルの命である。
例え春香が可愛さや美人さや鼻の高さや切れ長の知的な瞳であるだとか、リンゴのように赤い頬とか、太陽の如く輝くおでこだとか、
そう言った売りの一つもない極めて朴とつ平々凡々な顔立ちのアイドルだったとて……顔はアイドルの命である。
そして幸か不幸か彼女の転んだその先には事務所の平らな壁があった。
ゴチン! と周りの者が心配になる程の音が響き、頭を押さえてうずくまる春香。
だが喜べ! その顔は綺麗なままであり、青あざの一つもできちゃいない。
「春香、だ、大丈夫か?」
そんな彼女にいの一番。声をかけたのは担当するプロデューサーであった。
男はしゃがみ込んだ春香に駆け寄ると、その立ち上がりを助けるために手を差し出す。
さらに彼の後ろから心配そうな視線を送るのは、同じアイドル仲間の七尾百合子。
「す、凄い音がしましたけど、救急箱とかいりますかねっ!?」
「いや、顔を擦ったりはしてないな。……しかし、頭を強く打ったから――」
その時である。不安そうに答える男の手を春香がぎゅっと握りしめた。
プロデューサーも百合子へと向けていた顔を眼下の少女へサッと戻す。
春香がゆっくりと立ち上がり、胸に抱えていたイベント用の衣装を男の胸へと押し付ける。
「は、春香……?」
少女の名前を口にした男はどことなく戸惑っているようであった。
何がとハッキリは言えないが、どんがら以前と以後において、
目の間に立つ彼女の雰囲気が別人のように違って見える。
そんな男の視線を受けながら、春香は無言で乱れた服装を正すと静かに百合子の名を呼んだ。
「七尾百合子」
「は、はい?」
「貴様、どうして我を受け止めぬか! お陰で頭がすこぶる痛む……! 罰として、しばしの間お前の"文字"を奪ってやろうっ!!」
プロデューサーたちが呆気に取られるその中で、
唐突に妙なことを口走った春香が百合子に向けてスッと右手を伸ばして見せ――次の瞬間、百合子の視界から文字が消えた。
それは余りに一瞬の出来事で、初め、本人はなにをされたか理解することさえできなかったが……。
「……あれ? あれっ!? あれれれれれれっ!!?」
突然素っ頓狂な声と共に、驚愕の表情を浮かべた百合子が手近にあった時計を掴む。
それはデジタル表記の置時計であり、今が朝の『9:02』であることをしっかりと表示していたのだが。
「プロデューサーさん、今、何時です!? 時計が、時計が……!」
「なに? 時計? 時計ならその手にあるじゃないか」
「あるのは分かります! 見えてますけど! 見えてますけどっ!! ……これ、ちゃんと数字を映してます!?」
悲鳴にも近い声を上げると百合子は部屋の中をしきりに見回した。
尋常ではない取り乱しようである。
鬼気迫る表情を崩さぬ彼女のその姿に、
男もようやく何か"異常"な事態が百合子の身に降りかかったのだと理解する。
「壁掛け時計の文字盤も、テレビに映ってるテロップも……ああそんな! ホワイトボードまで真っ白け!!」
「暇が多くて悪かったな!」
「おまけに私の持ってる本……嘘! 嘘嘘嘘嘘嘘っ!? 捲っても捲っても捲っても、どのページも全部真っ白だ!!」
そしてとうとう百合子は崩れ落ちた。
床に力なく座り込み、その膝の上にはページの開かれたハードカバーの本が一冊。
しかし、あまりにも奇妙である。
なぜならば、プロデューサーにはその本に記された数百と言う文字が目にできた。
本だけでない。壁掛け時計の文字盤も、テレビニュースのテロップも、
さらには仕事の予定を書き記しているホワイトボードの文字だって(まぁ実際のトコロ空白が、隙間は目立っていたのだが)ちゃーんとその目に見えていた。
にもかかわらず、だ。百合子は項垂れたまま本を捲り「真っ白、真っ白、真っ白け……」とぶつぶつ呟いているのである。
彼女が嘘つきでないとすれば、誰の目にも何が起きたかは実に明らか。
つまり、七尾百合子は今現在、"文字という文字を認識できなくなっている"!
「んな馬鹿な」
思わず男の口を突いて出た言葉に春香が笑ってこう答えた。
「信じられぬか? ではお主にも同じことをしてやろう――特別にな」
いの途中である百合子の隣に正座すると、今の今まで文字を認識できないという恐ろしい経験をした男は恐る恐ると口を開く。
「つまり、にわかには信じられんが今の春香が本物の――」
「春香?」
「い、いや! 春香さん、春香さま……お、お嬢さま?」
疑問符を浮かべた男に向け、百合子が慌てて耳打ちする。
「プロデューサーさん、女王閣下です、じょうおうかっか!」
「なら、えぇっと……春閣下か?」
「……ふむ、まぁ、それでよいぞ」
「では、改めまして春閣下様。……その、先の説明を聞く限り、壁に頭をぶつけたせいで本来の自分を取り戻したと」
「だな」
「それで不思議な力も使えると……」
「"不思議"なではなく悪の力だ。……全く、物分かりの悪い下僕の為に今一度だけ名乗ってやるとしよう」
そうして春香はくっくと笑い、プロデューサーが普段仕事で使っている椅子から立ち上がると。
「……我は混沌と恐怖と悪の化身、その名も女王天海春香!!」
実に、実に普通である。彼女の現在の服装がゴスロリやパンクでないにしても、
その辺を歩いている同年代の女の子と比べて数段地味な恰好だと言うことを差し引いても平凡過ぎる名のりである。
さらには悪の女王と言う割に、どことなくコケティッシュな
雰囲気を醸し出しているのも違和感に拍車をかけていた。
「くっくっく……。まあ、すぐに理解できぬのも仕方あるまい。
なにせこの我自身、己にかけた暗示が強すぎたせいで覚醒が遅れていたのだからな」
しかも、少しお間抜けな性格はそのままだ。
「とはいえ、こうして我の意識は目覚めたのだ。これで兼ねてよりの大願であった世界征服の野望を心置きなく進められるわ!」
「せ、世界征服だって!?」
少女の大胆な発言に男が思わず聞き返す。世界征服……今日びアニメや漫画の悪役でさえ掲げることの少ないその野望。
だが、目の前の女王閣下は本気である。その証拠に彼女は不敵な笑いを浮かべると。
「そうとも人間よ。我は悪の力で地上を制し、混沌と恐怖で人を支配! そして!! 大願成就の暁には――」
「あ、暁には……?」
「一体、何をするつもりなんですか!?」
乗りの良い聴衆二人に向けて手をかざし、得意満面に言い放った!
「知れたこと! 人間どもは支配の前に跪き、その従属の証としてお菓子を私に捧げるのだ!!」
刹那、プロデューサーと百合子に電流走る!!
そうして二人は高らかな笑いを披露する春香におずおずといった様子で尋ねたのだ。
「お菓子……ですか?」
「命じゃなくて?」
すると春香は心底呆れたように肩をすくめ。
「命? ……そんな物捧げられてもどうするのだ? 我の力の源は血では無いし、なにより食べられぬ物に興味は無い」
キッパリ答えられた二人が思わず顔を見合わせる。
「な、なんだか、このまま放っておいてもあんまり害はないような……」
「同感だな。……今は元に戻るかも分からんし、しばらくは話を合わせよう」
そこまで言うと二人は同時に頷いた。なぜなら春香の持っている悪の力。
その力だけは正真正銘疑う余地も無く本物の力だったからだ。
とりあえずここまで。ヴィランズキッチン、行きたいなぁ……
凄くミリオンライブらしいイベントぶっこんで来たよね……
一旦乙です
>>1
天海春香(17)Vo/Pr
http://i.imgur.com/KD0zysY.jpg
http://i.imgur.com/DSTHiCz.jpg
>>3
七尾百合子(15)Vi/Pr
http://i.imgur.com/oNaYKxk.jpg
http://i.imgur.com/j8rnCXI.jpg
orz
そうか、俺達が字が読めないのも閣下のせいだったか…
ところで6と7が読めないの俺だけ?
字が読めなくされたのを表現してるのでは?
さて、女王春香は自らの力を愚かなる者たちに見せつけると事務所の中を見回した。
現在、この事務所内には春香たち三人しかいない。
社長は外出しているし、事務員である音無小鳥は765プロ劇場へとお使いに出ているところである。
ちなみにプロデューサーと百合子の二人は相変わらず冷たい床の上に正座させられているままであり、
蓄積する足の痺れに加えて体温を徐々に奪われるという地獄の責め苦に耐えていた。
このままでは二人ともトイレが近くなってしまう。と、言うより百合子は既に限界だ。
そうしてさらなる余談だが、事務所には男女兼用のトイレが一つしかない。
つまり彼女より先にプロデューサーが手を上げて、「閣下、トイレ」などと小学生のような宣言しようものならば。
「春閣下、トイレ――」
「我はトイレではないっ!!」
刹那、春香の放った怒りの衝撃波により挙手した恰好のまま後方へと吹き飛ばされていくプロデューサー。
彼が派手な音を鳴らして応接エリアを囲んでいるパーテーションを
ボウリングのピンもよろしく弾き飛ばしたのを目で追うと、百合子も今がチャンスとばかりにその手を上げ。
「はっ、春香さま! トイレ――」
「……百合子、貴様もか?」
「い゛っ、いえいえいえいえいえいえいえ!! "私"、トイレに行きたいです!」
手の平が見えるよう両手を相手に突き出して、否定の為に高速で首を横に振る。
そうして次弾を放つ構えを見せた春閣下様にへりくだると、
百合子は今まで味わったことがないほどのプレッシャーの中で息を飲みながら返事を待つ。
「……粗相をされても困るからな。よかろう、すぐに済ませて戻って来い」
「ありがたきっ!」
なんとか許可を取り付けると、百合子は勢いよく立ち上がった。
長時間の正座でよろける足を動かしてどうにか個室に転がり込む。
そして便座に座るなり彼女はスマホを取り出して。
「エ、エマージェンシー、エマージェンシー。害は無くても危なすぎる! みんなに事情を説明して、注意するよう知らせないと――」
だがしかし、だ。百合子は大切なことを忘れていた。
「……やだ。文字が見えないままだから、メッセージだって送れないよ……!」
正に迂闊! 正に誤算! 起ち上げたアプリの画面からは文字という文字が消えていた。
一応補足しておくと、携帯には音声認識の他にそもそも"通話"という実に便利な機能が搭載されていたのだが。
「電話帳、真っ白! 電話番号、覚えてない!」
当然、数字も"文字"として認識されている。それは絵文字やその発展であるスタンプについても同様だ。
また、なお悪いことに百合子は現在焦っていた。
説明するのも今更だが、太ももを隙間なくもじもじとくっつけて尿意とも戦っていたためだ。
人間焦るとろくなことは無い。思考力の低下、判断力も落ち、
左手のスマホに意識を奪われているためにパンツを下ろす右手もぎこちない。
おまけに外には春閣下。彼女は言った、「すぐに済ませて戻って来い」と。
「早くしなきゃ、早くしなきゃ。最悪トイレのドアが飛ばされちゃう……!」
百合子の頭につい先ほど、埃やゴミのように吹き飛ばされたプロデューサーの姿が浮かぶ。
そして百合子の鼻はぐずぐずであり、その目は堪えた涙で潤んでいた。
ああ! どうして自分はトイレ(こんな場所)で、惨めにべそをかいてるのか?
それは恐怖、恐怖が原因だ。
生まれてこのかた初めて接する圧倒的な"力"を前にして、百合子は芯から怯えていた。
そしてこの心に刻まれた恐怖心が、彼女の"人生"を終わらせる原因となってしまうのである――。
とりあえずここまで。
それと、空白部分は16の方が言われた通り演出です。その間に閣下からのご説明が二人にされました。
「この方が楽しいかなー?」と思いつきでやってみたことなのですが、混乱させてしまったようですみません。
なるほどそうだったか
読解力なくて失礼したわ
女の子は我慢する筋肉弱いから大変らしいね
乙
乙
===
百合子が用を済ませてトイレから出て来ると、事務所の中はすっかり様変わりしてしまっていた。
プロデューサーが倒したパーテーションがそのままなのはこの際よしとするにしても、引っくり返っているソファ、
床に散乱している書類やファイルにポスターなどの紙類たち、予定を書き記すホワイトボードは真ん中辺りから二つに割れ、
談話エリアのテレビは床に落ちて画面に大きな亀裂を走らせている。
また、奇妙なことに観葉植物は植木鉢の中でフラワーロックよろしくわさわさと踊り狂っており、
まだ午前中だというのに窓のブラインドは降ろされて、蛍光灯の不健康な明かりが照らしている室内。
そしてなにより百合子の意識を奪ったのは、だ。
仕事机や書類棚、そしてファンからの手紙などが入った段ボール箱が事務所の真ん中に積み上げられた山の上、
そのてっぺんに置かれたプロデューサーの仕事用チェアに足を組んで座っている春香が自分を見下ろす姿だった。
「遅い、待ちくたびれたわ」
空中にある見えない"何か"に肘を置き、頬杖をついた彼女が言う。
まるで嵐が通り過ぎた後のように荒れた室内は、つまりはそう言うことなのだろう。
"待ちくたびれた結果"なのだ。誰あらん目の前に座る春香――いや、春香の姿をした人智を越えた存在が。
瞬間、百合子は腰を抜かしてその場にへなへな座り込んだ。……ダメだ、おかしい、
この現実離れした状況に極々一般的な中学生でしかない自分の頭は追いつかない!!
常日頃から彼女がしている妄想物語にしても、
あくまで空想上のリアルだからこそ楽しめていたのだとこの時百合子は理解した。
その証拠に春香が右手を掲げると(そう、まるでスマホを操作するような軽やかさでだ)百合子の体が宙に浮いた。
「やった! 私空を飛んでる!!」などと長年抱いていた夢の一つが今、現実に叶った感激に浸るどころではない。
ガチガチと恐怖で歯を鳴らし、排尿したばかりだというのに
再び込み上げて来る粗相の予感に顔を赤らめた彼女に春香は言う。
「怯えておるのか? 愛い奴め」
「ひっ、ひぃぃ……!」
そして百合子は気がついた。くすくす笑う春香の隣に異形の存在がいることに。
「あっ、ああ!? まさか、そんな、なんてこと……!」
春香の悪の力により、空中でシーリングファンよろしくゆっくりと回転を続けながら百合子は絶望に満ちた呟きを吐く。
そう! 春香の隣に立つモノは、見慣れたスーツを着たその異形の人型の正体は!
「プロデューサーさん! ど、どうしちゃったんですかその頭は……?」
それはある種の仮装のようにも見えただろう。
もしくは映画の特殊メイクと言った方が的確な例えかもしれない。
今、慄く百合子の眼前で、かつてはプロデューサーだった者の首から上は
まるで粘土のような黄土色の肉塊に包み込まれていた。
しかもその肉団子は生きている。どくどくと不気味に脈打ちつつ、
何かの形にならんと蠢きながらそこにあった。……春香が言う。
「なにを驚くことがある? この男は我の第一のしもべなのだ。闇の王の側近として、今まさに生まれ変わらんとしているのだぞ」
彼女の言葉に応えるが如く肉塊の表面がびちびちと音を立て蠢動する。
そうして春香と百合子の見つめる中、ソレは一つの形を作り出した。
「目をみはれ! これこそ我の描く野望に至る、その記念するべき第一歩!」
傍らの肉塊男に手をかざし、春香が満面の笑顔で言う。
百合子がその目をよく凝らし、恐る恐ると口にした。
「……み、見えない……です」
途端、室内の空気が凍りついた。
春香の顔から色が消え、無機質な調子で訊き返す。
「……なに? 百合子よ、お主今なんと言うた」
「だから、その、見えないんです。きゅ、急に頭から上が消えちゃいました。……多分、閣下の力のせいじゃないでしょうか」
「我の力?」
「ですから私にかけた、えぇっと、文字を見えなくする力?」
「……おお!」
春香が思い出したように手を打った。
そのおとぼけな反応に百合子の中の恐怖心もほんの僅かだが和らぐ。
そうして春香が両手を打ち鳴らすと――まるでそう、超能力者がお客の暗示を解くように――百合子の世界に文字が戻り、
同時に目の前の肉団子……もとい、プロデューサーの変化した頭部が視界の中に飛び込んで来たのである。
「これはっ!? ……ア、アルファベットの『P』? でも、なんでこんな……」
百合子が言葉を失くすのも無理はない。
男の頭部は先ほどまでのハイクオリティ肉団子からチープなアルファベットキャンドルに変わっていた。
その様を簡潔に描写するならば、スーツの首元に『P』の字が突き刺さっているような見た目。控えめに言っても滑稽だ。
「閣下の側近……つまりは悪の幹部ですよね? でもこれじゃ、間抜けなバラエティーショーの怪人か変人みたい」
ポロリと本音もこぼれ落ちる。すると『怪奇! Pヘッド男』と成り果ててしまった
プロデューサーはのっぺらぼうな顔を百合子に向け。
「春閣下様、百合子が何事か喚いておりますが……」
その手に持った扇子を広げると(聖母、天空橋朋花の顔がプリントされた天空騎士団御用達モデルだ)邪悪な声音でこう続けた。
「お早く! 手心を加えてはなりませぬぞ」
「うむ、再三言われずとも分かっておる。……我が覚醒した事実を知るはお主と百合子の二人だけ。
しかしPよ、お主が我に忠誠を誓った今――」
春香が招くように片手を動かすと、宙ぶらりんだった百合子の体は彼女の前まで移動した。
不思議な悪の力で女王の目と鼻の先まで引き寄せられ、怯える百合子が訴える。
「えっ? えっ!? 何の話!? いったい何の話をしてるんです!!?」
「取り乱すでない百合子、薄々は分かっておるのだろう? ……少しばかりお前は知り過ぎた」
「春閣下様が野望を果たすにはしばしの準備が必要だ。故に、時が満ちるまでこちらの秘密を知る人間は少なければ少ない方が良い」
「あ、あわ、あわわわわ……! そ、それってつまりアレですか? 目撃者と証拠は消すっていう、悪役お決まりの死刑宣告……!?」
戦慄く百合子がそう言うと、春香はニッコリ頷いた。
途端、空中に浮かんだままの百合子は弾かれたように手足をバタバタ動かすと。
「や、やだ!! 死にたくないです! もっと他の、もっと他のぉ……! あぁっ、そうだ! なら私の記憶を消してください!
綺麗サッパリ忘れたら、誰にも話せないから問題無くなるじゃないですかぁ!! それで、命ばかりは助けてください~!!」
命乞いをみっともないと笑うなかれ、百合子は本当に必死だった。
そも、彼女は最近になって自分の世界が広がり始めたばかりである。
ひょんなことからアイドルになり、仲間を得て、活動を通して楽しい嬉しい喜びを知り始めた人生これからが上り坂。
にも関わらず、不運にも突如覚醒した悪の女王の正体を知ってしまったがそのために、
若い命を散らすことになってしまうなど納得できる話ではない!
だがしかし、彼女の命運握る女王閣下は嘲笑にも似た笑いを浮かべると。
「そうか、命ばかりは助かりたいか」
瞬間、百合子の全身が金縛りにあったように動かなくなる。
春香の伸ばした両手が百合子の首を挟み込む。
グイグイと首を絞められて、苦悶の表情を浮かべる百合子に女王は言う。
「くっくっく……望みは叶えてやろうとも。その為にも一度死んでもらわねばならぬがな」
「そ、……んなっ!? ……やだ……!!」
絞り出すように声を吐き、春香の手を振りほどこうとあがきながら百合子は
のっぺらぼうと化したプロデューサーに助けを求める視線を送ったが……。
「は、春香! いや春閣下様! あまり時間を掛け過ぎると――」
「やっておる! 難しいのだ色々と!」
「ああ、ああぁ……! ホントに上手くいくんだよな!? ヤダよ? 百合子まで俺の二の舞は!」
「ええいウルサイ! 耳元でごちゃごちゃごちゃごちゃと――また私の邪魔がしたいんですかっ!?」
言い争う二人の声を聞きながら、限界に達した百合子の意識はプッツリと闇に飲みこまれてしまったのだ。
===
百合子が意識を失うと彼女の肉体は事務所の床へ降ろされた。
その肌は蝋人形のように青白く、一目で血の気が通っていないことが理解できる。
……少女、七尾百合子は今、十五年という人としての短い生を終えたのだ。
春香が死体の傍に立ち瞼を閉じて集中する。事務所の中の空気がざわざわと重苦しい圧力をもって流動し、
彼女がかざす右手の平へと集まっていくのが傍らのプロデューサーにも感じられた。
自身が今の姿に作り変えられた時と同じように、
"力"の余波を受けた植木鉢の中の植物がその動きを増々激しくさせていく。
「"我は揺り起こす命無き生者"……彼の者の恐怖と絶望を礎に、哀れな死体よ、今一度の生に目を覚ませ」
春香が呪文を唱えると同時に死体に変化が現れた。
百合子の髪の編み込みがほどけ、その全身が小刻みに痙攣する。
そして春香の手の平に集められた邪悪なオーラとしか言い表しようの無い空気の塊がゆっくりと、ゆっくりと、
そのおぞましい姿をこの世に発現しはじめる。
それは何を隠そう肉団子。そう! プロデューサーの頭を覆っているあの奇妙で不気味な肉塊と同じ物だ。
そのつみれのような物体はじゅくじゅくと肉の触手を伸ばしながら百合子の肉体に取りつくと、
血の気を失った彼女の唇を無理やりに力でこじ開けた。
「これ、う、上手くいくのか……?」
まるでマトモではない光景を前にして不安げに呟くプロデューサー。
春香が男のことを一瞥し、「お主のように無駄に暴れておらぬ分、不完全な結合はするまいて」と棘のある答えを彼に返す。
そんな二人の見守る中で肉塊は開かれた入り口から強引に体の一部をねじ込むと、
ズルズルと蛇が穴に入り込むように口の中へと消えて行った。
しばしの沈黙が訪れる……一分、二分。そして三分が経過しようとしたところで死体の指先がピクリと動き、
「あ、……う……」とその唇から呻きとも吐息ともつかぬ言葉が吐き出される。
春香が再び手をかざすと、それに呼応するよう百合子の体も脈打った。
一度は完全に閉じられてしまったはずの二つの瞳が開かれて、
気だるげに上体を起こした百合子は虚ろな視線を傍らの二人へ向けて言う。
「……は、るか……さん。プロデューサー……さん? ……私、私、死んだん、じゃ……?」
まだ事態を飲み込めていないといった様子の百合子に「そう、その通りじゃ」と春香が頷くと、
プロデューサーが安堵のため息と共にこう続けた。
「よかったなぁ百合子、お前は見た目も殆どそのままだ!」
「えっ?」
「俺なんて仰天して暴れたもんだからコイツが中まで入れずに……。
いやしかし、ホントに上手くいって良かった良かった良かったよ!」
言って、プロデューサーが右手で自身の頭をポンと叩く。
するとPヘッドはゼリーのように軽く揺れ、彼のその手を取り込むように中へと飲み込んだ!
次の瞬間、「痛たたたっ! コイツ、宿主の腕を噛むんじゃない!」と悲鳴を上げるプロデューサー。
そのやり取りを唖然と見つめる百合子に向けて春香が微笑みながら言う。
「百合子よ、晴れてお主も我のしもべである。これよりは新たに宿した力をもってして人間共に混沌と恐怖を与えるのだ」
「新たに宿した……それ、まさかっ!?」
春香の笑う意味を察して百合子はサッと青ざめた。
自身が目を覚ました時のプロデューサーの反応とその後に彼が言った言葉。
思わず頭へと伸ばされた手が異質な何かに触れて硬直する――。
「やだ、これ、えっ? ええぇっ……!?」
それはまさしく羽であった。しかし鳥や昆虫のそれとは似ても似つかぬ形をした……例えて言うならそうそれは、
まるでコウモリが持つ羽のような二枚の被膜が百合子の側頭部、耳の少し上の位置から外へと飛び出していたのである。
とりあえずここまで
>>18 訂正
〇「エ、エマージェンシー、エマージェンシー。害が無さそうなんてとんでもない! みんなに事情を説明して、注意するよう知らせないと――」
×「エ、エマージェンシー、エマージェンシー。害は無くても危なすぎる! みんなに事情を説明して、注意するよう知らせないと――」
>>30 訂正
〇まるでコウモリが持つ羽のような二枚の飛膜が百合子の側頭部、耳の少し上の位置から外へと飛び出していたのである。
×まるでコウモリが持つ羽のような二枚の被膜が百合子の側頭部、耳の少し上の位置から外へと飛び出していたのである。
春香は笑いを堪えるように己の口元に手をやると、
プロデューサーの差し出した手鏡を覗き込み、肉体の変化に戸惑う百合子に言う。
「くっくっく、実に似合っておるぞ」
「確かに……よく見れば結構可愛いかも♪ じゃなくてぇ!?」
百合子は手鏡を弾き飛ばすと立ち上がり、ご満悦な春香に詰め寄った。
「とにかく説明! 説明してください! 一体これはなんなんです!?
この部屋の有様もなんなんですっ!? 後、一番訊いておきたいのは――」
そうして百合子は息苦しさを訴えるように背中をくの字に折り曲げると、
自らの喉元を押さえて悲痛な面持ちで叫んだのだ。
「この……渇きっ! 喉が、凄く、カラカラ……!!」
「だろうな。貴様の体の中では今、我の分身たる存在が失われた身体機能を補っておる」
「……はぁ?」
「一見する方が早かろう――Pよ、百合子に見せてやれ」
床に落ちた手鏡を拾っていたプロデューサーが春香の命令を受けて二人の傍までやって来る。
そして「見てろ」と一言断ると、彼はその頭を覆うPヘッドをむんずと引き剥がして見せたのだ。
「ひっ、あっ……!」
百合子の口から驚愕のうめき声が漏れる。
それもそのはず、半分に割れたPヘッドから覗く見慣れた男の頭部は今、
肉塊の支えを失ってものの見事にポッキリと直角に折れ曲がっていたのである。
当然、それは男の首が"逝ってしまっている"ことを意味していた。
つまり、この男も"百合子同様死人"なのだ。
「閣下に吹き飛ばされた直後だよ。……どうも打ちどころと姿勢が悪かったみたいでなぁ」
肉塊を再び被り直した男がケラケラと笑いながら言う。
春香が「あ、謝ったじゃないですか、それは!」と食い気味に彼に噛みつくと。
「ともかく、その肉塊は我が分身であると同時に貴様たちの従属の証でもあるのだ。
我が滅びるまでは決して肉塊も消えはせず、その間はお主らのかりそめの命も保証されよう」
かりそめの命――その言葉がどれほど百合子の胸の内をざわざわと波打ち立たせたことだろう!
消沈した様子で肩を落とした彼女に向け、春香が慌てた様に付け足した。
「し、しかし! 心配せずとも我はそう簡単に滅ぶことは無いぞ?
なにせこの地上は我が力の源となる恐怖や混沌、欺瞞や暴力で満ちておる――」
「ああ、いえ……違うんです」
「……違う、とな?」
怪訝そうな顔で訊き返し、春香はようやく気がついた。
目の前の百合子のその顔は、先ほどまでとは打って変わって
嬉しさを抑えられないといったにやけ笑いを浮かべるその顔は。
「それってつまり不老不死! ああ、古来より幾多の王族や学者に冒険者たちが追い求めて来た伝説の能力がこの私に!」
そうして彼女は喜びを表すために両腕を胸元で構えると。
「ただの本好きな女の子でしかなかった私がアイドルになれただけでも驚きなのに、それが今や不老不死!
おまけに一度死んでから蘇るとか、刻印代わりの肉塊だとか、
まるで過酷な運命と使命を課せられた主人公みたいでどうしてどうしていいじゃあないですかこの状況!!
それになんだかさっきから、喉の渇き以外にも沸々と湧き上がって来るこの感覚……!
そう! 例えるなら、体の奥底から力がみなぎって来るような!」
「えぇっと……そ、それは良いな。うむ、良かったの」
嬉々として捲し立てる百合子の勢いに圧倒される春香の横で、プロデューサーも「そうそうそれな」と頷いた。
「実は俺も同じ感じなんだ。今なら連日の徹夜に残業飛び込み営業なんでもござれの無敵感!」
「春香さん、いえ春閣下さま! 今の私もフィネガンズ・ウェイク、いいえ!
ロホンツィ・コーデックスだって読破してみようと思えるぐらいの勢いで――
素晴らしいですよこの力は! ふっ、ふふふ、ふふふふふ!!」
「あ、そ、そう? なんだか、二人に喜んでもらえたみたいで嬉しいなぁ……」
とはいえだ、この時百合子も気がつくことがあったのだ。
いや、正確には先ほどよりちょこちょこと気になってはいたものの、
春香に対する圧倒的な恐怖心から聞きそびれていたと言った方が正しいだろう。
「ところで春閣下さま。一つ質問をさせて頂いても?」
「う、うむ。申してみよ」
「最初は気のせいかなと思ったんですけど、時々、以前の春香さんに口調が戻っていませんか?」
小首を傾げて訊く百合子から、春香がふいっと目を逸らす。
そうして彼女は威厳を保とうとするように両腕を組み直してからこう言った。
「……覚醒するまでの記憶や経験、想い出が消えてしまったワケではないからの」
「やっぱり! なら、前みたいに普通にお話しても――」
「ならん! 百合子よ、公私のケジメを忘れるな」
厳しい口調で遮って、春香が百合子を睨みつける。
「我らには世界を支配する野望がある。君臨するは我であり、貴様らは忠実なるしもべ……。
上下の支配は絶対ぞ? もしも我が許可を得ぬままに、馴れ馴れしい態度を取り続けると言うのなら――」
「い、言うならば?」
「我が分身とも言える肉塊が、その身を内より食い破ろう」
そう言って春香が右手を掲げた刹那、百合子の腹部に言葉に出来ぬほどの痛みが走り抜けた。
思わずその場に膝をつき、喉を締められたように喘ぐ。
「それはそこにいるプロデューサーさん……いや、Pですらも同じこと。
裏切り、嘲り、反抗的な態度を見せようものならば容赦なく切り捨てることもできる」
春香は自分を見上げる百合子に向けて冷たい瞳でそう語ると、
彼女の見せる怯えた表情に口端を上げてこう続けた。
「……だが、従順なるうちはたいそう可愛がり目もかけてやろう。我を喜ばせるほどの活躍……期待するぞ?」
「は、はい……理解しました、春閣下さま……」
震える百合子の頬に春香がそっと手を這わす。
まるでペットにするように撫でてやりながら、
彼女は二人のやり取りを見ていたプロデューサーへと目をやると。
「Pよ」
「はっ!」
「しばし部屋を出て誰も入れぬよう見張れ。……仕事を任せるその前に、この者の渇きを癒してやらぬとな」
とりあえずここまで
乙乙
どうなるんだ…
<===>
プロデューサーが事務所を静かに出ていくと、春香は念のため扉に鍵をかけた――カチャリ、とステンレスが軋んだ音がする。
些細だが、疎かにはできぬ用心を終えると彼女は改めて百合子に声かける。
「先にも話した通りだが……百合子よ、お前の体には余の分身たる肉の塊が入り込み、
それは臓器と一体となって失われた生命活動を維持しておる」
すると百合子は自身の側頭部から飛び出している飛膜を指で弄くりながら。
「一体になってるってことは、この頭から生えてる羽なんかも――」
「そう、今や体の一部じゃな」
「うぅ、やっぱりドッキリなんかじゃないんですね……」
「しかし使い方を覚えれば便利な物よ。ただ精神を落ち着かせて想像してみるだけでよい……
その色も、形も、大きさも、ある程度なら自在に変化させることすらできようて」
たった今春香から聞いた通り、百合子は精神を落ち着けてみようと目を閉じた。
周りの音から意識を背け、新たに感じる"第二の手"とも言える部分に集中する……が、しかし。
「……あ、ぅぅ……ダメです、集中できません~」
情けない声を上げながら、百合子がふるふると首を振った。
そうして彼女は目を開けると、「で、あろうな」とワケ知り顔で頷く春香に教えを乞うような視線を送る。
「渇きであろう? 喉奥が焼けつくような痛み。空気に触れる度チリチリと、唾を飲み込んでも癒せぬソレは辛かろう」
「そうなんです……。あの、お水を飲んで来ても?」
「くっくっく、無駄よ。その呪縛とも言える飢えを満たす手段はただ一つ――」
言って、春香は百合子に見せつけるよう左手の人差し指をピンと伸ばした。
真っ直ぐに直立したその末節に、今度は右手人差し指の爪を押し付けるようにして立てる。
「……シッ!」
次の瞬間、彼女が指を払うと同時に左手の人差し指から鮮血が辺りに迸った。
一瞬、ほんの一瞬だけ世界を赤く染めた液体はテラテラとした床を汚し、空気を穢し、百合子の意識と嗅覚を犯す。
そうして今、傷口から溢れ出した血液は一筋の赤い川となって
直立する春香の指の先から彼女の手首へと流れ落ちる……。
ブラウスの袖を汚さないように捲りながら、春香がニヤニヤとした笑いを浮かべて言う。
「血だ……それも我のような力を持つモノの高貴なる血こそ最良のな。
この赤き輝きをもってして、お前の中の肉塊は正常な活動を続けるのだ」
だがしかし、この時の百合子には春香の言葉の十に一つもその耳に届いてはいなかった。
なぜならば、だ。
彼女の意識は砂漠で泉を見つけた者のように、長きに渡って夜道をさ迷い灯りを見つけた者のように、
闇夜の道路に軌跡を残す、深紅のテールランプのような赤色へと奪われ見惚れていたからだ。
ごくり、と百合子の喉が鳴る。まるでお預けをくった犬のように体がピクリと揺れ動き、
ざらざらと渇いている舌先が、口内で蛇のようにのたうちながら己の犬歯を舐めあげる――と、ここで百合子は気がついた。
鋭く尖ったこの牙は、目の前の女性からの贈り物……。
「はる、閣下さま……私、私解りました」
焦点は滴る血液に定めたまま、抑揚のない声で百合子が言う。
「吸血鬼……なんですね、私は。頭に生えたコウモリの羽、
血液に対する飽くなき渇望、そして、そして不老不死……!」
ぺしゃり、百合子が片足を踏み出して、その分だけ春香との距離が縮められる。
「我享受せりは久遠の炎の起こす風。創造主たる春閣下さまの、艶やかな血肉を賜り仮初の生を燃して動く……」
「……して、汝にかせられしそのサガは?」
「従属! 服従! 恭順の意思でこうべを喜び垂れまする。
……しかし、はぁ、しかし……お、恐れ多くも、願いましては春閣下さま――」
「よい、申してみよ」
「わたくしめに、……んっ! わ、わたくしめに御身の生血をひと啜り! ……い、卑しくも頂戴、したく存じますぅ……!」
初めはスラスラと口を突くように、途中からは口にするのももどかしいと感じられて出た
言葉の数々が本当に自らの意思によるものだったのか?
百合子には分からない。分からないが、
目の前で垂れ流され続ける命の源を見ながら彼女の心は思ったのだ――「ああ、なんて勿体ない」と。
そしてさらには口に含みたい。その鉄くさい匂いが嫌でも五感を刺激して、
味わわずにはいられないと百合子の本能に思わせた。思わせるだけの妖しい魅力があったのだ。
現に今の百合子の頬はだらしなく緩み、息は荒く、口も半開きのまま呆けている。
はぁ、はぁ、と呼吸をするたびに空気に乗った血の匂いが、
カラカラと干からびたように水気を求める舌の上を撫でて喉奥のまた奥へと降りていく……。
そこにあるのは肉塊だ。百合子の臓腑と結合し、血を求めて蠢く肉塊だ。
その肉塊が彼女の本能に働きかける――「アレは私だ、私の物だ。眼前でだくだくと溢れるあの生き血は私と共にあるべきだ」
「はぁ、る、かっかさまぁ……。はる、かっかさまぁ……!!」
理性と言うタガがあるとすれば、百合子のソレは完全に外れてしまっていた。
未だ微動だにせぬ春香を前にして、百合子は発情しきった猫のように甘えた声を漏らしてはその身を悩ましくよじらせる。
……ところが、春香は一言として彼女に返さぬのだ。
血の流れ出る指先を百合子の鼻先に突きつけたまま穏やかな微笑みで少女を見つめ続けていた。
そのまま齧りつきに行くことも、一思いに吸い付くこともできる二人の距離である。
しかし百合子はその強い衝動を必死の思いで抑えていた。
なぜならば、"まだ春香の許しを得ていない"……彼女が願い届けてから、春香は返事を返していない。
例えるならば、だ。どれだけ水中で息を止めていられるかを競っている時と同じように。
自分の限界はとっくの昔にきているが、まだ、まだ、
競っている相手が目の前に沈んでいるために、顔を上げることのできない状況とよく似ていた。
終わりの見えない根競べ……そのうち、である。
我慢も限界に来たのだろう。崩れ落ちそうになる膝に力を込める為に百合子は腿を擦り合わせ、
両手で肩を抱くように身を縮こまらせると「はっ、はっ、はっ」と荒い吐息を繰り返すだけの生き物になった。
なのに、けれども、それでもだ。
視線だけは春香の指先に集中し、瞳孔も開き切った両眼は爛々と、
滴る血潮に注がれ逸らされることは決して、決して無かったのだ。
「――我がしもべ、百合子よ」
名前を呼ばれてハッとする。自身に向けて一刻も早い救済を望む愛らしい少女の反応に、
"女王"である春香は薄く寒気のするような笑みを浮かべると――。
安価↓の2
・百合子に血液を飲ませますか?
【・許可する! ・お預け!】 の二つより選択してください
(安価を出すのは初めての試みの為
不手際があるかもしれないことを先にお断りしておきます)
許可する!
許可する
暴走されてもたまらんしな
待ちに待っていた瞬間(とき)が来た。
春香の赤い唇から「口を開けよ」と命が下る――までもなく、
百合子の口穴は涎れに潤んでその入り口を開いていた。しかし、指示されたならばこなすもの。
百合子は一旦口元を引き締めると、口内に溜まっていた唾液を「ん、く」と鳴るはしたない喘ぎと共にその喉の奥へと流し込んだ。
当然、こんな物では先ほどから身を焦がす渇きを抑えることなどできはしない。
しかし、だ。百合子の前に立つ少女は、春閣下は百合子が再び広げた唇の表面に左手の中指を押し付けると。
「うむ、よくぞ堪えたな。我から褒美を授けよう……が、その前にだ」
なぞる、なぞる、カサカサに乾燥した百合子の下唇を中指でじっくりと弄ぶ。
左から右に、右から左に。
そのうちに溢れ出して来た百合子の涎れが彼女の中指に溶かした飴のように絡まったが、春香は眉一つ動かすこともせず。
「いくつか約束をしようではないか。一つ、余の指に吸いつくことはしない。二つ、指に噛みつくこともしない」
まるでリップクリームを塗りつけるように春香が中指を動かせば、
こんこんと湧き出る泉の如くペロと歯肉の間が涎れでたちまち満ちていく。
そうして百合子が呼吸と共に喉を動かすたび、口の中で潤滑油のようになった
喜びから生まれし粘膜は、ちゅっ、ぐちゅっと下品な水音を静かな事務所に響かせる。
それは実に原始的な愛の囁きであり、百合子はその音が自身の耳に触れる度、
春香と軽い口づけを交わしている錯覚に陥ってしまうほど意識を集中させていた。
……惚ける百合子と目を合わせ、春香が耳打ちするように彼女の左頬へと顔を寄せる。
「それが約束できると言うのならば……私の血がついたこの人差し指。そう、この指を百合子ちゃんの口に入れてあげる」
「はる、かさんの……ゆび……血のついた、……指……」
「そう……欲しかったんでしょう? これが」
言われ、百合子が頷いた。首を僅かばかりだけ縦に振ると、
約束を違えぬために口の開きを大きくする。
……その殊勝な態度に春香は空いている右手で百合子の頭を抱えるように触れてやると。
「ふふっ、いい子ね……お座りなさい」
瞬間、百合子はぺたりと床に座り込んだ。
春香もそれに合わせて膝を落とし、ようやく――ようやくである。
もはやじんわりとしか血も滲んでいない人差し指を百合子の舌の先へと寝かせたのだ。
「ひ、ぁ……あっ……!!?」
百合子の両目が開かれて、息を飲んだその肩がびくびくと大げさに痙攣する。
今、彼女の肉厚な舌の表面に塗りたくられる女王の血。
それはある意味想像通りの鉄の味と、匂い、そして表現のしようもないほどの痺れを百合子の芯に刻み込んだ。
また、同時にあばらの狭い隙間を縫い、心臓へ向けて刃物を差し込まれるような快感。
そう! 見も凍るような快感が彼女の体を突き抜ける。……殺されたのだ、彼女は、再び、この女に!
"血を分け与えられる"という単純な一つの行動で、
焦らしに焦らされた百合子の脳はオシャカになったと言ってもいい。
その証拠に彼女の涎れは止めどなく溢れ、こぼれ、開いた口の両端から、だらだらと床を汚す始末。
吸いつくことは許されていない。百合子は必死に舌を動かすことでその指の、先の、傷口を、
まるで女性が男性を悦ばせるように丁寧に、丹念に、にちゃ、くちゃ、と音をたてながら味わっていく。
……そんな彼女の耳元で、春香が嘲るように言う。
「やだ、この子ったら赤ちゃんみたいにお漏らしして」
「す、すみみゃ……ん、ちゅっ♪ ……へん。へもほまれ、ほまらはふへ……!」
百合子は恥ずかしさで頬を染めながら謝ると、それでも舌の動きは休めずに、
両手の平を皿に見立てて自身の顎の下につけた。
ひび割れた花瓶から水が漏れ出していくように百合子の涎れは止まらない。
それは春香の血液とも混ざり合い、薄紅色をした粘液となって手皿のくぼみに溜まっていく。
「だけど、しょうがないんだよね? だってとっても我慢してたもの」
「はひ、はい……!」
「ふふふ……そんなに私の血が美味しいの?」
「おいひい、れふ……おいひ、……ああ、ああっ!! あ゛っ、!」
刹那、春香が百合子のナカで跳ねた。
それまで舌の上で円を描くように動かされていた指先が
滑るように彼女の喉奥を突いて一瞬のうちに戻ったのだ。
思わずえずいてしまった百合子の目尻が汗と涙が混じった水気で濡らされる。
……春香が百合子の耳に口を近づけると囁いた。
「今、私の指を噛んだでしょ?」
「あ、ぅ、」
「約束したのに噛んだでしょ? ダメってあれほど言ったのに、約束を破っちゃうような子は――」
次の瞬間、春香は百合子の口内からにゅるりと指を引き抜いた。
名残惜しそうな表情で、「ああ!」と呻きを漏らす百合子。
しかし、春香はそんな百合子に「大丈夫」と優しく微笑むと。
「もう少しだけ味わわせてあげる……でも、今度はもっと乱暴に。
次はアナタの飢えじゃなくて、私に怯える姿を見せて頂戴」
「怯える……すが、た……?」
「そう、快楽の行きつく果てに怯えるの――それが、我の糧ともなる」
百合子の返事を待つこともせず、揃えた二本の指先を――人差し指と中指をだ――強引に、乱暴に、
百合子のナカへとねじ込んだ。そして口の中を犯しつくすようにぐにぐにと指先を躍らせる。
根元まで侵入したソレは百合子の舌を押し付けて、歯の裏側を順になぞり、
口膣のありとあらゆる部位をどろどろのにちゃにちゃのぐちゃぐちゃにした。
その無邪気さと乱暴さの合わさった春香による遠慮のない行為と言う物は、
子供が好奇心から虫をバラバラにするのにもよく似ていて。
結局これから数分間、もはや言葉をかたどることもできず、彼女の望むまま思うまま、
百合子は喘ぎと呻きの混ざった鳴き声を口からひり出すこととなったのだ――。
===
「――どう? 渇きは癒えたかしら?」
「……はい。……ありがとう、ございます」
「ふふ、随分としおらしくなっちゃって……。我は少し、寂しいかの」
全てが終わったその後で、頬を触れられた百合子が「ひゃう!」と嬌声にも似た小さな悲鳴を短く上げる。
だがしかし、春香は服装の乱れを直す手も止まってしまった百合子に女王の顔で微笑むと。
「では百合子よ、お前に仕事を授けよう」
「は、はい! ……なんなりとお申し付けくださいませ、春閣下さま」
頬を染め、畏敬の瞳を向ける従順なるしもべにこう言った。
「我はこれより、Pと共に今後の方針を話し合う。その間に百合子は――」
「っ! 分かります、人間共に混沌と恐怖を与えるんですね!」
「違う、散らかった事務所の中を片付けよ。……社長や小鳥さんたちが戻ってくるまでに手早くな」
今回の選択は【・許可する!】でした。ご参加ありがとうございます。
では、とりあえずここまで。
===2.
さて――百合子をその場に一人残し、春閣下がどこへ向かったかと言えば
事務所からほど近い場所に存在するプロデューサーの家であった。
覚醒前の彼女ならば、その近辺は互いの関係がアイドルとプロデューサーであることを理由に立ち寄ることを
遠慮していたエリアでもある。(それは要らぬスキャンダル沙汰を起こさぬため、春香が自らに律した心ばかりの気遣いだ)
が、今の二人は肉塊を通した主従の関係で結ばれていた。
おまけに力も行使できる。二人を邪魔する障害など、取り除くのも容易いのだ。
そんな春香が「行く」と一言言ったならば、プロデューサーに断る権限は勿論無い。
実に一般的なそのマンションの、重たい玄関扉が今、厳かに開かれる。
「では春閣下様。幾分狭苦しい場所ではありますが――」
「は、はい! 大丈夫……お邪魔しまーす」
プロデューサーに促され、ちょっぴり緊張春香ちゃん。
強大なる悪の力に目覚めたとて心はまだまだ少女なのだ。
演じる余裕が無くなれば、途端、素の状態とも呼ぶことのできるいつもの彼女に逆戻り。
「お飲み物はコーヒーでも? ジュースの方がよろしければ、下で買って参りますが」
「あ、コーヒーで。……後、プロデューサーさん」
「はっ! なんでしょう」
「喋り方、いつも通りでいいですから……。その、今、私たち二人きり……ですし」
彼に通されたキッチン併設のダイニング。春香は落ち着かない様子でそう言うと、
ダイニングテーブルの上に置かれていた雑誌の表紙に目を落とす。
それは手軽に手に入る週刊雑誌の一つであり、
ちょうど彼女たち765プロのアイドルを特集している号だった
――表紙を飾る自分自身のグラビア写真と目が合って、
春香は何とも言えぬ気恥ずかしさから雑誌を慌てて裏返す。
「そ、それにしてもプロデューサーさんの家、意外に片付いていますよね。……ふふっ、案外綺麗好きなんですか?
男の人の一人暮らしだから、私、もっとごちゃごちゃしてると思ってた」
そうして彼女はやり場に困る視線を部屋のあちこちに巡らすと、最終的には台所に向かって立つプロデューサーのその背中。
さらには彼の周りの整頓された流しやコンロ周りへと向けられた。
二つ並べたコーヒーカップにケトルのお湯を注ぎながら、プロデューサーが説明する。
「それに関しましては春閣下様――」
「プロデューサーさん、口調口調」
「ああ……そ、それに関してはな、春香さ……春香」
「はい♪」
「上の階にいる響が時々オカズを持って来てくれたりしてな。ペットを預かることもあるし、
夕食を一緒に食べたりとか、ついでに部屋を片付けて行ったりとか――」
その時だ。鈍い物音がして分厚いテーブルに亀裂が走る。
蛍光灯もそれに合わせてチカチカチカと点滅したが、
異変に気付かぬプロデューサーは後ろを振り返ることもせずに。
「終電無くした恵美が来たり、このみさんたちが宅飲みの会場に使ったり。
とにかく人の出入りが激しいから散らかす余裕も無いと言うか」
「……へぇ、そうなんですか。知らなかった」
「そういや、春香だけは頑なにウチに来なかったな。なにか理由でもあったのかい?」
カップを両手に携えると――相変わらずののっぺらぼうではあったのだが――男はにこやかな笑顔で振り返った。
刹那、派手に弾け飛ぶ蛍光灯。
テーブルは中央から真っ二つに折れ、棚から食器が狂喜乱舞。
流しの蛇口は滝と化し、冷蔵庫は扉を開けると食材や飲み物を辺り一面に撒き散らした……。
ダイニングがそんな混沌模様の荒れ具合をプロデューサーに見せる中、
春香は膝に手を置き背筋を伸ばし、お行儀よく椅子に座ったまま。
「別に、理由は、無いですよ。後、私の勘違い……この部屋、女の子を上げるには少ーし汚すぎますよね」
にっこりと微笑んでいるのだが、彼女の笑顔はとても冷たい。
一瞬のうちに足の踏み場も無くなった床に佇んで、
プロデューサーはこのヤキモチ焼きなご主人様を本気で怒らせると自分はどうなってしまうのか?
……その恐ろしい想像に背筋を震わせるのだった。
===
それからおよそ数十分。綺麗サッパリ元通りとまではいかないが、
落ち着いて話ができる状態まで掃除が終わったダイニング。
プロデューサーは使い終わった掃除機を壁に立てかけると腰をトントンと叩きながら、
幾分か冷静さを取り戻した様子の春香に声かけた。
「それじゃあ春香、片付けもひと段落したところで……。世界征服だったっけ?
具体的にどんなことをしたいのか、俺に教えちゃくれないか?」
すると春香は手にしたカップに残っていた僅かなコーヒーを飲み干すと。
「具体的にと言われても、世界征服ですよ世界征服! とりあえずコッカイギジドウ……とか、
ソーリダイジン……とか、偉そうな場所や人なんかを、セーアツ? すればいいのかな」
「ん、んん?」
「それともアメリカだったりロシアとか、外国に行かなきゃダメですか? そうだ! 国連なんてのもありますよね。
ソコに行って集まった人たちを倒しちゃえば、即ち世界のナンバーワン!」
「まっ、待て待て待てっ! 閣下、いや春香!
……確かに、今の君にはそういうことをするだけの力があるんだろうけども」
「え、えへへ……。そんな面と向かって褒められても♪」
「だが、それじゃ、戦争だ! 春香は最初に言っただろう?
俺たちを支配に置いた後、何がしたいって言ったか覚えてるか?」
慌てるプロデューサーにそう訊かれ、春香が「ん?」と視線を宙に飛ばす。
「えぇっと……。恐怖と混沌で支配して、美味しいお菓子を沢山貢いでもらいたいなーって」
「そうそれだ! 恐怖と混沌は一旦脇に置いとくとして……。
世界中が戦争なんか始めた日にゃ、誰もお菓子なんて作ってる余裕は持てないぞ?」
言われ、春香も「ああ、確かに!」と納得した様子で手を叩く。
……プロデューサーはやれやれと首を振りながら嘆息し、
机を失ってしまったダイニングチェアに腰をかけた。
「いいか? 俺は春香に心からの忠誠を誓ったんだ。
それはつまり、君の夢を叶えるために最善の策を取り続けるってことにもなる」
「最善の……策、ですか」
「そうだ。馴染みのある言い方をすれば、春香が悪の女王としてこの世に君臨する為の
プロデュースプランを練るって言っても構わない」
「プロデューサーさんが考える、私の為のプロデュースプラン」
「そう! 俺と春香が協力して、二人三脚で目指す世界征服だ。
……だが、その果てに荒廃した世界を手に入れたところでなんになる?」
語る男の口調は真剣だ。
彼が今、大真面目にぶつ意見は春香の夢を思えばこそ。
「荒廃するって言うことは安心が無くなるってことだ。人は安心無くして生きられない……。
食べ物は取り合いになるだろうし、暴力が無秩序を増長する。そんな時、支配者たる春香に民が望むことと言えば――」
「わ、私に望まれることと言えば?」
「事態の収拾、改善、途切れなく持ち込まれるトラブルトラブルトラベルトラブル!
問題を解決するために世界中をひっきりなしに飛び回り、
寝る間も惜しんで仕事して、だけども民衆は理解すらせず不満ばかりを口にする!」
「や、やだぁ……! そ、そんな世界望んじゃいませんよ!」
「だろう? だからこそ世界を支配する手段は合理的かつ効果的に、無茶なく選ばなくちゃならない。……とはいえ、だ」
そこで男は言葉を切り、ニヤリと笑った雰囲気を醸し出した。
心なしかPヘッドの口元に当たる部分にも、皺が寄ったように見えなくもない。
「幸い、春香はその一歩を既に踏み出してる。……分かるか?」
「えっ? 私が踏み出していること……」
プロデューサーに質問され、春香は腕を組むと可愛らしく「むー」と唸って考える。
そうしてしばらくの間首を捻った後、彼女が出したその答えは。
「……お、お菓子作り? ほら! みんなが忙しくなるのなら、自分の分は自分で作る――」
「違ぁーうっ! アイドルだよ、ア・イ・ド・ル!!」
「ア、アイドル!?」
「765プロ所属の天海春香! 見ろ!」
プロデューサーが床に落ちていた週刊雑誌を拾い上げ
――春香が表紙を飾っていたあの本だ――彼女の眼前に付きつける。
「春香、よーく聞いてくれ! いつ、どんな時代にも、その時代を象徴する偉大なアーティストってのがいたもんだ。
そんな彼、または彼女たちは時に国を、世界を、世代を、民衆を、
それこそ国境だの人種だのって言うしがらみすら超越して人々の支持をその身に集めることになった!!」
「は、はい!」
「そうして一種のコミュニティを――世界と言い換えたって良い! 形成した。即ち、それは個人で成し得る最も小さな世界征服!
……俺の世代で言うならば、トップアイドル日高舞。あれは本当に凄かったぁ……!」
プロデューサーは思い出に浸るように顔を上げると、呆気に取られる春香の前でしばしの間沈黙し。
「おっと、話が少し逸れちゃったな。……つまり、アイドルには人の支持を集めるだけのパワーがある!
支持する人たちが増えて行けば、活動はいつしか世界規模に。
日本のアイドル天海春香は、世界のハルカアマミにだってなれるワケさ!」
「それが、プロデューサーさんの考えた私に合った世界征服」
「そう! そうだ! その通りだ!!」
興奮気味に捲し立てるプロデューサーに春香が言う。
「でもそれ、私が前から言っていた……。トップアイドルになるって夢と被ってません?」
「だから、春香はアイドルになろうと思ったんだろう?」
「えっ? ……いやー、実のところアイドル目指したきっかけは、案外大したものじゃ無かったり――」
だがしかし、勢いに乗るプロデューサーは春香の呟きなど耳に入らない。
情熱的に拳を握り、なんとも嬉しそうな声音で語るのだ。
「きっと覚醒する前にあったって、潜在的な意識の中では一番良い手段を本能で選んでいたんだなぁ……!
俺は常々春香のそういうアイドルとしての嗅覚と言うか、芯のぶれないところが魅力だと思っていたんだよ!」
「えっ、えっ!? み、魅力的ですか!」
「ああ、とても大切なことだ! プロデューサーとしても鼻が高い!」
「あ、あはは! あは、ははは……♪ や、やだ! そんなに褒めて貰っちゃうと、私、私勘違いしそう――」
そうして今や顔も真っ赤、両手で頬を抑える春香に向けてプロデューサーは「何言うか!」と上機嫌のまま腕を振り。
「春香一人だけの話じゃないさ! 俺は765プロにいるアイドルのみんながその器を持ってると思ってるぞ!!」
次の瞬間、彼は見えない何かに押さえつけられるかのようにフローリングの上に倒れ込んだ。
不快な音が耳にメリメりと――それは全身の骨が圧力に軋んで上げた悲鳴である――プロデューサーに痛みと苦しみを与える中、
のぼせた頬に手を添えて、春香は小さく嘆息してから呟いた。「Pよ、お主は利口であっても阿呆じゃの」と――。
とりあえずここまで。
しっとぶかいかっかだなぁ
乙
かわいいじゃないの
===
ところは変わりここは事務所。
敬愛なる春閣下さまより尊い生血を分け与えられた"ヴァンパイア"百合子はと言うと、
彼女の命令通りにあらかたの掃除を完了させ、今は自身の力ではどうにも復元することのできない
壊れたホワイトボードやテレビを前に途方に暮れている真っ最中。
積み上げられた机や椅子、転がる棚やソファの類は常人離れした怪力を使い――
そう! 春香から直接力を授かった彼女の身体能力は、もはや並みの人間よりも高いのだ――
どうにか元の場所に戻すことができてもだ。
「割れた液晶に壊れたボードなんて、どう直したらいいか分かんないよ~……」
まさか、手の平をかざすだけで新品同然に修復できるワケでもない。
試しに両手を打ち鳴らし、「錬成!」と叫んだりしてはみたものの、
廃品と化したテレビはうんともすんとも言わなかった。
お手上げである。白旗である。
いずれは戻って来る事務所の人間にこんな現場を見られた時、
一体なんと言い訳をすれば良いものか?
落ち込む百合子の感情に合わせ、頭の飛膜もうなだれる。……と、その時だ。
彼女のスマホがティン! と着信を知らせたのは。
「はい、もしもし百合子です――」
「百合子、俺、プロデューサーだけど。……お前の方はまだ事務所に?」
「プロデューサーさん? ええ、今お掃除が一息ついたトコで」
「なら良かった! 急な話で悪いけど、今からウチに来れないか? 少し、話したいことがある」
スピーカーから聞こえて来た彼の真剣なその口調に、
百合子はスマホを少しだけ顔から離すと高鳴る鼓動を落ち着かせるため自身の胸へと手をやった。
「プ、プロデューサーさんのお家ですか?」
「ああ」
「分かりました。私、なるべく急いで駆けつけま――ああっ!?」
「ど、どうした百合子! なにがあった!?」
「……あのー、早く行きたいのはやまやまなんですけどぉ……」
そうして、彼女は春香の残した"置き土産"について説明する。
百合子が事情を話し終えると、電話口からため息が聞こえ、何かを諦めたようにプロデューサーがこう返した。
「……よし。その件についてはこっちが後で処理しよう」
「本当ですか? 助かります! 私、自分じゃどうしたらいいか分からなくて」
「なに、そんなに心配しなくても俺の給料がまた減るだけ……っと、
そ、それじゃ、百合子、待ってるから! できるだけスグにウチに来て――ぬあ゛っ!?」
「プロデューサーさん? プロデューサーさん!? ……なんだろ、急に切れちゃった」
不審な終わり方をした通話に百合子がその眉根を寄せる。
電話の向こうから最後に聞こえて来たものは、
何かを叩きつけるような物音とプロデューサーの断末魔……。
「きっと、何かあったんだ。プロデューサーさんに良くないこと!」
事件の匂いを感じとると百合子は765プロから飛び出した――
文字通り事務所の窓を開けて、広がる虚空へアイキャンフライ。
おお百合子よ気でも狂ったのか!? 否、本人は至って正気だった。
無論、彼女だって人が空を飛べないことは百も承知。
だが、しかし、今の百合子は人でありながら人でない。
春閣下さまより与えられし素晴らしき力をもってすれば、空を飛行することなど造作も無いと思ったのだ。
事実、春閣下本人はその"力"を行使し百合子を浮かせたでは無いか!
頭に生えている小さな翼をパタパタパタとはためかし、百合子は地面に真っ逆さま。
……と、ここで僅かばかりの解説を。
ご存知765プロダクションは、古い貸しビルの三階を拠点としている事務所である。
ビルの高さは四階建て。二階と四階は空いているが、一階には『たるき亭』と言う名の定食屋が店を構えていた。
そして、今はちょうどお昼のかき入れ時。
当然たるき亭には客が出入りをし、往来にも人がそこそこいる状況である。
そんな白昼のよくある光景に突如現れた身投げ少女、これが注目を集めないことなどあるものか!
ぶべちゃ! と硬い床に生肉の塊が叩きつけられたような音が響く。
ギョッと人々が足を止めて、幸いにも誰の頭上にも当たらなかった少女の姿に青ざめる。
だが、落ちて来た百合子は勢いもよく地面から体を引き剥がすと。
「あ、ははは、はは、お騒がせしてぇ……す、すみませぇぇぇんっ!!」
何事も無かったように立ち上がり、衆目集うその場から一目散に逃げ出した。
後に残された人たちはただただ唖然とした顔で、
去りゆく少女の背中を見送ったという……そんな昼の一幕の後、である。
===
自らの浅はかさが招いた結果とはいえ思わぬ赤っ恥を掻いた百合子。
彼女が呼び出しを受けたプロデューサーの家を訪ねた時、
目にしたのは袋入りのマシュマロをもぐもぐと頬張る春閣下、そして彼女を胡座の上に乗せたPヘッド男の姿だった。
予想だにしていない現場に出くわして、思わず言葉に詰まった百合子に春香が言う。
「なにを呆けた顔をしておるか。……それとも、余がここに居るのが不思議かの?」
いえいえそんな滅相も無い! と、百合子は大げさな動作で頭を振る。
どちらかと言えば春香がこの場にいたことより、彼女が男を玉座代わりにしていることの方が気になったが……。
聡い百合子は二つに折れたテーブルや、部屋の隅で膨らんでいる真新しいゴミ袋を見て何があったかを把握した。
どことなく怯えた様子のプロデューサーを見るにしても、気まぐれな女王閣下がひと暴れしたのは明らか。
しかも、である。目の前の春香は未だご機嫌を取り戻してはいない。
なぜなら百合子の体はダイニングに一歩踏み入れた途端に指先一つピクリとも、
凍りついたように動かせなくなってしまっていたからだ。……金縛り。
春香がマシュマロを飲み込んで、百合子にニコリと微笑んだ。
「して、百合子よ。そちはどうしてココに来た?」
「え? ど、どうしてって、そのぉ……。プロデューサーさんに呼び出されて」
「違う。なぜ"この場所"(プロデューサーの自宅)を知っていたのかと訊いておる」
瞬間、百合子の顔から血の気が引く。
言葉は交わしていないのだが、この質問に春香の背後で人間椅子と化している
プロデューサーも怯え震えたように見える。
そうして百合子は背中を嫌な汗が流れだしたのを感じつつ、緊張に震える唇で答えたのだ。
「それは、あの……プロデューサーさんのお家には、私、ほ、本を置かせてもらってて!」
「ほう?」
「い、家の本棚が一杯なんです! そう、一杯で! 部屋に新しい本棚を置くスペースも無くて、それで、それで、
つい、プロデューサーさんも『いいよ』って言ってくれたから……」
「週に何度か立ち寄って、読書会も開いていたと言うワケか。……実に優雅な集いじゃな」
「あ、あれ? なんで春閣下さまはそのことを?」
「全てこの男から訊き出したわ。……はっ!!」
声に苛立ちを孕んだ春香が右手を振り上げるとほぼ同時、
百合子の背中にゾクゾクとした寒気にも似た痛みが走り抜ける。
その強すぎる刺激に耐えられず、彼女は「ふみゃっ!?」などと
間抜けな悲鳴を一声あげると二人の前でみっともなく尻もちをついた。
この時翻ったスカートの隙間から見えた神秘の布地の存在に、プロデューサーが思わず顔を横に逸らす。
「……むっ」
だがその反応がよくなかった。
春香は前のめりになるように自身のお尻を浮かせると。
「えい!」
体重を乗せたプレスで男の腹部を深く抉る。
苦し気な呻き声を上げて痛みに耐えるプロデューサー。
一般的にはご褒美だが、彼にとっては非常に厳しい一撃だ。
なにせ男はアイドルたちを愛していた。
とはいえ、それは異性に抱く愛情ではなく家族に向ける親愛に近い気持ち。
その、ともすれば妹や娘のような少女のパンチラに劣情を催してしまうなど人として――
まぁ、彼は既に人ではないのだが――恥ずべき行為だと自覚していたワケなのだ。
プロデューサーはそんな鋼の自制心とも言うべきプライドを持っているからこそ、やわわな春閣下のヒップが自身の膝上にあろうとも、
彼女の髪の匂いが鼻腔をふわりくすぐろうと、誘惑に耐えて己を律していたというのにである。
「ぬ、お、おぉぉ……!」
「ドコを見ておるか痴れ者め、余の椅子としての自覚が足りておらぬ! ……どうもお主には、まだまだ躾が必要じゃな」
厳しく閣下に叱責され、男は情けなさと自己嫌悪から奥歯を食いしばる。
そしてそんな二人のやり取りに、百合子は確信をもってこう言えた。
(あれってどう見ても嫉妬だよね? ……つまり、春閣下さまはプロデューサーさんにラブなんだ!)
また、この仮説はかような見解も導き出す。
(でも私だってプロデューサーさんは好きと言うより憧れで……。だけど今はそれと同じぐらい、私、春閣下さまにも恋してる!)
とんだ飛躍だと思うなかれ、これはごく自然な感情の成り行きだ。
まず、百合子はプロデューサーに少なからず好意を抱いていた。
優しくて頼りになる年上男性という存在は、それだけでとても居心地の良い関係を彼女に与えていたのである。
しかしこれは、彼女がまだ人間だった頃の気持ち。
今の百合子は春香による転生とも言える行為によって忠実なしもべとして生まれ変わっていた。
当然、産みの親とも言える閣下に仕える気持ちがある。
おまけに春香から直々に生血を与えられ、その忠義心はより深く、
強く高められていた――と、これはそういった一連の流れの結果なのだ。
また、恋心の中にはそれと同等レベルの強い悪戯心も潜むモノ。
好きな異性をついついからかいたくなるのは古今東西森羅万象、変わらぬ心の真理でもある。
……人、古来よりこれを『恋煩い』と呼ぶ。
無論、百合子だってその例に漏れることなどなく、嫉妬心を露わにした春香の姿にこう思った。
「あの嫉妬と言う名の感情を、自分にもどうにか向けさせたい!」……
そのためにも、まずは春香の中で自分の存在を大きく膨らます必要がある。
即ち、それは彼女を悦ばせることとほぼ同義。
手段は当然、閣下の望みを叶えること。
さらに場合によってはもっと直接的で原始的な……"奉仕"と呼ぶべき行為すら、選択肢の中には入るのだ。
とりあえずここまで。
次回更新で起承転結の承を終え、転に繋ぐ為の安価を取りたい予定です。
===
さて――百合子がそんなある種の妄りな想いに耽る中、
順調にマシュマロを食べ終わった春香はパン! と空き袋を両手で押しつぶすと。
「うむ、真に美味であった♪ 流石は徳川の……。
さてPよ、こうして腹ごしらえも済んだところで我らに話があるのだろう? 申せ」
すると百合子も床に座るその足を直し。
「そうでした! プロデューサーさん、電話じゃ私にお話があるって――」
「違う、わ・れ・ら・じゃ」
「わ、私たちにお話……。一体どんな内容です?」
春香からの威圧するような視線を受けながらプロデューサーに質問する。
この時、百合子の背筋に恐怖とはまた違ったゾクゾクが走ったが、ここで深く追求することは止めておこう。
……春香を膝に乗せたまま、プロデューサーは話し出した。
「うん。実は百合子がココにいない間に俺たちは今後の活動方針を話し合い――
結果としては二人とも、これまで通りアイドルを続けてもらうことになった」
「えっ……アイドルを?」
はて、それは一体どういうことか?
男の言った意味が分からず思わず小首を傾げる百合子。
「だけど春閣下さまは世界征服をなさるって……。
世界規模で活動している地下組織にコンタクトを取って手駒にしたり、
各国首脳を裏で操っている秘密結社の首領を洗脳したり、
地球を遥か昔から監視している宇宙的知的精神体と協力関係を築いたり――」
「悪いが百合子、そういう活動は一切する予定が無いな」
「え、えぇ~? でも、だったらどうやって、世界征服するんです!」
彼女は自らが描いていた世界征服のイメージを真っ向から否定され、
憤慨したように不満を垂らすと頬をぷくっと膨らませた。
そんな百合子にプロデューサーは例の話――先ほども春香に熱く披露した
『アイドル=世界征服』の関係だ――を語って聞かせると。
「だからまずは世界征服の為のステップ1、俺の考えた『765プロ乗っ取り計画』を聞いてくれ!」
一応の納得をした百合子を前に、またもや拳を握りしめて引き続き、鼻息も荒く今後の計画を喋り出す。
「実はまだ、事務所のみんなには発表する予定じゃ無かったが……
ちょうどタイミングの良いことに、765プロ劇場で準備していた一つの企画があるんだな」
「企画?」
「それ、どんな企画です?」
「ああ、その名も『アイドルレストラン(仮)』! 事務所のアイドルが店員として働くレストランを、
フードコートの一角に出そうって社長のアイディアさ」
得意気に言い放たれたプロデューサーのこの言葉に、
春香と百合子は反応に困ったようにお互いの顔を見合わせる。
そも、確かに765プロ劇場にはお客や社員が利用できるフードコートが存在する。
他にもアイドルグッズで一杯のゲームセンターやカラオケ、ネカフェ、映画館にとどまらず、
エステに温泉サウナにカジノに博物館とお化け屋敷等々、社長の思い付きで建て増しされた
『そもそもシアターって何だっけ?』と首を捻りたくなる施設が目白押し。
最近では時代劇に嵌っていると言う社長の言動から、
次は天守閣のある立派なお城を建てるんじゃないかなんて冗談すら飛んでいるような場所なのだ。
そんなある意味では巨大テーマパークに匹敵するような敷地にアイドルが働くレストラン……。
演技をする余裕も無いようで、心配そうに眉を寄せた春香がプロデューサーに顔を向け言う。
「それ、ちょっと地味すぎません?」
「お客さんちゃんと来るのかなぁ……」
「ま、待て待て二人とも、不安そうな顔になるな!
……現役アイドルが接客してくれるお店だぞ? 話題にならないハズがない!」
しかし、春香たちは揃って「う~ん……」と微妙そうな反応を彼に返し。
「でも、それなら佐竹飯店の二号店が――」
「安い、旨い、大盛り美奈子! ……劇場で一番の人気店です」
「それと比べちゃうと、やっぱり"売り"が弱いよね?」
「例え美奈子さんが接客してなくても、あの量と質が破格のお値段ですから……まぁ」
「それに、伊織のトコのパティシエが出してるケーキショップ」
「貴音さんと静香ちゃんが贔屓にしてるめん処」
「紬ちゃんたちも気に入ってる和菓子屋さん」
「あそこのおはぎ美味しいんです!」
「律子さんが経営にタッチしてるハンバーガー屋さんもあるんだよね。ほら、やよいも時々バイトしてる」
「うぅ……やっぱり激戦区ですよ? フードコート」
「私たち悪いことなんて言いません。けど、その企画はもう少し練り直した方が良いと思います!」
二人の少女に心底心配されてしまい、一瞬はたじろいでしまったプロデューサーだったのだが。
彼は「だが、しかし、だからこそだ!」と大きく両手を広げて宣言する。
「だからこそ、正式に出店する際はインパクトのある店にしようって話になってるんだ!
さらに、インパクトを容易に手に入れるためにはな――」
「容易に手に入れるためには……なんです?」
「ズバリ、ぶっ飛んだコンセプト! 例えばそう……以前展開したアイドルメイドカフェみたいなな!」
その時、春香の脳裏になんとも懐かしい思い出が蘇った。
それはまだ765プロ劇場ができる前の話である。
今は会長となっている前社長、高木順一郎がやはり思い付きで計画した
現役アイドルの接客するメイドカフェー……。
しかし、その結果はとある事情から散々に終わり、
最後は警察沙汰にまで発展して営業停止に追い込まれた苦い過去。
「プロデューサーさん。あれはお世辞にも成功したとは言えないんじゃ」
「でも結構支持は集めたんだ。……まぁその後? 春香以外の面子が
売り子をやりたがらなかったからそのままおじゃんになったけど」
「ちょ、ちょっと待って下さい? つまり今回の『アイドルレストラン(仮)』は、そんな乗り気じゃない先輩たちの代わりに
私たち劇場メンバーが増えたから引っ張り出して来た再利用企画――って、ことですよね?」
沈黙。核心を突かれたプロデューサーが胡散臭げに自分を見つめる百合子からそっと目を逸らす。
「……で、ここからが計画の本題だ。世界征服を果たすため、
これからも二人にはアイドルを続けてもらわなきゃならんのだが……。
問題は、やっぱり俺たちが"悪"ってコト」
「悪ですか」
訊き返す百合子に春香が言う。
「うむ、百合子よそうなのだ。例えアイドルを続けるにしても我は悪の女王であり、
お前たちも余のしもべとして既に人ならざる存在であろう?」
「人ならざる……そ、そうですね。私、一応これでも死人ですし」
「俺も、これからはどこへ行ったって妙な被り物をしてる変な人だ」
おどけるようにそう言って、プロデューサーが自分の頭に手をやった。
そう、その頭を包む奇妙な肉塊が無くなっては、彼はたちまち死人に逆戻り。
ところが、ここで百合子は一つ気になることを思い出した。
「そうだ! あの、プロデューサーさんの頭なんですけど」
「ん?」
「私の羽みたいに、形を変えるってできないんですか?
……ほら、私はちょうどこんな風に、編み込みに混ぜてみましたけど」
言って、百合子は自分の頭を指さした。
確かに彼女の言う通り、編み込みには
青紫色のリボンにも見える物が一緒になって編まれている。
「これ、春閣下さまのイメージです! 忠実なるしもべの証として――」
「……百合子よ、その色は我が腹黒いと言いたいのかの?」
「ま、まさか、そんな滅相も無い! これは春閣下様のリボンを参考に……。
紫色を選んだのも、闇の眷属を表そうと」
「むぅ、ならばよかろう。……ただ、余は赤系統の方が好きである」
「変えます、すぐっ!」
そうしてプロデューサーの目の前で、みるみる色を変えていく百合子の羽。
けれどもだ。男は感心するようにその一部始終を観察してはいたものの。
「いやはや全く便利だな。……だけど俺のはそうはいかないんだ。自分の意思じゃあ動かせない」
「そうなんですか?」
不思議そうに尋ねた百合子に対し、説明したのは春香だった。
「Pは初期の段階で仕損じた。不完全なままで結合してしまったが故、今は肉塊に寄生されたような状態にある。
……歯がゆいが、今一度完璧なる反魂の法を施すためには我の力も足りぬのだ」
悔しそうに呟く春香に向け、百合子たちは何と言っていいか分からなかった。
そも、自分たちは彼女に対する強い忠誠心は持つものの、どうして彼女がこのような力を使えるのか?
そして力を分け与えられた自分たちに何ができるのか? 一切の詳細を知らないことに気づいたのだ。
そんな二人の雰囲気を春香は感じ取ったのだろう。
相変わらずプロデューサーの膝上からは降りないが、彼女は居住まいを正すとこう言った。
「ふむ……まぁその話は一旦よいとして、今後の計画を進めるために我らの仲間を増やす必要もある。
Pが細かい仕事を進めるうち、百合子にはソチラの仕事を任せよう」
百合子も思わず背筋を伸ばし食い気味に
「そ、それはつまり、私が春閣下さまの為にしもべを増やすと言うことですか?」
「うむ。Pよ、百合子に説明を頼む」
「はっ! ……こほん! あー、百合子も何度か聞いたように、閣下の力の源は生き物が生み出す
恐怖や不安と言った負の感情。これを効率よく集めるためにも、俺たちには安全な"狩場"が必要なのはわかるだろ?」
「あ! もしかして、それがさっき言ってたレストラン?」
「そうだ、理解が早くて助かるよ。……ついでに俺たちの活動に必要な、
食べ物だったり血液だったりもレストランならさほど怪しまれずに用意できる」
するとプロデューサーのこの言葉に、百合子が「えっ?」と目を見開く。
「血液って、人間の血をレストランで!?」
「いや、なんでも閣下の話では人の血でなくてもいいらしい」
「え、えぇ……?」
そうして彼女から怪訝そうな視線を向けられた春香は事も無げに。
「百合子は一つ勘違いをしているようだがの、肉塊と結合したからと言って"吸血鬼"になったワケではない」
「ち、違うんですか? じゃあ、なにに!?」
「蚊、ヒル、ノミ、チュパカブラ……好きな呼び名を一つ選べ。
そも、事務所からココまでの道のりで日光に晒されておるはずなのに、お前は灰になっておらぬではないか」
「……あ!」
からかうようにそう言われ、思わず百合子はうなずいた。
だが、すぐに春香は真剣な表情を浮かべると。
「しかしな? 身体能力は人を遥かに超え、羽を模している触角も使い道は己の工夫次第。
おまけに我と同じくしもべを生み出す力も……百合子、結合が完全であるお主にだけは備わっておる」
「私にも、春閣下さまのようにしもべを生む力があるんですか?」
「うむ! ……とはいえ、効果はさほど強くは無い。吸血対象とした相手に自身のフェロモンを直接注入し――
平たく言えば、牙を突き立てた相手を自分に惚れさすことができるのだ」
「はぁ」
「だが、あくまで効果は一時的。完全なるしもべに仕立て上げるには、数度に渡っての吸血が不可欠。
しかも、じゃ。そのフェロモンには効果の出やすい相手と出にくい相手もおるであろう」
「そうなんですか? でも、どうして?」
「それは心の強さの問題よ。歳は若ければ若いほど、心は子供に近ければ近いほど……
効果はてきめんに強まるが、逆にしっかりとした己を心に持つ者は、抵抗力も自然と強くなる」
すると春香の説明を引き継いでプロデューサーがこう続けた。
「狩場の秘密を共有する為にも、レストランスタッフとなるアイドルには
百合子が吸血してくれなきゃいけない。とはいえ、誰をこっち側に引き込むかの選定が中々難しくてな」
と、彼はそこで一旦言葉を切って頭を掻くと、百合子の意見も求めたのだ。
「そこでだ。参考までに訊きたいが……百合子、お前は誰ならしもべにする自信がある?
できればキッチンでも働いてもらいたいし、料理ができる子の方がいいんだけどな」
・安価↓の2
・百合子がしもべにできそうな765プロのアイドルを一名お書きください。
・ただし、相手によってはしもべ化に失敗する可能性も十分ありますし、
今後のお店の経営に支障をきたす、または秘密を漏らしちゃったりするかもしれません。
・キッチン、ホール、合わせて二名選出予定です。(まずはキッチンから)
翼
紗代子
・ご参加ありがとうございます。安価で選出されたのは【高山紗代子】ということで書き進めたいと思います。
それとですね、今回の話はラストシーン以外大筋も骨組みしか無いような状態です。
大まかな目的だけは設定して、登場人物や選択などをその都度安価に任せてる感じの、インタラ的な疑似即興
・ですから、これまでの流れで浮かんだであろう細かい疑問(例・百合子は頑張れば空飛べるの?)等、
こちらの説明不足な点に質問を残していただければ、次回、春閣下さまから直接お答え頂く説明パートをご用意できます。
(ただし、春閣下さまは今お腹一杯でおねむです。
全ての質問に答えてくれるかは分かりませんし、彼女も知らないことには答えられません)
・あ、百合子のパンツがどんなものだったかをプロデューサーに訊いたりもできます。
つまり、それぐらい選択式ではないレスの自由度は高く、ストーリーが横道にそれないと判断する限りは、
例えば今回小鳥さんや美咲ちゃん、高木社長が冗談で選択されても難癖つけてアイドルに仕立て上げるぐらいは可能でした。
・と、まぁなんとも面倒で分かりづらい進み方をしている話ですが、こちらも実に初めての書き方をしている分、まだまだ手探り状態です。
何かご意見やアドバイスなどあれば気軽に書き残して行ってください。
では、一旦ここまで。
一旦乙です
以前あった期間限定のアイドルカフェがメイドカフェっぽい企画とか思ってたな……
http://i.imgur.com/AGyqDxb.jpg
乙乙
秦P時代にドラマCDとはまた懐かしいネタ持ってきたなw
百合子がしもべに出来そうなアイドルとかロコや紬や杏奈ぐらいじゃ…
料理できそうなメンツがいねえ
年少組は行けそうだけどパイセンは微妙か
===
プロデューサーの問いかけにしばし沈黙する百合子。彼女は頭で整理する。
春香の説明をまとめると、『自分よりも"弱い者"ならば従属させるのに手間は要らぬ』。
この場合、弱さとは心の純真さ、そして幼さだ。
百合子の脳内に数人のしもべ候補のアイドルが浮かび、最終的に残ったのは――。
「……私、紗代子さんに挑戦してみます」
落ち着いた百合子の回答に、プロデューサーが眉をひそめる。
「紗代子だって? しかしアイツは……」
「分かってます。紗代子さんは私よりも年上だし、真面目で頑固な人ですけど」
そう。百合子の口にした高山紗代子という少女は春香と同い年の十七歳。
(ちなみに百合子は十よ――五歳)
おまけに劇場でも一二を争う努力家と認識されているアイドルであり、
負けん気も強く、何事にも果敢に挑戦していける強さも持ち合わせている女の子……。
春香の説明に鑑みれば、どちらかと言うとヘタレることの多い百合子には分の悪い相手だと言えた。
……だが、しかし。
「それでも、だからこそしもべにできたなら、こんな私にも強い忠誠心を持って
彼女は仕えてくれるかもって! そう思ったら、挑戦してみる価値はあるなと!」
強気に言い放つ百合子からは、
仕事前にネガティブな意見をつい口にしてしまういつもの様子は見られない。
一体なにが彼女をここまで強気にさせるのか?
怪訝な顔をするプロデューサーとは対照的に、
事の事情を察した春香は思わず笑い出してしまった。
「くっくっく! 大きく出おって、この身の程知らずめが」
「か、閣下様!?」
「良いではないか、Pよ。百合子はやると言っておる……
"力"の振り方に関しても、キチンと理解しているようだしな」
「力の振り方、ですか……?」
とはいえ、春香もこのままプロデューサーが話に
置いて行かれるのは困ると見たのか、「こほん!」と軽い咳払いを挟み。
「今の百合子には人間離れした腕力がある、体力もある。
一介の小娘の力程度、一度組み伏せてしまえばまず逃げられることは無い話」
「あっ! 確かに、そう言われれば……」
「後は紗代子の心が折れるまで、百合子は飽きる程可愛がってやるだけでよい。
なに、一晩をかけてみっちりと、牙の餌食にしてやればいかに屈強な心でも堕ちようて……のう?」
百合子に向かって「そうであろう?」と視線を送り、
彼女もそれに応えるよう大きく頷きこう続けた。
「一度の効き目が弱いなら、何度も何度も繰り返す。余程のアクシデントが起こったり、
私がドジさえしなければ、きっと紗代子さん相手でもしもべ化できるハズですよ!」
まるでアメリカンコミックのヒーローのように、ひょんなことから手に入れた
強大な力とそれがもたらす結果が弱気だった者に自信をつける。
そう、正に今の百合子は典型だ。
空こそ飛べはしないものの、既に立証されている腕っぷしと耐久の高さは
彼女に「為せば成る」と実感させるには十分過ぎるほどの経験。
例え戦う相手がレオパルドのような戦車だろうが猛り狂った象だろうが、
やろうと思えば必ず倒すことができるという確信が七尾百合子には生まれていた。
「ですから、プロデューサーさんには用意してもらいたいんです。私と紗代子さんが一緒になれるお仕事を……。
それこそ春閣下さまが仰ったように一晩中、誰にも邪魔されずに彼女の相手ができるような」
前のめりだった背筋も伸ばし、百合子は凛とした表情でプロデューサーに願い出た。
別人のように生まれ変わった彼女の堂々とした態度。
驚くばかりの変貌ぶりを見せられて、プロデューサーも「そう……だな!」と膝を叩く。
「分かった、できるだけ早くそういう仕事を持って来よう。……ただ」
「ただ、なんです?」
「いやね、わざわざ仕事にかこつけたりしなくても、行動に出る手段や機会はいくらでもあるんじゃないかと思ってさ」
確かに彼が言う通り、百合子が劇場通いする中で紗代子と二人きりになるチャンスは無数に存在すると言えた。
多少強引な手段を講じるなら、彼女の自宅に直接押しかけることだってできはする。
……が、百合子は何かを思い出すように目を伏せて。
「は、恥ずかしいんです。実は」
「恥ずかしい?」
「はい、あの、血を吸う行為って何て言うか……。自分じゃ抑えられないほど、気持ちよくなっちゃうんですよね」
頬を染め、もじもじと指を合わせる彼女の反応にプロデューサーも理解した。
ちなみに全くの余談だが、『女性は男性とは違い、食事をとることでも性的な欲求を満たせるのでは無いか?』といった中々面白い説がある。
デートで恋人とディナーを楽しんだ男性が「いざ!」とその後のお楽しみに手をつけようとしたところ、
相手が乗り気にならずスマートに事が運ばなかった――なんてあるある体験と、この説は密接に関係しているとまで言うらしい。
それは男女で脳の構造に違いがあるからだと言われているが、あくまで憶測の域を出るものではなく信憑性も定かではない。
とはいえ、そう考えてみるとディナーと一緒に高級ワイン、または食事の後で立ち寄った上品なバーでお洒落なカクテルを振る舞うという
世の男性諸君のデートプランは(一般的にはムードの演出と言われるが)実に理に適っているとは言えまいか?
当然、そんな彼らが目指すは相手を前後不覚にまで酔い潰してのベッドインであるワケで。
今夜も街のどこかでは、スケベ心に仮面を被せた男たちがあの手この手でパートナーが食欲だけで満足しないよう苦心を重ねているのである。
その涙ぐましい手間と情熱、そして努力の末にだがしかし! 袖にされる者もいるという事実も
それはそれとして厳しい自然の淘汰であり、種としての生き残りをかけた男たちの戦いは云々かんぬん閑話休題。
「だから吸血行為をするにしても、なるべく春閣下さまやプロデューサーさんが近くで備えていてくれた方が――」
「百合子も安心ってワケか」
「は、はい。……なので、何処かに泊りがけのロケなんかが出来れば一番良いかなって」
百合子がここまで意見を述べ終えると、プロデューサーは「ふーむ」と顎に手をやり考えだし、
春香も件の百合子の乱れ具合にさもありなんと一人納得する。
「それから春閣下さま。私、一つ訊いておきたいこともあるんです」
「なんじゃ、百合子よ?」
「どうして私にしもべ作りを? 春閣下さまのお力なら、私より容易く新たなしもべの一人二人――」
「できぬ……と、言いよりやりとうない。直接使役する死人が四人五人と増えてみよ。
定期的に血を提供せねばならぬ我の身がもたぬわ」
そうして百合子の質問に答えた春香は「はふぅ」と可愛らしい欠伸を一つこぼし。
「それに力も使えば使うほど、我は長く深く休まねばならぬ。
……とはいえ、その間無防備になる余を守るためにお主らを必要とするのだがの」
「あ、そうなんですか?」
「そうなのじゃ。まぁ、いずれは765プロ全体がお主のしもべと化す手筈。今回の紗代子はその練習台とも言うべき存在よ」
プロデューサーの胡座椅子から立ち上がると、ごしごしとお目々を擦ってこう言った。
「……してPよ、寝所はドコぞ? 我は質の良い安眠を所望する」
「えっ!? か、閣下様、ですがそれは――」
「ええいウルサイのぅ……! ベッドはどこかと訊いておる。眠い、早うお主の寝室に案内せい」
だが、プロデューサーは慌てふためき立ち上がると。
「だけど家のベッドはいつも俺が――いや、わたくしが使ってる小汚い物で……」
「ではこののち、我専用の寝具を用意するか? 場所はお主のベッドの横でよいぞ」
「そんなスペースもありません!」
「ならば喚いておらんと明け渡せ。……む! この扉の奥が怪しいのう」
寝室へと続く扉を探し始めた閣下の後追い右往左往。
そんな二人のやり取りを眺めながら、百合子はこれまでの話を自分なりにまとめることにした。
――以下は、簡単にではあるがその内容だ。
【七尾百合子のまとめ】
一つ、春閣下さまは【混沌と恐怖の権化】であり、人間の生み出す負の感情を力の糧とする。
しかし、閣下曰く覚醒してまだ間もないため十分な力の蓄えは無い模様。
プロデューサーさんを完全体として生き返らすための"反魂の儀"等、
大掛かりな儀法の為には早急な狩場の確保と大量のカオスの供給が求められる。
二つ、彼女に"死人"として生き返らされた自分たちは同時に不死であり、身体能力は計り知れない。
正し、完全体である自分が活動を続けるには定期的に"本体"とも言える
春閣下さま自身か彼女と同等の力を持つモノの血が必要。
これは空腹感を満たす為に摂取する一般人や動物の血とは違い、
地獄の責め苦にも匹敵する苦痛をこうむる本能的な"渇き"を癒す唯一の手段である。
ちなみにプロデューサーさんは"寄生"なので、この"渇き"を感じることは無く、
常人よりも沢山ご飯を食べなくてはならなくなった程度。
三つ、最終的には【唯一無二のアイドル】として世界を支配下に置くために
(即ち、カリスマ性での世界征服。杏奈ちゃんがよく遊んでいるCivで言うところの外交勝利)
当面の目標は春閣下さまを頂点としての765プロダクション完全掌握。
眷属で固めたレストランを隠れ蓑とし、一人、また一人とアイドルを
仲間にして行くのがプロデューサーさんの語った『765プロ乗っ取り計画』の概要だ。
「そして四つ目。私、七尾百合子は春閣下さまに忠誠を誓うしもべであり、
下僕であり、彼女に命令されるならば世界を相手に大立ち回り――ん?」
……ところが、である。
自らの置かれた状況をここまでまとめ終わった時、
百合子は突如として言い知れぬ違和感と底冷えするような不安感に襲われた。
何か、何かが頭に引っかかる。今しがたまとめたばかりの文章に、
決してそのまま見逃してはならない不穏な一文が……。
「……あ!」
そして、はたと百合子は気がついた。
二つ目のまとめに織り込んだ、『春閣下さま自身か彼女と同等の力を持つモノの血が必要』
……これは事務所で春香よりかけられた、
『血だ。それも我のような力を持つモノの高貴なる血こそ最良のな』と言う言葉が元になっていたのだが。
彼女は言った、確かに言った、"我のような"とハッキリと。
「ちょ、ちょっと待って! それじゃあ春閣下さまのような"力"を持った存在が、この世界には他にもいるってことなんじゃ!?」
その恐ろしい想像を自分で考え自分で突っ込む。
そうして春香に発言の真意を問いただそうと百合子は急いで立ち上がり――。
「へにゃなななぁ……!!?」
長時間の正座で痺れ切っていた足に悲鳴を上げ、パタリとその場に倒れ込んだ。
さて――結論から言ってしまえば実に運の悪いことに、彼女の予感は当たってしまっていたのである。
これが闇深き新月の夜において、百合子が復讐に身を焦がす紗代子と死闘を演じることとなる一週前の出来事であった。
とりあえずここまで。
今回ネタとして触れたのは81さんが仰る通り『THE IDOLM@STER ドラマCD Scene.06 EXTRA STAGE 2』の内容から。
興味のある方は「え~、古~い」とか敬遠せず是非一度聴いてみてください。爆笑必至の名盤です。
後は雪歩の文化祭の話とか、ハリウッドスターとか、Pと新人社員とか
やよいおりに社長の正体、そして千早のあの話等々、個人的にはNEW STAGEシリーズも大変おススメですよ、おススメ!
===3.
一・週・間・が経ったのである!
それは運命の数奇なる悪戯か? 平凡な一人の少女は蒸し蒸しとした夏の夜空を飛び回り、
人々の安眠を妨げる恐るべき昆虫"蚊"になって――。
「違います!」
間違えた。さんさんと照りつける太陽の下、元気に池で水遊びをする子供たちを
恐怖のどん底に叩き起こすぐじゅるぐじゅるとしたヒルとなり――。
「そうじゃなくて!」
ペットを介して人を襲う! 痒い! お母さんノミがいる!!
「だから、もう、いい加減にしてください! 私は――否、我は闇よりいでし混沌の使者。
今宵も霧深き街の路地を狩場にし、血を求めて疼く牙を鎮めようと愚かなる獲物を選別する――
物陰に揺らめく赤い目の、その持ち主が何かと問うならば!」
問うならばー!?
「混沌と恐怖の化身たる女王春閣下さまの忠実なるしもべ! 我は平成生まれのノスフェラトゥ……」
ザ・チュパカブラー!
「ドラキュラ、ヴァンパイア! 私、七尾百合子はこう見えて、
"吸血鬼はお年頃"でもお馴染みの美少女アイドルきゅんパイアなんですってばぁ~!!」
――と、何の因果か七尾百合子が人外と化してから、世間では既に一週間の時が経っていた。
季節は夏!(そう、この物語は夏が舞台であったのだ)俗に夏休みと呼ばれる時期である!
===
春閣下より授けられた、人類超越の素敵パワーは
その後の百合子の日常にささやかな変化をもたらした。
まずは大量の書籍を運べる腕力と、徹夜もこなせる体力に
暗闇でも快適に読書ができるフクロウのような暗視力。
さらにさらに、頭に生えた百合子ウィングはハサミ代わり、百合子レッグは疲れ知らず、
百合子ハートは恋をして、百合子イヤーは地獄耳。
そんな悪魔の力を身につけたノスフェラトゥ百合子は今現在――。
「はぅぅ~~っ! くっ、あぁうぅ~!」
キンキンに冷えた銀色スプーンを握りしめ、こめかみに走る痛みを堪えていた。
場所は自身と同じく春閣下のしもべ、プロデューサーの自宅である。
彼女の前には無残にも散った初代の後、二代目を襲名したアウトレット出身の
ダイニングテーブルが置かれており、その上には透明なガラス鉢に盛られたかき氷。
紅葉のように赤いシロップのかかったソレを、百合子はスプーンでしゃくしゃくと刻んでかき混ぜる。
そして迎え酒ならぬ迎え氷を青ざめた唇の奥へ運び込むと。
「うっ、うぅ~! おいし、美味しいのにぃ……あ痛たたたたたたっ!」
呻く、仰け反る、また食べる。
身じろぎ、掬い、また食べる。
ベランダから網戸を通して入る風は実に軟弱な輩なので、
百合子たちの居るダイニングの室温を下げる気配は一向に無い。
レトロな扇風機がぐでんとした空気をかき回し、
窓枠の風鈴が申し訳程度に「りりん♪」と鳴る日常的な夏のワンシーン。
そんな中、対面に座る春香はうんうんと唸りながらかき氷をかき込む百合子の姿に
「百合子ちゃん大丈夫? そんなに慌てて食べなくても」と苦笑して、
我が子を見守る母のような慈しみの視線を彼女に向ける。
ちなみに本日の春香のファッションだが、
頭につけているお馴染みのリボンは今日も真っ赤に染まっており、余裕のあるゆったりとしたゴアードスカートに
薄水色のラッフルスリーブのブラウスがガールからレディへと変わりゆく少女の魅力を上品に引き立てるようなコーデ。
ついでにかき氷を食べる百合子の方は、襟有りの白いノースリーブにサスペンダーを付けた
パリッと張りのある生地のハーフパンツとあんよには無地のハイソックス。
スプーンでかき氷を口に運ぶ度、チラチラと覗く腋窩と
惜しげもなくさらされた滑り心地の良さそうな太腿が実に眩しい夏衣装だ。
それから二人を自宅に呼び出したプロデューサーはワイシャツにグレーのスラックス。
頭部には『妙な趣味』として周囲には受け入れられたPヘッドを被り、
今は少女たちのことはそっちのけにして遠出用荷物の準備と確認中。
さらには、だ。
そんな『春閣下と愉快なしもべたち』に混じって重箱の中身を詰めている見慣れぬ少女が他に二人。
一人は豊満なバディがシャツ越しにエプロンを下から押し上げる、
765劇場でも一、二を争うお世話焼き少女の佐竹美奈子。
彼女も百合子に負けずデニムの短パンからスラリと伸びる日に焼けた脚が健康的かつ魅力的。
そしてもう一人はと言うと、美奈子以上に着ているスキッパーを
意図せずぱつんぱつんに張らせている四条貴音はその人だ。
セレブ感漂う品の良いハイウェストのスカートも、
彼女のわがままボディを強調するのに一役も二役も買っている。
「じゃあ貴音ちゃん。こっちがみんなのお弁当で、
この二つが貴音ちゃんとプロデューサーさんのおやつです!」
言って、美奈子は特製五段重ねの重箱と、
それとは別に二段重ねの弁当箱二つをテーブルの上に並べ置いた。
ボリューム溢れるその量に、傍で見ていた春香が
「はぁ~、沢山作ったねぇ」と感心したように目を丸める。
「これでも少ない方なんだよ? 今回は貴音ちゃんも一緒だって言うし、
最近はプロデューサーさんも沢山食べてくれるようになったから、ホントは十段……ううん、十三段!」
「十三段っ!? そ、そんなに重ねられるのかな……?」
「最悪、入れ物は分ければよいのです。
美奈子の手料理はまこと美味しく、それだけの価値はあるのですから」
貴音は疑うような春香の問いに微笑みながら答えると、
重箱に収まりきらなかったエビフライを口に運んでついうっとり。
「例えばこちらのえびふらい。
サクサクとした衣の下より現れるぷりぷり海老の肉の旨味。噛み切ろうとする歯を押し出すような身の弾力は、
いかに使われている海老が丁寧な処理の後に油の海に投じられたかを言葉も使わず如実に語り――」
艶やかな唇を衣の油で濡らしつつ、彼女はひょいぱくひょいぱくと余ったおかずを次々口へと詰めていく。
貴音の見ている者を気持ちよくさせるそれは見事な食べっぷりに、隣で眺める春香たちも自然と頬をほころばせ。
「あ、やだやだ全部食べないで~。私も美奈子ちゃんのおかず食べたーい!」
「大丈夫だよ春香ちゃん! そんなこともあろうかと――」
ねだる春香の眼前に、美奈子がビーフンやシュウマイ、春巻きなどを山盛り載せた大皿を取り出した。
「わっほ~い! 出発前の腹ごしらえも、ちゃーんと準備してますよー♪」
===
さて――場面は変わり、春香たちがハムスターのように
お腹とほっぺを膨らませているちょうどその頃のことである。
その少女は一人プロデューサーの住んでいるマンションの前で立ち止まると、
目の前にそびえるノータリンの根城を睨みつけるようにして呟いた。
「全く……。自分の家を集合場所にするなんて、あの人はホントの馬鹿なのかも」
とはいえ、彼女は腹を立てているワケではない。
なにかにつけて毒づいてしまうのは日頃から直したいと思っている癖であり、目つきが悪いのも生まれつき。
少女は愛用のスマホを取り出すと、画面に表示されたメッセージにため息をつく。
そこには今回一緒に仕事をすることになる百合子たちから送られた
『まだ来ないの~?』
といった類の集合を促すメールが列を作っており、少女は一瞬、
『実は自分に教えられた集合時間は間違いだったのでは?』と錯覚を起こしそうになる。
だがしかし、現在時刻は午前九時。
予定の時間が九時半であることを考えれば、
十分前集合どころかさらに二十分も余裕を持って現場についているのである。
「それに、どうしてあの人たちは集合時間よりも早く集まっちゃうのかな」
今度は呆れたように呟いて、彼女はスマホをパーカーのポケットにしまい込んだ。
――なに、集合時間に最大二時間"早く"やって来る、光画部時間ならぬ
765時間はある意味彼女たちのプロ意識の表れかもしれない――と自分自身を納得させる。
そうして少女――北沢志保は左手に持つ旅行鞄を軽く揺すり、
マンションの入り口をくぐってエレベーター乗り場まで歩いていく。
呼び出しボタンを押しながら思うのは、『今時オートロックじゃないこの建物の
防犯対策は大丈夫なんだろうか?』などと言った実にとりとめのないことだ。
「あっ――の、乗ります乗ります! 待って下さーい!」
だからだろうか? 突然背後から声をかけられた志保の両肩がビクンと跳ねる。
サッと警戒しながら振り向けば、そこには見知った少女がコチラに駆けて来る姿。
「なんだ、紗代子さんじゃないですか」
志保がホッとしたように相手の名前を口にしたのとほぼ同時に、
エレベーターが到着したことを告げるチャイムが二人の少女の耳をうつ。
「随分急いだ様子ですね。……時間は、まだ三十分も余裕なのに」
「そう言う志保ちゃんだって、今ココに私といるじゃない」
言って、高山紗代子は走ったことでズレた眼鏡をかけ直した。
彼女も目の前の志保同様に旅行鞄を手に持って、肩には釣り竿用の細長いバッグを担いでる。
また、それに合わせるように服装は半袖の開襟シャツに膝の少し上までの丈のズボンという出で立ち。
普段から履き込んでいる運動用のスニーカーも含めて動きやすさ重視のスタイルだ。
ちなみに志保はボーダーのシャツにフリルスカート。
羽織っているジップアップの半袖黒パーカーは被ると猫耳が「こんにちわ」するフード付きで、
着用者のクールな見た目に似合わず実に可愛らしい一品。
さらに、腰にはお気に入りの黒猫キーホルダーもぶら下がっている。
「もしかして、紗代子さんもみんなに急かされてます?」
「百合子からのメールのことなら……うん、来たよ」
苦笑する紗代子の答えを聞き、志保が同情の視線を彼女に向ける。
いや、正確には仲間を見つけて喜んでいると言うべきか。
「ホントに、ね。……百合子は人を振り回してくれるんだから」
「同感ですね。あの人たちにはいつも困らされます」
到着したエレベーターに二人で乗り込みつつ、微笑みを浮かべて紗代子が言う。
……が、しかし。彼女にやれやれと返事を返す志保は気づかなかった。
二人の乗ったエレベーター。その閉じ行く扉の隙間に向けられた、
紗代子の瞳はゾッとするほど冷たかったということに――。
とりあえずここまで。
乙乙
Pヘッドはちょっとした認識災害というかそういう機能持ちかなw
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