絵里「リップクリームと女神様」 (24)

生徒会室に座り、書類に目を通す人が一人


時は既に三月末、私…絢瀬絵里は生徒会長の座をとっくの昔に穂乃果に譲っていた


では何故この時期の生徒会室にいるのか、それは単純な理由だった


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なんでも、穂乃果が仕事を溜めに溜め込んだらしい

そこまでは毎度のこと、ギリギリになってこなすのがいつもの穂乃果のスタイルだった

だが…穂乃果は学期末の大仕事を忘れていたらしい



各部活を巡っての活動実態の調査



…とは言ってもそれぞれ少し話をする程度だが、全部活の巡回は骨が折れる


というわけで穂乃果は海未とことりを連れて校舎中を目まぐるしく駆け回る羽目になり…溜め込んだ仕事の処理について絵里に助けを求めたのだった

「全く……仕事はキッチリ終えるように教えたハズよ…」


小さく不平を言いながら各項目を目でチェックしていく

元生徒会長とはいえ、判子を直接押すわけにはいかない

絵里の役目は整理、整頓してなるべく仕事を減らすことだった


書類仕事とはいえ所詮は雑用、ましてや以前は自分が徹頭徹尾全部こなしていた仕事

絵里にとっては難しくもなく気楽なものであった


「そういえば、よっ……と」


ふと、何かを思い出す

鞄から荷物を取り出すべく、姿勢を低くして中身を探る


中から出てきたのは包み紙に入った、市販のチョコレート

穂乃果から仕事の駄賃として受け取ったものだった




包装紙を解いたチョコレートを口に入れ、一つページをめくる


この時期に学校にいるのはもっぱら部活動の生徒で、その生徒らは…今日穂乃果達が周ってくることを知っている


よって生徒会室に訪れる者はなく…現役の頃はしたくても出来なかった、少し行儀の悪い行為も許されるのだった


ページをめくっていくと少し、懐かしいような気分がしてきた


ざっと辺りを見渡す


穂乃果達が入って細部は物が移動しているが、大まかな様相は変化していない


生徒会室……かつての自分が居た場所、もしかしたら…教室の次に長く時間を過ごした場所


私が長い間…殻に閉じこもって居た場所


あの頃の私が空回りしてたのを…いち早く気付いたのは希だった


いや、もう最初から気付いてたのかもしれない


一番初め、出会った時から…私の生き方自身がどこか、自分に嘘を付いてたことに


空回りを繰り返し二転三転…結果として私はμ'sに入り、居場所を見つけた



μ'sはラブライブに優勝した、アキバドームでのライブを披露して、スクールアイドルの広がりをさらに推し進めた


百点満点…いや、それ以上の花丸の成績だ


華々しい八面六臂のμ'sの活躍


その根源を、μ'sの起源を辿っていくと…あの胡散臭い関西弁を使う、唯一無二の親友に帰する気がしてならないのだ


曰く、夢半ばで諦めた少女が居た


一人で歌いづける少女がいた


自分の気持ちに正直になれない子がいた


自分の好きに素直に素直になれない子がいた


それぞれがバラバラで、そのままでは決して交わることはなかった人々


そんな人達を希が、私を含めて絡めて一緒くたにした…それがμ's、それが私たちなのだ

そんな考えを頭の中で浮かばせながら、天井を見上げる


単純作業を繰り返すと、思考が明後日の方向に行きやすい


思い出に浸るのも大概にして、集中しなければならない


背筋を伸ばし、使い古した椅子に居直ったその時


コンコン、とドアが叩かれた


このずぼらな姿は教師に見つかるとまずい、絵里は素早い所作でチョコレートのケースを胸ポケットへと仕舞った


「や、えりちちゃんと仕事してる?」

「希…」


ノックもそこそこに入って来たのは見知った顔

今の今まで思い描いてた顔だった










「どうしてここに?」


「暇だから学校に来てたんやけど…穂乃果ちゃん達に会ってね、えりちがここに居るって」


「で、ちょっかいかけに来たと…」


「やだなぁ…敏腕副会長がお助けするよ?」


「…間に合ってるわ」


「いけずやなぁ…えりちは」



いつも通りの何気ない会話、それでもこの部屋で交わすのは…随分と久し振りな気がした


「あっ……」


絵里がページをめくった拍子に数枚、書類を落としてしまう

席を立ち、落とした紙を希と共に拾い集める





「ありがとう、希」

「気にすることないよ、えりち」


軽く、礼を言って書類の枚数を数える


書類を落とすと順序が変わったりして存外に処理が面倒だが…この程度の枚数なら然程でもない


「えりち」


全ての書類を確認してる最中、不意に後ろから声をかけられる


「何?」

「えりち、目を瞑って」

「え……?」

「いいから」



言われた通りに直り、おずおずと目を閉じる


不意にぽん、と希の手が肩に触れる


ふわり、と花のような香りが鼻腔をくすぐる



激しい動揺に胸が鼓動を早める


なんとなく、つい意識が軽くすぼめた口元に向き、神経を尖らせてしまう


これって…その……いわゆる……アレ…?


え…?このタイミングで?


そんなことを空で思い律儀にも目を瞑ったまま、少し乾燥した唇をひと舐めする



「ひゃっ…!」

しかし、緊張したまま立ち尽くす私に不意に来たのは唇ではなく胸への刺激


突然のことについ、恥ずかしい声を出してしてしまう



直ぐに目を開けるとそこには手にチョコを持ってしたり顔の希




「お菓子食べながら仕事をするなんて……副会長が没収やん?」


「……元でしょ」


「あはは……そうやね…いやーしかし最後にワシワシできてよかったわ…えりち中々隙を見せないから…」


「……はぁ、あなたね…」


半ば呆れ、脱力した声色で返事を返す

当の本人はケラケラ笑うだけ、ただ悪戯したかっただけで…こちらの緊張など露知らずといったところだ


「じゃあ、ウチ穂乃果ちゃん達手伝って来るわ、そろそろ文化部の方へ行って大変な頃だろうし」


「…そう、分かったわ」



目的が達成されて満足、と言わんばかりにくるりと向き直って希はそそくさと外へ向かう


猫のように気まぐれ、犬のように構いたがり…いつまでたっても掴み所の無い友だった


「えりち」

不意にこちらを振り向き呼びかける声にハッと顔を上げる





「ほいっと」


希が手元の物をパチンと指で弾いて寄越してくる


弾き飛ばして渡されたものを、私はなんとか両手で包んでキャッチする


おずおずと手を開いて出てきたのは…短い棒状のケース



「ウチのリップクリーム、もう終わっちゃうからえりちにあげる」


「……いざっていう時に準備出来てないのは…乙女としてアカンよ…?なんてね、にしし」


少しの間の後……意味を理解して無性に恥ずかしくなる

鏡があったなら、きっと真っ赤に染まった自分の顔が見られただろう

希は見透かしてるのだ…今も、これまでも

分かりやすい私の言動なんて、とうにお見通しだったのだ




「もう、希ッ!」


悔しくて、少し怒ってみせる

当の希は…そんな私を意に介さないようににへらと笑ってみせ、ひらひらと手を振りながら生徒会室を出て行った


残された私と、一本のリップクリーム

鈍く光るその姿をじっと見つめる

なんとなく蓋を開け、残りわずかになった中身を捻り出す

摘むようにして掴み、自分の口元へと向かわせる



「……待って、このリップクリーム使ったら…」


ハッと頭に浮かぶのは間接なんとやら


口元に寄せた手が震え、またもや妙に鼓動が早くなる


「………ッはぁ…!」


すんでのところでため息を吐き、リップクリームの蓋を閉め…容器を机に立てる


「……何やってるんだか…」


何度も繰り返す自分が阿呆らしい






このドキドキも、また見透かされてる気がする

振り返ってみればそこの物陰から、窓の外から、希が覗いてるような気がする

あたふたする私を側から覗いて、時々顔を出してニヤニヤしているのだ




そして、偶にひょっこり身を乗り出して…私の手をどこかへと引いていくのだ


軋む椅子に腰を下ろし、纏め終えた書類を傍に追いやる

指に髪を絡め、ふっと息を吹きかける

居場所与えられ、縁を与えられ、貰ってばかりの私

私は、彼女にどんなものを返せるだろうか

あの悪戯好きの小女神に、何かやり返す手段はないだろうか

こうして思い悩む様も…希には全てお見通しなのだろうか


妙案は出てこないので、視線を書類へと戻す

後に考えるとしよう……今は目の前の荷物、妹分の仕事を減らさなければならない





いつか…いつの日か、私から手を取って


ふと作業の手を止め、絵里は窓の外を見やる

初春の風は桜の花びらを纏い、艶やかに木々の間を流れていった

おわり

はぁ・・・のぞえり尊いよ
最高でした乙!

おつおつ
キス待ち絵里ちゃん可愛すぎかな

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