おくさまはおきつねさま (232)

別の掲示板で過去に書いていたもののリメイク版てきなものです。

不定期で気まぐれに更新します。

(-ω-)

小さなおきつねさまを拾った。女の子だ。一応、かみさまらしい。オンボロのカビ臭い社に、放っておけば消えてしまいそうなそれはいた。

細くて長い金髪に、同じ色をした狐耳。白い着物を着た小学生のような小柄な体躯。唯一大きいのは柔らかそうな尻尾だけ。

名はまこもと言う。

『毎日お腹いっぱい食べさせてあげること』と『一生面倒を見ること』を約束すると僕の家までついてきてくれた。何故、そんな約束をしてまで彼女と暮らしたいと思ったのかは無論



この世のものとは思えないほど、彼女が可愛かったからである。









『おくさまはおきつねさま』






立冬。十一月は僕の中ではまだ秋だが暦と社内はもう冬だと言う。うちではまだまだ食欲の秋なのだが……考えてみればそれは年中変わらないかもしれない。

今日も退社して肌寒い外から帰宅した。手下げた袋には本日のお供物が入っている。

「ただいま」

和室の襖を開けると畳に横になっていたまこもは慌てて体を起こした。

「あ、あわわ。おかえりなさい、です」

「……何かしてた?」

「何もしてませんよ」

「まあいいや。ほら今日は」

「あ、いなり寿司ですね!」

「え、当たり……だけど、まだ袋から出してもないのに分かるのか」

「こんなにいい匂いがしてるんですよ? 分かっちゃいますよ」

唖然として袋を持ったまま立ち尽くす僕にまこもは自分から寄って袋を漁り始めた。大きな尻尾が上機嫌を表して揺れる。

「えへへ~、いつもすみませんね」

嬉々といなり寿司を袋から取り出したまこもは早速その場で開けて手にとってぱくぱくと食べ始めた。

「最近太った?」

「ふ、太ってません」

頬にご飯粒をつけたままもごもごと口をうごかされても説得力がない。

「会ったばかりのころが痩せすぎていたんです! 元に戻っただけですよぅ……それに、ちょっとくらいぷにぷにしてる方が好きだってあなたも言ってたじゃないですか」

確かにまあ、痩せすぎているよりかは健康的な体つきの方が僕は好みだ。

「あ、もうなくなっちゃいました……」

(食べるのはやっ)

こういう具合にお供物は一瞬で消える。それでもまだ食べ足りなそうな顔をしているから少し怖い。だが

「まふっ!? い、いきなりどうしたんですかぁ」

この抱き心地と引き換えになら安い出費だ。まこもは僕が両腕で抱き寄せてしまうとその中にすっぽりと収まってしまう。この丁度いい感じに彼女が〝僕専用〟であることを錯覚してしまう。

いきなりのことに少し驚いたのかまこもは顔を紅くして僕の胸を両手で押して抵抗した。

「むぅ、離してください」

「別にいいだろちょっとくらい。外、寒いんだって」

「やーでーすー!」

小さな身体を上手く使ってまこもは僕から抜け出した。釣れないというかなんというか、少し、寂しい。

(まあいいか)

仕方ないので僕も着替えてそろそろ夕飯にすることにした。まこもとこうしてずっと遊んでいたいが現実は非道。僕は明日も仕事なのだ。

彼女の元を離れて自宅用の服に着替えてからキッチンへ向かい、上の棚にしまってあるカップ麺をとりだした。

(……いけると思ったんだがな)

彼女と出会うまで自分が性欲が強い方だったなんて全く知りもしなかった。逆に薄い方だとすら思っていたが、それもそのはずだった。この家を一歩出た先に、あんなに可愛い子はいない。あんなに大きな尻尾を生やした子はいない。

カップ麺に注いだお湯が湯気となってモクモクと出ては天井に消える。まこもはこの湯気と同じで、覚めれば消える夢なのかもしれない。まれにそう思ってしまうことがある。

あまりにも精密に僕の胸の中心を射抜いた彼女の存在は神格的で尊いものだった。だからもっと近い距離でいたいなんていうのは、僕のエゴに他ならない。

(もっとまこもの方から寄ってきてくれはしないだろうか)

金銭的、経済的問題ではないが、釣り餌が必要な今の現状が本当に辛い。そんな胸を締め付けられる想いでお供物をする僕自身はきっと自らが供物だった。彼女はちゃっかり皿は残す。きっといなり寿司のない皿に興味などないのだ。

(当たり前か)

「あつっ」

最初の一口に舌を焼いた。かみさまを自分のものにしたいと考えた自分に、何処かの誰かが罰を下したのかもしれない。

(案外……)

「まこも自身だったりして」なんて考えるのはもっと悲しくなるだけなのでやめた。

……………………

夜の和室には二枚の布団が並ぶ、眠りについたまこもの髪を優しくなでてから僕も自分の布団に潜り込んだ。えらい。僕はとても偉い。本来ならば無防備なまこもを抱き枕にして眠ってしまいたいところをちゃんと我慢している。

さっき髪を触った片手で鼻を抑える。まだ、彼女の香りがそこに残っていたような気がした。気持ち悪いほど病的に溺愛している、と自分でも分かってはいるがついつい開き直ってしまう。

(現状を受け入れいるだけマシじゃないか)

本当に可笑しい。

別に誰かがまこもに相手にしてもらえない自分を指差して笑ったわけではないのに、一体この言い訳は誰に向かって放たれたのだろう

悶々として一人で眠れない。母親が恋しい子どものように目の冴えた僕は彼女を触った右手を下に下に持って行った。

「……まこ、も」

本人がいるとなりで、彼女に背を向けて自分を慰める。これも気持ち悪い話だが、もう何回めか分からない。

彼女の細長い金髪で、僕のソレを巻いている妄想をした。さらさらとさらさらと……その一本一本が愛しそうに僕にまとわりついて……



「っ!?」



そのとき、事件は起こった。


「ん、にゅ……」

寒かったのか寝ぼけているのか、まこもが僕の布団に入り込んできた。背後で小さな両手が僕の肩に置かれている。

「え……」

おそるおそる……彼女を起こしてしまわないように、振り返る。

「あ」

そこには、夢の中に溶けるような、幼い女の子の顔が目と鼻の先にあった。心臓が跳ね上がって急速に血を回す。回った血が集まった場所は二箇所だった。

沸騰しそうな脳みそと、妄想の続きを期待したソレ。

ゆっくりと人差し指を立ててまこもの頬の中央を押す。

ぷに

音などない音。その餅のような頬は幼さの象徴であった。

彼女は自分のことをかみさまであると共におとななのだという。しかしあの社で何年生きていようと今のこの姿が〝まこも〟なのだ。彼女も少しはそれを受け入れるべきだと思う。

(や、ば……)

手が震える。もっと彼女に触れてみたくなる。今なら、今なら許されるかもしれない。だってまこもの方からこの布団に入ってきたのだ。なら例え彼女がここで目を覚ましてしまったって……

(……あれ)

もう遅かった。気がつけば僕の腕は彼女の身体に回されていた。身体だけ、勝手に動いていたようだ。

(……もういいか)

自分の心を騙し続けることをやめた僕はもう止まらなかった。思いっきり、寝ている彼女を内側によせる。

「まこもっ、まこもっ」

全身が柔らかい。あちこちから石鹸の香りがする。小さな寝息が、悪戯に耳をくすぐる。

寝るときは薄い襦袢一枚のおきつねさまは下着すらつけていない。理解していないのか、毎日となりで狼が寝ていることを。

抱きしめる力が徐々に強くなっていく。だって、こんなにも可愛くて温かい。

「む、にゅぅ……」

「っ……」

あろうことかまこもの方からも僕の背に腕を回してくれた。やはり格好が格好なだけに肌寒かっただけなのかもしれない。

今の状況が幸せ過ぎてこのままでいるだけで熱いリピドーは外に出てしまいそうだった。

密着の中で無意識に腰が揺れる。勃起がまこものおなかをつつく。亀頭がそこに触れるたびに全身に快楽の電流が走った。

布越しでは満足できなくなった僕は彼女の襦袢のひもを解く。着物を開いたそこにあったのは白く、少しだけぽっこりとした見た目年齢相応のおなかだった。

そこに、今度はつつくだけでは止まらず擦り付ける。卑しい欲望がかみさまをおへそを汚した。我慢の末に先から漏れ出す透明の粘液がそこに塗りたくられる。

なんという背徳だろうか。背骨だけ別の場所に持っていかれそうなほどずっと誰かにさすられている。そんな気がした。

肌寒さなどとうの昔に消し飛んだ。汗ばかりが首筋を垂れる。

(もう少し、もう少し……だから)

おへそに先穴を密着させ、その状態からだんたん下腹部へと移動させる。このもう少し下には、ある。彼女の、子どもを授かる場所が。そこに、強く押し付ける、と……

「ぁ……あぁ……」

勃起の根元、そのさらに下の方がざわついた。

(ここに、出したい)

手で扱かずとも本能はうわついた腰をさらに押し付けると

「っぁ……!」

溢れ出すように白濁液を漏らした。

「あ……う……ぁ……」

粘り気のあるそれが彼女の腹部を伝って敷布団に染み込んでいく。

「はっ……はっ……」

「あ、の」

はっとした。聞こえたのは先ほどまで頭の中で駆け巡っていた愛しのかみさまの声、少し冷静になった今は……絶望の警鐘。

「なに、してるんですか?」

怯えた目だ。

「ひどい」と思った。いやもしかしたら、彼女もこんな僕のことをひどいと思っているかもしれない。でもそれでもだ。この子狐は自分から狼の巣穴に迷い込んだことを何も悪ぶらずその視線を一方的に僕にぶつけている。

「なにって……」

乾きかけてベタベタになった下半身を見て言い訳が効かないことを悟った。なら、なんて言おう。

(駄目だ)

何も思いつかない。よって、彼女の表情は変わらない。やっと身の危険を感じたまこもは僕の腕の中からすり抜けようとしていた。


「ま、待て!」



最低だった。何も思いつかなかった僕は彼女の唇を奪った。こうすれば当然、彼女の表情は嫌悪や恐れから驚愕に変わる。

「ん、んむぅ……!?」

布団の中でまこもが足をバタつかせて暴れる。僕は無理やりまこもを下に馬乗りになり彼女をおさえつけた。

「ん、んん~!!」

掛け布団が内側から何度も蹴られる。僕はかまわず自分の舌を彼女の口内に侵入させた。舌先にまこもの小さな舌に触れる。その小さな舌は僕の舌を追い出そうとして応戦するもそれが逆に夕方の火傷をひんやりと癒して気持ちがいい。

僕はいつも駄目な奴だ。彼女への好意をコントロールできない。あの日もそうだった。僕はまこもをこの場所に連れてきた日、社で彼女を犯した。

だから逆に、こうなったときの対処方も知っている。僕は口づけを続けながら腕で布団の中を探って彼女の尻尾を少し強めに掴んだ。

「んむ、んむぅ……んっ!?」

(いつっ)

彼女の八重歯が当たったのだろうか、軽く舌を切った気がした。

(でも、これで……)

彼女の足の動きが落ち着いたのを見計らって口を離す。

「はぅ、はぁ……はぁ……」

まこもは桃色に染めた頬でだらしなく口を開け、ぐったりと短い息を繰り返していた。

完全に、発情している。


まこもの弱点はその尻尾にあった。毛をなでる程度に触られるくらいならなんともないらしいのだがしつこく触り続けたり尻尾の付け根あたりを強く掴まれると自分の意思とは関係なく発情してしまう。

こんな大きな弱点部分を毎日誘うように振って誰かに背を向けて歩いてるなんて

(まるで痴女じゃないか)

「ひゃんっ……」

まこもの股間を弄る。微かにたつ水音。発情スイッチの効果は絶大だった。

「やっ……ぁ……やめて、くだひゃ……」

中指で産毛すら生えていないすじをなぞる。上から、下へ……ゆっくり、と……

「んんっ……ぅ……」

今のまこもの心と身体はきっと同じじゃない。震える身体は恐怖、それでも溢れ出す密は快楽を示す。僕はそんな彼女をこうしていぢめることに快感を覚えていた。

まこもの膣の入り口は穴というより隙間に近い。そこに何かを挿入する感覚はまさしく

「やぁ……やだぁ……」

わりこむということ。

「ぁっ……んっ……」

(相変わらずすごい締め付けだな)

これでも初めてのときよりかはさすがに楽だ。

「抜いてくださ……ぃ……」


暗闇に消え入るのような声、そんなものは聞こえないふりをする。容赦なく指を曲げたり出し入れしたり、この後のことなんて何も考えちゃいない。

(次は)

花園を荒らし続ける狼。今度は一粒の豆を見つけた。人差し指の平で、それをとんとんたたく。

「あひっ……ぁ……しょこ……やっ……」

まこもの小さな腰が跳ねた。おきつねさまは弱点だらけだった。

「じゃあ、どこならいいんだ」

割れ目の上を指でこすりながら、挿れていた指を抜いて尻尾の付け根を何度も握る。

「あ! ぁっ、ぁ……しょんなのっ……らめっ……んひゃ……ぅ」

目に涙を浮かべながら悶えるまこもを見ていると愚息の回復も早かった。

尻尾と突起を同時に弄り続けると達したのかまこもは敷布団を握り込んでぷるぷると震えた。

「ひゃぁ……ぁ……あ、ああ……」

(イッたのか?)

やがて布団を手放した彼女は虚ろな目で荒い呼吸を刻み始めた。


動けないであろう彼女を腰から抱きかかえると衣類としての役割を半分なしていない襦袢を全て脱がせた。

産まれたままの姿になったまこもを抱きしめる。服が無い分、地肌と地肌が当たる場所は特有の優しい温もりを帯びている。

「挿れる……ぞ?」

抱き寄せると口の近くにくるその狐耳にそっと囁いた。多分、僕の心に残された最後の優しさだ。この一線を越えると、きっと僕はしばらく彼女に優しくできなくなる。

またこうやって抱きかかえたり、頭をなでたりすることもあるだろう。でもそれも、彼女を労わるわけじゃなくて……全部全部、僕がそうしたいだけなのだ。


「ぁ……ぅ……」

「……時間切れ」

僕は先ほど指を挿れていた場所に勃起を当てがうとそれを押し込んだ。

「ひ、ひぁっ……!」

僕を受け入れるために一瞬だけ拡張したそこはすぐにまた元に戻ろうとする。強烈な締め付けがまだ亀頭しか入ってないそれを一気に襲った。

「うっ……!」

微量だが、漏らしてしまったらしい。役目を果たそうとする粘液は一番乗りに彼女の膣内へと飛び込んだ。だが、萎えることはない。なぜなら

「ま、また……中で……」

まこも曰く膣内で出された場合孕む可能性があるのだという。ということは、今思わず出してしまったのも……

(もしかしたら、今ごろ……)

そう思うと興奮が抑えきれない。

僕は抱きかかえたまこもをもう一度押し倒した。


「きゃっ……んっ……」

先に放った精子を追うように奥に奥に挿入していく。小さな身体に呑み込まれていく、大きくて汚れた欲望。

中で射精すればデキてしまう〝かもしれない〟身体というのは、どうしてこんなにも興奮するのだろう。

(もし、まこもが僕の子を孕んだら……)

まこもの慎ましい胸に舌を這わせてその頂上に吸いついた。

「ぃ……あ……」

(こんな小さな胸からも、母乳が出るのだろうか)

舌先で転がしながら、そのときを妄想して吸い上げる。きっと、甘い。


「あふっ……」

亀頭が何かにぶつかった。

(奥まで挿ったのか。このあたりに、まこもの……)

腰を押し付けて、本能的に探す。奥の奥、生き物としての大切な場所。

「はぁ……んっ……」

(あった、かも)

「イッ……しょこ……」

根元まで思い切り突いて刺激すると、妙に亀頭の先穴に吸いついてくる場所がある。無意識でもまこもが種を求めているのかと思うとまた彼女が愛しくなって抱きしめたくなる。

(あぁ、ここに……思いっきり全部吐き出したい)

まこもの両胸の突起を指でこねる。

(この胸が、おなかと一緒に大きくなるのを見てみたい)



「にゃ……やら……えっちぃです……」

そんな生易しいものではない。

少なくとも僕の中では、今の二人の行為は完全に



(……交尾)



と呼べるものだった。

「う、ぐぅ……はっ! はぁ!」

腰の動きが勝手に加速していく。もう限界は近かった。射精するために腰を動かし、子孫を残すために射精しようとする。そんな獣のような腰使い。

僕はまこもの片脚を持ち上げる。これでもう、彼女は逃げられない。

「あんっ……あっ、あ……ぁ……」

改めて思う。こんなの最低だ。

でも、最高に気持ちよかった。僕に犯されてるまこもは、最高に可愛かった。

「出すぞ!! あ゛っ……うっ……!!」

最後に力強く奥を突く。もう一度亀頭に何かが吸いついたとき、大量の種子はそこに吐き出された。


「あちゅっ……ぃ……やっ……あかちゃん……デキちゃぅ……」

勃起が膣内で暴れる。本当に全部、最後の一滴まで脈をうって注がれる。

ひとたび腰を動かせば結合部から粘り気の深い音がした。

まこもの呼吸につられて動く彼女のおなかをさすってあげると、その下で種を受け入れていく幼い子宮を想像した。たった今、受精しているかもしれない。その思考が新たな興奮を呼んで、また射精した。

「まこも」

涙ぐむまこもの頬に手を添えて指で涙を拭ってあげた。優しさが戻ってきた気がする。疲労と後悔を引き連れて。

「ぐすっ……ひどぃです」

「……ごめん」

「……もしできちゃったらわたしのこと、捨てちゃうんですか?」

「え」

不安気なまこもの顔が完全に崩れてしまうのは一瞬だった。

「うぅ……ぐしゅ……ヒクッ……」

声をあげて泣く彼女を僕は欲望も優しさも含んだ腕で抱きしめた。

(そんなこと)

「そんなこと、絶対にしない」

できるわけがない。……だって

「好きなんだ」


年甲斐もなく、僕も大粒の涙が出た。


「ふぇ」

「壊れそうなくらい、好きなんだ。まこものこと……だから……」

「ならずっと、一緒にいてくれますか?」

「あ」

先手をうたれて唖然としてしまった。でも先手をうたれたことが、嬉しかった。

「ああ……」

ゆっくり、目を閉じて口づけする。

さすった背中から尻尾に触れると、それが揺れているのが分かった。

今度は、優しくしてあげよう。





その日からおきつねさまは、僕のおくさまになった。








なうろうでぃんぐ……

(-ω-)

えっち



やっと本日の業務が終わった。窓の外はすっかり暗くなっている。

「お先に失礼します」

「おう! お疲れ様」

外に出て腕時計に目をやると時刻はもう二十時を回っていた。

(今日も遅くなっちゃったな)

繁忙期は残業で毎日が忙しくて困る。

疲労のたまった身体で本日のお供物を買いに走る。疲れてるけど、急がないと……

(早く買って帰らないと店閉まるし)



まこもが、寂しがる。









『だんなさまはおつかれさま』






「ただいま」

玄関に入るとまこもが襖をあけて顔を出した。そのまま出てきてこちらまで歩いてくる。とうとう僕の目の前まで来ると彼女は腕を伸ばして僕にもたれかかってきた。

「んぎゅ」

「うわ」

「……おかえりなさい、です」

抱きついてのお出迎え。僕が遅くなったときはいつもこうだ。忙しくなると彼女と一緒の時間が減ってしまう反面、こういうご褒美があった。

靴を脱ぎながら彼女の頭をなでる。触れて安心したのか垂れていた尻尾が揺れた。僕と一緒に暮らした時間なんてまだ社に一人でいたときの何百分の何千分の一にも満たないはずなのに、おきつねさまは寂しがりやだった。

普段はこっちから抱きつけば拒むくせに、なんともまあわがままなことだろうか。でも僕は彼女を拒んだりしない。

そっと、まこもの背に手を……

「おなかがすきました」

「あ。そっか、そうだよな」

まこもはそういうと手渡す前に僕が持っていた袋をかっさらっていった。餌を確保した野生動物のように僕にはもう用済みと部屋の中に戻っていく。

「あ、ちょっ……」

パタンと閉じた襖から吹いた風は冷たかった。

「はぁ……」

業務を失敗したときよりも、上司に叱られたときよりも沈んだ気持ちになった。

(泣いていいか?)

まこもではない別の神様に、なんともいえない行き場のない哀しみを漏らす許しを乞いた。

……………………


風呂を上がって布団を敷くとどっと疲れが来る。義務付けられた一日の動きから解放されたその身体は「今日はもういいよね」と休息を求めてきた。

(ああ、もういい)

今夜はもう何か食べる気すら起きない。

「疲れてるんですか?」

いつもより早めに横になった俺をまこもが覗き込んだ。

「まあな」

「疲れてるときは甘いものがいいんですよ」

(何をおばあちゃんみたいなことを)

もしかしたら実年齢的には間違ってないのかもしれないが……。

「だからあなたにはこれをあげます」

「ん?」

まこもが手のひらを開くとそこにはぶどう味の飴玉があった。

「今日駄菓子屋で買ってきました。りんご味はわたしのです」

彼女は社に住んでいたときよく賽銭を握りしめて耳と尾を隠し、近所の駄菓子屋に通っていたのだという。本日も一人で出歩いていたようだ。

(わざわざ、俺のために?)

おそらく違う。二つ買ったのは多分たまたまで、僕にその内の一個を渡そうと思ったのも多分気まぐれだ。それでも、少しでも気を使ってくれたなら嬉しかった。

「ありがとな」

僕がぶどう味の飴玉を手に取るとまこもはりんご味を自分の口に放り込んだ。

(ただ……)

いや、本当にどっちでもいいのだが僕はどちらかといえばぶどう味よりかはりんご味の方が好きだ。

「もごもご……どうひたんれふか?」

「いや、りんご味の方がよかったかな~……とか」

「ふぇぇ、もう口に入れちゃいまひたよ」

まこもの頬が内側の飴玉に押されてころころと膨らむ。その仕草が子どもっぽくてなんとなくかわいい。

いけない。そういえば今日は全然まこもに触れていない。帰ってきたときも甘えてきたのは一瞬だけだったし……

「もうふこひはやく言ってくらはいよ」

限りなく性欲に近いまこも不足の欲求不満が僕の疲れていたはずの身体を釣り上げてその背中を押した。

「ん、んむっ!?」

布団から出てまこもの腕を掴んで引き寄せると彼女の唇を舐める。舌先で彼女の口をこじ開けてりんご味の口内を犯した。

「んんっ! ちゅっ……れろ……」

まこもが困惑している隙に彼女の飴玉を舌ですくって奪うと僕は彼女の腕から手を離し、また布団に潜り込んだ。

「ぷはっ……も、もぅ! いきなりなにするんですかぁ!……ってあれ?」

転んだまま舐めていると喉に詰まらせる可能性があるため僕は舐めることなく飴玉を噛み砕いた。りんご味が割れる音にまこもの狐耳が動く。

「ああー! わたしの飴玉取りましたね!?」

「ごちそーさん。これは返すよ」

残されたぶどう味の方をまこもの手のひらに置いた。

「うぅ~……」

「どうかしたか?」

「な、なんでもありません」

そういいつつもまこもはぶどう味を手のひらで見つめるばかりで食べようとしない。

「食べないのか?」

「……もういいです。こちらも差し上げます」

まこもは押し付けるように飴玉を突き返してきた。

「え? いいのか?」

「でも次はちゃんと舐めてください」

(もっと味わって食えってことか)

僕は再び起き上がると飴玉を開封して口に入れた。今度はちゃんと口内で転がす。ぶどうのすっぱい感じ……久しぶりに味わうと案外悪くない。

疲れた身体で感じる酸味とそれに隠れた糖の甘さは、今のまこもと同じ味がした。

(やっぱりなんだかんだ言っても僕のこと、少しは気にかけてくれてるのかね)

近いような遠いような……追いかけたら逃げちゃうから、捕まえたら壊してしまうから……僕はしばらく腰を据えることにした。

(できるだけ、な)

……できてないけど。

追えば向こうからも寄ってきてくれるなら一番楽なんだけど

(そんな夢みたいな話は……)

俯くとできる影、見つめると広がりその闇は深みを増す。

影がどんどん大きくなって……大きくなって……え……?

(大きく……)

見上げると目の前にまこもが立っていた。とても、近い。

まこもが僕の前に座ると視線は真逆になった。僕が彼女を見下ろして、彼女が僕を見上げている。

(なんか顔紅い?)

「さっきのりんご味、おいしかったですか?」

「え、おいひかった、けど」

(なんで今さらりんご味の話なんて)

歯で砕いた飴玉の欠片は当然ながらもうすべて飲み込んでしまった。普通ならさっきの飴玉の味より、今の舐めている飴玉の味の感想を聞きそうなものだが。

「そう……ですか」

まこもは視線を下にそらすと人差し指で自分の薄い下唇を触った。

(話が見えてこない)

なぜ、彼女はこんな近くに寄ってきてくれたのだろう。

(飴だけじゃ止まらなくなるぞ)

……なんて、また僕の中の狼が嗤う。


「察してくださいよ」

頭にクエスチョンマークを浮かべながら飴を転がす僕にまこもは呟いた。

(察すって、一体何を……)






『こんなに寄ってきたなら、いいんじゃない?』




同じことの繰り返しだった。

(だってこんな状況)

近づいてきた照れ顔の女の子が「察して」って

(そういうことじゃないの?)

って、思ってしまうのは……

「まふっ……あ、あの、えっと……」

(当たり前でしょ)



と、狼の心がまこも巣穴に引き込んだ。





「はわわ」


コロ、コロ……


飴玉が歯に当たる音が、あらゆる音を誤魔化すのに役に立った。心臓の音、気まずい無言をさらに追い詰める、時計の秒針の音。

なんで気まずいって、僕だって我慢し……ようとしていたわけだし、でも結局こうなってしまったし、これが本当に正解なのかも分からないし。

「ふ、ふせーかいですっ」

怒られた。また、悪者にされた。こんなの不平等、理不尽だ。

「……半分」

(半分?)

まだこの後の僕の行動によっては正解にもなり得るってことなのか?

「……だって、ズルいじゃないですか」

(ズルいのはお前の方だろ)

と声に出してツッコミたくなったがまだ何の話なのか分からないので心にとめる。

「あなただけ二つとも食べてしまうのは」

(は?)

「いや、れもほへは……」

「でもわたしだけ普通に食べてしまうのはもっとズルいです」

「んへ?」

「……そんなのわたしだけ恥ずかしいじゃないですか。だからあなたのお口のそれ、わたしにください」

(あ……そういうこと)

それならお安い御用だと、布団の中で抱きかかえたまま彼女に口づけする。

(なんだ。追いかけ続けてたら案外いいことあるじゃん)

「んむっ、ちゅぅ……」

(にしてももう一度する方が恥ずかしいんじゃないのか?)

閉じた瞳の下を桃色に染めたまこもを薄目で見ながらそう思った。


「んちゅ、ちゅっ……れろ……れろ……」


……カラン


口の中のぶどう味が遠ざかる。最後に僕の舌を離れていくそれは、一番甘く感じた。


「ん、は……」

「おいしいか?」

「えへへ……あなたの味がしまふ」

「え……」

自分の顔全体が、まっかに照っていくのが分かった。

(確かに、これは恥ずかしい……かも)


顔を見られたくなくて焦ってまこもを抱きしめた。

「きゃんっ……」

疲れはまこもの優しさに触れたからか、どこかに吹き飛んでいった。



「あのさ、まこも」

でもなんとなく僕は知っていた。多分

「こうしてるだけで、疲れなんてのは消えるんだよ」

「……それではわたしがつかれてしまいますよ」

(へ)

「……どきどきして、つかれてしまいます」



凄く、まこもの顔が見たい。でも、きっと今は相打ちだ。



「じゃあ疲れて」

「……お供物を増やしてください」

「いいよ。何がいい?」

「ではおあげを一枚」

「おあげって、ただの油揚げ?」

「そうです」

「そんなんでいいのか?」

「おあげのお味噌汁はおいしいんです。わたしの得意料理の一つですよ」

「そっか……じゃあ買ってきたら作ってよ」





「毎日、さ」








なうろうでぃんぐ……

(-ω-)

おつおつ

おつおつ

始まりがレイプだから素直にイチャイチャとしては読めないな…

……声が聞こえる。

「……さい」

聞きなれた女の子の声だ。

「……ください」

まこもか?

「……起きてください」

「んぅ? ……まこ、も?」

暗闇の中、小さな両手に身体を揺さぶられて目が覚めた。はっきりしない意識の中枕元に置いてあった端末を手にとって電源を入れる。

(まぶし……)

片目だけ開けて確認した時刻は深夜の二時。こんな時間に一体どうしたと言うのだろう。幸い今日は休日だけど、だからこそ眠らせて欲しいという気にもなる。

「すみません、こんな時間に……」

一応申し訳ないという気持ちはあるようだ。彼女の遠慮がちな感情を垂れた狐耳で観測した。

「どうしたんだ?」

「ええっと」

まこもは指先どうしをくっつけたり離したりしながら僕に聞こえるであろうギリギリの声で口を開けた。

「せ、せっちんに……ついてきてくれませんか?」






『おといれはおひとりさまで』





「さっき怖い夢を見たんです。お口の大きなおばけがぐわーって……きいてますか?」

呆れて言葉を失った僕の意識は再び夢の中に帰ろうとしていた。

「寝ちゃだめですよ~! 死んでしまいますよ~!?」

(なんでだよ)

雪山に遭難したわけじゃあるまいし。

「死なないって。トイレくらい一人で行けよ。〝おとな〟なんだろ?」

「うぬぬ……」

視界を閉ざしたので彼女の表情は分からないがこれはかなり効果があったらしい。十秒ほど黙り込んだまこもだったが、結局一人で行くことにしたのか立ち上がると襖の方へと歩いて行った。

「もういいです! ひとりでもだいじょーぶですっ! おとなですから!」

(よかったよかった)

これでまた眠れ……

「……いいんですか」

「んあ?」

襖の開く音がしないので半目でまこもの方を見ると彼女は両手で自分の股間を押さえて足踏みをしながら聞いてきた。

「もし廊下におばけが出てきたらわたし食べられちゃいますよ!?」

「んじゃもう漏らせばいいだろ」

「ひどい!」

まこもはどたどた和室の畳を響かせながら僕の枕元まで戻ってきた。また彼女の両手で激しく身体が揺られる。

「お願いしますよぉ……おとなだってかみさまだって夜が怖いときがあるんですよぉ……」

「はぁ、分かったよ」

僕は渋々布団から上体を起こした。硬くなった身体を両腕を上げて伸ばすとついでのように欠伸がもれる。

まだ眠たいがこのまま隣で騒がれたらどの道もう眠れそうにない。

「ふごっ……なんだよ」

あいた僕の上半身にまこもが飛び込んだ。

「えへへ。ありがとうございます」

ほぼ反射的に彼女の頭をなでてしまう。そのまま背中もさすってあげたくなってしまったところをなんとか踏みとどまった。

(くっ、こいつはまたそうやって自分が都合のいいときだけ……)

まこもは知っているのだ。こうして自分からくっつけば必ず僕が優しくしてしまうことを。


このままでは全てにおいて負けた気がしてしまうので両手で彼女の横腹を持って揉むと彼女はビクつきながら僕から離れた。

「んひゃっ……にゃ、にゃにするんですかっ! もれちゃいそうでしたよ!」

「ほら、さっさと行くぞ」

「ま、まってくださいよぉ」

わざと彼女を置いていくように足早に襖まで歩いていくとまこもが慌てて追いかけてきた。




……………………


「この家の廊下ってなんか寒いですよね。本当におばけが出ちゃいそうですよ」

(そういう季節なだけだろ)

和室を出るまでは手を繋いでいただけだったが廊下を出た瞬間まこもは僕の片腕を抱いた。どれだけ怖がりなのだろうか。

(だいたいおばけなんているわけないだろ)

テレビ番組でやってる心霊スポット系の企画なんかも全部やらせに決まってる。


というかこんな何もない民家よりまこもがもともといた社の方がよっぽど……

(ん?)

そこで気がついた。僕はおばけが信じられないなんて、言えた立場なのだろうか。

「足、冷たいですね……」

となりで震えながら僕の腕を抱く女の子は、狐の耳と尻尾が生えている。彼女は自分のことをかみさまだと豪語するが、正直僕からすればそんな不安定な概念は妖怪や幽霊なんかとなんら変わらないわけで……

そう思うとそんな彼女の言う〝おばけ〟という存在は普通の子どもが口にするそれと一線を画しているような気がした。彼女は、見たことあるのかもしれない。




本物のおばけを。





恐怖とは信憑性に比例するものだ。

例えば柵のない高い場所を歩くときに感じる恐怖は『落ちればどうにかなってしまうかもしれない』ということを知っていることが大元だ。

高さの度合いにもよるが下に安全なクッションなどがあることを知っていればその恐怖はいくらか軽減される。無にもなり得るだろう。

心霊スポットも雑に言ってしまえば同じ、本当に心の底から出るかもしれないと思っている人とそうでない人とが感じている恐怖は段違いだ。


(となるのまこもの言う『おばけがでそう』は……)


僕は今、前者だった。


そうなるとここは自宅のはずなのに一躍お化け屋敷に早変わりだ。

「ふぇ?」

「怖いなら、もっと寄ってもいいぞ」

「あ、ありがとぅ……ございましゅ……」

僕らは身を寄せ合って廊下を進む。まるで遊園地のアトラクションだ。自宅デートとはこういうもののことを言うのだろうか……いや、新手すぎる。

やっとトイレの扉の前に着く。ここまでたった数メートルの話。一分するかしないかの話。笑えてくるのは恐怖のせいか、馬鹿馬鹿しさのせいか。


「……ここでまっててくださいね?」

まこもは僕を扉の前に立たせてトイレに入った。

(早く終わらせてくれよな)

なんとなく、先ほど歩いてきた道のりを眺める。

(廊下って、こんな長かったか?)

気のせいだろうけど、気のせいだとしても、今はなんだか心霊現象が


起こりそうで……


「あの!」

「わっ!」

いきなりトイレの扉が内側から開く。



「……指で耳栓しててくださいね?」

「……分かってるよ」

僕はぶっきらぼうに両耳を人差し指でふさいだ。

「ちゃんとそこにいてくださいね?」

眠気と謎の恐怖と『そんなことを言っている暇があるのなら早く終わらせて欲しい』という苛立ちが混ざり合って虫の居所が悪くなった僕は、念を押すまこもの声を耳栓しているのをいいことに聞こえないふりをした。

僕からの返事を五秒ほど待ったまこもだったが諦めたのかトイレの扉は再び閉ざされた。

(このまま一人で布団に帰ってやろうか)

泣きべそをかいて朝までここから動けなくなるまこもが頭に浮かんだ。

(さすがに可哀想か)

しかし何か仕返しをしないと落ち着かないのも心理だ。

指を、耳から離していく。

(聴いてやろうか)

まこもから排出される、水音を。

(ん?)

……勃っていた。もしかして僕は変態なのだろうか。

そんな事実が腑に落ちないのでやっぱり耳栓をする。今度は手のひらで、軽く耳を覆った。


しばらくすると無音だった廊下に水音が木霊する。

流水は水面と衝突して含みのある音を奏でた。目を閉じると透明に薄黄色が浸透して染まっていく景色が見える。

水音が止まった後ちり紙が引き出され破れる音がした。次に、紙と何かが擦れる微かな音。

……別に、耳をすませているわけではない。所詮は一つ屋根の狭い廊下だ。そんなものはここに立っていたら塞いでいたって嫌でも耳に入ってくる。



よって僕は、変態ではない。




最後に激しく水の流れる音、これで終わり。やっと解放される。

「……いますか?」

「いるよ」

まこもはトイレから出てくると何かを警戒するように廊下を見渡した。

(だから、何も出てきやしないって)

……多分。


……………………


僕が布団の中に入るとまこもも同じ布団に入り込んできた。

「また怖い夢を見るといけないので……ぎゅってしてくれませんか?」

おきつねさまは、本当に僕を利用するのが得意なお方だ。悔しいが追い出すと泣いてしまいそうなので抱きしめてその背中をさすってあげる。

「んっ……ゅ……」

胸に頭が押し付けられる。もしかしたら僕の高まる鼓動を人より大きなその耳が拾っているかもしれない。だとしたら、恥ずかしい。



こうする度に高まる体温の熱に当てられてか彼女を想う気持ちは膨張していく一方だ。この気持ちは一体どこまで膨らむのか、その限界を知らない。

本当は、彼女の前も触りたくなる。口づけしたくなる。……繋がりたくなる。

でも今はそれら全てをぎゅっと胸にしまい込んで、まこもを優しく愛でる。




「起きてたらいいんじゃないか」

「ふぇ?」

「起きてたら、夢を見ることもないだろ。僕も一緒に起きててあげるからさ」

さっきまでは眠気があったが廊下に立たされている内に睡魔の方が眠ってしまった。

それにこの際、もう少しこのままでいたい。見返りも多少なら求めても罰は当たらないだろう。

「本当ですか? でも何をして起きておきましょう。このままなでられていますと、その……気持ちよくて眠ってしまいそうで……」

それを聞いて思わず、なでる手を止めた。

「んにゅ?」

悟られたかもしれない。眠って欲しくないことを。



「しりとりでもするか」

「しりとりですか。いいですね~」

「まこもからでいいぞ」

「ではお言葉に甘えて……りんご」

「ごりら」

「ら……らっぱ!」


……かわいい





「パンツ」

「つめ!」

純粋に遊びを楽しむ姿がかわいい。

「めだか」

「めだかですか。うーんと……かりんとう!」

少し悩む素振りがかわいい。

「梅」

「梅……め、め、めんことか!」

彼女をできるだけ傷つけたくない僕としてはこの一つ一つが致命的で驚異的だった。一巡する度に胸にしまい込んだ想いがえぐり出されそうになる。

(めんこ……こ……)





「……交尾」

(あ)

引きずり出されてしまった。




「ふぇ? こ、こー……あ、そ、そうですねぇ……ここここーびなので……次は『び』ですよね。えーっと、えーっと……」

困り果てた顔が、かわいい

から……

(もっと困らせたい)

そう思った手は

「び、び……びぅ!? んひゃっ!?」


彼女の尻尾をとった。



「ふぁっ……ぁ……なんれ……」

一瞬でトロ顔だ。

「ちょっと心配になったんだ。さっきのおしっこ、ちゃんとトイレでふいたのか?」

「んぁ……ぅ……ふきました……よ……?」

僕はまだ尻尾の付け根から手を離していない。

「あの場所にいるのが怖くて適当にふいたんじゃないのか?」

「しょんなこと……」

「だったらさ、おしりこっちに向けて見せてみろよ。しっかりふけてるか見てやるから」

「え……しょれは……」

まだ、尻尾を刺激し続ける。

(そろそろか?)

「わ、わかり……まひた……」


自然と、頬が緩んでしまう。



「うぅ……こう、れふか?」

まこもは僕と一緒に起き上がると敷布団の上で四つん這いになった。
さっきまで触られていた尻尾が僕を誘うように艶かしく揺られている。

襦袢を捲ると見るべき場所は透明の糸を垂らして雄を受け入れる準備をしていた。

「……拭けてない。しっかり拭かないとかぶれるぞ」

彼女のそこを広げると広がった隙間からまた新たな分泌液が溢れてメスの匂いを放つ。
それを鼻から通すと磁力で引き寄せられた相方のように僕のオスが反応を示した。



「あっ、ふぁ……」

口をつけて蜜を舐めとる。舌を痺れさせるようなしょっぱくて苦い一口、幼い場所から出たそれは大人の味だった。

初めてアルコールを口にした感覚に似ている。決して美味いとは言えないが舐める度に何故か口に馴染んでいく。

「拭いても拭いてもキリがないな」

「ら、らってしょれ……おしっこじゃ……」

「おしっこじゃないならなんなんだ?」

また尻尾を掴む。この行為はまこもを精神的に追い詰める効果もあった。

「ぅ……えっち……」

「なんだって?」

「えっちなときに……でちゃうおつゆで、す……」

まこもの切なげな視線と合う。『もうやめて欲しい』『もっとして欲しい』彼女の顔はどちらにでも取れた。

しかしどうしても今は、自分の都合のいい方にとってしまう。

「キリないからさ、おさまるまで、栓しような」



考えたことがある。彼女の一番の弱点は尻尾だが、その弱点の位置には意味があるのではないだろうか。

(例えば、交尾するときに自然と刺激される位置にあるとか……)

引き寄せられたオスを沈めていく。お互いから分泌された粘液どうしが絡み合って結合部の隙間から泡がたつ。

半分まで挿れたところで腰を一気に沈めると驚くほどスムーズに勃起は肉壺に滑り込んだ。

「あ゛ぁんっ」

奥にぶつかった瞬間まこもは僕の枕を抱きしめて痙攣した。

(やっぱり……)

彼女にとってこの体勢は、恐らく一番子作りに適していた。

「ぁ……フッ……フッ……」

まこもは枕に噛み付いて快感を抑え込む。彼女の鼻が僕の臭いのするであろう枕に埋もれている。あんなところで荒い呼吸をしたら、僕は彼女の鼻腔まで犯してしまう。

「ぅー……うー……」

前から、後ろから、彼女を支配する。

小ぶりで丸みのある臀部を抑えて、腰を前へ前へ押していく。



「はふっ……あっ、あぅ、んぁあっ」

ときおり尻尾を掴みながら子宮付近を突き続けると急激に膣壁が縮小し、それだけで射精しそうになる。

「やっ……わふっ……ふっ……」

「まこも……イッてる?」

「わからないれふ……あたま……ふわふわして……」

「……女の子ってさ、中に出されたとき気持ちいいほどデキちゃうんだって」

「ふ、ぇ……?」

「だからさ、今出したら……絶対……」

「っ~~!」

出まかせの興奮剤は想像以上に効いていた。彼女にも、僕にも。




痛いほど締め付けられる、絞り出すために。さらに膨らんでいく、大量に放出するために。

(種、付け……したい)

「ひぃっ……あっ……んっ……」

両手を広げて布団に着くと力任せに腰を押し付けた。先穴にぴったりと吸い付く子宮口付近に先走りを塗り込む。

「っ……ふぃぁ……」

交尾の中、その膣内で行われるさらに小さな性行。

……耕した土に、小さな空間を広げていく。

「まこも……っ!」

種を、植えるため……

(孕めっ)



「あっ……ああぁっ……びゅーびゅー……きてゆ……」


ドクンッ……ドクンッ……


僕の心臓と連動している。命の鼓動と連動して、そこに新しい命をふきこんでいく。その営みが、腰が溶かされそうなほど、熱くて……気持ちいい。

「はー……はー……あったかぃ……れふ……」


引き抜いて布団に倒れこむ。まこもの隙間から僕が刻み込んだ証が気泡を割りながら垂れていくのが見えた。

「えっちなおつゆ……おさまりましたか?」

振り向いたまこもは倒れた僕を覗き込んだ。仰向けに寝返りをうつと彼女の逆さの顔と目があう。

「……どうだろ」

「もぅ」

(だってなんか別の垂れてきてるし)


「……美形ですね」

まだ紅い顔のまこもが小さく呟いた。

「そんなことはないだろ」

また泣かれるかと思った。怒られるかと思った。しかし最初に言われたのは意外にも下手なお世辞だった。本当にそんなことはない。

「次『い』ですよ」

(え、しりとりってまだ続いてたのか。ってか『美形』ってそういうことかよ)

やっぱり下手なお世辞だった。


「じゃあ椅子」
「好きです」

(え)

狙っていたのかそれとも今思いついただけなのか、一秒もせずに帰ってきた。

「は……えと……僕も……」

「知っていますよ。前も聞きました」

彼女の両手が僕の輪郭を包む。

襖の隙間から朝焼けの青が差し込む。浮かぶ彼女の顔は確かにいつものまこもだった。それは間違いない。そのはずなのだが……

(まこもってこんな大人っぽい顔もできたのか)

それとも、自分がまだ子どもなのか。




「優しくしてくれるあなたが好きです。えっちになっちゃうあなたは……ちょっぴりこわい、ですけど……やっぱり好きです」

まこもは僕と並んで横になった。

「ふふっ、次は『き』ですよ」

まこもが額を当てて笑う。鼻先どうしも当たる。そのまま、影を一つにしていく。



この時期の早朝は誰でも温もりが恋しくなる。それは寝ても寝なくても変わらない。

「れ、ろ……ちゅりゅ……」

恋しいものは目の前にあった。大切に抱えると服が掴まれる。身を寄せあえば僕らはどちらもそれが手に入った。

「むっ……はっ、次は『す』だけど、まだ続けるか?」

「……しゅき」

「あ、同じのは……いいか……」

僕もまた同じことをするだけだ。

「んちゅ……れろ……ちゅっ……しゅき……」



眠くなるまで。


なうろうでぃんぐ

(-ω-)

このなうろうでぃんぐなんだっけな…座椅子か

>>98

座椅子の>>1です

またスレに来ていただきありがとうございます

m(-ω-)m

「ゴホッ、ゴホッ……あーだる」



朝の話だった。

布団から体を起こすと外側からは鳥肌の立つような寒さ、脳の内側からは熱の塊が閉じ込められているような熱さを感じた。

出勤のために這うように布団を出たが立ち上がることすらままならずにそのまま畳に突っ伏した。

僕の異変に気がついたまこもが棚から体温計を持ってきてくれた。

測った結果は三十八度八分。出勤を断念した僕は勤務先に連絡をいれ、本日は休息を取ることにした。






『おかゆはごちそうさま』





「大丈夫ですか?」

「こんなのたいしたことないって。ゴホッ」

と言っても朝はマスクをつけたまま布団の中でずっと寝たきりだった。そうこうしている内に昼が来る。

致命的なのは朝から何も食べていないはずなのに食欲が全くわかないことだった。これでは薬も飲めそうにない。

「大丈夫そうには見えませんが」

(でもまこもに心配かけたくないし)

「食欲はありますか?」

(ぐぬ)

一番最初に痛いところをつかれた。

「……ない」

「重症ですね……でも何も食べないのはもっと身体を壊してしまいますよ」

「ゴホ……そうだな」

「おかゆ作ってきますね」

まこもはそう言い残すと枕元を離れ和室を出て行った。




ーーパタンッ



独りになった音がした。ぼやけてはっきりしない意識で天井の木目を見つめる。

そのまま、眼だけを動かして天井の端から端を見渡す。

(……広いな)

誰もいない空間に漂っていた空気が、僕を中心に渦巻くようにしてまとわりついた。


孤独。


その空気の名前だった。

まこもがここに来る前も僕は独り身だったはずなのに、いつだってそいつは僕の中にいたはずなのに。

「……っ。あれ?」

なぜか目頭が熱くなるほどそれを感じたのは初めてだった。

心細い。

衰弱していたのは身体だけではなかった。目を閉じると塩味の液体が枕を濡らす。広すぎる空間から逃げたくなってもう一度夢行きの切符を握りこもうとした。しかし、冷めたおかゆを口にするのはごめんだ。


(まこも、早く帰ってこねーかなー)

無性に彼女に会いたくなった。

伸ばした膝を折り曲げる。しかし痺れていて立ち上がるまでには至らない。幼稚な行動に出ようとした己に対する恥ずかしさばかりが募って頭をかきむしった。

(そんなに会いたいのか?)

黙り込む身体に言い訳をする。

(別に、待ってたらおかゆは来るし)

ではなぜ脚に力を入れようとしたのか。

(腹が減ってきたからだ。朝から何も食べていないわけだし)

「な?」

目線を下に己の胃袋との対話を試みる。

が……腹の虫はもどかしいほど静かだった。


「あーくそっ」

仕方ないので暗示をかけてみる。

(僕は腹が減っている腹が減っている腹が減っている)

「僕は腹が減っている!!」

声に出してみるとかなり減ってきた気がした。言霊は偉大だ。


「……おなか空いてたんですね」

「あ」

襖に目をやるとお盆を持ったまこもが少し驚いた顔で出入り口に立っていた。

「いや、これはえっと……違うんだ……」

何も考えずに否定すると重ね掛けた暗示は何処かへ飛んでいった。せっかくわいた微量の食欲がまた限りなく0に近くなる。

(う、何やってるんだ僕は)

「もう少し早く持ってくるべきでしたね。すみません」

(またなくなっちゃったけど)

しかしせっかく彼女が作ってくれたものを無駄にはできないので力を入れて上体を起こす。ひんやりとした寒気がまた首筋をなぞった。


まこもはもう一度僕の枕元に座るとお盆の上の器と匙をとっておかゆをすくった。

「ふー、ふー……」

匙の上で湯気立つおかゆに小さく口先をとがらせてまこもが息を吹きかける。

「はい、どーぞ……」

彼女は柔らかく微笑むと僕の口元にその匙を持ってきた。まだ、食欲はない。

(でも)

彼女が直接息を吹きかけたその一口にはなんともいえない魅力が感じられた。匙の上にはまだ彼女から出た何かが乗っているような気がして、それにつられて口を開ける。

「もぐ……むぐ……」

柔らかく煮崩された米粒を口に含むと優しい塩味が口内に広がった。

「どうですか?」

それを舌と歯でかみしめながら、ついでに彼女が吹きかけたものも喉に通していく。

「おい、しい……」

それは、まこもが僕に与えてくれた一口だった。自分ですくった匙からではない。確かな優しさを含んだ僕以外からの、僕のための一口。

「えへへ、よかったです。……ってええ!? なっ、大丈夫ですか! どこか痛みますか!?」

風邪にやられて何もかもが麻痺している。手足も、ぼーっとする頭も、ついでに涙腺も……

「いや大丈夫。なんか、すごくおいしくて……」

「泣くほどですか? やっぱりものすごくおなかが減ってたんですねぇ。おなかがすいているときは何でもおいしく感じられますから」

「まこもが作ってくれたからだよ」

恥ずかしくて、風邪よりも寒気のするセリフ。でも簡単に口を出た。

「ふぇ、え……あ……ありがとぅ、ございまふ……」

無理やり休むことになる上、手足の自由が利かずゆとりのある時間を生かせるわけでもない現状を朝は不幸だと呪ったが今はなんとなく

(たまにはこういうのも悪くないな)

そう思った。


「さあーどんどんたべましょー!」

「ちょっ、待てって……」

「はいどうぞ!」

「あ、あむ」

照れ隠しかまこもは急に張り切りだすと、おかゆを匙に取っては僕の口に押し込むのを絶え間なく繰り返し始めた。

「はい!」

「あむあむ……」

「はい!」

「もぐ……ゴホッ! ゴホッ!」

「あ! あわわすみません……」


彼女に渡された湯飲みから水を飲んで一息つく。

「ハァ、はぁ、ふぅ」

「すごいですね。最初は食欲がないといっていたのに堂々の完食です」

まこもは米粒一つない器を嬉しそうに僕に見せた。

「……ごちそうさま」

「お粗末様でした! これ、お薬です」

彼女が引き出しから取ってきてくれた風邪薬を飲むと僕は再び横になった。


「これでまた安静にしていれば確実に良くなりますよ」

まこもは器と湯飲みをお盆に乗せると立ち上がった。

「わたしはこれを片付けてきます。何かあったらまた呼んでくださいね」

(え……)




『また行ってしまうのか』


そんな寂しさから、遠ざかるまこもの足首を掴んだ。

「へ?」

僕は何をしているんだろう。彼女はきっと、お盆を置いて食器を洗えばまたここに戻ってきてくれる。

分かっているはずなのに……そんな短い時間ですら彼女のいないこの部屋は酸素のない空間に放られたように息苦しいのではないかと思ってしまう。

人間ではない不安定な存在の彼女は僕の視界から外れるとフッと、その姿を消してしまうのではないかと……

僕にはまだ、彼女の存在が夢に見えていた。



「あの……」

困惑した表情で見下ろされる。早く、この手を離さないと……

「何か、あったんですか?」

もし何かあったら。

(お前は側にいてくれるのか?)

「……あった」

適当に呟いた。するとまこもはその場に座り込んでお盆を畳に置き、片手を僕の額に乗せた。

「確かにまだ熱いですね。近くにいた方がいいですか?」

〝今〟僕の額が熱い理由に風邪の影響なんてきっと半分くらいしかない。
まだ片思いな気さえするこの焦がれた心臓が、限りなく悪戯に近い純情を燃やしてまこもを繋ぎ止めたがる。


「手、握っててほしい」

「こうですか?」

小さな二つの温もりが、僕の手を包む。

「ありがと」

「……くすっ」

「な、なんで笑うんだよ」

「だってあなたが珍しく弱々しいので」

いつからか忘れてしまったが、僕はずっと彼女の微笑みに依存している。もし彼女が消えてしまったら、僕は死んでしまうのではないだろうか。

「……それが人間なんだよ」

また言い訳をする。弱いのは〝人間〟ではなく〝僕自身〟だというのに。

「ごめん」

「ふぇ?」

謝って大人ぶってみた。自分がただの我がままで幼稚な人間ではないことを証明するために。

「近くにいたら僕が治ったってうつしちゃうかもしれないだろ?」

それが矛盾を生んでただの面倒なやつに成り下がるのには気づかないフリをした。



「うつしてください」

「は」

「わたしにうつして治る風邪なら、わたしにうつしちゃってください」

ずいと顔が寄せられる。

「だって、あなたは今日ずっと辛そうな顔してます。あなたのそんな顔を見るのはわたしも辛いんです」

そう言うとまこもは目を閉じた。



「さぁ、はやく……」

僕があとほんのわずか頭を上げてしまえば彼女と重なる距離。そんな近くに最愛の人の唇がある。

……吸い込まれそうになる。

けど

「駄目だって」

「んにゅらっ」

僕は手のひらでまこもの顔を突き返した。

「まこもが風邪ひいたら今度はまこもが辛そうな顔になるだろ。そんなの、僕が辛い」


「でも、まだ何かさせてくださいっ」

握られる手の力が強まる。

責任を感じてしまう。僕が下手に引き止めてしまったから、結局彼女を心配させてしまっている。

「わたしを信じてくれる人を救えないなんて、かみさま失格ですから……」

(あ)

いつから彼女に依存していたのか思い出した。今思えば最初からだ。

本当に最初の最初から。まこもをここに連れてきた日よりも前、彼女と初めて出会った日から、僕は彼女に依存していたのだ。


…………


かなり口調の強い女上司に毎日仕事を駄目出しされる日々の中で、僕は病んでいた。

誰でもいいからすがれる人が欲しかった。でも、僕には愚痴を言い合える友人や仕事仲間すら存在しなかった。

そんなある日擦り切れかけていた心が見つけた。誰が管理しているのかも分からないような、もう捨てられているのと同じような社を。

足が勝手にそこに向かっていくのを感じた。神にでも頼ろうと思った。

そのときだけ本気で信じた。神の存在を。

信じて賽銭を投げ込むと、背広姿のまま座り込み視界を強く閉じて拝んだ。『僕を救ってください』と。他の人がその場にいたらその姿は実に滑稽に見えたかもしれない。

するとかみさまが、そこに姿を現した。

頭に違和感を感じて目を開けると小さな女の子が僕の頭を撫でている。優しい手つきだった。

「わたしにはこれくらいのことしかできませんが……許してくださいね」

あどけなく不安定で柔らかい声、しかし全てを包み込むような寛容な手のひら。

抱きしめた。末期だと思った。でもそこに温もりがあったからすがった。

「まふっ!? わたしが見えてるんですか!? 見えないようにしてたつもりなんですけどね……ってあれ? だ、だいじょーぶですか?」


涙を流しながら。




………………

「ありがとな。その気持ちだけで嬉しいって。手握っててくれたら、もう、寝るから……」

「あ、それでは膝枕なんてどうですか?」

「膝枕?」

まこもが膝に僕の頭を乗せてなでているのを想像すると初めて会った日の記憶がフラッシュバックする。

「……いいって。恥ずかしい」

「まあまあそう言わずに」

まこもが僕の頭の下から枕を引っこ抜くと後頭部が敷布団にぶつかる。

「いてっ」

それでもおかまいなしといった具合にまこもは僕の頭を持って自分の正座した膝に乗せた。

「どうですか? 安心しますか?」

さっきまで広いと感じていた天井は半分に隠され、そこがまこもの顔に埋められる。そのことに少しばかり感動した僕はしばらく無言でじっと彼女を見つめていた。




「う、うーん……ずっと見られてると思うと、ちょっと恥ずかしいですね」

まこもは垂れた耳で照れ隠しに笑った。

「自爆するなよ……」

「は、はやく寝てください」

「眠れなくなったよ」

「え~、さっきまでもう寝るって言ってたじゃないですか~」

(だって……まこもの真下でずっと寝顔晒しながら寝るなんて)

そんなの、心臓がうるさくて眠れない。




「では子守唄を唄ってさしあげましょう。きっと眠れますよ」

「子守唄なら子供に唄ってくれ」

「むぅ……今近くにお子さまはいないじゃないですか」

「いるけど」

「ふぇ? どこですか?」

「ここに」

繋いだまこもの手を握り返す。

「あぅ。そーゆーのひどいと思います。傷つきました」

「だってまこもって耳と尻尾以外人間の小学生と変わらないし」

「でもおとななんですぅ! かみさまは人間さんより成長が早い変わりに止まるのも早いんですぅ!」

「ふーん」

初耳だ。長い時を人類の信仰心と寄り添うために、身体が弱い子どもの時代を早く終え、後の老化を停止させてしまっているのか。


「……あなたはどうなんですか?」

「何が?」

まこもと繋がれていた手が解かれていく。離れた手は布団に隠れた下半身に潜り込みある場所をプッシュした。

「ま、まこも……?」

困惑しつつも刺激に反応するソレをまこもが親指と人差し指を使ってつまみ出していく。

「……子どもなわたしに、いつもこーふんしちゃってるんですか?」

「それは……」

「わたしはおとななんです」

いつもより若干強気な表情を見上げる。それでも隠しきれない恥じらいは彼女の顔色に出ていた。

無理をしている。一目で分かった。

しかし扱かれる僕のソレは大人ぶる彼女に屈していく。

「……おとなのわたしにこーふんしてくださぃ」


また内側が熱をもってきた。もしかしたら風邪が盛り返してきたせいかもしれない。むしろ、そうであって欲しいとさえ願う。

短く息が切れていく。

「まこも……やば……ぃ……って……」

盛られた熱はズボンと下着をずらされて掛け布団すら窮屈そうに持ち上げた。
さっきまで僕と繋がれていたまこもの手のひらは人肌の温もりを程よく秘めていて、それが快感を内側から溶かしていく。

「わたしのこと……おとなってみとめてくれますか?」

「ハァッ……ァ……ハァッ……」

溶かされた快感が管を通って外を出ようとしている。思考の鈍った脳内を桃色の波が支配し始めた。

だらしなく口をあけて呼吸をする僕は喋れなくなるほど呑み込まれていた。


「返事がないですね」

僕の口横を伝う涎をまこもは鼓膜にべったりと張り付くような音を立てて舐めとった。

「分かってもらえないみたいなので……おとなちゅーしちゃいますね……」

小さな舌が伸ばされて僕の口内に入ってくる。まだ唇同士は密着していない。舌と舌がお互いの呼吸を乗せて唾液を混ぜながら絡んでいく。

「んっ……れっ……ちゅぅっ……」

まこもが僕の舌を吸うと前にでた彼女の唇が自然と押し付けられていった。

「ちゅるっ……」

口を口で蓋される。その内側で尚も続く、舌と舌の絡み合い。唾液に混ざっていろんなものが吸い上げられていく。より快楽に溺れるほど身体全体が癒されていくような気がした。



(もう……だめた……)

脚から感覚がなくなる。瞬間、僕の頭は真っ白になった。

(ん゛んっ)

腰が短く痙攣する。舌が絡むたびに脈打つソレは熱を漏らした。

僕が漏らした液体をまこもは手のひらで包んで受け止めると僕から顔を離してそれを舐めとった。




(おとな……か……)

「じゅるっ……ぺちゅ……んっ……」

恍惚とした表情で手のひらを舐める彼女はおとなというより……

「えへへ……本当にうつしてしまったときは、あなたがわたしを看病してくださいね」

妖艶な女狐に見えた。



……………………

「むぎゅー」

「そんなにくっついたらますますうつるって……共倒れしたら大変だろ?」

「だからわたしがあなたのお布団代わりになってあげます。あったかくしてはやく治しましょー」

「暑い」

「ひどい!」

「……まこものせい」

「だからお身体をふいてあげたじゃないですか」

「そういう問題じゃないだろ」

「……ふふっ。冷めないうちに寝てしまいましょう」

「……ああ、おやすみ」


……………………

「こんっ! こんっ!」

「言わんこっちゃない」

次の日の朝、僕の体調はまこものおかげですっかり良くなったがそれと引き換えに彼女は酷く咳き込んでいた。

「うー……さむいです……」

「はぁ」




今度は僕が、布団だな。





なうろうでぃんぐ

(-ω-)

「おいキミ」

退社間際、先輩に後ろから肩を叩かれた。唐突な出来事に思わず肩が跳ねる。

「は、はい。自分ですか」

全身に力が入りついおどけたことを聞いてしまった。

「わざわざ肩を叩いたんだぞ。キミしかいないだろう」

彼女は日常的に向けている鋭い視線を僕に送った。彼女のかけた眼鏡が夕焼けに反射して一瞬光る。

(僕今日なにかやらかしたっけ)

身に覚えがない。大したことじゃないなら早く帰してほしい。僕は彼女のことが苦手だった。

入社したばかりの頃から散々小言を言われ続け、もちろん僕にも原因があるとはいえそのせいで早々に退職を考えたほどだ。

「その、なんだ。明日は休日だろう? 暇してるならこれから二人で呑みにいかないか」

「え……あ……」

今までそんなことを誘われたことがなかったため耳を疑ってしまった。改めて先輩の顔を見るといつもよりは穏やかな顔をしているように見えなくもない。

しかし暇しているわけでもない。家ではまこもが僕の帰りを待っている……と思いたい。

(でもなー、断ったら付き合い悪いとか思われて後が怖いよな……)

五秒で言い訳を考える。相手にしょうがないと思わせるような、そんな言い訳を。

「えっと……実は恥ずかしながら今手持ちが最低限でして……」

(これならまぁ)

仕方がな
「私が出す」

(なっ……)

上司が部下に一食奢るなど別段おかしなことではないのだが、今の僕には予想だにしない展開につい言葉を詰まらせる。

「そんなっ……とんでもない! いいですよ別に!」

「私が君を労ってやると言っているんだ! 他に理由がないなら大人しくついてこい!」

「う……それではお言葉に甘えて……」

結局押されてしまい僕は彼女に連れられて居酒屋へと来店した。





『お酒とおにごっこ』




店員に案内された座敷席へと二人で向かい合って座る。

「とりあえず私はウーロンハイを……キミはどうする」

「じゃあ、同じものを」

「ウーロンハイを二つですね。かしこまりました」

「いい雰囲気の場所だろう?」

「そうですね」

「私のお気に入りなんだ」

店員が去った後酒肴の品書きを眺める先輩に素朴な疑問を投げかける。

「あの」

「ん、どうかしたか?」

「なぜ突然……?」

「ああそのことか。キミ、この前風邪で二日ほど休養していただろう?」

「その件はすみませんでした。自分が体調管理を疎かにしたばかりに」



「いや気にしないでくれ。逆にそれほど日頃の疲れがたまっているのではと思ってな。これは息抜きのようなものだ。どうせ私と二人きりなわけだしここは社外だ。今日くらいは遠慮せずに美味しいもの食べて程よく酔ってもっと気を楽にしてくれ」

「はあ、痛み入ります」

と言われても、上司からの奢りで遠慮しない程僕は肝が据わった奴でもないのだが。

「はいこちらウーロンハイです」

店員が二杯のグラスをテーブルに置きにくると同時に先輩はつまみを注文し始める。

「たたき鶏と冷やしトマト。後は……」

「あ、では自分は若鶏の唐揚げを」

目配せされて僕も注文した。

「かしこまりました」

もう一度店員が去ると途切れていた会話が続く。




「気に障ったら申し訳ないがキミは確かまだ独り身だったよな。恋人とかはいるのかい?」

「あー……」

それは僕にとって難しい質問だった。

(なんて言えばいいんだろう)

「いる」とだけ言えばいいのだろうが、もしも詳細を聞かれたときに説明が面倒だ。

『かみさまと同居してます』……なんて、まだ酔ってもないのにそんなこと言ったら一生笑われそうだ。




「そうですね……恋人とかも、ぜんぜん……」

(っ……!)

そのとき、胸を小さな針が刺した感覚を覚えた。
まこもの存在を否定してしまっているようで、気分が悪くなった。

「なら療養も一苦労だったろう。私でよければ連絡をもらえれば見舞いにくらいは行ったぞ?」

「と、とんでもないっ!」

「そう寂しいことを言うな。偶には頼ってもいいんだぞ?」

(なんか、今日は妙に優しいな)

風邪で寝込んでいた僕のことを、そんなに気にかけてくれていたのか。

「いやもう終わったことだが……頼って欲しかった、かな」

優しいというか、しおらしい?



「それは一体どういう……」

先輩はウーロンハイを一口入れてから拗ねるようにぼそぼそと呟き始めた。

「キミは私にとって初めての後輩だったんだ。自分が誰かの教育係になるなんて思ってもみなかったから……気合いを入れていたんだがね。聞けば教える人間がいるというのに、キミはろくにできやしないことも一人で試行錯誤してやり切ろうとするじゃないか」

(そういえば……)

入社当時彼女から叱られる中で「分からないことがあるならちゃんと聞け」と言われたことがある。教育係といっても彼女には彼女の仕事があるわけで、それを横から邪魔をしてまで聞こうという気になれなかった。

そのことが失敗を生んでかえって彼女に尻拭いをさせる手間がかかってしまうことに僕は気付けなかった。そうこうしている内に口うるさく言われることばかりが耳に入って僕は彼女に壁を作ってしまうようになった。



「キミには伝わってないみたいで辛いのだがね。私は入社式で一目見たときからキミのことを結構気に入っているんだぞ」

「……そうだったんですね。すみません」

なんというか、こそばゆい。

「謝ることはない。これから頼ってくれればいいんだ。これからな」

慣れないことを口にして先輩も僕と同じだったのか彼女は残ったウーロンハイを一気飲みしてテーブルに軽快なグラスと氷の音を立てた。

「ん、やっと肴が来たぞ。これからだな」

品を置く店員に機嫌よくもう一杯を頼む先輩の顔は笑っていた。思えば彼女の曇り一つない笑顔を目の当たりにするのは初めてだった。

(なんというか……)

「充実している」と感じてしまった。恐れ多いが先輩のことを改めて〝仕事仲間〟だと思った。そんな人とこうして酒を飲み交わせることを、喜ばしいと感じた。




久しぶりに舐めた酒の味は、美酒のそれだった。




……………………

「悪いな。わざわざ送ってもらって」

「いえいえ」

「ふふっ、いい飲みっぷりだったぞ」

「久しぶりだったもので」

「……なあ、また付き合ってもらえるか?」

「ああはい全然! 今度はちゃんと自分で出します」

「そうか、ありがとう。では今日はこれでな」

「はい! お疲れ様でした!」

(妙に美味かったから飲み過ぎちまった……)

定時上がりだったがかなり遅くなった。いつものお供物も用意できていないがすぐ横になりたい程度には酔っているので真っ直ぐ帰るしかない。





「ただいまー」

遅くなったから玄関まで出てくるかと思いきや足音すら聞こえてこない。自分が廊下を歩く足音が嫌に大きく聞こえる。誰かの生活感を微塵にも感じない。まるで一人暮らしのころに戻ったみたいだった。




(寝てたりしてな)

先に着替えてから和室を開ける。そこにはもうすでに二枚の布団が敷かれていたがまこもの姿は見当たらない。

(珍しくこんな時間に出歩いてるのか?)

時計に目をやると時刻はもう九時半を回っている。今までまこもがこのような時間に外に出ることはなかった。

(……駄菓子屋なんてとっくの昔に閉まってるしな)

一体、どうしたというのだろうか。





まこもは僕が寝るその瞬間まで、帰ってくることはなかった。




……………………

暗い。ここは何処だろうか。家でも外でもない。謎の空間の中で僕は立ち尽くしていた。

「まこも?」

突然、目の前にまこもが現れた。

「ははっ、どこ行ってたんだよ」

彼女は僕の質問に答えることなく無言で微笑んだ。そして僕にその大きな尻尾をむけると走り出した。

「あれ……おい待てよ!」

僕もその背中を追う。まるで幼い子を相手にした鬼ごっこだ。


だが、追いつける気がしない。彼女の背は遠ざかるばかりで、そのまま後姿すら点になって見えなくなってしまいそうだった。

「まこも! まこも! まこ、も……」

足が止まった。ふと我にかえる。



なぜ、僕は走っていたのだろうか。意味のない全力疾走をしていた僕はその場にしゃがみこんで休憩した。

暗い空間が開けて白い光が差し込む。

(朝が来たのか? 仕事、行かないとな)

僕はため息を一つ吐くとその場からゆっくりと立ち上がった。


……………………

「ん……ん~……」

(仕事……じゃないか。今日は休みだったな)

いつものように起き上がって布団を畳む。すると隣にもう一枚布団が敷いてあった。

(あれ? 客用のやつ……)

誰かを家に呼んだ覚えはない。酔ってボケていたのだろうか。

(飲み過ぎだな。どんだけだよ)

仕方なく二枚目の布団も片付ける。だがなんとなく、どういうわけか僕は一日に二枚の敷布団を片付けることには違和感を感じなかった。

(なんでだろ……誰もこの家に呼んだことないはずなんだけどな)






今日もまた、一人暮らしの一日が始まる。




なうろうでぃんぐ(-ω-)

こういう意思のはっきりしない主人公って嫌いだわ
エヴァのシンジ君みたい

まじか

えっ

「……味噌汁?」

朝、カップ麺に注ぐ湯を作るためにコンロに置いてあった蓋つきの両手鍋を持つと水を入れる前から液体の重みを感じた。

蓋を取ってみるとまだ湯気の立つ油揚げの味噌汁が入っていた。

(昨日こんなの作ったっけ)

そんな記憶はない。それに、まだ作られて新しいことを鍋が教えてくれている。これはどう見ても今朝作られたものだ。

因みに僕に朝味噌汁を作るという習慣はない。


(実はもう二度寝をしていて、最初に起きたとき寝ぼけた頭で作ったとか? 不思議なこともあるもんだな)

せっかくなのでカップ麺をやめてそれをいただくことにした。
杓子でお椀に注ぐ。まだ余っている。どう見ても、量は二人分。

(……ま、いっか。いただきます)

お椀に口をつけて、一口。

「……うまい」

思わず独り言をもらしてしまう。そして、僕には味噌汁を作る習慣はなかったが食べる習慣はあったことを思い出した。

「っ……」

頭痛がする。

(二日酔い?)

恐らく違った。

何か、大切なことを忘れている。そんな焦燥感に駆られた。


「ずっ、もぐっ……んっ……」

味噌汁を飲めばその何かを思い出せそうな気がして一気にかきこむ。美味しいから、苦ではなかった。

「ぷはっ! はぁっ! はぁっ!」

優しい味だった。もっと、ゆっくり味わうべきだったと後悔した。思い出せそうだった何かは、まだ……

(二杯目っ)

椅子を倒しながら立ち上がった。だが気にはしない。僕は腹を空かせた子どものように食い気味にもう一度台所を訪れる。

「……あれ?」

味噌汁はなくなっていた。入っていた鍋も片付けられていた。

(なんで……)

瞬間、立ちつくす僕に再度脳が半分に割られそうなほどの激痛が走る。

「ぐぁ」

(やっぱり、おかしい)

今日のこの家は、僕は、何か、何処かがおかしい。





『お菓子とおもいでと』





廊下に出て朝起きた和室を目指す。妙に廊下が長く感じる。日が昇りきる前の朝の空気は家内まで冷やす。床と接する足裏の体温は一歩ごとに下がっていく気がした。



『この家の廊下ってなんか寒いですよね』



誰かと一緒にここを歩いた夜の記憶が蘇る。誰だったかはまだ思い出せない。

いつか見た夢だったかもしれない。疲れた身体が創り出した妄想だったかもしれない。
でも、この記憶が大切だってことだけは……

(確かで……)

根拠のない確信。自分の記憶と本体が全くの別人のパーツにすら思えてさらなる頭痛を呼び、吐き気をもよおす。


和室の襖を開いた。部屋の隅のタンスの引き出しが一箇所開いたままになっている。開いていた場所は、いつも風邪薬をしまってある場所だった。



『お粗末様でした! これ、お薬です』



また、忘れていた何かの欠片。僕はつい最近風邪をひいて寝込んでいて……それで……



『なら療養も一苦労だったろう。私でよければ連絡をもらえれば見舞いにくらいは行ったぞ?』



違う。全然苦労なんてしなかったんだ。だって、僕を看病してくれた人がいて……

(なんで先輩にあんなこと言われたんだっけ)



『そうですね……恋人とかも、ぜんぜん……』



思い出した。嘘をついたからだ。

僕は嘘をついて……大切な人の存在を否定した。一時的に信じることをやめた。




『謝ることはない。これから頼ってくれればいいんだ。これからな』



あのとき感じた充実感が、僕に偽りのメンタルを与えて……


(違う! 僕は……そんな強い人間じゃなかったはずだ)




『ならずっと、一緒にいてくれますか?』


あいつに甘えて


『……どきどきして、つかれてしまいます』


あいつに癒やされて


『……しゅき』


あいつに甘えてもらって


『……ふふっ。冷めないうちに寝てしまいましょう』


あいつと

寄り添わないと、生きていけないから……


「ま、こも……」


大切な人の名前だった。



瞳が決壊して流れた大粒の涙が音を立てて畳とぶつかる。

首を振って、後ろを向いて探した。いない。何処にもいない。彼女の姿がない。

「まこも! まこもぉ!!」

まこもがいない。
味噌汁、タンスの引き出し……さっきまではまだ近くにいたはずだ。なのになぜ……



鍵と財布だけ握りしめると靴の踵を潰したまま片足で飛び跳ねながら外に出た。靴を整えた足は次第に加速していく。

(もしかしたら、駄菓子屋に……)



……………………

「あらいらっしゃい。おや? 今日はお兄さんがいっしょなのかい?」

近所の駄菓子屋に駆け込んだ。成人してからは初めての来店だった。店内のおばあちゃんは顔見知りだ。昔は僕もこの場所でお世話になった。

「ハァッ、ハァ……あの、すみません……」

「あらま、あんたすごい汗だよ。どうしたの」

「金髪で、ハァ……着物着た……ケホッ……小学生くらいの背丈の女の子、来ませんでしたか?」


「その子のことじゃないのかい?」

「え……」

駄菓子屋のおばあちゃんは空を指差した。僕の隣だ。指された方向に目をやるも当然誰もいやしない。

「今もあんたの腕を抱いてる……その子じゃないのかい?」

両腕の自由は普通にきいていた。

(おばあちゃんにはまこもが見えてるっていうのか?)


「あの、つかぬことをうかがいますが……あなたはかみさまって信じますか?」

「はえ? 神様って……そりゃああんた、神様はいつもすぐ側であたし達を見守ってくださっているよ」

(やっぱり、そうか)

〝かみさま〟は、その存在を迷信以上に信じる人にしか見えず、触れられず、感じられず、記憶にも残らない。

まこもは駄菓子屋に来たときだけ耳と尾を隠し、その姿を現していると言っていたがそうではない。彼女がそう思っていただけでこのおばあちゃんには最初からまこもが見えていたのだ。


僕はりんご味とぶどう味の飴玉を一つずつ取るとおばあちゃんの前まで歩き二十円を差し出した。

「なんだかよくわからないけど、お兄さんはその子と本当に仲がいいんだね。今もほら、そんなにべったりくっついて……」

また泣きそうになる。僕にはそんなの、感じられないから。感じられないことが悲しくて辛い。

「ありがとうございました。また、来ます」

ポケットの中に飴玉を押し込むと僕は駄菓子屋を出てまた歩き始めた。



「ん? ……おやまっ!? あの尻尾……あたしゃ夢でも見てるのかねぇ」



「妙に綺麗な髪をしていると思ったら、あの子はおきつねさまだったのかい」




……………………

もしかしたら、今も僕についてきてくれているのかもしれない。そう思って歩幅を小さくしてみた。

手を差し出すと繋いでくれるかもしれないと思って、手を横に出してできるだけ動かさないようにしてみる。

冷風が肌を叩いて僕の行いを否定する。『そんなものは無意味』だと言われてる気がしてならない。そのひ弱な心がまた少し彼女を否定してしまっているのかもしれない。

目に見えないものを信じ続けるのは難しい。

信頼、友情、愛情。「好き」って言われるだけじゃ足りないから抱きしめたくなる。逆もまた然り。

声が、聞きたい。

お前の声が……


僕たちにとっての始まりの地を訪れた。相変わらずオンボロでカビ臭くて、いつ取り壊されてもおかしくないその場所で、僕は十五円を放り投げて跪く。

目を瞑る。『僕を救ってください』なんて、もう図々しいことは願わない。ただ、目の前にいてくれるだけでいい。僕の目の前でまた笑ってくれるだけでいい。なんでも捧げてやる。供物なら、ここにある。



ポケットの飴玉と、僕の命そのものだ。





かなりの時間が経った。一時間くらいずっと目を瞑っていたかもしれない。でも、温もりは感じられなかった。


結局、まこもが再び姿を現すことはなかった。




なうろうでぃんぐ(-ω-)



今思い返してみれば祈ることにはなんの意味もなかった。いつまで経ってもまこもが見えなかったからではない。僕は根本から間違っていたのだ。

まこもは今も僕の近くにいる。なのに姿が見えない。それが分かっているのなら、僕にできることなど最初からただ一つだけだった。

「ただいま」

ただこうやって、静かな廊下に声を響かせることしか


今は、できない。






『お茶とおしるこ』





「今日も疲れた。これ、今日のだから」

机の上にいなり寿司と油揚げを置いた。こうしておくと明日の朝にはなくなっていて、かわりに美味しい味噌汁に変わっている。

いなり寿司が味噌汁になるなんてとんでもマジックだ。もし僕に宿った超能力ならテレビ番組の一つにでも出て荒稼ぎしたいところだ。

(さすがに汎用性が低すぎて話題にならないか)


寝る前の布団も二枚敷くようにしている。一枚だけにしておけば僕のところにまこもが入ってきてくれるのではないかと期待してしまうがそれは彼女が可哀想だから、なかなかできない。


「僕と一緒に寝るか?」

冗談気に独り天井にぼやいてみる。目を瞑って、耳をすます。

(せめて、返事の一つさえこの耳に届いてくれたら)

過度な集中による耳鳴りがする。勝手に耳に入ってくる秒針の音数は十を超えた。

「はぁ」

(今は花摘みにでも行ってるのかね)

といった具合にこういうときは開き直るようにしている。

そうでもしないと

「電気消すぞー?」

「……おやすみ」

心がもたない。


……………………


「ただいま」

これで何日目だろう。

「これ、今日の……」

まこもが消……じゃなくて、見えなくなってから。

「おやすみ」

もう、十二月になった。

「行ってきます。今日も味噌汁美味かったよ。あー、そろそろ味噌もかってこないとな」

家から一歩出れば、肌に優しくない凍えるような風が吹く。

「さむ……」

さすがにもう真冬だ。


「お先に失礼します」

「おつかれー」

深呼吸すると吐き出した息が白色になって目の前で広がる。

ふと思う。肺からでたこいつらが目に見えるのはこの地に住んでいればこの季節だけだが、普段からこいつらはそこにいる。俺たちが無言でも生きていることを主張するたびに、そこに現れて一緒にそれを証明してくれている。

「駄菓子屋のおばあちゃんが言ってたこともそういうことなのかね」

(もしかしたら出歩いてて、今も近くにいたりしてな)


浮かんだ白色をぼんやりと目で追うと公園の自販機が目に留まった。

(カイロ代わりに自販機でなんか買ってくか)


手のひらに熱く染みるお茶の缶を手に取った。

「いいなこれ。まこも、お前もなんか飲むか? おしることか……」

(この辺かな)

すぐ横を見下ろす。

「うー?」

「んえ……」

知らない間にまこもよりも幼い幼児が指を加えて俺を見上げていた。


「おじさんだれとしゃべってうの?」

「あ、えっとな……かみさまだよ……」

「かみさま?」

幼児が首を傾げたところでその子の母親だと思われる人が彼を引っ張って行った。

「あ! す、すみません! こら、勝手に知らない人に声かけちゃだめでしょ!」

「いえ、ぜんぜん」

「ままー、あのおじさんかみさまとおはなししてたの」

「しっー!」

(さすがにここにはいないか……ってか〝おじさん〟か。まああの年齢くらいの子なら成人男性なんて誰でも父親と同じくらいに見えるか)

寒さを寄せ付けないほどの体温の上昇を感じたが気を取り直して財布から硬貨を取り出す。

(まあ、家の中も寒いし土産程度にはなるだろ)


百二十円を自販機に呑ませおしるこのボタンを押そうとしたところで指が止まった。

(あの尻尾があれば……)

( 二人で寄り添えばこんなもの、別に……)

僕はお釣り口から硬貨を取り出すとまだ開けてもない缶を隣のゴミ箱に突っ込んだ。

(いらないか)

「あ、飲めばよかった」

冬の寒さと強烈な羞恥心は脳みそまで凍らせた。


「ただいまー」

このままじゃ春になる前に、骨から心の臓まで凍りついてしまいそうだ。

そうなってしまう前に

(だれか……)

僕を……



「おやすみ」




……………………

「おーい。おいキミ! 聞いているのか。もう定時だが進行状況は」

「あ、す、すみません。もうちょっとで終わります。六時までには荷物まとめて電気も消しとくんで……」

「今日は朝からボーッとしているぞ。まあ、業務の方はしっかりとこなしているようだから煩くは言わんが……その、何かあったのか?」

「別に特には」

「嘘だな。最近のキミがおかしいのは今日に限らない」

僕がマウスの上に置いた手の上から、先輩はそっと手を添えてくれた。

「頼って欲しいと、前に言ったはずだが」


「あ、いや! ほんと大したことじゃなくて! いや、やっぱり大したことなんですけど別に、仕事とは関係のない話で……」

「はぁ、もういい。今日はもう上がれ。残りの分は私がやっておくよ」

「え? もう少しなのでさすがに自分が……」

「だが下で待っておけ。話は聞かせてもらうぞ。部下がこのままだと私が不安だ。いいか? 何かは吐いてもらうからな! 言いたくないことなら、代わりの笑い話でも考えておくことだな」

「……はい。ありがとうございます」

……………………

僕は先輩の言葉に甘えると荷物を片付けて先に退社した。まこもが見えなくなった日を境に先輩は僕に親身になってくれるようになった。いや、ずっと優しかったのかもしれないが、それに僕が気付けなかっただけだろうか。

「待たせたね」

「いや自分の方こそすみません……わざわざ……」

「私から言ったことだ。さて、場所を移そうか」

(先輩は優しいな)

凍てついた心が、優しさで溶かされていく。


「前と同じ場所でもいいかね。それともどこか……」

(でも、またまこもが一人に)

「どうした。またぼーっとしてるぞ」

「あ……」

このまま彼女とまた飲み交わして、胸に押し付けた不満を全て垂れ流すのはさぞ気持ちのいいことだろう。

でもきっと、今目に見えた充実感をもう一度味わってしまうのは心地よすぎて……戻した記憶すらまた捨てることになる。



(まこも。あとさ、何が足りないんだ?)

何が……


あの日の僕を覆せる?





「すみません先輩」

「今日はよく謝る日だな。キミが入社してきたばかりの日々を思い出すよ。だが謝るのは場所を変えてからでも」

「そうじゃないんです!」

「え!」

先々と前を歩こうとする先輩の手を掴んで引き止めた。こんな強引なことを彼女にしたのは初めてだ。また謝ることが増えてしまった。

「ど、どうした?」

「実は、前に奢ってくださった日に自分は大きな嘘をついていました」

「えぇ? そういうのも別に後からでも」

「今じゃないとだめなんです」

「わ、分かった、から……手を離してくれ……」

「はい。すみません」

本当に今日はよく謝る日だ。


「で、嘘というのは何の話だ?」

「実は自分には……同居している恋、人……? かみさま……いや……」

(まこも、勝手に言ってしまうよ)

(もしお前がそういう風に思ってないのなら、ごめんな)

心の中でまこもにも一つ謝罪を入れて僕は叫んだ。

「妻がいます」


「な……それは、本当か?」

「はい。それで、今日は妻が僕の帰りを待ってくれているので……すみません! またの機会に!」

最後にもう一度大きく先輩に謝罪すると僕は走り出した。

(帰るんだ)

かみさまとか、おきつねさまとか、こどもとかおとなとか、そんなのは関係ない。

僕には、僕の帰りを待ってくれている人がいるから……愛する人がいるから……



おくさまが、いるから……




「……最近、妙に逞しく見えるようになったと思ったら、そんな立派な男性になっていたのか」


「ははっ……やられたな……」



……………………

「まこも!」

家の扉を開いて玄関に飛び込むと、三角座りで壁にもたれかかり廊下に座り込んだ女の子がそこにいた。僕の声に気がついたのか虚ろな目でこちらを見た。


目が、合う。目が合っていることを、認識できる。



「ま、こも」

「ふぇ……?」

革靴を雑に放り脱いだ。一目散に膝をついて彼女を抱きしめる。さらさらの髪、もふもふの尻尾、何もかも、何もかもが温かい。しっかりと、僕の腕にその温もりが収まっているのを感じる。

「んぎゅ。みえてるん、ですか?」

「ああ、見えてる。聞こえてるぞ」

まこもは身体ごと拘束された腕を抜き出して僕の背広をその手で掴んだ。


「う、あぁ……うれしぃ、です……よかったです。よかったですよぉ……」

僕らはお互いの目からこぼした喜びを、お互いの服で拭った。

「ぐすっ、えへへ……」


彼女が見えなかったここまでの辛く、哀しい日々は


「おかえりなさい、です」


その一言で、幕を下ろした。


なうろうでぃんぐ

(-ω-)



「まこも、もうそろそろ着替えようと思うんだけど」

まこもに背広を掴まれたまま何十分も廊下に座り込んでいた僕は彼女に手を離すように促した。それでも力が込められた彼女の指先は数日分の僕を求めてか一向に離れる気配を見せない。

天井に目を散らしながらどうしてやろうかと考えていると先に彼女の方から所望がくだった。

「……だっこしてください」

大きく潤んだ瞳ですがられる。いつもの寂しがりやと甘えたがりな一面が頂点に達しているのだろう。当然断ることなどできるはずもなく僕は彼女を抱え込むと立ち上がった。






『おくさまとだんなさまと……』






(軽い)

どんなに太っただのなんだのと茶化してもやはり彼女は幼児体型の域を越すことはできなかった。こうして抱えてしまえばもはや大きめのペットのようにすら思えてしまうが、彼女の全てが愛おしい僕にとってはありのままの愛を伝えるのに丁度いい体格だった。

( ああ、本当に小さい……)

「えへへ、ちからもちですね~」

小さいことは罪だ。

もしもこのまま彼女が抵抗しないのなら、部屋に入った瞬間降ろしたまこもを押し倒してしまうことも容易だ。それを可能にしてしまうこの彼女の大きさは僕にとって罪深いものだった。

久しぶりに顔を合わせた今日くらいは、濁りのない愛でまこもを包んであげたいのに……彼女もきっとそれを望んでいるというのに……

「でもだっこなんてやっぱりまこもはまだまだこどもだなー」

あえて逆撫でしてしとやかなまこもを煽る。一本の毛も立てていない彼女はあまりにも甘美な毒。一口で食べてしまわないように相対的に自分を律していく。

「……今はべつに、それでもいいです」

(なっ)

僕の首を抱く力を強めながらまこもは言った。

「あ、そう」


和室に入ってまこもを降ろした。彼女を襲ってしまわない内に別室へと着替えに走ろうとする。

「それじゃあ、ちょっと着替えてくるから」

「まってください」

風に乗ろうとする袖を掴まれた。

「……どうした?」

どうせ無意識なのだろうが、今日のまこもは誘い方がひどい。僕の袖を掴んで引き止めておいて、何かを言おうか言わまいかと頬を赤らめてもじもじとしている。

(やばいって)

何かを言うなら、はやくして欲しい。

「あの、どうせ着替えるのなら」

狼の爪と、牙が……

「いっしょにおふろ、入りませんか?」

「え」

……………………

「大きな背中ですね~、洗うのが大変です」

まこもが僕の背を流している。もちろん、タオル一枚だ。

「どうしたんだよ、いきなり」

「今日はずっといっしょです。おふろも、お布団も、全部いっしょです。……いいですよね?」

(どういう意味だよそれ)

深い意味なんてない。分かってる。ただ、僕と身を寄せ合いたいだけ……

(僕のことを必要としてくれているだけでも喜ばしいことじゃないか)

変な汗が発汗する背にまこもが桶水をかけた。泡と汗とが流れる。水と一緒に流れて欲しかった劣情だけを残して。


「次はわたしの背中をお願いしてもいいですか?」

「わかった」

(背中だけ、背中だけ)

他の場所を触ってしまわないように言い聞かせる。場所を入れ替わると僕の目の前には小さな背中が向けられた。

普段は長い金髪で隠されたその範囲は彼女が髪を上げている今だけははっきりと白くその存在を主張している。

背とともに見えるのはうなじ、人差し指でなぞってしまいたくなるが嫌がるだろうからやめる。
欲求を抑えようと視線を下げた先には彼女の座る風呂いすにつぶされたおしりが目にとまった。微かにのぞかせる桃のわれめのその先が見たくなった。

揺れる尻尾のメトロノームが彼女の妖艶さを引き立たせる音のないリズムを刻んでいる。


(駄目だな)

このかみさま、全身が……

(エ)

「どうしたんですか?」

「……なんでもない」

でも振り向いたその横顔だけは無邪気で幼い。矛盾している。それとも彼女に興奮している自分が異常で尋常じゃないのだろうか。

薄目にして、できるだけ無心で垢すりを上下する。

(何も考えるな)

無心で、無心で……


「いたぃっ」

「あ」

「もうちょっとだけ、優しくおねがいします」

「ごめん」

こすっていた場所には淡い赤線が浮かんでいた。もう少しで彼女の繊細な柔肌を傷つけてしまうところだった。

多分このまま続けても、彼女の肌を傷つけてしまうか、風呂どころではなくなるかのどっちかだろう。

なら

(……しょうがないよな)

「まこも」

一ミリだけ、僕の中の狼を許す。

「手で、洗ってもいいか?」

「ふぇ?」

(……やっぱり五ミリかもしれない)

一瞬迷った顔をしたまこもだったがやがて微笑むと僕の手が地肌に触れることを了承してくれた。

「いいですよ」


(さて)

手のひらでボディーソープの泡を立てるとまこもの背中に触れた。

「っ」

心臓が跳ねる。

なぜ、いつまで経ってもなれないのだろう。言ってしまえば僕はもう彼女にその想いを伝えているし、彼女にもそれを受け入れてもらっているし、彼女と繋がったことも……まだ数えられる程度だけど……ある、わけだ。

なのに、どうしても彼女の産まれたままの姿を目に焼き付けてそれに触れるというのには……高揚感が止まらない。


先ほど赤くなってしまった場所に手を滑らせる。

「んっ」

まこもが短くうわずった声を出した。

「くすぐったいですね」

誤魔化すような早口、その声で僕は心臓をくすぐられる。遠回しで高度で、決まって無意識なカウンター。触れると火傷する、ドライアイスを連想させる毛玉様。僕は正直、彼女を神様だと思いたくはない。

神様はみんなに平等だろうから……それでも、僕だけのかみさまにしてしまいしたい。この願いはきっと永遠だ。


背を滑る手、泡の中で欲を膨らませてまこもの横腹を通過しようとする



「もう終わり。シャワーで流してる間に先浴槽入ってるから」

なんとか、踏みとどまった。僕も大人になったものだ。自分の頭をなでたい。

「え? もうですか?」

「まこもの背中ちっさいからすぐ終わったよ」

言いながら片足を上げて浴槽に浸る。

「あ! 待ってくださいよぉ」

シャワーがタイルを叩く音が響く。僕は目を閉じていた。開けていたら絶対、その神々しい肌色につられてしまうから。無心で肩まで沈めて百まで数える。

『風呂に入ったら必ず百は浸かること』幼い頃の父親との約束が脳裏によぎった。


六十も数えると激しい雨音にも似たそれはぷっつりと途切れた。どうやら時間切れらしい。水面から腰を出そうとする。父との約束を破るのは、初めてかもしれない。

「おじゃましまーす」

(ん?)

立ち上がりきる前に膝の上に何かが乗った。腹をこそばゆく尻尾でなでられる。思わず、目を見開いた。

「言ったじゃないですか。今日は、ずっといっしょですよ?」

「あ、えぇ……おぅ……?」

絶賛忍耐修行中の下半身に最後の試練が訪れた。タオル越しに、まこもの桃が乗っている。



「あのさ……神様が……いいのか? こんなの」

「今さらじゃないですか」

「……そうだけど」

くすくすと静かに笑った後にまこもはゆっくりと喋り始めた。

「確かにわたしはかみさまです。この町の、あの社に訪れてくださる皆さんのかみさまです」

「もう人々から忘れられた土地ですし、来てくれる人なんて何十日に一人かもしれませんが、今でも夢を見ると声が聞こえるんです。あそこで祈りを捧げた人の声が、だからわたしも夢の中でもっと偉い神様にその願いが届くように祈りを捧げるんです」

「人任せかよ。いや、神任せ?」

「しょ、しょうがないじゃないですかぁ! わたしにできることは極々限られているんですから!」

「まあ十五円で雇われてたらそんなもんか」

「さ、寂しいこと言わないでくださいよぅ」

「……冗談だ」


「ごほんっ……でもですよ? かみさまだって、女の子や男の子なんです。恋する心は、人間さんと変わらないんです。あなたはそれをおかしいと思いますか」

少し前ならこんな話、馬鹿馬鹿しくて耳すら傾けなかったかもしれない。

しかし僕はおそらく先に彼女におとされてしまった。ただの人間が、かみさまに恋をしたのだ。その逆があったって

「おかしくない、と思う」

「ですよね。だから……」

まこもが身体をこちらに向けると浴槽の水面が大きく波打ち、その言葉とともに一部の湯が溢れ出した。




「わたしは、あなただけのおくさまですよ」




(あ……)


しばらく言葉が出なかった。髪先から水滴を垂らして、ただ真っ直ぐとまこもを見つめていると照れくさそうな顔をした彼女が距離を詰めて僕の唇を奪った。

口は黙るどころか喋れなくなったが、身体はもう黙っていられなかった。

(どうして、くれるんだ)

まこもの背に腕を回して『これは僕のものだ』と子供のように彼女を手繰り寄せる。

水面はずっと揺られていた。僕たちが動きをとめなかったから。

「ちゅっ、ろ……んっ、ちゅ……」

もう、止まれるわけがなかった。無意識のうちに腰が浮いて耐えることをやめたモノが必死に彼女の身体を求めている。


「ぷはっ……やっと、素直になってくれましたね」

(もしかして)

「誘って、た?」

「……そーゆーのは言わせないほうがモテますよ?」

「かみさまのお告げのつもりかよ」

「そうかもしれません。あ、あと……わたしをもっとぎゅーっとすれば幸せになれるかもしれません。これもかみさまのありがたーいお告げです」

(適当言いやがって)


これ以上ないほど密着する。何もかもがお互いに当たっている。彼女の慎ましい丘の柔らかささえしっかりと僕の上半身にその存在感を主張していた。

「ん……ありがとう、ございましゅ……しあわせです……」

(適当じゃなかった……)

圧倒的多幸感で脳内が埋められた。これ以上、何もいらないというくらい。それでも欲しいものがあるとすれば……

「まこも」

「……はい」


目に見える、彼女との……


「んっ、ひゃっ……ぅ……」


「ふぁっ……ぁ……」


…………

……

……………………

「行ってくる」

「あ、ちょっとまってください! もう一月も来ますしこれからはかなり冷えるみたいなので、これを……」

小走りで玄関に来たまこもはつま先立ちすると僕に黄色のマフラーを巻いた。

(めちゃくちゃ長いぞこれ)

「なにこれ」

「えへへ、わたしからの贈り物です。実は前の月からあなたに内緒で少しずつ編んでたんです! 」



「本当はもう少し早く渡す予定だったんですけどあなたがわたしを見えなくなってしまったのでその間も寂しさを紛らわすために編んでたらそんな風になっちゃいました……でもおかげで二人で巻けますよ!」

「しかしこの身長差だとなぁ」

「縮んでください」

「無茶言うなよ」

「にしても今日でよかったかもしれませんね。今日は海外の神様のお祝いの日なんですよね」

「あ、そういうえばそうか」

「ええっと、確か……めりー、くりしゅます?」

「クリスマスな。……ありがと、大切に使う」

「はい!」


道端を歩きながら、首に巻いた贈り物を握りしめるといつでもそこにまこもがいる気がした。外でも、家でも、温もりが途絶えることはない。


おくさま(かみさま)がそこにいてくれる限り。



……………………



そのまま年が開けて、桜が舞って、蝉の鳴く季節も通り過ぎ、また食欲の秋を経て……約一年が経過した。

「おかえりなさいです」

「わざわざ出迎えなくてもいいのに。ちょっと歩くだけでも大変だろ?」

「ずっと寝たきりの方が悪いですよ」

「それもそうか。……もう少しだな」

「そうですね。えへへ、たのしみですよぉ」

「また寒くなるし、おなか冷やさないようにあったかくして寝ないとな」

「じゃあ、あなたの手であたためてあげてください」

「そうだなー」

丸くおさまった小さな命に手を添えると、そこに僕の一部が深く刻まれているのが感じられた。それはかみさまからの授かりもの……僕にとって、もう一つの愛おしい存在。


「まふっ」

たまらずまこもごと抱きしめる。その二つを同時に包み込むと幸福感に溺れそうになった。

「ふふっ……みんながみんなのことをだいすきな……」





「そんな家族になりましょうね……」








これにておしまいです。

リメイクのつもりが元SSとはかなりかけ離れたものになってしまいました。もはや別物です。

ここまで読んでくださった方はありがとうございました。

(-ω-)

よかったぞ


リメイク元ってどんなの?


よかった

>>227


別板で書いてたやつなんでSSまとめサイト様の記事をかりていますが

狐幼女「一時間千円で触りたいほーだいです」 : みんなの暇つぶし なにかのまとめサイト(予定) http://minnanohimatubushi.2chblog.jp/archives/1976077.html

こんな感じのシリーズものSSでした

こんなおくさまがほしい

おつおつ

あんたのせいで狐っ娘に目覚めたぞこのやろうありがとう

きつねいいのう

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom