※都合、ミリマスメンバーは名前ぐらいしか出て来ません。
===
例えばだ。
天海春香のようにそこそこ売れて来たアイドルは、
やはりそこそこ忙しい仕事の日々を送っている。
が、それでも四六時中予定に追いかけられてるワケじゃない。
ちょっと彼女のスケジュール帳を覗いてみれば分かる通り、
仕事やレッスンの合間にはそれなりに隙間の時間がある。
つまりは今、使い込まれた事務所の談話用ソファに腰かけて、
開封したばかりのチョコ菓子をポリポリ齧りながらファッション雑誌に目を通す。
そんな自由な時間がそこ売れの春香にはあったワケだ。
「はー、仕事の合間のお菓子タイム。最高っ!」
この束の間の休憩時間をしみじみと、文字通りチョコの甘みを味わいながら春香が呟く。
時間にしておよそ二十分程度の休みだが、
今の彼女にはその一分が二倍にも三倍にも感じることが出来ていた。
……とはいえ、それもこの憩いの時を脅かす、
騒々しい乱入者がこの場に現れるまでだったが。
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「春香っ! 良かった、事務所に戻って来てたのね!」
突如、乱暴に開け放たれた事務所の扉。
その大きな音に驚いて、春香が首だけをそちらに向ける。
するとまぁ、事務所の入り口には聞き覚えのある声の主が肩で息をするようにして立っていた。
誰でもない、春香の親友であり時にライバルでもある如月千早その人だ。
「ど、どうしちゃったの千早ちゃん。随分慌ててるみたいだけど……」
心配そうに問いかけた、春香に答える余裕も無いのだろう。
千早はツカツカツカと早足でソファに近寄ると、
肩に下げていた自分の鞄からある物を取り出して彼女の鼻先に突きつけた。
「これよ!」
「……携帯電話がどうかした?」
「どうしたって? どうかしたいのはこっちの方!」
千早の眉間に深い皺。苦虫を噛み潰したような苦渋の声と表情で、
彼女は愛用の携帯電話を春香に向かって放り投げた。
下に落としては大変だと、春香がすんでのところでキャッチする。
その際、手を離したファッション雑誌が重力に引かれ、
ついでにテーブルの上のチョコ菓子の箱も引っ掛けもろとも床にぶちまけられたのはご愛嬌。
「ふああぁぁぁ……っ!!?」
まるで魂が抜けていくような悲鳴を上げた春香を他所に、
千早が彼女の前を横切ってソファの空いている場所に腰を降ろす。
バキバキに踏みつけられた雑誌とお菓子。春香のリボンが深い悲しみにわななく中で、
千早がこの世の終わりだと言わんばかりに話し出した。
「ああ、もう、こんなことってあるのかしら? ……どうしたらいいか、もう全然頭が回らなくて」
「はわわ、ああぁ……!」
「私って、機械にはとんと疎いでしょう? だから今回の話を聞いた時も、根拠もなく大丈夫だって思い込んでたの」
「バ、バッキバキだよぉ。見るも無残な有様だよぉ……!」
「だから今朝になってから、真実を知って自分の無知さ加減に打ちのめされたところなのだけど……春香?」
そこで一旦、千早が言葉を切って春香を見た。
呼びかけられた春香の方も、酷く悲し気な顔で千早を見た。
その手にはチョコで汚れてしまった雑誌と共に、踏みぺちゃにされたお菓子の箱。
そうして千早は親友が未練たらしく携えた、二つの物体を怪訝そうに一瞥すると。
「春香、ゴミはキチンとゴミ箱に」
言うが早いか取り上げて、そのままソファの隣にあるゴミ箱の中へと放り込んだのだ。
「ちょっと、千早ちゃん!?」
「ああ、お礼なんていらないから。それで私の相談なのだけれど」
再度驚愕に目を開いた春香の叫びをスルーして、千早が強引に話を再開する。
彼女は春香がテーブルの上に移動させていた自身の携帯電話をトントントンと指で叩きながら
「春香、ウチの事務所が仕事で出したミリシタってアプリがあるじゃない?」
「ミリシタ? ……ああ、うん。この前声の収録とかした携帯の……ゲームだっけ?」
そういえばそんなお仕事もあったなぁと、春香は少し泣きそうな顔で千早に答えた。
しかし、千早はそんな彼女にやれやれといった様子で首を振ると。
「ミリシタを"携帯ゲーム"だなんて……ダメね、春香は。ああいうのは、正式にはアプリゲームって言うのよ」
千早は口の端をわずかに上げて、なんだか得意満面の笑みである。……しかし。
「……それも通称じゃないかな」
「なんですって?」
「ソーシャルゲーム、じゃない? 正しくは」
「……まぁ、呼び名なんてなんでもいいのだけど」
おずおずと答えた春香から、ふいっと目逸らし話題逸らし。
「とにかく、そのミリシタが私を悩ませるのよ!」
ダン! と強く、千早がテーブルに拳を振り下ろした。
その勢いは凄まじく、千早の携帯電話が数センチ宙に浮かんだほどである。
さらにこの必要以上の怒りっぷりは、どうも先ほど見せた決まり悪さ
(ソシャゲと指摘されたアレだ)を誤魔化すためだな……と春香は瞬時に察して居住まいを正した。
触らぬ神に祟りなし。ゴミ箱に放り込まれた雑誌やお菓子の恨みはあるが、
今ここでその話題を口にして藪から蛇など出したくはない。
「えーっと、それでなに? 千早ちゃんはミリシタで頭を悩ましてる」
「そう」
「ミリシタって、あの、ゲームだよね」
「そう。765プロ全面協力のもとで作られた、ソーシャルゲームの略称よ」
さて、ここで春香は考える。
その手のゲームの悩みと言えば、まず思い当たるのは課金についての悩みだった。
自分はそこまで詳しくないが、ゲーム内で強かったり魅力的だったりするキャラや装備を手に入れるために、
数人の後輩アイドルたちが稼ぎの殆どを「ガシャ」と呼ばれる行為につぎ込んでいるという噂を彼女も聞いたことがある。
「もしかして千早ちゃんも、杏奈ちゃんや百合子ちゃんみたいにお給料全部使っちゃった?」
口にして、春香は「マズいなぁ」と心悩まし始めていた。
たった今名前を出した望月杏奈と七尾百合子は、
アイドルになって初めて貰ったギャラを残らずゲームにつぎ込むと言う伝説を残した二人である。
これがただ、給料を使い込んだだけならば単なる笑い話で済んだだろう。
しかし二人が伝説となったのは、そうして手に入れたレアアイテムを現実世界で売り払い
――何でもリアルマネートレーディングと言うらしい。これは後に、事態を収拾させた律子から春香が聞いた用語である――
未成年が持つには相応しくない程の大金を荒稼ぎするという騒ぎを起こした結果だった。
だが、そんな物は一部の豪運と知識を備えた者にしか築き上げられない富である。
まして一人暮らしをする千早は、生活費も自分のお給料で賄うようにしているのだと春香は以前聞いたことがあった。
つまり、本来ならばゲームにつぎ込むような金銭的余裕は無いハズで。
「お金、貸してほしいのかな? 私もいくらかなら都合できるけど……」
あまり関係の無い話だが、友人の為に躊躇なく財布を開ける春香は偉い。
「いいえ、お金のことは心配しないで。二人と違って課金で悩んでるワケじゃないの」
そして千早の方も首を振り、春香の申し出を断ると。
「それにお給料の話なら、春香より私の方が断然多く稼いでるから」
「あ、そう」
「むしろ必要になったらいつでも言って? 私は喜んでお金を差し出すわ」
「あのさ、そういうの外では絶対言わないでね? 私が千早ちゃんにたかってるように見られそうだから」
親友との給料格差に少々凹むそこ売れ春香。
確かに千早はCDだって売れているし、歌番組やイベントにも引っ張りだこ。
ラジオ番組も持っているし、水着の写真集だって出していた。
よくよく考えてみるまでも無く、自分より稼いでいるのは当然で……話を戻そう。
「で? それじゃあ一体全体千早ちゃんは、ミリシタの何に悩んでるの?」
「だからこれ、この携帯電話が問題なの」
「携帯電話が問題って、急に壊れでもしちゃったとか――」
そこまで口にしたところで、春香も千早が言わんとしている彼女の悩みを理解した。
目の前のテーブルに置かれた千早愛用の携帯電話。
それはいわゆるガラケーで、液晶の付いた蓋の部分がパカパカと開いたり閉じたりするその姿は
一部の年代になんとも言えぬノスタルジーを感じさせたりするとかしないとか。
スマート・フォンが一般に普及する以前において、世間で携帯と言えばこのガラケー。
いわゆるフィーチャー・フォンを指す言葉だった。
……PHS? はて、何のことやら。
さて、そうしてだ。
千早のように携帯を通話とメールでしか使わないような人間にとってみれば、
ガラケーと入れ替わりで世間に普及した多機能スマホは恐怖の対象でしかないのである。
例えばそう、こんな風に。
(指で画面を操作するタッチパネルなんて、液晶を割っちゃったりはしないのかしら?
そーっと、そーっとタッチして……きゃっ!? な、何かボタンを押しちゃった。
……LINE? ああ、連絡先の相手に向けて文章が打ち込めて……これがスマホのメールなのね!
って、メールはメールで別にあるの? Skype? ボイチャ? テレビ電話とはどう違うの?
そ、それには少し興味があるわ! その為の音楽を買うにはネット販売で……ああ、ダメね。サイトが一杯あってよく分からない。
支払い方法も複雑だし、自分の持ってるCDから曲を取り込んだりは……あ、別にパソコンが必要なのね。
そういえば以前、忘年会のビンゴで貰ったノートパソコンが家のどこかにあったような気が……。
ひゃあっ!? と、突然カメラのシャッターが。やだもう! 一体ドコを取ってるのかしらこの機械は……。
こんな写真、早く消さなきゃ! えぇっと、削除するにはどのボタンを――)
以上は、試しにプロデューサーからスマホを借りた千早が取ったある日の行動記録である。
ついでに完璧なまでの蛇足になるが、このスマホはどこも破損すること無くプロデューサーの手元に戻って来た。
……データは初期化されていたが。
「できないじゃんミリシタ! 千早ちゃんの携帯じゃ!」
春香の叫びが事務所に響く。
千早が深いため息とともに肩を落とす。
要は機械音痴にとってスマホは天敵以外の何者でもなく、
しかし先ほどから話題に上がっているソーシャルゲーム「ミリシタ」は、
スマホあるいはタブレット端末で動作するアプリケーションソフトだったのだ。
当然ガラケーには非対応。
再度の無慈悲な宣告になってしまうが、
千早の携帯ではプレイ出来ない遊べない。
「どうするの? 新しくスマホに買い替えるの?」
「無理よ、私にスマホなんて……とてもじゃないけど使いこなせない!」
「じゃあスマホはミリシタ専用にして、今の携帯と二台持ちにすれば――」
「毎月二台分の契約料を払えと言うの、春香は!」
さっき稼いでると言ったじゃないか! なんて言葉をもちろん春香は口にしない。
既に千早がこの場に現れてから十二分の時が過ぎていた。
言い争いは物事をこじらせることはあったとて、決して先に進ませない。
自分の休み時間にも限りはあるし、この問題に早々とケリをつけるためにも、
彼女は憔悴したように項垂れる千早の姿にどうしたものかと腕を組んだ。
「……そもそもどうしてミリシタなの? こんなこと言うとなんだけど、千早ちゃんってあんまりゲームに興味ないよね?」
それは至極真っ当な質問だった。
そも如月千早という少女の趣味は音楽鑑賞。
最近では写真撮影にも手を出しているが、この手の電子娯楽にはトンと興味を示さない。
事務所で他の子たちがテレビゲームに興じていても、
自分はその様子を見守るのが楽しいと言ったタイプの娘なのだ。
しかし顔を上げた千早が口にした一言で、春香は全てを理解することになる。
「高槻さんのイベントなの」
「……ああ」
「ゲームのランキングで上位に入れば高槻さんで、その高槻さんがパジャマ衣装で髪型もフレンチ高槻で、
高槻可愛らしいうえに高槻素晴らしくてとってもキュートでやようっうー!!」
「分かった! 分かったから一旦落ち着いて!」
「ああもう、やようー! やようー!」
「そんな参る参るみたいな言い方しても!」
「気持ちが抑えられないのよっ!!」
「キメ顔で言ってもカッコ悪さは底なしだよ!?」
互いに魂の叫びのぶつけ合い。
ぜぇぜぇはぁはぁと息を切らし、春香が額の汗を乱暴に拭う。
「でも、遊びたいならスマホは絶対条件だと思うけど。あれはアプリゲームなんだから」
「ミリシタはソーシャルゲームよ、春香」
「……ああ、もう。とにかくガラケーじゃミリシタは出来ません!」
「そこをなんとかできないかしら? いつも天地をひっくり返す春香じゃない!」
「よく転んでることを言いたいのかな? それでも私にだって無理なものはムリ――」
「そんなこと言わないで! お願い春香、時間が無いの。
イベントは期間限定だし、我那覇さんや水瀬さんは既に上位にいるって言うし……!」
はたと、そこである事に春香は引っかかった。
「ねぇ待って。イベントはランキング形式で、ランキングってことはポイントか何かを溜めてみんなに順位をつけるんだよね?」
「ええそうよ。一曲遊ぶごとに専用アイテムが手に入って、それを使ってイベント用の楽曲を遊んで」
「その分のポイントを溜めて順位付け?」
「プレイするには時間で回復する"元気"が必要らしいから、なるべく早く始めたいの」
焦って答える千早に向けて、しかし春香は
「ちょっと待ってよ」と制止するように片手を突き出すと。
「イベントがもう始まってるなら、元気の回復にかかる時間分、既に千早ちゃんは遅れを取ってるワケだよね」
「ああ、それなら心配しなくても大丈夫。元気はアイテムで回復させることができるそうだから」
その言葉に、春香が恐る恐ると訊いてみる。
「……有料で?」
「お金ならあるわ! 唸るほどあるわ!!」
次の瞬間、千早が自分の鞄から札束を一束取り出した。
それは折れも汚れも無いピン札の、しかも諭吉が集まった束であり、
春香のような庶民に毛が生えた程度のそこ売れアイドルがまず目にすることの無い日本銀行券の束であった。
それが今一つ、二つ、三つ四つとテーブルの上に積まれていく恐怖! 絶望!
急に通い慣れた事務所と言う名の空間が、異世界の一部に取り込まれてしまったかのような圧倒的な非日常感!!
「ひ、ひぇぇぇ……!?」
「とりあえず八百万は用意したの。それから財布に四十一万」
ニヤリ、薄ら笑う親友の姿が人の形をした魔物に見える。
春香は鳥肌の立った腕を摩り、震える自身の両肩を力一杯抱きしめた。
背筋に走る悪寒によって、ガチガチと歯の根が噛み合わない。
本来ならば目にして嬉しいハズの現ナマが、
時と場合によっては恐怖の対象となり得ることをこの時少女は知ったのだった。
「で、でも千早ちゃん。これだけあるならスマホの一台二台ぐらい……」
「その出費で高槻さんを取りこぼしでもしたらどうするのっ!?」
「ひぃっ!?」
「もう以前のような後悔は……。『シャルウィダンス?』高槻さんを取り逃した時に味わった屈辱は……!!」
「……ん?」
わなわなと震える千早の呟きに、春香がそっと眉を寄せる。
「……シャルウィダンス、高槻さん?」
「ええそうよ。忘れもしない2015年、グリマスの、十月に行われた高槻さん単独上位報酬イベ!」
「待って、待ってよ?」
「ああ! あの頃の私はまだまだ駆け出しアイドルで、お給料だって雀の涙。
並み居る廃課金勢を羨望の眼差しで見つめながら、惨めに過ごした十一日!」
「グリマスって、千早ちゃん。私たちの出てるもう一つのゲームの名前だよね?」
「そうよ? ……春香ったら、今の今まで忘れてたの?」
「いや、いやいやいや……。待って、ホントに一回待ってくれない?」
怪訝な顔つきで自分を見る、千早に向かって問いかける。
「千早ちゃんもグリマスやってたの?」
すると千早はこともなげに、「ええ」と軽い調子で肯くと。
「最近じゃ、みんながドールになるなんてイベントを。……ふふっ、実にミリオンライブらしい催しだったわ」
「私、初耳なんだけど。千早ちゃんがグリマスやってるの」
「……言ってなかったかしら? サービス開始当初から、ガラケーでずっと」
「聞いてない! 今の今まで、全然そんな素振りも見せなかったし!」
まさかまさかの新事実に、春香が唖然と口を開く。
そんな彼女の反応に、千早は恥ずかしそうに頬を染め。
「だって高槻さんが出てる時以外、そこまで熱心にしないから。それに……普段は家で遊んでるもの」
「家で、ガラケーで」
春香の問いに、千早がフッと口の端を上げて笑う。
この腹立たしい得意顔を、春香はほんの数分前に見たばかりだった。
「春香。アナタは知らないみたいだけど、今はもうガラケーでグリマスはプレイできないのよ」
「あ、そうなの?」
「ええ、とっくの昔にサービスは終了されてるわ」
「へぇ~、知らなかった。……んんっ?」
だがしかし、ここで春香は一つの疑問を持った。
何、改めて説明するまでも無いことだが……。
既にガラケーでプレイできないグリマスを、
しかし千早は最近も遊んでいるのである。
一体ドコで、どうやって?
春香は訊いた。何とも釈然としないのだと、千早に向けて問いかけた。
この心のわだかまりを晴らすためにも、
彼女には答えを知る必要がどうしてもあった、あったのだ。
そして彼女は知ることになる。千早が出した、その答えは――。
「これよ。事務所のビンゴで当ててから、グリマスはこれで遊んでるの」
薄い。まさに形容するなら板であった。
この驚異の厚みならば万札の束と一緒に鞄に入っていても決しておかしくは無いと思う薄さ。
おまけに長方形の板の一面を占める液晶パネルのなんと見易そうなことか!
しかもタッチパネルでもあるそれは、千早の指の動きに合わせて
ウェブブラウザを立ち上げるとそのままグリマスのホーム画面を表示する。
……その場に流れる微妙な空気。
居たたまれなくなった春香がすっくとソファから立ち上がり、千早に向かって思いを叫ぶ。
「プロじゃんっ!!」
「あら、春香もこの子を知ってるの?」
思わずツッコミを入れた春香にたいし、千早が嬉しそうな顔で言う。
「この子も、プロデューサーと同じプロなんですって。でも助かったわ。
グリマスがパソコン版にも対応してくれていたおかげで――」
「いや、ねぇ、千早ちゃん!? これノートパソコンじゃないからね!?
タブレット! 誰がどう見てもタブレット端末なんちゃらプロ!!」
しかし、千早はしばし顎に手を当て考え込むと。
「タブレット? ……これでお絵かきはできないわよ」
「ペンタブレットの方じゃなくて! タブレットPCの方のタブレット!」
「だからパソコンだって言ってるじゃない」
「ああ、もう! もうっ!」
「そんな牛みたいに喚き散らかさなくたって」
「気持ちが抑えられないのっ!!」
「落ち着いて。私の高槻さんデッキでも見る?」
そうして差し出されたノートパソコン……もとい、
なんちゃらパッドプロを春香は勢いよく千早の両手から取り上げた。
それから彼女はサカサカとせわしなく指を躍らせて、
二、三分もしないうちに渡された板を千早の胸元に付き返して言ったのだ。
「これで、グリマス、出来るからっ!」
「知ってるわ。今もプレイ画面を見せたじゃない」
「アプリ版! アイコンタッチ、プレイできるっ!」
「アプリ版? ……あ、画面に未来の顔が」
瞬間、板から流れ出すミュージック。
思わずノリノリになってしまうそれは、アイマス界のその名もズバリ「MAIN BGM」。
「きょ、曲がかかってるわ!」
仰け反り驚く千早に向けて、さらにダメ押しとばかりに春香が一言。
「ついでにミリシタもインストールしておいたから」
「ミリシタ!? でも、あれはスマホじゃないと遊べないハズじゃ……」
「隣の、翼ちゃんのボタン。それがミリシタを起動する――」
「春香、これの名前はアイコンよ」
「知ってる! 分かりやすくボタンって私は説明したの!」
もはや春香は疲労困憊。中途半端に聞きかじった知識を披露する千早に対し、
いちいち訂正するのも面倒な彼女に残された自由な時間は残り少なく。
「凄い、本当にシアターデイズが動いてる!」
「……じゃ、問題は解決できたかな。私、休憩してもいい?」
「ミリシタ……。パソコン版も出ていたのね」
感心している千早の耳に、春香の言葉は届いていない。
ふと時計を見れば休憩時間も後五分。
「五分しかないってワケじゃない。まだ、私には五分も時間が残ってる……!」
フルで一曲歌える時間である。メドレーだったら四曲五曲。
大いなる仕事をやり遂げた春香はフラフラと、今となっては遠い昔の出来事のように思える
捨てられたチョコ菓子と雑誌の入ったゴミ箱の前へと歩いて行き……。
「……あぁ」
ため息一つ、天を仰ぐ。室温に晒され続けたチョコ菓子は今や無残に蕩けきり、
ファッション雑誌の表面にねちょりと染みを作っていた。まるでそう、涙が濡らした跡のように――。
「そんな綺麗なもんじゃないやいっ!」
愚痴を一声腕振り上げて、春香はえいえいと拳を振った。
「春香っ!」
それと同時に、聞こえて来たのは隣の千早が喜ぶ声。
「見て、春香。春香が出たの!」
「はぁ?」
「ほらコレ。確定チケットで『えすえすあーる』春香が当たったのよ!」
手にしたタブレット端末をふりふり、まるで福引で一等を当てたかのような
無邪気な千早の喜び振りに、春香の胸にあったイガイガがスッと消えて行く。
それから画面の中に映された、自分の分身とも言えるキャラクターのモデルをまじまじと見つめ。
「これ、そんなにいいヤツなの?」
「一番レア度が高いから、専用の衣装もついてるの!」
「へぇ、そうなんだ。……ウチの事務所のプロデューサーさんも、このぐらい可愛い衣装を用意してくれたっていいのになぁ」
感想を言って、千早の隣に腰を降ろす。
そのまま流れでなんとなく、春香は千早が操作するタブレットの画面を覗き込み。
「ねぇ千早ちゃん」
「なに、春香」
「私が当たって……嬉しい?」
千早の指がピタリと止まる。
彼女はタブレットの画面から顔を上げ、凛とした、
しかしどこか柔らかな印象も与える微笑みで春香のことを見下ろすと。
「ゲームの中の春香より、ここにアナタが居てくれることの方が嬉しいわ」
全くそれは、全くだ。心底世辞でも誇張でもない、ありのままの千早の告白で。
「わ、私も……。千早ちゃんと居れるのは嬉しいな」
だからこそ春香もしどろもどろ。照れ臭さに顔を真っ赤にしながら答えるのだ。
「そうかしら? さっきは凄くイライラした感じだったけど」
「それは、そのっ! ち、千早ちゃんがアレコレ引っ掻き回すから……!」
「引っ掻き回す? ……例えばドコを?」
「こっ、心をだよ! 私の繊細なガラスのハートを――」
残された時間は後僅か。およそ五分にも満たない程度だが、
今の春香にはその一分がいつも感じる倍以上。
例えば生涯忘れることの無い、素敵な想い出の一つになると確信をもって言えるのだった。
……これはチョコの代わりに手に入れた、飛び切り甘い体験であると――。
===
以上、おしまい。ミリシタ時空の千早はスマホを操る素敵ガールですが、
個人的にはずっとガラケーをパカパカしていてほしいものです。貴音ややよいも一緒にね。
後ネタにしといてなんですが、ブラウザ版のグリマスがBGM鳴らないのは仕様なのかどうかわかりません。
自分の環境ではボイスしか聞けないので、そういう物だと思ってますが……どうなんでしょう?
ついでにipadも所持してないのでなんか勘違いして書いてるかも。その辺は適当に読み流してもらえると有難いです。
じゃ、イベント走って来るので。お読みいただきありがとうございました。
ちなみにこちらが「シャルウィダンス?」高槻さん。可愛い。
https://i.imgur.com/WMhhloD.jpg
乙
はるちはわっほい
乙はるちは!
なにやっとんねんあんゆり…おつ
よかった はるちはわっほい
おつおつはるちはばんざい
このSSまとめへのコメント
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