島村卯月「ヴェルダンディの憂鬱」 (10)


【ヴェルダンディ(ヴェルザンディ)】
ヴェルダンディとは北欧神話に登場する女神である
「現在」を司る女神と考えられている


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―事務所―

今井加奈「………」アミアミ

島村卯月「お疲れ様です♪ 島村卯月、レッスンから戻りましたー」

加奈「………」アミアミ

卯月「こんにちは、加奈ちゃん」

加奈「………」アミアミ

卯月「加奈ちゃん?」

加奈「………」アミアミ

卯月「あのー……加奈ちゃん?」

加奈「………」アミアミ

卯月「おーい、加奈ちゃーん」

加奈「………」アミアミ

卯月「加奈ちゃん!」

加奈「うわあっ! なんだ卯月ちゃんか、びっくりさせないでよー」

卯月「ご、ごめんなさい……ところで編み物をやってるんですか?」

加奈「うん、季節外れだけどなんか作ってみようかなーって思ってさ、とりあえずマフラーとか」

加奈「でももういいや、これはポイっと」ポイッ

卯月「えぇ!? 勿体ないですよ、ここまで編んだのに……」

加奈「別にちゃんと出来上がるか分からないし」


加奈「それに最近思うんだ『今』って何だろうって」

卯月「今ですか? 私と加奈ちゃんが話しているこの時間が今ではないのでしょうか?」

加奈「そうだね、そういう考え方はあると思う。でも、さっき卯月ちゃんが言った言葉もついさっき言った私の言葉も気づいたときには全て過去になるんだよ」

卯月「それでは今はどこにあるんですか?」

加奈「もし、今というものがあるのなら……」カチッ

卯月「時計?」

加奈「卯月ちゃん、ちょっと外を見てくれるかな」

卯月「外? 外に何かあるんですか……えぇっ!?」

卯月「と、鳥が空を飛んだまま止まってる!? 加奈ちゃんこれは何なんですか!?」

加奈「何って……これが『今』だよ。気づいたときに過去になってしまうのなら、全て止めてしまえばいいんだよ。そうすれば今は過去にならないよね」

卯月「そんなことって……時間が止まってしまったら何も出来なくなってしまいます……歌もダンスも友達とのおしゃべりも」

加奈「そうだね、もしかしたら『今』って何も起きることのない『無』なのかも」

卯月「そんな……そんなことって、悲しいですよ……」

加奈「なら教えてよ、卯月ちゃんの考える『今』を」

加奈「時間はたっぷりあるからさ、いや止まっているのに時間があるってのもおかしいけど」

卯月「もし加奈ちゃんが納得できる答えを出せなかったら、このままずっと時間が止まったままなんですか?」

加奈「あはは、流石にそんなことはしないよー。卯月ちゃんならじっくり考えちゃうだろうしね。気楽に考えてよ♪」

卯月「気楽にって言われても……うーん……」


卯月「むむむ……」

加奈「困ってるねー」

卯月「そうですよー! こんな難しいこと聞かれても困っちゃいます……」

加奈「あはは……そんなに深く考えなくても卯月ちゃんが普段していることから考えてみるといいんじゃないかな?」

卯月「普段していること?」

加奈「頑張ってねー、私はテレビでも見て待ってるからさ」ポチッ

卯月(私の普段していること、学校行って友達と話してレッスンしてママの手伝いをして……ああもう分からなくなってきました)

加奈「あ、時間止まってるからテレビつけても意味ないじゃん。卯月ちゃんの方は……」

卯月「」プシュー

加奈(頭から湯気出ちゃってる)


そして過ぎない時間が過ぎて

卯月「加奈ちゃん、できました……とっても難しかったですよ……」

加奈「すごく唸ってたからねー、実際の時間では83分くらいかな? じゃあ聞かせてよ卯月ちゃんの考える『今』を」

卯月「私の考える『今』は……一瞬を重ね合わせていくことだと思います」

加奈「一瞬を重ね合わせる」

卯月「みんなと話している時、それは普段と変わらない光景かもしれません。でもそんなお話しの中でも笑ったり励ましあったり……その一瞬一瞬が輝いているように私は思うんです」

卯月「それはライブの時も同じです。ステージから見える景色は素敵で、お客さんやスタッフの皆さんもみんな素敵な笑顔をしているんです」

加奈「そうだね、卯月ちゃんがステージで楽しそうに歌っているのを見るとこっちまで楽しくなっちゃうかな」

卯月「ふふっ、ありがとうございます♪ たとえ一瞬の事だとしてもみんなの輝きを重ね合わせていくこと……それが『今』じゃないかと私は思います」

卯月「確かに時間は過ぎて加奈ちゃんの言っているように過去になってしまいます。でも大切な今という時間は願い続ければずっと続けていけるものだと私は信じたいです」

加奈「みんなの輝きを重ね合わせて今を続けていく、卯月ちゃんの考える『今』は想い……感情から作り出す今なんだね」

卯月「ど、どうでしょうか?」

加奈「想うことや願うこと、卯月ちゃんらしい答えかな。感情論と切り捨てたらそこまでだけど、私はその考え好きだよ」

加奈「空を飛んでいる鳥たちもどこか遠くへ行くためにその羽を羽ばたかせているのなら、その一瞬を重ね合わせることで空を飛ぶという『今』を続けているのかな」

卯月「アイドルである私たちがステージの一瞬一瞬で輝けるのと同じように、空を飛ぶ鳥もきっとそうだと思います」

加奈「そっか……だったら」カチッ

卯月「わぁ……!」

加奈「私達も続けていこうよ、『今』というこの一瞬を」


加奈「このことはメモ……じゃなくて覚えておくね」

加奈「じゃあこれ!」

卯月「さっきまで編んでたマフラーですか?」

加奈「うん! この先は卯月ちゃん達の手で作ってほしいな」

加奈「卯月ちゃん達の今をたくさん重ね合わせれば……きっと素敵なマフラーができると思う、今の私ならそう感じるんだ」

卯月「加奈ちゃん……」

加奈「だから、お願いできるかな?」

卯月「分かりました! 頑張って作ってみます!」

加奈「良かった……そろそろ行かないと、みんなが待っているだろうしね」

卯月「みんな、ですか……?」

加奈「そんな寂しそうな顔しないでよ、私にはいつだって会えるからさ。だから……バイバイ、卯月ちゃん!」

卯月「加奈ちゃんも……お疲れ様です!」

加奈「ふふっ♪ またね」


卯月「私達の今を重ね合わせてか……うん、頑張ってマフラーを完成させましょう」

卯月「えーっと……その前に毛糸の編み方を勉強しないと、心さんなら知っているかなぁ?」

加奈「お疲れ様です!」

卯月「あっ……ふふっ、お疲れ様です加奈ちゃん」

加奈「どうしたの卯月ちゃん、何かいいことあったの?」

卯月「ええ、少し不思議な……けれど素敵な出会いがあったんですよ」

加奈「不思議で素敵かぁ……それは良かったね! ところでこんな季節にマフラー編んでるの?」

卯月「はい、その人からの宿題かな? でも編み物とかやったことなくてどうしようかと困っていて……」

加奈「それなら海さんから教えてもらった編み物のコツを書いたメモ帳が確か……あったよ!」

卯月「付箋がびっしり……! やっぱり加奈ちゃんは色んなことをメモしてますね」

加奈「最初は自分の勉強のためにまとめたメモだけど、そのメモが誰かの役にたったのなら嬉しいな」

卯月「そうだ加奈ちゃん! このマフラー、一緒に完成させませんか?」

加奈「え、2人で?」

卯月「はい、私にこのマフラーを渡した人はきっと私と加奈ちゃんの2人で作ってほしいと思っているんです」

加奈「うーん、裁縫は得意な訳じゃないけど……頑張ってみるよ!」

卯月「それじゃあ早速、加奈ちゃんのメモを見てみましょうか……ところでメモのどのページに編み物のことが書いてあるんですか?」

加奈「えっ……えーっとこのページだったかなー? 違う、これはイチゴパスタのメモだ……ちょっと待って卯月ちゃん、頑張って探すから」

卯月「ふふっ、焦らなくても大丈夫ですよ。『今』という時間は続いていますからね♪」

卯月(加奈ちゃん、私たちの今はここにありますよ。たくさんの今を集めれば……きっと素敵なものが出来上がると思います)

卯月(このマフラーが完成したら、また会えるでしょうか? もし会うことが出来たら、その時はもっとお話ししましょうね)


おしまい

時間とは私たちのそばにいつもあるけど見えない不思議なものだと思っています
まもなく始まるSSA公演、彼女たちの今を見守っていきたいですね

マキノ「……イチゴパスタのメモを廃棄するのに賛成の人は挙手で」

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