初めてのSS投稿にてお手柔らかにお願いします。
ちょくちょくご指摘があったらカキコしてくださるとうれしいです。
HTML化の予定は今のところ無いです。
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夕立が止み、クビキリギリスの鳴き声が響き渡る夜。
駅の近くのマンションにある私の部屋のインターホンを鳴らしたのは、左右の瞳が微妙に違う、背の高い女の子だった。
「美優さん、梅干し持って来たけど、一緒に食べない?あ、焼酎も持って来たよ。」
明らかに目的は後者であることは分かっていた。でも流石に追い返す理由が無いため、彼女の荷物を預かり、リビングに案内した。
ソファーに座った楓さんは、幸せそうに真っ白のフェザーに包まれた猫のぬいぐるみに顔をうずめている。
…それ、私のお気に入りなのですが…。
このぬいぐるみは、プロデューサー様に誕生日祝いとして貰った、大切なものである。以来自分の抱き枕として、夜は片時も離さない。
…でも…仕方ないですね…
楓さんの美しい瞳は、ぬいぐるみのそれとどことなく似ていた。それらが向き合って、楓さんが頬をバラ色に染めるのは、むしろ微笑ましい光景だった。
…それよりも、おつまみになるようなものを…
まず、多分楓さんがお酒のつまみとして持って来たのであろう梅干しを味見する。
…しょっぱい…ですね…
梅干し自体は嫌いではないが、私は薄い味付けのものの方が好みだった。
…食べられない…ということは無いのですが、お酒のお供としては…
お酒を持って来て頂いている以上、何か他に自分で用意できるもの、あったかしら?
冷蔵庫を漁るが、おつまみに使えそうなのは昆布の佃煮しか無かった。
…とりあえずこれで一品。あともう一つ、何か作りましょうか…
冷蔵庫の上段には、朝ごはんに作ったジャガイモの炒め物の余りがある。
…朝の余りものをそのまま出すなんて冗談じゃない…ふふっ…
でもひと手間加えたら見た目も華やかなおつまみになる。
…となると必要なのは…
ミディアムサイズのトマト…あった。
サラダの時には種が出るように切るが、今回は崩れてもらっては困るので、凹みに沿って切る。
これをバターを溶かしたフライパンで少しばかり熱を加えて…
あ~、この猫、すっごく可愛いし、肌触りもとっても良いですね~。
突如、バターの柔らかな香りが漂ってきた。
…あら、美優さん、お台所で何をしているのかしら?
香りの元を辿ると、美優さんが卵をかき混ぜているところだった。
「何を作ってくださるのですか?」
「…あ…その…オムレツをと思いまして…」
フライパンの上を見れば、ジャガイモ、ピーマン、ベーコン、シメジに加え、トマトが彩りを添えて甘い香りを漂わせている。
「オムレツにしては卵液の色が濃い気がするのですが。」
料理は苦手でも、卵さえ扱えればいつでも適当なおつまみを作れるので、卵料理に対する知識はそれなりにあった。
「…す…スパニッシュオムレツ…です。すみません。適当なものが無かったものでしたから、朝の余りもので作っちゃったのですが…」
「いえいえ。突然押しかけてきたのは私の方でしたし、むしろここまで用意してくださって、さすが美優さん、と思いました。」
スパニッシュオムレツ
本名はトルティージャ。沢山の具材とともに、平たく、丸く焼いたオムレツのことである。本来、トマトは入れないが、親に教わったものにはトマトが入っていたため、作者も好き好んで使っている。普通の半熟オムレツよりも具だくさんでお手軽で保存もきくので、作者のお気に入りの一人暮らしの料理の一つである。
「あと2分ぐらいでできますので、もう少し待っていてください。」
もうお皿に盛り付け始めている。素早い。
テーブルの上にはすでにグラスと氷とお水とお湯、そして梅干しが置かれていた。
私が来てからたった5分である。そしてあの様子だと2分どころか1分で来てしまいそうである。
…でしたらお酒の準備をしないと、ね。
流石に1杯目をロックで頂くことは自分でもしない。焼酎の香りよりもアルコールが先行して、焼酎本来の味を楽しめなくなるからだ。
何よりも、そのままの氷では尖っているため、1杯目で少しばかり柔らかくなってもらわないといけない。
…普通に冷水で割りましょうか。
この日に選んだのは「赤霧島」。芋焼酎である。
これなら美優さんもきっと好きになってくれるだろう、と。
ひとまず水割りを作った。
…何か物足りない気がする。
梅干しを小皿に取り出してつまようじで少しつついた。
自分の梅干しは、実家で母が作ってくれていたものとそう大差はない。だが、都会だとどうしても日光にさらす時間が少なくなってしまうことを見込んでいるので、ちょっと濃いめの味付けになる。
上京してはじめて梅干しを皆に振る舞ったとき、酸っぱすぎて誰もおかわりしてくれなかった。
その時、私の持っていた壺を指して、
「…あの…もう一つ頂いても…いいですか?」
と声をかけてくれたのは美優さんだった。
美優さんは、チューハイに梅干しを入れた。
「…梅とお酒ってよく合いますよね…梅の入ったお酒はうめー…でしょうか…。」
あ、それ私が言いたかったセリフ…
でも…もう少しで埋められない傷になるところでした(梅だけに)。あの時はありがとう…美優さん。
梅干しをグラスに落としたところで美優さんはオムレツと昆布の佃煮を持ってテーブルについた。
…先ほどフライパンの上で踊っていたお野菜が、こんなに素敵にまとまるとは。
6等分しているのは美優さんの優しさなのだろう。一切れお皿に取ると、トマトの甘い香りが、バターと絡み合って食欲をそそる。
「では、いただきます。」
最初に来たのはバターが絡まった濃厚な卵。その後にトマトの酸味が駆け抜けていく。
普通、火を通したトマトは酸味が甘味に負けてしまうことが多いが、そんなことはなかった。甘味が酸味を引き立てている。
そして最後に柔らかなトマトの甘味が心地よく残った。そのまま焼酎を口に含めてみる。
…ん?何かがトマトの甘味を引き立てている?
もう一度オムレツを口に運んでみた。
やはり最初にバターと卵が来る。そして今度はジャガイモの優しい甘味が来た。そして、甘味を引き立てているもの…それは昆布茶だった。
…卵液の色が濃く見えたのは、昆布茶を入れて、牛乳を使っていなかったからなんですね。
お酒を飲んだところで、昆布の佃煮を口に運ぶ。
やはり最初に来るのは醤油。それに負けじとお砂糖がやってくる。争い合っている彼らをまとめるのは昆布。彼らの主張を丸く抑えるだけでなく、自分の味も主張することを忘れない。
お酒を口に含んだ。梅が昆布と出会い、これまた素晴らしいハーモニーを奏でる。もっと昆布を楽しみたい、と思うと、梅と一緒に引っ込んでいってしまう。
…あ~あ、行っちゃった。
いつの間にかグラスが空になっていたので、そのまま焼酎を継ぎ足した。
…そのままロックも、お願いしますね。
今度は芋の香りが強い。繊細な昆布は引っ込んでしまった。でも、時々出て来ては主張する。可愛い。
…まるで美優さんのよう。
とっても繊細で、でも表情は豊か。何にでも合うけど、どことなく個性的である。
自分も個性的、とよく言われるけど、美優さんも自分の予測の斜め上を行くような人だ。
突然酒と梅干しを持ってお邪魔するとか無礼極まり無いのに、色合いも考えたお洒落な料理を手早く作ってくれる。
…そう考えてみると私達は案外、似た者同士なのかもしれませんね…ふふっ…
「…どうぞ…ごゆっくり…あ…お酒の方、わざわざありがとうございます…」
…さて、折角用意してくださっていることですし、遠慮なく頂きますね、お酒。
楓さんの用意してくれたお酒…赤霧島…。
…焼酎に合うよう、オムレツも和風テイストにしたのですが、大丈夫でしょうか…。
濃厚な卵、癖の強いシメジ、繊細な昆布茶、風味豊かなバター…彼らはお互いを引き立てながら、潰しあうことはない。うん。これなら大丈夫。
次にお酒を一口。
しょっぱい梅が、昆布と芋によって角が取れ、梅本来の香りを奏でる。その後から芋がじわりじわりと甘い香りを立てている。そして最後に芋焼酎らしい香ばしさがスッと抜けていく。
つまようじでつつかれた梅は、ちょうどよい"あんばい"でお酒と絡み合っている(梅だけに)。
少しだけ梅を口に含めてみた。
相変わらずしょっぱい。でも舌の上で転がしていると、しょっぱさが取れ、梅本来の味が出てくる。
皮は今にも切れそうで、でもなかなか切れないぐらいの弾力を持ち、果肉は舌の上にあると溶けそうなぐらい柔らかいのに、崩れていない。
…まるで楓さんのよう。
料理は人を如実に表すという。
一口含んだだけだと、これは扱いにくいものなんだなとわかる。でも、味わってみると、優しさに包まれている。そんな印象を受ける。
私のことを"母性を感じる"と表現する人は多い。でも、一方で自分のことをうまく表現できてない。それは、傍から見たら扱いづらい、という印象になるだろう。
それでも、楓さんは、今夜嬉しそうにインターホンを鳴らしてくれた。とっても可愛らしい瞳の奥に、優しさが宿っていることは、これからも見逃すことは無いだろう。
…そう考えてみると私達は案外、似た者同士なのかもしれませんね…ふふっ…
二人の目が合い、そして、二人とも、どちらからともなく恥ずかしそうに俯いた。
クビキリギリスの鳴き声が響き渡る。
以上です。あ、HTML化はしないといけないのね。1時間後に申請してきます。
うんち
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