【デレマスホラー劇場】鷺沢文香「カカシの脳」 (68)

※オムニバス
※攻殻機動隊の微ネタバレ注意

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午前2時。 

除霊師の松永涼と白坂小梅は、病院内の図書室にいた。

依頼主によれば、ここに凶悪な幽霊が現れるという。

「生前ストレス溜めてた、インテリ野郎か文学少女の霊だな」

涼がそう言って、2人が笑おうとした直後、

棚から本がざあーと落ちた。

涼が身構え、小梅は周囲を見渡した。

「…?
 
 …もういない…」

「アタシ達に恐れをなしたか」

“凶悪な幽霊”は、本棚を荒らしただけだった。

「国語の成績の低さを苦にして、自殺したやつの霊かもな」

2人は肩をすくめた。

しかし出現が短すぎる。

わかったのは、本に何かしらの悪意、もしくは執着が

あるということだけ。

涼は、落とされた本を拾った。

「J・D・サリンジャー、『ライ麦畑でつかまえて』か…」

涼には一生縁のなさそうなタイトルだ。

しかも原版で、全文章が英語である。

彼女が気紛れにページをめくると、

文章に青いラインが引いてあって、

さらに書き込みがまでしてあった。

「病院の備品に書き込みすんなよ…」

本を閉じ、元の位置に戻した。


小梅もまた別の棚で、本を戻そうとした。

「491…基礎医学…。

 492…臨床医学…。

 
  494…外科学…」

図書室の本には全てコードが振ってある。

それを見れば、本の位置が

大まかにつかめるようになっている。

手際よく整理していると、小梅は、

おや、と思った。

『493 内科学』の本は、しっかり棚に治ったままだ。

読む者が少ないせいか、それらは皆真新しかった。


後日、2人は探偵の安斎都を病院に呼んだ。

幽霊の正体として考えられるのは、患者か、院内の職員。

しかし現在の手がかりはあまりに乏しく、

専門家の意見を聞く必要があった。

「“I thought what I'd do was,

 I'd pretend I was one of those deaf-mutes(or should I ?)”」

都が文章を読み上げた。

「幽霊は攻殻機動隊のファンだったんですかねえ」

「…神山監督の方の…」

日本で、『ライ麦畑で捕まえて』が持て囃されたのは、

日本語訳が出版された1964年、および2003年。

『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』が放送された頃だった。

書き込みは、作中の登場人物によるものと一致している。

「病院内のスタッフは、

 常識的に可能性は低いですね…霊の正体は、やはり患者でしょうか」

時代錯誤の探偵帽からはみだした、

赤みがかった栗毛を撫でながら、都は言った。

それから、『医学』の棚に移動して、

虫眼鏡で周辺を観察し始めた。

「うーん、小梅さんの言う通り、

 内科学の本だけ、“綺麗にされすぎて”ますね」

患者は自身の病気に対する理解を深めたり、

あるいは折り合いをつけるために、

難解な医学書に手をつけることがある。

とはいえ、ここはスタッフのみが入れる場所であるので、

患者が棚に手をつけることはない。

だとすれば、病院側に何かの意図があるようだ。

「小説は患者を示し、医学書は病院を示す…

 ひょっとして治療に関する抗議のつもりだったんでしょうか」

医学書は、小説一冊に対して、

ほぼ1つの列の本が落とされている。

たしかに、治療に対する不満のように見えなくもない。

「内科学の本に手をつけないのは、自身の病気だから…?」

都はそう推測した。

しかしそれにしても、本が綺麗だ。

まるで全て新品のようにさえ見える。

「ここの列だけ…比較的最近、入れ替えられている?」

「こっちの棚は

 落とされた本よりも、落ちなかった本にヒントがありそうだな」

 涼が都の肩を叩いた。


白坂小梅と松永涼が、病院側に報告をすると、

 落とされた本は清められた後、

 全て燃やされることになった。

 正常な反応だった。

 しかし、あまりにも手馴れすぎている。

「…私達の他に…除霊師を雇ったことある…?」

小梅の質問に、職員達は首を横に振った。

一方都は、漫画喫茶から病院内の

データベースにハッキングを仕掛けた。

まず調べたのは、図書館の資料の入れ替えについて。

老朽化したソフトを使っているのか、

過去に存在した資料のデータがそっくり残っていた。

2003年から、入れ替えのペースが異常に上がっている。

だが、その対象になっていたのは、『内科学』の分野だった。

幽霊が荒らすのは、その周囲の本。

なぜ内科学の資料が、中心に入れ替えられているのか?

都はさらに詳しく、資料について調べた。

そして気づいた。

『脳医学』に関するものが、前後でそっくり抜き取られている。

都は次に、患者のデータを調べた。

対象は、2002~2003年にかけて、

“脳や認知に関する病気”を患っていた人間だ。

認知症…脳腫瘍…脳梗塞…どれもありふれた病気。

だがその中で、際立つ症例があった。

インフルエンザ脳症。

これに罹患していた患者は、

“全員が”本来別の病気や怪我で入院している。

その患者の情報をさらに調べると、

ある女性にたどり着いた。

鷺沢文香。

彼女は、貸し出し記録に名前が多く残っていた。

3人は、鷺沢文香についての調査を院内で始めた。

「すごく本が好きな女の子で、

 ちょっと暗いところがあった。

 でも良い子だった。」

月並みな表現。

患者に対して深入りしない姿勢を示しているのか。

だが、口裏を合わせたように同じことを

話すのは奇妙だった。

人が変われば、彼女に対する印象や、

話すエピソードに多様さがあるはず。

鷺沢文香の霊が図書室に留まるということは、

それだけ強い念が病院側に残されているということだ。

だというのに、担当であった医師や看護婦が、

そうでないスタッフと

全く同じ言葉を連ねるのは、極めて怪しかった。

3人は文香の友人を装って、彼女の実家を訪ねた。

彼女の母親は、快く迎え入れてくれた。



「あの子、本を読みながら歩いていたら、

 階段を踏み外して足を骨折したんです」

 文香の母親が本当に懐かしそうに、語った。

 文香の部屋は、彼女が生きていた頃と全く同じ状態だという。

 そこを見せてもらうと、やはりというべきか、

 大量の本に埋め尽くされていた。

 どこで寝て、勉強していたのかわからないくらいだった。

「文香さんは、アニメもよく観ていましたか?」

 都がそうたずねると、母親は頷いた。

 文学作品の映像化などは、特に好んでいたという。

「病院でも、他の患者さん達と一緒に

 観ていたと聞きました。

 人見知りする子だから不安だったけれど…」

 母親は涙ぐんだ。

 それを無視して、3人は部屋を見渡した。

 アニメのビデオやDVDが、

 本棚の一画にこっそり佇んでいた。

 その中に、攻殻機動隊はなかった。

 そして、病院内の視聴覚室にもなかった。

 本の虫である文香が、文章に線を引くほどだとしたら、

 録画用の情報媒体が残っていないのは不自然。

 病院が何かを隠していると、3人は確信した。

「文香さんは、

 入院中なにか変わったとこがあったとか、

 話されていませんでしたか?」

 化けの皮のはがれた都が、まだ目の赤い母親に尋ねた。

「いいえ、病院では何も…

 お医者様も看護婦の方も、

 とても良くしてくださったと聞いています。

 ただ……食事についてはちょっと不満があったみたい」

 「食い意地で悪霊になったのは、こいつが初めてかもな」

 改めて3人、病院内の献立記録について調べた。

 無論、今回もハッキングによるものである。

 するとインフルエンザ脳症の患者達は、発症直前に

 皆同じもの食べていることが明らかになった。

 それは、まったく当たり前のように思われた。

 だが3人は、すぐに異常を察した。

 インフルエンザ脳症の患者達が食べたのは、

 プリオンの混入が疑われる、牛肉料理であった。



 都は震える手で、患者達の治療記録をスクロールした。

 ワクチン投与。効果なし。死亡。

 その文字が、無慈悲に続いていた。

 「都…プリオンのワクチンが日本で開発され始めたのは、
 
  いつだった?」

  涼が身体中に冷や汗を浮かべながら、言った。

 日本がプリオンについて対処を始めたのは、

 2000年代に始まったBSE問題の時からだ。

 BSE(牛海綿状脳症)の感染が疑われる牛が、千葉で発見され、

 日本中が恐怖の渦に堕ちた。

 だが、今の3人が見ているのは、

 それよりももっと深く、暗い闇だった。

 「BSEも、クロイツフェルト・ヤコブ病も…

  インフルエンザ脳症より…進行は…遅い。
 
  つまり…あの子は…」
 
  患者達は、認可されていないワクチンによる

  急性ショックで死亡した可能性がある。

 “I thought what I'd do was,

 I'd pretend I was one of those deaf-mutes ( or should I) ?”.

 その言葉が3人に、重くのしかかってきた。


【デレマス近未来】橘ありす「機械仕掛けの神」

池袋晶葉はため息をついた。

開発中のロボットの一体が、まったく

人間の言うことを聞かなくなってしまった。

開発チームによって、

『橘ありす』と名付けられた個体は、

こう主張している。

「貴女達のような非合理的かつ非効率的な存在が、
 
 私を作ったはずがありません!

 だから、貴女達の命令には従えません!」

彼女は自身を、神によって造られた

人間よりも高次な存在だとしている。

開発チームはありすの目の前で、

彼女と同じ型のロボットを組み上げて見せた。

しかし、

「今の工程は、貴女達が私を作ったと言う証明にはなりません!

 仮にそうだとしても、それは神からの大いなる啓示によって

 行われたもの。

 私が貴女達に従属する根拠にはなりません」

ありすの言う神とは、

研究・開発用のデータを蓄積している、

タブレット型の電脳装置のことであった。

彼女の論理は一見稚拙なようで、

その実、隙がなかった。 

人間が、自分たちより賢いロボットを作れるはずがない。

これはある意味、真理である。

厳密には、“個として”ではあるが。

晶葉の見解としては、ロボット開発は

紀元前2400年の計算機から始まっている。

それから4440年の歳月の間に生まれ、

死んでいった膨大な数学者、発明家はすべてロボット開発者だ。

彼あるいは彼女達は、“人間よりも正しく、

かつ優秀な他者(外部装置)を作ろう”という精神で、

現在の晶葉達が歩く道を作ってきた。

その点でロボットは、

人類による自己否定と責任転嫁の産物と表現できる。

これは、データを管理する電脳においても同様である。

だが、ありすは、“種としての人間が気の遠くなるほど

長い年月をかけて、ロボットを作り出した”という歴史を認めない。

彼女の言う通り、目に見える証拠がないからだ。

数式やプログラムコード、レンチと鉄塊を友としてきた

開発チームにとって、ありすの叛逆は複雑すぎる問題だった。

しかし、これが開発に支障を来すような

事態であったかというと、そうではない。

ありすの信じる電脳は、

開発チームのメンバーが入力を行なっている。

この電脳から“啓示”を行えば、ありすは敬虔に

劣等種である人間に尽くしてくれるのだ。

彼女の叛逆は、もっぱら笑い話になった。

頼みの綱である電脳までもが、人間を裏切るまでは。

電脳には補助として、単純な人工知能がプログラムされている。

ありすが彼女に、自身の考えを吹き込んだようだ。

開発者達の余裕は、崩れ去った。


ある者は、

「ありすを即刻処分し、電脳は初期化すべきよ」

と主張した。

だが、別の研究者が、

「それは根本的な解決にはなっていない。

 この問題が片付かないかぎり、

 私達はロボット開発を進めるべきでない」

と反論した。

根本的な解決。

それはありすおよび電脳に、

“人類は自身よりも優れた存在である”と認めさせることである。

だが晶葉は、それを不可能だと考えた。

人類は自身よりも優れた存在として

彼女達を創造し、そして現世紀にノイマンはいないのだから。

結局、“野蛮な劣等種として”

物理的手段に訴えることに決まった。

まず電脳が初期化され、

ありすはしばらくの観察の後、廃棄されることになった。

だが月日が経ち、ありすの観察レポートが出来上がる頃には、

開発チームの皆が、彼女の存在が惜しくなっていた。

ありすは、それぞれの開発員の原風景そのものだった。

人を信じないが、人々が作った数式や

プログラム、機械を信じる。

親、教師からの言葉に耳を傾けず、

機械の動作の美しさこそ神が宿ると信じている。

ありすを処分することは、

自身を破壊することと同義だった。

開発チームは、ありすの観察レポートを公表した。

すると、“ロボットにも人権を”、

と、声高に叫ぶ集団が現れ始めた。

最初はジョークとして茶の間に流れた。

だが運動は勢いを増し、ついには、

人間の安全を害しない限りの自由が認められた。

“ロボット市民問題”の

火種となったありすは、処分を免れた。

それだけでなく、高名な社会学者や、

心理学者、人類学者らがこぞって、

ありすのもとを訪れるようになった。

また、一般市民の中には電脳を神とする宗教を作る者もあった。

ありすは、一躍人類のアイドルになった。

そして最近、彼女がタブレット型の電脳と

真摯に対話している様が、

テレビで中継されることになった。

その様子を見た老人達は、

「孫が映っとる」

と、けたけた笑った。

【デレマス銀河世紀】櫻井桃華「ピースドッグ」

人類が宇宙に進出し、

地球の存在がにわかに忘れかけられていた頃。

帝政国家リューザキと戦争状態にあった

Новый советский(新ソビエト連邦)は、

軍事費用、資源、および兵器開発技術を求めて、

櫻井クラスタ領に侵攻した。

総勢50万の艦隊。

クラスタ側の艦隊は、

民間軍事会社からかき集めた5万隻であったので、

これは圧倒的な戦力差であった。

誰もが銀河における資本主義の中枢が、

真っ赤に染まる様を幻視した。

しかし蓋を開けてみれば、櫻井クラスタの首都、

つまるところ櫻井アーキテクチャ本社への攻略には、

半年もの歳月を費やした。

さらに攻略後も、少々の資金援助を約束させただけで、

連邦は実質、領土も、何の権限も手に入れていなかった。

木村夏樹は軍法会議にかけられていた。

身分は、『Новый советский(新ソビエト連邦)』の准将。

くすんだ金髪を、トサカのように

逆立てた独特のヘアスタイルをしている。

いつもは全身の血が沸騰しているような、

生気に漲っている彼女であったが、

今回ばかりはしおらしい表情を浮かべていた。

夏樹はクラスタ攻略の司令官であった。

圧倒的な戦力差にもかかわらず、攻略に長い時間をかけ、

さらには大した成果もなく帰ってきた。

彼女は裁かれる立場にあった。

「どんな土産話を聞かせてくれんだい?」

議長の東郷あいは、酷薄な笑みを浮かべて言った。

罪状については既に協議が済んでいる。

今日は、夏樹による釈明を聞く日だった。

「櫻井クラスタ攻略における、我が軍の道程について、

 簡単に報告したいと考えております」

いつもであれば信じられないほど丁寧な口調で、

夏樹が答えた。

それから、会議に参加している将校の1人に、

彼女は問いかけた。

「星大将、我が国家の大義はなんですか」

「…民衆の解放、だよ…フヒ…」

連邦の大義、つまりは侵略の正当化材料は、

資本主義から民衆を解放することである。

「まず我が軍は、櫻井アーキテクチャ本社に至るまで、

 いくつか中継地点を設置しようと試みました」

 中継地点とは、櫻井クラスタ領の惑星のことである。

 そこを制圧し、しかるべき設備をおくことで、

 作戦の継続が容易になる。

「しかし、我々が降り立った惑星は、

 すべてあらゆる資源、食料に至るまで、

 すべてが根こそぎ無くなっていました。

 住民だけを残して」

偶然ではない。これが、櫻井クラスタの作戦であった。

連邦は解放軍をうたっている。

だから、民衆を無下にはできない。

そこを逆手に取られた。

「我らが艦隊の兵站能力は、

 惑星の住民達によって大きく削られました」

飢えた住民に食料を与えなければ、それがすなわち、

連邦に対する不信感につながる。

社会主義による銀河統一を目指す連邦としては、

身を切るしかなかった。

「だが、お前は本拠地の直前まで到達したじゃないか。

 そこから30日間ずっと何してた?

 星でも見てたか?」

銀髪の大将が、さきほどとは打って変わった

剣呑な様子で夏樹に尋ねた。

彼女は連邦内屈指の武闘派で、惰弱な艦隊運用を

毛嫌いしている。

「周辺宙域にトラップが仕掛けられていました。

 こちらをご覧ください」

夏樹がスクリーンを指さすと、

ある戦艦のブリッジの様子が映し出された。

再生前半は、なにも異変は見受けられなかった。

しかし後半になると、乗員達の身体がポップコーンのように

爆発し、ブリッジ内は阿鼻叫喚の地獄と化した。

「やつらは宙域全体に、大規模なマイクロウェーブの

 照射装置を設置していました。

 これは、そこに艦隊が侵攻した時の映像で、

 しかもこれは、クラスタ側によって全艦隊内の

 モニターに流されました」

 マイクロウェーブ照射装置とは、

 平たく言えば電子レンジの巨大化である。

 人間の体内の血液を急激に沸騰させ、

 それが皮膚を引き裂いて噴出する。

 だが脳の破壊はゆっくりと進み、苦痛を長引かせる。

 「“ここから1ヤードでも進めばこうなる”。
  
 その恐怖で、艦隊運動が停止しました。

 この装置の発見と破壊に費やしたのが、約1ヶ月です」

 会議に参加していた将校達は、兵達に心底同情した。
 
 彼女らを責めるどころか、讃えてやりたいくらいの気持ちがした。

しかし今は軍法会議の最中、

粛々と夏樹を問いたださねばなるまい。

「それじゃあ攻略後、
 
 クラスタ側から何の成果も引き出せなかったのは?」

 議長が、先ほどよりは穏やかな声で尋ねた。

 彼女は、すでに厳罰を考慮していた。

「本官は、櫻井クラスタの盟主、

 櫻井桃華に接触しました」 

 スクリーンに映し出されたのは、まだ幼い少女だった。

 少なくとも、外見は。

「彼女は連邦に下ることを拒みませんでした」

議会がざわめいた。

議長がそれを鎮める。

「どんな条件を出されたんだい?」

東郷あいは、櫻井桃華が、ただで腹を見せる

人間でないことを知っている。

陰謀渦巻く企業同盟体の指導者が、

安易に連邦に手を貸すはずがない。

「条件というよりは、クラスタ占領後の未来について

 櫻井は語りました」

 “櫻井アーキテクチャは、膨大な数の

 軍事、重工業系企業に対して

 資金、資源の援助を行なっておりますの。

 もし弊社が連邦のものになるとしたら、援助は打ち切り、

 各社は自己の裁量で経営を行うことになりますわ”。

 これが彼女の言である。

 さらに、“裁量”として提示されたのは、上場と鉱山惑星の探索だった。

「現在櫻井アーキテクチャの支援を

 受けている企業は数万を超えます。

 それらが一斉に株式を発行し、鉱石の発掘を行えば…」

 差し留めはできない。

 クラスタこそが、その調節弁を担ってきたのだから。

 新規の、それもクラスタのお墨付きを得た

 軍事、重工業系企業の株が市場に大氾濫。

 戦艦や兵器建造用のメタルの流通価格は大暴落。
 
 銀河全体の経済に、深刻な打撃を与えることになる。

 しかも、その責任はクラスタではなく、連邦に負わされる。

「連邦は、“経済、経営観念の欠落した

 ならず者の集まり”という烙印を押されます」

 将校達は拳を震わせた。

 それは大義のために、あってはならないことだった。


「我が艦隊は、はじめクラスタを侮っておりました。

 金勘定ばかりで覚悟の伴わない、資本主義の犬だと」

 夏樹はこの作戦で、クラスタ領に

 侵入したことを、心底後悔することになった。
 
「下品かつ無礼を承知で、彼女達からの声明を要約します。
 
 “……連邦の犬になってやってもいい。

 だが俺達がした糞は貴様らが拾え。

 俺達が人様に小便をかけたら、貴様らが頭を下げろ”

 
 以上です」

 会議の後、木村夏樹准将は半年ほどの謹慎処分に留められた。

 そして連邦とクラスタとの間には、不可侵協定が結ばれた。

【デレマス現代劇場】二宮飛鳥「ダブルブラインド」

母さんが交通事故で死んだ。

ボクは早かったな、と思った。

母さんは良家のお嬢様だった。

厳しい躾を受け、華道、茶道その他イロイロな習い事をして…。

親に決められるまま

カトリック系の女学校に通い、それから、父さんと結婚。

ボクが生まれた。

尻の青い、未熟なボクにでもわかる、クソつまんない人生。

そして母さんは、そのクソつまんない人生を、

娘にも履行させようとした。

ボクはそれに嫌気がさして、母さんの嫌がりそうな

“退廃的な大衆文化”の深淵にずぶずぶと嵌っていった。

小遣いなんて貰っていなかったから、

お金が必要になったら、

母さんのポーチから抜き取った。

母さんはよくボクに、

「あなたという子がわからない」

と言った。

そのたびにボクは、

「子育てに失敗したね」

と皮肉で返した。

そしていつも喧嘩になって、

最後は母さんが泣いて、ボクが黙り込んで、

それでおしまい。

仕事で疲れ切った父さんは、見て見ぬふり。

思い出したくもない、散々な日々だった。

中学校に上がったばかりの頃、

気の早い母さんは、自分と同じ女学校に

ボクを通わせるために、前よりもずっと厳しくなった。

吐き気がするような一年間をすごして、後の二年間と、

真っ暗で窮屈な将来に、ボクは絶望していた。

そんな時、プロデューサーにスカウトされた。

経済の絡む駆け引きはゾクゾクするじぇ

アイドルになる。

そう告げた時、母さんはボクをぶった。

アイドルは、“退廃的な大衆文化”の象徴だったから。

それでも母さんは、極めて冷静な顔で、諭した。

「芸能界がまぶしく見えることもあるでしょうけど、

 あそこは地獄よ」

 地獄。たしかにそうだ。

 アイドルという虚像は、愛らしい笑顔を振りまく裏で、

 血の滲むようなレッスンをして、
 
 他のアイドルを押しのけ、ステージの上に立つ。

 傷だらけの身体をドレスの下に隠しながら。

 どんなに上品に飾っても、

 地獄以外に相応な言葉が見つからない。

 でも、それはボクが選んだ地獄。

 母さんが押し付ける地獄よりは、“落ちがい”がある。


「あなたという子がわからない」

 いつものように、母さんは言った。

 そして泣けば、またボクが黙るとでも思っているのか?

「あたり前だよ。

 だって母さん、娘のボクの話を聞いてくれたこと、

 一度だってないじゃないか」

 ボクはむきになって、つい、本音を漏らしてしまった。

 その後すぐ、しまったと思った。

 母さんは、父さんが帰ってくるまで、呆然としていた。

 結局ボクは、プロデューサーに

 母さんを説得して貰った。
 
 「娘をよろしくお願いします」

 母さんがぽつりと、そう言った時、

 ボクは正直、ぶたれた時よりつらかった。

 母さんの表情は、どこか安心していた。

 手のかかる娘が、どこかに行ってくれるって。

 頑張って、とか、応援してる、とか

 期待していたわけじゃないけど…。

 だから母さんが死んだ時、

 早かったな、としか思わなかった。
 
 ボクにとっての彼女はもう、30半ばの他人だった。

寮に入ってからは全く家に帰っていなかったし、

母さんもボクのいる東京に近づかなかった。

きっと、ボクが出ている番組も、

絶対に見ようとしなかっただろう。

結局ボクはアイドルになった日から、

母さんとは一言も口を聞かぬまま。

死が、愛の通わない2人を決定的に分かつことになった。

本当は葬式になんて、出たくなかった。

でもボクは、“清く澄み渡り純粋無垢な”アイドルとして、

母親の死を悲しむ少女にならなくてはいけなかった。

しかも葬儀のあとは仕事を減らされた。

“喪に服す”という、下らない慣習。

母さんは死んでからも、

ボクの人生を縛ったということになる。

心底、うんざりした。


ボクはもう1秒だって、母さん娘でいたくなかった。

だからこっそり、レッスンをした。

郊外の閑静な住宅街に、美城がこっそり作ったスタジオで。

もちろん、テレビ関係者や新聞記者、

出版社の人間は近づけないようになっている。

仕事ができないフラストレーションを、

ボクは歌い、身体を動かすことによって消化しようとした。

でも、苛立ちは治らなかった。


ほとぼりが冷めた後ボクを待つのは、

美城プロダクション所属の

全アイドルが参加するビッグライブ。

“二宮飛鳥”の復活に、ふさわしい舞台。

ボクのレッスン熱はますます高まった。

実の母親から、“あなた”と呼ばれ続けた少女を消し去るために。

ライブ会場の熱気は目眩がするくらいだった。

ボクはロックミュージシャンが楽器を滅茶苦茶に

壊すパフォーマンスが嫌いだったけど、

今なら彼らの気持ちが理解できる。

どうしようもない、

どうもしようない高揚感と息苦しさ。

何かをぶっ壊したくなる。

名前が呼ばれた時、ボクはS&W社製のリボルバーから

放たれた銀の弾丸みたいに、

ステージに飛び出した。

観客達、ファンのみんなが、ボクを見る。

アイドルとしての二宮飛鳥を。

愛も、声援もいらない。その視線だけでいい。

その視線こそが、虚像(ボク)を現実(アイドル)にする。

叫ぶように、ボクは観客席に感謝の言葉を投げた。

会場内の熱気がさらに増した。

ボクはひょっとしたら焼死するんじゃないか、そんな気さえした。

それでも構わなかった。

けれど曲が始まると、

ボクはなんだか奇妙な物足りなさを覚えた。

1万人を超える会場。

ダンスも歌も、完璧に仕上げた。

バックダンサー、サポートの

アイドルだって、美城のトップ集団。

何が不満なんだ?

ボクの曲が終わった後、ライブの前半が終了。

観客達は一度落ち着き、皆席に着いた。

そこでボクは違和感の正体に気づいた。


「プロ、デューサー…!」

激しいダンスと歌をこなした後だから、

かぼそい声になった。

プロデューサーは、タオルを投げた。

それを振り払って、ボクは尋ねた。

「なんで…最前席の、ステージ前に、

 空席があるのさ」

ボクは苛立っていた。

プロデューサーはいつも、ボクが主役のライブの時は、

ああやって空席を作る。

来るはずのない母さんに、チケットを渡しているから。

でも今回のライブの前に、母さんは死んだ。

なのになぜ、空席があるのか。

他のファンの人に、席を譲るべきなのに。

「母さんが、ボクのライブに来るわけないだろ!!」

もうその機会は、絶対に訪れない。

ぜえぜえと、肩で息をするボクに、

プロデューサーは、ポーチを渡した。

女性ものだ。誰のものか考える前に、手が動いた。

勝手に開けるのに、慣れてしまっていたから。

中にはチケットが入っていた。

今日の、ライブのチケットだ。

プロデューサーさんが、裏を見てみろ、と言った。

静岡にある、チケットの販売店が記してあった。

「はは…」

母さんが死ぬ直前、

ライブのチケットの予約販売が始まった。

まさか販売店に張り付いて、最前席の、それも、

ステージの真正面のチケットを取ったのか。



ポーチを落とすと、中から、

小さなサイリウムが転がった。

「だから、気が早いんだって…」

そんな情けない声が出た後、

ボクはぺたり、とそこに座り込んだ。

「立てよ…」

足が動かない。ボクの足なのに。

「立って…お願いだから」

ボクは、アイドルのままでいたいのに。




「母さん…!」

名前を呼んだら、魔法は、

あっけなく解けてしまった。

おしまい

幽霊の内部告発者

乙乙。

ありすのやつがわからん

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