【モバマス時代劇】桐生つかさ「杉のれん」 (46)

シリーズ整理
第1作 【モバマス時代劇】本田未央「憎悪剣 辻車」
第2作 【モバマス時代劇】木村夏樹「美城剣法帖」_
第3作【モバマス時代劇】一ノ瀬志希「及川藩御家騒動」 
第4作【モバマス時代劇】桐生つかさ「杉のれん」 ここ

読み切り 
【デレマス時代劇】速水奏「狂愛剣 鬼蛭」
【デレマス時代劇】市原仁奈「友情剣 下弦の月」

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「おのれ本田未央!
 
 貴様、どの面下げて美城に帰って来た!」

怒声を張り上げるのは、

柳生新陰流、道場師範代の北条加蓮。

声こそ上げぬものの、

相手を殺気を孕んだ視線で見つめるのが、

かつて馬廻役だった神谷奈緒。

彼女達は、旧千川派の人間で

かつ渋谷凛の盲目な信奉者だった。

そしてこの2人が相対しているのは、災いの元凶であった。

「ちょっと昔馴染みに会いたくて」

本田未央は、大樹の前で肩をすくめた。

「えいやッ!」

北条は未央に斬りかかった。

未央はがっちりと攻撃を受け止め、

さらに背後に回った神谷を

後ろ蹴りで跳ね飛ばした。

「やめといたら? 命の無駄だよ」

「死ぬのはお前だ!」


北条はがりがりがりと、刃で未央に迫った。

「はあ…」

未央は一寸ため息をついて、

全身のばねをつかって刀身を下げた。

その勢いで、北条は地面まで押し付けられる。

未央と北条では、膂力に差がありすぎた。

「続ける?」

「まだまだ、これから!」

 北条は未央の腹に蹴りを入れて、彼女を後退させた。

 跳ね飛ばされていた神谷も立ち上がり、

 再び未央を取り囲む形になった。

 今度は、神谷が上段で未央におどりかかった。

剣術の腕前がうかがえる、完璧な振り下ろし。

その威力は束ねた薪を両断するという。

だが、未央の斬り払いはそれを上回る。

がっきと音を立てて、奈緒の太刀がへし折られた。

「なんの、まだまだ!」

奈緒は太刀を捨て、脇差を抜いた。

賞賛すべき判断力である。

しかしそれさえも、未央は破壊した。

「弾かれずに柄を握ってたところは、褒めてあげるよ」

おっ、来たか
待ってた

神谷は呆然とへたり込んだ。

北条も一瞬呆気にとられたが、

臆さずに斬り込んだ。

容赦無く、未央の頭部を狙う連撃。

しかしそれゆえ、攻めが単調になっていた。

未央は北条の剣を危なげなく受け、即座に斬り返す。

北条の右手が、ぼとりと地面に落ちた。

「もう一回言ってみなよ

“まだまだこれからだ”って」

「貴様ァ!」

北条は残った左手で、未央に殴りかかった。

凄まじい闘気の持ち主である。

だが、あまりに力量の差がありすぎる。

未央は刀を中段で、北条の拳に滑り込ませた。

魚が2枚に下されるように左腕が裂け、そのまま刃は

北条の首を両断した。

その風景を見ていた神谷は、泡を吹いて失神してしまった。

「はあ…なんで弱いくせに、命張るかな…」

女の髪でできた編み紐を弄りながら、

未央はゆっくりと、大樹に腰かけた。

あれ、友情剣ってこれから建てるやつ?探してもミツカラナイ

かつての美城藩では、血を血で洗う派閥争いがあった。

家老2名が死亡、同心はほぼ壊滅、

有力だった武家の跡継ぎも、多くが命を落とした。

町人に対する被害も甚大であった。

この事態を幕府が看過するはずもなく、

藩は改易処分が下された。

名前こそ残ったものの、美城は幕府の預地になったのである。

だが、この地に残る怨念か因果か。

美城ではさらなる対立が生じていた。

桐生屋と財前屋。

ともに、全国に名が響き渡る大商家である。

両者は表の客に笑顔をふりまくなかで、

裏では熾烈な闘争を繰り広げていた

顧客の奪い合い、人材の引き抜きは日常茶飯事。

剣客を雇い、互いに命を狙い合うことさえもあった。

この両家が美城で争うことになったのは、

材木の卸売りであった。

幕領地となった美城では、その名前にふさわしい

新たな城郭が建設されることになっていた。

その規模は通常のものよりもはるかに大きく、

大量の材木、とりわけ杉が必要になった。

両家の衝突は必至であった。

夜。

桐生つかさは屋敷でくつろいでいた。

旧木場家。かつては木場城と呼ばれ、

重厚な警備で名が知られた場所であった。

しかし木場家は派閥闘争のなか崩壊、

当主の木場は命を落とした。

つまるところ大量の人死が出たのであるが、

桐生はどこ吹く風、その屋敷を拠点にしていた。

使えるものは無駄なく使う。桐生家の家訓である。

屋敷の外では、町人らが徒党を組んで喚いていた。

「美城藩を潰すな!」

「藩主は美城様ただ1人!!」

積極的な郷愁。

夥しい死傷者を出した後でさえ、

町人達はかつての美城を守るつもりだった。

「あやつらは何を騒いでいるのでしょうか。

 桐生や幕府が、やつらを搾取するわけでもあるまいのに」

 桐生の家来の1人が尋ねた。

 再興のために多くの雇用が生まれている。

 桐生屋も買付や土地代などで、

 大量の金子を美城に落としている。

 何が不満であるのか。

「あははは! 

 お前、商売人として半人前だな!」

 桐生は笑った。

 商家の長としてふさわしい、威厳のある笑い声であった。

「一番口やかましいのは、金を払わないやつなんだよ」

 この時の桐生には余裕があった。

 材木の卸では桐生屋に1日の長がある。

 北山、吉野、会津で土地を丸ごと買い上げ、

 長い目で杉の生育を行ってきた。

 各地から、せこせこ材木を買い付ける財前屋とは格がちがう。

 数隻船を出すだけで、大量の杉を美城に集めることが出来るのだ。

 桐生は騒ぎを肴にしながら、酒を煽った。

 しかし桐生つかさの余裕は、数日後崩れ去った。

 杉を運んでいた廻船が、海上で沈没してしまったという。

 財前屋の仕業だ。桐生は舌打ちした。

 桐生屋は安全な輸送を行うために精緻な気候観測を行い、
 
 巨額を投じて海図を引いている。

 しかも今回は京と会津から、別々の航路は用いている。

 それで全隻沈没したというのだから、人為が働いていることは間違いない。

 どうするか。桐生は悩んだ。

 哨戒船をつけて、新しく杉を運んでくることはできる。

 しかし急がねば、財前屋に先を越される。

 卸の早さは、商人の沽券に関わる問題なのだ。 

 いや、それよりもまず自分の身を守らねばなるまい。

 海上で杉を奪うならまだしも、船ごと沈没させるような相手だ。

 屋敷1つを取り囲んで、桐生を殺害することぐらいやってのけるだろう。

 すぐにでも、護衛を雇う必要がある。

 
 

 翌日昼。

「ははーん。金持ちってのは、気苦労が多くて大変だな。

 ほんと、貧乏に生まれてよかったぜ」

 自ら警護を選ぶためにやってきた桐生を、木村夏樹は笑った。

 桐生は、なぜか悪い気分にはならなかった。

「お前うちで働くか?」

「やだね。

 人の下で働くのは、もううんざりだ」
 
 木村は手をひらひら振って、桐生の誘いを退けた。

 その振る舞いにさえ、かえって好感がもてる。

 木村は人を惹きつける、不思議な魅力があった。

 桐生が現在いるのは、『木村屋』という小さな商屋だった。

 家禄と職を失った者達が集まってはじめた、

 比較的あたらしい商屋だという。


 だが、巷では凄腕の剣豪を
 
 何人も抱えていることで有名だった。

「大人数を正面から相手できるやつは何人かいるんだが…」

 木村は3人の名前を挙げた。

「杏はめんどくさがるし、きらりは殺しには向かないしな…。
 
 だりーは断るだろうし」

「金に遑はつけないぞ」

 桐生は家来にむかって顎をむけた。

 家来達が頷いて、木村の前にどっさりと麻袋を置いた。

「500両入ってる。これでも駄目か?」

「あーあー、やだやだ金持ちは。

 このままじゃ、アタシが命を狙われるようになるじゃないか」

 木村はぐちぐち言いながらも麻袋を受け取った。

「まあ。こんだけあれば人数は集まるだろ

 アタシらの所帯は金に困ってるやつばっかだしな」

 アタシも含めて。木村はにししと笑った。

 嫌味のない、良い笑顔だった。


「して、桐生様。杉の方はどうされますか」

屋敷に戻ると、家来の1人が尋ねた。
 
「うん」

桐生は難しげな表情をして頷いた。

杉はまた集まる。問題は、財前屋の方をどうするかだ。

見境なく船を撃沈するくらいだから、

むこうも切羽詰まっているのには間違いない。

「いっそのこと、陸路と海路をすべて封鎖しますか」

他の家来が提案した。

桐生屋の財産をもってすれば可能である。

「馬鹿! 帳尻が合わなくなるだろうが!!

 沽券を守るたって、限度ってもんがあるんだ」

桐生は部下を叱った。

商人としての矜持と、現実的な経営感覚。

桐生家の長には、それが不可欠である。

「桐生様、美城の杉を使われてはいかがですか」

また、他の家来が提案した。

町のはずれに小さな雑木林があり、

そこには樹齢数百の杉の大樹が生えている。

それを斬り倒せば、当面の時間稼ぎにはなるだろう。

「いや…」

桐生は珍しく、自信なさげに首を振った。

あの杉には手を出してはいけない。

桐生の直感がそう言っていた。

神が宿るだの、領民達から祀られているだの、

桐生はそういったことは気にしない。

しかし商人としての選別眼が、あの杉を拒んでいた。

「…財前の出方を見る。
 
 決めるのはそれからだ」

 桐生にしては、消極的な態度であった。

 もはや打つ手なしか。家来達は肩を落とした。

後日、木村屋から使いが来た。

身丈は4尺6寸。

はじめ皆は、童女が迷い込んだものと見間違えた。

「双葉杏と申します。

桐生様に直々にお話があり、伺いました。」

彼女は深々と頭を下げた。

ものぐさという木村の評に反して、

非常に礼儀正しい態度であった。

桐生は双葉を、自室に通した。

「お前が護衛か?

 随分頼りがいのある嬢ちゃんじゃねーの」

「ははは…申し訳ありませぬが、

私めの要件は別に御座ります」

桐生の皮肉をうまくかわしながら、双葉は話に移った。

「杉の原木を大陸から仕入れております」

その話は桐生にとって興味深いものだった。

だが同時に、疑わしいものだった。

なぜ桐生屋と財前屋が睨み合っている時期に、

この女が話を持ってきたのか。

それに大陸からの杉の輸入など聞いたこともない。

「…実物を見ないことには、なんとも言えない」

 桐生がそう言うと、双葉は自身の屋敷に彼女を招いた。

 木村屋は貧乏所帯と聞いたが、妙に立派な屋敷だった。

 だが、庭に原木がごろごろ転がっていたので、

 景観が台無しになっていた。

 桐生は目利きができる者に、原木を調べさせた。

「…たしかに杉ですな。それも、かなり上等な杉です」
 
 桐生は、ちらりと双葉の方を見た。

 さきほど迄の、慎ましい表情が一変していた。 

「杏が良心的な値段で売ってあげるよ」

 もちろんそれが言葉通りのはずがなく、

 桐生屋は法外な金子を支払う羽目になった。


木村屋の杉によって、桐生屋は時間を稼ぐことができた。

しかし額が額ゆえに、手形での支払いをすることになった。

「悪どい商売しやがって」

 そう言いながらも、桐生は木村夏樹に手形を渡した。

 桐生の表情は笑っていた。

「悪どいのは杏ひとりだぜ?

 他は身も心も澄み渡った、綺麗な人間だ」

 アタシも含めて。木村はまた、にししと笑った。


 桐生が家来達と木村屋から出ると、

 長髪の女が外に立っていた。

 その女も家来のような人間達を連れていた。

「どうも、ご機嫌いかがかしら?

 桐生“殿”」

 財前時子。財前屋の家長で、

 嗜虐心の強い激情家として有名である。

 その彼女が、既に爆発寸前という表情を浮かべていた。

「どーも、財前屋さん。

 商売の方はうまく行ってる?」

「はっ、わざとらしい笑顔ね。

 財前屋の杉を奪っておいて!!」

 財前は激昂した。しかし、桐生達の方にはわけがわからない。

「そちらが桐生の船を沈めたのではないか!」

 桐生の家来が言い返した。
 
「お前達が先に仕掛けたのではないか!」

 財前の家来がまた言い返す。

 こうなると収拾がつかず、桐生屋と財前屋の両者は

 木村屋の前で大騒ぎになった。

 それがようやく収まった頃には、桐生と財前含め全員が、

 生傷だらけになっていた。

 大暴れしたことで少し血が抜けたのか、

 財前は落ち着いた顔で、桐生に別れを告げた。

「それじゃあまた…ご機嫌よう」

 声には、抑えがたい敵意が込もっていた。

「言いがかりつけてきやがって…」

 桐生はぼろぼろの襟を直して、屋敷に戻ろうとした。

 すると、今度は商屋の中から財前の怒鳴り声が聞こえた。

 本当に悪どい奴らだ。

 桐生は木村屋の前から立ち去った。

「本っ当に忌々しい!!」

 財前時子は屋敷に戻ると

 高価な壺なり、茶器なりを

 庭先に投げては打ち壊してしまった。

 集めていた材木は奪われた。

 復讐のために集めた海図に、法外な金額を要求された。

 そして、町外れの杉の大樹は斬り倒せなかった。

 妙な女が大樹を守っていたのだ。

 財前はその女を始末するために、大枚をはたいて、

 何名もの剣客を雇った。

 だが、全員歯が立たなかった。

 生き残った人間は口もきけない様子で、

 情報は詳しく聞き出せない。

 財前屋にとっては、まったくの災難続きであった。

まとまった金が入ったので、

木村夏樹は店を閉めて町へ繰り出した。

無論、男達を口説くためである。

美しい男は天下の回し者。

商人となった彼女は、

以前よりも熱心に“職務”に取り組んでいた。

そんな木村に、声をかける女がいた。

「どうしてお前はいつもいつも、私の仕事を邪魔するんだ?」

木村夏樹はからからと笑った。

良い、笑顔だった。

おしまい


今回も面白かった

新しいスレ立てられない

市原さんの大活躍すぐに投稿したいのに

ががががが

HDDの異音かな?

乙、HDDの死亡フラグかな
タイ捨流は体術使ってたの思い出した、マキャベリズムでも使われたし


加連さん出落ち、未央との実力差が悲しいな
大樹は未央が守ってたのか

これくらいの長さなら短編集になるんじゃないの?
続けてニナチャーンの話をここに投下したら?

>>30

そうします

【デレマス時代劇】市原仁奈「友情剣 下弦の月」

市原家は処刑人の家系であった。

その歴史は古く、かつての平安の介錯人まで辿ることができるという。

市原仁奈は、そんな市原家の末裔であった。

仁奈は生まれた頃から全身に潰瘍があり、

それゆえ両親から疎んじられた。

処刑人はえてして社会から孤立するが、

仁奈はその家系の中にあっても孤独だった。

潰瘍を隠すため、仁奈は厚い着ぐるみを着込むようになった。

それは鳥動物を模した、

可笑しげな格好であったが、

両親は気味悪がって

ますます彼女を突き放した。

だがある時、

刑後の斬首体を初めて見た仁奈が

驚くべき言葉を発した。

「角度が悪いのでごぜーますよ」

その死体は介錯人の不手際によって、

何度も首を斬りつけられていた。

両親は仁奈を無視できなくなった。

仁奈には最高の才覚が備わっていた。

仁奈は処刑人としての教育を通して、両親とふれあう機会が増えた。

その間に、まったく家族としての情は無かった。

しかし藁にでも縋る思いで仁奈は懸命に、

処刑人としての修行を積んでいった。

その一環として、彼女は英信流を学んだ。

斬首を執行する際の、技術修得のためである。

道場でも仁奈は、人とあまり交わることができなかった。

だが、ある1人の少女が彼女の友人になった。

早坂美玲。

歳は仁奈より5歳ほど上、勿論道場では先輩格にあたる。

美玲は仁奈の才能にいち早く気づき、なにかと世話を焼いてくれた。

「わ、私は先輩として当然のことをしてるだけだッ!

 あまり調子に乗るなよッ!」

美玲はよくつっけんどんな口をきいたが、

仁奈は彼女に対して感謝を抱いた。

さらに美玲は、市原家が処刑人の家だということを気にせず、

よく屋敷を訪れて来た。

両親も美玲のことを気に入り、仁奈は彼女の話題で、

家族と話すことが増えた。

ある時、仁奈と美玲は道場の帰り道で

ひどい土砂降りに遭った。

幸い市原家が道場の近くにあったので、2人は慌てて駆け込んだ。

両親は2人に、風呂に入って身体を温めるように勧めた。

仁奈は美玲に、先に1人で入るように頼んだ。

自身の肌を見せたくなかったためである。

しかし美玲は仁奈に、自分の背中を流すように要求した。

「ウチは先輩だからなッ!

 お前が背中を流すのが当然なんだッ!」

これが美玲なりの優しさであった。

仁奈がより深い尊敬を彼女に向けたのは、言うまでもない。

しかしある時、勘定奉行に勤める美玲の母が、

多額の横領の疑いで捕縛された。

町奉行はその罰として、早坂家一門を斬首の刑とした。

罪状からはありえないほどの極刑である。

なにかの意思が介入していたのは、

火を見るより明らかであった。

そして斬首を執り行うのは、仁奈の勤めであった。

「いやでごぜーますよ!
 
美玲さんを斬るなんて、ぜってぇやでごぜーますよ!!」

仁奈は泣き叫んで、奉行からの命に抗った。

どうして、生涯で初めて出来た友を

自らの手で殺めねばならないのか。

処刑人の家系に、醜い肌を持って生まれたのは我慢ができた。

だがこの運命には到底耐えられぬ。

「それでは、他の武士にやらせるか」

両親は仁奈にそう言った。

不得手な者が刑にあたれば、

罪人は必要以上に苦しむことになる。

それでもよいのか、と。

美玲の斬首は、覆しえぬ現実であった。



しかしある時、勘定奉行に勤める美玲の母が、

多額の横領の疑いで捕縛された。

町奉行はその罰として、早坂家一門を斬首の刑とした。

罪状からはありえないほどの極刑である。

なにかの意思が介入していたのは、

火を見るより明らかであった。

そして斬首を執り行うのは、仁奈の勤めであった。

「いやでごぜーますよ!
 
美玲さんを斬るなんて、ぜってぇやでごぜーますよ!!」

仁奈は泣き叫んで、奉行からの命に抗った。

どうして、生涯で初めて出来た友を

自らの手で殺めねばならないのか。

処刑人の家系に、醜い肌を持って生まれたのは我慢ができた。

だがこの運命には到底耐えられぬ。

「それでは、他の武士にやらせるか」

両親は仁奈にそう言った。

不得手な者が刑にあたれば、

罪人は必要以上に苦しむことになる。

それでもよいのか、と。

美玲の斬首は、覆しえぬ現実であった。



市原仁奈は刑場で早坂美玲と再会した。

美玲は白襦袢を来て、目隠しをされていた。

その身体はがちがちと震えていた。

仁奈は彼女の肩に、あまりに小さすぎる手を置いた。

美玲は、背後に立つのが自分の友であると悟った。

美玲は仁奈に頼んだ。

「顔を見せてくれ」

罪人の目を見てはならぬと、仁奈は両親から教わった。

刑を執行する手が鈍るからだ。

だが、仁奈は美玲の目隠しをほどき、美玲の正面に立った。

「すまねーでごぜーますよ…」

「いや、いいんだ。
 仁奈がやるなら、ウチは怖くない」

美玲は涙をこぼした。仁奈も同じく、静かに泣いた。

美玲は、もう1つ頼みごとをした。

「このまま、正面から斬ってほしい」

仁奈はそれを承諾した。

周囲はどよめいた。

正面からの斬首は至難の技である。

通常斬首は、罪人の背後に立って行われる。

これは首の継ぎ目である、

第一頚椎と第二頚椎の間を正確に狙うためである。

しかし、正面からでは硬い下顎と

弾力のある気管が妨げになり、斬首は至難を極める。

まして仁奈は経験も浅い。さらには罪人の友である。

失敗の危険は、とてつもなく大きい。

最悪の場合、苦しむ罪人に何度も刃を打ち付けることになるだろう。

だが刑を見守る両親は、

仁奈と、そして美玲の好きなようにさせた。

仁奈は両手で顔を覆い、涙を拭った。

その表情には、処刑人としての冷たい威厳があった。

周囲はまたどよめいた。

仁奈が居合の構えをとったためである。

この場合、有効なのは下段からの斬り上げのはず。

鞘からまっすぐに走る居合では、

顎に刃があたってしまうではないか。

仁奈が、震える美玲にむかって抜く。

果たして、罪人の震えはぴたりと止んだ。

他の刑務が美玲の死体を検分すると、

首が身体から落ちずに、両断されていた。

仁奈は神速で繰り出される居合の軌道を、

一度下げて顎をかわし、

次には下弦を描くように斬り上げていた。

気管も頚椎も切断する威力を保ったまま。

驚異的を通り越し、最早怪物的な腕前であった。

「見事じゃ! 見事であったぞ!!」

刑を見物していた、藩の重鎮達が手を叩いて仁奈を賞賛した。

仁奈は冷たい表情のまま、彼女達を見つめた。

自分が斬首にかけられるのは、いつごろになるだろうかと。





おしまい

おつおつ
仁奈が一番強いんじゃないかと思うのは気のせいでごぜーますか?

>>45

それは想像にまかせます

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