ヴィーネ「どうしてこんなことに」 (60)

冒頭からこんなことを願うのはかなり緊迫感を与えてしまうかもしれない。
でも、それでも私は願うしかなかった。

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誰か助けてーーーーーと。

私は今、ガヴの部屋のベッドの下にいる。
ここで誤解しないでほしいのは、決して怪しい趣味だとか性癖を満たすためにこんな場所に隠れているわけじゃないってところ。
だからどうか引かないで。
別に私は変態じゃない……変態じゃないもん。
そうよ、これはちょっとした行き違い、言わば不可抗力によって導かれた、ごく自然な状況だと私は主張する。

前置きはこのくらいにして、そろそろ本題に移りましょう。
まずさっきも説明したように私は今ガヴの部屋の、ベッドの下に潜んでいる。
なんだ、じゃあ今すぐそこから出れば良いじゃないかなんて普通は思うはず。
私だって出れるならとっくに出てるわよ。
それができないのにはあまりにもリアルな理由があるわけで。

ガヴリール「サターニャ、おまえほんとスタイル良いな」

サターニャ「ぅあ、ガブリール、くすぐったい……ひゃんっ」

ガヴリール「そんなエロい声だすなよ……我慢できなくなるだろ」

サターニャ「ふーん……じゃあ我慢する?」

ガヴリール「するわけない」チュ...

サターニャ「んっ、ガヴリール……ぁ」

この部屋には今、私とガヴと、そしてサターニャがいる状態。
そう、私がこの部屋に忍び込んだのはこれが理由。
ガヴが浮気していないかどうか探るため。

私とガヴが付き合ってから半年が経った。
この頃ガヴの様子がおかしいのを察知した私は、こっそり本人の留守中にガサ入れを決意した。
案の定、予感は的中。
ガヴの部屋には私以外の悪魔の髪の毛が落ちていた。
それはよく見覚えのある赤い髪の毛。
浮気相手はサターニャだった。
ガヴの部屋を一昨日掃除したときにはこんな髪の毛は存在していなかった。
私が昨日ガヴの部屋で遊んでいたときも、この髪の毛は見当たらなかった。
つまり、私が帰ったあとに、サターニャがガヴの部屋に来たことになる。

私が昨日帰宅したあと寝る前に、ガヴに電話した際、いつもならすぐ出るか一時間もしない内に折り返してくるはずなんだけど、結局連絡が返ってきたのは今日の朝だった。

ヴィーネ『ガヴ、昨日どうしたの?』

ガヴリール『ごめんヴィーネ、寝ちゃってた』

ヴィーネ『そっか、私と遊んで疲れてたのかな、よく寝れたなら良いけど……ちょっと心配したわよ』

ガヴリール『ヴィーネは心配性だよな。大丈夫ちゃんと眠れたから』

ヴィーネ『ならよかった。あ、今日もし嫌じゃなかったらまたガヴの家に行っても大丈夫?』

ガヴリール『え、あー、ごめん……今日は外せない用事があるから、明日なら空いてるんだけどさ』

ヴィーネ『そっか、じゃあ明日もしガヴが忙しくなければ遊びましょう』

ガヴリール『うん、夜にまた連絡するね』

これが今朝、ガヴと電話したときの会話。

外せない用事って、サターニャと会うことだったんだ。
ガヴの部屋で立ち尽くしていると、玄関から鍵の開く音がした。
私は咄嗟にガヴのベッドの下に隠れてしまう。
恋人とはいえプライバシーの観点から、付き合う際にお互いの部屋に勝手に立ち寄らないというルールを設けた以上、ここでガヴに見つかると口論に発展しかねないという思考からの行動だった。
これが今に至るまでの経緯。
勝手に部屋に忍び込んだのは確かに恋人以前に親しき仲にも礼儀あり、と批難されて然るべき行動だったかもしれない。
だけど、もし忍び込んでいなければ、私はずっと気づかなかっただろう。
だから反省はしているが後悔はしていないというのが私の見解。

それにしてもまさかサターニャが……だってサターニャにはラフィがいる。
私たちが付き合い出してから間も無く、サターニャとラフィも付き合い出したのだ。

ガヴリール「うわ、サターニャおまえここ濡れすぎ……ヤバいって」

サターニャ「ぁ……ん……あんたこそ、私の身体に興奮しすぎてヨダレでてるじゃない……」

ガヴリール「こんなエロい身体に興奮しないなんて天罰が当たるわ……はぁっ……」

サターニャ「ぅんっ……でもあんた、こんなことしていいの?はぁ……っ……もしヴィネットに知られたら……」

ガヴリール「かもな、でも……ヴィーネはこういう行為、恥ずかしがって全然私としてくれないんだもん、私だってムラムラすることあるのに誘っても嫌がられるし……だからしょうがないんだよこれは」

サターニャ「私も最近気づいたけど、あんたって可愛い顔して以外に性欲あるもんね……ぁむ」

ガヴリール「やぁっ……耳たべないで……うぅっ、て、ていうか……おまえだって、あいつに知られたらきっと大変だぞ……っ」

サターニャ「ん、ラフィエルのこと言ってるの?いいのよ別に、だって最近ぜんぜん私に構ってくれないんだもん……天界絡みの仕事があるとか行って何日か帰ってこない日もあるし……帰ってきても疲れてるとか言ってすぐ寝ちゃうんだもの、そんな状態が続いたら私だって流石に寂しくもなるわよ!ふん」

ガヴリール「だよな、浮気してる私たちも悪いけど、そもそも原因はヴィーネたちにもあるんだ!」

サターニャ「ぁう、やっぱりこれ浮気……なのかしら……でも、原因はあっちだし……」

ガヴリール「心配するな、おまえの寂しさを紛らわせることくらいはできるから、サターニャも私のもどかしさを満たしてくれ」

ベッドの下にいる私には当然ながら二人の会話は丸聞こえなわけで。
ガヴから誘われるたびに、私は恥ずかしさとか心の準備がまだだとか理由をつけて毎回断ってしまっていた。
それに対してガヴがいつも不満そうにむくれていることにもちゃんと気がついていた。
確かに原因は私にもあるのかもしれない。
もう少しガヴの要望に素直に応えてあげれていれば浮気なんてしなかったのかな。
私の中で色々な考えが巡る。

ひとしきりお互いの寂しさを快楽で紛らわしたあと、二人はコンビニへ飲料などを買いに出て行ってしまった。
私はその隙をついてベッドの下から脱出し、急いでガヴの部屋をあとにする。
どうしたらいいのだろう。
考えた結果、一人では解決できないことを悟り私は当事者の一人と連絡を取った。
そう、サターニャの恋人であるラフィに。

◇◇◇

ラフィエル「なるほど、大体の事情はわかりました!」

私はできるだけ正確にことの次第をラフィに伝えた。
さすがのラフィもこの状況ではアイデンティティである不敵な笑顔を見せないだろうと思ったけど、それはどうやら勘違いだったみたいで。

ラフィエル「最近サターニャさんが拗ねてる原因がやっとわかりましたよ、はあスッキリしました~」

彼女は楽しそうに笑みを浮かべながら言った。

ラフィエル「では、こういうのはどうですか。私とヴィーネさんがラブラブなフリをするというのは」

ヴィーネ「ラブラブなフリ……?」

ラフィエル「ガヴちゃんもサターニャさんも、蓄積された寂しさやもどかしさが動機であって、決して私たちのことが嫌になって浮気をしてるわけじゃないと思います。いえ、むしろ私たちのことが好きすぎて今回の事件が起こったと言っても過言ではありません」

ヴィーネ「うん……まあ、そうなの、かな?」

ラフィエル「ですから、私たちが二人に強烈な“嫉妬心”を与えることができれば、きっと向こうからこっちに泣きついてくるかと!」

ヴィーネ「うーん、そんなに上手くいくのかしら」

ラフィエル「100%成功します」

ヴィーネ「す、すごい自信ね」

ラフィエル「だってガヴちゃん、私と話してるときによく“ヴィーネは私のものだから絶対に誰にも渡さない”って言ってますからねー」

ヴィーネ「それを言ったら、サターニャだってこないだ“ラフィがいない世界なんて無意味だわ……”なんて柄にもなく真剣な顔で呟いてたわよ」

ラフィエル「あらあら~」

ヴィーネ「ぷっ、なんか、私ちょっとワクワクしてきたかも」

ラフィエル「うふふ、ヴィーネさんが珍しく悪魔らしいことを言ってますね。私もサターニャさんが嫉妬してるところを想像するとたまりません」

ヴィーネ「ラフィは平常運転ね」

こうして私たちはお互いの恋人をこらしめるために同盟を結んだのだった。
その日の夜ガヴから電話があったけど私はあえて出なかった。
その際に少しガヴが可哀想だなという思いがよぎったが、その思考に蓋をしてその日は眠ることにした。

翌日、起きて携帯を確認すると不在着信一件、そしてガヴからのチャットが三件溜まっていた。

ガヴリール『あれ、ヴィーネ寝た?』

ガヴリール『電話するって言ったのに~』

ガヴリール『遅くにごめん、また明日。おやすみなさい(u.u)zZ』

私はそれに既読をつけてから一言『ごめん、寝てた』とだけ返信した。

ここでラフィと打ち合わせた内容を自分の中で再確認する。
まず作戦の第一段階は、連絡の回数を徐々に減らしていくこと。
これはわざとらしく極端に減らしすぎてもダメ、あくまで自然に、少しずつ返事をするタイミングをずらし、相手の深層心理を誘導していくためだと、ラフィは楽しそうに解説していた。
私はその話に相槌を打ちながら、ラフィだけは敵に回すのはやめようと密かに誓っていたんだけど。

次に第二段階として、普段の会話は“ツン六割デレ四割”ですること。
第一段階で連絡頻度が下がると次第に向こうは携帯に頼らず、直接こちらと会話したいと思うようになり、会いたいという感情が強くなる。
その状態のまま飴と鞭を上手く使って会話の主導権を握っていれば、向こうはよりこちらとの心の距離を縮めたくなるそうだ。
作戦に乗っかる身として異議を唱えるつもりは毛頭ないけれど、ラフィって本当に天使なのかしら。
ちょっと、疑問。

それはさておき、第三段階。
今までの段階と同時進行で私とラフィが頻繁に接触すること。
ラフィ先生曰く、これが一番効果がある作戦らしい。
恋愛において“嫉妬心”は欠かせないもの。
それを適度に与えることによって、相手はそれを解決しようと反省し、自分を客観的に見つめ直すはずだと。
本当に効果があるかわからないけれど、私はラフィのことを信じることにした。
どんな結果になっても、私はガヴとずっと一緒にいるって決めてるから。
迷いはない。
強い決意を瞳に宿し、私はいつものようにガヴを迎えに行った。

ヴィーネ「おはよう、ガヴ」

ガヴリール「ん、おはよう……」

ヴィーネ「さ、遅刻しないようにちょっと早歩きしましょ!」

ガヴリール「えー、いいよ遅刻しても別に…」

他愛のない会話をしながら見慣れた通学路を歩く。
作戦の通り、ツン六割デレ四割を意識しながら。
普段なら返事をするところで黙ってみたり、話をもっと広げられるなってときもわざと反応を薄くしたり。逆にちょっとした発言に対して褒めてあげたり。
自分でも不思議なくらい違和感なく飴と鞭を上手に使えてる気がした。

もしかして私、今かなり悪魔っぽいかも。
作戦の効果がボディブローのようにジワジワ効いてきたのか、たまにガヴが何かを言いたそうにチラチラ目線を送ってくるが、こちらからはあえて触れない。
やがて痺れを切らしたのかガヴの方から会話を切り出してきた。

ガヴリール「ねえ、なんかヴィーネ怒ってる?」

ヴィーネ「え、なんで?」

ガヴリール「いや、なんかいつもよりツンツンしてるなあって、私の気のせいなら良いんだけどさ」

ヴィーネ「そう?私は別にいつも通りよ」

ガヴリール「うん……なら大丈夫」

ヴィーネ「ふふ、ガヴ変なの」

ガヴリール「う、うるさいやい」

心なしかガヴがいつもより私のことを意識してるような気がした。
確かに効果はあるみたいね。
うん、しばらくはこの調子で様子を見ましょう。

◇◇◇

ガヴリール「なあ、サターニャ」

サターニャ「ねえ、ガヴリール」

ガヴリール「……そっちから言って」

サターニャ「う、あんたから言いなさいよ」

ガヴリール「じゃあ私から言う」

サターニャ「うん」

ガヴリール「…………」

サターニャ「…………」

ガヴリール「なんか、最近ラフィエルってさ……ヴィーネとやたら仲良い気がするんだよね」

サターニャ「た、たしかに、ここのところしょっちゅう一緒に行動してるわね」

ガヴリール「で、サターニャのほうは?」

サターニャ「いや、私もおんなじ……最近ラフィエルってヴィネットと仲が良いな……って」

ガヴリール「や、やっぱりか!おまえも気付いてるぐらいなら私の気のせいじゃないってことだよな?!」

サターニャ「ぐぬぬ、なんなのよ一体……そうえばあの二人、こないだ映画観に行ったらしいわね」

ガヴリール「らしいなー、廊下でラフィエルと楽しそうに映画の話してた」

サターニャ「その前は二人だけでディズニーとか行ってたのよ……私もまだラフィエルと行ったことないのに……!」

ガヴリール「私だってヴィーネとディズニーなんて行ったことないよ!ああ、羨ましい!」

サターニャ「…………うぅ、ラフィエル」

ガヴリール「しかも私と話してるときよく携帯いじるんだよ、前は私と話してるときニコニコしながら終始目を合わせて頷いてたのに」

サターニャ「えっ、もしかして」

ガヴリール「それで私が気になって誰と連絡してるのって聞いたらさ」

サターニャ「う、うん……」

ガヴリール「今度ラフィエルと温泉旅行行くんだーって…………めっちゃ嬉しそうに」

サターニャ「はあ?!お、温泉??え、私は?そんなこと私は一言も聞いてないわよ……!?」

ガヴリール「私もそのとき初めて知ってさ……今まで私と会う以外の予定であんなに嬉しそうに話すヴィーネを見たことがなかったから」

ガヴリール『あっ、へ、へー!ラフィエルと!温泉かあ!た、楽しそうだね……いや、絶対楽しいよ!うん、気をつけて行ってくるんだよっ』

ガヴリール「普通にテンパりすぎて口調おかしくなったし」

サターニャ「あんたにしては珍しく弱気じゃない!」

ガヴリール「だってさ、私のヴィーネが私以外の女と温泉旅行に行くんだぞ……そりゃ動揺するだろ……普通に」

サターニャ「ねえ……もしかして私たちってもう向こうに愛想尽かされちゃったんじゃ……」

ガヴリール「…………」

サターニャ「ぅう……ひぐっ……」

ガヴリール「泣くなよ、私もめっちゃ泣きそうなんだから……っ」

サターニャ「連絡もなんか前より素っ気ないっていうか……よくわかんないけど前は普通に返ってきてたものが返ってこなかったり、返ってくるまでタイムラグがすごいあったり」

ガヴリール「それわかる!!なんか前はすぐ返事返ってきたのに、今は既読ついてから半日後とかだぞ……さすがになんか変だよ絶対」

サターニャ「でも別に無視してくる訳じゃないから……私の勘違いだって思ってたんだけど、あんたも同じってことはそうでもないみたいね」

ガヴリール「はあ、マジで悩みすぎて吐きそうだよ私は」

サターニャ「まさか……私たちの関係がバレてる……とか…………」

ガヴリール「……っ!」

ガヴリール「はっ、ラフィエルの千里眼なら……私たちのこと全部見られてたのかもしれな「それはないわ!」

ガヴリール「なんでそう言い切れるんだよ……」

サターニャ「ラフィエルと付き合うときに約束したの、付き合ってる内は千里眼は使わないって……あいつは私との約束を悪戯に破ったりは絶対にしないわ」

ガヴリール「そっか……しかし参ったな……どっかで一回ちゃんと話し合わないと本当にヤバいかも」

サターニャ「や、ヤバいって……?」

ガヴリール「下手したらこのまま私たちが振られてあいつらで付き合い出すかもな……」

サターニャ「そ、そんなのダメよ絶対!ラフィエルがいない生活なんて……そんなの、生きてる意味ないじゃない……っ」

ガヴリール「私だって、ヴィーネが他の誰かと付き合うなんて考えたら……頭がおかしくなりそうだよ……」

サターニャ「…………ねえ」

ガヴリール「どうした」

サターニャ「このままじゃダメなんでしょ……だったらもう一度ちゃんと思ってること全部ラフィエルにぶちまけようかと思うの、それでケンカになったって、このままお互い別れるよりはマシでしょ?」

ガヴリール「…………それもそうだな、このままヴィーネと別れるくらいなら、変な意地はらずにちゃんと本音でぶつかった方がマシか……」

◇◇◇

作戦を決行してから二週間が経った。
結論から言えば、私たちの目論見は概ね大成功と言えるだろう。
明らかに以前よりガヴが積極的に私に話しかけてくるようになった。
例えば、恋愛映画が観たいという私の意見を『私そういう系あんま好きじゃない』と一蹴されたことがあり、それ以来私はガヴの前で恋愛映画の話題を振るのには抵抗があったりもしたんだけど、ついこないだガヴの方から

ガヴリール『そ、そうえばヴィーネ○○が観たいって言ってたじゃん?私も気になってきたから今度DVDでも借りて一緒に観ようよ』

なんて言ってきたり。

客観的にみたら些細な変化かもしれないけれど、私からしたらそれは大変なことに感じた。この作戦を決行する前はガヴがそんなことを言うなんて予想もしていなかったから。
確実に、ガヴは私のことを今まで以上に意識している。
手応えを実感していると不意に、ラフィエルからの着信があった。

ラフィエル「ヴィーネさん、この前お伝えした通りそろそろ作戦の最終段階に移りたいのですが、準備は大丈夫そうですか?」

ヴィーネ「いよいよね……うん、こっちは大丈夫、問題ないわ」

ラフィエル「ではこのあと例の場所で待ってますね~」

ついにこの時がきた。
私たちの作戦もやっと今日で終わりを迎える。
私は手筈通りあらかじめ約束しておいたガヴとの予定をキャンセルする旨をチャットで送信した。

案の定、すぐに既読がつく。
たまたま携帯を触っていたのか、あるいは私からの連絡に敏感になっているのかはわからないが、ガヴは文面を考えているようで、返事が遅い。
まあ遊ぶ約束をドタキャンされたのだから、誰でもショックよね。
休みの日に遊ぶのなんて一週間ぶりだし。
ガヴに対して申し訳なさを感じながらも、ここまできて作戦を途中で降りるのはこれまでの自分の行動と同盟を組んでいるラフィエルへの裏切り行為だと、強く自分を律する。
ガヴからの返事が返ってきた。

ガヴリール『マジか……ヴィーネ今って電話できる?』

文面からガヴの心情が容易に想像できる。

ヴィーネ『ごめん、今日どうしても外せない用事ができちゃって……本当にごめんなさいTT』

私が返信するとまたすぐに既読がついた。

ガヴリール『もしかしてさ、ラフィエルに会いに行くの?』

今まで見て見ぬ振りをしていた疑念がとうとう自分の中で無視できなくなったのだろう。
ガヴがここぞとばかりに核心を突く。
そう、ここまでは想定内。
心臓が高鳴る。
私は既読をつけずに、そのままラフィの元へ足早に向かった。

ラフィと事前に決めた待ち合わせ場所に到着。
ここは駅から少し離れた市街地の一角。
商業施設や娯楽施設がある程度充実しているため、一般的なデートでよく候補に挙げられる場所でもある。

ラフィエル「ヴィーネさん、今日の私服すごく似合ってますね」

ラフィは合流するとすぐに私の服装を褒めてくれた。
作戦の成功確率を少しでも上げるため、事前に試行錯誤してコーデの組み合わせを選んだ甲斐が多少はあったのだろうか。
なんにせよ、いつもと変わらないラフィの振る舞いに、無意識に張っていた肩の力が抜ける。おかげさまで、緊張はほぐれた。

ヴィーネ「本当に二人は来ると思う?」

ラフィエル「はい、出かける前に、ちゃんと“ヴィーネさんと○○でデートして来ます?”と置き手紙をおいたので!」

ヴィーネ「私もガヴにはちゃんと連絡しておいたわ」

ラフィエル「楽しみにしていた予定を同時にドタキャンされたガヴちゃんたちは、焦ってお互いに結託し、手紙に書いてある場所に様子を見に来るはずです……ほら、噂をすれば」

ラフィの目線を辿ると、少し距離をとった物陰に隠れる影が確かに二つ確認できた。

ヴィーネ「ここまでは“計画通り”って感じね」

ラフィエル「ヴィーネさん、ひょっとして黒いノートに人間の名前を沢山書いてたりは「してませんー!」

あらあら~、と。
楽しそうに微笑むラフィにお決まりのツッコミも入れたところで、私たちはラブラブな恋人を装い、周りにアピールするかのように手を繋いで寄り添いながら歩き出した。

◇◇◇

ガヴリール「おい、いた!見つけたぞサターニャ!」

サターニャ「私たちとの約束をすっぽかして二人でデートだなんて……本当にもうダメかもしれないわね……」

ガヴリール「弱気になるな!おまえらしくないぞ、とにかくこのまま気付かれないように尾行するぞっ」

サターニャ「そ、そうね……こんな形で一方的に振られるなんて大悪魔としてのプライドが許さないわ!行きましょうガヴリール!」

ガヴリール「私だってこのまま離れたりするもんか!絶対にやり直してみせるんだ……!」

◇◇◇

あくまで作戦とはいえ、デート自体は率直に言ってかなり楽しい。
至近距離で行動していると改めてラフィのスペックの高さに気付かされる。
相手のことを常に考え、自分の希望よりも先に私の意見を尊重した上で次の行き先を決めてくれる。
その間ずっとバレバレの尾行をする影に気付かないふりを強行してはいたけれど。
はっきり言って、この空間は居心地が良った。
これならサターニャがラフィにぞっこんというのも十分に頷ける。
でも、それでも、私とガヴが一緒に過ごす時間はそれ以上に特別なんだと、私は同時に思いもした。

デートも滞りなく進行し、最後に噴水のある広場のベンチに腰掛ける。

ラフィエル「あー、今日はすごく楽しかったですねっ」

ヴィーネ「本当それっ、私もこんなに色々歩いたの久々かも!楽しくて時間があっという間だったわ」

ラフィエル「うふふ、それは良かったです」

茜色の空の下、程よく薄暗い広場を夕日が絶妙に照らし出す。
まさしく告白には絶好のムードだ。

ヴィーネ「ラフィ……私ね……実はラフィのこと前から気になってたの」

ラフィエル「え、でもヴィーネさんにはガヴちゃんが……」

ヴィーネ「うん、ガヴのことは今でも大好きよ。ガヴは私にとって特別な存在。でも私、ガヴの理想の恋人になれてるか不安で、恋人らしい誘いも照れ臭くて誤魔化しちゃったり……こんな私じゃ、ガヴの恋人にふさわしくないのかなって最近悩んでたの……それで、ラフィと付き合ってたらどうなんだろうって、つい考えちゃったりして……でもラフィにはサターニャがいるもんね……」

私の言葉にほんの少し間を置いてから、ラフィが会話を続行させる。

ラフィエル「ヴィーネさん……私も、サターニャさんは私にとって特別な存在です。サターニャさんと出会って、それまで退屈でしかなかった私の生活は変わったんです。ですが最近まで天界のお仕事が忙しく、寂しい思いをさせてしまって、今はもうそっちの仕事は落ち着いてきたのですが……私みたいな自分勝手な天使がサターニャさんを独占してしまって良いのかと悩んでしまって……」

しばし穏やかな静寂に包まれる。
クライマックスという言葉はこの状況を表現するために生まれたのかもしれない。
それくらいドラマチックな空気が辺りの空間を支配していた。

私はラフィの目をまっすぐ見つめる。
するとラフィも私の目をまっすぐ見つめ返してくれた。
そして運命の時が訪れる

ヴィーネ「ラフィ……エル……」

ラフィエル「ヴィーネさん……」

お互いの顔が見えない引力で惹きつけられられるように接近する
もうあと数センチで唇が重なりかけた
その時だった

ガヴリール「ヴィーネ!!ダメだー!!!」
サターニャ「ラフィエル!ストーップ!!」

隠れることを放棄し、今まで見たことがない顔で号泣しながら私たちに駆け寄るガヴとサターニャ。
思わずラフィと目を見合わせて呆然としてしまう。

ガヴリール「ごめん、ヴィーネ……わたしが悪、かった……!おまえの優しさに胡座をかいて、いつも自分のことしか……考えてなくて……ひっぐ……ヴィーネのせいにして浮気までしてっ……私、もっと頑張る……ヴィーネがっ、不安にならないようにっ、もっともっと頑張るから……!!お願いだから私のこと嫌いにならないでくれ……うぅっ」

感情のままに言葉を吐き出すガヴの姿がそこにはあった。
それに続くようにサターニャも

サターニャ「ラフィエル……わ、わた、私もっ、お仕事だからしょうがないのわかってたのに……嫌な態度ばっかりしてっ……寂しさをまぎらわそうとガヴリールに頼って……ぅぐっ……本当にごめんなさい!!あんたが私からいなくなるとか無理……、絶対嫌なのっ…!もう、二度と余所見したりしないから、私のこと、見捨てないでっ……ぅあ……んぐっ」

まるで幼稚園児のように人目も気にせず泣きじゃくる二人。
反省してるかどうかは火を見るよりも明らかだ。
ていうか、私もなんか泣きそうなんだけど。

横目でラフィを見ると、鉄壁の笑顔は一貫して崩さないながらも、明らかに目元が潤んでいた。
これ以上は私たちの涙腺も限界に近かったので(というか我慢できず普通にもらい泣きしてしまった)これまでの経緯を一から全部ゆっくりと、丁寧に話しだす。
広場に降り注ぐ夕日は、そんな涙腺の緩んだ四人の影をより一層濃く照らしていた。

◇◇◇

後日談。
あれから私とガヴはよりお互いの気持ちを理解しようと定期的に話し合いの場を設けたりしながら、以前よりお互いのことを尊重し合うようになった。
もちろんその過程で小さな衝突もポツポツあったりもするが、どれも大事には至らない他愛のないもので、むしろコミュニケーションの一環と言っても間違いじゃないはずだ。

それ以外は至って平和で
あと他に変わったことと言えば

ヴィーネ「ねえ、ガヴ」

ガヴリール「ん、ヴィーネどうかした?」

ヴィーネ「いや、もし……嫌じゃなかったらなんだけど……今日の夜…………一緒に寝る?」

ガヴリール「えっ…………もちろん!!安心して……ちゃんと優しくするから」

ヴィーネ「ん、お願いね…っ」

こんな風に、私からもガヴを誘うようになったことくらい。
ラフィたちもきっと似たような感じだろう。

私は愛する駄天使に精一杯の笑顔を向けてから台所に向かう



今日はガヴの部屋に久々のお泊まり



二人ともちゃんと眠れたのかどうかは……




恥ずかしいので秘密にしておこう



☆HAPPY→END☆

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