佐野満「えっ?強くてニューゲーム?」 (485)
このssは仮面ライダー龍騎の仮面ライダーインペラーである佐野満を
主役とした、いわば仮面ライダー龍騎の再構成ものです。
人によって好みが分かれる作品となっています。
舞台はタイムベントでやり直された龍騎のとある世界です。
無残な最後を遂げた彼が、城戸真司と同じ位の時期に神崎士郎から
インペラーのカードデッキを渡された設定で物語が始まります。
話の展開上、佐野君の性格やら頭を色々と良くしてあります。
二次創作なので、オリジナルのカードや本編に出てこなかった
ライダーとかも出します。
ご都合主義だろ!と思うような展開が一部ありますが、そこは二次創作
ということでさらりと流して下さい。
以上のことを踏まえて、拙作を読んで頂ければ幸いです。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1492959075
第一部 一話 戦いの始まり
東京 某所
「はぁーあ、今日もまたコンビニ弁当かぁ...」
ビルの警備員の夜勤のバイトを終えた一人の青年が眠い目を擦りながら
タイムカードを押し、職場から退勤する。
「ったく、人生の選択肢ってのはやり直しが利かないから嫌だね~」
雲一つない爽快な朝に似つかわしくない独り言を呟きながら、とぼとぼと
ボロアパートへの道を歩くのは、佐野満という成年だった。
彼は自分の事を、人より特別優れたことはない凡庸な人間であると自認
していた。何かにつけて楽をして良い暮らしをしたいどこにでもいそうな、
一言で言えば全てが並の、ただ幸せになりたかっただけの男である。
「いらっしゃいませ~!」
近くにあったコンビニへとふらりと足を運ぶ。
このコンビニは満のお気に入りだった。
台風の日も、大雨の日も、近くで強盗殺人事件が起きても決まった日には
必ずお気に入りの週刊少年漫画雑誌を入荷して、陳列しているからだ。
眠い目を擦りながら、ペラペラとページをめくる。
(おっ...なんだよ、また次回に引き延ばしかよ~)
漫画の半分を読み進めた辺りからだろうか?
なにか微かな音が聞こえてきた。
キィィィィ....ン、キィィィィ....ン。と、途切れ途切れの金属に
なにか振動するものを置いて震わせるような音は徐々に弱まっていった。
(気のせいかな...まぁいいや。早く帰って寝よう)
バサッ。
雑誌を下に置いた満は先程の音を頭の中から閉め出し、チキンカツ
弁当とカップ味噌汁を購入した後、コンビニを後にしたのだった。
ボロアパート
「んあ~!疲れたー!」
清潔とは言いがたい6畳1間の万年床に身を横たえた満はそのまま
グウグウといびきをかいて夢の世界へと旅立っていった。
後悔先に立たずという言葉がお似合いの半生だった。
やり始めたことを最後まで自分の意思でやりきったという実感を
得ないまま肉体だけが大人になってしまった子供。それが一人の人間として
お前を見たときに出た言葉だよ、それが父から最後に親として言われた
言葉だった。
幼い頃に離婚して、物心ついたときには仕事で家に帰ってこない父親と
虚しい義務感だけの家族ごっこをしていた。
母親や父親に頭を撫でられるそれなりに仲の良い友達や、誰からも
慕われる人の良い先輩になろうと、そうした連中の後をついてまわった
小中学校時代は、結局何も得ることが出来ずに都合の良いイエスマンに
徹することで終わりを告げてしまった。
誰でも良いから認めて欲しかった。
だけど現実は誰からも認められず、誰からも相手にされない自分が
こうして一人で眠っているだけでしかない。
「くっ...」
ポロポロと涙がこぼれて、汗と垢まみれの枕にしみこんでいく。
(俺だって、俺だって...自分を変えたかったよ!)
(人にへいこらしないで、自分で主役張って頑張りたかったんだよ!)
(でも誰も教えてくれなかったじゃねぇか!方法を!やりかたを!)
「クソッ!」
何も変えられなかった苛立ちを自分にぶつけることしかできない。
「クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!チクショオオオオオ!!!」
何も掴めなかった拳を握りしめる。
漫画に出てくる主人公は拳を握りしめたら、まるで天からの恵みのように
摩訶不思議な力を授かっていた。
現実だってそうだ。
なにかに愛された人間が実現不可能な奇跡を手に入れ、今までの苦境を
跳ね返して大逆転なんて話は決して珍しくない。
それにすら選ばれない人生の落伍者に自分はなってしまった。
「変えたい...こんなの...いやだ...」
その時、先程聞こえて来た微かな金属音のような音がより明瞭に
満の耳の中に飛び込んできた。
「欲しいか?お前の人生を変える力を」
「欲しい!...って、あれ?」
現実<まえ>を見ることなく伏せていた顔を上げた時、満の身体は
得体の知れない力によって、目の前の鏡へと引っ張り込まれたのだった。
~~
鏡の中
何もかもが反転した鏡写しの世界。といっても、そこは自分の部屋と
何もかもが、全てが鏡映しになっている以外は瓜二つだった。
「えっ?どういう...ことだよ...?」
「佐野満だな?」
「そうだけど...って、アンタ一体何者だ!?」
布団の中に居る自分の背後から厳かな声が聞こえてきた。
慌てて振り返ると、そこには黒いコートを着た陽炎のような存在感の
男が幽霊のように自分のすぐ後ろに立っていた。
「うわああああ!あ、アンタど、泥棒か?」
「違う」
音もなく忍び寄った男にビビった満はそのまま壁へと後ずさった。
しかし、男はそんな満の行為を一瞥するだけで、泥棒がするような
凶器を出して脅迫するような行為は一切しなかった。
「名乗るのが遅れたな。私は神崎士郎」
「かんざき...しろう?」
「そうだ。これからお前の運命を変える存在と言えるが」
「運命を、変える?」
そうだ。確かにさっきの声はこいつの声だった。
欲しいか?お前の人生を変える力を。
ああそうだ。欲しいとも!
(何だって良い。今のこんな惨めな暮らしから抜け出せるならな!)
満は失念していた。
彼の愛読する少年漫画の主人公の大半が、自分が使う異能力を望まぬ
形で入手し、その力のせいで自分の周囲を不幸にしていくことを。
だが、今の彼にはそんなことを冷静に考えるだけの思考力はなかった。
手軽に手に入った力できっと俺の都合の良いように面白おかしく楽しく
生きていけるんだ。程度の実感しか、目の前の脅威に対して抱くことが
出来なかったのだ。
そんな目の前のバカを見下すような薄ら笑いを浮かべた神崎士郎は、
自分の懐から一枚の茶色い板のような何かを取り出したのだった。
「これが、お前が手に入れる力だ」
「ん~?なんだこりゃ?」
まるでプラスチックと鉄が入り交じったような材質の、掌にすっぽりと
おさまるような板を手に取った満を見ながら、神崎士郎は訥々とこれから
始まるであろう戦いの説明を始めたのだった。
「なるほど。つまりライダーに変身し、ライダーやモンスターを倒せ」
「ふーん。これを持ってるやつを倒せばいい訳ね」
「要するに、このカードデッキってやつで変身してこの世界で闘う。と?」
「そうだ。制限時間の中で相手のライダーを全て戦闘不能に追い込め」
「タイムリミットは1年間。その間に最後の一人になれ」
「最後の一人になった時、お前の望みは叶う」
「一年もかかるのかよ?!なんだよ、じゃあ前払いとかないの?」
「ああ。ない」
「ちなみにその戦い、何人くらい参加してるの?」
「13人だ」
「彼等もお前と同じように叶えたい願いを抱えて闘っている」
その後、神崎士郎からライダーバトルと並行してミラーワールドに
生息するミラーモンスターという化け物も倒さなければならないことを
聞いた満の心は、先程の心の中に湧き上がった怒りにも似た決心を
鈍らせたのだった。
誰に見つかることなく素知らぬ顔でたった1年間を隠れてやり過ごすと
方針を決めた直後にこの対応である。
この神崎士郎と言う男は、きっと場の空気を読むどころか自己中心的で
高圧的な嫌なやつとして周囲の連中に嫌われていたに違いない。
「ライダーはカードを使い、相手やモンスターを倒す」
「お前のデッキを貸せ」
満からデッキを渡された士郎は、その中から何枚かのカードを引き抜き、
満の目の前に広げて見せた。
「えっと、この鹿みたいなカードは何?」
「アドベントのカードだ。契約したミラーモンスターを召喚できる」
「えっと、ようは助っ人として加勢してくれるってこと」
「そういう事だ。そしてこれがスピンベント。お前の主な武器だ」
「ドリル?え?この取っ手のついたドリルでチャンバラやれって言うの?」
武器は銃がいいなぁと密かに憧れていた満にとって、鹿のねじ曲がった
角のような武器は到底受け入れがたい代物でしかなかった。
なんとか気を取り直して、次のカードに目を向ける。
「うん、まぁ...で、次のカードは...ん、紋章か、これ?」
「それはファイナルベント。必殺技のカードだ」
「相手に直撃すれば、一撃でとどめを刺せる切り札だ」
「そっかぁ。で、この5000APってのは高い方なの?」
「そうだ。それより下のAPのファイナルベントも存在する」
「ふーん。で?まだあるんですよね?俺のカード」
「いや、お前の使えるカードはこの三枚だけだ」
「はぁ?!」
これはもしや縛りプレイと言うやつなのか?
冗談にしても笑えないどころか、俗に言うゲームで言う所の、最低限の
装備すら用意されていないという、最悪の状況ではないのか?
カードが少ない=圧倒的不利ということを一発で悟った満はなんとか
一枚でも多くのカードを手に入れようと、必死の形相で目の前の男に
食ってかかった。
「ふざけんなよ!これ思い切り外れじゃねぇか!」
「なんだよ鹿って?舐めてんのかお前!」
「ガゼルだ」
「言い方変えても無駄だよ?!だってガゼルって鹿の仲間でしょ!」
「そのモンスターは群れを成して行動する習性がある」
「聞けよ!」
「他のライダーは原則として、一人一体のモンスターだが...」
「いやいやいや!鹿ってあれだよ?捕食される側だよ?」
「いくら群れを成すって言ったって、強いやつには喰われるんだよ?」
「っていうか、これは依怙贔屓認めたようなもんだよね?ねぇ?」
「他のライダーにはもっと強い装備を渡したんだろ?違うのか?」
「...」
「認めてるじゃねぇか!話にならねぇ!」
かつてここまで不平等な運営を見たことはないと憤った満は、しかし
この全てが反転した世界から出る方法がないことに気が付いてしまった。
「...そうだ。お前はこの装備で戦うしかない」
「分かった...なんて言うわけないだろ!」
「いいか、じゃあ一つ聞かせてくれ。ちゃんと答えろよ?」
「契約したミラーモンスターが喰われた場合、俺はどうなるんだ?」
「一応、デッキが無事ならミラーワールドからは出られるが」
「その場合、契約は無効になり、装備は初期状態に戻る」
「大幅に弱体化した状態で一からモンスターと再契約、ねぇ」
「俺が聞かなかったら教える気なかったろ?」
どうやら目の前の男は本当に性格が悪いらしい。
自分の目的のためには手段を選ばない。
それがこの男の行動原理だと長年のゴマすり経験から見抜いた満は、
一枚でも多くのカードを目の前の男から毟ろうと目的を変えた。
「いいよ。アンタの言う条件で闘ってもいい」
「だけど、契約モンスターがすぐに喰われた場合のことも考えて...」
「せめて、後一枚でいいから契約のカードを俺にくれよ?な?」
「他のライダーは楯とか特殊なカードがあるんだろ?」
「三枚だけじゃあんまりにも不公平すぎるだろ~?なぁ頼むよ~」
「アンタのバトルにも協力するからさぁ~。お願いだよ~」
沈黙が部屋を支配する。
「...いいだろう」
熟考の果て、神崎士郎は契約のカードと封印のカードを満へと渡した。
「ありがとうございま~す。いや~これで一安心、一安心だよ~」
ゴネ得に頬が緩んだ満は先程の態度を一変させて、もみ手をしながら
士郎に最高の笑顔を向けて礼を述べた。
その礼に何も感じない士郎は、最低限の補足だけを付け足してさっさと
満をミラーワールドから追い出しに掛かった。
「そうか。ならそのデッキを鏡にかざせ。それで元の世界に戻れる」
「オッケー」
近くにあった窓硝子にカードデッキをかざす。
「うおおおおお?!」
次の瞬間、満は鏡の世界から現実世界へとはじき出されていた。
「夢じゃ...なかったんだ」
惚けたように呟く満に、神崎士郎は鏡越しに最後の忠告を送った。
「一度ライダーの資格を得たものは死ぬまでこの戦いから抜け出せない」
「ミラーモンスターを飢えさせるな。飢えさせたらお前が喰われる」
「また、どのように闘うのかは自由だが、闘わなければ生き残れない」
「最後の一人になるまで、闘え...」
そう言い残し、神崎士郎は忽然と姿を消したのだった。
「ライダーの戦い、ねぇ...」
手元に残ったカードデッキからカードを引き抜く。
アドベント、コントラクト、シール、スピンベント、ファイナルベント。
そのうちの一枚、ミラーモンスターから狙われないというシールの
カードを財布の中に入れて、これでカードは残り四枚となった。
「もしかして俺、とんでもないのに参加しちゃったのかな?」
じっとりと濡れたパジャマが物語るのは半端でない程の嫌な予感。
「はは...よせよ。今時鏡にお化けが写るなんて流行らない..だろ」
布団から身体を起こす自分が映る窓硝子。
その向こう側の世界から、足のついた鹿の化け物がこちらを覗いている。
爛々と輝く赤い目と、口からもれるどう猛な鳴き声。
「やめてくれよぉ...泣きたいのはこっちなんだって」
こうして、やり直された世界での佐野満の戦いが幕を開けたのだった。
第二話 鏡の中の怪物
あれから三日後、満の日常に特に変化はなかった。
掛け持ちのバイトに合わせた不規則な毎日を送りながら、機械的に
生きていくような、そんな日々に埋没し始めている実感が愛おしい。
鏡の向こうからは未だに自分を見つめる視線を感じるが、それを
無視させるほどの集中力を仕事がもたらしてくれる。
「おう、佐野!今日は珍しく真剣じゃねぇか!」
「あ、どうも監督。いや~真剣に仕事するのも悪くないですね~」
「なんて言ったって、後もう少しでこの工事終わりますからね」
「僕はアルバイトですけど、なーんか頑張ろうって思えてきちゃって」
「こいつ!思ってもないことをべらべらしゃべりやがって」
「まぁいい。もう上がりだろ?ラーメン奢ってやる」
「本当ですか?いや~嬉しいです。ありがとうございます!」
「一時間後に駅前のラーメン店に集合な?」
「はいっ!」
朗らかな笑みを浮かべた五十歳の工事現場の監督はそう言い残して、
しっかりとした足取りで更衣室へと向かっていった。
「よっしゃ!今日の夕食代一食分浮いたぁっ!」
適当にサボっていると目をつけられない程度に適度に手を抜きながら
退勤時間を10分オーバーしたところで、そつなく仲間達に挨拶を済ませた
満は足取りも軽やかに自分の荷物を置いてあるプレハブ小屋の更衣室の
扉を勢いよく開けた。
「お疲れさまでしたー!」
時刻は既に午前を回っている。
しかし、何かがおかしい。
男特有の鼻をつく饐えた汗と体臭の合わさった臭いは鼻が曲がるほどの
悪臭を放っていたが、問題はそこではなく...
(あれ?なんで服脱ぎっぱなしで散らかってるんだ?)
その悪臭の元となった人間が監督を含め、誰一人としてその姿が全く
見当たらない。
まるで神隠しに遭ったかのようだ。
「シャワー浴びてるのかな?」
奥のシャワー室から微かに聞こえるしゃああああ...という水音に
気が付いた満は意を決し、その扉を開く。
「...なんだよ、これ?」
いつだって後悔というものは先に出てくることはない。
なぜなら、後で悔いるから後悔というのだ。
扉の向こうから満の目に飛び込んできたのは...
「何で血がそこかしこに飛び散ってるんだよ...」
惨たらしい惨殺現場から遺体だけを取り除いたかのような夥しい
血がシャワー室を鮮やかな赤色で彩っていた。
「うげぇ...」
その光景のあまりの恐ろしさに、満はたまらず嘔吐した。
「どう...なってんだよ...これは...」
何がどうなっているのかをハッキリと理解できない。
そのうち、今度は外からも悲鳴が聞こえてきた。
助けてくれ!なんだこの化け物はー!!
「はっ?!」
化け物という単語に満はあの日のことを思い出していた。
神崎士郎と初めてであった日、アイツは...
「ミラーモンスターを飢えさせるな。飢えさせたらお前が喰われる」
みたいなことを言っていた...。
もし、自分が契約しているあの鹿の化け物みたいなのよりも強いのが
この場所に何体もいたとしたら?
もし、自分のポケットの中にカードデッキが入っていなかったら?
その答えに辿りついた瞬間、満の身体は驚くべき早さで最善の動きを
やってのける。
慌ててロッカーの扉を開き、鞄の中からカードデッキを取り出す。
取るものもとりあえず慌てて外に飛び出した満は一台の車の前に立つ。
「へ、変身」
車のサイドミラーの前にカードデッキを突き出す。
次の瞬間、自分の腰にベルトのようなものが巻き付いていた。
デッキを持つ手をベルトの空白部分へと押し込む。
「うおおおわぁああああ!」
ガシャン!ガシャン!という音と同時に自分の身体を包むスーツが
一瞬のうちに装着された。
茶色い、まさに鹿のような意匠のスーツはこれ以上ないほどに自分の
身体へとピッタリ馴染んでいた。
「インペラー...」
それが、自分の戦士としての名だということに満は唐突に気が付いた。
震える足を無理矢理動かし、鏡の中へと一歩踏み出す。
のめり込んだからだが吸い込まれるようにして鏡の中に突入する。
プシューッ!
鏡の中、そのすぐ傍にバイクのような乗り物が音を立てて自分を
乗せるために、その屋根を開いた。
「行くしか、ない...よな?」
初めて下す自分自身による決断は前進だった。
引き返せない戦いへと身を投じた一人のライダーは、ただただ前を
見据え、待ち受ける敵へと挑みかかっていった。
~~~
ライドシューターに乗り、鏡の向こうの世界へと辿りついた満が
目にしたのは、阿鼻叫喚の地獄の光景だった。
深夜の道路の工事現場の近くにはこれまた建設途中のビルがあった。
ライダースーツによって強化された視力は、鉄骨の上に実に6体もの
ミラーモンスターが陣取っていることを目ざとく捉えていた。
口から吐き出す糸で絡め捕って、鏡の世界へ引きずり込む半人半獣の
蜘蛛型モンスターが一体。また赤、青、黄色の人型の昆虫型モンスターが
それぞれ一体ずつ。そして翼の生えた鳥みたいなモンスターが二体。
モンスター達は手当たり次第にプレハブ小屋の中に突入して、先程まで
汗を流して働いていた仲間達を頭からボリボリと音を立てながら旨そうに
むしゃむしゃと貪っていた。
(やべぇ...もし、見つかっちまったら...)
クソ装備の今の自分では絶対に勝てないだろう。
いや、そもそも見つかった時点でアウトだ。
「あっ...」
モンスター達の一部がプレハブ小屋の外に出てきた。
慌てて車の横に身を隠した満は、満腹になった鳥型と蜘蛛型となんだか丸い形の
ミラーモンスター達がめいめいに散っていくのを息を殺して見守る。
これで残りのモンスターは3体になった。
(どうするよ?確か変身時間は10分くらいって言ってたしなぁ...)
(このまま今回は見過ごした方が良いかな、いやダメだ)
(モンスターに餌やらなきゃ喰われるとか神崎が言ってたしな...)
せめて1対1なら劣勢に陥ったとしても、あるいはなんとか...
だが、ミラーモンスターにとってミラーワールドは勝手知ったる自分の
庭に等しい。道路に止めてある車の影に隠れていた満の姿は、まさに
頭隠して尻隠さずを地で行くものだった。
「?!」
背後から各層ともせずに襲いかかる殺気を敏感に感じ取った満は、咄嗟に
プレハブ小屋から見て、後ろにあたる左方向の道路へとその強化された
脚力で飛びずさった。
一瞬遅れで自分の居た場所に轟音を立ててのめり込む二つの拳。
「ぎえええええええ!!!!」
餌を取り逃した苛立ちの叫びを上げたモンスターは先程満が発見した
どのモンスターにも該当しなかった。
ゼブラスカル・アイアン。
身長2.45m。体重140kgのシマウマを模したウマ型のモンスター。それが
満と対峙する化け物の名前だった。
普通の人間よりも一回り全てのスペックが強化された化け物は、まだ
心の準備も出来ていない目の前のよく分からない餌に飛びかかっていった。
「うわっ...わぁぁああああああ!来るなぁああああ!」
いかに神崎士郎から闘うための武器を貰ったとしても、肝心のそれを
使う使い手が臆病者だったら話にならない。
逃げ足だけが強化された情けない仮面ライダーはミラーモンスターの
魔手から逃れる為に猛然と駆けだしていった。
100mを5秒で駆け抜ける脚力は伊達ではなく、その早さについていく事を
諦めたゼブラスカルは唐突に体を後転させ、そのまま走りさってしまった。
「はぁ...はぁ...助かった....」
久々に全速力で息切れするまで走った満は、そのまま疲労のあまり、
道路の真ん中にへたり込んでしまった。
「なんだよ...ぜぇぜぇ...なんなんだよ、あの化け物どもは!」、
「冗談じゃねぇ。冗談じゃねぇよ...こんなの」
誰も居ない夜の閑静な住宅街に満の憤懣やるかたない叫びが木霊する。
「くそっ!鏡...鏡見つけないと」
息切れしている状態でいるのをモンスターに見つかってしまえば
一貫の終わりだ。
呼吸を整え、ゆっくりと体を動かす。
「よし、誰も居ないな...」
注意深く闇に目をこらして前へと歩き出す。
幸い100mもしないうちにカーブミラーがある。
(ゆっくりだ。そう...ゆっくりと、気が付かれないように)
10、20、30、40、50と徐々にミラーと自分の距離が詰まっていく。
このまま何事もなく進めば、あっという間に残りを歩ききれる。
(念のため、武器は持ってた方が...いい、よな?)
膝についたバイザーにカードデッキから取り出したカードを手早く
挿入する。一秒後、バイザーの無機質な音声と同時に自分の手には
ガゼルの角を模した柄のついたドリルが握られていた。
と、その瞬間!
「ぐぎゃごおおおおおお!!」
猛然と唸りを上げ、背後からモンスターが襲いかかってきた。
襲いかかってきたミラーモンスターは先程見かけたモンスターの近種である
ゼブラスカル・ブロンズだった。
アイアンと異なり、体の各部位を繋ぐ筋肉がバネ状に伸縮し、
攻撃を受けてもダメージを軽減する能力を備えている。
破壊力に欠けるインペラーにとって、非常にやり辛い相手である。
「チックショォオオオオオ!やっぱり間違って無かった!」
振り向きざまにモンスターへとインペラーはドリルを振るう。
だが、怪物はそれを易々と交すと両方の腕についた手甲を滅茶苦茶に
振り回し、インペラーへと襲いかかった。
「くっ、早い!早えええ!」
放たれた10発の拳の内、3発が足と手を掠めた。
ブロック塀に逸れた拳は当たった壁を粉々に粉砕する。
もし一撃でも直撃すれば、きっと運が良くても瀕死の重傷は間違いない。
恐らく粉砕骨折は免れないだろう。
「くそ!カードを入れる暇すら貰えないのかよ!」
鏡がある場所は既に通り過ぎてしまった。
カーブミラーを背後にしたゼブラスカルは絶対に逃がさないとばかりに
更に鏡のある場所からインペラーを遠ざけ始める。
振るわれる拳も蹴りも徐々に様子見から全力へと引き上げられていく。
(この先は十字路だ。あそこでトドメを刺すしかない...)
あと100mもしないうちに見える道路の交差点でケリをつけなければ
きっと自分はこのモンスターに確実に食べられる。
骨が折れるのは嫌だが、死んでしまえばもう何も出来ない。
体から立ち上り始めた茶色の粒子が活動時間の限界を教える。
「わぁあああああ!」
恥も外聞もなく、ただ自分が生き残れる確率に全てを賭けた満は
「ここで死ぬなら」
「最後くらい格好くらいつけさせろよぉ!」
腹を括り、ドリルを楯代わりにしてゼブラスカルに突っ込む。
悲鳴にも似た威嚇の声をあげたゼブラスカルは、正面からバカ正直に
突っ込んできた哀れな獲物の武器を、その豪腕で一気にはじき飛ばした。
ガゼルスタッブが空を舞う中、インペラーは体制を崩したゼブラスカルに
最後っ屁の全力のドロップキックを見舞い、十字路の真ん中に吹き飛ばす。
「Advent!」
ガゼルバイザーに突っ込んだアドベントカードが効力を発揮する。
「~~~~~~~~!!!」
交差点の左右、正面、背後からどこからともなく湧き出てきた無数の
契約モンスター達がゼブラスカルを一斉に取り囲んだ。
いかにダメージ軽減に優れていようと、集団攻撃による絶え間ない
継続的なダメージを与え続けられてしまえば、ミラーモンスターとて
ひとたまりもない。
蹴る殴るは当然だが、更に一部の契約モンスターの仲間達は槍などの
どこからどう見ても危険な得物でゼブラスカルを串刺しにし始めた。
「はぁ...はぁ...お前なんか、お前なんかぁ...!」
「Final vent!」
「うおああああああ!!!!!」
この瞬間、ゼール達による集団リンチが更に加速する。
ありとあらゆる暴力に晒されたゼブラスカル・ブロンズの肉体は
既にダメージを軽減できない程、ボロボロに壊れていた。
「あああああ!決めてやるぅうううう!」
ゼール型モンスターの一体がゼブラスカルを放り投げる。
「喰らえええええええええええええ!!!」
全ライダーの中で最高のジャンプ力を誇るインペラーが、それに呼応する
ように宙高く舞い上がり...
「終わりだアアアアアアア!!!!」
ゼブラスカルの土手っ腹に最高威力の跳び蹴りを見舞ったのだった。
爆散するミラーモンスターの身体から一筋の光が球体のような形を取る。
それを群れの中から飛び出した一体のギガゼールが捕食した。
きっとあれが、俺と契約したモンスターなのだろう。
「どう...だ。やりゃ、俺だって出来るんだよ!」
身体の節々が軋みを上げる。先程殴られた場所も徐々に痛みを帯び始めた
しかし、まだ自分は生きている。生きているのだ。
「早く、早く...外に行かなくちゃ...」
重い身体を引きずった満は、左手に止まっている軽自動車からほうほうの
体で現実世界へと帰還した。
「~~~~~ッ!はぁ~~~~~!」
生きている。
死を覚悟したというのに、未だに自分は生きている。
「やった...ははっ、俺、生きてんじゃん...」
そう言った満は、久しく浮かべなかった心からの充足を味わいながら
近くにあったブロック塀に体を預けて、気を失ったのだった。
第三話 仮面ライダー
朝八時過ぎ、朝日が昇らない曇り空とは関係なく新しい一日が唐突に
始まりを告げる。
「ねーねー、お兄ちゃん、ここで何やってんの?」
「はっ?!」
昨夜の死闘によって、体の節々が痛む中、深い眠りに落ちていた満を
不思議そうな顔をした小学生が覗き込んでいた。
「えっと...いや、疲れてつい寝ちゃったみたいだ」
「ふぅん。ま、いいや。じゃ~ね~」
「ああ。じゃあね」
黒いランドセルを背負った少年は、そのまま学校へと走って行った。
(そうだ...俺は、昨日...)
時間にしてわずか10分の死闘だった。
初めて武器を取り、初めて自分が生きる為に『何か』を殺した。
それは、今までのぬるま湯のような自分の人生観を根底から揺るがす
ような大きなショックをもたらしていた。
「そうだ。俺は、勝ったんだ...」
呆けながら口に出した言葉はまだ軽かった。
ギリギリの所でつかみ取った明日が今ここにある。
今は、それだけでよかった。
「行かなきゃ...あそこに...」
だが、勝利以上に今の満の心を占めていたのは...
工事現場
「ねぇ?一体何があったのかしら?」
「さぁ?でもただごとじゃないわよ。このパトカーの量は」
「そ、そんな...」
昨日まで働いていた工事現場に大量のパトカーが停車しているのを
見つけた満はあまりのことに言葉を失った。
そりゃそうだ。
ミラーモンスターによるあれだけの大量殺人が行われていたにも拘らず、
あの化け物達に殺されてしまった人達の遺体がどこにもないのだ。
「どいてください...どいてください!」
そうだ、監督はどうなったんだ?
俺より先に仕事を上がったあの人は無事なんだろうか?
説明のつかない感情に突き動かされながら、満は人混みをかき分け、
立ち入り禁止のテープを乗り越えて、現場となったプレハブ小屋へと
急いで向かおうとした。
「何をしている!君!」
「離せよッ!俺は、ここで働いてるアルバイトなんだよッ!」
「なんだって?」
不意を突かれたように目を丸くした警察官は、佐野を引き留めることなく
そのまま現場検証をしている現場へと向かわせてしまった。
「おい、誰だコイツ?放り出せ!」
現場を血眼になって捜査している刑事や鑑識課の人間に怒鳴られながら
満は懸命になってある場所へと向かっていった。
「待ってくれ!確かめさせて欲しいんだ!」
「ロッカー!誰か監督のロッカーを開けてくれ!」
形相を変えて叫び続ける満の言葉に、一人の刑事が動いた。
「開けるぞ」
閉ざされたロッカーが音を立てて開く。
そこには...
「あっ...あ、ああ...」
何も手つかずで残っていた監督の私物が仕舞われていたのだった。
それだけで、全てが分かってしまった。
この世界のどこにも昨日まで働いていた監督や仲間達は存在しないと
いうことが、全て理解できてしまった。
「...重要参考人として、署まで同行願おうか?」
言葉を失い、気を失った満はまるで犯人のようにその場にいた警察官に
引き立てられ、警察署へと連れ去られてしまったのだった。
取調室
「さぁ吐け!お前が犯人なんだろう?!」
「違う!俺は誰も殺してなんかいないんだ!」
昨日まで働いていた仲間の安否を確かめようと軽率に動いた満は、
代償として重要参考人として、警察署で激しい取調を受けていた。
警察も遺体のない迷宮入り事件の犯人として、昨日深夜に居なくなった、
正確にはミラーモンスターに食べられてしまった人間の唯一の生存者として
アリバイのない容疑者からの自白を取ろうとするのは当然の帰結だった。
既に三時間にも渡る尋問により、満の心はすり減っていった。
「答えろ!お前が殺した従業員達をどこに隠した!」
「知らないよ!だから言ってるだろう?!俺は誰も殺してないって」
「嘘をつけ!じゃあなんであの時監督のロッカーって言ったんだ?」
「お前が何か知っていることは確かなんだ!」
知っているもなにも、あの夜に従業員達を襲った犯人は全て知っている。
ただ、そいつらが人にあらざる怪物だと言うことが自分の状況を
とんでもないところにまで追い詰めているのだ。
「勘弁してくれよ...俺が何をしたって言うんだよ」
「先輩、コイツが一番怪しいのに、凶器もなにも出てきません」
「探せ!草の根分けても探せ!」
部下を叱責した年配の刑事は苛立ちを隠そうともせず、パイプ椅子に
乱暴に腰掛ける。ギシギシと軋む耳障りな音が満の頭をかき乱す。
「はぁ...もう、三時間か」
「おい、須藤を呼べ。俺はすこし外で休む」
「はい」
事ここに至って、なにも答えない満にあきれ果てた刑事は同室した
部下に別の取り調べをする人間を呼びに行かせた。
「おい、お前いまいくつだ?」
「21です」
「21か。お前、家族になんて言い訳するんだよ?」
「ええ?どうして職場の仲間を皆殺しにする必要があったんだ?」
「...だから、俺は無実なんだって!」
不毛なやりとりは、五分後に先程部屋から出て行った部下が一人の
若い刑事を連れてきたことにより、一応の終結を見た。
「お待たせしました。では、ここからは私が引き継ぎますので」
「おう、頼んだぞ。須藤」
須藤と呼ばれた二十代後半の若い刑事は、ニコニコと笑いながら
今まで満の尋問を担当していた刑事達を部屋から送り出していった。
「佐野、満さんですね?」
「はいそうです。なんだよ、もう何がやりたいんだよアンタ等」
「申し訳なく思っています。ですが、私達の事情も分かって下さい」
「凶器も遺体も見つからない中、唯一貴方だけが生存している」
「ほー。そうやってそれっぽい証言引き出して犯人に仕立てあげんだろ!」
「白も黒も関係なく、私達は貴方から情報を引き出すしかないのです」
申し訳なさそうな表情を浮かべた須藤は、なんとか怒り狂う満を
宥めようと言葉を尽くして、懸命に言葉を重ね続けた。
「どうしても俺を信用させたいなら証拠を見せろよ!証拠を!」
「そんな...」
「見せられないだろ?そりゃそうだよ!」
「お前らは俺を犯人に仕立ている最中なんだからなぁ!」
言葉を失った須藤は、そのままうつむいたまま黙ってしまった。
「はっ、刑事さんのその沈黙が答えだよ」
「もし俺が警察署を出たら、その足で全部バラしてやるよ!」
「警察官達が未来ある若者に無実の罪を着せようとしたってなぁ!」
「分かりました...」
「はぁ~?はぁ~?何が分かったって言うんだよ」
気息奄奄と息巻く満を真っ直ぐに見据えた須藤は、自らの胸ポケットの
中からあるものを取り出したのだった。
それを見た瞬間、満の血の気は一斉に引いた。
「やっぱり...貴方も私と同じライダーでしたか...」
自分の持つものと色違いのカードデッキが目の前に突き出された。
「なんで、どうしてアンタが...それを持っているんですか?」
「私も選ばれたんですよ。あの男...神崎士郎にね...」
神崎士郎。
その名をまさかこんな取調室で聞くことになろうとは...
言葉を失った満を見た須藤は、今度は懐から満のカードデッキを取り、
無造作に机の上に置いたのだった。
「私は貴方が知っていることを知っている」
「しかし、貴方はそれを口にして証明することは不可能だ」
「なぜならこの事件の犯人は、複数のミラーモンスターだからだ」
「...そうです」
「このまま行けば、貴方は確実に犯人に仕立て上げられる」
「ですが、私はそれを回避できる方法を使える立場の人間です」
「佐野満さん。私と取引をしませんか?」
すっかりイニシアティブを取り、立場を逆転させた須藤はこれまでの
怒声と罵声による尋問のせいで頭が正常に働かない満を丸め込みに
掛かり始めた。
「私が貴方を容疑者から外し、その見返りとして貴方は私に協力する」
「もし、俺が断ったら?」
「その時は縁がなかったということで、また別の人を探しますよ」
「最も、貴方がシロだということが判明した今」
「貴方をここに留めて置く必要はもうないので、どうぞお帰り下さい」
椅子から立ち上がり、扉の前に立った須藤は満に早く部屋を出て行けと
無言で促していた。
「帰って、いいのか?」
「ええ。勿論です。カードデッキもお返ししますし」
「警察が保管している貴方の私物もちゃんとお返しします」
本来なら敵対する相手に塩を送る行為をする必要などないのに、それを
わざとする須藤の行いは腑に落ちない点ばかりだ。
だが、誰も味方がいないこの状況下で須藤のような男を味方につける
ことができたのならば、あるいはこの先のライダーバトルもきっと
戦い抜いていけるかも知れない。
「信じて、いいんですか?」
「それを決めるのは、貴方です」
真摯に自分を見つめる二つの瞳。
結局、満は須藤を信じる事にした。
「須藤さん。俺、アンタのこと信じるよ」
「ありがとう。こんな俺に手を差し伸べてくれた恩は必ず返す」
「そうですか。では、これを」
「私の携帯電話につながります。靴の隙間に挟んでいて下さい」
受け取った紙を慌てて靴の隙間に挟み込んだ満を満足げにニッコリと
微笑みながら須藤雅史は取調室のドアを開け、満を警察署内の廊下へと
出したのだった。
須藤は約束を守り、満の私物を返還した後、警察署の入り口まで
送り届けたのだった。
「須藤さん。本当にありがとうございました」
「いえいえ、また近いうちに警察の者が伺うと思います」
「しばらくは大変だと思いますが、どうか頑張って下さい」
「はい!」
~~~~
ボロアパート
長い聴取を終えた満が帰宅できたのは、午後六時だった。
警察署には朝から半日以上いた計算になる。
「はぁ...そっか、監督死んじゃったのかぁ...」
他の柄の悪い連中はともかく、少なくともあの監督はあんな無残な形で
ミラーモンスターに食べられて終わる最後を迎えて良い人ではなかった。
気さくで人当たりが良く、誰にも好かれるようないい人だった。
給料泥棒の自分にも優しく隔てなく仕事を丁寧に教えてくれた。
『佐野。大人になるとな、大切なことを一つ一つ忘れちまうんだよ』
『全部、社会っていう砂の一粒として大きな砂漠の下に埋もれちまうんだ』
『だけどな、優しさだけは忘れちゃいけないんだよ』
『打算なく誰かを信じたり、誰かを助けたりするのが一番難しいんだ』
『もし、お前の前にそんな人が現れたら躊躇わずに力を貸してやれ』
『ま、そんなお人好しのことをバカって言うんだけどな。がはは』
初めて仕事を監督に教わった日の帰り道の居酒屋、ビールを飲みながら
過去を懐かしむように自分の事を案じてくれたあの笑顔が瞼の裏に、鮮明に蘇る。
「うっ...ぐっ...あああ...」
「なんで、だよ...あんた、俺の親父でもないくせに...」
「どうしてそんなに誰かのことを考えられんだよ...」
100円の値引きシールの貼られた幕の内弁当に大粒の涙がこぼれる。
「涙で味が分からなくなるじゃんか...なんだよ、なんで...なんで...」
あの時、もしも自分が監督と一緒についていっていれば...
いや、結末は変わらなかったに違いない。
ただ、次の日に行方不明者の欄に自分の名前が記載されるだけだろう。
「ううっ...クソっ...クソッ...」
今まで流してきた涙よりも熱いその涙の名前を満は知らない。
だが、決してなくしてはいけない何かが満の中で芽生え始めた。
「ミラーモンスター...アイツ等は絶対に許さねぇ...」
今の自分はあまりに非力だ。
職場の仲間を殺したミラーモンスターを討つのに、自分もその化け物と
同じ力を得なければ仇を取れない。
だから今、少ないながらもできることから始めよう。
「そうだ」
残りの幕の内弁当を掻き込んだ満は、先程受け取った紙に書かれた
須藤の電話番号のボタンを押していたのだった。
~~~~
「はぁっ...はぁっ!」
ここではないどこか、全てが反転したミラーワールドの森の中で
二人のライダーが戦いを始めていた。
「ねぇ...どうしたの?もう終わりなの...」
「まだ、まだ終われないッ!こんなところでッ!」
猛虎の爪のような籠手を纏う青色のライダーと白鳥が空に舞うような
美しさを誇る白いライダーの二人は、雌雄を決そうとバイザーを開いた。
「final vent!」
先手を取ったのは、純白の仮面ライダー...ファムだった。
彼女が契約する白鳥型のミラーモンスター、ブランウィングはその
両翼を広げ、目の前にいるもう一人のライダー、仮面ライダータイガの
巨大な身体をあっというまに吹き飛ばそうとした。
「freeze vent!」
「うそ、なんで止まったの?ねぇ!!ブランウィング」
相手の動きを止める特殊カードの効力により、純白の白鳥は永遠に
閉じることのない両翼を広げたまま、その時間を凍りづけにされた。
「Advent!」
全てのカードを使い果たしたファムの目の前で、悠然と残りのカードを
見せつけるようにバイザーに挿入したタイガは、呼び出した自分の契約獣に命じ、
美しい白鳥の首を一息に刎ねさせた。
絶命の叫び声を上げる間もなく、ブランウィングはその命を白虎型の
ミラーモンスター、デストワイルダーに吸収される形で散らされた。
契約モンスターが殺されたファムは当然ブランク状態へと戻った。
「君さぁ...復讐のために闘うんだって言ってたよね」
「こ、こないで...」
腰を抜かし、立ち上がれなくなった目の前の敵に哀れみを込めながら
英雄を目指す仮面ライダーはその投げ出された足に、斧型のバイザーを
無慈悲に振り落とした。
「うわああああああああああああああああ!!!」
派手な血しぶきを上げながら、断末魔の叫びを上げる敗者。
「はぁ...君の戦いってさ、結局無意味なことだったんだよ」
「姉の敵を取るためにライダーになった?」
「はっ、そんな理由の為に僕の命を狙って戦いを仕掛けるなんて...」
「ミラーワールドを閉じようとする『英雄』に失礼じゃないのかなぁ!」
自分で自分の怒りの火に油を注いでいく意味不明な行為をして、更に
激昂したタイガは残りの足をすっぱりと切り飛ばした。
「君のような醜い怪物は僕が手を下す価値すらない」
「い、いや...来ないで...来ないでよ...」
朦朧とする意識の中、霧島美穂は自分に近づく死神達の前に屈した。
「お願い...助け...て。まだ、死にたくないよ...シンジ...助けて」
心引き裂かれそうな白鳥の叫びは、心無き虎には通用しなかった。
「ふーん」
「デストワイルダー。お疲れ様。そこの人間、食べて良いよ」
ブランク状態のカードデッキから契約とシールのカードを抜き取った
タイガはデストワイルダーをねぎらう言葉をかけて、その場を後にした。
森に木霊する敗者の断末魔を聞くことなく...。
仮面ライダーファム/霧島美穂、脱落 残り12人
今日の投稿はここまでです。続きはまた明日か明後日に投稿します。
スレタイからしてサバイヴでも渡すのかと思ったらすっげ付け焼き刃みたいな強化で草
面白い
コメントありがとうございます。それでは今日の分を投下したいと思います。
第四話 その男、刑事
次の日の昼、朝のバイトを終えた満は昨晩電話した須藤の指定した
都内にある寂れた中華料理店に足を運んでいた。
「お待ちしていましたよ。佐野さん」
キョロキョロと周囲を見回す満を見つけた須藤は満面の笑みを浮かべ、
席を立ち、自分の席へと誘った。
「須藤さん。これからよろしくお願いします」
「いえいえ、私の都合で協力を仰いだのですからこちらこそお願いします」
丁寧に挨拶を返した須藤は、満にメニュー表を渡した。
「佐野さん。昨日はお疲れ様でした。これは本当に細やかな気持ちです」
「えっ?好きなもの頼んで良いんですか?」
「勿論です。ですが、ほどほどにお願いしますよ?」
「は~い」
場末の中華料理店とは言え、メニューは意外とあった。
一品500円程度のリーズナブルさがきっとこの店の売りなんだろう。
「すいません。ラーメンと餃子と炒飯と青椒肉絲お願いします」
「私はカニ雑炊と酢豚と水餃子でお願いします」
「あいよ~」
注文を承ったアルバイトのオバサンの気軽な声に緊張がほぐれる。
そんな佐野を見た須藤は本題へと切り込んだ。
「では、佐野さん。私達の同盟の話に移りましょうか」
「同盟...ああ、そうですよね。俺達これから協力するんですよね」
「ええ。今ここにカードデッキはありますか?」
「ありますけど...」
いい年した男が二人顔突き合わせてなにやら意味深な話をしているように
他の客からは見られがちだったが、生憎当の本人達はそんな目を気にする
ことはなく、互いのカードデッキからそれぞれのカードを取り出していた。
「こうしてみると、あれですよね...」
「ええ。私達の契約モンスターは本当に弱い」
「私のカードは四枚、佐野さんのカードは三枚。ですが」
「武器の威力が低すぎて心配になっちゃいますね」
「ですが、早いうちに佐野さんと出会えて良かったですよ」
「最近、私もモンスターを中々倒せずにいて困っていたんです」
「そうだったんですか。いつごろ須藤さんはライダーに?」
「実は一ヶ月前からです。仕事があるのに...はぁ」
「へい。おまち!熱いから気をつけてね~」
受け取る。
(うわぁ~。久しぶりに湯気の立ってるラーメンとか見るよ~)
「須藤さん!ありがたく頂かせて貰います。いただきます」
「ははは。そんなに嬉しそうな顔をされるとは思いませんでしたよ」
「では、私も頂くとしましょうか」
久々の外食に心を振るわせた満は、飢えた獣のように目の前の食事に
かぶりついたのだった。
「んまい!旨いっすよ!く~!ここの飯マジ最高っす!」
「特にこの餃子!ニンニクが凄い利いてて美味しい!」
久々にありついたまともな食事と、自分の話をちゃんと聞いてくれる
他人の存在が満の心をかつてないほどに昂揚させていた。
「佐野さん、声大きいですよ」
「あっ...すいません」
「なんだい兄ちゃん。そんなに俺の餃子が旨いのかい?」
大声を須藤に窘められた満は赤面したが、そのやりとりを聞いた店主が
はげた頭を照れくさそうに掻いて厨房から出てくる。
「あっ、いやその...毎日コンビニ弁当ばかりだったんで...つい」
「あんだぁ?おめえ歳は今いくつだ?」
「21歳です。えーっと現在進行形でフリーターやってます」
「かーっ、なっさけねぇなぁ!人生どぶに捨ててるじゃねぇか!」
「いやぁ~。言い返せなくてすいません」
「おし、じゃあちょっと待ってろ!」
そう言うなり店主は再び厨房に戻り、中華鍋を動かし始めた。
五分後...
「ほら!サービスだ。熱いうちに食べな」
厨房から再び戻ってきた店主が持ってきたのは八宝菜だった。
「えっ、いいんですか?」
「おうよ。これは俺からのサービスだ」
お皿に盛った八宝菜を炒飯にかけた店主は満足げな微笑みを浮かべ、
そのまま厨房へと引っ込んでいった。
「須藤さん。なんだかここのお店、俺好きになりそうっす」
「ええ。あの店長さんは素敵な人ですからね」
とろりとした餡掛とエビやウズラの卵、キクラゲなどの歯触りの良い
食感が炒めた飯に絶妙にマッチングしていた。
一口頬張れば頬が落ち、二口食べれば涙が溢れる。
「人の親切の味っていうのはこういう味のこと言うんですかね」
「ええ。きっとそうでしょうね」
涙を流しながら、満は黙々と箸とスプーンを動かす。
30分後...
「ごちそうさまでした。いや~美味しかったです」
「いえいえ」
会計を済ませ、店を後にした満と須藤は裏道からそのまま大きな
通りへと出る。
人混みに紛れながら、周囲を注意して情報交換を再開する。
「なるほど、佐野さんはまだ一回しか変身していない。と?」
「ええ。だけど、なんとか独力でモンスターを倒したんですよ」
「わらわらーって契約モンスターが出てきて、トドメを刺したんです!」
「ほう。では、まだ他のライダーとは顔を合わせていないと?」
「?そうですけど」
信号機の前ではたと立ち止まった須藤は、思い直したように左の角を
曲がって、その先にある公園へと進んでいった。
「良いですか佐野さん。今からする話は真剣な話です」
「このライダーバトルにはあの浅倉威が参加しています」
「いやだな~。浅倉ってあれでしょ?あの連続殺人鬼の」
須藤は未だに半信半疑の満に対して、更に真顔でとんでもないことを
さらりと言い放った
「もう、既に一人ライダーが脱落しています」
「え?なに、脱落って...どういうことだよ」
「言葉の通り、命を落としたそうです」
深刻な表情を浮かべる須藤に、満の顔も自然と厳しいものに切り替わる。
「佐野さん。私達はライダーの中でも最弱の部類に入ります」
「なので、今の所は他のライダーとの争いを避け、地力を上げましょう」
「...そうっすね。モンスター狩りに専念した方が賢明ですね」
「私は他のライダーの事を調べます。佐野さんは私の手が届かないところ」
「モンスター狩りの手助けや退路の確保をして欲しいのです」
「オーケー。お互いの手の届かない所を補う寸法ですね」
「分かりました。戦闘には不向きっすけど逃げ足なら自信ありますから」
須藤の要求はとてもシンプルなもので、決め手に欠ける乏しい戦力の
ライダー同士が手を取り合って、互いの短所を補い合おうという提案だった。
満としても、既に死者の出たバトルロイヤルで無駄な戦いを避け、
できる限り身の安全の保障を得られるこの提案を拒む理由がない。
「頑張りましょう!須藤さん」
「頼もしい限りです。よろしくお願いしますよ?佐野さん」
須藤と固い握手を交し満は、三日後の再会を約束して公園を後にした。
「ふっ、バカな男だ」
満の背中が見えなくなるまで見送っていた須藤の笑顔が醜悪に歪む。
「ま、せいぜい私の役に立って下さいよ。佐野さん」
~~~
コンビニ
「いらっしゃいませー」
「50番のタバコ下さい」
「かしこまりました」
須藤と別れた後、満は掛け持ちのバイトの一つであるコンビニにいた。
入荷された品物を下ろして棚に陳列し、それが終わったらバックに
引っ込んで在庫の確認と発注作業の繰り返しである。
「合計1700円になります」
「2000円で」
「かしこまりました。こちら300円のおつりになりまーす」
朗らかな笑顔が自然とにじみ出てくる。
やはり、なにかやりがいが見つかるのは気持ちが良いなと思いながら
満は退屈なアルバイトを満喫していたのだった。
しかし...
「?!」
レジで会計をこなしている最中、あの音が突然聞こえて来た。
(嘘だろ...まさかここにミラーモンスターが?!)
幸い、店内の客は目の前にいるのと、あとはコミックを読んでいる
小さな女子中学生の二人だけだった。
「またのおこしをお待ちしておりまーす」
背を向けて自動ドアに歩いて行く客の背中に声をかけた満は、レジを
飛び出し、慌てて店内を掃除するふりをして注意深く窓硝子に目をこらす。
「....」
いた。
漫画に夢中になっている女子中学生の死角から丸いミラーモンスターが
じっと窓硝子の向こう側から目を凝らしている。
(まずい、これは...連絡すべきか?)
コンビニのバックヤードには年配のおばさん店員以外は誰もいない。
須藤の顔が自分の頭をよぎった瞬間...
プルルル...
ポケットの中の携帯電話が震えた。着信元は須藤からだ。
「須藤さんですか!どうしましたか?」
「いえ、明日また聴取があるということをお伝えしようと...」
まさに天の助けだ。
この際須藤に助力を乞い、モンスターを倒すのが上策だ。
そのことを須藤に伝えようとした、まさにその時...
「きゃっ!」
短い悲鳴と共に、目の前にいた女の子が忽然と姿を消した。
「くそっ!すいません須藤さん。また夜にかけ直して下さい」
「モンスターが現れて人を攫ったんです。放って置けない!」
「まっ!」
携帯電話の通話ボタンを切り、慌ててトイレに駆け込む。
万が一、カメラに自分が変身する姿を写されたりしたら大変だ。
「変身!」
トイレの個室にくっついている鏡に向かい、ポーズを取って満は
インペラーに変身する。
「頼む...無事でいてくれ!」
少女の無事を祈りながら、佐野満は再びミラーワールドへと赴いた。
~ミラーワールド~
全てが反転した世界に足を踏み入れた満は、トイレの扉を押し開け、
コンビニの外へと駆けだしていった。
「くそっ!なんで、なんでこうなるんだよ!」
コンビニの外、そのすぐ近くにある駐車場に奴はいた。
クラゲのような身体を膨らませながら、身体にくっついている嘴で
先程の女子中学生の頭を貪り喰らっているミラーモンスターがそこには
存在していた。
ブロバジェル。それが今回満が相手をするモンスターの名だった。
2.38mの身長と138kgの体重は到底か弱い女の子が太刀打ちできない
程の重量と高さを誇っていた。
生きていてくれさえいれば、そう思う後悔の念を押し込めながら満は
猛然と目の前にいるクラゲの化け物へと襲いかかっていった。
「spin vent!」
ベントインしたカードをバイザーが読み込み、音声と同時に自分の手元に
得物が現れる。
「その子を、離せー!」
叫びながら己に斬りかかる満を、しかし億劫なほど緩慢に振り返った
ブロバジェルは両腕の音叉状の爪から物凄い音がするなにかを目の前の
敵へと放った。
「?!」
突き刺すように差し出されたミラーモンスターの爪を全力で回避した
インペラーは、数秒遅れで自分の立っていた場所に小さなクレーター
らしき穴が空いているのを見逃さなかった。
「なんだよ...あれ。音からして電気を操ってんのか?」
スタンガンのようなバチバチという音を鳴らしながら、クラゲの怪物は
足音を立てながら自分の元へと歩み寄ってきた。
(まずい。あの電撃喰らったら一たまりもねぇよ!)
既に自分の手には得物が握られている。
だが、自分のカードは残り二枚しかない。
もし、アドベントが効かなかったら?
もしファイナルベントすら無効にするほど相手が強かったら?
そんな最悪の予想が脳裏をよぎり、脳はそのおびえを身体に伝える。
「くそっ!こんな所で終わるわけにはいかないのに!」
こんな時、つくづく神崎士郎に優遇された人間達が恨めしくなる。
遠近距離戦のどちらもこなせる万能型のデッキさえ持てていれば...
「Advent!」
貴重なアドベントのカードを切る。
数秒もしないうちに、自分の背後からガゼルのミラーモンスターの大群が
大挙して目の前のブロバジェルに殺到する。
バチバチバチィ!
落雷のような凄まじい音を立てながら、ギガゼール達に応戦するクラゲの
ミラーモンスター。
だが、満の予想に反して鹿型ミラーモンスター達の群れは思った以上に
目の前の敵に善戦していた。
運悪く電撃を浴び、即死した仲間達の亡骸を見て学んだのだろうか、
十数体にも渡る武器を持つ個体達が、得物の利を最大限に生かして
ブロバジェルの射程外から切る、突く、刺す攻撃を加え始めた。
「~~~~~~~~~~~~!!!!」
苦悶と激痛に身体を悶えさせながら、ブロバジェルは徐々に弱り始める。
「Final vent!」
「でりゃあああああああああ!!!!」
叫び声と同時に、意を決したインペラーがブロバジェルに躍りかかった。
四方をかこまれ逃げ場を失った哀れな獲物は、そのままなすすべなく
身体中を槍や角で突かれて全身に穴が空いた所を仕留められた。
爆散するミラーモンスターの身体から出たエネルギー源の塊を喰らう
ギガゼール。
「これで、二体目か」
思ったより、簡単にモンスターを狩れることを確信した満は意気揚々と
ミラーワールドから引き上げたのだった。
「...新しいライダーかぁ」
だが、インペラーの視界の届かない場所に奴はいた。
「カードの数は三枚...うん。アドベントを崩せば楽に勝てる相手だ」
車の影から今までのインペラーの戦いぶりをじっくりと観察していた
ライダーがその姿を現した。
サイのような装甲を身に纏うそのライダーの名は...仮面ライダーガイ。
「ま、せいぜい俺を楽しませてくれよな」
ライダーバトルに選ばれた13人の一人であると同時に...
「さぁこのゲームも面白くなってきたぞ~」
この戦いをゲームとして捉えるエキセントリックな破綻者でもあった。
第五話 危険な賭け
警察署内
「えっ?昨日別れた後にモンスターと闘った?」
「そうなんですよ...バイト先のコンビニで運悪く出会っちゃって」
ミラーモンスターを倒した次の日、満は事情聴取という名目で昨日
自分に起きた出来事を須藤に伝えていた。
須藤も聴取をそこそこにして、満の話に耳を傾けていた。
「そちらに中学生くらいの女の子の捜索願、出されてますか?」
「...一件ありました。でも、もう...」
「...すいません。俺がミラーワールドに行ったときには、ダメでした」
重苦しい空気が取調室に満ちる。
一体、あの女の子が何をしたというのだろう。
人を殺したわけでもない、誰かを苦しめたわけでもない。
どこにでもいる平凡で普通の楽しい生活を享受していただけじゃないか。
「分かりました。今日はもう帰って貰って結構です」
「はい」
警察は、あの事件を未解決事件として処理することに決定したそうです。
去り際に須藤の呟いた言葉は、何の慰めにもならなかったが、少なくとも
自分の稼ぎ先である工事現場のバイトにはもう顔は出せないだろう。
「はぁ...また面接行かないといけないかぁ...」
ぶつくさ言いながら満は重い足を引きずりながら、近くのコンビニへ
週刊の無料求人誌を見るために入った。
このご時世に高卒正社員を求める企業はごく僅かだ。
漁船の乗組員や木こりならまだ1発採用の目はあるが、元々がお坊ちゃん
気質の満にとって、3K揃った劣悪な肉体労働をする気など毛頭ない。
かといって給料の良い外回りの営業職をする気も起きない。
コンビニから歩いて1kmの小さな公園。その一つしかないベンチを
まるで会社の重役が偉そうにテーブルに腰掛けるように独占しながら、
求人誌のページをパラパラとめくる。
(やっぱデスクに座ってふんぞり返れる人事とか総務がいいよなぁ...)
しかし、現実はそう甘くない。
人事も総務もどちらかと言えば女性向けの部署である。
となると消去法で日給のいい派遣社員のページに目が行くのは当然で...
(おっ、このリゾートバイトは良い感じじゃん)
(北海道はこの前行ったし、久しぶりに沖縄行きたいなぁ...)
短期間で最大50万と大きく掲載されているリゾートバイトの派遣社員の
募集広告に胸をときめかせた満は早速電話をかけようとした。
(あれ?ちょっと待てよ。そんなに上手くいくもんなのか?)
ライダーバトルは1年。そして、今目にしている広告のバイトの期間は
最長でも約半年である。上手いこと神崎士郎を騙せれば半年は確実に命を
長らえることは出来る計算になる。
だが、
「小賢しいことを考えているなら、やめた方が良い」
「げぇっ!か、神崎?!」
まるで幽霊のようにいつの間にか自分の横に立っている神崎士郎が
不機嫌丸出しの顔で自分を睨み付けていた。
「ライダーバトルに非協力的なら、お前を真っ先に潰す」
「12人のライダーに狙われ、果たしてお前はいつまで逃げられるかな?」
ぐうの音も出ないほどの死刑宣告に満はガックリと膝を突いた。
「勘弁してくれよぉ...お前のせいでこっちは職探ししてんだよ!」
「オタクの可愛いペット達のせいで俺は警察にマークされてるの!」
「そんなことは私の知ったことではない」
無愛想で無慈悲な神崎の対応にますます嫌悪感が募っていく。
だが、こんな奴がライダー同士の戦いを作り上げた黒幕なのだ。
なんでもいい。一つでも神崎から有用な情報を毟ってやろう。
そう考えを改めた満は、以前から気になっていたことを聞くことにした。
「なぁ神崎さん。アンタから貰った契約のカードなんだけどさ」
「別々のモンスターと二体契約したとして、片方が相手にやられた時」
「もう一体のカードが残っていれば、ブランク体にならないで済むのか?」
「そうだな。繰り上がりでそのモンスターが再契約の対象となる」
「だが、ブランク体には一度戻ってしまう」
「頭の中で契約すると念じたあとに、モンスターとの再契約は完了する」
「それまではブランク体だ。カードも同様にブランク体のもののままだ」
「へぇ...じゃあブランクに戻る前に契約したモンスターはどうなるの?」
「以前のライダーの紋章はなくなるが、契約はなくならない」
「原則は一枚につき一体のモンスターとの契約だ」
契約が解ければライダーは初期状態に戻るが、二体のモンスターと契約を
していれば、残ったモンスターの情報が自分のデッキに上塗りされると
直々に神崎士郎から言質が取れた。
これで、あの群れしか取り柄のないガゼル軍団をわざと囮にして本体を
別のモンスターに喰わせれば、こっちの方からモンスターとの契約解除が
できるということが実証された。
(よし、次は強いモンスターを探さなきゃな)
「じゃあさ、あの世界にはどんな強いモンスターがいるんだ?」
「ドラゴンとかフェニックスとかいるんだろ?」
「ああ。確かにその個体は存在する。だが、もう契約済みだ」
「って事は何?万能型のデッキの持ち主は二人以上いるって訳?」
「そうなるな。そう言った種は希少性が高く遭遇することは稀だ」
「仮に遭遇したとしても、その気性の荒さ故すぐに捕食に入る」
危ないところだった。
もし前情報もなしに貴重な契約のカードを雑魚モンスターとの契約に
使い果たしてしまえば、また今の自分の二の舞になるところだった。
だが、ドラゴンやフェニックスはダメでもまだ強いモンスターは
必ず残っているはずだ。食い下がるわけにはいかない!
「なぁなぁ教えてくれよ~。伝説の生き物じゃなくて良いからさぁ~」
「野良のモンスターでそれなりに強い奴を教えてくれよぉ~」
「...これ以上教えるわけにはいかない」
「そんなこと言うなよ~。もう文句は言わないからさ~」
「...モンスターはそれぞれ自らの元となった生物の生息域に潜む」
「ハチや蜘蛛は街の中に居るが、クラゲや魚は海の中に居ると言う事だ」
「つまり、お目当てのモンスターの生息場所に足を伸ばせってこと?」
「ああ。手がかりは与えた。これ以上、私の口からは伝えられない」
「上々だよ。サンキュー」
これでようやくこれからの方針に目処が立った。
ライダー同士の戦いを避けつつミラーワールドに潜入し、今の契約している
モンスターよりも強そうなミラーモンスターを捜索する。
インペラーのまま新しいモンスターと契約すれば、少なく見積もっても
武装、アドベント、ファイナルベントの三枚もの強力な新しいカードが
手に入るはずである。それに相手を騙して戦闘を優位に運べる利点もある。
「よし、じゃあ久々に遠くまで足を伸ばすとしますか...」
満足げに頷いた満は、足取りも軽やかに走り出した。
~~~
東京湾近辺
「ん~!久々にお台場まで来た~」
三時間後、士郎のアドバイスに従って都内で海に面する場所へ電車を
乗り継いでやってきた満は、観光したい気持ちを抑えながら早速近辺の
フィールドワークを開始した。
「海の近くなら、虫とかシマウマとかガゼルは住んでないよな?」
満の狙いはそこにあった。
都会に潜むミラーモンスターは大半が陸棲型のモンスターである事を
須藤とのやりとりで情報を得ている。
ということは、これから闘うであろうライダー達の契約モンスターは
ドラゴンや蛇や鳥や猛獣の類が大半を占めているはず。
つまり、海にはまだ誰も知らない強力なモンスターが街中よりも
潜んでいる確率が高い。
ドラゴンやフェニックスよりかは小さくて弱いだろうが、それでも
大きな期待は持てる。
「ライダーを倒せば、いくら相手のモンスターが強くても問題ないよな」
そこに目をつけた満は一旦家に帰宅し、押し入れの中から25000分の1の
大きな地図帳を引っ張りだし、海辺の近くにある人が密集しそうな
場所に片っ端から○をつけ始めていった。
何故なら、ミラーモンスターは人が密集する場所に沢山集まる。
それを身を以て理解していた満はPCの画面を睨みながら、じっくりと
慎重に目当てのミラーモンスターの出現場所を絞っていった。
そして、人が密集し、更に海に面しているある臨海公園を見つけ出し、
今に至るというわけである。
時刻は午後五時十七分。夕暮れ時である。
「サメは夜行性だからな...頼むぜ~サメちゃんよ~」
そう、満が新たな契約モンスターとして選んだのはサメだった。
海のギャングと呼ばれ忌み嫌われるあの肉食魚である。
何度でも生え替わる鋭い歯とその巨大な身体。まさに強者と言える。
そして、ミラーワールドにはサメ型のミラーモンスターが存在している。
その個体はアビスラッシャーとアビスハンマーと呼ばれていた。
大きな手鏡を持ち、必死になって人がまばらになった臨海公園の
海の近くをうろうろとうろつく満。
「ねーねーママ~。あの人何やってるの~?」
「しっ!見ちゃいけません!家に帰るわよ」
すっかり日が暮れた午後七時。汗だくになりながら持参したタオルで
汗を拭い、砂浜で身体を休める満の横を三人家族が通り過ぎていった。
幸せそうに子供の手をつなぐ父親と母親と両親の愛を一身に受けている
その小学生くらいの子供に自然と満の視線は釘付けになった。
(母さん...)
まだ満が小さかった頃、自分を置いて家を出て行った母親。
今となっては顔も思い出せないけど、それでも幼稚園の時には必ず
自分の運動会や授業参観、遠足に参加してくれた優しい母親だった。
思い出したくない過去に無理矢理蓋をした満は、充分に休息を取った
身体を起こし、最後の捜索へと向かった。
これでダメなら、また日を置いて出直すしかないなと思った矢先...
「きゃあああああああ!!!」
自分から見て500m先、海辺を歩いていた先程の親子達のいる方角から
耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。
「あなた!あなたぁああああ!!!」
「パパッ!パパァッ!!どこ、どこにいるの~~~~!!」
悲壮な母子の元へ慌てて駆け寄ろうとする満だったが...
「しゅぉおおおおわああああ!!!!」
押し寄せる波の音に混じったモンスターの泣き声と同時に、泣き叫ぶ
母子の声もパッタリと消えてしまったのだった。
「嘘だろ...おい」
呆然とする満だが、慌ててポケットの中からカードデッキを取り出す。
(...なんだよ、こうなることはお前だって分かってたじゃんか!)
ミラーモンスターであってもサメが人間が大好物だって事は分かっていた。
その習性を利用して、ミラーモンスターをおびき寄せようという案を
自分で立案して、実際望んだとおりの展開がやってきた。
ミラーモンスターに捕まった人間の末路なんてもう決まり切っている。
だけど...それでも満は、変身せざるを得ない。
誰かを助けるためではなく、ただ己の利己心のためだけに...
それが無性に腹立たしかった。
無力が罪なら、力は正義か?
その覚悟<こたえ>を持たないまま力を振るう自分は果たして正しいか?
「変身...」
インペラーに変身した満は、躊躇うことなく戦いの場へと身を投じる。
~~~~
「あ、ああ....」
インペラーに変身した満は、自分から100mも離れたていない砂浜で
二体のサメ型のミラーモンスターが三人の人間を頭から貪っているのを
その目で直視していた。
「やめろーーーーー!」
仲睦まじく過ごしていた幸せな家族の幸せをぶち壊した化け物に
今の憤怒に駆られた状態の満が冷静な判断を下せるわけがなかった。
「Advent!」
「spin vent!」
ギガゼール達と武器を呼び出した満は、猛然と目の前にいる二体の
サメのミラーモンスター達へと立ち向かっていった。
「しゃあああああああああ!!!」
食事を邪魔された怒りか、それとも自らに向けられた殺意に対してか、
二体のモンスター達はうなり声を上げながら迎撃行動に入った。
インペラーは二本の剣を持つアビスラッシャーを。
ギガゼール達は胸から突出している二門砲を構えるアビスハンマーに。
それぞれが生き残るために戦いを仕掛けていった。
「うおおおおおおおお!」
まず戦端を開いたのはインペラーだった。
二股に別れたガゼルの角を模した手甲を構え、猛然と斬りかかる。
「ふんっ!」
しかし、アンバランスで扱い辛いインペラーのスピンベントと比べて、
アビスラッシャーの得物はサメ歯状の二振りの大刀だった。
加えて尋常ならざる怪力によって軽々と振り回される二本の大刀は
あっという間にインペラーの体力を削っていく。
「くっ、あああ...」
仮面の下の顔を苦悶に歪めながらジリジリと圧され始める満。
荒削りで力任せの技巧も何もない純粋な暴力。
原始的ではあるが、それが怪物の強さと言える。
(奴の剣をどうにかして一本に減らさなきゃ...)
微かに読めてきた相手の行動パターンの裏を掻き、なんとか致命傷を
避けるインペラーの脳裏には今目の前に立つミラーモンスターの得物を
減らす算段を目まぐるしく考えていた。
なにしろ後ろにはもう一体が控えている。加えて胴体には銃門つき。
ドキュン!バキュン!と大口径の銃口が火を噴き、ガゼル達の
悲鳴が今も絶え間なく聞こえ続けている。
アドベントで呼び出したゼール達がいつまで格上のモンスターを
食い止めてくれるかは分からない。だが、もう限界も近いだろう。
僕の知ってる佐野満とは違うようだ(T_T)
アビスラッシャーの背中をとり、ちらりと見遣ったその先には司令塔の
ギガゼールを含めた味方のミラーモンスターは後五体しか存在しなかった。
(頼む!耐えてくれ!)
必死に頑張る相棒に念じながら、満はなんとか大刀の猛攻をかいくぐり
勝機を見いだそうと奮戦していた。
だが、アビスラッシャーはそんなインペラーの見苦しい悪足掻きを
嘲笑うかのように手数を増やし、唯一の武装であるガゼルスタッブを
たたき割ろうと一気呵成に勝負を決めに掛かった。
あえて力を緩め、インペラーがギリギリまで踏ん張れる程度の力で
ガゼルスタッブとつばぜり合いをする。
僅かに緩んだインペラーの緊張を感じ取ったアビスラッシャーは
初見殺しの高水圧水鉄砲を超至近距離からインペラーに直撃させた。
「ぐああああああああ!!!」
強化されたライダースーツがなければひとたまりもない必殺技を
モロに受け止めてしまったインペラーは一瞬で砂浜から海の中へと
吹き飛ばされてしまう。
「がっ...はッ...」
骨に罅が入っていないのが奇跡的な状況の中、満は今にも消えて
しまいそうな自分の意識を辛うじてつなぎ止めていた。
(ははっ...なに、見苦しい悪足掻きしてんだ...俺?)
「もう、いいだろ?」
頑張ったんだ。
今までの自分からは想像もつかないくらい頑張ったんだもん。
化け物を何体も倒した。
見ず知らずの誰かを助けるために、剣を取って戦った。
それでいいじゃないか。うん、立派な最期だ。
「グルルルルルルルル」
満足そうなうなり声を上げながら、満を吹き飛ばした場所へと悠然と
二体のサメの化け物達は歩み寄る。
「違う...」
何が立派な最期だ。
敵の作戦にまんまと引っかかって、無様に吹き飛ばされて逃げ道を
ふさがれて、そんでもってサメの餌らしく食い殺される?
(バカに、されたまま...[ピーーー]ない...よなぁ)
最後になるかも知れない。でも、そうはならないかも知れない
(まだだ...まだ、終わって、たまるか...)
唇を噛みちぎり、無理矢理意識を引き戻した満は腰から契約のカードを
引き抜いて、ベルトの横に、そうとはバレないようにそっと隠した。
生きることを諦めて死ぬなんて無様な死に方だけは絶対嫌だ。
無力なままで終わってしまえば、佐野満は一生愚か者のままだ。
「まだだ...もっとだ、もっと近づいてこい...」
既に武器はどこかへ吹き飛び、頼れる仲間達は既に姿を消していた。
孤立無援の絶体絶命の状況の中、満はまだ生きることを諦めていない。
「....来いよ!」
知性のないミラーモンスターにもどうやら自分が侮辱された程度の
事を感じる知能はあるらしい。
先程まで仲良く歩調を合わせていた二体の内、胴体に銃砲が付いた
アビスハンマーが一瞬で自分の前に距離を詰めてきた。
「ぎぃしゃああああああああああ!!!」
絶対的な怪力を発揮し、目の前の獲物をホールドする。
目の前の餌の腕と足を同時に封じたアビスハンマーは、己の勝利は
絶対に揺らがない確信を持って、最後にその巨大な口を開いて...
「喰われてやる...訳ねぇだろおおおおおお!!!」
その声に呼応するように、腰に挟んだたった一枚の切り札が強力な
効果を発揮しだした
「?!?!?!?!?!?!」
何が起きているのかを理解できないアビスハンマーは、一瞬のうちに
カードの中に吸い込まれてしまった。
一秒でも遅れてしまえば、立場はまるで逆のものになっていたが...
「ハハハ!どーだサメ野郎!人間様を舐めるんじゃねぇ!」
サメと人間の知恵比べは、人間に軍配が上がった。
相手が自分の身体を掴む事は予想できていた。
ならば、自分の頭より早く密着する胴体の死角に、カードデッキを挿入する
ベルトの隙間に契約のカードを半分程度隠しておけば、後先考えずに契約のカードに
身体の触れたモンスターが吸い込まれるのではないかと満は仮説を立てた。
そして、その仮説は見事的中した。
「ぐがあああああああああ!!!」
しかし、結局それは一度きりの勝利でしかなく...
「参ったね...。もう、俺にはお前を倒せないよ」
仲間を奪われ、激昂したアビスラッシャーが二本の太刀を構える。
ミラーモンスター達に一矢報いることは出来たが、結局完全な
勝利を収めることは出来なかった。
でも、ああ...チクショウ。
あともう少しだったんだけどなぁ...。
走馬燈のように今までの戦いが瞼の裏に蘇る。
(ごめん...)
瞳を閉じた満は、自らの運命を従容と受け入れる覚悟を決めた。
振り下ろされる断頭の刃が首に吸い込まれる。
はね飛ばされたその首からは夥しい程の血が海に流れ出し、その周囲を
真っ赤に、深紅に染める。
頭を失った肉体は、そのままどう、と音を立てて海へと倒れ...
「へっ?」
なかった。
恐る恐る目を開けると、そこには...
「.....」
首に刃を食い込ませながらも、懸命に自分を庇うギガゼールがいた。
アビスラッシャーは鋸を引くように大刀を引き抜こうとするも、それを
させまいと懸命にギガゼールは自分の身体に刃を押しつけ続けていた。
アドベントで呼び出した個体は、既に己の不利を悟りその全ての個体達が
姿を消していたことから、恐らくこの個体が自分と契約を交していたインペラーの
契約獣に違いない。
調べたら「仮面ライダー龍騎」の
主人公か……道理で次藤洋が
全然出てこないわけだ(^^;
「お前...なに、考えてんだよ...」
呆然と、まるで信じられない光景を直視した満は、徐々に自分の体が
白く白くなっていくことを感じていた。
「ごめん!」
主を庇うギガゼールに背を向けたインペラーは、徐々に自分の身体が
インペラーから何もない空白のブランク体へと戻っていくのを感じた。
「Sword vent!」
手甲型のバイザーにソードベントのカードをベントインする。
「うおおおおおおおおおお!!」
大刀を一本失ったアビスラッシャーめがけて満は刀を投げる。
その刀は、あまりにも脆く目眩ましにもならない攻撃だった。
だが、それだけで充分だった。
五月蠅そうに残りの大刀で棒切れを払いのけたアビスラッシャーは
その瞬間、自分のがら空きになった右側に組み付いてきた満の持つ
カードへと一瞬で吸い込まれてしまった。
後悔する間も無く、ただ一瞬の隙を突かれて...
~~~
「ぶはぁっ!ぜぇ...ぜぇ...」
タイムリミット寸前に海の中に沈み込むことによって、現世への
期間を辛うじて果した満は、重い身体を引きずりながら、砂浜まで
自分の足で歩いていた。
「....」
ポケットの中にはなにも紋章の入っていないカードデッキがあった。
「...あった」
海水に濡れた身体を横たえ、デッキの中から目当てのカードを引き抜く。
封印された二体のミラーモンスターのカードがそこにはあった。
アビスハンマーとアビスラッシャー。
「契約、しなきゃ...」
神崎とのやりとりで得た情報を元に、カードデッキを握りながら、
新しいモンスターと再契約すると念じると、まばゆい光があふれ出した。
「これが、俺の...新しい、力...」
デッキに浮かび上がるどう猛なサメを象った紋章。
良かったのだ...これで、良かったのだ。
インペラーのままでは、この先の戦いは絶対に戦い抜けなかった。
だけど...
「なんで、なんでお前...俺のこと庇ったんだよ...」
最後の最後まで、結局心を通わすことなく死んでしまったあの契約
モンスターは、一体どんな気持ちで自分を庇ったのだろうか?
ミラーモンスターは人を食べるだけの獣じゃなかったのか?
だったら、なぜ...
「うっ...ううっ...うわああああああああ!!」
説明の出来ないものが心の中からあふれ出す。
悲しみや情けなさ、自分の無力さが入り交じったそれらの感情が
涙として地に落ちて、吸い込まれていく。
佐野満は、この日かけがえのない相棒を失った。
第六話 加速する戦い
「....ううう」
侵されていた。
なにをやるにもやる気が出ない。
戦わなければ生き残れないライダー同士の戦いにさえ、飽きてしまった。
「グルルルルル...」
「シャアアアアアア...」
鏡越しから餌を与えられずに飢えている二体の契約モンスターが
うなり声を上げて、自らの契約者に戦いを促す。
「うるせぇよ...黙ってろ、サメ野郎...」
しかし、満がテーブルの上のシールのカードをかざすと渋々では
あるが、二体の契約モンスター達は鏡の奥へと引っ込んでいった。
あの日以来、須藤からの連絡はパッタリと途絶えてしまった。
刑事の仕事が忙しいのか、他のライダーに倒されてしまったのか。
今となってはそれを確かめようという気すらおこらない。
「ああ...早く、終わってくれないかな...ライダーバトル」
もう、何もかもどうでも良い。
そう思いながら、佐野満は再び布団の中に潜り込んだのだった。
~明林大学~
佐野満が無気力に心身を苛まれている頃、彼と同盟を結んだ刑事、
須藤雅史は窮地に追い込まれていた。
「くっ、私は生き残るんだ!」
「どんな卑劣な手を使っても私は生き残ってみせるッ!」
10分前、別件の事件の調査の一環としてとある大学に立ち寄った須藤は
自分の背後からあの金属音が聞こえてくるのを確かに聞き届けた。
「へぇ...アンタもライダーなの?」
周囲を見回すと、そこには今時の大学生がくちゃくちゃと口の中に
含んでいた風船ガムを膨らませていた。
「はて、一体何のことやら?」
「とぼけんなよ、これが証拠だ」
好戦的な笑みを浮かべた大学生は鞄の中からデッキを取り出す。
「デッキ、あるんだろ?」
「ふっ...話が早い。場所を変えましょうか」
にらみ合う二人のライダーは、暗黙の了解として人目に付かない場所、
大学内のグラウンドの裏手にある使われていない部室へと場所を移した。
「「変身!!」」
窓硝子にカードデッキをかざし、戦いの言葉を告げる。
二人の仮面ライダーは、そのまま鏡の中の世界へと突入する。
「strike vent!」
「へぇ、蟹だけあって武器はハサミって訳ね。だっせぇ...」
「口だけが達者ではないことを祈りますよ!」
まだ見た事のないライダーと直面する須藤改め、仮面ライダーシザース。
シザースの対面には、まるでサイを思わせるような重厚な甲冑に身を
包んだもう一人の仮面ライダーが悠然と佇んでいた。
仮面ライダーガイ。変身者は大学生の芝浦淳。
一目でガイを白兵戦に特化したライダーということを看破したシザースは
距離を取りながらも、ギリギリで相手のタックルをいなせるように一瞬も
警戒を怠ることなく一定の間合いを取っていた。
「なんだよ~。そんなに警戒しなくてもいいじゃんか」
相手がすぐに肉弾戦を仕掛けてこない理由の見当をつけたガイは
そのあまりの哀れさに冷笑を浮かべながら、一枚のカードを左肩の
バイザーにベントインする。
「advent!」
瞬間、部室の屋根から大きな灰色の塊が地面へと轟音を立てて着地する。
「メタルゲラス。お前の格好良いところ見せてくれよ?」
呼び出したモンスターの頭を親しげに撫でたガイは、目の前に立つ
シザースを指さした。
「アイツを倒せ。出来るよな?」
その一言にメタルゲラスは任せろとばかりに雄叫びを上げ、シザース
めがけて突進を始めた。
「なるほど、どうやら貴方はご自分のペットに自信がおありのようだ」
「advent!」
「ですが、私の相棒も負けてはいませんよ」
強気を崩さぬシザースも己の契約獣であるボルキャンサーを召喚。
APではメタルゲラスに劣るものの、人間をふんだんに与えて強化された
ボルキャンサーの地力も出会った時とは比較できないほど上昇している。
「来いよ。蟹野郎。泡吹かせてノックアウトしてやるから」
「なんだt」
シザースに二の句を継がせぬまま、ガイはその高い防御力を存分に
前面に押し出した白兵戦を仕掛けていった。
13ライダーの中で最弱のスペックのシザースのストライクベントのAPは
たったの1000AP。ガードベントに至っては2000GPしかない。
対照的にガイはガードベントは保有していないが、ストライクベントは
シザースの倍の2000AP。加えてガードベントと同威力と来ている。
普通に考えれば、どう考えてもシザーズの敗北は必至である。
そして、その事実を裏切らない光景が目の前で起きている。
「ぐはっ!」
「ハハハハ。なんだよ手応えなさ過ぎて笑いが止まんないよ」
「なに?なんなのその弱さ?」
初撃の不意打ちのタックルでシザースを吹き飛ばしたガイは、その
ガタイの良さを生かし、シザースのマウントポジションを取った。
「ま、これでアンタも一貫の終わりって訳よ!」
「俺の勝利は揺らがねぇ!」
怒濤の拳のラッシュがシザーズの頭部に襲いかかる。
1発のパンチ力が10tを越える威力を持つライダーの強化された拳の雨は
並大抵のガードでは防ぐことが出来ない暴風雨のように、無防備な
シザーズの頭へと降り注ぐ。
気をつけの体制のまま、両ももに手をつける形で押し倒され、更に
その腕にのし掛かられては顔面をガードすることは不可能だった。
「ひゃ...ひゃめれ...やめれ...ふらふぁい...」
「やだね。ってかお前死ねよ。ライダーバトルってこういう戦いだろ?」
「いや~俺も一回やってみたかったんだよね。人殺し」
狂気すら感じられるその言葉に、ようやく須藤雅史はこの状況が到底
覆せないことを悟ってしまった。
「おー。お帰り~。よく頑張ったな、メタルゲラス」
グルルルと満足げに喉を鳴らしながら、ガイの隣にあのサイのような
契約獣が戻ってきた。
「おっ、なんだ蟹野郎の爪をもぎ取ってきたのか。え?俺にくれるの」
ぽいっ。
無造作に投げ捨てられた、見覚えのあるその黄金のハサミは自分の
契約獣であるボルキャンサーの左腕部だった。
主のご機嫌を伺うように、膝を折り曲げちょこんと隣に座った
メタルゲラスを愛おしそうに撫でたガイは...
「悪いけどいらないな。でも...」
ボロボロになったシザースから離れたガイは、見せつけるように
カードデッキからカードを引き抜いた。
「strike vent!」
外からは見えないが、既に頭蓋骨が陥没しているシザースのマスクの
中には溢れた脳がピンク色の鮮やかな中身をはみ出させていた。
「はい。これでおしまい」
メタルゲラスの頭部を模した手甲を呼び出し、ピクリとも動かない
シザースの腹部のカードデッキに突き刺す。
パリィィン!
風鈴が砕けるような儚い音を立てたシザースのカードデッキは、粉々に
砕け散り、それに伴うようにその装甲も音を立てて消えていった。
「うっわ。グッロ...やっべ、気分悪くなってきたわ」
原形を留めないほど変形した須藤の頭は腐ったスイカのような様相を
呈していた。なんとも言えない血なまぐささが更にグロテスクさに
拍車をかける。
「えーっと、これ俺の勝ちで良いんだよね?」
いつの間にか現れた神崎士郎に、ガイはそう尋ねた。
「ああ。そうだ」
無表情に頭を砕かれた死体を見下ろした士郎は短く答える。
「ねぇ、あと何人ライダーは残ってるの?」
「11人だ。引き続きバトルを楽しむと良い」
「りょーかい。んじゃ、後片付けよろしく!」
そう言い残した勝者は敗者を置き去りにして現世へと帰還した。
「....」
神崎士郎も消えかかっている死体を一瞥した後、その姿を消した。
「..................」
こうして、また一人のライダーがその命を落としたのだった。
バトルファイトは終わらない。最後の一人になるまで終わらない...。
仮面ライダーシザース/須藤雅史、死亡 残り11人。
第七話 仲間
満がライダーバトルから遠ざかってから二週間が経過した。
その間にも粛々とライダー同士の戦いは加速し、尊い命が戦いによって
奪われてしまった。
だが、人間は外に一歩も出ないで暮らすことは不可能である。
「そろそろ...確かめないとな。新しい力を」
相棒の死の悲しみが癒えた満は、ようやく自分の手に入れた新たな力に
向き合う決心をつけた。
「行くか...」
二週間もの無断欠勤によって、満はバイト先を全て首になった。
だが、今となってはそんなことは些細なことでしかない。
命がある。身体が動く。そして戦わなければ生き残れない。
いつの間にか腐りきっていた性根が前を見据えていたことに、満は
唐突に気が付いた。
幸い無駄遣いをしなかったお陰で、貯金額はちょっとしたものに
なっていた。
これなら半年は働かなくても、飢え死にすることはないだろう。
そう思うと急に腹が空いてきた。
(よし、まずは腹ごしらえからだ...)
玄関の扉を開け、久しぶりに浴びる日の光に目を細めながら
満の足は自然とある場所へと向かっていったのだった。
~中華料理店~
「こんにちは~」
電車を乗り継ぎ、以前須藤に連れてこられた中華料理店ののれんを
くぐると、そこには机に腰掛け、テレビを見ている店長がいた。
「おう、この前の坊主じゃねぇか。メシ食いに来たのか?」
「はい。給料出たんで食べに来ました」
「そうか!じゃあ早く注文しろよ。沢山作ってやるからな!」
「ありがとうございます!!」
満の笑顔に気をよくした店長は気の良い笑顔を浮かべて、調理の
準備に取りかかった。
「店長~。注文なんですけど」
「エビチリと野菜炒飯とガツと野菜炒めでお願いします」
「あいよ~」
ジャッ、ジャッと中華鍋に油を引き、火を通しながら具を炒める
音が厨房から聞こえて来た。
(3品合わせて2000円ぽっきり。しかもボリューム一杯なんだよな)
(早く来ないかなぁ?)
香辛料の香ばしい匂いが店の中に充満する。
客足もまばらな平日の朝10時53分の一人飯というのも、中々乙だよな。
と優越感に浸りながらテレビのニュースを眺めていた。
「へい!お待ち!」
どんっ!と勢いよくテーブルの上に置かれていく料理を見た満は
たまらず口の端から涎を垂らした。
「味わって食えよ。じゃ、食い終わったら呼んでくれ」
「はい!」
厨房に引っ込んだ店長の背中を見送った満は、そのまま脇目も振らずに
レンゲ一杯にエビチリを掬い取り、口の中に放り込んだ。
「ほわぁぁぁぁあ...」
口の中が香ばしい唐辛子と甘辛く味付けされた匂いで満ちた。
舌がビリビリするほど痺れているのにも拘らず、エビの甘さが辛さで
打ち消されないように味付けされたエビチリは病みつきになる旨さだった。
コップの水を一口含み、今度は豚の内臓と野菜炒めに箸をつける。
噛みきれないほどの弾力を持つ豚の胃袋を噛みきれるように包丁で
刻まれたその切れ目から、人参、ターサイ、青梗菜、ほうれん草の甘みが
肉の隅々にまで行き渡っている。
「で、エビチリをまた一口含んで、と...」
辛さと甘さのハーモニーを楽しむように、満は夢中で食事を楽しんだ。
鏡の向こうから恨めしそうに自分を睨み付ける二体の契約モンスターの
抗議の視線もなんのその、あっというまに三食全てを完食したのだった。
「店長~。お会計お願いしま~す」
「はいはいはい。えっと三品で2000円ね」
「じゃあ2000円丁度でお願いします」
「はい。確かにお預かりしました。また来て下さいね~」
「ごちそうさまでした~」
美味しい食事に舌鼓をうった満は、そのままあてどなくブラブラと
東京の街中を歩き回っていた。
これからのこと、父親との確執、そして須藤との同盟のこと。
「あれぇ?なんで電話に出ないのかなぁ?」
この前手渡された紙に書いてあった須藤の携帯電話に電話をかける。
だが、既に須藤はライダーバトルに敗れて死んでいるため、いくら
電話をかけても、鏡の向こうの世界に置き去りにされている携帯に
つながることは永遠にない。
「...考えたくないけど...やられちゃったのかな?」
最後に会った日に須藤が漏らした一人の男の存在。
浅倉威、世間を震え上がらせる凶悪連続殺人犯にして、このライダー
バトルの大本命と言える実力者であれば、赤子の手を捻るよりも容易く、
スペック差のあるライダーを葬るのは朝飯前だろう。
「...一人じゃ危ないよな」
ポケットの中に仕舞っているデッキの中には5枚の強力なカードが
眠っている。
ソードベント、アドベント二枚、ストライクベント、ファイナルベント。
危険を冒しただけあり、手に入れた新たな力はかなり凶悪な
攻撃力を誇っていた。
(須藤さんが当てにならない以上、友好的なライダーを探すしかない)
まだ戦いは序盤だが、そのうち何人かがきっと脱落するだろう。
持てる枚数の制限が各自に割り振られている以上、相手の持つカードを
全て使い切らせれば自然と勝ちは転がり込む。
まだ須藤以外のライダーがどう出方を決めているのかは分からないが、
少なくとも早い内に手を組めるに足りる相手を早急に見つける必要が
あるのは確かだ。
キィィィィィン...キィィィィィン
「行くか...ミラーワールドに」
運が良ければ、モンスターや自分を狙うライダーには遭遇せずに済むし、
逆に運が悪ければ、それらに見つかって戦わざるを得ない。
覚悟を決めた満は、人混みから離れた駐車場で変身した。
~街中~
変身を終えた満が、耳障りな金属音を頼りに道路を走っていると
なにやら金属と金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。
(誰か戦ってるのか?)
音のする方向に足を向けると、そこには先客がいた。
灰色の分厚い装甲に身を包んだサイのようなライダーと、虎のように
全身がバネのような筋肉に包まれた白い甲冑を着込んだようなライダーが
互いの獲物を振りかざして死闘を繰り広げていた。
(へぇ...結構強いなぁ...)
一進一退の攻防というよりかは、虎のようなライダーが劣勢のサイの
ライダーを弄んでいるような感じがする戦いではあるものの、この際
盗み見も辞さないという態度で満は息を潜めて二人の戦いを覗こうとした
だが、そうそう事が上手く運ぶ訳はなく...
「?!」
空を切る弦の音がどこからか聞こえてきた。
満がそれを矢が放たれた音だと認識したとき、自分のすぐ傍の
道路のアスファルトに三本の矢が突き刺さっていた。
(どこだ?!どこにいる?)
もし、運が悪かったら..確実に今の攻撃で自分は仕留められていた。
弾かれたように立ち上がった満は、咄嗟の判断で近くに立っていた
ビルの中へと身体をぶち当てて転がり込んだのだった。
このまま外にいれば好きな時に相手に隙を晒し続けるという地の利を
取られるというハンデを背負わなくてはならない。
ここは一旦ビルの中で体勢を立て直し、なんとか相手をやりすごす。
そう決めた満は階段を駆け上がっていった。
「....」
だが、これはライダー同士のバトルロイヤルでもある。
自分の見た光景が絶対的な正しさを持っているとは誰も断言は出来ない。
最善と思って取った行動が間違っていたと言うこともままある。
満の後を追うように、また一人、ビルの中へと黒いマントを翻した
ライダーは音もなく潜入に成功したのだった。
~ビルの中~
「はぁ~~~~ッ....助かった~」
10階建のビルの三階の空きテナントに素早く身を隠した満は、遮る
ものの何もない部屋に唯一残された机の下に潜り込んだ。
貫通力のある矢にどれだけこの机が耐えられるか疑問だが、少なくとも
相手がビルの屋上に陣取っていれば、狙いを修正するのに何分かの時間は
稼げるだろう。
だが、
カツーン、コツーン...
微かだが、誰かが階段を登る音が聞こえてきた。
間違いない、新手のライダーかモンスターだ。
「......」
デッキから一枚のカードを引き抜く。
雑居ビルのような小回りの利かない場所、それも階段を背中にして
二本の大剣を振り回すような危険な真似は出来ない。
故に満は小回りの利かない場所で小回りの利く立ち回りが出来る
ストライクベントをアビスバイザーにセットした。
「strike vent!」
「来い...部屋に入ってきたら打ち抜いてやる」
頭の中にアビスバイザーを通じて、今自分がベントインしたカードの
情報が流れ込んでくる。
「よし...」
アビスバイザーもアビスクローも両方とも先端から高水圧の水弾を
連射可能な遠距離対応武装である。
照準をたったひとつの部屋の入り口に合わせる。
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1
足音が消えた。ドアノブが回転するッ!
(今だ!喰らえッ!)
右足を前に出し、拳を扉めがけて一直線に突き込む!
その瞬間、アビスラッシャーの頭部を模した手甲はその射出口から
大量の高圧水流を放った。
ダムの決壊を思わせるような暴流は、扉を開いて入ってこようとした
黒ずくめの仮面ライダーを今し方上がってきた階段の下へと叩き付けた。
「やったか!?」
あそこまで凄まじい水流をモロに受けたのだから、無傷という訳には
いかないだろう。なにせすぐ後ろは階段である。運が悪ければ受け身
すら取れずに壁に頭を叩き付けて死んでいるかも知れない。
人を殺したかもしれないという恐怖感が満の中にある慎重さを
忘れさせてしまったかのように、あれほど部屋をも出ようとしなかった
満は、相手の状態を確かめるために階段を降りようと...
その瞬間、遅ればせながら満は今の自分が押し流した黒いライダーは
幻だったと気が付いた。
「Nasty vent!」
そう聞こえた相手ライダーのバイザーの電子音声と共に、至近距離から
立っているのも困難なほどの超音波をアビスは浴びせられた。
「ううっ、なんだよ!これ...くそ、立てねぇ...」
「はぁッ!」
してやられた...
階上の部屋の利点を逆手に取られてしまった。
アビスの誤算は姿の見えないライダーが一人だけだと信じたことだ。
確かにそれは半分正解だった。
階下から、階上から物凄い勢いで降りてくる二人分の足音...
「残念だったな。ここで終わりだ」
「ぶ、分身って...あんまりだろ...」
漆黒の槍を携えた同じ姿の二人のライダーは、首筋とカードデッキに
それぞれその切っ先を向けていたのだった。
仮面ライダーナイト。蝙蝠型モンスターと契約したライダーの一人だ。
「ま、待ってくれ!俺はアンタと戦うつもりはないんだ」
「仮にそうだとして、俺がお前を助けるとでも?」
超音波のせいでまともに立てないまま、仰向けに転がっている眼前の
ライダーを冷ややかに見下したナイトは、そのまま無感情に槍を振り上げ
トドメを刺すべく大きく振りかぶった。
「いやだぁあああああああああ!」
誰でも良い。誰か俺を助けてくれ!俺はこんな所で殺されたくない!
「うわああああああああああ!お願いだぁあああああああ!!」
みっともなくジタバタと床でのたうち回りながら叫んでいると、また
新しいライダーが階段を登ってくる音が聞こえた。
「出してくれぇ!出してくれぇえええええ!」
「俺は帰らなくちゃ行けないんだ!俺の世界に!」
「嫌だぁああああああああ!出して!出してえええええええええ」
「五月蠅い!黙れ」
「おい、何をやっている!!」
「邪魔をするな手塚!俺はコイツにトドメを刺す!」
「やめろ!恋人が悲しむぞ!彼女はそんなお前を認めないッ!」
「...ッ!」
みっともなく悪足掻きをするアビスにトドメを刺そうとしたナイト
だったが、階段の方から聞こえて来た声...どうやらナイトの仲間の
忠告に、苛立ちながらも渋々その大きな槍を下ろしたのだった。
「甘いな手塚。あのバカに影響されてお前もバカになったのか?」
「ああ。俺は、人の心を失いたくない」
「最後まで、俺は人として自分の運命に抗ってやる」
「...興がそがれた。俺は帰る」
見ず知らずの、それも明日にはその命を奪い合う相手になるかも知れない
ライダーを助けようとする友の甘さを唾棄すべきものだと吐き捨てた
ナイトは階段を降り、その姿をくらましたのだった。
「おい、立てるか?」
「ありがとう...ありがとう....ございます。ッうっぅっ....」
「立て。もうタイムリミットが迫っている」
「はい...はい...」
初めてライダーに命を狙われた恐怖心によって腰を抜かしてしまった
満は手塚と呼ばれたライダーに担がれながらミラーワールドを這々の体で
抜け出すことに辛うじて成功したのだった...
~花鶏~
「いらっしゃ~い!おや、アンタ見ない顔だねぇ」
「はい...すいませんすいません」
「ちょっと真司君。アンタこの子になにしたのさ」
「してませんって!人聞きの悪いこと言わないで下さいよぉ!」
ミラーワールドから現実世界に戻った満は、隣にいたライダー...
変身を解いた彼は自らを手塚海之と名乗り、近くにあったタクシーに
満とともに乗り込んだ。
「あ、あの...どこに行くんですか?」
「知り合いの働いている喫茶店だ。紅茶とコーヒーが特に美味い」
10分後、花鶏という名前の古ぼけた喫茶店の前にタクシーが止まり、
今に至るというわけである。
「手塚ぁ!お前からも何か言ってくれよ~」
「城戸、俺からも特に言うことはない」
席に着いた自分の横で二人の男が騒がしく揉めている。
花鶏のマスターに席を案内されてから一分も立たないうちに、今度は
新しい...様子からして常連客のように見えた...一人の青年が慣れた
様子で店のカウンターに腰掛けた。
虚ろな瞳で誰彼構わず謝り続ける満をダシに、顔馴染みの常連客を
からかう女店主に噛みつく青年は、自分より少し年上のようだった。
「で?何か注文するのかい?」
「えーと、じゃあミルクティー二つとカフェオレ一つで」
「はいはい。じゃあちょっと待っとくれよ」
城戸、と呼ばれた青年の注文に応えた女店主はコーヒーメーカーの
スイッチを押し、鼻歌交じりに紅茶の茶葉を探し始めたのだった。
「初めまして?で、いいんだよな?」
「えーっと、何さんでしたっけ?」
「俺、佐野満です。21歳のフリーターです!」
「お、おう...佐野さんね」
「俺は城戸真司。23歳のジャーナリスト見習いだ」
「今はOREジャーナルってところでネット記事を書いてたりするんだ」
何を考えて良いのか分からない今、相手の気持ちを考えて先読み
してくれる真司の馴れ馴れしさが今は無性にありがたかった。
タクシーの中で聞かされたとおりの人なんだな。と満は目の前の真司の
ひたむきで裏表のない、その真っ直ぐさに感動を覚えていた。
真司も自分と同様にライダーである事には変わりないが、他のライダーと
変わっているのは、モンスターを倒す為だけにライダーの力を振るう
唯一の非戦的なライダーだと言う点に尽きていた。
自分と同じ位の年齢で、しかも神崎士郎によって凄惨な殺し合いに
巻き込まれたにもかかわらず、なぜ彼は今の自分のように憔悴せずに、
持ち前の明るさを失っていないのだろう?
(この人だったら...信じられる、かもしれない)
「はい。おまちどおさま」
女店主が見計らったかのように、ミルクティーとカフェオレを盆に載せて
三人の目の前におき始める。
「おっ、来た来た。ここのミルクティーは甘くて良い味なんだ」
「そうよ~。隠し味に山羊のミルクを入れてるからね」
「熱が冷めないうちにグイッと飲むのがおすすめよ~?」
手を擦りながら、甘い香りのするミルクティーに口をつける真司。
「あっち!あっちぃ!ふー!ふー!」
舌を火傷しながらも、どこか楽しそうに、美味しそうにミルクティーを
飲むその姿に、いつの間にか満は笑みを零していた。
「凄いっすね。城戸さんは」
「え?なにが?」
「ライダー同士で殺しあってるっていうのに、明日死ぬかもしれないのに」
「今の城戸さん見てると、まるでそんなのを感じてない風に見えますよ」
「あー...まぁ、確かにそうかも知れないなぁ」
湯気を立てるミルクティーをフーフーしながら冷ましている満を
手塚は満足そうな微笑みを浮かべながら見ていた。
「俺だってそりゃ怖いさ。だって他のライダー話聞いてくれないんだもん」
「イヤミな悪徳弁護士、刑事のくせに悪い奴、極めつけは連続殺人犯」
「考えてもみてよ?折角人を助けるための力がこの手にあるんだぜ?」
「ミラーモンスターなんて化け物に襲われる人も増えていくし...」
「だったらさ、俺はこの力を人助けのために使おうと思ったんだ」
真司の愚痴は留まることを知らなかった。
願いを叶えるために、誰かの命を奪い合うライダー同士の戦いなんて
間違っている。だけど、一部の願いを除き、ライダーがそれぞれ抱いている
願いの価値を一方的に決めて良いものなのだろうかと悩んでいる。
神崎士郎の都合によって引き起こされた人殺しの戦いにおいて、
そこまで出会った人達のことを深く考えて戦えるなんて...。
(勝てねぇよ...本当にこの人ならって、思っちまったじゃんか...)
ただ流されるままの人生を過ごしてきた満にとって、真司の信念は
到底直視できないほどのまばゆい光を放っていた。
「蓮はさ、あっ、蓮っていうのは俺の...なんていうかダチでさ」
「偉そうな奴なんだけど、本当はすっげぇ優しい奴なんだ」
「アイツの願いは、事故で昏睡状態の恋人を元に戻すことなんだよ」
「あ、あとは美穂っていうじゃじゃ馬娘がいてさ...」
「アイツ、死んじゃった家族を蘇らせるために戦ってんだ」
「佐野君知らないかな?白鳥みたいなライダーなんだけど...」
「いえ、知らないです...」
「そっかぁ...アイツ神出鬼没だからなぁ。また男騙してんのかなぁ」
かつて、監督が自分に教えてくれたことが蘇る。
『だけどな、優しさだけは忘れちゃいけないんだよ』
『打算なく誰かを信じたり、誰かを助けたりするのが一番難しいんだ』
『もし、お前の前にそんな人が現れたら躊躇わずに力を貸してやれ』
『ま、そんなお人好しのことをバカって言うんだけどな。がはは』
打算抜きにこの人なら信じられるという直感は間違っていないと、
今なら確実に断言できる。今がまさにその時ではないのだろうか?
「あ、あの...城戸さん。俺を城戸さんの仲間に入れて下さい!」
そう思った瞬間、満の口は自然とその言葉を出していた。
「えっ?お、おい!聞いたか手塚?」
「ああ。お前の仲間になりたいって彼は口にしたようだ」
信じられないように自分を見つめる真司に、満は今まで自分の心の中に
抱えていた暗い何かを吐き出し始めた。
「俺、...良い暮らししたいからって理由でこの戦いに参加したんです」
「バトルに勝ったら、お前の願いが必ず叶うからって...」
「で、でも...現実はそんな甘くなくて...」
「何度も死にかけて、城戸さんみたいに誰かを助けられなくて...」
「誰かを殺さなきゃ生き残れないのに、殺したくない自分がいるんです」
「でも...怖くて、やっぱり...怖くて...」
先程の恐怖が蘇る。槍を突きつけられ、あと一歩でカードデッキを
破壊されて殺される自分の姿が一向に消え去らない。
それは、あくまでも一人で戦い続けたときの末路かも知れない。
だが二人なら?三人なら?
きっとこの戦いを止められるかも知れない。それどころか神崎士郎を
とっちめてライダーバトルを終わらせられるかも知れない。
その可能性を城戸真司は信じさせてくれた。
今の佐野満にとって真司の言葉はまさに天啓に等しかった。
「よっし!アンタの気持ち、分かったよ」
「これからよろしくな。佐野さん!」
満の手を取った真司はその手を両手で包み込むように握った。
「はい、これからよろしくお願いしま...」
満が真司の信頼に応えようと、その手を固く握ろうとしたその瞬間...
「おい、これは何の茶番だ、城戸?」
先程の恐怖が一気に蘇った。
ガタンッ!と音を立て椅子からずり落ちた満の視線の先には...
「蓮、お前なぁ、空気読めよ。佐野さんがびっくりしちゃったじゃんか」
「おーい、大丈夫?って...どうした?」
くぐもった声だが、聞き間違えるはずがない。
何故ならそこにいたのは、先程自分を平然と殺そうとした『敵』だった。
「ぁ...アンタは...」
怪訝な表情を浮かべながらも、自分を見て腰を抜かした男を見て、
仮面ライダーナイトの変身者、秋山連は佐野満を先程自分が殺し損ねた
相手だと一瞬で看破した。
「お前、どうしてここにいる?」
「ちょ、ちょっと待てよ蓮!今この人が俺達の仲間になってくれるって」
「そうだ。俺が城戸とお前に引き合わせるために連れてきた」
二人の仲間達のあまりのお人好しに頭を抱えながらも、蓮は再び
自分の目の前に立った殺し損ねたライダーにどう接すれば良いのかを
考えることはなかった。
「おい、貴様。デッキを出せ。さっきは殺し損ねたがそうはいかない」
「丁度良い機会だ。中々強力なモンスターも従えているようだしな」
「は、話が...違う」
偉そうな奴なんだけど、本当はすっげぇ優しい奴?
それが本当なら、今目の前の男は一体何なんだ?
(い、いや...城戸さんが俺に嘘つくメリットはないはずだ)
(でも...コイツには背中を預けられない。背中を見せたら殺される...)
ズリズリと床を這うように逃げるしか出来なかった自分が恨めしい。
今は虚勢を張ってでも、目の前のライダーに真っ向勝負を挑まなければ
ならない時だというのに、自分は怯えてしまった。
命惜しさに、目の前の信用できる人に頼ろうとしてしまった。
それが自分にとって致命的な甘さと気が付いてしまった。
「おい!蓮!お前なんて事言うんだよ!」
「すいません...本当にすいません...」
「大丈夫?って...」
蓮を押しのけ、床にへたり込んだ真司の手を満は取ることはなかった。
本当は払いのけたかったが、こんな自分のことを敵とは言え、真剣に
案じてくれた優しい人をこれ以上満は拒絶したくなかった。
「待ってくれよ!まだ蓮とは一回しか会ってないんだろ!?」
「俺だって蓮と最初に出会った感じは君と同じ感じだって」
「な?そうだよな?蓮?」
真司の懸命な説得に、しかし秋山蓮はこれ以上ないほどの冷淡な笑みを
満と真司に向け、あろうことかこう言い放ったのだった。
「ふん。俺はお前と違って人が悪いからな」
「それに、お前は殺そうにも殺せないほどしぶとかったからな」
この時、満の心の中にあった蓮を信用しようという気持ちは粉々に
粉砕されたのだった。
「城戸さん、そこにいる男は...貴方達とは違う存在だ」
「ためらいなく、冷酷に人を殺せる本物のライダーだ」
絞り出すように、正鵠を突いた言葉を絞り出した満はそのまま扉を
押し開けて、花鶏から出て行った。
「泣くな...泣いちゃダメだ...」
重い足を引きずりながら、ボロボロと大粒の涙をこぼしながら必死に
満は泣き出しそうになる自分を押さえ込んでいた。
「戦わなきゃ...一人でも戦い抜かなきゃ...」
心の中が黒く濁り始める。
何かが変わりそうな今日が、結局昨日と変わらない一日に過ぎない事に
落胆を隠せない、否、失望と無気力が身体を全て覆い隠した。
家を放り出されたときに吐き捨てた言葉が口をつく。
「もういいや。誰かを信じた俺がバカだったよ」
第八話 見えざる敵
「でぃやああああああああ!!」
「ぎぇえええええええ!!!」
城戸真司との後味の悪い別れから三日後、佐野満の姿はミラーワールドの
中にあった。
今日の相手は蜘蛛型のモンスター、ソロスパイダーと蜂型のモンスター
バズスティンガー・ビーの二体だった。
耳障りな金属音を頼りにモンスターの潜伏場所に近づくと、目の前の
図書館の入り口の硝子から人型の蜘蛛モンスターが子供達に狙いを
つけていた。
「変身!」
不自然に見えないようにガラスにデッキをかざし、ミラーワールドに
飛び込んでいく。
ライドシューターが図書館前に停車したとき、二体のミラーモンスターは
図書館の内部へと逃げ去っていくのが見えた。
「Sword vent!」
二対の鮫の鋭い歯を模した大刀を呼び出して、臨戦態勢を取る。
バイザーの左腕に持つ刀を逆手に、右手の刀は順手に持つ。
(この図書館は二階建だから...隠れる場所は本当に少ない)
(俺がモンスターなら...)
ちらりと見えたバズスティンガーの得物は弓だった。
天井近くまで届きそうな本棚の上に陣取ってまともな狙撃が出来るとは
思えない。
(決めた。二階から攻めていこう)
アビスは意を決して、近くにあった階段に足をかけた。
入り口の案内板には二階は休憩室と喫煙室しかないと記されている。
「....」
いた!
階段の手すりの死角、下から見上げて見えない場所にソロスパイダーが
その姿を隠していた。
口から吐き出す粘着質な糸を右手の刀で盾代わりに防御する。
腕か足にひっついてしまえば、蜘蛛の巣に引っかかった哀れな虫の
ように糸をたぐり寄せられて頭から啜られてしまうだろう。
「しゃあああああああ!!!」
「喰らうかよ!」
ブッ!ブッ!ブッ!と散弾銃のように口内で丸めた蜘蛛の糸の塊を
銃のように鋭く狙いをつけて連射するミラーモンスター。
足場の不安定な階段に陣取るアビスだが、その段差を美味く利用し、
糸の弾丸の軌道を読み切り、攻撃の手が緩んだその隙にアビスは一気に
階段を強化された脚力で階段を登り切る!
「ぎゅえええええええ?!」
アビスはソロスパイダーをガラスの自動開閉ドアに押しつけ、全力で
その身体へと突進を仕掛けた。
ドアのガラスをブチ割ったライダーとモンスターは、出口が一つしかない
休憩室へとなだれ込んだ。
「うおおおおおおお!!」
蜘蛛の糸が絡まった右手の刀を体勢が整っていないソロスパイダーに
叩き付け、その結果としてソロスパイダーの左足は半分ちぎれかけた。
「ぎしゃああああああああ!!!」
身動きが取れず、足から血を撒き散らしたソロスパイダーは必死に
目の前のアビスから逃げようと必死になった。
「Advent!」
床に倒れ、悶え苦しむソロスパイダーのもう一本の足を今度は失敗
することなくたたき切ったアビスは容赦なくアビスハンマーを召喚した。
「しゃあああああああ!!」
約10日ぶりのご馳走にアビスハンマーは歓声を上げながら貪り始めた。
「ぎぃっ?!ぎぎぎっぎぎぎぎぎ~~~~~~!」
物凄い悲鳴を上げながら頭を貪られるソロスパイダー。
「そこで満足するまで喰ってろ」
吐き捨てるように契約獣に声をかけた満は、階段を注意深く降りた。
そして制限時間が迫る中、図書館の中に未だに残っている蜂型の
ミラーモンスターを探し始めた。
(カードは残り3枚。だけど負ける気はしない)
自動ドアの前に立つ。自動ドアはアビスを迎え入れた。
「Advent!」
もう一枚のアドベントをバイザーに挿入する。
「....」
背後からもう一体の契約獣アビスラッシャーが姿を現す。
「いいか。俺の前を歩け。お前は盾だ。俺の盾代わりになれ」
言葉が通じたかどうかは理解できないが、うなり声を上げたもう一体の
契約獣は特にその命令に逆らうことなくゆっくりと前を歩き出した。
「狙えるもんなら狙ってみろよ...」
アビスラッシャーの先導を注意深く見守り、歩を進めていた満は、
ここで唐突に自分の背後ががら空きであることに気が付いた。
確かに50mも離れていないところにはモンスターが身を隠すのに絶好の
本棚がいくつも並んでいる。だが、目の前の契約獣は館内にいるであろう
モンスターの気配を察知することはなく、ズンズンと前に歩を進める
ばかりだった。
「?!」
自分が無防備な背中を敵に見せている事に気が付いたアビスは、まるで
弾かれたように近くにあった大きなコンクリートの柱に身を隠した。
「アビスラッシャー!後ろだ!」
その声にくるりと身体の向きを変えたアビスラッシャーの胴体に
4本の矢が狙い誤ることなく次々に突き刺さっていった。
「~~~~~~~~!!!」
口、右腕、左腿、鼻。
もし自分がアビスラッシャーの後ろにいたままだったら、今頃ああ
なっていたのは間違いない。
「出やがったな!」
床で悶えるアビスラッシャーの右腕から刀をもぎ取ったアビスは
自動ドアの前に陣取る弓を構えたバズスティンガーの元へと猛然と
かけ始めた。
縦横無尽に狙いをつけられないように、軽快なフットワークで
どんどん間合いを詰めていく。
開け放たれたドアの真ん前に陣取る弓を構えたバズスティンガーは
その場から一歩も動けない。なぜなら一歩でも下がれば自動ドアが閉まり、
そのドアのガラスに向かって弓を射ようというのなら、ガラスの厚さに
弓の軌道がずれるのは明白だったからだ。
バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!
計六発の高水圧の不可視のかまいたちがアビスバイザーの口から
発射される。
「ぎっ?ぎっぎぃいいいい!」
そのうちの四発がバズスティンガーを捉える。
唯一の武装である弓の弦を切られたバズスティンガーはたまらず
逃走を選んだ。
素手で戦うには目の前の敵はあまりに手強いと判断した上での懸命な
撤退だった。ただ、その判断を下すのが些か遅れた事が、運命の分かれ目と
なってしまった。
「逃がすかよ!」
「ぐがあああああああああ!!」
アビスの叫びに応じるように、身体から矢を引き抜き、怒りに燃える
雄叫びを上げながらアビスラッシャーがバズスティンガーに食らいつく。
「Strike vent!」
右手にアビスクローが装着される。
「発射ァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
膨大な水が高水圧により一条の光線のように束ねられ放たれる。
それはレーザーガンのように真っ直ぐに、狙いを外すことなく
バズスティンガーの心臓を貫き、その勢いで胴体を真っ二つにした。
爆散するミラーモンスターの身体から魂のような塊が立ち上る。
「~~~~~~♪」
アビスラッシャーは機嫌良くそれを空中でキャッチし、口の中に
突っ込んでムシャムシャと食べ始めた。
もし、あの光がミラーモンスターが今まで食べた人達の命の輝き
だとしたら?
そんな可能性が、ふと満の中に湧き上がってきた。
「お前らなんか...ずっと鏡の中に閉じこもってりゃ良いのに」
嫌悪感をあらわにしたアビスは、自分の身体から立ち上る粒子を認め、
自分に残された時間がないことを悟り、ミラーワールドから立ち去った。
~~
二体のミラーモンスターとの激闘を制した満は、図書館の近くの
ラーメン店に足を運んでいた。
10人も入れば満員になるこじんまりとした店内は、昼前という
こともあってか、誰もいなかった。
「醤油ラーメンセットでお願いします」
「あいよ。ちょっと待ってな」
ジュウジュウと音を立てる厨房をボケッと見ながら、満はこれからの
自分の身の振り方を真剣に考えていた。
(城戸さんと手塚さんは信用できるから、置いとくとして)
(他の連中がどういう動きをするかが分からないんだよな...)
(秋山蓮と須藤さんと後はサイと虎と白鳥を入れてこれで8人)
(ライダーは13人いるから、俺が知らないのはあと5人か...)
ライダー同士の戦いに身を投じてから、一ヶ月が経過した。
怒濤のような日々だったが、それでもまだ戦いは終わらない。
今日まで一体何人のライダーが死んでしまったのだろう?
ライダーバトルの終焉の日まで果たして自分は生き残れるのだろうか?
(くっそ、あの時ライダーの情報を交換しとけば良かった)
(あ、でも...あの時城戸さんは悪徳弁護士って言ってたよな?)
そして連続殺人犯、おそらく浅倉威と会わせるとこれで11人。
(絶対に、残り二人と浅倉には会わないように注意しなきゃな)
「お客さん!お客さん!ラーメン出来てるよ!」
店主の怒鳴り声に我に返った満は、湯気を立てるラーメンと餃子を
だらしなく顎を動かしながら口に運ぶ。
あの中華料理店の餃子と比べて、ここの餃子はまずいな。と率直な
感情を抱いた満は、ラーメンのスープでごまかしながら、生臭さのする
餃子を食べ終えた。
「ラーメンは美味しいのになぁ」
「なんか言ったか?」
「い、いえ。何にも」
じろりと自分を睨めつける店主にラーメンセットの代金を支払った
満はそそくさと店を出て行った。
「美味しいとは、言えなかったなぁ...」
胸焼けのする胸をさすりながら、満はラーメン店を後にした。
「あー。居た居た。みーっけ」
自分が今まで何をしているのかを全て見張られているということに
気が付かないまま...
~北岡弁護士事務所~
「はい。こちら北岡弁護士事務所です」
「ああ~。お待ちしておりましたよ。さ、こちらへどうぞ」
昼下がりの高級住宅街に事務所を構える若手のやり手弁護士、北岡秀一は
今日も忙しく働いていた。
「いや~。北岡先生の弁護とあれば私も安心出来ますな」
「いえいえ、私なんて皆さんから見ればまだひよっこですよ」
「またまたご謙遜を~。では、打ち合わせを始めましょうか」
「ええ」
(はぁ...子供をひき殺して良心の呵責ってのはないのかね?)
(こーゆー大人のことを人でなしっていうんだよね)
にこやかな笑みを浮かべながら、秀一は内心で目の前の男をそう評し、
テーブルの上に事前にまとめておいた今回の裁判の資料を並べる。
今回の裁判で弁護するのはそれなりに名前がある企業の幹部だった。
大事な会議に遅れそうになり、制限速度を大幅にオーバーして愛車を
運転している中、運悪く曲がり角から飛び出してきた子供を跳ね飛ばして
しまったのだった。
この事故で命を落とした子供はまだ10歳だった。
時速60kmを超える速さの鋼鉄の塊に直撃された子供の身体は宙を舞い、
そのまま頭からアスファルトに突っ込んでしまい、即死。
当然100%目の前の男が悪いのだが、問題はこの男の性根だった。
「私は全く悪くないんですよ。注意せずに飛び出したあのガキが悪い」
「ええ。ばっちりドライブレコーダーに写ってましたね」
「流石次期社長。クラクションも鳴らして注意を促してる」
自分の罪を認めるどころか、殺した人間の命を無価値と断じる傲慢さは
悪徳弁護士を自認する秀一の気分を害するには充分だった。
この男の年齢は43歳。まだまだ働き盛りの出世頭だ。
だが、信じられないことにこの男は一児の父親だった。
我が子が殺されたとき、相手の親が自分みたいな白を黒にするような
悪徳弁護士に弁護を依頼し、あの手この手で無罪を勝ち取られる気持ちを
想像できないのだろうか?
(ま、俺も人でなしには違いないけど、お得意様だからねぇ...)
(2000万前払いされたわけだし。本気で取りかからせて貰いましょうか)
子供を失った親には悪いとは思うが、これが自分の仕事なのだ。
弁護士としてこういう事件は既に6件ほど担当しているから、相手の
出方や反論パターンも全てにおいて完璧に対応できる。
シニカルな笑みを浮かべた秀一は今回の裁判も楽勝だなと高を
くくった。
その後、二時間の綿密な打ち合わせにより、自分の勝利を確信した
依頼人は意気揚々と秀一のオフィスを後にしたのだった。
「ふーっ。あー胸くそ悪くなるなぁ」
「ゴロちゃん。ダージリン入れてよ」
玄関の扉を乱暴に閉めた秀一は、近くに居た秘書である由良吾郎に
お気に入りの銘柄の紅茶を淹れるように頼んだ。
「先生、先程芝浦商事の息子さんからお電話が入っていました」
「なに?あのクソガキから電話?用件何よ?」
手際良く紅茶とクッキーをテーブルの上に並べる吾郎は、数分前に
掛かって来た電話の内容を一言でまとめた。
「明日ライダーを倒すから、手を貸してほしい。だそうです」
吾郎が言うにはこちらの方で倒す相手の情報は全て掌握しているので、
万全を期すために自分の力を借りたいと言っていたらしい。
秀一としては、いけ好かないクソガキの命令なんか聞いてたまるかという
腹づもりだったが、護衛料として100万円もの前金を貰ってしまっている
以上、無碍に護衛対象の依頼を突っぱねるわけにはいかない。
何故なら一回の護衛ごとに300万の報酬が手に入るからだ。
「えーっと、明日はなにか仕事入ってたっけ?」
ともあれ、相手がわざわざライダーの一人を追い込むところまで全て
お膳立てしてくれているのなら断る理由は特にない。
「先生、明日は取材が入っているほかには何もありませんよ」
「取材?どこよ?」
「OREジャーナルです」
「うーん。どーしたもんかなぁ」
自分に靡かない気の強い女を選ぶか、それとも300万円の仕事を選ぶか?
秀一はしばし目を瞑り、熟考したが...
「よし、決めた」
「朝にライダーを倒して昼に令子さんに会いに行く。どうよ?」
「完璧なプランですね。先生」
心から信頼する友人の笑顔に、秀一は心からの笑顔を見せたのだった。
第九話 最後のライダー
深夜 ミラーワールド
神崎士郎は、誰も居ないミラーワールドの中で一人佇んでいた。
「...」
瞳を閉じ、磔にされた一人の男の足下に跪き懸命に何かを祈っていた。
その祈りの内容を知るものは誰も居ない。何故ならここは向こう側の
世界、ミラーワールドだからだ。
ぎぃいいいいいい...
だが、その静寂を破るものが現れた。
神崎士郎とその妹以外に人間は存在し得ないミラーワールドに、唯一
その存在を認められた、もう一人の契約者<ライダー>は、薄汚れた
ステンドグラスから差し込む月光の下に佇む士郎の横へと歩を進める。
「来たか」
「ああ」
顔を合わせることなく二人の男は、そのまま沈黙を貫いた。
「時が来た。お前のデッキだ」
「そうか。真司はまだ生き残っていたか...」
コートのポケットから神崎士郎は一つのカードデッキを取り出した。
龍騎と呼ばれるライダーのカードに酷似したそのデッキは、全てが
黒く塗り潰されていた。
そして、そのデッキを持つ存在も龍騎のデッキの持ち主と驚くほどに、
全てが似通っていた。
「全てを無に帰す暗黒の龍、ドラグブラッカー...最高だ」
「忘れていないだろうな?お前の役割を」
「無論だ。確実にライダーを一人一人消していけば良いんだろう?」
「そうだ。全てのライダーを葬り去ったその先に優衣の救いがある」
「そうか。ならばお前との契約は成立だ」
城戸真司は...否、そこに立つ真司とは似て非なる存在には名前がない。
名前がない故に、その存在は未だに朧気な霞でしかない。
形容しがたきもの、ミラーワールドの意思、鏡の中の残留思念。
名も無き者が自らを定義する名を与えられた時、真の悪魔が降臨する。
「では、その力を用いて最強のライダーとして君臨しろ」
「城戸、真一」
神崎士郎に名を呼ばれたもう一人の城戸真司、かつて真司の記憶の中に
存在していた彼の血を分けた唯一の肉親、城戸真一は、真司によく似た
その顔に、鏡の向こうにいる弟への憎悪を滾らせたおぞましい笑みを浮かべ
教会から立ち去っていった。
「そうだ、戦え...戦え...」
真一の姿が消えるまで教会の外を眺めていた神崎士郎は、誰も居ない
教会の中心に鎮座したオルガンに指を置く。
誰も聞く者のいない教会の中に、新たな戦いの始まりを告げる
荘厳なレクイエムが今、奏でられ始めたのだった...
第一部 完
第一部という名のチュートリアルが終わった所で今日の投稿はここまでになります。
十話から第二部という形で更にライダーバトルが激化していく予定です。
次の投稿は明日か明後日になります。運が良ければ今日の夜くらいに投稿するかも?
ということで、今日の投稿はおしまいです。
乙ふむ悪くない
おつおつ
アビスは確かに弱くは無いが……強くてニューゲームか?本当に大丈夫かこれ?
期待せざるを得ない
>>127さん。申し訳ないです。じつはこのssを投稿する際に良い感じのタイトルを思いつけなかったんです。
それで、それっぽいタイトルにしようということでこのタイトルにしました。
正直、強くてニューゲームの意味を理解せずにつけちゃいました。どうか笑って許して下さい。
それでは、今日の分の投稿を始めたいと思います。
第二部 十話目 ゾルダとガイ
神崎士郎により開催されたライダー同士の戦いから既に一月半が
経過していた。
残るライダーは11人。
龍騎、王蛇、ガイ、ナイト、ゾルダ、ライア、タイガ、ベルデ、
オーディン、リュウガ、そしてアビス。
ある者は手を組み、またある者は己の心の赴くままに戦いに臨む。
全ては己の叶えたい願いのため、生き残るために彼等は戦う。
だが、戦いは更に激化の一途を辿っていた...
~~~~~
「ははっ。どーしたよ仮面ライダー。もっと楽しませてくれよ?」
「confine vent!」
夢ではない現実世界で今も戦いが繰り広げられていた。
逃げ場もない、隠れる場所もない河川敷で一人のライダーが三人の
ライダーに追い込まれていた。
「クソッ...どうしてカードが使えないんだ!」
「はぁ...バカな奴ってほーんと救いようがないよねぇ」
「北岡さんもそう思わない?」
「ああ。俺もそうだと思うよ。バカって罪だよなぁ」
三人のライダーに追い詰められ、満身創痍の仮面ライダーアビスは
目の前に立つ二人のライダー、仮面ライダーゾルダとガイの罵倒を
浴びながら懸命にこの窮地を打開する策を考えていた。
事の始まりは、いつもと同じあの金属音からだった。
スーパーの朝のセールの帰りに、家に帰る近道として河川敷を自転車で
走っていた満は、突然背後から迫ってきた何者かに自転車ごと河原まで
吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた痛みに悶えながら、何事かと周囲を見回すと
「....」
自分の200m後ろに緑色のミラーモンスターが立っていた。
「クソッ...敵襲かよッ...」
不幸中の幸いだが、手も足も折れていない。
しかし広大な河川敷には隠れる場所はおろか、逃げ道すら見当たらない。
「やられた...」
変身して相手を叩かなければやられるのは自分だ。
覚悟を決め、ポケットからデッキを取り出し川の水面にかざす。
「変身!」
瞬時にアビスに姿を変えた満は躊躇うことなく川の中に飛び込み
ミラーワールドへと戦場を移した。
「はぁっ!」
全てが反転した景色の中、自分の立っていた場所に先日見かけた
灰色の防御力の高そうなサイのようなライダーの姿があった。
「strike vent!」
「strike vent!」
それぞれの得物を、アビスクローとメタルホーンを呼び出した二人のライダーは
にらみ合いながら自らの攻撃が届く間合いの距離を冷静に分析し続けていた。
防御特化の白兵戦スタイルのガイにとって、1対1や遠い間合いからの
高水圧の水鉄砲の攻撃はさして脅威ではない。
問題なのは相手の契約獣の地の利に押し負けすることだった。
ガイこと、芝浦淳が佐野満の事を知り得たのは須藤雅史からだった。
ハマったら本当に殺し合いをしてしまうゲームを製作してしまう程の
クレイジーな本性の淳は、このライダー同士の命懸けの戦いを、その裏に
ある黒幕の真の狙いを知る事なく、あくまでも合法的に人を殺せる
新時代のニューゲームという感覚で気軽にプレイしていた。
最初は半信半疑で神崎士郎に言われたとおりに変身し、実際に鏡の中に
生息するそこそこ強いミラーモンスターをファイナルベントで一発で
葬り去ったとき、淳の身体を稲妻にも似た快感が走った。
「モンスターを殺したときでさえ、こんなに気持ちが良いのに...」
「ライダーを殺せばもっと気持ちよくなれるんじゃないのか?」
完全に思考は狂人のそれだが、悪質な事に淳は前述のゲームをいじくり
プレイした人間が、今度はミラーワールドに出入りする人間の後を徹底的に
追尾するように改良してしまったのだった。
そして、強キャラやボスキャラの前の前菜として目をつけたのが、
刑事、須藤雅史だったのだ。
駒から通達される須藤雅史の一挙手一投足により、芋蔓式に二人目の
雑魚キャラ、佐野満が姿を現した事により、淳のゲームは第二段階に
移行した。
即ち、雑魚キャラ討伐による経験値稼ぎである。
鏡の中でシザースのカードをのぞき見して、その全てを把握した淳は、
手駒の学生達に学内で刃傷沙汰を起こさせ、運悪くその事件を担当した
雅史をライダーバトルで合法的に葬り去ったのだった。
しかし、満を調査していく内に思ったよりも底力を発揮した満が死線を
潜り抜ける内に、段々と目障りになってきた淳は、父親の知人にして仮面
ライダーである北岡秀一に助勢を頼み、今日ここに至ると言うわけである。
~~~
「ふっ!」
膠着する戦況に先にしびれを切らしたのはアビスの方だった。
ガイの分厚い甲冑にではなく、頭部のみに狙いを定めた近距離狙撃。
「うぐぁっ!」
視界を封じられ、たまらず右往左往するガイ。
意表を突かれた不意打ちに狼狽しながらも、予め決めていた合図を
指定したポイントに身を潜めている護衛へと送る。
アビスにとって敵の姿が見えない中、カードの枚数を減らされた状態で
長期戦に持ち込まれるのは一番避けたい事態であり、まして自分を襲った
連中の中でも一番防御力が高そうなガイが先鋒を務めているという事は...
(草むらに隠れて今も俺を狙おうとしているかも知れない...)
助かるためには手段など選んでられない。
アビスは悶えるガイの首に手を回し、強化された腕力でその首根っこを
締め付け始めた。
「うぐっ!がっ、がはっ...ぐ、ぐるじ...い」
喉を潰されれば一貫の終わりだと言う事を理解しているガイは、それでも
必死に北岡の助けを信じて、その時がくるのを待ち続けていた。
奥の手である特殊カード、コンファインベントは相手が直前に発動した
アドベントカードの効果を一度だけ無効化するカードだが、武器はでなく
自らの素手で首を絞めているライダーには全く効果がない。
屈辱的だが、ここは助けが来るまで堪え忍ぶしかない。
そして、その忍耐が報われるときが遂にやってきた。
「ん?!」
ガイの首を絞めるのに夢中になっていたアビスの後ろから何か細い
紐のようなものが幾重にも巻き付いている。
「くけぇええええええええ!」
その赤い色をしたものからベットリとまとわりつくような粘液が
出てきたことに気が付いたアビスだったが、時は既に遅く...
「がはっ!ぜぇ...ぜぇーっ、はぁーっ!」
今度はガイではなく自分が逆に首を絞めつけられている状況へと
陥ってしまったのだった。
「げほっ...アハハハハハ!どーだ、これがライダーの戦いなんだよ!」
咳き込みながらも、余裕を取り戻したガイは声高らかに目の前で
手も足も出ずにもがき苦しむアビスに嘲笑を向けた。
アビスの首を絞めている存在がその姿を現す。
「けっけっけぇええええええええええ!!!」
周囲に溶け込む保護色を脱ぎ捨てた化け物の名はバイオグリーザ。
仮面ライダーベルデの契約獣にして忠実な僕である。
「執事さん。危なかったよ、ナイスアシスト」
「いえ、これが仕事っすから」
後ろを振り返ったガイは、三人目のライダー、ベルデに率直に感謝した。
その変身者、由良吾郎は手短にその感謝に答えた。
バイオグリーザの手が首に巻き付く舌を引きはがそうとするアビスの
両手に掛かる。更に運の悪い事に、アビスの両手はモンスターの手によって
引きはがされ、その大きな左手でひとまとめにされてしまったのだった。
いかにライダーとは言え、自分の倍以上の体躯を誇るミラーモンスターの
腕力には叶う筈もなく、そのままカメレオン型のモンスターは当然のように
得物の首を巻き付けた舌のまき付けを強め、窒息死させようとした。
このまま死んでしまうかも知れない。
酸欠になった頭が徐々に意識を手放しに掛かる。
何かないのか?何か助かる方法は?
その瞬間、アビスの頭に電撃のような閃きが走った。
バシュッ!バシュッ!
「げええええええええええ!」
アビスバイザーから飛び出した水の刃が、バイオグリーザの足の指を
一瞬で切り落とす。咄嗟の出来事にモンスターはたまらず左手の拘束を
緩めてしまった。
舌と手の拘束が緩んだアビスは今度は一か八かの追撃に移った。
バカみたいに大口開けているバイオグリーザの口内に向けて、バイザーが
出せる限りの最高出力の高水圧弾をぶち込んだのだ!
「うげええうごおおおええええええ~~~~~!」
頭の骨格が変わってしまうかのような物凄いショックを受けた
バイオグリーザは、あまりの激痛に地べたを転がり回った後、持ち前の
保護色を最大限に活用し、三人の目の前から姿を消したのだった。
「くそっ!もう時間がない!」
身体から立ち上る淡い粒子が活動限界時間を告げる。
「Final vent」
アビスになってからまだ一度も使っていない切り札を今ここで切る!
「この時を待ってたんだよッ!」
「confine vent!」
「なにっ!」
コンファインベントを左肩にガイがベントインした瞬間、アビスの
ファイナルベントは一瞬でその効力を失ってしまったのだった。
「そんな!嘘だろ!?」
ファイナルベントがその絶大な力を発揮する前に無効化されてしまった。
そのショックに、アビスはしばし我を忘れ、呆けてしまった。
「Advent!」
ガイのバイザーに契約中のカードがベントインされる。
忠実なガイの下僕、メタルゲラスは猛る闘志を咆哮に滲ませ、大声を
上げながらアビスを一瞬で吹き飛ばしたのだった。
「ぐああああああああああああッ!!」
ダンプカーにはね飛ばされたような、全身がバラバラになりそうな衝撃が
アビスの身体を襲う。右手のアビスクローはぶつかった衝撃でどこかへと
飛んでいってしまった。
「ははっ。どーしたよ仮面ライダー。もっと楽しませてくれよ?」
全身を襲う痛みにアビスは悶えるしかない。カードを取り出して
バイザーに入れようとしても、指一本動かせない。
「ゴロちゃん。お疲れ様、あとは俺がやっとくからいいよ」
「もうゴロちゃんの変身時間、限界が近いだろ?」
「はい。では、お先に失礼します」
ベルデの背後から、新たなライダーが姿を現す。ゾルダだ。
自分やガイと異なり、まだミラーワールドでの活動限界時間を迎えて
いないゾルダは、何の躊躇いもなく自分のカードを銃型のバイザーに
ベントインした。
「shoot vent」
巨大なバズーカ砲、そのトリガーにゾルダの指がかかった。
もう、勝ち目がないのは明白だ。
あんな巨大なバズーカをこんな近くでぶっ放されたら、人間の肉体など、
木っ端みじん、欠片すら残らないだろう。
「クソッ...どうしてカードが使えないんだ!」
「はぁ...バカな奴ってほーんと救いようがないよねぇ」
「北岡さんもそう思わない?」
「ああ。俺もそうだと思うよ。バカって罪だよなぁ」
悪足掻きすら出来ず、負け惜しみしか言えない目の前の雑魚ライダーに
ガイとゾルダは冷笑と同意をもって返答とした。
「悪いね。これもライダーバトルの一つの結末だからさ」
「死んでくれ。なぁに、一発で仕留めるからさ」
まるで気軽に友人をゴルフに誘うような口ぶりでゾルダは躊躇う事なく
ギガランチャーのトリガーを引こうとした。が...
「strike vent!」
「なにっ!」
背後から聞こえた電子音声により、ゾルダの集中力が途切れた。
引き金に掛かった指が離れ、ガイと共に周囲を警戒する。
「くそっ!なんだ誰だよ、俺のゲームを邪魔する奴は?」
姿の見えない敵にゾルダもガイも咄嗟の反応が遅れてしまった。
「Advent!」
一瞬の油断が二人の命運を分けたと言っても過言ではなかった。
アビスを囲むように立っていた二人の立ち位置があだとなってしまった。
背後に迫る殺気にガイよりも早く反応したゾルダは、遅ればせながらも
同様に反応したガイの足下にギガランチャーを叩き付け、そのまま横へと
飛び退き、呼び出したライドシューターに乗り込んで、あれよあれよと
いう間にミラーワールドから間一髪で脱出したのだった。
ゆうに100kgを超えるバズーカ砲を爪先に落とされてしまったガイは、
自分の足の甲が折れた事を感じた瞬間に、頭の右横からスイングされた
巨大な虎の掌に意識を刈り取られたのだった。
「ほら、これ使って脱出しなよ?」
悠々と身動きの取れなくなったガイの背後から、また新たなライダーが
姿を現した。
仮面ライダータイガ。以前満がミラーワールドで戦いをのぞき見ていた
もう一人のライダーだった。
タイガは大きな鏡をアビスの横に置き、それを使ってミラーワールドから
脱出するようにアビスを促した。
アビスは消えかかった身体を引きずるようにして、その手鏡の中に
吸い込まれていった。
「お前...あの時の...」
そう、あの時の殺し損ねたライダーが自分を見下すように立っている。
僕は英雄になるんだ。という意味の分からないふざけた事を言いながら
いきなり自分の命を狙ってきたライダーとの決着は、ミラーモンスターの
乱入によってつく事はなかった。
今度会ったら真っ先に殺してやると誓った矢先なのに...
「ねぇ知ってる?虎って執念深いんだよ?」
「一度狙った獲物は、必ず仕留めて殺すんだ」
「一時はどうなる事かと思ったんだけど、見つける事が出来て良かったよ」
「Final vent!」
待て!と声をあげる間もなく仮面ライダーガイは頭を串刺しにされた。
ドクドクとマスクに空いた穴から大量の血液が流れ出す。
タイガのファイナルベントは、契約獣デストワイルダーがその鋭い爪を
相手の身体に突き刺し、そのまま虎が獲物を狩るように、地面を引きずり
回し、最後にタイガの大きな爪でトドメを刺すえげつない技だった。
しかし、頭を貫いて即死してしまったそのあっけなさに、当の本人達は
困惑を隠せなかった。
「ダメじゃないか。デスト。頭を貫いたら遊べなくなっちゃうだろ?」
不満げに喉を鳴らすデストワイルダーを頭を撫でて慰めたタイガは
ピクリとも動かなくなったガイのデッキから残りのカードを全て
引き抜いた。
「あっ、あったあった」
満足げな笑みを浮かべたタイガの手には、もう一枚のカードの効果を
無効化する特殊カード、コンファインベントが握られていた。
「これ欲しかったんだ~」
デッキからカードを引き抜いた瞬間、ガイの変身が解ける。
頭をスライスされ、物言わぬ死体となった芝浦淳は虚ろな目のまま、
白い虎に頭を丸かじりされはじめた。
「~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
どこからか悲痛な声が聞こえてきた。
声の元にデストワイルダーが目を向けると、川岸から猛然と突進
してくる新しいミラーモンスターがいた。
そう、主を失ったメタルゲラスだ。
主の危機に駆けつけられなかった不忠者は、せめて主を殺した犯人を
八つ裂きにして復讐を果そうと、何も後先を考えずに猪突猛進ならぬ
犀突猛進しながら、その自慢の一本角でタイガを貫こうとした。
「デストワイルダー。アイツの動きを封じろ」
信頼する主の命令にデストワイルダーは頷いた。
「がおおおおおおおおおお!!!」
猛虎の咆哮と犀の突進がぶつかり合う。
かつて相対した蟹の契約獣なんかとは比較にならないほどの剛力で
メタルゲラスは押さえ込まれてしまった。
首筋を噛まれ、腹部を貫かれた忠臣は恨めしげな視線でタイガを
睨み付け、断末魔の叫びを上げ続けていた。
「よかったね。デストワイルダー。お前に友達が出来るよ」
未だに寝取られた女のような女々しい悲鳴を上げ続けるメタルゲラスを
にこやかに見つめたタイガは、自分の相棒と遊んでくれそうな目の前の
元気の良いミラーモンスターを仲間に加える事を決めた。
カードデッキから取り出した一枚のカードがメタルゲラスを吸い込む。
プライドや主への想い、そして自慢の一本角を粉々に打ち砕かれた
メタルゲラスは一瞬のうちに、契約のカードの中に吸収されてしまった。
「先生、喜んでくれるかなぁ?」
英雄の卵である自分を導いてくれる恩師の笑顔を思い浮かべながら、
仮面ライダータイガは意気揚々と充分な戦果をひっさげて、鏡の中の
世界から引き上げていったのだった。
仮面ライダーガイ/芝浦淳、死亡 残り10人。
第十一話 the alternative
清明院大学大学院 401研究室
「う、うーん...」
意識を取り戻した満がいたのは、全く来た事のない大学の一室だった。
「ここは...どこだ?」
身体を起こして周囲を見渡す。
窓という窓は黒いカーテンで閉められている。それどころか何かを
反射する者には全て何かしらの黒い覆いが掛けられているのだ。
(ああ...こうすりゃミラーモンスターは出てこれないよな)
ソファーをくっつけた簡素なベッドから降りた満は、そこかしこに
物が散乱した研究室を歩き始めた。
「おや、お目覚めですか?」
「ひぃっ!」
自分の背後、大きな黒板の隣にある扉から一人の男が姿を現した。
「あ、アンタ一体誰だ?!」
「これは失礼。驚かせてしまったようですね」
「私は香川英行。この研究室の主です」
一分の隙も無駄すらもないその洗練された動きは、まるで全てが自らの
想定内だと言わんばかりの自信に溢れていた。
研究室の一番端っこの黒いカーテンを男は引いた。
シャッ!シャッ!シャーッ!
研究室の全てのカーテンが開かれた時、満は自分に語りかけた人物の
顔をようやく直視する事が出来た。
その男は、一言で言うならば理知的だった。
全身から立ち上るカリスマが、目に見える自信という形で見える人間。
それが目の前の男、香川英行に対して満が抱いた第一印象だった。
「香川さん、ですか。えっと...ありがとうございます」
「なにがでしょうか?」
理知的だが、同時に温厚さすら感じさせる香川は、事情が掴めずに
きょとんとしている満の近くに歩み寄り、手に持っていた500mlのペット
ボトルのジュースを手渡した。
キャップを開けて、口をつけて一気に飲み干す。
「一息つけましたか?」
「ええ。ジュース美味しかったです。ありがとうございます」
混乱する心を静めた満は、一体どのように自分がここに来たのかを
香川に対して質問した。
「さっき...河川敷で倒れていた僕を助けてくれたんですよね?」
「いえ、私はただ貴方をここで休ませただけです」
自分も手に持っていたペットボトルのオレンジジュースを飲みながら、
香川は満が理解できるように、簡単に事情を説明し始めた。
「私の教え子がね、貴方を抱えてきたんですよ」
「河川敷を車で走っていたら、なにやら自転車が転がっている」
「怪しい。誰かが犯罪に巻き込まれたのではないのだろうか?」
「そう思って河川敷を探すと、貴方が倒れていたそうです」
「意識を失った貴方を起こそうとしても、中々目覚めない」
「かといって警察を呼んであらぬ疑いをかけられたくもない」
「それで僕をここに連れてきたと?」
「ええ。私は教授なんですよ。当然この大学の医学部にも顔が利きます」
「そうだったんですか...」
色々と腑に落ちないことはあるものの、香川の言っている事は大体が
真実なのだろう。以前ミラーワールドがらみで警察に厄介になった
満としては、また警察に厄介になるのは避けたかったというのもあるし、
何よりも目の前の男が社会における一種の立場を確立した大人である
ことも香川を信用できる大きな安心としてあった。
(ふう...我ながら悪運が強いなぁ...運が良いんだか悪いんだか...)
果たして目の前の人にライダーバトルの事を打ち明けても良いの
だろうかと思案に暮れた満は、ここでようやく自分の今着ている服が
先程まで着ていた服とは違う事に気が付いた。
(ま、まずい。デッキがない!)
デッキがなければミラーモンスターやライダーとも戦えないし、財布の
中には、自分にとって決して無視できない財産を引き出せるカードだって
ある。
「すいません。あのっ、僕の私物はどこにありますか?」
「ああ、すっかり忘れていましたよ。どうぞ、こちらへ」
色々と事情のありそうな初対面の男に動じる事なく、香川は落ち着いて
自分の使っている個室のデスクから、袋に保管していた諸々の満の私物を
そっくりそのまま返還したのだった。
「助かったぁ...本当にどうお礼を申し上げたらいいのか..」
「何から何までこんな見ず知らずのフリーターに....」
「そうかしこまらないでください。困ったときはお互い様ですよ」
財布も、家の鍵も、そしてカードデッキも全部揃っている。
何も欠けていないし、何も壊れていない。
唯一の後悔は、買い込んだ食料が全部おじゃんになってしまった事だが
今は自分の命があるだけ丸儲けだと満は自分を納得させた。
「佐野さん。これからなにか用事はおありですか?」
「あー、ないです。今はその...職無しのプー太郎でして...」
「そうですか、では...これから食事などいかがでしょう?」
「えっ、いや...悪いですよ。だって俺、お礼できないっすよ?」
思ってもみなかった香川からの素敵な提案に、しかし満は首を縦に
振る事が出来なかった。
見ず知らずの自分に、そうする義理がないにも拘わらず、まるで
そうするのが当然のように至れり尽くせりの対応をしてくれた香川に
対して何もお礼が出来ない自分が恥ずかしいと思ったからだ。
しかし...
ぐぅ。と空腹を告げる腹の音が、ごまかせない音を立てた。
それは確かに満の耳にも、香川の耳にも飛び込んできた。
「丸二日寝込んでいるのに、ですか?」
「二日?!」
「ええ。貴方が眠ってから既に二日が経過しています」
「一日だけならば、ここで笑って送り出せるのですが...」
「二日も寝込んだ人間を空腹のまま送り出すのは偲びありませんので」
「ここは一つ、何かの縁と思っていただければ嬉しいのですが?」
「...はい。じゃあ、その...ご馳走になります」
この立派な人にいつか恩が返せるときになったら、ちゃんと返そう。
そう考えた満は、香川の申し出をありがたく受ける事にしたのだった。
~清明院大学 食堂~
「あっ、香川先生だ!せんせーい!こっち向いて~」
「やぁ。今日も元気だね。吉田さん」
「センセーかっこいー!デートして~」
「木田さん。私を口説かないでください。妻子ある身ですからね」
午後一時、少し遅めの昼食を取ろうとする香川の横には沢山の女子
生徒達が並んでいた。
最終学歴が大学中退の満だったが、満の通っていた大学ではこんな風に
なれなれしく教授達に生徒達は近寄ってこなかった。
(うわぁ...人望あるんだなぁ...この人)
女の子達が囲む香川の席に座る事に気後れした満は、遠目に生徒と
香川のやりとりを見守る事にしたのだった。
「海原君。就職活動はどうかね?良いところは見つかったかな?」
「それがさ~。上場企業は全部ダメで中小しか受かんなかったんだよ~」
「そうですか。でも、企業の名に甘んじてはいけませんよ」
「受かった企業を上場させるくらいのガッツを持たなくては」
「ちぇ~。先生みたいに特別な才能があればなぁ~」
「個性と才能は違いますよ。才能というのは努力の極致です」
「先天的に自らに備わっているのが、個性だと私は思います」
「はーい。よくわかんないけど頑張りまーす」
「ファイトですよ」
生徒達がいなくなったのを見計らった満は、そろりそろりと香川の
座る席の隣に自分のトレイを置いた。
「いや~。香川先生って凄いんですね~」
「生徒さん達、みんな先生のことすっごく慕ってるじゃないですか」
「いえいえ、私はそんなに大したことをしていませんよ」
「教師として、自分の見識の範囲内で彼等に助言をしただけです」
満の絶賛を謙虚に受け止めた香川は、満の持ってきたトレイをじっと
見つめながら、話題を逸らし始めた。
満のトレイには、A定食とカツカレーの二つが乗っかっていた。
「おや、佐野君はカレーが好きなんですか」
「大好きですよ。あ、横浜カレーって知ってますか?」
大盛りのカレーを口に運びながら、香川は満の振った話題に真摯に
答え始めた。
「よく知っていますよ。私の家では年に三度ほどそのルーを使いますから」
「あー!そうなんですか~?やっぱり分かる人には分かるんだ~」
「俺のバイト仲間は皆バーモント、バーモントって口を揃えるんすよ」
「ほう、それは損をしていますね。コクの深さが分からないとは...」
「さっすが先生、お目が高い!」
「そもそもカレーというのは、辛くなくては始まりません」
カレーうどんを綺麗に啜る香川は、満とカレー談義に花を咲かせていた。
やれスープカレーは邪道だとか、カレーの隠し味に牛乳や果物は
不必要だとか、今まで食べたカレーの中で何が一番辛かったか、等等の
他愛もない話に熱中していたのだった。
そのうち、カレー談義は香川の家族の話へと変わっていったのだった。
「ですが、家内や息子はどうにも辛いのが苦手らしく...」
「私は家で常に一人だけレトルトパウチのカレーなんですよ...」
「え?先生奥さんとお子さんがいるんですか?」
「ええ。ほら、この写真の小さい子が私の息子なんですよ」
「裕太っていう名前なんですけどね。まだ小学生なんですよ」
「うわ~。可愛いな~。裕太君が羨ましいっすよ」
「俺の父親なんか...父親...なんか...」
携帯電話の待ち受け画面には幸せそうな笑顔を浮かべている香川と
その家族の写真が写っていた。
「どうかしましたか?佐野君」
「あ、いえ...俺の親父はなんていうか嫌な奴だったんで」
「こんな感じに家族で写真なんか撮った事ないんですよ」
思い出したくない思い出に蓋をした満は、心配そうに自分を見つめる
香川に無理矢理笑いかけて、席を立とうとした。
「香川先生。なにからなにまでありがとうございました」
「お礼はいつか必ずさせて頂きますので、これで失礼させて頂きます」
話の合う相手との話を切り上げる事に残念そうな表情を浮かべながらも、
香川は深く満を引き留めようとしなかった。
丁度昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったのを口実に、満は
香川に深々と頭を下げて、大学の食堂を後にしようとした。
「ああ、待ってください。佐野君、一つだけお願いがあるんです」
「はい?なんでしょうか?」
自分に背を向けた満に、香川は声をかけた。
「いえ、大したことではないんですが」
「私が預かっていた荷物の中にあった、あの格好良い玩具」
「もう一度、見せて貰えませんか?」
「カードデッキのことですか...いいですけど...」
香川の言葉を疑う事なく、満はポケットの中からカードデッキを
取り出して、香川の前に置いたのだった。
「そうそう。これですよ」
「息子の誕生日が近くて...これ、なんていう番組の玩具ですか?」
「えっと...それは...なんでしょうね?」
香川の言葉に答えを返せずに口ごもってしまう。
なぜならこれは玩具などと言う生ぬるい物ではないからだ。
これは鏡の向こうに渡り、ライダーや怪物を殺す為のライセンスだ。
しかし、香川は脳天気にデッキの中からカードを引き抜いて、興味深げに
裏と表を交互にひっくり返し、目を輝かせながらじっと観察している。
「この二枚は、サメですか?」
「ええ。まぁそうですね。何の鮫かは分からないですけど」
「アビスハンマー...アビスラッシャー...」
二枚の契約獣のアドベントのカードを見つめる香川の視線が徐々に
厳しい物に変わっていく。
「実はこれ、知人っていうか...ある人から貰ったんですよ」
カードをじっくりと見ていた香川は、納得したように全てのカードを
満のデッキの中に入れ戻し始めた。
「胡散臭い人なんですけど...捨てるに捨てられなくて...」
その瞬間、香川の顔から穏やかさが消えた。
「その胡散臭い人、というのは...神崎士郎と名乗りませんでしたか?」
「ど、どうして...香川さんがあの男の名前を...」
愕然とした満は、自分の手元にデッキがない事に今更気が付いた。
そして、耳元から聞こえるあの金属音。
なんてことだ、助けて貰ったと今まで思っていた人間もライダーなのか?
「佐野君。どうやら私はこのまま君を帰すわけにはいかなくなりましたよ」
「どうです?ここは一つ、腹を割ってとことん話し合いませんか?」
理知的な瞳の中に渦巻くある種の狂気にも近いその感情に、満は
黙って頷く事しか出来なかった...
~清明院大学大学院 401研究室~
大学の食堂から研究室に引き返した満を待ち受けていたのは、ただ者
ではない異様な雰囲気を纏った二人の学生だった。
「先生、お疲れ様です。そこにいるのが例のライダーですか?」
「ええ。そうですよ仲村君。彼が東條君が助けたライダーです」
「....」
どうやら香川に話しかけた学生、どこか喧嘩腰で、触れれば切れる
ナイフのような鋭い目つきをしているのが仲村で、その仲村の後ろで
沈黙を守り、虎のような視線で自分を見つめているのが東條という学生だろう。
満を自分のラボに連れてきた香川は、それなりに値の張りそうな革張りの
椅子に腰掛け、その両脇に東條と仲村を控えさせた。
「あの、香川先生...そこの二人の人は一体誰なんですか?」
「ああ、この二人は私の教え子です」
満の質問に答えた香川は、仲村と東條に自己紹介を促した。
「仲村創だ。香川先生の下で大学院生をしている。よろしく」
「東條悟です。仲村君と同じく先生の教え子です。よろしく」
素っ気ない自己紹介は信用のなさの表れとよく言う。
いや、信用がない奴だと思われているだけならまだ良い。
問題はこの三人がやろうと思えばいつでも楽に自分の命を容易く
奪えるほどの手練れだという事が問題なのだ。
「佐野満です。三日前は本当にありがとうございました」
「あの時助けて頂けなければ、俺死んでました」
「お二人には感謝してます」
深々と頭を下げて、目の前の二人の反応を伺う。
「...良かったな東條。お前、感謝されてるぞ?」
「流石英雄。やることなすことがいちいち格好ついてるな」
「仲村君さぁ、そういう男の癖にネチネチしてるの女々しいよ?」
「何でも蔑むのは、人としてかなり未熟な証拠なんじゃないの?」
「なんだと!!」
「よしなさい!」
どうやら香川の教え子は、香川に比べれば小物も良いところだ。
仲村は心が狭く、東條は人に言えない闇を抱えているように見えた。
香川に窘められた二人は、渋々その怒りを収めたのだった。
「仲村君。今のは君が悪い。東條君に謝りなさい」
「何でですか!トドメを刺せるときに刺すのは当然で...」
「人を殺す事を甘く考えるな!」
香川の怒号が研究室を震わせる。
その怒りに仲村は堪えきれないなにかをグッと飲み込んで、横にいる
東條へと頭を下げたのだった。
「すまない...言い過ぎた」
「別にいいよ。仲村君は僕とは違ってまっとうな人間だから」
一言多すぎる所か、その一言で今更ではあるが、東條がライダーとして
既に他のライダーを殺していたことに満は気が付かされた。
「ふぅ...お見苦しいところを見せてしまいましたね」
「い、いえ...。香川先生も大変なんですね」
正直な話、なぜ香川ともあろうひとかどの人間がこんな人として
癖のありすぎる二人を同士として迎えているのかが満には欠片ほどの
理解も出来なかった。
しかし手を組むにしろ、組まないにしても、いずれ戦う事になるかも
しれない、この場にいる三人の真意を見極めなくてはならない。
満は固唾を飲んで香川の言葉を待つ事にした。
「では、本題に入らせて貰いましょうか」
「佐野君。私達に貴方の力を貸しては頂けませんか?」
「えっ?!」
それは初めてのライダーによる勧誘だった。
城戸真司との出会いの時は、自分から彼の下に入る事を望んだが、
今回はそれとは異なる全く逆のパターンだった。
「先生、彼は信用できるんですか?」
「それを今から君達に判断して欲しいのです」
東條が困惑を顔に浮かべながら、香川にその真意を問う。
しかし香川は東條に選択を任せると答え、すぐさま話を戻した。
「佐野君。幾つか答えて欲しい事があります。いいですか?」
「は、はいっ!答えます」
「では、一つ目の質問です。佐野君は何のために戦っているんですか?」
「え、えっと...死なないためです。生きる為です」
「ほう。生きる為。ですか」
「では、生きる為にライダーを殺す覚悟を持った事はありますか?」
「そ、それは...分からない、です」
自分は浅はかで、何かを変える事が出来ない人間だけど、復讐の
無意味さと報復の連鎖はいつまでも悪い方向に続いてしまうと満は
己を回顧した。
神崎士郎に巻き込まれて満のライダーバトルは始まった。
アイツのせいで、自分は何度も死にかけたし、罪のない人達が自分の
せいで命を落としてしまった。
今でも神崎士郎の事は恨んでも怨み足りない。
だけど、望む望まぬに拘らずこのバトルに参加したライダー達を
殺すのは間違っていると、それだけは断言できる。
「そうですか。では言い方を少し変えてみましょうか」
「多数を殺す事が出来る個の存在を殺さなければならないとき」
「その個を殺して、平穏が得られるのが確定しているなら」
「貴方は、それでも自分の戦いをやめる事が出来ますか?」
「それは...」
満のような人間にとって、善悪の二元論は難しい質問だった。
何を成せば善となるか?何を成せば悪となるか?
その二つを己の心の中の秤にかけて、人は未来を選びとっていく。
(もし、俺が...浅倉威と1対1で対峙したら...)
足りない頭で満は必死に考えた。
今は亡き須藤から連続殺人犯がライダーとしてこの戦いに参加している事を
聞かされた時の事を思い出す。
ただ自分の我欲の為に多くの人を殺害した奴は、まさに香川の言う
多数を殺す事が出来る個の存在と言えるだろう。
自分はこの戦いを生き残るために戦うと言った。
人殺しは正当化できない。例えどんな理由があったとしても、人が
人を手にかけた時から、その人は後戻りできなくなる罪を背負うことに
なってしまう。
だが、浅倉を野放しにしてしまえば犠牲者の数は増え続ける。
(どう答えりゃ良いんだよ...)
こんな時、城戸真司であればきっと、それでも自分を貫き通すだろう。
誰彼構わず救おうとして、その為に戦うんだ。と...
自分には真司のような確固たる信念がないことがこれほど恨めしかった
ことはないと満は唇をかみしめた。
「俺は...その個を止められる力を持っているのが俺しか居なかったら」
「俺は、多分戦いに行くと思います」
「だけど!」
「だけど?なんですか?」
「俺は、弱いから殺されてしまうかも知れません...」
「死にたくないけど、先生の言う個がどれだけ悪い存在でも...」
「生き残りたいという想いが強い方が生き残るのではないんでしょうか」
詭弁だ。
聞こえの良い事を言っているように見えるが、その本質はただの
他力本願でしかない。満は自分の背後にいる人間の生きたいという想いを
自分の戦う理由に入れていない。
どのような理由があっても、殺人は大罪だ。
しかし自分しか守りたい者を守れる力を持っていない状況下で、そんな
あやふやな理由で武器を取っても、悪を排除する事は到底不可能だ。
何故なら人の命は一つしかない。一度死ねば人は蘇らない。
「....」
しかし、その不条理を受け入れた上で悪と戦い勝利する者が必要なのだ。
善でありながら悪を担い、可能な限り多くの人を守る存在が世界には
必要なのだ。
それが、香川英行の掲げる『英雄』の姿だった。
英雄とて完全な善ではない。
掲げる善の中に悪を担うが故に犠牲を是とする、救う側の自己満足。
即ち、大多数のよりよき明日の為の、少数の犠牲という全てを救えないが故の
諦念を第三者に肯定させる押しつけが香川の掲げた理想の矛盾とも言えた。
「佐野君。君は多数を救うための少数の犠牲を許容できますか?」
「私は、いや私達は...ミラーワールドを閉じる為、戦っているんです」
遂に香川の口から、彼等が戦うための理由が明かされた。
満はまるで金縛りにあったかのように身体を硬くして、香川の言葉に
耳を傾け続けていた。
「ミラーワールドを閉じる方法を私は知っています」
「今の君には明かせませんが、それが成されれば全てはゼロになる」
「ミラーワールドは閉じ、ライダーバトルという殺し合いもなくなる」
「教えてください。その、ミラーワールドを閉じる方法を...」
「今の俺に教えられないってことは、結局、綺麗事じゃ済まないんでしょ」
「誰かを殺すんでしょ?ねぇ、そうなんでしょ?」
「お前!いい加減に...」
あまりのしつこさに耐えきれなくなった仲村が、満を研究室から
放り出そうと立ち上がった。
「仲村君!良いんです。早いか遅いかの違いですから...」
その行為を一喝して止めた香川は観念したように、教える筈のなかった
方法を満に語った。
「ミラーワールドとこの世界をつなぐ、いわば中間的な存在...」
「本来なら交わることのない二つの世界を行き来する人間がいるんです」
「一人は神崎士郎。そして、もう一人は彼の妹、神崎優衣」
「なぜ、神崎士郎は13人のライダーを戦わせる必要があるのか?」
「それは、彼の妹に新しい命を与えるためです」
「新しい、命?」
「ええ。にわかには信じがたい話ですが、その通りなんです」
「ライダーを戦わせ、最後の一人になったライダーの命を妹に与える」
「それがこの戦いの全てです。神崎士郎による壮大な自作自演です」
「そ、そんな...ありえない!そんなバカな事あって良いのかよ!」
じゃあ、アイツの言葉を信じてライダー達は戦っているっていうのか?
アイツのエゴのせいで、アイツが契約者達に渡したデッキのせいで、
一体何人もの命が奪われたっていうんだ?
「しょ、証拠は?そうだよ、そこまでいうなら証拠あるんだろ」
「ええ。この部屋と仲村君がまさにその証拠です」
重い腰を上げた香川は腰を上げ、部屋の中をグルグルと歩き出した。
「ライダーバトルが始まる数年前、ある実験がなされました」
「昔ここは江島実験室と呼ばれ、神崎君はここに在籍していました」
「彼はここでライダーバトルの礎となる研究に取り組んでいました」
「ミラーモンスターやそれをコントロールする手段...」
「カードデッキのシステムを開発し、彼は全てを実用化させました」
「そして、最後にライダーのシステムの実用化の実験が行われたとき」
「ある事件が起きたのです」
「ミラーワールドからモンスターがこの世界に飛び出してしまったのです」
「モンスターは手当たり次第に人を襲い、多くの人が死にました」
「仲村君はその時の江島研究室の唯一の生き残りです」
「アイツのせいで、俺は仲間を失ったんだ」
「アイツさえ...アイツさえいなければこんなことにはならなかった」
「皆が死んだのに...なんでアイツはまだ生きているんだ...」
仲村が悔しさを滲ませながら、香川の言葉の後を継いだ。
「なんで香川先生がこんなことを知ってるか不思議に思うだろ?」
「そうだよな。でも、この人は天才なんだよ」
「一度見たものを完全に記憶してしまう大天才なんだ」
「江島研究室がアイツのせいでなくなる前、先生は奴の資料を見た」
「何から何までを全部記憶した先生は、ライダーシステムを作った」
「アイツとは異なる、アイツに対抗するためのもう一つのシステム...」
「ライダーとは異なるもう一つの存在、オルタナティブだ」
「オルタナティブ?」
「そうだ。これを見ろ」
仲村は涙に濡れた手にカードデッキとよく似た黒いデッキを取りだした。
「これを...先生が一人で作ったんですか?」
「正確には、東條君のデッキも参考にしました」
「僕も最初は驚いたけどね。でも、これで分かったでしょ?」
「本当なら首を突っ込まなくても良い事に先生は首を突っ込んだ」
「神崎士郎と無関係の筈なのに、それでも先生は危険を冒したんだ」
「君にその理由が分かる?」
「正義感、ですか?」
「そう。先生は英雄なんだ」
「他のライダーとは違う明確な意思を持ってこの戦いに臨んでいるんだ」
「我欲のために他人を蹴落とそうとするライダーが襲ってくる中」
「先生は戦いを止めたいという信念の元で戦っているんだ」
「誰かの命を平然と奪うような奴に先生の命を奪われてたまるか...」
「君もそう思うだろう?」
コイツ、かなり危ない方向にいるイタイ奴だ。と満は率直に思った。
まるで邪教の神を狂信する狂った宗教マニアのような、信仰の為なら
なにをしても許されるという狂気すら感じられる。
確かに香川の主張も分からなくはない。
多数の為の少数の犠牲を必要な犠牲と割り切れば、ある程度の良識や
正義感を持っている奴なら、迷いながらも最後まで戦えるだろう。
だが、この東條悟という男には確たる信念が何もない様に見える。
ただその理想が綺麗だったから憧れた。そして運の悪い事に、自分を
高く買ってくれた香川の優しさを絶対視、いや神格化してしまっている。
こういう奴は自分とその理想の乖離に気が付いた途端に、掌を返して
相手を裏切る奴だと、満は昔付き合っていた面倒くさい彼女の事を
思い出していた。
勝手に自分の理想を押しつけるが、そのくせ自分の本音を打ち明ける
ことは絶対にないという、そんな匂いを敏感に満はかぎ取った。
情緒不安定な浅倉予備軍、本性が獣な奴とはお近づきにはなりたくない。
コイツとはなるべく二人きりにならないようにしようと満はそう心に
固く誓ったのだった。
満面の笑みを浮かべるサイコ野郎は香川先生がいかに凄いのかを誰も
聞いていないのにべらべらとその後、仲村が切れて話を遮るまでの間、
ずっとしゃべり続けていた。
(城戸さんってやっぱり凄い人だったんだなぁ)
しかし、今更元の鞘には戻れないだろう。
真司の信念と相通じる信念はあるものの、ライダーの犠牲を許容できる
その精神性の違いから、この人達と真司は限りなく相容れないだろうと
満は推測した。
その上で満は、ある決心をつけたのだった。
「香川先生。俺、先生とは真逆の信念の人を知っています」
「ほう、それは興味深いですね。聞かせてください」
「はい。その人は一回会ったきりなんですけど、不思議な人でした」
「戦わなきゃ生き残れないのに、戦いを止めようと躍起になってるんです」
「正直、先生の言ってる事のほうが俺としては納得しやすかったです」
「でも、1を捨てて多数を守る先生の主張を聞いているとき」
「俺の頭の中には、1を守って多数と戦うあの人の信念がありました」
「俺は、弱いけど...正直そっちの英雄の方が格好良いと思ってます」
「そう、ですか...確かに、それも立派な英雄の在り方かも知れませんね」
それは、今更自分を変える事ができない香川の在り方と相反する
もう一つの正義の在り方だった。
自分のしている事は限りなく正しい。
弱者の犠牲の肯定というエゴに目をつむれば、必ずミラーワールドは
閉じられる。いや閉じてみせるという覚悟が香川にはあった。
しかし、真司のそれは香川の方法よりも遙かに難しいにもかかわらず、
香川は心からそのもう一つの英雄の在り方を否定する事は出来なかった。
なぜなら、それこそが...
「香川先生や仲村さん、東條さんのお話しを聞いて決心がつきました」
「俺、先生達の所でこの戦いを戦い抜きたいです」
「先生や城戸さんのような英雄に俺はなれない」
「だけど、俺は切り捨てられる1にはなりたくないんです」
「だから、皆さんの力になれるよう一所懸命頑張ります!」
拳を握りしめた満は、決意も新たに己の道を選んだ。
俺はまだ弱い。だから、少しでも生き残れる確率の多い側について
自分に出来る事を探してみよう。
そう決意した上での自分の売り込みだった。
「先生...俺は、コイツの事信じても良いんじゃないかって思います」
「ほう、意外ですね?君がそんな事を言うなんて」
沈黙を破った仲村は、先程の剣呑な視線ではなく、まるで初めて
まともな人間に会ったかのような視線を自分に向けていた。
「俺や東條より、遙かにマシな奴だと思ったからですよ」
「正直な話、俺は神崎の計画さえ潰せればそれでいいと思ってます」
「先生の言う素晴らしい英雄像にもあまり興味はありません」
「だけど、この男は先生の理想に賛同して、庇護を求めていながら」
「何も考えないで戦う事なく、自分の意思で戦いを続けることを示した」
「打算と保身はあるでしょうけど、一応使ってみてはどうでしょうか?」
「ふむ。君はどう思いますか東條君」
「僕は...この人の事、あまり信用はできないです」
「他のライダーとつながっているかも知れないし、なによりも」
「多くを助ける為なら一つを犠牲する覚悟が足りなすぎると思います」
「僕はこれまで二人のライダーを殺しましたけど」
「この人には多分、そんな覚悟は殆どないように見えるし、むしろ」
「このままここから帰した方が互いのためになると考えます」
「勿論、僕は先生に従いますけど...今のが僕の本心です」
「なるほど...わかりました...」
二人の意見が割れた以上、後は全て香川の判断へと委ねられた。
「佐野君。色々考えましたが、私達は貴方を迎え入れます」
「本当ですか!」
満の想像以上の早さで香川教授は答えを出した。
「ですが、当分は仮採用期間ということで様子を見たいと思います」
「そうですね...一ヶ月の期間でどうでしょうか?」
「一ヶ月間、私達の傍で私達の行動を見れば充分ですよね?」
「え、ええ。勿論です」
「いや~、鋭い!あえて警告をすることで相手の気先を制する! 」
「感動しちゃうな~。まさに先生はライダーの救世主ですよ! 」
「....」
「仲村君。堪えて。ここで怒ったら...あとは分かるでしょ?」
調子に乗って香川にゴマをする満を目の当たりにした仲村は、先程の
自分の発言がいかに迂闊で浅慮なものだったのかを自覚し、早速後悔し始めた。
珍しくもないが、仲村の短慮による失敗を見てきた東條は珍しく
仲間に当てこすりをぶつける事なく、本心から仲村を気遣った。
「...ああ、お前の言葉に耳を傾けたくはないが、そうだな」
目の前に居る奴はそういう奴だから、キレたら負けだよ。
暗にそう言った東條は、そのまま部屋から黙って出て行った。
「あれぇ~?どうしたんですか東條せんぱーい」
「気にする事はありませんよ。彼は優秀ですが、シャイなんです」
「時々一人になって落ち着きたいと言っていましたから」
「そうなんですか~。へぇ~」
先程の真剣な態度を180度かえた満を正視に耐えないと思った仲村も
ミラーモンスターを狩ってくるという最もらしい言い分をつけて、東條の
後を追うように研究室から出て行った。
「流石です先輩方!日常にあっても常に心は戦いの中」
「なんか俺、一人だけ場違いっぽく思えてきちゃいましたよ」
佐野の褒めちぎりに若干のウザさを感じ始めてきた香川は、ここで
一つの保険をかけておく事にした。
「佐野君。これからの一ヶ月間は私達となるべく行動を共にし」
「ライダーとの交戦は、相手が本気で襲いかかるまで控えてください」
「今は、ミラーワールドの内部を探索したいんです」
「そうですよね。大丈夫です!」
自分と仲村と東條の三人で見張っていれば、仮に目の前の男が変な気を
起こして、相手側に...特に神崎士郎に自分達の目的や情報を明かす事は
ないだろう。仮にそうだとしたら東條と仲村が黙っていない。
しかし、往々にしてバカは想像の斜め上を行くとんでもないことを
しでかしてしまう。佐野満という男はそう言った類だ。
では、バカの行動をできるだけ規制するにはどうすれば良いのか?
答えは簡単だ。金で釣れば良い。
「では、報酬の話に移りましょうか」
「報酬?」
「ええ。ミラーモンスター一体を倒すごとに一万円でどうでしょうか?」
「一万円も?」
「ええ。ただし、私の見ている前でのみ。という条件付きですが」
不定期ながらも、日給一万円という割の良いバイトは金に五月蠅い
満にとって無視できない程の魅力を放っていた。
仮に一ヶ月に10回香川と行動を共にしたと計算する。
一回のミラーワールドでのモンスターとのバトルで2,3体を葬れば
大体月給で20万円は軽く超えるだろう。
しかも、これは個人間の金銭のやりとりだから、税金も何も掛からない。
頭の中で素早く電卓を叩いた満は諸手を挙げて香川の提案に乗った。
「良いですとも!いや~流石教授。懐も心も広い!」
「憧れるな~」
しかし、香川には別の狙いがあった。
そう、東條と仲村と自分の戦力の温存である。
先程のやりとりで、満のカードデッキの情報を全て記憶した香川は
満が契約したモンスターが、実は合体モンスターが分裂した姿の
ミラーモンスターだということを、知識上すぐに探り当てた。
ライダーの武器や盾のAPとGPの平均は2000であるのに対して、満の
カードには3000AP以下のカードは一枚も入っていなかった。
まさに切り込み隊長にはうってつけである。
ライダーに当てるのも良し、雑魚モンスターの大軍に当てるも良し。
まさに戦力の温存にこれほどうってつけの人材は居ない。
仮に怖じ気づいて逃げ出すとしても、中途半端な義務感で最後の
仕事を成し遂げてから、遺恨を残さないような形で辞めていくはずだ。
誰も損をしない有益な関係を築いた上での協力関係ほど、恐ろしい物は
ない。何故なら互いの真意が見えないからだ。
更に、神崎士郎の奥の手を香川英行は身を以て知っている。
まず一つ目は、時を巻き戻すカード、タイムベントの存在。
二つ目はミラーワールド最強のモンスター、ゴルドフェニックスと
その強力な眷属の存在。
そして、神崎士郎のみが知るミラーワールドの中枢にしてあの世界を
存続させ続けているミラーワールドのエネルギー源、コアミラーの存在だ。
既に仲村の使っているデッキと同スペックのオルタナティブのデッキは
量産済みで、その数は10を超えている。
神崎士郎に見つかってそれらを全て壊されるというリスクを回避する為、
香川は自分の人脈をフルに使い、信頼できる協力者にそれらを分散して
預けていた。
手はずとしては、ライダーの数が残り五人を切ったところで香川が
協力者にしか分からない合図を出し、それを確認した協力者達が一斉に
この自分のラボに押し寄せて、神崎と残りのライダーを討つという手はずに
なっている。
佐野の本当の役割は、神崎士郎のミスリードの誘発である。
ライダーになる人間は、心のどこかに致命的な弱さを抱えている。
お人好しだったり、死にたくないという生存本能だったり、人を殺して
自分の生を実感する破綻だったり、英雄になりたいという願望を心の中に
抱きながらも、英雄というのは何かという答えを持ち得なかったりする
そんな破綻者達がライダーバトルを加速させ続けている。
故に、人間としては若干クズの部類には入るものの、ごく普通の人間の
価値観、自己保身や打算に走りながらも、ライダーバトルを肯定的に
捉えながら生き残るために他人を出し抜く満の雑草のような強さこそが、
神崎士郎の失敗を引き出す鬼手となり得る可能性に香川は賭けたのだった。
そんな香川の深く大きな計画の中に組み込まれた事をつゆ程も自覚
できなかった満は、深く考える事なく香川の手を取ったのだった。
「佐野君。長い事引き留めてしまって申し訳なかったですね」
「いえ!とんでもない。とても有意義な時間でした」
「俺!頑張ります!先生達に協力を惜しみませんから」
「ええ。期待していますよ」
満が深々と自分に頭を下げ、研究室から出て行く前に自分の携帯電話を
書いた紙を渡した香川は笑顔を浮かべ、何度もペコペコと頭を下げる
満の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。
(さぁ、神崎君。君は私の一手にどう出るのかね?)
多大な犠牲者を出すこの戦いを仕組んだ黒幕に、香川は一人その心の中で
静かに宣戦布告をしたのだった....
第十二話 予兆
~花鶏~
喫茶店花鶏のテーブルで、うららかな日差しを浴びながら手塚海之は
安らかな一時を過ごしていた。
秋山蓮はそんな手塚の珍しい姿に安堵を覚えていたが、徐々に手塚は
悪夢にうなされ、激しく動き始めた。
「おい!どうした手塚!」
慌てた蓮はテーブルから転がり落ち、なにやら大声で喚き始めた
手塚を抱え上げ、顔を叩いて正気に戻そうと試みた。
「手塚!おい手塚!どうしたんだ手塚!」
「はぁっ!はぁッ!」
蓮の乱暴なビンタに無理矢理眠りから覚めた手塚は、真っ先に蓮を見、
それから安堵のため息をついた。
「何か悪い夢でも見たのか?」
ぶっきらぼうだが、真剣に手塚の話に耳を傾けようとする蓮に対して、
手塚は手を乱暴に振りながら、強引に話を切り替えた。
「い、いや...なんでもない」
「少しストレスがたまっているんだろう。すまないが家に帰る」
「ちょっと待て」
その不自然さが腑に落ちない蓮は、急いで花鶏から出て行こうとする
手塚を引き留めようとした。
「どうしたんだ手塚!占いの次は千里眼か?」
全く、どうしてコイツはどうでも良いときに勘が鋭くなるんだろうか?
自分が見た悪夢は、まさにコイツが渦中にいるというのに...
「そうだ。俺の家が火事になってしまう夢を見たんだ」
「家には色々なものが置いてある。勿論、燃えたら困る物もな」
「だからってそれが今日というわけでもないだろう?」
「だが、俺の占いは良く当たる。今日は確かにその日ではないが」
「...雨の日だ。その日に俺の家は燃えるだろう」
「だろうって...」
手塚の占いの精確さを知っているが故に、蓮は彼のやろうとする事に
それ以上深く突っ込む事ができなかった。
「ああ。また明日」
そっぽを向く仲間に手を振った手塚は、急いで花鶏からできるだけ
離れようと必死になった。
曲がり角を曲がって、蓮が自分の姿を見つけられなくなった場所からは
走って走って走り続けて、そしてようやく3km離れた場所へと辿りついた。
全速力で走った為、喉が干上がっている。
近くにあった自販機で一番安いペットボトルの水を買った手塚は
一息にその水を飲み干した。
(蓮...お前の運命は、必ず俺が...変えてみせる)
断固たる決意を瞳に浮かべた手塚海之は、近くにあった電話ボックスに
入り、電話帳をめくり、あるページを探していた。
手塚の視線の先、何人もの弁護士の電話番号が書かれているページの中で
一際目立つフォントで印刷されている番号があった。
「北岡、秀一...」
~どこかの倉庫にて~
深夜一時。
人目に付かない倉庫の中で熾烈なライダーバトルが繰り広げられていた。
相対するライダーのカラーは深緑と緑の二色。
深緑のライダーの名前はゾルダ。変身者は北岡秀一。
もう一人の緑色のライダーの名前はベルデ、変身者は高見沢逸郎。
なぜ二人が戦っているのか?それはライダーだからである。
例え二人の間にいかなる私怨が存在していようとも、命を賭けた
バトルロイヤルに参加している以上、そのようなモノは自分を鈍らせる
不純物でしかなかった。
「高見沢さ~ん。もう観念して刑務所行きなよ~」
「今から自首すれば五年程度の実刑で済ませるからさ。ね?」
「ばっ、化け物め...」
さながら悪党を追い詰める正義のヒーローのような場面ではあるが、
生憎、この戦いには正義は存在しない。あるのは純粋な願いだけだ。
秀一は自らの不治の病を取り除くこと。
高見沢の願いは、超人的な力を手に入れること。
願いを叶える権利を手に入れられるのは、たった一人だけ。
邪魔になる人間を片っ端から消すのがこの戦いのセオリーである。
特に、特殊能力で姿を消したり真似たりするようなカメレオンのような
嘘つきのくせに大物ぶる小物も勿論その中に含まれている。
「ふ、ふざけるなぁっ!てめぇ俺を誰だと思ってる!」
「俺は高見沢逸ろっ...」
「べらべら五月蠅いよ、もう。黙っててくれないかな?」
マグナバイザーの銃口が火を噴く。
「ぎゃああああああ!!」
「こっすい真似するよね~。ま、小物なりに善戦した方じゃない?」
デッキから引き抜いた最後の一枚は、ベルデの持つ秘密兵器、己の姿を
一定時間消すことができる特殊カード、クリアーベントだった。
自分の右腕の指を三本吹き飛ばされた高見沢は、まるで赤子のように
ヒーヒーと情けない声をあげながら、数十年ぶりに人前で尿を漏らした。
そんな逸郎をどうでも良さそうにちらっと見た秀一は、最後のトドメを
刺しに掛かったのだった。
「ま、待ってくれ。こ、ころさなッ」
「Advent」
高見沢の懇願もどこ吹く風、秀一は自分の契約したマグナギガを
平然と召喚した。
「マグナギガ。コイツの頭を吹き飛ばせ。胴体は潰すな」
鋼の巨人マグナギガは主の命令に忠実に従った。
腕のバズーカ砲の照準をベルデの頭にロックオンする。
「ぎべっ!」
ぼんッ!
轟音を立てながら、マグナギガはあっという間に高見沢逸郎の頭を
粉々に粉砕した。
「ふふん。使えるものは貰っておかなきゃね?」
頭部を失ったベルデの身体が消える前に、秀一は素早くその腰から
デッキを引き抜いた。
「ねぇ、これってどうなのよ?反則じゃないよね?」
「ああ。敗北したライダーのデッキの第三者への委譲を認めよう」
「そう来なくっちゃ」
意味深な笑みを仮面の下で浮かべたゾルダは意気揚々と自分の帰りを
待ってくれている頼れる秘書の元に向かったのだった。
仮面ライダーベルデ/高見沢逸郎、死亡 残り11人
~ミラーワールド~
「うああああああああ!」
「足りない...うああああああああああああ!」
「北岡ァ!北岡ぁあああああああああああああ!!!」
夜と静寂が支配する山の中で、一人浅倉威は戦い続けていた。
神崎士郎という男に窮地を救われた浅倉は、しかし一向に現れない
ライダー達にしびれを切らし始めていた。
目の前には12体ものミラーモンスターが威を喰らおうとその牙と
武器と毒で一斉に襲いかかっていた。
ゼノバイター。テラバイター、ゼブラスカル、バクラーケン、
ミスパイダーの5種類12体を相手取り、仮面ライダー王蛇は手に持った
ベノサーベル一本でモンスター達を殺そうと無謀な戦いを始めたのだった。
「しゃあああああ!!」
まず手始めに鋭い毒牙を首に突き立てようとしたミスパイダーが大きく
開けた口にベノサーベルを突き立てて、力任せに突き刺す。
貫通とまでは行かない物の、ミスパイダーは脳幹付近を傷つけられ
まともに立ち上がれないほどの重傷を負う羽目になった。
続いてイカのような姿をした化け物が自分の首にムチのような獲物を
巻き付けようとしているのを察知した王蛇は、近くに居た馬モンスターを
盾にして急場をしのぐが、しかしその隙に乗じた二体のカミキリムシ型の
ミラーモンスターが、左右から大上段に構えたブーメランのような獲物を
威の肩めがけて振り下ろしにかかった。
「おおおおおおおおおおおお!!!!」
瞬時に攻撃から回避に判断を切り替えた威は、左にいたゼノバイターの
横に生じた僅かな隙間に飛び込み、その背後へと回り込んだ。
「ぎっ?!」
ベノサーベルを投げ捨てた王蛇は、一瞬でゼノバイターの首をねじり、
更になくなった自分の武器代わりに、今殺したモンスターの鋭利な刃付の
ブーメランを拾い上げ、後退しようとしていたテラバイターめがけて
滅茶苦茶に切りつけ始めたのだった。
「ぎいいいいいっ!ぎぃいいいいいいいいッ!」
頭、腰、手、胴体。
とにかく自分の目のつく範囲へと無尽蔵に振るわれるその暴力は
人を貪るミラーモンスターに恐怖心を植え付けさせるだけの圧倒的な
何かがあった。
「うおおおおおおおおおお!どうした!もっと俺を楽しませろ!」
数の上では圧倒的に優位なモンスター達は、狂ったように暴れる
王蛇に恐れをなして、早くも撤退を始めたのだった。
「待てよ...もっと遊んでいけよ...」
潰れた蜘蛛のようにピクピクと蠢くミスパイダーの首を逆方向に
蹴り飛ばした王蛇はデッキの中からファイナルベントを取りだした。
「Advent」
バイザーの無慈悲な機械音声がこの場に存在する全てのモンスター達に
死刑宣告を下した。
「シャアアアアアアアアッ!!!」
「シューッ、シューッ...!」
毒々しい紫色の身体を輝かせた王蛇の名を冠するライダーに相応しい
契約獣が現れる。
コブラ型ミラーモンスター、ベノスネーカーである。
主である浅倉同様に凶暴な性格をしたこの契約獣の主な武器は、口から
放つ強力な毒液と頭部両脇に生えた鋭利な刃だった。
「ぎゃあおおおおおおおおお!!!」
この場にいるどのモンスターよりもベノスネーカーは大きかった。
口から吐き出される毒液の量も、その体躯に見合う量...モンスターが
浴びれば即死する致死量を大量に何度も吐き出せる上に、頭部の両脇から
沢山生えている刃とその刃の特性を全て引き出せるその長大な蛇身は
二足で走り去ろうとするミラーモンスターに難なく追いついては、その
鋭利な刃で足を切り落とす。
「シューッ、シューッ!シューッ、シューッ!」
もっとだ!もっと殺させろ...
ベノスネーカーの吐く息に滲む殺意に王蛇は微かに笑みを零した。
強欲な奴だ。八体も瀕死にしておいてまだ欲張るのか...
「Final Vent」
王蛇は目の前で苦しむモンスター達にトドメを刺した。
吐き出した毒液の暴流に乗りながら、一体、また一体と蹴り砕いては
蹴り砕き続け、それが最後の一体になるまでを延々と繰り返す。
モンスター達の身体が砕かれた衝撃で次々に爆散する。
ベノスネーカーは長い舌を伸ばし、そのエネルギー源を美味そうに
吸い込み始めた。
「足りない...もっとだ!もっと強い相手を俺に寄越せええええ!!」
「シャアアアアアアアア!!!」
血に飢えた蛇の王と、それを従えたライダーは抑えきれない本能のままに
次なる獲物を探して血祭りに上げる事を夢見ながら月に吠えた。
第十三話 初任務
今回の探索範囲は、とある駅前に存在する大きな百貨店の地下駐車場
だった。
香川曰く、神崎士郎の性格からして、コアミラーの配置場所、あるいは
コアミラーの配置場所のダミーと思われる場所にはライダーに見つかる
危険性を考慮した上で、充分な数の伏兵を忍ばせる筈であるとの事だった。
『コアミラーはライダー達が密集する場所の近くに必ず配置されています』
『今はまだ見つかりませんが、そのうち神崎君はボロを出す筈です』
ミーティングの後、仲村と指定された場所に向かう前、満は香川から
今まで三人がミラーワールドで遭遇したミラーモンスターと出現場所の
傾向をまとめられた資料を香川から手渡された。
「神崎君の性格上、こちらが動く事は予想できるはずです」
「鏡の世界のコアに近づくにつれ、より強い敵を配置するでしょう」
「彼に忠誠を誓うモンスターやライダーをね」
「ってことは、そいつらが出現した場所を一つずつ潰していけば」
「おおまかに最終的な場所を絞り込める。そういうことですね?」
『ええ、神崎士郎は必ずその場所に自分に忠実な手下を置くでしょう』
香川は目を輝かせて自分を見つめる満に念のために釘を刺した。
『気をつけてください。次の三体のモンスターとは交戦しないように』
『ガルドストーム、ガルドサンダー、ガルドミラージュ』
『この鳳凰のようなミラーモンスターが現状では一番強い野良です』
『貴方のモンスターも強いですが、それ以上に強いです』
『良いですね?』
「分かりました」
しっかりと自分の成すべき事を頭にたたき込んだ満はお目付役の
仲村を車に乗せて、指定された駅前の百貨店の地下駐車場へ向かった。
「仲村先輩。さっきの話なんですけど」
「ああ、お前の言いたいのはコアミラーの配置を神崎が変えてるかだろ?」
「その通りだ。だけど先生の言っている事もあながち間違いじゃない」
ハンドルを握る満に仲村は今までの探索の成果を教え始めた。
「お前が来る前、俺達は他の場所でコアミラーを見つけたんだ」
「えっ?!本当ですか」
「ああ。その時は古ぼけた廃工場の中にあったんだ」
「東條がまっさきに動いた。あれを破壊すれば全てが終わるからな」
「でも、出来なかったんだよ」
「...黒い龍、さっきの最強の野良モンスター、そして黒龍の契約者」
「そいつらと俺達は交戦して...命からがら逃げ帰ったんだ」
「手も足も出なかった。その時、俺は本当に死を覚悟したよ」
「....」
重苦しい沈黙が車の中を包み込む。
「で、もう一度日を改めてその工場に向かったんだ」
「でも、その時には何もかもがもぬけのカラでコアミラーは消えていた」
「そういう事が既に二度あったんだ」
「そうなんですか...」
そうこうしているうちに、二人を乗せた車は探索地点である百貨店の
地下駐車場へとなんなく辿りついたのだった。
軽自動車から降りた仲村は注意深く辺りを見回し始めた。
「佐野。神崎はこういう所に巨大な蜘蛛型を配置する傾向にある」
「目の前の敵を倒すのも大事だが、天井の警戒も怠るなよ?」
「はい!」
つくづくあの時の判断は間違っていなかったな。と満は自らの判断を
自画自賛した。
監視付とは言え、安心して自分の背中を任せられる仲間も居るし、
ミラーモンスターの出現場所や種類の詳しい情報もタダで手に入る。
ずんずんと先を歩く仲村がその歩みを止めた。
そこは駐車場と百貨店をつなぐエレベーターの前だった。
「先に変身して鏡の中で待ってろ。俺は先生に報告入れるから」
「了解です。変身!」
仲村の命令を唯々諾々として受け入れた満は、誰も近くに居ない事を
確認した後、デッキを自動扉の前にかざして変身した。
「じゃ、行ってきます!」
ガッツを見せ、ミラーワールドへ入り込んだ後輩を見遣った仲村は、
ポケットから電話を取りだし、香川に定期連絡を入れた。
「仲村君ですか?どうしたんです」
「今、調査地点に辿りつきました。これから調査を開始します」
「了解です。東條君を今からそちらに送ります」
「そうですか。では、失礼します」
短いやりとりの後、携帯の通話ボタンを切った仲村はカードデッキを
取り出して、満の後を追うようにミラーワールドへと入っていった。
~ミラーワールド~
「...」
仲村と満は注意深く辺りを見渡し、現在地点の地下2階の駐車場から
もう一つ下の駐車場へと向かっていた。
この百貨店の地下駐車場は地下三階まである。
地下に作られた広大で見晴らしの良い人工の迷宮は、ミラーモンスターに
とってまさに絶好の餌場だった。
車のガラスに身を潜め、獲物が自分の前に来るのを待つだけで労力を
消費する事なくコンスタントに空腹を満たせるからだ。
加えて、100台を超える車よりも高い遮蔽物がないため、仮に自分達を
狩ろうとするライダー達が出現しても、自然とその視線は高低入り乱れる
車の後ろへと傾けられる。
そんな魔窟に制限時間付きで少人数で足を踏み入れるとどうなるのか?
地下三階の入り口に到達した二人を待ち受けていたのは...
「うわああああああああああ!!!!」
巨大なクモの下半身を持つ半獣半人体の姿に進化を遂げたモンスターを
筆頭にした蜘蛛型モンスター達の手荒い歓迎だった。
その数およそ8体。加えて天井には猿のような三つ目のモンスター達が
三体もいる。
地の利と遠近距離戦に特化したミラーモンスターの大群が一斉に仲村と
満に襲いかかる。
「うろたえるな!」
「Advent!」
カードリーダーに契約モンスターのカードを読み込ませた仲村の後ろから
猛然と走ってくる人型の機械的な外見のモンスターが現れた。
「サイコローグ!やれ!」
サイコローグは頭に付いている目らしき部分からミサイルのような
弾丸を乱射しまくり、更にその実力に相応しい怪力を発揮した。
「!!!!!!!!」
徒手空拳で二足歩行型の蜘蛛型モンスターの頭をはじき飛ばし、近くに
あった軽自動車の扉を思い切り引っぺがして、盾代わりにして使えと
命じるように、乱暴にオルタナティブへその扉を投げつけた。
そして自分は唸り声をあげながら、目の前の大型蜘蛛モンスターへと
巨大なランドクルーザーを盾にしながら猛然と突撃していった。
「な、なんつー馬鹿力だよ...」
仲村はドアを武器代わりにして、複数体のモンスターの攻撃を受けて、
いなし続け、致命傷を巧みに避けていた。
ブンブンと力任せにぶん回された盾は、強烈なシールドバッシュとして
蜘蛛型モンスターの身体を軽々と吹き飛ばす。
退路をあっという間に作り上げた仲村は、ディスパイダーと単騎で
渡り合うサイコローグの邪魔にならないようにモンスター達を
おびき寄せる。
「先輩!これを使って!」
「Sword vent!」
仲村の作ってくれた隙に乗じ、満は二振りの大刀を呼び出し、そのうちの
一本をモンスターが一体も居ない背後へと投げ飛ばした。
「助かった!」
飛び退いた先の通路の上の天井にぶら下がった猿型のミラーモンスター、
デッドリマーがオルタナティブに覆い被さろうとするも、最後まで
手放さなかった軽自動車のドアを蹴り上げたオルタナティブは、なんとか
無傷のままで新たな武器を手に入れることができた。
「先輩!下がって!」
しかし、このままではじり貧も良いところだ。
そう判断した満はここでようやく今まで隠していた奥の手、アビスに
なってから一度も使っていないファイナルベントを切る事にした。
「Final vent!」
バイザーの電子音が二体の契約獣、アビスラッシャーとアビスハンマーを
呼び出し、その二匹を一つに束ねる。
「シャアアアアアアアアア!!!」
眩い光と共に二匹のモンスターは一つに合体し、その真の姿を契約者の
眼前に初めて晒した。
ホオジロザメを何倍にもデカくした巨体を悠然と宙に躍らせた合体
モンスター...アビソドンは、瞬く間にその姿をシュモクザメの姿へと
変化させ、天井に張り付いているデッドリマーめがけ、エネルギー弾を
無制限に乱発し始めた。
「ぎええええええええええ!!!」
なすすべもなく見ざる、言わざる、聞かざるの状態になってしまった
哀れな三匹の猿はこんがり黒焦げになったところをアビソドンの大口に
飲み込まれ、一瞬で噛み砕かれた。
巨大な鮫に恐れをなした蜘蛛たちは、蜘蛛の子を散らすように二人の
ライダーの攻撃圏内から離れようと全速力で逃げ出し始めた。
しかし、
「accele vent!」
それを逃すオルタナティブではなかった。
サイコローグから授かった高速移動の力を持つカードにより、瞬く間に
三々五々に散らばった蜘蛛達に致命傷を与えては切り裂いていく。
「アビソドン!」
アビスの言葉に耳を傾けたアビソドンは一ヶ所にまとめられた獲物達に
躊躇なくエネルギー弾をぶつけ、爆発四散させる。
爆散したモンスター達の身体からいくつものエネルギー塊が立ち上り、
それらを全て腹の中に納めた強大な契約獣は満足そうな唸り声を上げ、
悠々と駐車場から泳ぎ去って行ったのだった。
残ったモンスターはサイコローグと戦うディスパイダーのみ。
二本の剣を振り回し、ディスパイダーの足を土台にして飛び上がった
サイコローグはその無防備な頭の上からスラッシュダガーをたたき込む。
頭の上から顎の下までを剣で串刺しにされたディスパイダーは
苦悶の断末魔を上げながらのたうちまわる。
頭部から滅茶苦茶に飛ばされる毒針をかいくぐりながらサイコローグは
オルタナティブの元へと駆け寄った。
「Final vent!」
カードリーダーに吸い込まれたカードが効力を発揮する。
瞬時にその姿を人型からバイクへと変形させたサイコローグは、自らの
背中に主を乗せ、速さを超えた超加速のスピードで走り始めた。
時速680kmで高速スピンをしながら、サイコローグとオルタナティブは
絶命必死の一撃をディスパイダーへとたたき込む。
「ぎええええええええ!!!」
それはまさにデッドエンドと呼ぶのに相応しい必殺技だった。
「オオオオオオオオオオオ!!!!」
トドメを刺し、バイクから元の姿に戻ったサイコローグはバイクの
マフラーの排気音のような雄叫びを上げ、ディスパイダーのエネルギーを
吸収した。
「撤退しよう。どうやらここはハズレのようだ」
二人ともファイナルベントを使い切った状態でこれ以上の探索は危険と
判断した上での撤退だった。
「そうっすね。帰りましょうか」
満もその判断に異を唱える事なく、そのまま来た道を引き返す事にした。
「?!」
しかし、戦いはまだ終わっていなかった。
二人以外誰も居ないミラーワールドの中、満達が来た方向から新たな
足音が聞こえて来た。
「.....」
「おお...アイツの言った通りだったな..」
「お前ら...戦う準備は出来ているようだな...」
「う、嘘だろ?」
戦力を消耗しきったこの時に一番会いたくなかった最悪のライダーが
満と仲村の目の前に姿を現した。そう、仮面ライダー王蛇だ。
「さぁ、殺し合おうぜ?お前らぁ!」
王蛇からは逃げられない。
目の前に居る獲物達へと毒牙を剥いた悪の権化は、その顎を開いて
宙を舞って手負いのライダー達に躍りかかったのだった...。
~~
体力、精神力、そしてカード。自分達とは対照的に全てが万全の状態の
王蛇が次に何を仕掛けてくるか不明である以上、王蛇の攻撃圏内に
留まるのは自殺行為に等しい。
「散って!」
「strike vent!」
咄嗟に叫んだ満の声に反応した仲村は近くにあった車の後ろに身を隠す。
対照的に満はストライクベントを呼び出し、懸命に仲村から自分へと
浅倉へと注意を惹き付けようとしたが...
「余計な事をするな!」
「Adbent!」
アドベントによって召喚された契約獣、ベノスネーカーがそれを阻む。
それどころかミラーモンスターさえ切り裂くアビスクローの水撃を全部
受けながら、ベノスネーカーは一向にピンピンしている。
(くそ!このモンスターもあれか...上級モンスターってやつか)
それを理解した満は、迷わず撤退を選んだ。
しかし、ベノスネーカーは、地上に上がる通路に陣取って、アビスの
逃げ道をふさぎ、鎌首をもたげいつでも毒液を発射できるように構えた。
ベノスネーカーにしてみれば、眼前に居るのはいつもの餌でしかない為、
必然的に今までの経験則に従った行動を取るのは当然だった。
相手が疲れるまで適当に相手をして、相手が万策尽きた時点で捕食する。
即ち、持久戦である。
アビソドンでなければ、ベノスネーカーには対抗できない。
しかし、もうアビソドンは呼び出せない。
「そうだ。しばらく遊んでいろ」
水鉄砲を飛ばすだけのライダーを嘲笑った王蛇は、もう一人のライダー、
最初に自分が殺そうと決めたオルタナティブの捜索を悠々と開始した。
ソードベントとファイナルベントを切った為、アビスの残りのカードは
二枚のアドベントとストライクベントの合計三枚だった。仲村のカードも
ソードベントとホイールベントの二枚しか残っていない。
「カードの残りの枚数なんて考えるな!逃げる事だけ考えろ!」
「逃げろ佐野!コイツは俺が食い止める!」
そう叫んだ仲村はソードベントでスラッシュダガーを召喚し、猛然と
王蛇の後ろから斬りかかる。
「変わったカードだが、まぁいい...」
「Steal vent!」
牙召杖ベノバイザーに王蛇がベントインしたカードはライダーが持つ
アドベントカードの中で最もいやらしい効果を持つスティールベント、
強奪のカードだった。
「そらそらぁ!どうした?もっと抵抗してみろよ...オラァッ!!」
オルタナティブの長柄の剣を奪った王蛇は、オルタナティブ以上に
そのスラッシュダガーの性能を引き出していた。
超振動波を刀身に宿し、その斬撃に触れた物全てを粉砕する剣は、
性能上では神崎士郎製のライダーを上回る強化戦闘用スーツを、その刀身
から発せられる超振動波と重い一撃で軽々と粉砕する。
本来なら両手持ちの大剣であるスラッシュダガーを王蛇は片手だけで
軽々と無軌道に振るい続けた。
「あがあっ!ぐっ、がぁっ!ああっ!」
薙ぐ、斬る、突く、払う、打つ。
刃、刀身、柄、棘と余す事なくスラッシュダガーの特性を生かした
滅多打ちは遂にオルタナティブのカードデッキを捉えてしまった。
ぱきぃん!
「ぐああああああああああああ!!!」
左斜め上からデッキを切り裂かれたオルタナティブの変身が解ける。
「先輩!仲村先輩ッ!」
満は変身の解けた仲村の元へと駆け寄ろうとするが、それを防いだ
ベノスネーカーはその口から大量の毒液を噴射する。
「クッソオオオオオオオ!!!」
アビスクローから吐き出される高水圧の水を地面に叩き付け、瞬時に
毒液の射程外から自らをはじき飛ばしたアビスは、青い炎状のエネルギー
波を纏ったスラッシュダガーに貫かれる仲村をただ見続ける事しか
出来なかった。
「ああっ...ああああああ!!!!」
なすすべもなく炎に焼かれた仲村の残骸にベノスネーカーが食いつく。
「!」
しかし、それによって隙が出来た。
脇目も振らずに満は駆けだした。
「おい、どこに行く...戦いはまだ終わっていないぞ...」
ユラリと幽鬼のように立ち上がった王蛇は手に持っていたダガーを
満の背中めがけて全力で投げつけた。
「あぐぅっ?!」
脇腹を削ったその一撃は、満の恐怖心を掻き立てるのには充分だった。
「終わりだ...」
「Final vent!」
王蛇のファイナルベントが発動する。
アビスめがけて猛然と駆け出す王蛇の背後にベノスネーカーが追走する。
「だぁっ!」
「シャアアアアアアアア!!!!」
空中に飛び上がった王蛇の背後からベノスネーカーが勢いよく毒液を
吐き出し、その勢いに乗った王蛇は足をバタつかせながらアビスが
盾代わりに構えた右手の手甲を連続蹴りではじき飛ばしにかかる。
猛毒をまとった王蛇の必殺技がアビスの身体に叩き込まれようとした、
まさにその時...
「Freeze vent!」
ベノスネーカーの動きが停止した。
「何?!」
中途半端に吐き出された毒液により、本来の威力を出せなくなった必殺の
ファイナルベントは満のアビスクローをはじき飛ばし、その腹に二発の
連続蹴りを喰らわせただけに終わった。
「がはっ、ううぅぅうううううう...」
骨を折られたような痛みが走るが、満はすんでの所で生き残った。
「逃げろ!早く!」
振り返ると、そこにはもう一人の仲間が王蛇と相対していた。
「くっ....」
辛くも命を拾った満は、呼び出したライドシューターへと乗り込み、
王蛇の毒牙から逃げ出す事に成功したのだった。
~~~~~~
第十四話 英雄と怪物
「....お前、何者だ?」
「英雄。とだけ名乗っておこうか」
日の光の当たらない地下で二人のライダーが対峙する。
タイガと王蛇だ。
「ねぇ、僕の仲間を殺したのは...君なの?」
「ああ。武器を奪って串刺しにして殺してやったぜ?」
哄笑しながら王蛇は最後のカードをバイザーにベントインする。
「どうした?俺が憎いか?」
「別に...今から死ぬ相手にそういう感情なんか持つわけないじゃん」
「ただ、君みたいな人間はライダーに相応しくないと思うんだ」
「だからさ...死んでよ」
無意味な挑発に乗る事なく、タイガは冷静に白召斧デストバイザーを
青眼に構えた。
「うああああああ!!!」
雄叫びを上げる王蛇はなりふり構わぬ猛攻をタイガに仕掛けた。
正面から斬りかかった王蛇とは反対の方向に身体をスライドしたタイガは
デストバイザーの刃を水平に倒し、斧の水平な面でベノサーベルを完全に
受け止めた。
「やるな!」
「そうでも、ないけどっ!」
先程の二人と違い、自分と同じ白兵戦を得意とするライダーとの戦いに
王蛇の心は燃え上がった。
既に自分に残されたカードは一枚もない。
このベノサーベルを失ってしまえば、その瞬間、死に喰われるだろう。
だが、それがいい。
もっと自分を死に追い込んでくれ!
死と生の狭間で味わえる死の恍惚と生の渇望が俺を強くする!
タイガの足を踏みつけ、転がるようにして距離を取る。
「ぐっ!」
タイガも王蛇が再び自分との距離を詰めてくる前に体勢を整えた。
「advent」
デッキからタイガが選んだカードはメタルゲラスのカードだった。
唸り声を上げたメタルゲラスがタイガの隣から姿を現す。
「メタルゲラス。アイツを半殺しにして捕獲しろ」
有無を言わさぬその命令に忠実にメタルゲラスは従った。
頭部に生えたドリル状の角は折れてしまったが、それでも両手に生えた
頑丈で鉄板をも切り裂ける鋭利な爪や巨体を活かした突進攻撃は未だに
健在である。
「ウゴオオオオオオオオオ!!!!」
「ぐはぁっ!」
王蛇にタックルを仕掛け、ベノサーベルを吹き飛ばす。
まるでダンプカーに追突された人間のように宙を舞う王蛇の落下地点に
メタルゲラスはすかさず走り込む。
「ブモオオオオオオオオオオ!!!!」
身体がバラバラになりそうな衝撃を堪えて立ち上がろうとした王蛇の
頭を掴んだメタルゲラスは、そのまま近くにあった駐車場を支える巨大な
コンクリートの柱に無我夢中になって王蛇の頭を叩き付け始めた。
「がっ!ごっ!うっ、がっ!」
「フゴオオオオオ!ゴオオオオオオ!!」
メタルゲラスは、王蛇の首の骨が砕けてブラブラと揺れているにも
拘わらず、一向にその執拗な攻撃の手を緩める事はなかった
「もういいよ。メタルゲラス」
ようやく落ち着きを取り戻したメタルゲラスは、荒い息を吐きながら
ぐったりと動かなくなった王蛇の死体を取り落とした。
充分すぎる成果に満足そうな笑みを浮かべたタイガは、最後のトドメを
さすためにカードからファイナルベントを取り出した。
「仲村君の死は決して無駄じゃなかった。彼は嫌な奴だったけどね」
心の中で香川の教えを反芻した東條は、浅倉の凶行によって犠牲になる
多数を救うための少数の犠牲となったかつての仲間に鎮魂を捧げた。
「さよなら」
短く呟いたと同時にバイザーにファイナルベントが挿入される。
「final vent!」
これでまた一歩英雄に近づいた。
満足げな笑みを仮面の下で浮かべたタイガのファイナルベントはこの先
王蛇の身体を貫く事はなかった。
「Time vent」
その瞬間、全ての時が巻き戻された。
一分、二分、三分、そして四分前まで時が遡る。
王蛇は死なず、逆に王蛇に死をもたらしたタイガの姿は見当たらない。
そして..時はオルタナティブが王蛇に滅多打ちにされている所まで
遡ったのだった。
「ぐはっ!っこのおおおおおおお!」
王蛇の力任せの斬撃に身をさらし続けていたオルタナティブが怒声と
同時に大ぶりの一撃を回避し、紙一重で命を拾った。
「Wheel vent!」
デッキから最後の一枚を引き抜いたオルタナティブの元にバイクに
変形したサイコローグが駆けつける。
「面白い...来いよ...」
王蛇との間に充分な距離を取ったオルタナティブは一瞬で王蛇にトドメを
させる速さにまでサイコローグの速度を調節する。
しかし...
「うわああああああ!助けてええええええ!!」
「佐野ッ!」
ベノスネーカーに追われる仲間を仲村創は見捨てる事が出来なかった。
「なんだ逃げるのか!俺と戦えーっ!」
「誰が戦うかよ!」
王蛇に背中を向けたオルタナティブは猛スピードでベノスネーカーへと
突っ込んでいった。
「全く、少しは後先考えなよ...二人ともさ」
「?!」
王蛇の怒声の後に続いた氷のような無感情な声が時を凍らせる。
「Freeze vent」
ベノスネーカーとサイコローグの動きが瞬時に停止した。
「わあああああああ!」
時速100km以上で驀進していたオルタナティブの身体が宙を舞う。
天井に背中を痛打した仲村だが、落下地点に駆けつけたタイガのお陰で
なんとか命を拾う事に成功した。
「東條...お前、遅かったじゃないか」
「まずはお礼が先だと思うんだけどな」
「ったく...お前は本当に嫌な奴だな」
「助かったよ。ありがとう」
自分を受け止めたタイガに不承不承といった感じでオルタナティブは
感謝の言葉を伝えた。
「東條、あと何枚カード残ってる?」
「四枚かな。でも、ここは...」
怒りに燃え、自分達めがけて突進する王蛇を視界に捉えたタイガは、
デストバイザーを展開し、メタルゲラスのカードをベントインした。
「Advent」
「フゴオオオオオ!」
「じゃ、そういうことで...あとはよろしく頼んだよ」
王蛇めがけて突進するメタルゲラスに囮を頼んだタイガは、停止した
ベノスネーカーの下で泡を吹いて気絶しているアビスを抱きかかえ、
悠然とミラーワールドから現実世界へと帰還したのだった。
~~~
「先生、今回の探索場所でしたがやはりダメでした」
ミラーワールドでの探索を終えた満と仲村は、先程の探索結果を香川に
報告していた。
「そうでしたか...ですが、危ないところでしたね」
「はい。浅倉威にも出くわしたし...本当に死ぬかと思いましたよ」
「いや~本当に東條先輩が来てくれなかったらヤバかったですね。はい」
「ま、なにはともあれ、全員無事で良かったですよ」
「仲村君。オルタナティブのデッキを見せて貰えませんか?」
「え?ああ。はい」
東條からオルタナティブのデッキを預かった香川は素人にはとうてい
理解できないほどの複雑な機器を持ち出して、その中にカードデッキを
差し込み、パソコンを叩いてなにやら分析を始めたのだった。
「えっと...香川先生は、なにやってるんですか?」
「ああ。佐野君は初めて見るんだっけ、これ」
「先生は天才なんだよ。疑似ライダーのデッキを作れるほどのね」
東條が佐野の疑問に当然の答えを返した。
前に東條の口から香川がオルタナティブのデッキを神崎士郎のデッキを
元に作り出したという事を聞かされていた満は、なんとなく凡人と選ばれた
人間の差というものを痛感していた。
「仲村君。もういいですよ」
「はい」
機械からデッキを取り出し、仲村へと返却した香川はしばしの逡巡の後、
三人の生徒達へと本題を切り出した。
「では、私の方からも報告があります」
香川が真剣な表情で話を切り出す。
デスクの引き出しを開けた香川は、一通の大きな封筒から何枚もの
写真を撮りだしては、一つ一つをグループのように分けながら配置した。
「三人がミラーワールドで調査をしている時、神崎士郎が動きました」
「....」
「これを見てください」
一枚の写真を東條に渡した香川は、もう一枚の写真を仲村に渡す。
「先生、なんですかこれ?」
満に写真を押しつけた仲村は神崎士郎の意図を掴みあぐねるあまり
不満げな声をあげながら香川に詰め寄った。
(神崎士郎と...これは、手塚さん?)
仲村から渡された写真に目をやると、そこに写っていたのは満にとって
見知った顔である手塚海之だった。
どこかの街中に姿を現した神崎士郎が、何かを手塚に手渡している。
「先生...一体神崎士郎は何をライダーに渡したんでしょうか」
東條から二枚目の写真を受け取った満は、そこに写っている人物に
驚きを隠せなかった。
「城戸さん...」
かつて自分に救いの手を差し伸べた相手が神崎士郎から、何かを
受け取っている。一枚目の写真に比べ、二枚目の写真は何が手渡されて
いるのかを鮮明に映し出していた。
それは、一枚のカードだった。
「これを見て皆さんはどう思われますか?」
「どうって...うーん、依怙贔屓っすかね?」
「依怙贔屓って...でもなぁ...そういう見方もあるよなぁ」
満を窘めようとした仲村も、案外的を射ているその指摘に悩みながらも
同意を示す。そんな二人の意見を元に東條はある仮説を立てた。
「依怙贔屓だけで済めば苦労しないよ」
「多分、神崎士郎はライダーバトルを早く終わらせたいんだよ」
「そう考えてみると、渡された二枚のカードは案外厄介かも」
「ってことはあの二枚は強化アイテムってことになる...のか?」
「おそらくは....東條君の言ったとおりでしょうね」
「今まで傍観に徹してきた神崎君が動くという事は」
「あのカードは戦況さえひっくり返す切り札ってことになりますね」
「ええ。あの二枚はライダーの力を倍以上にするカードでしょう」
ライダーバトルが始まってから、今日で3ヶ月が経過した。
1ヶ月のペースで考えると13人の内、既に3人が平均して1ヶ月ごとに
脱落している計算になる。
神崎士郎は1年間でライダーバトルに決着をつけろと言っていた。
しかし、1年間も待ちきれない事情があったとしたら?
「神崎の野郎....人の命を何だと思ってやがる...」
怒りに燃えた視線を香川に向けた仲村は歯を食いしばりながら、
手を震わせながら言葉を絞り出した。
「神崎優衣...あいつさえ、あいつさえ殺せば...」
「落ち着こうよ仲村君。確かに神崎兄妹はろくでもないけどさ」
「今の問題はライダーを強化するカードをどうするかってことでしょ?」
そうだ。東條の言うとおりだ。
もし二枚の内の一枚が、ライダーバトルに乗り気の奴の手に渡って
しまったら?それが浅倉威のような人殺しを楽しむ奴だったら...
「であれば、ライダーバトルに乗り気な人間の手には渡せませんね」
決意を固めた瞳の香川が決断を下す。
「佐野君、仲村君、そして東條君」
「はい」
「我々の次の方針を発表します」
「浅倉威を、我々の手によってライダーバトルから脱落させる」
香川の言葉に東條が興奮する。
「戦いは中盤に差し掛かり、既に三人が脱落しています」
「浅倉威は法では裁けない。しかし奴を野放しにすればまた人が死ぬ」
「そして、奴が現時点で最も手にかけやすいのが我々ライダーなのです」
「ですが、他のライダーが私達の提案に耳を傾けるとも限らない」
「手を組んだと見せかけ、漁夫の利を得ようとする輩もいる筈ですからね」
「なので、浅倉に手を出すのは彼が他のライダーと交戦中の時だけです」
香川の言う事に間違いは見当たらなかった。
多数のための少数の犠牲という理念を掲げた香川とそれに従う東條に
とって浅倉威は裁かれて当然の悪人なのだから。
香川陣営に身を置く満にとってもこの判断には異を唱えることは
できなかった。
しかし、一つだけ気がかりな事があった。
「あの、香川先生。その...浅倉を倒した後はどうするんですか?」
「どうする?とは」
「えっと...他のライダーも浅倉と同じように...倒すんですか?」
そう、それが気になっていた。
香川の英雄像がいまいち掴めていない満だが、もし浅倉を全員の力を
合わせて葬る事が出来たとしたとしても、ライダーバトルはライダー達が
最後の一人になるまで続行される。
今一番知っておかなければいけないのは、香川英行という『部外者』が
どこまでこのライダーバトルに介入するつもりなのか?という事だった。
ミラーワールドにおけるこの戦いに、いつでも途中退場可能な立場に
ありながら、常人には理解不能な正義を振りかざして戦いに介入する
この男の正気の限界を知らなければならない。
「何言ってんの佐野君。ミラーワールドを閉じるのはそういう事でしょ」
「ライダーなんて僕と同じで、まともな人間なんかいないんだよ」
(意味わかんねぇよ。なんだよコイツ、昔なんかあったのか?)
気味の悪い笑みを浮かべた東條は、仮面ライダータイガはどうやら
このライダーバトルを最後まで戦い抜く気が満々のようだ。
「どのみちここにいる時点で君もライダーの犠牲を許容してるんだよ?」
「佐野君。最初にこう言ったよね」
「俺は切り捨てられる1になりたくないって」
「これって完璧に自己保身だよね?人を殺しても生きたいって事だよね」
「それとこれとは...話が別だろ...」
「だから僕達を利用しようと仲間になった。皆分かってるんだって」
東條に図星を突かれ狼狽する満を仲村と香川はじっと見つめていた。
確かに、いざとなったらライダーを倒さなければいけないとは薄々
考えていたが、それでも実際にそういう場面になって、果たしてそこまで
自分は生きる事に執着できるのか?
いや、それ以前に自分は誰かを殺す覚悟をしてさえいない。
でも...やっぱり...人は、殺せない。
満はなぜ東條が躍起になって自分を拒み、絶対に仲間に加えようと
しなかった理由をようやく悟った。
香川も東條も仲村も誰かを殺さなければならない現実を受け入れている
からだ。
満が憧れた真司の理想と、東條が心酔する香川の理想との違いがまさに
そこにあった。
だからあの時、香川はあり得ない条件を提示したのか...
「...東條君。君が思っているほど私は聖人ではありませんよ」
「出した答えが間違っていた事もあるし。今も悩んで迷っています」
「佐野君。私はね、仲間の命を最優先、至上として考えています」
「そこに他のライダーの命が介在する余裕はありません」
やっぱり、コイツらは本当にまともじゃなかった。
神話の時代でもないのに、今時英雄になろうとする人間の精神構造が
最初からまともであるわけがない。
「君の知りたかった私達の真意は全てここに集約されます」
「無論、ライダーバトルは最大限回避します」
「しかし、戦わなければ生き残れないのは等しく同じなのです」
「私も、君も、東條君も、仲村君も、そして他のライダーもです」
「引き返せるときはもうとっくに過ぎているんですよ」
「くっ....」
何も言い返せずに黙った満に香川は厳かな声で、最後の機会を与えた。
「佐野君。そろそろ仮採用期間が終了します」
「続けるか、それとも辞めるのか?」
「自分の中で最後まで考え続けてください」
「では、今日は解散しましょう」
「佐野君は、私から連絡があるまで待機していてください」
「はい...」
「よく考えて、後悔の残らない決断を下してください」
結局、何も香川に言い返せなかった満は項垂れたまま、研究室を
後にした。
覇気や生気がごっそりと無くなったその背中を見送った香川達は
より綿密に、より計画を確実な物とするための会議を再開したのだった。
佐野君が香川陣営に上手く取り入った所で今日の投稿は一旦終わりにします。
次の投稿は今日の夜か明日になります。
乙
展開が気になるな
まだか
これ、実は数少ないタイガが王蛇倒せるパターンだったやつなんじゃねぇの
ずりぃぞ神崎!!
投稿が遅れてすいませんでした。これから投稿を始めたいと思います。
第十五話 覚悟
~~
「ただいま...」
久々に帰ってきたボロアパートは相変わらずの様相を呈していた。
まさにゴミ屋敷寸前の懐かしい自分だけの居場所だ。
(はっ、まるでゴキブリの住処じゃんか...)
片付ける気力も起きず、万年床のかび臭い匂いを放つ布団の中に
身を放り投げる。
ばふん!
「げっほ!げっほ!」
布団の中に溜まっていた埃やダニの死骸が一斉に舞い上がる。
「なんだよこれ!くっそ!ふざけんなよ!」
目の中に入り込んだハウスダストが染みる。
慌てて水道の蛇口を捻った満は顔を念入りに洗い、目に入ったゴミを
洗い流したのだった。
「そうだな...洗濯しなきゃダメだよな」
実家を出てこのボロアパートに入居したのが19歳の秋だった。
その時に買ったっきり、洗濯もなにもしていなかった。
「はぁ~。ほんっと~についてないよな~」
「あーあ。もう嫌になっちゃったよ」
この数ヶ月、自分なりに少しは強くなれたかなと思っていた。
しかし、世界はとても広かった。
歪な正義感であっても、それを最後まで貫き通す断固たる決意を持つ
英雄の覚悟を説く男や、ライダーでありながらライダーとは戦わずに戦いを
止めようと奔走する男もいる。挙げ句の果てにはこの戦いの優勝候補の
一角である連続殺人鬼の様な奴もいた。
まるで夢の中に放り込まれたような気持ちだった。
何の力も持たない一般人である自分が、そんな奴等と命懸けの戦いを
繰り広げているなんて一体誰が予想できただろう。
「親父...教えてくれよ...」
「アンタ、一代で会社興したんだろ?」
「俺なんかよりもっと大変な思いしたんだろ?」
「なぁ...教えてくれよ」
親のすねをかじり、将来の事を何も考えていなかった己の愚かさが
今になって恨めしいと思うようになっただけ、自分もヤキが回ったなと
満は溢れる涙をタオルで拭う。
母もいない、兄弟もいない、頼れる友もいない。
結局、虚しい人生だったなと満は涙をこぼした。
「父さん...父さん...」
涙が溢れ、どうしようもないほどの悲しみが満を襲う。
訣別したとは言え、たった一人の家族なのだ。
不器用なりに、たった一人の息子との絆を失うまいと頑張っていた
あの姿に自分は応える事が出来なかった。嘘と怠惰でしか応える事が
出来なかった。
プルルルルル....
「なんだよ!放っておいてくれよ!」
空気を読まない電話が満の邪魔をする。
「クソが!」
怒り狂った満は電話から受話器を取り、乱暴に電話の向こうの相手に
詰め寄る。
「もしもし?どちらさまですか?」
「あ、よかった。佐野満さまですね」
「そうっすけど、どちらさまですか」
「申し遅れました。私、貴方のお父上の秘書を務めている佐藤と言います」
「あ!もしかしてしょっちゅう親父の家に来てた人ですか?」
「そうです。ああ、私の事を覚えて頂いていたんですね。満様」
かつて家に来ていた父親の秘書の事を思い出した満は、なぜ自分なんかに
佐藤が電話をかけてくるのかの検討がつかなかった。
「えっと...佐藤さん?僕に電話って、親父になんかあったんですか?」
「...はい。落ち着いて聞いていただけますか」
「...大丈夫、だと思います」
佐藤の確認に、最悪の事態を想像した満は震える手を握りしめた。
この先、何が起きようと耐えるために。
そして、その悪い予感は外れる事なく的中した。
「お父様が、倒れました。もう、長く...ありません」
~大学病院~
電話があった翌日、満はスーツに着替え、父の秘書である佐藤が寄越した
高級車に乗り込み、父が入院している大学病院に向かった。
(親父...)
二年前に家を飛び出したきり、父親とは一切の連絡を取っていない。
果たして今の父親がどのように変わっているのか?また、病室で再会
したときに、一体どのような言葉をかければいいのか?
考えも、言葉もまとまらないままに車は遂に病院に到着した。
「佐野様。目的地に到着しました」
「あっ。うん...ありがとうございます」
運転手に礼の言葉をかけた満は、入り口で待っていた佐藤と合流し、
父が入院している病室へと向かい始める。
廊下を歩き、エレベーターに乗り込み、一階から最上階へ。
「満様。ここが社長の病室です」
「そうですか...」
父がいるらしい804号室はどうやら個室らしい。
「あの、佐藤さん。親父はなんの病気で入院してるんですか?」
その言葉に、佐藤は一瞬顔を歪めた後、一言呟いた。
「末期の肺ガンです」
「そんな...肺ガンって...」
現実を受け止めきれずに、満は膝から崩れ落ちた。
「いつから、なんですか...」
「2年前から、です」
弱々しい満の瞳を見据えた佐藤は、順を追って自分の雇い主の病状の
変遷を正確に話し出した。
「社長の病気の予兆を初めて私ども幹部が認識できたのは二年前でした」
「本当に、唐突だったんです」
「会議中に激しく咳き込み、大量の血を吐き出したんです」
「医者が言うには、過度のストレスと大量の喫煙が原因と...」
(おい...それって、俺が家にいたときから発症してたんじゃ...)
途切れ途切れに飛び込んでくる佐藤の話を聞きながら、満は自分が
まだ高校生の時の、家を追い出される前に共に過ごしていた父親の記憶を
頭の中から引っ張り出そうとしていた。
しかし、ボロボロと涙を流す佐藤の言葉がそれを許さなかった
「二年前、社長が満様を勘当なされた時には病がかなり進行していました」
「どうして、そんな大事な事を俺に教えてくれなかったんですか?」
動揺と怒りが混じった感情に突き動かされた満は目の前の男の胸ぐらを
ねじり上げ、壁に叩き付けた。
真実を語らないうちに、自分の目の前から逃げ出さないように、懸命に
力を込めながら満は佐藤に食ってかかる。
「だって、ねぇ?そうでしょ?俺、親父の息子なんだよ?」
厳しい父親だった。
数少ない父との思い出を思い出しても、一緒にいて楽しかった思い出の
数よりも、怒鳴られて叩かれた辛い思い出の数の方が多かった。
それでも、そうだったとしても...世界でたった一人の家族なのだから。
「お袋も死んで、たった一人残った家族なんだぜ?」
「勘当されるようなバカ息子でも家族には変わりないだろ?」
「なぁ?!親父の頼みでも、息子に伝えるのが当然じゃないのかよ!」
だから、どうしようもないほど涙が溢れて止まらない。
血を分けた家族でありながら、結局互いに歩み寄れないままに死を迎え、
たった一人の息子である自分を一人この世に置き去りにして、もう二度と
会えない場所へと旅立つ。
そんな冷たい別離を受け入れなければならない悲しみがあっていいのか。
「申し訳ありませんでした!」
「ですが、ですが...社長は、社長は....」
「満様に自分の無様な姿を見せたくないと...」
「これ以上、満様の人生の負担になりたくないから...頼むと...」
「関係ない!そんなの関係あるかよ!」
長年父親の秘書を務めた佐藤の泣訴も、その真意も理解できる。
息子には息子の、秘書には秘書に対してかける信頼の重要度の違いだって
理解できている。
理解できているからこそ、割り切れないのだから。
「ああ...くそ...なんで、なんでこうなるんだよ...」
「俺は、俺はッ...幸せになりたかっただけなのに...」
親子三人で漫然と、毎日を楽しく過ごしたかった。
それだけでよかった。それだけが満の望んだ幸せだった。
今となっては、その夢が叶う事はもう二度と無くなってしまった...
「...佐藤さん、親父はまだ意識があるんですか?」
「はい。ですが、最近意識の混濁が見られるようになって...」
「まだ、俺の事覚えていますかね...親父」
「ええ」
「そうですか...」
体を震わせた佐藤は、それを最後に何も語る事なく口を閉ざしてしまった
そんな佐藤を一瞥した満は、遂に父の病室のドアに手をかけた。
「厳しいだけで父親らしいことしてくれなかった親父だけど」
「それでも、俺にとってはたった一人の肉親なんです」
「佐藤さん」
「今まで、親父の事を支えてくれて本当にありがとうございました」
自分に言い聞かせるようにして、満は後ろを振り返る事なく扉を開き、
父が眠る病室の中へと入っていった。
背後から聞こえるすすり泣きが号泣に変わる前に、扉が閉ざされた。
~病室~
「親父、入るよ」
ドアを閉めた満は、カーテンを開いて父が眠るベッドの前に立った。
傍に置いてあったパイプ椅子に座った満は、変わり果てた父の姿に
衝撃を受けながらも、それでも必死に動揺を堪え、点滴が繋がっていない
左腕をそっと握りしめた。
「大分、やつれちまったんだね...」
久々に再開した父は物言わぬ生ける屍へと成り下がっていた。
自分の倍以上太っていたその身体は薬の副作用か、あるいは癌が全身を
蝕んだせいかは明らかではないが、もう既に完治が望めない程に、死の
香りがその身にまとわりついていた。
「...人が悪いよな。佐藤さんも、アンタも...」
「一目見て助からないって分かる所まで来ちゃってるじゃんか...」
力なく微笑んだ満は、悲しい笑みを浮かべながら、いつ目が醒めるとも
分からない父に向かい、家を出た二年間の思い出を話しだした。
「親父、アンタに怒られてさ、家を出て社会を見てきたよ」
「って言っても...まぁ、俺の出来る事なんてたかが知れててさ...」
「小中高でやってきたことの繰り返ししながら、毎日バイトしてた」
「何遍も怒鳴られて、叩かれて、家に帰ったら誰もいなくて...」
「そんな毎日をずーっと、家出てから二年間過ごしてきたよ」
満の言葉に、微かに反応するかのように握られた左手が動き出す。
ピクピクと動いた左腕に少し驚いた満が顔を枕の方向に向けると...
「おぉ....満、か」
目を覚ました父親が自分を焦点の定まらない瞳で見据えていた。
「起きたんだね。親父」
「もう、先が長くないんだって?」
「ぁぁ...末期の癌らしくてなぁ...全身がもうおだぶつだ...」
力なく微笑んだ父の顔にたまらないやるせなさを覚えた満は、今すぐ
逃げ出したくなる自分の心を懸命に押さえつけた。
コイツさえ父親じゃなければ...
あれだけ憎んで恨んだ相手が、今ではその憎らしささえ思い出せない程、
衰弱している。それが無性に悲しかった。
「満...お前は今、何してる?」
「バイトだよ。掛け持ちしながら殆ど毎日バイトしてる」
「なにをまた...お前は、本当にキリギリスだな...」
「そんなこと、だから..勘当...されるんだ...」
「確かに、そうかもしれないね」
「だけどさ、勘当されて良かったかも知れない」
息子の一言に驚いた父は、黙ってその先を促した。
息子は、父の無言の催促に答えることにした。
「俺さ、将来は親父の会社で給料ドロボウでもいいやって思ってたんだ」
「だって憎まれる奴ほど長生きするって世間でよく言うだろ?」
「親父が生きてる限り、親父の会社は安泰だってそう思ってた」
「でも、それじゃダメだって気が付いたんだ」
「気が付くまでがすんげーしんどかったんだけどさ」
「どんなにしんどくても、腹括ってやりゃなんとかなるんだよ」
「だから、今の俺は昔と比べて強くなった。どう?凄いだろ?」
「み、満...」
数ヶ月前の神崎士郎との出会いによって、幸か不幸か満の人生は
急変を遂げた。
命懸けの戦いと、それに参加するそれぞれが叶えたい願いを持っている
ライダー達との出会い。そして、自分が力及ばずに守る事なく命を落とした
人々達の無念。
今までの自分が持ち得なかった大切な『なにか』を戦いを一つ一つ乗り
越えて手にしながら、今日まで満は生き延びてきた。
この先も生き残れるかは分からないけど、何も成し遂げられなかった
過去の自分よりかは何歩も前進できたとは思っている。
「そうかぁ...あの性根の腐った満が、ここまで変わるとはなぁ...」
しみじみと呟いた父の顔から険しさが取れ、代わりに柔和な微笑みが
浮かび上がりはじめて来た。
「満...俺は、ダメな父親だった」
「母ちゃんが死んで、その辛さを忘れるために仕事に逃げちまった」
「本当はお前のことを...一番に見てやらなきゃならなかった...」
「でも、どうしても...どうしても...素直になれなかった...」
「母さん、優しかったよね。母さんとまだ、別れたくなかったんだよね」
「親父、分かってたよ...」
「あぁあぁあああ...そうだった。俺は、母ちゃんを愛してた」
「お前が生まれて三年後に、白血病で死んじまったんだ...」
「俺は何も出来なかった...俺と結婚したばっかりに...アイツは...」
「違うよ、親父。それは違う」
「アンタが母さんを愛していたように、きっと母さんもアンタを愛してた」
「だって、俺の記憶の中の母さんはずっと俺とアンタに笑いかけていた」
「そうじゃなかったら、きっと母さんは笑ってくれなかったと思う」
家族三人で過ごした記憶は数えるほどしかなかったけれども、それでも
父がいて、母がいて、そしてその二人の真ん中に自分がいた。
今は追憶の中ででしか、その薄れ行く思い出の名残を探せないけど。
愛は確かに『心』の中に確かに残っていた。
それだけで充分だった。それだけでもう、充分だった。
「親父、俺はもうアンタには会えないかも知れない」
「俺も俺で、命懸けで戦わなきゃいけないところまで追い込まれてるんだ」
「だから、最後にこうやって話せて良かったよ」
離すまいと握りしめたその手をゆっくりと離した満は椅子から立ち上がり
父に背を向けて歩き出した。
もう、ここに戻ってくる事はないだろう。
覚悟を決めて、一歩前に踏み出す。
「み、つ、る....」
「....」
「がんばれ....」
「.....」
「親父。もう少しだけ悪さしてから俺もそっちに行くから」
最後に一度だけ振り返った満は、何かを掴むように伸ばされた父の腕を
一瞥した後、病室から出て行った。
「満様...」
「佐藤さん。親父の遺言がどうか分からないけどさ」
「俺、親父の会社には一切関わらないから」
「親父が裸一貫で自分の会社をデカくしたように」
「俺も、俺の力で何かを手に入れてみたくなったから」
深々と頭を下げた佐藤にそう言い残した満はエレベーターに乗り込んだ。
誰もいないエレベーターが一階に辿りつくまでの間、満はつかの間の
孤独を甘受していた。
エレベーターが一階に到着する。
扉が開いたその先に、広大な景色が広がっている。
キィィィィ....ン、キィィィィ....ン
耳に飛び込んできた金属音と、すぐ近くにある大きな窓ガラスから
数体のモンスター達が人間を攫おうと様子を伺っていた。
「戦え...戦え...」
あの日、あの時に神崎に言われた言葉を反芻しながら満は前を見た。
「神崎。お前の戦いが一人しか生き残れないものだとしたら」
「俺はその最後の一人になってやるよ」
「お前の願いは叶わない。いや、絶対に叶えさせない」
「だから」
戦わなければ生き残れない。
「変身!」
ポケットからデッキを取り出し、満は己が姿を戦士に変えた。
「行くぞぉおおおお!」
己を鼓舞する雄叫びを上げながら、戦士は猛然と鏡の中へと駆け込む。
覚悟を決めた満の顔からは、一切の容赦という物が消え失せていた。
第十六話 再会
「どこだ!どこにいる!」
アビスに変身した満は反転した病院の大きなホールの中心に立ち、唸る
ような雄叫びを上げながら、近くにあったソファーを蹴り飛ばした。
強化された脚の剛力に耐えきれずにソファーは中身をぶちまけて
轟音を立てながら、近くにあった自動販売機にぶち当たって壊れた。
「ブルルルルル....!!!!」
ゼブラスカル・アイアンが二階のロビーから不意打ちをかますべく、
音を殺して満の背後に飛び降りる。
「うらぁ!」
振り向きざまに振るう左拳が空振りするが、アビスはそのままの勢いを
保ちながら、身体をかがめて左回転をしながら、ゼブラスカルの足を
ひっかけ、その重心を崩した。
「死ね」
手早くモンスターの武器を引きはがしたアビスは、アビスバイザーで
ゼブラスカルの両目を潰し、股間に全力の蹴りを叩き込んだ。
「Strike vent」
「ギエエエエエエ!!」
ミラーモンスターに性別はないが、それでも自分と同じ位の筋力で
全力の蹴りを叩き込まれて無事なモンスターは殆どいない。
痛みに悶えるゼブラスカルを無理矢理立ち上がらせたアビスは、右手の
アビスクローによる零距離射撃でその頭を一瞬で切り落とした。
「Advent」
バイザーから二枚目のカードを引き抜きベントインする。
召喚されたのはアビスハンマーだった。
「飯だ。喰え」
無機質な声でアビスハンマーに餌を蹴り飛ばしたアビスは、正面から
歩み寄ってくるライダーを見て歓喜の笑みを浮かべた。
黒と青を基調としたライダー、そう...ナイトだ。
「アビスハンマー!」
ゼブラスカルを平らげたアビスハンマーは、都合良く目の前に現れた
新しい餌の存在に歓喜の叫びを上げながら突撃していった。
「そうか...丁度良い」
「Nasty vent」
ナイトがバイザーにベントインしたカードはナスティベント。
超音波による敵の攻撃の妨害を目的とした補助カードである。
頭を抱え込んだアビスハンマーから充分な距離を取ったナイトは自分の
バイザーに二枚目のカードを挿入し、油断なくその切っ先をアビスに
向けた。
「それで牽制のつもりか?」
漆黒の大槍を構えたナイトと対峙するアビスは不敵な笑みを声音に
滲ませ、アビスクローの照準をナイトに合わせた。
「来い!」
「うおおおおおおお!」
広々としたホールに二人のライダーの雄叫びが反響する。
ナイトはトリックベントをベントインし、数によるアビスの撹乱を試みる。
アビスは強化された脚力を生かし、縦横無尽にナイトの分身達の間を
かいくぐってはアビスクローとアビスバイザーによる二重砲火による
力押しの肉弾戦で分身達を相手取り、ナイト本体へと肉薄していく。
作り出されたナイトの分身は本体を合わせて6体。
対してアビスは召喚獣アビスハンマーを加えてたったの二人。
いかにアビスがナイトよりも上の戦闘力を誇るとは言え、四人分の
戦力差を相手取るのは至難の業だった。
しかし
今まで自分達が倒してきたミラーモンスターの中には、その全力を
見せる事なく散ったモンスターもいるという事をナイトは失念していた。
「アビスハンマー!潜れ!」
「ッシャアアアアアアアアア!!!」
満の契約獣の片割れであるアビスハンマーは水中、土中を問わずに時速
125kmの高速移動が可能なモンスターだった。
そして、ミラーモンスターにとってコンクリートなど普通の地面と
大差ない程度の違いでしかない。
「なにっ!」
一瞬のうちに姿を消したアビスハンマーに動揺を隠せなかったナイトは
まだ分身が無事である内に、本体を庇うように一ヶ所に集中する。
「喰らえ!」
分身達が一ヶ所に集まったそのチャンスを逃す事なく、満は最大出力の
アビスクローの水撃をナイトに見舞う。
「ぐああああああああ!」
津波のような大きな波状攻撃により、あれだけいた分身達が次々に
その姿を消していく。
「そこか!」
左の壁に勢いよく叩き付けられた最後の一体が本体である事を悟った
アビスはアビスハンマーにナイトを羽交い締めにするように指示を出し、
自分はその正面に陣取り、今度こそ確実に撃ち殺せるようにアビスクローの
照準をナイトの頭に当てた。
「ショオオオオオワアアアアアア!!!!」
「ぐはっ!」
土中を伝って壁中から手と足を突き出したアビスハンマーはその怪力を
遺憾なく発揮し、ナイトの両腕と両足を捕まえ、羽交い締めにした。
万力のように背後から絡みついてくるアビスハンマーに為す術もなく
ナイトは締め上げられ続けた。契約モンスターを呼び出そうにもカードを
入れるためのバイザーは先程の一撃でどこかに吹き飛んでいた。
あっけなくついた決着に拍子抜けを隠せなかった満だが、気を取り直して
アビスクローによるナイトのデッキ破壊を試みる。
「これで終わりだ。じゃあな」
「待て!」
だが、そうそう事が上手く運ぶ訳がなかった。
「手塚...」
「蓮。待ってろ、今助ける...」
病院の正面玄関から姿を現したのは、満の命を救った恩人である
手塚海之だった。
「手塚さん。邪魔しないで頂けますか」
「それは...出来ない」
照準をナイトから離さないアビスに対して気負う事なく泰然とした態度で
ライアは説得を開始した。
「佐野。答えてくれ。本当に、争う必要があるのか?」
「誰が、誰と、何の為に、戦いを止める」
「それをハッキリさせて貰えませんか?」
「こう言う形で貴方と再会するのは不本意なんですけどね」
「コイツは以前俺の命を狙った。そして、ついさっきも俺に襲いかかった」
「ライダーバトルに乗り気な奴が返り討ちに遭った」
「ただそれだけの話。ということで納得しては貰えませんかね?」
以前あったときの満とは全く違う冷酷な物言いに、手塚は内心の焦りを
隠せなくなり始めていた。
あの日見た夢がもうすぐ現実になってしまう。
何もかもが夢で見たのと全て同じ光景だった。
ミラーモンスターを追ってミラーワールドに入った蓮が運悪くライダーと
遭遇し、手も足も出ない危機に陥り、最終的に命を落とすという最悪の
未来を回避しなければならない。
だが、今の満は既に浅倉や北岡と同じ匂いしかしない。
そう、ライダーの戦いに乗った側の人間しか出せない危険な匂いである。
(蓮...)
手塚の沈黙を戦意と受け取った満は、ナイトを食べたくて堪らない
アビスハンマーの待機を解こうとした。
「佐野。お前の問いに答えよう」
「蓮が、城戸が、俺が、お前と手を取り合うために争いたくないんだ」
「だから、頼む。この通りだ」
あろうことか自分の足下にバイザーを蹴り飛ばした手塚海之は丸腰の
ままアビスに頭を下げた。
「......」
以前、自分が真司と手塚に言った事を思いだした満は、アビスハンマーに
ナイトを離すように命令を下した。
不満げな唸り声を上げたアビスハンマーは、不満タラタラと言った様子で
蓮から離れた。
「手塚さん。頭を上げてください」
「すまない。恩に着る」
足下に転がっていたライアのバイザーを拾い上げ、その持ち主へと手渡した
アビスは、床に無様に転がるナイトを一瞥した後、鏡の方向に向かって歩き始める。
どのみち、モンスターを倒すという目的を果した以上、新たな敵が
現れる前に退散するのは当然の決断だった。
「待て!」
自分の背後から聞こえた鋭い声にアビスは振り返った。
「なぜ俺にトドメを刺さなかった?」
「二人と、約束したからだ。出来るだけの手助けをすると」
「だから殺さなかった。別にあんたを助けるつもりは毛頭ないしね」
ナイトの血を吐くような叫びを一言で切り捨てた満は、そのまま
近くにあったガラスの中に身を投じて、現実世界へと帰還していった。
「くっ...何故だ、俺は、俺は...ッ」
「蓮...」
「来るな!」
よろめきながら立ち上がった蓮が、吹き飛ばされた自分のバイザーの
元へと歩いて行く。
自分の見た予知夢と違う展開に焦りを隠せない手塚は、自分のバイザーを
拾い上げて戻ってくる蓮の姿を見守りながら、バイザーにカードを挿入し、
注意深く周囲を見回した。
アドベント、ファイナルベント、コピーベント、そして神崎士郎から
戦いの円滑化という名目で渡された上級カード、サバイブを含めた
四枚が今の手塚の持っているカードだった。
(くっ、どこだ...どこにいるんだ)
「蓮、もう良いだろう。早く戻ろう」
「手塚?危ない!」
「はっ?!」
顔を上げたナイトの叫びに後ろを振り返ったライアは、今まさに自分
めがけて自分の得物である鞭を叩きつけようとするミラーモンスターの
姿を視界の中に納めていた。
「貴様はっ!」
手塚にとって、そのモンスターは不倶戴天の仇敵だった。
神崎士郎の忠実な駒の一体である鳳凰型モンスターのガルドサンダーは
瞬く間にその姿を火の鳥と化し、目にも止まらぬ猛スピードで空中を
飛び回りながら、執拗な攻撃をナイトに加えはじめた。
「蓮!逃げろ!今のお前じゃ無理だ!」
「ソイツの攻撃はお前のガードベントじゃ防げない!」
最高時速580kmで自在に空中を舞う迦楼羅は、余す事なく自らの力を以て
主である神崎士郎の命令通りにライダーを一人でも多く減らすという
任務を忠実に執行しようとした。
そして、運悪くナイトはその犠牲者に選ばれてしまった。
「くっ!」
「Advent」
攻撃が届かない場所へと宙高く舞い上がるガルドサンダーに業を煮やした
ナイトはアドベントのカードを使い、自らの蝙蝠型の契約モンスターである
ダークウイングにガルドサンダーを地面に叩き落とすように命じた。
だが、それは悪手でしかなかった。
「手塚!俺がアイツを地面に叩き落とす」
「その隙にお前はファイナルベントで奴を仕留めろ!」
「ダメだ!ダークウイングじゃアレには勝てない」
「撤退だ!このままだと死ぬぞ!」
ライダーバトルにとって一番避けたい事の一つに、ミラーモンスターとの
交戦中に自らのモンスターが格上のモンスターに食い殺されてしまうことが
上げられる。
何故なら、契約モンスターが破壊されてしまえばライダーはブランク体に
戻ってしまう。最低限のミラーワールドを生き抜けるための装備だけに
なった所を他のライダーに発見されれば、それで一貫の終わりだからだ。
一見、ライダーと契約するモンスターはミラーワールドに生息するミラー
モンスターの中でも、それなりに上位種の様にも思えるが、それでも
いかんとも埋めがたい性能差が存在している。
何故なら、ミラーモンスターの中にも格という物が存在するからだ。
現実世界に存在する動物や昆虫が、幻想世界に存在する龍や不死鳥に
勝利できる道理等どこにもないのと同じように...
「ギーッ!ギーッ!」
ダークウイングの倍の体躯と実力を誇るガルドサンダーにとって、
蝙蝠の攻撃など蚊に刺されたにも等しいだけの徒労でしかない。
口から吐き出された摂氏850℃の火球に翼を焼かれ、全身が炎に包まれた
ダークウイングの首を自らの尾羽で締め付けながら、ガルドサンダーは
地上15mの高さから一気に一番下までダークウイングを叩き付けた。
「ギギギッギャアアアアアアアア」
為す術もなく断末魔の叫び声を上げながらダークウイングは固い地面に
頭ごと叩き付けられた。
ダークウイングが敗れるという想定外の事態に蓮は呆然とするしか
なかった。頭が完全に潰され、原形を保てなくなった契約獣は数秒後には
轟音を立てながら爆散した。
「馬鹿な...」
エネルギー塊を捕食したガルドサンダーは、ナイトやライアの存在に
気を止める事もなく、悠々とその場から飛び去って姿を消した。
デッキからナイトの紋章が消え、ブランク体へと逆戻りした蓮は
衝撃のあまり、その場に崩れ落ちた。
「しっかりしろ!蓮!まだ全部が終わったわけじゃない!」
「立て!立つんだ!蓮!」
だが、今の蓮に手塚の声が届く事はなかった。
~花鶏~
土曜日の昼下がり、店主不在の花鶏で一人店番をしていた城戸真司は
茫然自失状態の秋山蓮とそれを抱える手塚に心底驚いた。
「ええっ!?じゃあ、なんだよ」
事情を聞いても何も話そうとしない蓮の代わりに、手塚が事情を話す。
「蓮の契約モンスターが神崎の手下モンスターに喰われた」
「ちょっ、マジかよ...神崎の手下モンスターって...アレだよな?」
身も蓋もない手塚の結論に面食らった真司は、心のどこかできっと蓮が
ムキになるあまり、契約モンスターに無茶な命令でも出したのではないの
だろうかと想像していた。
手塚が言うには、蓮と共に行動していた際に近くにあった大きな病院から
モンスターが姿を現して人を攫う所を偶然目撃した為、二人で変身し、
ミラーワールドに引きずり込まれた人間を救出した後、ガルドサンダーに
遭遇したらしいとのことだった。
「俺と蓮は二手に別れてガルドサンダーを追いかけていった」
「そして、蓮は運悪くアビスに捕まってしまった」
「アビスって...もしかして佐野君の事か?」
「ああ。この前会ったときとは桁違いに強くなっていた」
「俺が蓮の元に辿りついたとき、蓮は壁に磔になっていた」
蓮の強さを知る真司にとって、蓮が為す術もなく一方的に押し切られた
事はにわかには信じがたい出来事だった。
現にこうして命からがら手塚に連れられて帰還した蓮を見ると、やはり
今自分が耳にした事は全て真実だと信じざるを得ない。
「磔って...嘘だろ?じゃあ、蓮は一方的に追い込まれたのか?」
「おそらくは、な」
「だったらなんで蓮を助けたりしたんだ?」
「佐野は、蓮を助けたときにこう言っていた」
「俺と城戸に約束したから。と」
「約束って...あっ!もしかしてあの時のことか!」
あの日の後味の悪い別れの時に佐野が言った言葉を真司は思い出していた。
自分と手塚には感謝しているし、もしミラーワールドで出会ったら、
その時は自分に出来る範囲で手助けする。
「まさか、あの言葉が本当だったとはなぁ...」
しみじみと呟いた真司はなにやら深く考え込みはじめた。
「城戸、何を考えている?」
「あ、いや。蓮の奴は大丈夫かなって」
「ほら、アイツ時々無茶するからさ。だから...」
「だから?なんだ?」
蓮の分も俺達でフォローしなきゃな、と言葉を続けようとした真司の
肩越しから蓮の言葉が聞こえて来た。
先程の失敗が余程答えたのか、後ろを振り返った真司の目に写った
蓮の顔には覇気というものが一切感じられなかった。
しかし、瞳の中にはメラメラとした黒い炎が滾っていた。
「俺があの佐野とか言う奴に負けるとでも思っているのか?」
「いやそういうわけじゃなくてさ、ほら、お前キレると暴走するじゃん」
「それに契約モンスターいなくなっちゃったんだろ?」
「だからさ、とにかく!お前は少し休め」
「何をバカな事を言っている。馬鹿め」
「なっ!俺はお前の事を心配してだな」
「いつ俺がお前達にそんな事を頼んだ」
「自分の事くらい、自分で片をつけてやる」
「あの青いライダーには手を出すなよ。アイツは俺の獲物だ」
「ちょっと待てよ、蓮!」
「さっきからお前何焦ってるんだよ!」
真司のお節介を邪険にする蓮の本心も穏やかではない。
ライダーバトルが本格化してから既に3ヶ月が経過している。
神崎士郎の実験のせいで今も昏睡状態にある恋人の小川恵里の容態が
いつ急変するのかも分からない中、一刻も早くライダー同士の戦いに
勝利しなければならない。
確かに真司や手塚は今のところは信頼できる仲間と言える。
きっと新しい契約モンスターを探すから手伝ってくれと頼めば、嫌な
顔をする事なく最後まで手伝ってくれるだろう。
だが、今日の味方は明日の敵という諺がこれほどピッタリ当てはまる
状況下において、ライダーバトルに乗るか乗らないかのギリギリの所で
辛うじて踏みとどまっている蓮に、真司の親切はあまりにも際どかった。
潮時だ。そう、蓮は思った。
ライダーバトルが激化すれば、遅かれ早かれ手塚や真司と衝突するのは
目に見えている。新しい契約モンスターにもよるが、少なくともあの二人の
手の内を知っている以上は苦戦する事はないだろう。
そもそも自分と違って、叶えたい願いの為に戦いに身を投じたライダー
ではなく、戦いを止める事を掲げてライダーの力を行使する真司や手塚と
相容れないのは当然の帰結だった。
(新しい契約モンスターを手に入れてからでも、遅くはない...か)
「城戸、手塚。頼みがある」
「今の俺は契約モンスターがいないブランク体のままだ」
「だから、新しい契約モンスターを探すのを手伝って欲しい」
「この通りだ」
どのみち、戦力としては申し分ないほどの実力を持つ二人が無条件で
自分のライダーバトルへの再起に手を貸してくれるという申し出を断る
理由はない。
そう、無理矢理自分の中で結論づけた蓮は背中を向けていた真司と
手塚に向き直り、ぎこちなく頭を下げた。
「そっかそっか。分かった。手伝うよ」
「そうだな。俺達に任せろ、蓮」
本心を見せない自分の言葉を本気で信じる仲間の視線にいたたまれなく
なった蓮は、そのまま言葉を二人と交す事なく重い足を引きずりながら
自室への階段を登り始めたのだった。
17話 謀略
~河川敷~
その日は朝から土砂降りだった。
轟々と音を立てながら、茶色い濁流が荒れ狂う。
「....」
そして、河川敷に生い茂る鬱蒼とした背の高い雑草の近くに、今にも
吹き飛ばされそうな段ボールハウスが乱立していた。
「......」
ホームレス達が寄り集まってできたその集落に人影は全くない。
それどころか豪雨でさえかき消せないほどの、夥しいほどの血液が
そこかしこに飛び散っていた。
「イライラするんだよ...」
落雷と共に段ボールハウスから出てきた一人の男は、自分が引き起こした
この惨状を一顧だにする事なく、まるで下らない冗談を目の前で聞かされ
たかのような不機嫌な形相を晒していた。
そう、浅倉威である。
先日のタイガとの一戦における不本意な形での介入...確かに殺した筈の
相手が気が付いたらまるで時間が巻き戻されたかのように生き延びていた。
それだけならば、まだ勘違いだと自分に言い聞かせられただろう。
しかし、それならなぜ自分の頭の中に二つの記憶が混在しているのか?
黒いライダーを殺して吠え猛った記憶と、黒いライダーとその仲間である
青いライダーを取り逃がして吠え猛った記憶があるのは何故なのだろうか?
「どうでもいい...アイツとまた戦わせろ...」
自分に一杯食わせた相手を葬らなければ、このイライラは収まらない。
「黒い奴と、青い奴、そして...白い奴だ」
戦慄く五指に力を込めて拳を作った威は、特に自分が殺したいと希う
あの忌々しい英雄気取りのライダーの姿を脳裏に思い浮かべていた。
タイガだ。
「来たか...」
喜悦の笑みを浮かべた浅倉が後ろを振り返ると、そこには雨に濡れる
事なく幽鬼のように立つ神崎士郎が現れていた。
「会いたかったぜぇ...お前に聞きたかったことがある」
「そうか。では、話せ」
「この前俺が殺し損ねたライダーの居場所を教えろ」
「黒い奴、青い奴、そして...白い虎みたいなライダーの居場所だ」
「いいだろう」
神崎士郎の口から三人のライダーの拠点を聞きつけた浅倉は満面の
笑みを浮かべながら、主の消えた段ボールハウスの中へと入っていった。
「飲むか?」
「まぁ、飲まんだろうな」
ひょっこりと顔を入り口から出した浅倉の手に握られていたのは、大きな
一升瓶だった。
度の強い飲みかけの焼酎をラッパ飲みした浅倉は、赤くなったその顔で
神崎にも飲むように促した。
神崎士郎は、答える事なくただ浅倉威の言葉を待っている。
「なんだ、話はそれで終わりなのか」
「いや、最後にもう一つお前に贈り物がある」
「贈り物だと?」
怪訝な表情を浮かべる浅倉に神崎士郎は一枚のカードを手渡した。
「なんだこのカードは?」
「これはサバイブというカードだ。端的に言えば強化カードだ」
「ほう...強化カードとは、中々珍しいな」
「ああ。お前にこのカードを預ける。好きに使え」
神崎から受け取ったカードをしげしげと見つめた浅倉は、メラメラと
燃えさかる赤い炎を纏った鳥の羽の描かれたカードをデッキの中に
仕舞い込んだ。
「なぜこれを俺に渡した?」
「お前にはより多くのライダーを倒してもらわねばならない」
「ライダーバトルの円滑化に協力しろ」
「ああー...いいぜ?お前の思惑に乗ってやるよ....」
「お前が俺を楽しませる限り、俺もお前を利用してやる」
「そうか。では、役目を果せ」
そう言い残し、神崎士郎は陽炎のようにその姿を消した。
「サバイブ...ねぇ。なるほど、面白い」
~北岡弁護士事務所~
「さてと、ゴロちゃん。作戦会議と行こうか」
「はい。先生」
数ヶ月前に子供をひき殺した男の弁護を請け負った裁判の第一審で
依頼人の受ける社会的ダメージを最小限に抑える事に成功した秀一は
いよいよ本格的にライダーバトルに本腰を入れる事にした。
「じゃあまず、状況の整理から始めようか」
「俺達がライダーバトルに参加してから3ヶ月が経過したよね」
「ええ。参加しているライダーは13人。そして既に三人が脱落しました」
手際良くホワイトボードを取り出した吾郎は、そのボードに書かれている
三人の脱落したライダーの名前に×印をつけていく。
「脱落したのは、シザース、ファム、ガイの三人だったね」
「はい」
「で、今の所残っているのが...結構厄介な連中なんだよね」
ボードに書かれている名前をしげしげと見つめながら秀一がペンを回す。
「虎、龍、蝙蝠、エイ、蛇、鮫、正体不明のライダーが二人」
デスクから一通の封筒を取り出した秀一は、その中身を取り出して
吾郎に手渡す。吾郎はその書類に目を通した後、ホワイトボードに新しい
名前を二つ書き加えた。
「コイツらの出方が読めないのが不安要素なんだよね」
「香川英行とその仲間ですね」
「芝浦さんが言うには、神出鬼没でとても強いとか」
「全く神崎も詰めが甘いよ」
「自分の研究資料くらいちゃんと完璧に管理してもらいたいね」
「ええ」
疑似ライダーを含めると、現在ライダー同士の戦いに参加しているのは
最低でもおよそ12人と言う計算になる。
「はぁ、無駄な戦いはしたくないんだけどさ...」
「コイツらを殺さないと後々後に響くのは目に見えるんだよね」
「そうですね。疑似とは言え、量産化に成功しているのは脅威です」
およそというのは、これから先に香川が自分の持つデッキの量産化に
成功して、人を雇うことでライダーバトルを引っかき回すという最悪の
未来予想が出来るからだ。
仮に自分と吾郎がカードを使い切った局面で香川の作り出した量産型の
疑似ライダー達にに出くわしてしまえば、その時点で秀一達のライダー
バトルは幕を下ろしてしまう。
それがあと一人か二人かという局面なら、尚更やりきれない。
「それに浅倉もまだピンピンしてるしね」
「お人好しの馬鹿の城戸は除外するとして...」
「やっぱり当面の問題は、香川と浅倉かなって俺は思うのよ」
どのみち、正規参加者もあと10人も残っている。
秀一としては、この初期段階の内に浅倉を仕留めたいのが本音だった。
吾郎としても、秀一の命を付け狙う浅倉の存在は無視できない。が...
「やっぱり、気になりますか?」
「うん。あの二人よりも先にタイガって奴を先に仕留めたいんだ」
タイガの奇襲によってガイが命を落としたあの日に秀一はそこにいた。
「俺もさ、カードは多い方だと思うんだよ。でもさ」
「相手のカードを無効化するカードを持つライダーは無視できない」
「ゴロちゃんも見てたよね?アイツがガイを倒した後の一部始終」
「アイツ、ガイのカードデッキから何枚かカード抜いてたでしょ?」
「で、その後契約がなくなったアイツのモンスターとも再契約した」
「となると今のライダーで最もカードを多く持っているのが奴だ」
「一人で八枚近いカードだったら、二人以上は相手取れるよね」
「問題はどうやってタイガの利を潰していくか、ですよね」
秀一と吾郎の話題は武器とアドベントとファイナルベントをそれぞれ
二枚ずつ保持し、更には相手を妨害する特殊なカードを二枚ないし三枚も
保持するタイガをどう仕留めるかへと移り変わっていった。
「やっぱり俺としてはタイガと浅倉で削り合って欲しいのよ」
「で、消耗した二人を俺のファイナルベントで吹き飛ばす」
「これが一番ベストなやりかたなんだけどね」
「アイツら獣にそういう策は通用しないからなぁ」
「ねぇゴロちゃん。どうやったら二対一に持ち込めるかなぁ」
「遮蔽物が小さく、二対一に持ち込める場所が鍵ではないかと思いますが」
「うーん。それを考えると、かなり場所は絞り込めるよね」
「では地下通路や競技場のグラウンド等はどうでしょうか?」
「いいねぇ。ゴロちゃんが姿を消して俺がタイガを追い込んでいく」
「だけどなぁ、問題はどうやって連中を引きはがすかなんだよなぁ」
「状況にもよりますね」
それから30分もの間、秀一と吾郎は作戦の内容を詰めていった。
「うん。これならかなり良い感じで浅倉もタイガも追い込めるね」
「ゴロちゃんと俺が入れ替わるなんてアイツら予想できないだろ」
「そうですね。きっと上手くいくはずです」
「よし、じゃあ城戸と愉快な仲間達は香川に丸投げしよう」
「で、俺達は浅倉を仕留める事を最優先に動く」
「運良く浅倉か香川を仕留められたら、次は東條を狙おう」
「了解しました」
~清明院大学大学院~
香川が満と連絡を絶ってから、一週間が経過していた。
その間、香川達はオルタナティブのデッキの改造やミラーワールドの
探検に時間を費やし、次なる戦いへと準備を備えていた。
これまでのデータを元にした改良の結果、仲村のオルタナティブと香川の
ゼロのミラーワールドの活動時間は10分30秒にまで向上した。
「香川先生。そろそろ一週間が経過しますが良いんですか?」
「何がですか?仲村君」
「佐野の事ですよ。いつまでも放っておく訳にはいかないですよ」
東條が神崎優衣の監視で研究室に不在の時、仲村創はそれとなく佐野満の
これからについて香川に問いただしていた。
どちらかというと満の事は信用できない人間だと思っている仲村だが、
それでも自分達に協力してくれる数少ない仲間と自然消滅するような形で
別れるのは忍びないと思っていた。
「そう、ですね。仲村君の言うとおりですね」
「彼の事をいつまでも放っておく訳にはいきません...が」
「最終的に決断を下すのはもう少し後になりそうです」
「...やっぱり、アイツは信用できませんか?」
「いえ。彼の事は信じていますよ」
「君が東條君のことを理解し切れていないように」
「私も、彼の本質をまだ見極められていません」
真意を見せず、煙に巻くような言い回しをする香川にどう言葉を返せば
良いのかを迷っている内に、東條が研究室に戻ってきたのだった。
「先生。今日の調査は終わりました」
「そうですか。では報告をお願いします」
ミラーワールドの探索から戻った東條がとある通路の見取り図らしき
物にマーカーで印をつけ始めるのを見ながら、香川英行は先日電話した
協力者達の事を思い出していた。
殺人事件被害者遺族の会という一定期間が過ぎると容疑者が判明しても
起訴できなくなる公訴時効制度の撤廃・停止を求めて結成された団体の
存在を香川に教えたのは仲村だった。
時効による時の経過と共に遺族の被害感情は薄れるという考え方を
否定し、時効の停止・廃止を国や世論に訴えていく事を目的としたこの
団体の会員となった遺族達が直面した現実はあまりにも残酷だった。
「東條君。例の作戦ですが、こちらから二つ報告があります」
例えば、惨たらしく児童を殺した殺人鬼が心神喪失状態と判断され、
遺族達の必死の訴え虚しく、死刑を免れ、今ものうのうと刑務所の中で
余生を謳歌していたり、30年前に起こった一家惨殺事件に至っては、
今日になっても犯人の特定・逮捕には至っていない未解決状態という
有様である。
そして、それは浅倉威によって引き起こされた殺人事件であっても
同様だった。
「例の作戦に参加するオルタナティブは私達を含めて六人になりました」
数え切れないほどの殺人事件を起こしながら、僅か10年程度の実刑判決
しか下されなかった凶悪殺人犯を許せない人間は数多くいる。
大切な人を失った遺族の悲しみはただでさえ計り知れないというのに、
死刑になって当然の鬼畜生がたった10年でまた野に放されることを一体
どうやって納得しろというのか。
「配置はどうしますか?」
中には、復讐は何も産まないと言い、気が狂わんばかりの後悔と慚愧を
抱えながら、殺された家族の無念を果す復讐を諦めた遺族もいる。
だが誰が許せるというのだろう?
罪を贖う事なく脱獄した殺人鬼を一体誰が許せるというのだ?
そういった無念を抱える浅倉威殺人事件被害者遺族の会の人間達は
まさにうってつけの協力者達だった。
「仲村君のチームが西側の出口に、私のチームが東側の出口に陣取ります」
確かにライダーバトルに全く何の関係のない遺族達を巻き込むのは
香川とて気が引ける。
だが、誰かがあの悪魔を殺さなければならない。
香川の掲げる正義は、悪を担う覚悟を持つ正義である。
死ぬしかない者が殺され、死ぬ理由のない者たちが救われたのであれば、
人は無力に打ちひしがれ、耐えきれない悲しみに心を切り裂かれても、
まだ生きる事を諦めずにいられる。
死ぬ理由のない者達が殺され、死ぬしかない者が生き残った挙げ句に、
罪を償う事なく同じ過ちを繰り返しながら、なおも我欲の為に多くの弱者を
虐げるのだとしたら?
誰かがその悪を食い止めなければならない。
食い止める方法に正義も悪も関係なく、必ず悪を断たなければならない。
誰に許されることもなく、ただただ正しさを成すために悪に身を堕とす
悲壮なまでの正義こそが英雄には必要なのだ。
「東條君、もう一度聞きますよ?本当に本気なんですか?」
「はい。僕が先陣を切って浅倉を足止めします」
「...わかりました。危ないと思ったら、私達も加勢します」
「現状、私達のファイナルベントでは奴の契約獣を敗れません」
「くれぐれも、カードの使い所を間違えないでくださいね」
「はい」
しかし、己が掲げた正義を為すには香川英行はあまりにも清廉すぎた。
(いけませんね。深く...考えすぎているようだ)
止めどない思考にピリオドを打った香川は堂々巡りの答えの出ない
問いから目を背け、思考を切りかえた。
「二つ目の報告は、ライダーによる共闘の申し出についてです」
「共闘?誰ですか?」
「...北岡秀一。ゾルダからですよ」
「浅倉威を倒すという一点において共闘したいと申し出てきました」
「...真意が見えませんね」
困惑と敵意を顔に浮かべた仲村と東條は、それぞれの意見を率直に
香川へとぶつけ始めた。
まず最初に口を開いたのは仲村だった。
「先生。ゾルダは信用できませんよ。手を組まない方が賢明です」
「大方敵の敵は味方だけど、敵を倒したらお前らも敵だ」
「北岡秀一って人間はそういう人間なんですよ」
「覚えてますか?ゾルダのファイナルベントのこと」
「あんなのを狭い地下通路でぶっ放されたら俺達は全員死にますよ」
「それに東條が見たという、姿を消すライダーも油断できません」
「搦め手や奇襲が得意な奴は裏切る可能性だってある」
「だから、この作戦は俺達だけで遂行しましょう」
反するように、東條も自分の意見を述べ始める。
「先生。僕も仲村君の意見には大体賛成です」
「だけど、やっぱりゾルダの力も借りたいのが僕の本音、かな?」
「東條!お前何言ってんだ!分かってんのか?え!」
「まぁ落ち着きなよ。仲村君。のど飴舐めたら?」
「いるか!」
東條が差し出したのど飴を机に叩き付けた仲村は、少しだけ冷静さを
取り戻し、苛々しながらも話の先を促した。
「要するにさ、ゾルダと手下を分離させれば良いんでしょ?」
「確かに狭い場所に姿を消すライダーがいるのは脅威なんだけどさ」
「僕達の側にも頼れる仲間がいるじゃない」
「先生。ここは佐野君に頼んで姿を消すライダーを始末しましょう」
「....」
「浅倉は北岡の所に必ず来ます。そして北岡の所に手下も控えています」
「どちらも周到なタイプだからこそ、奥の手を隠しているはずです」
「そして、二人とももう話が通じるような相手ではありません」
「確かにそうですね。北岡も浅倉もこれまで上手く生き延びていますしね」
「ではゾルダとその手下を上手く分断させるべきと?そういう事ですか」
「フリーズベントで凍った奴のモンスターを北岡は仕留めに来る筈です」
「数を生かして浅倉を仕留めるのならこれが一番かなと思います」
「時間切れギリギリまでゾルダに浅倉を追い込ませて仕留めさせる」
「で、僕達はその間に出口を塞いで二人を消滅にまで追い込む」
「鏡面となる物全てを取っ払ったトンネルの中でね」
「上手くいけば、三人の強敵を葬れますよ」
「どうしますか?先生」
仲村の言う本来の作戦通りに事を進めるのか?
それとも東條の言う通りに佐野と北岡の力を借りて浅倉を倒すのか?
香川にも、決断の時が訪れる時がやってきた。
「仲村君。東條君」
「はい」
「佐野君を呼び戻します。その上で浅倉を倒しましょう」
迷いながらも、香川は最終的に両方の策を取った。
「東條君と私とオルタナティブ軍団で浅倉を仕留めます」
「浅倉を仕留める。今回はそれだけを最優先にしましょう」
「ゾルダとその手下は今回だけは見逃しても結構です。なので」
「仲村君と佐野君には、ゾルダとその手下を仕留めて貰います」
「やるんですね。先生」
香川から大任を任された二人の肩に重い期待がのし掛かった。
浅倉も北岡も楽には勝たせてくれない強力なライダーである。
しかし、
「東條君。私の背中を君に預けます」
「だから、君の命を私に預けて欲しい」
「私が迷ったら、その時は君が私の為すべき事をしてください」
「先生...はい、はいっ!」
香川のその言葉に感極まった東條は歓喜の涙を流した。
憧れていた英雄と遂に肩を並べ、正義の為に戦う事が出来る。
誰かに求められる事なく、誰かに救われる事なく生きてきた青年の心が
奮い立つのにはそれだけで充分だった。
「仲村君」
「はい」
「もし私が倒れたら、東條君と佐野君のことをお願いします」
「北岡か浅倉が斃れた時、きっと神崎士郎は動くはずです」
「オーディンと黒い龍のライダーは単独では倒せません」
「三人で協力して、ミラーワールドを閉じてください」
「...それが、先生の遺志なら。俺が引き継ぎます」
もしかしたら、このやりとりが最後になるかも知れない。
(いや、最後になんかさせてたまるかよ!)
仲村創は頭に浮かんだ気弱な考えをバッサリと切り捨て、前を見据えた。
香川先生と東條と自分と、後は佐野の四人でこの悪夢のようなライダーの
戦いを戦い抜き、平穏な日々を取り戻すのだ。
(皆。待ってろ...必ず仇を取ってやるからな)
復讐の時が遂に来た。
神崎がどんな卑怯な手を使ったとしても、俺達は絶対に敗北しない。
「香川先生。東條」
「どうか、どうか勝って戻ってきてください」
「お願いします」
自分と香川の手を固く握った仲村の懇願に東條は驚きを隠せなかった。
いつも意見が食い違い、ケンカが絶えない間柄だったが、それでも
どこか心の中では仲間意識があった。
「仲村君。君は自分の心配をした方が良いと思うよ」
「正直な話さ、浅倉より君と佐野君の相手の方が手強いんだからさ。でも」
しかし、いや...自分が仲村に抱いているのはきっと同族嫌悪なのだろう
どこかひねくれていて、自分の価値観を正しさよりも優先させて暴走
するような危うさを仲村を見ると、未熟な自分を見せつけられているようで
素直になる事が出来ない。
こうやって一方がもう一方に歩み寄ろうとする時には、それが特に顕著に
現れてしまう。
「東條君。仲村君の気持ちは無碍にしてはいけませんよ」
「君達の仲が悪いのは昔からですが、私達も昔からの仲間なのですから」
「そうですね...」
(今更仲村君と仲良くするのは遅いかも知れないけど...)
香川の言葉に頷いた東條は、仲村の心臓に拳を突きつけた。
「ありがとう。仲村君」
「また明日ね」
東條の『明日』という言葉に驚きながら、仲村創も東條がしたように
自分の拳を突きつける。
「ああ。また明日な」
そう、全ては自分自身が生きて未来を掴む事に集約される。
だから、戦わなければ生き残れない
「さぁ!始めましょうか。私達の戦いを!」
最後の不安要素が霧消したことを確信できた香川は、まるで英雄が
開戦の角笛を吹き鳴らすように声を張り上げた。
「ライダーバトルを終わらせるための、戦いを!」
18話 再契約
~401研究室~
「.......」
満が香川に呼び出されたのは、前に別れた一週間後の事だった。
深く息を吸い込み、前を見据えた満の瞳は一切の迷いが消えていた。
(親父...)
あの日、満が最後に父の顔を見た9時間後、満の最後の家族は安らかに
息を引き取り、永遠の眠りに就いた。
(アンタの言葉を俺は覚えている。だから俺は後ろを振り返らない)
(だから、見ていてくれ)
揺らがぬ決心で扉を開いた満の前には、三人の仲間がいた。
「お久しぶりですね。佐野君」
「...」
「...」
笑みを浮かべる香川と、その両脇に控える東條と仲村。
以前会ったときよりも精悍になった三人の瞳の中にはギラギラと光る
野獣のような獰猛さの使命感が浮かび上がっていた。
「お久しぶりです。香川先生」
「その様子だと、もう答えは出ているようですね」
「はい」
自分が覚悟を決めたように、香川も仲村も、あとは何を考えているのか
全く分からない東條でさえも、何らかの覚悟を決めてここに立っている。
負けられない。
どういう理由があっても、ここで目をそらすわけにはいかない。
意を決した満は香川を見据えて、あの日出せなかった答えを口にした。
「先生。俺は引き返しません」
例えそれが、誰にも受け入れられる事のない思想や動機だったとしても、
ライダーとなった以上その宿命からは逃れられない。逃げる事はできない。
「ようやく分かったんです。自分がいかにいい加減だったかってことが」
だったら最後まで戦い抜いてやろうじゃないか。
それが満が迷いに迷った末に出した答えだった。
「誰かに守られるだけじゃ、きっといつか倒されてしまう」
例え自分が生き残る確率が0を超えないとしても、そこに賭けなければ
生き残れないなら、俺は英雄になんかならなくてもいい。
「でも、ただやられるのを待つなんて悔しいじゃないですか」
だったら一人の人間として、みっともなくあがいて戦って死んでやる。
「だから、俺は自分が死ぬその時まで戦う事にしました」
「その上で、先生達に背中を預けたい。そう思ってここに来ました」
誰かに踏みにじられて、その存在を忘れ去られていく雑草であっても、
最後の瞬間までにはどんなに小さくても譲れない矜持を持てれば、きっと
その生涯は無意味なんかじゃないんだ。
満の決意に、香川も自らの思いを明らかにした。
「佐野君。戦いが終わった時、私達四人が揃う事はもうないでしょう」
なる。香川の口から出た言葉は、満や東條と仲村にそう思わせるだけの
深い重みがあった。
「戦いが終わった時、果たして何人がここに戻ってこられるのか」
「それは、私にも君にもわからない」
「しかし、私は誓いますよ」
だが、満がようやく戦う理由を見つけたように、香川にもこの戦いを
降りる事が出来ない絶対的な信念がある。
「貴方が私に庇護を求めたように、今度は私も貴方に覚悟を求めます」
「佐野君。君は最後まで私達に協力してくれますか?」
「仲間として、一人の人間として、最後まで戦い抜いてくれますか?」
断る理由は、もとよりどこにもなかった。
「誓います」
「その誓い、確かに受諾しました」
満の前に立つ香川が一歩前に進んだ。満も負けじと一歩踏み出す。
香川の脇に控えていた東條と仲村もその左右から一歩前に出る。
「ま、僕がいる以上、先生が死ぬ事なんてありえないけどね」
「抜かせ東條。英雄が油断して死ぬなんて珍しくもないだろうが」
「こらこら。二人とも縁起でもない事はいうものではありませんよ」
香川が突き出した拳に満は黙って自分の拳を突き合わせた。それに倣い、
東條と仲村も同様に拳を出して、二人の拳に突き合わせる。
「あれぇ、お二人とも前に比べたら随分と仲が良くなってませんかぁ?」
「そんな事ないよ。ま、仲村君より僕が大人になった証拠じゃないの?」
「はぁ?その言葉そっくりお前に返してやるよ」
「全く、仲が良いんだか悪いんだか...」
「さて、戦の前には腹ごしらえが必要と昔から言います」
「どうです?これからぱーっと街に繰り出して食事でもしませんか?」
「あっ。じゃあ焼肉が良いです」
「何言ってんだ佐野。ここは高級寿司に決まってんだろうが」
「仲村君馬鹿なの?一貫500円以上する魚の切り身食べて何が楽しいの?」
「まぁまぁまぁ。そう険悪にならないでください」
「焼き肉にしましょう。さ、三人とも店に行く準備をしてください」
笑顔を浮かべる三人を先に玄関で待つように指示した香川は満面の笑みを
浮かべる教え子達を笑顔で送り出した後、一人椅子に腰掛けた。
「裕太...」
デスクの傍らに立っている写真立てに写る最愛の息子と妻の笑顔が眩しい。
神崎士郎はライダーバトルへの介入を止めない自分への牽制として、
最愛の家族を人質に取るはずだろう。
英雄<じぶん>の覚悟を鈍らせるだけの例外的な価値が妻と息子にはある。
おそらく、そうされてしまえばきっと自分は剣を振るう事を躊躇し、
英雄ではいられなくなるだろう。
だが、例えそれで自分が命を落としたとしてもきっとここにいる三人が
自分の遺志を引き継いでライダーバトルを、ひいてはミラーワールドを
閉じてくれるだろうと香川は信じる事が出来た。それだけが救いだった。
15分立っても香川が姿を現さない事に不信感を抱いた仲村が研究室の
扉を開いて入ってきた。
「先生?」
「ああ、すいませんね。ちょっと教務課と電話で話をしていました」
「そうですか。車、出してるんで早く行きましょう」
「ええ。カーナビはついてますか?」
「勿論ついてますよ」
(何を迷っている。香川英行...お前はこうなることを予測していた)
(英雄として生きるのなら、その業も宿命も受け入れなければならない)
(だが...私は、この矛盾に答えを出せない...)
きっと、この究極の二律背反こそが英雄になろうとした自分がこの先に
背負っていかなければならない十字架なのだろう。
そう自嘲的な笑みを浮かべた香川は研究室を後にしたのだった。
ミラーワールド
城戸真司と手塚海之は先日の一件で契約モンスターを失い、ブランク体と
なってしまった秋山蓮の新しい契約モンスターを探す為、今日もまた
ミラーワールドの中に入っていた。
「で、蓮はどんなモンスターと契約したいんだよ?」
「そうだな。再契約はお前の契約モンスター並の奴としたいな」
「ドラグレッダー並の?いるのかぁ?そんなやつ?」
今までの経験と場所による地理的条件から考えられるライダーのミラー
モンスターとの遭遇率を総合的に吟味した結果、今日の探索場所は街中から
少し離れた場所にある自然公園の中に決定したのだった
「分からん。だが、もしかしたら同じ個体がいる可能性も否定できない」
「それもそっか」
先頭を務める手塚は普段と変わらない蓮と真司のやりとりを聞きながら
注意深く周囲を見回していた。
昨日の夕方、蓮に打ち明けられた事を思い出す。
『蓮。お前、新しい契約モンスターはどうするんだ?』
『決まっている。鳳凰型モンスターを探しだして再契約する』
『...確かに、現状ではそいつらが一番強いモンスターだな』
『ああ。お前にとっては複雑かも知れないが、それしかないんだ』
『頼む。手伝ってくれ』
蓮が契約しようと狙っているのはミラーワールドで最も強いモンスターに
数えられる鳳凰型モンスターだった。そして、そのモンスター達はあの
神崎士郎の忠実な手下でもあった。
(確かにミラーモンスターは執念深く、狙った獲物は取り逃がさない)
(この仮説が正しければ、先日のモンスターは蓮を付け狙っているはず)
(しかし、モンスターだって馬鹿ではないだろう)
(わざわざ俺達が揃っているど真ん中に姿を現す事などあるわけがない)
ライダーバトルが始まってから既に3ヶ月が経過していた。
真司も蓮もバトル当初の時から格段に腕を上げているし、そう易々と
それが例えミラーモンスターであったとしても後れを取るはずはない。
(大丈夫だ。まだ未来は動いていない)
(落ち着け、落ち着くんだ)
後ろを振り返り、仲間達の安全を確かめる。
「城戸、少し声を落とせ」
「あっ、わりぃ!?」
後ろを振り返った手塚の背後に乱立する木々の間から飛び上がる影を
視界の端に捉えた真司は、素早く蓮を自分の背後に隠した。
「手塚ァッ!上だ!」
「?!」
本能的に危険を察知した手塚は、今自分が立っている遊歩道の斜面に
なっていないほうの左側へと転がり、頭上からの攻撃を回避した。
「ギャアアオアアアアアア!!」
体勢を崩したライアに狙いを定めたモンスターは、そのまま一気に
ケリをつけるべく、猛然と駆け出していった。
「Strike vent」
ライアの窮地を見過ごすわけにはいかない龍騎は、カードをバイザーに
ベントインしてドラグクローを呼び出した。
「手塚!コイツは俺がやる!蓮を頼む!」
「すまん!」
ドラグクローから吐き出される何発もの火球の一発がライアを襲った
モンスターの背中に直撃した。
苦悶の叫びを上げたミラーモンスターは憎々しげに背後を振り返った。
蓮の視線の先に立っていたミラーモンスターは、かつて手塚と真司が
協力して倒したモンスターと同種の鳳凰型モンスターだった。
ガルドミラージュ。それが蓮の再契約したいモンスターの名だった。
「アイツだ!城戸!アイツが俺の再契約したいモンスターだ」
「殺すな!無力化してくれ!」
「任せろ!」
蓮の頼みに頷いた真司は、相手がまた空高く飛ぶ前に一気にケリを
つけるべく、アドベントのカードをデッキから引き抜き、自分の契約獣、
無双龍ドラグレッダーを呼び出した。
「ゴオオオオオオオオオオ!!!」
その名の通り、ミラーワールドでも随一の強さを誇るドラグレッダーは
真司が自らに念じて伝えたように、ガルドミラージュの頭上に陣取り、
相手が逃げるに逃げられない状況を作り出した。
コイツも運が悪いな。とドラグレッダーは内心そう思っていた。
大方餌を探して群れから離れた所を一人でうろついていたところを
コイツら三人に見つかってしまったのだ。
普通の人間ならともかく、ライダーかそうでないかの見分けくらいは
自分の仕える主から教わっているだろうに。
そんなことを考えながら、ドラグレッダーは徹底的にガルドミラージュの
逃げ道を防ぎ続けた。
遊歩道から外れた舗装されていない悪路を軽々と駆け抜けようとする
ガルドミラージュのジグザグ走行の先にピンポイントに火球を吐き出し
徐々に徐々に真司と手塚と蓮が囲めるように進路調整をする。
「しゃあっ!」
ドラグレッダーの放った火球に飛び退いたガルドミラージュの頭に、
ドラグクローの火球が直撃した。
「ギエエエエエエエエ!!」
頭がもげるほどの衝撃と熱にガルドミラージュはあえなく斃れた。
「今だ!蓮」
弱々しく動くガルドミラージュにのし掛かったライアと龍騎の言葉に
名もなきライダーは意を決して、契約のカードを取り出した。
「アアアアアアアアア.....」
断末魔の叫びを上げたミラーモンスターは契約のカードへと一瞬で
吸い込まれた。
「蓮?どうだ?」
「ああ。問題ないようだ。見てくれ」
何もなかったブランクのカードデッキに鳳凰の紋様が浮かび上がり、
蓮の右腰に現れた杖型の専用バイザーを確認した真司と手塚は喜びを
隠せなかった。
「良かったな蓮!これでまた戦えるな」
「ああ。お前らには感謝してる。本当にありがとう」
飛び上がって小躍りする真司の肩に手を置いた蓮は、新しく出来た
自分のデッキからカードを引き抜いて、早速確認を始めた。
ダークウイングと契約していたときのカードの枚数は6枚だった。
果たして自分の手の中には、
「おっ、六枚かぁ...」
真司に言われるまでもなく、今の自分の手の中には6枚のカードが
しっかりと握られていた。
真司と手塚が周囲を警戒している中、蓮は手持ちのカードの種類を
確認し始めた。
アドベント、ガードベント、ソードベント、ファイナルベントの四枚に
加えて、嬉しい事にトリックベントとコピーベントという前のデッキと
殆ど同じカードで構成されていたのだ。
(いける...これなら例え相手が北岡でも浅倉でもやれる!)
心の中で固く拳を握りしめた蓮はアドベントのカードに封印されている
新しい相棒の名前を言葉にした。
「ガルドミラージュ...」
先程封印したモンスターのAPは5500と中途半端な数値だったが、数値の
上では浅倉や真司の契約獣を僅かに上回っている。
無論、今まで倒してきたモンスターのトータルで考えれば、今の自分は
大分劣るだろうが、そんなことは些末な問題でしかない。
「蓮。名前はどうするんだ?」
「名前?ああ、そうか。そう言えば忘れていたな」
「そうだな。契約モンスターからとってミラージュでいいか」
「ミラージュか...そうだな、蓮がそう言うなら俺達はそれでいいや」
その瞬間、新たなライダーがここに誕生したのだった。
仮面ライダーミラージュ。変身者は秋山蓮。
「よし、じゃあ帰るか」
こうして、新たな力を得た秋山蓮は意気揚々と仲間達と共にミラー
ワールドから現実世界へと帰還したのだった。
~花鶏~
深夜二時、城戸真司は深い眠りの中にいた。
書き上げた幾つかの記事を編集長に送り終わったのが午後11時だった。
珍しく日をまたぐ事なく眠りにつける事を喜んだ真司は、自分の寝間着の
ポケットの中にカードデッキを入れ、一日の疲れを取るべく、ベッドに
潜り込んだ。
「Zzzz...」
「....」
そして、眠りに就いた人間はちょっとやそっとでは起きる事はない。
ましてや深夜二時となれば尚更だった。
「真司...」
花鶏で真司にあてがわれた部屋にある大きな鏡から一人の人間が
音もなく悠然と姿を現した。
真司が眠るベッドの傍に佇むその男は、真司と瓜二つの姿をしていた。
「お前の体を手に入れるのは、まだ先にしてやる」
「だが、お前の力を借りるぞ...」
そう呟いたミラーワールドの真司...城戸真一は邪悪な笑みを浮かべ、
自らのポケットの中からリュウガのデッキを取りだした。
「....」
そして、ベッドで眠る真司のポケットの部分に手をかざし、何かを
念じ始めると、数秒もしないうちに真司の龍騎のデッキが賭け布団の上に
姿を現した。
真一は自分のデッキと真司のデッキを入れ替えたのを確認すると、先程
同様に掌をデッキの上にかざし、真司のポケットの中にリュウガのデッキを
忍び込ませる事に成功した。
「待っていろ...優衣」
真一はそう呟くと、ズボンの左ポケットから一枚のカードを取り出し、
自分が使う龍騎のデッキの中へと忍ばせたのだった。
そして、机の上に散らばった紙にペンを走らせた真一は、再び鏡の中へ
その姿を消したのだった。
時を刻む時計だけが、全てを見ていた。
それぞれの陣営が着々と戦いの準備を進めている所で今日の投稿は終わりにします。
第二部は次の投稿で終わりを迎えます。次の投稿は二日後以降になります。
登場人物紹介 前編
城戸真司
お人好しで誰ともすぐに仲良くなれる皆の人気者。
劇中では手塚に命を救われた満と邂逅し、良好な関係を築けた他に、
本編同様ライダーバトルを止めようと仲間と共に毎日奔走している。
しかし、繰り返された世界のズレにより本来出会うことのなかった
ライダー達との遭遇や台頭により、徐々に彼の行く道に暗雲と不幸が
立ち込み始める。
ライダーとしての実力は高く、浅倉威や北岡秀一、芝浦淳などの
折り紙付の相手と交戦しながら、モンスター狩りを並行してこなし、
何度も生還する程の実力を誇るが、忘却の彼方からやってきたもう一人の
自分を名乗る男に龍騎のデッキを睡眠時に奪われてしまった。
仮面ライダー龍騎 契約獣はドラグレッダー
龍型のモンスターであるドラグレッダーの力を与えられたライダー。
攻守共にバランスが取れた五枚のカードを駆使し、状況に応じた
臨機応変な戦い方を取れるのが特徴と言える。
所持カード
ソードベント
・ドラグセイバーを装備。2000AP。
ストライクベント
・ドラグクローを装備。2000AP。
ガードベント
・ドラグシールドを装備。2000GP。
腕に装備する場合と両肩に装備する場合を選択可能。
アドベント
・ドラグレッダーを召喚。5000AP。
ファイナルベント
・ドラゴンライダーキックを発動。6000AP。
秋山蓮
仮面ライダーナイトに変身する青年。24歳。
神崎士郎の実験のせいで意識不明の昏睡状態で病院で眠り続ける
恋人を救う為、ライダーになった。
秋山蓮がライダーバトルに身を投じるのは一貫してそれが理由である。
戦いの中で、目的は違えど城戸真司と手塚海之というかけがえのない
仲間を得たことで、命を奪い合う戦いに戸惑いを覚え始めている。
そして戦いが進む中、徐々にその焦りが蓮を蝕んでいく。
アビスとの二度目の邂逅の際に、アビスに完全に土をつけられた後に
突如現れたガルドサンダーに今までの鬱憤が爆発したかのように逆上し、
冷静さを欠いた判断により、契約モンスターであるダークウイングを
失ってしまった。
第二部終盤、なんとか手塚と真司の助力の末にガルドミラージュとの
再契約を果すが....
仮面ライダーナイト 契約獣はダークウイング
名前が示す通り、剣術を駆使した戦闘を得意としている。
契約獣はコウモリ型のミラーモンスター、ダークウイング。
所持カード
ソードベント
・ウイングランサーを召喚。2000AP。
ガードベント
・ウイングウォールを召喚。3000GP。
トリックベント
・分身(シャドーイリュージョン)を作る。1000AP。
ナスティベント
・超音波で相手をかく乱する。1000AP。
アドベント
・ダークウイングを召喚。4000AP。
ファイナルベント
・飛翔斬を発動。5000AP。
須藤雅史
蟹さんの大好物、もといライダーバトルに参加した悪徳刑事。
初登場は第三話だが、それから五話も経過しないうちに満との同盟を
果たせないまま仮面ライダーガイと交戦し、ストレート負けを喫した後、
デッキを破壊されてミラーワールドに消えていったライダー。
仮面ライダーシザース 契約獣はボルキャンサー
ミラーワールドで一番最弱の蟹型モンスターの力を与えられたライダー。
悲しいことにAP1000のシザースピンチではガイの分厚い鋼鉄の装甲に
傷一つつけることは出来なかった模様。
ちなみにボルキャンサーはメタルゲラスと善戦したものの、最後は
自慢の爪をもぎ取られた後、地面に叩き付けられ爆散。
そのあと、おいしくメタルゲラスに頂かれたようである。
所持カード
ストライクベント
シザースピンチを召喚 1000AP
ガードベント
シェルディフェンスを召喚 2000GP
アドベント
ボルキャンサーを召喚 3000AP
ファイナルベント
シザースアタックを発動 4000AP
北岡秀一
不治の病を治し、永遠の命を得る為ライダーバトルに参加した弁護士。
弁護士としてもライダーとしても実力は高く、何度も訪れた窮地を
頭と度胸と機転で切り抜けられる力量を持つ選ばれた側の人間。
浅倉威の弁護を担当し、彼を無罪に出来なかったことから逆恨みされ
以降のライダーバトルで何度も付け狙われることになった。
第一部終盤に初登場。仮面ライダーベルデにマグナギガの大砲で
引導を渡した後、そのベルトからベルデのデッキを引き抜き、自分の
忠実な秘書である由良吾郎にこれを譲渡した。
以降第二部では吾郎と共にライダーバトルに本格的に参戦する。
劇中では第二部序盤にガイとベルデと結託し、アビスの命を狙うものの
あと一歩のところでタイガの乱入に遭い、撤退する。
その後、第二部終盤で再登場を果し、疑似ライダーでありながら
ライダーの命を狙ってくる香川陣営を危険視し、吾郎と共にその戦力を
削ぐ事を第一とし、浅倉威を葬るべく行動を開始する。
仮面ライダーゾルダ 契約獣は鋼の巨人マグナギガ
全身武器庫の歩く水牛型ミラーモンスターの力を与えられたライダー。
ゴチャゴチャした戦いを一方的に終了できるだけの高い火力と状況に
応じて使い分けできる様々な銃撃戦に特化した武器を持つ。
所持カード
シュートベント×2
・ギガランチャー(2000AP)、ギガキャノン(3000AP)の2種類。
ガードベント×2
・ギガアーマー(3000GP)、ギガテクター(1000GP×2)の2種類。
ストライクベント
・ギガホーンを召喚。2000AP。
アドベント
・マグナギガを召喚。6000AP。
ファイナルベント
エンドオブワールドを発動。7000AP。
手塚海之
城戸真司の仲間その2。街では結構有名な占い師。
ガルドサンダーとの一騎打ちに勝利し、親友の仇を取った後も、
城戸真司と秋山蓮に協力し、謎多き神崎優衣を守る優しい男。
劇中ではアビスを殺そうとするナイトを諫めたり、恐怖に震える満に
優しく手を伸ばす等の面が強調されているが、神崎士郎にとってそれは
余分な行為でしかなかった。
第二部の中で神崎士郎からサバイブのカードを手渡される。
戦いを好まない手塚にとって、サバイブはまさに凶兆だった。
現在は真司と蓮のどちらかにサバイブのカードを託すかを迷っている。
仮面ライダーライア 契約獣はエビルダイバー
海に住むエイのミラーモンスターの力を与えられたライダー。
ナイト同様ライダーに飛行能力を与えられる数少ない契約獣。
劇中では数少ない善のライダーであり、エビルダイバーのことも
大切な仲間と見做して、ミラーワールドでの戦いに臨んでいる模様。
ちなみにエビルダイバーもそんな手塚になついている模様である。
ミラーワールドの砂浜を歩くライアの横にふよふよと浮遊しながら
頭を撫でられ、嬉しげに体をくねらせる様子はミラーモンスターの中でも
最強の萌えを誇る。
ぶっちゃけどこかの蟹畜生はコイツを見習うべきである。
所持カード
スイングベント
エビルウィップを召喚 2000AP
コピーベント
相手、仲間の武器をコピーする
アドベント
エビルダイバーを召喚 4000AP
ファイナルベント
ハイドベノンを発動 5000AP
サバイブ~疾風~
ライダーに疾風の力を与え、強化する
芝浦淳
ゲームと現実の区別がつかない頭のねじが外れてる大学生。
劇中ではシザースと真っ向勝負を演じ、デッキの差で勝利を収める。
頑丈な装甲と相手のカードを封じる二枚の特殊カードと忠実な契約獣。
俺の勝ちは揺るがねぇ。過信もここまで来れば一周回って愉快である。
そして、彼の快進撃は第二部であっけなく幕を下ろした。
アビスを追い込み、ゾルダのトドメの一撃が放たれようとしたその時、
アドベントからのファイナルベントという教科書通りのタイガによる
奇襲攻撃の前に、仮面ライダーガイはあっけなく散った。
その後、彼の死後に残されていた最後の一枚のコンファインベントと
忠実な契約獣はタイガに全て奪われてしまった。
無意味な戦いを演じ、無意味に散った彼の最後は誰の記憶にも残らない。
仮面ライダーガイ 契約獣はメタルゲラス
西洋甲冑のような外観をしており、外見とは裏腹に動きは軽快そのもの。
高い防御力とメタルホーンによる強引なゴリ押しで攻めていくパワー
スタイルだが、武器がメタルホーン一つしかないという時点でぶっちゃけ
詰んでいるというのは言わないお約束。(ヨーヨーよりかはマシだが)
特殊カードのコンファインベントは強力ではあるものの、使い所を
間違えたり、あるいはサバイブのカードでモンスターが強化された際には
その効果を打ち消されるデメリットもある。
結論、コイツはタイガの戦いを見習うべきだったと言わざるを得ない。
契約獣であるメタルゲラスもエビルダイバー同様に自分を相棒と
血も涙もないミラーモンスターだが、目に見えない絆というものは
時として種族を超えた愛を育むのかも知れない。
草を食み、飼い主を肩に乗せて道路や河原、公園で元気いっぱいに
駆け回るメタルゲラスにとって芝浦淳という人間はかけがえのない大切な
存在だったのだろう。
所持カード
ストライクベント
メタルホーンを召喚 2000AP
コンファインベント
相手のカードの効果を無効にする
アドベント
メタルゲラスを召喚 4000AP
ファイナルベント
ヘビープレッシャーを発動 5000AP
高見沢逸郎・由良吾郎
ここではベルデに変身した二人の概要を記すことにする。
前者はよせば良いのにライダーバトルをふっかけ、深夜の誰も来ない
倉庫でゾルダにフルボッコにされ、マグナギガに頭を吹っ飛ばされた
噛ませ犬である。
後者は北岡秀一にかつて人生を救われた青年であり、病身の秀一の
身の回りの世話や護衛から秘書までを器用にこなす万能執事である。
ライダーバトルに掛ける願いは秀一の病の快癒。
ゾルダの懐刀として、またいざという時の秀一の代行者として今日も
由良吾郎は油断なく自らを鍛えるのだった。
仮面ライダーベルデ 契約獣はバイオグリーザ
カメレオンの契約獣の力を与えられたライダー。
デッキの仕様はコピーベントやクリアーベントなどのトリッキーな
カードによる奇襲戦法をメインとしてライダーバトルを戦い抜く仕様。
殺傷力はないものの、裏方に徹する由良吾郎氏にとってはまさに
これ以上ない程のデッキである。
所持カード
ホールドベント
バイドワインダーを召喚 2000AP
クリアーベント 自身を透明化
コピーベント 相手の姿・武器をコピー
コントラクト モンスターと契約できるカード
アドベント
バイオグリーザを召喚 4000AP
ファイナルベント
デスバニッシュを発動 5000AP
ライダー紹介前編はこれでおしまいです。残り半分は次の時に投稿します
おつおつ
おつ
続き楽しみにしてるぞ
お待たせしました。今日の分投稿します。
19話 ~生き残るために~
~北岡弁護士事務所~
「ふぅ...朝から随分と騒がしいねぇ。ゴロちゃん」
「...検討はつきますが、どうしましょうか先生?」
「そうだね。扉を蹴破られる前に電話しちゃおうか」
朝九時、北岡弁護士事務所に緊張が走った。
朝食を楽しんでいた秀一と吾郎は顔を見合わせ、今日が運命の日だと
確信した。
玄関の監視カメラの映像を吾郎が確認した所、扉の前に立っているのは
まぎれもなく浅倉威ということが分かった。
無言で電話を取った秀一が電話をかけた相手は香川だった。
(例の場所、ねぇ)
秀一は皮肉めいた笑みを浮かべ、香川とのやりとりを思い出していた。
浅倉を倒すという目的の下に一時的な休戦同盟を受け入れた秀一と
吾郎はここから3km離れた香川の指定した地下通路の事を思い浮かべる。
地上から20mの深さにあるその通路は幅10m、高さ6mの、長さ1300m、
そして出入り口が2ヶ所しかない一方通行という浅倉を仕留めるには、
まさにうってつけの場所だった。
香川によると既に浅倉を逃がさない細工は仕掛け終わり、後は秀一が
浅倉を誘導すれば全部香川の方で終わらせるという取り決めだったが、
秀一も香川もあわよくば互いの首をかっ切るような悪辣さをその策の中に
見いだしていた。
「もしもし。香川です」
「おはようございます。北岡です。浅倉が来ました」
「そうですか。では奴を30分以内に例の場所に誘導してください」
「私達は今から現地ポイントで一時間待機しています」
「了解しました。では」
電話を切った秀一は、吾郎を促して浅倉を招き入れた。
「北岡ァ...何をしている、俺と戦え...」
「浅倉、お前もっと身だしなみに気を遣えよ」
「うっ、鼻が曲がりそうだ。臭いよお前」
鼻が曲がりそうな匂いと共に、浅倉威は土足で遠慮する事なく秀一の
事務所に足を踏み入れてきた。
これまで何度か浅倉が自分の事務所を尋ねてきた時も臭かったが、今日の
浅倉は今まで以上にとんでもない匂いを撒き散らしていた。
「また何人か殺してきたのか。お前いい加減にしろよ」
「は。なんだ怖いのか?お前も直に腸をぶちまける羽目になるぞ?」
「これだから頭まで獣はいやなんだよねぇ」
「ま、いっか。浅倉、いい話と悪い話があるんだけど聞きたいか?」
「なんだ?話してみろ」
浅倉の興味を誘う事に成功した秀一は、香川の魂胆は一先ず置いて、
自分の得意な口八丁で浅倉を罠にかけ始めた。
「まずいい話から。俺についてくれば最大三人のライダーと戦えます」
「ほう。で、誰がその戦いに参加するんだ」
「一人目は俺、二人目と三人目はお前の知っている奴だよ」
「そいつらの名前は?」
「さぁ。俺は知ってるけどお前に教えてやる筋合いもないからね~」
「ふん。まぁいい。そいつらもまとめて倒すだけだ」
「北岡、案内しろ」
「まぁそう焦るなよ。まだ悪い話が残ってるんだからさ」
どのみち、気が乗らなければここで北岡と一戦交えて殺し合うのも
一つの手ではあるが...
(足りねぇ...北岡程度で足りるかよ...)
どうせ喰らうなら一人よりも複数の方がいい。
秀一の顔色が優れないものに変わった事に違和感を感じた浅倉は
とりあえず静観を決め込み、北岡の話に耳を傾ける事にした。
「で、悪い話って言うのが、ライダーバトルを潰そうとする奴の事」
「なに?どういうことだ?」
「簡単に言えば、俺とお前の決着に茶々を入れようとする奴がいるんだよ」
「城戸の事か?」
「いーや、違う。ゴロちゃん。写真持ってきて」
手を叩いた秀一に傍で控えていた吾郎が一枚の写真を手渡す。
「コイツか...」
「そう、この眼鏡をかけた男がライダーバトルを潰そうと動いてるんだよ」
「俺もお前もなんだかんだ言ってライダーバトルに乗り気じゃん?」
「割と切実に叶えたい願いらしいものも一応は持ってるわけだし」
「....」
「ほう、それは見過ごせないな」
「だろ?俺も気にくわない。お前を[ピーーー]のは俺だからな」
「さてと、お前はどうする浅倉?」
「俺と手を組んで今からそいつらを殺しに行くか?」
「それとも、ここから背中を向けて別の奴の所へ向かうか?」
「答えを聞かせろ。浅倉。残り時間は後30分だ」
「はっ、考えるまでもない。お前も含めて全員殺してやる」
「決まりだな。ゴロちゃん。車出して!」
秀一の言葉に従った吾郎は、すぐさま外へと飛び出していった。
「英雄対怪物、か」
「なぁ、浅倉。お前、怪物は英雄に勝てると思うか?」
何気なく自らに投げかけられた言葉に、浅倉の脳裏に一人のライダーの
姿が浮かび上がってきた。
「そうか...お前か、お前が英雄か...」
自分の獲物を横取りした挙げ句、あろうことか悠々と傷一つなく
自分から逃げ去っていったタイガの姿を浅倉は思い出していた。
「感謝するぜぇ...北岡...」
「お前の質問の答えはすぐ出してやる。楽しみにしてろ」
そう吐き捨てた浅倉は吾郎が回した秀一の車に乗り込みながら、宿敵が
待ち受ける戦場へと想いを馳せるのだった。
~~
遂にこの日がやってきた。
世間を騒がした連続殺人鬼、浅倉威と戦う時が来たのだ。
401研究室を出た四人は、浅倉を誘導するポイントの近くに停車している
ワゴンの中で最後のミーティングを始めていた。
「役割とそれぞれが為すべき事は、もう頭の中に入っていますね」
「はい」
既に浅倉がここに来るまであと五分をきっていた。
言葉を交す事なく、四人はただひたすらその時を待っていた。
「先生、時間です」
「では、皆さん。行動に移ってください」
東條の一言に香川が頷き、車のドアを開ける。
「死ぬなよ、東條」
「君の方こそ」
短く言葉を交した二人は、正反対の方向へと駆けだしていった。
「先生、どうか必ず勝ってください」
「ええ。その期待に、全力でお答えしましょう」
満も仲村の待機する場所へと駆けだしていった。
信頼できる仲間達を見送った香川の背後から、強烈な殺気を纏った
存在がゆらりとその姿を現した。
「お前か...英雄の親玉っていうのは...」
「ええ。名もなき英雄ですが、それも今日までです」
遂に姿を現した浅倉威と対峙する香川英行。
時刻は平日の午前9時43分。場所は清明院大学から遠く離れていない
人通りの多い大通りである。
「面白れぇ...典型的だが、悪くない」
北岡に写真を見せられた時には気が付かなかったが、人の理から外れた
浅倉威は、香川を一瞥するだけで自分とは別のベクトルではあるものの、
目の前の相手も一筋縄ではいかない何かを持っている、人の域を踏み外した
とんでもない化け物だということを一瞬で悟った。
「ライダー同士、いざ尋常に勝負とはお互いガラでもないだろうが...」
「お前となら、かなりギリギリの所で愉しめそうだ」
「結構。どうせ死ぬなら互いの全てを出し切って死にたい物です」
この戦いで自分と同じ土俵に上がって戦おうとするライダーと初めて
遭遇した浅倉の笑顔がますます獰猛さを帯びた凄惨な物へと変化していく。
「分かってるじゃねぇか...英雄サマよぉ...」
尋常ならざる雰囲気の二人のオーラに気圧された何も知らない一般人が
海が割れるように、二人を避けて通り過ぎていく。
まるで怪物と英雄の対決を妨げるものはいないとでもいうように...
「...変身!」
銃の早撃ちのようにカードデッキを取り出した香川と浅倉は
己の全てを戦いの昂揚に任せ、ライダーへと変身した。
「...変身!」
二人が変身したと同時に、打ち上げ花火が空中で爆発する音が周囲に
響き渡る。それを合図に香川と浅倉の体は一瞬のうちに、ミラーワールド
へと吸い込まれていったのだった...。
~ミラーワールド~
浅倉と香川の戦いが始まったその直後、北岡秀一と由良吾郎も同時に
ミラーワールドの中へと突入し、香川との『同盟』に則り、浅倉威を
今度こそこの世から消し去るべく行動を開始した。
「さて、それじゃあこっちもやりますかね...」
ゾルダがバイザーに一枚ずつカードを挿入して自分の武器を呼び出す。
「Strike vent」
「Gurad vent」
「Copy vent」
ゾルダが呼び出した武装はマグナギガの肩と頭部を模した手甲と肩を
守る盾だった。
「うん。中々似合うじゃない。ゴロちゃん」
利き手にギガホーンを、両肩にギガテクターを装着したゾルダに変身した
ベルデはうんうんと頷きながら完全武装した自分の姿にご満悦だった。
元々奇襲特化型のベルデの戦い方はヨーヨーで敵の体の一部分を縛って
相手の体のバランスを崩したり、特殊カードであるコピーベントで相手の
姿と武器を模倣し、1対1で切り結んでカードデッキを破壊するか、あるいは
クリアーベントで姿を消して気配を殺しながら、ライダーの背後に音もなく
近寄り、ファイナルベントを喰らわせるような戦法しかとれない。
簡潔にまとめるとベルデのカードは肉弾戦にはとても向いているとは
言いがたい代物だった。
しかし、そのハンデを埋める武器を手に入れる事が出来たら?
その点、北岡秀一は周到だった。
ゾルダが使う事のない二枚のカードをあえて先に使用し、ベルデにコピー
させる事で他のライダーとの間にある埋めようのない戦力差のカバーに
つなげられ、何よりも相手のミスリードを誘える利点も生まれた。
最も、この作戦が完璧な物かと問われればそうでもない。
ベルデの最大の切り札の一枚と言えるコピーベントは既に使い切って
しまったし、ギガホーンを失ってしまえば丸腰になってしまう。
だから...
「戦力差は経験と奇策で補わなきゃね」
ベルデに変身した秀一はそう呟いた。
「ゴロちゃん、絶対に相手と交戦しちゃダメだからね」
「あくまでも俺達の狙いは浅倉一人なんだから」
「相手も一筋縄じゃ行かないと思うけど、逃げ続けてくれよ?」
「大丈夫です。絶対に逃げ切りますから」
秀一の言葉にゾルダに変身した吾郎が頷く。
香川の策が、予め全ての反射物を破壊した完全にほぼ逃げ場のない一方
通行の地下通路でタイガや量産型オルタナティブ達と徒党を組んだ上での
時間切れで浅倉を消滅させる二段構えの策であるのならば、秀一の策は
香川の策に便乗した上で戦いを乱戦に持ち込み、一人でも多くライダーを
引き連れ、地下通路の中におびき寄せた上でのファイナルベントによる
一斉掃射を狙う物だった。
「いたぞ!」
「じゃ、ゴロちゃん。任せたよ」
向こう側の歩道からアビスとオルタナティブを発見した秀一は吾郎の
負担を少しでも減らすべく、オルタナティブへと躍りかかっていった。
「先生。任せてください...」
そう呟いた吾郎は残った自分めがけて突進してくるアビスを誘うように
近くにあった細い裏路地へと駆け込んでいった。
「始まったか...」
ライダーバトルの今後の趨勢を決する大規模な戦いを現実世界の鏡から
覗きこむ二人の人間がいた。神崎士郎と城戸真一だった。
「香川め、中々よく考えたものじゃないか」
「全ての反射物を予め現実世界で破壊した上で浅倉をおびき寄せる策とは」
「そうだな」
「どうする?オーディンを出すのか?」
「ああ」
「そうか。俺は俺で動かせて貰う」
神崎を一瞥した真一は龍騎に変身し、鏡の中へと戻っていった。
そして、神崎士郎もこの戦いの結末を見届けるべく、ミラーワールドの
中へと入っていった。
~英雄と怪物~
遂に三者三様の戦いの幕が切って落とされた。
「Sword Vent」
「Sword Vent」
まず最初に戦況が大きく動いたのは、香川と東條のチームだった。
緩やかなスロープでにらみ合った香川と浅倉は、日の光が当たらない
薄暗い地下通路へと吸い込まれるように駆け下りていった。
「うおーっ!」
力任せに振るわれるAP3000のベノサーベルの力任せで乱雑な一撃を
オルタナティブは殺傷力で劣るスラッシュダガーの特性を生かしながら、
数学の方程式を解くように最小限の解を以て躱しては捌ききる。
(体を躱し、体勢が崩れた時に浅倉は突きを多用する)
(足などの下段部分に対する斬撃対処としてはジャンプによる後方回避)
(ならば、反応できない速度で浅倉を切り刻む!)
王蛇の攻撃パターンに対する最適な反撃を組み立てたオルタナティブは
一瞬の内に自らの攻撃パターンの中に浅倉の攻撃と同じ動作と荒々しさを
取り込んだ物へ変化させたのだった。
「?!」
まるで鏡に映った自分のような攻撃をするオルタナティブに王蛇は
たちまち劣勢へと追い込まれていった。
ベノサーベルの攻撃力は確かに他のライダーと比較して高い。
頑丈さと攻撃力そして王蛇たる浅倉の後退のねじが外された状態による
無謀な突撃が組み合わさる事で最悪にして最強の攻撃が生みだせる。
いわば肉弾戦で相手の装甲を突き穿ち破壊する事に主眼を置かれた白兵
特化のソードベントと言える。
一方で香川のスラッシュダガーはAP2000とベノサーベルよりも劣るが、
それを埋めるだけの途方もない才気を持つ香川によって魔改造された
サイコローグが得た新しい力がそのままスラッシュダガーに反映されている
状態と言える。
香川に改造される前のサイコローグは、目からビームやミサイルを
出すこともなく、自分の武器であるスラッシュダガーからは炎を放つ事も
出来なかったAP5000のちょっと強いだけのミラーモンスターだった。
だが、香川英行はミラーワールドに滞在する時間を犠牲にすることで
ミラーモンスターがライダーに貸し与える力の出力を上げることに成功した
その副次的なものの結果として、サイコローグは突然変異じみた進化を
遂げることに成功したのだった。即ち、目からビームを放ち、武器から
青い炎を吹き出すようになったのだ。
話は逸れたが、要は単純な攻撃力で勝る王蛇の暴力をオルタナティブの
圧倒的な知力と膂力が押さえ込んでいると言うわけである。
確かに浅倉は強い。
死を恐れずに立ち向かう蛮勇はライダーの中で一位と言えるし、自らに
降りかかる危機を切り抜けるだけの悪辣なまでの狡猾さも持っている。
しかし、それ故に浅倉威は香川英行を打破することが出来ない。
何故なら、香川は浅倉の想定のその遙か上を行くからだ。
トンネル内部、自分の背後から聞こえて来たオルタナティブとは異なる
もう一つの電子音声に王蛇はすぐさま反応することが出来なかった。
自分を超える斬撃を繰り出す香川の太刀を捌ききれず、返しのついた
棘で体を抉られては退路を炎で塞がれて追い込まれる王蛇に背後に潜む
一番敵に回してはいけない相手への対処を考えられるだけの時間は
与えられなかったからだ。
「ぐああああああ!!」
わざと作られた香川の隙に乗じて背後に開けた何一つ明かりのない地下
通路の中に飛び退き、距離を取ることに成功した王蛇の背中を鋭い斬撃が
切り裂いた。タイガによる暗闇からの奇襲である。
一度目の斬撃は王蛇の強化スーツの背中を深々と切り裂き、切り裂かれた
箇所からは生身の肌が覗き、そこから大量の血液が飛び散った。
二度目の斬撃は浅倉の足を突き刺すような攻撃だったが、浅倉は自分の
ベノサーベルをタイガに投げつけることでこれを回避し、考え得る限りの
最悪の結末を一先ず先送りにすることに成功したのだった。
「Steel vent!」
よろよろと立ち上がった王蛇は悪足掻きのつもりか、バイザーを開き、
特殊カードのスチールベントを使用し、タイガのデストクローを奪い、
間断なく攻防重視の構えを取り、仕切り直しを図った。
「チッ!判断を間違ったかも...!」
アドベントを使い、デストワイルダーかメタルゲラスを召喚して浅倉を
捕らえた方が良かったかも知れないとタイガは後悔した。
そうすれば次の一手にファイナルベントを使うことだって出来たはず。
「いえ、上出来です。残り時間はあと7分あります」
「このまま消耗戦を続けましょう」
王蛇が投げつけたベノサーベルを左手に持ったオルタナティブが頭に
血が登りそうなタイガの心を宥める。
「はい。先生」
「Strike vent!」
デストバイザーにもう一枚のストライクベントを挿入したタイガは、
右手にメタルホーンを構え、改めて目の前の王蛇へと向き直った。
「はぁ...はぁ...楽しいなぁ、ライダー同士の戦いってのはよぉ...」
「これだけでライダーになった価値は充分ある。そう思わねぇか?」
「化け物め...」
王蛇の持つカードはあと二枚。
対して、自分と香川のカードは合わせてあと10枚もある。
しかし、これだけの優位性を確保しているのにも関わらず、タイガも、
オルタナティブも王蛇の発する得体の知れない何かに徐々に飲み込まれつつ
あった。
~ベルデVSオルタナティブ~
「....」
「....」
香川と東條が地下で浅倉との死闘を繰り広げている中、地上では二組の
ライダーによる戦いの幕が開いていた。
道路を挟んで相対し、にらみ合う疑似ライダーと仮面ライダー。
「Accele vent!」
先に仕掛けたのはオルタナティブだった。
宙高く舞い上がり、停車していたトラックのコンテナの上に飛び乗った
オルタナティブはスラッシュリーダーにアクセルベントを読み込ませ、
50m近くあった距離を一瞬で詰めることに成功したのだった。
「そう来たか!」
ベルデのコピーベントにより、ベルデのバイザーはゾルダのバイザーと
同様の機能を備えるに至っている。
故に、秀一はベルデのコピーベントが解けるまでの間、ゾルダとして
今までと遜色のない戦い方を迷うことなく取ることが出来る。
空中から舞い降りたオルタナティブが、一瞬のうちに直線距離17mの
間合いを一気に詰めようとしたところに、偽ゾルダはマグナバイザーを
連射し、懐に入られないように一定の距離を保つ。
(どっちが北岡で、どっちが影武者なんだ?)
秀一が吾郎と入れ替わっていることを悟った仲村だが、もし自分が
相対している相手が姿を消すライダーがゾルダに擬態しているとしたら、
一瞬の隙を突かれる危険性も無視できない。
何しろ、ライダーバトルの半分はファイナルベントの威力で決定するが
残り半分は運と相手の奇策が勝利を左右すると言っても過言ではない。
(浅いねぇ...ま、相手が頭悪い馬鹿で助かったよ)
(ゴロちゃん...頼むから死なないでくれよ...)
「じゃ、近距離戦行ってみようか!」
動揺を敏感に感じ取った秀一は、一気に勝負を決するべく、ベルデが
最もその実力を発揮できる肉弾戦をオルタナティブへと仕掛けていった。
「Sword vent」
しかし、オルタナティブも一瞬で迷いを捨て去りスラッシュリーダーに
ソードベントのカードを読み込ませ、武器を呼び出す。
「うおおおおお!」
絶叫しながらオルタナティブは大上段に振りかぶった大剣をゾルダへと
叩き付けようとするも、ゾルダは軽やかなステップでこれを回避。結果、
地面のアスファルトが抉れ、小さなクレーターが出来た。
なんて馬鹿力だ。
内心で呆れたように呟いた秀一はギガホーンの砲口をオルタナティブの
頭に向けて、弾丸を撃ち出した。
「っぁ!」
「へぇ、これってビームなんだ」
ギガホーンから放たれた緑色の光線にニヤリと笑った秀一は両手に構えた
マグナバイザーとギガホーンによる精密な射撃で相手に攻撃をさせること
なく一方的な蹂躙を始めたのだった。
「うわあああああああ!!」
圧倒的な経験差と実力差に圧倒された仲村は、歯痒い思いをしながら
防戦一方の最悪な状況に自分が追い込まれていることを悟った。
前に出て斬りかかろうとすれば、小回りの利くマグナバイザーで牽制され
後ろに下がってカードを切ろうとすれば、火力で勝るギガホーンの光線が
それを許さない。
(考えろ、考えるんだ...なにか、なにか盾になるもの...盾?!)
マグナバイザーの弾丸が自分の右肩をかすめた時、オルタナティブの
頭の中に一か八かの閃きが舞い降りた。
「調子に乗るな!」
逃げることを止めたオルタナティブはゾルダに相対し、自分の持つ
スラッシュダガーに炎を込めた遠距離からの斬撃を見舞った。
「無駄だって言って...」
悪足掻きをせせら笑うゾルダの顔が引きつった。
今、自分とオルタナティブが戦っているのは幅4m程度の歩道だった。
バイクに変身して相手を攻撃するオルタナティブにとって、この狭さは
脅威でしかないが、必ずしもその脅威が逆転に繋がらないとは限らない。
オルタナティブの放った斬撃の対象はゾルダではなく、その近くに
あった大きく育った街路樹の幹だった。
「しまった!」
ベルデのスペックはオルタナティブよりも劣る。
それ故に一方的に銃撃を浴びせられるガードレールで保護された歩道を
秀一は戦場に選択したのだった。
確かにその狙いは間違っていなかったし、オルタナティブの変身者である
仲村創の経験不足に上手くつけ込む形でゾルダに変身したベルデはここまで
戦いを優勢に進めることが出来たのだから。
「隙を見せたな。さぁ、正体を現しやがれ!」
高さ5mを優に超える大木が自分の目の前に倒れ込んで来れば、当然
どんな人間であっても、すぐさまそこから飛び退いて距離を取る。
だが、その距離こそが今のベルデの命綱に他ならなかった。
そして、その命綱が切られた音が切り落とされた街路樹の向こうから
聞こえて来てしまった。
「Advent!」
猛烈な勢いで自分の元へと駆けてくる人型をしたオルタナティブの
契約モンスターが自分の頭部からビームを放ってやってきた。
ミラーワールド二位の攻撃力を誇るサイコローグがやってきたのだ。
「やっば!」
「Clear Vent」
近くにあったポストに身を隠した秀一は自分の悪運に感謝した。
自分を捉えきれなかったサイコローグのレーザービームが直撃した
ビルの壁や車のボディがとんでもない音を立てて爆発したからだ。
(ふぅ...ヤバかったぁ...。今日はもう撤退した方がいいな)
(早くゴロちゃんと合流してミラーワールドから脱出しよう)
間一髪でサイコローグに捕らえられ、殺される前に最後の奥の手を
切ることに成功した秀一は、息を殺してサイコローグとオルタナティブの
魔手から命からがら逃げ出した。
「くそがぁあああああああ!!!」
自分の背後から聞こえる怒りの雄叫びに「おお、怖い怖い」といつもの
茶化すような笑みを浮かべた秀一はオルタナティブに見つからないよう、
慎重に吾郎の待つ戦場へと向かうことにしたのだった。
~アビスVSゾルダ~
ライダーバトルの状況が目まぐるしく変わる中、最後の対戦は意外な
乱入者により、複雑な様相を見せ始めていた。
遡ること八分前、オルタナティブと別れたアビスは路地裏に逃げ込んだ
ゾルダを追いかけて疾走していた。
平均的なライダーが持つカードの枚数が5枚か6枚と仮定すると、既に
武装しているゾルダのカードの残りを4枚程度とアタリをつけたアビスは
躊躇なくアドベントのカードでアビスハンマーを呼び出し、ゾルダを
追いかけ捕獲しろと命令を出したのだった。
地面や湖に潜れば時速125kmの速さで獲物を追跡するアビスハンマーに
とってライダーの脚力などたかが知れている。
案の定、数十秒後にはアビスハンマーに足を掴まれたゾルダが、土中に
ひきずりこまれまいと必死の抵抗をしていた。
「ぐっ!くそっ!」
(あの時のゾルダと声が違う?そうか、そういうことか...)
道理でいつもと違う恰好をしていたと言う訳か。
ガイとゾルダに殺されかけた時に、満は秀一と吾郎の声を一度だけ
聞いていたことが決め手だった。
ゾルダの変身者とその手下は互いのデッキを交換して変身し、敵の目を
欺いて漁夫の利を狙っていた。そう考えるとつじつまが全て合う。
「答えろ。偽ゾルダの変身者とどこで落ち合う予定なんだ」
「教えるわけ、ないだろ...」
「ふーん。そう言う事言っちゃうんだね~」
「アビスハンマー。こいつの体、もっと土の中に埋めて良いよ」
地面の下から気持ちの悪い唸り声が聞こえたと同時に、ゾルダの体が
まるで底なし沼に吸い込まれていくようにずぶずぶと沈んでいく。
ゾルダの体の半分がアスファルトに埋まった所で、アビスハンマーが
俺の役目は終わったと言わんばかりに、地面の中から這いだし、アビスの
隣に黙って控えた。
「俺さ、アンタがどうなろうと別に関係ない訳なのさ」
「ライダーバトルに乗ってる側の人間なんだろ?アンタ達」
「黙って死ぬか、それともしゃべって生き延びるか選んで欲しいなぁ」
脅迫とハッタリをかけ、ゾルダに変身したライダーに揺さぶりをかける。
「殺すなら、殺せ...」
「あーあ。じゃ、そうするわ」
これ以上話しても時間の無駄と悟った満は、躊躇なく地面の中で餌を
待ち侘びるアビスハンマーに食事の許可を出そうとした、が....
「Strike vent!」
雲の中から姿を現した深紅のドラゴンが満めがけて避けようがない
豪火球を吐き出したのだった。
「ッ!!アビスハンマー!俺を守れ!」
そう言うなり、アビスハンマーの体を盾にしたアビスは背中から
アスファルトの地面に倒れ込み、アビスハンマーが逃げ出さないように
その両脇から手を入れて雁字搦めにして最低限のダメージだけで
切り抜けることを選択した。
豪雨のように降り注ぐ火の玉は槍のように次々に地面に突き刺さり、
狙い誤ることなくアビスやアビスハンマーの体にも突き刺さった。
「ぐああっ!」
豪火球を真正面から3発受けたアビスハンマーがあっけなく消滅する。
(誰だ!誰なんだ!)
一言では言い切れない間柄の契約獣の片割れがいなくなったことに
傷つきながらも、ドラグレッダーによる空からの爆撃がようやく終わりを
迎えた。
よろよろと立ち上がった満は、まるでゾルダを庇うような龍騎の攻撃の
仕方に違和感を感じながらも、姿の見えない敵からの再びの来襲に備え、
撤退を選ぶ。
(やばい...このままいけば作戦が全部ぶち壊されるかも知れない)
元々この作戦は、香川陣営の四人と、浅倉と北岡とその手下の三人以外の
ライダーの介入は想定されていない前提で成立している。
香川と東條のツートップが浅倉に後れを取るとは思えないが、その二人の
思考の外から相手が乱入してしまえば、当然戦況はひっくり返ってしまう。
ここに残って八人目のライダーと戦うか、それともゾルダを殺して、
香川と東條の加勢に向かうのか?迷う時間はもう殆どない。
「悪く思わないくれよ!」
アビスが選んだのは後者だった。
どのみちゾルダの殺害は今回の作戦に含まれている訳だし、ここで強力な
ライダーを確実に倒しておけば、この先の戦いを優位に進められるのは
目に見えている。
「Strike vent」
由良吾郎は己の命運はここまでかと天を仰いだ。
だが、天は彼を見捨てていなかった。
「Advent」
アビスクローから水が発射される前に、アビスの体がまるで見えない
巨大な何かに突き飛ばされたかのように宙へと吹き飛ばされたのだった。
「うわああああああああ!!!」
叫び声を上げながら路地裏から道路まで吹っ飛ばされたアビスを
目を丸くして見送った吾郎の頭上から懐かしいあの声が聞こえてきた。
「ゴロちゃん!」
「先生!よくご無事で!」
クリアーベントの効果が切れたベルデが土の中に生き埋め寸前になった
ゾルダの横に立っていた。
「バイオグリーザ!ゴロちゃんを穴から出してくれ!傷一つつけるな!」
カメレオンのミラーモンスターが契約主の言葉に従い、その強力な
腕力で土の中に埋め込まれたゾルダを掘り起こした。
「でも、どうしてここが?」
秀一の肩を借りて立ち上がった吾郎は当然の疑問をぶつけた。
「城戸の奴がゴロちゃんの居場所を教えてくれたんだよ」
「城戸さんが?」
「ああ。龍騎に変身した奴が路地裏に入っていくのを見てね」
「そしたらなんとゴロちゃんがそこにいたのさ」
「そうだったんですか」
九死に一生を得た吾郎は、それでも何か腑に落ちないかのように
首をかしげていたが、とりあえず北岡と合流できた事を喜ぶ事にした。
「よし、見えてきたぞ!」
自分達を追いかけてきたオルタナティブとアビスの姿が見えないことに
安堵した秀一と吾郎は、無事に自分達の車の場所へと辿りついたのだった。
「せーの!」
車のガラスの中に身を投げた二人は、次の瞬間には現実世界への帰還を
果すことに成功していた。
「やった!やったぞゴロちゃん!!」
「良かった。無事に戻って来れたんですね」
車内に戻った秀一と吾郎は喜びを爆発させて手を取り合った。
思ったよりも疑似ライダーに手こずりはしたが、最悪の状況から
こうしてほぼ無傷での生還を果たせたのだ。何も言うことはない。
「先生。もう帰りましょう。あとは残った人達に任せれば大丈夫です」
「そうだね」
「浅倉は香川に、城戸が残りの二人を倒してくれれば万事OKと言う事で」
香川の戦力を減らすことには失敗したものの、その戦力の底を見る事に
成功したゾルダとベルデの二人組は颯爽と戦場を後にして去って行った。
こうして、戦いは次なる局面へと移り変わっていく。
二十話 ~Survive~
バイオグリーザに吹き飛ばされ、仕留められたはずのゾルダを仕留め
損ねたアビスは、よろよろと吹き飛ばされた場所から自分の身体を
起こした。
顔を上げ、正面を見るとそこには赤い仮面ライダーが立っていた。
「どういうことだよ!城戸さん!」
「アンタと俺は協力関係にあるんじゃなかったのかよ!」
「協力?何をバカな事を言っているんだ、貴様」
この前会った時とは、まるで違う別人のような冷酷な声にアビスは
身震いが止まらなかった。
誰なんだ、コイツは。
真司と全く同じ存在であることは分かる。
だが、根本的な何かが決定的に異なっている。
「アンタ、一体誰なんだ...」
「俺か?俺は、城戸シンジだ」
そんなことは分かっている。
だが、先程から己を襲う悪寒の波は一体何なんだ。
そんな満の内心の動揺を見透かすように、龍騎はアビスの問いかけに
答え始めた。
「俺は本当のシンジの片割れだ。お前の知る城戸真司は偽物だ」
「なにを、言ってるんだ...アンタ」
「俺は真司の中のもう一人の城戸シンジだ」
「アイツは俺の体を奪うどころか、全てを奪い去った」
意味不明な独白をする城戸真司の本物を自称する怪しいライダーは
おもむろにデッキからカードを引き抜き、バイザーにベントインした。
「Sword vent」
地面に突き刺さった青竜刀を引き抜いた龍騎は狂ったような叫びを
上げながらアビスへと躍りかかった。
「止めてくれ!止めてくれよ城戸さん!俺はアンタの敵じゃない!」
「死ねぇ!」
恐るべき速さの攻撃にアビスは為す術もなく追い詰められる。
防戦一方のアビスは、必死にガードを固めて致命傷を避け続けるが、
龍騎は息切れすることなく防御の上から雨霰と拳と蹴りの暴力の暴風雨を
降らし続けた。
ドラグセイバーを相手の左腿に打ち付け、がくりと左からバランスを
崩して倒れたアビスの左頭部に龍騎の全力の膝蹴りが吸い込まれていった。
一瞬で意識を刈り取られたアビスはそのまま反撃に転じることなく、
そのまま固いアスファルトの地面に全身を叩き付けられた。
「あがっ!」
こめかみを痛打し、余りの痛みに身動き一つ取れないアビスを一瞥した
龍騎はそのままトドメを刺すべく、アドベントで契約獣を呼び出した。
「ギャオオオオオオオオ!」
無双龍ドラグレッダーの地を裂き、空を割る咆哮がミラーワールドに
響き渡る。
「終わりだ」
「Advent」
自分の隣から姿を現したドラグレッダーにアビスを放り投げた龍騎は
既に勝敗の決した勝負に興味はないというように、その場から離れようと
した。
だが、アビスの近くをオルタナティブが通りかかることまでを龍騎は
想像することが出来なかった。
「Wheel vent」
「うおおおおおおおおおおおおお!」
仲間を救うべく猛然とドラグレッダーの元へ突っ込んでくる仲村の
蛮勇に失笑を隠せない龍騎だったが、今更仕留めた相手を取りこぼすのも
愚かしいと思い直し、オルタナティブのファイナルベントが届かない
上空へと舞い上がるようにドラグレッダーに指示を出した。
「うわああああああああ!!」
龍騎を背中に乗せて、オルタナティブのファイナルベントを回避した
ドラグレッダーは後先考えずに突っ込んできた愚か者を仕留めるべく、
その顎を開いて、全てを灰燼に帰す炎の息吹を吐き出した。
しかし、オルタナティブの後先考えない行為によって生じた僅かな隙に
アビスは目を覚まし、おぼつかない手でなんとか龍騎に対抗できる唯一の
カードをバイザーにベントインした。
「Final vent」
「シャアアアアアアアア!!」
雄叫びを上げたアビスラッシャーと先程破壊されたアビスハンマーとは
別の個体が光を放ちながら合体する。
「佐野!おい、佐野!大丈夫か?」
「大丈夫...じゃ、ないかもしれない...です」
「逃げるぞ。早く乗れ」
這々の体で満の傍にやってきた仲村は満が呼び出したアビソドンの
巨大な姿に圧倒されながらも、なんとかホイールベントで呼び出した
サイコローグが変身したバイクへと乗せることに成功したのだった。
意識を失いながらも、しっかりと仲村の腰に手を巻き付けた満は
そのまま深い眠りに落ちていった。
「ギャオオオオオオオ!」
「ゴオオオオオオオオオ!!」
地上から飛び立ったアビソドンは陸海空の全ての状況に対応できる
形態へと己の姿を変化させ、空に待ち構える龍騎とドラグレッダーに
襲いかかっていった。
ミラーモンスターにはおおよそ知性と呼ばれるものは備わっていない。
しかし、神崎士郎がライダーバトルにおいて使役するミラーモンスターが
最低限の役割を果すようにカードに組み込んだ一種のプログラムによって
ある程度の優先順位というものが契約モンスターの行動を束縛している。
例えばライダーが敵の攻撃を受け戦闘不可能に陥る、あるいは陥りかね
ない状況ならば、状況に応じて契約主を助けなければならないという
強制が契約モンスターには課せられている。
故にアビソドンはそのファイナルベントの特性と神崎士郎が組み込んだ
プログラムにより、擬似的とはいえ図らずもオルタナティブとアビスの
殿を務める羽目になった。
アビソドンから放たれるビームとミサイルの嵐をかいくぐりながら
龍騎は冷静に頭を使いながら、アビスとオルタナティブの持つ時間を一分
一秒でも多く奪うべくドラグレッダーを巧みに操った。
(リュウガのファイナルベントと同等とは...)
アビスのファイナルベントのAPは7000。素の攻撃力はAP5000である。
対するドラグレッダーのAPはAP5000。正面きってやり合えばどちらが
勝利し、どちらが敗北するのかは目に見えている。
契約主のアビスが敵対するライダーと充分な距離を取ったと判断した
アビソドンは悠々と自分の強さをドラグレッダーに見せつけるように、
何処かへと泳ぎ去って行った。
一方、呼び出されるだけ呼び出された挙げ句、無駄骨を折らされた
ドラグレッダーは不機嫌そうな唸り声を上げながら、今にも取り逃がした
アビソドンを追いかけようとしきりに方向転換しようとしていた。
「....ドラグレッダー、もういい。下ろせ」
だが、この状況こそが最もリュウガが望んだ状況だった。
リュウガが降りた場所は香川と浅倉の一騎打ちの場所だった。
ミラーワールドの存在である城戸真一に制限時間はない。
「さて、そろそろ残り三分という所か...」
地下通路の中へと足を踏み出そうとしたその時、
「そこまでだ」
厳かな声の主が己の肩を掴んでいた。
「オーディン...」
「神崎士郎からの命令だ。ナイトとベルデを始末しろ」
「そうか。なら、俺はそれに従うまでだ」
今日に至るまでその姿を一切見せる事のなかった13人目にして、最後の
ライダー、オーディンは何もせず、静かに去って行く龍騎を見送った後、
香川の指示に従った六人の量産型オルタナティブ軍団が地下通路へと
突入しようとしたその瞬間ゴルドフェニックスが現れ一瞬で焼き払う。
「Time vent」
そして、時は全て神の思いのままに操られる。
~進化する王蛇~
(オルタナティブ軍団がここに到着するまで、残り5分)
浅倉威を作戦通りに追い込んだ香川英行の懸念は、自分が作り出した
量産型オルタナティブの突入するタイミングだった。
一人では浅倉威を取り逃がす恐れがある。下手をすれば仲村や東條と
一緒に戦っても取り逃がす可能性も微かにだが存在している。
故に香川英行は戦いの鉄則に倣い、数の暴力で王蛇を仕留めるという
シンプルだがとても合理的な手段に打って出た。
量産型オルタナティブとオルタナティブの違いはアクセルベントと
ソードベント以外の三枚のカードの代わりにガードベントを二枚入れた
ヒットアンドアウェイの攻防を主眼にしたデッキ構成である。
スペックはオルタナティブよりも一割程度劣るが、それ以外は90%の
性能を発揮できるように作り上げられている。
ソードベントは自分達が使っているものよりもAPが500多い代物だし、
ガードベントは一撃ならどんな攻撃も防げるGP3000に設定してある。
活動時間は9分31秒だが、王蛇の残り時間が三分を切ってしまえば、
そんな活動限界時間は些末事でしかない。
決定力には欠けるが、集団戦でこそ彼等が真価を発揮する。
そして、香川がこの量産型オルタナティブを託した相手というのが、
法では裁けぬ浅倉威に大切な人達を殺された遺族達だった。
香川は仲村の言葉からヒントを得て、被害者遺族の会に足繁く足を
運び、その中から屈強な六人の男達を選び出したのだった。
浅倉に殺された被害者の数は50人以上にも及ぶ。当然、被害者の
遺族達の数はその数倍にも及ぶ。
彼等の事情はここでは割愛するが、ともかく香川英行は自らが選んだ
六人を完全に説得、信用させることに成功し、今日に至るまで他の仮面
ライダーに気が付かれることなく、量産型オルタナティブを一通り完璧に
使いこなさせる訓練をさせ続けた。
そして、遂に彼等の苦労が報われる日がやってきた。
王蛇に残された選択肢はあと二つだった。
一つは闘争ではなく逃走。
アドベントを使い、ベノスネーカーを召喚し、目の前の二人のライダーを
足止めさせた隙にそのまま地下通路から出てミラーワールドから脱出する。
もう一つは逃走ではなく闘争。
玉砕覚悟でファイナルベントを使い、タイガかオルタナティブを仕留め
神崎士郎から貰ったサバイブのカードで残り一人を仕留める。
「ふん...」
壁際に追い詰められた王蛇は不敵な笑みを浮かべ、その毒牙にかける
最初の獲物をタイガにすることに決めた。
「ウオオオオオオオオ!!!」
自分から見て左にいるオルタナティブの足へと右手のデストクローを
投げつけ、すかさず香川のフォローに入った東條へと踊りかかった。
上から振りかぶって下ろされる虎の爪をタイガは右手のメタルホーンで
当然のように上段で受け、その威力を減衰させた上で王蛇の無防備な
土手っ腹めがけて強烈な前蹴りを浴びせた。
「ぐふっ!」
10tを軽く超える蹴りを水月に諸に浴びせられた王蛇はマスクの中に
血反吐を撒き散らしながら、通路の真ん中へと吹き飛ばされた。
「Final vent」
「シャアアアアアアアア!!」
背後から猛然と迫るベノスネーカーが吐き出す毒液の奔流に乗った王蛇は
迷いなくバイザーにファイナルベントを叩き込み、タイガに対して必殺の
一撃を叩き込むことに全てを賭けた。
「はぁっ!」
天井ギリギリまで飛び上がった王蛇にベノスネーカーが必殺の毒液を
吐きかけようとしたその時...
「Freeze vent」
これ以上はないという絶妙なタイミングでタイガの秘中の秘である
フリーズベントがその効果を発動させた。
いかなるミラーモンスターの動きを停止させるカードの力により、
ベノスネーカーは一瞬で凍り付き、無力化された。
「何?!」
初めて体験するカードの効力に反応が遅れた王蛇にたたみかけるように
タイガは攻撃の手を緩める事なく、ファイナルベントを挿入した。
「ガオオオオオオオオオオ」
振り返った王蛇の腹に猛虎の爪が突き刺さる。
「グワーッ!」
デストワイルダーに引き倒され、無様に地面を引きずられる王蛇の体は
あと十秒もしないうちに自分の契約獣と挟撃しようとするタイガの元へと
辿りついてしまうだろう。
「舐めるなーっ!」
オルタナティブもタイガでさえも、もう王蛇は万事休すなのだと誰もが
確信していた。しかし、浅倉威は驚くべき方法で自らの窮地を脱した。
「ギャアアアアアア」
「なにっ!どうしたんだデストワイルダー!」
自分の爪が浅倉威に届くまで、あと残り半分の距離という所でいきなり
デストワイルダーが左手を押さえて、地面に転がって消えてしまったのだ。
「ありえない。なんでファイナルベントが無効化されたんだ?」
「ハハハ...窮地に追い込まれた毒蛇が獲物を噛まないわけがねぇだろ」
瀕死の重傷を負いながら、それでも立ち上がる王蛇の生命力の余りの
強さにオルタナティブとタイガも恐怖を禁じ得なかった。
「王蛇の...そうか、毒をデストワイルダーに」
得意げに嘲笑する王蛇のベノバイザーのコブラの頭部の牙の部分に、
何か白い物がこびりついていた。それはデストワイルダーの毛だった。
そう、王蛇は引きずられる最中に自由な右手でベノバイザーの牙を
デストワイルダーの右腕に突き刺したのだった。
毒蛇が僅か1mg以下の毒で何百匹もの生物や人間を死に至らしめるのと
同様に、ミラーワールドで最強の致死毒を持つベノスネーカーの毒を
体内に注がれて無事なミラーモンスターはまずいないだろう。
「どこまでも...悪運の強いやつなんだ...」
「どうしたよ英雄サマ?俺を殺すんじゃなかったのか?」
瀕死の重傷を負いながらも、王蛇は戦況をゼロに戻す事に成功した。
「さぁ、殺し合いを始めようぜ...?」
王蛇が最後の一枚をデッキから引き抜いた。
その瞬間、地下通路の全てが烈火の炎に包まれる。
「Survive」
燃え盛る劫火に煌々と照らされた棺桶の中で、絶対的な死の権化として
王蛇は新たな力を携え、不死鳥の如く全ての傷を癒やした完全無欠の
存在となって生まれ変わったのだった。
「さぁ...今度は俺がお前らを殺す番だ...」
烈火の力を手に入れ新生したベノヴァイパーが戦いの終幕を告げる
第三のゴングを鳴らした。
~力の差を埋める『』~
神崎士郎の奥の手を得た浅倉威との圧倒的な実力差を敏感に感じ取った
香川英行は活動限界時間の迫るタイガに撤退を命じた。
状況は浅倉威に傾きつつあった。
神崎士郎から渡された強化カードを受け取らないライダーがいたとは
想定外にも程がある。
しかも、予め量産型オルタナティブにセットしていた位置情報及び
生存確認システムが王蛇の強化と同時に全てロストしてしまったのだ。
これ以上、東條を危険に晒すわけにはいかない。
故に、香川英行は東條を逃がす為の血路を開く覚悟を決めた。
「東條君!逃げるんだ!」
「何でですか!先生」
「あれはもう君の手には負えない!オルタナティブを率いて撤退しなさい」
「嫌です!先生は僕に言いました!一緒に戦おうって!」
たとえ浅倉威と差し違えてでも、香川の命は守り抜かなければならない。
英雄にはなれなくても、英雄の盾になって死ぬことなら...それが浅倉の
魔手から大切な人を守る唯一の手段であれば、東條悟は躊躇うことなく
命を捧げられる。
「覚悟はもう決めている!カードだってまだ残って...」
「私には責任がある!君をこの戦いに巻き込んだ責任がある!」
しかし香川は東條と共に戦うことを拒んだ。
たった一人で目の前に立つ紅蓮の大蛇とその契約者を相手取って
その命を散らそうとしているのだ。
意味が分からない。
あれほど英雄になることは命を軽々なものとして扱ってはいけないと
常日頃から自分に説いていた香川が、今この時になってその言葉とは
真逆の行為を取ろうとすることが理解できない。
「東條君。英雄にはね、守らなければならないことがあるんですよ」
「かけがえのない仲間を失いそうになった時に自らが盾になる覚悟」
「力なき多くの者を守るために非情な悪を担う覚悟」
「そして、自分にだけは負けないという誓いを最後まで貫く覚悟」
「どうやら今日は君が私と肩を並べて戦うには早すぎたようですね」
仮面の下に笑顔を隠した香川は、すがりつく東條の手を振り払い、
右手に持ったスラッシュダガーを両手で構えた。
「先生!先生ッ!なんで!なんで!」
王蛇がサバイブに変身する前に仕留める機会が何度もあったにも拘わらず
何度も選択を間違えた東條は激しい怒りに襲われていた。
でも、もうどんなに激昂しても過ぎた時は二度と戻ることはない。
「浅倉アアアアアアアアアアアッ!」
香川の期待を裏切り、あまつさえその命を危険に晒した自分の愚かさと
どこまでも生き延びようとする王蛇の生き汚さに東條は怒っていた。
「ハハハハハハハハ!いいザマだなぁ英雄さんよぉ」
「その滑稽さに免じて、そら」
地下通路を煌々と照らしていたサバイブで作り出された炎の障壁が
一瞬でベノヴァイパーに吸い込まれていった。
「十秒くれてやる。その間に生きるか、死ぬかを決めろ」
浅倉の悪辣なまでの慈悲にタイガはいかに自分が非力で無力なのかを
思い知らされた。
「東條君。約束を破って一人死んでいく私を、許してください」
「!!!」
闘争を選んだ王蛇と真逆の選択をしたタイガは猫が尻尾を巻いて
大蛇から逃げ出すように、光り差す出口へと向かって走り出した。
「ふぅ...」
タイガが階段を登って地下通路から出て行くのを確認した王蛇は香川との
戦いを再開すべく、再び炎の障壁を展開して邪魔者が入らないように場を
整えた。
「良いんですか?」
「貴方にとって一人でも殺すライダーが減るのは好ましくないのでは?」
絶体絶命の窮地に追い込まれているにもか関わらず、香川英行は余裕を
崩すことなく、目の前に立つ王蛇サバイブに好戦的な笑みを向ける。
「はっ、確かに獲物が減るのは業腹極まりない。が、奴は小物だ」
「俺が手をかけるまでもない」
「その点、アンタはアイツと違ってギリギリまで殺し合えるからな」
「正々堂々からほど遠い貴方の口からそんな言葉が出るとはね...」
「ふふふふふふ...」
「ハハハハハハハハ」
策は破れ、孤立無援の絶体絶命の窮地に追い込まれながらも香川英行は
目の前のライダーとの戦いに、今までにない程に心が沸き立ち血が滾るのを
感じていた。
(結局、英雄も怪物も戦いにおいては等しくライダーということですか)
「香川、気が付いているか?」
「上を見ろ」
浅倉が指さした方向に目を向けると、そこには現実世界で破壊した筈の
カーブミラー、天井についたガラス張りの照明器具、そしてトイレの中に
ある鏡まで苦心して浅倉威を追い込むために取り外し、破壊した全てが
時を巻き戻されたかのように蘇っていた。
「ハハハハハ。鏡の世界で鏡を壊すのはタブーらしいな」
「ふむ。どうせやるならフェアに殺し合え。ということですね」
「いや、神崎の奴が時を弄ったんだろう」
タイムベントの存在を浅倉威が知っている事に少し驚いた香川だったが、
時が巻き戻され、停止した状況に置かれた今こそが浅倉威を討ち取る
最後の機会なのだと改めて認識した。
「ええ、そういう事なら時が動き出すまで目一杯愉しめますね」
「ならば!獣同士、どちらかが死ぬまで存分に殺し合いましょう!」
理性の箍とオルタナティブ・ゼロに掛けていたリミッターを全て外した
香川英行はデッキから今まで誰にも見せたことのないカードを引き抜く。
「そうだ!お前のようなライダーを俺は待っていたんだ!」
小賢しさや矜持を投げ捨て、怪物と同じ土俵に上がってきた香川英行に
歓喜の叫びを上げた浅倉威は夢中になった。
「Sword vent」
手甲型のベノバイザーツヴァイに王蛇サバイブはソードベントのカードを
挿入し、AP4500にまで破壊力を引き上げられたベノサーベルの強化版、
ヴァイパーブレードを召喚した。
サバイブの力を得た新しいベノサーベルの形状は、サーベルに鞭と刀を
足した刀身が剣に近い形状をしていた。
烈火の力を宿した刃の部分に炎が踊り、刀身の峰の部分には相手の刀身を
受け止め、手首の返しを利用して破壊する鋸歯がずらりと生え揃っている。
そして刃の鋒から長く伸びるのは一刺しされれば絶命必至の猛毒を持つ
ベノヴァイパーの毒が含まれている伸縮自在の鋭い鞭だ。
対するオルタナティブも負けてはいない。
時を止められたことにより、浅倉を仕留めるために待機していた忠実な
量産型オルタナティブの援軍が見込めないことを理解した瞬間、香川は
ゼロにしかない特殊な暗号コードを解除し、緊急事態にのみ使える特殊な
カードを発動する。
「Callsummon!」
コールサモンと書かれた魔方陣の描かれたオルタナティブ・ゼロの
カードが効力を発揮する。
そのカードは、半径100m以内に居る量産型オルタナティブの持つ全ての
カードをゼロの元に回収した上で、消耗したゼロの武器と防具を増やす
効果を持つまさに反則じみたカードだった。
量産型オルタナティブが全てロストした上で、自分よりも戦闘力の勝る
ライダーに孤立無援の状態で対峙した状態でしか使えない最終手段だが、
その効果は決してサバイブに劣りはしない。
今回引き連れてきた量産型オルタナティブは六体。
そして彼等の持つカードは合計24枚。香川の残りのカードを合わせれば
なんと合計28枚もの武器カードがゼロの手中へと収まってしまう。
神崎製のカードデッキは、破壊された瞬間に全てのカードがロストするが
香川製の量産型オルタナティブのデッキは破壊されたその時点で、未使用の
アドベントカードがオルタナティブ・ゼロのカードのストックとして
量子転送されるようになっている。
王蛇サバイブの持つカードの合計枚数は特殊系三枚と武器系五枚の
合計8枚。単純計算にしておよそ4倍の差が王蛇とゼロの間に生まれた。
この時点で王蛇サバイブがオルタナティブ・ゼロに勝る唯一の点が
契約モンスターであるベノヴァイパーだけという異常事態が生まれた。
つまりこれは、香川の頭脳とオルタナティブがサバイブ無しで
神崎士郎のサバイブの力を凌駕したという証明に他ならない。
「ハハハハハ!良いぞォ香川ァ!お前はやっぱり最高だァ!」
「Guard vent!」
喜悦の叫びを上げながらマンホールの蓋を隙間なく6枚重ねたような
盾を呼び出したオルタナティブに王蛇サバイブは飛びかかっていった。
右手に剣を、左手に盾を構えたオルタナティブはベノサーベルの先端の
鞭からにじみ出る毒液が己に掛かることのないように巧みに操っては
盾の頑強さを生かした突撃と撤退を織り交ぜた攻防を展開した。
圧倒的劣勢を覆すべく、王蛇もサバイブで強化された力で香川の
シールドを力づくで破壊しに掛かった。
10発目の攻撃でオルタナティブの盾の最下部が綻びを見せた。
王蛇は一旦距離を置き、壊れた盾の部分に鞭を叩き付け、全てを溶かす
溶解毒をその先端から流し込んだ。
地面を溶かし、有害な毒ガスを発生するベノヴァイパーの毒が霧となり
オルタナティブの周囲に立ちこめる。
一息でも吸い込めばたちまち身動きが取れなくなるのは必至。
オルタナティブも王蛇を追うように有毒ガスが発生した箇所よりも
前の場所へと飛び出した。
王蛇とオルタナティブも次のカードをバイザーにベントインし、決定的な
優位性を相手に先んじて先取すべく動き出した。
「Accele vent」
「Strange vent」
アクセルベントで自らを加速させたオルタナティブは破損して使い物に
ならなくなった盾の最下部を切り捨て、残り五枚となった盾を構えて
円盤投げの要領で王蛇へと投げつけた。
「そんなもので俺を殺せると思ってんのか!!」
怒りの声と同時にベノサーベルがまるでバターのようにシールドを
切り裂いた。炎と毒を纏った斬撃に真っ二つにされたGP3000を誇る大きな
盾はその原型を一秒たりとも留める事なく、跡形もなく消え去った。
「思ってませんよ!」
アクセルベントの効力が切れる前の最後の高速移動で王蛇の背後に
回り込んだ香川は王蛇の右膝裏を切り裂くことに成功する。
膝裏の防御しようのない急所を斬り捨てられた王蛇は溜まらず地面に
転げ落ちるはずだった...が。
「どこを見ている?」
地面に倒れる前に霧のようにかき消えた王蛇がオルタナティブの背後から
先程と全く同じ攻撃を仕掛けてきた。
恐るべきは王蛇の戦術眼である。
アクセルベントの効力が失われた一瞬の隙を突くとはいえ、一目見た
相手の動きをトレースしたり、そこから攻撃パターンを割り出す香川の
裏をかくのは容易ではない。
「戦いってのは何が起こるか分からないから楽しいよなぁ?」
バイザーにベントインされ、カードリーダーに読み込まれたストレンジ
ベントは分身を生み出すトリックベントへと変化した。
矢継ぎ早に繰り出される香川の攻撃を受け続ける分身と入れ替わった
王蛇サバイブは残り6体の内、3体を香川の拘束要員として向かわせ、
残り三体を自分の忠実な護衛として間断なく周囲を警戒させる。
「くっ!」
背後からがっちり体を固められ、為す術もなく王蛇サバイブの分身に
滅多切りにされ続けるオルタナティブの装甲が徐々に剥がれ落ちていく。
(まずい!このままでは殺されるッ!)
しかし、肩に手を回され、足首も拘束された状態でサバイブ状態の
ライダーにどう立ち向かえるというのか?
「楽しかったぜ、英雄さんよ」
「名残惜しいが、そろそろ決着つけさせて貰うぜ?」
息を整え、ダメージから立ち直った王蛇サバイブはデッキからカードを
取り出し、見せつけるようにベントインした。
「Advent」
万事休すか。
地面に波打ち浮かび上がる鏡面から、ウロボロスの如き蛇身と化した
烈火王蛇ベノヴァイパーが王蛇サバイブの傍らに召喚された。
絡みつくようなその巨躯に禍々しい赤と紫の極彩色と炎を纏った巨大な
双頭のコブラは新たな力を得た歓喜の叫びを上げようとその大きな口を開き、
全てを溶かす万物熔解の黒炎弾を放とうとした。
「Confine vent」
次の瞬間、脅威のアドベントモンスターはその姿を一瞬のうちにまるで
神隠しに遭ったかのように、忽然とその姿を消してしまったのだった。
当然、ベノヴァイパーの攻撃は不発に終わる。
「どういう...ことだ?」
「こういう、ことさ!」
「Advent!」
この場にいないライダーの声が再び聞こえた時、炎の障壁が陽炎のように
揺らぎ、あり得ない乱入者が姿を現したのだった。
「東條!貴様ァアアアアアアア!」
アドベントで呼び出したメタルゲラスの背中に隠れ、灼熱の防壁を
突破して香川の窮地に駆けつけたのは仮面ライダータイガだった。
「東條君...なぜ...」
メタルゲラスが猛然と雄叫びを上げながら、王蛇サバイブの分身達に
単騎で突っ込んでいく。
タイガも瞬く間に分身を片付け、先程の攻撃で傷つき、立てない程に
消耗したオルタナティブを抱きかかえ、王蛇の攻撃が届かない地下通路の
端へと回避した上で、その毒牙から仲間を守るように立ちはだかる。
「誰かを守る英雄が、一人だけじゃいけないって誰が決めたんですか?」
「....」
「先生は犠牲になっちゃいけない人なんだ。だから僕は先生を守る」
「やりましょう。先生。あと一息です」
「東條君...分かりました!」
最後の力を振り絞った二人のライダーは指し示したかのように己の
デッキからこの戦いの勝敗を決する為のの切り札を取り出した。
そして展開されていた炎の障壁が消え去り、メタルゲラスの突進により、
一番端の出口にまで追いやられた王蛇サバイブも、この戦いに終止符を
打つべく、自らのデッキの中で最も攻撃力の高い切り札を、一際眩い炎の
輝きを放つファイナルベントをバイザーに挿入する。
「「「ハァ、ハァ、ハァ....」」」
命を賭けたこの戦いに終止符を打つ願い(チカラ)が
躊躇わない勇気だけが、悪を滅ぼし未来を変える!
「「「Final vent!!」」」
再びその巨大な姿を現した烈火王蛇ベノヴァイパーはその姿を瞬時に
巨大なバイクへと変貌させ、自らの契約主と共に眼前の敵を破壊すべく、
猛毒と烈火の両方の性質を併せ持った漆黒の黒炎弾を吐き出しながら
前に向かって走り出す。
ポイズントルネードクラッシュ。
技の威力はAP9000だが、王蛇が今までに契約獣に捕食させた大量の
ミラーモンスターのエネルギーを加算すると、その威力はAP10000を
軽く超え、眼前の二人のファイナルベントを合わせた数値にも肉薄する
可能性を秘めている。
しかし、
「東條君!私に続け!」
「はいっ!」
対するタイガとオルタナティブも負けてはいない。
個々のファイナルベントの数値は確かに王蛇サバイブには届かない。
しかし、どんなに強大な個が目の前に立ちはだかったとしても...
(先生は凄いや...だって、こんな時でも負ける気がしないんだから)
二人なら信じられる。二人ならきっと乗り越えられる。
強固な信頼で結ばれた師弟の絆が王蛇を凌駕する時が遂に来た。
サイコローグがバイクに姿を変えたサイコローダーが目の前に迫る
ベノヴァイパーと同じ速度で横方向に高速スピンしながら突撃を掛ける。
一見無意味なスピンのように思えるが、高速スピンによって生じた
強烈な風の防護壁により、ベノヴァイパーが吐き出した漆黒の豪火球は
悉く弾かれる。
事ここに至っては、全てを天に任す他ない。
これ以上の言葉はいらない。後は全力で正面からたたき伏せるのみ。
「……っ、アアアアアアアアアアアア、ハァァァァァ!」
運命を切り裂く白銀の弾丸と
「行くぞオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」
曲がることなく敵を貫く人犀一体の一撃を以て
「ウオオオオオアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
命を貪り、永遠の戦いを望む無限の蛇身を今ここで貫く一撃とする!
この間、時間にして僅か10秒。
そして、三者三様の願いと想いを秘めた最後の一撃が激突した時、
停止していた全ての時が動き出した。
第21話 ~やがて消えゆく命の灯火~
ドゴオオオオオオオオオオオオオン!!!!
圧倒的な実力を誇る龍騎の乱入により、香川と東條の戦う場所から
離れた場所へと避難していた満と仲村は、サイコローダーから降りた時に
聞こえた爆音の方向へと互いの首を向けた。
「なんだあれは!!」
驚愕した満の言葉に、ひょっとしたら自分達があえて香川達の助太刀に
入れないように遠ざけられたのではないかと思い当たり、仲村創はその
顔を青ざめさせた。
「まさか、俺達はあのライダーに先生達と分断されたんじゃ...」
「ええっ!だったらまずいじゃないですか!」
オルタナティブに搭載されているミラーワールド活動限界時間は
残り2分45秒。アビスに至っては一分も残されていない。
「戻りましょう!ライドシューターに乗ればまだ間に合います!」
量子化の止まらないアビスはライドシューターを呼び出し、仲村を乗せ
香川達が交戦している地下通路へと引き返していった。
「間に合った!」
「Sword vent」
「仲村先輩。俺、時間切れになるんで、これを使って下さい」
大切な仲間達の無事を信じるアビスは、武器を失った仲村に自らの
二振りの剣を預け、一足先に近くにあった鏡の中に急いで飛び込み
現実世界へと帰還していった。
「頼む!二人とも生きていてくれ...」
アビスの剣を携えたオルタナティブは地下通路の入り口の前に立ち、
躊躇うことなく仲間たちのもとへと走り出していった。
~~
「せんせい...いきて、ますか?」
「なんとか、ぶじ...ですよ」
地下通路の戦いは英雄達に辛くも軍配が上がった。
王蛇サバイブとオルタナティブのファイナルベントがぶつかりあう中、
タイガの捨て身のヘビープレッシャーが王蛇の頭部を貫き、結果、
生命活動を強制的に停止させられた王蛇とベノヴァイパーは同時に爆散、
消滅したのだった。
その爆発の余波は凄まじく、駆けつけたオルタナティブが階段の傍で
倒れている二人を発見した時、余りの惨状に言葉を失う程の惨状が
目に飛び込んできたのだった。
香川は何とか五体満足で命に関わる程の怪我を負う事はなかったが、
それは東條の挺身あってこその奇跡の生還だった。
「東條...お前...」
香川を爆発の余波から守る為に身を挺したタイガの背中には、びっしりと
隙間もない程の瓦礫の破片が突き刺さり、一見して助からないと分かる程の
大量の血が流れている。
それは王蛇の、怪物の最後の悪足掻きだった。
サバイブの力が消失し、原形を留められずに消え去った王蛇サバイブの
ベノサーベルの刀身が深々とタイガの左肩部分に突き立てられている。
更に両足には焼けただれながらも、しっかりと獲物に噛みついている
四匹もの小型の毒蛇が、その毒牙を突き立てていた。
肉が腐り、ぐずぐずと溶けていく音がタイガの体から聞こえて来た。
「とう、じょう君。とうじょう、君?」
強かに頭を打った香川が混乱から戻る前に、バックルからデッキを
引き抜いたタイガの変身が強制的に解除される。
変身解除された東條の体は、なぜそうなっても息があるのかを疑う程の
惨たらしい状態だった。
王蛇の毒を注入された左半身は、その毒素によりほぼ溶けかけている。
そしてその毒の猛威は留まることを知らず、比較的無事な右半身と
その血管に乗り、瞬く間に残る肉体を破壊しようとしている。
東條悟にとっての唯一の救いは、全てが決した刹那の瞬間の中で、
尊敬する師の理想に殉じて死ぬことが出来る多幸感と、既にその体が
ミラーワールドにおけるタイムリミットを迎え、本格的な肉体の崩壊が
始まった事による身体を襲う王蛇の猛毒による地獄のような責め苦が
あと数秒で終わることだった。
仲村創にとって東條悟の存在は大きかった。
分かり合えない存在だった。ずっと相容れない相手だった。
時には憎み合い、時には命を狙われた間柄だったが、それでもいつも
気が付いた時には背中合わせで共に窮地を乗り越えてきた仲間だった。
そんな仲間との別れが後数秒の所まで迫ってきている。
なにも心の整理がつかないまま、ただただ無情に過ぎ去る時が大切な
仲間を死の世界へと誘う。
だから、創はたった一つだけ自分に出来る事を勇敢に戦い、今まさに
最後を迎えようとする名もなき英雄への手向けにしようと決めた。
「東條....お前、勝ったんだな」
「うん...なかむらくんにもみせたかったなぁ」
「ぼく、がんばったんだよ?」
「ああ。俺の完敗だ。東條、お前は先生の正しさを証明したんだ」
「もう浅倉威が人を殺すことはない。もう誰も泣くことはないんだ」
「ああ。そっか...だったら、みんなはぼくをみとめてくれるよね?」
「これで、わかったでしょ?」
「きみより、ぼくのほうがせんせいにふさわしいって」
焦点の合わない瞳でなにもない虚空を掴むように仲村の頬に手を
伸ばした東條悟は、それきり言葉を話すことなく永遠の眠りに就いた。
「東條...とうじょぉぉぉぉ....」
「馬鹿野郎...英雄になっても死んじまったら....」
「意味なんて...意味なんて、何も意味なんてないだろうが!!」
安心しきった笑顔を浮かべた悟は、最後に拾ったもう一つの勝利を
側にいた誰かに褒めて貰おうと、最後の力を振り絞った...。
静かに眠る英雄の頬を赤い涙が伝う。
怪物と戦い勝利した英雄の手には、一枚のカードが握られていた。
それは、東條が命と誇りを賭けて王蛇から勝ち取った、炎の力を秘めた
赤と黄金の翼のサバイブ~烈火~のカードだった。
「先生、帰りましょう...」
気を失った恩師の体を抱きかかえた仲村創は、最後にもう一度だけ
かけがえのない仲間の勇姿をその目に焼き付けて、ミラーワールドを
後にしたのだった。
誰にも看取られる事のない暗闇の中で、英雄は一人微かに微笑んだ。
結局、憧れた人を悲しませてしまったけど、最後にその背中に追いつき
肩を並べて共に戦えた事を己が人生の最大の喜びと誇りとして、彼は歴史に
名を残さぬ名もなき英雄として、その短い人生の幕を下ろしたのだった。
仮面ライダー王蛇/浅倉威、死亡 残り9人。
仮面ライダータイガ/東條悟、死亡 残り8人。
戦いは加速する。終焉の時は近い。
~~~
誰もいない教会の中で、一人の男がオルガンを弾いていた。
その隣には鈍い輝きを放つ白銀の鏡が鎮座していた。
万華鏡のようにあらゆる世界を映し出す虚ろなる境界を覗きながら、
神崎士郎は繰り返された世界の終わりが近づきつつある事を悟った。
「優衣。待っていろ...必ずお前に、新しい命を...」
一際勇壮な最後の一節の後、戦いの無意味さを思い知らせるような
虚しい余韻が誰もいない教会の中に響き渡る。
「さぁ、行け」
そして、コアミラーから新たな悪夢が姿を現す。
絞首台から突き落とされた断末魔に嗚咽を足したような産声を上げる
白い人型のモンスターが次々と生み出されていく。
シアゴースト。
ミラーワールドに終焉をもたらす存在にして、ミラーモンスターの中でも
最強の数の暴力と進化を司る悪魔達が遂に解き放たれてしまった。
「戦え。お前達の命は、全て優衣の為に存在する」
生み出され続ける白い悪魔を放置した神崎士郎は、自らの傍らに
置かれた幼き日の妹と自分が描かれた一枚の絵を大切に抱きかかえた。
戦いは加速する。ライダーが最後の一人になるまで....
第二部完となったところで、今日の投稿を終わりにしたいと思います。
第三部と第四部は未だ執筆中なので、この続きを投稿するには時間が掛かると思います。
五月末には投稿したいと考えているのですが、もし間に合わなければ別スレ立てるかも知れません。
長文、かつ佐野君が誰だコイツ?な感じの拙作でしたが、応援して頂ける皆様のおかげでここまで
話を書き上げる事が出来ました。本当に感謝しております。ありがとうございます。
それでは、しばらくの間失礼させて頂きます。
登場人物紹介 後編
佐野満
何の因果か主役に抜擢された龍騎屈指の雑魚ライダー。
繰り返された世界のズレか、あるいは作者の都合というメタ的要素の
寵愛を受けた結果、第二部終了時においてほぼ無傷のラッキーボーイ。
性格は本編よりではある物のライダーバトル初期から参戦し、多くの
出会いや別れを繰り返し、自分なりに世の中の厳しさや出来ないことを
乗り越えて行くことの大切さを思い知り、徐々に彼の父親が望んでいた
困難を乗り越えて前を進む人間へと変わっていった。
お調子者ではあるものの小賢しい小知恵が上手いこと状況とかみ合い、
それが彼の命を長らえさせることに成功した。
ぶっちゃけ神崎士郎とのファーストコンタクトで彼から契約のカードを
ぶんどっていなければ須藤刑事に騙されて彼の契約モンスターの餌食に
なっていたのは内緒の話。
劇中では契約のカードをベルトに挟んでアビスハンマーをゲットしたり
香川の傘下に『英雄が守るべき多数の弱者』として入ったりと本編よりも
遙かに上手く立ち回り、後述する新たな契約獣の力を存分に振るって
徐々にその力量を香川研究室の面々に認められるようになっていった。
ライダーとしての実力は下から数えた方が早く、かつては香川教授に
戦う覚悟のなさを指摘され、戦わずに生き残ろうとしていた弱い自分と
最後の肉親である父親と訣別したことにより、ライダーバトルに改めて
参戦して、必要とあらば他のライダーを殺す覚悟を決めたことにより、
インペラーだった時よりも遙かに強い実力を出すようになった。
仮面ライダーインペラー 契約獣はギガゼール
スペックと契約獣とカードは本編準拠。
第二話から第五話と少ない登場回数だったものの、群体をなして
数で圧倒するバトルスタイルが最大の強みのライダー。
変身者の満の命を何度も助けた功績はとても大きい。
劇中では所持カード三枚の所謂ハズレライダーということに悲観した
満の謀略により、その儚い命を散らしたが、契約したギガゼールは
自らを倒した二体の鮫型モンスター達にその役割を譲り、静かに
海中に没していった。
仮面ライダーアビス 契約獣はアビスラッシャー、アビスハンマー
第六話以降に満の新たな力となった鮫型モンスターの力を与えられた
本来、龍騎本編の世界には存在し得なかった新しく生まれたライダー。
王蛇同様、白兵戦と攻撃力に特化した超アタリライダー。
所持するアドベントカードのAPは3000を下回ることはなく、切り札の
ファイナルベントのAPに至ってはゾルダのそれと同じ威力を誇るという
まさにぶっ壊れ性能という言葉が相応しい最強スペックを持つ。
本編では第二部終盤にアビスハンマーを盾代わりにした事以外に
目立った失敗は特になく、ライダーと戦う事を決めた満の覚悟次第では
大化けするかも知れない今回のライダーバトルの台風の目と言える。
所持カード
ソードベント
・アビスセイバーを召喚。3000AP。
ストライクベント
・アビスクローを召喚。3000AP。
アドベント×2(アビスラッシャー、アビスハンマーの一枚ずつ)
・アビスラッシャー、アビスハンマーを召喚。5000AP。
ファイナルベント
・アビスダイブを発動。7000AP。
霧島美穂
ライダーバトルの紅一点にして、最初の脱落者。
戦いの序盤に城戸真司に出会い、彼に恋するも運悪くキチガイ状態の
東條と交戦してしまい、フリーズベントで契約モンスターの首を落とされ
惨たらしく殺されてしまった可哀想な人。
しかし、彼女のブランク体から抜き取られた一枚の契約のカードが
浅倉威を葬る切り札になった。
仮面ライダーファム 契約獣はブランウイング
ミラーワールド一美しい白鳥の力を与えられたライダー。
ぶっちゃけ器用貧乏なスペックとか言わない。
蟹さん同様サバイブがなければやってられないカード構成である。
所持カード
ソードベント
ウイングスラッシャーを召喚 2000AP
ガードベント
ウイングシールドを召喚2000GP
アドベント
ブランウイングを召喚 4000AP
ファイナルベント
ミスティースラッシュを発動 5000AP
鏡像の城戸真司
本名は城戸真一。かつて城戸真二と呼ばれた青年の兄である。
神崎優衣と幼い頃に弟と共に出会った過去を持つ。
しかし何らかの理由で神崎優衣と同じ鏡の中の自分と一体化しており、
現実世界には存在できるものの、制限時間が課せられている。
彼がこうなった背景には、城戸真司が深く関わっている筈だが...
仮面ライダーリュウガ 契約獣はドラグブラッカー
かつて城戸真二が神崎優衣に願って描いて生み出された深紅の龍と
対を為すもう一匹のドラゴン。真一が優衣に願って生み出された存在。
何から何までドラグレッダーにそっくりだが、ドラグレッダーよりも
早く生み出されたことと、ミラーワールドに深く一体化している
真一の影響でドラグレッダーよりも高い攻撃力を誇る。
所持カードは龍騎と全て同じだが、龍騎よりAPが1000高い。
第一部、第二部では披露されなかったものの、ドラグブラッカーの
ブレスには石化効果があり、そのブレスを浴びたミラーモンスターは
例えサバイブの力を得た状態であったとしても、石化を免れない。
東條悟
龍騎の世界で一際異彩を放つ英雄になりたい永遠の英雄中毒者。
英雄になれば皆が自分を好きになってくれるという理由でライダーに
なっちゃったある意味いい加減な25歳の夢見がちな青年。
かつてライダーになってデストワイルダーに命を狙われたところを
香川教授に救われ、以降その思想に心酔して戦うことにした過去を持つ。
その頃から仲村創とは犬猿の仲だった。
劇中ではファム、ガイを完璧な奇襲で葬る等の活躍を見せた他、下心が
丸見えで自分達を利用する佐野を牽制したり、犬猿の仲である仲村の
窮地を救う等、打算はあるが結果的に誰かの為になる行為を取った事で
自分を高く買う香川の信用を得るという幸運に恵まれた。
そして、浅倉威の存在を英雄として断罪する事に決めた香川英行は
全幅の信頼を置くようになった東條を相棒に指名し、東條もその期待に
答えるべく全力で香川の力になることを決め、運命の闘いに身を投じた。
戦いは熾烈を極めるが、東條が持つ特殊カードと高い戦闘能力が
香川が己の優位性を崩さずに王蛇を追い詰める最大の武器となった。
しかし、サバイブで強化された王蛇に悟は恐怖を覚え、香川と浅倉の
言葉に促されるように、尻尾を巻いて地下通路から逃げ出してしまった。
この時点で浅倉から逃げ出さなかった香川のような勇気を持てなかった
自分は英雄になんか到底なれないと悲嘆に暮れるが、例え英雄なんかに
なれなかったとしても、先生を見捨てて逃げる臆病者にはなりたくないと
奮起し、香川と浅倉が戦いを続ける戦場へと舞い戻る。
だが、サバイブの力を得た王蛇は全てにおいてタイガを圧倒していた。
猛毒を孕んだ炎の障壁をメタルゲラスと共に突撃し打ち破ったまでは
良かったものの、ベノヴァイパーから分離した猛毒の子蛇に足を執拗に
噛まれ、致死量の毒を流し込まれた事で瀕死の重傷を負った。
皮肉な事にこの毒こそが東條悟と言う人間を英雄にまで押し上げた。
王蛇の暴力に屈しそうな香川を奮い立たせた後、残っていたもう一枚の
メタルゲラスのファイナルベントを使い、香川と共に全てを燃やし尽くす
王蛇サバイブのファイナルベントを迎え撃った。
そして、ベノヴァイパーのファイナルベントのダメージに耐えきれずに
それでもベノヴァイパーの頭と胴体を吹き飛ばしたサイコローグが爆散。
自らを守る契約獣を失った王蛇にヘビープレッシャーの一撃が直撃するも
頭部だけになってもしぶとく生き残ったベノヴァイパーがメタルゲラスに
噛みつき、王蛇諸共爆散。この時に瓦礫やベノヴァイパーの体内から
飛び散った毒から香川を守る盾となり、命を落とした。
そして、己の命がミラーワールドに消える寸前、犬猿の仲だった仲村に
タイガのデッキと香川のことを託し、自分が英雄になれた事を誇りながら
その短い生涯を閉じたのだった。
仮面ライダータイガ 契約獣はデストワイルダー
白虎型モンスターの力を与えられたライダー。
主に不意打ちによる奇襲と恵まれた筋力による白兵戦を得意とする。
デストワイルダーのお陰で龍騎や王蛇に肉薄する実力を持っているが、
ファムやガイ等を倒し、両ライダーが持っていたコンファインベントや
契約などの特殊カードを手に入れたことにより、より広範囲にわたる
戦いを単独で展開出来るようになった。
なおデストワイルダーとメタルゲラスも王蛇同様にモンスターを充分に
捕食させていたため、それぞれのファイナルベントは元々の数値よりも
およそ1000~2000程上昇していた裏事情がある。
所持カード
ストライクベント
・デストクローを召喚。3000AP。
フリーズベント
・相手の動きを一時的に封じる。1000AP。
リターンベント
・一回使ったカードをもう一回使える。
コンファインベントで消された効果も戻せる。
アドベント
・デストワイルダーを召喚。5000AP。
ファイナルベント
・クリスタルブレイクを発動。6000AP。
浅倉威
関東拘置所に拘留されていた25歳の凶悪殺人犯。
今まで自分が引き起こした殺人の動機は全てイライラしたからという
とんでもない極悪人。
神崎士郎にその凶悪さ故にライダーバトルを円滑に進める存在として
選ばれたライダーだったが、繰り返された世界のズレにより、彼が
劇中で他のライダーを手にかけることはなかった。
劇中での扱いは物語終盤に突入する前の中ボス。
雨が降る六月の第四週目に神崎士郎から烈火のサバイブのカードを
受け取り、七月第二週に北岡秀一の元を尋ねた際、罠と分かりつつも
秀一を含めた多くのライダー達が待ち受ける祭りの場所に向かう。
香川によって全ての反射物が破壊された地下通路の中で、一進一退の
攻防をオルタナティブ・ゼロとタイガと繰り広げる。
だが、タイガのアシストとこの日のためにスペックを底上げされた
オルタナティブ・ゼロの猛攻に敗北寸前にまで追い込まれたが...
「Survive!」
烈火のサバイブの力を用い、不利になった戦況を打開。
全てが1.5倍近くにまで跳ね上がった強化形態で香川英行と東條悟に
リターンマッチを挑む。その際、自らが手を下すまでもないと判断した
英雄ではない小物を炎の障壁から逃がし、英雄を自称し、それに相応しい
実力を持つ香川との一騎打ちに持ち込むことに成功した。
「Callsummon!」
怪物の圧倒的暴力に対し、英雄は自らが力を与えた量産型ライダーの
カードデッキのカードを全て自らの手元に召喚するカードを使い、
サバイブの質とカードの枚数に圧倒的物量で対抗した。
戦いは更なる激化の一途を辿り、加速するオルタナティブ・ゼロに
王蛇サバイブはストレンジベントで呼び出したトリックベントの分身で
立ち向かい、これを捕縛。これにて勝敗は決したかと思われたが...。
Adventをコンファインベントで無効化したタイガがメタルゲラスと共に
炎の障壁を突き破り、王蛇サバイブへと敢然と立ち向かってきたのだった。
メタルゲラスと共に分身を蹴散らされ、オルタナティブ・ゼロをタイガに
掻っ攫われた王蛇サバイブの怒りは頂点に達した。
「「「Final vent」」」
ファイナルベントをバイザーにベントインした王蛇サバイブ。
そして、その傍らに出現した契約獣、烈火王蛇ベノヴァイパーが
その巨大な姿をバイクに変形させ、毒と炎の両方の性質を併せ持つ
黒炎弾を放ち、相手を葬るポイズンファイヤートルネードクラッシュで
オルタナティブ・ゼロとタイガとの一騎打ちへと王蛇サバイブは臨む。
王蛇サバイブの必殺技に対し、オルタナティブ・ゼロとタイガは
デッドエンドとヘビープレッシャーの二段構えによる壮絶な一騎討ちを
選択。それぞれのファイナルベントがぶつかり合った。
そして香川の契約するサイコローグと東條の契約したメタルゲラスを
道連れに爆散するという壮絶な最期を王蛇サバイブは迎えたのだった。
仮面ライダー王蛇 契約獣はベノスネーカー
ミラーワールドに生息する巨大な毒蛇の力を与えられたライダー。
ライダーとしての能力自体は龍騎、タイガと互角であるが、変身者の
浅倉の闘争心と攻撃的な性格、凶暴性、生身での格闘能力の高さ等により
他のライダーを圧倒する戦闘力を持つに至っている。
執拗に標的を襲撃する戦法を得意としている。
第二部中盤に神崎士郎から得た烈火のサバイブのカードの力により
新たな力を得た王蛇サバイブに変身できるようになった。
所持カード
ソードベント
ベノサーベルを召喚 3000AP
アドベント
ベノスネーカーを召喚 5000AP
スチールベント 相手の武器を奪う
ファイナルベント ベノクラッシュを発動 6000AP
仮面ライダー王蛇サバイブ 契約獣は烈火王蛇ベノヴァイパー
サバイブ-烈火-のカードによりパワーアップした王蛇の最強フォーム。
ライダーを仕留められず、その苛々を解消する為、ミラーワールドで
100体を超えるモンスターを乱獲、もとい狩り続けた為、オーディンさえ
圧倒するスペックを手に入れた。
タイガとオルタナティブ・ゼロを各個撃破していれば間違いなく
勝利していたものの、自らのファイナルベントの数値が二人の使った
ファイナルベントを合計した数値に僅かに及ばず敗北を喫した。
スペック
身長198cm
体重93kg
パンチ力 450AP
キック力 600AP
ジャンプ力 一飛び65m
走力(100m)3.5秒
所持カード
ソードベント
・ヴァイパーブレードを発動。4500AP。
形状は鞭と剣の峰に相手の刀剣の刀身をへし折るソードブレイカーを
合体させた遠近両用の両手剣。
烈火のサバイブの力を得た事により、刀身は最大温度摂氏1000℃の
炎を纏い、先端から伸びた黒い鞭は猛毒を持つクラゲのように相手の体に
張り付いて、全てを溶かす溶解毒を相手の体に流し込んで破壊する。
ガードベント
・ファイヤーウォールを常時発動する。3500GP。
王蛇サバイブの意思一つで展開出来る炎の障壁。
並のミラーモンスターなら全て焼き払ってしまう灼熱の盾。
あくまでも実体がない炎の障壁なので、命を捨てる覚悟を決めて全力で
突っ込めば突破できるが、最終的にはライダーであっても炎でこんがりと
ローストされてしまったり、炎の中に含まれる猛毒で致命傷を負わせる等、
付与効果の付かないガードベントの中でも随一の攻撃力を誇る。
タイガはこれを突破する際に重度の火傷を負い、この時点で自らの死を
覚悟した。
そして一度突破されるとそのバトルの間は二度と展開出来なくなるのが
唯一の弱点である。
劇中では香川との一騎打ちを邪魔されないように浅倉が最大出力で
障壁を展開していたが、メタルゲラスの特攻により強引に障壁が破られた
ことによって効果が途切れ、無効化されてしまった。
シュートベント
・ポイズンバレットを発動。4000AP。劇中未登場。
ストレンジベント
・使ってみないと何が起こるか分からないカード。
劇中では分身を作るトリックベント(2000AP)に変化した。
アドベント
・烈火王蛇ベノヴァイパーを召喚。8000AP。
サバイブ「烈火」
・ライダーをサバイブの力を持つライダーに変化させる。
ゴルトフェニックスの左の翼の力を宿している。
ファイナルベント
・ポイズンファイヤートルネードクラッシュを発動。10000AP。
王蛇サバイブを乗せたベノヴァイパー・バイクモードがウィリー走行し
漆黒の火炎弾を連続発射しながら接近して車体で敵を踏み潰す。10000AP。
10000APと表記されているものの、今まで王蛇が倒してきたモンスターの
エネルギーをベノヴァイパーが己自身の力に変えているため、実質
香川と東條と一騎討ちした時点の本当のAPは15000APだった。
しかし、それは彼と相対した二人のライダーも同様であり、最終的には
15000対16500という僅差で惜敗し、ミラーワールドへと散っていった。
烈火王蛇ベノヴァイパー
全長 12m
全幅 2m
全高 1.3m
重量 300kg
最高速度 時速750km
ベノスネーカーがサバイブの力でパワーアップした姿。AP8000。
モンスターモードとバイクモードの2つの姿をとる。
外見はベノヴァイパーに強化された事によって、従来の二倍の体躯を
誇るようになり、その蛇身は毒々しい紫色から烈火の炎の如き深紅へと
染め上げられている。
更に一つしかなかった頭部と実体の横に実体のない炎のベノヴァイパーの
蛇身が融合している状態になっている為、実体と炎の両方の独立した
思考による攻撃が可能となった。
炎の蛇身は本体から分離可能で、その気になれば自由自在にいかなる
場所であっても登場する事が出来る。
また進化の恩恵として、頭部両脇につけられた鋭い刃はそれぞれが
意思を持つ小型の蛇型モンスターとして独立思考による移動が可能になり、
母体であるベノヴァイパーに仇為す敵に姿を消して襲いかかるように
なった。ちなみにソードベントの猛毒の鞭の部分はコイツらである。
仲村創
神崎士郎のミラーワールドと現実世界を結びつける入り口を構築する
実験により、研究室の仲間を皆殺しにされた為、その復讐を誓った25歳の
怒れる大学院生。
神崎士郎への復讐以外何も眼中に入っていないものの、自分に力を
貸し与えた香川教授には心から敬服し、その指示の元動いている。
第二部に東條と共に登場し、佐野満を使ってみるように香川を説得し、
その面倒を見る役を担った。
同士である東條悟とはそりが合わず、互いを香川の元から追い出そうと
する程に険悪な関係だったが、満の加入により、少しずつではあるが、
冷静さを取り戻し、東條との関係もそれに伴い軟化していった。
しかし、第二部最後の戦いにより東條が自らの命を犠牲にしたことで、
浅倉威と刺し違えてその命を散らした為、もう二度と東條と和解する事は
出来なくなったが、最終的に東條を認めた上で、自らの敗北を宣言。
共に戦った戦友を安堵させ、あの世へと送り出した。
オルタナティブ 契約モンスターはサイコローグ
スペックと契約モンスターと所持カードは香川のデッキと同一である。
仲村のサイコローグは香川のサイコローグよりも好戦的な性質である。
地下駐車場で圧倒的な数で襲いかかってきたミラーモンスターを
単身で食い止め、自分より大きなディスパイダーをファイナルベントを
使用することなくスラッシュダガーで頭を串刺しにして仕留めたり、
クリアーベントで姿を消したベルデを見逃したものの、前述した通り、
香川の開発によって得た高度な知能により、あえてベルデを見逃して
次の戦いで仕留めようとする周到さも見せている。
所持カード
ソードベント
・スラッシュダガーを召喚 2000AP。
アクセルベント
・使用者のスピードを上げる 2500AP。
アドベント
・サイコローグを召喚 6500AP。
ホイールベント
・サイコローグをバイク形態に変形させる 4500AP。
ファイナルベント
・デッドエンドを発動 8000AP
香川英行
正義について深い拘りを持つ反面、キチガイ一歩手前の東條悟や
復讐以外目に入らず、異常に短気な仲村創や、下心丸出しで自分を
利用しようとする佐野満等の一癖ある連中を束ねるデカい器の持ち主。
ぶっちゃけ、彼がいなければこの三人の早期退場は必至だった。
登場は第二部からだったが、的確な指示と超天才としか言いようのない
頭脳で確実に神崎士郎の思考パターンを推測したり、自らが開発した
疑似ライダーであるオルタナティブの弱点を潰した上で活動時間の延長や
量産型オルタナティブの量産に成功し、GP3000の盾を作り出すなど
その才気は留まるところを知らない。
神崎士郎が目下の脅威として見做す危険人物でもあるが、彼も佐野満が
内心で評したように自分の元に集った三人のアブノーマルな同士達同様、
普通ではない程の覚悟を持ってライダーの戦いに参戦している、ある種の
破綻者でもある。
そして、彼の初陣となった王蛇戦では、あえて自らの罠に飛び込んだ
浅倉威と互角の白兵戦を演じ、自らが最も信用する東條悟と共に何度も
王蛇を窮地に追い込み、死闘の末にサイコローグと東條の命を犠牲にし、
見事にノーマルスペックのまま神崎士郎のサバイブによって強化された
ライダーを撃破した。
オルタナティブ・ゼロ 契約モンスターはサイコローグ
コオロギ型ミラーモンスター。身長225㎝、体重125㎏の二足歩行型で、
サイコロのような顔面から複数のパイプが伸びた異形の姿をしている。
劇中ではオルタナティブとオルタナティブ・ゼロと契約し、契約主達に
疑似ライダーの力を与えた。
なお今作ではオルタナティブ・ゼロとオルタナティブはそれぞれが
別々のサイコローグと契約を結んでいる為、一方が破壊されても
オルタナティブとゼロのデッキはブランクになることはない。
「ホイールベント」によりバイク形態「サイコローダー」に変形する。
AP6500とドラグレッダーを超えるAPを誇るが、これは香川教授が
ミラーワールドでの滞在時間を減少させる事でその分の疑似ライダーや
サイコローグの出力を上げる理論の構築と実用化に成功した賜物と言える。
後に攻撃力を保持したままミラーワールドの制限時間の延長に成功。
またその際にサイコローグは知能を獲得し、僅かとは言え人に近い
思考パターンとある程度の自我が発露し、敵味方を自分の意思で判別し、
状況に沿った戦いが出来るというまさにトンデモミラーモンスターに
進化した。
劇中では最強候補に恥じない立派な活躍を上げ、仲村創と香川英行を
良く助け、彼等の戦いが優位になるようなアシストを連発し続けた。
また夜な夜なミラーワールドから抜け出して、深夜三時の誰もいない
道路をバイクになって猛スピードで走る奇妙な癖を持っている。
そして自分を追い越す車に突撃する悪癖もある。
所持カード
ソードベント
・スラッシュダガーを召喚 2000AP。
アクセルベント
・使用者のスピードを上げる 2500AP。
アドベント
・サイコローグを召喚 6500AP。
ホイールベント
・サイコローグをバイク形態に変形させる 4500AP。
ファイナルベント
・デッドエンドを発動 8000AP
コールサモン
・オリジナル設定のカード
ある極端なまでの危機的状況に陥った時にのみ発動される香川専用の
二枚目のファイナルベント。
質でダメなら量で押せというシンプルなコンセプトの元、香川先生と
東條と仲村がアイディアを出して作り上げた香川研究室最高の発明。
その効果は後述の量産型オルタナティブのカードを全て自分に集め、
己の武器として使用できるというトンデモ効果のカードである。
劇中ではタイムベントで時を止めたオーディンにミラーワールドに
連れてきた全ての量産型オルタナティブが襲撃され、死亡したと同時に
浅倉威がサバイブを発動した為、香川がこれの解除コードを用いて
六体の持つソードベント、アクセルベント、ガードベントの未使用状態の
アドベントカードを回収し、自らのデッキに装填した。
AP2500のソードベント6枚とアクセルベント6枚の攻撃カード12枚と
GP3000のファイナルベントを普通に防げる盾12枚の計24枚+自分の残りの
カードという神崎士郎も涙目になる鬼畜仕様のサバイブ殺し。
これさえ応用すればオーディンだってイチコロさと思われがちだが、
このカードそのものが実用化に成功していないプロトタイプの数枚の内、
一番効果を発現させる可能性の高い試作品であり、常に失敗の可能性が
つきまとうギャンブル性の高い諸刃の剣の代物だった。
香川が自らの契約したサイコローグをベノヴァイパーに破壊された時、
このコールサモンのカードと彼の持っていた全てのカードは契約獣を
失ったライダー同様、初期状態のブランク体へとスペックダウンし、
現状でオーディンやサバイブを持つライダーを単体で制圧できる可能性を
持つ唯一のカードはあっけなく消え去ってしまったのだった。
量産型オルタナティブ 契約獣???
量産型オルタナティブとは疑似ライダーオルタナティブのスペックが
一割減しただけのオルタナティブの劣化コピーライダーである。
香川英行が対神崎士郎用に開発したオルタナティブ軍団の先鋒を務める
役割を担う。劇中最初の装着者達は浅倉威にかけがえのない存在の命を
奪われた遺族達である。
現行でロールアウトされた六体はファムと同等のスペックを誇る
安定した運用が出来る成功した量産型だったが、神崎士郎の操るライダー、
オーディンによって実用化に成功した全てが破壊されてしまった。
この量産型オルタナティブの特筆すべき特徴は、契約した契約獣の
スペックが低かろうと、香川が作り出したオルタナティブのデッキと
契約した瞬間から香川が定義し、カードに組み込んだプログラムによって
強制的にサイコローグがオルタナティブに与える同じ姿と性能をもたらす
存在へと変えてしまう特性を持つ。
神崎製のカードデッキは契約者と契約のカードで正式に契約獣と契約を
果したライダーに契約獣の持つ力が与えられるシステムになっているが、
香川製のデッキは最初からライダーのスペックが全て定義済みであり、
どのようなミラーモンスターと契約してもオルタナティブと全く同じ
外見とスペックになるように調整されている。
簡潔に説明するとミラーモンスターが量産型オルタナティブのデッキの
契約のカードで契約させられると、カードとデッキの両方に設定された
プログラムにより、オルタナティブのデッキの性能を引き出すのに最適な状態へ、
つまり香川の持つオルタナティブの契約獣、サイコローグと同様の状態へと
強制的に上書きと最適化されてしまう。
つまり、サイコローグがライダーに提供しているのと同じだけの出力の
エネルギーを一回の変身ごとに契約した契約獣に強制的に供出させる
システムと言える。
例えるなら100馬力分の車が出すエネルギーを100頭分の馬を使って
同量のエネルギーを捻り出させるのが量産型オルタナティブであり、
前者の100馬力分の出力を持つ車が神崎士郎製のカードデッキによって
生まれたライダーである。
変身者を選ばないが、変身者に負担を掛けず、契約するモンスターも
選ばないが、契約獣には多大な負担を掛けるというある意味理想的な
エネルギーサイクルを実現したカードデッキ。まさにチートである。
当然、サイコローグより弱いミラーモンスターはデッキから自らに
掛けられる負担に耐えきれずどんどんその生命エネルギーを武器や
盾に吸い取られ、最終的には死に至ってしまう。
三回も戦えば契約した雑魚ミラーモンスターは消滅してしまうが、
消滅したら消滅したらでまた再契約すれば量産型オルタナティブとして
バトルに復帰できるのでそんなにデメリットはない。
しかし、契約した雑魚ミラーモンスターはミラーワールドには掃いて
捨てるほど存在しているし、デッキも量産型の為、ライダーと交戦して
破壊されたとしても再生産が可能という神崎士郎のライダーバトルを
根底から覆す恐るべきメリットを保持している。
活動限界時間は9分31秒。神崎製のライダーに性能が肉薄している。
所持カード
契約獣を量産型オルタナティブを動かすバッテリーとして用いる為、
アドベント及びファイナルベント、ホイールベントは使用不可。
しかし、その分不足した攻撃力を500AP上昇させたソードベントと
防御に優れた二枚のGP3000のガードベントによって補っている。
・ソードベント
量産型スラッシュダガーを召喚する。AP2500
・アクセルベント
自らを加速させる
・ガードベント(二枚)
量産型オルタナティブシールドを展開する。GP3000
二枚重ねればどんなファイナルベントも防げる優れもの
映像で見たいくらいハマったわ
続きも楽しみに待ってるぞ
乙
香川教授「強くてニューゲーム」
の方が正しいんじゃないかというくらい強烈な装備が並んでるのは気のせいでしょうか
>>346 じゃあ第三部と第四部のタイトルは香川教授「強くてニューゲーム」 にさせて頂きます。
佐野君は充分強くなったし、今度は香川先生が神崎士郎とガチで戦う内容で進めます。
>>347
現状でも十分に面白いし書きたいもの書けばいいと思うよ
レス一つで無理してプロット変えることは無いさ
佐野くんが主人公してると思ったら東條くんが漢になってた。
面白い
面白すぎて夢中で読んでしまった
第三部
第二十二話 休息と安息
~香川邸~
香川英行による浅倉威の討伐は、東條悟の尊い命と多大な犠牲を払い、
ひとまずの成功を収めたと言えた。
ゾルダとベルデは逃がしたものの、わざわざ高いリスクを冒した
甲斐もあり、神崎士郎とも結託している浅倉を倒した上、ライダーを
強化するサバイブのカードを手に入れることが出来たからだ。
東條の死は確かに悲しい出来事だが、今はそれよりも次の戦いに向けた
新しい作戦と方針を固める必要があると判断した香川英行は妻と子供が
仕事で出かけて留守にしている自分の自宅に満と仲村を招いた上で
作戦会議をすることにしたのだった。
「では...これより会議を始めたいと思います」
「...はい」
「はい...」
毅然とした態度を崩さない香川も、心ここにあらずといった状態の満も
いつもなら強気な態度を見せる仲村も、ここにいない既に死んでしまった
もう一人の仲間の最後が頭から離れない。
香川はそれを全て理解した上で、残る二人に東條の事を頭から切り離し、
前回の戦いで得た情報及び戦果についての報告を促す。
「じゃあ、僕から報告させて頂きます」
仲村に促された満が、仲村と香川に戦いの様子を語り始める。
「ミラーワールドで先輩と別れた僕はゾルダを追いかけました」
「ゾルダをアドベントを使って捕らえる事には成功しました」
「しかし、路地裏に逃げ込んだゾルダは北岡秀一ではありませんでした」
「つまり、北岡秀一の手下がゾルダになりすましていたと言う事ですか」
「はい。間違いないです」
香川は神崎士郎による盗聴盗視を防ぐため、シャッターを閉め切り、
鏡面となるものを全て取り外した二階の和室で満の報告をノートに
記入して手短にまとめる。
「で、ゾルダのデッキを破壊しようとした時、乱入者が現れました」
「乱入したライダーの姿は見ましたか?」
「はい。赤い龍を契約獣にしたライダーでした」
「にわかには信じがたいですね。城戸真司は非戦派ではなかったのですか」
「確かに城戸さんには違いないけど...別人みたいだったんです」
「本性を隠していたって言えばそれまでなんですけど...」
「俺は本当のシンジの片割れだ。お前の知る城戸真司は偽物だ」
「俺は真司の中のもう一人の城戸シンジだ」
「そんな事を言って俺に襲いかかってきて来ました」
一通りの報告を終えた満は香川に対して伺うような視線を向け、
身を固くしながら、次の言葉を待っていた。
「報告ありがとう、佐野君」
「ところで、君はこれからどうする予定ですか?」
「君の行動に差し支えない範囲で答えて頂けますか?」
香川からのストレートな質問に満は迷う事なく答えを返した。
「そうですね。俺は最後まで先生と仲村先輩と戦うつもりです」
「本当に、佐野君は本当にそれでいいんですか?」
「まぁ...正直な話、逃げられればそれに越した事はないんですけど」
「死ぬ時はやっぱ喚いて見苦しく死ぬんだろうなと思いますね、はい」
「自分なりに腹は括ったつもりです」
「先生や先輩達に命を救われた恩を返さないまま逃げるのは嫌なんで」
「だから俺は東條先輩の分まで戦う事にしました」
満の答えに微かに笑った香川の手を握った満は、会話の主導権を
仲村に譲り、自分と同じやりとりをする二人の会話に耳を傾ける。
(そっかぁ...東條さん死んじまったんだな)
心の中でキチガイ一歩手前とか何考えているのか分からない奴と酷評し、
ウマが合わなかった相手ではあったものの、その最後は英雄の覚悟を説く
男の後を追うものに相応しい終わりだった。
英雄と共に巨悪を討ち取り、英雄に成り上がった瞬間に命を落とす。
初めて出会った時の東條の瞳は、何も定まっていない生ける屍と同じ
虚無を宿していたが、戦いを経るごとに、言葉を交していく内に徐々に
人らしさを取り戻し、溌剌としたものへと変わっていった。
その死に方はありきたりな悲劇だが、その時の東條の心の中には、
きっと後悔はなかったのだと満は想いを馳せた。
「報告は以上です」
「はい。分かりました」
会議は滞りなく淡々と進んでいく。ライダー同士による今回の戦闘の
大まかな俯瞰を掴んだ香川は、自分のポケットからタイガのデッキと
烈火のサバイブのカードを取り出した。
「それは...」
「ええ。東條君から託された...彼の唯一の形見です」
ここで香川は初めて堪えきれずにその表情を苦悶に歪めた。
英雄になる覚悟を常に説いていた自分に心酔していた危うい所がある
教え子が自分の理想に殉じて命を落とした事に香川は耐えられなかった。
香川の当初の予定では、多数を生かすための少数の犠牲に東條や仲村は
入っていないはずだった。浅倉がサバイブで強化変身した時でさえ
香川英行は仲間の安全を慮っていた。
しかし東條は自分の命を香川に全て賭ける事に悔いはないという信頼と
信念の元に散っていった。そして東條が死を覚悟して浅倉と戦う自分の
元に駆けつけてきてくれなかったらあの戦いに勝利できなかったのも
事実だった。
問題は、その現実に香川自身が向き合えていない事だった。
「あの時、私は東條君に命を救われました」
「おそらく私一人では浅倉威に返り討ちに会った筈です」
「悔やんでも、悔やみきれません」
「...ッ!私は...私の言葉が、東條君を...死に追いやったと思うと...」
本当なら、もっと教えたかった事が沢山あった。
不器用で人付き合いと嘘をつくのが下手な東條が自分の足で立って
歩けるようになるまで、その成長を見続けていたかった。
命を賭けたライダーバトルに東條を巻き込んだのも、最後まで困難に
負ける事なく立ち上がって、勝利を掴むことの重要さを教えて、彼の
今後の人生を輝かしいものにしてやりたかったという気持ちからだった。
怜悧で理知的な香川が流す涙に満は何も言えなかった。
ただ、自分が加わった最初の頃に香川が言っていた神崎優衣の抹殺で
全てが終わると言っていた頃にはもう戻る事は出来ないし、仮に優衣を
抹[ピーーー]るよりも、ライダーバトルの決着の方が早く着くのではないかと
いう懸念と危惧を抱いていた。
「先生は東條を救えなかった事を無念に思っているかも知れないけど」
「それは違うと思います」
「東條は先生と肩を並べて戦って最後まで先生を守り抜いた」
「先生。俺、東條の事は嫌いでした。でも...今はただ...」
「アイツが...英雄になれた事が、凄く尊いことのように感じます」
「あああ...。私はッ!私はぁ...うううううう......!!!」
自分よりも東條と深く関わっていた仲村の言葉に香川はただただ
涙を流し続ける事しか出来なかった。
「東條は先生の掲げた覚悟を自らの命で実現したんです」
「先生は間違っていない。だから先生は最後まで戦わなければいけない」
「香川先生。やりましょう。ライダーバトルを終わらせましょう」
「英雄の覚悟を持った一人の人間として、ミラーワールドを閉じるんです」
あえて当初の目的だった神崎優衣の抹殺を言葉にしなかっただけ、
仲村にも優衣を[ピーーー]事にある程度の抵抗があったのかもしれない。
ともあれ、自分に掛けられたその言葉に奮起した香川は涙を拭い、
溢れそうになったその感情に蓋をして、二人に向き直る。
「香川先生。僕からも良いですか?」
「これは私的な疑問だし、突拍子もない質問かも知れないけど」
「先生はこれから先、人として戦うのか、それとも英雄として戦うのか」
「それを俺達に打ち明けて貰えますか?」
東條よりも現実的で打算的な満にとって、香川のような絵に描いた
聖人がこれからの戦いにどう臨むのかは一つの重要なポイントだった。
仲村もそうだろうが、東條のように香川の掲げた英雄像に深く心酔
していない満にとって、この先、香川が求める英雄像に殉じて命を
落とすような終わりは何よりも避けたかった。
東條の献身と対照的なドライさはあるものの、むしろこの際に満も
自分が手を組む相手の真意を知らなければならない。
今日の友が明日の敵になるこの戦いにおいて、この瞬間ほど重要な
意味を持つ瞬間はない。
「そう、ですね...」
「私は確かに英雄たらんとして、今までこの戦いに介入しました」
「ですが、私自身自分が言っていた事の本当の意味を理解できなかった」
「結局、私の掲げた英雄像はただのエゴだったんです」
「そのエゴを東條君は実現して、命を散らしてしまいました」
「これが、私の罪です」
自らの罪を満と仲村に懺悔した香川が遂に答えを出す時が来た。
「だから、私は人間としてライダーバトルに参加します」
「東條君がそうしたように、私も命を賭けて君達を護ります」
「英雄としてではなく、一人の人間として」
「だから、これからも私に力を貸して下さい。この通りです」
深く頭を下げた香川に対し、満も仲村も同様に頭を下げる。
ようやく香川の真意を理解できた満と仲村は深々と床に頭をつけた
香川の体を床から引きはがし、その手を取って改めて忠誠を誓った。
「先生の真意、確かに理解できました」
「僕達も先生の事を信じて、引き続き共に戦わせて頂きます」
最期の血を分けた家族である父が死んだ時点で、どのみち自分が帰れる
場所なんてものは、もうこの世のどこにもありはしない。
そういう一種の虚無感を埋める代替として、満はライダーバトルに
逃げ場を求めた。
人はそれを逃避と言うが、逃げ込んだ先には満が得られなかった充足と
生きる為の戦いと、同じ目的のために共に肩を並べて戦う仲間達がいる。
それに、香川と仲村には恩がある。
その恩を返さないまま、彼等の元を去りたくない。
満は新しく出来た自分の居場所を守るため。
仲村はこれ以上大切な仲間を失わないため。
香川は失ったものの尊さを嘘にしないために剣を取る。
そして、この時を以て神崎士郎のライダーバトルは加速する。
~~~
「おい恵里!しっかりしろ!恵里!」
「残念ですが...もう、小川さんは...」
「嘘だ...そんなはずないだろ!おい!恵里しっかりしろ!恵里ーッ!」
香川英行がかけがえのない仲間を失ったように、秋山蓮も同様に
かけがえのない恋人を失ってしまった。
秋山蓮を本当の意味で理解していると言える小川恵里は眠るように
その短い命を散らした。
心電図の起伏が平坦になる事の意味をここにいる誰もが理解している。
ただ、違いはそれを認めるか認めないかでしかなかった。
「行かないでくれ...恵里...お前が、お前がいないと...俺は...」
痛ましい光景から目を背けるように、恵里の傍に集まった医師と
看護師達は恋人達の最後の別れを妨げないようにそっと病室から
出て行った。
後に残されたのは秋山蓮ともう一人の女の二人だけだった。
「うわあああああああ!!」
「蓮...」
恋人の死を受け入れられずに絶叫する秋山蓮の肩に悲痛な顔をした
神崎優衣の右手が置かれる。
「離せ!誰のせいでこうなったと思っているんだ!」
「出て行け!出て行けええええ!」
「恵里ッ!恵里ッ!恵里ーッ」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
鬼の形相で獣のように吠える蓮に優衣は何も言葉を掛ける資格がない。
当然だ。何故なら自分の兄のせいで蓮の恋人は死ぬ羽目になったからだ。
優衣は蓮の事が好きだった。
知り合ったきっかけは、蓮が恋人を失うきっかけを作った兄の実験の
せいだが、それでも不器用な生き方の中に確かな熱を持ってライダーの
戦いに身を投じる蓮の姿に心惹かれる自分がいた。
その想いは抱く事さえ許されないが、それでも優衣は密かに士郎に
蓮を何とか最後まで生き残らせてくれと懇願していた。
それが蓮の覚悟を踏みにじる冒涜だとしても、例え蓮の想いが自らに
向く事はないと理解していても、愛した男が無為にその命を散らしていく
ことに優衣の心は耐えられない。
冷たくなった恋人の亡骸を抱きしめる蓮に背を向けた優衣は静かに
病室を後にした。
「あっ!優衣ちゃ...」
蓮のことが心配になってその後をつけてきた城戸真司と手塚海之は
涙で顔をグシャグシャにした優衣を見て、蓮の恋人が死んでしまった事を
悟ってしまった。
「真司君...ごめん。私のせいで、恵里さんが」
「そんな!優衣ちゃんは悪くないよ!悪いのは神崎の奴なんだ!」
「な!そうだよな手塚?」
「ああ。城戸の言う通りだ。だが、今は蓮をそっとしておいてくれ」
「城戸、先に二人で花鶏に帰っていてくれ」
「俺は蓮が心配だからここに残る」
「分かった。じゃあ頼んだ」
蓮のいる病室まで感情だけで突っ走りそうな真司に優衣を花鶏に送る
ように頼んだ手塚は、背後に現れた神崎士郎に語りかける。
「お前のせいで多くの人が悲しんでいるぞ、神崎」
「そんなことは関係ない。死んだ恋人を蘇らせたければ勝てば良い」
相変わらず胸くそが悪くなる台詞を吐いた神崎士郎は、背中を振るわせ
必死に涙を堪える妹を気遣うような視線を見せた後、単刀直入に用件を
告げた。
「戦え。お前が戦う相手は既に待機している」
「断る。俺を連れ出した後に蓮にお前のペットを襲わせるんだろう?」
「戦いを放棄するならそうするまでだ」
「交換条件だ。俺が戦っている間、蓮には手を出さないと誓え」
「良いだろう。ならこちらの条件にも従って貰おう」
「臨むところだ」
病院の待合席から立ち上がった手塚海之は神崎士郎の後ろを歩く。
一分も歩かないうちに神崎士郎は二階に続く階段に付いている大きな
鏡の前で足を止めた。
「変身しろ。この鏡の向こうに今回お前が戦う戦場がある」
「随分とサービスが良いんだな」
「ああ。ライダーバトルが順調に進んでいる証拠でもある」
鏡の中に姿を消した神崎士郎に続き、手塚海之もデッキを取り出し
鏡に掲げた。
「変身!」
Vバックルに装填されたデッキが装甲を展開し、装着者の全身を覆う。
ライアに変身した手塚は意を決してミラーワールドへと飛び込んだ。
~~~
「ここは、小学校?」
ライドシューターから戦いの場所に降り立ったライアが目にしたのは
先程まで自分がいた病院の階段の踊り場ではなく、山奥にある荒れ果てた
広大な敷地を持つ小学校だった。
自分が到着したのと同時に、もう一台のライドシューターが遅れて
その横に停車する。降りてきたのはゾルダだった。
「おやぁ?どうやら神崎の言っていた相手って言うのはお前の事か」
「北岡、秀一」
軽口を叩くゾルダを睨み付けるライア。
それに閉口するかのような無機質な神崎士郎の声がどこからともなく
聞こえて来た。
「お前達はここでどちらかが死ぬまで戦ってもらう」
「ここはミラーワールドではない。現実世界だ」
「つまりライダーに課される制限時間は、ない」
ゾルダとライアは互いに顔を見合わせ、神崎士郎の言葉に耳を傾ける。
今までライダーが戦うのはミラーワールドと相場が決まっていた。
しかし、あえてそれを曲げて現実世界で戦いの決着をつけさせようと
するとは、何かの裏があるのではないかと二人は勘ぐっていた。
「今、お前達の頭にこの場所の情報を送った」
廃校のスピーカーから聞こえる士郎の声が聞こえたと同時に、二人の
頭の中にこの学校の敷地の詳細なデータが送られてきた。
校地面積 16,393 ㎡。建物敷地 5,950 ㎡。運動場 10,443 ㎡。
四階建校舎、一部崩壊箇所あり、制限時間なし。
脳裏に流れ込んだ情報を全て頭に叩き込んだ手塚と秀一はこの戦いを
どこかで見ている神崎士郎に死闘の開始の宣言を求めた。
「どちらかの死を以てこの戦いの終わりとする」
「戦いから逃げるな。逃亡者には罰を与える」
その一声と同時に、濁った灰褐色の巨大なバリアが校舎を覆った。
そして、校舎の窓ガラスが全て砕け散る音が戦いの始まりを告げる。
第二十三話 エンド・オブ・ワールド
神崎士郎から送られた今回のバトルフィールドの情報を瞬時に理解した
ゾルダは迷う事なく校舎側へと猛然と駆け出していった。
ライアとは二度交戦したが、まともに戦えばまず負けないという自信が
秀一にはあった。それに今は運の良い事に自分の病気の症状が出ていない。
(神崎のお膳立てにも感謝しなきゃ。と、言いたい所なんだけど...)
(壮大なバトルを演出したい愉快犯ってガラでもないだろうに)
神崎士郎が校舎内の窓ガラスを全て割った事が腑に落ちない。
陰気くさい顔でいつも大したことない事を深刻に受け止めすぎている
モテない男がそうそう無意味な事をするわけがない。
(ってことは...手塚の奴になにか戦局をひっくり返す手があるって事か)
聡明な頭をフル回転したゾルダは躊躇う事なく、アドベントのカードを
デッキから引き抜き、バイザーにベントインする。
「Advent」
地響きを立て、巨大な巨人がゾルダの隣に召喚された。
鋼の巨人マグナギガ、AP6000の巨大な人機型の固定砲台はその赤い
瞳で今回の獲物に照準を合わせた。
自分と正反対の校舎を覆うバリアの境界にライアは立っている。
この距離ならギガランチャーで充分だろうと判断したマグナギガは
重厚な音を立てながら、その重い巨腕を持ち上げ、ライアへと照準を
合わせた。
「違う。ミサイルを発射しろ。マグナギガ」
契約主のゾルダの言葉に不満げな唸り声を上げたマグナギガだが、
どのみちミサイルの方が当たりやすいかと思い直し、自らの胸を開き、
隠し持っていた大量のミサイルをライアに向けて一斉に放った。
自動追尾ミサイルが校舎裏に逃げ込もうとするライアへと襲いかかる。
「くっ!」
「Advent」
爆炎の中から空飛ぶ赤いエイ型モンスターに乗るライアの姿を見つけた
ゾルダは相手が自らの策に嵌まった事に喜んだ。
(よし、かかった!)
ライアにはガードベントがない。
故に、多方向からの攻撃を防ぐには自らの契約獣を呼び出して上空へと
回避するしか防御方法がないのだ。
例外はコピーベントでゾルダのシールドをコピーするくらいだが、
そんな隙を与える程、秀一は甘くなかった。
マグナギガのミサイルは量こそ沢山ある物の、一発一発の威力は
1000APにも満たない。故に、ある程度強いミラーモンスターであれば、
全部破壊する事だって不可能ではない。
ライアを背中に乗せたエビルダイバーは口から吐き出す鋭い水の刃で
次々にミサイルを切り裂いていく。
「shoot vent」
この戦いの勝利条件を頭の中で整理しながら秀一はシュートベントの
カードを呼び出した。
マグナギガにライアに銃口を向けたまま、一発も撃つなと命令を下した
ゾルダは自らが呼び出したギガランチャーをひたすら発射し続けた。
しかし、空を自在に飛び回るエビルダイバーはヒラリヒラリと余裕を
持って、その大砲から発射される特大の弾丸を回避し続けた。
それでいい。
強化されたゾルダの視力でエビルダイバーに騎乗しているライアの
手元に自分のギガランチャーがコピーされているのを確認したゾルダは、
屋上にライアが降りたと同時に、自らも扉がなくなった小学校の入口から
校舎の中への侵入を果したのだった。
~~
エビルダイバーがライアの安全を確認し、その姿を消したと同時に
ライアは膝を床につけて荒い息を吐き出した。
「はぁ...はぁ...はぁ」
ライアがいまいるのはゾルダの攻撃が届かない屋上だった。
屋上には貯水槽と屋上へ続く階段と扉以外には何もない。
「貯水槽に水は...ないか」
錆付き、赤く変色した貯水槽を叩き、水の有無を確かめたライアは
屋上に何も利用できるものがないことを悟ると、躊躇う事なく扉を開き
校舎の中へと入っていった。
屋上の階段を降りると、三階の中央部分に辿りつく。
「なるほど。中央の他に左右にも階段があるという訳か」
この廃校の三階には中央から見て左の階段の方向に五、六年生の
教室が計四つ存在し、中央階段から右側に目を向けると授業で使われる
音楽室、AV教室、空き教室の順に部屋が並んでおり、空き教室の隣に
右階段が存在していた。
「寒いな」
神崎士郎が割ったと思われる鏡の破片が存在しない事に手塚海之は
唐突に気が付いた。
ライアはまず最初に近くにあった六年生の教室に入り、とりあえず
ゾルダから身を隠しながら、まとまらない考えをまとめようと必死に
頭を回転させながら、神崎士郎の意味不明な行為の意図を掴もうと
懸命になっていた。
しかし、試しに三階にある教室をくまなく調べても鏡や鏡のように
何かを反射するものはどこを探しても見つからなかった。
「...つまり、1対1で確実に決着をつけろ。ということか」
スペックの上では、ゾルダにライアは確実に劣る。
正面切ってぶつかり合えばきっと敗北は免れない。
「全く、俺もまだまだ青いな」
自らが持つギガランチャーも狭い廊下では振り回す事は出来ない。
咄嗟の判断とは言え、小回りの利かない武装をコピーベントでコピー
するのは失敗だった。
「だが、これにしか出来ない事も確実にある」
思考を切り替えた手塚海之はギガランチャーの照準を教室の床に
合わせ、階下の教室までぶち抜く大穴を作り始めたのだった。
~廃校舎 一階~
ライアが着実に自分の戦いやすいフィールドを作り上げる中、ゾルダは
一階にある図工室と家庭科室と職員室を忙しく往復し続けていた。
「よし...これだけあれば鏡の代わりになるだろ」
一体ゾルダは何をしたいのか?
窓がなくなった一年生の教室の中で、ゾルダは自分の目の前に置かれた
大量のステンレスのナイフと包丁、図工室の引き出しの中で眠っていた
文化祭の飾り付けに使われる筈だった銀色の折り紙や裏面に両面テープが
付いているメタリックシルバーのカッティングシートを見下ろす。
「別に俺が負けるなんて事は万に一つも考えちゃいないんだけどさ」
「一流は万が一に備えて相手の裏を掻く準備も怠らないのよ」
「ねぇ、ゴロちゃん」
独り言を呟きながら秀一は黙々と教室の中央に置かれている半壊した
教卓の無事な板を引っぺがし、その縦1m、横40cmの一枚板にかけずり
回ってかき集めたカッティングシートと銀紙を貼り付ける。
「ふう、大体これで三分の二は埋まったか」
普通の鏡よりは劣るものの、確かに鏡面にハッキリと浮かぶ己の姿を
確認した秀一は、残ったステンレスのナイフや包丁を鏡面となる刃部分を
全てたたき折り、テープ代わりに持ってきた大量の釘と金槌で打ち付ける。
そして五分後、鏡のない世界で即座に秀一は即席の鏡を作り出した。
多少の隙間はあれど、確かにそれは鏡と言える代物だった。
「問題は隠す場所なんだけど、隣の教室で良いか」
自分の隣の教室の上から聞き慣れた轟音を耳にしたゾルダは素早く
今まで自分がいた教室から飛び出し、ライアがやってきたと思われる
左の階段へと続く道を歩き始めた。
先程自分がいた教室の真上からまたしても床をぶち抜く砲弾の音が
聞こえて来た。隣の教室を覗くと、まるで鉄球が落ちてきたかのように
ぽっかりと教室の天井の半分の面積を占める丸い穴が穿たれていた。
「なるほどねぇ。隠す場所と階段を穴だらけにして逃がさないつもりか」
ライアのカードの性質とその効果を知っている秀一は、生徒玄関へと
急いで走り出した。
中央階段に陣取った秀一が固唾を飲んで見守る中、西側の階段から
ゆっくりと階段を降りる音が聞こえてきた。
マグナバイザーを展開し、いつでもカードを呼び出せるように身構える。
「....」
そして、ライアが階段からギガランチャーを放り投げた瞬間、ゾルダは
迷わずシュートベントのカードをベントイン、ギガキャノンを呼び出す。
「ふんっ!」
反射的な迎撃だったが、それでも牽制にはなったようだ。
ギガキャノンから放たれた二発の砲弾の威力はギガランチャーと比べ、
速度は劣るものの、その分機動性と高い威力を誇る。
壁に空いた巨大な穴を見て満足げなため息をつく秀一だったが、
次の瞬間、自らの判断ミスを身を以て知る事になった。
「Final vent!」
二階から飛び降りたライアがつい先程自分が開けた大穴から、自爆
覚悟の特攻を仕掛けてきたのだった。
エビルダイバーの背に乗り、ミラーモンスターを一撃で粉砕する程の
強烈な威力の体当たり攻撃が、ゾルダに防御の一手を打たせないまま
その無防備な体に吸い込まれていく。
「Guard vent」
何とか間一髪の所でギガアーマーを呼び出し、致命傷を避ける事は
出来たものの、病身の秀一にとってその一撃は致命的だった。
「ぐあああああああああああ!!!」
いつも余裕を崩す事無く颯爽と全てを解決する北岡秀一の全身に
強烈な痛みが走った。
ライダー屈指の防御力を誇る盾であっても直線距離を最速で突き進む
ライアのファイナルベントの前には歯が立たず、粉々に砕け散った。
「うぐああああああああああ!!!」
脳を素手で掴まれ、全力で握り潰されたようなえもいわれぬ気持ち悪い
感触と共に秀一の全身がビクビクと陸に打ち上げられた人魚のように震えた。
そのあまりの悲鳴に思わずライアは攻撃を躊躇ってしまった。
「何をしている?早くトドメを刺せ」
未だに苦悶の叫びを上げ続けているゾルダを冷酷に見下ろしながら
神崎士郎は呆然と立ち尽くすライアに決着をつけるよう促す。
「決着は着いた。もうコイツは戦えないだろう」
「いや、まだだ。相手のライダーの命を奪うまでが戦いの決着だ」
「そして、お前が戦わないのならこちらも好きに動かせて貰う」
神崎士郎はこれ以上の戦いを拒むライアを一瞥すると、その姿を消し、
別の場所で待機していた最後のライダーを校舎内に召還する。
「待て!何をする気だ!!」
弱り切った秀一の体を抱きかかえ、校舎のどこかにあるはずの鏡から
脱出を図ろうとする手塚だが、ここは既に現実世界だという悪夢のような
真実に気が付き、絶望した。
そして、ある意味幸運な事にその絶望はすぐに終わりを迎える事になる。
「ライダーの宿命からお前達は逃れられない」
黄金の光を纏う最強無敵のライダーが遂に降臨する。
「さぁ、戦わないのならその命を散らすがいい」
制限時間9分55秒の死闘が遂にその幕を開けた。
~~
ゾルダを背負い、校舎から飛び出したライアは無我夢中で空に叫ぶ。
「くっ!神崎!どういうことだ!これはルール違反じゃないのか!」
「最初に言ったはずだ。逃亡者には罰を与えると」
「お前は戦いを拒み、その男を連れ、逃亡しようとしている」
「約束を先に破ったのはお前だ。よってオーディンの介入は認められる」
「貴様ァーッ!」
自分が北岡を助ける事を見越した上で最後の13人目のライダーをここに
呼び出したと言うのならば、遅かれ早かれ北岡と自分はここで命を落し、
ライダーバトルから脱落するのだろう。
神崎士郎の悪意ある采配はともかく、先に約束を破ったのは自分なのだ。
だからこそ、守らなければならない。
自分が見捨てる事が出来ずに助け出したこの男の命を....
「なにを、してる...早く、俺を置いていけ」
「出来るわけないだろう!」
今にも死にそうな秀一の言葉に激昂した手塚はデッキから最後の一枚を、
もう一枚の疾風の力を宿すサバイブのカードを引き抜いた。
「....」
「Survive」
荒れ狂う疾風が豪雨と雷を召喚する。
「変身!」
その姿をライアサバイブへと変貌させたライアは、校庭の中心に陣取り、
動く事が出来ないゾルダを庇う様に姿を現したオーディンと相対する。
「戦え、ライダーの戦いからは逃れられない」
「Guard vent」
「はっ、強化カードで常時強化されてる相手から逃げるのは当然だろ?」
「無様だな。北岡秀一。今のお前には金も力も何もない」
「果たしてその病身、いつまで保つかな?」
秀一の挑発に嘲笑で応えたオーディンは瞬時にその姿を消し、一瞬で
ゾルダの背後に回り込み、自らのゴルトバイザーの柄で鋭く突く。
オーディンの不意打ちに、ゾルダは二枚目のガードベントを呼び出し、
肩に装着されたギガテクターでその矛先をずらす。
しかし、オーディンの力はノーマル形態のゾルダの遙か上を行き、
ギガアーマーよりも防御力は劣るとは言え、一発で肩のプロテクターを
粉砕する。
ゾルダがオーディンの攻撃圏内から逃れたことを確認したライアは
すかさずサバイブで増加されたカードを切る。
「trick vent」
召喚されたライアの分身は、オーディンの魔手から本体とゾルダを
守る盾としてそれぞれが独自の意思を持ち、間断のない防御の陣を敷く。
「そこか!」
金色の羽が煌めいたと同時に姿を現すオーディン。
呼び出されたライアの分身達は9体。本体も含めれば10体だ。
数の優位性はオーディンの持つ個の力に勝っている。
(未来の見えない戦いか...だが、ここで死ぬわけには行かない!)
脳裏に浮かんだかけがえのない仲間の笑顔を勇気に変え、男はまた
自らの運命を変えるべく、もう一枚のカードをバイザーにベントインした。
「Advent」
四体の分身がオーディン本体を食い止める間、本体のライアサバイブは
アドベントで強化された契約獣エグゾダイバーを召喚した。
「乗れ!」
「ああ!」
飛行能力を獲得したエグゾダイバーの背に乗り込んだ二人のライダーは
空中へと戦場を移してオーディンを迎え撃つ事にした。
「北岡、後ろは任せた」
「こうなりゃヤケだ!撃ち落としてやるよ!」
「振り落とされるなよ?!」
「誰に物言ってんのよ!」
肩に背負ったギガキャノンを構えたゾルダは、油断することなく空中を
見渡し、オーディンの来襲に備える。
「来たか!」
そして、自分達が向かう進路の前方に黄金に輝く不死鳥の姿を発見する。
仮面ライダーオーディンの契約獣にして最強のミラーモンスター、それは
全てを焼き尽くす神威の炎を纏ったゴッドフェニックスだった。
無限の化身と化した不死鳥は、天上に住まう迦陵頻伽の如き美しい
殺意の雄叫びを上げながら、ライア達へと襲いかかっていった。
「エグゾダイバー!」
サバイブの力を得て尚届かない高い壁へとライアとエグゾダイバーは
果敢に挑みかかっていった。
黄金の翼が煌めくと同時に疾風と業火がエグゾダイバーに絡みつく。
エグゾダイバーも負けじと自らの機動力をフルに生かし、空中での
ドッグファイトを劣勢ながらも膠着状態へと持って行った。
だが、ゴルドフェニックスの攻撃は徐々にエグゾダイバーの身体を
蝕んでいった。
「エグゾダイバー?!」
一瞬の交錯の後、ゴルドフェニックスの攻撃がエグゾダイバーの右の
鰭を切り裂いた。
「キュウウウウウウウ!!!!」
それは、大切な契約主を最後まで守り切ろうとする契約獣の意地だった。
最後の力を振り絞り、地上にライアとゾルダを降ろしたエグゾダイバーは
力尽き、その姿を消した。
「北岡!これを使え!」
サバイブの強化変身が尽きる前の僅かな刹那にライアはゾルダに一枚の
カードを託した。
「Return vent」
ライアから託されたカードをバイザーにベントインしたゾルダは
自らのバイザーから現れたあるカードに目を丸くした。
「OK!やるじゃないの!」
一度使ったカードを再度使用できるリターンベントの効力により、
ゾルダの手元には疾風のサバイブのカードが現れた。
「そろそろ反撃といきますk...」
だが、北岡秀一が逆転の一手を打つことは二度となかった。
「Time vent」
地上にいた全ての分身を葬ったオーディンは動じることなく、自らの
切り札であるタイムベントのカードを使い、時を巻き戻す。
そして、時は巻き戻り、鰭を切り裂かれたエグゾダイバーが校庭に
ライアとゾルダを下ろす瞬間にオーディンはその姿を現した。
エグゾダイバーが戦闘不可能になったことにより、サバイブの変身が
解除されたライアに、戦う術はもう残されていなかった。
「くそっ...ここまでか」
「いや!まだだ!」
命運尽きた二人のライダーの最後の悪足掻きすら届かない圧倒的な力。
それほどまでに、サバイブ~無限~の持つ力は凄まじかった。
「Final vent」
そして、結末は定められた運命へと天秤を傾ける。
「最強はこの私だ!」
勝ち鬨を上げたオーディンの背後には何も残されていなかった。
ゾルダとマグナギガの残骸も、ライアのバイザーの残骸すらも全てが
永遠の混沌の中へと消え去ってしまった。
「優衣...」
北岡秀一と手塚海之が姿を消した廃校の校庭に神崎士郎が現れた。
「今回は俺に任せてくれるんじゃなかったのか?」
「気が変わった。今回はどうやらオーディンで事足りたようだ」
背後から今まで静観を決め込んでいた城戸真一が音もなく士郎の
横へと姿を現し、地面に落ちているサバイブのカードを拾い上げた。
「残り7人か。もう手を出すなよ?俺が愉しめなくなる」
「好きにすると良い」
そう言い残した神崎士郎は再び音もなくその姿を消した。
「クククク....真司...お前が大切にしている全てを壊す時が来た」
「神崎優衣も、お前の仲間も全て俺が殺してやるよ...」
仮面ライダーライア/手塚海之、死亡
第二十四話 遺志と意地
「北岡秀一は、ライダーバトルから脱落した」
「嘘だ...そんなの...嘘だ...」
秀一がオーディンによって葬られた翌日、神崎士郎は主の帰還を待つ
由良五郎の元に現れ、残酷極まりない真実を伝えた。
秀一に全幅の信頼を置く吾郎にとって、その死は到底信じられること
ではなかった。
「なんで!なんで先生が死んだんですか?!相手は、相手は誰なんだ!」
「北岡が戦っていたのはライアだ。先に仕掛けたのは北岡だった」
「....先生は、どう戦って...死んで行ったんですか?」
「これを見ろ」
ガックリと膝を落し項垂れている吾郎を促した神崎士郎は、秀一の
事務所にある大型テレビに自らの手をかざし、ゾルダとライアの戦いの
様子を写しだしたのだった。
どこかの廃校で戦っている二人のライダーは一進一退の攻防の末、
ライアがゾルダのガードベントごとファイナルベントを直撃させた事で
一応の決着を迎えようとしていた。
しかし...
「なっ!?」
あろうことかライアがゾルダの肩を支え、戦いを止めて現実世界に帰還
しようとしたとき、二人のライダーが姿を現した。
黒い龍騎とオーディンによく似た緑色のライダーだ。
そして、その二人のライダーは身動きの取れないライアとゾルダに対して
ファイナルベントを直撃させ、あっという間に葬り去ったのだった。
「嘘、だろ....」
「これが真実だ。龍騎とミラージュ、緑色のライダーがお前の主を殺した」
ギリリと奥歯を噛み砕くような歯ぎしりを立てた吾郎は、内心では
少なくともあれほど秀一に戦いを止めるように説得していた城戸真司が
自らの仲間諸共秀一を葬り去るとは到底思えなかった。
しかし、秀一が死んだ事はもう変えようがない真実になってしまった。
ならば、相手側にどのような事情があれ、自分は秀一から任された
自分の役割を果たさなければならない。
秀一を蘇らせ、彼の身体に巣喰う病魔を全て取り除くという秀一が
かつて望んだ願いを自分が叶えなければならない。
その為には、まずこの男を利用して戦いの最後まで生き残らなくては
ならない。吾郎の脳裏に秀一から託されたある物の存在が浮かんだ。
「神崎さん...なにか、なにか先生の遺品は...ないんですか?」
「ない。だが...奴が契約したモンスターなら、まだ存在している」
「お前が望むのなら、マグナギガの元に連れて行こう」
「お願いします」
士郎の提案を疑う事なく受け入れた吾郎は、近くにあった姿見の中へと
入っていった士郎の後を追っていった。
~線路沿いの道路~
自宅へ帰る道を歩きながら、仲村創はポケットの中にあるタイガの
デッキを固く握りしめていた。
二日前、香川の家でこれからの方針を話し合った際、信じられない事に
自分の口から東條のデッキを譲ってくれと言う言葉が香川に向かい、飛び
出したのだった。
驚いた事に香川も東條のデッキを使うつもりだったらしい。
しかし、香川の方がサイコローグもオルタナティブも自分より遙かに
上手く使いこなせるという理由で無理矢理自分がタイガのデッキを使う事を
認めさせたのだった。
「はぁ...俺もバカだよな」
「張り合う相手の東條はもういないってのにな...」
いけ好かない奴のデッキを後生大事にしようとする自分の気持ちが
今でも理解できない。だけど、今まで東條へ抱いていたどの感情よりも
ずっとしっくりくる想いが今の自分の心の中に溢れている。
(東條。お前の力を貸してくれ)
疑似ライダーとして今までライダーとしての戦いに関わってきた自分と
違い、東條は最初からライダーとしての覚悟を決め、ライダーバトルに
身を投じていた。
アイツの英雄になるという考え方は分からない。理解すら出来ない。
だけど、
「待ってろ神崎。英雄(おれたち)がお前の野望を必ず打ち砕く!」
固く握りしめた拳と共に決意を新たにした仲村は、ミラーモンスターが
現れる前の独特の金属音を耳にしたと同時に、ポケットからデッキを出す。
「お前、仲村創だな」
「秋山、蓮....」
全身を黒いコートで覆った男がバイクから降り、剣呑な視線で自分を
睨み付ける。以前ミラーワールドで遭遇した時と比べ、遙かに纏う空気が
重々しく、より刺々しいものへと変化している。
「戦え」
「ああ」
夕日が落ち、夜が星を引き連れる時が来た。
この戦いが終わるとき、どちらか一人が命を落とす。
そんな漫然とした予感が仲村の脳裏をよぎった。
「変身!」
「変身!」
バイクのサイドミラーにデッキを翳した二人のライダーは、吸い込まれる
ようにして戦場をミラーワールドの中へと移したのだった。
~ミラーワールド~
落日のミラーワールドにおける今回の戦場となった場所は、広大な
面積を持つ線路だった。
不意打ちと奇襲に一日の長があるタイガにとって、見晴らしが良く、
隠れる場所が全くない線路という戦場は些か不利な条件と言える。
対する秋山蓮が変身するゴルトフェニックスの力の一端を持つ眷属の
力を与えられたミラージュにとって、相手を見失わないこの戦場は
まさに最高の戦場と言えた。
「Trick vent」
攻撃一辺倒のタイガが最も苦手としているのが、攻守共に取れた
バランスの良いデッキを持つライダーである。
かつて蓮がナイトだった時は、スペックで勝っているという利点が
存在していたものの、ダークウイングがガルドミラージュに倒され、新たに
蓮がガルドミラージュと契約した際に、その利点が潰されてしまった。
ガルドミラージュが司るのは蜃気楼、即ち幻影である。
故に、ミラージュのトリックベントの数値はAP3000という破格であり、
タイガはミラージュの分身7体を相手取り無謀な消耗戦を強いられていた。
「Advent」
なんとかデストバイザーで三体の分身を破壊したタイガはデッキから
アドベントのカードをベントインし、デストワイルダーを召喚する。
「Advent」
ミラージュもそれに対応するように、ガルドミラージュを召喚し、
分身と共にデストワイルダーを迎撃させる。
「....」
「....」
この時点で、互いに残されたカードは残り四枚。
互いに実力が伯仲しているのならば、勝敗を決するのはカードを切る
順番しかない。
「Sword vent」
先に仕掛けたのはミラージュだった。
緑色の鮮やかな刀身を持つ不死鳥の炎の力を宿した片手剣を振るいながら
タイガへと敢然と斬りかかっていった。
ミラージュの猛攻を受けきれないと判断したタイガは、未だに乱戦を
繰り広げているデストワイルダーの加勢に向かう為、敢えて背を向けて
逃亡を始める。
タイガ同様デストワイルダーも窮地へと追い込まれていた。
ミラージュのトリックベントによる残り4体の分身を吸収し、自らの力に
変換したガルドミラージュは、その姿を蜃気楼のように捉え所のないもの
へと変化させ、デストワイルダーが捉える事の出来ない猛スピードで
猛攻を掛けていた。
深く抉られ続けるデストワイルダーは溜まらず逃亡を選択する。が、
「Freeze vent」
契約主であるタイガのアシストにより、強制停止させられた憎い相手の
頭部に、線路のレールにめり込むくらいの全力の一発を叩き込む。
「くっ!」
一転して劣勢に立たされたミラージュは躊躇う事なく撤退を選択するが、
逃げる獲物をみすみす見逃す虎はミラーワールドの中にはいなかった。
「Final vent」
デストワイルダーが奇襲攻撃を行い、タイガの元へと相手を引きずり
デストクローを腹部や背中に突き立てるクリスタルブレイクは技の特性上、
デストワイルダーがタイガの元まで行かなければ技が決まらない為、引き
ずられる最中にデストワイルダーを攻撃するなりして怯ませればファイナル
ベントが中断される為、比較的成功率が低いファイナルベントだった。
「グアアアアアアアア!!!」
既にミラージュの背骨にはデストワイルダーの鋭利で鈍重な爪の一本が
深々と筋肉を貫き、突き刺さっている。
凹凸の激しい線路に敷き詰められた石の上に全身を押しつけられ、
引きずられる激痛により、ミラージュはデストワイルダーを怯ませる
迎撃行動はおろか、数秒後に到来する死の未来を回避する事すら
出来ない非常事態に陥っていた。
「文句はないよな?先に仕掛けたのはお前の方なんだから...」
ぞっとするような声音と同時に、タイガのデストクローがミラージュの
心臓を貫く。
しかし、
「くっ!分身か!」
いつの間にか本体と入れ替わっていた分身がタイガの魔手の身代わりと
なり、当然ミラージュはまんまとタイガから逃げ果せる事に成功した。
(撤退だ。丸腰のままここに残るのは危険過ぎる)
そう判断した仲村創は余計な事を考える事なく、近くにあったカーブ
ミラーから現実世界への帰還を果たしたのだった。
~~~
「はぁ...はぁ...はぁ...」
苦虫を噛みつぶしたような顔をしながら、ミラージュは逃げ果せた駅の
ホームの中で荒い息を吐きながら、現実世界へ戻る為の鏡を探していた。
「クソッ!」
デッキから取り出したファイナルベントのカードがフリーズベントの
影響下を脱した事を示すように光り輝く。おそらくタイガは撤退を選択
したのだろうとアタリをつけたミラージュは近くにあったガラス窓に
手をかざし、いつもと同じように現実世界へと戻ろうとした。
「!!」
だが、信じられない事に目に見えない何かが自分の身体に物凄い勢いで
衝突し、車のような激しい衝突の衝撃にミラージュの身体は宙を舞う。
「ガハッ!」
誰だ、誰が俺を襲ったんだ?!
既に使えるカードは半分にまで削られている。
ガードベント、コピーベント、ファイナルベント。
もし相手が自分が予想しているのと寸分違わぬ戦略をとるのならば...
「恵里ッ!俺はッ!」
遅ればせながらデッキからファイナルベントを引き抜いたミラージュは
杖型のバイザーにそれをベントインしようとしたところを...
「Final vent!」
クリアーベントで姿を消したベルデのファイナルベントに絡め取られて
しまったのだった。
視界が逆転し、5度ほど回転したあと空高く舞上げられたミラージュの
頭はそのまま固い線路のレール上へと叩き付けられた。
「....」
物言わぬ死体となったミラージュの身体が徐々に消滅を始める。
それを何の感情も宿らない瞳で一瞥したベルデはミラージュのバイザーで
そのデッキを破壊しようと考えたものの、思い直したように消滅を始めた
秋山蓮のバックルからミラージュのデッキを引き抜き、沈痛な面持ちの
まま、現実世界へと帰還したのだった。
仮面ライダーミラージュ/秋山蓮 死亡。
第二十五話 最後の一人
~401研究室~
「では、これより我々の次の目標を発表します」
東條の死亡から一週間後、香川英行は仲村創と佐野満を招集し、次なる
指令を開口一番発令した。
「我々が次に倒すのは、仮面ライダーオーディン及びリュウガです」
「...」
満も仲村も厳かな面持ちで香川の言葉に耳を傾けている。
当然だ。現時点で未だに生存しているライダーの実力とカードの内訳は
既に殆ど知られている。
浅倉の死後、目下の脅威は北岡秀一と城戸真司だったが、北岡秀一は
神崎士郎の謀略で命を落とし、城戸真司は今の所非戦を貫き続けている為、
消去法とは言え、オーディンとリュウガを香川が選択するのは当然だった。
オーディンに対して決定的な一撃を与えられる術を香川英行は現時点では
所持していない。虎の子のコールサモンも契約していたサイコローグの
爆散と同時に消滅してしまった。
しかし、この三人であれば未だに未知数の実力を誇るリュウガを葬るのは
容易いと香川が考えるのは無理からぬ事でもあった。
「先生、オーディンとリュウガはどんなライダーなんですか?」
「そうですね。今、そのライダーの画像を印刷します」
自分のパソコンのフォルダの一つから過去のミラーワールドで交戦した
オーディンとリュウガの画像を香川は二部コピーした。
香川から渡されたコピーを受け取り、未だ対戦した事のないライダーの
画像をしげしげと見つめた満はなにやら深く考えこむような素振りをした。
「佐野君?」
「ああ、すいません」
「それで?先生はいつこのライダー達と交戦したんですか?」
「佐野君が仲間になる一ヶ月半前ですよ。丁度半年前です」
オーディンとリュウガの手の内を知らない満に香川と仲村は自分達が
知りうる範囲でオーディンとリュウガの情報を満に教え始めた。
「先生、まずは先に俺から話しても良いですか?」
「構いませんよ」
「よし。佐野、お前は何から聞きたい?」
「えっと、じゃあリュウガって奴の戦闘力と狙いを教えてください」
「ふーむ...。あまり気負わせたくないから言いたくはないんだが」
「リュウガは恐らく先生と互角の強さを持っていると思う」
「一ヶ月半前、コアミラーを破壊しようとしたときの話を以前したな?」
「はい。でも、邪魔が入って出直す羽目になったって聞きました」
「そう、その邪魔をしたのがリュウガという黒い龍騎だ」
「お前が高く評価している城戸真司と瓜二つの戦い方をする上に」
「契約している黒い龍の吐く炎は全てを石に変える力を宿している」
「俺が思うに、あのライダーは神崎士郎の左腕だな」
「先生の反応速度以上の速さと怪力で暴れる厄介な敵だよ」
「弱点らしい弱点はない...と?」
「今の所はな。ちなみにオーディンもだ」
仲村からリュウガについての分析を聞き終えた満は香川にオーディンの
能力について問いただそうと考えたが、結局無意味な事だと考え、開き
かけた口を閉じる事にしたのだった。
「佐野君?」
「先生。俺、頭の中に浮かんだ作戦をまとめてきます」
「...ほう。では、全力で考えてください」
「私はそれを全力でサポートしますから」
「ありがとうございます」
そう言い残した満は研究室から退室し、一人静かな場所で今し方
思いついたリュウガ攻略の為の布石に関する自らの策をまとめるべく
空き教室へと歩き出したのだった。
「さて、仲村君。本当にいいんですか?」
「ああ、俺が東條のデッキを使うことですか?」
「ええ。本来なら君はタイガよりもオルタナティブの方が使い慣れている」
「それに...私も東條君に対して深い思い入れがあるものですから」
あの日、香川の家で開かれたミーティングで佐野を先に帰した後、
仲村がタイガのデッキを使う事に香川は猛反対した。
疑似ライダーは神崎士郎のライダーバトルのデメリットを背負う事なく
ライダーバトルにライダーと遜色ないスペックで参戦できる優位性を
持っている。
仲村が言っている事は本末転倒に他ならない。
自らが持つ安全を捨ててまで他のライダーと同じ土俵に立った上で、
ライダーバトルに参加し、命を軽々に放り投げようとする事に一体どんな
意味があるというのだろう。
だから、香川はあえてそのことを仲村創に問いただした。
香川の問いに、仲村は要領を得ない答えではあるがこう答えた。
「確かに先生の言う事の方が正しいと思ってます」
「でも、こればかりは先生に言われても譲れないんですよ」
「東條が男を見せて、意地を張ってミラーワールドの戦いで死んだんだ」
「我ながら馬鹿げたこと言ってるなとは思ってるんです」
「だってこれは結局の所、蛮勇でしかないんだから」
「けど、アイツが死んでも尚、俺は東條に負けたくないんです」
「アイツがタイガのデッキを使い、命を落としたのなら」
「俺はタイガのデッキを使って、最後まで生き残ってみせる」
「誰の為でもない、アイツを超えたいと思う自分のプライドの為に...」
仲村の言葉に何も反論できなくなった香川は、その主張を認め、仲村の
持つタイガのデッキとオルタナティブのデッキを交換したのだった。
「先生。前にお話ししたとおりです。俺は自分の意見を曲げません」
感傷を振り払うように仲村は香川に意見を言わせる事なく、かねてから
考えていた自らの策を香川へと述べ始めたのだった。
「香川先生。オーディンに対抗する例の作戦なのですが」
「そうですね。一応、我々の陣営には契約のカードが二枚あります」
「試してみる価値も、時間も今しかありませんしね」
仲村が香川に献策したオーディン打倒の為の策とは、ミラーワールドに
未だ潜む不死鳥型モンスターの三体を捕らえ、融合し、ゴルトフェニックス
と同等の力を持つ合体型モンスター、ジェノサイダーを生み出す事だった。
「しかし、仲村君。私が目にした神崎君の資料には...」
「ええ。モンスターを合体させるカードは存在していない。ですよね」
「だったら...コイツで一か八かの可能性に賭けてみましょう」
「サバイブのストレンジベントですか...」
仲村が取り出した烈火のサバイブのカードを見つめた香川は、それでも
首を縦に振る事はできなかった。
確かにサバイブの力はライダーを強化するというだけあり、とてつもない
力を秘めていた。
かつて王蛇サバイブが用いたストレンジベントというカードがあった。
使用すると様々なカードに変化する効果を持つこのカードは、状況に
応じて使用者が最も望むカードに姿を変える特性を持っている。
仲村が主張しているのは、まさにその特性だった。
ガルドミラージュ、ガルドサンダー、ガルドストームの三体を契約し、
手元に揃えた状態で、ストレンジベントを使い、この三体を合体させる
カードを呼び出して合体させるという、ある意味ご都合主義にも程がある
考え方だが、現状オーディンの契約しているゴルトフェニックスの力に
対抗するにはこちら側もそれと同等の力を持っていなければ話にならない。
だが、仲村はその融合条件というものを失念していた。
仮に仲村の仮説を正しいと仮定した上で、その仮説を自分達が100%
実現させなければならないときに何を知り、その上で何を調整しなければ
ならないのかを仲村は頭に入れていない。
融合条件における契約獣の合体制限数や融合後の性能テスト、融合に
おける融合対象の選択優先順位、いや、それ以前に神崎士郎がこちらの
狙いを察知した上で、例の不死鳥型のモンスター達を自分達の目の届かない
所へ引っ込める可能性だって否定できない。
「っ...どうすりゃいいんだよ...」
後一手、後一手が足りない。
仲村も香川が果たして何を考えた上で自らの策に否定的なのかを
理解しているが故に、このまま突き進めば良いのかを考えあぐねている。
だが、その後一手が自分達の手の中にあろうことか自ら飛び込んで
来たのだった。
勢いよく開く扉と威勢良く飛び込んできた青年がそこに立っていた。
「あのっ!すいません!」
「蓮を!俺の仲間が今どこにいるのか知りませんか?」
天啓の如くその姿を現したのは、城戸真司だった。
~~
「お前、また来たのか...」
呆れたように呟く仲村だったが、その隣では香川が驚いたように
その口をぽかんと開けていた。
「なんだ、お前の仲間ってあれか?あの黒ずくめの兄ちゃんだろ」
「そう!ソイツだよ。なぁ、どこで会ったんだ?」
「電話しても連絡が取れなくて心配で心配で...」
どこか無理をしているような真司の状態にいつもは無愛想な仲村も
今回ばかりは邪険にすることなく、真司を空いている椅子に座らせ、
冷蔵庫の中にある缶ジュースを真司に勧め、話の先を促した。
「まぁ、落ち着いて話を聞かせてくれ」
「俺達も今忙しいんだ」
500mlの缶ジュースに口をつけた真司は、意を決したようにゆっくりと
その口を開き、今まで自分達の身の回りで起きた出来事を語り始めた。
「....という訳なんだよ」
「そうか。大体分かった」
真司の話が一段落付いたところで、仲村は自分の頭の中でこれまで
真司とその仲間が遭遇してきた事態をまとめていた。
まず浅倉を倒す少し前に、真司の仲間である秋山蓮がミラーモンスターに
葬り去られた自らの新しい契約獣を探す為、仲間と共に自然公園へと赴き、
鳳凰型モンスターであるガルドミラージュの再契約に成功したこと。
そして、浅倉を倒したその直後あたりに秋山蓮の恋人が病気で死に、
同じ日に真司の仲間である手塚海之が消息不明になり、その二週間後、
仲村にとってはつい昨日の話だが、秋山蓮が行方不明になってしまい、
真司はいなくなってしまった二人の仲間の行方を捜し続けているという
内容だった。
「城戸さん。いいか...落ち着いて聞いてくれ」
「実は、俺は昨日その秋山蓮って奴に会ったんだ」
「本当か!どこで会ったんだよ?」
思わぬ情報に目を輝かせながら真司は食いついた。
しかし、仲村の浮かべた沈痛な表情に考えたくない最悪の未来を
垣間見た真司の顔は暗いものへと変わっていった。
「線路沿いの一方通行の道路だ。それで、戦えとアイツに言われた」
「あの時の君の友達は...その、無理矢理戦おうとしていた」
「まるで何かを戦うことで忘れようとしていた感じだったと思う」
「強かったよ。逃げるのが精一杯だった」
「秋山は最終的に自分の分身を作り、俺から逃げ果せた」
「それ以降のことは、俺の口からはなんとも言えない」
「いや...そうだったんですか」
一瞬、仲村が蓮を殺したのではないのかというよからぬ想像が脳裏に
浮かんだ真司だったが、もし仮にそうだったとしても、あの時の蓮は最愛の
恋人の死で冷静さを失い、まともな判断を下せるような状況ではなかった。
そもそも手塚に促されて優衣と共に花鶏に帰らず、蓮に何を言われようと
その側にいてやれなかった自分が悪いのだと無理矢理納得させ、平静さを
保つことを真司は選択した。
「すいません。じゃあまた俺他の所を探しに...」
最も可能性が高い香川研究室の聞き込みが空振りに終わった以上、ここに
留まっても何も始まらないと思考を切り替えた真司は鉄砲玉のように
研究室を後にしようとした。
「待ちなさい」
しかし、今まで沈黙を保っていた香川の一声に真司は足を止め、背後を
振り返った。
「城戸さん。佐野君が貴方に会いたがっていますよ」
「今、彼を呼び出すので差し支えがなければ少し待っていただけますか?」
「えっ...ああ、はい」
佐野満。
かつて一度しか邂逅していない相手ではあったものの、真司にとっては
数少ないライダーバトルに否定的な立場を取っている初めての第三者的な
立場をとるライダーバトルの参加者。
機会があれば、一度腰を据えてゆっくりと話をしたいと感じていたのだが
それが出来ない程、自分の近辺の状況は目まぐるしく変わってしまった。
「もしもし、佐野君ですか。ええ、貴方にお客さんが来てますよ」
「はい。401研究室に来て下さい。大至急。はい、それでは」
香川が電話を切り、真司に満が来ることを教える。
そして五分後、城戸真司は佐野満と数ヶ月ぶりの再会を果たした。
~~
香川の電話を受け、急いで考え事を切り上げ研究室に戻った満の視界に
懐かしい相手の姿が飛び込んできた。
「城戸さん。お久しぶりです。お元気ですか」
「ああ。久しぶり。そっちも元気そうで何よりだよ」
少しやつれたものの、見る者を安心させる笑顔を浮かべる真司との
再会に満の顔も自然と本心からの笑顔を浮かべる。
「どうですか?怪我とかしてませんか?」
「まぁ俺は大丈夫だけど...蓮と手塚がいなくなっちまった」
「えっ?」
「ここに来たのは、ここの人達が二人の行方を知らないかなって思ってさ」
「佐野君知らないかな?蓮と手塚のこと」
「いえ...俺があの二人に最後にあったのは一ヶ月前くらいで....」
「それから今日まではあの二人とは会ってません」
「そっか...」
最後の希望が断ち切られた真司は、がっくりと項垂れて机の上に
突っ伏した。
満はそんな真司に追い打ちを掛けるようで気が引けたものの、かねてから
聞きたいと思っていたことを尋ねることにした。
「城戸さん。実は俺、城戸さんに聞きたいことがあるんです」
「え?聞きたい事ってなにさ?」
「先生。お願いできますか?」
「ええ。デッキを私に渡して下さい」
あっけにとられる真司を横目に、満は香川に自分のデッキを渡し、香川は
特製の機械にそのデッキを挿入し、浅倉と交戦した日の戦闘データを
パソコンにダウンロードし始めた。
「少し時間が掛かるので、佐野君の質問を私からさせて頂きます」
「城戸さん。先日私達は浅倉威と交戦し、彼を打ち破りました」
「ええっ!じゃあ香川さん達が浅倉を倒したんですか?!」
驚きを隠せない真司に首肯した香川は、口を挟みたくて仕方がない
真司の口を塞ぐように次から次へと言葉を継ぎ足していった。
「はい。私と東條君...東條君は浅倉と相討ちになりましたが」
「浅倉と私が戦闘している間に、佐野君と仲村君も戦っていたのです」
「ゾルダと、その忠実な手下とね」
「浅倉と違い、ゾルダと手下は取り逃がしてしまいましたが」
「その戦闘中にとある乱入者が現れ、佐野君に攻撃を仕掛けてきたのです」
「その乱入者というのが....」
香川の言葉に被さるように、パソコンの電子音が動画のダウンロードの
終了を告げるアラームを鳴らした。
「城戸真司さん、貴方の変身するライダーに瓜二つなんですよ」
アビスのデッキからあの日の戦闘データをパソコンにインストールした
香川は事情が掴めない真司にその動画を見せた。
「なんだよ...これ?」
真司の動揺も最もだった。
なにせ自分が身に覚えのない事をしているどころか、意味不明な事を
アビスに言い放って狂ったように襲いかかっている。
「いや、こんなの俺知らないですよ...えっ?だって」
「なんだよ?俺は本当のシンジの片割れだ。って...」
慌てたように真司が自分のバッグの中から龍騎のデッキを取り出す。
特に変哲のない神崎製のカードデッキがそこにはあった。
手にしたからと言って自分の性格が豹変したり、神崎士郎に洗脳される
とかそういった事は何一つ起きていない。
香川はこの様子からして、恐らく真司はシロだという見当をつけた。
だが、仮にここにいる真司が本物だとして満と交戦したあの龍騎は
一体何者なのだろうか?
「あっ!そうだ。俺からも聞きたかった事があるんだよ」
アビスと龍騎の交戦を見守っていた仲村が慌てたように香川の机から
一枚の写真を取り出し、真司の座っているデスクの上に置く。
「この写真なんだけどさ、写真の日付の日に神崎士郎と出会ったのか?」
それはまだ東條が生きていた頃、浅倉を討つと誓ったあの日に前後した日に
香川が放った密偵によって撮られた写真だった。
真司に何かを手渡す瞬間を捉えた決定的スクープの瞬間だったが、
果たしてこれを認めるか認めないかで、この先の展開が大きく変わる。
「いや、なんだこれ?」
「えっ?神崎が俺に何かを渡してる?」
神崎士郎が自分に何らかのカードのようなものを渡している写真に
真司は首をかしげ、その現実を否定するしかなかった。
(おかしい。ここまで証拠が揃いながら、彼は頑として事実を認めない)
(いや、事実を認めないのではなく...ひょっとしたら事実ではない?)
(つまり、城戸真司と瓜二つの存在がライダーバトルに参加している?)
その仮説に至ったとき、香川は最後の決め手となる写真を真司に渡した。
「城戸さん。この黒い龍騎は、貴方ですか?」
「いやいやいや...えぇ...違いますよ。初めて見ました」
「ふむ...」
真司の答えにより、香川研究室の面々はそれぞれが朧気ながらも龍騎の
偽物がリュウガという存在であり、神崎士郎と手を組みライダーバトルの
勝者になろうと企むいわばミラーワールド側のライダーがリュウガである
という共通の見解に辿りついた。
真司の外見に似せた理由は不明だが、まずはリュウガ攻略の一端を
垣間見れただけでよしとしよう。
「あの、香川さん?」
「ちょっと黙ってて下さい」
恐る恐る口を開いた真司をピシャリと撥ねのけた香川は、今のやりとりで
得られた有益な情報を元に、リュウガをあぶり出す方法をいくつか考案し、
それの簡単な見直し作業に没頭していった。
「城戸さん。こちらに」
自分達が香川が考えをまとめる邪魔になると考えた満と仲村は怪訝な
顔をしている真司を隣の空き教室へと連れ出した。
「なんだよ。事情が良く掴めないんだけど」
「俺、なんか悪い事しちゃった?」
「そんなことないですよ」
仲間を失い、自らのあずかり知らぬ所でライダーバトルに介入している
自分と瓜二つの存在に少なからずショックを受けた真司の肩に満は自分の
手を置き、何とか慰めようとした。
「城戸。これは忠告なんだが」
「恐らく残りのライダーが真っ先に狙うのは、おそらくお前だ」
「えっ?」
仲村も香川が次に取ると思われる一手を推測しながら、他のライダー達に
自分達に協力してくれる強力なライダーを奪われる前に、迅速な説得を
試み始めた。
「俺達の陣営は、既に3人のライダーを倒している」
「白鳥、サイ、蛇の契約獣と契約しているライダーだ」
「嘘だろ...じゃあ、美穂は」
「...言いたくない事だが、王蛇を倒した東條に殺されたと思う」
信じたくない現実を知ってしまった真司は、力なくへなへなとその場に
崩れ落ちてしまった。
満はかつて自分が香川研究室に初めて来た際に、ガイを殺した以前の
ライダーについて東條が言及していた事を思い出した。
そうか...
東條が一番最初に殺したライダーは真司の大切な存在だったのか。
「...東條のした事は殺人だ。決して許される事ではないと思う」
「ああ...だから、だから言ったのに...復讐するなって」
「俺が...俺が...必ずお前を止めてやるって言ったのに...」
「馬鹿野郎...なんで、なんで先走っちまったんだよ....美穂」
瞳から大粒の涙をこぼしながら、それでも真司は懸命に感情を抑える。
「城戸さん。その...美穂さんってどんな人だったんですか?」
「ああ....バカで嘘つきで直情的で素直じゃない女詐欺師だったよ」
「でも....浅倉に殺された家族を、蘇らせようとして一生懸命戦ってた」
「何度も助けようとしたんだ....でも、アイツは復讐に凝り固まってて」
「止めてくれって...お前を失いたくないって...言ったのに...」
堪えきれず、机に突っ伏した真司は悲しみの涙を流し続けた。
自分にさえ手を差し伸べた真司の事だ。
救おうとして、何度も共闘した間柄の相手がもう二度と自分の手の
届かない場所へと旅立ってしまったことに、本気で悲しんでいるに
違いない。
多分、あの秋山蓮が消息を絶ったときもきっと今と同じような状態に
陥ったのだろう。
「城戸。東條は確かに頭のおかしいキチガイ一歩手前の人間だったよ」
「でも、アイツは最後に自分の命と引き替えに浅倉を討ったんだ」
「東條のした事は正当化出来ない。君の涙の元凶はアイツだからだ」
「だけど...100%ある内の1%だけでもいい。アイツを許して欲しい」
「アイツも君と同じような事を考えてこの戦いに命を賭けていた」
「もし、それでも君が東條を許したくないと思うのなら...」
涙を流し、懸命に怒りの感情を封じ込んでいる真司の目の前に仲村は
タイガのデッキを置き、その左手に持った金槌を真司の右手に握らせる。
「このデッキを壊して、ここから出て行ってくれて構わない」
「良いんだな?」
ぞっとするような声音で真司が仲村に確認を取る。
「ああ。東條はもう死んだ。君の復讐に俺は手を貸す事は出来ないが」
「東條が一番大切にしていた『誇り』を君は壊す権利がある」
「さぁ、やるなら....やれ」
仲村の言葉に、決心を固めた真司は躊躇いながらも自分の頭上高く
ハンマーを振り上げ、そのままタイガのデッキへと振り落とした。
ガァアアアアアン!
目を閉じながらも、事の成り行きを見守っていた満は、目を開けた時
タイガのデッキのすぐ隣の机の面が陥没している事に気が付いた。
「俺は...俺はァッ....!」
「許したくなんかない!でも、でも!」
「美穂は...美穂は...もう、戻ってこない!」
「だから、だから俺はァッ....」
「この戦いを必ず終わらせてやる!終わらせてやるんだ」
「もう、ライダーがこれ以上誰一人として死なない為に!」
葛藤の末、城戸真司は自分の中にある誓いに殉じることを決意した。
ミラーワールドを閉じ、これ以上ライダー同士が戦わないで済むように
する為に自分は戦うのだと決意を改めた。
「城戸さん。力を貸して下さい」
「俺達はオーディンとリュウガを討ちます」
「残っているライダーは俺達を含め、あと6人です」
「オーディンを倒す為に、城戸さんの力が必要なんです」
「だから、この通りです。お願いします」
深々と頭を下げた満を驚いたように見つめた真司は、躊躇う事なく
笑顔を浮かべ、その答えを出した。
「ああ。俺の方こそ、よろしく」
第二十六話 ユナイトベント
~ミラーワールド~
香川英行が城戸真司を自らの陣営に引き入れたのと時を同じくして、
神崎士郎は自らに忠実なライダーを一人手に入れる事に成功した。
由良吾郎。かつて仮面ライダーゾルダだった男の秘書だ。
傷害致死で起訴されただけあり、吾郎の腕力は浅倉には一歩劣るものの
暴力を振るう事への躊躇いのなさと仕える主が死んだ後も、その不変の
忠誠心でライダーバトルを戦い抜く事を決意した男は、最後の一人として
オーディンと戦い、自らが勝利できる可能性を実現させるという契約の元、
神崎士郎の軍門に降ったのだった。
「先生...」
神崎士郎と共にミラーワールドに足を踏み入れた吾郎は、自分の視界に
呆然と空を見上げているマグナギガを捉えた。
既にベルデに変身している為、いつでも臨戦態勢には入れる。
「クリアーベントを使えば気が付かれずにマグナギガの背後を取れる」
「さぁ、行け」
命令とも取れるが、それ以上に良い策が思い付かないのも事実だ。
吾郎はクリアーベントを使い、マグナギガの背後に忍び寄る。
そして、デッキから予め抜き取った契約のカードをマグナギガの背中に
突き刺した。マグナギガは無抵抗のままカードに吸い込まれた。
「....」
吾郎の胸中に複雑な思いが溢れる。
しかし、秀一が死に残りのライダーがあと六人という状況下で吾郎が
自分の勝率を少しでも上昇させ、秀一を蘇らせるにはこうするしか
方法がないのだ。
マグナギガとの契約を済ませた吾郎は士郎に促され、ミラーワールドを
脱出し、誰もいない廃墟の中で士郎との打ち合わせを再開した。
「これでお前の所持するモンスターは三体に増加した」
「ベルデのデッキにおけるバイオグリーザとマグナギガ」
「そして、秋山蓮から奪ったデッキにおけるガルドミラージュ」
士郎が吾郎から取り上げたミラージュのデッキをコートの中から
取り出し、その中にあるカードを取り出す。
「私からお前に与える選択肢は二つある」
「一つはベルデのデッキとミラージュのデッキの複数使用の許可だ」
「もう一つはデッキを一つに絞り、使えるカードを増加させる許可だ」
ここで神崎士郎の勝利条件を整理してみよう。
香川のオルタナティブを除外した上で残りのカードデッキを数えると、
タイガ、アビス、龍騎、ベルデ、オーディン、リュウガ、ミラージュの
七つが現存している事になる。計算すると両陣営ともにそれぞれが半分の
カードデッキを保持している。
しかし、戦力差はこの時点で明確である。
リュウガとオーディンとタイムベントが士郎の手中に存在する限り、
香川陣営がどのような策を弄したとしても、神崎士郎を完全な形で打倒し、
ミラーワールドを閉じる事は到底不可能である。
故に、神崎士郎は持てる全ての戦力を費やし、ただ香川陣営に属する
全てのライダーを各個撃破する事に注力すれば良い。
そうすればどんなに時間が掛かったとしても、9割を超える高い勝率で
自らに歯向かう香川英行を葬り去る事は不可能ではない。
例え神崎優衣が自らに与えられる新たな命を受け入れる事を拒んだと
しても、ライダーバトルの期限まであと半年残っている。
どんなに優衣が命を拒んだとしても、それまでに例え優衣の意思を全て
無視したとしても、士郎は優衣に新しい命を与えるつもりだった。
そして、その為のライダーバトル必勝の策を練る事を士郎は怠らない。
「神崎さん。後者の案について詳しく聞かせて下さい」
「良いだろう」
沈黙を破った吾郎の発言に厳かに頷いた士郎は自らの提案を目の前の
ライダーへと語り出した。
「今、お前の手元にはベルデとミラージュのデッキが存在している」
「ライダーは一つ以上のデッキを保持してはいけないことになっている」
「故にお前は主催者である私にどちらか一つを返納しなければならない」
「だが特例として、返納する際にお前は契約モンスターを選択し直す事が出来る」
士郎の理屈を理解した吾郎は躊躇う事なくベルデのデッキを士郎に
返却した。
「神崎さん。俺はマグナギガを契約モンスターに選びます」
「そうか」
士郎はベルデのデッキからカードを全て抜き取り、カードの上に自分の
右手をかざし、なにやら複雑な詠唱を始めていた。
一分も経過しない内に、ベルデのデッキからカメレオンの紋章が消え、
なにも契約されていないブランクの状態へと初期化が為されたその後、
マグナギガを象った深緑のカードデッキが士郎の手の上に現れる。
「これを見ろ」
士郎から手渡された12枚のカードに吾郎は目を通した。
「そうですか...そういうことなんですね」
カード左上に刻まれたそれぞれのライダーの契約の紋章、吾郎にとっては
それがベルデのものではあったものの、今し方士郎に渡されたカードの
契約の紋章は全てゾルダのものへと書き換えられていた。
つまり吾郎はこの時点でどのライダーよりも多くのアドベントカードを
保持している計算になる。その数はおよそ18枚の計算になる。
ライダーバトルにおける数の優位性は既に証明されている。
王蛇サバイブに勝利したオルタナティブ・ゼロや、相手のカードを奪い
有用なカードを得ながら戦いを進めてきたタイガの例に漏れず、カードを
多く持つという事は、それだけ自らが戦況を有利にできるということに
他ならない。
つまり、現時点で最も最強に近いライダーに吾郎は成り上がったのだ。
隠密と奇襲に長けるベルデ、遠近距離戦に対応できる高火力のゾルダ、
そしてその両方の長所を兼ね備えるミラージュの力が今の吾郎にはある。
1対1で戦えば、まず特殊カードで裏を掻かれない限りは敗北の可能性は
絶無である。
更に、神崎士郎と手を組んだ事により、もし吾郎が何らかの想定外で
他のライダーに敗れたとしても、神崎士郎にとってまだ利用価値があると
判断された場合は、かつての浅倉威がタイガと対峙した時と同様にタイム
ベントで時を巻き戻され、自分が優勢に戦いを進めていた時間まで時を
逆行させられる恩恵を受けられる可能性も生じている。
烈火のサバイブのカードが香川の手に落ちた以上、またリュウガがいつ
自分を裏切るのかが分からない以上、士郎としては吾郎を贔屓する事に
全力を尽くしたとしても、ライダーバトルの早期解決にそれが繋がるので
あれば、躊躇う事なく踏み切れる。
故に、神崎士郎は由良吾郎に更なる恩恵を与える。
「ユナイトベント?」
「ああ。三体のモンスターを合体させる事が出来るカードだ」
ユナイトベントと士郎が呼んだカードを手に取った吾郎はその瞬間、
ある種の悪寒を感じた。
「これを使えば、理論上はサバイブのカードすら圧倒できる力を得る」
「理論上、とは?」
「後はお前次第と言う事だ」
そう言い残した神崎士郎はあの耳鳴りのする金属音と共に姿を消した。
「待っていて下さい...先生」
たとえ神崎士郎の走狗に成り下がったとしても、必ずライダーバトルを
勝ち抜き、秀一を蘇らせてみせる。
そう固く心に誓った吾郎は、自らが得た新たな力を...かつて己を救った
恩人が愛用していたゾルダのデッキを固く握りしめ、決意を新たにした。
~~~
一方、神崎士郎が奸計を巡らせる中、香川英行は新たに仲間に加えた
城戸真司を交え、これからの方針を語りながら、神崎士郎の策をどのように
突き崩すのかを必死になって考えていた。
満が考えついたリュウガ攻略法と書かれた乱雑に書かれた十数ページに
わたる神崎士郎の牙城を突き崩す策は、確かに一考に値する策だった。
満の策はこうだった。
まず、香川と真司がオーディンを足止めし、その隙に仲村がコアミラーを
量産型オルタナティブ部隊を率いて破壊し、コアミラーの守護を担う
リュウガと満が交戦するという少し頭を捻れば、誰でも思いつく策だった。
しかし、今まで神崎士郎に対する先入観で士郎の行動パターンを推測
しながら戦いを進めてきた香川の目を惹いたのは、満が今まで自分達が
思いもよらない視点から神崎士郎の、オーディンの行動をある程度こちら
の思い通りに動かせるように仕向けるというアプローチだった。
タイムベントの動力源に使われているのがサバイブのカードだとしたら?
もし真司がリュウガに乗っ取られたら、どうすればリュウガから分離を
させられるのだろうか?
タイムベントをオーディンから奪い、ライダーのデッキごと破壊すれば
オーディンはタイムベントを二度と使えないのではないのか?等々、
今までオーディンや神崎士郎と対峙しながら、その牙城を崩せなかった
香川にとって満が捻りだした渾身の策はまさに値千金の価値を持っていた。
「驚いたな...まさかこんなこと考えついてたなんて」
「いやぁ...でも、まだ足りないんですよ。仲村先輩」
まさか満がこんな策を捻り出すとは思いもしなかった仲村が目を白黒
させながら、その作戦が書かれた内容に目を通している。
「凄えじゃん!これなら神崎の暴走を止められる!」
真司は満の背中をバシバシと叩きながら素直に満が考えついた策を
絶賛していた。
「城戸君。神崎優衣さんと連絡を取りたいのですが」
「え?ああ。はい。優衣ちゃんはこの時間帯は花鶏にいると思います」
はっとした顔で何か重要な事を思いついた香川は真司にこの作戦の
鍵を握るであろうキーパーソンである神崎優衣との対談を望んだ。真司も
香川のただ事ではない様子に真剣な面持ちになり、携帯電話を取りだし
優衣の電話番号に掛けたのだった。
3コール後...
「もしもし?どうしたの真司君?」
「あっ、優衣ちゃん!今さ、時間あるかな?」
「優衣ちゃんに話を聞きたいって人がいるんだ。かなり偉い人だよ」
「う、うん。あのね、真司君」
「なんだよ優衣ちゃん?歯切れ悪いよ」
真司の携帯から漏れ聞こえる神崎優衣の声は、まるで何かに怯えて
いるような、そんな声だった。
「あなた、本当に真司君なの?」
「えっ?」
その一言を聞いた瞬間、香川は何かに気が付いたように猛烈な勢いで
破ったノートの切れ端にある一言を書き殴り、それを真司に渡した。
真司は最初、ノートに書かれている事を理解できずにぽかんとしていたが
仲村が神崎士郎に何かを渡されている真司の写真を見た時に、全ての得心が
いった。
「優衣ちゃん。落ち着いて良く聞いて、俺の質問に答えて欲しい」
「今日の俺のTシャツはどんなTシャツだった?」
「えっと...赤と白のサッカーみたいなシャツで...」
「背中の背番号が大きく08って書かれてたよ?」
その瞬間、真司は大きく息を吸い込み携帯電話に思い切り怒鳴った。
「真一!優衣に手を出すな!」
耳をつんざく大声と共に、優衣と真司をつないでいた携帯電話の
通話ボタンが切れた。
遂に未知のベールに包まれていたリュウガの正体が完全に明らかに
なったことに、香川陣営に緊張が走った。
「....話は後っす。とりあえず、今は全員で花鶏に行きましょう」
真司を信用すべきか、排除すべきか?
その考えがありありと顔に出ている二人の仲間を窘めながら、満は
真司を促し、花鶏への道を急ぐのだった。
仮面ライダーリュウガと城戸真一。
はたして真司と真一の関係はいかに?
~~
香川英行とその仲間が神崎優衣がいるであろう花鶏へと向かっている頃、
当事者である優衣は自分の部屋に戻ってきた真司...否、ミラーワールドに
存在するもう一人の真司と相対していた。
「優衣、話がある」
「やっぱり、その呼び方...。あなた真一君ね?」
「ああ。隠すまでもない事だからな。そうだ、真一だ」
ベッドに腰掛けている優衣に平然とそう言い放った城戸真一は
弟である真二が花鶏に付くまでの間の僅かな時間に優衣と語らう事にした。
「神崎の阿呆は、まだお前に新しい命を与える事に固執しているのか?」
「うん。お兄ちゃんはずっとそればかりを考えてるの」
「なまじ頭がいいだけタチが悪いな。ま、俺もアイツの事は悪く言えないが」
自嘲を込めながらも、士郎が行っているライダーバトルをどこか皮肉
めいた表情で辛辣に突き放す真一の顔は邪悪な笑みを浮かべていた。
「なにせ、お前の好意を最大限利用しているのは俺の方だからな」
「約束を守れよ、優衣。なにせお前は...」
「俺を見殺しにして、真二を助けたばかりか」
「俺という存在をミラーモンスターにまで貶めた大罪人なんだからな」
そう言い残した真一は、現実世界の滞在限界時間を告げる身体から
立ち上る粒子を確認した後、優衣の部屋にある姿見の中へと姿を消し、
高らかに笑いながら、疾風のサバイブのカードをデッキへと入れたのだった。
ボスキラーの真司君とボスキャラになったゴロちゃんが香川、神崎陣営にそれぞれ与したところで今日の投稿は終わりです。
スレタイ的にゼール軍団をひきいて佐野が無双する話かと思ったらアビスだったでござる
まぁ貴重な龍騎ssだし最後まで期待してる
保守
まだかよ
うわぁ……一気読みしたんだけどすごいところで止まってる……
てか、もうこれハーメルンとかの小説投稿サイトで連載してもいい線生きそうな気がする内容だよ……
それで、>>1は生きてる?仕事とかが忙しいの?
第二十六話 過去と今と未来
「優衣ちゃん!」
まるで見計らったかのように自分の部屋に真司が飛び込んできたのは、
真一がミラーワールドへと姿を消してから五分後の事だった。
「な、何?真司君、この人達は一体誰なの?」
自分の部屋にずかずかと入り込んだ三人の見知らぬ男に気後れしていた
優衣だったが、真司の口から蓮と手塚が既に命を落としている事と、
これ以上のライダーバトルの長期化を防ぐ為、香川とその仲間の下で
真司がミラーワールドを閉じるべく動いている事を聞いた事により、
やはり自分は生きていてはいけない存在なのだと改めて自覚した。
「ああ。だから優衣ちゃん。ミラーワールドについて知っている事を」
「うん。いいよ。教えてあげる。だけどね」
「ミラーワールドについて教える前に真司君に聞きたい事があるの」
「聞きたい事って?」
「貴方のお兄ちゃんの事、真一君の事を覚えている?」
真一という言葉が優衣の口から飛び出した時、真司は嫌悪感も露わに
露骨にその話題を避けようとした。
しかし、香川は真司が避けようとした話題について、リュウガという
存在に迫る核心部分を語るように強要した。
「城戸君。我々には情報が必要なんです」
「神崎士郎の牙城を崩すには、まずリュウガの攻略が必須です」
「お願いです。どうか、教えて下さい」
「...わ、分かりましたよ。でも、あまりいい話じゃないですよ」
そう前置きした真司は、渋渋ながら自分と真一の過去について訥々と
しゃべり始めたのだった。
「俺には昔、真一って言う名前の一個上の兄貴がいたんです」
「兄貴は小さい時から...なんていうのかな、とにかく乱暴でした」
「小学生の頃から見境なく誰にでも暴力を振るう...その、粗暴というか」
「一歩間違えれば浅倉みたいになるような、危ない人間でした」
「でも、分からないんですけど、真一は俺だけを例外扱いしていました」
「お前は俺の弟だ。だから大切にする。手は上げない」
「一度だけ兄貴とケンカした時に、兄貴からそう言われました」
忘却の霞がかかった記憶をたぐりながら、真司は真一がどのような
末路を辿ったのかを語り始める。
「俺が中三の時、兄貴は刃物で心臓を一突きにされ、命を落としました」
「兄貴に恨みを持つ連中に、兄貴に間違われた俺を庇ったからです」
「俺もその時に頭をバットでぶん殴られ、意識不明の重体になりました」
「俺が兄貴について思い出せるのは、ここまでです」
「なんで兄貴がライダーになったのかまでは、検討がつきません」
真司の持つ情報だけでは、まだ不十分だ。
そう、真司を除く三人は考えた。
何故真司の兄がリュウガとなり、神崎士郎に手を貸しているのか?
そして、その全てを知っているたった一人の証人が、目の前に座る
神崎士郎の妹なのだ。
神崎士郎に介入される前に是が非でも、優衣から情報を引き出せる
だけ引き出さなければならない。
そう判断した三人は、焦りを押し殺しながら優衣に対していくつかの
質問を開始した。
「君と、その城戸さんのお兄さんはどんな関係だったんだい?」
まず最初に口を開いたのは満だった。
「.....」
しかし、優衣は気まずそうに満から視線を逸らし、その質問に回答
することを避けた。
「じゃあ、君は何者なんだ?どうして神崎士郎は君に固執する?」
次に質問した仲村も優衣は冷たく黙殺した。
「優衣ちゃん!答えてくれないと話が前に進まないよ!」
苛立った真司が優衣に二人の質問への返答を促すが、当の優衣は
ただひたすらに沈黙を守り続けるだけだった。
「....」
埒があかない。このまま神崎優衣が口を割らないままだったら、恐らく
そう遠くないうちに、神崎士郎は情報の漏洩を防ぐ為、どのような手を
使ったとしても、必ず自分の妹を攫い、自分の傍に置くだろう。
そうなってしまえば、もうおしまいだ。
だが、香川英行は周到な下準備を怠っていなかった。
「神崎さん。私には息子がいるんですよ」
「これを、見て頂けますか?」
香川は自分のビジネスバッグの中から、細長い筒の中に丸められた
一枚の画用紙を取り出し、それを広げて優衣の視界に入るように広げた。
「それは、香川さんの絵ですか?」
「はい。息子が保育園のお絵かきの時間で書いてくれた私の絵です」
香川の息子が書いたというその絵は、いかにも子供らしい絵であり、
香川の顔の原形すら捉えていない丸と四角の配置だった。
「下手でしょう?でも、私は一目見てこれは私だと理解できたんです」
「何故ですか?」
「この絵には私に対する息子の想いがこもっているから、ですよ」
そう言うと、香川は画用紙をひっくり返し、自分の息子が何を考えて
この絵を描いたのかが説明されている題名を読み上げた。
香川の息子が描いた絵の題名は『パパは家族の味方』という題だった。
「たとえその真意がどれだけかけ離れていようと、本質は変わりません」
「息子にとって私は、家族を守り、守らなければならない英雄であり」
「神崎君にとって君は、愛おしみ守り通さなければならない家族なのです」
「裏を返せば、それだけ神崎君は君の愛に飢えていると思われます」
「だから、神崎君と君は互いを守る為に鏡の世界の力を借りた」
「それが、ミラーモンスターの正体なのでしょう?」
まるで自分と士郎の全てを見透かすような香川の言葉に、優衣は
己の身体の震えを止める事が出来なかった。
「はい....」
絞り出すように神崎優衣は香川の問いに返事を返した。
「お兄ちゃんと私は、早くに両親を亡くしました」
「私達の両親は...私に虐待を加え、お兄ちゃんは私を庇ってくれました」
「そして、その虐待のせいで私は小学生の頃、死にかけました」
堤防が決壊したダムのように優衣は怒濤の如く、自らが辿ってきた
半生をこの場にいる四人へと聞かせ続けた。
「お兄ちゃんは、昔から頭が良く、よく未来の事を当て続けました」
「優衣、この日は外に出るな。あそこの交差点で車が事故を起こす」
「優衣。今日は友達の家に泊まれ。父親が職を失いお前に当たり散らす」
「まるで占い師のようにお兄ちゃんは未来に起きる事を予知し続けました」
「まさか....」
優衣の告白に大きく目を開いた真司は、ハッとした表情で優衣を
見つめた。
「うん。真司君が思っているとおりの事が起きたんだ」
「私は昔、真司君と真一君に出会っているの」
「どうして君が...まさか!?」
真司の顔がみるみるうちに青ざめていく。
震える手で真司は龍騎のデッキを慌てて取り出した。
自らが契約しているドラグレッダーのカードを引き抜く。
それはまるで過去に自分が優衣から貰った絵と今、自分が持っている
赤い龍の絵を見比べているようだった。
「さっき、私が何者かを聞いた人がいたよね?」
「私はかつて人間だった存在、今は人間の姿を取った『何か』だよ」
カラカラと音を立て、真司の手から龍騎のデッキが落ちた。
優衣の放った衝撃の一言に、真司もあの冷静な香川でさえ動揺を
隠す事が出来なかった。
「私は十数年前に死にかけ、一度命を落としたの」
「お兄ちゃんは本当に嘆き悲しんだんだ」
「未来を見る力、厳密に言えば少し違うけど」
「少し違う?神崎さん、その力の内容をもっと具体的に教えて下さい」
「私も良く理解は出来ていないんですけど...なんというか、その」
「隣り合わせの鏡を覗き込んで、いくつもの未来を垣間見る」
「私がお兄ちゃんから聞けたのは、そこまでです」
神崎優衣の言っている事はおそらく並行世界の概念のことだろう。
ある一つの世界で選択されなかった選択肢の可能性が実現された世界。
神崎士郎はそういった膨大なパターンの中から、自分にとって都合の
良い結末が訪れた未来を垣間見れるらしい。
「未来を垣間見る?ということは、神崎君はそれを自由に出来ると?」
待てども待てども神崎士郎の手の内を知る事が出来なかった香川にとって
優衣からもたらされた情報はまさに天恵そのものだった。
超能力は香川の専門外だが、現に科学という枠組みに落とし込まれたの
であれば、まだ幾らでも対処のしようがある。
例えば一つのある未来に、ここでは神崎優衣に士郎がライダーバトルの
勝者の命を与え、優衣が新たな生を得る事象へと全ての現象が収斂すると
仮定する。
神崎士郎単体で未来予知が出来るとは考えにくい為、ミラーワールドを
存在せしめているコアミラーのなんらかのバックアップ機能を行使しつつ
隣り合う、あるいは並行し合う幾重にも重なり合ったミラーワールドから
オーディンが勝利する未来を観測出来るとする。
この際、神崎士郎は自分が可能な範囲で可能な限りライダーバトルに
おける不安要素を完全に取り除こうとするはずである。
しかし、未来は常に不安定で定まらない。
オーディンが勝利する未来があるとすればその逆もまた然り。
問題は、神崎士郎の未来を垣間見るという最悪の能力がどれくらいの
精度と範囲に適応されるかである。
同じ未来を知る事が出来るという能力であっても、ある一つの未来を
垣間見れるだけなのか、それともこれから起きうるある一つの結末としての
未来を予知できる能力なのか。それだけでも香川達が直面する事態は
大きく変わってくる。
しかし、神崎士郎の試みも最初から順調というわけではないようだ。
頭の中の自分が囁いたその言葉に、思わず香川の顔に笑みがこぼれた。
「すいません。神崎さん、お話しの続きを聞かせて頂けますか」
思考の堂々巡りに突入しようとしている自分に気が付いた香川は、
おっかなびっくりな表情で自分を見つめている優衣に話の続きを促した。
「はい。じゃあ、続きを話しますね」
「お兄ちゃんは、その力を使って私が死ぬ未来を見ちゃったんです」
「お兄ちゃんが言うには、その...私は親の虐待で命を落としたそうです」
「でも、未来を見て変えられるだけ神崎士郎は頭いいんでしょ?」
「だったらなんで、ライダーバトルなんて面倒臭い事するんだよ」
満の指摘に優衣はこう切り返す。
「その力を以てしても、どんな手を使っても私の死は回避できなかった」
「でも、お兄ちゃんは私に仮初めの命を与える事に成功したの」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!何が何だか、俺には分からないよ」
あまりにも突拍子もない真実に困惑を隠せない真司だったが、優衣は
そんな真司の抗議を聞き流し、どんどん話を進め始める。
「では、ミラーワールドに貴方達兄妹はある程度干渉できる」
「例えば、ミラーモンスターを創造し、それを使役したり」
「時間を巻き戻す等の主催者権限を持つ存在」
「そう言う前提で、私は貴女方を認識すればいいんですか?」
「はい。私達は人の輪から外れたイレギュラーな存在です」
優衣の言葉にようやく得心がいった香川は、かねてから聞こうと思って
いたいくつかの質問事項を優衣にぶつけ始めた。
「神崎さん。いくつか答えて欲しい事があります」
「まず一つ、ミラーワールドには魂と肉体の概念はありますか?」
「あります。けど、ミラーワールドは一種の虚構世界です」
「現実世界に干渉は出来るけど、いずれその影響はなくなります」
「つまり、ミラーワールドの住人は現実世界に永遠に留まれない」
「はい。現実世界の人がミラーワールドに長く留まれないのと同じです」
「次に、城戸真一はどうしてミラーワールドの住人になれたのですか?」
「私が兄に頼んで彼をミラーワールドの住人にしました」
本当に唐突に明かされた城戸真一というミラーワールドの住人の過去。
真司は驚きと困惑を未だどこにぶつければ良いのか途方に暮れていたものの、
優衣の口から明かされる真一の最後を黙って聞き届ける事にした。
「真司君、子供の時に公園である女の子に出会った事を覚えてる?」
「えっと...確か、俺が小学生だった時だよな?曇りの日だろ」
「うん。その時の私が死んじゃった神崎優衣だったの」
「だけどさ、確かに俺は過去に優衣ちゃんと出会ったかも知れない」
「けど、だったら兄貴は?兄貴はその...いつ君と出会ったんだよ?」
「俺が君から赤い龍の絵を貰った後に兄貴と出会ったのか?」
「うん。ちっちゃい頃の真司君と真一君はそっくりだったから...」
「鏡の私と本当の私が融合した後に、私は真一君に出会ったの」
要領を得ない優衣の話を簡単にまとめると以下の通りになる。
ミラーワールドの自分と融合する前の優衣は城戸真司と出会っていた。
そして両親からの虐待を受け続け、死んでしまった現実世界に生きる
神崎優衣とミラーワールドの神崎優衣が一つになった後、即ち真司と
出会った数ヶ月後に真司の兄である真一に今ここに存在する神崎優衣が
出会ったということになる。
優衣の話は更に続く。
「真一君が殺されたあの日、私はあそこにいた」
「真司君は頭から血を流していて、真一君はその時には、死んでいて」
「私...私は、もうどうすれば良いのか分からなくて...」
「そしたら、お兄ちゃんが...」
神崎優衣の嘆きに応えるように神崎士郎がその姿を現した。
「二人を蘇らせてって....その時の私はそれしか思いつかなくて」
「それでお兄ちゃんはダメだって言って...それから」
お前が救いたい方を選べと、神崎士郎は妹に提案したらしい。
そして神崎優衣は今ここに立っている城戸真司を生き返らせてくれと願い、
神崎士郎はその通りにしたのだそうだ。
神崎士郎は真一と真司の胸に手を当て、自分の懐から光り輝く「何か」
を二つ取り出し、自分の胸から取り出した「何か」を真一の胸に押し当て、
もう一つの「何か」を真司の胸にそれぞれ押し込んだ。
「優衣。もう大丈夫だ」
「今の俺の力では一人を生き返らせるので手一杯だ」
「だが、安心しろ。城戸真一も死なせない」
「奴は、お前と同じ存在になるんだ」
その一言と同時に、真一の姿はあっという間に光の粒と化して士郎の
手に持つ小さな鏡の中へと吸い込まれていった。
その「何か」というのが全く見当がつかない四人だったが、ただ一人
香川だけは神崎士郎が城戸真一にコアミラーにかかわる何かを挿入し、
自分の理論の不足部分を補ったのではないかとあたりをつけていた。
更に深く考察するのであれば、ミラーモンスターが鏡から自分の姿を現し、
人間を攫うのと近い仕組みを城戸真一の身体に組み込んだのではないのだろうか。
人間の身体にミラーモンスターのコアを埋め込むハイブリット化。
それが仮面ライダーリュウガの在り方として一番信憑性の高い仮定だ。
「神崎さん。俺はあんたの言ってることを信じることにするよ」
香川と真司と満の三人が黙りこくる中、仲村創だけが神崎優衣との
会話を続けていた。
「その上でいくつか質問したい。答えられるだけ答えてくれ」
「まず一つ、君はいつから鏡の中の城戸真一に出会ったんだ?」
「....ミラーワールドの真一君と出会ったのは、あの日の一週間後です」
「お兄ちゃんに連れられてミラーワールドに入った時」
「真一君は、あの日と変わらない姿で私の前に現れました」
「その時、城戸の兄貴は君に何を言ったんだ?」
「恨み言か?それとも感謝なのか?」
「....言いたくありません」
「そうだよな。考えてみれば意味不明な存在にされちまったんだもんな」
「俺だったらぞっとするなぁ。誰もいない鏡の世界で独りぼっち」
「人一人いない世界で動くものと言ったらミラーモンスターしかない」
「君と同じ存在の神崎士郎だっていつまでもそいつの傍にはいられない」
「そりゃ弟である城戸を恨むわけだ」
「神崎がいかにも考え付きそうな姑息で卑怯な手段だな」
「ミラーワールドで活動するライダーにこれ以上の適任者はいないよな」
「なにせ時間無制限でライダーの力を揮う事が唯一可能な被験体」
「ようやく合点がいったぜ。城戸の兄貴は君を守るシステムなんだよ」
「城戸の兄貴の生きたいって思いを利用したこれ以上ない卑劣な策だよ」
仲村の私怨まみれの糾弾は、まさに正鵠を射ていた。
優衣の話は真実である。
もしその真実が九割がた合っているのであれば、城戸真一は自らの生死が
曖昧な状態で数年間ミラーワールドで孤独に過ごしている事になりかねない。
並の人間であればいつ発狂してもおかしくない状況である。
「兄貴....」
真司の顔が悲痛な表情を浮かべる。
たとえどんなに乱暴な兄だったとしても、真司に対しては暴力を振るう
どころか、良き兄として自分とともに育ったかけがえのない存在である。
そんな大切な存在が自分のせいで今も苦しんでいるとなると、真一をして
特別な存在と言わしめた真司にとって、その結末はあまりにも酷すぎた。
「優衣ちゃん...。じゃあ、真一は、俺の兄貴は」
「ミラーモンスターに、なっちまった...ってことなのか?」
「違う!真一君はミラーモンスターじゃない!私と同じ存在よ!」
真司の悲しみに満ちた視線に耐えきれず、神崎優衣は真司の問いかけを
真っ向から否定した。
しかし、その否定に対して懐疑的な視線を向ける男がいた。
「神崎さん。じゃあ、ミラーワールドにはどうして人がいないんだ?」
今まで疑問に思っていなかった当然のように受け入れられていた鏡の
世界における最大の疑問点に満が突っ込んだ質問をした。
「だって、鏡の中の神崎さんとと現実世界の神崎さんが合体したんだろ」
「だったら、そこら辺を歩いている人も同じじゃないとおかしいじゃん」
リュウガの正体に迫ろうとする質問に図星を突かれた優衣はその問いかけにあえて答えず、
逆にミラーワールドとは何かという問いかけに対し、その真実を満達に返した。
「佐野君。鏡に映ってる景色とミラーワールドは似て非なるものなのよ」
「鏡に映ってる景色はあくまでも、この世界の有り様を反映しているだけ」
「ミラーワールドはこの世界と隣り合う世界の狭間の領域」
「つまり、今ここにある世界と並行世界との境界線がミラーワールドなの」
優衣の口から飛び出たミラーワールドの正体に、香川達四人は絶句した。
「じゃあ、コアミラーっていうのは一体何なんだ?」
「ミラーモンスターを生み出したり、ミラーワールドを作ったりする...」
「コアミラーは、ミラーワールドと隣り合う世界をつなぐ境界線よ」
優衣の口から次々と明かされる驚愕の真実に、仲村は衝撃を受けながら、
一縷の望みを賭け、優衣に最後の質問をした。
「つまり、ああ畜生...ってことはそれを使って世界を行き来出来るのか」
「はい」
「並行世界がある分だけ、コアミラーも鏡の世界も存在するって事なのか」
「そうです」
「なんてこった....」
へなへなと力なく崩れ落ちた仲村は虚ろな目で優衣の部屋の天井を
見つめ始めた。
仲村が何故ショックで放心状態になったのかを残る三人も痛いほど
理解していた。
ライダーの戦いは、神崎士郎が願いを叶えるまで永遠に続くのだと。
仮にこの世界の神崎士郎の野望を打ち砕く一歩手前の状態まで辿り
ついたとしても、タイムベントのカードとコアミラーが神崎士郎の手に
ある以上、時を巻き戻されてしまうのは明々白々。
つまり、
「たとえ、この並行世界にいる神崎君を倒しても意味は全くない」
「我々の最後は有り得た筈の一つの世界の結末。そういう事ですか」
「並行世界ではなく、単一世界の話であればまだ救いはあったものの...」
憤懣やるかたない表情で近くにあった壁を香川が殴った。
当然だ。
『多くを救う為に一つを犠牲にする勇気』を掲げて英雄たらんとし、この
ライダーバトルを終結させる為に奔走し続けた男にとって、優衣の口から
飛び出た残酷な真実は耐えきれない程の屈辱でしかなかった。
東條が死んだ。自分に協力してくれた六人の疑似ライダーが落命した。
そして今、残った仲間達の命が危険に晒されようとしている。
しかし、今の香川には自分が掲げたエゴを貫き通すだけの強固なまでの
傲慢ともとれる強烈な自負心が消え去ってしまっていた。
自らが掲げた理念は全て無駄だったということを悟ってしまったからだ。
東條の死は無駄死で、疑似ライダーは浅倉への復讐を果たせないまま
神崎士郎に反目し続けた自分のとばっちりを食って全員が焼き殺された。
(なにが、多くを救う為に一つを犠牲にする勇気だ...)
(なにが英雄なんだ...!!)
結局自分は、自分の口から出た自分でさえ理解できていない一見、高邁に
見える体の良い詭弁で、自分のエゴを満たす為だけに何も知らない無知な、
出会う筈のなかった人々の未来と運命を狂わせた最悪の道化でしかなかった。
いつ神崎が自分の家族を人質にとってくるのか分からないんだぞ?
いつまで悠長にしているんだ、香川英行?
「くっ...そぉ....」
己を口先だけの役立たずと卑下した香川は、人目をはばかる事無く
ボロボロと涙をこぼし、泣き崩れた。
神崎士郎はライダーバトルの完遂を狙うだろうし、神崎陣営に与する
ライダー達もそれぞれの思惑はあれど、神崎士郎と同様に自らの願いを
叶えるべく動き出している筈だ。
「神崎さん。ちょっといいですか?」
ただ、何をすれば良いのか分からない三人に対して、満だけが不自然な
までに冷静な対応を取っていた。
優衣を部屋から連れ出した満は、階段を降り、休憩時間中で誰も人がいない
花鶏のホールのテーブルの前に立ち、優衣との先程の話の続きを再開した。
「神崎さん。アンタは、これからどうしたいんですか?」
「アンタと、アンタの兄貴のせいで俺達は死ななきゃいけないんですよ」
「香川先生も、仲村さんも、城戸さんも、家族と未来がある身なんです」
「断じて、化け物風情に捧げる生け贄になんかなっちゃいけない人なんだ」
「香川先生にはな、アンタが死んだ時と同じ位の歳の息子がいるんだぞ?」
「アンタとクソ兄貴と違って、幸せ一杯に毎日を過ごしてるんだ!」
「アンタが生きているせいでしなくてもいい尻拭いを先生はやってんだよ」
神崎士郎がライダーとして選んだ人間達の命を無価値なものだと断じる
ように、佐野満も人間ではない神崎優衣の命を無意味なものと断じた。
何故自分はこんなことを言っているのか?
それすらも理解し切れていない満だったが、ただ一つだけ理解できている
真実があった。
それは、神崎士郎は神崎優衣の為に命を張るということだった。
そして、それしか自分達が神崎士郎の仕組んだライダーバトルに勝てない
ということも満は理解していた。
「アンタを責めても、今更俺達が死ぬ事には変わりは無いんだよ」
「だけどさ、もし罪悪感ってものがアンタにあるのなら...」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ満は今から自分が言わんとする事を優衣に
告げる事を躊躇した。
神崎優衣も被害者には相違ないし、神崎士郎が優衣を生き返らせる事に
腐心する理由も満には理解できていたからだ。
神崎士郎は『家族』という幸せが欲しかったのだ。
普通に生きていれば、手に入る平凡な幸せが。
朝起きたら、父と母と妹が自分にほほえみかけてくれる幸せ。
昼には学校で友と未来を語らい、友情を育む幸せ。
夜には両親と妹と友に眠り、また次に訪れる朝を共に迎える幸せ。
だけど、現実はそうはならなかった。
士郎は天才であるが故に孤独に苛まれ、優衣は親に愛される事無く
虐待によって命を落とした。
更に運の悪い事に、ミラーワールドなんて言う訳の分からない物と出会った
士郎は自分の幸せを実現してくれるたった一人の肉親を蘇らせる為に自分の魂を
売り渡してしまった。
それが全ての始まりだった。
神崎兄妹がどのような言葉を尽くしても、佐野満はそれを全て否定する。
なぜなら、満は愛する家族の死を受け入れ前へと進んだからだ。
だからこそ、今の満には過ぎ去りし過去に囚われ続け、未来なんか
何一つ見ていない神崎士郎の所業を真っ向から否定できる。
「俺達は、これからアンタの兄貴を殺してでもライダーバトルを止める」
「妹のアンタにも責任の一端はあるから、ケジメをつけて貰う」
「それでもさ、アンタに罪がないのは俺達四人とも理解しているんだ」
「だからアンタも命を賭けて、神崎士郎の暴走を止めてくれ」
「それが、自然の摂理をねじ曲げてまで生き残ったアンタの罪の贖いだ」
満の言葉に、優衣は涙に濡れた瞳で返事を返した。
「分かりました...」
「ああ」
優衣が深々と頭を下げたの見た満は、そのまま部屋を出ようとした。
「待ってください」
ドアノブに手を掛けた満の背後から優衣の声が聞こえた。
後ろを振り返ると、優衣は自分の鞄の中からある物を取り出していた。
それは何年も使い込まれた薄汚い小さな鞄だった。
「これは?」
「お兄ちゃんが隠していたミラーワールドの情報とカード...です」
その一言を伝え終わった瞬間、神崎優衣は糸の切れた人形のように
床に崩れ落ちた。
満は崩れ落ちた優衣に目もくれず、鞄の中を一心不乱に漁っていた。
そして神崎優衣は、満にある一枚のカードを渡した。
「神崎さん。このカードはなんですか?」
「それは、切り札...お兄ちゃんを止めるための切り札です....」
満はそのカードを自らのデッキへと加えた。
「後...鞄の中にはコアミラーの欠片とブランクのデッキがあります」
「コアミラーの欠片とコアミラーは惹かれ合う性質があります」
「だから、これを使えばコアミラー本体の場所に行けるか....ら」
満は徐々に爪先から粒子化していく優衣を黙って見つめ続けていた。
ライダーがミラーワールドでの活動限界時間を迎えるのと同様に、神崎
優衣という存在も現実世界での活動限界時間(いのち)が尽き始めている。
別にこの女が死んでも死ななくても満にとっては痛くも痒くもないが、
被害者気取りでこのまま死なれるよりも、神崎士郎が隠し続けざるを得ない
情報を差し出したことだけは、神崎優衣もまた神崎士郎のという凶人の
被害者の一人だったという事実を、確かに認めなければならない。
「お願い...お兄ちゃんを、止めて」
それと同時に、優衣の部屋でも部屋に残った三人が慌ただしく動く音が
聞こえ始めてきた。
「佐野!」
階段を慌ただしく降りてきた仲村が倒れ伏している優衣の傍で所在なく
立っている満へと声を掛ける。
「大変だ!香川先生の家族が攫われた!」
「なんだって!」
部屋に倒れ伏している優衣に視線を向けた仲村は、一刻も早く自宅へ
戻りたそうにしている香川と目配せをしながら、満に同行を求めた。
「仲村君。城戸君と先に車の中で待っていて下さい」
「どうやら、私にも東條君と同じ選択の時が来たようです」
自分を見つめる満の視線に、何かを感じ取った香川は部屋の外で待つ真司と
仲村に階下で待つように指示を出し、満と二人きりになるように状況を整えた。
「多くを救う為に一つを犠牲にする勇気、でしたよね?」
「でも、先生。家族を人質に取られたまま本気で戦えるんですか?」
「俺はね、先生が家族を救う為に俺達を犠牲にするんじゃないか?」
「先生の覚悟が揺らいでいるんじゃないかって疑っているんですよ」
「...」
「確か、最初に先生は言ってましたよね?」
「神崎優衣を殺せば、全ての戦いが終わるって」
「でも、大分最初の予定からずれてしまいましたね」
「どうしますか?今、ここで、神崎優衣を殺しますか?」
満の言葉に、香川の顔が複雑そうな表情を浮かべた。
公私混同をしているつもりはなかった。
いつかはこうなる事を予測していた。
「先生は、自分が死ぬ事を恐れてるんじゃないんですか?」
満の言う通り、香川は死ぬ事を恐れていた。
愛する家族を残し、この戦いで命を落とす事を恐れていた。
それでも、それでも...自分は家族を、仲間を失いたくない。
だが、二つを守る事の両立はもう出来なくなってしまった。
リュウガの正体を知ったとして何になる?
未だに神崎士郎とオーディンの牙城を崩す手がかりは何も得ていない。
時を逆行させるタイムベントとミラーワールドにおける全ての事象を
思いのままに操れるコアミラー、そして三枚の強化カードの秘密。
この間までの自分ならば、無策のまま神崎士郎の逆鱗である神崎優衣に
接触を図ろうとはしなかったはずだ。
タイムベントの攻略方法はともかく、サバイブとコアミラーに対する
何らかの対抗手段を整えてから満を持して動いただろう。
心のどこかで、油断があった。
家族を求め、家族を守るという一点において神崎士郎は未だ人間性を
保っているのではないかと無意識のうちに、自分に降りかかる最悪の
可能性から目を背けてしまっていた。
その結果として、もう取り返しの付かないところまで自分の妻子は
追い込まれてしまったのだ。
家族を取り、オルタナティブのデッキを捨て、仲間を見捨てる。
仲間を取り、オルタナティブとして戦い続け、家族を見捨てる。
神崎士郎が香川英行に提示した条件はこの二つだった。
タイムベントを封じる手立てがない以上、今から赴く戦場では必ず
誰かが命を落とすのは明白だった。
無策のまま闇雲に戦う事の愚かさを香川は身に染みて理解している。
理解しているが故に、今も答えの出ない堂々巡りの思索の中に囚われ
続けているのだ。
(典子、裕太...)
幸せにすると誓った。何故なら自分が愛して愛し抜いた家族だからだ。
どんな艱難辛苦であっても、必ず撥ねのけ、粉砕すると誓った。
だが、自らが掲げた理念の中に香川は家族を含められなかった。
いかに神崎士郎とは言え、人の道に外れた事はしないだろう。
甘かった。
自分の秘密を握る最も厄介な敵を神崎士郎が野放しにする訳がない。
電話越しに泣き叫ぶ息子の声が頭の中で反芻される。
「パパ助けて!ママが鏡の中に引きずり込まれちゃった!」
「うわぁ!やだやだやだあああああああああああああああ!!!」
「助けてえええええええええええ!!!」
「ああ。そっか...だったら、みんなはぼくをみとめてくれるよね?」
「これで、わかったでしょ?」
「きみより、ぼくのほうがせんせいにふさわしいって」
家族が今も自分の助けを待ち続けている。
愛する者を守れない恐怖と英雄として戦わなければならない義務。
その板挟みになりながら、香川英行は苦悶の果てに一つの答えを出した。
「佐野君。答えはとっくに出ているんですよ。最初からね」
神崎士郎の企みを知った時、仲村と東條を仲間に引き入れて本格的に
ライダーバトルに参戦すると決めた時、香川は自分が掲げた多くを救う為、
一つを犠牲にする勇気という、英雄の覚悟という在り方と共にこの戦いを
戦い抜くと誓った。
『東條君。私の背中を君に預けます』
『だから、君の命を私に預けて欲しい』
脳裏に浮かんだ東條の命懸けの挺身が、香川の家族に対する深い愛情を
上回った。たとえこの戦いの果てに、何一つ得るものが無かったとしても、
戦いの中で失われた犠牲を無かった事には出来ない。
自分の背中には、既にその命を背負うと決めた仲間がいる。
荒唐無稽な自分の理想と行動に殉じ、命を落とした仲間がいる。
自分を信じて、過去を乗り越えようと懸命に足掻く仲間がいる。
彼等の死を、偽りにすることはできない。出来る訳がない。
この選択は間違っている。家族を犠牲にする英雄は英雄ではない。
英雄以前に、人として大切な何かが破綻している化け物と同類だ。
それでも、香川英行は自分の意志を変えない。
仲間を見捨て、愛する家族と共に、全てを投げ出し逃げる。
悪魔が保障した安寧という選択肢に、今すぐにでも逃げ込みたいという
人として大切な何かを守るという当然の選択肢を切り捨てる。
英雄は切り捨てる一に、自らの人としての幸せをあてがった。
「ただ、私には覚悟が...覚悟が足りなかった」
「失う覚悟が、大切な何かを失っても尚戦い続ける覚悟が足りなかった」
妻よ、息子よ。これが英雄たらんとした愚かな男の末路だ。
狂人と罵るがいい。悪魔と憎むがいい。
お前達の死を無駄にはしない。
それでも、私は、私は誓う。
最後まで掲げた自分の信念は絶対に曲げない。
多くを救う為に一つを犠牲にする勇気を実現する為に私はお前達の
かけがえのない命を犠牲にし、英雄となり神崎士郎を討つ。
お前達の命は確かに、私にとってかけがえのない尊いものだ。
だが....だが....それでも、私は....
「誰かを守る英雄が、一人だけじゃいけないって誰が決めたんですか?」
「先生は犠牲になっちゃいけない人なんだ。だから僕は先生を守る」
「やりましょう。先生。あと一息です」
死んでしまった仲間がいる。
自分を信じて、命を賭けて共に戦ってくれる仲間がいる。
そう、誰よりも守らなければならない自分の命を香川英行という一人の
狂人の狂言を、理念を丸ごと信じて戦ってくれているのだ。
ここで家族を取ってしまえば、香川英行は英雄ではなくなってしまう。
しかし、家族を見捨てても香川英行は英雄ではなくなるのだ。
死ぬ覚悟はとうに出来ていた。
あの浅倉威との戦いで命を落とすことになったとしても、罪無き人々を
脅かすあの凶悪殺人犯と差し違えるだけの覚悟は持っていたはずだった。
しかし、あの時に死んだのは自分ではなかった。
自分の掲げた英雄の覚悟というエゴの犠牲になったのは東條だった。
そして今、再び香川英行は『英雄』という都合のいいエゴで自分を
信じて付き従う仲間達の命を犠牲にしようとしている。
彼等が自分に掛けてくれた言葉と、尊ばれなければならない勇気を。
そんな彼等に自分が掛けてくれた言葉と、掲げた信念を,,,
それは許されない冒涜だ。
引き返す訳にはいかない。偽りにする事なんて出来ない。
多くを救う為に一つを犠牲にする勇気。
それは英雄になる為の条件ではなく、英雄という妄執に囚われた哀れな
道化にピッタリの呪いではないのかと香川は自虐した。
「必ずだ...必ず...私は....」
満と父親の別離とは比較にならないほどの、無残で残酷な悲壮なまでの
覚悟を決めた香川は、最後の決断を下した。
「命を賭けて下さい。佐野君」
「私が必ずオーディンを倒し、この戦いを終わらせます」
その決意を聞き届けた満は大きく頷く。
優衣から受け取った袋の中からミラーワールドに関わる神崎士郎が
隠蔽していた全ての物を渡す。
満からミラーワールドに関わる資料と三枚のカードを受け取った香川は、
数十枚に渡る資料を自らの脳裏に二分でその全てを焼き付けた。
そして、三枚のうち二枚のカードをオルタナティヴのデッキに挿入し、
満から渡されたブランク状態のデッキを白衣のポケットの中へと収納した。
「行きましょう。先生」
「リュウガは俺が倒します。そして、俺が先生の盾になります」
「だから、俺達と最後まで戦って下さい。お願いします」
「ええ。どうせやるなら派手に行きましょう」
「さて!ミラーワールドに殴り込みを掛けにいくとしましょうか!」
ライダーバトルが終結するまで、残り五ヶ月。
遂に神崎士郎と香川英行との全面戦争の火蓋が切って落とされたのだった。
第二十七話 全てを失ってなお....
~香川邸~
花鶏を後にした満達が香川の自宅に到着した時、既に香川の妻子の姿は
そこになかった。
「遅かったな。香川」
居間に四人のライダーが集結する中、食器棚のガラスに神崎士郎が
映り込み、平坦な口調で香川の到着の遅れをなじる。
「ええ。少しばかり取り乱してしまいましてね」
「色々悩んだ末に、ようやく答えが出たんですよ」
香川の答えと共に、神崎士郎は姿を消した。
「あなた!」
姿を消した神崎士郎は、香川の妻を最初に連れてきた。
事情が掴めず、自らの身体が徐々に消えつつある恐怖に苛まれながらも
香川典子は恐怖に顔を歪めながら、自分の愛する夫が自分は見捨てても息子だけは
助けてくれるという期待の籠もった視線を夫へ向ける。
その腕には、意識を失い眠り続ける自分の愛する息子が抱かれていた。
「典子...」
泣き出しそうな表情で、しかし...それでも自分の決意は鈍らないと
言わんばかりの形相で香川英行はオルタナティブに変身した。
それは、今から妻子を犠牲するという現実を直視できないという香川の
心の悲痛な叫びを代弁するような行為だった。
香川がライダーに変身したことを受け、真司も龍騎のデッキを取り出し、
香川の助太刀に入ろうとするが、それを満が阻止する。
更に仲村が真司の背後に回り込み、真司が変身しないように全力で
その身体を満と共に拘束する。
「そう、それがあなたの答えなのね...」
オルタナティブに変身しながら一向に自分と息子を助ける為にミラーワールドへ
入ってこない夫の真意を悟った香川典子は寂しげに微笑み、鏡越しに立つ香川と
その仲間達に一声をかけ、彼等がこの先苛まれるであろう罪悪感を少しでも
和らげようと、迫り来る死の恐怖に抗いながら笑顔を浮かべ、言葉を紡ぎ始める。
「あなた。一足先に私と裕太は行ってますね」
「いつかまた。いつかまた...家族三人で会いましょうね」
「仲村君。最後までこの人のことを守ってあげてね」
「な、何考えてんだよ!何考えてんだよ!アンタ!」
助けられるはずの命をむざむざ見捨てようとする正気の沙汰とは思えない香川の
判断に真司は我を忘れて激昂した。
「ふざけんな!アンタの家族だろうが!見捨てて良い訳なんかない!」
「待ってくれ神崎!その人達を殺さないでくれ!」
正気を疑うような香川の判断に怯えながらも、真司は懸命に何とか香川の妻子を
助けようと試みた。
「離せ!離せよ!お前らも何考えてんだよ!」
「いいのよ。優しい人」
必死に満と仲村の拘束を振り解こうともがく真司に、典子は儚げに微笑みかけ、
自分の死が夫と目の前にいるその仲間達に遺恨を残さないようにする為、残された
時間の許す限り、一つでも多くの言葉を重ねた。
「私は英行さんが何をしているのか理解できないけど」
「英行さんがこうすると言うことは、きっとそれは大切なこと」
「貴方達を守る為に、英行さんが私達を捧げるというのならそれは本望」
「だから、あなた達はあなた達のまま強く生き抜いて....」
「ああっ...あああああああああああああああ!!!」
ミラーワールドの止まっていた時が一気に動き出す。
限界時間をとうに過ぎていた香川母子の身体が徐々に粒子と化していく。
「英行さん...だい、すき...」
「典子...裕太...。また、また明日に...」
「ええ。また、明日。会いましょう...」
真司は狂乱状態に陥りながら、ただ目の前で何の罪もない母子が消滅する様を
見殺しにすることだけしか出来なかった。
「香川ああああああああああ!!!!」
絶叫と同時に真司は拘束を振り解き、目の前に立つオルタナティブへ殴りかかる。
「なんでだよ!なんで見殺しにしたんだ!」
「ミラーワールドを閉じる為に闘ってるんじゃなかったのかよ!」
「助けられたはずだろう!アンタだったら!アンタだったら!」
消えゆく妻子に手を差し伸べず、意味不明な言葉を掛けて見殺しにした
香川の行いは、助けたくても自分の手の届かない所で仲間を二人失った
心の痛みが癒えない真司の逆鱗に触れてしまった。
「私は!自分の掲げた信念を最後まで曲げたりはしない!」
自分の目の前に飛び込んできた拳を捕まえた香川は、真司に向き直り
表情の見えないオルタナティブのマスクのまま絶叫した。
一つ一つ仮面の下にこぼれ落ちていく自分の人間性(なみだ)。
いっそこの瞬間に、自分を形成している全てを投げ捨てて何もかもを
忘れ去りたい。
タイムベントのカードがあれば、それを使ってライダーバトルに参加
しようとしたその時まで遡り、この結末をあの時の自分に教えてやりたい。
この瞬間を以て、香川英行はライダーバトルに参加した事で、かつて己が
築き上げ、その手中に収めてきた全てを自らの手でぶち壊した愚者へと成り果てて
しまった。
英雄でもない、父親でもない、人間でもない。
それでもなお、その胸中には譲れない信念が残っていた。
「私の背中には預けられた命がある!」
「守れなかった命もある!だが、これ以上...これ以上」
「神崎士郎!貴様に私の仲間を殺させはしない!」
遅ればせながら、香川英行は自分が甚だしい思い違いをしていたことに
気が付いたのだった。
未だ英雄に至れない英雄志望者(オルタナティヴ)は、奇しくもかつて満が
自分に語ったもう一つの英雄としての在り方を体現している存在が、今まさに
自分の目の前に立っている事に唐突に気が付いた。
自分が掲げなければいけなかった英雄の覚悟と在り方は、多くを救う為、
一つを犠牲にする勇気ではなかった。
一人でも多くの誰かを守る為に、自らの身を挺し、命を張って最後まで
戦い続ける覚悟と信念こそが真の英雄なる為に必要な勇気だったのだ。
東條の最後と、真司の激昂を通して香川英行はようやくその答えに
辿りつくことが出来た。
英雄はなろうと思ってなれるような存在ではない。
多くの困難と苦難に真正面から立ち向かう中で、それに屈しないだけの
心の熱さと強さを持つ者だけが成り得る存在なのだから。
何もかもを失った自分だからこそ、ようやくその入り口に立てたのだ。
ならば、これから自分がしなければならないことは...
最後まで自分の掲げた英雄像(エゴ)を貫き通すのみなのだから。
「愚かな選択をしたな。香川英行」
「お前が救おうとした仲間は果たしてお前の家族の命より重かったのか?」
変身を解き、ライダーという仮面を脱ぎ捨てた英行は鏡の中でまるで
香川の葛藤に無関心を貫き、静観を決め込む神崎士郎と相対する。
「ええ。確かに君の言う通りですよ」
「私は自己満足の為に妻子を見殺し、そして仲間を死に追いやりました」
涙を流しながらも、その表情は一片の曇りすら見えない笑顔だった。
それは、背後に控える三人はともかく無表情を貫かせる神崎士郎さえも
戦慄を隠し得ないほどのおぞましさを放っていた。
「ですが、もう私は英雄でも、父親でさえなくても...いや」
「私は...もう、人間でさえなくてもいい」
その言葉と共に、香川英行はオルタナティブのデッキを鏡の前に掲げる。
満も創も、そして真司も英行に倣い、デッキを翳す。
「愛する者を喪う事が、全ての終わりというのなら」
「私はそれを否定する。神崎士郎、私はお前の全てを否定してやる!」
「オーディンを出せ、神崎士郎」
「みっともなく過去に固執する貴様の止まった時を、私が破壊してやる!」
愛する唯一の肉親の存在を否定する香川の一言に、神崎士郎も憤怒を
露わにしながら自らの背後に控える忠実な手下達を呼び寄せる。
「いいだろう。香川英行」
「貴様の挑戦を受けて立つ」
その瞬間、香川邸のダイニングに三つの鏡が出現した。鏡の中には、
ゾルダ、リュウガ、オーディンの三人のライダーが集結していた。
「香川さん。俺は、アンタの言ってることが無茶苦茶にしか聞こえない」
リュウガが待ち受ける鏡の隣に立つゾルダの鏡の前に立った真司は
オーディンの前に立つ香川に声を掛けた。
「さっきのことだって、家族を救おうとすれば出来た筈なんだ」
「でも、アンタは英雄という幻想に囚われて、大切な家族を殺した」
「ええ。どうやら私は天才ではなくただのバカだったようですね」
「後悔もしているし、助けに行けば良かったとさえ思っています」
「しかし城戸君、私はね、今は家族の死を悼むことよりも...」
「目の前の頭のイカれた野郎をぶちのめしたい気分なんですよ」
今までとは正反対の性格に反転してしまった香川に思わず毒気を抜かれた
真司は、どうしたものかと思案にくれた末にゾルダの鏡の前から離れ、
香川の背後に立ったのだった。
(はぁ...蓮の悪態が懐かしいよ。俺も美穂の事、悪く言えないなぁ)
「じゃあ、俺もオーディンをぶちのめす事にします」
「考えてみれば、手塚を手にかけたのはコイツ以外に考えられないし」
真司に倣い、満も自分が立つリュウガの鏡の前から隣に立つ仲村の隣へ並ぶ。
「よし。だったら俺も」
「どうせやるなら2対1で相手をボコボコにした方が楽ですよねぇ?先輩」
満の目の前には神崎士郎の恩恵を受けたゾルダが立っている。
「ああ。その通りだ。2対1なら負けっこねぇよ」
満の発言に頷いた仲村も自信ありげな笑みを浮かべ、鏡の前に立つゾルダに
対して中指を突き立て挑発する。
「では、諸君」
「ここらで一つ、神様気取りの神崎士郎君をぶちのめすとしましょうか」
その確認に、全員が頷いた。
「死ぬなよ。皆」
この場にいる全員の気持ちを代弁した真司がデッキを翳す。
「「「「変身!!!!」」」」
そして、四人は同時に変身した。
龍騎とオルタナティブはオーディンの待ち受ける鏡の世界へ。
アビスとタイガはゾルダの待つ世界へとそれぞれ飛び込んでいった。
第二十八話 死闘、開戦
アビスとタイガが辿りついた今回の戦場は、身を隠す遮蔽物が何もない
夜を模した満点の星が瞬く月下の砂漠だった。
煌々とアビスとタイガを照らす満月の月明かりと星々の煌めきだけが
唯一の光源だった。
見渡す限り途方もなく広がる砂漠は、地の利を生かして一撃翌離脱の奇襲戦法を
得意とするタイガと、正面切って力でゴリ押しする白兵戦特化のアビスにとって
著しい不利を強いていた。
「strike vent」
タイガは盾代わりとなる巨大な虎の爪を模した籠手を呼び出し、油断なく
周囲を警戒する。
土中を自在に泳げるアビスハンマーは、既に龍騎に変装した城戸真一によって
瞬殺されてしまい、残されたアビスラッシャーは白兵戦に特化しているが故に、
迂闊にアドベントのカードを切ることは出来ない。
何故なら、相手の手の内が分からないうちに...
「佐野!」
「のわあああっ!」
油断なく周囲を警戒していたタイガが、慌ててアビスの身体を引っ掴み自分達が
現在立っている場所から全力で飛び退く。
ドガアアアアアアン!!
わずか一瞬の差だった。
先程まで自分達が立っていた場所に、巨大な砲弾が着弾した。
巻き上げられた大量の砂が目眩ましとしてタイガとアビスの頭上に降り注ぐ。
「クソッ!視界が悪すぎる!」
ピンポイントに二、三、四弾目と、タイガとアビスが回避しようとする
場所へと巨大な砲弾が次々と着弾する。
カードをバイザーにベントインしようにも、それだけの時間がない。
そして....
「ぐあああああ!!」
六弾目。遂に巨大な砲弾がタイガの左腕を直撃した。
デストクローの爪の部分を掠めた砲弾はそのまま爆発し、籠手を粉砕した。
「先輩!」
「佐野!あそこだ!撃て!」
半壊し、使い物にならなくなった左手の籠手を投げ捨て、着弾した左腕の骨が
折れていない事を確認したタイガは、微かに聞こえる機械音の方向を指し、
アビスにその場所にめがけて攻撃を仕掛けるように命令する。
「うおおおおおおおお!!」
アビスバイザーで限界まで圧縮された水の鎌鼬が、自分達を狙撃した何者かの
存在を遂に捉えた。
「ゴオオオオ....」
それはアドベントで呼び出されたマグナギガだった。
二つ名で鋼の巨人と称されるマグナギガは、その巨体故に機動性に著しく欠け、
攻撃の的にされるというデメリットを抱えていた。
しかし、その巨体を覆い隠せるだけの地の利があれば、充分にその重火力を
活かせる強みがある。更にAP6000という高い攻撃翌力と防御力を兼ね備えている
マグナギガにとってアビスバイザーの不可視の鎌鼬など豆鉄砲と何ら変わらない。
目的を果たしたマグナギガは、あっという間に姿を消した。
マグナギガが消え、次の攻撃に備える為の小さな余裕が両陣営に訪れる。
「くそっ。地の利は敵さんにあるって訳か」
「先輩。今手持ちのカードは何枚あるんですか?」
「サバイブを入れて3枚だ」
「3枚?なんでです?」
「嫌な予感がして、城戸にフリーズベントを渡した」
「あー...ナイス判断ですね...」
「佐野、このカードをお前に預ける。持っててくれ」
突然、意味不明なことをし始めたタイガに面食らったアビスだったが、
「敵を欺くには味方からっていうだろ?」
「なるほど!じゃ、俺も先輩にこのカードを預けます!」
互いの契約モンスターのアドベントのカードを交換した二人のライダーは
未だに姿を見せないゾルダに対する警戒を強め続けた。
今頃、香川と真司はオーディンと交戦しているのだろう。
二人ともオーディンを倒すと息巻きながらも、オーディンのスペックは
全ライダー中最高を誇っている。
前準備無しに無策で戦えば、いかに瞬間記憶能力を持つ香川や残存する
ライダーの中でも特に高い実力を誇る真司であっても敗北は必至である。
故に仲村創は、香川邸に突入する前の待機時間に真司へと自分の持つ
モンスターの動きを止めるフリーズベントを渡しておいたのだった。
タイガもアビスもあずかり知らぬとは言え、今のゾルダは神崎士郎に
よって全ライダー中で最多のカードを持つライダーである。
仮に満がリュウガと1対1で相対する事を選んでいれば、確実に真司か
仲村のどちらかはゾルダの圧倒的なカードの前に葬られていた。
また、放置されたリュウガの存在も無視できない。
更に最悪な事に、アビスもタイガもゾルダが18枚のアドベントカードと
ユナイトベントによる合体モンスターにより20枚以上のカードが使えると
ことを知らない。
故に二人が勝利を収める為には、一度しか切れない切り札の切り所が
重要になる。
だが、それを許すほど限界まで強化されたゾルダは甘くない。
何の為にゾルダがアドベントカードでマグナギガを召喚し、初手から
地の利を生かした戦法を採用したのか?
「まずい!先輩、さっきのあれは陽動作戦だ!」
咄嗟にその事実に気が付いたアビスはデッキからカードを引き抜き
隣に立つタイガのバイザーにそれをベントインしようと試みた。
「くけえええええええええ!!!」
甲高い鳴き声と共に、満の身体が柔らかい砂丘に引きずり倒される。
「ベルデ?!」
かつて一度だけ相対した姿を消すカメレオンのミラーモンスターと契約していた
ライダーの名前を満は最後に叫んだ。
「待て!」
「Advent」
バイザーのスロット部分にはカードが既に差し込まていた。
辛うじてバイザーにカードを読み込ませたタイガだったが、次の瞬間、
何か硬い石の様な物が自分の顔面に叩き付けられ、思わずバランスを欠き
よろめいてしまう。
怯んだ隙に、今度はデストバイザーに紐のようなものが絡みつく。
かつん!という音と共にタイガは自分に投擲されたものがヨーヨーだと悟った。
だが、それを理解したと同時に自分の手からデストバイザーがすっぽ抜け、
あらぬ方向へと吹き飛んでいく。
「しまった!」
デストバイザーと片方のデストクローを失ったタイガの無防備な左のこめかみに
金色に輝く水牛の角が直撃する。
意識を刈り取る重い一撃を右手のデストクローで防御するが、代償として
タイガはゾルダに無防備な腹部を晒すという最悪の事態を作り出してしまった。
「これで、終わりっす!」
ギガホーンを振り抜いた回転を殺さないまま一回転したゾルダは左手に持つ
マグナバイザーを零距離で連射し、タイガのデッキと関節部分を特に集中的に狙い、
撃ち続けた。
「ガアアアアアアアアアア!!!!」
マグナバイザーの連射を強引にデストクローで断ち切り、ふらつく身体で
何とか距離を取ろうとするタイガだったが...
「どこに行こうとしているんです?」
ギガホーンの砲口から放たれた緑色の一撃に意識を刈り取られてしまう。
タイガを超える鮮やかな奇襲を成功させたベルデは、バイオグリーザが
戻ってくる前に、確実にタイガを仕留めようとギガホーンの角部分を
その無防備な腹部のカードデッキに狙いを定め、一息に振り下ろす!
「ガオオオオオオオオオオオオ」
だが、間一髪の所で満に渡したデストワイルダーのアドベントカードが
その効果を遺憾なく発揮する。
「なにっ!」
無制限に成長を続けるワイルドマッスルと、契約主である東條の死後も
定期的にミラーモンスターを与えられたデストワイルダーの強さは、既に香川の
契約していたサイコローグのAPを超えるまでに成長していた。
血に飢えた左右のデストクローが袈裟懸けにベルデを正面から切り裂く。
ゾルダは左側の攻撃は回避したものの、背後を晒してしまう。
そして右側からの横薙の一閃を躱し損ね、大量の血を撒き散らす重傷を
負ってしまう。
「先輩ーーーーー!」
そして、タイガのアシストによりバイオグリーザに捕食される間一髪の
タイミングでアビスラッシャーに命を救われたアビスが、猛然とタイガと
交戦しているベルデめがけて猛突進をかましてきた。
「アビスラッシャー!」
「ッシャアアアアアアアアアアア!!!!」
「くっ!」
「clear vent」
自分の不利を悟ったゾルダは、最後の力を振り絞りマグナバイザーで
デストワイルダーの目に発砲し、その隙を突いて姿を消して離脱する。
「アビスラッシャー!追うな!」
手負いのゾルダを追撃し、トドメを刺すよりも、アビスは目の前に倒れている
仲村の安全を優先する事にした。
「先輩!先輩!しっかりしてください」
「あ、ああ。間に合ったか。佐野」
フラフラになりながらも、なんとか立ち上がったタイガは周囲を警戒し、
姿を消したゾルダとの距離を稼ぐべく、満の肩を借りながら這々の体で
今いる場所から離脱を始めたのだった。
~~
タイガとアビスが月下の砂漠を模した鏡の中の戦場で戦う中、オルタナティヴと
龍騎は荒れ果てた瓦礫の山を模した廃墟で激しい戦闘を繰り広げていた。
鉄骨、瓦礫、コンクリートの破片。そしてミラーモンスター。
それらが10mを超える小高い塔の様にそびえ立つ戦場の中で、真司と
香川の二人を待ち受けていたのはリュウガだった。
既にリュウガはアドベントのカードで自らの契約獣ドラグブラッカーを召喚し、
先手必勝とばかりに空の利を生かしたドラグブラッカーによる絨毯爆撃で龍騎と
オルタナティヴを抹殺せんと躍りかかった。
黒き龍の口から吐き出される漆黒の火炎弾は、全てを焼き尽くす赤き龍の
灼熱の火炎弾と異なり、全てを凍てつかせる波動を纏った死の吐息だった。
瓦礫の根元にドラグブラッカーのブレスが着弾する。
凄まじい反動と共に石化した瓦礫の塔が粉砕され、その破片が散弾の如く
周囲に撒き散らされる。
「香川さん!オーディンはどこにいるんですか!」
「おそらく静観を決め込んでいるのでしょう!」
「私と君、仲村君と佐野君のどちらかが弱った所を叩くはずです」
「更に!あの黒い龍の放つ炎は当たった物を全て石化させます!」
「なんだって!」
「だから...今は隠れましょう!」
瓦礫の塔に身を隠しながら全てを石化させる死の吐息をかいくぐり、二人は
ようやくドラグブレッカーとリュウガを振り切り、未だ無事な瓦礫の山の隙間に
身を隠すことに成功した。
「だぁっ!埒があかねぇ!このままだとじり貧だ。体力が尽きる!」
「香川さん!俺がドラグレッダーを出して奴を叩き落とします」
「良いですよ!ですがあの炎に焼かれれば君の契約獣が石になります」
「だから...今から私が説明する通りにリュウガと交戦して下さい」
息切れしながら龍騎がドラグレッダーを使った空中戦を提案する。
オルタナティヴもそれには概ね賛成したものの、リュウガの契約獣である
ドラグブラッカーのブレスの石化効果を考慮した作戦を練っていた。
「まず最初にこの戦場に潜む大量の雑魚モンスターを私が引きつけます」
「おそらくリュウガはサバイブのカードをあるタイミングで使う筈です」
「全てのカードを使い切る寸前、互いのカードが一枚になった時...」
「ファイナルベントを使用して君にトドメを刺そうとするはずです」
「その時君は敢えてリュウガから離れ、私のいる場所へ合流して下さい」
「勝算は?!ハッキリ言ってそれ、上手くいくのかよ?」
矢継ぎ早に出される香川の指示に疑問を呈しながらも、真司は直感で
リュウガが現時点の自分を上回る力を持っているのではないかと考えた。
「ええ。上手くいきますよ。更に言えばリュウガは私を狙うはずです」
「故に、城戸さんにはリュウガのカードを限界まで削って欲しいのです」
「サバイブの猛攻を耐えきる策は既に備えています」
「この勝負、リュウガのサバイブの猛攻を耐えきれば我々の勝利です」
「香川さん....。わかった。陽動をお願いします」
ドラグブラッカーのブレスが真司と香川の隠れている場所のすぐ隣の
瓦礫の塔を直撃し、粉々に砕け散る。
「wheel vent」
まず最初に瓦礫の山の隙間から飛び出したのはオルタナティヴだった。
デッキからサイコローグをバイクに変形させるホイールベントのカードを
引き抜き、スラッシュリーダーへと読み込ませる。
「~~~~~~~~~~!!!!!!」
雄叫びを上げ、猛然と主の元へと駆けつけたサイコローグは己の身体を
一瞬のうちにバイクへと変化させ、オルタナティヴをその背中に乗せる。
「ふん、陽動か...」
仮面の下で不敵に微笑んだ城戸真一は、ミラーワールドでのぞき見た
オルタナティヴの使用カードの枚数と内容を踏まえた上で、眼下の地上で
五月蠅く這い回る疑似ライダーを確実に葬る為の策を発動した。
「やれ!」
自分の左手に隠し持つコアミラーの欠片をリュウガは躊躇なく使った。
神崎士郎から渡されたミラーワールドの権限にアクセスできる、いわば
一度限りの使い捨て程度の力しかない欠片だが、それでも所持カードが十枚
未満の疑似ライダーを葬り去ることが出来るだけのミラーモンスターを
一斉に召喚する事等、今のリュウガにとってはいとも容易いことだった。
「なにっ?!」
リュウガの攻撃を真司から自分へと移し替えるべく、サイコローダーを
駆りながらドラグブラッカーの照準を狂わせていたオルタナティヴだが、
地面が爆発し、地中から大量出現するシアゴーストを初めとする夥しい
ミラーモンスターの大群には為す術がない。
(くそっ!これでは...為す術もなくやられてしまう!)
リュウガが呼び出したミラーモンスターの総数は約300体。
リュウガにとっても一度きりの使用しかできないものの、カードという
枚数の制限された戦闘手段しか持ち得ないライダーにとって、この数の
暴力は、まさに打つ手無しの絶体絶命の窮地に追い込む常勝の策と言える。
サイコローダーから人型に戻ったサイコローグも懸命に二本の得物を
振り回し、自らを押しつぶそうと攻撃を加え続けるミラーモンスターを
切り捨てていくが、それでも単純で圧倒的な数量を捌き切れない。
オルタナティヴもカードがあるだけ、サイコローグよりかは今の所は
善戦出来ているが、ジリ貧な事には変わりは無い。
更に最悪なことに、巨体を誇るディスパイダーが蜘蛛の糸で雁字搦めに
されたサイコローグへと襲いかかった。
蜘蛛の糸で全身をミイラの様に絡め取られたサイコローグは、身動きが
出来ないまま為す術もなく、蜘蛛の口の中へと運ばれていく。
「ならば!」
ここまで追い込まれた以上、躊躇う必要はもう無い。
そう判断したオルタナティヴは、コールサモンと時を同じくしてロール
アウトされた、疑似ライダー専用の新たなカードの使用へと踏み切る。
「Accele vent」
瞬間加速のカードを使ったオルタナティブは、そのスペック上の限界の
三倍を超えるジャンプ力で空中へと跳躍した。
そして同時に黒いライダーは己のデッキから三枚のカードを引き抜き、
一枚を地面にもう一枚をサイコローグへ、最後の一枚をディスパイダーへ
投げつける。
「Seal!」
「Aports!」
「Contract!」
スラッシュリーダーに読み込まれた三枚の虎の子のオルタナティヴ専用の
カードは誤作動を起こすことなく、その効果を覿面に発揮した。
地面に突き刺さった「封印」のカードは、その半径100m以内に存在する
ミラーモンスターの身体の自由を奪う。
二枚目の「呼び寄せ」のカードはサイコローグの肩に突き刺さると同時に
彼を糸の牢獄から解き放ち、一秒も経過しない内に空中に留まる自らの
契約主の傍へと呼び寄せた。
そして最後の一枚である契約のカードは狙い誤る事なくディスパイダーの
背中に突き刺さり、そのままオルタナティヴの新たな契約獣(戦力)として
吸収されたのであった。
「今だ!やれッ!」
「しゃあっ!」
ドラグブラッカーの背に乗り、空中で未だ事態を静観し続けるリュウガに
一気呵成に勝負を決めるべく龍騎とドラグレッダーが急襲を仕掛ける。
赤と黒、限りなく同じ存在でありながらどこまでも正反対な二匹の龍と
二人のライダー達は死力を尽くし、今ここで雌雄を決さんとばかりの覇気を
身体から立ち上らせながら、己に相対する敵(自分)へと刃を向け、敢然と
斬りかかっていく。
互いの契約した赤龍と黒龍が一つの身体を持ちながら二つの頭を持って
生まれた憎しみ合う双頭の獅子の如く、目の前に現れた不倶戴天の仇敵の
首を叩ききろうと、その身を絡ませ合いながら死に物狂いの死闘を開始する。
ドラグレッダーがドラグブラッカーの喉首を振り向きざまの一瞬の刹那の
交差で噛みちぎったかと思えば、ドラグブラッカーの返す石化の炎の一撃で
ドラグレッダーの鋭利な尾が脆くなった石像の如く砕け散る。
敵意と殺意と憎悪が一つの形を取り『怨』という明確な互いを排除する
域にまで達した二体の龍は、眼下で戦いを続ける主達そっちのけで高ぶりに
昂ぶり続けた己の殺意を眼前の相手へとぶつけるべく、最上の威力を誇る一撃を
吐き出そうとした。
そして、地上に降り立ったリュウガと龍騎の戦いも熾烈を極めた。
先に仕掛けたのは龍騎だった。
しかし、ソードベントのカードをバイザーにベントインして呼び出した
龍騎へと敢然と殴りかかり、素手でありながら、まるで数秒先の未来を
予知しているかのようなトリッキーな動きでリュウガは龍騎を圧倒する。
大上段に振りかぶった龍騎の右肘を押さえ、前屈する左膝の皿を目掛け
強化された脚力による下段蹴りを龍騎へ放とうとするリュウガ。
「おわぁっ!」
膝を蹴り砕かれれば、その時点で著しい戦闘力の低下は免れない。
敵の次の一手を読み切った龍騎は、手首を器用に回転させ、その鋒をリュウガの
頭上へと突き立てようと試みた。
リュウガもまた龍騎の攻撃の意図を察知したのか、瞬時に自分の危機を悟ったと
同時に退き、龍騎との間に充分な距離を取る。
「俺という最強のライダーの為の器となれ!」
狂戦士の如き強さを龍騎に見せつけたリュウガは、異なる色でありながら
真司と全く同じ声と姿、そして力と共に猛然と襲いかかってきた。
空中で絡み合うドラグレッダーとドラグブラッカーも互いの主の意図する
戦いへと加勢する為に、我先にと地上へと駆けつける。
全てを石化させる黒炎弾を放ち、龍騎を追い詰めるドラグブラッカーに
ドラグレッダーがすかさずその身を盾にし、龍騎を乱暴ではあるものの、
リュウガの近くへと放り投げる。
「Strike vent」
「Strike vent」
互いの契約獣が放った赤と黒の炎弾が龍騎とリュウガを吹き飛ばす。
「「がはっ!」」
近くにあった未だに倒れずに直立する瓦礫の塔へ、二人のライダーは
激突した。
「あああああああああああああああ!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」
狂った様に叫び合う龍騎とリュウガは、互いを殺し、滅ぼしこの世界から
抹消せんとすべく己の持ちうる全ての命の炎を燃やしながら駆けだした。
「Sword vent」
大上段に振りかぶったリュウガのドラグセイバーが龍騎の頭上へと
振り下ろされる。龍騎はその一撃を真っ向から受け止め、強引に自らの
体を左へ捻り、無防備なリュウガの下半身へとその刃を振り抜かんとする。
しかしリュウガはあえて自らの身体を前進させ、龍騎へと衝突させる事により
龍騎の次の攻撃の一手を潰す事に成功する。
吹き飛ばされた龍騎は防御の姿勢を整える暇も無いまま、一瞬で自分との
間合いを詰めたリュウガの斬撃を為す術もなく受け続けてしまう。
一、二、三撃と振り下ろされ、滅多切りにされ続けた龍騎は敢えて膝をついて
項垂れ、無防備な頭部を差し出すことでリュウガに生じるであろう慢心を利用した
カウンターを放つ事にした。
案の定、その誘いに乗ったリュウガはその頭部へと渾身の一撃を放ち、
龍騎の頭部を粉砕せんとする全力の一撃を繰り出す。
(いまだ!)
至近距離から両手で振り下ろされたドラグセイバーの刃の下、両手持ちであるが
故に生じてしまった胴体と胸に生じた僅かな空間に龍騎は全身のバネを使い、
一気に飛び込んだ。
「喰らえ!」
ドラグセイバーの内側に潜り込んだ龍騎は、まず自分の膝による二発の
膝蹴りをリュウガのデッキへと見舞い、身体のバネを利用した頭突きを
リュウガの顎へと叩き込む。
激しく頭を揺らす頭突きのダメージを堪えることは容易い。
だが、いくらミラーワールドにおける制限時間が無制限とはいえ、リュウガの
デッキを破壊されてしまえば、その時点で城戸真一の敗北は決定する。
(なんて厄介な奴なんだ!)
リュウガとその契約獣ドラグブラッカーの攻撃翌力は、龍騎とドラグレッダーの
攻撃翌力よりも一段階上の数値を誇っていた。
カードも、契約獣の持つ力も全てが龍騎を上回っている筈なのだ。
自らに襲いかかる龍騎の渾身の右のストレートから始まる拳の乱打を両腕で
ガードし、リュウガはなんとか嵐のような猛攻を耐えきった。
龍騎は目の前に立つリュウガへと右、左、右斜め、左下段蹴り、前蹴りと
息もつかせぬ猛攻撃を仕掛ける。精緻かつ絶大な破壊力を誇る一撃を、リュウガは
その威力を既に知り抜いている。
なぜなら、龍騎とリュウガは表裏一体。全く同じ存在だからだ。
「ドラァッ!」
身体を捻った勢いそのままに龍騎は左回転に廻って胴廻し回転蹴りを放つ。
リュウガは慌てて頭部をガードするが、完全に蹴りの威力を消す事は出来ず、
右手に持っていたドラグセイバーを取り落としてしまった。
武器を無くし、素手同士で殴り合う状況へと流れを引き寄せた龍騎は 蹴りの
回転を殺さないまま、後ろに下がりながら、リュウガの落としたドラグセイバーを
蹴り上げ、自らの右手につかみ取る。
切り札を使わずして楽に仕留めることが出来る相手ではない。
修羅と化した弟をそう評した城戸真一は、神崎士郎がリュウガに与えた恩恵を
今ここで使うことにした。
かつての肉親の断末魔を耳にした城戸真司は、ここぞとばかりに最後の
力を振りしぼり、リュウガを攻め立てる。
しかし、リュウガのこめかみを打ち抜かんと振り抜かれた左拳は
「なっ?!」
ピン刺しの標本の様になった蝶の様にピクリとも動かなくなっていた。
「どうして!なんで動かないんだ!!」
リュウガの顔面、後数センチの所で真司の身体は目の前の相手を殴り抜く突きを
放とうとした瞬間のまま、停止していた。
「真司ぃぃぃぃ....」
リュウガの身体から黒い炎が吹き上がる。
「その肉体を寄越せえええええええええ!!!」
そして、その黒い炎と同化したリュウガは身動き一つ取れない龍騎の
身体へとまとわりついたのだった。
~現時点でライダーが保持しているカードの残り枚数~
龍騎 ガードベント
リターンベント
フリーズベント
アビス ソードベント
ストライクベント
ファイナルベント
タイガ ファイナルベント
コンファインベント
リターンベント
リュウガ サバイブ~疾風~
ガードベント
????
????
オルタナティヴ
ファイナルベント
アドベント×2(サイコローグとディスパイダー)
ガードベント×3
????
ゾルダ シュートベント×2
コピーベント×2
ファイナルベント×3
ガードベント×3
トリックベント
ソードベント
アドベント
ユナイトベント
オーディン サバイブ~無限~
タイムベント
ソードベント
スチールベント
アドベント
ストレンジベント
今日の投稿はこれでおしまいです。つづきはまた近日中に投稿します
うひょー更新きたああ!
乙!!!
29話 王道を貫く信義
「なんてザマだ....」
鏡の中の月に照らされたゾルダの背後には夥しい量の血がこぼれていた。
先程のデストワイルダーの渾身の一撃は深々とゾルダのスーツを切り裂き
並のライダーであれば一撃で即死してもおかしくない深手を与えていた。
(先生なら、きっとこんな無様を晒す事なんかない....)
そう考えながらも、ゾルダは神崎士郎からリュウガが受け取ったのとは
また異なる「恩恵」を自らの身に行使する事に決めた。
「HEAL」
赤い十字架が描かれたカードをマグナバイザーにベントインする。
士郎が吾郎へ渡した傷を癒やすカードの効力がすぐに発揮される。
体力こそ回復しなかったものの、先程の戦闘で受けた大小の怪我や打撲の
痛みが全て消え去るのが身体で理解できた。
「助かった...」
安堵のため息をついたゾルダは、次の一手をアビスとタイガの二名に
どう仕掛けるのかを考え始めた。
序盤の奇襲は確かに上手く行ったものの、結果として虎の子の姿を消す
クリアーベントを失ったのはかなり痛かった。
神崎士郎と手を組んだ以上、カードに不足は全くない。
加えてこちらには戦況を一瞬で破壊できる切り札が存在している。
自分にとって、どういう勝ち方が一番勝率が高いのか?
このまま圧倒的なカードの枚数差を利用して力押しをするのか?
それともユナイトベントによる合体モンスターで速攻で片をつけるか?
どちらにせよ、自分の勝利を確信するにはまだ早すぎる。
(まずは相手に先に切り札を切らせる。そこから反撃だ)
そう結論づけたゾルダは、デッキからカードを引き抜き再び戦場へと躍り出た。
ミラーワールドで繰り広げられる戦いもいよいよ終盤へと差し掛かってきた。
「Final vent」
アビスとタイガが身を隠した地点から200mも離れていない地点に巨大な巨人が
轟音を立てながらその姿を現した。
「ええい!クソッタレがぁああああっ!」
身を隠す遮蔽物もなく、雨霰と降り注ぐミサイルやビームを防ぐ為の盾もない。
逃げようにも逃げられない窮地に陥ったタイガは激昂しながら、マグナギガの
後背部にマグナバイザーをまさにセットしている最中のゾルダに向かい、無謀にも
立ち向かおうとした。
「先輩!落ち着いて!今ここでキレちゃダメだ!」
デッキからカードを取り出したタイガだったが、その特性上、どうしても自分が
相手のいる場所まで到達するのに数秒の時間が掛かってしまう。
仮にファイナルベントが成功したとしても、ゾルダがマグナギガに接続した
バイザーのトリガーを引いてしまえば、ゾルダの腹にタイガの爪が突き刺さる
よりも早くミサイルとビームが自分達を木っ端みじんにするだろう。
タイガは自分が出したカードをデッキに仕舞う事を考えたが....。
「佐野、俺を信じてくれ!」
それは、起死回生の閃きだった。
勝利への一縷の望みとなるカードをアビスへと託したタイガは、あえてゾルダに
聞こえるように、大声で自分達がこれから打つ一手を知らせた。
「ファイナルベントを使うぞ!」
タイガの悪手に、未だ直面していないアビスのファイナルベントに対する対策を
無意識のうちに考えてしまったゾルダの手先が一瞬だけ引き金を引く事を躊躇った。
「はいッ!」
アビスは未だに使い慣れていない自分のデッキのファイナルベントを切り、
マグナギガに唯一対抗できる最強のモンスターを召喚した。
なぜ、タイガが大声を上げて自分に命令を下したのかは分からない。
しかし、自分に託されたカードを見たアビスは朧気ながらもタイガが描く
この絶望的な劣勢を覆す勝利の方程式の解を垣間見た気がした。
ならば、自分はその方程式の解に辿りつく為に幾らでも協力しよう。
アビスがバイザーにファイナルベントのカードをセットするよりも早く、
ゾルダはマグナバイザーの引き金を引いた。
幾千もの光条とミサイルが乱舞しながら、ロックオンしたターゲット目掛け
一斉に襲いかかる。
ゾルダに数秒遅れ、アビスもバイザーにファイナルベントをベントインした。
「Final vent」
タイガを抱え、被弾しながらも少しでも射程範囲圏から逃れようとするアビスの
走る地面の下から、雄叫びを上げながらアビソドンが現れた。
「シャアアアアアアアアアア!!」
「アビソドン!俺達に構うな!ミサイルとビームを真っ向から相殺しろ!」
主からの命令に従ったアビソドンは、その巨大な尾鰭で一瞬のうちに主と
その仲間をエンドオブワールドの射程範囲外へとはじき出し、シュモクザメへと
己の姿を変貌させ、ゾルダのビームとミサイルを受け止めながら、徐々に
マグナギガへと肉薄していった。
間一髪の所でバイザーを引き抜いたゾルダは、躊躇う事なくマグナギガを
囮にして、敢えてアビソドンの元へと走り出していった。
案の定、マグナギガという大きな獲物を目にしたアビソドンは小さな獲物等、
眼中にないとばかりに、喜々としてその大口を開け、目の前の獲物へと踊り
掛かっていった。
AP7000とライダーバトルにおいて屈指の破壊力を誇るゾルダとマグナギガの
ファイナルベントだったが、アビスとアビソドンのファイナルベントは奇しくも
ゾルダのそれとは数値が同等だったものの、無情にも格が違いすぎた。
マグナギガはその巨体故に、他のモンスターを圧倒する大火力を手に入れたが、
それ故に攻撃を回避する為の機動力を持ち得なかった。即ち、自らが敗北する事は
ないという一撃必殺の己の攻撃スタイルの裏を掻かれてしまったのだ。
ミラーモンスター二体分の攻撃翌力を兼ね備え、空水地全てに対応できる万能型の
融合モンスターであるアビソドンにとって、自分より何もかもが劣っている
直立不動のミラーモンスターを葬る事など容易いにも程があった。
「ゴオオオオオオ!!!」
為す術もなくアビソドンから攻撃を受け続けたマグナギガの鋼鉄の体は左足を
食いちぎられ、右手のバズーカ砲は肩ごと切り裂かれた無残そのものの様相を
呈していた。
「クッ!」
背後へと回り込む事に成功したゾルダはマグナギガの惨状を目の当たりにし、
遂にユナイトベントによる圧倒的破壊力を持つミラーモンスターを召喚せざるを
得ないと判断した。
このまま行けば、マグナギガは確実に葬り去られてしまう。
それだけは避けなければならない。
秀一のために、秀一が生きたという確かな証が消える事だけはなんとしても
絶対に回避しなければならない。
「やるしか、ない!」
腹を括ったゾルダは、己のデッキから遂に「合体」のカードを引き抜き、
それをバイザーにベントインした。
「UNITE Vent」
その瞬間、マグナギガにトドメを刺そうとしたアビソドン目掛け、左右の
資格からバイオグリーザとガルドミラージュが襲いかかり、アビソドンから
マグナギガを救った。
「嘘だろ、おい....」
かつて、東條と香川が烈火の力を得た王蛇サバイブと対峙したように、満と
仲村も命を賭けて、相対し、戦わなければならない強敵と相見えたのだった。
眩い光が収斂したと同時に、その中心地に立つ「怪物」は主であるゾルダ諸共
三人のライダーを一瞬のうちに爆発と共に彼方へと吹き飛ばした。
「ゴオオオオオオオオオオオ!!!!!」
それはまさに、大量破壊兵器<ジェノサイダー>と呼ぶに相応しい怪物だった。
ロボットのように無機質だったマグナギガの体にバイオグリーザの特性である、
しなやかで強靱な筋肉が絡みつき柔軟性と機動性を補っている。更にその背には
三体分のミラーモンスターが合体して尚、その巨体を浮き上がらせ、飛行可能
たらしめる2枚の歪な機械と鳳凰型モンスターの翼が融合した飛行ユニットが
接続されている。
「嘘だろ、あんなのありかよ....」
「止めてくれ、もう、やめてくれよぉ...」
完全無欠の最強モンスターと化したマグナギガを目にした満は、思わずそうこぼした。
あんなバケモノにどう勝てばいいのかが分からない。
膝から崩れ落ち、絶望的な声をあげた満はそのまま背を向け縮こまってしまった。
ゾルダはアビスが何を言っているのかは聞き取れなかったが、自分が召喚した
巨大な契約獣の威容を目の当たりにしたアビスが恐怖に屈したように見えた。
現にアビスは後ずさりを始め、ここから1mでも遠ざかりたいと言わんばかりに
逃げだそうと後ろを頻繁に振り返っている。
「佐野...俺に任せろ」
後ずさる満とは対照的に、一歩前に進み出た創は既に覚悟を決めていた。
「俺がお前の、血路を開いてやる」
例え全ての希望が消え失せたとしても、そこに守るべき者がいるのならば...
(いつだって、人は英雄に至れる!)
なぁ、そうだろう?
「東條!」
俺だってお前だけに格好つけさせるわけにはいかないんだよ!
満身創痍の体に意地<えいゆう>という名の最後の燃料を投下する。
「先生....また、明日」
その日が来るとは限らないが、まだ俺が死ぬには時間がある。
少なくとも、今すぐ死ぬ事はないだろう。
だから、体がバラバラになって戦えなくなる時が来るまで足掻いてみせるさ。
「行くぜぇええええええええええええええ!!!!」
砕け散るガラスのように脆弱な己の肉体に最後の灯火を男は灯した。
「Survive」
烈火のサバイブをデストバイザーにベントインしたタイガの姿が瞬く間に
強化されていく。
左手には新たに白虎の頭部を模した盾兼バイザーのデストバイザーツヴァイ、
右手には炎と氷の力を宿した分離可能な左右合体の両刃斧が握られている。
おそらくこの戦いで自分は死ぬ。多分目の前のコイツにやられるだろう。
だけど、不思議と心は安らいでいた。
きっと東條も、死んでいく時にはこんな心境だったんだろうと容易に想像できた。
だからこそ、次に自分が何をすべきかを誤ることは絶対にない。
「Advent」
かつて憎み合い、共に戦った仲間の契約獣が創の召喚に応じた。
風と氷と炎の力を宿した猛虎は眼前に立つ巌の如き巨巌の蚩尤の威容に臆する
事無く、世界を震わせる咆哮を上げる。
「負ける気がしねえなぁ...そうだろ?!お前らぁ!」
その言葉、その背中に一人と一匹が意気軒昂の雄叫びを上げる。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「グルオオオオオオオオオオオ!!!」
その姿、その武威は止まるところを知らず。
英雄は正道を歩み、その前に立ちはだかるは悪の巨魁。
かくして、英雄達は二度目の試練へと直面することと相成る。
30話 城戸真一
~回想~
荒れ狂う破壊衝動と暴力が巣喰っていた。
生まれつき心の中にある箍が外れているのではないかと真一の父母はそう
分析し、腫れ物に触るようにして一つ年下の弟である真二を可愛がり、兄である
己をなるべく遠ざけようと腐心した。
真一は常に孤独だった。
そしてその孤独を唯一埋めることが出来たのが暴力だった。
目につく物全てを壊そうとする恐ろしい人間性は、既に幼少期から芽生えていた。
そんなとき、真一の運命を変える出会いが彼に訪れた。
城戸真一と神崎優衣が初めて会ったのは彼が中学二年生の時だった。
「兄ちゃん。ちょっと一緒に来てよ」
自分に逆らった中学三年生を半殺しにし、逆らったというのは真一の視点であり、
本当のところは真一がクラスメイトに暴力を振るうのを見かね、仲裁に入った
数人の生徒達の喉に鉛筆を突き刺したというのが真実である。
事が事だけに中学校の校長に自宅謹慎を命じられ、暇をもて余す兄を見かねた
真二が両親が夜寝静まったのを見計らい、兄を外に連れ出そうとしたのだった。
「何だよ真司、もう夜中の12時じゃねーか」
「お前、明日も学校だろ?寝なくていいのかよ」
「大丈夫だって。兄ちゃん」
他人に対して躊躇無く快楽のままに暴力を振るえる真一だったが、一つ年下の
弟である真二にはどうしてもそうした気が起きずにいた。
「分かったよ。しょーがねーなぁ」
一軒家の二階の窓から雨樋をつたって、仲の良い兄弟は深夜の町を自転車で
どこまでも駆けていく。
「で、真二。お前は俺に何を見せたいんだ」
「いいからいいから。俺に着いてきてよ。兄ちゃん」
自転車をこぎ続けること30分、真一が辿りついたのは廃遊園地だった。
「なんだ?ここ十年以上前に潰れたところだろ」
正門の横に自転車を置き、雨風に晒されボロボロになった壁の穴から二人は
鼠のように遊園地に忍び込んだ。
「ふふーん。兄ちゃんはこの遊園地に伝わる噂、知らないだろ?」
「なんだよ。その噂って」
懐中電灯で暗い道を照らしながら、真二は得意げな表情を浮かべてこの遊園地に
伝わるという噂話を始めた。
何を伝えたいのか要領を得ない説明だったが、弟が言うにはこの遊園地には
女の子の幽霊が出現し、その子はミラーハウスを根城にしている。その子に
ホイホイついてくと、ミラーハウスの鏡の中に閉じ込められ、その鏡の中に潜む
『何か』に食べられてしまい、二度と家に帰れないというありきたりな話だった。
「真二、お前はガキだなぁ。まさかそれ本気で信じてるのかよ」
「信じてるよ。だってその女の子の幽霊は俺の友達だもん」
「はぁ?」
生まれてから十数年少しの付き合いだが、弟が生来のお人好しであるという事は
今までの付き合いで理解している。少し頭を使えば、虐待された女の子が家に帰らず
廃遊園地で一人遊びをして、時々訪れる頭の悪い連中を驚かし、喜んでいると
分かりそうなことなのに...。
ともあれ、今から向かう廃遊園地のミラーハウスという場所に潜んでいるのが
得体の知れない幽霊などではなく、実態のある人間ということに内心密かに安堵した
真一は弟の後を素直についていくことに決めた。
「優衣ちゃん。来たよ」
「あっ、真二くん」
ミラーハウスの入り口に立った弟が幽霊女の名前を呼んだ。
優衣と呼ばれた弟と同い年の女の子は、まるで親友のように弟へと抱きついた。
「真二。お前の友達ってのは結構変わってるんだな」
「あーっ。真二君から聞いたよ。お兄ちゃんの真一君でしょ」
「そうだよ幽霊女。初めまして、真二の兄の城戸真一だ」
「よろしくお願いします。神崎優衣です」
真二のように純真さから来る人なつっこさで優衣は初めてで会った真一にも
物怖じすることなく手を差し伸べ、真一もその手を躊躇うことなくとった。
「優衣ちゃん。アレやってよ。アレ」
「えーっ、真二君ってば最近いつもここに来るときそればっかりじゃん」
ミラーハウスの入り組んだ迷路を歩き続けた三人は大きく開けた場所へと
辿りつく。
「なんだ?何を今からやるんだ?」
「ふふーん。それはねぇ」
真一の問いかけに得意げに笑う優衣は床に散らばっていた紙を取り上げ、
それを無造作に鏡へと押しつけた。
「?!」
真一は目を疑った。
鏡の向こう側に紙が押し込まれるようにして落ちたのだ。
「兄ちゃん。優衣ちゃんは凄いんだぜ。鏡を操れるんだ」
「か、鏡を操れる?」
なんだコイツは。
真一の優衣を見る目が一瞬で変わった。
「ほら、見て!鏡を見て」
はしゃぐ弟が指さす先ではまたもや信じられないことが起き始めていた。
「嘘だろ」
紙の中から、何かが姿形を象り具現化したのだ。
「グルルル...」
「フシュー....」
巨大な赤い龍と黒い龍が鏡の中に現れた。
その二匹は明らかに自分達三人の存在に気が付いていて、しきりに尾や体を
ぶつけ、こちら側にいる美味そうな餌を喰らおうと試みていた。
「なんだよこれ...」
「兄ちゃん。始まるよ」
真二が目を輝かせながら、これから始まることに大きな期待を寄せる。
そして、それは唐突に始まった。
赤い龍が黒い龍の尾に噛みつき、黒い龍は逆鱗に触れた自分そっくりな龍へと
黒炎の豪火球を吐き出したのだ。
「いっけー!ドラグレッダー!黒いのなんかやっつけちまえ!」
「なぁ真二。あの赤いのドラグレッダーっていうのか?」
「うん。黒いのはドラグブラッカーっていうんだ」
真一は今、自分の目の前で繰り広げられている光景を信じられなかった。
信じられなかったと同時に、心の底から得体の知れない歓喜がわき上がってきた。
誰にも負けない強大な力を誇り、その気になれば国も世界すらも滅ぼせる
あの鏡の中に潜む怪物がたまらなく欲しい。
戦いは数十分にも及び、赤い龍が黒い龍に対して優勢に戦いを進めていた。
「真一君?」
「なあ優衣。あの黒い龍、俺に寄越せよ」
血走った瞳は狂気の色に染まり、目の前に手を伸ばせば手に入る人智を越えた
力を手に入れるには何だってするというなりふり構わぬ非道さが浮かんでいた。
「無理だよ...。お兄ちゃんならそれが出来るけど、私には無理なの」
「ああ!?なんだと!」
「魔法が使えるんだろ!その魔法とやらで俺にあの龍を寄越せって言ってんだよ!」
真二と同じ顔が恐ろしい『何か』に取り憑かれたように変化したことに優衣は
耐えきれず、鏡の中に手を押し当てて二頭の龍の戦いをあっけなく終らせて
しまった。
「ああっ!なんで止めちゃったんだよぉ!」
「って!兄ちゃん?!何してるんだよ」
「手を貸せよ真二。コイツを脅してあの龍を奪ってやるんだ」
「ダメだって!兄ちゃん、そんなことしたら優衣ちゃんの兄貴が....」
「どうせコイツの兄貴も幽霊なんだろ?どけよ!」
自分を羽交い締めにする弟を振り切り、真一は優衣に再び詰め寄る。
その時、あの音が聞こえた。
キィィィィ....ン、キィィィィ....ン。
「ああっ来ちゃった」
キィィィィ....ン、キィィィィ....ン
真一の背後。真二にとっての正面に朧気な影のような何かが現れる。
それは徐々に輪郭を得て、一人の男になった。
「何をしている、優衣。ここにはあまり来るなと言ったはずだ」
「ごめんなさい。でも...」
真二をちらりと見遣った優衣はそれきり黙りこくってしまった。
「なぁ、アンタ。どうやってこんな面白いものを見つけたんだよ」
「誰だ、コイツは」
「真二君のお兄ちゃんの真一君」
優衣の兄、神崎士郎は困ったように頭を掻く真二を一瞥し、家に帰る様に促した。
「いこ、真二君。今お兄ちゃん怒ってるから」
「で、でも...兄ちゃんが」
「気にすんな真二。朝には戻る」
妹と弟を追い出した兄達は改めて互いの存在を認識した。
「どうも始めましてお兄さん。城戸真一といいます」
「今日はアンタにお話しがあるんですよ」
「率直にお願いします。あの黒い龍を俺に下さい」
身も蓋もない強欲で一方通行の要求を突きつける真一。そのズボンのポケットの
中にはバタフライナイフがその出番を待ち構えていた。
「良いだろう。だが、それには一つだけ条件がある」
「なんだよ?その条件ってのは?」
「ついてこい。実際に見た方が理解が早い」
神崎士郎は鏡に手をかざし、真一を異界へと誘った。
誘われるままに真一も士郎の後を追い、鏡の中へと飛び込んでいった。
~~~
真一が降り立った場所は、どことも知れぬ暗い海辺だった。
月光に照らされた二人の男が、先程見たドラグブラッカーと同じ存在を使役して
命懸けの死闘を繰り広げている。
ライダーバトルとは異なり、あくまでもこの戦いは使い魔を使役する戦いだった。
その証拠にミラーモンスターの傍らに控える男達は何の変哲も無い服を着ている
一般人のようだった。
「ルールは?」
「12人の総当たり戦だ。契約獣を使い最後の一人になるまで戦え」
「敗北した人間はどうなるんだ?」
「契約者は最後の一人になるまで戦う。最後の一人になるまでな」
ぞっとするような恐ろしい色の浮かんだ瞳で神崎士郎は真一に念を押す。
勝敗はあっけなくついた。
サイのような契約獣が蜘蛛のような契約獣をその角で貫き、勝利の雄叫びを
上げながら敗北した契約獣の主を頭から貪り喰らったのだ。
「人を、殺せるのか」
「ああ。お前が望むのならば幾らでも」
「乗った。アンタに手を貸してやるよ」
その時、神崎士郎は確かに笑った。
城戸真一という一人の人間が人間であることを放棄した瞬間だった。
~~~
ドラグブラッカーを得た城戸真一はまさに最強に相応しい契約者だった。
契約者の戦い。そう神崎士郎はこの戦いのことを評していた。
自分の内で暴れる凶悪な破壊衝動を満たすことさえ出来れば良いと考えている
真一にとってはどうでも良いことだったが、士郎曰く、この戦いはいずれ来る
戦いの前哨戦というものらしい。
彼の両親が、生まれつき真一の心は壊れていると評したように人としての大切な
何かが致命的に欠けていた『リュウガ』は、翼を得た虎のように次々に神崎士郎の
口車に乗せられた哀れな人間達を殺し続けた。
契約者と共に戦うに相応しい契約獣を選定する戦いには様々な人間が士郎の
口車に乗せられて参戦していた。
正義感に燃える警察官、チンピラ、普通の小学生、窓際族のサラリーマン等が
それぞれの内に抱えた心の中の欲望を契約した獣達に与えることで契約獣は
より強大に、より醜悪な姿へと己を変貌させていった。
最後の一人になれば、どんな願いも叶えられる。
『合わせ鏡が無限の世界を形作るように、現実における運命もひとつではない』
『同じなのは欲望だけ』
『全ての人間が欲望を背負い、その為に、戦っている』
『その欲望が背負い切れないほど大きくなった時、人は、ライダーになる』
『ライダーの戦いが始まるのだ』
しかし、真一の契約獣であるドラグブラッカーは契約主の殺戮本能を幾たび
注がれてもその姿を醜く変えることは一度も無かった。
なぜなら『リュウガ』はミラーワールドで最初に生まれたライダーだからだ...。
奇跡に縋るしかない哀れな人間達が怪物に叶う道理などどこにもなかった。
~~~
「はは、ハハハハハ」
「アハハハハハハハ!!!」
狂ったように叫びながら怪物は現実世界で暴れ回っていた。
鏡の世界で契約獣を戦わせる戦いがあと一回で終わる頃には、既に城戸真一は
己の体の大半をミラーモンスターと同じくする存在へと成り下がっていった。
正確に言えば、神崎士郎のとある目的のための被験体になってしまったのだ。
尤も正気を失っていた怪物にとって、それは本当に些末なことだった。
鏡の中を通り、自分に刃向かった『餌』の家に忍び込み、ミラーワールドへと
引きずり込んで捕食する。そんなことを繰り返していたある日の出来事だった。
その日は、リュウガにとって最悪の日だった。
ミラーワールドの中で眠りに落ちていたリュウガは、鏡の外側から誰かが
自分を探している気配を察し、臨戦態勢へと入った。
「真一君!真一君!どこなの!」
「お前、誰だ...」
自分の眠りを妨げる存在を確かめたリュウガは、その少女がかつて弟の横にいた
あの神崎士郎の妹だと言うことに気が付いた。
「神崎、優衣...」
「真一君!助けて!真二君が!」
既に優衣と出会った日から数ヶ月が経過していた。
「しん、じ...真二が、どうかしたのか」
「真一君に間違われて、襲われてるの!」
優衣の悲痛な叫びに、リュウガの意識は『真一』へと引き戻された。
「真二が襲われている?!どこだ!アイツはどこにいる!」
「こっち!早く来て!」
優衣の手鏡の中に身を潜めた真一は、優衣と共に弟のいる場所へと急行した。
~~~
「真二君!」
優衣が辿りついたのは、人通りのない鉄橋の下だった。
真二は凄惨な暴行を複数人に受け、朦朧としながら懸命に生きようとしていた。
既に弟の脇腹には深々と包丁が突き刺さっていた。
真一は暴漢達の中に見覚えのある顔を見つけた。
自分と雌雄を決する戦いの相手である最後の契約者だった。
「ウオーッ!」
咆哮を上げながら真一は鏡の中から飛び出し、普通の人間よりも遙かに強い
腕力で次々に弟を襲う暴漢達をなぎ倒していく。
しかし、暴漢達は真一よりも二回り大きい巨漢達だった。
あっという間に素手の真一を巨漢達は取り押さえてしまった。
「[ピーーー]やーっ!」
「ガッ!?」
真一の体に何度も何度も暴漢の包丁が突き立てられた。
それは、怪物と呼ばれた真一の最後にしてはあまりにもあっけないものだった。
「いやああああああああ!!!」
拘束され、為す術もなく殺されていく真一の姿を見てしまった優衣は気を失って
しまった。真一もそれに前後するようにあっけなくその生涯を終えようとしていた。
筈だった。
「助けて!お兄ちゃん!助けてええええええええ!!!」
妹の悲痛な叫びと共に、神崎士郎が姿を現した。
「....」
神崎士郎は無言で自分の契約獣である金色の不死鳥を召喚し、目の前にいる
男達を全て焼き払った。
「しっかりしろ。優衣」
「ごめんなさいごめんなさい。真一君、真二君。ごめんなさいごめんなさい」
茫然自失状態の妹は、二人の友達を死に追いやった自らの無力さを呪い、
ブツブツと謝罪の言葉を呟くだけのマリオネットになってしまった。
「お兄ちゃん。お願いです二人を生き返らせてくださいお願いします」
「....できる限りのことはしてみよう」
最愛の妹の心をこれ以上傷つけたくなかった神崎士郎は、ミラーワールドの
コアミラーの力を使い、真一と真二の蘇生を試みた。
結果として神崎士郎が二人に施した処置は二人の命を長らえさせる結果を出した。
しかし、それは一方に永劫に等しい苦痛を与えるものでもあった。
真一は実体を失い、人と呼ぶにはあまりにも不安定な存在へと成り下がった。
神崎士郎は城戸真一を延命させるために、彼を正真正銘のミラーモンスターへと
変えてしまったのだ。
「優衣。もう大丈夫だ」
「今の俺の力では一人を生き返らせるので手一杯だ」
「だが、安心しろ。城戸真一も死なせない」
「奴は、お前と同じ存在になるんだ」
神崎優衣と同じ存在になると優しく諭した士郎だが、それについては些かの
差違が生じる。
優衣の場合はミラーワールドの自分から寿命を貰い、同じ存在へと同化している。
ライダーバトルの終焉は神崎優衣の20回目の誕生日である。
では、なぜ神崎優衣の20歳の誕生日でライダーバトルが終わるのか?
結論から言えば、神崎優衣はどの並行世界であっても殆どの確率で短命に
死ぬ運命にあるからだ。
もっと正確に言えば、一番長生きできる可能性というものが神崎優衣には
二十歳までしかない。
この場合、並行世界の自分自身の寿命が尽きるのが20歳の誕生日であり、
そこまでは何も問題なく普通の人間と同じように生きることが出来る。
ただ、20歳以降は生きられないという運命はどう足掻いても覆ることは
この先二度と無いというデメリットが生じてしまった。
一方、真一の場合は自らの延命に真二の命を共有する形で命を長らえた。
優衣の場合と異なるのは、真一は命を失う前に辛うじて人間の肉体を持ったまま
ミラーモンスターと同じ存在になったことである。
城戸真司が人間として生き続ける限り、その生命エネルギーが真一にも同量分
流れ込む。即ち、真司と同じ様に真一も成長することが出来るように神崎士郎が
城戸真一という存在を「そう言う存在」として作り替えたのだった。
だからこそ、城戸真一は城戸真司と何もかもが全く同じ姿を取る事が出来た。
神崎優衣が真一のことを自らと同じと評したのは、かつての優衣が鏡の中の
もう一人の自分から命を分け与えられ、一つの命を共有するのに同化して何とか
生きながらえたのと同様に、城戸真司の命を共有する真一もいずれ現実世界に生きる
真二と同化することが分かっていたからである。
しかし、こちらの場合にも綻びが生じ始めている。
ライダーバトルの終焉が近づき始める中、ミラーワールドの境界線の線引きが
曖昧になりつつあるが故に、真一の真司に対する干渉の勢いが徐々に強まっている。
双頭の獅子のように、一つの体に宿る同じ命を共有する二つの存在は高い確率で
共存することは不可能に等しい。
いずれ喰らい合い、一つの命が必ず死を迎える結末が訪れるのだ。
更に、城戸真一が城戸真司の体を乗っ取る確率は、どの並行世界においても
神崎士郎の思惑が成功する確率よりも、ずっと高い。
即ち.....
~回想終了~
ゾルダとタイガ達が最終決戦に臨もうとする中、オルタナティヴと龍騎の戦いも
大きな転換点を迎えようとしていた。
「...........」
黒い炎を上げ、その姿を一瞬で黒い霧へと変化させたリュウガは龍騎へと
まとわりつき、城戸真司の体を乗っ取った。
「なんてことだ...」
疑似ライダー専用の『契約』のカードで契約したディスパイダー・リボーンで
雑魚モンスターを駆逐しつつ、サイコローグを強化していたオルタナティブは
少なくとも、香川英行はその顛末をそう分析した。
糸の切れたマリオネットのように立ち尽くす龍騎の体がビクンと震えた。
その瞬間、オルタナティヴの周囲を取り囲んだ全てのミラーモンスターが
蜘蛛の子を散らすようにして逃亡を始めた。
浅倉威と対面したときとは比較にならない殺気が全身を駆け巡る。
毛穴からマダニと蛆が吹き出し、全身の血液は瞬く間に腐食する。
骨は髄まで見えない何かの歪な牙に万の顎で齧られる。
あれは死だ。
直視すれば死ぬ。戦えば死ぬ。逃げれば死ぬ。見れば死ぬ。
幾千幾万を超えた億通りに届く死の膨大なイメージがオルタナティヴの脳へと
一斉に叩き込まれる。
勝てない。勝てるわけがない。
無意識のうちにオルタナティヴはデッキから一枚のカードを引き、それを
カードリーダーへと読み込ませた。
それは、圧倒的実力差に立ち向かおうとした弱者の最後の悪足掻きだった。
その瞬間、時が止まった。
「Final vent」
それがリュウガかオーディンのファイナルベントだったかは定かではない。
最後に彼が見た景色は
立ち尽くす自らの体から切り落とされた自らの首だった。
~~~
「何だ、英雄というのも案外脆いものだな」
遂に己の悲願を達成したリュウガ/城戸真一は目の前で木っ端みじんに
粉砕された哀れ英雄になれなかった男の亡骸を踏みにじり、悦に入っていた。
「真二、安心しろ。お前の望みは俺の望みでもある」
「神崎優衣を救い、ライダーバトルを終わらせる」
己の死から数年の長き時を経て、遂に男は復活を果たした。
弟の体の全ての主導権を乗っ取り、己と弟の全てを一つに束ねたのだ。
「言ったよな、真司。お前と俺は兄弟だ。誰よりも近しい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「故に、今の俺達こそが本当の城戸真司なんだ」
そして、城戸真司はどこへともなく消え去っていったのだった。
今日の投稿はここまでです。鏡像の城戸城戸真司がどういう存在なのかを自分なりに考察して掻いてみたつもりなのですが、作中の説明を簡単にすると
ミラーワールドの優衣(二十歳までしか生きられない並行世界の優衣であり、この物語に登場する優衣に自分の命を与えることに同意した存在)が、
この世界の神崎優衣に命を分け与えたのと逆バージョンのことを神崎士郎は城戸真一に施した。
即ち、現実世界で死に瀕した城戸真司(兄の死を望まずに、何とかして兄弟二人で生き残りたいと思っていた)の命をミラーワールドの存在となりつつある
城戸真一につなぐことで(真司の生命エネルギー)、一時的に城戸真一をミラーモンスターでもなく、人間というにはあまりにも曖昧な存在へと変えた。
しかし、ライダーバトルが進むにつれて現実世界とミラーワールドの境界線が曖昧になりつつあり、隣り合う二つの世界が一つに収斂し始めているため、
(龍騎本編の最終話のハイドラグーンの現実世界の侵攻の一歩手前の状況になっている)ミラーワールドの存在と現実世界の存在が同化し始めている故に、
真一は真司の体を乗っ取ることに成功した。という解釈で読み進めてください。
ライダー&契約獣紹介
合体モンスター 獣帝マグヌム・オプス(ジェノサイダー)
身長:450cm(両翼展開時、700m)
体重:700kg
握力(左腕):250t
ジャンプ力:一飛び60m
パンチ力:350AP
キック力:500AP
AP(アドベント時):10000。
神崎士郎と結託した仮面ライダーゾルダがユナイトベントによって己の契約する
契約モンスターであるマグナギガ、バイオグリーザ、ガルドミラージュの三体を
合体召喚した、その名の通り烈火王蛇ベノヴァイパーやゴルドフェニックスさえ
超越した最強のミラーモンスターである。
合体モンスターの戦闘力(AP)は合体したモンスター同士の相性によって
決定されるいわば総合値の様なものであり、劇場版EpisodeFinalにおける王蛇の
ジェノサイダーがドラグブラッカーの石化ブレスによって石化した例もある為、
必ずしも数値が高ければ高いほど絶対的な強さを誇るというわけではない。
この合体モンスターはそうしたデメリットを合体したモンスター同士の個々の
能力によって全てを補完し合っている為、高い戦闘力を保持したまま殆どの弱点を
潰し、万全にして最高の、最も優れた契約獣として君臨する事となった。
全身重火器の塊であると同時に、単体での防御力の高いマグナギガはその巨大な
体躯故に、敏捷さで勝る同格のモンスターに劣るという欠点が存在した。
しかし、ユナイトベントにより姿を消すステルス能力を持ち、バネが仕込まれた
逆関節の脚部による高跳躍力を武器としているバイオグリーザと、飛行能力を持つ
ガルドミラージュの二体の持つ長所を兼ね備えた最強の合体モンスターが生まれた。
外見は四足四腕四腕のケンタウロスそのものであり、無機的でありながら
有機的な生物の要素を含んだ剛柔兼ね備えた万能型のミラーモンスター。
ロボットのように無機質だったマグナギガの体にバイオグリーザの特性である、
しなやかで強靱な筋肉が絡みつき柔軟性と機動性を補っている。更にその背には
三体分のミラーモンスターが合体して尚、その巨体を浮き上がらせ、飛行可能
たらしめる2枚の歪な機械と鳳凰型モンスターの翼が融合した飛行ユニットが
接続されている。
また、思考能力も三倍以上に跳ね上がり単体による戦闘行動を展開する事が
可能となり、カードの枚数が制限されているライダーとは異なり、全身武器庫
であるが故に、状況と距離に応じた戦略にて敵を迎え撃てるようになった。
しかし、サバイブによるライダー強化ではないため、ミラーモンスターの
戦闘力と比較するとライダーのスペックはそのままというデメリットが生じる為、
そこにつけ込む隙が僅かに存在する。
また、オーディンのゴルドフェニックスを凌駕する余りにも高すぎる攻撃翌力を
誇るため、このモンスターが暴れ続けるとミラーワールドが崩壊してしまう
かもしれない危機に陥る危険性が存在する。
加えて、合体は契約主であるゾルダにも解けないためジェノサイダー自身の
防御力を凌駕する攻撃を受けてしまえばひとたまりも無い。
ファイナルベント名は奇しくも並行世界のジェノサイダーと同じドゥームズデイ。
並行世界のジェノサイダーのそれは開腹した己の胴体目掛け、王蛇が必殺技の
ライダーキックを叩き込み、小型ブラックホールへと叩き込むが、この世界の
ジェノサイダーのそれは、相手を空間に固定した上で、剣で切刻み、フルボッコに
した上でゾルダのファイナルベントであるエンドオブワールド(三体合体により
ミサイルもビームの威力もその量も三倍以上になっている)を叩き込む。
合体によって増加したアドベントカード
アドベント:マグヌム・オプスを召喚する AP:12000
シュートベント:AP6000
ギガランチャーを二連結した巨大砲門を召喚、ロックオンした相手が例え
ガードベントを使用しても、その盾を木っ端みじんに粉砕し、続く二射目で
ライダーも粉砕する最高15連射可能な無反動移動砲門。
ガードベント:GP6000
相手の攻撃を防御したと同時に、防いだ衝撃を相手へ同じ威力で返したり、
ライダーの意志によってその大きさを自在に変化させることも可能となった盾。
パンチングアーマーとして相手の防御の上から殴りつけることも可能な攻防兼用
できるギガアーマーの強度と大きさが倍になったガードベント。
スチールベント:相手の武器やアドベントカードさえ盗めるカード。
ホールドベント:AP4500
ガルドミラージュの圏の大きさになったベルデのヨーヨー。
外見は片手持ちの盾であり、上級ミラーモンスターでさえ切り裂く程に鋭い。
接触した相手の体に触れる爆発反応を起こす爆発反応装甲仕様となっている。
また、ホールドベント本来の使い方として相手に投げつけ、雁字搦めにして
身動きが取れないようにして拘束するという使い方もある。
ファイナルベント:AP15000
ファイナルベント名は奇しくも並行世界のジェノサイダーと同じドゥームズデイ。
並行世界のジェノサイダーのそれは開腹した己の胴体目掛け、王蛇が必殺技の
ライダーキックを叩き込み、小型ブラックホールへと叩き込むが、この世界の
ジェノサイダーのそれは、相手を空間に固定した上で、剣で切刻み、フルボッコに
した上でゾルダのファイナルベントであるエンドオブワールド(三体合体により
ミサイルもビームの威力もその量も三倍以上になっている)を叩き込む。
勿論、直撃すれば例えゴルドフェニックスであっても確実に一回で死ぬ。
仮面ライダー龍牙
身長:193cm
体重:95kg
パンチ力:600AP(30t)
キック力:800AP(40t)
ジャンプ力:75m
走力(100m)2.5秒
鏡像の城戸真司こと城戸真一が弟である城戸真司を急襲して完全に吸収した上で
疾風のサバイブを使用して強化変身したリュウガの最強形態。現実世界の真司と
ミラーワールドの真司が融合している為、アドベントカードを共有し、身体能力は
二倍にまで跳ね上がっている。
マグヌム・オプスを最強のミラーモンスターとすると、リュウガサバイブは
最強のミラーワールドのライダーと言える。ライダーのスペックはオーディンを
抜き去りにし、ミラーモンスターのスペックもドラグレッダーを吸収、一つに合体
している為、その戦闘力も二倍に跳ね上がっている。
契約獣 暗黒無双龍・ブラックドラグレッダー
ドラグブラッカーとドラグレッダーの二体が合体して生まれた双頭の龍。
ミラーワールドに二体しか存在しない龍型のミラーモンスターが本来の姿に
戻った為、APは11000とあのマグヌム・オプスと同等か上回っている。
龍型のモンスターであるブラックドラグレッダーの力を与えられたライダー。
攻守共に二倍の威力へと跳ね上がったの十枚のカードを駆使し、状況に応じた
臨機応変な戦い方を取れるのが特徴と言える。
また、ブラックドラグレッダーへと二体の龍達が合体する事により、片方が
アドベントカードによる状態異常が打ち消される効果がある。
所持カード
ソードベント×2
・ドラグセイバーを装備。4000AP。
ストライクベント×2
・ドラグクローを装備。4000AP。
ガードベント×2
・ドラグシールドを装備。4000GP。
腕に装備する場合と両肩に装備する場合を選択可能。
アドベント×3
・ドラグレッダー、ドラグブラッカー、ブラックドラグレッダーの三体を召喚可能。
なお、ブラックドラグレッダーは龍牙の意思一つで分離、再融合が可能である。
5000AP、6000AP、11000AP。
ファイナルベント×3
・ドラゴンライダーキック(龍騎、リュウガ、ブラックドラグレッダー)を発動。 6000、7000、12000AP。
リターンベント:タイガから城戸真司へ譲渡された一枚。一度使用したカードを使える。
仮面ライダー龍牙サバイブ
サバイブ~疾風~のカードによってパワーアップした龍牙の最強フォーム。
ブラックドラグレッダーも無双烈火龍・ブラックドラグランザーに進化した。
二倍に跳ね上がった炎の力に加え、疾風の力による加護を受けている為、
ライダー、契約獣共に相乗効果で更に戦力が増加されている。
ソードベント×2 6000AP
ドラグバイザーツバイが銃剣のように変形するドラグブレードと疾風の力を
宿した柄のみの剣であるドラグソードの二本を召喚する。必殺技は二本の刀に
それぞれ烈火と疾風の力を宿した斬撃で相手を一刀両断するバーニングセイバー
(バーストセイバー)
ガードベント 6000GP。
・ファイヤーウォールを発動。ブラックドラグランザーが直接龍牙サバイブを守る。
シュートベント 7000AP。
・メテオバレットを発動。直撃すれば死、石化しても死が待ち受ける。
ストレンジベント
・使ってみないと何が起こるか分からないカード。
アドベント
・無双烈火龍・ブラックドラグランザーを召喚。15000AP。
ファイナルベント
・ドラゴンファイヤーストームキックを発動。20000AP
仮面ライダータイガサバイブ
身長 205cm
体重 100kg
パンチ力 550AP
キック力 650AP
ジャンプ力 一飛び75m
走力(100m)3秒
烈火のサバイブによって強化変身を遂げたタイガのサバイブ形態。
デストワイルダーは烈火の力を宿す炎帝獣・デストブレイカーへと進化した。
バイザーは両刃の巨大な斧の中心にカードを入れるデストバイザーツヴァイ。
ライダー自体のスペックは大幅に上昇したが、体力の消費がとても激しい為、
ノーマル形態でカードを大量に持ち、体力を温存しながら持久戦に持ち込める
ゾルダや二人分の体力を持つ龍牙サバイブと比較すると長期戦に難がある。
炎帝獣・デストブレイカー
全長 5m
全幅 2.9m
全高 1.8m
重量 560kg
サバイブ~烈火~の力によって強化された白虎型ミラーモンスター。
二足歩行型から四足歩行へと移行したことによって、全長5m・体重560㎏と
以前の倍ほどの巨躯を誇るようになった。
刀の如き巨大な爪と烈火と氷の力を宿した強力なブレスが主な武器である。
その一撃はいかなるミラーモンスターをも切り裂き、その体を包む炎と氷の力を
内包した金色の毛皮はあらゆる攻撃から主や己の身を守護する鉄壁の城塞となる。
空は飛べないが、炎に姿を変え攻撃を無効化したり、空間に氷の足場を発生させ
空中を飛ぶ敵へと肉薄する等、能力の汎用性はかなり高い。
また、炎と氷の力を得たことにより、更なる進化をライダーへともたらした。
所持カード
アドベント AP9000
・デストブレイカーを召喚する。
ストライクベント AP5500
・氷の力と炎の力を宿したデストブレイカーの爪を模した籠手を与える。
ガードベント GP6000
・氷の甲冑をタイガに纏わせ、いかなる攻撃をも身代わりに受ける。
トリックベント AP3000
・実体のある分身やない分身を十以上作り、相手を撹乱する。
フリーズベント×2
・ライダーの動きを止めるカードとミラーモンスターを停止する二枚がある。
コンファインベント×2
・相手のカードの効果を無効化する。
スチールベント
・相手のカードを奪う。
ストレンジベント
・使ってみなければ何が起こるか分からないカード
ファイナルベント AP13000
デストブレイカーが超高密度にまで圧縮した氷と炎の四角錐を出現させ、逃げ道を塞ぎ
そのまま相手目掛けて発射し、八つ裂きにする、更にその攻撃を耐えたとしてもタイガサバイブが
炎の力を宿したデストバイザーツヴァイで一刀両断したり、ライダーキックで粉々に砕く。
>>1さん投降お疲れ様です。
このお話は神崎が結末を認めないと叫んで巻き戻しになる運命なのでしょうか?
彼は自分に都合が悪い結末を迎えたライダーバトルの場合(オーディンが死亡、もしくは結末を待たずに神崎結衣が消滅)は問答無用でタイムベントで時間を巻き戻していたそうなので、それが気になります。(なので、聞いた話によると劇場版のあれもシアゴーストたちとの決戦の後、タイムベントで巻き戻されたという設定になっているそうです。)
原作では最終的に何度繰り返しても「結衣が新しい命を欲しない」と幾度もなく繰り返してやっと理解した神崎士郎が、時間を巻き戻すのと同時に自分と結衣をミラーワールドの中に引き込んで封じた結果があの結末なのだそうなので、それだとしたらここまで頑張った佐野が報われないなって思います。
物語りは最終局面へと向かっていますが、自分も就活が近いのでその対応をしつつ楽しみにしています。
コメントありがとうございます。質問に対する答えとしてはそういうのは考えていません。
ただ僕自身もこの物語を書く時に、小説版やHEROSAGAにおける龍騎の物語の一部の設定を流用したりしています。更に私的な考えとして、神崎士郎も不死身というわけではない。ミラーワールドにも何らかの限界があるんじゃないか、ライダーの欲望<ねがい>が神崎士郎の至上命題すらを軽々と凌駕した場合には
ゴルドフェニックスという一種の不可能すら超える最強のミラーモンスター<可能性>すら生み出すのではないか。とかエトセトラエトセトラ。
長くなりましたが完全に最後の一人になるまでライダーバトルは続きます。佐野君も仲村君も香川先生もゴロちゃんも真司君も真一君も、そして神崎士郎も
叶えたい願いのために戦っているので、戦いの最中に命を落として道半ばで果てる覚悟は全員持っているでしょう。
最後の一人の願いは必ず叶う。それが、この繰り返された一つの可能性としてのライダーバトルにおけるたった一つの結末とだけお答えします。
最近読み始めたけれども面白いスレだなぁ
まさか東條があんな感じになるなんて思いもしなかったし
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