藤原肇「重ねる手、重なる想い」 (47)
アイドルマスターシンデレラガールズのSSです。
少しだけ未来のお話になります。
よろしくお願いします。
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重い沈黙が続く。
相手は静かに目を閉じ、こちらが切り出してくるのを待っている。
もちろんそうするつもりだし、そうするべきなのだけど。
いざ口を開こうとすると、緊張のあまり喉が渇き、掠れた音が口から溢れるだけ。
そしてまた、沈黙が訪れる。
隣に座る『彼女』が、心配そうな目でこちらを見ているが、それに応える余裕すら、今の自分にはなかった。
ありきたりなセリフだった。
漫画や小説、そして撮影の仕事についていった時ですら聞いたことのある、使い古された言葉。
それが、いざ自分が口にしようとすると、こんなに重いものだったとは。
しかし、言わなければならないし、言うべきセリフだった。
堪り兼ねて口を開きそうになった隣に座る『彼女』を制して、何とか笑ってみせる。
……うまく、笑えているだろうか。
(……ここで自分で言わなきゃ、さすがにカッコつかないよな)
出されていたお茶をぐいっと飲み干して、ひとつ深呼吸をする。
姿勢を正し、もう一度向き直る。
そして
「お孫さんと、―――肇さんと、一緒になることを、お許しください」
正面に座る相手―――肇の祖父に対し、頭を下げた。
「藤原肇」がアイドルとしてデビューしたのは16歳の頃だった。
当時の肇は表情も固く、動きもぎこちないものだった。
上京してきたばかりで慣れない生活の中、それでも必死に頑張ろうとしていた。
こうと決めたら曲げない性格で、レッスンも自分が納得するまでひたすら打ち込んでいた。
初めての担当アイドルで慣れていなかった俺も、そんな彼女と二人三脚で支えていった。
努力の甲斐あってか、少しずつ人気を伸ばしていった彼女は、次第に柔らかく自然な表情を見せるようになり、パフォーマンスも華やかなものへと成長していった。
その一方で、互いに名前で呼ぶようになったり、肇の帰省時にはともに岡山へ来るよう誘われたりと、信頼も深まっていった。
デビューしてから3年目。
肇は単独ライブで大成功を収め、トップアイドルの仲間入りを果たした。
そのライブの後、肇から告白をされた。
どうやらライブ中に思わず彼女の名を呼んだことが引き金になったらしい。
もちろん、アイドルとしてだけでなく、女の子としても成長し、より魅力的になっていく彼女を間近で見ていた俺自身も、肇に強く惹かれていた。
ただ、アイドルとプロデューサーという立場もあり、一度は断った。
しかし、一度告白をしてから吹っ切れたのか、その後は直接的なアプローチが増えた。
やがては事務所の仲間たちも肇を応援するようになっていき、終いにはちひろさんにまでいい加減にしろと説教を食らったこともあった。
彼女の一途さというか頑固さに、最終的にはこちらが根負けした形で交際が始まった。
彼女が大学を卒業した今年の春。
今度はこちらからプロポーズした。
その時も緊張して、何を言ったのかは正直よく覚えてはいない。
でも、「はい」という短い返事と、今まで見た中でも飛び切りの笑顔は、今でもはっきりと思い出せる。
肇の大学卒業に立ち会うために上京していたご両親にまず報告した。
長い間プロデューサーとしても何度か顔を合わせていたし、交際するようになってからも定期的に連絡は入れていた。
その甲斐あってか、信頼してもらえていたらしい。
ご両親ともに、喜んで賛成してくれた。
事務所のみんなに報告した時は、揃いも揃って「ようやくか」みたいな冷ややかな視線を(主に俺に)投げてきたが、それでも温かく祝福してくれた。
ただ、もう一人報告すべき人だった肇のおじいさん。
電話よりやはり直接会って伝えるべきだったが、ちょうど仕事が忙しくなったこともあり、なかなか時間がとれなかった。
今回ようやく、二人の休みをなんとか合わせることができたので、岡山の肇の実家に来た。
おじいさんには、ご両親を通して「大事な話がある」とだけ伝えてもらっていた。
…………………
…………………
再び、沈黙が続く。
相手はどんな表情をしているのか。
頭を下げている自分にはわからない。
おじいさんは直接いうことは無かったものの、肇をとても大切にしていた。
溺愛していたと言ってもいい。
最悪、怒鳴りつけられることも覚悟の上だった。
「ついてきなさい」
声がかかる。
予想していなかった答えだった。
許すわけでもなく、怒鳴りつけるでもない。
「それは……」
どういうことですか?
思わず疑問を投げかけそうになった。
しかし、顔を上げるともうおじいさんは部屋を出て行くところだった。
隣の肇と顔を見合わせる。
肇は、わからない、というように首を振る。
お義母さんは、少し困ったような笑顔を見せるだけだった。
「何をしている。早く来なさい」
「は、はい!」
静かながら迫力の篭った声を聞いて、慌てて立ち上がった。
おじいさんに連れてこられた先は工房だった。
後ろに続いて、肇も入ってくる。
工房の中は何度か立ち入ったことはあったが、その時は作りかけの作品や乾燥させているもので溢れかえっていた。
しかし今日は、それら一切が綺麗に片付けられていた。
「何でもいい。何か作ってみなさい」
指で示された先には、いくらかの粘土と、轆轤が一つ。
試験、なのだろうか。
……やるしかなさそうだ。
「わかりました」
答え、上着を脱いでシャツの袖を捲った。
……正直、備前焼の正しい工程はよくわからなかった。
以前に一度だけ、肇に勧められて挑戦したことがあるくらいだ。
記憶を頼りにやるしかない。
肇の言葉を思い出しながら、粘土を捏ね始める。
確か、ちゃんと空気を抜かないと、焼く時に割れてしまうんだったか……
丹念に、丹念に、練っていく。
……このくらいで大丈夫だろうか。
練り終わった粘土を、轆轤に移す。
ゆっくりと回転する粘土に手を添え、形を作っていく。
少しずつ、少しずつ、思い描いたように整えていく。
イメージが大切だと言っていた。
しかし
「……あっ」
ほんの少しだけ指先が乱れた。
ただそれだけで、粘土は歪み、一瞬で崩れてしまった。
失敗だ。
轆轤を止め、ふぅ、と息を吐く。
あと少しと気が緩んだのかもしれない。
わかってはいたが、やっぱりやってみると難しい。
確か、初めて挑戦した時も失敗し、その時は諦めたんだったか。
肇が、心配そうにこちらを見つめている。
今回ばかりは、途中で投げ出すわけにはいかない。
大丈夫だ、と目配せし、新しく粘土を練る。
練り終わった粘土を再び轆轤へ。
今度こそ、と思い轆轤を回す。
ところが、今度は気負いすぎたのか、すぐにまた歪んでしまう。
上手くいかない。
また粘土を練り、轆轤を回す。
しかし、また歪んでしまう。
次第に焦りがつのっていく。
失敗を重ねれば重ねるほど、指先の感覚が狂ってしまう。
おじいさんは何も言わずに腕を組み、ただじっとこちらを見ている。
まるで品定めされているかのようだった。
気がつけば、用意されていた粘土はほとんど無くなっていた。
次が最後だ。
これを失敗したら、もうチャンスはない。
これを失敗したら、もう認めてはもらえないかもしれない。
何とか練り終えるが、長時間の作業と極度の緊張で手が震えてしまっている。
このままではまた失敗してしまう。
何とか抑えようとするが止まらない。
もしまた失敗したら―――
「―――大丈夫ですよ」
不意に背後から声がした。
そして、右手の甲にひやりとした感覚。
上がりすぎた熱が、奪われていくような感覚があった。
「貴方なら大丈夫です」
肇の声がした。
震えていた右手に、彼女のひと回り小さな手が重ねられていた。
「落ち着いて、周りをよく見て。―――私がいますから」
きゅっと、重ねられた手が握られる。
「……手、汚れるぞ」
「気にしません」
「……かっこ悪いところ、見せちゃったな」
「これから、かっこいいところ見せてくれればいいです」
「……今日は、励まされてばかりだ」
「今まで、たくさん支えてもらいましたから」
握られた手に力が込められる。
その手を、ゆっくりと握り返す。
「これからは、ふたりで支えあっていきたいです」
「……そうだな」
いつの間にか、手の震えは止まっていた。
こほん、という咳払いではっとする。
顔を上げると、おじいさんが何やら居心地が悪そうにこちらを見ていた。
「す、すみません!」
「ご、ごめんなさい、おじいちゃん」
肇が慌てて離れていく。
さすがに目の前でふたりの世界に入ってしまったのはまずかっただろうか。
おじいさんは再び黙って見ているだけだったが、心なしか威圧感が増したような気がした。
気を取り直して、最後の挑戦に取り掛かる。
先ほどまでの緊張はもうなかった。
今度は、周りがよく見える。
後ろに立っている肇を、しっかりと感じ取れる。
もう、失敗する気はしなかった。
ようやく、湯のみがひとつが出来上がった。
お世辞にも上手い出来とは言い難かったが、不思議と手応えがあった。
「出来ました」
そう言って、おじいさんに見せる。
じっと器を見たおじいさんは、一瞬、目が細めらた。
ふとそれまでの威圧感が緩んだ気がした。
しかし、
「えっ?」
「おじいちゃん!?」
そのまま、何も言わずに工房を出ていってしまった。
…………ダメだったのだろうか。
不安がよぎる。
どうしていいかわからず、立ち尽くしていると、入れ替わりで肇のお母さんが入ってきた。
「あ、あの……どうだったんでしょうか」
「よかったわね、おめでとう」
「えっ?」
「お義父さん、認めてくれたよ。」
「ほ、本当ですか!?」
「本当なの?」
「こんな嘘は言わないわよ。―――出てくるときにね、『器が、いい表情しとった』って言ってたの。」
「よかった……もう、急に出て行っちゃうからびっくりしたよ」
「直接言わなかったのは、恥ずかしかったのか意地だったのかはわからないけど。まったく、あの人もホント不器用なんだから」
「あ、あはは……はぁ……」
「あ、Pさん!?」
お義母さんのその言葉を聞いて気が抜けたのか、その場にへたり込んでしまった。
「大丈夫だ。……そっか、認めてもらえたんだな……」
「はい。本当に、よかった……」
「Pさん、この子のこと、よろしくお願いしますね」
「は、はい!もちろんです!」
「それから、肇」
「なに?お母さん」
「……おめでとう。幸せになりなさいね」
「!……うん、ありがとう……!」
…………………
…………………
その日の夕食は、そのまま藤原家でごちそうになった。
お義父さんやおじいさんと酒を酌み交わし、楽しい団欒を過ごさせてもらった。
お義父さんは酒があまり強くなかったようで、酔った勢いで肇の幼いころのアルバムを引っ張り出してきたので、早々に肇に引きずられて退場していったが。
「あの子も、本当に変わりました。これもPさんのおかげですね」
「いえ、自分は何も……変われたのは肇自身の強さだと思います」
「そう言ってくれるとありがたいわ。……あの子も、立派なお婿さんを捕まえたわね」
「……ありがとうございます」
「これで藤原家も安泰ね」
「はい……えっ?」
「お義父さんが認めたんだもの、修行を積んで、藤原の窯を継いでもらわないと」
「あ、あの!?」
「早く孫の顔を見せてくださいね。お義父さんも、あれでかなり楽しみにしてるから。もちろん私もね」
「お義母さん!?」
「さて、それじゃあ私たちも退散しますねー。あとは若い二人に任せて。ほら、お義父さん、そんなところで寝ると風邪ひくわよ」
「む……うむ……」
「それじゃ、おやすみなさいね。……あの子のこと、『よろしく』お願いしますねー♪」
「ちょ…!あ、お、おやすみなさいー!?」
「まったく、お父さんったら……あれ、Pさんだけですか?」
「あ、あぁ、おじいさんを部屋に連れて行ったよ。今日はもう寝るみたいだ」
「そうですか」
戻ってきた肇が、自然に隣に座る。
もちろん、付き合っていて今までそういうことがなかったわけではないのだが、改めて言われると変に意識してしまう。
まるで、付き合いたての頃のような気分だった
「……どうしたんですか?顔が赤いですよ?」
「えっ!?あー!いやー、俺も酔ったのかなぁ!?」
「?Pさんってお酒は強い方でしたよね?」
「お前ほどじゃないけどな。……でも、今日はちょっと飲みすぎたかもしれない」
「私は、お母さん譲りみたいですから」
「そういえば、お義母さんも結構飲んでたのにけろっとしてたな」
「私、お母さんが酔ってるところは見たことがないです」
「マジか……」
「おじいちゃんも強い方なんです。でも、今日は珍しく酔ってたみたいです」
「大事な孫娘を取られて、やけ酒だったりして」
「そんなことはないですよ。今日のおじいちゃん、とても楽しそうでした」
「……ならよかった」
「あの、Pさん」
「な、なんだ?」
「お母さんに何か変なこと言われました?」
「え!?あー、いや……」
「やっぱり、隠し事はなしですよ」
「えっと……早く孫の顔を見せろって」
「!!?」
「あと、肇を『よろしく』って」
「////!!」
「ま、まぁそういうのは、おいおいな!」
「は、はい……もう、お母さんったら」
「あー、ほら!まだ酒残ってるぞ!残すのももったいないし飲んじゃおう」
「はい、いただきます。あ、Pさんも、注ぎますよ」
「おう、ありがとう」
互いのグラスに酒を注ぎ交わす。
「なぁ、肇」
「なんですか?」
「ありがとうな」
「どうしたんですか?急に」
「あの時、声をかけてくれたろ?助かったよ」
「いえ、私にはそれしかできませんでしたから」
「そんなことない。どれだけ救われたか」
「ねぇ、Pさん。あの言葉、覚えはありませんか?」
「えっ?」
「やっぱり、忘れてる。まぁ仕方ないですけどね」
「???」
「あの言葉、私が初めてステージに立つ前に、Pさんが言ってくれたんですよ?」
「えっ、そ、そうだったか……?」
「初めてのステージで、緊張していた私に『肇なら大丈夫だ、落ち着いて周りをよく見ろ。お前には俺がついてるぞ』って。私はあの言葉に、とても勇気づけられたんです」
「あー……言ったような……気が……」
「『肇』って名前で呼んでくれたのも、あの時が初めてでした」
「えっ」
「そのおかげで私は乗り越えられたんです……私の恋は、あの時から始まったんですよ」
「……そうだったのか」
「だから、同じ言葉で、今度は私が貴方を支えたかったんです」
「……そっか」
「これからは、二人で支えあっていきましょうね」
「そうだな。これからもよろしく頼むよ」
「はい」
「あ!もちろん『よろしく』はそういうことじゃなくてな!?」
「わかってます!もう、最後くらいかっこいいままで終わってくださいよ!」
「あ、あはは……」
「まったくもう」
ぷくーっと膨れて見せる。
こういうかわいいところは今でも変わっていなかった。
「なぁ、肇」
「なんですか?」
「今度また、陶芸、教えてくれないか。次は基本から、ちゃんと覚えたいんだ」
「いいですけど……どうしたんですか?」
「……このご時世に、手に職つけておくのも悪くないかなって、思っただけだ」
「!そうですか……!じゃあ厳しくしないとですね」
「お手柔らかにお願いしますよ、先生」
そういってグラスを差し出す。
「はい」
肇が、短く答えて受ける。
チン、と、グラスが小気味のいい音を立てた。
数週間後。
東京の事務所にふたつの小包が届いた。
包みのひとつには、備前焼の一組の夫婦茶碗が。
そしてもうひとつの包みには、少し歪な小さな湯のみと、ものすごく達筆な字で書かれた「祝」と書かれた紙が。
どちらも立派な桐箱に入れられていた。
以上になります。
肇ちゃんと『よろしく』するSSをどなたかお願いします。
HTML化依頼出してきます。
ありがとうございました。
おっつおっつ
乙乙
おつ
よかった
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