「藤原肇、帰郷す」 (8)
赤穂線伊部駅。
すぐ側には備前焼伝統産業会館、そして市立備前焼ミュージアム。
観光マップを拡げてるわけじゃない。
『地元の人』による情報だ。
「向こうに見えてるのが、私が通ってた小学校です」
と『地元の人』が指差した。
「なんて名前の小学校?」
「伊部小学校です」
ーそのまんまだな
と返すと、少しだけ頬を膨らませた。
ぷくー、って効果音が聞こえてきそうな、そんな表情。
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現在13時すぎ。
ミュージアムの隣の双葉食堂にて、昼食をとる。
キレイ目な装いで『ここでランチしよっか』とは言えそうもない、そんな風情。
店外には「カキお好み焼き」と「名物ホルモンうどん」のノボリが、小さくはためいている。
「カキって、どっちのカキ?」
「貝のほうです」
そう言ったあと少し間をあけて、
ー岡山のカキ、有名なんですよ?
と、なぜか小声で囁く。
堂々と自慢すれは良さそうなものだけど、俺も根っこは東北の田舎ものだから、気持ちは分かる。
田舎もの特有の、まぁなんかそういう心情だ。
大粒のカキを大量投入したお好み焼きを口に運びながら、
「すいません、ビール!」
と叫びたくなること数度。
しかしそこは理性ある大人なので、グッと言葉を飲み込んだ。
理性ある大人なので。
その気持ちを知ってか知らずか、向かいに座った藤原肇は
「お好み焼きって、ビールと合うんですか?」
などと、無垢な顔で残忍なことを聞いてくる。
「…蓮実と加奈くらい」
「わぁ、相性抜群なんですね!」
なんてやり取りをしながら、カキお好み焼き完食。
たしかに美味い。
冷えたビールがあれば、たぶんもっと。
食堂を出ると、14時すぎ。
せっかくなので、しばし町を策させてもらうことにした。
観光ガイドは藤原肇。
陶芸の郷で生まれた少女。
ニッポンのささやかな、それでいて重要であろう『文化』の一端を確かに担う郷で、その匂いに包まれて育ったアイドル。
祖父は高名な陶芸家で、肇自信も陶芸を嗜んでいる。
いや、嗜んでいるなんていうレベルじゃない。
ひょっとすると、芸能活動よりも陶芸の道の方を重要視してるんじゃないかと、そう感じることもある。
東京にも作陶できる場所はあって、高校や芸能活動の合間にそこに通っているらしい。
そのせいか、彼女の両手は少し荒れている。
それはアイドルとして、なんの足しにもならないだろう。
けれど
「だから陶芸の方は少し抑えて」
とは言えない。
アイドルを指導する立場だから言うべきなんだろうけども、言えない。
「じゃあ、アイドルやめます」
と言い出しかねないからだ。
それを『小娘のワガママ』だとは思えない。
藤原肇の場合は、だ。
ハッキリズッパリ言わせてもらうなら、一般的現代人の俺にとって、陶芸なんて『とるに足りない』ものだ。
だけど彼女にとっては『根源』とも言えるようなもので、切り離すことはすでに不可能なんだろう。
根源的なものを無理やり切り離したり引き離したりすることを
『尊厳を傷つける』
と言うのだとしたら、たかがアイドルプロデューサーの俺にそんな権利も権限もない。
それくらいは分かる。
理性ある大人なので。
しかし世の中には「理性なき大人」もたくさんたくさんいるわけで、そういった面々から『陶芸家兼アイドルの藤原肇』を守っていくのがせめてもの自分の役割だと思うことにした。
…どう守るかと聞かれても困るけれども。
「親善大使のイベント、備前焼きまつりでやりたいです」
不老川という小さな川のほとりを歩きながら、肇が言った。
親善大使というのが
『藤原肇』
『赤西瑛梨華 』
『乙倉悠貴』
という三名の岡山出身アイドルによる
『岡山親善大使』
であることはもはやいまさら説明する必要もないことではあるが、備前焼きまつりとはなんぞや?
「だから、備前焼きのお祭りです」
「だから、備前焼きのお祭りってどんなのだよ」
「だから、備前焼きのためにたくさんの人が集まるんです」
「たくさんってどれくらい?」
「…すごくいっぱい」
決してイジメているわけではない。
肇の反応を楽しんでいるわけでもない。
…楽しくなくはないけれど。
まだか
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