畜生の帰還 (79)

24歳初投稿です
・なろう的異世界ファンタジーです
・その日その日の勢いでしか書けませんでした
・住所不定無職な冒険者が少女に絡まれて互いに振り回し振り回されるお話です。
・なんかミスってたり違和感を覚えたら広い心で罵ってください。真摯に受け止め次回に反映されるかは保証できません。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1488282500

 人は誰でも冒険ができる。冒険者になれる。だが冒険者であり続けられる人間は居ない。これは暴力の強さやひらめきといった才能才覚云々の問題ではない。
 冒険者であり続けられるのは、冒険者という生き物だけなのだ。そして冒険者という生き物は総じてろくでなし、あるいは人でなしだ。
―――とある冒険者の手記


 暗い部屋だ。その部屋はまるで廃墟のようにボロボロで、時折どこからか風が吹いて部屋にホコリが小さく舞う。
 その部屋で唯一と言っていい家具のかび臭いベッドの上に、一人の若者がフード付きのマントを布団代わりにして寝ていて、ときおりベッドをきしませていた。
 そんな時、突然枕もとにおいてある携帯端末が振動し、けたたましい音を発した。2回、3回、4回。5回目の音がなろうか、という所で突然男はスイッチが入ったかのように起き上がり、乱暴に通話に出た。

「はいもしもーし!只今ジェイクは通話に出たくありませーん!要件がございましたらピーッ!という音の後に通話を切って3時間後にかけ直してください!ピーッ!」

『あぁ、電話切らないでくださいよぉ!ジェイクさん、私ですよ私!私ですって!』

 通話の主は少女の声だった。

「誰だよ」

『誰だと思います?』

「俺寝起きで機嫌が悪いんだよ、遊びでかけてきたんなら切るぞ」

『あらら、それは申し訳ないですねぇ。じゃあ要件を言いますね、ちょっと私と付き合ってくれませんか?』

「何だよ、仕事のお誘いか?」

『私的なお誘いでもありますよ?』

「他を当たれっつーの。俺は今廃墟探索を満喫中なんだ、そっとしておいてくれ」

『つまり暇なんですね?』

「・・・・・・」

『暇なんですね?』

「あー!絶賛金無し宿なし仕事なしだ!それでも生きてけるんだ上等だろう!?オォン!?」

『えぇ、ジェイクさんはそこら辺の一般人や凡百の冒険者よりずっと上等な畜生です!私分かってますよ?』

「相変わらず褒め方があれだよな」

『親愛の表れです』

「男なら喜ぶであろう言葉なのに端末の向こう側を想像すると素直に喜べんわ」

『なんですかそれ、自他共に認める美少女相手になんという言い草ですか!ここはミケちゃんカワイイ!ヤッター!って喜ぶところで』

「名前」

『あ』

「・・・」

『・・・・・・』

「キャァァァァアーッ!名前を言わないでおいて『ねぇ私は誰だと思いますぅ?私の名前を言ってみてください!』とかやりたかったのについうっかり名前を言っちゃうミケちゃんカワイイ!やっっったぁああああああ!!!」

『うわああああああ!声真似が妙に上手いのがさらに腹立つぅううううう!』

「ねえねえどんな気持ちですかー?小悪魔ムーブするつもりがうっかりアピールしちゃってどんな気持ちですかー?ねえねえねえねえねえ今のお気持ち」

『ジェイクさん!!そうやって人の小さなミスを―――』

「お聞かせ願わないのでさいなら」

『あちょ』

 ブツリ。

「ふっ・・・。また勝ってしまった、敗北を知りたい・・・」

 ジェイクは通話を切ると端末を手首に巻き、マントを身にまとい、背嚢を背負って部屋を発つ準備をした。

「あ、そういや獲物を切らしてたな。調達しよ」

 ジェイクはそう独り言をつぶやくと部屋を漁り始め、ベッドの下に何かあるのを発見した。工具箱だ。

「おっ、ドンキーレンチ君じゃないか、君に決めた」

 ジェイクは工具箱から振り回しやすいレンチを手に取り、ドライバーを数本懐にしまい、それからこの廃墟の探索を続けるか否かを考えた。

「ふむ・・・・・・、帰るか!」

 そう言って部屋を出るとそこは暗闇と腐臭が立ち込める廊下だった。その中をジェイクは明かりもつけず、スキップでもするかのようにずんずん進む。
 たまに気まぐれのようにレンチを振るうと、水音交じりの何かを砕いたような音が響き、これまた気まぐれのようにドライバーを投げつけると何かを潰して壁に突き刺さる音がした。
 そうして幾つかの長い廊下と階段を通り過ぎた時、ジェイクは何かを感じて立ち止まり、腰に下げていたランタンを点ける。燃料がもう僅かなのか、チカチカと瞬きながらランタンは周囲を照らす。
 すると間もなく、一匹の巨大な犬が音もなく目にも止まらない速さで暗闇から飛び出した!人ひとりを容易に食いちぎるであろう犬はジェイクの喉笛に噛みつき、その体を地面に押し倒した!
 犬は確実にこの若者の息の根を止めんと首を振る。が、犬は頭を両手でわしづかみにされ、毛並みをかき回された。

「よぉ~しよしよしよしよし」

 ――何故平然としている!犬は驚愕した。そして、自分に何かが絡まっている事に気が付いた。紐だ。そして紐は若者の手から伸びている。犬は見ることが出来ないが、その紐は口輪とリードになって犬の噛みつきを戒めていた。
 犬は紐をちぎろうと口に力を込めるが、犬を戒めるにはあまりにも貧弱そうな紐はびくともせず、唸り声をあげるだけで終わった。

「悪いがそいつは俺のチート製でな、お前じゃ切れねえぜ。・・・ていうか重い!どけろ糞犬!」

 ジェイクはそう言って体の上に跨る犬を蹴飛ばし、立ち上がった。犬は完全に力関係が変わったのを理解したようで、一目散に暗闇に逃げようとした。

「おーおー、格が違うのを理解したようで何より何より。でも格上に粗相して何もなしってのは通らないんだよなぁ!」

 しかしジェイクは逃がさない。逃げようと踏ん張る犬に負けず、紐を手繰り寄せていく。ついにはジェイクの足元まで引き寄せられてしまった。犬はせめてもの抵抗としてランタンから遠ざかろうとする。

「ん?なんだぁお前、光が嫌いなのか?うりうりうりうり」

 それに気づいたジェイクは面白がって犬にランタンを近づける。リードをしっかり握られた犬は逃げられるわけも無く、顔を背けてきゅーん、と懇願するような声を出すしかなかった。

 その後、ジェイクは犬に出口まで案内させた。

「もう行っていいぜ。噛み癖は直しとけよ、じゃあな」

 戒めを解かれた犬はこれ幸いにと一目散に奥へと逃げていった。
 見送ったジェイクはふん、と鼻を鳴らして外に出た。
 廃墟の外は深い森が広がっていた。ジェイクは体を伸ばすと後ろを振り返る。
 廃墟はジェイクが歩いてきた道程を考えると小さすぎるほど、普通の一軒家だった。俗にいう『異界』と化した建造物である。
 こうした場所に目的もなく乗り込み、当てもなく散策するのはジェイクの趣味の一つであった。
 ジェイクは特定の家や仕事を持たない、持とうとしない。もし人々が彼を定義するならこう言うだろう、『冒険者』と。


 森を歩く途中、ジェイクはあることに気が付き立ち止まった。

「あ、そういやどこで合流するのか聞いてなかった・・・」

 異界じゃちっとも見せなかった狼狽の色に、ジェイクの顔はみるみる染まっていく。
 あれだけ煽っておいて自分から「すまんどこで合流するん?」とかけ直せと言うのか。
 しかし聞かなければ分からない。つまり合流できない。
 散策やめて出てきた以上、ミケとの合流を放棄するのは自分の中によくない物を残す。
 結論は一つだ。苦渋の決断である・・・!


 決断してからたっぷり5分。ようやくジェイクは決心をし、通話をかけて手首の端末を耳元まで持ってきた。
 1回。2回。3回。呼び出し音が繰り返される度にジェイクの額に冷や汗が浮かぶ。
 果たして何回なのか数えてないが、ジェイクの体感で気の遠くなるような時間の末に通話がつながった。

「もしもし、ミケさんですか?俺です、ジェイクです。何処で落ち合えばいいのかお聞きしたいんですけどー・・・」

『・・・・・・』

 返ってくるのは無言のみ!これにはジェイクの精神も悲鳴を上げる!流れる冷汗は2倍に増加した!

「あ、あのー・・・」

『・・・・・・』

「お、怒ってらっしゃる・・・?」

『・・・・・・』

 なんか言えよ!無言攻勢にジェイクの精神は苦悶と怒りの声を上げた!
 こうなったらにらみ合いである。ジェイクもまた無言の構えを取った。
 10秒、30秒、1分・・・。ただただジェイクの精神と財布にダメージが積み重なっていく。
 そしてジェイクの財布が悲鳴をあげ始めたころ、ようやく膠着状態に動きが起きた。

『・・・・・・くっ・・・』


「・・・・・・?」

『ぷっ、くくくくくく!ほぁーーーーー!もうジェイクさんカワイすぎでしょー!』
『なんなんですかもー馬鹿ですか?アホですか?狙ってるんですか!?』

「だ、誰が馬鹿でアホでどこがカワイイってんだよこのヤロー!」

『キャァァァァアーッ!名前を言わないでおいて
「ねぇ私は誰だと思いますぅ?私の名前を言ってみてください!」
とかやりたかったのについうっかり名前を言っちゃうミケちゃんカワイイ!やっっったぁああああああ!!!』

 因果応報。自業自得。つい30分ほど前の煽りがブーメランとなって返ってきた。
 ジェイクは精神的ダメージで膝をつく!

「があああぁあぁあああ!うがああああ!きれいに真似てんじゃねーよぉ!やってて恥ずかしくならないのかよ!」

『とさんざん人を煽っておいていざ聞き忘れに気が付くと』

 両膝をつく!

「やめろ!」

『もしもし、ミケさんですか?俺です、ジェイクです。何処で落ち合えばいいのかお聞きしたいんですけどー・・・』

 正座をする!!

「やめろ!!!」

『しおらしくなっちゃってぇー!怒ってらっしゃる・・・?とか!やーもう最っ高!素敵!抱け!』

「やめろ」

『じゃあこの辺でやめておきます。待ち合わせ場所は交易都市リューンの黄金の夜明け亭です。』
『一緒に昼食食べましょうね!ではでは!』

「OK、3日後にお前の記憶を消してやるからな。首洗って待ってろ」

『やだ、熱烈・・・。じゃあ私は身体を洗ってジェイクさんの記憶を上書きする準備をして待ってますねーそれではそれでは』

「ほ ざ け !」

『あ、場所分かります?』

「分かるわ!しばらく前まで利用していたからな!」

 通話が切れた。先ほどまでの怒りはどこへ行ったのか、ジェイクは耳元に持ってきた手をだらんと下げ、大きくため息をついてうなだれた。

「はぁー・・・。チート持ってるだけじゃチートにゃなれないってはっきりわかんだね。早くチートになりてえなぁー、俺もなー」

 そう言うとぴしゃり!とジェイクは頬を叩き、気合を入れて立ち上がった。

「よーしミケの奴が何考えてるのかは知らんが付き合ってやろうじゃないか・・・」
「どうすりゃ勝てるのかは知らんが、勝つのは俺だああああぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!」

 森の中にジェイクの遠吠えが木霊した。


 それから3日後。ジェイクは交易都市リューンの入口に居た。
 大理石の大通りを多くの馬車と人がごった返す中、ジェイクは腕を組んで唸っていた。
 ちなみにレンチは邪魔なので都市内を巡回する自立型ゴミ箱に投げ捨てた。

 「おかしい・・・、なぜ黄金の夜明け亭が見つからないんだ・・・?」

 特に時間は指定されていないがミケは『一緒に昼食を食べましょうね!』と言っていた。
 もしジェイクが昼飯時を過ぎて合流した場合、たぶんきっとおそらくなんやかんや言ってくることだろう。それは回避したい。
 しかし自分の記憶と今の都市の風景は黄金の夜明け亭も含めて幾つも食い違っている。
 冒険者の宿の中でも知名度の低い宿だったから人に聞くのも効果はないだろう。

 つまり選択肢は一つ・・・!
 
 ジェイクは意を決したように顔をあげた。その視線の先は、通りの向かいの魔法道具店に向いていた。

 3分後、ジェイクは魔法道具店から出てきた。その手には一つの結晶が握られていた。
 ジェイクは裏路地に入り、端末から通話をかける。

『ハロー、ハロー?どなたですかー?僕に何の用だい?』

 通話に出たのは男の声だった。

「久しぶりだなフォンガイ。俺はジェイクだ」

『ジェイク!?久しぶりだなぁ元気にしてた?』

「元気元気、それよりも急ぎ教えてもらいたいことがあってな」

『急ぎかい?もう僕が知ってることならいいんだけどねぇ。とりあえず1000DGMポイントだ』

「もう用意してる」

 ジェイクはそう言うと結晶を壁に向けて叩きつけた。衝撃でくだけた結晶は煙に変わり、16文字の羅列を作った。

「コードはYG81-0TDK-R114-514Mだ」

『OK、確認した。聞きたいことは?』

「黄金の夜明け亭の場所」

『え?・・・あー、うん・・・。知ってる。良かったねジェイク!追加料金発生しないよ!』

「なんだよその歯切れは・・・。まあいい、早く教えてくれ」

『今どこに居る?』

 ジェイクはちょっとの間裏路地を出て、またすぐに戻った。

「木の葉通り東4丁目5-4-3、向かいに魔法道具のチェーン店があるな」

『ああそれなら簡単だ、まず裏路地をでてそのチェーン店に向かい合って』

「おう」

『で、右折して直進―――』

「おう―――」

『―――そしたら右手に木造の2階建ての宿が見えてくるだろう?』

「―――なるほど、そこの裏路地に入るんだな?」

『その宿が黄金の夜明け亭さ』

「・・・・・・」

 ジェイクは立ち止まり、前方の宿を見て、空を仰ぎ見て、もう一度前方の宿を見た。

「なんか見覚えあるわ、多分通り過ぎてたんだけど」

『そうかい?まあ灯台下暗しとはよく言ったものさ、見つかってよかったじゃないか!』

「あーそうだな、その通りだ・・・」

 ジェイクの胸中にはなんでいつの間に裏路地から大通りに出てきてるんだ、とか、建物随分きれいになりましたね、とかそんな感じの言葉がいくつも浮かんでは消えている。が、今一番口に出して言いたいのはこれだろう。
 ジェイクは大きく息を吸った。

「フォンガイ!金!返してくれない!?」

『よっしゃぁぁああああ!星6キタァアアアアアアア!ん?なんだって?』

「はははお前のガチャ運が枯渇してハゲ散らかす呪いをかけたって言ったんだよははは」

『HAHAHAこやつめHAHAHA』

 ジェイクは笑顔になった。財布は泣いていた。



「おいーっす失礼しまーす」

 『黄金の夜明け亭』にきたジェイクは店内を見回す。
記憶よりもそこまで広くなったわけでは無いが、客が居る。床や壁はボロくないし、ちゃんと掃除も行き届いている。
ジェイクの知っている『黄金の夜明け亭』は元々冒険者向けの(ですら無かった)宿だったのだが。

 ミケの姿を探しながら各テーブルの料理を見ると、リゾット、パスタ、揚げじゃが、スープ等、様々な種類があった。
かつて散々食った料理を思うと、食事処として普通に機能している事にジェイクは驚いた。

「前は食事するのも泊まるのも俺や野良犬ぐらいだったのにな・・・。『いぬのえさ』はどこへ行ったんだ・・・!」

「あ、ジェイクさんこっちですこっちです」

 自身を呼ぶ声に目を向けると、店の隅のテーブルに猫耳フードをかぶった少女が居た。
少女は嗜虐心に満ちた、他人が見れば可愛らしい笑顔を浮かべて手招きしていて、それを見たジェイクはげんなりした。
が、周りにお客さんが居る中でぼけっとつっ立ってるわけにもいかないので渋い顔をしながら座る。


「久しぶりだな、ミケ」

「もー、ジェイクさんたらー。久しぶりに顔を合わせたっていうのに私の顔を見るなりそんな顔しないでくださいよぉ」

 ミケは拗ねたように口を尖らせてふくれっ面をするが、ジェイクは全く意に介さずメニューが印字されたプレートを手に取った。

「おめーの顔じゃねえ、表情にげんなりしたんだ」

「じゃあ美少女スマイルに切り替えるとしましょう」

「違う、そうじゃない。まずその満面の嗜虐心をゴミ箱に捨てろ」

「それを捨てるなんてとんでもない!これは愛ですよ、ア・イ。私のこの思い、ジェイクさんに届け!」

「ぬかせ」

 ミケの万感の思いを込めた芝居をジェイクは仏頂面で一蹴する。と、そこへ給仕服に身を包んだ、ミケより少しばかり年上の少女がやってきた。

「ご注文はお決まりですかー?・・・あれ、ジェイクさん!?」

「うーっす、娘さん久しぶり」

「ちょ、いつの間に来たんですか!?来るなら連絡してくれればいいのに・・・」

「別に連絡しなくていいかなって思った。俺は揚げじゃが3つとコンソメスープ一つで」

「あ、はい・・・」

 真顔で応対。

「いやそこは連絡してくださいよ!大体連絡しないのはいつものことじゃ・・・!」

「あ、給仕さん私はナポリタンとカシスオレンジで」

「あ、はーい!」

 笑顔で応対。

「・・・あとでジェイクさんにはいろいろ話したいことがありますから!逃げないでくださいね!」

 ちらりとミケの方を見ながらそう言って、給仕の少女は店の奥へと駆けていった。

「おいおい、オーダーの復唱と確認はどうしたよー。知り合いにあったからって忘れんなよなー」

 一体ジェイクが来るまでの間にミケは何を話したのだろうか。ジェイクに一抹の不安がよぎるが軽口で誤魔化した。

「ジェイクさんはあの給仕さんとお知り合いで?」

「ん、まあな。俺が冒険者始めたばっかりの頃に、ここに引っ越す前の『黄金の夜明け亭』で寝泊まりしてた・・・、あ」

 ジェイクはここで失言だと気づく。ミケの目に好奇心が、顔に嗜虐心がありありと現れていたからだ。

「へー・・・。つーまーりー私の知らないジェイクさんがここにあるわけですかぁー・・・。ふーん」

 そう言いながらミケは目を細めながら店内・・・とりわけ給仕の少女が消えていった店の奥を見る。
 時すでに遅し。なぜ自分はこうも人付き合いで隙を晒してしまうのか、と苦いものを呑み込むように水を一気飲みしながらジェイクは思った。
 が、それはそれである。今は飯時だ。とっとと気持ちも話も切り替えるとしよう。

「で、俺を呼んだ要件はなんだ?お前ほどの奴がわざわざ組もうとする仕事なんだろ?」

「そうです、ジェイクさんを呼んだのはその事なんです・・・」

 ミケは水を一口飲み、溜めを作ってから口を開いた。

「私ひとりじゃどうにもならない仕事なんです・・・!ジェイクさんの力がどうしても必要で・・・」

 ミケのその口ぶりは真剣なもので、ジェイクにもミケが自身の力を必要としているのがよく分かった。
 ジェイクはミケの気持ちをよく理解したうえで口を開く。

「ふむ、なるほど良く分かった。・・・ならもうちょい真面目に頼んできても良くねえか?」

 ミケは半笑いで目をそらした。

「おい」


「もー、私がそういうの苦手だってジェイクさん知ってるじゃないですかー」

「猫かぶれ猫を、おめーの十八番だろーが」

「ジェイクさんには素の私を見てもらいたいんですぅー。乙女心ですよ乙女心」

「おwwとwwめwwごwwこwwろww おめーが乙女って柄かよ、笑わせんな!」

 その言葉を受けてミケは真顔になる。がそれは一瞬で、嗜虐の火を灯してすぐに口火を切った。

「そう言えば気づかずにこの宿をスタスタと通り過ぎるジェイクさんの姿はおかしかったですねー」

「おい、見てたんなら教えろよ」

「遅れそうになったら情報屋に聞き出してまで間に合うように来るんですから!ホントそういう所律儀ですよね!かーわいい!」

「電話男[ピーーー]、氏ねじゃなくて[ピーーー]」

「あ、ところでお金は大丈夫です?無ければジェイクさんの分も払いましょうかぁー?」

「自分のくらい出せるわ!」

 ジェイクは声を潜めながら器用に怒鳴った。どうやらミケはジェイクが宿を見つけられずに右往左往するのを予想していて、
あの情報屋に予めジェイクとのやり取りを流すように依頼していたのだろう。
完全に転がされていたわけである。なぜ自分を弄るためにベストを尽くすのか、ジェイクは理解したくなかった。
 また胸に湧いてきた苦い思いを呑み込もうとグラスを手に取ると、空であった。


「すいませーん、水お代わりください」

「あ、はーい」

 ジェイクが呼ぶとすぐに給仕の少女が水を持ってやってきた。
給仕の少女はグラスに水をつぎながらジェイクをちらりと見、それからミケの方をちらりと見た。
よそ見するなよ、とジェイクは内心思いながらミケを見る。
そこに居るのは完全に美少女だった。まるでデートに緊張しているかのようだ。
 給仕の少女がグラスに水をつぎ終わる。
 よそ見しながらもこぼさないあたり流石だなー、とジェイクは思い、グラスを口につけた。
 
「ジェイクさんって年下趣味だったんですね!」

 急な給仕の少女の耳打ちにジェイクはむせる。水を噴出さなかったものの、代わりに気道に入ってせき込んだ。

「・・・急に何言いやがる!」

「え、だって『待ち合わせですかー?』って聞いたらそこのカワイ子ちゃんが・・・、キャー!」

 そう言って給仕の少女は興奮しながら水差しで口を抑えた。こぼれる!こぼれる!
 ジェイクは嫌な予感がしながらミケと目を合わせた。ミケはもじもじとしながら上目遣いをした。
 なんだこれは。まるで恋をする美少女ではないか!

「ミケ。おめー、娘さんに俺の事を何て言った?」

「えっ!?それはー、その・・・」

 ミケはジェイクの質問に狼狽する。上を見て、右を見て、左を見て、真っ赤になって俯く。給仕の少女は水差しを持ったまま身もだえする。
ホントにこぼすなよ?その位置だとかかるのジェイクだぞ?
 十秒は真っ赤になって俯いていただろうか。やがてミケはおずおずとジェイクを上目遣いで見た。

「こ・・・恋人です・・・」

「・・・・・・」

「~~~~~~~~~~!!!!」

 ジェイクは何言ってんだこいつ、という顔でミケを見た。給仕は感極まったようにジェイクの肩をバシバシ叩く。こぼれませんように。

「だ・・・だめでしたか?」

 ミケの言葉に賛同するように、給仕の少女は期待に満ちた脅迫の視線をジェイクに向ける。
ジェイクは思う。なにがだめでしたか、だ。店の片隅という隔絶された空間でこんな空気作られて断れると思うのか!
 ジェイクは困ったように笑ってため息をついた。

「だ め !」

 力強く宣言したジェイクの脳天に給仕の少女の渾身の手刀が突き刺さる!
 ジェイクは給仕の少女にガンをつけた!

「なにすんだてめー、こっちは今客だぞ、客」

「ジェイクさん、今日の仕事が終わったら女の子の扱いについてしっかり教えてあげます。覚悟しておくように」

 ジェイクは横目でミケを見る。完全にショックを受けた顔だ。目じりに涙すら浮かんでいる。そこまでやるのかこいつ。

「もうすぐ料理ができるので・・・、それまでに少しでも彼女さんの機嫌を直すように」

 そう言って給仕の少女はテーブルを離れた。ジェイクは恨みがましい表情でミケを見た。ミケはチェシャ猫のような笑顔を浮かべていた。

「てめーいつか逆さづりにしてやるからな」

「やだ、私のパンツ見たいだなんてジェイクさんのエッチ・・・」

「はーーーっ!・・・お前の遊びに付き合ってやったんだ。そろそろ話を戻そうぜ」

「それもそうですね。で、ジェイクさんを呼んだ理由なんですけど・・・」

「私と恋人になって、一緒に仕事をしてほしいんですよ!」

「何言ってんだこいつ」

 だが恋人要素はきっとその仕事に必要なものなのだろう。ジェイクはたっぷり数秒唸ったのちに返答をした。

 自信満々な表情で無言で両手の中指を天井に向かって突き立てる。
「なんとなく理由は察したけどふざけんなバーカ!」の意味である。
 ジェイクは再び、脳天に給仕の少女の渾身の手刀を食らった。ミケは満面の笑顔であった。


 さて、その翌日である。二人は外で買い物をしていた。と、言っても冒険の準備ではない。
『恋人』になるための特訓、といったところだろうか。
 とある女性向けの服屋から出てきて二人は寄り添いながら歩く。ミケはジェイクの腕に手を回しながら口を開いた。

「んー、ジェイクさんも大分店員さんに『恋人です』って言うのが自然になってきましたね!いいことです!」

「恋人発言に慣れても、その後店員が『あっ』てなってからの視線には一向に慣れないんだが?」

「え?それは失礼ですね!こんなにも自他ともに認めるお似合いカップルだと言うのに!ジェイクさんが私に不釣り合いだっていうんですかね?」

「お前の外見が小中学生レベルだからだと思うんですけど」

「ん?えーと?ジェイクさん、しょーちゅーがくせーっていうのはー・・・?」

「あー、言い直すわ。お前の外見が世間一般でいう『ロリ』判定に引っかかっている可能性があると思うんですけど」

 さすがに不服だったのか、ミケはジェイクを見上げて抗議をする。

「はぁ!?私こんなにレディじゃないですか誰がお子様ですか目ん玉かっぽじってやろうかあの店員共!」

「レディにあるまじき発言」

「おっと。おほほほほ・・・」

「嫌ならもっとでかくしろよ、お前なら余裕だろ?」

「胸を?」

「身長を!」

「・・・安上がりな方がいいに決まってるじゃないですか」

「どうしてお前はそう変なところでケチなんだろうなぁ・・・」

「私はこの体形が一番良いと思ってるんです!たとえジェイクさんでも変える気はありませんね!」

「なぜ働こうとすると社会的ステータスが傷ついていくのか。なぜ一般市民はそれでも働こうとするのか。これは中々盛り上がるテーマじゃないのか?」

「働いて社会的ステータスを下げるのはジェイクさんの特権ですし、そもそも私たちと一般市民は世界が違います。議論終了ですね」

「世界はつながれど一つじゃねえってか、道理だな。あと俺が意図的に社会的ステータスを下げているかのような発言はやめろ」

「違うんですか?」

「下げようと思って下げてるんじゃない、俺の思うがままにやった結果下がっちゃうけど気にしない、それだけだ」

「それ意図的と何が違うんですかねぇ?」

「・・・俺の中では違う、俺の中ではな」

 そんな事を口走りながら二人は歩く。と、突然ミケは足を止めてジェイクの袖を引っ張った。

「どうした?ミケ」

「次はあそこにしましょう!ジェイクさんはああいうの利用した事無いでしょう?」

 ミケが指さす先には冒険者向けの防具店、それもオシャレと実用性を両立したタイプの店があった。
つまりお高い。当然ジェイクなんぞが近寄るような場所ではない。

「おめー何買うつもりなんだよ?俺は自分で拾ったもんで足りてるし買う物ねーぞ」

「ジェイクさんのものを私が買います」

「いらねーから」

「ジェイクさんの防具一式を私が買い揃えます!よく考えれば身に着けている物に差がありますからね!」

 確かにミケの言う通りではある。オシャレしているだけに見えるミケが身に着けているのはどれも上等な防具であり、
一方ジェイクは修繕しているから様にはなっている物のどれも中古品どころではない物である。

「じ、実用面では負けてねーし・・・」

「じゃあ言い換えましょう。互いの見た目ランクを揃えたほうが、今回の仕事で有利だと私は思います」

「いいか、男のプライドがー、とか子供のヒモと思われるのがー、とかそういう問題じゃない」
「俺はおめーから借りたくない!後が怖いから!」

 ジェイクはミケを指さして力強く言い放った。

「つまり何も問題はありませんね!」

「俺はおめーのチェシャ猫スマイルに問題しか感じねえ!」

 はてさて、このやり取りを見て男女の仲かどうかはともかく、二人の仲を疑う輩はそうそう居ないだろう。

 口論を続けたところで、先に折れたのはミケの方だった。

「ぷぇー。分かりました分かりましたー。ジェイクさんの意思を尊重しまーすすればいいんでしょー」

「おう、そうしてくれ」

 と、結論が出たところで突如ジェイクの端末に通話が掛かってきた。

「あら、ジェイクさんにかかってくるなんて珍しい」

「おめーなー、俺だって人付き合いはあるからな?・・・はいもしもし」

 ジェイクはすぐそこの裏路地に入って通話に出た。

『ジェイクさん、ミケちゃんの提案を受けるべきです。身なりは大事ですよ?』

「何やってんの娘さん」

 ジェイクは一発で通話の主を看破する。書き入れ時は過ぎているとはいえ宿を出て一体何をしているのか。これでもやることはやっているそうだから侮れない。

『私は娘さんではありません謎の少女Xです』

 ジェイクは謎な発言に取り合わずあたりを見渡す。すると、ミケが入ろうとしていた防具店の屋根に人影を発見した。逆光で詳しくは分からないがおそらくあれが娘さんだろう。ジェイクは経験則でそう判断した。

『~~これこれこういう事で彼女さんに恥をかかせる可能性がー、ってジェイクさん聞いてますか?』

「なあ少女X」

『はい』

「昨日も説明したがこれは俺とミケの問題であり、最終的な決定も俺とミケが行う」

『娘さんと謎の少女Xに何の関係性もありませんが・・・。確かにその通りです、ジェイクさんの言葉は正しい』

「おう、んじゃ切るぞ」

『待ってください!・・・最近私には糖分が足りてないんです』

「御菓子食えば?」

『違います、そうじゃないです!糖分を補給できるシチュエーションを欲してるんですよ!』

「じゃあそういう娯楽に金を使えば?娘さんちゃんと給料貰ってるだろ?」

『・・・それはわた・・・娘さんの問題であり決定権も娘さんにあります』

「おう仮面が剥がれてきてんぞ~?お前は一体どっちなんだ、んん?」

『と、とにかくわた、少女Xも娘さんも砂糖吐きたいんですよ!これは依頼です!』

「報酬は?」

『娘さんがジェイクさんに対して優しくなります』

「それは気持ち悪いな、断っていい?」

『断ると娘さんがジェイクさんに対して口うるさくなります』

「・・・」

『娘さんの小言はすごいですよ』

「いいか、少女X。冒険者に対して『断るデメリット』を突きつけるのはすごい敵意を買う。覚えておけよ、じゃーな!」

『はーい』

 そう言ってジェイクは通話を切った。ミケを見ると笑顔ではあったが、それ以上を読み取ることは出来なかった。

「何の通話でしたか?」

「別に。おいミケ、気が変わったからやっぱ防具一式見立ててくれ」

「え!随分な心変わりですね!大歓迎ですけど!」

「どっかから援護射撃を食らったとでも思ってくれ」

「それじゃあ善は急げです、早速入りましょう!」

 そう言うとミケはジェイクの背中を押す。ジェイクはやれやれと言いたげに笑いながら防具店の看板を見た。

『keep smiling』

「なるほど、こりゃいい店だろうな」

5
「お客様、大変よくお似合いになってございますよ。それではお連れ様をお呼びしますね」

「そりゃどーも」

 店員の世辞を軽く流してジェイクは三面鏡に映った自分の姿を見る。
 黒、黒、黒。これに片手剣でも帯びていればどっかの誰かさんそっくりだろう。ビジュアルを除けば。

「どっかに訴えられそうな見た目だなあおい。よくいそうな外見だぜ」

「そうですかねえ?まあそっくりな装備の人が居ても、ジェイクさんそっくりの雰囲気の人はそうそう居ませんよ」

「なるほど、申し訳程度のオリジナリティはありそうだな。ところで俺の雰囲気ってなんだ?」

「あふれ出る畜生臭・・・ですかね」

「加齢臭みたいな言い方やめろ」

「じゃあ人間の屑オーラで」

「そこは畜生の鏡オーラでいいだろ!」

「畜生なのは認めるんですね・・・」

「まあ、日雇いですらねえ冒険者だからな、畜生で上等だろ」

「・・・それもそうですね」

 三面鏡には黒い若者と白い少女が並んでいる。ジェイクは思わず口を開いた。

「多分この構図絶対どっかの誰かと被ってるって!」

「ジェイクさんは何を言ってるんですか・・・」

「何か無性に言いたくなった」

「そりゃそっくりさんだけでも世界に5人は居るって言いますし、異世界なんかも含めたら無限にどっかの誰かと被ってる事例は増えるでしょうに・・・」

「まあいくら被ってようがそっくりさんが居ようが俺は俺だけだけどな」

「そりゃまたどうしてですか?」

「俺がそう決めつけてるからな」

「・・・・・・やっぱりジェイクさんって素敵です」

「今何て言った?」

「いーえなんでも!それじゃあいい時間ですし帰りましょうか!」

 そう言ってミケは笑顔で店の外へ歩いて行った。

「碌でもないこと言ってた気がするぜ・・・」

 ジェイクはそう独り呟いてミケの後を追った。


 さて、それから数日後の事である。そろそろ夕暮れに差し掛かろうかと言う頃だ。
ジェイク、ミケ、娘さんの三人は宿の1階で駄弁っていた。
・・・といってもジェイクが口を開くことは少なくて、もっぱらミケと娘さんが話していた。いわゆる女子トークという奴だ。
 まあジェイクから見て娘さんはまぁ・・・一応・・・女子としても、ミケを女子に含めていいのかは疑問である。
肉体年齢精神年齢関係なくあれはもっと別の何かだ。ミケ枠とした方がすとんと腑に落ちるぐらいだ。

「DMCランド、ですか?」

「そうそう!そこにジェイクさんと二人で行くんですよ!実は初めてだったりします!」

「へぇー、始めて聞く名前ですね。どんな所なんですか?」

「そうですねー、きっとたっくさんの刺激と興奮と感動で満ち溢れていて・・・とにかくすごい場所です!」

「要するに遊園地だろ?俺はそのDMCランドとやらに行ったことも、聞いたこともねーけど」

「あ、そうそう、そんな感じです。それで大体あってますね」

「なるほど。いいなぁー、私も素敵な人と遊園地に行きたいです・・・」

「夢の世界で行けばいいんじゃね?」

「夢の世界にはその先がありませんからダメです。・・・ところでいつ出発なんです?」

「今から準備してー・・・、今晩には夢のひと時ですね!」

「ミケちゃんいいなぁー・・・。あ、ちょっとジェイクさん借りていいですか?」

「あ、どうぞどうぞー」

 二人はいつの間にか良好な関係を構築していた。一体いつの間に仲良くなったのだろうか。
ジェイクはミケと『恋人』やる為に四六時中近くに居たはずなのに、二人が仲良くなる過程がちっともわからなかったのだ。

「ジェイクさんジェイクさん、ちょっとこっちへ」

 娘さんに手招きされ、ジェイクは店の片隅へと移動した。

「なんだよ」

「ジェイクさん、たった数日の間でしたが、私の教えを良く学び、ことごとく吸収してきました・・・」

「そんな事してる暇あったら男捕まえて来いよ、親父さんそのうち泣くぜ?」

 が、娘さんは都合よく耳をふさいでいた。どうやらジェイクのマジレスはスルーするつもりらしい。

「もはや私が教えることは何もありません!」

「人に物教えられるほどお前は恋愛してんのかよ」

「・・・。」

「・・・。」

 5秒間の睨み合い。そしてそんなことが無かったかのように娘さんは続けた。

「私からジェイクさんにいう事はただ一つです」

「まだいう事あったのかよ」

 娘さんはジェイクの手を両手で取り、真剣なまなざしでジェイクを見つめた。

「ジェイクさん、ミケちゃんの・・・」

「・・・・・・」

「ミケちゃんとの甘ったるい報告期待しています!」

 ジェイクの平手が娘さんの脳天に炸裂した。

「痛っ」

「ア ホ か。砂糖欲しいならテメーで探せっての」

「ジェイクさんの言いたいことは分かりますけどぉー、やっぱり気になるものは気になるんですよー」

「まあ顛末は教えてやるよ、何味になるかは知らんがな」

 そう言ってジェイクはミケの下に戻り、二人で二階に上がっていった。
 一人残された娘さんは机に突っ伏しながらひとりごちる。

「・・・うーん、私は期待したいんですけどねー。どうなるかなー、でもジェイクさんだからなー」
「いやいや・・・でもでも・・・いやいや・・・うーん・・・」

 そうやって一人百面相をしていると店の奥から男の声が飛んできた。

「おい、娘!そろそろ晩の支度を手伝え!」

「はーあーいー!そんな大きな声で呼ばなくても聞こえてますぅー!」

 そう言うと娘さんは立ち上がって気合を入れた。

「良し!私はおいしい料理を作って二人を待ってよっと!」


 二人の部屋に戻ってきた途端、ジェイクは口を開く。

「ミケ、いい加減俺に仕事の説明してくれてもいいんじゃねーの?」

「むー。ジェイクさん、もーちょっと秘密にさせてくださいよぉー」

「その言葉も16回目になるよな」

「ジェイクさんのその言葉も14回目になりますね」

 そう言いながらミケは厚いカーテンを閉めた。部屋はかろうじて見える程度にまで暗くなる。

「カーテン閉める必要あんのか?」

「あるんですよ。ほら、こっちに来てください」

「・・・わーったよ!」

 ミケはベッドに座ってジェイクを笑顔で手招きした。ジェイクは嫌な顔をしながらもそれに従って近づく。

「隙ありっ」

「うおっ」

 と、突然ジェイクはミケにものすごい力でベットに引き倒される!
その途端世界はジェイクとミケだけになり、ジェイクの視界は暗転し、身体は奈落の底へ落ちていくような浮翌遊感に包まれた。

「素敵な夢の世界へご招待!」

「素敵な悪夢の間違いじゃねえのか…!?」

 ジェイク達が2階に上ってから30分も経った頃、娘さんは二人が出かけるのなら晩飯いらないんじゃないかと気づき、その確認を取りに来た。ノックをして声をかける。

「ジェイクさーん、今日は晩飯食べますか?」

 返事がない。扉に耳をあててみるが物音もない。

「・・・ジェイクさーん?ミケさーん?入りますよー?」

 扉を恐る恐る開けるが、暗い部屋中には誰も居なかった。部屋に明かりを点けてみても窓が開いていたり、ベッドが乱れていたり、そう言った『何かがあった』形跡もなかった。

「いつの間に出かけたんでしょう」

 もう出かけてしまっているのなら仕方がない、そう思い娘さんは扉を閉めて、宿の手伝いに戻った。




「ジェイクさん、起きてくださいよ。そろそろ着きますよ」

「んがっ・・・!あん?何処だここ?」

肩をゆすられたジェイクが目を覚ますと、そこはバスの中だった。外を見ると日は沈み、辺りは夜のとばりに包まれようとしていて、道も周りの木々も影のように真っ暗であった。

「マジで何処だよ」

「バスの中ですけど?」

「突っ込むのもアホらしいな・・・。でもまあ、これでお前がわざわざ俺を選んだ理由が分かったわ」

「私が愛してるのはジェイクさんだけですよ?」

「”協力者”ならもっと楽で便利な選択肢があっただろって話だよ。ミケならちょっとおしゃべりして『お願いします』でちょちょいのちょいだからな」

「そうですけどー、よくやりますけどー。私そんなの恋人になんてしませんし!」

「んなもん今までの付き合いで分かってるっての」

「それじゃあ!」

「でもお前と俺じゃ文化が違いすぎて伝わらんし、そもそも俺に受け入れる気がない」

 その言葉にミケは気を落とすことも無く、逆に不敵な笑みを浮かべる。

「なら染めて見せますよ。ジェイクさんの文化を侵略してあげます」

 その言葉にジェイクは片眉を跳ね上げて笑った。

「おお怖い怖い。やれるもんならやってみろ」

バスのフロントガラスには赤いライトアップがなされた夢の国が待ち受けている。

 二人はバスから降りて入園ゲートに向かう。受付には年老いた男が一人いた。

「んん?お主は人間・・・?かな?珍しいのぅ。ゲートから来るのはもっと珍しい。なら入園料は20銀貨だ」

「いや、俺はそうじゃなくて」

「あーおっちゃんおっちゃん。違いますって、この人私の恋人です。依頼の協力者ですよ!」

「すいません爺さん、こいつのいう事は本気にしないでください」

「んん?おぉ、おぉ・・・。久しぶりだなお嬢ちゃん。えーっと今は確か・・・なんと名乗っているんだったかな?」

「ミケ、です。おっちゃん、いい加減覚えてくださいよー」

「ミケ、か。ならミケちゃんはワシの記憶に残るように、もっと背を高くしてボンキュッボンになるんじゃな」

「好きでこの姿やってますんで!」

「あー、いいか爺さん?依頼内容を聞きたいんだが…」

「依頼か?とりあえず一晩ここで遊んでくれてればええ」

「?それだけ?」

「それでもしなんか荒事があったら止めてくれればええ、止めてくれれば被害は問わん」

「なんだそりゃ、楽でいいけどよ・・・。警備員は居ねえのか?」

「まあ色々あっての、無いわけではないが手が足りん。今日だけやってくれりゃええんじゃ。報酬は一人150銀貨に危険手当、でええかの?」

「警備員の真似事にしちゃ太っ腹だな!それでいいぜ」

「ならばよし。・・・説明はこれでええかの?依頼なら入園料は只じゃ、通ってええぞ」

「行きましょうジェイクさん!時間は一秒でも無駄に出来ません!」

 そう言ってミケはジェイクの手をひっつかんで猛烈な勢いで引っ張っていく。

「のわっ畜生!ちっともラクそうじゃなかった!」

「・・・若いってええーのぉー」

 二人が走り抜けていくのを見て、老人はそうひとりごちた。


「これがDMCランドか、すげえな」

 赤、紅、朱。狂気と、確かな陽気さが同居する世界がジェイクの視界に広がっていた。
ゲートに並んでいる客は居なかったが、閑散とはなっていなく、むしろ盛況だ。
 悪魔、霊体、妖精、精霊・・・まあ要するに精神生命体とでもいうべき連中と、そいつらの”お友達”になったと思われる奴らがそこかしこにたむろしている。
なるほど、わざわざゲート通って入ってくる客は少ないだろう。そしてジェイクは”お友達”に分類される訳だ。

「お前が『恋人』にこだわる理由って実益も入ってたんだな」

「多分に『趣味』を含みますがね。さあ行きましょう!まずはクレープが食べたいです!」

 ミケはジェイクの腕に抱きつき一軒のクレープ屋を指さした。黒い山羊頭・・・というか山羊ベースの悪魔がせっせこせっせこと皮を焼いていた。エプロンも帽子も被っていて清潔感にも気を使っているようだ。

「あ!ジェイクさんはお金払わなくていいですよ!ここじゃそっちの方が”自然”ですから」

「え!いいの!?まじか!やったぜ!そういう事なら遠慮なく奢られるとしようかなー!」

「たんと餌付けしてあげますようふふふふ」

「この程度で畜生がなびくと思うなかれだわはははは」


「ん?カップルさんかな、いらっしゃい。ご注文は?」

「おじさん!私はプレーンにカラーチョコとブラッドジャムをトッピングで」

「え、何のトッピングだよそれ。じゃあ俺も同じ奴で」

「あいよー」

 クレープを受け取った二人は赤い噴水が見えるベンチに座って食べることにした。

「普通のトッピングもあるのに」

「いやあまあ、誰かが知らんもん食ってたら俺も食って味を知りたくなるんだよ」

「・・・誰でも同じですか?」

 その問いにジェイクはミケから目をそらしながら答えた。

「・・・まあ、知り合いなら猶更な」

 その言葉を聞いてミケは機嫌を良くして小さく笑った。

「ふふーん?」

「・・・んだよ」

「いーえ?別に?所で私は知り合いの中でもどういう存在なんです?」

「ブラッドジャムが思ったよりもブラッド味だった・・・。でもなかなか悪くないな、これうまいぞ」

 次の問いにジェイクは無視を決め込んだ。

「どうしましたジェイクさーん?はじゅかちくていえまちぇんかぁ~?」

「ちげーし、恥ずかしくねーし!頭の整理中だ!」
「・・・そうだな、お前は俺にとって切っても切っても糸が切れなくてねばりついてくる発酵食品で
仕方ねーから上手いこと食えるように模索している存在だな」

 ジェイクはクレープをほおばりながら馬鹿にしたような顔でそう言い放つが、ミケはちっとも機嫌を悪くせず、むしろ笑みがこぼれてしょうがないようだった。

「・・・なんだよ!」

「・・・もおーっ!」

「のわっ!」

 ジェイクが苛立たしげに言うとミケはジェイクの首に抱き着いて頬を摺り寄せた!

「やめろミケこの馬鹿お前体温高いんだよクレープのクリームくっつけんなよフリじゃないからな!?」

「腐れ縁の一言で済むのをわざわざ長ったらしく言ったうえでさらに『上手いこと食う』とかもう何なんですか好意的に解釈する余地しかないんですけど!」
「私をキュン死させるつもりですかもうー!悪魔か!!」

「どっちかっつーとそれはおめーの方だろうが!離れろ!」

 ミケの額にジェイクの張り手が炸裂し、スリスリ攻勢は止まった。

「あふん。・・・いや私も悪魔ってわけじゃないんですがねぇ」

「全く、あんまべたべた触んなよなー。あと悪魔に『どっちが悪魔?』って聞いたらぜってーお前の方が悪魔って言われるから」

「でもジェイクさん喜んじゃうでしょう?あとそれ言われるのジェイクさんの方ですから」

「・・・どっちもそんなことないし~?」

「目をみて言ってくださいよ、目を」

「そんなことねぇっ!」

 し、とジェイクが言葉を続けることは無かった。鼻と鼻がくっつくほどの距離にミケの顔があったからだ。
思わず顔をそらそうとするが、させまい、とミケの両手がジェイクの顔を掴んだ。耳にクリームついてないだろうな?
 可憐で、でもどこかうすら寒い笑顔でミケは言う。

「・・・でもね、ジェイクさん」

「なんだよ」

「これだけははっきり言っておきます。『食べる』のは私の方です」

 二人の空間だけ時が止まったようだった。二人は数秒ほど見つめ・・・睨み合った後、ジェイクは口を開いた。

「・・・俺、おめーのそういうとこ可愛くねーと思うわ」

「ぐはぁあっ!」

 ジェイクの言葉にミケは大げさに胸を押さえて崩れる。クレープはこぼさないあたり流石だ。

「ぐぐぐっ、容赦のない口撃で私の胸をえぐってくるとは…!でもここは譲れない一線!徹底抗戦の構えですよ!」

「えっ、じゃあもっと口撃してもいいのか!?」

「私がリタイアするのでやめて差し上げろ、今はそう言う雰囲気じゃないでしょうが!もー!」

「俺の愛情()表現だぞ、喜べよ」

「今は私が愛情を示すターンですから」

「お前がいう愛情はいらないんだよなあ・・・、もっと俺にとって都合のいい道具になって出直してこいよ」

 ジェイクの口撃!がミケは何でもないとカウンターを返す。

「でもジェイクさんにとって都合のいい道具じゃ、ジェイクさんを助けられないでしょう?」

 最後の一口を入れたジェイクは痛いところをつかれた、とでもいうように機嫌を悪くした。本当の助けとは自分の想像の及ばないところから来るものだと常々信じているからだ。

「けっ!・・・それもそーだな」

 そこで会話は止まり、ミケは勝ち誇るような笑みでクレープを頬張る。ジェイクはそんなミケを見ないようにただ正面の赤い噴水をふくれっ面で眺めていた。
 と、そこに全身黒タイツで真っ赤なビー玉のような目をした如何にも悪魔悪魔している悪魔が視界に入った。

「なあミケ」

 クレープをちまちまと食べていたミケがジェイクに首を向ける。

「なんですか?」

「さっきの『どっちが悪魔か論争』に決着をつけたくないか?」

「・・・。・・・・・・なるほど」

 ジェイクと同じ方を見て察したミケは先ほどまでの勢いはどうしたと言わんばかりにクレープを口の中にかっこんだ。

「ふっ、いいでふぉう!しろふろふへひょうははいへふか!」

「こういう所は可愛いんだけどなぁ…」

 ジェイクはミケに聞こえないようにつぶやいた。


「すいませーん、そこの悪魔悪魔してる悪魔さんちょっといいですかー?」

 二人はニコニコ笑顔で黒タイツ悪魔に近づいた。

「はい僕に何の用でしょう?」

「ちょっと私たちの質問に嘘偽りなく答えて欲しいんですよー」

「すいません、僕これから用事があるので・・・」

「時間は取らせねーから!」

 悪魔はそう言って離れようとするが、ジェイクがニコニコ笑顔のまま無駄に無駄のない熟練の動作で回り込む。
完全に通す気のない構えだ。押し通れそうにない。
 悪魔は振り返る。

「答えていただくなら1分もかかりませんから!」

 猫耳フードをかぶった少女がニコニコ笑顔のまま先ほどよりも近づいていた。
完全に通す気のない構えだ。押し通れそうにない。
黒髪の・・・、男は爆発しろ。悪魔は呪った。
 二人はそのままじりじりと包囲を狭めていく。悪魔は二人を両手で制しながら降参した。

「分かりました、答えるから笑顔でじりじりくるのやめてくださいお願いします」

「やったー!」

「イェーイ!」

 二人はそれを喜びハイタッチを交わす。男はモゲろ。悪魔は呪った。


 大人しく包囲を解いた二人から飛んできた質問は、要するに『どっちが悪魔か嘘偽りなく答えろ』というものだ。
悪魔はこの質問に”嘘偽りなく答える”ことになる。言った言葉を覆せない、そういう生き物なのだ。
 顎に指を添えて二人を見る。片や人間・・・人間?と片や・・・昔はともかく今は立派な『こっち側』の少女。
どちらも悪魔とは程遠い。だがこの質問はそういう意図ではない。そして悪魔はその意図に対して嘘偽りなく答えなくてはいけない。
でもぶっちゃけ答えたくない。冷や汗が流れる。
 二人は目をかっぴらいた笑顔だが段々と待ちきれなくなっているのが見て取れる。悪魔は覚悟を決めなくてはいけない・・・!

「あくまで・・・、一悪魔の意見ですが・・・」

 二人の表情は微動だにしない。
 もういい、覚悟は決まった!悪魔の目に力が宿る!

「どっちも悪魔の同類に含めたくありません!」

 硬直と沈黙。聞こえるのは噴水の音と、妖精と幽霊が追いかけっこしてはしゃぐ声だった。
 突然ジェイクが拍手をする。

「なるほどねー、悪魔からはそう見えるのか!ところでもう一つ質問いいか?」

「あ、はい・・・っ!」

 言ってから悪魔はしまった!という顔をした。ジェイクは真顔で聞く。

「DMCランドのDMCってどういう意味?」

「・・・Devil Merry Carnivalだけど。ねえなんで後ろに回り込むの」

「そいつは知らなかった!俺はてっきり別の意味だと思ってたよ、聞きたいか?」

「聞きたくないです早く俺の両腕を羽交い絞めにするのを止めるんだ」

「聞きたいよな?聞きたいだろ?聞けよ?」

「いで!いでっ!いででででで!聞くから聞くから!だから痛くするのやめろ!やめて!止めてください!」

「あ!私ジェイクさんの言いたいこと分かっちゃいました!一緒に言いましょう?」

「しょうがねえなあ…」

『ゴミカイシュウー ゴミノポイステ ヤメマショウー』

「ねえ、お嬢さんそれ以上俺に近づかないでなにするのねえやめてちょっとねえ」

「お!そこのゴミ箱!ちょっとこっちに来てくれ!」

『ア!ハイハーイ!其処ノ黒髪何ノ御用デスカー?』

「ゴミ棄てたいんでちょっとそこで待っててくださーい!」

「了解シマシタ、オ嬢サン!」

「足持つなって!足持つなって!なあ!おい!黒髪の男!」

「なんだよ?」

「俺用事があるんだよ!お前らの言いたいこと聞いたら解放してくれ!頼む!」

「理解った」

「じゃあ言いましょうか!せーの・・・」

「「Devil May Cry」」

 零度の視線が悪魔に突き刺さる。どうしてこうなった。悪魔は泣きそうになった。

「あ…あの、言いたいこと聞いたし解放してくれないかな、って…」

「俺もこいつもさー、悪魔じゃないから・・・」

「嘘、つけるんですよね」

悪魔はジェイクを見上げ、ミケを見上げ、最後に天を見上げた。

「やっぱ神って糞だわ」

「グエエエーーーーッ!」

『ゴ協力、アリガトウゴザイマシタァ~!』

 二人からクレープの包み紙等を中に捨ててもらった自立型ゴミ箱は、そう言って二人の元を離れていく。閉まり切らない蓋から黒い両足がだらんとはみ出ていた。

「別れの言葉が『お前らお似合いのカップルだよクソッタレの畜生どもが一緒に腐れ落ちて地に還れ』ですか、うへへへへ・・・。いやぁ、認めて褒めて祝福してくれるなんていい悪魔でしたね!ジェイクさん!」

「ほめ言葉だけありがたく受け取るがそれ以外はいらん。一緒に腐れ落ちるとか冗談じゃねえ!」

「えぇー?一緒に長生きしましょうよー?」

「おめーよりも長生きしてやるっつってんだよ」

「んー・・・。それならまあ・・・いい?いややっぱりよくないですよ」

「所でミケ、ついノリでやっちまったけどこれ依頼に反してないか?」

「え?この程度全然問題ないですよ!流石に物壊したり職員が働くのを邪魔するのはだめですけど」

「・・・。・・・・・・。マジか!やったぜ!DMCランド最っ高!!ひゃっほう!!!」

 ジェイクは今回ミケと一緒に過ごしてきた中で最高の笑顔を見せた。それはまるで欲しかったトランペットを買ってもらった少年の様であった。

「・・・。・・・・・・。喜んで貰えて嬉しいけれど、複雑・・・」

 ミケは何とも言えない笑いを浮かべるしかなかった。

「そう言えばジェイクさん、どこか行きたいところあります?」

「ん?そうだなあ・・・じゃあまずあれに乗りたいかな」


「ねえジェイクさんやめましょうよこれジェイクさんにとって危険ですからねえ」

 なにやら喚くミケを席に押し込めながらジェイクは係員に聞く。

「すみません係員さん。具体的に俺にとってどう危険なんですかね?」

「ピクシーやゴーストがいたずらして安全装置を壊すことがあるんですよね。そうなると生身のお客様にとって大変危険ですのでこちらのショットガンで撃退してください」

「なるほど、ところで流れ弾は?」

「ショットガン程度の流れ弾に当たって死ぬ方が悪いんじゃないですかね」

「ヒューッ!こいつは素敵だな!最前列だしこりゃ言う事ねえな!ミケ!」

 そう言ってジェイクはショットガン片手にミケの隣に座った。

「ねえっジェイクさんわたしはいいたいことたくさんあるんですけどねえっきいておねが」

 席の安全装置が降りる。

「・・・」

「なんか言えよ」

「うるさいばーか!」

『ヒャアーッハハハァッ!皆々様よぅぉぉぉこそお出で下さいましたぁぁあ~私は地獄の案内人』

「なんでこいつ機嫌よさそうに笑ってるんですかぶちころがしますよ」

「アナウンスにっwwww切れんなよwwwwww」

 コースターはゆっくりと前に進みだす。

『私は物語を見るのが大好きでねぇ~、特に地獄へ転げていく奴らは大好物なんだ』

「何が地獄だよばーか!神の御許に送ってやろうかこのヤロー!」

「ミケ、言葉遣いが可愛くないぞ」

 後ろの客がクスクス笑うのにも構わずミケは声を荒げる!ジェイクも言葉はたしなめるが顔はミケを煽りっぱなしだ。

『が、ただ転げるのは面白くない。だから一度押し上げるのさぁ・・・、そいつの”絶頂”になぁあああ・・・!物語には起伏が必要だ、当たり前だよなぁ?』

 コースターが上に登り始めミケの顔に一杯一杯さが出始める。

「大体ジェイクさんもなんなんですか!私が泣きわめく所をみて喜びたいんですか!?」

「うん!!!」

「ばーか!へんたい!!けだもの!!!ジェイク!!!!」

 本日第2位の笑顔で答えたジェイクにミケは知能指数が溶けたように叫ぶしかなかった。

『さて、お前らが見せてくれるのは喜劇かぁ?悲劇かぁ?どっちでもいい、楽しませてくれよぉおぉぉおおお?』

「ミケ」

「なんでずがぁじぇいぐさん」

 ミケはの顔はもう一杯一杯さでいっぱいだった。ジェイクは笑いを必死にこらえながら言葉を続ける。

「あの時誘ってくれてありがとな。俺、今すっげー楽しい」

「よがっだですね”っ!」

『さて、お前らは楽しんでいるか?私は楽しんでいるよ、期待で胸がはちきれんばかりだ!さあ、そろそろ”絶頂”だ…。私を楽しませてくれたまえ、それではごきげんよう』

「これに関わった奴ら未来永劫ミドリムシ!」

「新しいなそれ!俺にも後で使わせてくれ」

「ばーか!ばーか!ばーか!ばー」

 がくん。コースターが登り切った所で車体が停止する。

「えっ・・・?」

 ミケの罵倒も停止する。
 5秒。10秒。何も起こらない。

「止まったな」

「・・・なーんだ!故障ですかね!?」

 ジェイクはショットガンの点検をして取り合わない。

「はーまったく仕方ありませんね、アトラクションを完走できないのは残念ですが大人しく救助を待ちますか!」

「おっそうだな」

 その瞬間車体の下からバキン、という音がした。そして鉄と車体がきしむ音と共に二人の体も地面に向かって徐々に徐々に傾いていく。

「えっえっえっ」

「なるほどなー」

 45度、60度、75度、いやそれどころじゃない、まだまだ傾いていく。それと同時にがくん、がくん、とコースターの車輪が外れ、ジェイク達の体は下へと下がっていく。

「あっ、やだっ、うそっ、こんなのっ、だめっ、いやっ、許してぇ・・・」

「流石にこれは初めてだわ、すごいな!」

 コースターの重みを支えきれなくなったレーンが奈落の底へ落ち、同時にガタタタタン!と連続して車輪が外れていく!

「ぎゃああああ!」

 5車両ほど外れたところでようやく落下が止まった。

「ぎゃああてwwミケ、お前ぎゃああてwwww」

「こんなの声出るに決まってるじゃないですか!なんで上の奴らは笑ってるんですかねぇ畜生!」

「こういうアトラクションだからだろ」

「最初ジェットコースターだったのに実はフリーフォールだなんて聞いてないです!」

「物語がネタバレしたら面白さ半減だろ?主に傍観者の」

「傍観者の面白さなんて知りませんよ!おいアナウンス私と席を変われ!変わってくださいお願いします!」

「ははははは」

「なに笑ってるんですか!?」

 ぶらぶらと車体と共に揺れながら、ジェイクはミケをニヤニヤ眺めていたが、その時視界の端に何かを捉える。目を向けてみればそれは妖精と幽霊だった。

「おい見ろよゴー太!あんなところに可愛い女の子泣かせて悦んでる屑男がいるぜ!」

「ほんとだねピク郎!やっつけちゃおうよ!」

「よーし!あの屑男を正義の鉄槌という建前で奈落に落っことしてやるぜ!おれは笑顔を泣き顔にするのが大好きなんだ!」

「すごいやピク郎!1つのセリフであいつと同レベルの屑になり下がったよ!」

 ピク郎は勢いよくジェイクに向かって飛んでいく!

「うおおおおお!」

 鳴り響く銃声。そしてスローモーションのようにピク郎の身体が上半身と下半身に千切れ飛んだ。

「ガ・・・がはっ・・・」

「ピ・・・ピク郎ーーーーっ!!!」

「妖精、お前のいう事はたぶんきっとおそらく全てにおいて正しい・・・」
「でもそれとは関係なく[ピーーー]」

「ねえジェイクさんそっちに構ってないでこっちに構ってくださいよねえいっぱいいっぱいなんですってばねぇ!」 

 ゴー太は飛んできたピク郎の上半身を両手でキャッチする。ゴー太は愕然とした。ピク郎は数秒前までの屑スマイルが嘘のような綺麗な死にかけスマイルだったのだ。

「そんな・・・ピク郎・・・お前そんなキャラじゃねえだろ・・・![ピーーー]ばきれいになれると思ってんじゃねえぞ屑・・・!」

「へへっ、悪いなゴー太・・・俺はここまでの様だ・・・。お前と出会ってからの・・・」
「えーと10分ぐらい?」
「は悪くなかったぜ・・・がくっ」

 そう言ってピク郎は力なく目を閉じる。そしてピク郎の体は光を放ちながら灰になっていく・・・。

「ピク郎・・・、ピク郎ーーーーーーーっ!」

 それはそれとしてゴー太は両手を払った。

「てめえこの黒髪野郎!」

「おう」

「ねえこっち向いてくださいよジェイクさんねえ!嫌いになりますよ!」

「嫌いになれば?」

 ジェイクはミケにかまうことなくショットガンのリロードを行う。

「えっ・・・」

「てっ、てめぇ!彼女さん泣かしやがって男の屑が!」

「おうそうだな、後は?」

「えーと・・・あいつとの語る思い出ねえな!」

「だろうな!」

「んーと、そうだな・・・とりあえずかわいい子といちゃつきやがって!不幸な事故でぶっ殺してやる!」

 ゴー太は弾丸のようにジェイクに向かって飛んでいく!

「よしかかって来い!」

 ジェイクはショットガンを構えた!
 ゴー太は素早く元の位置へ戻った!

「・・・でも命を懸けるほどじゃないかなーって。俺もう死んでるけど!えへへ!」

「賢い選択だな、きっと長く存在できるぞ!」
「でも今消えろ」

 銃声。

「第2の人生つってもあっけないもんだな・・・」

 それがゴー太の最後の言葉だった。

「勝利ってむなしいね」

「えぐっ、えぐっ ジェイクさんのばーか、おたんこなーす」

「すまんなミケ、許して?」

「許しません」

「ちょろくなってくれたら手つなぐから」

「許します!」

「やっぱ割と余裕じゃねーか」

「これでも一杯一杯ですって!」

「はいはいそうだな」

 そう言いながらもジェイクはミケの手を握る。

「えへへ・・・」

 ミケはほっとしたのか安堵の笑みを浮かべた。

「なあミケ」

「なんですか?」

「お前の手・・・、すごいねちょねちょするんだけど」

 沈黙。

「ジェイクさん」

「あ?」

「体液濡れの女の子って・・・いいと思いませんか?」

「そうだな!でもお前は嫌いになったから」

 そう言ってジェイクは手を放そうとする。が、出来ない。

「なあミケ」

「なんですか?」

「手を放せ」

「嫌です!」

「さっき『許します』つったろーが!つーか強く握りすぎイダダダダダ!」

「あははははこれは仲直りの儀式ですよ」

「何が仲直りの儀式だ早く縁切りの儀式をしろぉ!」

 と、二人がじゃれ合っていると突然身体が浮翌遊感に包まれた。

「え?」

「お」

 いかなる力が働いたのか、車体が勢いよく引っ張り上げられ―――!

「救出来た!これで救われ―――」

「いやこれは違うな」

 ―――そのまま後ろから奈落へと引っ張られていった。

「なあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」

「いだだだだだだだだだだいい加減離せこの野郎!」

「あ”あ”ーーー!は”な”し”ち”ゃ”や”ーーー!」
 
 そして完全に奈落の中へ落ち、地上が遠くなったころ!
 がきん。

「あ”」

「なるほど、確かに地獄に落ちるときってこんな感じだわ」

 車体はレールすら外れ、完全に自由落下を始めた。

「うっひょおおおおおおおおお!」

「い”や”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ!」

「えんだー!?」

「い”や”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ!」


 その後の道中は若干一名の名誉のために省略するとしよう。
 ジェットコースターが地獄の門破りを初めとした数々の苦難を乗り越え現世に黄泉がえりを果たしたとき。
ミケはこの世の終わりのような顔で。ジェイクは誰かからエナジーを吸収でもしたかのような顔で。
アトラクションを後にするのであった。

10
 それから立ち直ったミケは、自身が醜態を晒したことでムキになった。ジェイクも醜態をさらすべきだと考えたのだ。
 コーヒーカップ。

「絶叫マシンでは後れを取りましたが!今度は私のテクニックでクルックルにしてあげますよ!」

「おうやってみろよ」

 現実。

「オラァミケぇ!もっと回せ!場外に弾き飛ばされるぞ!」

 そこはさながら戦場だった。いくつもの巨大なコーヒーカップが独楽のごとく回り、ぶつかり合い、弾き飛ばし合う。

「ま、まわ、まわすっまわっせかいがぐるるるるるるるるる」

 二人が乗るカップは先ほど二人にボコられた黒タイツの悪魔が操るカップと衝突する!走る衝撃!

「回転が甘い!」

「ぐおあっ!?」

「うぼわぁー」

 ミケが度重なる衝撃と絶え間ない回転でグロッキー状態になっている分、回転が劣る二人のカップは土俵際まで弾き飛ばされる!
 完全に目を回したミケは衝撃で転がり、カップの回転による遠心力でカップの端をぐるぐる回る!

「ぐーるーるーるーるー」

「フィジカル足りなくてクルックルになってんじゃねえぞミケぇ!」

「そこの畜生カップル!さっきはよくもやってくれたなぁ!?これでトドメだーーーっ!」

「しまっ・・・!」

「あー」

 一人分になった回転でさっき負けた回転に勝てるはずもなく、二人のカップはなすすべなく場外へ弾き飛ばされた。

「どわーっ!」

「わあーっ」

「はーはっはー!これで借りは返したぜ!さらば畜生ども!」

 ジェイクはコースターとスライムクッションに挟まれながら捨て台詞を吐くしかなかった。

「けっ、これで勝ったと思うなよ・・・!次は勝つ・・・」 

「あれー、おかしいですねまっくらだーねえジェイクさんここからだしてくださいよーねえジェイクさーん」

 お化け屋敷。

「このお化け屋敷は探索や謎解きを進めてゴールへ進むそうです。私のひらめきを見せてあげます!」

「おう期待してるぞ」

「ジェイクさんはせいぜいクリーチャーの囮になってください」

「単独行動になった時が楽しみだよミケ」

 現実。

「ようやくですようやくこの地獄の巣窟から逃れられるもはや全能となった私にこの程度の謎は屁でもないさあ我が英知によって開けゴマ!」

 ホラーゲーム特有の『やりたくないことをやらせる』露骨なギミック配置により探索のメインを務めたミケの精神はボロボロだった。

「多弁症、逃亡癖、過信。こいつはもう正気度がダメだな」

「よし!これで出口が解放され―――」

『緊急事態緊急事態。非常口が解放されました。実験生物の流出を防ぐために自爆シークエンスを開始します』

「」

「なに行動不能になってんださっさと逃げるぞ!」



『自爆まであと60秒』

「あった、出口だ!」

「ジェイクさん私は今全能なんですよ全能すなわち神なのにこんな俵抱えなのは扱いが雑としか言いようがありませんもっと丁寧な対応を求めます具体的にはお姫様抱っこ」

「ぽーい」

「ぶへっ」

『自爆まであと30秒』



ゴーカート。

「ふっ!カートの性能は互角!そして最後の長い直線で私が5馬身リード!この勝負は貰いましたよジェイクさん!」

「流石にやるぜ、俺がドラテクで負けるとはな・・・」

「ふふふ!今までさんざん泣かされてきましたが最後に笑うのはこの私―――」

「でも一発分マジックミサイルのアイテムが残ってるんだ。ミケ、お前はどう思う?」

「・・・・・・」

 ミケが右にずれる。ジェイクはぴったり後ろにつく。
 ミケが左にずれる。ジェイクはぴったり後ろにつく。

「ジェイクさん」

「なんだ?」

「私の勝ちってことで・・・いいですよね?」

「やだ」

「人間の屑!畜生の鏡!ジェイクさんのバーカ!」

「ほめ言葉ありがとよ、ミケ!マァズィックミッサァイル!」

「ギャーーーーッ!」


 結果。

「うっ、ぐすっ、ぐすっ。ジェイクさんのばかぁ・・・どうしてあんなことするんですかぁ」

「アトラクション選んだの最初以外全部お前なんだよなぁ・・・。選択の結果はちゃんと受け入れろよ」

「だってぇ・・・!だってぇー・・・!」

 ミケはすっかり拗ねてしまった。

11
「なあミケー、そろそろ機嫌直せよ・・・」

「つーん」

「なあミケ、そろそろ背中から降りろよ・・・」

「嫌です。つんつん」

「頬を突っつくな、周りが生暖かい目で見てるだろーが」

「私は一向に構いません。見せつけてやりましょう」

「俺はすっごい構うからやめろ」

「やめません」

「止めろって頼むから」

「じゃあ私と一緒にあそこに入ってくれるならやめます」

 ミケが指さした先はお城であった。つまりホテルである。

「・・・え、何?そういう事?」

「ジェイクさんが何を考えたのかは知りませんけどぉ~?私はそう言うつもりで言いました」

「どういうつもりだよ・・・。まあ考えるだけ考えてやるよ」

「じゃあおんぶ続行で」

「へいへい」

 それからジェイクはミケを背負ったまま会話も無くぶらぶらと歩いた。
通りすがる人間・・・は碌に居ないが、悪魔、妖精、幽霊、聖霊、見た目も生まれも力も違う奴らなのに、
どいつもこいつも笑ってじゃれ合って弱い奴は遊び半分に消し飛ばされたりしていた。
 人間も皆こうだったら楽しいだろうに。いや、遊び疲れてウンザリするだけか。ジェイクはそんなアホなことを考え、自嘲気味に笑った。

「ジェイクさん」

「なんだよ」

「ベンチに座って休みたくなりました」

「・・・はいはい分かりました」

 ミケを降ろし、二人がベンチに座るとすかさずミケが口を開く。

「ジェイクさん」

「なんだよ」

 ミケはクレープ屋を指さす。

「クレープ買ってきてください、二人分です」

「てめーこの依頼終わったら速攻で捨ててやるからな、はるか東の宗教施設で縁切りしてもらってやる」

 そう言って立ち上がるジェイクをミケは呼び止める。

「ジェイクさん」

「なんだよ!?」

「二人分のお金です。今日の払いは私持ちですからね」

 そう言ってミケは見知らぬ貨幣をジェイクに投げ渡した。

「・・・お前のそういう”一度口にしたことを反故にしないところ”は好きだぜ」

 嫌な顔のままの告白にミケは仏頂面を崩さず、クレープ屋を再び指さした。

「ふーんだ。さっさと買ってきてくださいね」

「へーへー行ってきまーす」

 そう言ってジェイクはクレープ屋へと歩き出す。

「・・・”お前のそういうところは好きだぜ”。・・・えへへー」

 ミケはジェイクに見えないように表情を崩すのであった。


「買ってきたぞ」

「うむ、くるしゅうない」

「何様だよ・・・。ほい、おめーの分」

「あれ、さっきと同じトッピングじゃないですか」

「俺が食いたかったんだよ」

「・・・ふーん、ま、別にいいですけど?」

 二人は黙々とクレープを食べ始める。この沈黙を最初に破ったのはミケの方だった。

「ジェイクさん」

「何だ?」

「ジェイクさんにとって彼女って何ですか?」

「ぼくのかんがえたまっこと都合のいい女」

「何でわざわざ石を鋭く削って突き刺しにくるんですか、もっと言い方変えましょうよ」

「勘違いさせない優しさで溢れてんだよ」

「あー分かりました、じゃあ次です!ジェイクさんにとっての”都合のいい女”とは!?」

「まずひとつ、餌をやるとかお世話をするだとか・・・とにかく手間がかからないこと」

「ふむ、私は勝手に餌を食べに行くしむしろお世話する方なのでそういう手間はないですね!」

「勝手に餌をたかられてお世話に付き合うことになるから手間が発生してるんだよなあ」
「ふたつ、困ったときは遠慮なく頼れて俺がかけるであろう迷惑に付き合ってくれること」

「ジェイクさんの頼みならいつでもバッチコイですよ!」

「お前に頼る必要性が生じて欲しくないんだよなあ」
「みっつ、任意のタイミングでポイできて任意のタイミングで戻ってくること。ここで言う任意とは、俺が望む、望まないにかかわらず結果論として最善というものだ」

「うわあ、カードゲームみたいなこと言い出すのはちょっと・・・」

「おう最後までくらいついて来いよ」

「私ジェイクさん相手にはちょろくなる天使ですけど神様じゃないんで」

「天使(笑)」

「現実みましょうよジェイクさん、あなたの理想を超える美少女が手の届く場所に居るんですよ?」

「文化という厳重な柵の向こう側に俺は行きたくないでござる」

「住めば都です!こっち側に来ましょう!」

「俺は自発的ならいくらでも変容できる自信があるけどー、矯正は大嫌いなんでー」

「あはは、ジェイクさんが矯正されるなんてそんなこと・・・ありますけど後悔はさせませんよ!とりあえずこっちの文化に肩まで漬かりましょうか!」

「後悔できないようにするの間違いじゃないのか?とりあえずお前が上がって来い、干からびない程度に行ったり来たりしろ」

「もー!つれないんですからー!」

「俺は畜生だけど魚類ではないから仕方ないね」

「ジェイクさん人並の幸せに願望は無いんですか?例えばあんな風に・・・」

 ミケが指さした先にはいかにも『何処にでも居る平凡な少年だったけど事件に巻き込まれてなんやかんやあって最終的には人外ハーレム築いちゃいました』な集団がいた。

「あれ人並か?」

「・・・こっち側からすれば人並ですね。割とよくある話ですよ?『○○って奴にモーションかけて捕まえたわー』とか『大人しい上玉見つけたんだけどあいつと取り合いになっちゃってシェアすることになっちまったわー』とか」

「生々しい裏話やめろ。まあ俺も”人並の幸せ”ってのは知ってるし享受したこともあるけど」

「は?」

「色々試して考えた結果やっぱ一人で居られるのが俺にとって一番幸せと結論が出た」

「待って待って、待ってください」

「なので質問の答えは『享受できるならするけど興味はない』だな!たとえ恩人だろうと面白そうなこと見つけたら放り投げて忘れるね!」

「ジェイクさんの屑回答はどうでもいいです!”人並の幸せ”を一体誰と享受したんですか!?ねえ!?」

「掴みかかるな!クリームがくっつくだろ!?」

「じゃあ放します!ほら話してくださいよ!」

「好感度が足りないので輪廻転生して出直してこい」

「・・・・・・」

 二人は素早く残りのクレープを口に放り込み、ベンチを立って睨み合った!
 ミケは強い決意を込めた口調でジェイクに宣言する!

「ふぇいふはん、ふぉうひゃふぁふぁひヴぁふぉほひえほふふぃふふぉうはふぁふ」

「何言ってるか分かんねーよ!」

「・・・ジェイクさん、どうやら立場を教える必要があるみたいですね・・・!」

「一度台無しになったシリアスは戻らねーんだよ!」

「そもそもシリアス何てありましたか?」

「無いんじゃね?


 沈黙。

「はぁ・・・もういいです、このことはいつか勝手に”のぞき見”することにします」

「堂々とプライバシーの侵害を宣言するとはたまげたなあ」

「畜生にプライバシーってあるんですかね?」

「無いんじゃね?」

沈黙。

「・・・座りましょうか」
「そうするか」

「大体よー、なんでそんな俺の過去話について聞きたがるんだよ?宿でもそうだったよな?」

「え?だってジェイクさんですよ?一体どんなさもしい過去を送ったのか気になるじゃないですか!」

「随分と言ってくれるじゃねえか・・・!」

「あれれー?違うんですか?それじゃあどういう”人並の幸せ”を享受したのか言ってくださいよ~?」

「え?やだ」

「・・・」

 その時である。

『ぎゃああああああ!』

 つんざくような悲鳴が聞こえてきたのは。

「・・・なんかあったみたいですね」

「一応見に行くか、依頼されてるしな」

12
「悪魔[ピーーー]べし」

「御霊還るべし」

「穢れ祓うべし」

 悲鳴の元へとやってきた二人が見たものは殺戮現場だった。白い羽、どいつもこいつも判子を押したように同じ顔、無表情。
この状況を作り出したのは天使であった。悪魔、精霊、妖精、幽霊お構いなしに、この場に我々以外の存在を認めないとばかりに殺しつくされていく。
 そんな存在と戦う存在が一人だけ居た。おそらく今日が運悪く勤務日だった警備員だろう。

「なんなのよあんたら!こっちが少人数シフトになってる時にやってきちゃってさ!お仲間は早々に殺られちゃうし!お客さん追い散らすし!あーもう私の給料滅茶苦茶だよ!どうしてくれんの!?」

 警備員は長柄の斧を勢いよく振り回して戦うが、3体がかりで完全に抑え込まれていた。見たところ殺られそうにもないが突破も出来そうにない。

「これは何とかしないといけませんね!」

「あー、あのお姉さんが相手してる3体除いて居るのが8体か・・・。よし!行くぞミケ!」

「ええ!」

「とりあえず5体ぐらい倒しといてくれ!ちょっと武器拾ってくる!」

「知ってました」

 そう言いながらミケは何処からか一つのラッパを取り出し、高らかに吹きならした!目の前の存在に向いていた天使達の意識が一斉にミケに向けられる!

「堕ちたもの[ピーーー]べし」

 そして1体の天使がミケに向かって飛んでくる!
が、ミケは表情を変えることなくラッパをその天使に向けて吹き鳴らす。
 次の瞬間、天使の身体に一つの穴が空く!
天使は苦悶の表情も声も出さずに飛ぶが、ミケに向かって近づくほど、勢いよく天使の身体は穿たれていく!
やがて飛ぶことも体を形作ることもかなわないほど穿たれた天使は地面に勢いよく衝突し、その衝撃でバラバラになって消えた。

「・・・堕ちたもの[ピーーー]べし」

「堕ちたもの[ピーーー]べし」

「堕ちたもの[ピーーー]べし」

 それを見てミケを脅威と判断したのか、今度は複数の天使がとびかかる!

「おおっと!こういう時は・・・」

 さすがに分が悪いと判断したミケは、素早く周りに活路を見出し走り出した!

「前進して合流です!そこの警備員さーん!」

「誰だアンタ!?・・・あ、もしかして冒険者さん!?助けてー!このままじゃ私の財布が死んじゃうの!」

「お任せあれ!」

 ミケはラッパを一吹き!警備員の相手をしていた3体はこの横槍で体を欠損!

「なにそれすごい!とりあえず全部財布の分!」

 その隙を逃さず警備員は斧を一閃し天使共を両断する!大体2分割された天使たちは塵になった。

「助かったよ!」

「油断はしないでくださいよ、まだ3体こっちに来てますからね!」

「了解!」

「悪魔[ピーーー]べし」

「堕ちたもの[ピーーー]べし」




 ミケが警備員と合流して戦っている時、ジェイクの方はと言うと・・・

「罪深きもの[ピーーー]べし」

「業深きもの[ピーーー]べし」

「とりあえず[ピーーー]べし」

「畜生は殺せ」

「あれれー?おっかしいなー、なんか目の敵にされてるんだけど俺なんかしたっけかなー?」

 絶賛四面天歌とでも言うべき状況であった。
ジェイクがとりあえず1体簀巻きにして武器をかっぱらおうと思って近づいたら4体一気に寄ってきたのである。

「なるほど、天界に俺のアンチが出来るほど俺の名は売れていたのか・・・!」

「[ピーーー]べし」

「「「[ピーーー]べし」」」

「ちょっ!こいつら殺意高すぎ!ふざけたこと言ってる場合じゃねえな!」

 ジェイクは無表情のくせに殺意は高い天使の同時攻撃を避けて、包囲を抜けて逃げ出す!
 天使は揃ってジェイクを追いかける!が、前を行く1体だけがどんどん突出していく。
いや違う!ジェイクがいつの間にか括り付けていた縄に引きづられているのだ!

「冒険者の闘い方の基本は”勝てる1対1を作ること”ってな!」

 ジェイクは引っ張られて体制の崩れた天使の腕を両手でとり、枝を折るかのように膝で叩き折る!
天使は痛みを感じないかのように声こそ漏らさないが、獲物を握る手は緩む!
ジェイクはそれを見逃さず、一瞬で剣をひったくるとそのまま天使の脳天を唐竹割りした!

「1対1に素早く勝てば―――」

 ジェイクはかち割った天使の身体をすかさず残りの3体に向かって突き飛ばす!2体は避けるも後ろの1体はよけられずに受け止めてしまう!

「「[ピーーー]べし」」

 2体はジェイクに向かって波状攻撃を仕掛ける!が、ジェイクは後ろに下がりながら紙一重で回避!
 
「次の1対1が出来上がる!」

 ジェイクは剣を一閃!天使の両手が獲物ごと明後日の方向へすっ飛んでいく!

「[ピーーー]べし」

 もう一体の天使が勢いよく突っ込んでくるが、ジェイクはそれを利用して壁に叩きつける!
 手を切り落とされた天使が後ろからジェイクを羽交い絞めにしようとするも、ジェイクは知ってたと言わんばかりに避け、先ほどと同じように壁に叩きつけた!
 そして間髪入れずに2体の胴を剣で壁に縫い付ける!天使は剣を抜こうともがくが、すぐに抜ける気配は無い!

「おめーら二人はちょっとそこで待ってろ」

 ジェイクが振り返ると最後の1体が唐竹割りされた天使を投げ捨ててジェイクに向かう所だった。

「[ピーーー]べし」

「もっと言葉のバリエーションを増やして出直してこいよ」

 ジェイクは天使の一閃を軽々避けて投げ倒し、何の容赦もなく喉を踏み潰す!

「・・・・・・!」

 天使はジェイクの足をつかむが、もう片方の足で払われ、今度は頭を踏み潰される。

「よっ、ほっ、はっ、ほっ」

 5回目の踏み潰しで天使の頭は完全に砕け散り、そのまま全身と一緒にボロボロと崩れて消えた。
 壁に縫い付けた2体はまだ抜け出ていない。勝負はついた。

「くたばった後が汚れないのはこいつらの明確な利点だな」

 残った2体の首を切り落としたジェイクはそう呟いた。
こっちで4体片付けたのなら向こうも片付けているだろう、とジェイクはそう思ってミケが居るであろう方角を見た。

 全長3mは超えるであろうメカメカしい天使が居た。

「なあにあれえ」

 ジェイクは真顔でつぶやいた。

13
『堕ちたもの[ピーーー]べし』

「あああああああ”あ”あ”あ”!死ぬ死ぬ死にます死んじゃいますって!」

 ミケは跳んだり転がったりしながら巨大メカ天使から逃げ回る!
しかし警備員は既にメカ天使の攻撃で文字通り正中線を消されてそのまま消滅、ミケのラッパは全然通じない以上、警備員の後を追うのは時間の問題である!

「何ですかその・・・えーと消しゴムソードは!受けれないとか卑怯ですよ卑怯!そもそも私受ける武器持ってませんけど!」

『堕ちたもの[ピーーー]べし』

「のわあああ!」

 刃渡り2mはあるであろう消しゴムソードに触れたものは地面だろうと建物だろうと消えるのである、さらには棒きれを振るような勢いでこれを振り回す。これではかくれんぼも出来やしない!

「あっ」

 そしてついにミケは瓦礫に足を取られ転んでしまう!

『堕ちたもの―――』

 メカ天使は大上段に剣を構える!

「わーっ!わーっ!えーっとえーっと!」

 ミケは必死に後ずさってなんとかしようと思案する!

「な・・・汝に神の災いあれーーっ!」

 だが 何も 思いつかなかった。

『―――[ピーーー]べし』

 そして無慈悲に剣が振り下ろされる!

「あ”あ”あ”っ!死んだ!今私死んだっ!死にましたっ!なんでジェイクさん助けに来てくれないんですか美少女のピンチに駆けつけないとかそれでも男ですかばーかばーか!」

「ああそれでも俺は男だよバーカバーカ!」

「あれっ!?」

 ミケはのたうち回るのをやめて恐る恐る目を開く。そこにはジェイクが剣を受け止めてミケを守っていた!
 ジェイクはその姿を見て涙を浮かべる。

「ジェ・・・ジェイクさん・・・!今の聞いてました?」

「『あ”あ”あ”っ!死んだ!今私死んだっ!死にましたっ!なんでジェイクさん助けに来てくれないんですか美少女のピンチに』」

「ぎゃあああああ!やめてやめてホントやめてください!」

「うるせーぞミケ!いいからさっさと立て!」

「そこは普通『大丈夫だ、君の事は俺が守る!』とかいう場面でしょう!?」

 ミケは涙を拭いて素早く立ち上がる!

「なんでおめーに優しくする必要があるんだよっ!」

「ところでジェイクさんの消しゴムソード対策ダサくありません?」

 ジェイクの取った対策とは自身が出すロープを手持ちの剣にぐるぐる巻くという物である。ロープはチート製なので消しゴム剣に消されずに済むというわけだ。
 確かにダサい、とジェイクも思う。だがそれはそれとしてミケは後で泣かす。ジェイクは硬く誓った!

「いいからさっさと俺に祝福かけろ!二人そろってぶち殺されたいのか!?」

『とりあえず[ピーーー]』

「天使は謎の殺意をやめろ!」

 消しゴム剣に重量がないから何とかなっているものの、ジェイクとメカ天使の体格差はいかんともし難いものがある!

「それは望む所ではありませんね!ジェイクさん、キツイの行きますよ!?」

「来いよオラァ!」

 ミケはラッパで先ほどの攻撃とは違う音を吹き鳴らす!するとジェイクの身体は光輝くオーラに包まれた!

「てめーがどんなにデカかろうと所詮は1・・・!」

「・・・!」

 押され続けていた鍔迫り合い、だが徐々にジェイクが押し返す!

「1が二人に勝てるわけねえだろうが!」

 気合一閃!ジェイクは剣を振りぬき、メカ天使の剣を跳ね上げた!

「覚悟しろよ、反撃開始だ・・・!」

 畜生は片眉を跳ね上げて牙を剥いた。

『逆らうもの[ピーーー]べし』

「言葉は返ってくるって知ってるかあ!?」

 メカ天使の一撃を潜り込んで躱したジェイクは高く飛び上がり、メカ天使の頭上を越えていく!

「くたばるのは――――」

 メカ天使の人体で言えば首に当たる部分に、ジェイクのロープが一瞬で括り付けられる!

「―――てめーの方だ!」

 そして背後に着地したジェイクはそのままメカ天使を引き倒す!ミケの祝福によって強化されたジェイクの筋力はメカ天使の巨体を凌駕したのだ!

『―――!』

 メカ天使は自身の首にどんどん食い込むロープを解こうともがく!そう、苦しんでいるのだ!鋼鉄の身体で、呼吸もいらない存在が!

「天使ごときが俺のチートに勝てるかよ!ほらほらほらほら」

 ジェイクの手からどんどんロープが飛び出し、メカ天使を雁字搦めにする!ついには指一つ動かせなくなるほどの簀巻きにされてしまった!勝負ありだ。

 戦闘が終わったとみて、ミケはジェイクに近づく。

「いやー、相変わらずジェイクさんのこれは卑怯臭い力ですねぇ。強力な存在だろうとハマればこの通りなんですから」

「文字通り俺の生命線だからな、むしろチートであり続けてくれないと困る」

「チート、ねぇ・・・。ジェイクさんのチートってどういう意味です?」

「・・・説明が難しいな。さいきょーというか、ぜったいーっていうか、どんな状況だろうとこの力がありゃ何とかなるっていうか・・・」

「でもロープでしかないんですよね?」

「そうなんだけどさあ!思考停止で使って全部なんとかなるものじゃないけどさあ!」

「じゃあチートじゃあないですよ、全然ズルでも騙しでもありませんもん」

「俺が言うチートはそういうんじゃ無いんだよ・・・。あー!もういい!おいミケ、さっさとその剣引っこ抜けよ!」

「これ引っこ抜くの大変なんですよ!下手に刀身触ったら私のおててが無くなるんですからね!?」

「手伝えねえぞ?」

「見ればわかりますよ!・・・んの!おいしょー!」

 何とか剣を引っこ抜いたミケは剣を大上段に構える。

「コイツ図体のわりに軽い剣使ってたんですね・・・、私でもこんな構え出来ちゃいますよ」

「やっぱ天界ってオカシイな、わけわからんわ」

「そうですねえ、私もそう思うようになりましたよ。じゃ、そろそろ楽にしてあげますかね」

 ミケは剣を振り下ろし、胴を両断されたメカ天使は塵となって消えた。

「たとえ鋼鉄の身体だろうと所詮は精神生命体ってことですかね。ああー、やだやだ」

 消滅を見届けたジェイクはロープを自身の中にしまい、ミケの下へ歩き出す。

「しっかしこいつら何がしたかったのやら」

 ミケもそれに合わせてジェイクの前を歩き出した。

「理由・・・。案外何もないかもしれませんよ?」

「そうなのか?」

「感情表現しない、できないだけで、彼らもため込むものはため込んでるでしょうからね。只のしっと団みたいなものかもしれません」

「”ソース私”となると信ぴょう性があるな・・・」

「いやいや、只の推論ですからね?ソースなんてありませんからね?」

「そおぉ?」

「そうですよぉ?」

「ふーん・・・。ところでミケ、お前なんで俺から逃げるの?」

「え?やだなージェイクさんこれは一仕事終えて散歩してるだけじゃないですかもーやだなー」

「ふーん?こんな戦闘痕と瓦礫だらけのところでお散歩か?」

「確かにもうデートできる様な状態でもありませんね・・・」

 ミケはそう言うと残念そうに俯いた。

「ミケ・・・」

 ジェイクは口を開くが、それだけだ。ミケがジェイクに振り返る。

「それじゃ、ジェイクさん。今日はありがとうございました・・・」

「っミケ!待てっ・・・!」

 そう言って走り去ろうとするミケにジェイクは手を伸ばし―――

「誰が逃がすかこのやろーっ!」

「グエ”ーーーーッ”!」 

 そこからロープを伸ばしてミケの首に引っ掛けた!

「みろよなあ!この惨状をよ!俺一人に押し付けようったってそうはいかんぞ!」

「チッ」

「露骨な舌打ちィ!」

「だからと言って普通恋人の首に縄引っ掛けますか!?」

「お前が好き好き言ってる奴はそういう事普通にやる奴なんやで」

 その暴言にミケははっとした表情になる。

「・・・たしかにぐうの音もでない正論ですね、その通りです・・・」

「これで納得されるのもそれはそれでなんかもにょるな・・・」

 そう言いながらもジェイクはミケにロープを次々と巻き付けていく。

「分かりました、やめますから!だから神妙な顔で私の両手を縛るのをやめてください!ほどいてください!」

「え、やだよ。ほどいたら逃げるだろ?」

「私は言葉を翻すことをしませんよ?」

「おう、じゃあ何をやめるか言ってみろよ」

「・・・!」

 ミケは汗をだらだら流しながら黙りこくった。

「続行で」

「じゃあすべてが終わったら私から娘さんにありのままを話しますね!」

「・・・・・・!」

 今度はジェイクが汗をだらだら流しながら黙りこくる番だった。ジェイクは苦渋の決断とでも言いたげな顔でミケの拘束を解く。



「娘さんの名前を出すと途端に素直になりましたね・・・」

「あーいや、まあな・・・。しばらくあの宿を拠点にするつもりだから・・・その・・・娘さんの評価を下げるのは・・・不味い・・・」

「ふーん?ふぅーーーーん???」

 しどろもどろになるジェイクに、ミケはどんどんジト目になる。

「なんだよ」

「いーえ別にぃー?・・・あ、そうだ。ちょっとしゃがんでくださいよ」

「は?」

「いいから!」

 ミケの勢いに押されてジェイクはしぶしぶ従う。

「いいですか、ジェイクさん。これはデートです・・・。それも!恋人同士の!」

「その恋人同士というのはあなたの脳内の設定に過ぎないのでは?」

「娘さんの脳内でも同じ設定が共有されているのでセーフです」

「あ、そう・・・」

「で、そういう時に!他の女の人をめっちゃ気にされると!イラっと来るんです!分かりますか!?」

「まあ分かる。でも先に名前だしたのお前だよな?」

「・・・」

「・・・」

「・・・私にも非はあるのを認めますが!イラっと来るんです!分かりますか!?」

「はい分かりましたー」

「よろしい!なのでジェイクさんに罰・・・いや、ご褒美を与えます!」

「どっちにしろいらん」

「与えます!」

「はい分かりましたどーぞ勝手にしてください」

「では目をつぶってください」

 その要求を聞いて、適当に受け答えしていたジェイクに真剣さが宿る!

「ちょっと待て、何をするつもりだ?」

「ジェイクさん、さっき『勝手にしてください』といったばかりでしょう?」

「確かにそうだな、その通りだ」
「でも質問に答えて?」

「え・・・それは・・・」

 ジェイクの追及にミケはうろたえる、というより顔を赤らめてもじもじする。

「私の口から・・・言わせないでください・・・」

 ミケの言葉にジェイクの心臓が跳ね上がる!
 いやまて。これはミケの罠だ。ジェイクはミケの魂胆を完全に見切っている!・・・しかし、同時に一つの疑念が生まれたのも事実だ。

「い・・・いいや!言え!今すぐにだ!」

「ジェイクさん」

「何だよ!」

「ジェイクさんは・・・その!美少女のご褒美が!好きなんですか!?嫌いなんですか!?欲しいんですか!!?欲しくないんですか!!?」

 質問に質問で返すな、と言いたいところだがジェイクは少年の心を忘れない冒険者だ。答えは決まっている。

「好きにきまってる!欲しいに決まってる!!当たり前だろ!!!」

 とは言えない。だって罠だって分かってるから!だがしかし

「でもお前からはいらない」

 とも言えない!だってもし万が一があったらどうするんだお前だれが責任取るんだお前!俺は責任とれないぞお前!たとえミケでももし貰えるんだったら貰いたいぞお前!
 なのでジェイクはミケの問いに奇妙な唸り声を出すしかなかった。
 これは悪魔のささやきだ!はねのけろ!―――いやまてしかし自分の心に嘘をついていいのか?
 冒険者が自分の確信を裏切っていいのか!?―――自分の心から目を背けた選択をしていいのか?
 欲に負けた選択は後悔しか生まないんだぞ!―――もっと自分に素直になれよ!
 ジェイクの中であらゆる言葉が吹き荒れる。ジェイクは今、完全に迷っていた。そんなときである。ミケはこう言った。

「もういいです。ジェイクさん、目を閉じてください」

 人は極限状態になった時に”本当の自分”が出るという。反射で取った選択こそが自分の奥底にある意思ということなのだろうか?
 ならばジェイクの取った行動はそういう事なのだ。
 ジェイクはその言葉で咄嗟に目を閉じた。閉じてしまった。

15

「うーん、二人とも帰ってきませんね・・・。ミケちゃんが心配です・・・」

 ジェイク達が出かけた翌日の朝。娘さんはテーブルを拭きながらひとり心配をしていた。ジェイク?心配する理由も価値もない。
 そんな時、2階から誰かが降りてくる音がした。

「ふわぁーぁあ・・・。おはよーございますぅー」

「あれ!?ジェイクさんいつ帰ってきたんですか!?」

 ジェイクである。娘さんは姿を見るなりジェイクに飛びかかり、何度も肩をつかんで揺さぶった。

「なに朝帰りしてるんですかミケちゃんに変な事してないでしょうねっていうかミケちゃん居ないじゃないですか!」

 と、ここまで言って揺さぶるのを止めた。ジェイクの顔に何徹もしたようなクマが出来ているのに気付いたからだ。

「どうしたんです、そのクマ?」

「夜更かしして頑張ったんだよ」

「ミケちゃんと何を頑張ったって?」

 娘さんは指を鳴らしながらジェイクに尋ねる。

「・・・ミケぇ?・・・あいつ一人で帰っちまったあぁ~ああ・・・。はぁ、娘さんが思ってたようなことは無かったと言っておく。まあお互いの性根を知ったうえであの態度だからね、仕方ないね」

 割と理由のある手刀がジェイクの脳天に直撃する!

「いてえ」

「・・・とりあえず言いたいことはこれで全部済ませることにします」

「顛末語ってやろうか?」

「いりません!私があれこれ考えてたことが全部音を立てて崩れちゃいそうなので!」

 そう言って娘さんは憤慨しながら店の奥へ消えていく。
 それと入れ替わりで親の顔より見たモミアゲハゲ親父が出てくる。この宿のマスターだ。

「娘は何をプリプリしとんだ・・・。おいジェイク、飯は居るか?」

「いらん」

「そうか、ところでこれからどうするんだ?出ていくのか、それともしばらく住み着くのか?」

「とりあえずこれで泊まれるだけ住み着く」

 ジェイクはそう言って今回の報酬が入った袋をカウンターに置いた。

「ふんふむ・・・。よし、確かに受けとった!ツケは認めんからな」

「へーへー、分かってますよー」

「部屋はどうする」

「いつもの部屋」

「引っ越したのにあると思ってんのか阿呆」

 と、そこへ店の奥へ引っ込んだ娘さんが戻ってきた。

「そう言うと思ってました。これ、ジェイクさんにぴったりの部屋の鍵です」

 そう言って乱暴に鍵をカウンターに置き、テーブルを拭く作業に戻っていった。鍵の番号を見て親父さんは呆れた顔になる。

「お前なあ、コイツは仮にもお客様だぞお客様!」

「お客様をコイツ呼ばわりも無いだろ」

 ジェイクはぼそりとつぶやいた。

「ジェイクさんにはピッタリでしょー?」

「構わねえよ親父さん、俺はこの部屋がいい」

「お前がそう言うんなら、まあいいが・・・。場所は2階の一番奥だ」

「あいよ」

 場所を聞いたジェイクは鍵を手に取り階段を上る。

「ジェイクさーん。荷物の移動は今日中に自分でやってくださいねー!」

「へーい」

 娘さんの言葉にジェイクは生返事で答える。やる気はない。全部寝て起きた後の自分に丸投げするつもりだ。
 部屋にたどり着いたジェイクは扉を開けて笑った。なかなか嬉しいサプライズがあったからだ。
 
 なにも無い部屋に一つだけおかれた古臭いボロボロのベッド。ジェイクが昔の宿で寝泊まりしていた時のベッドとそっくりだったのだ。
早速ジェイクは寝転がる。当然のようにベッドはぎぃぎぃと軋みをあげる。
なかなか気の利いたことをするもんだ、とジェイクは目を閉じて笑った。

 ここ数日寝泊まりしていた部屋はミケが一緒だったのもあってなんか落ち着かなかったのだ。
依頼で散々な目に合わし合わされたが、今日は良い気分で寝られそうだ。

「―――ただいま」

 その言葉を最後に、ジェイクの意識は深い眠りに埋没していった。

 その後娘さんにたたき起こされ、荷物の部屋移動を強制されたのは言うまでもない。

終わり

巨人小笠原かと思った

>>75
今さらすっげえ誤解を招く表現だったことに気付いたよ、もっとSS速報VIPの文化を知るべきだったわ

読んでくれてありがとう!

一日経ったしHTML依頼出してくるかな

HTML依頼出しました、もし読んでくれた方がいたらありがとうございます
それじゃさよなら

自分で投下した文を読み返さないの?
[ピーーー]べし
[ピーーー]べし

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