岸部彩華「あやかはいいの」 (29)
のんびりと書いていきます
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昔からいろんな人に言われてた
「彩華ちゃんは優しいね」って
子供のころの話だけど、仲良しのお友達と何人かでお菓子を食べてた時
一人が持ってたお菓子を地面に落としたの
そうしたらその子は大泣きしてね?あやか、それを見て可哀想だなって思って
それで、自分のお菓子を全部にその子にあげちゃった
その子に泣きながら「ありがとう」って言われたの、今でも覚えてるなぁ
その時も他のお友達が「彩華ちゃんは優しいね」って褒めてくれたけど
でも正直なところ、あやかは褒められたのが不思議でしょうがなかったの
だって仲良しの人が困ってたら、なんとかしてあげたいって思うでしょ?
だからあやかにとってはすごく普通のことをしただけなのに、褒めてくれるなんて変だなぁって思っちゃった
大好きな人には笑っててほしい、そう思うのって普通じゃない?
パーティーで知り合った仲良しの人もいっしょ
持ってるグラスに空だと困るだろうなって思うと、飲み物を持ってきてあげる
口がさびしいだろうなって気づいたら、何かつまめる物を注文してあげる
そこでもみんな「彩華は優しいね」って言ってくれる
違うの、優しいとかじゃないの、あやかにはこれが普通なの
好きな人たちにはいつも笑顔でいてほしいの、それはあやかにとって一番大事なことなの
だから、プロデューサーさんに今回のライブのリーダーを任された時
プロデューサーさんの期待に応えようと思って、すっごくがんばろうって決めたんだ
「うぇー...」
「はぁ...はぁ...」
「ふぅ...」
本番前の最後のレッスンが終わった
うん、ギリギリだったけどこれでようやく納得のいくパフォーマンスができそう
美玲ちゃん麗奈ちゃん早耶ちゃんが三人そろって息を切らしてる
正直それはあやかも同じ、だけどリーダーだからみんなといっしょにへばってちゃダメだよね?
「はぁ...お疲れ様ぁ、みんないい感じよぉ♪」
「つ、疲れたぁ...」
「れ、レイナサマはこの程度じゃ...」
「早耶、もうヘトヘトぉ...」
...本当にお疲れ様、ここまで来たら後は本番を楽しむだけよ?
そう思いながら、ふらつく脚をなんとかしてみんなの水を取りに行こうとした時、顔に冷たい物を押し付けられた
冷たさに驚いて振り向くと
「よう、お疲れ」
そう言いながらプロデューサーさんが立っていた
「あっ、お疲れ様ですぅ」
「お疲れ様、なんとか仕上がったみたいだな」
「はい、ギリギリでしたけどなんとかぁ...」
「よくがんばったな、さすが彩華だ、ちゃんとリーダーとしてみんなを引っ張ってくれてるな」
そう言ってプロデューサーさんがニコニコ笑ってあやかを褒めてくれる
嬉しいなぁ、嬉しいなぁ
あやか、プロデューサーさんを笑顔にしてあげられたんだぁ
でも...
「プロデューサーさん、あやかよりも美玲ちゃんや早耶ちゃんや麗奈ちゃんを褒めてあげてくださぁい、いっぱいがんばってたんですからぁ」
三人とも、新人リーダーのあやかに付いて来てくれたんだから褒めるならそっちが先なの
プロデューサーさんと違ってあやかは指示出しとか慣れてないし、バカだから効率的な時間の使い方とかできなかったかもしれない
でも三人はそんなあやかを助けてくれて、いっしょに悩んでくれて、そしてここまで来れた
みんなあやかの大切な仲間...
だからプロデューサーさん、あやかよりもまずみんなを笑顔にしてあげてほしいの
あやかはみんなの後でいいの
「みんなもお疲れ様、あとは本番をがんばるだけだぞ」
「うぅぅ...わかってるぞ...」
「なんだよ美玲、もうバテたのか?」
「ば、バテてないッ!ちょっと喉が渇いただけだッ!」
「ったく...ほら、水だ」
「プロデューサー!レイナサマにもよこしなさいよッ!」
「早耶も喉かわいちゃったぁ、プロデューサーさんお水ちょうだぁい♪」
「はいはい、どうぞ」
「...ゲホッ!ゲホッ!」
「こら美玲、一気に飲みすぎだ、ちょっとずつ飲みなさい」
「...けほっ...う、うん...」
「プロデューサー、ライブうまくいったらレイナサマへのゴホービはあるんでしょうね!?」
「あっ、早耶もゴホービ欲しいなぁ♪一日デートしてほしいですぅ」
「ウチはメロンソーダッ!あと服買うの付き合えッ!」
「アタシも買い物に付き合いなさいッ!イタズラするための材料を買いに行くのよッ!」
「だー!わかったわかった、だから少し離れろー!」
ほら、みんなプロデューサーさんに声をかけられただけ笑顔になれた
やっぱりすごいなぁ、プロデューサーさんは
そう思ってたら
「彩華さんはしないんですかぁ?」
急に早耶ちゃんが聞いてくる
「ないって...なにが?」
「ゴホービですよぉ、プロデューサーさんにおねだりしないんですかぁ?」
ゴホービかぁ...
確かにライブはうまくいって欲しいし、プロデューサーさんから何かもらえたら嬉しいかもだけど
うーん...
「...ううん、あやかはいいの」
だって、プロデューサーさんはきっとライブが終わった後も別のお仕事で忙しくて時間ないだろうし
だったら、あやかに何かしてくれる時間をその分早耶ちゃんたちへあててもらえたら嬉しいな
あやかのゴホービはプロデューサーさんといっしょにみんなが遊んで、笑顔になってくれること
うん、これでいい、これがいいな ゴホービをもらえるんだったら
「彩華、遠慮しなくていいのよ、Pを合法的に奴隷にできるチャンスなんだから」
麗奈ちゃんったら、今からそんなんだとモテないわよぉ?
「いいのよ、それより三人ともシャワーを浴びてきた方がいいんじゃない?だいぶ汗かいてるわよぉ?」
あやかのその一言でみんなギョッとしてプロデューサーさんから離れる
ふふっ、そうだよね みんな女の子だもんね?
「俺は別に気にならないぞ?」
もうっ、プロデューサーさんってば女心がわかってないんだから
女の子は好きな人の前だといつも綺麗でいたいものなの
みんな程度の差はあるだろうけどプロデューサーさんのことが好きなんだからそういうこと言っちゃダメですよぉ
「ほらほらみんなぁ、今日は明日に向けて早く休まないといけないんだから帰る準備ぃ!」
そう言ってみんなをシャワーに向かわせる うん、さすがに今日は素直に行ってくれる
「おっ、さすがリーダーだ、ちゃんと指示出しできてるな」
また褒められた 嬉しい♪
「まだまだですよぉ、みんなに助けられてばっかりでぇ」
「いやいや、しっかりできてると思うぞ?立派なお姉さん役として...」
「やぁん♪今日のプロデューサーさんは褒め殺しモードですかぁ?」
「おいおい、こっちは本当にそう思ってだな...」
「ふふっ、わかってますよぉ、ありがとうございます♪」
知ってる、プロデューサーさんはウソを言わないってこと
良いところもわるいところも全部素直に言ってくれるもんね
そういうところが好かれてるんだと思うなぁ
下手なお世辞やご機嫌を取ったりしないで、真正面からあやかたちに向き合ってくれる
だから、みんなプロデューサーさんのことを信頼できるんですよぉ?
「彩華」
「はぁい?」
「...本当にありがとな」
突然、なんだかしみじみとしたトーンでそんな言葉を言われてビックリする
「...なにがですかぁ?」
プロデューサーさんはあやかを真正面に見据えて
「彩華をリーダーにしてよかったよ」
笑顔でそう言った
「...実はな、今回彩華をリーダーにするのはさ、ちょっと迷いながら決めたんだ」
「迷いながら?」
「ああ」
プロデューサーさんはこっちを見て、申し訳なさそうにしながら
「彩華はさ、その...正直なところ、物覚えがいい方じゃないだろ?」
それはその通り あやかはどっちかっていうと物覚えがよくない方だと思う
他の人の倍...まではいかないけど、普通の人が3回で覚えられることが5回くらいかかることがよくある
だからあやかはレッスンの回数を他の人よりもほんのちょっぴり多くしてもらったり
それが無理なら自主練の時間を作ったりしてなんとかやってきた
...でも、それができたのはあやかが自分一人のことを考えてればよかったから
プロデューサーさんは続ける
「リーダーともなると自分以外のことも考えないといけないし、当然何かあれば矢面に立たされるだろ?」
そう、リーダーってことはようするに責任者 みんなの代表
良いことにも悪い事にも全て関わらないといけないポジション
うまくいったらもちろんオッケーだけど、そうじゃなければ...
「だから、彩華には負担が大きすぎるんじゃないかと思って、かなり悩んでたんだ」
そしてプロデューサーさんはちょっとだけ不機嫌そうに、というよりも悲しそうな顔をしながら
「...それで、部長にリーダーを彩華にしようと思ってるってことを話したらさ」
「『あの軽そうな子にそんなポジション務まるのかね?』って言われちゃって...」
...ショックを受けなかったって言ったらウソになる
手を抜いてきたつもりはもちろんないし、覚えが悪いなりにがんばってたつもりなんだけど
それでも、やっぱり力不足だって思われてたんだ
「軽そうな子」って言われるのは初めてじゃないし、見た目で判断されるのだって不思議じゃないとは思うけど
でも...でもね
ここに立つためにいっぱいステップの練習をして、ボイストレーニングを重ねて、自分の頭にステージでの動きを詰め込んで
苦しいこと、キツイこと、投げ出したくなるようなこともいっぱいあったけど
あやかの足りないところをフォローしてくれる仲間に励ましてもらって、そしてあやかも励まして...
その積み重ねは絶対に軽くはないと思うんだけどなぁ...
ってな感じで、ちょーっと暗いことを考えてたら
「そこで言っちゃったんだよ、『できますよ!』ってな」
プロデューサーさんが笑いながら言った
「...えっ?」
「半分は勢いみたいなもんなんだけど...」
「い、勢いですかぁ?」
「うーん、なんていうかなぁ...ちょっとムッとしたっていうか...」
そして、プロデューサーさんは頭をポリポリ搔きながら一言
「本当はさ、こう言いたかったんだ」
「『部長!アンタ彩華のレッスン用シューズ、今何足目だと思ってるんだー!』って」
一瞬、なんのことかわからなかった
「シューズ...?」
「彩華、お前スカウトされて事務所に入ってから何回シューズを取り換えた?」
「うーん、えっとぉ...」
何回だったっけ?よく覚えてない
「一回か?」
「ううん、もっと変えてると思いますけど...」
「そうだ、多分俺の知ってる限りだと彩華は同期に比べると倍くらいはシューズを取り換えてるはずだ」
「へぇー...」
そうなんだ、自分でも気づかなかったなぁ さすがプロデューサーさん
「それがどうかしたんですかぁ?」
「わかんないか?どうしてそんなにシューズを取り換えないといけないんだ?」
「どうしてって...ボロボロだと踊りにくいからですけど...」
「なんでボロボロになるんだ?周りだって同じくらいレッスンしてるはずだろ」
「それは...自主練とかでぇ...」
「...そう、それだよ彩華」
あぁ、そっかぁ...
その瞬間、プロデューサーさんが部長さんに何を言いたかったのかやっとわかった
もう...あやかすっかり忘れてた...
レッスンはプロデューサーさんが送り迎えしてくれてたんだった
自主練が終わった後でケータイを見るといつもプロデューサーさんからの着信が残ってたんだ
なーんだ...
今までの積み重ねを全部知ってた人、ちゃんといたんだねぇ...
あやかの履き潰したシューズの数を知ってるから、プロデューサーさんは部長さんの言葉でムッとした
あやかのがんばりを見てくれてたから、大変だけどリーダーもできるって信じてくれた
あやかなら大丈夫だって...
そうだ、プロデューサーさんはあやかのこと、ちゃーんと全部見てくれてたんだ
...あー、嬉しいなぁ
嬉しいなぁ 嬉しいなぁ...
「...プロデューサーさん」
あー、ダメ...
泣いちゃダメだってばぁ...
プロデューサーさんの前では笑顔でいなくちゃ...
それに、リーダーなんだから泣いちゃダメなの...
「...彩華」
そっとプロデューサーさんが頭を撫でてくれる
優しく、壊れ物を取り扱うみたいに優しく...
「...本当によくがんばったな、よくがんばってくれた」
もう...それ反則ぅ...
明日はライブ本番なのにぃ...
これじゃ眼が赤くなってメイクが大変ですよぉ...
困った人...
撫でながらプロデューサーさんは言う
「明日はがんばるぞ、みんなに見せてやるんだ、あやかたちの...」
「あやかの努力をな」
涙でよく見えなかったけど、プロデューサーさんは笑ってたと思う
大好きなプロデューサーさんが笑ってくれている...
じゃああやかも笑顔で答えなきゃ
両目に溜まった涙をなんとか抑えながら
「...はい」
今できる最高の笑顔で、そう答えた
「ふぃー...」
「はぁ...はぁ...」
「ふぅ...」
美玲ちゃんに麗奈ちゃん、そして早耶ちゃんが揃って息を切らしてる
これは昨日も見た光景
でも昨日と違うのは、三人共疲れきってたけど顔に笑顔が浮かんでるってこと
そして、降りた幕の向こうから聴こえてくる拍手と歓声...
ファンの人たちと一体になって、力いっぱい歌って踊った後の心地よい充足感
何も話さなくても、みんな考えてることはいっしょ
「...へへっ♪」
「ふふっ...」
「えへへ...」
みんな良い笑顔してる
あやかも同じだよ
楽しかったねぇ...
「お疲れ様」
そう言って、舞台袖からプロデューサーさんで待っていてくれた
「へへへっ、どうだプロデューサーッ!ちゃんと見てたか?」
「もちろんだ、カッコよかったぞ」
美玲ちゃんが笑う
「これがレイナサマの実力よッ!目に焼き付けた?」
「おう、さすがレイナサマだ、最高だったよ」
麗奈ちゃんが笑う
「プロデューサーさん、早耶がんばりましたよぉ♪」
「可愛かったぞ早耶、本当に可愛かった」
早耶ちゃんも笑う
「よくがんばった」
そう言ってプロデューサーさんがひとりひとりの頭を撫でていくとみんな目を細めて喜ぶ
あぁ、よかった...
大好きな仲間が大好きな人に褒められてる
みんなみんな、笑顔でいっぱい
こんな幸せそうなのを見てたら、なんだか泣けてきちゃうなぁ
「彩華!」
と、美玲ちゃんから呼びかけられて夢見心地な気分から引き戻される
「ほら、彩華もッ♪」
見ると、麗奈ちゃんも早耶ちゃんからも手招きされてる
どうやらあやかも褒めてもらえってことみたい
「いいのよぉ、あやかはいいの」
あやかは一番お姉さんだし、リーダーだから
みんなが笑顔になってくれるだけで幸せだから
だから、みんながあやかの分まで褒めてもらえればそれで...
そう考えた瞬間
グイッ!
三人分の力で腕を掴まれて引き寄せられる
その一言だけで、プロデューサーさんからのいろんな気持ちが伝わってきた
彩華をリーダーにしてよかったよ...
とってもいいライブだった...
頑張ったな...
プロデューサーさんが声に出したわけじゃないけど、確かに感じたの
あぁ、自分のがんばりを知ってくれる人がいるってなんて嬉しいんだろう...
そう思ったら急に涙が溢れてきた
「彩華、大丈夫か?」
大丈夫です、って言おうとしたけど言葉にならなかった
一度出てきた涙は止められなくて、止まらなくて
泣き顔を見られたくないな、なんて考えてるうちに
ぎゅっ
気が付くとプロデューサーさんに抱き着いてた
「お、おい...」
驚くプロデューサーさんに構わず、腕にいっぱい力を込めて思い切りしがみつく
仕方ないんです、だって笑顔を見せたいのに涙が止まらないんだから
いいって言ったのにプロデューサーさんが頭を撫でたりするからこうなっちゃった
後ろで美玲ちゃんや早耶ちゃんが何か言ってるけど、今はそんなの知らない
ふふっ、ゴメンねみんな♪一番お姉さんなのに一番プロデューサーさんに甘えちゃって
少しだけ、プロデューサーさんに笑顔を見せられるようになる間だけこうさせてね
そうしたらいつものあやかに戻るから
「やれやれ...」
あやかの耳に聴こえてきたのはプロデューサーさんのそんな呟き
顔は見えないけどプロデューサーさんは少し笑っていたような気がした
おわり
駄文失礼しました~
珍しく地の分ですが岸部さんです
この子は自分をバカだって言ったりしますが
気配りできるところや女子力の本質を捉えてるところを見るとそうじゃないと思います
リーダーとして張り切ってる岸部さんは素敵でした
ではまた~
乙乙
スマホ涙で濡れちゃったんですけど!!!!!
良かったです、乙
「何言ってるんだ、遠慮するなッ!」
「そうよ、アンタ一番がんばってたんだから褒められないのはオカシイでしょ」
「彩華さん優しい♪けどたまには自分のことだけ考えてもいいと思いますよぉ?」
三人がそれぞれ言いながら、あやかをプロデューサーさんの前まで引っ張っていく
もう、さっきまでクタクタに疲れてたはずなのにどこからこんな力が出てくるのかしら
プロデューサーさんに褒められて元気が出てきたのかな、なんて考えながら抵抗する暇もなく引っ張られていくと
「...彩華」
プロデューサーさんの手が優しくあやかの頭に触れる
「プロデューサーさん...」
「...お疲れ様」
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