終わらない物語が嫌いな僕と余命が短い女の子の話 (113)
オリジナルSSです
初投稿なので、何か間違っているところがあれば教えてください
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終わらない物語が嫌いだ。
終わらない物語、と述べたが要するに未完結の物語が苦手なのだ。完結しているのであれば、巻数が多かったり、分厚いハードカバーであったりしても大して問題ではない。
僕が嫌なのは、続きを待つことの焦れったさであったり、主人公が何をしたいのかわからないままダラダラと続いているものであったり、はたまた一人で行けばいい旅をわざわざ仲間を増やして主人公の目的の達成を引き延ばしているところである。
長くなる予定ですので時間があるときにでもどうぞ
まあ、そんな物語でも、完結しているのであれば嫌悪感を抱くことはないわけだが。
待つことが嫌だ、というのはまだ少し可愛げがあると思う。週間の漫画雑誌を読み終わって、次の物語を催促する子どものようだから。だけど生憎ながら、僕はもうそんな年ではなく立派な大学生であった。
ただ、ダラダラと続いてるだの主人公の目的がなんだだの、それを含めて物語の個性である訳でそこを嫌がるのは自分でもどうかと思うが、それは僕が元来物語を読むのに向いていないという天からのお告げかもしれない。
大学の講義もそこそこ、僕は母の入院する病院へ行った。母は生まれつき体が弱く入院することが多々あるため、病院に行くことは少し慣れていた。お見舞いの花や、母が退屈しないようにいくつかの本も買い、『今から病院行く』と母に連絡し、病院へ向かった。
『朝野香子』・『藍野芽衣』と並んだプレートを確認してから、母のいる病室にコンコン、とノックをしてしばらく待った。母は『藍野芽衣』さんという女性と同室であるため、ノックしてすぐドアを開けるという無遠慮な行為は憚られた。少しして「はーい、薫かな?」と聞かれ、「うん、開けても良い?」と確認した後、ドアを横に引いた。
久しぶりに見た母のそばには、いくつかの本とこちらをじっと見つめる見知らぬ女の子がいた。中学生か高校生のように見えるが、もしや彼女が藍野さんなのだろうか。いつも藍野さんは留守にしていたので、外見を想像したことがなかった。初めて会う彼女と目を合わせるのが気まずくて、僕はあまり目を合わせないようにして母のもとへいった。
期待
「いつも来てくれてありがとうね。大学は大丈夫なの?」と母に聞かれた。
「うん、大丈夫だよ」と言って僕はちらりと目線を彼女に向けた。ショートヘアーの黒髪に病的なほど色の白い肌。体がとても細いが、彼女は美少女といってもいい外見をしていた。
目線を向けた僕に気づいたのか、母は僕に彼女のことを紹介した。
「同室の藍野芽衣ちゃん。本が好きみたいで、薫が持ってきた本も少し貸してあげているの。えっと、15歳だったかしら」と彼女に少し目線を動かした。
「・・・はい。15歳です。高校には行っていないも同然なので、高校生とは言えないですけど」
おそらく彼女は何かしらの病気で入院しているのだろう。少なくとも、怪我で数ヶ月入院している、という風には見えなかった。
「いつも、あの、朝野さんの本を貸してもらって読んでます。どれも面白くて・・・潔癖性とかだったらごめんなさい」と彼女はたどたどしく僕に言った。
「いや、全然大丈夫だよ。少女漫画とかはないけど、少しだったら漫画も持っているし、今度持って来ようか?」と彼女に聞いた。きっと、病院にずっといて退屈なんだろうと僕は彼女になんとなく同情してしまったからだ。」
すると彼女は無表情から一変、花が綻ぶようにじんわりと表情を緩ませ、「お願いします」と微笑んだ。
ちょっとお風呂はいってきます
それから、お見舞いの品を母に渡して少し話したあと、僕は病院から去った。帰り際にちらりと彼女のベッドを見たが、そこには彼女の持ち物であろう小説や漫画がずらっと見えた。漫画の方が数が多かったから、きっと漫画が好きなのだろうと思った。しかし、果物だとか花だとか、所謂お見舞いによく持って来られるようなものは見当たらなかった。
暑い夏の日差しと戦いながら、数冊の漫画と果物を持って僕は三日ぶりに病院へ行った。病室のドアにノックしてあまり聞きなじみのない声の許可を得てからドアを開けた。
「お久しぶりです、薫さん。」と出会って二度目で名前を呼ばれた。
それ自体はどうということはなかったが、初めて彼女を見たときの印象からは想像できなかったほどにっこりした顔で呼ばれたため、少し動揺してしまった。けれども、妹ができたみたいで嬉しくなった僕は、友達にもみせたことがないであろうほどの笑顔で、「うん、久しぶり」と返した。
読んでるよ
どうやら病室に母はいないらしく、きょろきょろと探していると「えっと、香子さんは検査で今はいないです」と教えてくれた。
「そっか」と返した僕が落ち込んでるように見えたのか、「すぐ戻ると思います!」とあたふたしながら教えてくれた。その様子が面白くてつい笑ってしまった僕に、「なんで笑ってるんですか」と彼女は少しむくれた顔で言った。僕が思っていた以上に彼女は表情の移り変わりが激しいようだ。
「藍野さんの様子が面白くて。悪い意味じゃなく」と言うと、彼女は表情を少し表情を曇らせた。
「・・・人と関わることが少ないから、えっと、楽しいんです。薫さんや香子さんと話す事ができて。うち、両親がちょっと冷たいもので」
改行して1レスにもうちょっと多めに書いてもいいと思う
いきなり注意書き書き込まれても紛らわしいし
>>20 ありがとう スマホ版で見てみたらびっしり書いてて見づらかったから少なくしてみたけど、もう少しかいてみます
なんとなく想像はついていた。最初に彼女のベッド付近を見たとき、お見舞いの品が見受けられなかったように、今日もそのベッドに本以外のものは見当たらなかったから。しかし、気の利いた言葉が出ず、言い淀んでしまった僕に気がついたのか「あ、ごめんなさい。暗い話をしてしまって。持ってきてもらった本、見せてもらっていいですか?」と言った。気を遣わせてしまって申し訳ないが、話題を変えてくれた事はありがたかった。僕はすぐさま袋から本を取り出し、彼女に見せた。
「比較的短くて、完結済みのやつを持ってきたんだけど、どうかな」
表紙をみた彼女は「あ、これ・・・」と呟いた。
それから顔をあげ、「私の好きな漫画家さんの作品です!」と言って彼女は自分のベッドから一冊の漫画を持ってきた。その本は僕が今日持ってきた本とは別だったが、表紙には確かに同じ作者名が書かれていた。
それは以前友人に薦められたことのある漫画のひとつだった。当時はまだ完結していなかったため読む気にならず、ネットで適当にあらすじを見て読んだことを装って返した訳だが。
「ああ、友達に借りたことがあるよ。今は全然知らないけど。完結したの?」
「いえ、まだです。今は主人公の修行編です」まだ終わっていないのか。僕が借りたのは6年前だぞ。そうして彼女は聞いてもいないのに好きなキャラクターのことやおすすめの巻を僕に紹介した。
大して真面目に聞いていなかったが、よく耳をすませてみると、
「私的には○○と△△はお互いに好きなんじゃないかと思うんですよねー」
「今の修行編が終わったらこういう展開になると思ってて・・・」
「ラスボスは絶対あのキャラだと思うんです」
など、彼女の想像(妄想とも言う)が幅広く展開されていた。
正直なところ、僕はそういった、どうなるかわからないものについて予想されるのが苦手だった。結末なんて作者しかわからないんだし、あれこれと考えるのは面倒くさいし、回答を求めないで欲しい。つくづく僕は嫌なやつだと思った。
相槌も適当にうって、僕は大学の宿題があったことをぼんやり思い出した。まだ期間はあるが、これを理由に帰ろうと思った。
「そろそろ家に帰るね」
「え、香子さんに会わなくていいんですか」
「うん、また来るし」
帰ると言ったときはしょんぼりとしていたが、また来ると言うと彼女は可愛らしく笑った。
どれくらいの人が見てくれてるのかわからないけど、ゆっくり書き込んでいく予定なので多分期間が長くなると思います
「わかりました。香子さんには伝えておきますね」
そして僕は病室をあとにした。長い廊下を歩いていると、偶然母を見かけた。良かった、帰る前に会えた。すると、母も僕に気づいたのか、ひらひらと手を振った。
「今帰るところだったんだ」
「あら、そうなの。芽衣ちゃんと話せた?」
「うん」
大学の宿題を言い訳にして、逃げるように帰ったことは秘密にしようと思った。
ところで、と母は少し声を潜めた。いきなりどうしたんだと思ったが、母の次の言葉で僕は衝撃を受けた。
「芽衣ちゃんが余命三ヶ月なこと、知ってる?」
余命。
余命というか、命について深く考えたことがなかった。どこか自分は特別で、ニュースで見るような通り魔に襲われる事も、交通事故に巻き込まれる事はないだろうと考えていたからだ。母も父も生きていて、祖母も祖父も生きている。『死』という存在があまりに遠く感じられたのだ。彼女はそんなに重い病気だったのか。確かに最初は病弱そうに見えたが、彼女と話すうちにそんな印象は薄れていた。けれどよく考えてみれば、花の女子高生が『高校には行ってないも同然』というのだから大きい病気なんだろう。
余命。
余命というか、命について深く考えたことがなかった。どこか自分は特別で、ニュースで見るような通り魔に襲われる事も、交通事故に巻き込まれる事はないだろうと考えていたからだ。母も父も生きていて、祖母も祖父も生きている。『死』という存在があまりに遠く感じられたのだ。彼女はそんなに重い病気だったのか。確かに最初は病弱そうに見えたが、彼女と話すうちにそんな印象は薄れていた。けれどよく考えてみれば、花の女子高生が『高校には行ってないも同然』というのだから大きい病気なんだろう。
連投すいません
僕がもし余命三ヶ月だったとしたら、絶対に未完結の小説は読まないだろう。最終回はどうなるんだ、と思い残したまま死にたくないから。そんなことを考えながら自宅へ帰った。家のカレンダーを見て、今が8月の末だということを確認した。
彼女の余命はどうすることもできない。だけど、せめて僕よりも年下のあの子に、僕に笑いかけてくれたあの子に、両親と複雑な関係にありそうなあの子に、幸せを感じて欲しいと思った。
9月。前に病院に訪れたのが8月の末だったから、一週間ちょっと経っている。僕は一気に大学のレポートを終わらせ、彼女に何ができるのかを考えてみた。
彼女は本が好きだから、本を持って行こう。たしか以前彼女が僕に見せた漫画の続きが売っていたはずだ。それから彼女用のお見舞いの品を。それから・・・なんだ。15歳の女の子が喜ぶものなんか知らないぞ。それでも本があればとりあえずいいだろう。
そして三度目の病院訪問をした。
病室に入ると、母と彼女がいた。
「久しぶり」
「うん、久しぶりね。忙しかったの?」
「まあ、ちょっとね」そう言いながら母にお見舞いの品を渡した。
それから彼女の方を見て、彼女用のお見舞いの品と買ってきた漫画を差し出した。
「これ、私に・・・?」
「うん。もしかして新刊持ってた?」と言うと、彼女はぶんぶんと首を横に振り、
「いえ。いつもはおばあちゃんが買ってきてくれてるので。薫さんにもらえて嬉しいです」
良かった。彼女がもし持っていたら返品しに行くところだった。
「こちらこそ、藍野さんに喜んでもらえて嬉しいよ」
「あの・・・芽衣でいいです」
彼女は少し恥ずかしそうにこちらを見た。こんな女の子に「いや、僕たちべつに友達じゃないから」とか言って断る輩はいないだろう。
「うん、わかったよ。芽衣」そう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。
「あら、いつのまにそんな仲良くなってたの?あんた、女の子と友達になれるような子だった?」
失礼な、と思ったが、よく考えてみれば女の子と二人で遊びにいったことも、付き合ったこともなかった。
確かに、僕にしては珍しいかもしれない。女の子とまったく話せない訳ではないが、どこかで『付き合う』だとか、そういった行為から遠ざかっていた気がした。なぜかはわからないけど、芽衣にはそういったことが浮かばなかった。
「なんでだろうね。僕にもわかんないや」というと母と芽衣は二人で顔を見合わせて笑っていた。
談笑もそこそこ、芽衣はどうやら検査があるらしく、看護師さんに呼ばれていた。こちらを悲しそうな目で見ていたため、「待ってるよ」と言うと、「急いで行ってきます!」と駆けて行った。
「芽衣ちゃん、あんたの事好きなんじゃない?」
「まさか。母さん以外の話相手ができて嬉しいだけだよ」
実は僕も少しだけそう思っていたなんてことは口がさけても言えない。きっと彼女は人とふれあう機会が少ないあまりに、僕の事を良い友人的な意味で好きなだけだ。僕としても、(一応)女子高校生である彼女を恋愛対象でみることは避けたかった。
「・・・芽衣ちゃんの余命のことは前にもいったよね」
少し間をおいて「うん」と返事をした。
「芽衣ちゃん、今度お家に帰れるんだって」
「そうなんだ」と言いながら僕は彼女のことを思い出した。彼女はたしか、両親と仲が良くないんじゃなかったか。
「ご両親と仲が悪いらしくてね、おばあちゃんに面倒みてもらってるんですって。でもおばあちゃんは遠くに住んでいて頻繁には会えないらしいの」
僕は母の言いたいことがだんだんわかってきた。
「うちで預かるってこと?」
「うん。まだ芽衣ちゃんには言ってないけど。あの子、一時帰宅できるって聞いたときにどうしようって言ってたから。お父さんには伝えてあるし、薫が良ければなんだけど・・・」
「大丈夫だよ。でも男二人のなかに女の子って・・・」
母は「そうよねぇ」とつぶやき、うーんとうなっていた。
するとドアが開いて、彼女が帰ってきた
「ただいま、です」
「おかえりなさい」
彼女はとてとてとこちらに駆け寄ってきた。僕はあの話を持ち出した。
芽衣」彼女に向き合って読んだ。
「はい」と空気を察したのか、神妙そうな面持ちをして、ビシッと姿勢をただした。
「今度の一時帰宅、僕たちの家に来ませんか?」
彼女は目を見開いてぽかんとしていた。しまった、嫌だっただろうか。断りにくいのかもしれない。
やっぱり嫌だよね、ごめん」と言おうと口を開きかけると
「いいんですか・・・?行きたい、行きたいです!」こちらに身を乗り出しながら言った。僕はほっと息をついて母と目を合わせた。
「私は帰れないから、男二人の中だけど頑張ってね」
「はいっ」
そうして二週間後、二泊三日で彼女は僕の家に来る事になった。
彼女の余命は、あと二ヶ月。
彼女が我が家にやってくる前日には、僕も父も大慌てで準備した。僕は大学の宿題があったし、父も仕事で忙しかった。だからすっかり忘れていたのだ。そうしてリビングを片っ端から片付けて、便器の掃除をして、食べ物はどんなものが良いかなどをネットで検索しながら買い出しに行き、なんとか、彼女を迎えられる状態になった。
彼女を迎えに行くために病院へ向かった。ドアを開けると可愛らしい服を着た彼女と母がいた
彼女は少し恥ずかしそうな様子だったが、僕と目が合うと、「よろしくお願いします」と言った。
「せっかくだから、街にでも言ってきたら?お小遣いあげるし、女の子なんだからウィンドウショッピングでも楽しいと思うよ」
僕は彼女の方を見て、「芽衣が行きたいなら」と伝えた。
芽衣は目を輝かせて「行きたいです!」と言った。
それから僕と芽衣は二人で街へ出かけた。街といっても大都会というわけでもないし、平日だったのもあり、人はそう多くなかった。歩きながら、
「服、可愛いね。いつも病院服だったからびっくりした」と言った。彼女は少し顔を赤くさせて、
「あ、ありがとうございます。えっとおばあちゃんが買ってくれて・・・」と教えてくれた。
女の子と二人で出かけた事のない僕は、どこへ行けばいいのかわからず、
「行きたい場所とか、ある?」と聞いた。すると、
「か、カフェとか、服屋さんとか、大きい本屋さんにも行きたいです」と言われた。
「そっか、じゃあまず服屋さんでもゆっくり見ようか。雑貨屋もあるよ」と言い、彼女と歩いた。
ウルウル
いつも病院にいるとはいえ、やはり女の子なんだろう。店を通る度に「ここ見ても良いですか」と聞いてきた。僕は実家暮らしだし、バイトもそれなりにしてるからお金はあった。そう多くはないけれども、「何か買ってあげるよ」と彼女に言うと、真っ青な顔で首を横に振ったので、以後言わないようにした。
ふらっと寄った雑貨屋で、彼女がクマのキーホルダーを見つめていた。どうやら色の種類が多いらしい。彼女を見ていると、
「薫さん、あの、色違いで一緒に買いませんか」とおずおずと僕に言った。彼女は今まで見たお店の中で何かを買う事はなかったから、よほどそれが気に入ったのだろう。
「僕とお揃いでいいの?」
「薫さんとがいいんです」と力説された。それじゃあ、といって僕は男が持っていても目立たなさそうな青いクマを、彼女は可愛らしい桜色のクマを持ってレジへ並んだ
並んでいる際に、僕が財布を取り出すと「私がお揃いにしようって言ったので私が二つとも払いますよ・・・?」と言われた。さすがに年下の彼女に自分の分も払わせるなんてできない。
「大丈夫だよ。僕バイトもしてるし、こういうのは普通女の子には払わせないから」と言って彼女の分のクマも取り上げた。あっ、と声を出したが、納得したのか「・・・ありがとうございます」と照れたように言った。
会計が終わった後、彼女は袋からキーホルダーを取り出し、
「お、おそろっちってやつですかね・・・。雑誌で見ました。えへへ・・・」と笑った。こんなにもこの子は可愛いのか。彼女が普通の女子高生だったら確実に何人もの男は落ちているだろう。かくいう僕もときめきかけた。危ない危ない。
その後、カフェへ行ったり本屋を見たりして、あっというまに夕方になった。「そろそろ変えろっか」と言い、彼女と自宅へ向かった。
「昨日一応片付けたんだけどさ、男二人だから・・・その、臭かったらごめん」と家に入る前にあらかじめことわっておいた。
ドアを開けて手招きすると、彼女は「お邪魔しまーす・・・」と言って、そろりと入ってきた。その様子が面白くて、「泥棒じゃないんだから」と笑うと、「ひ、の家にお邪魔するのなんて久しぶりすぎて、緊張してるんです!」と少し怒られた。
家に入ったあと、そわそわとしている彼女にお茶を出した。
「リビングじゃ暇だから、僕の部屋に来る?小説とか、漫画もあるし」と誘った。彼女とか同じ大学の女の子ならともかく、自分より年下の女の子を部屋に連れ込む事に変な気持ちは全くなかった。彼女も少しほっとしたのか、「はい」と安心した顔で返事をした。
部屋に着くと、彼女は目を輝かせた。僕の部屋の本の数が、彼女のお気に召したのだろう。うずうずとこちらを見つめていたので、「好きな本読んでていいよ。僕も宿題とかやってるし」と彼女に伝え、自由に過ごさせた。最初こそ遠慮がちにしていたが、本好きの血が騒いだのか一度読み始めると止まらなかった。僕は人の多い図書館とか、塾の自習室で勉強できるたちではなかったので、静かに紙をめくる音だけが聞こえる空間は居心地が良かった。
誰か見てくれてますか?
はい
ノ
しばらく時間がたち、父が帰ってきた。ガチャンというドアの音が聞こえると,彼女はビクッと肩を揺らし、部屋のドアを見た。それから視線をこちらに移し、
「お父さん、ですか」と聞かれた。父以外の人がドアを開けたら恐ろしいが、今日は早めに帰ると言っていたので父で間違いないだろう。彼女の問いかけに肯定し、「父さんのとこ、行こうか」と言った。
階段を降りて父のもとへ行く。
「おかえり」
「ああ、ただいま」と父はいいながら芽衣の方を見た。
「藍野芽衣です。えっと、お世話になります」と、僕と初めて会ったときのようにぎこちなく自己紹介をした。
「うん、よろしくね。母さんがいなくて心細いかもしれないけど、困ったことがあればなんでも言ってくれていいからね」
父さんはあまり僕には聞かせた事のない優しい声音で彼女に言った。きっと、娘ができたような気持ちなのだろう。
「あ、ありがとうございます」と彼女は深くお辞儀をした。
ほ~ん……これは期待できる
三人で椅子にかけて、少し話をした。彼女は緊張気味のようだったが、しばらく話すうちに緊張も解けてきたようだ。夕食の時間になり、準備するために席を立った。彼女も手伝いたい様子だったが、大丈夫と言って座らせた。母が入院することが多いため、自炊には小さいときから慣れていた。
彼女が患っている病気を僕は知らない。どうしても聞く気にならなかったから。聞いてしまえば彼女の死を否が応でも感じることになる。現実逃避のため、彼女に直接聞く事はなかった。
しかし、晩ご飯を作るにあたって、食べてはいけないものはあるのかが気がかりで、ネットで調べられる限り調べた。何かあっては大変なので、出来るだけ薄味で、かつ野菜やきのこ類を多めにすることを心がけて作った。
出された食事を見て、彼女も僕の心境を察したらしく、「ありがとうございます」とじんわりと何かを噛み締めるようにゆっくりと頬を緩ませた。
「制限されてるものとか、量が多かったら残していいからね」と彼女に言うと、「食べ切ります」と自信満々にいった。
しかしそんな彼女の自信も空しく、彼女は少し食事を残した。おそらく普段病院食を食べる事が多いから、少し彼女には多かったのだろう。それでなくとも、心配になりそうなほど体の細い彼女が食べきれるとは思わなかった。
涙目になりながら、「ごめんなさい」と言われると、なんだかこちらも申し訳なくなり、「いや、大丈夫だよ。ごめんね、父さんと食べる事が多いから女の子の食べる量より多かったかも」と謝った。
「ご馳走になったので、食器洗います」と言われ、大丈夫と断ろうとしたがかたくなに首を縦に振らなかったので、「じゃあ一緒に洗おうか」と言った。
食器を洗いながら、彼女と少し話をした。もっとも、高校はどんな感じなのか、大学生は忙しいのか,彼女はいるのか、など彼女が質問し僕が答えるのが主だったが。
片付けも終わり、僕たちが先にお風呂に入ったあとに、新しく風呂を沸かした。男が入ったあとのお湯に入れるわけにはいかないし、かといって彼女が入ったお湯につかるというのもなんだかはばかられたからだ。
お風呂から上がった彼女は可愛いらしいパジャマに着替え、ほっこりとした顔でお礼を言った。
夜、彼女は母の寝室で寝かすことにした。ちょうどシーツも洗っていたし、母のベッドであれば、あまり抵抗はないだろう。
病院の消灯時間に慣れている彼女は、そう遅くない時間にベッドへ行った。今日は外出もしたし、疲れが溜まっていたのだろう。「おやすみなさい」と去って行く間際に、「ご飯、美味しかったです。それからお風呂もありがとうございました。それと、街に連れて行ってくれてありがとうございました」と言ってぺこりと味議した。僕も父も心が温まりながら、「おやすみなさい」と言った。
彼女がいなくなった後、「・・・俺のいる職場でも、あんなに丁寧な子は少ないよ」と父がぽつりと呟いた。
「僕の友達にもあんまりいないよ」と同意した。
その日はとても充実感に溢れて眠った。
奇跡が起こりますように
次の日の朝はすっきりと目覚めた。手を伸ばしてスマホを探し、時間を確認した。
「マジか・・・」
時間は六時ぐらいだった。こんな時間に目を覚ましたのは学生の頃以来だった。
もしかして彼女も起きているかもしれないと思い、階段を降りてリビングへ行った。
彼女はいなかったが、起きたての怠けた顔を見せたくないため、急いで顔を洗い身支度を整えた。
せっかく早く起きたのだ。久しぶりに父に朝ご飯を作ろう、と思い準備した。彼女も食べられるように、薄口で口当たりのいい物を。
準備している音が聞こえたのか、芽衣が起きてきた。
「おはようございます・・・」と目をこすっていて、眠たげな様子だった。
「おはよう。もう少し時間かかるから、ゆっくりしてていいよ」と伝えた。
そして彼女はゆったりとした歩調で洗面所に向かった。
改行して一行あけたほうがいいですよ。他のスレを参考に
>>60 ありがとうございます
意識してみます
その少し後に父が起きてきた。
「お、朝ご飯作ってくれてるのか。ありがとう」
「うん、珍しく早く起きたから」
父は一度起きたらシャキシャキ動く人だから、あっという間に準備を終わらせた。芽衣もパジャマから着替え、洋服に着替えていた。
食事をテーブルに運び、三人で「いただきます」と手を合わせた。三人で朝ご飯を食べるのはとても久しぶりな気がした。もっとも、今いるのは母ではなく芽衣だが。
「今日もどこか行くのか?」
「んー・・・特に決めてなかったなぁ。行きたいところ、ある?」芽衣に尋ねた。
「私は、特にないです。昨日、たくさん連れて行ってもらえたので」
そう言って、少しの間沈黙になった。もぐもぐ、という咀嚼音や箸を動かす音だけが聞こえた。
「じゃあここあたりを散歩したらどうだ?街みたいに賑やかじゃあないが、少し歩けば小さいショッピングモールもあるし、神社もあるし。ここにずっと籠るよりはいいだろう」
父の提案に、「どうする?」と彼女に聞き、「薫さんのお時間があれば、是非」との答えを得た。
よし、そうしよう。ここは自然も多いし、買い物はしなくてもちょっとした気分転換にはなるだろう。
先に食事を終わらせた父を見送って彼女と二人っきりになった。
食器を洗いながら、「ご飯作るの上手なんですね」と言われた。
「母さんが入院することが多いから、中学生くらいの時からやってたんだ。凝ったものは作れないけど」
「凝った物じゃなくても、病院食ばかりの私には何よりも美味しく感じました。あ、病院食も美味しいんですけどね」
彼女は割と天然のようだ。何よりも美味しい、だなんて作った人間としてはこれ以上ない褒め言葉だが、こんなにも他意なく言われると気恥ずかしい。
「そう言われると嬉しいよ。そうだ、今日はバスじゃなくて散歩代わりに徒歩で行こうか。疲れたらタクシーでも帰れるし」と少し強引に話題を変えた。
「はい。昨日から、ありがとうございます」
「気にしないで。せっかく一時帰宅が許可されたんだし、遠慮せずに楽しんで」
「ありがとう、ございます」と彼女は俯きながら言った。
なんだか彼女には感謝されてばかりだ。そんなことをぼんやり考えながら彼女と食器を洗った。
食器を洗い終わり、もともと身支度が整っていた僕らは、そう時間がたたないうちに外へ出た。
今日は暑すぎず程よく風が吹いていたので、散歩日和だった。体を冷やすとよくないので、彼女に「寒くない?大丈夫?」と何度も聞いてしまった。「心配しすぎですよ」と彼女は笑った。
少し小さなショッピングモールまではほぼ一方通行でいけるが、その道のところどころで本屋やコンビニ、そこそこ大きい神社がある。
彼女は道の途中で見かけた神社に興味を持ったのか「行ってみたいです」と僕に言った。今まで彼女は何をするにしても遠慮がちで、昨日なんかは街で店を見るたびに「見てもいいですか」と確認をとるほどだった。
だから僕は『行ってもいいですか』ではなく『行ってみたいです』と言った彼女のささいな変化が嬉しかった。
神だとか仏だとかを日常的に祀る習慣がないため、そういったものを意識することはあまりなかった。学生の頃はよくテスト返却の度に「神よ・・・」と祈っていたが。そんな都合良く神は働かなかった。
しかし神社のなかに入ってみるとなかなかにして神聖な空気が漂っていた。9月という人々にとってはあまり祈願することがない季節だからか、人はほぼいないに等しかった。
賽銭箱にお金を入れ、「彼女の病気が奇跡的に治りますように。母さんが元気でいてくれますように。父さんが怪我や病気をしませんように」と強欲なまでに願い事をした。
「さすがにお賽銭は自分で入れます」と言った彼女は、目を瞑って何を祈っていたのだろうか。
お祈りをしたあと、僕らは神社で売っていたお守りを買った。お守りなんて買うのは大学受験以来だが、健康を祈るお守りは持っていて損はしないだろう。
彼女はお守りを買うときに、「ちょ、ちょっとあっちを向いててください」と僕に言った。何を買ったのかは知らないけど、どうか彼女に神の加護があるといいなと思った。
神社をあとにしながら、てくてくと彼女と歩いた。
「神社なんて久しぶりに来たよ」
「私もです。空気が、とても美味しかったですね」
「そうだね。There are 神様って感じがするよね。」というと、彼女はふっと吹き出した。
「何ですか、There are 神様って。ふふっ、ふふふ」
彼女の笑いはしばらく収まらなかった。留学帰りの友人が日本語と英語の混ざった言葉をよく使うので無意識のうちに移ったのかもしれない。少し馬鹿っぽかっただろうか。ちょっと恥ずかしくなった。
「今日も、面白いことが日記に書けそうです。」
彼女は日記を書いているのか。今まで一言も言わなかったから知らなかった。
「日記書いてるんだ」
「はい。といっても最初のほうは天気のこととか、読んだ本の感想なんですけどね。薫さんと会ってからは、日記帳に書くことが増えて・・・」
僕は彼女にそんなに影響を与えていたのか。たった数回しか会ったことがないのに。そう思うと心の中から何かがこみ上げた。
「これからも、たくさん思い出を作ろうね」と言うと、少しきょとんとした顔でこちらを見つめられた。それからにっこりと微笑み、「はい」と言った。
僕はあと何回、彼女の笑顔を見れるのだろうか。
普段どうってことなく見過ごす風景も、彼女がいれば楽しくなるもので。小さな雑貨屋や隠れ家的な雰囲気のあるカフェ、はたまたくたびれたバッティングセンターなど、彼女はたくさんのものを発見した。
普段病室にいる分、何もかもが新鮮に見えるのだろう。知らないからこそ、人より多くのことを発見できるのはいいことだと思った。
ショッピングモールに着き、彼女は昨日よりも、いい意味ではしゃいでいた。
「この服似合いますか?」
「あの服薫さんに似合いそうです」など、昨日とは別人のような積極性を見せていた。
ショッピングモールにあるカフェで少し休憩しようかと彼女に言おうと思ったが、彼女は何かに目を奪われていた。視線の先をたどると、服屋があった。
「あそこのお店も見てみる?」と聞くと、彼女はうーんと唸った後に「お願いします」と言った。
さっきまでの彼女は、服屋へ寄っても売られている服を自分に合わせて僕にみせるだけで、試着しようとはしなかった。けれども今は店員さんと話しながら試着室へ向かっている。
男一人が女性向けの服屋で待機するのは少し気恥ずかしさがあったが、スマホを適当にいじって時間をつぶすことにした。
それから少しして彼女が試着室から出てきた。彼女は秋らしい色のワンピースに身を包んで、
「どう、ですか。変ですかね」ともじもじしながら言った。
「可愛いよ。似合ってる。これ買って、着て行く?」と聞くと
「うぇ・・・・ええと、割り勘でどうですかね」
「僕が買うよ」と店員さんを呼ぶ。少し強引にいかないと彼女は買う事すらやめてしまいそうだったから。
会計を済まし、新しい服を着た彼女はきまりが悪そうだった。
「あのお店、昨日も見つけたんです。ショーウィンドウに並んでいた服が可愛くて。値段をちらって見て諦めたんです。だけどここにもあったから、つい未練がましく見ちゃって・・・」
「大丈夫だよ。僕がかっこつけたかったのもあるし。それに、よく似合っていると思うよ」と伝えておいた。
彼女は顔を赤らめて、「もう、薫さんは本当に・・・もう!」という照れ怒りをくらった。僕だってこんなことを言う性格ではないが、今伝えておかなければと思ったのだ。
ショッピングモールからバスで帰宅し、家に着いたのは夕方頃だった。行きの時点で結構長い距離を歩いていたので、帰りもその長い道(しかも上り)を歩くことは厳しいと思ったからだ。
家に着いてから、彼女は鏡の前で自分の姿を機嫌良く見ていた。今まで見た彼女の姿の中で最も幸せそうだった。
「えへへ、ありがとうございました。まだ、お礼言ってなかったから」と満面の笑みで言われた。
病院でもたまに着ようかななどと呟きながら彼女は鏡の前をくるくる回った。
病院ではさすがに病衣だろう、などと思いながら、彼女の様子を眺めていた。
そういえば、と思い出し彼女に、
「父さん、今日遅くなりそうって連絡来てたから、今日は二人でご飯食べようか」と伝えた。
「わかりました。お仕事大変なんですね」
「うーん。そうなんだろうね」と会社に勤める父の姿を思い出しながら「いずれは僕も働くんだなあ」とのんきに考えていた。
晩ご飯を作る時間になり、彼女と準備を始めた。「服も買ってもらったので、これくらいは・・・」と言われたのでお言葉に甘えることにした。
「そういえばアレルギーとか嫌いな食べ物ある?昨日はそこあたり考えずに作っちゃってごめんね」
「ありませんよ。塩分とか油は控えめに、野菜多めで、とは言われてますけど」
そう言われて安心した。病気に支障のない食事で頭がいっぱいになり、アレルギーやら嫌いなものやらを考えなかったのだ。
「薫さんのつくるご飯は全部美味しいです」
彼女はさっき僕が褒めたときに顔を真っ赤にしていたが、彼女もなかなか強者のようだ。そういうことを照れずに言われると、こちらが恥ずかしくなる。
「ありがとう」といいつつ作業に集中する。包丁を使っているから気をそらして怪我をしてはいけない。
「・・・なんだか新婚さんみたいですね」
爆弾が落とされた。今まで彼女のことを妹として見ようと必死だったのに、そんなことを言われては「女性」として見ざるを得ない。
「そういうことは、ちゃんとした男の人に言いなよ。こんな冴えない学生よりも、さ」
なんとか彼女に平静を保ってそう伝えた。彼女は何かをぽつりと呟いたが、聞き返しはしなかった。
できた晩ご飯をテーブルに並べて二人でご飯を食べた。昨日は父さんがいたから、実質二人でご飯を食べるのは初めてだ。外のお店だと必要以上の油や調味料が使われている気がして、なんとなくお店には入れなかった。それは彼女もわかってくれているらしく、「お腹すきましたね」などとは外出中一言も言わなかった。
食事を片付け、昨日と同様に僕が最初にお風呂に入り、新しくお風呂を沸かしてから彼女に入らせた。
それから彼女と部屋で少し話しをしながら時間を確認すると、昨日彼女が寝た時間よりも少し遅いことに気がついた。
「そろそろ寝る時間じゃない?」
「そうですね」
「それじゃあ、おやすみなさい」と言ってドアの付近で見送ろうとしたとき
彼女に、後ろから抱きしめられた。
何が起こったのかがわからなかった。ただ伝わるのは彼女の温もりと、彼女が持ってきたであろうボディーソープの香りだけだった。
「__薫さん、私あと二ヶ月くらいで死んじゃうんです。病気で。もしかしたら、それよりも先に死ぬかもですけど」
「・・・うん。知ってたよ。母さんから聞いた」
そう。僕は今、初めて彼女の口から余命の話を聞いたのだ。もし母さんから先に聞いていなければ、僕はたちの悪い冗談として受け止めていただろう。
ですよね。なんとなく、わかっていました。だから私とお揃いのキーホルダーを買ってくれたり、可愛い服を買ってくれたり、私の行きたいところはどこでもついて来てくれた」
「本当はずっと前から余命宣告されてたんです。でも、いつもそう言われて生き延びているから、きっと今回もって」
「だけど前の検査で、本当にもう長くないって、言われて・・・」そう言って彼女は口を噤んだ。
「・・・僕が君と出かけたり、お揃いの物を買ったのは、同情とか、そういうことじゃないよ。君の喜ぶ顔が見られることが嬉しかったから」
「・・・優しいんですね」そういって彼女は先ほどよりも強く僕を抱きしめた。僕はただ、彼女が涙をこらえるような、鼻をすするような音を聞くしか出来なかった。
どれくらい時間が経ったのかはわからない。数分かもしれないし、十分以上経っているのかもしれない。
それから彼女は「ごめんなさい・・・それから、おやすみなさい」と言って部屋を出て行った。彼女が僕を見ることは、なかった。
次の日の朝、僕たちは何事もなかったように接した。もう一度振り返ってはいけない。夜だったから、一時帰宅の最後の日だったから、少し心が弱くなったのだろう。そう思うことにした。
彼女とともに朝ご飯を作り、父を見送り、僕は彼女を病院まで送った。
彼女の病室に入ったとき母さんに「・・・何かあったの?」と聞かれたが、何もないよ、と返しておいた。
女性の勘には気をつけなければ、と思った。
僕は昼から大学へ行った。ぼんやりと講義を受けながら、昨晩のことを思い出した。
彼女はなぜ僕に抱きついたのだろう。そんなことがわからないほど僕はうぶではなかった。
彼女は僕のことが好きなのだろう。たいして見た目良い訳でもない僕にあれほど好意的な視線を向け、だきついたりもしたのだから。
彼女がもし健康な普通の女の子ならば、同級生の男を好きになってもおかしくない年頃だ。けれども両親と疎遠がちで、病院に籠りっぱなしであるならば、たとえかっこいいとはいえない男に優しくされたならば、好意をもってしまうのも無理はない。
彼女が僕のことを恋愛対象として好きであるならば。
しかしあの夜、彼女は僕に「好きです」とか「付き合ってください」とは言わなかった。
恋愛は男からいけ、なんていう人もいるけれど、僕は彼女が望まない限り、そういう関係にはなるつもりはない。
いや、もし望まれても、僕はきっと拒否するだろう。
「君はきっと勘違いしているんだよ。男と関わることが少ないからたまたま話が合って、優しくしてくれる男
のことを好きだと勘違いしている。きっと芸能人並のかっこいい男が現れたら、僕のことなんか忘れてしまうよ」
なんて酷いやつだろう。でもそれでいい。しばらく病院へ行くのを控えよう。
そうすればきっと、僕への思いは冷めるだろうから。
僕が病院に行くのをやめてからしばらく経った。僕はその間勉強をしたり友達と遊びに行ったり、いわば『普通の大学生』を過ごしていた。
けれども心に何かが足りないような、そんな感じがしていた。それが彼女のことだとはわかっていたが、それでも僕は気にしないようにした。
10月になり、そろそろ病院にいこうと思った。母のことも心配だし、彼女の容態も気になったから。
久しぶりに母の病室へ行くと、『藍野芽衣』というプレートが消えていた。少し胸騒ぎがした。
もしかして彼女はもう、なんて不吉なことを考えてしまった。ドアを開けるのが怖かったが、覚悟を決めてノックした。すると母の返事が返ってきて、入室の許可を得た。
「・・・久しぶり」
「うん。・・・ごめん」
「いいのよ。勉強だとか、お友達とかと遊びたい時期だものね」
僕は母の姿を見て何かがこみ上げた。母だって病を患っているのに、芽衣と会うのを避けた結果、母と会うこともなかったのだから。
それでも先に芽衣のことが気になった。
母から病室の場所を聞き、僕はすぐさまそこに向かった。
部屋をノックすると、彼女の声が聞こえた。聞き慣れた、懐かしい声
入室に許可をもらい、ドアを開けた。
そこには、髪がなくなった彼女と、その親類であろう人たちがいた。
親類の人たちは、疑り深い目でこちらを見ていたが、彼女が「薫さんだよ」というと、たちまち目つきが穏やかになった。僕は親類の人たちに軽くお辞儀した。
「朝野薫です。いきなりお邪魔してすいません」と言って彼女の近くに寄った。
彼女は親類たちに「二人で話したいからさ、ちょっと外で待っててもらっていいかな」と言った。親類の人たちも色々と察してくれたのか、「それじゃあ・・・」と言って退出した。
バタンとドアのしまる音を聞き、彼女と二人っきりになった。ベッドの傍らには僕とお揃いのクマが置いてあった。
「お久しぶりです」
「うん・・・久しぶり」
「髪、実は大分前から無かったんです。いつもはウイッグとかで隠してたんです。えへへ」
「・・・うん」
「ごめんなさい。あんまり起き上がれないんです。」
いいよそんなこと。そんなことよりも
「ごめん、ごめんね」と彼女に謝った。
彼女の棒のように細くなった手足を、髪の抜けた頭を見た時点で涙をこらえるのに必死だった。なんで来なかったんですかとでも怒ってくれればいいのに、彼女は気にした様子もなく僕に言うから、涙が溢れてしまった。
「あらら、薫さんは泣き虫ですねぇ。よしよし」と言って彼女は僕のもとへ手を伸ばす。
力が入らないんだろう、彼女の手は座っている僕の上半身までしか上がらなかった。僕はその手を下ろし、両方の手で包んだ。
「温かいです」
彼女に言う言葉が見つからなかった。いつも何を話しているっけ。彼女は普段何を言ってたっけ。
「私、お母さんとお父さんと仲直りしたんですよ。すごいでしょう」
「おばあちゃんに体調が悪くなったことを伝えたら、おばあちゃんが二人を連れてここに来たんですよ。
二人は私を見たとたん泣き出しちゃって。さっきの薫さんみたいに」と少し笑った。
「結局、二人とも疲れちゃってたんですよ。いつ死ぬのかわからない、生きるのかもわからない娘の面倒を見続けることが。
タイミング悪く、お父さんの仕事もうまくいかなくなって。一度私を放っておいたから、だんだん顔を見辛くなって。
でも一度きっかけを作ってしまえば簡単だったんですね。死ぬ前に仲直りできて良かったです」
死ぬ前に、なんて言わないでくれ。僕は君に伝えたいことがあるんだ。
「好きです」
「僕は君のことが好きだ。これから毎日君のところへ行く。だから、だから・・・」
死なないでくれ
「えへへ・・・ありがとうございます。毎日来てくれるんですか。嬉しいなぁ。
でも、多分、あと何日か、何週間かしたら多分私、死んじゃいます。あと一ヶ月くらい、と思ったのが、急変したらしく」
「だから、ごめんなさい」
そうして僕は初めて女性に告白して、振られたのだった。
それから僕はほぼ毎日彼女のもとへ向かった。会うたびに彼女の祖母と思われる人に感謝を言われた。僕が勝手に来てるだけなので、と僕も毎回言った。
会うたびに彼女の様子は悪化していった。すでに彼女とは話せていないし、呼吸も苦しそうだ。
僕がいない間に僕とお揃いのクマを枕元に置いていたらしい彼女は、クマとともに寝ていた。
僕も自分の鞄からクマを取り外し、彼女のクマの横に置いた。
彼女がそう長くないことはわかっていた。本人もいつ死ぬかわからないと言っていたし。
けれども、こんなに突然訪れるものなのか。
大学の講義を終えて、急いで病院に行くと、彼女の周りを親類や医者、僕の両親が囲んでいた。
僕は呆然とした。彼女は死んでしまったのだろうか。
母が僕に気づいたのか、こちらに手招きをした。
彼女はまだ生きていた。近くにあったモニターを見る限り、まだ脈はある。
けれどもそれはひどく微弱なもので、おそらくもう少しで息を引き取るのだろう。
彼女の親類の人たちは泣いていた。母も泣いていて、彼女と一度しか会っていない父も涙ぐんでいた。
不意に彼女との思い出が頭に浮かんだ。
きゅっと結んだ口、じろりとこちらをみる大きい目から無愛想そうな雰囲気を醸し出して、君がたどたどしい口調で自己紹介をしたこと。
僕が本を貸すことを申し出ると、君は表情を一変させて、可愛らしく笑ってくれたこと。
ねえ、芽衣。君の笑顔はもう見られないんだね。
「芽衣・・・」と呼ぶと、彼女はかすかに頭を動かし、僕と彼女のお揃いのクマの方に顔を寄せた。
モニターの波形は直線になっていた。
9月×日(日)
今日はかおるさんの家にお泊まりして二日目の日。お外をかおるさんと一緒に歩いた。
歩いてみると、たくさんの面白いものがあった。かおるさんも知らなかったカフェや、誰が使っているのかわからないほど古いバッティングセンターもあった。
可愛い雑貨屋さんもあったなぁ。それから神社も行った!高校受験以来だったかな。必死に勉強したのにたいして行けないなんて悲しい。
かおるさんが私の分もお賽銭を出そうとするから、慌てて止めた。なんとなく、お願いが叶わない気がして。
「私の初恋が片思いで終わりますように。私のことをさっぱり忘れてしまいますように」と祈っておいた。
きっと、かおるさんは私が死んでも私のことを引きずりそうだから。私のことなんか思い出さないで、楽しい生活に戻って欲しい。
それから私に、というよりかおるさんに向けて厄払いのお守りと恋愛成就のお守りを買った。
いつかかおるさんが好きな人が出来たら結ばれるように。それから、私が死んだ後、私の怨霊に取り付かれないように。なんて。
あと、可愛い服も買ってもらった!何回着れるかわからないけど、大切にしよう。
夜、かおるさんに寿命のことを言った。やっぱり知ってたみたい。抱きついたの、嫌だったかな。
今日はいっぱい書くことがあったなぁ
9月△日(水)
最近かおるさんが来ない。やっぱりだきついたのがいやだったのかな。そういえば、お母さんとお父さんと仲直り出来たんだ!良かった。しぬ前に仲直りできて。最近はすこし、たいちょうがわるいから。
10月○日(月)
かおるさんは今日も来なかった。
かおるさんにあいたい。
10月×日(火)
ひさしぶりにかおるさんにあえた。よかった。かおるさんがわたしのことをすきだといってくれた。
なきそうなほどうれしかったけど、きっとわたしがしにそうで、かわいそうだからいってくれたのかもしれない。
うでがいたいなあ。もうにっきはかけないかも
彼女が亡くなったあと、彼女の祖母から渡された日記帳には厄払いのお守りと恋愛成就のお守りが挟まってあった。
なんで厄払いなんだと思ったが、日記を読んで納得した。
彼女の霊ならば僕は気にしないのだが。それと芽衣、僕の初恋は残念ながら君によって叶わなかったよ。
恨んでやる。冗談だけど。
それから、君のことは当分忘れないよ。もしかしたら一生。少なくともこの二つのクマを持っている限りは。
僕も彼女もいわゆる両片思いというやつだった。
僕は、彼女はきっと勘違いしているだけなのだと、勝手に推測して彼女から遠ざかった。
しかし彼女も、僕が告白したときには「死にそうな私に同情してるから」と勘違いして断った。
まったく、どっちも天の邪鬼というか。
彼女の葬式が終わったあと、僕は喪服のまま本屋へ入った。彼女と街へ出かけたときのことを思い出した。
「私、続きものの本が好きなんです」
「なんでわざわざ続き物なの?」
「続きを待つ間、想像するのが楽しいんですよ。このあとどんな展開になるのかなとか、もしあのキャラクターになったらどうしよう、とか。」
「僕は終わらない物語は嫌いなんだよなぁ。待つのが焦れったい」
「それもまた楽しみの1つです」と彼女は笑った。
終わらない物語が嫌いと言ったのは彼女が初めてだった。
僕は目的の本を見つけ、手早く会計を済ませた。
それから家からすこし距離のあるカフェへ入り、彼女が病室で好んで読んでいた本を取り出した。
まったく、この主人公はいつまで修行してるんだ。そんなことを思いながら、コーヒーを啜った。
以上で終わりになります。
とても長い文章だったので最後まで読んで頂いた方には感謝です。
後日『小説家になろう』に加筆修正して載せる予定なので、良ければまた読んでください。
おつおつ
ただの匿名掲示板だけど露骨に投稿を下書きみたいに言うのはどうかと思うぞ
>>109 ありがとうございます。以後、書き方には気をつけます
ここじゃそれほど長くなかったな
乙でした
そっちの形式は分からんがこっちの形式だと
改行も表現の一部だからちゃんとしないと読みづらい
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