アイドルになったら (7)

子供のころ、何でアイドルになりたかったのかなんて思い出せない。

「可愛い衣装を着て歌って踊りたい」とか、「ちやほやされてみたい」とか、そんなのだったような、違うような。

閃くような答えは見つからないんだけど、今、アイドルをしている理由は分かる。惰性。

ファンに喜んでもらいたい気持ちがないわけじゃない。できる限り笑顔になってもらえるよう、歌も踊りも頑張るし、ファンサービスにだって応える。

それでも、いつからかドキドキを感じなくなってしまった。

初めてステージに立った時の高揚感、テレビに映った時の緊張、そういうのを全部忘れちゃった。

今日だって、これからステージに立つというのにそんなことを考えるくらいには。

慣れてしまったといえばそうなのかもしれないけど、このままで良いのかしら、なんて思わないでもない。

中学生の時に始めたアイドル活動も、もう六年目を迎えている。今年で私も成人だ。

友達は大学生活を満喫しているけれど、私は高卒アイドル生活。それも、ものすごく売れているわけではない。

所属しているグループには、大物プロデューサーがついているわけでもなければ、全国的な知名度があるわけでもない。

ローカルアイドル……今は地下アイドルっていう方が正しいのかな。地下アイドルとして、定期的に小さな劇場を借りて公演を行っている。お客さんは多くて200人くらいかな。

決してマイナーではないけれど、超有名でもない。全国レベルの歌番組にはたまに出られるかどうか。そんな感じのグループだ。

将来に不安を感じないわけではないけど、だからといって辞めることもできない。

「……そんなこと、考えていても意味ないか」

「えっ?」

言い聞かせるように呟いた言葉は、隣に立っていたハルちんに聞かれていたみたい。

「ううん、何でもない」

「しっかりしてよ、今日はセンター曲も多いんだからさ」

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「分かってる分かってる」

昔は緊張してたのにね。センターじゃなくて、後ろの端の立ち位置でも。

慣れたというべきなのか、飽きてるというべきなのか。

ステージ脇で待っていると、円陣のためにメンバーが揃い始めた。

ハルちんはうちのグループのリーダー。茶髪のショートヘアで、身長は160半ばくらい。少しボーイッシュな感じで、体育会系キャプテンって感じ。

両隣にいるのはユリりん、ちーちゃん。二人もとも私より二歳上。ユリりんはダンスがうまくて、ちーちゃんはMC上手。ちーちゃんはたまに、グループとは関係なくローカルの番組に呼ばれたりもしてる。

ハルちんと向き合う私の両隣には、アヤノとぺろちの二人がいる。アヤノはクールビューティっぽいのにどこか顔立ちが幼くて、そのギャップが「萌え」らしい。ぺろちはロリで頭弱いキャラ全開なんだけど、それはそれでオタクウケが良いらしい。

ハルちん、ユリりん、ちーちゃんはお姉さん組。アヤノ、ぺろち、私が妹組。元々はもっとメンバーがいたんだけど、卒業や加入を繰り返して今の6人になっている。

「よーし、それじゃ今日も気合い入れていきましょう!」

輪になって、ハルちんが大きな声を出した。今日も幕が上がる。

緞帳が上がれば、理由なんて探さずに済む。

目の前にいる人たちに喜んでほしい、笑ってほしい。それだけで、何の疑いもなく歌って踊ることができる。

あの人、今日も来てくれてる。こっちにいる人は初めましてさんだ。

意外とこちら側から客席って見えてるもので、そんなことを考えながらパフォーマンスを披露する。

特に大きなトラブルもないまま、無事にその日の公演を終えた。

「お疲れさまー!??じゃ、物販の用意して!」

公演後には、グッズの手売りが行っている。いくら以上グッズを買うとサインを書いて、手渡しと握手ができる……みたいな。

長机を二つ並べて、各テーブルに3人ずつの配置。それぞれメンバーごとに列が分かれていて、どのメンバーからグッズを買うかは選べるシステムだ。

だからまあ、自分にはお客さんがいないのに他のメンバーにはいる……なんて現実を見せつけられたりもする。

私のサインと握手にどれ程の価値があるのか自分では分からないけど、買ってくれる人たちがいることには感謝の気持ちしかない。一人も来ないと、やっぱりちょっと傷つくだろうし。

うちのグループ、ドールズ自体がそんなに大きくないから、格差って言えるほどの格差もないんだけどね。

ぺろち、ちーちゃんにはファンが多くて、その二人のグッズ列は途切れることはまずない。

ハルちんとアヤノ、それに私はまあ、ぼちぼち。日によって変わるけど、大体三人とも同じくらい。それよりちょっと少ないかなっていうのがユリりん。

事務所の推したい気持ちとか、パフォーマンスとか関係なくファンの気持ちが見えてしまうから、それはちょっと辛い。

歌がうまくても、ダンスを頑張っても、センターにいても、ファンの人気はそれだけで掴めない。

そりゃそうだよね。歌が上手いから好きになるなら歌手、ダンスならダンサー、餅は餅屋。そういう理由じゃない何かが必要なのがアイドルだっていうのは重々承知している。

「ぺろち、釣るのうまいよねぇ」

「え~、ぺろはぁ、そんなつもりないんですよぉ。みんな、楽しんでいってくれたら嬉しいな、ってだけでぇ」

わざとらしいくらい甘い声で顔を近づけて対応する彼女は、ファンの間では『釣り師』と言われている。実際、上手い。あんな対応されたら、少なくとも嫌いにはならないだろうなって感じ。

私も頑張りはするけど、あそこまで貫くことはできない。

「今日も可愛かったよ~」

「あ、つのハイさんだ。ありがとうございます~。来てくれてたんですね!」

つのハイさんは、初期の頃から私だけを推してくれているわけでもなくて、いわゆる箱推しってやつ。

年齢は私の倍くらいなのかな???若い訳ではないけど、それくらいの年齢層のファンがドールズには多い。ファンのリーダー格というか、コールなんかを先頭きってやってくれるのは大体つのハイさん。?

物販で買った写真を差し出しながら、彼は口を開いた。

「来ないわけ無いじゃん! っていうか、ドールズの現場、いつも同じ顔ばかり見るし。いつも通ってる固定ファンばかりなんじゃない? 俺みたいな」

悪意があるかは別として、グサッとくることを言われるのもこういうイベントではありがちだ。

ファンとして素直な意見ではあるんだろうけど、言い換えると「新規ファンが掴めてない」「ファンがファンを覚えられるくらい、ファンが少ない」ってことだからね。

もう写真を見ながらじゃなくても書けるようになったサインのように、私もすらすら言葉が出てくる。

「つのハイさんが来てくれるの嬉しいからそれはそれはでオッケーです!」

「またまたそんなこと言ってー! チョロいオタクだから、あーたん推しになっちゃうじゃんか~」

「またまた口ばかり~」

そんな軽いやり取りをしてたら、つのハイさんはスタッフに肩を叩かれた。接触できるタイムリミット、いわゆる剥がしの合図だ。

写真を返して、握手を交わす。

「じゃ、またね~」

「うん、ありがとう~」

大体こんなことの繰り返し。たまにパフォーマンスの感想とか、新曲について意見を言ってくれたりするけど、基本的には雑談だ。

私とその話する意味ある? って思うような内容もあるんだけれど、それを話す相手に私を選んでくれることは、純粋に嬉しい。

私の列が落ち着いてきた頃、隣の隣にいるぺろち列につのハイさんが並んでいるのが目に入ってきた。

そう、私だけ推してくれている訳ではない。

あーたん単推し。いなくはないけど、そんなに多くもない。少数でも、いてくれるだけ嬉しいんだけどね。

「あー、疲れた! 今日も来てた……あのオッサン嫌だった~」

楽屋で着替えながら、ぺろちは愚痴を漏らし始める。

「汗くさいし、口臭臭いし、オッサン娘と私同い年じゃないの? って感じ」

「分かるわー。でも娘なんていないでしょ。あの感じじゃ」

それに乗っかるのはちーちゃん。接触イベント後には、大体この二人がファンをネタにして話している。

「でもちーちゃんは良いじゃん、若くてカッコいいファンの人ちょっといるし。譲ってよ」

「あげませーん。釣り師なんてやってるから、あんなファンばかりなんじゃない?」

「はいはい、そこまでそこまで!」

あまりにも下世話な話に、ハルちんがストップをかけた。

「もー、いいじゃん」

「私が不快なの! 愚痴はいいけど、あの人たちのお陰で私たちはアイドルやれるんだよ?」

「ちょっとくらいいいじゃんー」と文句を漏らしつつも、着替えを終えたぺろちは荷物をまとめ始めた。

「お先に……失礼します」

いつも通り、一番に支度を終えたユリりんが挨拶をして帰っていく。テキパキしてるもんなぁ、ユリりん。

「それじゃ、私たちも帰ろうか。」

帰る方向が同じハルちんと私は、基本的にいつも一緒に帰っている。

「うん、行こ、ハルちん。お疲れさまでしたー!」

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