神谷奈緒「夢のような気持ちを」 (17)


アタシの今までが崩れていく音がした。

レッスンを終え、帰宅する前になんとなく事務所に寄った。

ただの気まぐれ。なんとなく。

そのせいでアタシは、アタシの今までが崩れていく音を聞くことになった。


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事務所に入ると、凛と凛のプロデューサーさんが談笑している姿がそこにはあった。

せっかくだし挨拶しておこうと思って近付くと、いつもの調子で軽口を叩きあっているようだった。

邪魔しちゃ、悪いかなぁ。

そうして、アタシは二人の会話がひと段落するまで物陰に引っ込み少し待つことにした。

きっと、盗み聞きの罰が当たったんだ。


「プロデューサーってさ。あんまり私を褒めないよね」

「そんなことないだろ? 褒めてるつもりだよ」

「んー。なんて言ったらいいのかな。奈緒のとこのプロデューサーとかめちゃくちゃ褒めるでしょ?」

「あー、奈緒ちゃんとこのは……そうだなぁ。アレに比べられちゃうとな」

「まぁ、プロデューサーにそんな期待してないからいいけどね。ふふっ」

「何だそれ。嫌味か?」

「さぁ、ね。それにしても、よく恥ずかしげもなく言えるよね。かわいい、かわいい、って」

「あー、それは俺も少し疑問に思ったことがあってな。前に聞いたんだよ」

「そうなんだ。それで、答えは?」

「なんでも、奈緒ちゃんのため、なんだってさ。自分に自信を持って欲しいかららしいよ」

「かわいいって言うことで、自分はかわいいってことを意識させる……みたいなことなのかな」

「さぁ、真意までは分からないけど、こういう方針でプロデュースしてるヤツもいるのか、って勉強になったよ」


聞かなきゃよかった。

そのまま帰ればよかった。

黒いなにかが溢れ出しそうになるのを必死で抑えつけ、アタシは事務所を出た。

どうしてだろう。

どうしてだろう。

がらがらと音を立てて、今までのアタシが崩れていった。






家に着くなり「ただいま」も言わずに、自室へ引きこもった。

鞄を無造作に放り投げ、ベッドに倒れ込む。

あー、スカート、皺になっちまうな。

なんてどうでもいいことに頭が回るのが、少しおかしかった。


プロデューサーさんが今までくれた言葉は、全部、お仕事だったから……なんだよな。

アタシとプロデューサーさんの関係は、アイドルとその担当プロデューサー。

それだけ。

別に、今までもらったもの全てが軽くなってしまったとしても、何ら支障はない。

はずなのに。

何故か、涙が止まらない。

あの人の言葉でいちいち舞い上がっていた自分が、酷く哀れに思えてくる。

ああ、そっか。そっか。

アタシ、プロデューサーさんのこと――。


◆ ◇ ◆ ◇



あれから。

凛と凛のプロデューサーさんの話を盗み聞きした日から、数週間の時が流れた。

時間というものは、残酷で平等で、温かい。

向こうが仕事と割り切っているならば、とアタシも割り切れるようになった。

プロデューサーさんから贈られる「かわいい」もいつも通り、受け止められる。

少し照れた演技をする。

そして、照れ隠しのちょっとの暴言。

「……うるさい! ……ばか」

あの人はそんなアタシを見て「ははは」と笑う。

その度に胸がちくりと痛むけれど、もう、慣れた。

慣れてしまった。






あるとき。アタシの撮影の仕事にプロデューサーさんが立ち会う機会があった。

今後も仕事振ってもらえるように、挨拶しときたいんだとか。

道理でびしっと正装してるのか。

「俺が見てるからって緊張するなよー」なんて、いつもの軽口と共に、頭をぽんっと叩かれる。

「しねーから!」

大丈夫。

大丈夫。

いつも通りのはず。






つつがなく撮影が終了すると、アタシとプロデューサーさんはスタジオを後にした。

その帰り道で、プロデューサーさんに夕ご飯をご馳走してもらうことになった。

「別にいいって」と断ったけど、押し切られてしまったのだ。

あんまりしつこく断って、気まずくなるのも嫌だったから、って理由もちょっとある。

そんなわけで、アタシとプロデューサーさんはレストランに来ていた。

プロデューサーさんが「好きなものを頼んでいいぞ」と言ったので、ここは遠慮せず注文する。

店員さんが注文を取り、下がっていくとアタシ達の間には沈黙が訪れる。

何か、何か喋らないと。

そう思案していると、プロデューサーさんが神妙な顔つきになって口を開いた。

「実は、さ。今日は別に立ち会う必要なんてなかったんだよ」

「へ? どういうこと?」

「なんか最近、奈緒の様子、変だったからゆっくり話したいな、って」


え。

いつも通りのアタシを演じていたのに、どうして。

「……変、って?」

「いや、具体的には分かんないけど、何かあったろ?」

「どうして?」

「話したくないなら、いいよ。でも、俺が力になれることなら、話して欲しい」

「なんで……?」

「俺は、奈緒のプロデューサーだからね」

これも、“お仕事”なのかな。

だとしたら――。

「それは、仕事だから?」

「別に。奈緒はレッスンも真面目にやってるし、今日の仕事も完璧だ。仕事って意味じゃ、文句のつけようもないよ」

「じゃあ、どうして?」

「……それ。言わせる?」

見たことない表情でそう言ったプロデューサーさんは、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

少し、赤くなった耳が目に入った。


あー。

待って、待ってくれ。

つまり。

「あははは。アタシ、ばかみたいだ」

「え、何。どうしたんだ?」

「いや、もうホント、救いようのないバカはアタシだったよ」

「待った。説明してくれないと何がなんだか分からないって」

そうして、アタシは頭の上にクエスチョンマークを浮かべるプロデューサーさんに事の経緯を説明した。

もちろん、凛と凛のプロデューサーさんの名前は伏せて。


「はははは、なんだよ。そんなことか」

「そんなことって言うなよ! アタシにとっては一大事だったんだからな!」

「いや、でも、この一か月くらい避けられてた理由がそんなんだったとは」

「え、アタシ避けてた?」

「避けてた避けてた。めちゃくちゃ傷ついたんだからな」

どうやら、演技は要練習みたいだ。

「そっか。……なんつーか悪かったと思ってるよ」

「まぁ、盗み聞きはよくないもんな」

「でも、プロデューサーさんがアタシにいつも言う、かわいいはお仕事だからってことは変わりねーじゃねーか!」

「あー。えっと、だな。奈緒?」

「何だよ、もう」

「ここだけの話な」

プロデューサーさんは姿勢を正してそう言った。

「同僚に、本気で奈緒がかわいくて仕方ないから。なんて言えると思うか?」

ああ、もう。

ホントに、この人は。

「なら、アタシもお返しに、ここだけの話」

勇気を出して試すんだ。

今まで言えない秘密を。



おわり

乙です

よかった

複数Pものはいい…

おつ

乙乙

爆発しろ

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