小松伊吹「ハラミ奏」 (16)

伊吹「ふいー、今日もダンスレッスン終わり!」

奏「ふぅ……伊吹ちゃんに合わせて踊ると、体力がいくらあっても足りないわ」

伊吹「へへっ。ダンスは得意だしね」

奏「ライブ本番で、足を引っ張らないようにしないと」

伊吹「そんなこと言いながら、きっちり仕上げてくるのが奏だもんね」

奏「あら、買いかぶってくれるわね」

伊吹「買いかぶりじゃなくて、信頼だし」

奏「……そう」フフ

伊吹「奏、この後何か用事ある? ないなら――」

奏「じゃあ私、そろそろ帰るから。また明日」


ガチャ、バタン


伊吹「お茶でも……って、もういないし」

伊吹「最近、奏の付き合いがよくない気がする……レッスンが終わったらすぐに帰っちゃう日も多いし」

伊吹「まっすぐ家に帰ってるのかな。それとも………誰かとデート!?」

伊吹「は、さすがにないか。でも、友達がいきなり付き合い悪くなる時は男ができた時ともよく言われるし……」

伊吹「……つけてみる価値はありそう、か。ちょっと心配だし」


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奏「………」スタスタ


伊吹(家と違う方向に……やっぱりどこかに行くつもり?)

伊吹(でも、こうしてばれないように尾行するのって……ちょっと楽しい♪)

伊吹「いつぞやのサバゲーを思い出すなあ。あれもスリリングで面白かったし」

伊吹「うまい具合に相手の攻撃を避けて、一発撃ち抜いて」

伊吹「あなたは確かに強かった。でも、アタシのほうが速かったね――」


女の子「ママー、指で銃つくってバーンと撃つポーズしてからキメ顔でぶつぶつ言ってるあの人はなにしてるの?」

ママ「しっ、見ちゃいけません」


伊吹「………」

伊吹「こ、こほん……今のは、演技の練習だから。それだけ」

伊吹「……ていうか、奏を見失っちゃう! 急がなきゃ!」タタタッ


奏「………」スタスタ


伊吹「………」

伊吹(お店に入っていった……いったいどんな)

伊吹(あ、看板がある。えーと)

伊吹「カルビ丼、豚丼、ハラミ丼、ビビンバ……」

伊吹「どんぶりばっかり……そういうお店なんだ」

伊吹「というか奏、まさか」


奏「………」ジーー


伊吹(悩んでる! あの奏が、ミステリアス美少女速水奏が、どんぶりの券売機を真剣に見つめてる!)

伊吹(もしかして、見ちゃいけないところだったかも……向こうに見つかる前に帰ろうかな)

伊吹「でも……」

奏「………」ジーーー


伊吹(いくらなんでも悩みすぎ……あれで目の前にあるのが服とかならわかるんだけど、カルビ丼とかビビンバの食券なんだよ?)

伊吹(なんだか、ああいう奏見てると新鮮でかわいいかも……あ、ヤバ。思わず顔がにやけてきちゃってる)

伊吹「こんな顔してるところ見つかったら大変――」


奏「………」クルッ


伊吹(あ、見つかった)


奏「………」ニッコリ

奏「………」クイックイッ


伊吹「『こっちへ来い』の手招きだ……」

店内


奏「ストーキングに覗き見なんて、悪趣味ね」

伊吹「あ、あはは……ごめんなさい」

伊吹「最近の奏、すぐにひとりで帰っちゃうことが多いから、何してるのか気になっちゃって」

奏「ふうん、そういうこと」

奏「お忍びデートだとでも思った?」

伊吹「お、思ってない」

奏「伊吹ちゃん、嘘つくと右のおさげが揺れるのよね」

伊吹「え、嘘っ!?」バッ

伊吹「って、おさげが勝手に揺れるわけないじゃん!」

奏「あら、騙されなかった」

伊吹「もう」

奏「今からかったので、あとをつけてきたことは許してあげる」

伊吹「……そう言われると何も言えない」

奏「ふふっ」

奏「……ひょっとして。心配、してくれてた?」

伊吹「まあ、ちょっとだけ」

奏「そう」

奏「どんぶり、半額おごるわ」

伊吹「………」

伊吹「じゃあ、今度来た時はアタシがおごるよ」

奏「楽しみね」


伊吹「へえ、ただで大盛りにしてくれるんだ。せっかくだし、カルビ丼の大盛りにしようっと」

奏「私はハラミ丼の並で」

伊吹「すごい悩んでたみたいけど、結局ハラミ丼にしたんだ」

奏「ええ。たまには別のものを頼もうかとも考えたんだけど、いつも食べているものにしたわ」

伊吹「いつもハラミなんだ。ところで、ハラミって牛のどこだっけ」

奏「横隔膜ね。内臓だけど、食感的には普通のお肉に近いかしら」

奏「特に『サガリ』と呼ばれる部分はおいしいらしいわ」

伊吹「へー。内臓だったんだ、知らなかった」

奏「ちなみに、カルビはアバラ骨の間にある肉のことよ」

伊吹「詳しい……これがホントの肉食系アイドル、なんて」

奏「47点」

伊吹「50点満点?」

奏「100点中47点よ」

伊吹「採点厳しいな」

伊吹「………」

奏「どうしたの」

伊吹「ハラミ奏」

奏「………」

奏「78点」プッ

伊吹「意外とウケた」


店員「おまたせしました。カルビ丼大盛りに、ハラミ丼並盛りです」

伊吹「お、きたきた。レッスン終わりだし、お腹減ってたんだよね」

奏「それじゃあ、伊吹ちゃんのお腹が鳴る前にいただきましょうか」


伊吹奏「いただきます」


伊吹「あ、タレおいしい」モグモグ

奏「がっつくわね」

伊吹「いっぱい食べるのが体力つけるコツだし」

奏「なるほど。でも、タレがおいしいのは同意」

奏「それと、そこの壺に入ってるキムチは無料だから」

伊吹「やった♪」

奏「こういう一品が用意されているのがいいのよね。値段もそこまで高くないし」

奏「高校生に優しいお店ね」

伊吹「………」

奏「あなた、また『そういえばコイツJKだったな』って顔してるわ」

伊吹「なんだよエスパーか!」


伊吹「でも、意外だったなあ。奏がこういうお店を贔屓にしてるなんて」

伊吹「なんていうか、もっとシックなところが好きなイメージだった。お洒落な雰囲気? みたいな」

奏「確かに、そういう内装の凝った店も好きだけれど。だからといって、こういったところに来ない理由にはならないでしょう?」

伊吹「そうだね。アタシもこういう『肉ーっ!』って感じのお店、割と嫌いじゃないし」

伊吹「まだまだ奏について知らないこと、たくさんあるなあ」

奏「知りたいの?」

伊吹「んー、今すぐ全部ってわけじゃないけど。ちょっとずつ知れていったら、うれしいし楽しいかなって」

奏「ふうん」

伊吹「ちょっとー、なによその『ふうん』って」

奏「べつに、他意はないわ」フフッ

奏「私も、伊吹ちゃんのこと、少しずつ知っていきたい……かな。たぶん」

伊吹「たぶんって……まあいいか。そういえば、ここのお店に最初に来たきっかけは?」

奏「Pさんが言っていたのよ。よく行ってるけどおいしいって」

伊吹「へえ、奏のプロデューサーがか」

奏「伊吹ちゃんのところのプロデューサーさんは、そういうのない?」

伊吹「ないなあ。今度聞いてみる」

伊吹「それにしても、プロデューサーがきっかけか……へえ」ニヤニヤ

奏「なにか?」

伊吹「べっつに! 一緒に来たことはあるの?」

奏「ないわね」

伊吹「えー? せっかくなんだし、今度誘ってみなって! ハラミ丼デート!」

奏「どうしてあなたがテンション上がっているのよ……」

伊吹「だってほら、ね? ロマンあるじゃん♪」

奏「そうかしら。まあ、誘うくらいならいつでもできるから、今度聞いてみるわ」

伊吹「がんばれ!」

奏「頑張ることなんて何もないわ。普通に誘うだけなんだから」モグモグ

伊吹「そう?」

奏「そうよ」

伊吹「………頬、タレついてるよ。珍しく」

奏「………たまたまよ」


伊吹「ごちそうさま! おいしかったー」

奏「ごちそうさま。気に入ってもらえてよかったわ」

伊吹「また一緒に食べに来ようよ」

奏「そうね」

伊吹「割と定期的に食べたい味だったし、一年に20回くらいは食べたいかも」

奏「もう年単位で計算しているの?」

伊吹「いいじゃん、先のことまで考えても。もしかしたら、十年後も来てるかもしれないし」

奏「気が早いわね……」


………

……




伊吹「なんてこと言ってたけど。本当に十年後も一緒に来ることになるとはね」

奏「そうね。いろんなことがあったけれど、ここのお店は変わらないわ」

伊吹「十年間、奏の友達でいられてよかったよ」

奏「あら、どうも。今日は何を食べるの?」

伊吹「ハラミ丼並盛で」

奏「あら、大盛りじゃないのね」

伊吹「さすがにこの年になると、大盛りはきついよ」

奏「そう。私は大盛り頼むけど」

伊吹「そりゃ、アンタは二人分食べないといけないもんね」

奏「ええ。お腹の子のぶんまで、たくさん栄養を取らないと」

伊吹「今、何か月だっけ」

奏「五ヶ月」

伊吹「そっかー。あと半年ちょっとで奏もママになるんだ」

奏「ええ……感慨深いわね。自分がこうなるとは、昔は想像していなかったから」

伊吹「……顔つきのほうは、もう立派な一児の母だね。お腹さすってる時なんて、特に」

伊吹「なんか、いいなあ」

奏「あなたもそろそろ、彼と一緒になってもいいんじゃないの?」

伊吹「なっ……まあ、そのうち。おいおい」

奏「ヘタレ」

伊吹「ヘタレ言うな! すいません、やっぱりアタシも大盛りで!!」

奏「うふふ」

伊吹「………」

奏「どうしたの」

伊吹「ううん、なんでもない」


伊吹(孕み奏って思いついたけど、アタシもそろそろくだらないダジャレ言う年頃じゃないしね)

奏「65点」

伊吹「なんだよエスパーか!」


おわり



おわりです。ロースが好きです

カルビもいいぞ

トントロもいいぞ

そっちにユッコが豚ロース丼食べたくて行ったぞ

ザブトンは言うほど美味くないと思う

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