モバP「ハミングがきこえる」 (21)
のんびりと書いていきます
タイトルは智絵里もカバーしたカヒミ・カリィの楽曲からです
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1478053083
ふと夢を見ていた
気が付くと見たことも聞いたこともない場所にいて、なぜ自分がここにいるのかわからないという夢
うん、まあ、ありがちだと思う、それ自体は全然大したことじゃない
ただ普通と違う事は、俺は今自分が夢の中にいるってことをきちんと自覚しているってことだ
明晰夢っていうやつかな?体験するのは初めてだ
自分が夢を見ているのを理解しつつ夢を見る、不思議な感じだ
見たところ、俺が今立っているのは地平線の果てまで続くお花畑の中、そして上に広がっているのは抜けるような蒼空ってところか
なんとも心休まる光景だ ここのところ激務が続いていたから、俺の深層心理はこういう癒しを求めていたのかもしれない
せっかく珍しい体験をしているんだ 少しのんびりしよう
俺はその場で寝転がって一息ついた なにせ夢の中だ 誰に気兼ねすることはない
ふんわりとした花と透き通った空気に包まれて俺はすっかり夢見心地になった いや夢なんだけど
そうやってしばらくゴロゴロしていると、なにやら音が聴こえてきた
いや『音』って言い方は正しくない
聴こえてきたのは歌声だった
だが、その歌声は少し変わっていた
オペラのように大声で歌っているわけじゃない
ましてや、合唱しているわけでも歌詞に感情を込めて愛の歌を歌っているわけでもない
だけどなんだか違和感を感じるな なんでだろう?
ほんの少し考えると謎は解けた
その歌には歌詞がなかったのだ
アレだ いわゆるハミングってやつだ
ようするに気分がいい時についつい歌ってしまう鼻歌 それが聴こえてくる歌声の正体だった
まあこれは夢なんだ ハミングくらい歌うやつだって出てくるだろう
そう考えながら俺はその歌声に耳をかたむけた
かすかな、しかしそれでいてとても綺麗な声
よーく耳をすまさなければ聴こえないほど小さな声なのに 不思議と耳に入り込んでくる
なんとも心地いい気分になった俺はうっとりとして、しばし目を閉じていた
自然と唇が弧を描き、目尻が下がってくる
ああ...なんて心が安らぐんだろう もっと聴いていたい
すると、俺の心の気持ちを察したかのようにハミングから伝わってくる楽しさや嬉しさが増してきた
小さな声のはずなのにとてもクリアに 俺の耳の奥まで響いてくる
それを聴いた俺の口元がますます綻んでいた
だが、次に目を開くと不思議な光景が飛び込んできた
自転車だ 自転車が走っている
普通なら驚いたりはしないだろう 自転車は走るものだ そういう風に作られている
でも俺の知識が間違っていなければ、空を飛ぶようには作られてはいないはずだ
俺の視界に移っている自転車は宙に浮いていた そして、走っている
空飛ぶ自転車が出てくるなんてなんて夢らしい夢だろう
そんなことを考えながらしばらく見ていると、その自転車に女の子が乗っている気づいた
長い黒髪を風になびかせて、女の子が自転車に乗っている
ふわふわと空飛ぶ自転車を漕ぎながら 俺の頭上を走り続けている
そしてその時気づいたのだ
女の子はハミングを歌っていた あの夢のような歌声で
俺は夢の中にいるということを忘れて、思わず身を起こした
すると、視線を下げてこちらを見た女の子と不意に目が合った
なんだか照れくさそうな表情をしていた気がする
気がする、というのは素晴らしすぎるほどの蒼空から降り注がれる太陽の光のせいで女の子の顔がよく見えなかったからだ
俺は手で光をさえぎって女の子の顔を見ようとした
しかしどう頑張っても光が女の子の表情を読み取れないように隠してしまう
まったく、なんて融通の利かない夢だ 夢の中でくらい好き放題できたっていいじゃないか
ムキになって空に悪態をつきながら悪戦苦闘をしていると
不意に、俺の頭の中で声が響いた
「怒っちゃダメ...」
透き通るな、それでいてか細い声...
だが女の子は口を開いて俺に呼びかけたわけではなかった
先程から変わらずにハミングしながら自転車を漕いで空中をふわふわと走っている
にも関わらず、俺の頭の中にはハッキリと女の子の声がしたのだ
「落ち着いて...」
また聴こえる
「私の声...聴いて...」
直接言われたわけではない なのに女の子からのメッセージは俺のもとへしっかり届いていた
そのメッセージを受け取った俺は、腰を下ろしてその場に座り込んだ
不思議なことに、さっきまで空にクレームを飛ばすほど苛立っていたはずの俺の心はその声によってすっかり穏やかにされてしまったのだ
そして、女の子の顔を見たいと思う気持ちもいつの間にかどこかへ飛んで行ってしまった
別にいいじゃないか、顔なんか見えなくても
だってあの子の言いたいことは全てわかるんだから
俺の頭の中でそんな気持ちが芽生えていた
きっとこっちの言いたいことだってあの子には伝わっているに違いない
証拠があるわけじゃないけど、なぜかそのことに対して確信が持てた
女の子が話している嬉しい事も楽しい事も 眼を合わせてハミングを聴くだけで充分伝わる
女の子はこっちを見て微笑みながら歌う
俺はそれを見ながら微笑みを返す
お互い一言も話していないけど 俺たちはそうやって楽しいおしゃべりを続けた
どれくらいそうしていたんだろう?
一時間くらいかもしれないし一日中やってたのかもしれない いや、ひょっとするともっとかも...
どれだけ長い時間話していても 話題が尽きることはなかった
女の子は尽きることなくハミングを続け、俺はそれに対して微笑みで返答する
おしゃべりな子だなぁと思った この子はおしゃべりだ
だってずっと話しているはずなのにハミングから伝わってくる嬉しさや楽しさ、そして幸せな気持ちはますます強くなる一方だったから
そうして夢中になって言葉を交わさないおしゃべりを続けていると
突然、ズシリと胸が苦しくなった
文学的な表現ってわけじゃない 物理的に胸のあたりを圧迫されている感じがしたのだ
俺は上を見上げていた視線を自分の胸に落とした
すると、そこには黒いものが鎮座していた
どう表現したらいいのかわからない 黒い影のようなモノとしか形容できない存在がいつの間にか俺の胸の辺りにいたのだ
目も口も見当たらない、ただの黒い影
これはなんだ?いつからここにいた?
俺は腕を振ってその黒い影を払いのけようとする
しかし次の瞬間、黒い影は俺の胸から移動して振った腕をすり抜けて俺の顔のほうへ移動してきた
そのあまりに俊敏さに驚いた俺は思わず声を上げようとした
だが声が出ない
叫ぼうとしても喉に石でも詰め込まれたみたいにうめき声ひとつ上げられない
黒い影はますます俺に近づいてくる
俺の声帯は未だに沈黙したままだ
そして、とうとう黒い影は俺の眼前に到達した
視界がほとんど黒一色に染まり、美しい花も蒼空も何一つ見えない
だが視界を黒く占有されたことよりも俺を恐怖に陥れたことがあった
それは、いつの間にかハミングが聴こえなくなっている事だった
あれほど心地よく響いていたはずのハミングが今は何一つ聴こえない
変わって聴こえてきたのは不気味な異音だった
地の底から響いてくるような、唸り声ともつかない不快な音
どこから発せられているのかすぐにわかった
影だ 目の前の影が俺のすぐ眼前で唸っている
それに気づいた瞬間、影に変化が現れた
突然膨らんだかと思うと、ゆっくりと、しかし確実に俺との距離をさらに縮めようと不気味にうごめいている
それを見た俺の脳裏をよぎったもの、それは恐怖ではなかった
ただ、あの子のハミングがもう一度聴きたい
心の底からそう思った
そして、俺の視界は完全に闇の中に覆われた
ぺろっ
と、不意になにかが顔を撫でた
ぺろっ ぺろっ
まただ、また撫でられている
いや、これは撫でているというより...
などと考えていると
「ダメ...ダメ...」
声が聞こえた とても小さくてか細い声が
「ダメだよ...今お昼寝してる...から...」
この声にも聞き覚えが...
違う、聞き覚えがあるどころじゃない
だってこれは...
「ほらおいで...ペロ...」
その声を聴いた瞬間、俺は目覚めた
「あっ、P...」
目を開いた瞬間、視界に飛び込んできたのは黒髪の女の子
俺の担当アイドルである佐城雪美だった
そして雪美の腕の中には彼女の愛猫、ペロが抱えられていた
「んっ...雪美か?」
目をこすりながらそう呼びかける
「うん...起きちゃった?」
「ああ、寝てたのか、俺は...」
俺はソファーから身体を起こした
「Pに...会いに来たら...お昼寝...してた、ぐっすり...」
知らなかった いつの間に眠っていたんだろう
大きく伸びをしながら「そうか」と返事をすると
「起こしちゃいけない...って思ったんだけど...ペロが...Pの胸に座っちゃって...」
ああなるほど じゃあさっきのはペロに舐められていたわけか
ペロは飼い主に抱き抱えられて喉をゴロゴロ鳴らしながら何食わぬ顔で俺の顔を見据えている
「...ゴメンね?P...」
気にすることないのに 申し訳なさそうに謝る雪美の頭を撫でてやりながら
「いや、いいよ 気にするな」
そう言うと雪美は微笑みながらこちらを見た
「ねえ...P?」
「んっ、なんだ?」
「どんな...夢を見てたの?」
唐突な質問に首をかしげると
「P...とっても楽しそうな顔...してた...」
なんてこった 俺がいびきをかいている時の顔をすっかり雪美に見られていたのか
大人としては子供の前でいびきをかくようなところは見られたくなかったな
なんて少し気恥ずかしく思いながらも、俺は雪美からの質問に答えようとした
「えーっとだな...」
ところが、不思議なことにそこから先の言葉が出てこなかった
というよりも、ついさっきまで記憶していたはずの夢の内容がまったく思い出せないのだ
頭の中を整理して懸命に思い出そうとしても、ぼんやりと靄がかかったようになって形が見えてこない
おかしいな 俺の頭は自分で思っている以上にボケてきてるんだろうか ほんの少し前のことなのに
「うーん...ゴメンな、忘れちゃった」
なんとも情けない返事だ
「そう...」
俺の返答を聞いた雪美は気にするそぶりも見せずにペロを抱いて俺の横に腰掛けた
そして、そのままペロを撫でながら
「大丈夫...わかってるから」
と呟いた
「わかってる?」
そう聞き返すと
「うん...Pはきっと...楽しい夢を見てた...でしょ?」
雪美はこちらを見て微笑みながら問いかけてきた
「どうだろうな でも雪美が見た時の俺はとっても楽しそうな顔をしてたらしいし、楽しい夢だったのかもな」
どんな顔をしていたんだろう?きっとニヤニヤしていたんだろうなぁ まあ雪美は人に言いふらすような子じゃないから大丈夫だろうけども
すると雪美は首を左右に振りながら
「それだけ...じゃない」
と言った
「それだけじゃない?」
「Pの寝顔を見なくても...楽しい夢だったのは...わかる...」
どういうことだろう 俺の担当アイドルはエスパーだったのだろうか
「なんでわかるんだ?」
「だって...Pと私...繋がってるの...」
ペロを撫でながら雪美は言う
「魂が通じ合ってるから...近くにいるだけで...何を感じてるか...わかるの...」
「言葉じゃなくて...心で通じ合う...」
「だからね...P...私ぜんぶわかってるんだよ...?」
雪美は少しの迷いもなくそう語りかけてくる
心が通じ合えば言葉は要らない
ふいに何かを思い出しかけるが、やはり記憶は靄がかかったままだ
だが雪美のその言葉を聴いただけで俺は今までもやもやしていたものが晴れていくような気がした
「そうか...心で通じ合う、か」
「うん...そう...」
頭を撫でてやると、雪美は目を細めてこちらに体重を預けてきた
俺もなんだかふわふわしたような気分になって雪美を撫で続ける
すると機嫌を良くしたのか雪美は歌を歌い始めた
歌詞のないハミング 夢のような歌声
どこかで聴いたような気もするが、やはり思い出せない
でもそんなことがどうでもよくなるくらいその歌声は心地よく、そして素晴らしかった
おわり
駄文失礼しました~
ハミングがきこえるは智絵里がカバーしていますが
僕は原曲を聞くとどうしても雪美のイメージで想像します
思うがままに書いたのでとりとめのまったくない文章になりました
まあなんか不思議な話だったなくらいに思っていただければ幸いです
雪美かわいいよ雪美
ではまた~
https://www.youtube.com/watch?v=BFjhCxFDfwA
アイドルがカラオケ大会するSSであったな<雪美のハミングがきこえる
>>20 読んでくださってありがとうございます それ私が書いたやつです
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